説明

眼内タンポナーデを用いた網膜疾患の治療方法

硝子体切除処置の間もしくは後に使用される少なくとも1種の脂肪酸グリセリンエステルを含む組成物であって、生体再吸収性であり、硝子体腔内に注入可能であり、1未満、より好ましくは0.90〜1に含まれる密度、または1以上、より好ましくは1〜1.5の密度を有し、50ダイン/cm未満、より好ましくは20〜30ダイン/cmの範囲の表面張力を有し、かつ注入された際に液滴に乳化しにくい組成物と、前記組成物の使用を必要とする網膜疾患の治療方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼疾患の治療の分野に関し、特に眼の硝子体腔内に使用される眼科用組成物に関する。
【0002】
より具体的には、本発明は溶液と、網膜剥離の治療での前記溶液の使用方法に関する。
【背景技術】
【0003】
網膜は、眼の内側に沿って並ぶ組織の感光層であり、視神経を通して脳に視覚メッセージを送る。網膜の中心は黄斑と呼ばれ、細かい詳細な視覚を可能にする唯一の部分である。
【0004】
白内障手術、後部硝子体剥離、増殖性糖尿病性網膜症または外傷などのいくつかの原因により、網膜が、支持組織のその基底層から剥離されてしまうことがある。網膜が剥離されると、その通常の位置から持ち上げられるか引っ張られて、その血液供給および栄養源から引き離されてしまう。
【0005】
最初の剥離は局所的なものかもしれないが、治療せず放置すると、網膜全体が剥離されてしまうことがある。剥離されたまま放置すると、網膜は変性し、その機能する能力を失ってしまう。黄斑を剥離されたまま放置すると中心視が失われる。適切に治療しない場合、網膜剥離によって永久的な視力低下が引き起こされ、失明することもある。
【0006】
網膜剥離の原因は、(1)硝子体液が裂け目を通過することで網膜の持ち上げが生じる網膜裂傷または網膜裂孔による裂孔原性網膜剥離、(2)網膜の下からの体液の漏出に起因する滲出性網膜剥離、および(3)牽引性網膜剥離の3つの主なカテゴリに分けることができる。この種の剥離は、硝子体腔内で網膜が通常は線維血管組織から引っ張られることに起因し、増殖性糖尿病性網膜症および増殖性硝子体網膜症(裂孔原性網膜剥離に伴って生じる瘢痕組織)は、牽引性網膜剥離の最も一般的な原因である。
【0007】
硝子体切除は、機械的切断によるガラス体液の機械的除去と硝子体切除装置(vitrector)と呼ばれる外科用器具による硝子体液の吸引とからなる外科処置である。
【0008】
硝子体切除は、(1)網膜剥離、(2)糖尿病性眼疾患からの合併症または出血、(3)血液、炎症性懐死組織片または感染を含む多くの原因のうちの1つによる硝子体ゼリーの混濁、(4)黄斑円孔、(5)網膜上膜、(6)眼に進入もしくは通過した異物、および(7)眼内感染(眼内炎)といった臨床的症状に使用することができる。
【0009】
硝子体切除後の網膜タンポナーデの注入は、網膜剥離を治療するために一般的に用いられている技術である。網膜タンポナーデは、空気、ガスまたはシリコーン油のいずれかによって達成される。空気およびガスは、使用されるガス(典型的にはSFまたはC)の種類によって、数日間(空気)から数週間の範囲で続く一時的なタンポナーデである。シリコーン油は、油が外科的に除去されるまでの永久的なタンポナーデを達成するために使用される。タンポナーデの選択は病理学によって決定され、より長いタンポナーデ(Cまたはシリコーン油)は、牽引性網膜剥離などのより複雑な場合に用いられる。ガスは、その生理化学的性質に応じて自然に再吸収されるが、網膜が治癒し、安定となったことが感じられた場合には、シリコーン油は除去される。治癒後、油タンポナーデは吸引によって除去され、特定の平衡塩類溶液で置き換えられ、次いで、眼で生成された体液で置き換えられる。シリコーン油の除去は、非常に長くなりがちで、不完全になることが多く、小さな液滴が原因で残油が除去されないままとなったり、乳化された油が、虹彩または水晶体嚢などの組織の後ろもしくは下に詰まった状態になったりする。残油は通常、持続的飛蚊症または緑内障(眼圧の上昇)などの問題を引き起こす。
【0010】
