説明

真核細胞のO−グリコシレーションの制御方法

O結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を見出し、生産されたタンパク質やペプチドに糖鎖が付加するのを回避し、あるいは糖鎖が付加されたタンパク質やペプチドを生産する。
次の(1)あるいは(2)の要件のどちらかあるいは両方を満たすSer残基あるいはThr残基をその指標としてO−グリコシレーション部位を推定し、当該Ser残基あるいはThr残基を欠失させるか、当該アミノ酸残基をSer残基,Thr残基以外のアミノ酸残基に置換するなどにより目的タンパク質あるいは目的ペプチドのO−グリコシレーションを回避する。
(1)下記の式1で表されるアミノ酸配列を含んでなること
X(−1)−X(0)・・・式1
ここでX(0)はThrまたはSerを表し、X(−1)はGly以外のアミノ酸を表す
(2)タンパク質の高次構造解析において、セリンあるいはスレオニンの側鎖がタンパク質表面に露出していると推定できること

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真核細胞、特に酵母におけるO−グリコシレーション部位を推定する方法および真核細胞、特に酵母におけるO−グリコシーレションの制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
真核細胞、特に酵母は、細胞内構造や代謝経路、タンパク質の分泌経路、タンパク質の修飾機構等において動物細胞と類似した点が多いことから、遺伝子操作の宿主としてだけでなく、タンパク質生産のための宿主としても古くから利用されている。ところで、酵母を用いた場合にもタンパク質に対して、Asn型糖鎖と呼ばれる糖鎖による修飾やO結合型糖鎖と呼ばれる糖鎖による修飾が行われることが知られている。しかしながら、その糖鎖構造はマンノースが非常に多いなど動物細胞のそれとは異なるため、生体異物として抗原性が増すなどの問題が生じる場合があった。さらに目的とするタンパク質によっては得られたタンパク質の活性が低下する場合があった。
【0003】
前者のAsn型糖鎖による修飾は、ある特定のアミノ酸配列からなるコンセンサス配列のアスパラギン(Asn)残基に起こることが知られており、この部位におけるアミノ酸配列を改変することによって、糖鎖修飾のないタンパク質を生産させることができる(例えば、Hasnain, S. et al.: J. Biol. Chem. 267, 4713−4721, 1992; Williams, T.A. et al.: Biochem J. 318, 125−131, 1996; Coulombe, R. et al.: Proteins 25, 398−400, 1996)。
【0004】
一方、後者のO結合型糖鎖による修飾は、SerあるいはThr残基にマンノースがO−α−グリコシド結合するものであって、DNAからタンパク質に翻訳された後立体構造を形成してから導入されるため、糖鎖が立体構造に与える影響は少ないと考えられる。このため、Asn型糖鎖結合部位を改変する場合に比べてO結合型糖鎖結合部位の改変が活性に与える影響が少なく、遺伝子操作によるタンパク質生産には有利であると考えられる。
【0005】
しかしながら、現在までその結合部位周辺にSer、Thr、Proなどのアミノ酸が比較的多いことが知られているに過ぎず、O結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列については十分な解明がなされていなかった。このような状況下において、本発明者らはO−グリコシレーション部位と考えられるコンセンサス配列を見出し、特開2002−276号公報においてそれを開示している。
【特許文献1】特開2002−276号公報
【非特許文献1】Hasnain, S. et al.: J. Biol. Chem. 267, 4713−4721, 1992
【非特許文献2】Williams, T.A. et al.: Biochem J. 318, 125−131, 1996
【非特許文献3】Coulombe, R. et al.: Proteins 25, 398−400, 1996
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このコンセンサス配列は、5つのアミノ酸残基からなり、Ser残基もしくはThr残基のN末側およびC末側両側にある2個のアミノ酸残基内に、側鎖に電荷を持つアミノ酸残基が存在するものであって、Ser残基もしくはThr残基の両側にある2つのアミノ酸残基の一方が側鎖に電荷を持つ任意のアミノ酸残基であれば、このSer残基もしくはThr残基にO−グリコシレーションが生じると推定される。ところが、この配列では、2つのアミノ酸残基の一方が電荷を持つ任意のアミノ酸であればよいので、実際にはO−グリコシレーションが生じないにもかかわらずO−グリコシレーションが生じると判断される可能性が高い。また、この条件下では、O−グリコシレーションを回避しあるいはO−グリコシレーションを起こさせるためには、少なくとも2つのアミノ酸残基の欠失、改変、挿入を行う必要があった。
【0007】
そこで、本発明者はさらに酵母におけるO結合型糖鎖の結合部位のコンセンサス配列について研究を重ねたところ、それよりも短いアミノ酸配列からなるコンセンサス配列を見出し、本願発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、O結合型糖鎖がほぼ確実に結合するであろうと推定できるコンセンサス配列を確定するとともに、目的とするタンパク質やペプチド中にこれらのアミノ酸残基の有無を探索して生産されたペプチドやタンパク質に糖鎖が付加するのを回避し、また、当該コンセンサス配列となるように適切なアミノ酸残基を導入して、糖鎖が付加したタンパク質やペプチドを生産させることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るO−グリコシレーション部位の推定方法は、真核細胞を用いてタンパク質あるいはペプチドを生産する際に起こる目的タンパク質あるいは目的ペプチドに対するO−グリコシレーション部位を推定する方法であって、以下の(1)あるいは(2)の要件のどちらかあるいは両方を満たすセリン残基あるいはスレオニン残基をその指標とすることを特徴としている。
