説明

破断分割型コネクティングロッドの製造方法

【課題】塑性変形量を低減して破断分割面の嵌合性を高めることのできる破断分割型コネクティングロッド(コンロッド)を、化学成分組成の制御によらず製造することのできる方法を提供する。
【解決手段】本発明方法は、破断分割型コネクティングロッドを製造するに当り、鋼材をコネクティングロッド形状に成形した後焼入れし、引き続き250〜450℃の温度範囲で焼戻しを行ない、更に破断分割工程を経て製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車エンジン等の部品として用いられるコネクティングロッドを構成するコネクティングロッド本体とコネクティングロッドキャップを冷間加工により容易に破断分割することが可能であり、且つ破断分割面での塑性変形量を低くして嵌合性を高めることのできる破断分割型コネクティングロッドを製造するための有用な方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの内燃機関には、ピストンとクランクシャフトとの間を連結し、ピストンの往復運動をクランクシャフトに伝えて回転運動に変換する部品としてコネクティングロッド(以下、「コンロッド」と呼ぶことがある)が用いられている。このコンロッドは、クランクシャフトに組み付けるための略円形の貫通孔を備えた部品であり、この組み付けや保守での取り外しを容易にするために、貫通孔部分が2つの略半円に分離(分割)するように構成されている。分離したコンロッドのうちピストンと直結する側はコンロッド本体と称され、残りはコンロッドキャップと称される。
【0003】
上記のようなコンロッドを製造するには、従来では、コンロッド本体とコンロッドキャップを別個に熱間鍛造した後、切削による合わせ面の加工、必要に応じてズレを防止するためのノックピン加工を施すのが一般的である。しかしながら、このような製造方法では、材料の歩留まりの低下や、多数の工程を経ることによるコスト上昇を招くという問題があった。
【0004】
そこで、コンロッドを一体的に熱間鍛造し、機械加工(クランクシャフトに組み付けるための貫通孔形成加工(穴開け加工)やボルト穴加工等)を施した後、貫通孔部分が2つの略半円となるように冷間で破断分割し、最後にクランクシャフトを挟んで破断面を嵌合し、ボルトで締結して組立てる方法が行われている。この方法によれば、破断面に対して、切削による合わせ面の加工を施す必要がなくなる。
【0005】
しかしながら、従来のコンロッド用鋼を破断分割すると、靭延性が良好であることから、破断分割面が塑性変形したり、コンロッドの大端部(破断分割してクランクシャフトが挿入される部分)内径の塑性変形量が大きくなり、破断分割面同士を良好に嵌合できなかったり、仕上げ加工量が却って増大するという問題がある。
【0006】
塑性変形量をできるだけ低減して嵌合性を良好にするため(以下、こうした要求特性を「破断分割性」と呼ぶことがある)の手段としては、これまでは、合金元素を含有させて鋼材の強度向上を図ることや、脆化元素を含有させることによって鋼材を脆化させることが主流である。
【0007】
例えば、特許文献1、2には、破断分割性を高めるために、Pを積極的に添加したコンロッド用鋼が提案されている。また、特許文献3には、Vを積極的に添加することによって破断分割性を高めたコンロッド用鋼が提案されている。更に、特許文献4には、C含有量を0.7%以上に高めることによって、延性と靭性を低下させ、破断分割性を高めたコンロッド用鋼が提案されている。
【0008】
一方、特許文献5では、Mn含有量を通常含有される程度よりも低減することによって、延性を著しく低下させ、これによってコンロッド用鋼の破断分割性を高める技術も提案されている。
【0009】
これまで提案されている技術では、合金元素や脆化元素を含有させたり、通常の含有量よりも低く制御したりすること、即ち合金成分の調整によって、鋼材の機械的特性を改良することが中心になっている。しかしながら、これらの技術では、生産性が低くなり、コスト高を招くという問題がある。
【0010】
こうしたことから、通常の化学成分組成を有する鋼材であっても、一般的な破断分割用鋼と同等以上の破断分割性を確保することのできる破断分割型コンロッドの実現が望まれているのが実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−256934号公報