タンポナーデは、2つの主な物理化学的特性によって特徴づけることができる。第1の特性は、タンポナーデ閉鎖力(tamponing power)であり、この特性は、溶液の高い表面張力によって得られ、これにより、この液体が網膜内の裂け目を閉鎖し、網膜下空間にタンポナーデが漏出することを回避することができる。第2の特性は、復位力(force of reapplication)であり、この特性は、タンポナーデと硝子体液との大きな密度差によって得られ、この特性を使用して、網膜を最初の位置に戻し、剥離によって生成された網膜下空間から網膜下体液を排出させる。
【0011】
眼内ガス(通常はパーフルオロプロパン(C)または六フッ化硫黄(SF)または空気)の使用は、剥離された網膜を平らにしたり、黄斑円孔をタンポナーデで閉鎖したり、網膜とその支持組織との間に接着を形成させたりするのに有用である。このような状態を生じさせるためには、これらの組織を、ある期間(典型的には数日間から数週間)にわたって並置状態にしなければならない。ガスを使用した場合は、手術後に特定の頭部位置を維持しなければならない場合が多い(「黄斑円孔」のページを参照)。ガスの少なくとも50%が吸収されるまで、ガスが充填された眼の視力は大抵の場合かなり不十分である。眼内ガスが引き起こし得る合併症としては、白内障の進行や眼圧の上昇(緑内障)が挙げられる。ガスが眼の中に残っている間は、飛行機に乗ったり、高地に旅行したりすることは危険である。適切な治癒の前にガスは再吸収され、反復注入が必要となる。
【0012】
手術後に網膜を付着させた状態に維持するために、ガスの代わりにシリコーン油の使用が必要となる場合もある。異なるシリコーン油を使用してもよい。これらの油には、網膜の上部の網膜剥離を治療するために1未満の密度を有するものもあれば、下部の剥離を治療するために、高密度を有するものもある。それらの表面張力はそれ程高くはないが、それらは良好な復位力を提供する密度を有する。しかし、シリコーン油は、硝子体腔内で乳化して、視野に曇りを生じさせる場合がある。また、除去の際に、硝子体腔内に常に小さな液滴が残存し、長期間の毒性および気泡による視覚的問題が引き起こされる。若干のシリコーン油が前眼房を通過すると、緑内障の治療が困難となる可能性がある。これらの油によって後眼部の炎症が観察されることもある。シリコーンは除去されるまで眼内に残る(後日2回目の手術が必要となる)。ガスのように、シリコーン油は白内障を促進し、緑内障を引き起こす可能性があり、角膜に損傷を与える場合もある。シリコーン油により、瘢痕組織の再増殖(増殖性硝子体網膜症)および反復性牽引性剥離に関与し得る炎症が生じる場合もある。さらに、網膜剥離および硝子体切除は、炎症、増殖症状、感染などの他の疾患に関連している可能性もある。実際に使用されるタンポナーデは、これらの疾患を治療または予防することができる有効成分に関連していない。
【0013】
これらの欠点を回避するために、いくつかの試みがなされている。
【0014】
ポリマーゲルがタンポナーデとして開発された(国際公開第99/21512号)。これは、光に曝されるとゲル化し、網膜を押し戻す光力学的ポリマーである。しかし、このゲルの光力学的成分による毒性問題について懸念されている。
【0015】
国際公開第2006/078458号は、重水素水と共に製造されたヒアルロン酸のヒドロゲルの使用について記載している。この特許出願では、水と比較して、重水素水およびヒアルロン酸の添加によって増加した密度を有するタンポナーデが試みられている。
【0016】
最近の特許(国際公開第2009/037384号)では、シリコーン油を充填するために硝子体腔内に配置されるビニール袋が使用されている。この戦略では、除去後の油の残留が回避されるはずである。しかし、この処置は、治療終了時にビニール袋を取り出すための2回目の手術を必要とする。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明の目的は、先行技術の組成物に関連する1つまたは複数の欠点に対処することにある。本発明の主な目的は、タンポナーデ溶液を提供することにあり、本溶液は、(1)高いタンポナーデ閉鎖力と、(2)高い復位力と、(3)網膜の治癒を高める能力とを有し、(4)長期間の曝露後であっても有毒ではなく、(5)治療後の吸引によって溶液を除去すると、残った溶液が自然に生体再吸収される。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本出願人は、網膜を復位させるために硝子体切除処置後に使用される少なくとも1種の脂肪酸グリセリンエステル(FAGE)を含む組成物をここに提案する。本組成物は、生体再吸収性であり、硝子体腔内に注入可能であり、1未満(好ましくは、0.90〜1未満に含まれ、より好ましくは0.94〜0.95の範囲である)、または1以上(好ましくは、1〜1.5に含まれる)の密度を有し、50ダイン/cm未満、より好ましくは20〜50ダイン/cm、より好ましくは、25〜30ダイン/cmの表面張力を有する。好ましくは、以下の実施例3の生体外試験によって証明されているように、本発明の組成物は、硝子体腔内に注入された際に液滴に乳化しにくい。