(1)下記の式1で表されるアミノ酸配列を含んでなること
X(−1)−X(0)・・・式1
ここでX(0)はThr残基またはSer残基を表し、X(−1)はGly以外のアミノ酸残基を表す
(2)タンパク質の高次構造解析において、セリン残基あるいはスレオニン残基の側鎖がタンパク質表面に露出していると推定できること
【0010】
本発明に係る第1のO−グリコシレーションの制御方法は、真核細胞を用いてタンパク質あるいはペプチドを生産する際におけるO−グリコシレーションを制御する方法であって、上記推定方法により推定されたO−グリコシレーションされるSer残基あるいはThr残基を欠失させるか、当該アミノ酸残基をSer残基,Thr残基以外のアミノ酸残基に置換してO−グリコシレーションを回避することを特徴としている。
【0011】
本発明に係る第2のO−グリコシレーションの制御方法は、上記推定方法により推定されたO−グリコシレーションされるSer残基あるいはThr残基に対して、上記式1におけるX(−1)のアミノ酸残基をGly残基に置換してO−グリコシレーションを回避することを特徴としている。
【0012】
本発明に係る第3のO−グリコシレーションの制御方法は、上記推定方法における(1)あるいは(2)の要件もしくは両者の要件を満たすように、タンパク質あるいはペプチド内の所望の位置にSer残基あるいはThr残基を挿入してO−グリコシレーションを起こさせることを特徴としている。
【0013】
そして、本発明に係る第4のO−グリコシレーションの制御方法は、上記推定方法における(1)あるいは(2)の要件もしくは両者の要件を満たすように、タンパク質あるいはペプチド内の所望の位置にあるアミノ酸残基をSer残基あるいはThr残基に置換してO−グリコシレーションを起こさせることを特徴としている。
【0014】
また、本発明は、このようにしてO−グリコシレーションが制御されるように設計されたタンパク質あるいはペプチドに係るものであって、設計されたこれらのタンパク質等をコードするDNAや当該DNAを組み込んだベクター、当該ベクターを導入した組換え体、この組換え体を用いてタンパク質あるいはペプチドを生産する方法、当該方法により得られた目的生産物であるタンパク質やペプチドを対象としている。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、酵母あるいはその他の真核細胞を用いて任意のタンパク質あるいはペプチドを生産する場合に、事前に糖鎖結合部位をそのアミノ酸配列から予測することが出来る。そして、組換え技術等によって実際に生産したタンパク質等に糖鎖修飾が見られた場合には、上記方法にて推定された糖鎖結合部位のアミノ酸配列を欠失、挿入、置換などの操作により変化させることで、容易に糖鎖修飾を回避することが出来る。したがって、糖鎖修飾のないタンパク質が生産されることになり、医薬品の開発など生産物の均一性が要求される場合に非常に有用なものとなる。また、従来、酵母特異的糖鎖修飾による生産物の不均一性や精製の困難さなどの理由により、生産量は多く望めるが酵母をタンパク質生産の宿主として利用できなかった事例に対して、これらの改変を起こすことによって利用可能となる。一方、糖修飾されないタンパク質ないしはペプチドに対して上記方法にて糖付加させることができ、糖タンパク、糖ペプチドとして発現生産させることも可能となる。
【0016】
特に、本発明においては、従来考えられていたコンセンサス配列と比べて短いアミノ酸配列を指標として推定しているので、糖鎖の修飾位置である確実性が従来の方法に比べて高い。また、僅か1個のアミノ酸残基を改変するだけで糖鎖修飾を回避したり糖鎖修飾を起こさせたりできるので、O−グリコシレーションが制御されたタンパク質等の設計が容易になり、その生産性、均質性が飛躍的に向上する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】rhMKのP.pastoris 特異的O−グリコシレーション部位周辺のアミノ酸を置換した各種改変型hMKのアミノ酸配列と糖修飾の有無を示す図である。
【図2】各アミノ酸改変rhMKの非還元条件下におけるSDS−PAGEの結果を示す図である。レーン1は非アミノ酸改変rhMKを、レーン2は改変タイプ#1を、レーン3は改変タイプ#2を、レーン4は改変タイプ#3を、レーン5は改変タイプ#4について示す。
【図3】各アミノ酸改変rhMKのMALDI/TOF−MSによる質量分析結果を示すチャートであって、(a)は改変タイプ#2について、(b)は改変タイプ#3について示す。
【図4】各アミノ酸改変rhMKのNucleosil7C18(ケムコ社製)カラムを用いた逆相カラムクロマトグラフィーのチャートであって、(a)は非改変rhMKについて、(b)は改変タイプ#4について、(c)は改変タイプ#5について示す。サンプルは0.25%トリフルオロ酢酸溶液に溶解して、カラムクロマトグラフィーに供した。0.5ml/minの流速で、0.25%トリフルオロ酢酸−アセトニトリルの直線濃度勾配で溶出した。
