説明

磁性担体の製造方法

【課題】 従来と比較して格段に簡便であり、自動化およびハイスループット化可能な新規な生物試料からタンパク質を精製する際などに使用するために用いる磁性担体の製造方法を提供する。
【解決手段】 糖質、タンパク質、ペプチド、核酸、細胞および微生物のいずれかの生体物質を表面に有する磁性担体を、
銀による層状の被覆処理および生体物質による被覆処理に磁性粒子を付し、
銀による層状の被覆処理を、銀鏡反応法、無電解めっき法、電気めっき法、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法および化学蒸着法のいずれかの方法を用いて行うことを特徴とする磁性担体の製造方法によって製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物試料から目的タンパク質などを精製などの処理をするために好適に使用され得る磁性担体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、例えば細菌、酵母、昆虫細胞、動物細胞、動物組織、植物組織(これらから得られる破砕液、抽出液なども含む)、無細胞タンパク質合成液などの試料(以下、これらを総称して「生物試料」と呼ぶ)中の特定の目的タンパク質を、他の成分から抽出・精製するための多種多様な方法、物質およびアプローチが存在する。
【0003】
一般的なアプローチの一例として、担体に対するタンパク質の非特異的親和性を利用するものが挙げられる。このようなアプローチによるものとして、例えば、タンパク質分子の電荷に基づくイオン交換クロマトグラフィーが知られている。イオン交換クロマトグラフィーでは、タンパク質と反対の電荷を有するクロマトグラフィーマトリックスにタンパク質混合物を添加し、可逆的な静電気的相互作用により様々なタンパク質をマトリックスに結合させる。マトリックスに結合したタンパク質は、イオン強度を高めることにより、もしくは溶出バッファーのpHを変化させることによって、結合の弱いものから強いものの順に溶出させることができる。
【0004】
また一般的なアプローチの他の例として、分離手段としてタンパク質の物理的特性を利用するものが挙げられる。このようなアプローチによるものとして、例えば、タンパク質の大きさに基づくゲル濾過が知られている。ゲル濾過では、所定の大きさの孔を有するクロマトグラフィーのマトリックスを詰めたゲル濾過カラムに、タンパク質混合物を添加する。その後、溶出用液(通常、バッファー)を用いて溶出させ、個々のクロマトグラフィーフラクションとして収集して分析に供することができる。
【0005】
一般的なアプローチのさらに他の例として、精製用試薬に対するタンパク質の特異的親和性を利用するものが挙げられる。このようなアプローチによるものとして、例えば、目的タンパク質に対して特異的に吸着し得る抗体を利用した、あるいは目的タンパク質が抗体である場合には該抗体に特異的に吸着し得る抗原を利用した、アフィニティークロマトグラフィーが知られている。アフィニティークロマトグラフィーでは、通常、抗体または抗原はカラム基材に結合され、当該抗体または抗原に特異的に吸着し得る抗原または抗体を含む溶液をカラムに添加し、カラム基材上で免疫複合体(抗原抗体複合体)を形成させる。続いて、例えば非常にイオン強度が高いバッファー、または非常にpHが高いかもしくは低いバッファーに上記免疫複合体をさらすことにより、免疫複合体を不安定化させて、溶出させる。このようにアフィニティークロマトグラフィーは、目的とするタンパク質と固相に固定化されたリガンドとの間の特異的な相互作用を利用する、非常に効果的なタンパク質の精製方法である。アフィニティークロマトグラフィーにおいて、通常、固相リガンドはいくつかの固有の科学的特性を有し、当該特性により目的タンパク質を選択的に吸着する。また混入タンパク質(contaminant protein)は、固相リガンドに結合しないか、もしくは適切な溶液で固相リガンドを洗浄することで除去することができる。
【0006】
近年の遺伝子技術による混成遺伝子の調製の可能性は、新たな道を開いた。すなわち、所望のタンパク質をコードする遺伝子配列とリガンドに対して高い親和性を有するタンパク質フラグメント(親和性ペプチド)をコードする遺伝子配列とを結合することにより、上記分離に適した親和性ペプチドを有する組換えタンパク質を発現させることが可能となり、当該親和性ペプチドを使用する精製の一工程において、所望の組換えタンパク質を融合タンパク質の形態にて精製が行えるようになった。また部位を制限した変異により、親和性ペプチドと所望の組換えタンパク質との結合点に特定の化学的または酵素的な開裂部位を導入することも可能であり、融合タンパク質を適当な親和性樹脂により精製した後に、化学的または酵素的に親和性ペプチドを開裂させて、所望の組換えタンパク質を回収することができる。かかる精製方法は、例えば、非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3、非特許文献4ならびに、特許文献1、特許文献2により知られている。
【0007】
融合タンパク質の親和性ペプチドは、生化学的に活性なポリペプチドまたはタンパク質に直接的または間接的に結合され得る。単一の親和性ペプチドを用いる場合には、当該親和性ペプチドは、生化学的に活性なポリペプチドまたはタンパク質のアミノ末端アミノ酸またはカルボキシル末端アミノ酸に結合され得る。二個の親和性ペプチドを用いる場合には、いずれか一方の親和性ペプチドが生化学的に活性なポリペプチドまたはタンパク質のアミノ末端アミノ酸に結合され得、残る他方の親和性ペプチドが生化学的に活性なポリペプチドまたはタンパク質のカルボキシル末端アミノ酸に結合され得る。
【0008】
間接的結合の場合、親和性ペプチドは適当な選択的開裂部位を含み、当該選択的開裂部位を介し、それらは生化学的に活性な所望のポリペプチドまたはタンパク質に結合され得る。好適な選択的開裂部位としては、好ましくはアミノ酸配列−(Asp)n−Lys−(式中、nは2,3または4を示す)または−Ile−Glu−Gly−Arg−が知られている。これら選択的開裂部位は、それぞれプロテアーゼであるエンテロキナーゼおよび凝集FactorXaにより特異的に認識され得る。このような親和性ペプチドは、自体公知の方法によって、上記選択的開裂部位にて酵素的に開裂させることができる。
【0009】
また直接的結合の場合、親和性ペプチドは、生化学的に活性な所望のポリペプチドまたはタンパク質に結合して残る。すなわち、親和性ペプチドは、化学的または酵素的に開裂可能な選択的開裂部位を有しない。直接的結合は、所望のポリペプチドまたはタンパク質の活性が親和性ペプチドの存在により不利な影響を受けない場合には有利である。
【0010】
特許文献2には、特定の糖質に特異的な親和性を示す親和性ペプチドを有する結合タンパク質、換言すれば、糖結合タンパク質を用いた融合タンパク質の製造方法と、それを用いた簡便な精製方法が開示されている。上記糖結合タンパク質としては、例えば、モノ、ジまたは多糖結合タンパク質、更に具体的には、マルトース結合タンパク質やアラビノース結合タンパク質などが挙げられる。特に、大腸菌のmalE遺伝子産物であるマルトース結合タンパク質は、浸透圧による影響を受け得るペリプラズムタンパク質であり、マルトースおよびマルトデキストリンに特異的な親和性を示す。このマルトース結合タンパク質やそのフラグメント、あるいはその目的タンパク質との融合タンパク質は、アミロースレジンを用いたアフィニティーカラムクロマトグラフィーにより精製することが可能である。マルトース結合タンパク質を融合タンパク質の親和性ペプチドとして利用することにより、目的タンパク質が難溶性である場合や不溶化しやすい場合においても、可溶化した状態で精製できる可能性が高いことが当業者により知られている。
【0011】
ところで、特許文献3には、目的タンパク質を含有する生物試料に含まれる当該タンパク質を精製するために好適に使用される磁性担体が開示されている。この磁性担体は、強磁性を示す金属酸化物粒子およびその粒子を被覆する糖質層を有して成る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特許第2686090号公報
【特許文献2】特許第2703770号公報
【特許文献3】特開2003−300995号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Itakuraら、Science 198, 1056-1063 (1977)
【非特許文献2】Germinoら、Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 80, 6848-6852 (1983)
【非特許文献3】Nilssonら、Nucleic Acids Res. 13, 1151-1162 (1985)
【非特許文献4】Smithら、Gene 32, 321-327 (1984)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述のような磁性担体は、酸化物粒子を分散させた分散液に糖質を添加して加熱し、その後、冷却する方法によって形成される。しかしならが、このような方法では、金属酸化物等の表面には、例えば金属原子、金属イオン、−O−、−OH、金属酸化物の合成に使用した化合物またはその一部等が存在しており、従って、均一な被覆が得られにくく、強磁性を示す内部の粒子表面の性質が一部発現してしまうことが有り得る。
