説明

磁力特性算出方法、磁力特性算出装置及びコンピュータプログラム

【課題】算出対象となる磁石を分割することなく非破壊的に、保磁力分布を短時間かつ容易に算出することができる磁力特性算出方法、磁力特性算出装置及びコンピュータプログラムを提供する。
【解決手段】R−T−B系焼結磁石をB−Hトレーサに設置する(S1)。B−Hトレーサに取り付けられたコイルユニットに含まれているセンサコイル(1個のHコイル及び3個のBコイル)の出力電圧を取得する(S2)。取得した出力電圧特性を磁力特性に変換する(S3)。変換された磁力特性に基づいて、算出対象の磁石の保磁力の平均値を検出する(S4)。変換された磁力特性に基づいて、磁石の保磁力の最小値を検出する(S5)。検出した保磁力の平均値及び保磁力の最小値に基づいて、磁石の厚み方向における保磁力分布を算出する(S6)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、部位毎に異なる保磁力分布を有するR−T−B系焼結磁石(Rは希土類元素、TはFeを主とする遷移金属元素)の磁力特性を算出する磁力特性算出方法、磁力特性算出装置及びコンピュータプログラムに関し、特に、R−T−B系焼結磁石の保磁力分布を簡易に求める磁力特性算出方法、磁力特性算出装置及びコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
磁石の性能を表す指標(磁力特性)として、磁石全体の磁力、磁束密度の分布、磁界の強さの分布などが挙げられるが、このような磁石の磁力特性を算出する方法として、従来から種々の方法が提案されている(特許文献1〜3等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−170951号公報
【特許文献2】特開2010−271178号公報
【特許文献3】特開2011−7512号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
R−T−B系焼結磁石は、高性能な永久磁石として、多様な機器、特にハードディスクドライブ、又は各種モータに使用されている。国際公開第2007/102391号パンフレットに開示されているR−T−B系焼結磁石では、磁石の重要な特性の一つである保磁力が、部位ごとに異なる分布を呈している。このR−T−B系焼結磁石の保磁力分布を精度良く算出することは、R−T−B系焼結磁石の品質を検証する上で重要なことである。
【0005】
このような保磁力分布を有するR−T−B系焼結磁石に関して保磁力を算出するために、従来では、算出対象となる磁石にテストピ−ス加工を施して磁石を複数の小片に分割し、各小片ごとにVSM(Vibrating Sample Magnetometer)を用いて保磁力を測定し、それらの測定結果を結び付けて磁石全体の保磁力分布としていた。
【0006】
上述した従来の手法では、磁石を複数の小片に分割する工程が必要となり、短時間での保磁力分布の算出が行えないという問題がある。
【0007】
本発明は斯かる事情に基づきなされたものであって、その目的とするところは、算出対象となる磁石を分割することなく非破壊的に、保磁力分布を短時間かつ容易に算出することができる磁力特性算出方法、磁力特性算出装置及びコンピュータプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る磁力特性算出方法は、部位毎に異なる保磁力分布を有するR−T−B系焼結磁石(Rは希土類元素、TはFeを主とする遷移金属元素)の磁力特性を算出する方法において、複数のBコイルとHコイルとを有するコイルユニットを表面が平坦なポールピースで挟持したB−Hトレーサによる算出対象の磁石の検出結果に基づいて、前記磁石における保磁力の平均値を求めるステップ、前記B−Hトレーサによる検出結果から得られるJ−Hカーブにおける微分透磁率の変化量に基づいて、前記磁石における保磁力の最小値を求めるステップ、及び、求めた保磁力の平均値及び保磁力の最小値に基づいて、前記磁石における保磁力分布を算出するステップを含むことを特徴とする。
【0009】
本発明に係る磁力特性算出装置は、部位毎に異なる保磁力分布を有するR−T−B系焼結磁石(Rは希土類元素、TはFeを主とする遷移金属元素)の磁力特性を算出する装置において、複数のBコイルとHコイルとを有するコイルユニットを表面が平坦なポールピースで挟持したB−Hトレーサによる算出対象の磁石の検出結果に基づいて、前記磁石における保磁力の平均値を求める手段、前記B−Hトレーサによる検出結果から得られるJ−Hカーブにおける微分透磁率の変化量に基づいて、前記磁石における保磁力の最小値を求める手段、及び、求めた保磁力の平均値及び保磁力の最小値に基づいて、前記磁石における保磁力分布を算出する手段を備えることを特徴とする。