【図5】N末のアミノ酸配列を改変した組換えhMKタンパク質の非還元条件下におけるSDS−PAGEによる結果を示した図である。電気泳動には10−20%の濃度勾配のアクリルアミドゲル(第一化学社製)を用いた。レーン1はrhMKA(hMKのC末端の糖修飾される3個のThr残基をAlaに置換した組換えhMKである。)について、レーン2はrhMKTAについて、レーン3はrhMKGTAについて示す。
【図6】hMKの立体構造を示す図であって、(a)は糖修飾されるhMKのCドメイン中Thr97周辺の構造を示す図、(b)は糖修飾されるhMKのCドメイン中Thr101周辺の構造を示す図、(c)は糖修飾されるhMKのNドメインを示す図であって、CはNドメインのC末端を示し、ここから先Cドメインへと繋がる。また、図左側の白っぽい領域は、N末テイル部分である。座標データはNCBIデータバンクよりダウンロードし、NCBIより提供されるアプリケーションソフトCn3D4.1で立体構造を表示した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明のO−グリコシレーション部位を推定する方法は、真核細胞を用いてタンパク質あるいはペプチドを生産する際に起こる目的タンパク質あるいは目的ペプチドに対するO−グリコシレーション部位を推定する方法であって、以下の(1)あるいは(2)の要件のどちらかあるいは両方を満たすセリン残基あるいはスレオニン残基をその指標としている。
(1)下記の式1で表されるアミノ酸配列を含んでなること
X(−1)−X(0)・・・式1
ここでX(0)はThrまたはSerを表し、X(−1)はGly以外のアミノ酸を表す
(2)タンパク質の高次構造解析において、セリンあるいはスレオニンの側鎖がタンパク質表面に露出していると推定できること
【0019】
つまり、本発明は、上記(1)および/または(2)の要件を満たすセリン残基あるいはスレオニン残基を目的とするタンパク質やペプチド中から見出すことを目標としている。そして、見つけ出されたセリン残基あるいはスレオニン残基をO結合型糖鎖の結合部位として除去してO−グリコシレーションを回避したタンパク質やペプチドを設計し、あるいはO結合型糖鎖の結合部位としてセリン残基あるいはスレオニン残基を挿入してO−グリコシレーションを起こさせたタンパク質やペプチドを設計して、それらのタンパク質等を生産することを最終目標としている。さらに言い換えると、本発明は、目的とするタンパク質やペプチドの活性を損なわない範囲で、上記(1)および/または(2)の要件を満たすセリン残基あるいはスレオニン残基を含まないようにタンパク質やペプチドを設計し、また、上記(1)および/または(2)の要件を満たすセリン残基あるいはスレオニン残基を含むようにタンパク質やペプチドを設計する方法を提供するものである。
【0020】
本発明は真核細胞を用いた場合に有効であるが、その中でも以下に述べる如く特に酵母を用いた生産における場合に最も有効な方法である。用いられる酵母は特に限定されるものではなく、例えば、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)やピキア・パストリス(Pichia pastoris)が挙げられる。最も望ましくは後者のピキア・パストリスである。
【0021】
上記式1で示されるアミノ酸配列は、タンパク質またはペプチドにおいて、そのN末領域やC末領域に存在する場合に限られず、ペプチドやタンパク質の途中において存在するものであっても差し支えない。つまり、N末側にグリシン以外のアミノ酸残基が位置するセリン残基またはスレオニン残基が存在すれば、それがO結合型糖鎖の結合位置であると推定される。
【0022】
この中でも設計の基礎となるタンパク質やペプチドの高次構造を見た場合に、高次構造の表面に露出していると推定されるセリン残基またはスレオニン残基がO結合型糖鎖の結合位置である可能性がより高いと判断される。もちろん、セリン残基またはスレオニン残基のN末側にグリシンが存在していたとしても、セリン残基またはスレオニン残基が表面に露出していると推定されると、当該セリン残基またはスレオニン残基が結合位置である可能性が高いと判断される。
【0023】
次に、結合位置であると判断されたセリン残基またはスレオニン残基を、欠失あるいは他のアミノ酸残基に置換するか、当該セリン残基またはスレオニン残基のN末側アミノ酸残基をグリシンに置換すれば、O−グリコシレーションを回避することができる。こうしてO結合型糖鎖が脱落したペプチドやタンパク質が生産され、細胞外への分泌促進が期待される。特に、O−グリコシレーションは、タンパク質が翻訳された後立体構造を形成してから導入されると考えられるために、この糖鎖の削除および当該位置のアミノ酸残基の改変が活性に与える影響は少ないと考えられる。つまり、糖鎖の結合がなく所望する生理活性を有するタンパク質やペプチドを生産できる。目的となるタンパク質等に制約はなく、ミッドカイン(MK)、リゾチーム、プレイオトロフィン等が例示される。もちろん、タンパク質あるいはペプチドに期待する活性が失われるのであれば、適宜改変を調整して糖鎖の結合を許容するのはやむを得ないことであって、本発明はこの場合を排除するものではない。
【0024】
また、目的とするペプチドやタンパク質の任意の位置に、上記(1)および/または(2)を満たすようなセリン残基またはスレオニン残基を導入すれば、O−グリコシレーションを起こさせることができる。こうしてO結合型糖鎖が導入されたペプチドやタンパク質を生産できるので、例えば、タンパク質の安定性や溶解性が向上することが期待される。また、タンパク質をO−グリコシレーションすることにより抗原性が増しアジュバント様の活性を与え、プロテアーゼに対する耐性を高めたり、血中半減期や他のタンパク質との反応性を変えたりすることができる。さらには、結合させた糖鎖を利用して、精製法が確立していないペプチドやタンパク質を、ConAなどのレクチンカラムや抗マンノース抗体カラムを用いて簡単に精製したり、マンノース糖鎖をフラッグとして用いることで抗マンノース抗体やレクチンなどを利用し、発現タンパク質等を簡便に検出あるいは定量することも行えるようになる。特に糖鎖の選択を工夫すれば、ペプチド性のタグを付加する場合に比してより小さな分子の付加で目的を達成できる可能性があり、生物活性を損なわずに糖鎖を導入できる可能性が高まる。当然、この場合にも所望する活性を失活させないように調整するのが好ましい。
