説明

硬質炭素被膜摺動部材

【課題】潤滑油中において特に低い摩擦係数を示し、相対的に簡便なプロセスで製造することができ、潤滑剤・潤滑油の選択の制約が少なく、相手攻撃性も低い硬質炭素被膜摺動部材を提供する。
【解決手段】少なくとも相手材との摺動部位に硬質炭素被膜を備えた摺動部材の上記硬質炭素被膜中に、コバルト及びニッケルの一方又は両方を含有させ、その含有量を合計で1.4原子%以上39原子%以下の範囲とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低摩擦特性に優れた硬質炭素被膜を備えた摺動部材に係わり、特にエンジンオイル、トラスミッションオイル等の潤滑油中で使用するのに適した低摩擦な硬質炭素被膜摺動部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
硬質炭素被膜は、アモルファス状の炭素あるいは水素化炭素から成る膜であって、a−C:H(アモルファスカーボンまたは水素化アモルファスカーボン)、i−C(アイカーボン)、DLC(ダイヤモンドライクカーボンまたはディーエルシー)などとも呼ばれている。
【0003】
このような硬質炭素被膜を形成するには、炭化水素ガスをプラズマ分解して成膜するプラズマCVD法、あるいは炭素や炭化水素イオンを用いるイオンビーム蒸着法などの気相合成法が用いられる。この硬質炭素被膜は高硬度で表面が平滑であり耐摩耗性に優れ、さらにはその固体潤滑性から摩擦係数が低く、優れた摺動特性を有している。
例えば、通常の平滑な鋼材表面の無潤滑下での摩擦係数が0.5〜1.0であるのに対して、硬質炭素被膜においては、無潤滑下での摩擦係数が0.1程度である。
【0004】
硬質炭素被膜は、上記のような優れた特性を活かし、ドリルの刃を始めとする切削工具や研削工具等の加工工具や、塑性加工用金型、バルブコックやキャプスタンローラのような無潤滑下での摺動部品等に応用されている。
【0005】
一方、潤滑油中で摺動する内燃機関などの機械部品においても、エネルギー消費や環境問題の面から、できるだけ機械的損失を低減したいという要望があり、摩擦損失の大きい摺動条件の厳しい部位への硬質炭素被膜の適用が検討されており、摺動部材に硬質炭素被膜を設けると共に、その組成や表面状態を制御し、無潤滑状態だけでなく潤滑油が十分に存在する条件下でも摩擦係数を下げる試みがいくつかなされている。
【0006】
例えば、このような硬質炭素被膜にIVa、Va、VIa族元素及びSiのうちの1種以上を添加する方法が示されており、この方法によりこれら元素を加えない場合に比べ摩擦係数が低減している(特許文献1参照)。
また、このような硬質炭素被膜にAgのクラスターを設ける方法も示されている(特許文献2参照)。
この他、このような硬質炭素被膜に適宜の金属元素を加えた上、さらに膜中の酸素の含有量を制御することで低い摩擦係数を得ている(特許文献3参照)。
【0007】
さらに、別の面の技術課題として、このような摺動部材を用いる場合に、相手材の摩耗を抑制したいという要求も当然ながら存在し、この要求も対する解決策としては、摺動部材の表面層を相対的に軟らかい含水素炭素膜で構成し、摩擦低減のために当該含水素炭素膜にV、Cr、Zr、Nb、Ta、Mo、W、Pd、Pt、Ti、Al、Pb、Siのいずれかの元素を加える方法がある(例えば、特許文献4参照)。
【特許文献1】特開2003−247060号公報
【特許文献2】特開2004−099963号公報
【特許文献3】特開2004−115826号公報
【特許文献4】特開2003−027214号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献1に記載の方法では、測定方法の違いの影響はあるにせよ、モータリング試験での摩擦係数である0.06からは、もう一段の摩擦係数低減が望まれている。また、特許文献2に記載の方法においても、摩擦係数を往復動試験によって測定しているので、直接の比較はできないが、摩擦係数は最小で0.04であり、同様にもう一段の摩擦係数低減が望まれる。また、当該硬質炭素被膜の上に、大きさや数を制御してAgクラスターを設ける必要があることから、プロセス制御の点で煩雑な面がある。
さらに、上記特許文献3では、金属元素の含有量と、酸素の含有量の双方を制御する必要があることから、より簡便なプロセスが望まれている。また、この場合、潤滑油中にモリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)のような極圧添加剤が必要なため、効果を発揮できる潤滑油の種類が限られるという問題があった。
【0009】
また、相手材の摩耗抑制対策として、上記特許文献4に記載の方法においては、含水素炭素膜の潤滑油中での摩擦係数は、水素を実質的に含まない炭素膜の摩擦係数に比べて全般に高く(例えば、特開2000−297373号公報参照)、含水素炭素膜であることに起因して生じる不利を特定の金属元素を添加することによって抑えたとしても、摩擦係数の低減効果が限定的となる懸念が残る。
【0010】
本発明は、上記の課題に鑑み、摩擦係数の一層の低減を図ると共に、簡便なプロセスで製造することができ、効果の発揮される潤滑油の種類の制約も少ない硬質炭素被膜摺動部材を提供することを目的としている。さらに、本発明においては、水素を実質的に含まない硬質炭素被膜でありながら、相手材の摩耗を抑制することも目的に含まれる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、硬質炭素被膜の種類や成膜方法、さらには硬質炭素被膜に、添加成分として金属元素などのドーピングを施す方法などについて鋭意検討を重ねた結果、コバルトやニッケルのドーピングが低摩擦特性及び相手材に対する耐摩耗特性に有効であることを見出した。併せて、これら特性を最大限に引き出すための最適な添加量や、当該炭素被膜の組成についても種々の知見を得ることにより、本発明を完成するに到った。