【0010】
本発明に係るコンピュータプログラムは、コンピュータに、部位毎に異なる保磁力分布を有するR−T−B系焼結磁石(Rは希土類元素、TはFeを主とする遷移金属元素)の磁力特性を算出させるコンピュータプログラムにおいて、コンピュータに、複数のBコイルとHコイルとを有するコイルユニットを表面が平坦なポールピースで挟持したB−Hトレーサによる算出対象の磁石の検出結果に基づいて、前記磁石における保磁力の平均値を求めるステップ、前記B−Hトレーサによる検出結果から得られるJ−Hカーブにおける微分透磁率の変化量に基づいて、前記磁石の保磁力における最小値を求めるステップ、及び、求めた保磁力の平均値及び保磁力の最小値に基づいて、前記磁石における保磁力分布を算出するステップを実行させることを特徴とする。
【0011】
本発明にあっては、B−Hトレーサにおいて、算出対象のR−T−B系焼結磁石について、コイル間に配置した複数のBコイルと、磁石近傍に配置したHコイルとにより、Bコイルを配置した部位の磁石特性を検出する。そして、B−Hトレーサでの検出結果に基づいて、磁石の保磁力の平均値を求めるとともに、磁石の保磁力の最小値を求め、求めた保磁力の平均値及び保磁力の最小値に基づいて、磁石の保磁力分布を算出する。よって、算出対象の磁石を分割することなく、簡易に正確な保磁力分布を算出できる。
【0012】
本発明に係る磁力特性算出方法は、前記保磁力分布を算出するステップでは、前記磁石の厚み方向の位置の関数に近似して保磁力分布を算出することを特徴とする。
【0013】
本発明にあっては、磁石の保磁力分布を磁石の厚み方向(磁化方向)の位置の関数として算出する。よって、保磁力分布を簡易に算出できる。
【0014】
本発明に係る磁力特性算出方法は、前記保磁力の最小値を求めるステップでは、前記J−Hカーブにおける微分透磁率の変化量を、前記J−Hカーブを二階微分して求め、前記J−Hカーブの二階微分値が所定の値になる場合の磁界を前記保磁力の最小値として求めることを特徴とする。
【0015】
本発明にあっては、J−Hカーブを二階微分した値が所定の値になる場合の磁界を保磁力の最小値として求める。よって、正確な保磁力の最小値を簡単に求めることができる。
【0016】
本発明に係る磁力特性算出方法は、前記B−Hトレーサによる検出結果を増幅することを特徴とする。
【0017】
本発明にあっては、B−Hトレーサによる検出結果を増幅する。よって、B−HトレーサにおけるBコイル及びHコイルのエリアターン数が小さい場合であっても、高い検出精度を実現できる。また、量子化ノイズの低減を図れる。
【0018】
本発明に係る磁力特性算出方法は、差動増幅器を使用することで発生する電圧信号のドリフト及びオフセットを補正することを特徴とする。
【0019】
本発明にあっては、B−Hトレーサによる検出結果の増幅ドリフト及びオフセットを補正する。よって、保磁力分布を算出するための元になる正確なB−Hカーブを得ることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明では、B−Hトレーサによる検出結果から、R−T−B系焼結磁石の保磁力の平均値を求めるとともに、保磁力の最小値を求め、求めた保磁力の平均値及び保磁力の最小値に基づいて、磁石の保磁力分布を算出するようにしたので、算出対象の磁石を分割することなく、短時間で簡易に精度良く保磁力分布を算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施の形態における磁力特性算出装置の構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の実施の形態における磁力特性算出方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【図3】コイルユニットの構成を示す図である。
【図4】B−Hトレーサへのコイルユニットの取り付けを示す斜視図である。
【図5】B−Hトレーサを用いて磁石の特性を測定する際の処理手順を示す斜視図である。
【図6】専用のジグを用いて、磁石を本来の測定位置まで押し込む手順を示す斜視図である。