【0025】
以上のようにして設計されたタンパク質やペプチドの生産には、コードするcDNAにおいて改変が加えられる。つまり、非糖修飾タンパク質を得るために、タンパク質をコードするcDNAにおいて、糖が付加され得るThrまたはSerをコードする塩基配列を欠失させ、また他のアミノ酸をコードする塩基配列に置換する。また、糖が付加され得るThrまたはSerのN末側にある一つのアミノ酸をコードする塩基配列をGlyをコードする塩基配列に置換するか、あるいは当該ThrまたはSerのN末側にGlyをコードする塩基配列を挿入し、改変されたcDNAを真核細胞の宿主−ベクター系を用いて発現させる。また、糖修飾タンパク質を得るためには、タンパク質をコードするcDNAにおいて、糖を付加したい任意の位置にThrまたはSerをコードする塩基配列を挿入するか、任意の位置のアミノ酸をコードする塩基配列に置換して、改変されたcDNAを真核細胞の宿主−ベクター系を用いて発現させるとよい。なお、糖修飾させる場合には、N末側のアミノ酸がGlyでないことが必要である。もちろん、N末側のアミノ酸をコードする塩基配列と併せてGlyをコードする塩基配列を他のアミノ酸をコードする塩基配列に置換してもよい。
タンパク質をコードするcDNAは周知の方法で調整することができる。例えば、ヒトMKの場合には、例えば、Tsutsuiらの方法(Tsutsui, J. et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun. 176, 792-797, 1991)により調製できる。また、適当なプライマーDNAを合成し、MKを発現している組織(例えば、腎臓、胎児脳)或いはヒト培養細胞(G401等)からRNAまたはcDNAを調製、これを鋳型としたPCR法により取得できる。他のタンパク質やペプチドを対象とする場合も同様に行える。
【0026】
非糖修飾または糖修飾タンパク質等を発現させる際に使用される宿主−ベクター系としては、好ましくは、酵母発現系(新生化学実験講座2, 核酸III,組換えDNA技術, 日本生化学会編, p.282, 東京化学同人, 1992;西村善文,大野茂雄監修:細胞工学, 実験プロトコールシリーズ:別冊タンパク実験プロトコール, p63, 1997)を用いることであるが、最も好ましくはメタノール資化性酵母であるピキア・パストリスを宿主とした分泌発現系(特開平8−228779号公報、特開平9−95454号公報等参照)を用いることである。具体的には、hMKを生産させる場合であれば、(a)ピキア・パストリス由来のメタノール誘導性のアルコールオキシダーゼ遺伝子(AOX1)プロモーター配列、(b)シグナル配列(好ましくはサッカロミセス・セレビシエ由来のα因子)、(c)ピキア酵母細胞内で糖付加または糖欠失し得るアミノ酸に対応するコドンを他のアミノ酸に対応するコドンに置換したタンパク質cDNA、好ましくはアミノ酸置換MKcDNA、(d)ピキア・パストリス由来のメタノール誘導性のアルコールオキシダーゼ遺伝子(AOX1)の転写終結配列、(e)大腸菌およびメタノール資化性酵母で機能する選択マーカ遺伝子、(f)大腸菌で機能する複製開始点および(g)メタノール資化性酵母染色体DNAへの部位特異的相同組換えのための5´AOX1および3´AOX1からなるMKタンパク質発現ベクターによって形質転換されたメタノール資化性酵母による非糖修飾MKタンパク質の分泌発現系が挙げられる。
【0027】
ピキア・パストリス発現系を用いる場合、ベクターとしては、例えば、ピキア酵母染色体由来のアルコール酸化酵素遺伝子のプロモーターおよびターミネーターを含む発現ベクターpHIL−D2(フナコシ株式会社製)が好ましい。宿主としては、例えば、ピキア・パストリスGS115株(NRRL Y−15851)が用いられる。また、ベクターpGAPZ(フナコシ株式会社製)のグリセルアルデヒド3−リン酸脱水素酵素(GAP)プロモーターの下流にMKcDNAを組み込んで発現させることも可能である。これら以外にもピキア・パストリスを宿主として異種タンパク質、ペプチドを製造させる方法は公知であり、例えば、特開平8−228779号に記載の方法に従って、タンパク質やペプチドを発現させることができる。
【0028】
また、その他の酵母発現系としては、nmt1プロモーターを含むベクターpESP(フナコシ株式会社製)と、宿主として分裂酵母Schizosaccharomyces pombeを用いる系、GAL1あるいはGAL10プロモーターを含むベクターpESC(ストラタジーン社製)と、宿主としてサッカロミセス・セレビシエを用いる系などにより、タンパク質やペプチドを発現させることもできる。
【0029】
宿主には糸状菌を用いることもできる。具体例としては、アスペルギルス属(Aspergillus)、トリコデルマ属(Trichoderma)、ムコール属(Mucor)、ノイロスポラ属(Neurospora)、フザリウム属(Fusarium)等の菌株が挙げられる。これらの宿主由来の適当なプロモーターとターミネーターを含むベクター、例えばアスペルギルス属を宿主として用いる場合は、グリセルアルデヒド3−リン酸脱水素酵素遺伝子(gpd)のプロモーターとtrpC遺伝子のターミネーターの間に、改変されたMKcDNAを組み込んで宿主に導入し、目的とするタンパク質、ペプチドを発現させることができる(Juge, N. et al.: Appl. Microbiol. Biotechnol. 49, 385-392, 1998; Gouka, R.J. et al.: Appl. Microbiol. Biotechnol. 47, 1-11, 1997; Mackenzie, D.A. et al.: J. Biotechnol. 46, 85-93, 1996)。
