着色剤組成物、着色物品、および着色物品の製造方法
【課題】基材表面への均一な着色を可能とする着色剤組成物、この組成物により着色された着色物品、およびその着色物品を安定して製造する方法を提供する。
【解決手段】着色剤組成物は、25℃における表面張力が35mN/m以上の溶媒Aと、25℃における表面張力が32mN/m以下の溶媒Bとを混合してなる混合溶媒に着色剤を配合してなる。この着色剤組成物を用いると、液滴吐出法(インクジェット法)により基材表面に安定して着色を行うことができ、着色ムラのない着色物品を得ることができる。
【解決手段】着色剤組成物は、25℃における表面張力が35mN/m以上の溶媒Aと、25℃における表面張力が32mN/m以下の溶媒Bとを混合してなる混合溶媒に着色剤を配合してなる。この着色剤組成物を用いると、液滴吐出法(インクジェット法)により基材表面に安定して着色を行うことができ、着色ムラのない着色物品を得ることができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶媒に着色剤を配合してなる着色剤組成物、この組成物により着色された着色物品、およびその着色物品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチックレンズは、軽量で加工性に優れ、染色も容易であることからカラーレンズとして多方面で使用されている。プラスチックレンズの染色に関しては、従来から浸漬法が用いられている。具体的には、プラスチックレンズに対して着色可能な分散染料を水に溶解あるいは懸濁させた染色液を加熱し、その中にプラスチックレンズを所定の時間浸漬した後、プラスチックレンズを加熱して、レンズ内部に浸透した染料をさらに内部に拡散させて安定化させる方法である。しかしながらこの方法では、染色液中の分散染料の濃度、染色液の温度、およびプラスチックレンズの染色性能などに依存するため、染色後の色調が変わりやすく、均一な色調を有するカラーレンズを安定して製造することが困難である。また最近、一層の軽量化を求める市場ニーズに応えて、プラスチックレンズ素材の高屈折率化が進んだ結果、浸漬法では染色が困難な素材も増えている。
【0003】
そこで、浸漬法では染色が困難であったプラスチックレンズを容易に染色できる方法として、気相法が提案されている(例えば、特許文献1)。この方法は、昇華性染料を有する基体とプラスチックレンズとを一定の間隔をもって対向させ、昇華性染料を昇華させてプラスチックレンズを染色するものである。また、プラスチックレンズの染色濃度を上げるために、転写染色を行う方法も提案されている(例えば、特許文献2,3)。具体的には、レンズ表面にウレタン樹脂等からなるインク受容層を設け、インクジェットプリンタにより当該インク受容層に昇華性染料を含むインクを印刷した後、プラスチックレンズを加熱(アニール処理)することによりレンズを染色する方法である。この方法は、染色後に、インク受容層を剥離することに特徴がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平1−277814号公報
【特許文献2】特開平8−020080号公報
【特許文献3】特開2004−286873号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の方法では、染色されたレンズの染色ムラを防ぐために基材とレンズとの間に一定の間隔を設けて染色している。それ故、転写率が低いという問題がある。
【0006】
そこで、本発明は、基材表面への均一な着色を可能とする着色剤組成物、この組成物により着色された着色物品、およびその着色物品を安定して製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、溶媒に着色剤を配合してなる着色剤組成物であって、前記溶媒が、25℃における表面張力が35mN/m以上の溶媒Aと、25℃における表面張力が32mN/m以下の溶媒Bとを混合してなる混合溶媒であり、前記混合溶媒における溶媒Aの割合が50質量%以上97質量%以下であることを特徴とする。
ここで、溶媒Aは、混合溶媒であってもよい。また、溶媒Aは主に有機溶媒であるが、水や水を含む混合溶媒であってもよい。溶媒Bも主に有機溶媒であるが、混合溶媒であってもよい。これらの溶媒Aや溶媒Bは使用条件下で互いに溶解すればよく、全温度範囲で互いに溶解する必要はない。
【0008】
本発明の着色剤組成物は、高い表面張力を有する溶媒と、低い表面張力を有する溶媒とからなる混合溶媒を用いている。それ故、高表面張力溶媒により着色剤成分(固形分)をよく溶解あるいは分散できるとともに、低表面張力溶媒により着色対象である基材表面への濡れ性を担保できる。この低表面張力溶媒はさらに、溶媒除去(乾燥)の際に乾燥ムラを防ぐ作用も奏する。
すなわち、表面張力が異なる2種以上の溶媒を所定の割合で混合してなる混合溶媒を用いることにより基材表面への均一な着色が可能となる。ただし、混合溶媒中における溶媒Aの割合が混合溶媒基準で50質量%未満であると上述の効果は期待できない。また、溶媒Aの割合が混合溶媒基準で97質量%を超えても同様に上述の効果は期待できない。溶媒Aの好ましい割合は60質量%以上95質量%以下であり、より好ましくは70質量%以上90質量%以下である。
なお、本発明の着色対象である基材としては、例えば、眼鏡レンズや望遠レンズなどに用いられるプラスチック製基材が挙げられる。なお、その表面にハードコート層(膜)や反射防止層(膜)などが形成されているときは、それらの膜を意味する。
【0009】
本発明では、該着色剤組成物の25℃における表面張力が20mN/m以上、45mN/m以下であることが好ましい。
この構成の発明によれば、該着色剤組成物の25℃における表面張力が20mN/m以上であるので、着色剤成分(固形分)をよく溶解あるいは分散できる。また、該着色剤組成物の25℃における表面張力が45mN/m以下であるので、基材表面への濡れ性も担保できる。
また、該組成物の基材表面への濡れ性の観点より、該組成物の表面張力を基材の表面エネルギー(臨界表面張力)と同じか、より小さくすることが好ましい。逆に基材の表面エネルギーを、組成物の表面張力と同じか、それよりも大きくしてもよい。なお、基材表面の表面エネルギーは、種々の表面張力の液体に対する接触角θを求めて、液体の表面張力γに対してcosθをプロットするいわゆるZismanプロットにより求められる。
【0010】
本発明では、該着色剤組成物の25℃における粘度が1mPa・s以上、20mPa・s以下であることが好ましい。
この構成の発明によれば該着色剤組成物の25℃における粘度が所定の範囲内であるので、基材表面における着色ムラを抑えることが可能となる。特に、基材への着色法として液滴吐出法(インクジェット法)を用いる際に、吐出安定性を担保できる点で好ましい。
【0011】
本発明では、さらに、前記溶媒に可溶性の樹脂を配合してなることが好ましい。
ここで、樹脂としては、所定の混合溶媒に可溶であって、膜形成能があればよく、例えばポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、およびポリ塩化ビニル樹脂等が好ましく挙げられる。
この構成の発明によれば、前記混合溶媒に可溶性の樹脂を配合してなるので、いわゆる転写着色法を好適に実施することができる。転写着色法とは、樹脂を含んだ着色剤組成物を基材表面に塗布した後に熱処理(アニール)を行い、着色剤を含有する樹脂膜から着色剤のみを基材に転写する着色方法である。この方法では、着色剤組成物中に樹脂膜形成用の樹脂が配合されているので、前もって基材表面に着色剤を含まない樹脂膜を形成しておくことなく、着色剤を基材上に定着することができる。それ故、転写着色法をより簡便に実施することができる。
【0012】
本発明では、該着色剤組成物における固形分の割合が1質量%以上、10質量%以下であることが好ましい。
この構成の発明によれば、該着色剤組成物における固形分の割合が1質量%以上、10質量%以下であるので、基材への着色を効率的に行うことができるだけでなく、着色ムラを抑えることもできる。
【0013】
本発明では、前記着色剤が染料または顔料であることが好ましい。
この構成の発明によれば、着色剤が染料または顔料であるので、基材への着色が容易である。特に、染料として分散染料を用いることが染色効率の点で好ましい。転写染色法を採用する際は、着色剤として昇華性の分散染料を用いることが、染色ムラの低減や染色速度の向上の点で好ましい。
【0014】
本発明は、基材を着色してなる着色物品であって、前記基材が前記したいずれかの着色剤組成物により着色されていることを特徴とする。
この発明では、着色物品が、前記したいずれかの着色剤組成物により着色されているので、着色ムラがなく均一に着色された物品を提供できる。ここで、基材とは、基材そのものの他、プライマー層またはハードコート層が形成された基材をも含む。
【0015】
本発明では、前記基材がプラスチック製であることが好ましい。