【図7】押し込められた磁石の最終的な位置と、Bコイル及びHコイルの位置との関係を示す平面図である。
【図8】電圧ドリフトの補正を説明するための図である。
【図9】オフセットの補正を説明するための図である。
【図10】B−Hカーブの補正を説明するための図である。
【図11】保磁力の最小値の検出を説明するための図である。
【図12】コイル係数を同定するために測定した磁石の磁力特性の測定結果を示す図表である。
【図13】各測定時におけるJ−Hカーブの検出結果を示すグラフである。
【図14】各測定箇所におけるJ−Hカーブの検出結果を示すグラフである。
【図15】各測定時における保磁力分布の算出結果を示すグラフである。
【図16】各測定箇所における保磁力分布の算出結果を示すグラフである。
【図17】各測定箇所における保磁力分布の算出結果を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明をその実施の形態を示す図面に基づき具体的に説明する。
図1は、本発明の実施の形態における磁力特性算出装置の構成を示すブロック図である。磁力特性算出装置は、後述する1個のHコイル及び3個のBコイルを含むコイルユニットが取り付けられたB−Hトレーサ1と、Hコイルの出力信号を増幅する差動増幅器(以下「H差動増幅器」とする)2と、Bコイル夫々の出力信号を増幅する差動増幅器(以下「B差動増幅器」とする)3a,3b,3cと、H差動増幅器2及びB差動増幅器3a〜3cの出力を取り込んで一旦記憶するメモリハイコーダ4と、メモリハイコーダ4からの出力に基づいてR−T−B系焼結磁石の磁力特性(保磁力の分布)を算出する算出器5とを備えている。
【0023】
算出器5として、パーソナルコンピュータが用いられる。算出器5は、各構成部による動作を制御し、演算を実行する演算部51と、各種情報を記憶する記憶部52と、演算部51の処理に利用される一時記憶部53と、可搬型記録媒体6から情報を読み出す読取部54と、ディスプレイ56,キーボード57,マウス58等の入出力装置及び演算部51の間を中継するインタフェース(I/F)55とを有する。
【0024】
演算部51は、CPU(Central Processing Unit)、MPU(Micro Processing Unit)などを用いる。演算部51は、記憶部52に記憶されている保磁力分布算出プログラムを読み出して実行する。これにより、演算部51はR−T−B系焼結磁石の保磁力分布を算出するためのソフトウェア的な各処理を実行する。
【0025】
一時記憶部53は、DRAM(Dynamic Random Access Memory)、SRAM(Static RAM)等の揮発性のランダムアクセスメモリを用いる。一時記憶部53は、記憶部52から読み出される保磁力分布算出プログラムなど、演算部51の処理によって発生する各種情報を一時的に記憶する。
【0026】
読取部54は、DVD、CD−ROM、フレキシブルディスク等の可搬型記録媒体6からデータを読み出すことが可能であり、可搬型記録媒体6には、保磁力分布算出プログラムが記録されている。記憶部52に記憶されている保磁力分布算出プログラムは、演算部51が読取部54によって可搬型記録媒体6から読み出した保磁力分布算出プログラムを複製したものであってもよい。
【0027】
I/F55は、演算部51によって出力される画像情報などをディスプレイ56へ出力する処理、キーボード57またはマウス58により入力される情報を検知して演算部51へ通知する処理等を行う。磁力特性算出装置を操作するユーザは、キーボード57及びマウス58を利用して算出対象の磁石についての情報を入力することが可能である。
【0028】
図2は、本発明の実施の形態における磁力特性算出方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0029】
まず、保磁力分布が算出される算出対象のR−T−B系焼結磁石(以下、算出対象の磁石、または単に磁石ともいう)がB−Hトレーサ1に設置される(ステップS1)。そして、B−Hトレーサ1のコイルユニットに含まれているセンサコイル(1個のHコイル及び3個のBコイル)の出力電圧が取得されて、増幅された後に、メモリハイコーダ4に記憶される(ステップS2)。
【0030】