【0012】
すなわち、本発明は上記知見に基づくものであって、本発明の硬質炭素被膜摺動部材は、少なくとも相手材との摺動部位に硬質炭素被膜を備えた摺動部材における上記硬質炭素被膜中に、コバルト(Co)及びニッケル(Ni)の一方又は両方の元素を合計で1.4原子%以上39原子%以下含んでいることを特徴としており、特に自動車用のエンジンオイルやトラスミッションオイル等の潤滑油中において好適に用いることができる。
コバルト及び/又はニッケルの添加量の特に好ましい範囲としては、3原子%以上20原子%以下、その中でも特に好ましい範囲として6原子%以上16原子%以下を挙げることができる。コバルト及び/又はニッケルの添加量を上述の範囲に制御することにより、さらに低い摩擦係数が得られる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、少なくとも相手材との摺動部位に硬質炭素被膜を備えた硬質炭素被膜摺動部材において、上記硬質炭素被膜中にコバルト及び/又はニッケルを添加し、その添加量の範囲(両方を添加した場合にはその合計量)を最適化したことから、摩擦係数を大幅に低減すると共に、相手材の摩耗をも低減することができ、特に当該摺動部材を自動車用のエンジン油やトランスミッション油等の潤滑油中で用いた場合にその効果を顕著に発揮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の硬質炭素被膜摺動部材について、さらに詳細に説明する。
本発明の硬質炭素被膜摺動部材は、上記したように、合計で1.4原子%以上39原子%以下のコバルト及び/又はニッケルを含有する硬質炭素被膜を備えたものであるが、当該硬質炭素被膜がコバルトやニッケルを含有することによって、低い摩擦係数を示したり、相手材の摩耗を低減したりすることができる理由については、現時点で必ずしも明確でない。しかし、以下のように推測することができる。
【0015】
すなわち、被膜中にコバルトやニッケルを添加したことによって、硬質炭素被膜の表面が潤滑剤中の基剤(基油)成分やこれに含まれる添加剤成分を吸着する能力が向上し、表面にこれら基油や添加剤から成る薄い膜が形成される。これによって面圧が高い、あるいは摺動速度が遅いような条件、いわゆる境界潤滑条件においても、形成された膜が相手材との直接接触を防ぐという機構によって低い摩擦係数が発現するものと考えられる。
また、コバルトやニッケルを添加した場合に相手の摩耗が少なくなる機構についても不明ではあるが、現時点では、表面に形成される上述の膜の化学的構造や膜厚に、他の元素を添加した場合とは何らかの相違が生じ、コバルトやニッケルの場合に形成される膜が拍手の摩耗を抑制する上で好適なものになっているものと推測される。
【0016】
このとき、コバルトやニッケルは、硬質炭素被膜の表面から深部までの全てに均等に含有させる必要は、必ずしもなく、少なくとも摺動する表面及び摩耗による減りしろに相当する部分まで含有させることで十分である。
【0017】
コバルトやニッケルの添加量については、合計で1.4原子%未満では上記の吸着効果が十分に発揮されない。吸着の効果を十分に得るためには、できれば3原子%以上、より好ましくは6原子%のコバルト及び/又はニッケルを添加するとよい。
一方、コバルト及び/又はニッケルの添加量が合計で39原子%を超えた場合には、推測ではあるが炭素原子のネットワーク構造がコバルトやニッケル原子が存在することによって乱されるために、硬質炭素被膜が本来有する低摩擦性能や硬さが損なわれることになる。このため、添加量は39原子%以下、好ましくは20原子%以下、より好ましくは16原子%以下に留めるのがよい。
【0018】
本発明の硬質炭素被膜摺動部材は、潤滑剤を用いない条件、すなわち、いわゆるドライ条件でも用いることができるが、上記の説明のように、潤滑剤の基剤(基油)や添加剤との吸着が摩擦係数低下の本質であることから、潤滑剤中で用いることでその効果がより一層発揮される。したがって、潤滑剤中で用いることが好ましい。
このような潤滑剤の例としては、自動車用エンジン油やトランスミッション油を挙げることができる。
【0019】
また、このような潤滑油中で低い摩擦係数を得るためには、被膜中の水素原子の量を減らすことが好ましく、その具体的範囲としては6原子%以下、さらには1原子%以下とすることが望ましい。水素量が少ないほど添加剤の吸着が容易になるためと考えられる。
なお、このような水素含有量の低い硬質炭素被膜は、例えばスパッタリング法やイオンプレーティング法など、水素や水素含有化合物を実質的に使用しないPVD法(物理気相堆積法)によって成膜することによって得ることができる。
【実施例】
【0020】
以下、本発明の実施例を比較例と併せ説明する。なお、本発明の請求項を満たす形であれば必ずしも以下の実施形態によらなくてよいことは言うまでもない。
【0021】
(実施例1)
基材として浸炭鋼(日本工業規格 SCM415)から成る直径30mm、厚さ3mmの円板を準備し、その表面をRa0.020μmに超仕上げ加工したのち、マグネトロンスパッタリング法により、この基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
スパッタリングのターゲットには、グラファイトからなる半径80mmの円板を用い、この炭素ターゲット上に、金属コバルトの板を置くことによって炭素のスパッタリングと同時に、硬質炭素被膜中に一定量のコバルトが含まれるようにした。このとき、コバルトの板を半径80mm、頂角7.5°の扇形形状とし、コバルト板がターゲット全体の1/48を占めるようにした。また、スパッタリングの雰囲気ガスにはアルゴンを用いた。
【0022】
