説明

磁気シールド装置

【課題】パッシブ方式とアクティブ方式の磁気シールドを併用させることにより広帯域の磁気ノイズに対して磁気遮蔽効果を発揮する、低コストかつ制御が容易な磁気シールド装置を提供する。
【解決手段】磁気シールド壁12に覆われた磁気遮蔽空間Vの内部に磁気センサー14が設けられ、磁気シールド壁12の外側にコイル16が設けられている。そして、磁気遮蔽空間V内の磁気ノイズの磁界強度を磁気センサー14によって計測し、この磁気センサー14から出力された参照信号に基づいて、制御手段18により低周波逆位相信号Pと位相調整信号Qとを合成した信号を電流に変換してコイル16に流す。これにより、コイル16から磁界を発生させて磁気ノイズを抑制し、磁気遮蔽効果を発揮させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パッシブ方式とアクティブ方式の磁気シールドを併用した磁気シールド装置に関する。
【背景技術】
【0002】
環境磁気ノイズ(以降、磁気ノイズと記載する)に影響を受け易い電子線描画装置や電子顕微鏡等は、一般に、この磁気ノイズを減衰するパッシブ方式の磁気シールドルーム内に設置して使用される。通常、パッシブ方式の磁気シールドルームは、パーマロイに代表される高透磁性体の壁で覆われている。
【0003】
磁気ノイズの主な成分としては、電車、自動車、エレベータ等から発生する低周波磁界(30Hz以下)、商用周波数磁界、商用周波数の2倍周波磁界、及び商用周波数の3倍周波磁界が挙げられる。
【0004】
なお、商用周波数の値は、糸魚川〜富士川を結んだ境界線から東側が50Hz、西側が60Hzとなっている。よって、東側の2倍周波数は100Hz、3倍周波数は150Hzとなり、西側の2倍周波数は120Hz、3倍周波数は180Hzとなる。
【0005】
近年の磁気シールドルームには、より高い磁気遮蔽性が求められている。また、パッシブ方式の磁気シールドルームにおいて渦電流による磁気遮蔽性が期待できる50Hz以上の磁気ノイズの磁束密度は一般に大きい。
【0006】
よって、パッシブ方式の磁気シールドルームの場合、磁気遮蔽性を向上させるためには、壁を構成する高透磁性体の層数や厚みを増やす必要がある。しかし、高透磁性体の層数や厚みを増やすとコスト高になり、施工手間もかかってしまう。
【0007】
そこで、図7(A)〜(D)に示すような、パッシブ方式の磁気シールドルーム200にアクティブ磁気シールド装置204、206、208、210を併用して、パッシブ方式の磁気シールドルーム200の磁気遮蔽性を向上させる方法が提案されている。
【0008】
アクティブ磁気シールド装置204、206、208、210では、パッシブ方式の磁気シールドルーム200に磁気補償コイル202が配置されている。
【0009】
図8(A)に示すように、図7(A)〜(D)のアクティブ磁気シールド装置204、206、208、210に設けられた磁気ノイズ計測用参照センサー(以降、磁気センサー212と記載する)で計測された磁気ノイズ(信号R)に基づいて、この磁気ノイズを相殺する逆位相の磁界(信号R)を発生させるように、制御装置214によって電流を磁気補償コイル202に流す。これにより、パッシブ方式の磁気シールドルーム200の磁気遮蔽性を向上させることができる。
【0010】
なお、図7(A)、(B)、(D)では、磁気補償コイル202が磁気シールドルーム200の外壁を囲むように磁気シールドルーム200の外部に配置されており、図7(C)では、磁気補償コイル202が磁気シールドルーム200の内壁に沿って磁気シールドルーム200の内部に配置されている。
【0011】
また、図7(A)では、磁気センサー212が磁気シールドルーム200から離れた外部に配置され、図7(B)では、磁気センサー212が磁気シールドルーム200の天井壁近傍の外側に配置され、図7(C)、(D)では、磁気センサー212が磁気シールドルーム200の内部に配置されている。
【0012】
ここで、アクティブ磁気シールド装置204、206、208、210は、低周波磁界に対しては、周波数が低いために磁気ノイズを相殺する逆位相の磁界(信号R)の位相遅れの影響は少なく、図8(A)に示した磁気遮蔽効果を十分に発揮することができる。
【0013】
しかし、アクティブ磁気シールド装置204、206、210は、商用周波数以上の高い周波数の磁気ノイズ成分に対しては、磁気シールドルーム200の壁面に生じる渦電流効果によって、図8(B)に示すように、磁気ノイズを相殺する磁界(信号R)の位相遅れが大きくなって十分な磁気遮蔽効果が得られず、逆に磁気ノイズが増幅されてしまう場合もある。