算出器5は、メモリハイコーダ4に記憶されている出力電圧データを読み出して、出力電圧特性を磁力特性に変換する(ステップS3)。算出器5は、変換された磁力特性に基づいて、算出対象の磁石の保磁力の平均値を検出する(ステップS4)。また、算出器5は、変換された磁力特性に基づいて、磁石の保磁力の最小値を検出する(ステップS5)。最後に、算出器5は、検出した保磁力の平均値及び保磁力の最小値に基づいて、磁石の厚み方向(磁化方向)における保磁力分布を算出する(ステップS6)。
【0031】
以下、本発明の磁力特性算出方法及び磁力特性算出装置の詳細について説明する。
【0032】
(コイルユニット及びB−Hトレーサの構成)
汎用されている一般的な常温のB−Hトレーサでは、ポールピースの磁気飽和、励磁コイルの出力の問題により、保磁力が約1200[kA/m]以上であるような磁石の特性を測定することができない。本発明の算出対象となるR−T−B系焼結磁石は、保磁力が約1200[kA/m]以上であるため、常温での特性測定は行えない。そこで、最大使用温度周辺の高温度の環境にて得られた磁力特性から保磁力分布を算出した。
【0033】
図3は、本発明で使用するコイルユニット10の構成を示す図であり、図3Aはその分解斜視図、図3Bは全体図である。
【0034】
コイルユニット10は、3個のBコイル11と1個のHコイル12と複数のカプトンシート13と複数の構造部材14とを有している。各Bコイル11及びHコイル12は、何れも樹脂製の芯棒にコイルが巻かれた構成である。各Bコイル11の外観寸法は、内径2.5mm×外径3.5mm×厚さ0.5mmであり、その巻線仕様は径0.05mm×49ターンである。Hコイル12の外観寸法は、内径6.0mm×外径7.0mm×厚さ0.5mmであり、その巻線仕様は径0.05mm×381ターンである。これらのコイルを保護するために、コイル表面には絶縁性のカプトンシート13(厚さ0.075mm)が接着されている。
【0035】
構造部材14は、最大200℃までの測定に耐えられるように耐熱性が高くて高温でも軟化しないポリアミドイミド樹脂を使用する。Bコイル11が配置される構造部材14には、各Bコイル11に対応して三つの溝が形成されており、各溝の一端には各Bコイル11が収納され、各Bコイル11の出力を引き出すワイヤが各溝内を通っている。また、Hコイル12が配置される構造部材14には、一つの溝が形成されており、その溝の一端にはHコイル12が収納され、Hコイル12の出力を引き出すワイヤがその溝内を通っている。
【0036】
これらのBコイル11、Hコイル12、カプトンシート13及び構造部材14を積層して、接着剤により一体接着させてコイルユニット10を構成する。接着剤は、耐熱性が高く、金属フィラーが入っていないエポキシ樹脂を使用する。
【0037】
(B−Hトレーサへのコイルユニットの取り付け)
上述したようなコイルユニット10を、B−Hトレーサ1へ取り付ける。図4は、この取り付けを示す斜視図である。なお、B−Hトレーサ1はポールピース部のみを図示している。B−Hトレーサ1は、上側のポールピース15と下側のポールピース16とを有している。コイルユニット10は、ボルト及びナットにより、上側のポールピース15の下面(下側のポールピース16に対向する面)に固定される。
【0038】
(B−Hトレーサによる磁石の特性の測定)
図5は、B−Hトレーサを用いて磁石の特性を測定する際の処理手順を示す斜視図である。まず、着磁された測定対象のR−T−B系焼結磁石20を下側のポールピース16に載置する(図5A)。この際、正規の測定位置まで磁石20を押し込むのではなく、干渉を防止するために、本来の測定位置より少し手前に磁石20を載置する。上側のポールピース15を下降させて、上側のポールピース15とコイルユニット10との距離に1〜2mmの隙間ができる位置で一旦止める(図5B)。
【0039】
次に、専用のジグ17を用いて、磁石20を正規の測定位置まで押し込む(図5C)。図6は、この押し込み工程を示す斜視図である。押し込み用のジグ17を装着する(図6A)。この時点では、ジグ17及び磁石20はコイルユニット10に接触しておらずフリーの状態である。ジグ17を押し込むことにより、ジグ17がコイルユニット10のガイドに接触する(図6B)。ジグ17を更に押し込んで、ジグ17及び磁石20をガイドに沿わせて挿入させ、磁石20を測定位置に位置決めする(図6C)。
【0040】
図7は、押し込められた磁石20の最終的な位置と、Bコイル11及びHコイル12の位置との関係を示す平面図である。3個のBコイル11はそれぞれ、矩形状をなす磁石20の辺縁(一辺の中点)、磁石20の角部(四隅の一つ)、磁石20の中央に対応する。