【特許文献2】特開2003−113419号公報
【特許文献3】特開平11−315340号公報
【特許文献4】特開2009−024213号公報
【特許文献5】特開平11−152546号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであって、その目的は、塑性変形量を低減して破断分割面の嵌合性を高めることのできる破断分割型コネクティングロッド(コンロッド)を、化学成分組成の制御によらず製造することのできる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決することのできた本発明の製造方法とは、破断分割型コネクティングロッドを製造するに当り、鋼材をコンロッド形状に成形した後焼入れし、引き続き250〜450℃の温度範囲で焼戻しを行ない、更に破断分割工程を経て製造する点に要旨を有するものである。この方法において、前記焼戻し温度は250〜350℃程度であることが好ましい。
【0014】
本発明の製造方法において、コネクティングロッド形状に成形するに際して、オーステナイト領域となる温度で熱間鍛造を行ない、そのままの状態で焼き入れを行なうことで、製造工程を簡略化でき、より製造コストを低減できる。
【0015】
本発明で用いる鋼材については、通常の化学成分組成のものを用いれば良いが、好ましい成分として、例えばC:0.70%(「質量%」の意味。以下同じ)未満(0%を含まない)、Si:2.0%以下(0%を含まない)、Mn:2.0%以下(0%を含まない)、P:0.20%以下(0%を含まない)、S:0.20%以下(0%を含まない)を夫々含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなるものが挙げられる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、焼戻し温度を適切に制御し、低温焼戻し脆性を積極的に生じさせることによって、破断分割性を良好なものとした破断分割型コネクティングロッドが実現できた。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1(a)は破断分割性試験に用いる試験片の概略上面図であり、図1(b)は前記試験片の概略側面図である。
【図2】図2は破断分割試験の方法を説明するための装置概略図である。
【図3】図3は破断分割試験前後の試験片の概略上面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者は、化学成分組成を調整することなく、熱処理によって鋼材の破断分割性を高めるべく、様々な角度から検討した。その結果、コンロッドに成形した後に、焼入れ・焼戻しを行なうと共に、その焼戻しに際して、低温焼戻し脆性が発生する温度領域で焼戻しをすれば、塑性変形量(後述する「寸法変化量」に相当)を低減して、破断分割性が向上し得ることを見出し、本発明を完成した。
【0019】
鋼材は、焼戻し温度が300℃前・後の温度領域において、焼戻し脆性が発生することが知られている(例えば、「鉄鋼材料学」 荒木透著 丸善株式会社 1970年発行 第249頁)。即ち、鋼材を焼入れした後、300℃前・後の温度領域において焼戻しをすると、鋼材の衝撃値が低下することになる。こうした現象によって、低下するのは衝撃値のみであって他の特性にはそれほど影響を与えない。その理由は、焼戻し時におけるマルテンサイトの分解と炭化物の析出が原因しているものと考えられている。
【0020】
本発明者は、上記のような焼戻し脆性を有効に利用すれば、破断分割性を良好にしたコンロッドを、熱処理条件を制御するだけで実現できるとの着想の下で、更に検討を重ねた。その結果、焼入れ後に焼戻しを施すに際して、焼戻し温度を250〜450℃程度として製造すれば、良好な破断分割性を備えた破断分割型コンロッドが実現できたのである。
【0021】
上記焼戻し温度が250℃未満になると焼戻し脆性が有効に発揮されず、また450℃を超えると焼戻し効果が発揮されて靭延性が良好になり、いずれも塑性変形量が大きくなる(即ち、破断分割性が悪くなる)。尚、焼戻し温度の好ましい範囲は250〜350℃程度である。また焼戻し時における均熱時間は、10分以上、180分未満が適切である。