【0019】
本発明の組成物は、通常は硝子体腔内に存在しかつ硝子体切除によって実質的にあるいは完全に除去される硝子体液を置き換えるために使用される。「実質的に」とは、硝子体液の少なくとも90%v/vが除去されることを意味する。
【0020】
硝子体切除では、硝子体液中の全内容物が通常は除去され、硝子体腔は空にされる。硝子体液の一部(すなわち、硝子体液の当初の体積の10%v/v未満)が硝子体腔内に残り得るという状況が起こる場合もある。そのような場合には、本発明の組成物は、硝子体腔があたかも空であるかのように挙動する。すなわち、本組成物は、液滴に破砕せず、乳化せず、患者の視力を曇らせることはない。同質状態を維持するこの能力は、本発明に従って使用される脂肪酸グリセリンエステルの性質そのものに関連していると思われる。理論に関連づけたくはないが、本出願人は、脂肪酸グリセリンエステルによって、硝子体腔を充填する連続相の組成物が得られると考えているのであろう。脂肪酸グリセリンエステルの表面張力により、この相は連続相の状態を維持する。この理論は、界面活性剤の非存在下で、本発明の組成物が連続的な(破砕しにくい)相の形態を維持するという観察にも依存している。一実施形態では、本発明の組成物は、本組成物が周囲の水または硝子体液によって破壊も侵入もされ得ない気泡を形成する程に表面張力が高いため、FAGE/水の比が90/10である環境では、おそらく周囲の水からなる液滴を全く含んではないはずである。
【0021】
好ましくは、FAGEとしては、それらが無色である限り、グリセリン脂肪酸エステル、グリセリン酢酸脂肪酸エステル、グリセリン乳酸脂肪酸エステル、グリセリンクエン酸脂肪酸エステル、グリセリンコハク酸脂肪酸エステル、グリセリンジアセチル酒石酸脂肪酸エステル、グリセリン酢酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルおよびポリグリセリン縮合リシノール酸エステルが挙げられる。
【0022】
好ましい無色のFAGEは、Kruss社製K100SF張力計を用いてデュヌイ(De Nouy)法によって測定した場合に、50ダイン/cm未満、より好ましくは20〜50ダイン/cm、より好ましくは25〜30ダイン/cmの表面張力を有するFAGEである。
【0023】
本発明によれば、本発明の組成物は無色透明であり、網膜および光受容体による光の完全な受容を可能にし、光のあらゆる回折、硝子体含有量のあらゆる問題、および前記含有量の均一性のあらゆる喪失を回避する。特に、本組成物は、いかなる乳白剤も着色剤も含有しておらず、特に造影剤を含有してない。
【0024】
別の実施形態によれば、当該油は、医師が硝子体内の油を可視化するのを助けるために、親油性着色剤で着色することができる。
【0025】
好ましい実施形態によれば、本発明の組成物の動的粘度は、20℃の温度で20〜60mPa.s、好ましくは20℃の温度で25〜55mPa.s、より好ましくは20℃の温度で27〜33mPa.sの範囲である。本発明によれば、粘度という用語は、20℃+/−0.1℃で測定した毛細管粘度を指す。粘度の測定方法は、欧州薬局方5.0、2.2.9に記載されているとおりである。Fischer scientific社製Capillaire Cannon-Fenske(「逆流型」、標準ISO/DIN 3105、ASTM D2515、445-446;動粘度範囲:0.5〜2mm/s、体積12ml、長さ295mm)などの好適な毛管粘度計を用いて粘度を決定してもよい。
【0026】
好ましい実施形態によれば、本発明の組成物の屈折率は、1.40〜1.50、より好ましくは1.44〜1.46、さらにより好ましくは1.449〜1.451の範囲である。
【0027】