【0041】
ジグ17を引き戻した後に、上側のポールピース15をさらに下降させて、コイルユニット10を介して両ポールピース15,16を密着させる(図5D)。そして、昇温させてその温度を維持した状態で、B−Hトレーサ1を励磁してBコイル11及びHコイル12の出力を取得する(図5E)。この際、励磁期間前後のそれぞれ3秒間についてもBコイル11及びHコイル12の出力を取得する。その後、上側のポールピース15を上昇させて、磁石20を下側のポールピース16から取り外す(図5F)。
【0042】
本発明で使用するB−Hトレーサ1では、算出対象の磁石20を配置したコイルユニット10を両ポールピース15,16にて挟持するようにしたので、ポールピース15,16の表面に磁石を置いて測定する場合のようにポールピース15,16の表面に溝加工を施す必要がない。従って、本発明では、ポールピース15,16の表面を平坦とすることができる。ポールピースに溝加工を施すと、磁束の集中により磁気飽和が発生し、正確にB−H特性を測定することが困難であるが、本発明ではポールピース15,16の表面が平坦な状態で測定を行うため、磁気飽和の影響が少なく磁石20の特性を精度良く測定できる。
【0043】
また、本実施の形態では、3個のBコイル11を設けているので、1回の測定処理によって、磁石20の3箇所における特性を同時に測定できる。
【0044】
(電圧特性を磁力特性に変換)
電磁石方式のB−Hトレーサの励磁速度は遅く、また、Bコイルのエリアターン(NA)は小さいため、Bコイルからは最大40μV程度の電圧しか出力されないので、磁束密度Bの検出精度が悪く検出再現性も良くないと考えられる。そこで、検出精度及び検出再現性の向上を図るために、以下に述べるような対策を施している。
【0045】
電圧波形の取り込みには、メモリハイコーダ4(図1参照)を使用しているが、メモリハイコーダ4の電圧軸の分解能が十分でない場合には、量子化ノイズが発生する可能性が高い。量子化ノイズは、アナログ信号をデジタル信号へ変換する際に、分解能不足によって完全にデジタル化できずに生じるノイズ成分である。
【0046】
そこで、本発明では、図1に示すように、B−Hトレーサ1(Bコイル11、Hコイル12)とメモリハイコーダ4との間に、H差動増幅器2、B差動増幅器3a,3b,3cを設けている。H差動増幅器2は、Hコイル12の出力のゲインを50倍に増幅してメモリハイコーダ4に取り込ませる。各B差動増幅器3a,3b,3cは、Bコイル11の出力のゲインを100倍に増幅してメモリハイコーダ4に取り込ませる。そして、メモリハイコーダ4に取り込んだ電圧波形を、算出器5で1/ゲインにして磁束波形に変換することにより、メモリハイコーダ4で発生する量子化ノイズを1/ゲインに低減することができる。
【0047】
差動増幅器はアナログ回路であるため、差動増幅器を使用することにより、電圧信号のドリフト及びオフセットの発生は避けられない。これらは何れも数μVオーダであるが、Bコイルのエリアターン(NA)が小さく、電圧波形を積分して磁束波形に変換することを考えると、誤差が蓄積されるので無視できない。そこで、このようなドリフト及びオフセットについて、以下に述べるような対策を施している。
【0048】
本発明では、励磁前後の数秒間(3秒間)のBコイル11及びHコイル12の出力電圧を取得し、この取得した出力電圧を基準としてドリフト及びオフセットを補正する。図8は、電圧ドリフトの補正を説明するための図であり、図8Aは補正前の電圧の経時変化を示し、図8Bは補正後の電圧の経時変化を示している。本測定装置では電圧ドリフトが時間軸に対して線形で発生することを確認できたため、励磁前後の数秒間での電圧平均値から、時間軸に対する電圧ドリフト(図8Aの破線)の勾配を計算し、ドリフト量の絶対値を求めることにより、電圧ドリフトを補正する。
【0049】
また、励磁前後の3秒間での電圧平均値がゼロになるように、電圧オフセットを補正する。図9は、オフセットの補正を説明するための図であり、図9Aは補正前及び補正後の電圧波形を示し、図9Bは補正前及び補正後の磁束密度波形を示している。
【0050】
算出器5(演算部51)は、メモリハイコーダ4に取り込まれた電圧特性(電圧波形)に基づいて、磁力特性(磁力波形)を検出する。この際、Bコイル11とHコイル12とにおける磁化補正係数及び反磁界補正係数を予め同定しておく。そして、Bコイル11及びHコイル12の出力電圧に基づき、同定した磁化補正係数及び反磁界補正係数を考慮してB−Hカーブを検出する。ここで、3個のBコイル11を配置しているため、磁石20の3箇所(辺縁、角部、中央)それぞれにおける計3種のB−Hカーブが検出される。