この構成の発明によれば、前記基材がプラスチック製であるので、均一に着色されたプラスチック製品を容易に提供できる。プラスチック製の基材としては、特に眼鏡用などに用いられるプラスチックレンズ基材が好ましく挙げられ、いわゆるカラーレンズとして提供できる。
【0016】
本発明の着色物品の製造方法は、前記したいずれかの着色剤組成物を基材に塗布することを特徴とする。
本発明の着色物品の製造方法によれば、前記したいずれかの着色剤組成物を基材に塗布するので、着色ムラのない着色物品を得ることができる。また、着色剤組成物に樹脂をさらに配合して着色剤転写用樹脂膜を基材表面に形成し、加熱により転写着色を行うことで、さらに着色ムラのない着色物品を得ることができる。
【0017】
本発明では、前記塗布する方法が液滴吐出法(インクジェット法)であることが好ましい。
この構成の発明によれば、塗布する方法が液滴吐出法であって、しかも吐出する液滴が前記したいずれかの着色剤組成物であるので、吐出安定性に優れており、基材表面への着色を安定して行うことができる。また、この液滴吐出法によれば、塗布液中に樹脂が配合されている場合、着色剤の転写用の樹脂膜を基材表面に安定して形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本実施形態に係る染色装置を示す概略図。
【図2】本実施形態において染色用樹脂膜を形成する工程を示す図。
【図3】本実施形態においてしみあがり現象を示す概念図。
【図4】本実施形態において染色装置の液的吐出ヘッドからの吐出安定性を示す概念図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。本実施形態は、眼鏡用のプラスチックカラーレンズ(以下、単に「カラーレンズ」ともいう)と、その製造方法である。このカラーレンズは、着色剤としての染料と樹脂を溶媒に配合してなる染料組成物をレンズ基材表面に塗布して樹脂膜を形成した後、加熱により樹脂膜中の染料をレンズ基材に転写することにより製造される。以下、具体的に説明する。
【0020】
[レンズ基材の材質]
レンズ基材の材質としては、特に限定されないが、屈折率が1.6以上の透明なプラスチック素材を使用することがレンズの軽量化の点で好ましい。例えば、イソシアネート基またはイソチオシアネート基を持つ化合物と、メルカプト基を持つ化合物を反応させることによって製造されるチオウレタン系プラスチックや、エピスルフィド基を持つ化合物を含む原料モノマーを重合硬化して製造されるエピスルフィド系プラスチックをレンズ基材の素材として好適に使用することができる。
【0021】
チオウレタン系プラスチックの主成分となるイソシアネート基またはイソチオシアネート基を持つ化合物としては、公知の化合物が何ら制限なく使用できる。
イソシアネート基を持つ化合物の具体例としては、エチレンジイソシアナート、トリメチレンジイソシアナート、2,4,4−トリメチルヘキサンジイソシアナート、ヘキサメチレンジイソシアナート、m−キシリレンジイソシアナート等が挙げられる。
【0022】
また、メルカプト基を持つ化合物としても、公知の物を用いることができる。例えば、1,2−エタンジチオール、1,6−ヘキサンジチオール、1,1−シクロヘキサンジチオール等の脂肪族ポリチオール、1,2−ジメルカプトベンゼン、1,2,3−トリス(メルカプトメチル)ベンゼン等の芳香族ポリチオールが挙げられる。また、プラスチックレンズの高屈折率化のためには、メルカプト基以外にも、硫黄原子を含むポリチオールがより好ましく用いられ、その具体例としては、1,2−ビス(メルカプトメチルチオ)ベンゼン、1,2,3−トリス(メルカプトエチルチオ)ベンゼン、1,2−ビス((2−メルカプトエチル)チオ)−3−メルカプトプロパン等が挙げられる。
【0023】
また、エピスルフィド系プラスチックの原料モノマーとして用いられる、エピスルフィド基を持つ化合物の具体例としては、公知のエピスルフィド基を持つ化合物が何ら制限なく使用できる。既存のエポキシ化合物のエポキシ基の一部あるいは全部の酸素を硫黄で置き換えることによって得られるエピスルフィド化合物が挙げられる。また、プラスチックレンズの高屈折率化のためには、エピスルフィド基以外にも硫黄原子を含有する化合物がより好ましい。具体例としては、1,2−ビス(β−エピチオプロピルチオ)エタン、ビス−(β−エピチオプロピル)スルフィド、1,4−ビス(β−エピチオプロピルチオメチル)ベンゼン、2,5−ビス(β−エピチオプロピルチオメチル)−1,4−ジチアン、ビス−(β−エピチオプロピル)ジスルフィド等が挙げられる。
これらのような高屈折率の素材は、一般に難染色性であるが、本実施形態においては、後述するように、転写染色法を用いるためカラーレンズ用のレンズ基材として好適に用いることができる。
【0024】
[染料組成物]
本実施形態における染料組成物は、混合溶媒に所定の樹脂と染料を配合してなる染料組成物である。混合溶媒は、25℃における表面張力が35mN/m以上の溶媒Aと、25℃における表面張力が32mN/m以下の溶媒Bとを混合して得られる。
溶媒Aとしては、単一の溶媒(化合物)でもよく、混合溶媒でもよいが、染料と樹脂(固形分)の溶解性あるいは分散性の観点より、25℃における表面張力が35mN/m以上である必要がある。このような溶媒としては、例えば、γ−ブチロラクトン、N−メチル−2−ピロリドン、N,N’−ジメチル−2−イミダゾリジノン、および炭酸プロピレンなどが好適に挙げられる。なお、溶媒Aとしては、水を混合して表面張力を上げてもよい。また、溶媒Bとしては、着色対象である基材表面への濡れ性を担保するために、25℃における表面張力が32mN/m以下である必要がある。このような溶媒としては、例えば、プロピレングリコールモノメチルエーテルやエチレングリコールモノブチルエーテルなどが好適に挙げられる。
【0025】
ここで、前記混合溶媒における溶媒Aの割合は溶媒基準で50質量%以上97質量%以下であることが好ましい。ただし、混合溶媒中における溶媒Aの割合が混合溶媒基準で50質量%未満であると上述の効果は期待できない。また、溶媒Aの割合が混合溶媒基準で97質量%を超えても同様に上述の効果は期待できない。溶媒Aの好ましい割合は60質量%以上95質量%以下であり、より好ましくは70質量%以上90質量%以下である。
【0026】
また、染料組成物(染色液)に配合される染料としては、上述の溶媒中に溶解あるいは分散できる染料であれば特に問わない。例えば、ニトロソ染料、ニトロ染料、アゾ染料、スチルベンアゾ染料、ケトイミン染料、トリフェニルメタン染料、キサンテン染料、アクリジン染料、キノリン染料、メチン染料、ポリメチン染料、チアゾール染料、インダミン染料、インドフェノール染料、アジン染料、オキサジン染料、チアジン染料、硫化染料、アミノケトン染料、オキシケトン染料、アントラキノン染料、インジゴイド染料、フタロシアニン染料などが挙げられる。なお、転写染色用としては、熱により昇華する性質を強く有するものが特に好ましい。
【0027】
そして、これらの染料の中から適宜選択して染色液を調製すればよい。また、染料に要求される特性として、分散性、可溶性および染料安定性(使用溶剤に対して化学反応が起こらないこと)などがあり、このような特性を考慮して具体的な染料を選択する。
これらの染料の配合量も、目的とするカラーレンズの色調に応じて適宜決定すればよい。なお、染料を多量に使用すると、分散および溶解せずに染色液に残留するおそれがあるので、分散および溶解する程度の配合量が好ましい。逆に染料の使用量が少量の場合、着色層を厚くする必要があるため、目的色となる着色層を形成するのは困難となる。このような点を踏まえて最終的な配合量を決定する。
【0028】
なお、染料に対する分散剤として界面活性剤を添加することも好ましい。界面活性剤としては、例えば、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、アルキルスルホコハク酸塩、芳香族スルホン酸ホルマリン縮合物、ラウリル硫酸塩などの陰イオン界面活性剤、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、アルキルアミンエーテル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル等の非イオン界面活性剤などが挙げられる。これらの界面活性剤は、レンズの目標とする着色濃度に応じて、使用する染料の量(100質量部)に対して5〜200質量部の範囲で使用するのが好ましい。
【0029】
本実施形態では、レンズ基材に対して染料転写用の樹脂膜を形成した後、加熱により転写染色を行う。転写染色を行う際は、染料組成物中に樹脂膜形成用として所定の樹脂を配合する。樹脂としては、上述した混合溶媒に可溶であって、膜形成能があればよく、例えばポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂およびポリ塩化ビニル樹脂等が好ましく挙げられる、また、染料のレンズ基材への転写終了後は、樹脂膜を剥がすため剥離剤を使用する。剥離剤としては、レンズ基材が溶解せず、かつ樹脂膜に対する溶解性が高いものであることが好ましく、このような剥離剤としては、例えばケトン類、エステル類、芳香族化合物および塩素化炭化水素等が挙げられる。