【0014】
特に、生体磁気計測用の磁気シールドルームでは、パッシブ方式の磁気シールドルームとしての磁気遮蔽性を高めるために、パーマロイ等の高透磁性層にアルミニウムや銅等の導電層を組み合わせた壁を用いることが多いので、渦電流効果が大きくなり、磁気ノイズを相殺する磁界の位相は大きく遅れてしまう。
【0015】
図9は、厚さ1mmのパーマロイの壁で囲まれた1.8m角の磁気シールドルームにおいて、この磁気シールドルームの外側に設けられた磁気補償コイルから磁界を発生させた場合の周波数に対する位相遅れを示したものである。図9には、有限要素法を用いた三次元磁界解析によって求めた計算値Sと、実験による計測値Sが示されている。
【0016】
計算値S及び計測値Sより、磁気補償コイルから発生させる磁気ノイズを相殺する磁界の周波数が大きくなると共に位相遅れも大きくなり、特に、10Hzを超えた周波数から急激に増加していることがわかる。
【0017】
図7(C)に示すように、アクティブ磁気シールド装置208では、磁気補償コイル202が磁気シールドルーム200の内部にあるので、磁気補償コイル202から発生させる磁界に大きな位相遅れは生じないが、磁気補償コイル202自体が新たな磁気ノイズ源となってしまう。
【0018】
また、磁気補償コイル202に電力を供給する電力線を磁気シールドルーム200の外部から内部に引き込むことになるので、生体磁気計測等に大きな影響を及ぼす高周波の電磁ノイズを磁気シールドルーム200内に誘導してしまうことが問題となる。
【0019】
さらに、アクティブ磁気シールド装置208では、磁気補償コイル202を磁気シールドルーム200の外部に配置した場合に比べて、磁気補償コイル202から発生させる磁界を磁気シールドルーム200内の広い領域に均一に分布させることができない。よって、磁気シールドルーム200内において、磁気遮蔽を必要とする装置の設置場所が限定されてしまう。
【0020】
このようにアクティブ磁気シールド装置208は、広い領域に磁気遮蔽性を必要とする生体磁気計測装置や電子線描画装置を使用する磁気シールドルームとしては適さない。
【0021】
図10に示すように、特許文献1のアクティブ磁気シールド装置226では、磁気シールドルーム228近傍の外部にヘルムホルツコイル230A、230Bが配置されている。また、この磁気シールドルーム228の遠方にはフラックスゲート磁束計232が配置されている。
【0022】
そして、環境磁界の変動成分をフラックスゲート磁束計232で計測し、この計測した磁界の感度方向とヘルムホルツコイル230A、230Bから発生させる磁界発生方向を一致させて環境磁界を相殺する。これによって、磁気シールドルーム228の磁気遮蔽性を向上させることができる。
【0023】
しかし、商用周波数磁界などの比較的高い周波数の磁気ノイズを発生させる電線や機器等の磁気ノイズ源が、磁気シールドルーム228周辺の外部に点在する場合、これらの磁気ノイズ源から発生する磁気ノイズは、磁気シールドルーム228の遠方を走行する電車や自動車から発生するような低い周波数の磁気ノイズに比べて空間的に一様ではない。
【0024】
よって、このような高い周波数の磁気ノイズ源が点在する環境下で特許文献1のアクティブ磁気シールド装置226を用いた場合、外部に配置された磁気センサーとしてのフラックスゲート磁束計232では、このフラックスゲート磁束計232から離れた地点の磁気ノイズ源に起因する磁気ノイズを正確に計測することはできない。
【0025】
また、磁気シールドルーム228の壁近傍の外側にフラックスゲート磁束計232を配置した場合には、磁気シールドルーム228を介して反対側の空間(例えば、ヘルムホルツコイル230A側にフラックスゲート磁束計232を配置した場合には、ヘルムホルツコイル230B側の空間)に存在する磁気ノイズを計測することはできない。
【0026】
図11に示すように、特許文献2のアクティブ磁気シールド装置234では、高透磁性体からなる電磁シールド壁236に覆われた磁気シールドルーム238の内部に磁気センサー240を配置している。また、磁気シールドルーム238の内部の磁気変動を抑えるように、磁気シールドルーム238の各面に電磁コイル242が配設されている。各電磁コイル242には、独立して所望の電流を流すことができる。
