説明

眼等の層システムにおける蛍光を正確にプロットするための方法

眼等の層システムにおける蛍光を正確にプロットするための方法。本発明の目的は、層システムにおける蛍光を可能な限り簡便に且つ少ない労力で評価するための方法を提供することにあり、該方法により蛍光の総合的な減衰挙動を非常に正確に評価することができ、且つ同時に層システムの個々の蛍光の発生場所を推定することができる。本発明に従えば、層システムの個々の層における蛍光について、それぞれの層における蛍光の開始時間示す層特異的時間依存性パラメータを求め、蛍光の総合的な減衰挙動を計算するためのモデル関数において考慮することによって、層システムの個々の層における蛍光の起点(tc)がそれぞれ決定される。本発明は、生物学や医学、生産工学等、層構造を有する物体の分析に応用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は眼等の層システムにおける蛍光を正確にプロットするための方法に関する。
【0002】
本発明の方法は、眼、皮膚、腸、膀胱等の生体器官における内因性又は外因性のフルオロフォアの層特異的蛍光挙動を観察するために利用することができる。本発明によれば、標識された薬剤の形態学的構造内への拡散及び標的構造における該薬剤の蓄積を確認することができる。また、本発明は植物の層状構造における蛍光を調べるためにも利用することができる。
【0003】
本発明によれば、蛍光層から形成される層構造を有する物体の断層撮影による再構成像が得られる。また、層状構造を有する製品の生産における製造管理も可能となる。
【背景技術】
【0004】
層システムが蛍光励起されると、個々の層に存在するフルオロフォアが構造特異性に従って発光する。それらフルオロフォアの蛍光を評価するために全蛍光の総合的な減衰挙動を調べることが知られている。特にヒトの眼においては、前眼の解剖学的層及び眼底層においてフルオロフォアが励起される。内因性フルオロフォアの蛍光も蛍光マーカーの蛍光も代謝状態の判定等の診断目的で利用することができる。従って、眼の蛍光分析を行うことにより、眼科学的検査、眼の状態及び障害可能性の評価、及び/又は眼及びその構成要素の疾患の早期発見のために非常に重要となり得る情報が提供される。この種の情報は、眼等の完全物体から得られる物質特異的な機能情報の減衰挙動を評価することを意味するが、各層別の物質特異的蛍光の開始場所に関する情報を得るという課題は未だ解決されていない。
【0005】
更に、このような測定及び評価が眼科学的検査の通常の臨床手順において可能な限り少ない労力で直接実施でき、しかも非常に正確な検査結果が得られるならば有用であろう。
【0006】
しかし、本発明は層システムとしての眼に関する応用のみに限定されない。
【0007】
一般に、混合物としてのフルオロフォアの蛍光を測定する場合、分析対象の物質が同一の物体平面に存在することが前提とされる。この前提は内因性フルオロフォアの検査にも、細胞培養物又は組織培養物における蛍光マーカーの検査の場合にも該当する。
【0008】
二光子励起又は多光子励起(K.ケーニッヒ、I.リーマン「ヒト皮膚の細胞内空間分解能及びピコ秒時間分解能による高解像度多光子断層撮影」ジャーナル・ オブ・バイオメディカル・オプティクス8(3)、2003年、432〜439ページ)を利用すると、物体の一層に含まれる場所をそれぞれ高い幾何学的分解能で蛍光励起できる。走査システム(走査型顕微鏡)と組み合わせれば一層全体の蛍光をプロットできる(W.デンク、J.H.ストリックラー、W.W.ウェッブ「走査型二光子レーザ顕微鏡」サイエンス248、1990年、73〜76ページ;B.R.マスターズ、P.T.C.ソウ、E.グラットン「多光子励起蛍光顕微鏡によるヒト皮膚のインビボ検査」アニュアル・ニューヨーク・アカデミイ・オブ・サイエンシズ838、1998年、58〜67ページ)。原理的には、更なる層に焦点を当てることにより物体の蛍光層の幾何学的構造を決定することができる。
【0009】
励起システムの焦点における二光子又は多光子励起に必要なエネルギー密度を得るためには、開口数の大きい光学系が高い照射性能のために必要である。この目的には顕微鏡の液浸対物レンズが適している。これを用いると顕微鏡標本又は皮膚の蛍光層を層厚約1mmまでの小さな範囲で分析することができる。
【0010】
網膜色素上皮のように吸収性の強い構造体においては、適用される照射エネルギーが蛍光励起エネルギーよりも係数(Faktor)3大きいだけであっても損傷が生じる。拡張時の虹彩と焦点距離によって決定される眼の開口は小さいので、生きている眼の眼底の蛍光の分析には二光子プロセスや多光子プロセスは利用できない。
【0011】
二光子又は多光子励起によって1個の物体の種々異なる層の蛍光を同時にプロットすることが原理的に不可能であるのは、高精度の焦点調節は一焦点面でのみ可能だからである。そのため眼の種々異なる層、例えば前眼部と眼底部の層の蛍光を同時にプロットすることは二光子又は多光子励起によっては基本的に不可能である。
【0012】
眼における自己蛍光又は外因性マーカーの蛍光の検査は、眼底カメラ又は走査型レーザ検眼鏡を用いて行うことができる。従来技術は、主として眼底の静的蛍光を測定するものである(A.フォン・リュックマン、F.W.フィツケ、A.C.バード「走査型レーザ検眼鏡による眼底自己蛍光の分布」ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・オプサルモロジー79、1995年、407〜412ページ;F.G.ホルツら「眼底自己蛍光と加齢黄斑変性症における地図状萎縮の発達」インベスティゲイティブ・オフサルモロジー・アンド・ビジュアル・サイエンス42、2001年、1051〜1056ページ)。
【0013】
変更を加えた検眼鏡と分光器を組み合わせることによって、眼底の選択された領域の蛍光スペクトルを計算することができる(F.C.デロリら「眼底のインビボ蛍光は網膜色素上皮のリポフスチン特性を示す」インベスティゲイティブ・オフサルモロジー・アンド・ビジュアル・サイエンス36、1995年、718〜729ページ;D.シュワイツァーら「加齢黄斑症−患者、患者の子供及び健常者の比較調査」オフサルモロジ97、2000年、84〜90ページ)。
【0014】
最近の開発においては、ピコ秒レーザパルスを用いて励起した後に眼の動的蛍光が測定される(D.シュワイツァーら「ヒト眼底における時間分解蛍光の生体内測定」ジャーナル・ オブ・バイオロジカル・オプティクス9、2004年、1214〜1222ページ;D.シュワイツァーら「ヒト網膜の代謝マッピングに向けて」マイクロスコピー・リサーチ・アンド・テクニック70、2007年、410〜419ページ)。この方法においては、眼(D.シュワイツァーら「ヒト眼底における時間分解蛍光の生体内測定」ジャーナル・ オブ・バイオロジカル・オプティクス9、2004年、1214〜1222ページ)又はその他の物体の動的(時間分解)蛍光を評価するために、全てのフルオロフォアの蛍光は同一の焦点面で発生することが前提とされる。層システムとしての眼における蛍光の総合的な減衰挙動を近似するためには、例えば式(1)に従う多次指数関数が利用される。
【0015】
【数1】