【0030】
本実施形態における染料組成物の25℃における表面張力は、20mN/m以上、45mN/m以下であることが好ましい。該染料組成物の25℃における表面張力が20mN/m未満であると、着色剤成分(固形分)をうまく溶解あるいは分散することができないおそれがある。また、該着色剤組成物の25℃における表面張力が45mN/mを超えると、レンズ基材表面への濡れ性が悪化するおそれがある。
なお、該組成物の基材表面への濡れ性の観点より、基材の表面エネルギー(臨界表面張力)は、組成物の表面張力と同じか、それよりも大きいことが好ましい。ここで、基材表面の表面エネルギーは、種々の表面張力の液体に対する接触角θを求めて、液体の表面張力γに対してcosθをプロットするいわゆるZismanプロットから求められる。具体的には、cosθ=1(θ=0)の場合の表面張力γc(臨界表面張力)が、固体の表面エネルギーとなる(W.A.Zisman Ind.Eng.Chem.,55,No.10,18-38(1963))。この固体の表面エネルギーは材質固有のものであるが、表面を改質することにより変化させることができる。表面を改質して表面エネルギーを変化させる方法としては、例えば(1)酸化処理、プラズマ処理等による方法、(2)異なる表面エネルギーを持つ物質との複合化などが挙げられる。前記(2)については、固体表面上に異なる表面エネルギーを持つ層を塗布、電着等によって形成する方法、異なる表面エネルギーを持った物質をベースになる固体中に入れて複合化する方法などが挙げられる。
【0031】
本実施形態における染料組成物の25℃における粘度は、3mPa・s以上、20mPa・s以下であることが好ましい。該染料組成物の25℃における粘度が3mPa・s未満であると、レンズ基材表面における染色用樹脂膜にムラが生じ、結果として転写染色後に染色ムラが生じやすくなる。一方、25℃における粘度が20mPa・sを超えると、レンズ基材への染色用樹脂膜の形成が困難となる。特に、レンズ基材への着色法として液滴吐出法(インクジェット法)を用いる際に、吐出が不安定となるおそれがある。
【0032】
上述した染料組成物とレンズ基材を用いて、以下のようにしてカラーレンズを製造する。
[染色用樹脂膜の形成工程]
本実施形態では、樹脂を含有する染料組成物をレンズ基材の上に液滴吐出法(インクジェット法)で塗布する。インクジェット法とは、一般に10〜100μm径の微小なノズル開口部と圧力発生素子とが設けられた圧力室にインク(染料組成物)を充填し、圧力発生素子を電子的に制御することによって圧力室内のインクを加圧し、その圧力で、ノズル開口部からインクを微小な液滴として吐出するものである。
【0033】
図1に、本実施形態におけるインクジェット染色装置10(以下、単に「染色装置10」ともいう)の概略図を示す。
染色装置10は、染料組成物が封入されるインクタンク11と、染料組成物を輸送するチューブ12と、液滴を吐出するための吐出ヘッド13と、吐出ヘッド13を保持する保持部材14と、染色用のレンズ基材100を回転可能に保持するアーム15とを含んで構成される。
吐出ヘッド13は、保持部材14に連結されて上下左右に移動でき、さらに回転も可能になっている。また、吐出ヘッド13と、レンズ基材100を保持するアーム15は制御PCにより制御される。
具体的な塗布方法としては、図2(A)に示すように、染料組成物が充填された吐出ヘッド13を、レンズ基材100の表面と略等間隔を保つように制御しつつ走査させる。そして、吐出ヘッド13のノズルからの吐出を制御することによって、レンズ基材100の必要な部分に染料組成物を均一に塗布し、塗布膜Lを形成する。この場合、吐出ヘッド13だけを動かしてもよく、あるいは吐出ヘッド13を特定の方向に移動させ、タイミングをとってレンズ基材100を前記方向と直交する方向に移動させる方法でもよい。
【0034】
レンズ基材100の曲面と吐出ヘッド13との距離は曲面の位置によって異なるが、実際上はほとんど影響がない。また、レンズ基材100の支持体に首振り運動させることで、吐出ヘッド13とレンズ基材100の表面との間隔を概ね一定にするような塗布方法を採用してもよい。
なお、塗布膜Lの膜厚は、最終的に目標とする色調を発揮できるように制御することが必要である。それ故、インクジェット法による1回の塗布で十分な樹脂膜の厚みが得られないおそれのある場合は、複数回の重ね塗りを行う。
【0035】
(乾燥工程および熱転写工程)
インクジェット法で塗布した後は、40〜200℃、好ましくは80〜130℃の温度で、30分〜8時間かけて乾燥および染料の熱転写(アニール)を行う(図2(B)、(C))。
乾燥後の樹脂膜L’の厚さは100〜500μm程度が好ましい。一方、樹脂膜L’の厚みが50μmを超えると樹脂膜L’中の染料がレンズ基材に転写されるのに時間がかかりすぎるので好ましくない。また、加熱温度が低すぎると乾燥や熱転写が不十分となり、また高温であるとレンズ基材100の変性が生ずるおそれがある。
熱転写終了後に樹脂膜L’を剥離することで、カラーレンズ200が得られる(図2(D))。
【0036】
上述した本実施形態によれば、以下のような作用効果を得ることができる。
眼鏡用レンズ基材100の染色用として、所定の混合溶媒と染料とを配合してなる染料組成物を用いている。それ故、高表面張力溶媒により着色剤成分(固形分)をよく溶解あるいは分散できるとともに、低表面張力溶媒により着色対象であるレンズ基材100表面への濡れ性も担保できる。この低表面張力溶媒はさらに、溶媒除去(乾燥)の際に乾燥ムラを防ぐ作用も奏する。
染料組成物には、さらに樹脂が配合されているので、レンズ基材100に樹脂膜L’を形成した後、加熱することで容易に転写染色を行うことができる。従って、レンズ基材100が難染色性であっても各種の色調を有するカラーレンズを容易に提供できる。
【0037】
また、本実施形態における染料組成物は、上述した組成を有するため、いわゆるしみあがり現象がほとんど生じない。ここで、しみあがり現象とは、レンズ基材100の表面に塗布された染料組成物(染色液)の端部が盛り上がる現象である。以下、具体的に説明する。
図3(A)に示すように、レンズ基材100の表面に塗布された染色液L1は、溶媒の蒸発により、L2A(図3(B))、L3A(図3(C))、およびL4A(図3(D))のように厚みが薄くなっていく。しかし、染色液L1の端部のほうが固形分濃度の上昇が速いため、濃度勾配を生じ、染色液L1の中心部から端部に染色液(溶媒および固形分)が移動する。それ故、溶媒の蒸発とともに染色液L1の端部は、L2B(図3(B))、L3B(図3(C))、およびL4B(図3(D))のように、中心部にくらべ相対的に厚くなってしまう。これがしみあがり現象である。このようなしみ上がり現象が発生すると、熱転写を行った際にレンズ基材表面への染色ムラの原因となる。
【0038】
また、本実施形態における染料組成物は、上述した組成を有するため、いわゆる成膜安定性にも優れる。ここで、成膜安定性に優れるとは、レンズ基材100の表面に塗布された染料組成物(染色液)がムラなく平滑に広がっていることを意味する。成膜安定性に劣る染料組成物を用いた場合には、染色液がレンズ基材100の表面を後退したり、いわゆる塗りムラを生じることもある。
【0039】
本実施形態の組成物は、上述した組成を有するため、インクジェット法に用いたときに吐出安定性に非常に優れる。
また、インクジェット法により転写染色用の樹脂膜L’をレンズ基材100上に形成するので、染色のための特別な製造スペースや特別の工程も不要となり、カラーレンズ200の製造コストを低減できる。
樹脂膜L’をインクジェット法により形成するので、膜厚の管理が容易であり、色調を正確に制御できる。また、レンズ基材100の同一面を数度重ね塗りすることも容易である。さらに、玉型加工で除去する部分を染色する必要はないので、樹脂膜L’をレンズ基材100の中央部分にのみ形成したり、最終的な眼鏡レンズの形状に合わせて形成することもできる。
【0040】
なお、本発明は前述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
例えば、本実施形態では、着色剤として染料を挙げて説明したが、着色剤であれば特に制限はない。例えば顔料であってもよく、染料と顔料の混合物であってもよい。
本実施形態では、レンズ基材への樹脂膜形成に、インクジェット法を用いたが、それ以外にもディッピング法やスピン法などを用いることが可能である。ただし、膜厚の管理が容易である点や、転写させる色調を正確に制御できる点でインクジェット法が最も好ましい。
【0041】