プロセス時間については、あらかじめコバルト板を用いることなく成膜レートを求め、これをコバルト板ありの場合に当てはめて成膜レートを推定することによって、1.0±0.3μmの膜厚になるように設定した。
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定したところ、Ra0.024μmであった。
【0023】
次いで、得られた硬質炭素被膜について膜中の元素の分析を行った。
コバルトについては、X線光電子分光法(XPS)を用い、最表面の不純物吸着を勘案して、試料表面から3nmの位置におけるコバルトの含有量をもって代表値とした。測定の結果、コバルト含有量は19原子%であった。
一方、水素原子量については、2次イオン質量分析(SIMS)で測定し、試料表面から5nmの位置まで掘り取りながら測定し、深さ3nmの位置における水素含有量をもって代表値とした。その結果、水素量は0.1原子%以下であった。
【0024】
次に、当該試料について、ボールオンディスク法による摩擦特性の評価を行った。試験に際して、潤滑剤として自動車用エンジン油5W−30SLを用いた。
試料をこのエンジン油中で回転させ、軸受鋼(日本工業規格 SUJ2)から成る直径6mmのボールを押し当て、このボールを保持しているアームにかかるトルクを測定することにより摩擦係数を計算した。回転半径は4mm、油温は80℃とした。また、上記ボールにかけた垂直荷重は10Nである。なお、ボールは固定しており、摺動によって転がることのないようにした。摺動速度は毎秒2.4cmとした。
【0025】
摩擦係数の算出については、摺動開始直後のなじみ効果を考慮して、試験開始から5分経過した時点の測定値をもって、その材料の摩擦係数とみなした。本例の硬質炭素被膜の摩擦係数は、0.022であった。
【0026】
また、相手材の摩耗を評価するために以下の試験を行った。
すなわち、上記の摩擦試験を行った後、垂直荷重を40Nに増やす一方、回転速度を毎秒2.4cmに保ったまま、引き続き120分間の摺動試験を同様に自動車用エンジン油中で行い、当該摺動試験の後、相手ボールに生じた摺動痕の大きさを調べた。測定の方法を図1に模式的に示す。
ここで、相手材(ボールB)の形状は球であるため、ボールBの摺動痕Mはほぼ円形となる。この直径をもって、相手材の摩耗の多寡を判断した。当然のことながら摺動痕Mの直径が小さいほど摩耗が少ない、換言すれば当該硬質炭素被膜は相手攻撃性が低いということになる。
実施例1の摺動痕直径は40μmであった。これらの評価結果を成膜条件と併せて、表1にまとめて示す。
【0027】
(実施例2)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
スパッタリングのターゲットには、半径80mmの円板状炭素ターゲットの上に、半径80mm、頂角7.5°の扇形状の金属ニッケルの板を置き、ニッケルがターゲット全体の1/48を占めるようにし、同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。
【0028】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定したところ、Ra0.020μmであった。
次いで、上記実施例1と同様に、ニッケル量(XPSによる)、水素量の定量を行った結果、それぞれ25原子%、0.1原子%以下であった。また、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、それぞれ0.023及び52μmであった。これらの結果は、表1に併せて示す。
【0029】
(実施例3)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
スパッタリングのターゲットには、半径80mmの円板状炭素ターゲットの上に、半径80mm、頂角3.75°の扇形状の金属ニッケルと金属コバルトの板を並べて置き、ニッケル及びコバルトがそれぞれターゲット全体の1/96を占めるようにし、プロセス時間については、同様に1.0±0.3μmの膜厚になるように設定した。
【0030】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定した結果、Ra0.015μmであった。
次いで、実施例1と同様に、ニッケル量、コバルト量、水素量の定量を行うと共に、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、ニッケル量は11原子%、コバルト量は14原子%、水素量は0.1原子%以下であった。また、摩擦係数は0.016、摺動痕直径は36μmであった。これらの結果も同様に表1に併せて示す。
【0031】
(実施例4)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
ターゲットとしては、半径80mmの円板状炭素ターゲットの上に、半径80mm、頂角1.875°の扇形状の金属コバルトの板を置き、コバルトがターゲット全体の1/192を占めるようにし、同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。
【0032】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定したところ、Ra0.026μmであった。
そして、上記実施例1と同様に、コバルト量、水素量の定量を行うと共に、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、コバルト量は3原子%、水素量は0.1原子%以下、摩擦係数は0.023、摺動痕直径は56μmであった。これらの結果も同様に表1に併せて示す。
【0033】