【0016】
このモデル関数においては、全てのフルオロフォアが一層にのみ局在していると仮定しているので、個々の蛍光の発生場所を知ることはできない。従って、異なる蛍光層を含む物体の時間依存性総蛍光の評価は近似的には可能であるが、不確実且つ不正確である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】K.ケーニッヒ、I.リーマン「ヒト皮膚の細胞内空間分解能及びピコ秒時間分解能による高解像度多光子断層撮影」ジャーナル・ オブ・バイオメディカル・オプティクス8(3)、2003年、432〜439ページ
【非特許文献2】W.デンク、J.H.ストリックラー、W.W.ウェッブ「走査型二光子レーザ顕微鏡」サイエンス248、1990年、73〜76ページ;B.R.マスターズ、P.T.C.ソウ、E.グラットン「多光子励起蛍光顕微鏡によるヒト皮膚のインビボ検査」アニュアル・ニューヨーク・アカデミイ・オブ・サイエンシズ838、1998年、58〜67ページ
【非特許文献3】A.フォン・リュックマン、F.W.フィツケ、A.C.バード「走査型レーザ検眼鏡による眼底自己蛍光の分布」ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・オプサルモロジー79、1995年、407〜412ページ;F.G.ホルツら「眼底自己蛍光と加齢黄斑変性症における地図状萎縮の発達」インベスティゲイティブ・オフサルモロジー・アンド・ビジュアル・サイエンス42、2001年、1051〜1056ページ
【非特許文献4】F.C.デロリら「眼底のインビボ蛍光は網膜色素上皮のリポフスチン特性を示す」インベスティゲイティブ・オフサルモロジー・アンド・ビジュアル・サイエンス36、1995年、718〜729ページ;D.シュワイツァーら「加齢黄斑症−患者、患者の子供及び健常者の比較調査」オフサルモロジ97、2000年、84〜90ページ
【非特許文献5】D.シュワイツァーら「ヒト眼底における時間分解蛍光の生体内測定」ジャーナル・ オブ・バイオロジカル・オプティクス9、2004年、1214〜1222ページ;D.シュワイツァーら「ヒト網膜の代謝マッピングに向けて」マイクロスコピー・リサーチ・アンド・テクニック70、2007年、410〜419ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明の目的は、層システムにおける蛍光を可能な限り簡便に且つ少ない労力で評価するための方法を提供することにあり、該方法により蛍光の総合的な減衰挙動を非常に正確に評価することができ、且つ同時に層システムの個々の蛍光の発生場所を決定することができる。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明に従えば、層システムの時間分解蛍光の総合的な減衰挙動を評価するために層システムの個々の層における蛍光の起点がそれぞれ決定される。ここにおいて、層システムの個々の層における蛍光について、それぞれの層における蛍光の開始時間を示す層特異的時間依存性パラメータが、総合的な減衰挙動の測定された過程を近似するためのモデル関数において考慮される。この方法により、層システムの個々の層における起点を考慮して、層システムの時間分解蛍光の総合的な減衰挙動をより正確に評価することができる。
【0020】
層特異的時間依存性パラメータは、上述のモデル関数に例えばフィッティングパラメータtcとして導入することができる。多次指数フィッティングの例は次の一般式(2)で示される。
【0021】
【数2】

