説明

磁性材をワークに適用する方法

【課題】磁性材の磁気特性を維持しつつ、ワークの表面に磁性材層を形成すること。
【解決手段】磁性材をワークWに適用する方法において、粉末状の磁性材をその融点未満に加熱し、ワークWに噴き付けることを特徴とする。加熱をする前に、粉末状の磁性材に対して焼入れを行うことが好ましい。粉末状の磁性材とノズル19のそれぞれに対して、同極の電荷を付与することが好ましい。粉末状の磁性材の加熱温度は、ワークWの融点未満とすることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性材をワークに適用する方法に関する。詳しくは、樹脂成形金型等のワークの表面に磁性材層を形成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、加工手段を加熱し、高温の加工手段で材料を加工する技術が知られている。例えば樹脂成形では、金型を加熱し、高温の金型で材料を加圧成形する。加圧成形後は、金型内から成形品を取出す際に成形品が変形しない温度になるまで、成形品を金型内にて冷却する。
【0003】
このように、高温の加工手段で材料を加工する技術では、加熱と冷却が繰り返し行われる。従って、サイクルタイムを短縮するためには、加工手段を急加熱する技術が必要である。加工手段を急加熱する技術としては、誘導加熱を利用した技術が知られている。
【0004】
ところで、樹脂成形金型のような複雑な形状のワークを誘導加熱により加熱する場合、その形状によって、電流が集中し易い部分と集中し難い部分が存在するため、加熱のされ方に偏りが生じる。そこで、金型の表面に磁性材層を設け、誘導加熱により金型を均一に加熱する技術が開示されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2007−535786号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
磁性材は、所定温度以下では透磁率が高く、所定温度を超えると透磁率が急激に低下する特性を有する。このため、磁性材を金型の表面に適用した特許文献1の技術によれば、誘導加熱を開始した当初は、電流が集中する部分が優先的に加熱され、優先的に加熱された部分が所定温度を超えると、その部分の透磁率が急激に低下して電流が流れ難くなる。これにより、電流が他の部分に集中し始めることで他の部分も順次加熱されて、金型全体が均一な温度に加熱される。
【0007】
しかしながら、磁性材は、その磁気特性を維持しつつ、複雑な形状のワークに適用することが困難である。例えば、高い形状自由度を有し、複雑な形状のワークの表面に皮膜を形成し得る技術として溶射が知られているが、溶射により磁性材層を形成した場合には、層内に多数のポーラス(空洞)が発生する。多数のポーラスが発生すると、上記のような磁気特性が発現され難くなり、誘導加熱によりワーク全体を均一な温度に加熱できなくなるおそれがある。また、ポーラス形状がワークに転写されるおそれがあるとともに、磁性材層の機械的強度が低下するおそれがある。
【0008】
また、溶射の場合には、磁性材をその融点以上に加熱するため、母材が溶融して磁性材と合金化し、磁性材の組成が変化する場合がある。磁性材の組成が変化すると、上記のような磁気特性が変化し、誘導加熱により金型全体を均一な温度に加熱できなくなるおそれがある。さらには、磁性材をその融点以上に加熱するため、磁性材層内に内部応力が過度に残存することによって、磁性材層の機械的強度が低下するおそれもある。
【0009】
本発明は上記に鑑みてなされたものであり、その目的は、磁性材の特性を維持しつつ、ワークの表面に磁性材層を形成することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明に係る磁性材をワークに適用する方法は、粉末状の磁性材をその融点未満に加熱し、ワーク(例えば、後述のワークW)に噴き付けることを特徴とする。
【0011】
本発明では、粉末状の磁性材をその融点未満に加熱し、ワークに噴き付けることで、ワークの表面に磁性材層を形成する。本発明によれば、加熱温度を磁性材の融点未満とすることで、磁性材が溶融することがないため、磁性材層内におけるポーラスの発生、母材(ワーク)との合金化による磁性材の組成変化、及び磁性材層内における過度の内部応力の残存を抑制できる。従って、磁性材の磁気特性を維持でき、誘導加熱によりワーク全体を均一に加熱できる。また、機械的強度の高い磁性材層を形成できるとともに、ワークの表面を平滑化でき、成形性を向上できる。