【0051】
検出されたB−Hカーブを補正する。図10は、B−Hカーブの補正を説明するための図である。磁束密度をBコイル11にて検出するため、B[T]の出力は図10Aに示すように磁束密度の変化量として検出される、そこで、B−Hカーブの対称性を利用して、B−Hカーブの中心が原点となるように図10Bに示す如く補正する。そして、補正後のB−Hカーブを、B=J+μH(μ:真空透磁率)の関係に応じて、J−Hカーブに変換する。
【0052】
(保磁力の平均値を検出)
算出器5(演算部51)は、磁石20の各Bコイル11が設置されている箇所の保磁力(HcJ)の平均値(HA)を検出する。具体的には、磁石20に関して得られたJ−Hカーブで、J[T]が0であるときのH[kA/m]の値を保磁力の平均値(HA)とする。
【0053】
保磁力が異なる複数の磁石を磁化方向に積層し、B−Hトレーサで測定を行った場合、複数の磁石を積層してなる磁石の保磁力測定値は、複数の磁石の保磁力の体積平均となる。また、積層順序を変えても同じ結果になる。したがって、厚み方向に保磁力部分を有する磁石20について、上述したようにして保磁力の平均値を求めることができる。
【0054】
(保磁力の最小値を検出)
算出器5(演算部51)は、得られたJ−Hカーブに基づいて、保磁力(HcJ)の最小値(HM)を検出する。微分透磁率の変化が始まる磁界から保磁力の最小値を求める。この変化が始まる磁界を保磁力の最小値とする。具体的には、微分透磁率の変化量が所定の値になったときの磁界の値を最小値(HM)として求める。
【0055】
図11は、保磁力の最小値の検出を説明するための図であり、図11AはJ−Hカーブの波形を示し、図11BはJ−Hカーブの二階微分の波形を示している。J−Hカーブの微分透磁率の変化量は、J−Hカーブを二階微分して求める。なお、微分波形は測定時の僅かなノイズの影響を受けるため、J−Hカーブの生データをそのまま使うのではなく、移動平均を用いて微分波形のスムージングを行っている。図11Bはスムージング後の二階微分波形を示している。
【0056】
そして、微分透磁率の変化が始まる点であるときの磁界の値、具体的には図11Bに示すようなJ−Hカーブの二階微分値が所定の判定値(k)になったときの磁界の値を最小値(HM)として求める。図11Bに示す例では、k=−0.5として、k=−0.5となるときの磁界の値(614[kA/m])を最小値(HM)として求める。
【0057】
なお、この判定値(k)は、予め同一磁石において本発明のコイルユニット10を用いた測定結果と、テストピース加工を行ってVSMで測定した結果とを比較することにより同定する。
【0058】
(保磁力分布の算出)
算出器5(演算部51)は、検出された保磁力の平均値(HA)及び保磁力の最小値(HM)に基づいて、磁石20の厚み方向での保磁力分布を算出する。ここでは、保磁力分布を磁石20の厚み方向での位置の二次関数として算出する場合について説明する。
【0059】
磁石20の厚み(x)方向での保磁力はxの二次関数で分布しており、厚み方向の中央で保磁力は最小となると仮定する。磁石20の全体の厚さをLとした場合に、厚み(x)方向での保磁力を表す関数f(x)は、x=L/2で最小値(HM)をとる二次関数で定義されるため、係数aを用いて下記の式(1)で定義される。
【0060】
【数1】

【0061】
磁石20の厚み方向の分割数をnとして保磁力の平均値(HA)を求めたとした場合、平均値(HA)は下記の式(2)で表される。
【0062】
【数2】

【0063】
ここで、HA,HM,L,nの値はすべて既知であるため、式(1)と式(2)とから、係数aが下記の式(3)のように求められ、求めた係数aを式(1)に代入することにより、関数f(x)を下記の式(4)のように決定することができ、磁石20の厚み方向の保磁力分布を算出することができる。
【0064】
【数3】

【0065】
なお、磁石20の厚み(L)が5[mm]であって、保磁力分布を1[mm]厚みの平均値として5点で検出する場合には、式(4)において、x=0.5mmでの値が保磁力の最大値として検出される。
【0066】
以下、上述したような本発明の磁力特性算出方法及び磁力特性算出装置を用いて、保磁力分布を実際に算出した結果について説明する。
【0067】