別の好ましい実施形態によれば、本組成物は、気泡の形態の非水溶性液相を生体内で形成し、前記液体は、剥離された網膜に接触している。
【0028】
好ましい実施形態によれば、本発明の組成物は、短期もしくは長期毒性を全く含んでおらずかつ治癒固有特性をさらに有する天然由来の脂肪酸グリセリンエステルを含む。
【0029】
好ましくは、本組成物は、有機溶媒、シリコーンおよびパーフルオロカーボン油または他の非生体再吸収性媒体を含んでいない。
【0030】
本発明の組成物中に使用される脂肪酸グリセリンエステルは、グリセリン分子に結合したエステルが好ましくは6〜20の炭素長さを有する(以下、C〜C20という)炭素鎖であるようなエステルである。
【0031】
一実施形態では、本発明の組成物に使用される脂肪酸グリセリンエステルは、オリーブ油、トウモロコシ油、落花生油、ヒマシ油、サフラワー油、大豆油などの植物油、および半合成脂肪酸グリセリンエステルであってもよい。
【0032】
別の実施形態では、本発明の組成物は、オリーブ油、ヒマシ油、サフラワー油および長鎖トリグリセリドからなる群から選択された油を全く含有していない。
【0033】
網膜剥離の多くが、好適な実施形態によれば、網膜の上部に影響を及ぼすため、本発明の組成物の脂肪酸グリセリンエステルは、1未満の密度のトリグリセリドの中から選択される。本実施形態では、好ましい脂肪酸グリセリンエステルは、例えば、トリカプリル酸/カプリン酸グリセリル、中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT)、長鎖脂肪酸トリグリセリド、トリカプリル酸グリセリル、トリウンデカン酸グリセリル、三酢酸グリセリルまたはトリカプリル酸グリセリル;例えば、トリカプリル酸/カプリン酸/ラウリン酸グリセリルまたはトリカプリル酸/カプリン酸/リノール酸グリセリルなどの構造グリセリンエステル、例えば、混合脂肪酸のヘキサグリセリンエステルなどのポリグリセリンエステル、あるいはそれらの組み合わせまたは混合物である。脂肪酸グリセリンエステルの中では、中鎖脂肪酸トリグリセリドが好ましい。
【0034】
一実施形態によれば、網膜の下部の網膜剥離を治療するために、脂肪酸グリセリンエステルは、好ましくは1以上の密度を有し、それは、例えば、前記脂肪酸グリセリンエステルの化学修飾によるものであってもよい。好ましい修飾された脂肪酸グリセリンエステルは、例えば、グリセリンの高度にフッ素化された脂肪酸エステルまたはグリセリンの高度にヨウ素化された脂肪酸エステルなどのフッ素化もしくはヨウ素化された脂肪酸グリセリンエステル誘導体であり、トリパルミチン酸グリセリン−F39および/またはトリカプリン酸グリセリン−Iが非常に好ましい。
【0035】
一実施形態によれば、本発明の組成物は、中鎖脂肪酸トリグリセリドおよびトリウンデカン酸グリセリルの組み合わせなどの2種または3種の脂肪酸グリセリンエステルを含有する。
【0036】
脂肪酸グリセリンエステルは、天然でもあっても半合成であってもよい。極めて好ましい脂肪酸グリセリンエステルは、半合成の中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT)である。本出願人は、驚くべきことに、20〜30ダイン/cmの表面張力を有していても、MCTは、その高い親油性により、硝子体腔内に注入された場合に分散も乳化もしないことに気づいた。「親油性」という用語は、脂肪、油、脂質および無極性溶媒(例えばヘキサンまたはトルエン)に溶解する化学化合物の能力を指す。好ましくは、親油性という用語は、0.01%w/wを超える油への溶解度を有する組成物を指す。本組成物は、剥離された網膜に接触する気泡を生体内で形成する。さらに、そのトリグリセリドの密度(0.94)により、網膜を復位させるための有意な復位力(シリコーン油よりも強力)が得られ、その生体再吸収性は、シリコーン油と比較した場合、主要な利点である。脂肪酸グリセリンエステルが数ヶ月後に再吸収されるため、タンポナーデ閉鎖時間は、ガスのタンポナーデと比較して非常に長い。
【0037】
一実施形態によれば、本発明の組成物は溶液である。好ましい実施形態によれば、本発明の組成物は乳濁液ではない。好ましい実施形態によれば、本発明の組成物は、ポリマーを全く含んでいない。
【0038】