【0030】
以下、本発明について実施例を挙げてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものでない。
【実施例1】
【0031】
〔ヒト由来ミッドカインタンパク質におけるスレオニン周辺のアミノ酸配列がO−グリコシレーション及ぼす影響〕
ヒト由来ミッドカイン(以下hMKと略す。)の酵母特異的O−グリコシレーションを受けるスレオニン周辺のアミノ酸を別なアミノ酸に置換し、ピキア・パストリス(P.pastoris)で発現させた場合の糖修飾の変化を解析することで、これらのアミノ酸配列が組換えhMKのO−グリコシレーションに影響を与えるかどうかを検討した。
【0032】
まず、hMKのC末側に存在するP.pastoris特異的O−グリコシレーション領域(配列番号1:特許文献1参照)を、図1に示すようなアミノ酸配列になるように変異導入し、5種類の改変型hMKcDNAを作製した(改変タイプ#1〜5、それぞれ配列番号2〜6に対応)。アミノ酸改変組換えhMKのcDNAは、以下の配列番号1〜6に示す5´側のプライマーと各3´側プライマーを組み合わせたPCR法により合成した。なお、図1において示された枠囲みのアミノ酸残基は、糖鎖修飾を受ける可能性があると考えられた3個のThr残基(Thr97、Thr101、Thr108)であり、置換したアミノ酸残基(QあるいはG)は太文字(下線付き)で示されている。
5´側プライマー:
〔配列番号7〕
ccgaattcatgcagcaccgaggcttcctcc
3´側プライマー:
改変タイプ#1〔配列番号8〕
ccgaattctagtccttacccttacccttcttagccttagccttagccttagtttgtggagtacatggcttagtaacttggatggtctcctggcactgag
改変タイプ#2〔配列番号9〕
ccgaattctagtccttacccttacccttcttagccttagccttagccttagtttgtggagtacatggttgagtaacacggatagtttgctggcactgag
改変タイプ#3〔配列番号10〕
ccgaattctagtcctttcccttccctttcttggctttggcctttgctttggtaccgggggtgcagggcttggtaccgcggatggtttgctggcactgag
改変タイプ#4〔配列番号11〕
ccgaattctagtcctttcccttccctttcttggctttggcctttgctttggtaccgggggtgcagggcttggtaccgcgaccggtctcctggcactgag
改変タイプ#5〔配列番号12〕
ccgaattctagtcctttcccttccctttcttggctttggcctttgctttggtaccgggggtgcagggcttggtaccgcggatggtaccctggcactgag
【0033】
合成したcDNAは、セファクリルS−300簡易遠心カラム(アマシャムバイオサイエンス社製)で未反応のプライマーを除去した後、制限酵素EcoRI(宝酒造社製)を用いて37℃で完全消化した。DNA断片は、同様にEcoRIで完全消化した後に大腸菌アルカリフォスファターゼで脱燐酸されたP.pastoris発現用ベクターpHIL−D4とライゲ−ションした(宝酒造社製ライゲーションキットVer.2を用いた)。このDNAをエレクトロポレーション法により大腸菌に導入し、アンピシリン耐性のコロニーをいくつか拾ってcDNAが挿入されていることを確認した。さらに導入したcDNAの塩基配列が所望のものかどうかをパーキンエルマー・アプライドバイオシステムズ社製キャピラリー式オートシーケンサー Model 3100で解析した。その際、サンプルはプラスミドあるいはPCR産物をテンプレートとして、BigDye terminatorサイクルシーケンシングキット(パーキンエルマー・アプライドバイオシステムズ社製)を用い、添付の手順書に従って調製した。
【0034】
各cDNAの挿入が確認された上記複合プラスミドは、エレクトロポレ−ション法によりP.pastorisGS115株に導入された。組換え体の選別は、まずヒスチジン要求性の相補により行い、引き続き抗生物質G418に対する耐性の獲得により行った。得られた複数個の組換え体は、10mlのYPD培地で30℃一昼夜培養した後、培地を4分の1容のBMMY培地に置換し、さらに20℃で3日間培養した。遠心後その上清20μlについてSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)を行い、さらに抗マウスMK抗体を用いたウエスタンブロット解析に供し、組換え体タンパク質の発現を確認した。
【0035】
各組換えタンパク質を発現する組換え体は、300mlの3%グリセロール含有FM21培地にて30℃で30時間培養後、遠心集菌して50mlの2%メタノール含有の同培地に再度懸濁し直し、20℃で4日間培養した。この間毎日2%メタノール含有培地となるようにメタノールを追加した。培養終了後、遠心して上清を回収し、SPおよびHP Sepharoseカラムクロマトグラフィー(アマシャムバイオサイエンス社製)で精製した。精製した各組換えhMKタンパク質(以下rhMKと略す。)は非還元条件下でのSDS−PAGE、逆相クロマトグラフィー分析および質量分析によりO−グリコシレーションを受けたかどうかを検討した。その結果を図2〜図4に示す。