【0022】
ところで、鋼材をコネクティングロッド形状に成形するには、通常は熱間鍛造が適用されるが、温間鍛造、冷間鍛造を適用して成形するようにしても良い。また、粉末焼結を適用して成形することができる。これらの方法のうち、オーステナイト領域となる温度範囲で熱間鍛造を行なえば、成形の後にそのままの状態で焼入れを実施でき(他の方法では、一旦加熱してから焼入れる必要がある)、製造工程を簡略化して製造コストを低減するという観点から好ましい。尚、オーステナイト領域となる温度範囲とは、C含有量によっても異なるが、920〜750℃程度である。
【0023】
本発明で用いる鋼材は、その化学成分組成については何ら限定するものでなく、コンロッド用鋼として通常用いられている鋼材を採用できるが、C,Si,Mn,P,S等の基本成分については、下記のような範囲内にあることが好ましい。これらの成分の範囲設定理由は、下記の通りである。尚、これらの化学成分を有する鋼材は、通常の状態では破断分割性が悪いとされている(例えば、冷間加工では破断分割できない)鋼材も含むものである。
【0024】
[C:0.70%未満(0%を含まない)]
Cは、強度を確保するため、および破断分割性を高める上で有効な元素である。しかしながら、C含有量が過剰になると被削性が低下するので、0.70%未満とすることが好ましい。尚、C含有量のより好ましい上限は、0.6%(更に好ましくは0.5%以下)である。
【0025】
[Si:2.0%以下(0%を含まない)]
Siは、鋼を溶製する際の脱酸元素として有用である。しかしながら、Si含有量が過剰になると被削性および熱間加工性が低下するので、2.0%以下とすることが好ましい。尚、Si含有量のより好ましい上限は1.5%以下(更に好ましくは1.0%以下)である。
【0026】
[Mn:2.0%以下(0%を含まない)]
Mnは、溶製時に脱酸、脱硫、および焼入れ性向上元素として作用すると共に、鋳造時の割れを防止するのに有効な元素である。また、MnはSと結合して硫化物系介在物(例えばMnS等)を形成して、破断分割時に切欠効果を発揮し、破断分割性を向上させるのに有用な元素である。しかしながら、Mn含有量が過剰になると、被削性および破断分割性が低下するので、2.0%以下とすることが好ましい。尚、Mn含有量のより好ましい上限は1.8%以下(更に、好ましくは1.5%以下)である。
【0027】
[P:0.20%以下(0%を含まない)]
Pは、粒界に偏析して靭延性を低下させるため、破断分割性を向上させるのに有効な元素である。しかしながら、P含有量が過剰になると、鋼の熱間加工性が低下するので、0.20%以下とすることが好ましい。尚、P含有量のより好ましい上限は0.10%以下(更に好ましくは0.08%以下)である。
【0028】
[S:0.20%以下(0%を含まない)]
Sは、硫化物系介在物(例えばMnS等)を形成して、破断分割時に切欠効果を発揮して破断分割性を向上させると共に、被削性を向上させるのに有用な元素である。しかしながら、S含有量が過剰になると、熱間加工性が低下するで、0.20%以下とすることが好ましい。尚、上記効果を発揮させるためのS含有量のより好ましい上限は0.1%以下(更に好ましくは0.07%以下)である。
【0029】
本発明で対象とする鋼材の好ましい成分組成は上記の通りであって、残部は鉄および不可避的不純物であり、該不可避的不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる微量の元素(例えば、As,Sb,Sn,N等の不可避不純物)の混入が許容され得る。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0031】
下記表1に示す化学組成の鋼(鋼種A〜C)を通常の溶製方法に従って溶解し、鋳造、分塊した後、開始温度1050℃、終了温度900℃の圧延を行ってφ50mmの棒鋼を得た。尚、表1に示した鋼種AはDIN規格のC70S6(破断分割用鋼)に相当する鋼、鋼種BはVを含有する鋼であり、鋼種Cは本発明の好ましい成分組成を満足する鋼である。
【0032】
【表1】

【0033】
上記の様にして得られた各棒鋼を用いて、下記に示す各製造工程(A)または(B)によって、破断分割型コンロッドを模擬する試験片を作製した。そして、下記に示す方法によって、破断分割性(寸法変化量)を評価した。尚、以下の測定方法においては、いずれの鋼材についても、各3個ずつの試験片を用い、その平均値を求めた。