また、本実施形態では、レンズ基材100の上に直接染料組成物を吐出し、レンズ基材100の上に塗布膜L(樹脂膜L’)を形成したが、レンズ基材100の上にハードコート層を形成し、その上に塗布膜Lを形成してもよい。すなわち、ハードコート層を染色してもよい。ハードコート層は、金属酸化物微粒子を含むコーティング組成物から好ましく形成される。金属酸化物微粒子としては、例えば、酸化チタン(TiO2)、酸化ケイ素(SiO2)、酸化スズ(SnO2)あるいは、酸化ジルコニウム(ZnO2)等である。これらは単体で用いてもよく、あるいは複合微粒子として用いてもよい。例えば、金属酸化物微粒子と有機ケイ素化合物とを含んだコーティング組成物を、前記したレンズ基材の上に塗布することでハードコート層が形成される。有機ケイ素化合物としては、シランカップリング材として知られる化合物を好適に用いることができる。また、ハードコート層を形成する前にプライマー層を形成してもよい。プライマー層としては、例えば、極性基を有する有機樹脂ポリマー(ポリウレタン樹脂、エポキシ樹脂等)や、酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化スズ、酸化珪素等の金属酸化物微粒子を含むことが好ましい。
【0042】
また、ハードコート層は、染色後のレンズ基材100(カラーレンズ200)の上に形成してもよい。さらに、カラーレンズ200の表面やハードコート層の上に反射防止層や防汚層を形成してもよい。有機系反射防止層は、例えば、シランカップリング剤と内部空洞を有するシリカ系微粒子とを含んでなる組成物から好適に形成できる。また、反射防止層としては前記したような湿式法だけでなく、真空蒸着等による多層の薄膜からなる無機系反射防止層としてもよい。
【0043】
防汚層は、撥水・撥油性能の観点から、フッ素を含有する有機ケイ素化合物を用いて形成することが好ましい。フッ素を含有する有機ケイ素化合物としては、例えば、特開2005−301208号公報や特開2006−126782号公報に記載されている含フッ素シラン化合物を好適に使用することができる。含フッ素シラン化合物は、有機溶剤に溶解し、所定濃度に調整した撥水処理液を用いて反射防止層に塗布する方法を採用することができる。塗布方法としては、ディッピング法、スピンコート法等を用いることができる。なお、撥水処理液を金属ペレットに充填した後、真空蒸着法などの乾式法を用いて防汚層を形成してもよい。
【実施例】
【0044】
以下、実施例および比較例を挙げて、本発明をより詳細に説明するが、本発明は実施例等の内容に何ら限定されるものではない。
具体的には、図1に示す染色装置10を用いて、眼鏡用プラスチックレンズ基材100の上に染料組成物層(樹脂膜)を形成するとともに、熱処理(アニール)により染料をレンズ基材100に浸透させた。詳細を以下に示す。
【0045】
〔実施例1〜4、比較例1〜3〕
(レンズ基材)
レンズ基材100として、屈折率1.67のチオウレタン系プラスチック(セイコーエプソン(株)製、商品名「セイコースーパーソブリン(SSV)」)を使用した。
【0046】
(染料組成物の調製)
以下の各成分を混合して、染料組成物を調製した。溶媒Aと溶媒Bの配合割合(溶媒基準)を表1に示す。樹脂と染料の配合割合は、実施例と比較例の全てにおいて組成物全量基準で各々5質量%である。
溶媒A:γ−ブチロラクトン(35.4mN/m @25℃)
溶媒B:プロピレングリコールモノメチルエーテル(27.7mN/m @25℃)
樹 脂:ポリウレタン樹脂(第一工業製薬製 SF500M)
染 料:双葉産業製 Blue TN
【0047】
(転写染色用樹脂膜の形成工程)
前記した各染料組成物を、図1に示す吐出ヘッド13に充填し、アセトンで洗浄した厚さ3mm、外形(直径)70mmの円形レンズ基材100の表面に対して図2(A)に示すように吐出して塗布膜Lを形成し、乾燥して樹脂膜L’とした(図2(B))。
【0048】
(熱転写工程)
樹脂膜L’が形成されたレンズ基材100を、120℃で1〜3時間加熱(アニール)して染料をレンズ基材100に転写した(図2(C))。その後、アセトンで樹脂膜L’を剥離してカラーレンズ200を得た(図2(D))。
【0049】
〔評価方法〕
インクジェット法による塗布膜L形成時の吐出安定性、塗布時の成膜性、しみあがり現象、および、熱転写後のカラーレンズ200の染色状況について評価した。具体的には以下のようにして行った。表1に結果を示す。
【0050】
(吐出安定性)
図4に示すように、吐出ヘッド13から間欠的に吐出される染料組成物(液滴)に対して、液滴の速度と吐出間隔に同期させた連続ストロボにより写真撮影を行った。吐出ヘッド13から吐出される液滴は、吐出される際の流動安定性により図4(A)〜(D)のような各種の形状となる。そこで、以下の基準で吐出安定性を評価した。実用上はAであることが望まれる。
A:各液滴の形状が球状ないし回転楕円体に近い。
B:各液滴が尾を引くような形状となっている。
C:液滴間の分離がうまくいかずつながっている。
D:通常の吐出条件で液滴が吐出されない。
【0051】
(成膜性)
図2(A)に示すような塗布膜Lについて、目視により以下の基準で評価した。
○:塗布膜L’が全域に渡って均一(厚み)であり、いわゆる塗りムラがほとんど認められない。
×:塗布膜L’の厚みが不均一となっており、塗りムラが認められる。あるいは、塗布膜L’の乾燥時に一部がレンズ基材100表面上を後退する(1mm以上)。
【0052】
(しみあがり現象)
図2(B)に示すような乾燥後の樹脂膜L’について、目視により以下の基準で評価した。
○:樹脂膜L’の端部全域にしみあがりが全く認められず、樹脂膜L’全体が平滑である。
×:樹脂膜L’の端部の一部または全域にしみあがりが認められる。
【0053】
(染色状況)
染色後の各カラーレンズ200について、レンズ表面の染色状況を目視により以下の基準で評価した。
○:染色部分全域に渡って色調が均一であり、色ムラが認められない。
△:染色部分の一部に色ムラが認められる。
×:染色部分の全域に渡って色ムラが認められる。
【0054】
【表1】
【0055】
〔評価結果〕
表1の結果より、実施例1〜4で用いた染料組成物によれば、インクジェット法による吐出安定性に優れるとともに、レンズ基材表面に形成された塗布膜にもムラがない。さらに、塗布膜を乾燥した後の樹脂膜にもしみあがり現象が認められず樹脂膜全体が平滑である。そして、最終的に得られたカラーレンズは、染色部分全域に渡って色調が均一であり、色ムラが認められない。一方、比較例1〜3では溶媒Aと溶媒Bの混合割合が本発明とは異なるので、塗布膜形成時の吐出安定性、塗布時の成膜性、しみあがり現象、および、熱転写後のレンズ基材の染色状況のすべてにおいて劣っている。
【符号の説明】
【0056】
10・・・染色装置、11・・・インクタンク、12・・・チューブ、13・・・吐出ヘッド、14・・・保持部材、15・・・アーム、100・・・レンズ基材、200・・・カラーレンズ、L・・・塗布膜、L’・・・樹脂膜、L1,L2A,L2B,L3A,L3B,L4A,L4B・・・染色液
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶媒に着色剤を配合してなる着色剤組成物、この組成物により着色された着色物品、およびその着色物品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチックレンズは、軽量で加工性に優れ、染色も容易であることからカラーレンズとして多方面で使用されている。プラスチックレンズの染色に関しては、従来から浸漬法が用いられている。具体的には、プラスチックレンズに対して着色可能な分散染料を水に溶解あるいは懸濁させた染色液を加熱し、その中にプラスチックレンズを所定の時間浸漬した後、プラスチックレンズを加熱して、レンズ内部に浸透した染料をさらに内部に拡散させて安定化させる方法である。しかしながらこの方法では、染色液中の分散染料の濃度、染色液の温度、およびプラスチックレンズの染色性能などに依存するため、染色後の色調が変わりやすく、均一な色調を有するカラーレンズを安定して製造することが困難である。また最近、一層の軽量化を求める市場ニーズに応えて、プラスチックレンズ素材の高屈折率化が進んだ結果、浸漬法では染色が困難な素材も増えている。
【0003】
そこで、浸漬法では染色が困難であったプラスチックレンズを容易に染色できる方法として、気相法が提案されている(例えば、特許文献1)。この方法は、昇華性染料を有する基体とプラスチックレンズとを一定の間隔をもって対向させ、昇華性染料を昇華させてプラスチックレンズを染色するものである。また、プラスチックレンズの染色濃度を上げるために、転写染色を行う方法も提案されている(例えば、特許文献2,3)。具体的には、レンズ表面にウレタン樹脂等からなるインク受容層を設け、インクジェットプリンタにより当該インク受容層に昇華性染料を含むインクを印刷した後、プラスチックレンズを加熱(アニール処理)することによりレンズを染色する方法である。この方法は、染色後に、インク受容層を剥離することに特徴がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平1−277814号公報
【特許文献2】特開平8−020080号公報