【0036】
非還元条件下におけるSDS−PAGEによれば、改変タイプ#1、#2および#4から、非改変タイプと同様に明らかに分子量の大きな複数のバンドあるいはスメアが検出され(図2、レーン2,3,5)、O−グリコシレーションが回避されていないことが示された。改変タイプ#2の質量分析によれば、O−グリコシレーションされていない分子(図3(a)に示すピークM0)の他に、マンノースが2個ないし5個付加された場合と同じ分子量のピークが検出された(図3(a)に示すークM2、M5)。これに対してタイプ#3では、非還元条件下におけるSDS−PAGEでのバンドは1本であり(図2、レーン4)、質量分析でもO−グリコシレーションされない場合の予想分子量のピークが主であった(図3(b)に示すピークM0)。改変タイプ#4と改変タイプ#5の逆相クロマトグラフィーのパターン比較において、アミノ酸組成の違いによると考えられる若干の溶出時間のずれはあるが、改変タイプ#4では糖鎖修飾のないピークの他に2本の糖鎖修飾されたhMKのピークが見られた(図4(b))。これに対して改変タイプ#5では、逆相クロマトグラフィーにより得られたピークはほぼ1本であった(図4(c))。このピークは改変タイプ#4との比較において最も遅く溶出される糖修飾されないrhMKのピークと一致するため、改変タイプ#5も改変タイプ#3と同様に糖修飾が回避されたと考えられる。なお、図4(a)は非改変rhMKについてのチャートである。これらの結果から糖修飾サイト周辺のアミノ酸配列が変化することで組換えhMKタンパク質のO−グリコシレーションが影響を受けることが示された。さらに改変タイプ#3と#5のアミノ酸置換位置がスレオニンのN末側隣である点で一致していること、置換されるアミノ酸がグリシンの場合に抑制されるなどの特徴が見出された。
【実施例2】
【0037】
〔スレオニンのN末側直近のグリシンによるO−グリコシレーションの抑制〕
実施例1においてスレオニンのN末側直近にグリシンが存在するとP.pastorisによる特異的な糖修飾が抑制される可能性が示唆された。しかしながら、この原因がアミノ酸の側鎖配列を認識していることによるのか、hMKタンパク質の高次構造の変化によるスレオニン側鎖の立体配座の変化であるためなのかは判断ができない。そこで、O−グリコシレーションの抑制がタンパク質の一次構造の違いにより生じたものなのかどうかを次に検討した。
【0038】
hMKのN末端付近のアミノ酸残基をスレオニンに置換すると、下記配列番号14に示すように挿入されたスレオニン(下線部分)が糖鎖修飾されることが明らかになっている(特許文献1参照)。また、配列番号13で示すhMKタンパク質のアミノ酸配列のN末から14番目のアミノ酸まではNMR解析からループ構造をとっていると考えられており(Iwasaki, W., Nagata, K., et al., Embo J. 16, 6936−6946 1997)、5個のジスルフィド結合により構成されるhMKの高次構造の影響を受け難く、N末端付近のアミノ酸側鎖は自由に回転できると予想される(図6(c))。よってhMKのN末のアミノ酸配列を、配列番号15で示すhMKGTA様に改変してP.pastorisで発現させた時にスレオニン(下線部分)が糖修飾を受けなければ、O型糖転移酵素の認識はタンパク質の一次構造に影響された可能性が高いことが示唆される。これに対してO−グリコシレーションの頻度が変わらなければ、O−グリコシレーションの抑制はアミノ酸配列の変化によるものでないと言うことができる。
〔配列番号13〕
hMK:Lys-Lys-Lys-Asp-Lys-Val-Lys-Lys
〔配列番号14〕
hMKTA:Lys-Thr-Lys-Thr-Lys-Thr-Lys-Lys
〔配列番号15〕
hMKGTA:Lys-Gly-Thr-Lys-Gly-Thr-Lys-Lys
【0039】
それぞれのcDNAをPCR法により合成した。3´側のプライマーとして以下の配列番号16に示すプライマーを用い、hMK中に存在するC末のO−グリコシレーション部位のThrをAlaに置換し、糖鎖が付加されないように改変した。
〔配列番号16〕
ccgaattctagtcctttcccttccctttcttggctttggcctttgctttagccttgggggtgcagggcttagcgacgcggatagcctcctggc
【0040】
さらに以下の配列番号に17,18に示すオリゴDNAプライマーをそれぞれ5´側のプライマーとしてhMKcDNAを鋳型としたPCRを行い、N末糖修飾検討用hMKTAおよびhMKGTAのcDNAを合成した。
hMKTA用5´側オリゴDNAプライマー
〔配列番号17〕
gaattcacaatgcaacaccgtggtttcctgttgctgaccttgctggctctgctggctttgacttccgctgtcgccaagactaagactaagactaagaagg
hMKGTA用5´側オリゴDNAプライマー
〔配列番号18〕
ggaattcacaatgcaacaccgtggtttcctgttgctgaccttgctggctctgctggctttgacttccgctgtcgccaagggtactaagggtactaagaag
【0041】
PCR合成したcDNAは、セファクリルS−300簡易遠心カラム(アマシャムバイオサイエンス社製)で精製した後、制限酵素EcoRI(宝酒造社製)で完全消化した。DNA断片は、同様にEcoRIで完全消化した後に大腸菌アルカリフォスファターゼで脱燐酸されたP.pastoris発現用ベクターpHIL−D4とライゲ−ションした(宝酒造社製ライゲーションキットVer.2を使用)。そして、大腸菌DH5α株にトランスフォーメーションしてアンピシリン耐性のコロニーをいくつか拾い、cDNAが挿入されていることを確認するとともに塩基配列が所望のものかどうかの確認を行った。