(実施例5)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングによって、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
ターゲットとしては、実施例1と同様に、金属コバルト板がターゲット全体の1/48を占めるようにし、同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。なお、スパッタリングの雰囲気ガスには純アルゴンに代えて、アルゴンにメタンガスを90:10の割合で混合したものを用いた。
【0034】
プロセスの完了後、試料の表面粗さを測定したところ、Ra0.026μmであった。
次いで、上記実施例1と同様に、コバルト量、水素量の定量を行うと共に、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、コバルト量は17原子%、水素量は7原子%、摩擦係数は0.039、摺動痕直径は102μmであった。これらの結果も同様に表1に併せて示す。
【0035】
(実施例6)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングによって、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
ターゲットとしては、実施例1と同様に、金属コバルト板がターゲット全体の1/48を占めるようにしたものを用い、同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。なお、スパッタリングの雰囲気ガスには純アルゴンに代えて、アルゴンにメタンガスを98:2の割合で混合したものを用いた。
【0036】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定したところ、Ra0.020μmであった。
次いで、上記実施例1と同様に、コバルト量、水素量の定量を行うと共に、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、コバルト量は18原子%、水素量は1.4原子%、摩擦係数は0.036、摺動痕直径は110μmであった。これらの結果も同様に表1に併せて示す。
【0037】
(実施例7)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
スパッタリングのターゲットには、半径80mmの円板状炭素ターゲットの上に、半径80mm、頂角6°の扇形状の金属コバルト板を置き、コバルトがターゲット全体の1/60を占めるようにし、同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。
【0038】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定したところ、Ra0.024μmであった。
次いで上記実施例1と同様に、コバルト量、水素量の定量を行った結果、コバルトの含有量は15原子%であり、水素は0.1原子%以下と求められた。また、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、それぞれ0.015及び46μmであった。
【0039】
(実施例8)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
スパッタリングのターゲットには、半径80mmの円板状炭素ターゲットの上に、半径80mm、頂角4.5°の扇形状の金属コバルト板を置き、コバルトがターゲット全体の1/80を占めるようにし、同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。
【0040】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定したところ、Ra0.022μmであった。
次いで上記実施例1と同様に、コバルト量、水素量の定量を行った結果、コバルトの含有量は11原子%であり、水素は0.1原子%以下と求められた。また、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、それぞれ0.012及び43μmであった。
【0041】
(実施例9)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
スパッタリングのターゲットには、半径80mmの円板状炭素ターゲットの上に、半径80mm、頂角3°の扇形状の金属コバルト板を置き、コバルトがターゲット全体の1/120を占めるようにし、同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。
【0042】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定したところ、Ra0.016μmであった。
次いで上記実施例1と同様に、コバルト量、水素量の定量を行った結果、コバルトの含有量は7原子%であり、水素は0.1原子%以下と求められた。また、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、それぞれ0.015及び48μmであった。
【0043】
(実施例10)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
スパッタリングのターゲットには、半径80mmの円板状炭素ターゲットの上に、直径0.5mm、長さ40mmのコバルト線材を、半径方向に置いた。実施例1と同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。
【0044】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定したところ、Ra0.016μmであった。