【0027】
そして、磁気センサー240による計測で得られた磁気変動の量をもとに、コントローラにより、この磁気変動を相殺するように各電磁コイル242に独立して所望の電流を流す。これによって、磁気シールドルーム238の内部の磁気変動を抑えることができる。
【0028】
しかし、図7(A)、(B)、(D)のアクティブ磁気シールド装置204、206、210と同様に、商用周波数以上の周波数の磁気ノイズ成分に対しては、図11の磁気シールドルーム238の壁面に生じる渦電流効果によって、磁気ノイズを相殺するために電磁コイル242から発生させる磁界の位相遅れが大きくなり、十分な磁気遮蔽性が得られない。
【0029】
ここで、壁面に生じる渦電流効果による位相遅れを考慮した電流を電磁コイル242に流すことが考えられる。しかし、この位相遅れは周波数毎に大きく異なるので、広帯域の磁気ノイズに対して磁気遮蔽効果を発揮させる場合には、周波数毎に電磁コイルを複数配設し、周波数毎の位相遅れを考慮した電流をそれぞれの電磁コイルに流さなければならない。よって、コストが高くなり、電磁コイルに電流を流す制御も複雑になってしまう。
【特許文献1】特開2002−257914号公報
【特許文献2】特開2003−243874号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0030】
本発明は係る事実を考慮し、パッシブ方式とアクティブ方式の磁気シールドを併用させることにより広帯域の磁気ノイズに対して磁気遮蔽効果を発揮する、低コストかつ制御が容易な磁気シールド装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0031】
請求項1に記載の発明は、磁気を遮蔽する磁気シールド壁に覆われた磁気遮蔽空間と、前記磁気シールド壁の外側に設けられたコイルと、前記磁気遮蔽空間の内部に設けられ、前記磁気遮蔽空間内の磁気ノイズの磁界強度を計測して参照信号として出力する磁気センサーと、前記コイルに電流を流して該コイルから発生させる磁界を制御する制御手段と、を備え、前記制御手段は、前記参照信号から第1所定値以下の周波数の低周波信号を抽出する低域通過フィルタ手段と、前記低周波信号を前記低周波信号の位相を反転させた低周波逆位相信号に変換する低周波位相反転手段と、前記参照信号から前記第1所定値よりも大きい第2所定値と等しい周波数の高周波信号を抽出する帯域通過フィルタ手段と、前記高周波信号を前記高周波信号の位相を反転させた高周波逆位相信号に変換する高周波位相反転手段と、前記磁気シールド壁を通過して前記磁気遮蔽空間の外部から内部へ磁気が侵入するときに生じる該磁気の位相遅れ時間の予測値と前記コイルから発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れ時間の予測値とを合計した位相遅れ予測時間以上でありかつ前記高周波逆位相信号の周期を整数倍した時間である値から、前記位相遅れ予測時間を引いた位相調整時間だけ、前記高周波逆位相信号の位相を遅らせて前記高周波逆位相信号を位相調整信号に変換する位相調整手段と、前記低周波逆位相信号と前記位相調整信号とを合成した信号を電流に変換して前記コイルに流す電流供給手段と、を有することを特徴としている。
【0032】
請求項1に記載の発明では、磁気を遮蔽する磁気シールド壁に覆われた磁気遮蔽空間の内部に磁気センサーが設けられている。この磁気センサーは、磁気遮蔽空間内の磁気ノイズの磁界強度を計測し、参照信号として出力する。
【0033】
また、磁気シールド壁の外側にはコイルが設けられている。
【0034】
そして、このコイルに電流を流してこのコイルから発生させる磁界を制御手段が制御する。
【0035】
制御手段は、低域通過フィルタ手段、低周波位相反転手段、帯域通過フィルタ手段、高周波位相反転手段、位相調整手段、及び電流供給手段を有する。
【0036】
低域通過フィルタ手段では、磁気センサーより出力された参照信号から、第1所定値以下の周波数の低周波信号を抽出する。
【0037】
低周波位相反転手段では、低周波信号の位相を反転させた信号である低周波逆位相信号に低周波信号を変換する。
【0038】
帯域通過フィルタ手段では、磁気センサーより出力された参照信号から、第1所定値よりも大きい第2所定値と等しい周波数の高周波信号を抽出する。
【0039】
高周波位相反転手段では、高周波信号の位相を反転させた信号である高周波逆位相信号に高周波信号を変換する。