【特許文献3】特開2004−286873号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の方法では、染色されたレンズの染色ムラを防ぐために基材とレンズとの間に一定の間隔を設けて染色している。それ故、転写率が低いという問題がある。
【0006】
そこで、本発明は、基材表面への均一な着色を可能とする着色剤組成物、この組成物により着色された着色物品、およびその着色物品を安定して製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、溶媒に着色剤を配合してなる着色剤組成物であって、前記溶媒が、25℃における表面張力が35mN/m以上の溶媒Aと、25℃における表面張力が32mN/m以下の溶媒Bとを混合してなる混合溶媒であり、前記混合溶媒における溶媒Aの割合が50質量%以上97質量%以下であることを特徴とする。
ここで、溶媒Aは、混合溶媒であってもよい。また、溶媒Aは主に有機溶媒であるが、水や水を含む混合溶媒であってもよい。溶媒Bも主に有機溶媒であるが、混合溶媒であってもよい。これらの溶媒Aや溶媒Bは使用条件下で互いに溶解すればよく、全温度範囲で互いに溶解する必要はない。
【0008】
本発明の着色剤組成物は、高い表面張力を有する溶媒と、低い表面張力を有する溶媒とからなる混合溶媒を用いている。それ故、高表面張力溶媒により着色剤成分(固形分)をよく溶解あるいは分散できるとともに、低表面張力溶媒により着色対象である基材表面への濡れ性を担保できる。この低表面張力溶媒はさらに、溶媒除去(乾燥)の際に乾燥ムラを防ぐ作用も奏する。
すなわち、表面張力が異なる2種以上の溶媒を所定の割合で混合してなる混合溶媒を用いることにより基材表面への均一な着色が可能となる。ただし、混合溶媒中における溶媒Aの割合が混合溶媒基準で50質量%未満であると上述の効果は期待できない。また、溶媒Aの割合が混合溶媒基準で97質量%を超えても同様に上述の効果は期待できない。溶媒Aの好ましい割合は60質量%以上95質量%以下であり、より好ましくは70質量%以上90質量%以下である。
なお、本発明の着色対象である基材としては、例えば、眼鏡レンズや望遠レンズなどに用いられるプラスチック製基材が挙げられる。なお、その表面にハードコート層(膜)や反射防止層(膜)などが形成されているときは、それらの膜を意味する。
【0009】
本発明では、該着色剤組成物の25℃における表面張力が20mN/m以上、45mN/m以下であることが好ましい。
この構成の発明によれば、該着色剤組成物の25℃における表面張力が20mN/m以上であるので、着色剤成分(固形分)をよく溶解あるいは分散できる。また、該着色剤組成物の25℃における表面張力が45mN/m以下であるので、基材表面への濡れ性も担保できる。
また、該組成物の基材表面への濡れ性の観点より、該組成物の表面張力を基材の表面エネルギー(臨界表面張力)と同じか、より小さくすることが好ましい。逆に基材の表面エネルギーを、組成物の表面張力と同じか、それよりも大きくしてもよい。なお、基材表面の表面エネルギーは、種々の表面張力の液体に対する接触角θを求めて、液体の表面張力γに対してcosθをプロットするいわゆるZismanプロットにより求められる。
【0010】
本発明では、該着色剤組成物の25℃における粘度が1mPa・s以上、20mPa・s以下であることが好ましい。
この構成の発明によれば該着色剤組成物の25℃における粘度が所定の範囲内であるので、基材表面における着色ムラを抑えることが可能となる。特に、基材への着色法として液滴吐出法(インクジェット法)を用いる際に、吐出安定性を担保できる点で好ましい。
【0011】
本発明では、さらに、前記溶媒に可溶性の樹脂を配合してなることが好ましい。
ここで、樹脂としては、所定の混合溶媒に可溶であって、膜形成能があればよく、例えばポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、およびポリ塩化ビニル樹脂等が好ましく挙げられる。
この構成の発明によれば、前記混合溶媒に可溶性の樹脂を配合してなるので、いわゆる転写着色法を好適に実施することができる。転写着色法とは、樹脂を含んだ着色剤組成物を基材表面に塗布した後に熱処理(アニール)を行い、着色剤を含有する樹脂膜から着色剤のみを基材に転写する着色方法である。この方法では、着色剤組成物中に樹脂膜形成用の樹脂が配合されているので、前もって基材表面に着色剤を含まない樹脂膜を形成しておくことなく、着色剤を基材上に定着することができる。それ故、転写着色法をより簡便に実施することができる。
【0012】
本発明では、該着色剤組成物における固形分の割合が1質量%以上、10質量%以下であることが好ましい。
この構成の発明によれば、該着色剤組成物における固形分の割合が1質量%以上、10質量%以下であるので、基材への着色を効率的に行うことができるだけでなく、着色ムラを抑えることもできる。
【0013】
本発明では、前記着色剤が染料または顔料であることが好ましい。
この構成の発明によれば、着色剤が染料または顔料であるので、基材への着色が容易である。特に、染料として分散染料を用いることが染色効率の点で好ましい。転写染色法を採用する際は、着色剤として昇華性の分散染料を用いることが、染色ムラの低減や染色速度の向上の点で好ましい。
【0014】
本発明は、基材を着色してなる着色物品であって、前記基材が前記したいずれかの着色剤組成物により着色されていることを特徴とする。
この発明では、着色物品が、前記したいずれかの着色剤組成物により着色されているので、着色ムラがなく均一に着色された物品を提供できる。ここで、基材とは、基材そのものの他、プライマー層またはハードコート層が形成された基材をも含む。
【0015】
本発明では、前記基材がプラスチック製であることが好ましい。
この構成の発明によれば、前記基材がプラスチック製であるので、均一に着色されたプラスチック製品を容易に提供できる。プラスチック製の基材としては、特に眼鏡用などに用いられるプラスチックレンズ基材が好ましく挙げられ、いわゆるカラーレンズとして提供できる。
【0016】
本発明の着色物品の製造方法は、前記したいずれかの着色剤組成物を基材に塗布することを特徴とする。
本発明の着色物品の製造方法によれば、前記したいずれかの着色剤組成物を基材に塗布するので、着色ムラのない着色物品を得ることができる。また、着色剤組成物に樹脂をさらに配合して着色剤転写用樹脂膜を基材表面に形成し、加熱により転写着色を行うことで、さらに着色ムラのない着色物品を得ることができる。
【0017】
本発明では、前記塗布する方法が液滴吐出法(インクジェット法)であることが好ましい。
この構成の発明によれば、塗布する方法が液滴吐出法であって、しかも吐出する液滴が前記したいずれかの着色剤組成物であるので、吐出安定性に優れており、基材表面への着色を安定して行うことができる。また、この液滴吐出法によれば、塗布液中に樹脂が配合されている場合、着色剤の転写用の樹脂膜を基材表面に安定して形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本実施形態に係る染色装置を示す概略図。
【図2】本実施形態において染色用樹脂膜を形成する工程を示す図。
【図3】本実施形態においてしみあがり現象を示す概念図。
【図4】本実施形態において染色装置の液的吐出ヘッドからの吐出安定性を示す概念図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。本実施形態は、眼鏡用のプラスチックカラーレンズ(以下、単に「カラーレンズ」ともいう)と、その製造方法である。このカラーレンズは、着色剤としての染料と樹脂を溶媒に配合してなる染料組成物をレンズ基材表面に塗布して樹脂膜を形成した後、加熱により樹脂膜中の染料をレンズ基材に転写することにより製造される。以下、具体的に説明する。
【0020】
[レンズ基材の材質]
レンズ基材の材質としては、特に限定されないが、屈折率が1.6以上の透明なプラスチック素材を使用することがレンズの軽量化の点で好ましい。例えば、イソシアネート基またはイソチオシアネート基を持つ化合物と、メルカプト基を持つ化合物を反応させることによって製造されるチオウレタン系プラスチックや、エピスルフィド基を持つ化合物を含む原料モノマーを重合硬化して製造されるエピスルフィド系プラスチックをレンズ基材の素材として好適に使用することができる。
【0021】
チオウレタン系プラスチックの主成分となるイソシアネート基またはイソチオシアネート基を持つ化合物としては、公知の化合物が何ら制限なく使用できる。
イソシアネート基を持つ化合物の具体例としては、エチレンジイソシアナート、トリメチレンジイソシアナート、2,4,4−トリメチルヘキサンジイソシアナート、ヘキサメチレンジイソシアナート、m−キシリレンジイソシアナート等が挙げられる。
【0022】