【0015】
従って、本発明の目的は、上述のような磁性担体と比較して、強磁性を示す粒子の露出部分が少ない、好ましくは実質的に露出部分が無く、生体物質の被覆がより均一に形成された磁性担体を提供することにある。本発明の別の目的は、そのような磁性担体を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、強磁性を示す粒子の露出が抑制され、生体物質がより均一に被覆しており、簡便で自動化およびハイスループット化が可能なタンパク質の精製方法を開発すべく鋭意検討した結果、銀による被覆処理および生体物質による被覆処理を磁性粒子に対して併用することによって、強磁性を示す粒子の露出部分の形成が抑制され、また、生体物質がより均一に被覆した磁性担体が得られることを見出した。これらの被覆処理を併用するとは、銀による被覆処理を実施し、その後、生体物質による被覆処理を実施する場合(即ち、逐次実施する場合)、およびこれらの処理を同時に実施する場合が含まれる。
【0017】
尚、被覆処理とは、銀または生体物質を所定の表面に付着(または結合)させる、例えばスポット状、層状等の形態で付着(または結合)させるための処理を意味し、それによって、所定の表面に被覆が形成される。被覆の形態は、処理条件に応じて決まり、例えば上述のようにスポット状、層状等であるが、被覆の形状およびサイズは特に限定されるものではない。所定の表面は、一般的には磁性粒子の表面の少なくとも一部分(即ち、部分または全面)であるが、磁性粒子の表面に他の材料が既に存在する場合には、その材料の表面であってもよい。例えば、後述するように、磁性粒子はその表面に(例えば層状の形態、スポット状の形態等で)他の材料を有してよく、その場合、被覆処理は、そのような材料に付着(または結合)させる処理をも包含する。
【0018】
例えば、被覆処理を逐次的に実施する場合、生体物質による被覆処理に際して、磁性粒子の表面の少なくとも一部分には銀が付着している。従って、生体物質による被覆処理には、銀が付着していない磁性粒子の表面の一部分(そのような部分が存在する場合)に生体物質を付着させること、磁性粒子に既に付着している銀(例えば層状の銀、場合によっては磁性粒子の全表面に付着している)に生体物質を付着させることが包含される。また、例えば、磁性粒子はその周囲に、他の材料の層、例えば非磁性材料層(シリカ層等)を有してよく、その場合、銀による被覆処理によって銀がそのような非磁性材料層に付着し、生体物質による被覆処理によって、生体物質が銀および場合によって存在する非磁性材料層の一部分に付着する。
【0019】
上述のように銀による被覆処理を実施する場合、銀の影響が全く出ないわけではないが、金属酸化物等の強磁性体に比べると銀が付着した面は単純であり、もし何らかの影響があるとしても、その原因が銀によるものであろうと、容易に推測できるという利点がある。特に、アミロースとマルトース結合タンパク質とが特異的に結合しやすいことに着目して、生体物質の一種である糖質の代表としてアミロースにより被覆処理して得られる本発明の磁性担体粒子にマルトース結合タンパク質を結合させることによって、このタンパク質を含む生物試料からのタンパク質の精製を試みた結果、タンパク質を効率良く単離できることを確認し、本発明を完成させた。
【0020】
従って、第1の要旨において、本発明は、生体物質を表面に有する磁性担体の製造方法を提供し、この方法は、銀による被覆処理および生体物質による被覆処理に磁性粒子を付す(即ち、そのような被覆処理を磁性粒子に施す)ことを特徴とする。
【0021】
本発明の製造方法の1つの好ましい態様では、磁性粒子を銀による被覆処理に付し、その後、そのように被覆処理した磁性粒子を生体物質による被覆処理に付す。本発明の製造方法のもう1つの好ましい態様では、銀による被覆処理および生体物質による被覆処理を同時に実施する。
【0022】
第2の要旨において、本発明は、目的タンパク質を精製する方法であって目的タンパク質を含む生体試料を、そのタンパク質と特異的に結合する生体物質を表面に有する、上述の製造方法によって得られる磁性担体と接触させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
本発明の方法により、強磁性を示す粒子の露出がなく、生体物質が均一に被着した、簡便で自動化およびハイスループット化が可能なタンパク質の精製に使用できる磁性担体を製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】銀被覆処理をしていないマグネタイト粒子(比較例4)の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図2】マグネタイト粒子に0.5%銀被覆処理した粒子(実施例2)の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図3】マグネタイト粒子に5%銀被覆処理した粒子(実施例11)の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図4】精製前の試料(図4(a))と本方法にて精製したβ−ガラクトシダーゼα鎖のアミノ末端にマルトース結合タンパク質が結合している融合タンパク質MBP−LacZα(図4(b))をSDS−PAGEにて比較した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明において、磁性粒子とは、磁性を持つ少なくとも1種の金属(酸化物であってもよい)、磁性を持つ少なくとも1種の合金(酸化物であってもよい)およびこれら種々の組み合わせから選択される磁性材料により構成される粒子を意味する。
【0026】
磁性粒子は、強磁性粒子であるのが好ましく、例えば強磁性酸化物粒子である。この強磁性酸化物粒子は、金属から成る粒子の酸化反応によって得られる、磁気応答性(磁界に対する感応性)を有する粒状物を指す。ここで「磁気応答性を有する」とは、磁石等による外部磁界が存在するとき、磁界により磁化する、あるいは磁石に吸着するなど、磁界に対して感応性を示すことを指す。強磁性酸化物としては特に制限はなく、鉄、コバルト、ニッケルなど、公知の金属、合金およびそれらの酸化物が挙げられるが、特に磁界に対する感応性に優れることから、強磁性酸化鉄であるのが好ましい。このように強磁性酸化鉄が特に好ましいが、超常磁性を有するもの(例えば粒径5nmのFePt粒子、Fe粒子)であっても磁界に対して感応するものであれば、使用することが可能である。
【0027】
強磁性酸化鉄としては、公知の種々の強磁性酸化鉄を使用することができる。中でも化学的安定性に優れることからマグヘマイト(γ−Fe23)、マグネタイト(Fe34)、ニッケル亜鉛フェライト(Ni1-XZnFe24)、マンガン亜鉛フェライト(Mn1-XZnFe24)などのフェライトから選ばれる少なくとも一種であるのが好ましい。これらの中でも大きな磁化量を有しているため磁界に対する感応性に優れるマグネタイトが特に好ましい。
【0028】
強磁性酸化鉄粒子は、例えば水中でFe(OH)2等の粒子を酸化反応させる公知の方法にて製造することができる。後述する実施例では、一例として、マグネタイト粒子を製造した。
【0029】
本発明において、磁性粒子として金属ニッケル粒子を使うことも好ましい。金属ニッケルは強磁性を示すので、強磁性酸化鉄粒子と同じように使うことが可能である。
【0030】
強磁性酸化鉄粒子、金属ニッケル粒子等の磁性粒子を用いることによって、銀および生体物質による被覆を行っても、実用上、より問題のない磁気応答性を有する粒子を得ることができるので好ましい。
【0031】
別の態様では、本発明において、磁性粒子として、非磁性材料の粒子が上述の磁性材料の被覆、好ましくは粒子全体を覆う被覆を有するものを使用できる。この場合、磁性材料が非磁性材料の個々の粒子を1つずつ被覆したものであっても、複数の非磁性材料の粒子を一緒に被覆したものであってもよい。例えば、アルミナ、コロイダルシリカ等の無機物、あるいはアクリル、ポリスチレン等の有機ポリマー等によって形成された磁性を持たない粒子に、無電解めっき法、電気めっき法、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法、化学蒸着法などを用いて磁性物質を被覆したものを使用できる。このような磁性材料の被覆を有する非磁性材料の粒子は、いずれの公知の方法によって製造してもよい。
【0032】
上述のように、非磁性材料の粒子に無電解めっき法、電気めっき法、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法、化学蒸着法等によって、例えば金属ニッケル等の磁性材料の被覆を形成することによって非磁性材料の粒子に磁性を付与することができる。このような粒子は、上述の磁性粒子と同様に、銀、生体物質を被覆することができ、実用上問題ない磁気応答性を有する粒子を得ることができる。
【0033】