一実施形態によれば、本発明の組成物は無菌である。好ましい実施形態によれば、本発明の組成物は、熱で滅菌されているか濾過されている。一実施形態によれば、本組成物は非発熱性(apyrogen)である。
【0039】
一実施形態によれば、脂肪酸グリセリンエステルは、ガスまたはシリコーンおよびパーフルオロカーボン油などの他のタンポナーデの後、前、あるいはそれらと共に注入することができる。
【0040】
一実施形態によれば、本発明の組成物は、少なくとも1種の親油性治療薬と、少なくとも1種の生体再吸収性完全飽和脂肪酸グリセリンエステル、好ましくは非水混和性C〜C20グリセリンエステルとを含んでいてもよく、本組成物は、組成物全体の重量に対して少なくとも90%w/wのC〜C12脂肪酸グリセリンエステルと、組成物全体の重量に対して、約0〜6%w/w、好ましくは0〜5.9%w/w超、さらにより好ましくは0.05〜5%w/w、さらにより好ましくは0.5〜2%w/wの量の治療薬とを含み、かつ本治療薬が脂肪酸グリセリンエステルに溶解されている溶液である。
【0041】
最も一般には、眼の奥に関連する疾患および病気の発症の治療、防止、阻害、遅延、またはその寛解を引き起こすのに有用な任意の化合物および組成物は、本発明の組成物に使用される治療薬であってもよい。
【0042】
本発明の意味では、「治療薬」という用語は、活性治療薬の類似体、プロドラッグ、塩および親油性エステルも含む。
【0043】
第1の実施形態では、本治療薬は、治癒促進剤、抗炎症薬(限定されるものではないが、非ステロイド性抗炎症薬またはステロイド性抗炎症薬など)、内因性サイトカイン、基底膜に影響を与える薬剤、内皮細胞の成長に影響を与える薬剤、アドレナリン作動薬もしくはアドレナリン作動性遮断薬、コリン作動薬もしくはコリン作動性遮断薬、アルドース還元酵素阻害薬、鎮痛薬、麻酔薬、抗アレルギー薬、抗菌薬、降圧薬、免疫抑制薬、抗原虫薬、抗ウイルス薬、抗真菌薬、抗感染薬、抗腫瘍薬、代謝拮抗薬、神経保護薬および/または血管新生阻害薬、ならびにそれらの類似体、プロドラッグ、塩および親油性エステルであってもよい。
【0044】
第2の実施形態では、本治療薬は、限定されるものではないが、ビタミンA、ビタミンE、ビタミンDおよびビタミンK、α−トコフェロール誘導体、レチノール誘導体、ルテイン、アロエベラ抽出物(例えば、アロイン)、オメガ−3脂肪酸、シアノコバラミン、L−シスチン、ピリドキシン、アセチルシステイン、精油(例えば、キンセンカ、ヒマラヤスギ、ラベンダーの油)ならびにそれらの類似体および誘導体などの治癒剤であってもよい。
【0045】
第3の実施形態では、本治療薬は、限定されるものではないが、ベクロメタゾン、ベタメタゾン、コルチコステロン、コルチゾン、デキサメタゾン、パルミチン酸デキサメタゾン、ジフルプレドナート、フルメタゾン、フルオシノロンアセトニド、プレドニゾロン、プレドニゾン、リメキソロン、チキソコルトール、トリアムシノロンならびにそれらの類似体、プロドラッグ、塩および親油性エステルなどのステロイド性治療薬;コルヒチン、ビンクリスチンなどの細胞輸送/移動阻害剤、ニモジピン、ブリモニジンおよび関連化合物などの神経保護薬;クロラムフェニコール、シプロフロキサシン、ゲンタマイシン、エリスロマイシン、バンコマイシン、イミペネム、スルファジアジンなどの抗生物質;アムホテリシンB、ケトコナゾール、エコナゾール、フルコナゾール、イコナゾールなどの抗真菌薬;イドクスウリジン、アシクロビル、ガンシクロビル、シドホビル、インターフェロン、DDI、AZT、ホスカルネット、ビダラビンなどの抗ウイルス薬;TNP470、メドロキシプロゲステロン、チエノピリジンSR25289、サリドマイド、ソラフェニブ、スニチニブ、ペガプタニブ、ラニビズマブ、ベバシズマブ、ベバシラニブなどの血管新生阻害薬;サリチル酸塩、インドメタシン、イブプロフェン、ジクロフェナク、フルルビプロフェン、ピロキシカムなどの非ステロイド性抗炎症薬;カルマスティン、シスプラチン、ブレオマイシン、カルボプラチン、カルマスティン、クロラムブシル、シクロホスファミド、シタラビン、ダカルバジン、ダクチノマイシン、ダウノルビシン、ドキソルビシン、パクリタキセル、フルオロウラシル(5−FU)などの抗悪性腫瘍薬;シロリムス、タクロリムス、シクロスポリンA、アザチオプリンなどの免疫抑制薬ならびにそれらの類似体、プロドラッグ、塩および親油性エステルであってもよい。
【0046】