【0034】
[製造工程]
(A)上記棒鋼を熱間鍛造(加熱温度:1200℃)によって、厚さ:25mmに平潰し鍛造して平板体を成形した。
(B)上記棒鋼を熱間鍛造(加熱温度:1200℃)によって、厚さ:25mmに平潰し鍛造して平板体を成形し、そのまま焼入れを行い(油焼入れ:50℃)、引き続き各種温度で焼戻しを施した(焼戻し時間60分)。
【0035】
[破断分割性(寸法変化量)の評価方法]
上記各棒鋼を適当な長さに切断した後、上記(A)または(B)の処理を行なった。得られた平板体を切削し、図1に示すような試験片に加工した。図1中、(a)は試験片の上面図、(b)は試験片の側面図を示し、aはノッチ、bはボルト孔、cは圧延方向を示す矢印である。試験片は、65mm×65mm×厚さ22mmの板状で、中央はφ43mmの円筒状の孔が抜き取られている。中央の孔の端部には、ノッチa(R:0.2mm、深さ:0.5mm)が設けられている。また、試験片には圧延方向に沿ってボルト孔b(φ8.3mm)が設けられている。
【0036】
図2に示すように、試験片6の中央の孔にホルダー3a、3bを通してプレス試験機(1600tプレス)にセットし、プレス速度:270mm/秒で(図中1はプレスを示す)、試験片の破断分割を行った。なお試験片の破断速度は、くさび4および5のくさび角が30°であるので、約150mm/秒と計算される。そして図3に示すように、破断分割前後の孔径差(L2−L1)を寸法変化として測定し、この寸法変化が0.15mm以下のものを破断分割性に優れると評価した。尚、寸法変化0.15mm以下という基準は、欧州で使用されているDIN規格のC70S6のものと同等である。
【0037】
その結果を、製造工程および焼戻し温度と共に、下記表2に示す。
【0038】
【表2】

【0039】
表2から明らかな様に、本発明の要件を満足するもの(実験No.5、6)では、合金成分を多く含有させることなく、従来から破断分割用鋼をして用いられている鋼材(実験No.1)や、Vを含有する鋼材(実験No.2)と遜色のない程度に良好な破断分割性を示していることが分かる。
【0040】
これに対して、焼戻し温度が本発明で規定する範囲を外れたもの(実験No.4、7)や、通常の鋼材を用いて適切な焼戻しを施さないもの(実験No.3)では、寸法変化量が大きくなったり、破断分割が実現できない事態が生じている。
【符号の説明】
【0041】
1 プレス
2 支持台
3a,3b ホルダー
4,5 くさび
6 試験片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
破断分割型コネクティングロッドを製造するに当り、鋼材をコネクティングロッド形状に成形した後焼入れし、引き続き250〜450℃の温度範囲で焼戻しを行ない、更に破断分割工程を経て製造することを特徴とする破断分割型コネクティングロッドの製造方法。
【請求項2】
焼戻し温度が250〜350℃である請求項1に記載の破断分割型コネクティングロッドの製造方法。
【請求項3】
コネクティングロッドの形状に成形するに際して、オーステナイト領域となる温度範囲で熱間鍛造を行ない、そのまま焼入れを行なう請求項1または2に記載の破断分割型コネクティングロッドの製造方法。
【請求項4】
前記鋼材は、C:0.70%(「質量%」の意味。以下同じ)未満(0%を含まない)、Si:2.0%以下(0%を含まない)、Mn:2.0%以下(0%を含まない)、P:0.20%以下(0%を含まない)、S:0.20%以下(0%を含まない)を夫々含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなるものである請求項1〜3のいずれかに記載の破断分割型コネクティングロッドの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−47002(P2011−47002A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−196397(P2009−196397)
【出願日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】