【0022】
同時に、層システムの個々の蛍光の開始時間を表す、これら得られた層特異的時間依存性パラメータから、それぞれの層においてこれらのパラメータの差に光速を乗算することにより蛍光の発生場所間の距離が計算されることは有利である。これらの距離から極めて簡便に蛍光の絶対的な発生場所を計算することができる。従って本発明によれば、上述した層システムの時間分解蛍光の総合的な減衰挙動の正確な評価に加えて、同時に層システムの幾何学的構造における蛍光の発生場所を求めることができる。これは当業界において従来未解決の問題であった。
【0023】
本発明によれば、一層において蛍光の多次指数減衰挙動が存在するのか、それとも個々の層におけるフルオロフォアの減衰挙動により総合的な多次指数減衰挙動が発生したのかを区別することができる。
【0024】
眼科に応用すると、少なくとも水晶体、網膜及び網膜色素上皮におけるの各蛍光を区別することができる。種々のスペクトル範囲における調節可能なスペクトル励起と時間分解蛍光検出とを組み合わせれば、時間分解自己蛍光によって細胞の代謝状態に関する情報を得ることができる。従って、本発明によって眼又はその他の光学的にアクセスできる器官の個々の機能層における代謝状態の変化を決定することが可能となる。
【0025】
本発明は個々の層における自己蛍光の検出、特に自己蛍光の総合的に得られた減衰挙動の評価に限定されない。本発明は層システムにおける外部マーカーの時間依存性蛍光の評価に内因性フルオロフォアと組み合わせても適用できる。
【0026】
例えば物体のどの層に蛍光マーカーが蓄積しているか調べることができる。同様に、局所的に適用された蛍光マーカーの拡散の時間的推移を決定することも可能である。従って、例えば局所的に適用された薬剤が眼の水晶体内に拡散するプロセスにおいて、蛍光を発する薬剤又はマーカーを付加された薬剤の時間的な動きを決定できる。これは薬物動態学的検査において興味深い。
【0027】
フルオロフォアが例えばタンパクと結合すると、その減衰時間が変化する。従って、本発明により解剖学的層における薬剤の反応も判定することができる。以下、本発明の実施例を図面を参照しつつ詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】蛍光層を有する物体の時間分解蛍光を測定するための概略構成。
【図2】これらの蛍光層を有する物体の蛍光の総合的な時間的推移の概略図。
【発明を実施するための形態】
【0029】
走査型レーザ検眼鏡を用いて、スキャナシステム4による分光的スキャンニングの間パルスレーザ3で照射することにより、蛍光層2からなる物体1(例えば眼)の蛍光を評価すべき範囲の全ての場所が連続的に蛍光励起される。この方法において、ダイクロイックミラー6及びスキャナシステム4を通って物体1に到達する励起放射5により、パルスレーザ3の同一励起放射5の伝播方向に沿って層2の全てが蛍光励起される。この蛍光励起によって発生し、スキャナシステム4によって記録される蛍光光線は、ダイクロイックミラー6によってブロックフィルタ7の方向にガイドされ、ブロックフィルタ7により該蛍光光線は励起光線から分離される。分離の後、蛍光光線の時間分解検出用ユニット8内で、物体1の全ての蛍光層2について(例えば自体公知の時間相関単一光子計数法を用いて)時間分解蛍光光線が総合的に検出される。
【0030】
本発明によれば、層特異的な蛍光により蛍光強度の上昇が多段階過程として詳細に評価される。図2に示す蛍光強度上昇の4段階は、物体1の4層からなる蛍光層2において励起の結果発生する層特異的蛍光を反映している。
【0031】
本発明に従えば、物体1の層2の関連フルオロフォアの起点が決定され、これらが相互に時間的に関連づけられることにより、蛍光強度の多段階な上昇過程が分析される。
【0032】
総合的な蛍光を評価するために、公知の方法によりコンピュータ9においてモデル関数に基づき蛍光の減衰挙動がプロットされる。本発明に従えば、正確な評価を目的として、個々の層由来のフルオロフォアの蛍光の起点が該モデル関数においてパラメータとして考慮される。
【0033】
従って、実施例においては、各々の成分の蛍光の時間的減衰を近似するための多次指数モデル関数に、最適化すべきパラメータである寿命τと前指数因子αに加えて、それぞれ成分iの蛍光の起点を示す最適化すべき更に一種の因子tcが導入される。
【0034】
【数3】