好ましい他の治療薬は、TNP470、メドロキシプロゲステロン、サリドマイド、ペガプタニブ、ラニビズマブおよびベバシズマブなどの血管新生阻害薬、シロリムス、タクロリムスおよびシクロスポリンAなどの免疫抑制薬、ニモジピンおよびブリモニジンなどの神経保護薬、アムホテリシンB、ミコナゾール、エコナゾールなどの抗真菌薬、フルオロウラシル(5−FU)およびパクリタキセルなどの増殖抑制薬、アシクロビル、ガンシクロビルなどの抗ウイルス薬、フルルビプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬ならびにそれらの類似体、プロドラッグ、塩および親油性エステルである。
【0047】
最も好ましい治療薬は、シクロスポリンA、ブリモニジン、アムホテリシンB、ミコナゾール、アシクロビルおよびガンシクロビル、5−FU、パクリタキセル、デキサメタゾン、パルミチン酸デキサメタゾン、シロリムス、タクロリムスならびにそれらの類似体、プロドラッグ、塩および親油性エステルである。本発明の一実施形態によれば、本治療薬は、上記治療薬のうちの1つのプロドラッグである。本発明のさらなる実施形態によれば、当該プロドラッグは、これらの上記治療薬の親油性エステルである。パルミチン酸エステル、ミリスチン酸エステル、ラウリン酸エステル、カプリン酸エステル、カプリル酸エステル、カプロン酸エステル、吉草酸エステル、酪酸エステル、プロピオン酸エステルおよび酢酸エステルがより好ましい。
【0048】
最も好ましい治癒剤は、ビタミンA、D、EおよびK、ルテイン、アロエベラ抽出物(例えば、アロイン)、シアノコバラミンである。
【0049】
一実施形態によれば、本発明の組成物に含まれる治療薬は、1よりも高く、より好ましくは2よりも高い分配係数(logP)を有する。
【0050】
一実施形態によれば、本発明の組成物は、2種以上の治療剤の組み合わせを含んでもよい。好ましい組み合わせとしては、抗炎症薬と血管新生阻害薬、抗炎症薬と神経保護薬、抗炎症薬と抗真菌薬、または抗生物質と抗炎症薬と治癒剤との組み合わせが挙げられる。
【0051】
一実施形態によれば、本治療剤は、炭素原子数6、7、8、9、10、12、14、16、18および/または20の炭素鎖を有するエステルを含む完全飽和グリセリンエステルに溶解されている。
【0052】
本発明の別の目的は、網膜疾患、特に網膜剥離、関連する症状および原因の治療方法であり、本方法は、好ましくは27もしくは30ゲージ針を用いた硝子体切除処置の間もしくは後に、硝子体腔内に0.1ml〜10ml、好ましくは0.5ml〜8ml、より好ましくは1〜4mlの本発明の組成物を注入することを含み、前記組成物は、少なくとも1種の脂肪酸グリセリンエステルを含み、生体再吸収性であり、50ダイン/cm未満、より好ましくは20〜30ダイン/cmの範囲の表面張力を有する。一実施形態では、本組成物は、少なくとも1種の親油性治療薬と、少なくとも1種の生体再吸収性脂肪酸グリセリンエステル、好ましくは非水混和性C〜C20グリセリンエステルとを含み、本組成物は、組成物全体の重量に対して少なくとも90%w/wのC〜C20グリセリンエステルと、組成物全体の重量に対して0〜5.9%w/w超の量の治療薬とを含み、かつ本治療薬が脂肪酸グリセリンエステルに溶解されている溶液である。一実施形態では、本発明に係る方法は、硝子体腔内に本発明の組成物を注入する前に硝子体液を除去することを含む。
【0053】
一実施形態によれば、本発明の組成物中の有効成分の濃度は、0〜6%w/wの範囲であってもよい。例えば、タンポナーデは、添加剤を全く含まない純粋な状態で注入することができるが、溶解した1%のパクリタキセルと共に注入することができる。
【0054】
通常はシリコーン油などの高粘度液に対して使用される25ゲージのより大きな針によって引き起こされる損傷を制限するため、27もしくは30ゲージ針を使用すると有利である。
【0055】
本発明の方法によれば、硝子体腔は、硝子体切除の間もしくは後に、完全に充填されていても、あるいは、硝子体腔の少なくとも1%〜100%が本発明の組成物で充填された状態で部分的に充填されていてもよい。
【0056】
本発明の方法によれば、本発明の組成物の一部のみが硝子体腔から除去され、残りの組成物は、数週間〜数ヶ月以内に自然に生体再吸収される。
【0057】