【0040】
位相調整手段では、磁気シールド壁を通過して磁気遮蔽空間の外部から内部へ磁気が侵入するときに生じるこの磁気の位相遅れ時間の予測値とコイルから発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れ時間の予測値とを合計した値を位相遅れ予測時間とする。
【0041】
そして、この位相遅れ予測時間以上でありかつ高周波逆位相信号の周期を整数倍した時間である値から、位相遅れ予測時間を引いた時間を位相調整時間とし、この位相調整時間だけ高周波逆位相信号の位相を遅らせることによって、高周波逆位相信号を位相調整信号に変換する。これにより、位相調整信号は、あたかも高周波逆位相信号の位相を位相遅れ予測時間だけ進めたような波形の信号となる。
【0042】
電流供給手段では、低周波逆位相信号と位相調整信号とを合成した信号を電流に変換して、この電流をコイルに流す。
【0043】
よって、磁気シールド壁により、磁気遮蔽空間の外部に発生して磁気遮蔽空間の内部へ侵入する磁気ノイズに対して磁気遮蔽効果を発揮することができる。
【0044】
また、コイルから磁界を発生させることにより、磁気遮蔽空間の外部に発生した磁気ノイズを抑制する。また、磁気遮蔽空間の外部から磁気遮蔽空間の内部に侵入する磁気ノイズは、コイルから発生させて磁気遮蔽空間の内部に侵入する磁界によって抑制される。これらにより、磁気遮蔽効果を向上させることができる。
【0045】
また、磁気遮蔽空間の内部に磁気ノイズが発生した場合には、磁気シールド壁の外側に設けられたコイルから発生させる磁界が磁気遮蔽空間の内部に侵入し、この磁界が磁気遮蔽空間の内部に発生した磁気ノイズを抑制するので、磁気遮蔽空間内の磁気ノイズを低減することができる。
【0046】
磁気遮蔽空間の外部又は内部の磁気ノイズを抑制するためにコイルから発生させる磁界は、磁気シールド壁を通過して磁気遮蔽空間の外部から内部へ磁気が侵入するときに生じるこの磁気の位相遅れ、及びコイルから発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れを補う位相補正が施された磁界なので、磁気シールド壁を通過して磁気遮蔽空間の外部から内部へ磁気が侵入するときに生じるこの磁気の位相遅れや、コイルから発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れが生じても、十分な磁気遮蔽性が得られる。
【0047】
また、磁気シールド壁を通過して磁気遮蔽空間の外部から内部へ磁気が侵入するときに生じるこの磁気の位相遅れや、コイルから発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れが大きい周波数の磁気ノイズ(第2所定値の周波数と等しい高周波信号)と、磁気シールド壁を通過して磁気遮蔽空間の外部から内部へ磁気が侵入するときに生じるこの磁気の位相遅れや、コイルから発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れが小さい周波数帯の磁気ノイズ(第1所定値以下の周波数帯の低周波信号)とに対し、それぞれの周波数及び周波数帯の磁気ノイズ特性に合わせた別々の処理(高周波信号に対しては逆位相にしてから位相調整を行い、低周波信号に対しては逆位相にしてから位相調整を行わない)を制御手段によって施して、それぞれの磁気ノイズを抑制する信号を作り出す。よって、それぞれの周波数及び周波数帯の磁気ノイズを効果的に減らすことができ、広帯域の磁気ノイズに対して磁気遮蔽効果を発揮することができる。
【0048】
また、低周波逆位相信号と位相調整信号とを合成した信号を電流に変換してコイルに流すので、それぞれの周波数及び周波数帯毎にコイルを別々に設置する必要がなく、低減対象とする一方向の磁気ノイズに対して1つ(直列に接続された一対2個)のコイルを共通して使用することができる(例えば、X、Y、Zの何れか一方向の磁気ノイズを低減対象とする場合には1つ(直列に接続された一対2個)のコイルを備えればよく、X、Y、Zの全ての方向の磁気ノイズを低減対象とする場合には3つ(直列に接続された一対2個×3組)のコイルを備えればよい)。これにより、低コスト化が図れて施工手間も低減され、コイルに電流を流す制御が容易となる。
【0049】
また、第1所定値よりも大きい第2所定値と等しい周波数の高周波信号は、比較的高い周波数なので、時間と共に急激に変化をしない比較的安定した周期と振幅特性を有する。