【0042】
pHIL−D4に各cDNAが挿入された複合プラスミドは、エレクトロポレ−ション法によりP.pastoris GS115株に導入した。組換え体の選別は、まずヒスチジン要求性の相補により行い、引き続き抗生物質G418に対する耐性により行った。得られた複数個の組換え体は、10mlのYPD培地で30℃一昼夜培養した後、培地を4分の1容のBMMY培地に置換し、20℃で3日間培養した。遠心後培地上清の20μlをSDS−PAGE法にて分離した後ウエスタンブロット解析に供し、組換え体タンパク質の発現を確認した。
【0043】
各組換え体を用いて組換えhMKTAおよびhMKGTAタンパク質(rhMKTA、rhMKGTAと略す。)を発現させ、培養上清からHP Sepharoseカラムクロマトグラフィーによりそれぞれのタンパク質を回収した。精製したタンパク質は非還元条件下におけるSDS−PAGEでO−グリコシレーションについての解析を行った。その結果、図5から明らかなようにrhMKTAに対してrhMKGTAの糖修飾は明らかに減少していることが示された。さらにHP Sepharoseで精製した各組換えタンパク質をConA Sepharose(アマシャムバイオサイエンス社製)カラムクロマトグラフィーに供し、ConAへの吸着率を検討した。その結果、hrMKTAのConAへの吸着率は62.7%であったのに対して、rhMKGTAのConAカラムへの吸着率は7%であった。これらの結果からスレオニンのN末側直近にグリシンが存在するとO−グリコシレーションの抑制が起こること、さらにP.pastoris のO型糖修飾酵素がタンパク質の一次構造を認識している可能性が高いことが示唆された。
【実施例3】
【0044】
〔酵母O−グリコシレーション部位の認識に必要なThr、Ser側鎖のタンパク質の表面への露出〕
タンパク質のO−グリコシレーションはタンパク質が翻訳され高次構造を形成した後に行われる。ゆえにO型糖修飾酵素がセリンあるいはスレオニンに糖を付加するには、修飾部位のアミノ酸側鎖の水酸基がタンパク質表面上に露出していることが必要条件であると思われた。この点を検討するためにはhMKの立体構造が既知である必要があるが、幸いなことにhMKタンパク質の立体構造はIwasaki等によってNMR解析され既知のものとなっており(Iwasaki, Nagata, et al., 1997)、これを参考にO−グリコシレーションされるスレオニン側鎖がどのような立体配座をとっているかを検討した。hMKはジスルフィド結合で形成された2つのドメイン構造(N末側のNドメインとC末側のCドメイン)とその両側のテイル部分からなる。hMKの立体構造はこれらNドメインとCドメイン、それぞれの分子構造をNMRで解析することにより決定された。Nドメインは3本、Cドメインは4本の逆平行βシート構造からなり、両ドメインの結合部とヘパリン結合部およびN末とC末のテイル部分は、明確な構造をとらないいわゆるループ構造(ランダムコイルともいう。)と考えられている。P.pastoris特異的に糖修飾を受けるCドメイン中のThr97、Thr101周辺の構造を見ると、どちらのスレオニン側鎖もhMKタンパク質表面上に非常に良く露出されていることがわかる(図6(a)(b))。これに対して同じCドメイン中にあって修飾されないThr76、Thr78、Thr84は、これらは偶然にも立体構造上では糖修飾されるThr97とThr101の直近に存在しており、その側鎖水酸基はタンパク質の内側を向くか他の側鎖に覆われるなどしてタンパク質表面に露出されていなかった。よって糖修飾されるスレオニン側鎖は、hMKタンパク質の表面に露出するという必要条件を満たしていたことになる。また、Thr108についてはC末テイル部分の高次構造が解析されていないためこの付近の立体構造の詳細は不明であるが、テイル部分はジスルフィド結合による制約を受けないループ構造と考えられているので、スレオニン側鎖が比較的自由に回転が出来るためにO−グリコシレーションされたと予想される。逆に近接するスレオニンが修飾されなかった理由は、スレオニン側鎖がタンパク質表面上に露出していないことが大きな原因であると予想される。
【0045】
そこで、hMK中に存在するすべてのセリンおよびスレオニンについて、周辺の一次構造および二次構造と側鎖の立体配座を検討した(表1)。タンパク質の一次構造を見る限り、糖修飾されるスレオニン周辺の配列に特徴はないが、修飾されないセリン、スレオニンに関しては、その隣にシステインとグリシンが多く見られる。ジスルフィド結合を形成するシステインがセリン、スレオニンの隣に存在する場合、糖修飾されないことは経験的事実であり、これはセリン、スレオニン側鎖がタンパク質表面にある程度以上出ているか、回転の自由度があることがO−グリコシレーションに必要であることを反映していると推定される。hMKタンパク質の二次構造はループ構造とβ鎖のみであるが、O−グリコシレーションとの関連は見出せなかった。Yamada等はループ構造以外の二次構造ではO−グリコシレーションが阻害されると報告しているが(Yamada, et al., 1995)、本実施例ではそのような現象は見られなかった。hMKのセリン、スレオニン側鎖の立体配座に関して、O−グリコシレーションされるスレオニンの側鎖は全てタンパク質の外側に向いていると推定される。さらにO−グリコシレーションされないセリン、スレオニン側鎖の約6割はタンパク質の内側に向いていた。残りのセリン、スレオニンは側鎖が外側を向いていたが、1個を除いて隣がジスルフィド結合を形成するシステインであった。唯一側鎖がタンパク質の外側を向いておりO−グリコシレーションされないセリンが存在したが(表1)、N末側隣のアミノ酸がグリシンになっており、実施例2で示したO−グリコシレーションが抑制されるアミノ酸配列になっていた。