【0012】
この場合、前記加熱をする前に、前記粉末状の磁性材に焼入れを行うことが好ましい。
【0013】
この発明では、加熱をする前に、粉末状の磁性材に焼入れを行う。粉末状の磁性材は靭性のある材料であるため、これをそのまま用いた場合にはノズルの内壁に付着し、場合によってはノズルに詰まりが生じるおそれがある。そこで、この発明によれば、粉末状の磁性材を予め焼入れして硬度を高めておくことで、ノズル内壁への付着を抑制できる。
【0014】
この場合、前記粉末状の磁性材とノズル(例えば、後述のノズル19)のそれぞれに、同極の電荷を付与することが好ましい。
【0015】
この発明では、粉末状の磁性材とノズルのそれぞれに、同極の電荷を付与する。これにより、電気的な反発力によって、磁性材がノズルの内壁に付着するのを抑制できる。また、磁性材及びノズルに付与した電荷とは異極の電荷をワークに付与した場合には、電気的な引力によって磁性材が効率良くワークの表面に付着するため、磁性材の歩留まりを向上できる。
【0016】
この場合、前記粉末状の磁性材の加熱温度を、前記ワークの融点未満とすることが好ましい。
【0017】
この発明では、粉末状の磁性材の加熱温度を、ワークの融点未満とする。これにより、ワーク(母材)が溶融するのを確実に防止できるため、磁性材と母材との合金化を回避でき、磁性材の組成が変化するのを回避できる。従って、この発明によれば、磁性材の磁気特性をより確実に維持でき、誘導加熱によりワーク全体をより均一に加熱できる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、磁性材の特性を維持しつつ、ワークの表面に磁性材層を形成できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施形態に係るコールドスプレーシステムの構成を示すブロック図である。
【図2】磁性材の磁気特性を示す図である。
【図3】磁性材層の磁気特性を示す図である。
【図4】コールドスプレーによりワークの表面に形成した磁性材層について、その磁気特性と加熱の有無との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら詳しく説明する。
【0021】
図1は、本発明の一実施形態に係るコールドスプレーシステム1の構成を示すブロック図である。図1に示すように、本実施形態に係るコールドスプレーシステム1は、ガス供給部11と、磁性材供給部13と、ヒータ15と、チャンバ17と、ノズル19と、を備える。このコールドスプレーシステム1は、粉末状の磁性材を溶融させることなく固相状態のままワークWの表面に噴き付けることで、ワークWの表面に緻密な磁性材層を形成する。
【0022】
ワークWとしては、樹脂成形金型が用いられる。本実施形態では、形状が複雑で、誘導加熱による加熱のされ方に偏りが生じ易い樹脂成形金型が好ましく用いられる。なお、ワークWは、支持部10により支持される。
【0023】
ガス供給部11は、高圧の不活性ガスを、後述の磁性材供給部13及びヒータ15に供給する。不活性ガスとしては、例えばヘリウムや窒素が用いられる。供給する不活性ガスの圧力は、磁性材が後述のノズル19の先端から噴出されてワークWの表面に衝突するときの速度が臨界速度を超えるように設定される。衝突速度が臨界速度に達すると、磁性材の粉末粒子自体が塑性変形して皮膜を形成するためである。
【0024】
磁性材供給部13は、上述のガス供給部11から供給された不活性ガス中に、粉末状の磁性材を供給する。磁性材を含む不活性ガスは、後述のチャンバ17内に導入される。ここで、磁性材とは、強磁性体としての性質を有する材料であり、材料全体として大きな磁気モーメントを有する物質である。
【0025】
図2は、一般的な磁性材の磁気特性を示す図であり、具体的には、一般的な磁性材の温度と透磁率との関係を示す図である。ここで、透磁率とは、磁性体の磁化の様子を表す物質定数であり、磁束密度と磁場の強さとの比を意味する。図2に示すように、磁性材は、所定温度以下では透磁率が高く、所定温度を超えると透磁率が急激に低下する特性を有する。このときの所定温度はキュリー温度と呼ばれ、強磁性体が常磁性体に転移する各磁性材に固有の温度である。このような磁気特性を有する磁性材としては、鉄、コバルト、ニッケル等の単体の他、上記の磁気特性を維持した状態で合金化された種々の整磁合金が例示される。この整磁合金によれば、所望のキュリー温度を有する磁性材料が得られ、ワークWを所望の温度に加熱制御することが可能である。