また、メルカプト基を持つ化合物としても、公知の物を用いることができる。例えば、1,2−エタンジチオール、1,6−ヘキサンジチオール、1,1−シクロヘキサンジチオール等の脂肪族ポリチオール、1,2−ジメルカプトベンゼン、1,2,3−トリス(メルカプトメチル)ベンゼン等の芳香族ポリチオールが挙げられる。また、プラスチックレンズの高屈折率化のためには、メルカプト基以外にも、硫黄原子を含むポリチオールがより好ましく用いられ、その具体例としては、1,2−ビス(メルカプトメチルチオ)ベンゼン、1,2,3−トリス(メルカプトエチルチオ)ベンゼン、1,2−ビス((2−メルカプトエチル)チオ)−3−メルカプトプロパン等が挙げられる。
【0023】
また、エピスルフィド系プラスチックの原料モノマーとして用いられる、エピスルフィド基を持つ化合物の具体例としては、公知のエピスルフィド基を持つ化合物が何ら制限なく使用できる。既存のエポキシ化合物のエポキシ基の一部あるいは全部の酸素を硫黄で置き換えることによって得られるエピスルフィド化合物が挙げられる。また、プラスチックレンズの高屈折率化のためには、エピスルフィド基以外にも硫黄原子を含有する化合物がより好ましい。具体例としては、1,2−ビス(β−エピチオプロピルチオ)エタン、ビス−(β−エピチオプロピル)スルフィド、1,4−ビス(β−エピチオプロピルチオメチル)ベンゼン、2,5−ビス(β−エピチオプロピルチオメチル)−1,4−ジチアン、ビス−(β−エピチオプロピル)ジスルフィド等が挙げられる。
これらのような高屈折率の素材は、一般に難染色性であるが、本実施形態においては、後述するように、転写染色法を用いるためカラーレンズ用のレンズ基材として好適に用いることができる。
【0024】
[染料組成物]
本実施形態における染料組成物は、混合溶媒に所定の樹脂と染料を配合してなる染料組成物である。混合溶媒は、25℃における表面張力が35mN/m以上の溶媒Aと、25℃における表面張力が32mN/m以下の溶媒Bとを混合して得られる。
溶媒Aとしては、単一の溶媒(化合物)でもよく、混合溶媒でもよいが、染料と樹脂(固形分)の溶解性あるいは分散性の観点より、25℃における表面張力が35mN/m以上である必要がある。このような溶媒としては、例えば、γ−ブチロラクトン、N−メチル−2−ピロリドン、N,N’−ジメチル−2−イミダゾリジノン、および炭酸プロピレンなどが好適に挙げられる。なお、溶媒Aとしては、水を混合して表面張力を上げてもよい。また、溶媒Bとしては、着色対象である基材表面への濡れ性を担保するために、25℃における表面張力が32mN/m以下である必要がある。このような溶媒としては、例えば、プロピレングリコールモノメチルエーテルやエチレングリコールモノブチルエーテルなどが好適に挙げられる。
【0025】
ここで、前記混合溶媒における溶媒Aの割合は溶媒基準で50質量%以上97質量%以下であることが好ましい。ただし、混合溶媒中における溶媒Aの割合が混合溶媒基準で50質量%未満であると上述の効果は期待できない。また、溶媒Aの割合が混合溶媒基準で97質量%を超えても同様に上述の効果は期待できない。溶媒Aの好ましい割合は60質量%以上95質量%以下であり、より好ましくは70質量%以上90質量%以下である。
【0026】
また、染料組成物(染色液)に配合される染料としては、上述の溶媒中に溶解あるいは分散できる染料であれば特に問わない。例えば、ニトロソ染料、ニトロ染料、アゾ染料、スチルベンアゾ染料、ケトイミン染料、トリフェニルメタン染料、キサンテン染料、アクリジン染料、キノリン染料、メチン染料、ポリメチン染料、チアゾール染料、インダミン染料、インドフェノール染料、アジン染料、オキサジン染料、チアジン染料、硫化染料、アミノケトン染料、オキシケトン染料、アントラキノン染料、インジゴイド染料、フタロシアニン染料などが挙げられる。なお、転写染色用としては、熱により昇華する性質を強く有するものが特に好ましい。
【0027】
そして、これらの染料の中から適宜選択して染色液を調製すればよい。また、染料に要求される特性として、分散性、可溶性および染料安定性(使用溶剤に対して化学反応が起こらないこと)などがあり、このような特性を考慮して具体的な染料を選択する。
これらの染料の配合量も、目的とするカラーレンズの色調に応じて適宜決定すればよい。なお、染料を多量に使用すると、分散および溶解せずに染色液に残留するおそれがあるので、分散および溶解する程度の配合量が好ましい。逆に染料の使用量が少量の場合、着色層を厚くする必要があるため、目的色となる着色層を形成するのは困難となる。このような点を踏まえて最終的な配合量を決定する。
【0028】
なお、染料に対する分散剤として界面活性剤を添加することも好ましい。界面活性剤としては、例えば、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、アルキルスルホコハク酸塩、芳香族スルホン酸ホルマリン縮合物、ラウリル硫酸塩などの陰イオン界面活性剤、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、アルキルアミンエーテル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル等の非イオン界面活性剤などが挙げられる。これらの界面活性剤は、レンズの目標とする着色濃度に応じて、使用する染料の量(100質量部)に対して5〜200質量部の範囲で使用するのが好ましい。
【0029】
本実施形態では、レンズ基材に対して染料転写用の樹脂膜を形成した後、加熱により転写染色を行う。転写染色を行う際は、染料組成物中に樹脂膜形成用として所定の樹脂を配合する。樹脂としては、上述した混合溶媒に可溶であって、膜形成能があればよく、例えばポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂およびポリ塩化ビニル樹脂等が好ましく挙げられる、また、染料のレンズ基材への転写終了後は、樹脂膜を剥がすため剥離剤を使用する。剥離剤としては、レンズ基材が溶解せず、かつ樹脂膜に対する溶解性が高いものであることが好ましく、このような剥離剤としては、例えばケトン類、エステル類、芳香族化合物および塩素化炭化水素等が挙げられる。
【0030】
本実施形態における染料組成物の25℃における表面張力は、20mN/m以上、45mN/m以下であることが好ましい。該染料組成物の25℃における表面張力が20mN/m未満であると、着色剤成分(固形分)をうまく溶解あるいは分散することができないおそれがある。また、該着色剤組成物の25℃における表面張力が45mN/mを超えると、レンズ基材表面への濡れ性が悪化するおそれがある。
なお、該組成物の基材表面への濡れ性の観点より、基材の表面エネルギー(臨界表面張力)は、組成物の表面張力と同じか、それよりも大きいことが好ましい。ここで、基材表面の表面エネルギーは、種々の表面張力の液体に対する接触角θを求めて、液体の表面張力γに対してcosθをプロットするいわゆるZismanプロットから求められる。具体的には、cosθ=1(θ=0)の場合の表面張力γc(臨界表面張力)が、固体の表面エネルギーとなる(W.A.Zisman Ind.Eng.Chem.,55,No.10,18-38(1963))。この固体の表面エネルギーは材質固有のものであるが、表面を改質することにより変化させることができる。表面を改質して表面エネルギーを変化させる方法としては、例えば(1)酸化処理、プラズマ処理等による方法、(2)異なる表面エネルギーを持つ物質との複合化などが挙げられる。前記(2)については、固体表面上に異なる表面エネルギーを持つ層を塗布、電着等によって形成する方法、異なる表面エネルギーを持った物質をベースになる固体中に入れて複合化する方法などが挙げられる。
【0031】
本実施形態における染料組成物の25℃における粘度は、3mPa・s以上、20mPa・s以下であることが好ましい。該染料組成物の25℃における粘度が3mPa・s未満であると、レンズ基材表面における染色用樹脂膜にムラが生じ、結果として転写染色後に染色ムラが生じやすくなる。一方、25℃における粘度が20mPa・sを超えると、レンズ基材への染色用樹脂膜の形成が困難となる。特に、レンズ基材への着色法として液滴吐出法(インクジェット法)を用いる際に、吐出が不安定となるおそれがある。
【0032】
上述した染料組成物とレンズ基材を用いて、以下のようにしてカラーレンズを製造する。
[染色用樹脂膜の形成工程]
本実施形態では、樹脂を含有する染料組成物をレンズ基材の上に液滴吐出法(インクジェット法)で塗布する。インクジェット法とは、一般に10〜100μm径の微小なノズル開口部と圧力発生素子とが設けられた圧力室にインク(染料組成物)を充填し、圧力発生素子を電子的に制御することによって圧力室内のインクを加圧し、その圧力で、ノズル開口部からインクを微小な液滴として吐出するものである。
【0033】
図1に、本実施形態におけるインクジェット染色装置10(以下、単に「染色装置10」ともいう)の概略図を示す。
染色装置10は、染料組成物が封入されるインクタンク11と、染料組成物を輸送するチューブ12と、液滴を吐出するための吐出ヘッド13と、吐出ヘッド13を保持する保持部材14と、染色用のレンズ基材100を回転可能に保持するアーム15とを含んで構成される。