【0050】
磁気センサーは磁気遮蔽空間の内部に設けられているので、制御手段によるリアルタイムのフィードバック制御は行えないが、高周波信号は時間と共に急激に変化をしない比較的安定した周期と振幅特性を有するので、コイルから磁界を発生させる時点よりも前に磁気センサーにより計測された参照信号に基づいて制御手段によるフィードバック制御を行っても、コイルから磁界を発生させる時点において磁気遮蔽空間の外部又は内部に発生した磁気ノイズを抑制することができる。
【0051】
これにより、商用周波数磁界等の比較的高い周波数の磁気ノイズを発生する、商用電源の電線類、及び機器(トランス、分電盤)等の磁気ノイズ源が、磁気遮蔽空間周辺の外部に点在する場合においても、磁気ノイズを抑えるのに適した磁界をコイルから発生させることができる。
【0052】
また、磁気センサーを磁気遮蔽空間の内部に設けることが可能なので、磁気遮蔽空間の内部において、磁気ノイズを最も低減したい位置に磁気センサーを設置することができる。
【0053】
また、コイルを磁気シールド壁の外側に設けているので、コイルから発生させる磁界が、磁気シールド壁の壁面を伝って磁気遮蔽空間内の広い領域に均一に分布される。これにより、磁気遮蔽空間の内部において、磁気遮蔽を必要とする装置の設置場所の自由度が大きくなる。よって、広い領域に磁気遮蔽性を必要とする生体磁気計測装置や電子線描画装置を使用する磁気シールドルームに用いることができる。
【0054】
請求項2に記載の発明は、前記第1所定値の周波数は、30Hzであることを特徴としている。
【0055】
請求項2に記載の発明では、第1所定値の周波数を30Hzとすることにより、30Hz以下の磁気ノイズを効果的に低減することができる。
【0056】
請求項3に記載の発明は、前記第2所定値を複数有することを特徴としている。
【0057】
請求項3に記載の発明では、第2所定値を複数有することにより、多くの高周波信号を抽出し、この高周波信号を抑制する磁界をコイルから発生させることができるので、より広帯域の磁気ノイズに対して磁気遮蔽効果を発揮することができる。
【0058】
請求項4に記載の発明は、商用周波数、前記商用周波数の2倍周波数、及び前記商用周波数の3倍周波数の少なくとも1つが、前記第2所定値の周波数であることを特徴としている。
【0059】
請求項4に記載の発明では、第2所定値の周波数を商用周波数、商用周波数の2倍周波数、及び商用周波数の3倍周波数の少なくとも1つとすることにより、磁気ノイズの主な成分である、商用周波数磁界、商用周波数の2倍周波磁界、及び商用周波数の3倍周波磁界の少なくとも1つを低減することができる。
【0060】
請求項5に記載の発明は、前記磁気シールド壁を通過して前記磁気遮蔽空間の外部から内部へ磁気が侵入するときに生じる該磁気の位相遅れ時間の予測値、及び前記コイルから発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れ時間の予測値に、前記コイルから所定の周波数の磁界を発生させた事前の実験により計測された値、又は磁界解析により計算された値を用いることを特徴としている。
【0061】
請求項5に記載の発明では、磁気シールド壁を通過して磁気遮蔽空間の外部から内部へ磁気が侵入するときに生じるこの磁気の位相遅れ時間の予測値、及び前記コイルから発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れ時間の予測値に、前記コイルから所定の周波数の磁界を発生させた事前の実験により計測された値、又は磁界解析により計算された値を用いることによって、これらの予測値を実際の位相遅れ時間に近い値にすることができる。よって、磁気ノイズを抑えるのに、より適した磁界をコイルから発生させることができる。
【発明の効果】
【0062】
本発明は上記構成としたので、パッシブ方式とアクティブ方式の磁気シールドを併用させることにより広帯域の磁気ノイズに対して磁気遮蔽効果を発揮する、低コストかつ制御が容易な磁気シールド装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0063】
図面を参照しながら、本発明の実施形態に係る磁気シールド装置を説明する。
【0064】
まず、本発明の第1の実施形態に係る磁気シールド装置について説明する。
【0065】