【0026】
図3は、図2の磁性材を用いて、ワークWの表面に形成した各磁性材層の磁気特性を示す図である。図3に示すAは、磁性材の磁気特性をそのまま維持した磁性材層であり、Bは、磁性材のキュリー温度が低温側にシフトした磁気特性を有する磁性材層であり、Cは、温度に応じて透磁率が緩やかに変化する磁気特性を有する磁性材層である。
【0027】
図3に示すAの磁性材層とBの磁性材層の場合には、誘導加熱を開始した当初は、ワークWの電流が集中する部分が優先的に加熱され、優先的に加熱された部分がキュリー温度を超えると、その部分の透磁率が急激に低下して電流が流れ難くなる。これにより、電流が他の部分に集中し始めることで他の部分も順次加熱されるため、ワークW全体を均一な温度に加熱できる。
これに対して、図3に示すCの磁性材層の場合には、温度に応じた透磁率の変化が緩やかであるため、ワークWの電流が集中する部分と他の部分とを順次、効率良く加熱することができない。即ち、誘導加熱によりワークW全体を均一な温度に加熱できない。
【0028】
そこで、本実施形態に係るコールドスプレーシステム1では、図3に示すAやBのような磁気特性を有する磁性材層を、ワークWの表面に形成するものである。より好ましくは、ワークWをより高温に加熱できるAの磁性材層を形成するものである。
【0029】
なお、磁性材供給部13は、粉末状の磁性材を予め焼入れしたものを、上述のガス供給部11から供給された不活性ガス中に供給するのが好ましい。即ち、予め粉末状の磁性材を高温に加熱した後、急冷して硬度を高めたものを、不活性ガス中に供給する。
【0030】
図1に戻って、ヒータ15は、上述のガス供給部11から供給された不活性ガスを、磁性材の融点未満に加熱する。より好ましくは、不活性ガスを、磁性材の融点未満で且つワークWの融点未満に加熱する。加熱された不活性ガスは、後述のチャンバ17内に導入される。
【0031】
図4は、コールドスプレーによりワークの表面に形成した磁性材層について、その磁気特性と加熱の有無との関係を示す図である。図4に示す振幅透磁率(μa)は、印加された磁界の変化に対する透磁率の変化率を意味する。図4に示すように、磁性材を加熱することなく形成した磁性材層の場合には、温度に応じて振幅透磁率が緩やかに変化する磁気特性が認められる。これに対して、磁性材を加熱(ただし、磁性材の融点未満の条件下での加熱)して形成した磁性材層の場合には、磁性材の磁気特性に近い磁気特性が認められる。従って、この図4から、磁性材を、その融点未満の条件下で加熱するのが有効であることが判る。
【0032】
図1に戻って、チャンバ17は、上述のヒータ15で加熱された高温の不活性ガスと、上述の磁性材供給部13で磁性材が供給された不活性ガスとを、均一に混合する。これにより、磁性材が加熱される。チャンバ17内で均一に混合された磁性材及び不活性ガスは、後述のノズル19に導入される。
【0033】
ノズル19は、その先端から、チャンバ17内で均一に混合された磁性材及び不活性ガスを噴出する。ノズル19は、その内部に絞り部を有するラバルノズルである。ノズル19に導入された磁性材及び不活性ガスは、先ず、絞り部に向かうに従って圧縮された後、絞り部からノズル19の先端に向かうに従って膨張されて臨界速度以上に加速される。これにより、ノズル19の先端からワークWの表面に向かって、磁性材が不活性ガスとともに臨界速度以上で噴き付けられる。臨界速度以上で噴き付けられてワークWの表面に衝突した磁性材は、塑性変形して皮膜化する。
【0034】
なお、上述のノズル19と、磁性材とのそれぞれに、同極の電荷、例えばマイナスの電荷を付与することが好ましい。また、この場合には、ワークWに対して、磁性材及びノズル19に付与した電荷と異極の電荷、例えばプラスの電荷を付与することが好ましい。
【0035】
本実施形態に係るコールドスプレーシステム1は、以下のように動作する。
先ず、ガス供給部11より、高圧の不活性ガスを、磁性材供給部13及びヒータ15に供給する。磁性材供給部13では、ガス供給部11から供給された不活性ガス中に、粉末状の磁性材を供給する。ヒータ15では、ガス供給部11から供給された不活性ガスを、磁性材の融点未満に加熱する。