吐出ヘッド13は、保持部材14に連結されて上下左右に移動でき、さらに回転も可能になっている。また、吐出ヘッド13と、レンズ基材100を保持するアーム15は制御PCにより制御される。
具体的な塗布方法としては、図2(A)に示すように、染料組成物が充填された吐出ヘッド13を、レンズ基材100の表面と略等間隔を保つように制御しつつ走査させる。そして、吐出ヘッド13のノズルからの吐出を制御することによって、レンズ基材100の必要な部分に染料組成物を均一に塗布し、塗布膜Lを形成する。この場合、吐出ヘッド13だけを動かしてもよく、あるいは吐出ヘッド13を特定の方向に移動させ、タイミングをとってレンズ基材100を前記方向と直交する方向に移動させる方法でもよい。
【0034】
レンズ基材100の曲面と吐出ヘッド13との距離は曲面の位置によって異なるが、実際上はほとんど影響がない。また、レンズ基材100の支持体に首振り運動させることで、吐出ヘッド13とレンズ基材100の表面との間隔を概ね一定にするような塗布方法を採用してもよい。
なお、塗布膜Lの膜厚は、最終的に目標とする色調を発揮できるように制御することが必要である。それ故、インクジェット法による1回の塗布で十分な樹脂膜の厚みが得られないおそれのある場合は、複数回の重ね塗りを行う。
【0035】
(乾燥工程および熱転写工程)
インクジェット法で塗布した後は、40〜200℃、好ましくは80〜130℃の温度で、30分〜8時間かけて乾燥および染料の熱転写(アニール)を行う(図2(B)、(C))。
乾燥後の樹脂膜L’の厚さは100〜500μm程度が好ましい。一方、樹脂膜L’の厚みが50μmを超えると樹脂膜L’中の染料がレンズ基材に転写されるのに時間がかかりすぎるので好ましくない。また、加熱温度が低すぎると乾燥や熱転写が不十分となり、また高温であるとレンズ基材100の変性が生ずるおそれがある。
熱転写終了後に樹脂膜L’を剥離することで、カラーレンズ200が得られる(図2(D))。
【0036】
上述した本実施形態によれば、以下のような作用効果を得ることができる。
眼鏡用レンズ基材100の染色用として、所定の混合溶媒と染料とを配合してなる染料組成物を用いている。それ故、高表面張力溶媒により着色剤成分(固形分)をよく溶解あるいは分散できるとともに、低表面張力溶媒により着色対象であるレンズ基材100表面への濡れ性も担保できる。この低表面張力溶媒はさらに、溶媒除去(乾燥)の際に乾燥ムラを防ぐ作用も奏する。
染料組成物には、さらに樹脂が配合されているので、レンズ基材100に樹脂膜L’を形成した後、加熱することで容易に転写染色を行うことができる。従って、レンズ基材100が難染色性であっても各種の色調を有するカラーレンズを容易に提供できる。
【0037】
また、本実施形態における染料組成物は、上述した組成を有するため、いわゆるしみあがり現象がほとんど生じない。ここで、しみあがり現象とは、レンズ基材100の表面に塗布された染料組成物(染色液)の端部が盛り上がる現象である。以下、具体的に説明する。
図3(A)に示すように、レンズ基材100の表面に塗布された染色液L1は、溶媒の蒸発により、L2A(図3(B))、L3A(図3(C))、およびL4A(図3(D))のように厚みが薄くなっていく。しかし、染色液L1の端部のほうが固形分濃度の上昇が速いため、濃度勾配を生じ、染色液L1の中心部から端部に染色液(溶媒および固形分)が移動する。それ故、溶媒の蒸発とともに染色液L1の端部は、L2B(図3(B))、L3B(図3(C))、およびL4B(図3(D))のように、中心部にくらべ相対的に厚くなってしまう。これがしみあがり現象である。このようなしみ上がり現象が発生すると、熱転写を行った際にレンズ基材表面への染色ムラの原因となる。
【0038】
また、本実施形態における染料組成物は、上述した組成を有するため、いわゆる成膜安定性にも優れる。ここで、成膜安定性に優れるとは、レンズ基材100の表面に塗布された染料組成物(染色液)がムラなく平滑に広がっていることを意味する。成膜安定性に劣る染料組成物を用いた場合には、染色液がレンズ基材100の表面を後退したり、いわゆる塗りムラを生じることもある。
【0039】
本実施形態の組成物は、上述した組成を有するため、インクジェット法に用いたときに吐出安定性に非常に優れる。
また、インクジェット法により転写染色用の樹脂膜L’をレンズ基材100上に形成するので、染色のための特別な製造スペースや特別の工程も不要となり、カラーレンズ200の製造コストを低減できる。
樹脂膜L’をインクジェット法により形成するので、膜厚の管理が容易であり、色調を正確に制御できる。また、レンズ基材100の同一面を数度重ね塗りすることも容易である。さらに、玉型加工で除去する部分を染色する必要はないので、樹脂膜L’をレンズ基材100の中央部分にのみ形成したり、最終的な眼鏡レンズの形状に合わせて形成することもできる。
【0040】
なお、本発明は前述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
例えば、本実施形態では、着色剤として染料を挙げて説明したが、着色剤であれば特に制限はない。例えば顔料であってもよく、染料と顔料の混合物であってもよい。
本実施形態では、レンズ基材への樹脂膜形成に、インクジェット法を用いたが、それ以外にもディッピング法やスピン法などを用いることが可能である。ただし、膜厚の管理が容易である点や、転写させる色調を正確に制御できる点でインクジェット法が最も好ましい。
【0041】
また、本実施形態では、レンズ基材100の上に直接染料組成物を吐出し、レンズ基材100の上に塗布膜L(樹脂膜L’)を形成したが、レンズ基材100の上にハードコート層を形成し、その上に塗布膜Lを形成してもよい。すなわち、ハードコート層を染色してもよい。ハードコート層は、金属酸化物微粒子を含むコーティング組成物から好ましく形成される。金属酸化物微粒子としては、例えば、酸化チタン(TiO2)、酸化ケイ素(SiO2)、酸化スズ(SnO2)あるいは、酸化ジルコニウム(ZnO2)等である。これらは単体で用いてもよく、あるいは複合微粒子として用いてもよい。例えば、金属酸化物微粒子と有機ケイ素化合物とを含んだコーティング組成物を、前記したレンズ基材の上に塗布することでハードコート層が形成される。有機ケイ素化合物としては、シランカップリング材として知られる化合物を好適に用いることができる。また、ハードコート層を形成する前にプライマー層を形成してもよい。プライマー層としては、例えば、極性基を有する有機樹脂ポリマー(ポリウレタン樹脂、エポキシ樹脂等)や、酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化スズ、酸化珪素等の金属酸化物微粒子を含むことが好ましい。
【0042】
また、ハードコート層は、染色後のレンズ基材100(カラーレンズ200)の上に形成してもよい。さらに、カラーレンズ200の表面やハードコート層の上に反射防止層や防汚層を形成してもよい。有機系反射防止層は、例えば、シランカップリング剤と内部空洞を有するシリカ系微粒子とを含んでなる組成物から好適に形成できる。また、反射防止層としては前記したような湿式法だけでなく、真空蒸着等による多層の薄膜からなる無機系反射防止層としてもよい。
【0043】
防汚層は、撥水・撥油性能の観点から、フッ素を含有する有機ケイ素化合物を用いて形成することが好ましい。フッ素を含有する有機ケイ素化合物としては、例えば、特開2005−301208号公報や特開2006−126782号公報に記載されている含フッ素シラン化合物を好適に使用することができる。含フッ素シラン化合物は、有機溶剤に溶解し、所定濃度に調整した撥水処理液を用いて反射防止層に塗布する方法を採用することができる。塗布方法としては、ディッピング法、スピンコート法等を用いることができる。なお、撥水処理液を金属ペレットに充填した後、真空蒸着法などの乾式法を用いて防汚層を形成してもよい。
【実施例】
【0044】
以下、実施例および比較例を挙げて、本発明をより詳細に説明するが、本発明は実施例等の内容に何ら限定されるものではない。
具体的には、図1に示す染色装置10を用いて、眼鏡用プラスチックレンズ基材100の上に染料組成物層(樹脂膜)を形成するとともに、熱処理(アニール)により染料をレンズ基材100に浸透させた。詳細を以下に示す。
【0045】
〔実施例1〜4、比較例1〜3〕
(レンズ基材)
レンズ基材100として、屈折率1.67のチオウレタン系プラスチック(セイコーエプソン(株)製、商品名「セイコースーパーソブリン(SSV)」)を使用した。
【0046】
(染料組成物の調製)
以下の各成分を混合して、染料組成物を調製した。溶媒Aと溶媒Bの配合割合(溶媒基準)を表1に示す。樹脂と染料の配合割合は、実施例と比較例の全てにおいて組成物全量基準で各々5質量%である。
溶媒A:γ−ブチロラクトン(35.4mN/m @25℃)
溶媒B:プロピレングリコールモノメチルエーテル(27.7mN/m @25℃)
樹 脂:ポリウレタン樹脂(第一工業製薬製 SF500M)