図1に示すように、磁気シールド装置10では、磁気を遮蔽する磁気シールド壁12で全面が覆われた略立方体状の磁気遮蔽空間Vの内部に磁気センサー14が設けられている。
【0066】
この磁気センサー14は、磁気遮蔽空間V内の磁気ノイズの磁界強度を計測し、参照信号として出力する。
【0067】
また、磁気遮蔽空間Vの側面に設けられた磁気シールド壁12を囲むように、磁気シールド壁12の外側にはコイル16が上下に各1つ設けられている。
【0068】
コイル16は、制御手段としての制御装置18に接続されている。そして、制御装置18からコイル16に電流を流してこのコイル16から発生させる磁界を制御装置18が制御する。
【0069】
図2のブロック図に示すように、制御装置18の信号処理回路20は、高周波信号処理回路28と低周波信号処理回路38とを並列につなげた回路である。
【0070】
高周波信号処理回路28では、帯域通過フィルタ手段としての通過周波数50Hzの帯域通過フィルタ22A、増幅度調整回路24A、帯域通過フィルタ手段としての通過周波数50Hzの帯域通過フィルタ22B、高周波位相反転手段としての増幅度調整回路24B、及び位相調整手段としての位相調整回路26が、この順に直列につなげられている。
【0071】
低周波信号処理回路38では、遮断周波数0.05Hzの高域通過フィルタ30、低域通過フィルタ手段としての遮断周波数30Hzの低域通過フィルタ32、積分器34、及び低周波位相反転手段としての増幅度調整回路36が、この順に直列につなげられている。
【0072】
また、磁気センサー14から出力された参照信号はバッファー40を経由して高周波信号処理回路28及び低周波信号処理回路38に送られ、高周波信号処理回路28及び低周波信号処理回路38によって処理された信号は電流供給手段としての加算器42で合成される。
【0073】
次に、本発明の第1の実施形態に係る磁気シールド装置の作用及び効果について説明する。
【0074】
磁気シールド壁12に覆われた磁気遮蔽空間Vの外部に磁気ノイズが発生し、磁気遮蔽空間Vの外部から磁気遮蔽空間Vの内部に磁気ノイズが侵入した場合に、まず、図1で示した磁気センサー14が、磁気遮蔽空間V内の磁気ノイズの磁界強度を計測して参照信号として出力する。
【0075】
次に、磁気センサー14から出力された参照信号は、図2のブロック図に示すように、バッファー40を経由して低周波信号処理回路38に送られる。バッファー40は、磁気センサー14からの参照信号を高入力インピーダンス及び抵抗で受け、さらに、低周波信号処理回路38及び高周波信号処理回路28に参照信号を損失なく送るために設けられている。
【0076】
低周波信号処理回路38では、まず、遮断周波数0.05Hzの高域通過フィルタ30によって、低周波信号処理回路38に送られた参照信号に含まれる直流成分を除去する。
【0077】
次に、遮断周波数30Hzの低域通過フィルタ32によって、直流成分が除去された参照信号から第1所定値としての30Hz以下の周波数の低周波信号P(図3(A)参照のこと)を抽出する。
【0078】
次に、積分器34により積分された低周波信号Pに対して、増幅度調整回路36により増幅度の調整を行うと共に位相を反転する処理を施す。これにより、低周波信号Pを低周波逆位相信号Pに変換する(図3(B)参照のこと)。
【0079】
このようにして、低周波信号Pを打ち消す低周波逆位相信号Pを作り出すことができる。
【0080】
また、磁気センサー14から出力された参照信号がバッファー40を経由して低周波信号処理回路38に送られるのと同時に、これと同じ参照信号が高周波信号処理回路28に送られる。
【0081】
ここで、磁気シールド壁12に覆われた磁気遮蔽空間Vの外部に発生した磁気ノイズのうち、第2所定値としての50Hz成分は外部信号Qのような波形になっている(図4(A)参照のこと)。
【0082】
そして、磁気シールド壁12を通過して磁気遮蔽空間Vの外部から内部へ磁気ノイズが侵入するときに、この外部信号Qの位相は磁気シールド壁12に発生する渦電流によって位相遅れ時間Dだけ遅れる。これにより、外部信号Qは、内部信号Qに変化する(図4(B)参照のこと)。
【0083】
例えば、磁気センサー14によって、時間Tから計測を開始したとすると、磁気センサー14により時間Tに計測された磁気ノイズは、磁気センサー14からの参照信号の出力遅れによって生じる位相遅れ時間だけ遅れた参照信号に変化し、この参照信号が高周波信号処理回路28へ出力される。
【0084】