次いで上記実施例1と同様に、コバルト量、水素量の定量を行った結果、コバルトの含有量は1.5原子%であり、水素は0.1原子%以下と求められた。また、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、それぞれ0.026及び55μmであった。
【0045】
(実施例11)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
スパッタリングのターゲットには、半径80mmの円板状炭素ターゲットの上に、半径80mm、頂角12°の扇形状の金属コバルト板を置き、コバルトがターゲット全体の1/30を占めるようにし、同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。
【0046】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定したところ、Ra0.026μmであった。
次いで上記実施例1と同様に、コバルト量、水素量の定量を行った結果、コバルトの含有量は34原子%であり、水素は0.1原子%以下と求められた。また、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、それぞれ0.032及び60μmであった。
【0047】
(実施例12)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
スパッタリングのターゲットには、半径80mmの円板状炭素ターゲットの上に、半径80mm、頂角4.5°の扇形状の金属ニッケル板を置き、ニッケルがターゲット全体の1/80を占めるようにし、同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。
【0048】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定したところ、Ra0.020μmであった。
次いで上記実施例1と同様に、ニッケル量、水素量の定量を行った結果、ニッケルの含有量は15原子%であり、水素は0.1原子%以下と求められた。また、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、それぞれ0.014及び37μmであった。
【0049】
(実施例13)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
スパッタリングのターゲットには、半径80mmの円板状炭素ターゲットの上に、半径80mm、頂角3°の扇形状の金属ニッケル板を置き、ニッケルがターゲット全体の1/120を占めるようにし、同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。
【0050】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定したところ、Ra0.021μmであった。
次いで上記実施例1と同様に、ニッケル量、水素量の定量を行った結果、ニッケルの含有量は8原子%であり、水素は0.1原子%以下と求められた。また、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、それぞれ0.014及び41μmであった。
【0051】
(実施例14)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
スパッタリングのターゲットには、半径80mmの円板状炭素ターゲットの上に、直径0.5mm、長さ40mmのニッケル線材を、半径方向に置いた。実施例1と同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。
【0052】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定したところ、Ra0.016μmであった。
次いで上記実施例1と同様に、ニッケル量、水素量の定量を行った結果、ニッケルの含有量は1.7原子%であり、水素は0.1原子%以下と求められた。また、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、それぞれ0.033及び62μmであった。
【0053】
(実施例15)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
スパッタリングのターゲットには、半径80mmの円板状炭素ターゲットの上に、半径80mm、頂角3°の扇形状の金属ニッケル板と、同じく半径80mm、頂角3°の扇形状の金属コバルト板を置き、ニッケルとコバルトの双方が膜中に含まれるようにした。2種類の金属板を置くのは実施例3と同様である。同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。
【0054】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定したところ、Ra0.025μmであった。
次いで上記実施例1と同様に、ニッケル量、コバルト量、水素量の定量を行った結果、ニッケルの含有量は8原子%であり、コバルトは6原子%、水素は0.1原子%以下とそれぞれ求められた。また、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、それぞれ0.011及び36μmであった。
【0055】
(比較例1)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。但し、当該比較例においては、炭素ターゲットの上にコバルトやニッケル板を置くことなく、実質的に炭素のみからなる被膜が1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。