更に別の態様では、本発明において、磁性粒子として、磁性材料の粒子が非磁性材料の被覆、好ましくは粒子全体を覆う被覆を有するものを使用できる。この場合、磁性材料の個々の粒子を1つずつ被覆したものであっても、複数の磁性材料の粒子を一緒に被覆したものであってもよい。このような非磁性材料としては、アルミン酸塩のようなアルミニウムを含む化合物、ケイ酸塩のようなケイ素を含む化合物、アクリル樹脂、ポリスチレン、ポリメタクリル酸メチルのようなポリマー等を例示できる。磁性材料の粒子に非磁性材料の被覆処理を行う方法としては、アルミン酸塩、ケイ酸塩等による被着法、アルコキシシランを用いたゾル−ゲル法、有機ポリマーを被着する方法などがあげられる。また、複数個の磁性粒子を非磁性物質で一つの粒子にする方法としては、マイクロカプセル化法、懸濁重合法などといった方法があげられる。以上あげた各方法は従来公知の方法を用いることが可能である。
【0034】
換言すれば、磁性材料の粒子を銀による被覆処理に付す場合、磁性材料の粒子によって付与される磁性担体の磁気応答性が悪影響を受けない限りにおいて、形成される銀の被覆と磁性材料の粒子との間に種々の非磁性材料が(例えば中間層として)存在してよい。例えば、シリカを非磁性材料として使用できる。具体的には、磁性材料の粒子をシリカ被膜で覆った磁性シリカビーズ等を磁性粒子として使用でき、これを銀による被覆処理に付してよい。この他にも、磁性材料の粒子と銀との間の中間層として、亜鉛、ニッケル等の金属層、アクリル、ポリスチレン等の有機ポリマー層を有する磁性粒子を用いて形成される磁性担体も例示できる。また、このような中間層としては、1層のみである必要は必ずしも無く、先に例示した材料の層を複数積層させてもかまわない。
【0035】
本発明で用いる磁性粒子は、便宜的に「粒子」なる用語を用いているが、細かい塊またはエレメント(構成単位)であれば、その形状に特に制限はなく、球状、楕円体状、粒状、板状、針状、立方体状などの多面体状などが挙げられるが、後述の磁性担体とした時点で好適な形状に実現され易い点から、球状、楕円体状または粒状が好ましい。
【0036】
本発明で用いる磁性粒子の大きさにも特に制限はなく、通常、1個の磁性粒子、または複数、例えば2個〜100個の磁性粒子が一体となった集合物が、発明の被覆処理によって磁性担体を構成する1つのエレメントを構成する。従って、通常、1個〜100個の磁性粒子を銀の層または銀および生体物質の層にて被覆した形態で1個の磁性担体として供される。尚、被覆は、磁性粒子全体を覆う必要は必ずしも無く、一部分を覆うのみであってもよく、複数の粒子が一体となる場合であっても、最低限一体性を確保できる程度の被覆であってよい。
【0037】
本発明の方法によって得られる磁性担体のそれぞれの粒子、即ち、エレメントは、後述のように0.005μm〜60μmの粒子サイズ(「粒子径」とも呼ぶ)を有するのが好ましく、従って、そのような磁性担体を形成するために、磁性粒子は、0.005μm〜45μmの平均粒子サイズを有することが好ましい。尚、「粒子サイズ」とは、当該粒子のあらゆる方向に関する長さのうちで最大の長さを意味し、それは、例えば粒子の透過型電子顕微鏡写真における測定できる。また、「平均粒子サイズ」は、透過型電子顕微鏡写真で300個の粒子のぞれぞれの粒子サイズを測定し、その数平均として算出することによって得ることができる。
【0038】
本発明の磁性担体の製造方法において、磁性粒子の銀による被覆処理は、上述の磁性粒子の表面の少なくとも一部分に銀を付着して被覆を形成できる方法であれば特に限定されるものではない。例えば、無電解めっき法(銀鏡反応法を含む)、電気めっき法、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法、化学蒸着法等の方法を用いて処理することができる。このような方法に関しては、公知の方法にて実施できる。尚、銀による被覆処理を先に実施し、その後、生体物質による被覆処理を実施する場合、磁性粒子の表面全体に被覆層を形成できるのが好ましい。
【0039】
例えば、無電解めっき法については、銀化合物として例えば銀塩の形態で銀を含むめっき液を使用する。市販の銀めっき剤を使用することが可能であり、それらの溶液を使うと比較的簡便できれいな被覆をすることが可能である。しかし、銀めっきに使われる各種試薬類を個別に購入し使用することも当然可能であり、特に銀鏡反応法として知られる方法は簡便である。無電解めっき法の温度は5〜90℃が好ましく、5〜40℃が更に好ましい。この温度は、5℃より低くなると、反応が遅く時間を要することがあり、また、90℃より高くなると、反応が早く進みすぎ、均一に被膜ができなくなることがある。
【0040】
本発明の磁性担体の製造方法において、磁性粒子を被覆する銀の量(銀被覆層の被着量)は、磁性粒子に対して0.1重量%〜30重量%であるのが好ましい。この銀の量が粒子に対して0.1重量%未満であると、磁性粒子が銀により均一に被着できなくなる可能性が増加する。その結果、被覆が存在せずに磁性粒子の表面が露出する部分が生じ、その結果、生体物質の被着も不均一になり易く、最終的には、磁性粒子の表面の一部分が露出することも有り得る。また、銀の量が粒子に対して30重量%を超えると、磁性担体の磁気特性に悪影響を及ぼし得、磁気応答性が低下し取り扱いの面で不利になったり、コスト面で不利となる場合がある。銀の量は、0.3重量%〜20重量%であるのがより好ましく、0.5重量%〜10重量%であるのがさらに好ましい。
【0041】
本発明の磁性担体の製造方法において、磁性粒子の生体物質による被覆処理を実施する。「生体物質」とは、生物に由来する物質を意味し、そのような生体物質には、例えば糖質、タンパク質、ペプチド、核酸、細胞、微生物等を例示できる。
【0042】
糖質としては、特に制限はなく、モノ、ジ、または多糖およびこれらの混合物などを例示でき、例えば磁性担体を使用して精製する、目的とするタンパク質に応じて当該タンパク質と親和性を充分に有するものを適宜選択して使用すればよい。このような糖質としては、グルコース、ガラクトース、アラビノース、マンノース、マルトース、マルトデキストリン、アミロース、デキストリン、可溶性デンプンなどを例示できるが、価格が安価で入手が容易であることから、グルコースを主単位とするオリゴ糖または多糖が好ましく、アミロースがより好ましい。特に、マルトース結合タンパク質の一部または全部を含む融合タンパク質を目的タンパク質とする場合、アミロースを糖質として用いることが好ましい。
【0043】
タンパク質またはペプチドとしては、例えば、抗原、抗体、または生体レセプター、リガンド等の特異的結合性を有する物質、酵素等、種々の機能を有するものが挙げられ、アビジン等の他の生体物質を固定に利用できるものも好適に使用される。核酸としては、例えば、DNA、RNAの2本鎖、1本鎖等が挙げられる。
【0044】
更に、本発明において、「生体物質」なる用語は、生体物質そのものではなくても、生体物質と相互作用を有する物質をも含むものとして使用している。例えば、薬剤または薬剤候補物質、環境ホルモン等の有害物質、ビオチン等の他の生体物質の固定に利用できるもの等が挙げられる。
【0045】
本発明の磁性担体の製造方法において、磁性粒子の生体物質による被覆処理は、上述の磁性粒子の表面の少なくとも一部分に生体物質を付着して被覆を形成できる方法、あるいは、上述のように銀による被覆処理した後の磁性粒子の表面の少なくとも一部分に生体物質を付着して被覆を形成できる方法であれば特に限定されるものではない。尚、銀による被覆処理を先に実施し、その後、生体物質による被覆処理を実施する場合、銀による被覆処理を施した磁性粒子の表面全体に生体物質の被覆層を形成するのが好ましい。このような生体物質による被覆処理は、付着させる生体物質に応じて選択できる。
【0046】
例えば、溶解性、例えば水溶性の生体物質、例えば糖質を使用する場合、溶媒(例えば水)に対する溶質としての生体物質の溶解度差を利用して磁性粒子の表面に糖質を析出させる方法を使用できる。具体的には、磁性粒子を含む溶媒を加熱して糖質を溶解させ、その後、冷却することによって飽和溶解度を越える量の糖質を磁性粒子の表面に析出させて被覆を形成できる。また、冷却に代えて、溶媒を蒸発させることによっても同様に糖質を析出させることができる。
【0047】
また、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、細胞、微生物等を生体物質として使用する際には、これらと反応する部位を持つ含硫黄化合物を銀の被覆表面に予め付着させるように処理しておき、含硫黄化合物にタンパク質、ペプチド、核酸、細胞、微生物等を結合させる。もしくは、タンパク質、ペプチド、核酸、細胞、微生物等に硫黄を含む部位を持たせておき、これを銀の被覆表面に付着させる。また、この2種の方法を組み合わせた方法を使用してもよい。尚、Ag−S結合はAu−S結合と類似の性質を持ち、Au−S結合を利用する種々の公知の方法を、Ag−S結合を用いる方法に使用することが可能である。
【0048】
具体的には、
(A)チオール基、スルフィド基、ジスルフィド基、チオエーテル基等の硫黄を含む官能基の中から選ばれる少なくとも1つ、ならびに
(B)アルデヒド基、エポキシ基、アジド基、スクシンイミド基、マレイミド基、ヒドラジド基、一級アミノ基、二級アミノ基、三級アミノ基、カルボキシル基、イミドエステル基、カルボジイミド基、イソシアネート基、ヨードアセチル基、酸塩化物に由来する官能基、二重結合等の官能基、ビオチン、アビジン等の化合物に由来する官能基、ニッケル、コバルト、銅等の遷移金属イオンを含む錯化合物および有機金属化合物等に由来する官能基等の、生体物質と結合する性質を持つ物質に由来する官能基の少なくとも1つ