まず、使用するBコイル11及びHコイル12のコイル係数(磁化補正係数,反磁界補正係数)を同定した。保磁力分布を持たない磁石の減磁曲線をコイルユニット10で測定し、予め測定しておいた通常のB−Hトレーサで測定した減磁曲線と比較し、これらの係数を同定した。また、同一の磁石を3回繰り返し測定し、各係数は、3回の同定結果の平均値とした。
【0068】
図12はこの測定結果を示す図表であり、図12Aは3回の平均値及び平均誤差を示し、図12Bは3回の測定バラツキを示している。図12では、3個のBコイル11それぞれを配置した箇所(辺縁、角部、中央:図7参照)での測定結果を表している。
【0069】
図12Aの各下段に示された平均誤差は何れも非常に小さな値であり、コイル係数が適切に設定されていることを確認できた。また、図12Bに示された測定バラツキも小さな値であり、測定の再現性が高いことを認証できた。
【0070】
なお、B−Hトレーサ1にコイルユニット10を取り付ける際に、取り付け精度の影響によりコイル係数が変動する可能性があるため、マスターサンプルを準備しておき、コイルユニット10を取り付ける度にコイル係数をマスターサンプルにより同定し直すことが好ましい。
【0071】
前述したような手法により、算出対象のR−T−B系焼結磁石(厚さ:5mm)をB−Hトレーサ1に設置し、Bコイル11を配置した3箇所(辺縁、角部、中央:図7参照)におけるJ−Hカーブを検出した。なお、J−Hカーブの検出は同一の磁石に対して3回行った。その検出結果を図13及び図14に示す。
【0072】
図13は、各測定時におけるJ−Hカーブの検出結果を示しており、図13A,B,Cはそれぞれ1回目、2回目、3回目の検出結果を示している。何れの測定時にあっても、同様な特性が得られており、複数箇所で常時精度良くJ−Hカーブを検出できていることが分かる。
【0073】
図14は、各測定箇所におけるJ−Hカーブの検出結果を示しており、図14A,B,Cはそれぞれ辺縁、角部、中央における3回分の検出結果を示している。何れの測定箇所にあっても、3回の検出結果に差がなく、J−Hカーブの検出に高い再現性を実現できていることが分かる。
【0074】
前述したような手法により、Bコイル11を配置した3箇所(辺縁、角部、中央:図7参照)について、R−T−B系焼結磁石の厚み方向(磁化方向)における保磁力分布を算出した。その算出結果を図15及び図16に示す。
【0075】
図15は、各測定時における保磁力分布の算出結果を示しており、図15A,B,Cはそれぞれ1回目、2回目、3回目の算出結果を示している。また、図16は、各測定箇所における保磁力分布の算出結果を示しており、図16A,B,Cはそれぞれ辺縁、角部、中央における3回分の算出結果を示している。
【0076】
なお、図15及び図16では、磁石の表面から0.5mm,1.5mm,2.5mm,3.5mm,4.5mmの深さにおける保磁力をプロットして図示している。よって、この例では、保磁力の最小値は深さ2.5mmで得られ、深さ0.5mm位置の保磁力が保磁力の最大値として検出される。また、図16A,Cには、参考として、磁石にテストピース加工を施した後にVSMを用いて測定した保磁力分布の測定結果も併せて示している。
【0077】
図17は、各測定箇所における保磁力分布の算出結果を示す図表であり、図17A,B,Cはそれぞれ辺縁、角部、中央における算出結果を示している。図17A,B,Cには、各測定箇所における3回分の保磁力の平均値(HcJ平均値)、保磁力の最小値(HcJ最小値)及び保磁力の最大値(HcJ最大値)それぞれの平均値と、それらの3回分の値のバラツキとを示している。また、図17A,Cには、従前のVSMを用いて測定した保磁力分布の測定結果、及び、本発明による算出結果と従前手法による測定結果との平均誤差も併せて示している。
【0078】
図15に示した算出結果によれば、磁石の角部にて高い保磁力分布が得られ、磁石の中央にて低い保磁力分布が得られており、各部位において精度良く保磁力分布を算出できていることが分かる。また、図16及び図17の算出結果によれば、何れの測定箇所にあっても、3回の算出結果に差がなく(バラツキは2%以下)、保磁力分布の算出で高い再現性を実現できていることが分かる。
【0079】
以上詳述したように、本発明では、保磁力分布を有する磁石に対して、テストピース加工処理を施すことなく、その磁石の厚み方向(磁化方向)における保磁力分布を精度良く簡単に算出することができる。
【0080】