本発明の別の目的は、本実施形態の治療薬を含む本発明の組成物の製造方法であり、本製造方法は、撹拌し、最終的に25℃〜50℃で加熱しながら本発明の組成物に有効成分を直接可溶化させることにある。
【0058】
(有利な特性)
新規な本溶液は、網膜下空間に分散も漏出もせず、硝子体腔内で分散も乳化もしない。
【0059】
新規な本溶液は、元位置(すなわち硝子体腔内)に注入されると、網膜を後ろに押して、網膜剥離を復位および修復させる。
【0060】
さらに、本発明の組成物の除去後に残った液滴は、生体再吸収性である。
【0061】
本発明の組成物は、ガスのように消散しない。
【0062】
脂肪酸グリセリンエステル溶液の別の利点は、一実施形態では、硝子体腔を充填することによって外科医が網膜の治癒を観察することができるように、無色透明である点である。透明性のさらなる利点は、必要であれば本発明の組成物の除去まで、処置治療中に患者が僅かな視力を保てることである。
【0063】
グリセリンエステルの屈折率は、水の屈折率と著しく異なるため、外科医がタンポナーデを可視化するのを支援し、注入した液体の輪郭を可視化させる。
【0064】
(定義)
「タンポナーデ」とは、網膜疾患(特に網膜剥離)を治療するために硝子体腔内に注入される液体である。
【0065】
「タンポナーデ閉鎖力」とは、網膜裂孔を閉鎖し、網膜組織の下に浸透するのを防止するタンポナーデ流体の能力である。この特性は、その界面および表面張力に関連している。
【0066】
「復位力」とは、網膜をその適切な解剖学的位置に戻すタンポナーデ流体の能力である。この特性は、流体によって網膜に有意な圧力を確実に与える流体の密度に関連している。
【0067】
親油性とは、脂肪、油、脂質および無極性溶媒に溶解する化学化合物の能力を指す。
【0068】
「生体再吸収性」化合物は、生物学的環境の中に徐々に消失する化合物である。
【0069】
「脂肪酸グリセリンエステル」は、3つの脂肪酸によってエステル化されたグリセリンの分子である。それは、トリグリセリドとも呼ばれる。
【0070】
「MCT」は、炭水化物鎖が8〜12個の炭素原子を有するトリグリセリドを意味する。
【0071】
「注入可能な」とは、注入によって投与可能であることを意味する。
【0072】
「エンドトキシン」は、グラム陰性菌の外膜に存在する糖脂質およびそれらの代謝産物を意味する。エンドトキシンは、例えば、リムルス(LAL)試験キット(Pyrogent Plus N284)を用いてアッセイしてもよい。
【0073】
「約」とは、「おおよそ(approximatively)」または「ほぼ」を意味し、値または範囲に適用する場合は、数値または範囲の±10%を意味する。
【0074】
「ガラス体液」は眼の硝子体腔を意味し、硝子体とも呼ばれる。
【0075】
「治療」は、眼疾患の回復、緩和、阻害、防止、安定化、予防、軽減または治癒を意味する。
【実施例】
【0076】
実施例1:本発明の組成物
【表1】

【0077】
実施例2:MCTと通常のタンポナーデとの物理化学的特性の比較
【表2】

【0078】
実施例3:本発明の組成物の非乳化特性の評価
生体外評価
ここでは、以下の試験に合格したどの組成物も、硝子体内注入の際もしくは後に、乳化することができないものとみなされる。組成物1〜8のいずれか2ミリリットルを、水2mlを入れたバイアル内に配置する。頭の動きを模倣するように、毎分500回転のボルテックス撹拌機(Fisher Scientific社製モデルTOP−MIX)上にバイアルを配置する。本組成物が細かい油滴中に分散されているか否かを確認するために目視による観察を行う。
【0079】
結果:
組成物1〜9はいずれも乳化せず、各組成物は固有の油体積(気泡)として残っている。
【0080】
生体内評価
生体内評価を行って、上記生体外試験の有効性を確認した。生体内評価の結果から、生体外試験は、硝子体内への注入の際もしくは後に組成物が生体内で乳化し得るか否かを評価するのに十分であることが分かった。
【0081】
プロトコル
2〜2.5kgの30匹のニュージーランドホワイトウサギを、ケタラール(Ketalar)(50mg)を用いた一般的な麻酔下で手術した。ウサギの眼に対して外科的手法による後部硝子体切除術を行った。Kilpのレンズを使用して、硝子体切除の間に眼底部を可視化した。
【0082】
硝子体切除後に硝子体腔を充填するために、23ゲージ針を用いて組成物1〜9を注入する。