の双方(即ち、少なくとも1つの官能基(A)および少なくとも1つの官能基(B))を含む化合物を用いて、少なくとも1つの官能基(A)によるAg−S結合によって銀の被覆表面にこの化合物を結合させておき、少なくとも1つの官能基(B)によって生体物質を粒子表面に被覆する。
【0049】
尚、銀による被覆処理と生体物質による被覆処理とを同時に実施する場合、上述の双方の処理方法を同時に実施する。例えば、加熱によって生体物質を溶解させた溶媒を冷却しながら、溶媒中で無電解めっき反応を実施すればよい。
【0050】
本発明の磁性担体の製造方法において、磁性粒子を被覆する生体物質(例えば糖質)の量(生体物質の付着量)は、磁性粒子に対して0.1重量%〜30重量%であるのが好ましく、0.5重量%〜20重量%であるのがより好ましい。上記生体物質の量が磁性粒子に対して0.1重量%未満であると、磁性担体のタンパク質への結合性が低くなってしまう傾向にあり、また、上記生体物質の量が磁性粒子に対して30重量%を超えると、磁性担体の磁気特性に悪影響を及ぼし得、後述の磁界を利用したタンパク質の抽出・精製の効率が低下する傾向にあるためである。
【0051】
本発明の磁性担体の製造方法において、上述した粒子を生体物質層にて被覆してなるものである。この「被覆」とは、磁性担体を構成する粒子の外側を少なくとも部分的に覆って、磁性担体の最外に生体物質が存在する、好ましくは層の形態で存在することを指す。従って、銀による被覆処理の後に生体物質による被覆処理を実施する場合、当該生体物質層は、粒子を完全に覆うように形成されていてもよく、別の態様では、目的タンパク質と生体物質との親和的結合を阻害しない範囲であれば生体物質以外の材料が粒子の表面で露出してなるように形成されていてもよい。また、銀による被覆処理と生体物質による被覆処理とを同時に実施する場合、当該生体物質層および銀層が、粒子を完全に覆うように形成されていてもよく、別の態様では、目的タンパク質と生体物質との親和的結合を阻害しない範囲であれば銀および生体物質以外の材料が粒子の表面で露出してなるように形成されていてもよい。
【0052】
また、銀による被覆処理の後に生体物質による被覆処理を実施する場合、上述の生体物質層は、磁性担体を構成する粒子の最外部に形成されていればよく、粒子により付与される磁性担体の磁気応答性が失われないならば、銀被覆層と生体物質層との間に様々な材料(例えばシリカ、アクリル樹脂、ポリスチレン、ポリメタクリル酸メチルといったポリマー等)による中間の層を形成してもよい。
【0053】
具体的には、銀による被覆処理に磁性粒子を付した後、銀の被覆を有する粒子を例えばシリカで被覆して磁性シリカ粒子とし、これに生体物質層を形成してなる磁性担体を例示できる。この場合、シリカは銀層と生体物質層との間の中間層を形成する。このように銀被覆層と生体物質層との間に、シリカにて形成された中間の層を有すると、生体物質、特にDNA、RNA等が吸着しやすいという利点を有する磁性担体を製造することができる。この他に、銀層と生体物質層との間の中間層として、アクリル樹脂、ポリスチレンなどの有機ポリマー層を形成した磁性担体も例示できる。また、中間層は1層だけでなく先に例示したものを含む材料を複数に積層させてもかまわない。
【0054】
本発明の磁性担体の製造方法では、上述の銀による被覆処理および生体物質による被覆をこの順序で逐次的に実施する(逐次処理)か、あるいはこれらの被覆処理を同時に実施する(同時処理)。尚、後述の実施例では、逐次被覆および同時被覆の双方を説明している。
【0055】
本発明の製造方法によって得られる磁性担体を構成する単位エレメント(即ち、担体を構成する個々の構成要素)は、その形状に特に制限はなく、針状、球状、板状など各種の形状であってよい。しかしながら、後述の磁界を用いた磁性担体の捕集、磁性担体に結合したタンパク質の生物試料からの単離等の際に、磁性担体としての捕集性と分散性とのバランスがよく、操作性に優れる点から、単位エレメントは球状、楕円体状または粒状の形状であるのが好ましい。ここで、「球状」とは、アスペクト比(あらゆる方向で測定した場合の最大長さと最小長さとの比)が1.0〜1.2(1.0以上1.2以下)の範囲内である形状を指し、「楕円体状」とは、アスペクト比が1.2を超えて1.5以下の範囲内である形状を指す。また「粒状」とは、球状のように粒子の長さが全方向で揃っているものや、楕円体状のように一方向の長さのみ大きいもの以外の方向による長さの差異はあるが、全体として形状に特に異方性がない形状を指す。
【0056】
本発明の方法によって製造される磁性担体の大きさも特に制限はないが、上記の形状と同様に操作性が良好である点から、平均粒子サイズが0.005μm〜60μmであるのが好ましく、0.01μm〜45μmであるのがより好ましい。磁性担体の平均粒子サイズが0.005μm未満であると、磁性担体の比表面積が大きくなるため目的タンパク質との結合量は大きくなる反面、磁性担体の捕集が困難となってしまう傾向にある。また、磁性担体の平均粒子サイズが45μmを超えると、磁性担体の比表面積が小さくなり、かつ沈降し易くなるため、目的タンパク質との結合量が低下してしまう傾向にある。尚、磁性担体の「粒子サイズ」および「平均粒子サイズ」は、先に説明した通りである。
【0057】
本発明の製造方法によって製造される磁性担体は、磁界を用いて操作することによって種々の処理(例えばタンパク質の精製)に利用できるので、磁性担体の磁気特性が重要である。このような磁気特性として、飽和磁化および保磁力が特に重要である。例えば、飽和磁化はタンパク質の結合した磁性担体の捕集に主として関係し、保磁力は磁性担体とタンパク質との分離(タンパク質の溶離)に主として関係する。
【0058】
一般に、飽和磁化が高ければ高いほど磁界への感応性は大きく、従って、飽和磁化の高い磁性担体を用いる場合、例えば磁界を利用したタンパク質の精製においてタンパク質を結合した状態での磁性担体の捕集性は向上するが、飽和磁化が高すぎると、磁性粒子が磁気的に凝集してしまう。
【0059】
本発明の方法によって磁性担体を製造する場合、磁性担体の飽和磁化が2A・m/kg〜100A・m/kg、より好ましくは4A・m/kg(emu/g)〜90A・m/kg(emu/g)となるようにする。磁性担体の飽和磁化が2A・m/kgより小さいと、磁性担体の磁界に対する感応性が低くなり、捕集性が低下してしまう傾向にある。また、磁性担体の飽和磁化が100A・m/kgを超えると、磁性担体が磁気的に凝集し易くなってタンパク質精製の系中での磁性担体の分散性が低下する傾向にある。当該磁性担体の飽和磁化は、例えば振動試料型磁力計(東英工業(株)製)を用いて、796.5kA/m(10キロエルステッド)の磁界を印加したときの磁化量を測定することにより求めることができる。
【0060】
磁性材料のみから成る磁性粒子を被覆処理して得られる磁性担体の場合、飽和磁化が20A・m/kg〜100A・m/kg、好ましくは30A・m/kg(emu/g)〜80A・m/kg(emu/g)となるように製造するのが望ましい。また、非磁性材料の粒子に磁性材料を被覆処理した磁性粒子を被覆処理して得られる磁性担体の場合、飽和磁化が2A・m/kg〜100A・m/kg、好ましくは4A・m/kg(emu/g)〜90A・m/kg(emu/g)となるように製造するのが望ましい。このように種類によって飽和磁化量の好ましい範囲が異なるのは、磁性粒子の比重の違いによって、磁気応答性に違いが出るためである。磁性材料のみから成る磁性粒子は比重がより大きいのに対し、非磁性材料の粒子に磁性材料を被覆した磁性粒子の比重はより小さい。そのため、同じ粒子サイズであるとしても、磁性担体の重さは異なることになる。比重が大きいほど、磁気応答性は悪くなるので、飽和磁化量を大きくする必要がある。
【0061】
また、磁性担体は、捕集するときに印加された磁界によってある程度磁化されるが、保磁力が大きくなるほど磁性担体の構成エレメント間の凝集力が大きくなり、磁性担体からタンパク質を溶離するときの磁性担体の分散性が低下する。その結果、結合したタンパク質の溶液中での溶離性が低くなり、抽出効率が低下する傾向にある。
【0062】
本発明の方法によって磁性担体を製造する場合、磁性担体の保磁力が好ましくは0.079kA/m〜15.93kA/m(10〜200エルステッド)となり、より好ましくは1.59kA/m〜11.94kA/m(20エルステッド〜150エルステッド)となるように実施する。当該磁性担体の保磁力は、例えば振動試料型磁力計(東英工業(株)製)を用いて、796.5kA/m(10キロエルステッド)の磁界を印加して飽和磁化した後、磁界をゼロに戻し、さらに逆方向に磁界を徐々に増加させながら印加して、磁化の値がゼロになる印加磁界の強さから求めることができる。
【0063】