【0046】
【表1】

【0047】
これらのことにより、P.pastoris のO型糖修飾酵素はアミノ酸配列によって形成される側鎖の並びあるいは立体配座も含めた構造そのものを認識していると考えられる。さらにO−グリコシレーションがタンパク質の立体構造形成後に行われることから、O型糖修飾酵素はペプチド鎖に沿ったアミノ酸側鎖配列だけではなくタンパク質の三次構造を含めたアミノ酸側鎖の並びを認識している可能性も予想される。特にタンパク質の一次構造においては、スレオニンのN末側直近のアミノ酸の種類がO型糖修飾酵素の認識に重要であると考えられる。そして、スレオニンの側鎖がタンパク質表面上に露出していることもO型糖修飾酵素がスレオニンを認識する上では必要な条件であると思われ、O−グリコシレーションのコンセンサス配列を予想しても実際には糖修飾を受けない場合がある理由はここに存在していたと考えられる。すなわちO型糖修飾酵素は、高次構造形成後のタンパク質表面のアミノ酸側鎖配列を認識しているが、その認識はかなりの自由度をもっており、個々の配列による活性中心への結合状態の微妙な違いにより糖転移率が変化すると推定される。これはO−グリコシレーションがタンパク質上の同一認識部位に対して100%起こるわけではないことともよく一致する。
【0048】
したがって、目的とするペプチドあるいはタンパク質のアミノ酸配列中に少なくともGly残基以外のアミノ酸のC末側に隣接してスレオニン残基もしくはセリン残基が存在していれば、当該スレオニン残基もしくはセリン残基にO−グリコシレーションが起こる可能性が高く、また、当該スレオニン残基もしくはセリン残基の側鎖がタンパク質の表面に露出しているような場合には、ほぼO−グリコシレーションが起こる可能性があると考えてよい。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明によると、真核細胞を用いた遺伝子組み換え技術を用いて、糖鎖の付加を回避したりあるいは糖鎖を付加した目的タンパク質や目的ペプチドを生産できるようになる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真核細胞を用いてタンパク質あるいはペプチドを生産する際に起こる目的タンパク質あるいは目的ペプチドに対するO−グリコシレーション部位を推定する方法であって、以下の(1)あるいは(2)の要件のどちらかあるいは両方を満たすセリン残基あるいはスレオニン残基をその指標とすることを特徴とするO−グリコシレーション部位の推定方法。
(1)下記の式1で表されるアミノ酸配列を含んでなること
X(−1)−X(0)・・・式1
ここでX(0)はThrまたはSerを表し、X(−1)はGly以外のアミノ酸を表す
(2)タンパク質の高次構造解析において、セリンあるいはスレオニンの側鎖がタンパク質表面に露出していると推定できること
【請求項2】
真核細胞を用いてタンパク質あるいはペプチドを生産する際におけるO−グリコシレーションを制御する方法であって、請求項1記載の方法により推定されたO−グリコシレーションされるSer残基あるいはThr残基を欠失させるか、当該アミノ酸残基をSer残基,Thr残基以外のアミノ酸残基に置換してO−グリコシレーションを回避することを特徴とするO−グリコシレーションの制御方法。
【請求項3】
真核細胞を用いてタンパク質あるいはペプチドを生産する際におけるO−グリコシレーションを制御する方法であって、請求項1記載の方法により推定されたO−グリコシレーションされるSer残基あるいはThr残基に対して、請求項1記載の式1におけるX(−1)をGlyに置換してO−グリコシレーションを回避することを特徴とするO−グリコシレーションの制御方法。
【請求項4】
真核細胞を用いてタンパク質あるいはペプチドを生産する際におけるO−グリコシレーションの制御方法であって、請求項1における(1)あるいは(2)の要件もしくは両者の要件を満たすように、タンパク質あるいはペプチド内の所望の位置にSer残基あるいはThr残基を挿入してO−グリコシレーションを起こさせることを特徴とするO−グリコシレーションの制御方法。
【請求項5】
真核細胞を用いてタンパク質あるいはペプチドを生産する際におけるO−グリコシレーションの制御方法であって、請求項1における(1)あるいは(2)の要件もしくは両者の要件を満たすように、タンパク質あるいはペプチド内の所望の位置にあるアミノ酸残基をSer残基あるいはThr残基に置換してO−グリコシレーションを起こさせることを特徴とするO−グリコシレーションの制御方法。
【請求項6】
請求項2〜5のいずれか一項記載のO−グリコシレーション制御方法を達成可能に設計されたタンパク質あるいはペプチド。
【請求項7】
請求項6に記載のタンパク質あるいはペプチドをコードするDNA。
【請求項8】
請求項7に記載のDNAを組み込んだベクター。
【請求項9】
請求項8に記載のベクターを導入した組換え体。
【請求項10】
請求項9記載の組換え体を用いてタンパク質あるいはペプチドを生産する方法。
【請求項11】
請求項10記載の生産方法により生産されたタンパク質あるいはペプチド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【国際公開番号】WO2005/085433
【国際公開日】平成17年9月15日(2005.9.15)
【発行日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−510705(P2006−510705)
【国際出願番号】PCT/JP2005/003570
【国際出願日】平成17年3月3日(2005.3.3)
【出願人】(000006138)明治乳業株式会社 (265)
【Fターム(参考)】