説明

硫化物成膜材料の保管方法

【課題】 硫化アルミニウムを含有する硫化物成膜材料を保管する際に、水分による表面の酸化を防ぎ、保管後の良好な成膜が可能な保管方法を提供する。
【解決手段】 硫化アルミニウムを含有する硫化物成膜材料を、フッ素系液体中に保存する。フッ素系液体は0〜40℃で液体であり、且つ沸点が75℃以上160℃以下であることが好ましい。好ましいフッ素系液体としては、パーフルオロコンパウンド又はハイドロフルオロエーテルを用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化物蛍光体膜の形成に用いるスパッタリングターゲットや蒸着用ペレット等の硫化物成膜材料を保管する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、大型テレビなどのディスプレイパネルとして、PDP(プラズマディスプレイパネル)が広く使用されている。また、コンピュータのモニターや携帯機器の表示素子として、無機EL(エレクトロルミネッセンス)素子の開発が盛んに行われている。特に、高輝度の硫化アルミニウムを含有する蛍光体を用いてフルカラー表示を行う方法(特開平07−122364号公報)が提案され、その実用化が進展している。
【0003】
硫化アルミニウム(Al)を含有する硫化物蛍光体膜は、例えば、BaAlにBaに対して5%程度のEuSを添加した成膜材料を用い、真空蒸着あるいはスパッタリングにより形成されている。ところが、硫化アルミニウムは空気中の水分と反応して酸化アルミニウムになりやすく、その際に有毒な硫化水素が発生する。また、硫化物成膜材料に酸化アルミニウムが含まれると、形成した硫化物蛍光体膜の結晶性が悪くなり、蛍光体強度が低下しやくなる。
【0004】
このように反応等によって変質しやすいスパッタリングターゲットや蒸着用ペレット等の成膜材料の保管については、真空中又は不活性ガス中に保存する方法(特開平08−246145号公報)、あるいはシリコーンオイル等の非水性の溶媒中に保存する方法が知られている。しかし、これらの方法はいずれも、水分との反応性に富む硫化アルミニウムを含有する硫化物成膜材料を保管する場合には、十分とは言えなかった。
【0005】
【特許文献1】特開平07−122364号公報
【特許文献2】特開平08−246145号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
硫化アルミニウムを含有する硫化物成膜材料は、上記したように硫化アルミニウムが空気中の水分と反応して酸化アルミニウムになり、その際に有毒な硫化水素が発生するため、大気中では保管できない。また、真空中あるいは不活性ガス雰囲気中で保管しても、長期間保管すると、空気の混入や成膜材料の表面に吸着していた水分により表面が酸化され、酸化アルミニウムが生成する。
【0007】
非水性の溶媒中に保存する場合でも、無水エタノールや無水イソプロピルアルコール等のアルコールは硫化アルミニウムと反応するため使用できない。一方、シリコーンオイル等は硫化アルミニウムと反応しないが、硫化物成膜材料の表面に付着したオイルの除去が極めて困難である。即ち、保管していた硫化物成膜材料を使用する際に、表面に付着しているオイルを拭き取り又は洗浄しようとしても、硫化アルミニウムと反応する水やアルコールが使用できないため、硫化物成膜材料に悪影響を与えることなくオイルを完全に除去するがではない。
【0008】
本発明は、このような従来の事情に鑑み、硫化アルミニウムを含有する硫化物成膜材料を保管する際に、保管中の水分と硫化アルミニウムの反応による表面の酸化を防ぐことができ、且つ保管後の硫化物成膜材料の使用に支障がない保管方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明が提供する硫化アルミニウムを含有する硫化物成膜材料の保管方法は、該硫化物成膜材料をフッ素系液体中に保存することを特徴とするものである。
【0010】
上記本発明の硫化物成膜材料の保管方法において、前記フッ素系液体は0〜40℃で液体であり、且つ沸点が75℃以上160℃以下であることが好ましい。また、前記フッ素系液体としては、パーフルオロカーボン、ハイドロフルオロエーテル、ハイドロクロロフルオロカーボン、ハイドロフルオロカーボンから選ばれた少なくとも1種であることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、硫化アルミニウムを含有する硫化物成膜材料を、その製造直後から輸送時を含めて使用するまでの間、簡単に保管することができ、且つ長期間保存しても水分による表面の酸化を防止することができる。しかも、保管後の使用に際しては、拭き取りや洗浄等の面倒な操作を行わなくても、簡単に硫化物成膜材料の表面を清浄にすることができる。従って、保管していた硫化物成膜材料を使用して、通常の工程により、良好な硫化物蛍光体膜を容易に形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明では、硫化アルミニウムを含有する硫化物成膜材料を、容器に入れたフッ素系液体中に浸漬して保管する。フッ素系液体中に浸漬された硫化物成膜材料は、フッ素系液体と反応することがなく、また水分に触れることもなくなるため、長期間保管してもほとんど酸化されることがない。従って、例えば輸送時においても、フッ素系液体中に浸漬して輸送することによって、安全且つ品質の劣化なしに輸送することができる。