本発明の磁性担体は、後述する磁界を利用したタンパク質の精製方法における磁性担体の捕集性と分散性とのバランスを良好にする観点から、磁性材料のみから成る磁性粒子を被覆処理して得られる磁性担体の場合、飽和磁化が20A・m/kg〜100A・m/kg、好ましくは30A・m/kg(emu/g)〜80A・m/kg(emu/g)となるように、また、非磁性材料の粒子に磁性材料を被覆処理した磁性粒子を被覆処理して得られる磁性担体の場合、飽和磁化が2A・m/kg〜100A・m/kg、好ましくは4A・m/kg(emu/g)〜90A・m/kg(emu/g)となるように、そして、いずれの場合であっても、保磁力が0.079kA/m〜15.93kA/m(10〜200エルステッド)となるように製造するのが特に望ましい。このような磁性担体は、その構成エレメントが球状、楕円体状または粒状の形状を有し、その平均粒子サイズが0.01μm〜45μmであるのが好ましい。中でもこのような態様において、生体物質としての糖質がアミロースであるのが特に好ましい。
【0064】
本発明の製造方法により得られる磁性担体は、その表面を被覆する生体物質の種類に応じて種々の用途に使用できる。例えば糖質層の被覆を有する場合は、その糖質に特異的に結合する物質(タンパク質、酵素等)を精製するのに使用でき、別の用途として、酵素反応の担体として使用できる。
【0065】
本発明の磁性担体の製造方法によって得られる、生体物質として糖質を被覆した磁性担体を用いて精製し得るタンパク質(即ち、そのような磁性担体、詳しくはその表面に被覆として存在する生体物質が結合し得るタンパク質、そのようなタンパク質を「目的タンパク質」とも呼ぶ)としては、糖質に特異的に結合し得るタンパク質であれば特に限定されない。
【0066】
本明細書において、「タンパク質」は、公知の各種の糖結合タンパク質は勿論のこと、糖に対し特異的に結合し得るフラグメントを有する融合タンパク質(例えば、特許文献2に開示されたような融合タンパク質)をも包含し、更に、糖に対して特異的に結合し得る限り、これらのフラグメント等のいわゆるペプチド、オリゴペプチドおよびポリペプチドも包含するものとする。
【0067】
具体的には、マルトース結合タンパク質、アラビノース結合タンパク質、グルコース結合タンパク質、マンノース結合タンパク質、レクチン等の糖結合タンパク質、これらの一部または全部を含んで成り、糖への親和性を有する融合タンパク質(例えば、糖結合タンパク質と糖結合性を実質的に示さないタンパク質の融合タンパク質(後記β−ガラクトシダーゼα鎖のアミノ末端にマルトース結合タンパク質が結合している融合タンパク質MBP−LacZα、後記大腸菌トランスポザーゼのアミノ末端にマルトース結合タンパク質が結合している融合タンパク質MBP−TNP1、緑色蛍光タンパク質のアミノ末端にマルトース結合タンパク質が結合している融合タンパク質MBP−GFP1等))を例示できる。中でも、浸透圧による影響を受けるペリプラズムタンパク質であり、マルトースおよびマルトデキストリンに特異的に結合し得ることから、大腸菌のmalE遺伝子産物であるマルトース結合タンパク質が特に好ましい。
【0068】
本発明の製造方法における各条件は、上述および後述の記載、ならびに用いる磁性粒子、生体物質等に応じて当業者であれば適宜選択できる。以下、強磁性酸化物であるマグネタイトの磁性粒子を、銀鏡反応法を用いる銀による被覆処理に付して得られる粒子(以下、銀被覆ビーズとも呼ぶ)を用い、生体物質である糖質としてアミロースを用いて被覆処理する場合を例に挙げて、本発明をより具体的に説明する。また、このアミロースを被覆して得られる磁性担体としてのビーズ(以下、アミロース被覆ビーズとも呼ぶ)の利用方法の一例として、アミロースに特異的に結合するタンパク質を利用した精製方法を説明する。
【0069】
(銀被覆ビーズの合成)
まず、銀塩の溶液を調製する。この溶液に用いる銀塩としては、硝酸銀、亜硝酸銀、塩化銀、硫酸銀、亜硫酸銀、酢酸銀、酸化銀、シアン化銀、フッ化銀、臭化銀、ヨウ化銀、炭酸銀、チオシアン酸銀、塩素酸銀、過塩素酸銀、よう素酸銀、硫化銀、アジ化銀等の無機銀塩、N,N−ジエチルジチオカルバミド酸銀等の有機銀を例示できる。製造時のコストを考慮すると硝酸銀が特に好ましい。また、銀塩を溶解させる溶媒としては、銀塩が溶解する限り、特に制限はないが、製造時のコストや安全性の面から水が特に好ましい。
【0070】
この銀塩溶液に、錯化剤を滴下する。この錯化剤は、銀と錯形成できる錯形成可能な配位子を有するのであれば何を用いてもかまわないが、アンモニアまたはチオシアン塩を用いるのが特に好ましい。この段階で、銀は錯形成剤が配位した錯イオンを形成していると考えられる。錯イオンを形成することによって、銀が酸化銀となって析出するのを防いだり、銀の酸化還元電位の値を安定化させることができる。
【0071】
銀塩の溶液とは別に、磁性粒子としてのマグネタイトを分散させた液を準備する。マグネタイトを溶媒に分散させるが、この際に用いる溶媒は特に制限はなく、例えば水、エチルアルコール、イソプロピルアルコール等を例示できる。製造コストを低くできるとの理由により水を用いるのが好ましい。この分散液に、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム等の水酸基をもつ塩化合物等の溶解して塩基性を示す化合物を添加する。この添加によって、後の反応性が高まるが、添加は必須ではない。更に、これに還元剤を加える。還元剤としては、ブドウ糖、果糖等の単糖類、麦芽糖、乳糖等の二糖類等の還元基(アルデヒド基、ケトン基)を有する還元能を持つ糖、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド等のアルデヒド基を持つ化合物、ケトン基をもつ化合物、および酒石酸塩等を例示できるが、ブドウ糖を用いることが好ましい。
【0072】
このようなマグネタイトの分散液に先に調製した銀塩の溶液を滴下していくと、銀鏡反応によってマグネタイト表面に銀が付着して銀の被覆が形成される。この際の反応温度は、一般的に0〜90℃であるが、5〜40℃が好ましい。反応温度が低すぎると、反応に長時間を要し、逆に高すぎると反応速度が速過ぎて、均一な被覆ができ難い。この分散液からマグネタイトを濾別して洗浄し、その後、乾燥することで、銀被覆ビーズを得る。
【0073】
前述では無電解銀めっきに用いる液として、銀塩溶液および還元剤を加えたマグネタイト分散液を説明した。しかし、マグネタイトを銀塩溶液に分散させた分散液を調製し、それと還元剤溶液を組み合わせてもよい。滴下に関しても、いずれの液を他方の液に滴下してもよい。
【0074】
(アミロース被覆ビーズの製造)
まず、常温(20℃)で銀被覆ビーズを分散媒中に分散させる。分散媒としては特に制限はなく、水、エチルアルコール、イソプロピルアルコール等を例示できるが、製造コストを低くできるとの理由により水を用いるのが好ましい。分散媒に添加する銀被覆ビーズの量にも特に制限はないが、均一な分散液が得られやすいことから、1重量%〜50重量%の濃度となるよう添加することが好ましい。
【0075】
次に、常温で攪拌しながら分散液にさらにアミロースを添加した後、90℃程度まで加熱する。アミロースの銀被覆ビーズに対する添加量は、銀被覆ビーズの重量に対して0.1重量%〜30重量%とすることが好ましいが、アミロースの水に対する溶解量が通常、数%程度(2%〜6%)であるため、この濃度以下となるようにマグネタイト粒子を分散させる水の量を選択することが好ましい。例えば、銀被覆ビーズ10gを水50gに分散させ、0.1g〜3g程度のアミロースを添加すればよい。なおアミロースの添加後、10分間〜1時間程度常温で攪拌した後に上記温度に加熱し、加熱した状態で更に10分間〜1時間攪拌を行うと、アミロースも均一に分散され、均一な糖質層を形成し易くなる上で好ましい。
【0076】
続いて、アミロース溶解分散液を攪拌しながら常温まで冷却する。これにより、アミロースの飽和溶解度が低下するので、溶解していたアミロースが徐々に析出してきて、銀被覆ビーズの表面に付着して被覆を形成し、それによって、本発明の磁性担体が得られる。
【0077】
このようにして本発明の方法を実施すれば、銀被覆ビーズと、当該銀被覆ビーズを被覆するアミロースにて形成された糖質層とを有する本発明の磁性担体を製造できる。尚、上述の飽和磁化および保磁力を兼ね備える磁性担体は、上記の磁性担体の製造方法の過程において、例えば、磁性担体の1個の構成要素につき銀被覆ビーズの数が1個〜100個となるように糖質層で被覆し、かつ、銀被覆ビーズに対して糖質の割合が0.1重量%〜30重量%となるようにすればよい。
【0078】
尚、本発明の磁性担体は、上述および後述の本発明の製造方法で得られるものに制限されるものではなく、同様の構成を有するならば他の製造方法で得られるものであってもよい。
【0079】
(タンパク質の精製)
本発明の製造方法により得られる磁性担体は、保存安定性に優れており、例えばタンパク質の精製に好適に使用できる。好ましい磁性担体は、2〜10℃(特に4℃)にて分散液中で30日間で保存した場合でも、保存前のタンパク質結合能力の80%以上(好ましくは90%以上)を保つ。
【0080】
ここでいう「分散液」としては、例えばバッファーであり、具体的にはリン酸カリウムバッファー、リン酸ナトリウムバッファー、トリス塩酸塩バッファー、PIPESバッファー、ホウ酸バッファー、酢酸バッファー、MESバッファー等を例示できる。中でも、20mM〜100mMのリン酸カリウムバッファー(pH5.0〜8.0)が好ましい。また、「タンパク質結合能力」は、磁性担体1gに結合できるタンパク質量である。尚、タンパク質量は、後述のドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(以下、「SDS−PAGE」と称する)による定量法および吸光度(280nm)測定によって求めることができる。