このとき、内部信号Qは、位相遅れ時間Dだけ遅れた50Hz参照信号Qに変化し、この50Hz参照信号Qが時間T(=T+D)に高周波信号処理回路28へ出力される(図4(C)参照のこと)。
【0085】
高周波信号処理回路28では、まず、通過周波数50Hzの帯域通過フィルタ22Aによって、参照信号から第1所定値としての30Hzの周波数よりも大きい第2所定値としての50Hzの周波数に等しい高周波信号Qを抽出する。
【0086】
次に、高周波信号Qに対して、増幅度調整回路24Aにより増幅度の調整を行う。
【0087】
そして、増幅度調整回路24Aにより増幅度の調整が行われた信号を、帯域通過フィルタ22B及び増幅度調整回路24Bを経由させて、帯域通過フィルタ22A及び増幅度調整回路24Aと同様の処理を施す。
【0088】
高周波信号Qは、帯域通過フィルタ22A、22Bによる高周波信号Qの抽出遅れによって生じる位相遅れ時間Dだけ50Hz参照信号Qの位相が遅れた信号となり、時間T(=T+D)に増幅度調整回路24Bへ出力される(図4(D)参照のこと)。
【0089】
このように、帯域通過フィルタ22A及び増幅度調整回路24Aと、帯域通過フィルタ22B及び増幅度調整回路24Bとで2度同じ処理を施すことによって、50Hz成分の抽出精度が向上する。
【0090】
次に、高周波位相反転手段としての増幅度調整回路24Bによって高周波信号Qの位相を反転する。これにより、高周波信号Qを高周波逆位相信号Qに変換する。そして、この高周波逆位相信号Qは、時間T(=T+D)に位相調整回路26に出力される(図4(E)参照のこと)。
【0091】
次に、図4(F)に示すように、位相調整回路26によって、高周波逆位相信号Qの位相を位相調整時間Dだけ遅らせて、高周波逆位相信号Qを位相調整信号Qに変換する。
【0092】
このときの位相調整時間Dは、位相遅れ予測時間以上でありかつ高周波逆位相信号Qの周期を整数倍した時間である値から、位相遅れ予測時間を引いた時間とする。
【0093】
また、位相遅れ予測時間は、磁気シールド壁12を通過して磁気遮蔽空間Vの外部から内部へ磁気ノイズが侵入するときに生じる位相遅れ時間Dの予測値と、実際にかかった位相遅れ時間D、Dと、コイルから発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れ時間Dの予測値とを合計した時間とする。
【0094】
これにより、位相調整信号Qは、あたかも高周波逆位相信号Qの位相を位相遅れ予測時間だけ進めたような波形の信号となる。
【0095】
なお、位相調整時間Dは、位相遅れ予測時間以上でありかつ高周波逆位相信号Qの周期を整数倍した時間である値の最小値から、位相遅れ予測時間を引いた時間とするのが好ましい。
【0096】
また、位相遅れ時間D、Dは、電気的な信号処理プロセスにおいて生じる遅れ時間であり、位相遅れ時間D、Dの予測値に比べて極めて小さな値となるので、これらの値は位相遅れ予測時間に含めなくてもよい。実際の実施において、位相遅れ時間D、Dの中で、無視できない程度の大きさの値となるものがあれば、その値を位相遅れ予測時間に含めればよい。
【0097】
次に、低周波信号処理回路38によって作り出された低周波逆位相信号Pと、高周波信号処理回路28によって作り出された位相調整信号Qとを加算器42で合成した信号を電流に変換して、この電流をコイル16に流す。
【0098】
位相調整信号Qの位相は、コイルから出力されるときに位相遅れ時間Dだけ遅れる。これによって、位相調整信号Qは、コイル出力信号Qに変化する(図4(G)参照のこと)。
【0099】
そして、このコイル出力信号Qが、磁気遮蔽空間Vの外部に発生した磁気ノイズの50Hz成分である外部信号Qを打ち消す逆位相の信号となり、時間T(=T+D)にコイル16から出力される。すなわち、磁気遮蔽空間Vの外部に発生した磁気ノイズの50Hz成分である外部信号Qがコイル出力信号Qによって抑制される。
【0100】
また、磁気遮蔽空間Vの外部から磁気遮蔽空間Vの内部に侵入して内部信号Qとなった磁気ノイズの50Hz成分は、コイル16から出力されて磁気遮蔽空間Vの内部に侵入するコイル出力信号Qによって抑制される。すなわち、コイル16から出力されるコイル出力信号Qが、磁気シールド壁12を通過して磁気遮蔽空間Vの外部から内部に侵入するときに、コイル出力信号Qの位相が位相遅れ時間Dだけ遅れた信号に変化し、これにより、この変化した信号が、磁気遮蔽空間Vの外部から磁気遮蔽空間Vの内部に侵入して内部信号Qとなった磁気ノイズの50Hz成分を打ち消す逆位相の信号となる。