【0013】
しかも、フッ素系液体から取り出した硫化物成膜材料は、そのまま表面が濡れた状態で成膜装置の真空室に入れ、好ましくは真空にして乾燥させるだけで、表面に付着しているフッ素系液体を除去することができるため、真空蒸着あるいはスパッタリングによる成膜に何ら支障をきたすことがない。
【0014】
本発明において使用するフッ素系液体とは、分子内にフッ素を含み、化学的安定性が高く不活性であって、常温(0℃〜40℃)において液体の有機化合物をいう。このようなフッ素系液体としては、フルオロベンゼンのような含フッ素芳香族化合物、フルオロカーボンやクロロフルオロカーボンのような含フッ素脂肪族化合物、更には全ての水素がフッ素で置換されたパーフルオロ有機化合物などから選択して、単独で又は組み合わせて用いることができる。
【0015】
また、フッ素系液体は、硫化物成膜材料の通常の保管温度である0℃〜40℃で液体であると共に、沸点が75℃以上160℃以下であることが好ましく、80℃〜130℃であることが更に好ましい。フッ素系液体の沸点が75℃未満では、長期保管中の蒸発による損失量が多くなるうえ、フッ素系液体から取り出した硫化物成膜材料の表面が濡れた状態である時間が短く、従って空気に触れる機会が増えるため好ましくない。逆に沸点が160℃を越えると、成膜前の真空中での乾燥に時間がかかるため好ましくない。
【0016】
好ましいフッ素系液体としては、パーフルオロカーボン、ハイドロフルオロエーテル、ハイドロクロロフルオロカーボン、ハイドロフルオロカーボンなどを挙げることができる。具体的には、例えば、パーフルオロカーボンとして3M(株)から市販されているフロリナート(商品名)など、ハイドロフルオロエーテルとしては3M(株)から市販されているノベック(商品名)など、ハイドロクロロフルオロカーボンとしては旭硝子(株)から市販されているアサヒクリン(商品名)、及びハイドロフルオロカーボンとしては三井ヂュポンフロロケミカル(株)から市販されているバートレル(商品名)などを挙げることができる。
【0017】
更に、フッ素系液体は、毒性が無く取り扱いやすいだけでなく、フロンのようにオゾン層を破壊するなどの問題がなく、大気中に放出できることが望ましい。このようなフッ素系液体は、上記したパーフルオロカーボン、ハイドロフルオロエーテル、ハイドロクロロフルオロカーボン、ハイドロフルオロカーボンなどから選択して使用することができる。例えば、3M(株)のフロリナート(商品名)のFCシリーズやノベック(商品名)のHFEシリーズがあり、これらは上記した全ての条件を満たすと共に、毒性が無く、オゾン層破壊係数も0である。
【0018】
尚、硫化アルミニウムを含有する硫化物成膜材料は、スパッタリングに用いるターゲットや、蒸着に用いるペレットであって、硫化アルミニウム(Al)と共に、通常は硫化バリウム(BaS)及び硫化ユーロピウム(EuS)を含んでいる。EuSは蛍光体の蛍光を発する元素であって、Baに対して3〜10重量含まれ、母結晶であるBaAlのBaの格子位置を置換している。
【実施例】
【0019】
硫化アルミニウム、硫化バリウム、硫化ユーロピウム(共に高純度化学製)を適量採り、ボールミルで混合粉砕した。得られた粉末をカーボン型に詰め、ホットプレスに入れて5×10−4Paまで真空に引き、80℃で1時間放置した。その後、Arガスを流して内部をArガス雰囲気にし、そのまま1050℃まで加熱して1時間焼結した。得られた焼結体の表面を200μm研磨し、直径3インチ及び厚さ5mmのスパッタリング用の硫化物ターゲットを作製した。尚、上記焼結体を化学分析した結果、その組成は(Ba0.95Eu0.05)Al2.13.8であった。
【0020】
次に、内径100mm、深さ20mmのステンレス製の容器にフッ素系液体のパーフルオロカーボン(3M(株)製、商品名:フロリナートFC−77、沸点97℃)を入れ、上記硫化物ターゲットを浸漬してステンレス製の蓋で密閉した。そのまま1週間保管した後、容器の蓋を開けてフッ素系液体からターゲットを取り出し、その表面状態の変化を調べた。
【0021】