【0081】
(SDS−PAGEによるタンパク質定量法)
SDS−PAGEによるタンパク質量の定量は、次のようにして行う。まず、濃度既知の標準タンパク質(例えば、ウシ血清アルブミン)および対象タンパク質の希釈系列(例えば、2倍、4倍、8倍など)をそれぞれ調製して、SDS−PAGEを行う。次に、標準タンパク質の希釈系列からSDS−PAGEの最低検出可能な濃度(A)を求め、一方、対象タンパク質の希釈系列から対象タンパク質が検出可能な希釈倍率を求めて、そのときのタンパク質濃度を上記(A)とみなし、希釈倍率を乗ずることにより対象タンパク質の濃度を決定する。SDS−PAGEは、例えば、電気泳動実験法(日本電気泳動学会編、1999年発行)に記載の方法など、公知の方法を用いて行う。また、SDS−PAGEによるタンパク質の定量は、280nmの吸光度を測定することによっても行うことができる。
【0082】
また、本発明の製造方法によって得られる磁性担体は、好ましくは、上述した糖質に特異的に結合し得るタンパク質そのものよりも、該タンパク質の一部または全部を含んで成り、糖質への親和性を有する融合タンパク質に対して相対的に高い親和性を有する。このような性質を有する磁性担体は、後述するように糖質に特異的に結合し得るタンパク質の一部または全部を含んで成り、糖質への親和性を有する融合タンパク質を含有する生物試料から当該融合タンパク質を分離する、即ち、精製するのに好適に用いることができる。
【0083】
好ましくは、本発明の製造方法によって得られる磁性担体は、糖質に特異的に結合し得るタンパク質と、該タンパク質の一部または全部を含んで成り、糖質への親和性を有する融合タンパク質を発現した組換体とを含んで成る破砕液に対して精製操作する場合(例えば、後述の実験例61〜64の方法に従って精製操作した場合)、融合タンパク質と実質的に100%結合する。
【0084】
ここでいう「融合タンパク質と実質的に100%結合する」とは、糖質に特異的に結合し得るタンパク質を含む融合タンパク質以外のタンパク質の磁性担体への結合量が検出限界未満であることをいう。上述のように、タンパク質の磁性担体への結合量は、上記SDS−PAGEによる定量法および吸光度(280nm)測定により求めることができる。従って、「融合タンパク質と実質的に100%結合する」とは、これらのタンパク質定量法では検出できない程度にしか融合タンパク質以外のタンパク質が結合していないことをいう。
【0085】
更に、本発明の製造方法によって得られる磁性担体は、好ましくは、担体に結合したタンパク質の溶出に際し、溶出液にリン酸バッファーを用いることで他のバッファーを用いる場合よりも効率的に溶出がなされるという特性を有する。溶出が特定のバッファー種に特異性を示すということは、使用するバッファーで溶出の有無をコントロールできることを意味し、本発明の製造方法によって得られる磁性担体を固定化酵素用担体として利用する際に、固定化酵素の寿命が向上するという点で大きな効果が期待できる。
【0086】
好ましくは、磁性担体に結合したタンパク質の回収率が、リン酸バッファーによる場合では60%以上(好ましくは80%以上)であり、他のバッファーによる場合では20%以下(好ましくは10%以下)である。
【0087】
ここでいうリン酸バッファーとしては、リン酸カリウムバッファー、リン酸ナトリウムバッファー等を例示でき、中でも20mM〜100mMのリン酸カリウムバッファー(pH6.0〜8.0)が好ましく、特に50mMのリン酸カリウムバッファー(pH7.5)が好ましい。また、ここでいう他のバッファーとしては、20mM〜100mMのトリス塩酸バッファー、トリス硫酸バッファー、HEPESバッファー、MOPSバッファー、PIPESバッファー、ホウ酸バッファー等を例示でき、特に50mMのトリス塩酸バッファー(pH7.5)、トリス硫酸バッファー(pH8.0)、HEPESバッファー(pH7.7)、MOPSバッファー(pH7.5)、PIPESバッファー(pH7.5)、ホウ酸バッファー(pH8.0)がある。
【0088】
尚、ここでいうタンパク質の溶出は、例えば、目的タンパク質がマルトース結合タンパク質である場合には、1mM〜100mM(好ましくは10mM)のマルトースを含むバッファーにより行う。また、ここでいう「タンパク質の回収率」は、精製したタンパク質をサンプルとして磁性担体を用いた精製操作を行い、得られた(回収された)タンパク質の量と(元の)サンプルとしたタンパク質の量の比である。なお、タンパク質量は、上記SDS−PAGEによる定量法および吸光度(280nm)測定により求めることができる。
【0089】
本発明は、上述の本発明の方法により得られる磁性担体を用いて、糖質に特異的に結合し得るタンパク質を含有する生物試料から当該タンパク質を分離する、即ち、精製する方法を提供する。即ち、本発明のタンパク質の精製方法は、[1]タンパク質を磁性担体に結合させる工程と、[2]磁性担体に結合させたタンパク質を、生物試料から単離させる工程と、[3]生物試料から単離されて磁性担体に結合したタンパク質を、磁性担体から分離させる工程とを含み、これによってタンパク質を精製することを特徴とする。
【0090】
[1]の工程ではまず、目的タンパク質を含有する生物試料と、磁性担体とを混合し、目的タンパク質と磁性担体とを結合させる。当該目的タンパク質と磁性担体の結合は、分散媒としての適宜のバッファー中でこれらが互いに接触し得る程度に混合させるならば、特に制限はない。この混合は、例えば、生物試料および磁性担体を含むチューブを軽く転倒攪拌または振盪することによる程度で充分であり、例えば市販のボルテックスミキサー等を用いて行うことができる。
【0091】
当該[1]の工程を行うに際して、磁性担体は、適宜の分散媒中に分散されて、タンパク質抽出用液として予め調製されているのが好ましい。磁性担体を分散させる分散媒としては、特に制限はないが、タンパク質の精製に一般的に用いられているバッファーであることから、リン酸カリウムバッファー、リン酸ナトリウムバッファー、トリス塩酸バッファー、PIPESバッファー、ホウ酸バッファー等が好ましく、中でも20mM〜100mMのリン酸カリウムバッファー(pH6.0〜8.0)を使用するのが好ましい。
【0092】
タンパク質抽出用液の調製に際し、磁性担体は、分散液における濃度が0.1g/mL〜1.0g/mLとなるように添加するのが好ましい。0.1g/mL未満であると、タンパク質を多く結合させることができず、磁性担体の集磁性も悪くなる傾向にあるためであり、また1.0g/mLを超えると、分散液の分散性も保存安定性も悪くなる傾向にあるためである。
【0093】
タンパク質抽出用液と生物試料との混合の割合は目的タンパク質の分子量に応じて左右されるが、磁性担体と生物試料中に含有される目的タンパク質との重量比が、1:0.001〜1:0.1となるような割合であるのが好ましい。
【0094】
続く[2]の工程では、上記[1]の工程で磁性担体と結合させた目的タンパク質を、磁性担体ごと生物試料中から単離する。当該単離は、遠心分離、フィルター分離等によって行ってよいが、操作が容易であり、短時間で特異的な単離が可能であることから、精製装置全体の小型化、連続的な処理、自動化処理を容易にし得る観点より、磁場、即ち、磁石を使用して行うのが好ましい。使用する磁石としては、例えば、磁束密度が0.03T(300ガウス)程度の磁石を好適に使用できる。具体的には、上記[1]の工程を適宜のチューブ中で行い、磁性担体と目的タンパク質との結合後、チューブの側壁に磁石を近づけて目的タンパク質が結合した磁性担体をチューブ側壁近傍に集めた状態で、チューブ内から残りの液を排出することによって、単離すればよい。
【0095】
[3]の工程では、上述のようにして生物試料より単離した目的タンパク質を、磁性担体より分離させる。この工程では、例えば、タンパク質を溶離させ得る溶出用液を、[2]の工程後のチューブ内に注入し、タンパク質を磁性担体より溶離させる。その後、磁性担体を再び磁石で捕集して、チューブ内から除去することにより、目的タンパク質が磁性担体より分離される。
【0096】
上記タンパク質を溶離させ得る溶出用液としては、該タンパク質に親和性をもつ糖質を含有する溶液が好適に使用される。例えば、目的タンパク質がマルトース結合タンパク質である場合には、1mM〜100mMのマルトースを含むバッファーが例示される。バッファーとしては、リン酸カリウムバッファー、リン酸ナトリウムバッファー、トリス塩酸塩バッファー、PIPESバッファー、ホウ酸バッファーなどが挙げられ、中でも20mM〜100mMのリン酸カリウムバッファー(pH6.0〜8.0)が好ましい。
【0097】
上記のような[1]〜[3]の工程を基本的に含有する精製方法を経て、生物試料中から目的とするタンパク質を精製することができる。このような本発明の精製方法は、従来の精製方法と比較して利便性が飛躍的に向上された方法であり、自動化およびハイスループット化が可能である。
【0098】