なお、上述した実施の形態では、磁石に対して3個のBコイルを設けるようにしたが、そのBコイルの設置個数は3個に限らず、2個または4個以上であっても良い。厚み方向(磁化方向)での保磁力分布を算出したい箇所にBコイルを設けるようにすれば良い。
【0081】
開示された実施の形態は、全ての点で例示であって制限的なものではないと考えるべきである。本発明の範囲は上述の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0082】
1 B−Hトレーサ
2 H差動増幅器
3a,3b,3c B差動増幅器
4 メモリハイコーダ
5 算出器
6 可搬型記録媒体
10 コイルユニット
11 Bコイル
12 Hコイル
15 上側のポールピース
16 下側のポールピース
17 ジグ
51 演算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
部位毎に異なる保磁力分布を有するR−T−B系焼結磁石(Rは希土類元素、TはFeを主とする遷移金属元素)の磁力特性を算出する方法において、
複数のBコイルとHコイルとを有するコイルユニットを表面が平坦なポールピースで挟持したB−Hトレーサによる算出対象の磁石の検出結果に基づいて、前記磁石における保磁力の平均値を求めるステップ、
前記B−Hトレーサによる検出結果から得られるJ−Hカーブにおける微分透磁率の変化量に基づいて、前記磁石における保磁力の最小値を求めるステップ、及び、
求めた保磁力の平均値及び保磁力の最小値に基づいて、前記磁石における保磁力分布を算出するステップ
を含むことを特徴とする磁力特性算出方法。
【請求項2】
前記保磁力分布を算出するステップでは、前記磁石の厚み方向の位置の関数に近似して保磁力分布を算出することを特徴とする請求項1に記載の磁力特性算出方法。
【請求項3】
前記保磁力の最小値を求めるステップでは、前記J−Hカーブにおける微分透磁率の変化量を、前記J−Hカーブを二階微分して求め、前記J−Hカーブの二階微分値が所定の値になる場合の磁界を前記保磁力の最小値として求めることを特徴とする請求項1に記載の磁力特性算出方法。
【請求項4】
前記B−Hトレーサによる検出結果を増幅することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の磁力特性算出方法。
【請求項5】
差動増幅器を使用することで発生する電圧信号のドリフト及びオフセットを補正することを特徴とする請求項4に記載の磁力特性算出方法。
【請求項6】
部位毎に異なる保磁力分布を有するR−T−B系焼結磁石(Rは希土類元素、TはFeを主とする遷移金属元素)の磁力特性を算出する装置において、
複数のBコイルとHコイルとを有するコイルユニットを表面が平坦なポールピースで挟持したB−Hトレーサによる算出対象の磁石の検出結果に基づいて、前記磁石における保磁力の平均値を求める手段、
前記B−Hトレーサによる検出結果から得られるJ−Hカーブにおける微分透磁率の変化量に基づいて、前記磁石における保磁力の最小値を求める手段、及び、
求めた保磁力の平均値及び保磁力の最小値に基づいて、前記磁石における保磁力分布を算出する手段
を備えることを特徴とする磁力特性算出装置。
【請求項7】
コンピュータに、部位毎に異なる保磁力分布を有するR−T−B系焼結磁石(Rは希土類元素、TはFeを主とする遷移金属元素)の磁力特性を算出させるコンピュータプログラムにおいて、
コンピュータに、
複数のBコイルとHコイルとを有するコイルユニットを表面が平坦なポールピースで挟持したB−Hトレーサによる算出対象の磁石の検出結果に基づいて、前記磁石における保磁力の平均値を求めるステップ、
前記B−Hトレーサによる検出結果から得られるJ−Hカーブにおける微分透磁率の変化量に基づいて、前記磁石における保磁力の最小値を求めるステップ、及び、
求めた保磁力の平均値及び保磁力の最小値に基づいて、前記磁石における保磁力分布を算出するステップ
を実行させることを特徴とするコンピュータプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2013−36904(P2013−36904A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174310(P2011−174310)
【出願日】平成23年8月9日(2011.8.9)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】