【0083】
24匹の眼に組成物1〜9を投与し、各ウサギの他眼を証明として用いる。
【0084】
後部硝子体切除術後に、6匹の眼に1300センチストークの標準的なシリコーン油を投与し、他眼を対照として用いる。
【0085】
ウサギを、以下のようにして調査した:
− J7、J30、J60、J90の双眼立体倒像検眼鏡での前眼部および眼底部の直接検査に供する。
− 前眼房の炎症反応から、段階0、1(4分の1以下の面積を占めるフィブリンの塊または凝集塊が存在しないフィブリン反応)、2(4分の1超〜2分の1以下の面積を占めるフィブリンの塊)、3(4分の2超〜4分の3以下の面積を占めるフィブリンの塊)、4(前眼房全体を占めるフィブリンの塊)に類別する。
− 前眼房内の油滴の存在によって、本発明の組成物の乳化を偽前房蓄膿段階1aまたは2aに類別する。
− 後(奥)腔内の油滴の存在により、後眼房における本発明の組成物の乳化を確認する。
− 本発明の組成物の乳化を、眼底部の可視化を阻害する可能性がある場合は段階1p、眼底部の可視化を阻害している場合は段階2pに類別する。0pの段階は製品の乳化に起因している。
【0086】
結果:
ウサギの眼の中に油滴は全く観察することができなかった。乳化の徴候は全く観察されなかった。
【0087】
この実験から、ウサギの眼の中で本発明の組成物が自然に乳化しないことが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硝子体切除処置の間もしくは後に硝子体腔内への注入に使用される少なくとも1種の脂肪酸グリセリンエステルを含む組成物であって、生体再吸収性であり、硝子体腔内に注入可能であり、かつ50ダイン/cm未満、より好ましくは20〜30ダイン/cmの範囲の表面張力を有する組成物。
【請求項2】
1未満、より好ましくは0.90〜1に含まれる密度を有する、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
1以上、より好ましくは1〜1.5に含まれる密度を有する、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
20℃の温度で20〜60mPa.s、好ましくは20℃の温度で25〜55のmPa.s、より好ましくは20℃の温度で27〜33mPa.sの範囲の動的粘度を有する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
1.40〜1.50、より好ましくは1.44〜1.46、さらにより好ましくは1.449〜1.451の範囲の屈折率を有する、請求項1〜4に記載の組成物。
【請求項6】
少なくとも1種の親油性治療薬をさらに含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
少なくとも1種の親油性治療薬と、少なくとも1種の生体再吸収性脂肪酸グリセリンエステル、好ましくは非水混和性C〜C20グリセリンエステルとを含み、組成物全体の重量に対して少なくとも90%w/wのC〜C20グリセリンエステルと、組成物全体の重量に対して0〜5.9%w/w超の量の治療薬とを含み、かつ前記治療薬が前記脂肪酸グリセリンエステルに溶解されている溶液である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
前記脂肪酸グリセリンエステルは中鎖脂肪酸トリグリセリドである、請求項1〜7のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
網膜疾患の治療に使用される、請求項1〜8のいずれか1項に記載の組成物。

【公表番号】特表2013−511493(P2013−511493A)
【公表日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−539339(P2012−539339)
【出願日】平成22年11月19日(2010.11.19)
【国際出願番号】PCT/EP2010/067844
【国際公開番号】WO2011/061297
【国際公開日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【出願人】(312001247)ノバガリ ファーマ エスエー (3)
【Fターム(参考)】