さらに、本発明は、上述してきた磁性担体を用いて、糖質に特異的に結合し得るタンパク質と、該タンパク質の一部または全部を含んでなり糖への親和性を有する融合タンパク質融合タンパク質を含有する生物試料から当該融合タンパク質を精製する方法を提供する。当該本発明の融合タンパク質の精製方法は、[1]上記融合タンパク質を磁性担体に結合させる工程と、[2]磁性担体に結合させた融合タンパク質を、生物試料から単離させる工程と、[3]生物試料から単離された磁性担体に結合した融合タンパク質を、磁性担体から分離させる工程とを含み、これによって融合タンパク質を精製することを特徴とする。この精製方法における[1]〜[3]の各工程は、上記糖質に特異的に結合し得るタンパク質の精製方法に準じて行えばよい。このような[1]〜[3]の工程を基本的に含有する精製方法を経て、糖質に特異的に結合し得るタンパク質と、当該タンパク質を含んでなる融合タンパク質を含有する生物試料中から目的とする融合タンパク質を精製することができる。このような本発明の精製方法は、従来と比較して利便性が飛躍的に向上された方法であり、自動化およびハイスループット化が可能である。
【0099】
尚、本発明の磁性担体は、当該磁性担体と、当該磁性担体を分散させて上記タンパク質抽出用液を調製するための分散媒と、上述したタンパク質を溶離可能な溶出用液とを試薬のキットとして、あるいは、当該磁性担体を含有する上記タンパク質抽出用液と、上述したタンパク質を溶離可能な溶出用液とを、それぞれ別のチューブ等の容器に収容したタンパク質精製用の試薬キットとして供されてもよい。このような本発明の試薬キットは、タンパク質を精製する際に、様々な試薬等を各々準備、調製する手間を省き、迅速に、必要な量だけ用いて本発明の方法を実施することができる。
【0100】
なお、本発明の1つの製造方法では、磁性粒子に対して銀化合物による銀の被覆を形成する処理を行い、次いで生体物質による被覆処理を施すことを特徴とするものであるが、生体物質による被覆処理は、実際の使用に供するときに行ってもよい。例えば、銀被覆処理までを施した磁性担体を用意しておき、使用者が必要に応じて表面に被覆する生体物質を変更したりする形式で用いても構わない。あるいは、生体物質の被覆自体を、抽出、精製、検出等の手段として用いてもよく、含イオウ生体物質を銀被覆処理した磁性粒子に結合させて均一性の高い抽出、精製、検出等に利用可能である。
【実施例】
【0101】
以下に、実施例を記載して、本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0102】
実施例1
(逐次被覆型ビーズの製造)
(マグネタイト粒子の製造)
銀による被覆処理を行うべきマグネタイト粒子を、以下の方法により製造した。100gの硫酸第一鉄(FeSO・7HO)を1000ccの純水に溶解した。この硫酸第一鉄と等倍モルになるように、28.8gの水酸化ナトリウムを500ccの純水に溶解した。次に硫酸第一鉄水溶液を攪拌しながら、この溶液に1時間かけて水酸化ナトリウム水溶液を滴下し、水酸化第一鉄の沈殿物を生成させた。滴下終了後、攪拌しながら、水酸化第一鉄の沈殿物を含む懸濁液の温度を85℃まで昇温した。懸濁液の温度が85℃に達した後、200L/hrの速度で、エアーポンプを使用して空気を吹き込みながら、8時間酸化して、マグネタイト粒子を生成させた。このマグネタイト粒子は、ほぼ球形で、平均粒子サイズ(後述の表における「粒径」)は、0.23μmであった。なおマグネタイト粒子の平均粒子サイズは、透過型電子顕微鏡写真上、300個の粒子サイズを測定し、その数平均として求めた。
【0103】
(無電解めっき法(銀鏡反応)による銀被覆ビーズの製造)
アミロースによる被覆処理を行う銀被覆ビーズを、無電解めっき法(銀鏡反応)を用いて製造した。硝酸銀0.16gに水10gを加えた溶液に、25%アンモニア水溶液を滴下し、硝酸銀を完全に溶解させた。これとは別に、マグネタイト粒子(平均粒子サイズ230nm)10gを水10gに分散させた溶液を調製し、これにブドウ糖8.5gを加えて溶解させた後、1N水酸化ナトリウム水溶液を用いてpHを9に調整した。硝酸銀溶液をマグネタイト分散液に滴下して、マグネタイト粒子表面に銀を析出させることによって被覆処理を実施した。この分散液からマグネタイト粒子を濾別、洗浄および乾燥して銀被覆ビーズを得た。蛍光X線測定によれば、銀被覆ビーズは銀を0.5%含んでいた。
【0104】
(アミロース被覆ビーズの製造)
得られた銀被覆ビーズ10gを、50ccの純水中に分散させた。この分散液中に、常温(20℃)でアミロースを0.05g添加して30分間攪拌した後、攪拌しながら90℃まで加熱した。90℃で更に1時間攪拌した後、攪拌を続けながら室温まで徐冷することによって被覆処理を実施した。アミロースは、加熱すると溶解しやすくなり、冷却すると溶解しにくくなるため、この冷却過程において、アミロースが銀被覆ビーズの表面に析出した。このようにして銀被覆ビーズがアミロースで形成された糖質層にて被覆されてなる磁性担体(アミロース被覆ビーズ)を製造した。得られたアミロース被覆ビーズは、球状あるいは粒状形状であり、その平均粒子サイズは250nmであった。振動試料型磁力計東英工業(株)製)を用いてアミロース被覆ビーズの磁気特性を測定したところ、796.5kA/m(10キロエルステッド)の磁界を印加して測定された飽和磁化は84A・m/kg(84emu/g)であり、保磁力は5kA/m(63エルステッド)であった。また、アミロースの被覆量は、アミロース被覆ビーズをIRスペクトル測定に付して確認した。
【0105】
実施例2〜47
(他のアミロース被覆ビーズの製造)
磁性粒子の種類および銀被覆量、アミロース被覆量、錯化剤、還元剤、塩基等の製造条件を種々変更して、実施例1と同様にして他のアミロース被覆ビーズを製造した。用いた磁性粒子は、マグネタイト粒子、マグヘマイト粒子、金属ニッケル粒子、常法に従いニッケル−リンメッキ被覆をしたアクリル粒子(後述の表2における「Ni被覆アクリル」)、常法に従いマグネタイトをシリカでマイクロカプセル化した粒子(マイクロカプセル化シリカビーズ、後述の表2における「MC化Si」)、常法に従いマグネタイトをポリメタクリル酸メチルでマイクロカプセル化したポリマービーズ(後述の表2における「MMAポリマー」)および通常のゾルゲル法によりマグネタイトをシリカで被覆したビーズ(後述の表2における「シリカ被覆」)であり、製造条件と製造したビーズの特性をまとめたものを表1および表2に示す:
【0106】
実施例48
(同時被覆型ビーズの製造)
銀による被覆処理とアミロースによる被覆処理を同時に実施して同時被覆型ビーズを製造した。被覆処理は、先の実施例と同じ方法を採用した。
【0107】
硝酸銀1.6gに水10gを加えた溶液に、25%アンモニア水溶液を滴下し、硝酸銀を完全に溶解させた(液1)。これとは別に、マグネタイト粒子(平均粒子サイズ230nm)10gを水10gに分散させた液を調製し、これにブドウ糖8.5gを加えて溶解させた後、1N水酸化ナトリウム水溶液を用いてpHを9に調整した(液2)。液2にアミロースを0.1g添加して30分間攪拌し、攪拌しながら90℃まで加熱した。90℃で更に1時間攪拌した後、攪拌を続けながら加熱を止めた。温度が室温まで下がってくる間に、溶液1を溶液2に滴下すると、マグネタイト粒子の表面に銀とアミロースが付着し、これらの被覆が形成された。この分散液からマグネタイト粒子を濾別、洗浄および乾燥してアミロース−銀被覆ビーズを得た。蛍光X線測定によれば、ビーズは銀を5%含んでいた。得られたアミロース−銀被覆ビーズは、球状あるいは粒状形状であり、その平均粒子サイズは250nmであった。先と同様に、アミロース−銀被覆ビーズの磁気特性を測定したところ、796.5kA/m(10キロエルステッド)の磁界を印加して測定された飽和磁化は84A・m/kg(84emu/g)であり、保磁力は5kA/m(63エルステッド)であった。また、アミロースの被覆をIRスペクトルの測定により確認した。
【0108】
実施例49〜52
銀被覆量、アミロース被覆量、塩基等の製造条件を種々変更して、実施例48と同様にしてアミロース−銀被覆ビーズを製造した。製造条件と製造したビーズの特性をまとめたものを表2に示す。
【0109】
【表1】

【0110】
【表2】

【0111】
実施例53〜56
(各種銀被着法を用いた銀被覆ビーズの製造)
銀による被覆処理を、無電解めっき法以外の方法に変更して銀被覆ビーズを製造した。磁性粒子としてはマグネタイト粒子用い、銀による被覆処理法として、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法、化学蒸着法を用いた。これらの方法は常法に従って実施した。
【0112】
(アミロース被覆ビーズの製造)
得られた銀被覆ビーズを実施例1のアミロースによる被覆処理に付して、アミロース被覆ビーズを製造した。ビーズの製造条件および特性をまとめたて表3示す。
【0113】
【表3】

【0114】
比較例1
銀による被覆処理を行う際に、錯形成剤としてのアンモニアを加えなかった以外は実施例1と同様に銀による被覆処理を実施した。被覆処理したビーズについて蛍光X線解析したところ、銀は検出されず、銀の被覆は認められなかった。引き続き、このビーズを実施例1と同様にアミロースによる被覆処理に付して、アミロースの被覆量1%とした。
【0115】
比較例2
銀による被覆処理を行う際に、還元剤としてのブドウ糖を加えなかった以外は実施例1と同様に銀による被覆処理を実施した。被覆処理したビーズについて蛍光X線解析したところ、銀は検出されず、銀の被覆は認められなかった。引き続き、このビーズを実施例1と同様にアミロースによる被覆処理に付して、アミロースの被覆量1%とした。