【0036】
次いで、磁性材供給部13で磁性材が供給された不活性ガスと、ヒータ15で加熱された不活性ガスは、チャンバ17内に導入されて、均一に混合される。これにより、磁性材と不活性ガスとが均一に混合されるとともに、磁性材がその融点未満に加熱される。
【0037】
次いで、チャンバ17内で均一に混合された不活性ガスと磁性材は、ノズル19内に導入され、ノズル19内の絞り部に向かうに従って圧縮される。その後、絞り部からノズル19の先端に向かうに従って膨張されて、臨界速度以上に加速される。
【0038】
次いで、ノズル19の先端からワークWの表面に向かって、磁性材が不活性ガスとともに臨界速度以上で噴き付けられる。臨界速度以上で噴き付けられ、ワークWの表面に衝突した磁性材は、塑性変形して皮膜化する。これにより、ワークWの表面に、緻密な磁性材層が形成される。
【0039】
本実施形態に係るコールドスプレーシステム1によれば、以下のような効果が奏される。
(1)本実施形態では、粉末状の磁性材をその融点未満に加熱し、ワークWに噴き付けることで、ワークWの表面に磁性材層を形成する。本実施形態によれば、加熱温度を磁性材の融点未満とすることで、磁性材が溶融することがないため、磁性材層内におけるポーラスの発生、母材(ワークW)との合金化による磁性材の組成変化、及び磁性材層内における過度の内部応力の残存を抑制できる。従って、磁性材の磁気特性を維持でき、誘導加熱によりワークW全体を均一に加熱できる。また、機械的強度の高い磁性材層を形成できるとともに、ワークWの表面を平滑化でき、成形性を向上できる。
【0040】
(2)本実施形態では、加熱をする前に、粉末状の磁性材に焼入れを行う。粉末状の磁性材は靭性のある材料であるため、これをそのまま用いた場合にはノズル19の内壁に付着し、場合によってはノズル19に詰まりが生じるおそれがある。そこで、本実施形態によれば、粉末状の磁性材を予め焼入れして硬度を高めておくことで、ノズル19の内壁への付着を抑制できる。
【0041】
(3)本実施形態では、粉末状の磁性材とノズル19のそれぞれに、同極の電荷を付与する。これにより、電気的な反発力によって、磁性材がノズル19の内壁に付着するのを抑制できる。また、磁性材及びノズル19に付与した電荷とは異極の電荷をワークWに付与した場合には、電気的な引力によって磁性材が効率良くワークWの表面に付着するため、磁性材の歩留まりを向上できる。
【0042】
(4)本実施形態では、粉末状の磁性材の加熱温度を、ワークWの融点未満とする。これにより、ワークW(母材)が溶融するのを確実に防止できるため、磁性材と母材との合金化を回避でき、磁性材の組成が変化するのを回避できる。従って、本実施形態によれば、磁性材の磁気特性をより確実に維持でき、誘導加熱によりワークW全体をより均一に加熱できる。
【0043】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良は本発明に含まれる。
【符号の説明】
【0044】
1…コールドスプレーシステム
11…ガス供給部
13…磁性材供給部
15…ヒータ
17…チャンバ
19…ノズル
W…ワーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性材をワークに適用する方法において、
粉末状の磁性材をその融点未満に加熱し、ワークに噴き付けることを特徴とする磁性材をワークに適用する方法。
【請求項2】
請求項1に記載の磁性材をワークに適用する方法において、
前記加熱をする前に、前記粉末状の磁性材に焼入れを行うことを特徴とする磁性材をワークに適用する方法。
【請求項3】
請求項1に記載の磁性材をワークに適用する方法において、
前記粉末状の磁性材とノズルのそれぞれに、同極の電荷を付与することを特徴とする磁性材をワークに適用する方法。
【請求項4】
請求項1に記載の磁性材をワークに適用する方法において、
前記粉末状の磁性材の加熱温度を、前記ワークの融点未満とすることを特徴とする磁性材をワークに適用する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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