【0056】
成膜後の試料の表面粗さは、Ra0.020μmであった。また、同様にコバルト量、ニッケル量、水素量の定量を行った結果、3者いずれも0.1原子%以下であった。
さらに、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、摩擦係数は0.055、摺動痕直径は220μmであった。これらの結果は、表1に併せて示す。
【0057】
(比較例2)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
スパッタリングのターゲットには、半径80mmの円板状炭素ターゲットの上に、半径80mm、頂角15°の扇形状の金属コバルトの板を置き、コバルト板がターゲット全体の1/24を占めるようにし、同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。
【0058】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定した結果、Ra0.030μmであった。
次いで、実施例1と同様に、コバルト量、水素量の定量を行うと共に、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、コバルト量は40原子%、水素量は0.1原子%以下、摩擦係数は0.046、摺動痕直径は100μmであった。これらの結果も同様に表1に併せて示す。
【0059】
(比較例3)
上記実施例1と同様に、炭素をターゲットとしたマグネトロンスパッタリングにより、同様の基材表面に硬質炭素被膜をコーティングした。
スパッタリングのターゲットには、半径80mmの円板状炭素ターゲットの上に、半径80mm、頂角3.75°の扇形状の金属パラジウム(Pd)の板を置き、パラジウム板がターゲット全体の1/96を占めるようにし、同様に1.0±0.3μmの膜厚になるようにプロセス時間を設定した。
【0060】
プロセスが完了した後、試料の表面粗さを測定した結果、Ra0.023μmであった。
次いで、実施例1と同様に、パラジウム量(XPSによる)、水素量の定量を行うと共に、摩擦係数及び摺動痕直径を同様に測定した結果、パラジウム量は7原子%、水素量は0.1原子%以下、摩擦係数は0.024、摺動痕直径は270μmであった。これらの結果も同様に表1に併せて示す。
【0061】
【表1】

【0062】
表1の結果から明らかなように、コバルトやニッケルを実質的に含まない硬質炭素被膜を備えた比較例の摺動部材においては、摩擦係数が高く、相手材の摩耗も多くなり、39原子%を超えてコバルトを含有する比較例の摺動部材においては、特に摩擦係数が高くなり、パラジウムを含む硬質炭素被膜を備えた比較例の摺動部材においては、摩擦係数がさほど高くないにも拘らず、相手材の摩耗量が増加することが判明した。
これに対し、特定範囲のコバルト及び/又はニッケルを被膜中に含む本発明の硬質炭素被膜摺動部材においては、低い摩擦係数を示し、相手材の摩耗量をも低減できることが判明した。また、特に水素含有量を0.1原子%以下に低減させることによって、極めて優れた低摩擦特性を示すことが確認された。
【0063】
その中でも、コバルトおよび/またはニッケルの添加量を合計で3原子%以上20原子%以下、より好ましくは6原子%以上16原子%以下とすると摩擦係数を特に低くでき、相手材の摩耗量も抑えられる。特に好ましい実施例として、摩擦係数が最小であり相手攻撃性も低い実施例15を挙げることができる。コバルトもしくはニッケルの一方のみの添加で済ませたい場合は実施例8や実施例12、実施例13なども好ましい。
膜中に含有させるコバルトおよび/またはニッケルの量は、以上説明してきたように例えば、スパッタリングターゲット上のコバルト板および/またはニッケル板の占有比を変えるなどの方法で調整することができる。もちろんこの他適宜の公知の方法を用いても良い。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】ボールオンディスク試験の相手ボールに生じた摺動痕の形状を示す模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも相手材との摺動部位に硬質炭素被膜を備えた摺動部材であって、上記被膜中にコバルト及びニッケルの一方又は両方の元素を合計で1.4原子%以上39原子%以下含有していることを特徴とする硬質炭素被膜摺動部材。
【請求項2】
コバルト及びニッケルの一方又は両方の元素を合計で3原子%以上20原子%以下含有していることを特徴とする請求項1に記載の硬質炭素被膜摺動部材。
【請求項3】
コバルト及びニッケルの一方又は両方の元素を合計で6原子%以上16原子%以下含有していることを特徴とする請求項1に記載の硬質炭素被膜摺動部材。
【請求項4】
上記被膜中の水素量が6原子%以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の硬質炭素被膜摺動部材。
【請求項5】
上記被膜中の水素量が1原子%以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の硬質炭素被膜摺動部材。
【請求項6】
潤滑剤中で使用されることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つの項に記載の硬質炭素被膜摺動部材。
【請求項7】
上記潤滑剤が自動車用エンジン油であることを特徴とする請求項6に記載の硬質炭素被膜摺動部材。
【請求項8】
上記潤滑剤が自動車用トランスミッション油であることを特徴とする請求項6に記載の硬質炭素被膜摺動部材。

【図1】
image rotate