【0035】
この拡張モデル関数により、蛍光層2からなる物体1における総合的に測定された蛍光過程の信頼できる正確な評価が可能となる。このように決定される値tci(実施例ではtc、tc、tc、tc)間の差は、個々の層2において蛍光が発生する時間的な差を示している。複数の成分についてtciが同一の値となる場合、その層において多次指数減衰挙動が存在することになる。
【0036】
物体1の各層2において値tcにそれぞれ光速を乗算すると、その積から各蛍光層2の間の幾何学的距離が計算されるので、逆に物体1の個々の層2における蛍光を推定することができる。この推定は、物体1が眼である場合の眼科検査にとって有意義である。
【0037】
総合的な蛍光の減衰挙動を評価するために式(2)を全画素に適用すると、値tciから物体1の個々の層2の間の位置と間隔、ひいては個々のフルオロフォアの発生場所の幾何学的構造を得ることができる。
【0038】
以上、本発明によって蛍光層からなる物体の総合的な減衰挙動の正確な評価が可能となるだけでなく、特に眼における代謝状態を判定するために自己蛍光の時間分解測定と蛍光層の幾何学的配置との関係をコヒーレンス断層撮影と等価なものとして確立することができる。
【符号の説明】
【0039】
1 蛍光層2からなる物体
2 蛍光層
3 パルスレーザ
4 スキャナシステム
5 励起照射
6 ダイクロイックミラー
7 ブロックフィルタ
8 蛍光光線の時間分解検出ユニット
9 総合的な時間分解蛍光を評価するためのコンピュータ
tc、tc、tc、tc 層2における蛍光の開始時間


【特許請求の範囲】
【請求項1】
層システムの蛍光の総合的な減衰挙動を測定に適合されるモデル関数に基づいて評価する、眼等の層システムにおける時間分解蛍光を正確にプロットするための方法において、層システムの時間分解蛍光の総合的な減衰挙動を評価するために、それぞれの層における蛍光の開始時間を示す層特異的時間依存性パラメータを、測定された総合的な減衰挙動の過程を近似するためのモデル関数において考慮することによって、層システムの個々の層における蛍光の起点がそれぞれ決定されることを特徴とする方法。
【請求項2】
層特異的時間依存性パラメータの差に、層システムの個々の層においてそれぞれ光速を乗算することにより、蛍光の発生場所間の幾何学的距離が計算されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
蛍光の個々の発生場所間の距離から、層システムの蛍光層の幾何学的構造が計算されることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
層システムの個々の蛍光の起点を表す層特異的時間依存性パラメータは、層システムの蛍光の総合的な減衰挙動を計算するために、評価に援用されるモデル関数において例えば下記一般式(2)に従う多次指数フィッティングに対してそれぞれフィッティングパラメータtcとして導入されていることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【数4】


【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2012−502258(P2012−502258A)
【公表日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−524179(P2011−524179)
【出願日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際出願番号】PCT/DE2009/001249
【国際公開番号】WO2010/025715
【国際公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【出願人】(508036260)ハイデルベルク・エンジニアリング・ゲー・エム・ベー・ハー (4)
【Fターム(参考)】