染 料:双葉産業製 Blue TN
【0047】
(転写染色用樹脂膜の形成工程)
前記した各染料組成物を、図1に示す吐出ヘッド13に充填し、アセトンで洗浄した厚さ3mm、外形(直径)70mmの円形レンズ基材100の表面に対して図2(A)に示すように吐出して塗布膜Lを形成し、乾燥して樹脂膜L’とした(図2(B))。
【0048】
(熱転写工程)
樹脂膜L’が形成されたレンズ基材100を、120℃で1〜3時間加熱(アニール)して染料をレンズ基材100に転写した(図2(C))。その後、アセトンで樹脂膜L’を剥離してカラーレンズ200を得た(図2(D))。
【0049】
〔評価方法〕
インクジェット法による塗布膜L形成時の吐出安定性、塗布時の成膜性、しみあがり現象、および、熱転写後のカラーレンズ200の染色状況について評価した。具体的には以下のようにして行った。表1に結果を示す。
【0050】
(吐出安定性)
図4に示すように、吐出ヘッド13から間欠的に吐出される染料組成物(液滴)に対して、液滴の速度と吐出間隔に同期させた連続ストロボにより写真撮影を行った。吐出ヘッド13から吐出される液滴は、吐出される際の流動安定性により図4(A)〜(D)のような各種の形状となる。そこで、以下の基準で吐出安定性を評価した。実用上はAであることが望まれる。
A:各液滴の形状が球状ないし回転楕円体に近い。
B:各液滴が尾を引くような形状となっている。
C:液滴間の分離がうまくいかずつながっている。
D:通常の吐出条件で液滴が吐出されない。
【0051】
(成膜性)
図2(A)に示すような塗布膜Lについて、目視により以下の基準で評価した。
○:塗布膜L’が全域に渡って均一(厚み)であり、いわゆる塗りムラがほとんど認められない。
×:塗布膜L’の厚みが不均一となっており、塗りムラが認められる。あるいは、塗布膜L’の乾燥時に一部がレンズ基材100表面上を後退する(1mm以上)。
【0052】
(しみあがり現象)
図2(B)に示すような乾燥後の樹脂膜L’について、目視により以下の基準で評価した。
○:樹脂膜L’の端部全域にしみあがりが全く認められず、樹脂膜L’全体が平滑である。
×:樹脂膜L’の端部の一部または全域にしみあがりが認められる。
【0053】
(染色状況)
染色後の各カラーレンズ200について、レンズ表面の染色状況を目視により以下の基準で評価した。
○:染色部分全域に渡って色調が均一であり、色ムラが認められない。
△:染色部分の一部に色ムラが認められる。
×:染色部分の全域に渡って色ムラが認められる。
【0054】
【表1】
【0055】
〔評価結果〕
表1の結果より、実施例1〜4で用いた染料組成物によれば、インクジェット法による吐出安定性に優れるとともに、レンズ基材表面に形成された塗布膜にもムラがない。さらに、塗布膜を乾燥した後の樹脂膜にもしみあがり現象が認められず樹脂膜全体が平滑である。そして、最終的に得られたカラーレンズは、染色部分全域に渡って色調が均一であり、色ムラが認められない。一方、比較例1〜3では溶媒Aと溶媒Bの混合割合が本発明とは異なるので、塗布膜形成時の吐出安定性、塗布時の成膜性、しみあがり現象、および、熱転写後のレンズ基材の染色状況のすべてにおいて劣っている。
【符号の説明】
【0056】
10・・・染色装置、11・・・インクタンク、12・・・チューブ、13・・・吐出ヘッド、14・・・保持部材、15・・・アーム、100・・・レンズ基材、200・・・カラーレンズ、L・・・塗布膜、L’・・・樹脂膜、L1,L2A,L2B,L3A,L3B,L4A,L4B・・・染色液
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒に着色剤を配合してなる着色剤組成物であって、
前記溶媒が、25℃における表面張力が35mN/m以上の溶媒Aと、25℃における表面張力が32mN/m以下の溶媒Bとを混合してなる混合溶媒であり、
前記混合溶媒における溶媒Aの割合が50質量%以上97質量%以下である
ことを特徴とする着色剤組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の着色剤組成物において、
該着色剤組成物の25℃における表面張力が20mN/m以上、45mN/m以下である
ことを特徴とする着色剤組成物。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の着色剤組成物において、
該着色剤組成物の25℃における粘度が1mPa・s以上、20mPa・s以下である
ことを特徴とする着色剤組成物。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の着色剤組成物において、
さらに、前記溶媒に可溶性の樹脂を配合してなる
ことを特徴とする着色剤組成物。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の着色剤組成物において、
該着色剤組成物における固形分の割合が1質量%以上、10質量%以下である
ことを特徴とする着色剤組成物。
【請求項6】
請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載の着色剤組成物において、
前記着色剤が染料または顔料である
ことを特徴とする着色剤組成物。
【請求項7】
基材を着色してなる着色物品であって、
前記基材が請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の着色剤組成物により着色されている
ことを特徴とする着色物品。
【請求項8】
請求項7に記載の着色物品において、前記基材がプラスチック製である
ことを特徴とする着色物品。
【請求項9】
請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の着色剤組成物を基材に塗布する
ことを特徴とする着色物品の製造方法。
【請求項10】
請求項9に記載の着色物品の製造方法において、
前記塗布する方法が液滴吐出法である
ことを特徴とする着色物品の製造方法。
【請求項1】
溶媒に着色剤を配合してなる着色剤組成物であって、
前記溶媒が、25℃における表面張力が35mN/m以上の溶媒Aと、25℃における表面張力が32mN/m以下の溶媒Bとを混合してなる混合溶媒であり、
前記混合溶媒における溶媒Aの割合が50質量%以上97質量%以下である
ことを特徴とする着色剤組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の着色剤組成物において、
該着色剤組成物の25℃における表面張力が20mN/m以上、45mN/m以下である
ことを特徴とする着色剤組成物。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の着色剤組成物において、
該着色剤組成物の25℃における粘度が1mPa・s以上、20mPa・s以下である
ことを特徴とする着色剤組成物。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の着色剤組成物において、
さらに、前記溶媒に可溶性の樹脂を配合してなる
ことを特徴とする着色剤組成物。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の着色剤組成物において、
該着色剤組成物における固形分の割合が1質量%以上、10質量%以下である
ことを特徴とする着色剤組成物。
【請求項6】
請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載の着色剤組成物において、
前記着色剤が染料または顔料である
ことを特徴とする着色剤組成物。
【請求項7】
基材を着色してなる着色物品であって、
前記基材が請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の着色剤組成物により着色されている
ことを特徴とする着色物品。
【請求項8】
請求項7に記載の着色物品において、前記基材がプラスチック製である
ことを特徴とする着色物品。
【請求項9】
請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の着色剤組成物を基材に塗布する
ことを特徴とする着色物品の製造方法。
【請求項10】
請求項9に記載の着色物品の製造方法において、
前記塗布する方法が液滴吐出法である
ことを特徴とする着色物品の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図2】
【図3】
【図4】
【公開番号】特開2010−229213(P2010−229213A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−75920(P2009−75920)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
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