【0116】
比較例3
銀による被覆処理をせず、かつ、実施例1と同様にアミロースによる被覆処理を実施してアミロース被覆量を1%とした。
【0117】
比較例4
実施例1での銀被覆処理とアミロース被覆処理を実施しなかった。つまり、磁性粒子そのものである。
【0118】
比較例1〜4の条件および結果をまとめて表4に示した。
【0119】
【表4】

【0120】
実験例1〜60
(実施例1〜56および比較例1〜4で製造したビーズの被覆の均一性の評価)
銀による被覆が均一に形成されている否かについて、走査型電子顕微鏡(SEM)による観察によって評価した。具体的には、銀による被覆処理を行う前の粒子の表面である下地の形状が銀による被覆の滑らかな形状に変化しているか否かをSEM像と比較することによって評価した。評価に際して以下の基準を採用した:
◎:下地形状がほとんど認められず滑らかな表面であるもの
○:大まかな下地形状は認められるが微細な形状は平滑化しているもの
×:下地形状が全体または一部にはっきりと認められるもの
【0121】
この評価結果を表1〜4に併せて示した。一例として銀による被覆処理を実施していないマグネタイト粒子(比較例4に対応、図1)、0.5%の銀の被覆が形成されているマグネタイト粒子に(実施例2に対応、図2)、5%銀の被覆が形成されているマグネタイト粒子(実験例11に対応、図3)のSEM写真を示す。
【0122】
図1〜3に示すように、銀による被覆処理を実施しないマグネタイト粒子でははっきりしていたマグネタイト粒子表面の凹凸を有する下地形状が、銀の被覆量が多くなっていくことで、下地形状がほとんど認められない滑らかな表面になっているのがわかる。尚、被覆処理法による違いもなく、どの被覆処理法でも同様の効果が得られた。
【0123】
実験例61〜65
実施例10〜13(実験例61〜64に対応)、比較例3(実験例65に対応)でそれぞれ製造したアミロース被覆ビーズを用いて、以下の手順にて、生物試料中から目的タンパク質を抽出・精製した。タンパク質を単離するための生物試料としては、プラスミドpMALc2E(β−ガラクトシダーゼα鎖のアミノ末端にマルトース結合タンパク質が結合している融合タンパク質MBP−LacZαを発現するプラスミド(New England Biolab社より販売されている))を保持する大腸菌Escherichia coli JM109(東洋紡績より販売されている))を50mL TB培地/500mLフラスコにて37℃、20時間培養した菌体を用いた。菌体を菌体濁度(OD660nm)が20となるように50mMリン酸カリウムバッファー(pH7.5)に懸濁し、超音波にて9分間間欠破砕後、上清を遠心分離して得、これをタンパク質精製用の生物試料として用いた。
【0124】
まず、上記各アミロース被覆ビーズを0.2g/mLになるように50mMリン酸カリウムバッファー(pH7.5)中に分散させた。各アミロース被覆ビーズ分散液を100μL、生物試料1mLにそれぞれ混合して混合液とした。固液分離後、洗浄液(50mMリン酸カリウムバッファー,pH7.5)にて洗浄した。アミロース被覆ビーズに結合したタンパク質を回収するための溶出用液として10mMマルトースを含む50mMリン酸カリウムバッファー(pH7.5)を使用した。
【0125】
具体的な操作としては、以下のとおりである。
(1)各混合液の菌体濁度(OD660nm)を測定し、遠心チューブにて菌体を遠心分離した。次に、菌体を菌体濁度が20となるように50mMリン酸カリウムバッファー(pH7.5)に懸濁し、超音波にて9分間間欠破砕後上清を遠心分離して調製した。
(2)上清1mLを1.5cc用エッペンドルフチューブに移して生物試料とし、これにアミロース被覆ビーズ分散液100μLを加えて約5分間混合した。
(3)1.5cc用エッペンドルフチューブの形状に合った磁石スタンドに、上記チューブを設置することにより、アミロース被覆ビーズを磁石側に集めた。
(4)フィルターチップで溶液を吸引し、排出した。
(5)チューブを磁石スタンドより取りはずし、洗浄液(50mMリン酸カリウムバッファー、pH7.5)を1cc注入した。
(6)アミロース被覆ビーズと十分混合した後、再度磁石スタンドに設置し、上記と同様にして溶液を廃棄した。
【0126】
上記の方法でタンパク質を結合させたアミロース被覆ビーズに、50μLの10mMマルトースを含む50mMリン酸カリウムバッファー(pH7.5)を加え、約5分間混合した。次に、磁石スタンドに設置し、回収する溶液をフィルターチップで吸引し、別の新しいチューブに移した。回収量は、40μLとした。回収したタンパク質について、吸光度計により吸光度(OD:280nm)を測定して、濃度を求めた。タンパク質の回収量は、上記タンパク質濃度に回収容積を乗じて算出した。
【0127】
結果を表5に示す。
【0128】
【表5】

【0129】
また、図4は、精製前の種々のタンパク質の混合液である生物試料(図4(a))と、上述の精製方法(実施例11で製造したビーズを使用)にて精製した融合タンパク質MBP−LacZα(図4(b))とを、SDS−PAGEにて測定した結果を示す図である。図4から明らかなように、この精製方法にて、極めて簡便な操作で高純度のタンパク質が得られることが判る。
【0130】
実験例61〜65のようにアミロース被覆を実施したものを用いた場合、タンパク質の精製が行うことができた。
【0131】
以上のように磁性粒子に銀被覆を行い、ついでアミロース被覆を実施することで、強磁性を示すマグネタイト粒子表面が露出しないように、アミロースを均一に被覆することが可能になり、また、タンパク質の精製を実施することが可能であって、生体物質の機能を損なうことがなかった。このような磁性担体の製造方法によって、簡便で自動化およびハイスループット化が可能な装置に使用可能なアミロース被覆ビーズを製造できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖質、タンパク質、ペプチド、核酸、細胞および微生物のいずれかの生体物質を表面に有する磁性担体の製造方法であって、
銀による層状の被覆処理および生体物質による被覆処理に磁性粒子を付し、
銀による層状の被覆処理を、銀鏡反応法、無電解めっき法、電気めっき法、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法および化学蒸着法のいずれかの方法を用いて行うことを特徴とする磁性担体の製造方法。
【請求項2】
タンパク質が抗体、抗原、または生体レセプター、リガンド等の特異的結合性を有する物質であることを特徴とする請求項1に記載の磁性担体の製造方法。
【請求項3】
銀による被覆処理を行った後、生体物質による被覆処理に磁性粒子を付すことを特徴とする請求項1または2に記載の磁性担体の製造方法。
【請求項4】
銀による被覆処理および生体物質による被覆処理に磁性粒子を同時に付すことを特徴とする請求項1または2に記載の磁性担体の製造方法。
【請求項5】
磁性粒子が、金属およびその酸化物、合金およびその酸化物ならびにこれらのいずれかの組み合わせから成る群から選択される少なくとも1種の材料でできていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の磁性担体の製造方法。
【請求項6】
磁性粒子が強磁性酸化鉄でできていることを特徴とする請求項5に記載の磁性担体の製造方法。
【請求項7】
磁性粒子が金属鉄または金属ニッケルでできていることを特徴とする請求項5に記載の磁性担体の製造方法。
【請求項8】
製造する磁性担体の飽和磁化が2A・m2/kg〜100A・m2/kgの範囲にあることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の磁性担体の製造方法。
【請求項9】
製造する磁性担体の保磁力が0.079kA/m〜15.93kA/mの範囲にあることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の磁性担体の製造方法。
【請求項10】
製造する磁性担体の平均粒子サイズが0.005μm〜60μmの範囲にあることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の磁性担体の製造方法。
【請求項11】
銀による層状の被覆処理によって磁性粒子の実質的な露出部分が存在しないことを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の磁性担体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−96232(P2012−96232A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−283981(P2011−283981)
【出願日】平成23年12月26日(2011.12.26)
【分割の表示】特願2005−132553(P2005−132553)の分割
【原出願日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【出願人】(000005810)日立マクセル株式会社 (2,366)
【Fターム(参考)】