また、フッ素系液体から取り出したターゲットの表面は濡れているが、その表面に付着しているフッ素系液体の蒸発除去されやすさを評価するため、表面の乾燥時間を測定した。即ち、フッ素系液体から取り出した直後の濡れたままのターゲットを、Arガス雰囲気とした真空グローブボックス中の電子天秤上に載せ、時間経過に伴う重量変化を測定して、その重量が本来のターゲット重量の1.01倍になった時間を乾燥時間とした。
【0022】
上記と同じ硫化物ターゲットを、上記パーフルオロコンパウンド中に保存する代わりに、フッ素系液体のハイドロフルオロエーテル(3M(株)製、商品名:ノベックHFE−7200、沸点77℃)中、あるいは無水エタノール(関東化学製、水分0.05重量%)中に浸漬し、上記と同様に1週間保管した。また、上記と同じ硫化物ターゲットを、そのまま大気中に1週間保管し、あるいはアルミパックを用いて真空パックして1週間保管した。これらの硫化物ターゲットについても、保管後の表面状態を調べ且つ液体中に保管したものは上記と同様に乾燥時間を測定した。
【0023】
上記した各試料の硫化物ターゲットについて、得られた結果を下記表1にまとめて示した。尚、大気中に保管したターゲットと無水エタノール中に保管したターゲットは、保管後に表面が白く変色していた。また、大気中に保管したターゲット及び真空パックして保管したターゲットは、いずれも表面から硫化水素の臭いがした。
【0024】
【表1】

【0025】
上記保管後に表面に変化が無かった各試料の硫化物ターゲットについて、それぞれ同じ方法で更に1日保管した後、スパッタリング装置に入れて成膜試験を行った。尚、スパッタリング装置としてマグネトロンRFスパッタリング装置(アネルバ(株)製、SPF210H)を用い、基板にはスライドガラス(MATUNAMI製、S−1111)を用いた。
【0026】
まず、ターゲットを上記各保管状態から取り出し、スパッタリング装置に入れた。このとき、フッ素系液体であるFC−77中及びHFE−7200中で保管したターゲットは、表面が濡れた状態のまま装置に入れた。次に、装置内をロータリーポンプで2Paまで排気した後、クライオポンプで8×10−4Paまで真空に引いた。この真空引きに要した時間は、保管方法によらず約5分であった。その後、装置内にArガスを入れ、約20分間プレスパッタを行って表面層を除去した後、膜厚が約300nmとなるように成膜した。尚、スパッタリング圧力は0.12Pa、RF電力は100Wとした。
【0027】
得られた硫化物蛍光体膜は、直ちに分光蛍光強度測定器(日本分光製、FP−6500)を用いて、励起用の光源波長353.5nmで蛍光強度を測定した。得られた結果を図1に示す。この図1から分かるように、フッ素系液体のFC−77中とHFE−7200中で保管したターゲットは、得られた硫化物蛍光体膜の蛍光強度にほとんど差はなかった。一方、真空パックで保管したターゲットは、FC−77中及びHFE−7200中で保管したターゲットに比べ、硫化物蛍光体膜の蛍光強度が著しく低下した。
【0028】
以上の結果から、本発明によるフッ素系液体中での保管方法を用いることによって、硫化アルミニウムを含有する硫化物成膜材料の保管中の表面酸化を防ぐことができ、良好な硫化物蛍光体膜を形成できることが分かる。尚、上記実施例ではスパッタリング用の硫化物ターゲットについて説明したが、蒸着用の硫化物ペレットも同様の方法で作製でき、且つ同様の結果を得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】異なる方法で保管した硫化物ターゲットを用いて成膜した硫化物蛍光体膜の蛍光強度を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化アルミニウムを含有する硫化物成膜材料の保管方法であって、該硫化物成膜材料をフッ素系液体中に保存することを特徴とする硫化物成膜材料の保管方法。
【請求項2】
前記フッ素系液体は0〜40℃で液状であり、且つ沸点が75℃以上160℃以下であることを特徴とする、請求項1に記載の硫化物成膜材料の保管方法。
【請求項3】
前記フッ素系液体が、パーフルオロカーボン、ハイドロフルオロエーテル、ハイドロクロロフルオロカーボン、ハイドロフルオロカーボンから選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の硫化物成膜材料の保管方法。



【図1】
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【公開番号】特開2006−257448(P2006−257448A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−72332(P2005−72332)
【出願日】平成17年3月15日(2005.3.15)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】