【0101】
また、磁気遮蔽空間Vの内部に設置された実験機器や医療機器等が磁気ノイズ発生源となり、磁気遮蔽空間Vの内部に磁気ノイズが発生した場合には、この磁気ノイズのうち、第2所定値としての50Hz成分は、内部信号Qのような波形になり、図4(B)〜(G)の過程を経る。そして、図4(G)のコイル出力信号Qが磁気遮蔽空間Vの内部に侵入して、磁気遮蔽空間Vの内部に発生した磁気ノイズの50Hz成分(内部信号Q)を抑制する。
【0102】
コイル16から出力されるコイル出力信号Qは、磁気シールド壁12を通過して磁気遮蔽空間Vの外部から内部に侵入するときに、コイル出力信号Qの位相が位相遅れ時間Dだけ遅れた信号に変化する。これにより、この変化した信号が内部信号Qを打ち消す逆位相の信号となる。
【0103】
なお、磁気ノイズの50Hz成分である外部信号Qと、コイル16から出力されるコイル出力信号Qの周波数は、どちらも50Hzであり等しいので、外部信号Qが磁気シールド壁12を通過して磁気遮蔽空間Vの外部から内部へ侵入するときに生じる磁気ノイズの位相遅れ時間Dと、コイル出力信号Qが磁気シールド壁12を通過して磁気遮蔽空間Vの外部から内部に侵入するときに生じるコイル出力信号Qの位相遅れ時間Dとは、ほぼ等しくなる。
【0104】
よって、磁気シールド壁12により、磁気遮蔽空間Vの外部に発生して磁気遮蔽空間Vの内部へ侵入する磁気ノイズに対して磁気遮蔽効果を発揮することができる。
【0105】
また、磁気シールド壁12の外側に設けられたコイル16から発生させる磁界により、磁気遮蔽空間Vの外部又は内部の磁気ノイズを抑制し、磁気遮蔽空間V内の磁気ノイズを低減することができるので、磁気遮蔽効果を向上させることができる。
【0106】
磁気遮蔽空間Vの外部又は内部の磁気ノイズを抑制するためにコイル16から発生させる磁界は、磁気シールド壁12を通過して磁気遮蔽空間Vの外部から内部へ磁気が侵入するときに生じるこの磁気の位相遅れ、及びコイル16から発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れを補う位相補正が施された磁界なので、磁気シールド壁12を通過して磁気遮蔽空間Vの外部から内部へ磁気が侵入するときに生じるこの磁気の位相遅れや、コイル16から発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れが発生しても、十分な磁気遮蔽性を得ることができる。
【0107】
また、磁気シールド壁12を通過して磁気遮蔽空間Vの外部から内部へ磁気が侵入するときに生じるこの磁気の位相遅れや、コイル16から発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れが大きい周波数の磁気ノイズ(第2所定値としての50Hzの周波数と等しい高周波信号Q)と、磁気シールド壁12を通過して磁気遮蔽空間Vの外部から内部へ磁気が侵入するときに生じるこの磁気の位相遅れや、コイル16から発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れが小さい周波数帯の磁気ノイズ(第1所定値としての30Hz以下の周波数帯の低周波信号P)とに対し、それぞれの周波数及び周波数帯の磁気ノイズ特性に合わせた別々の処理(高周波信号Qに対しては逆位相にしてから位相調整を行い、低周波信号Pに対しては逆位相にしてから位相調整を行わない)を制御装置18によって施して、それぞれの磁気ノイズを抑制する信号を作り出す。よって、それぞれの周波数及び周波数帯の磁気ノイズを効果的に減らすことができ、広帯域の磁気ノイズに対して磁気遮蔽効果を発揮することができる。
【0108】
また、低周波逆位相信号Pと位相調整信号Qとを合成した信号を電流に変換してコイル16に流すので、それぞれの周波数及び周波数帯毎にコイル16を別々に設置する必要がなく、低減対象とする一方向の磁気ノイズに対して1つ(直列に接続された一対2個)のコイル16を共通して使用することができる(例えば、X、Y、Zの何れか一方向の磁気ノイズを低減対象とする場合には1つ(直列に接続された一対2個)のコイル16を備えればよく、X、Y、Zの全ての方向の磁気ノイズを低減対象とする場合には3つ(直列に接続された一対2個×3組)のコイル16を備えればよい)。これにより、低コスト化が図れて施工手間も低減され、コイル16に電流を流す制御が容易となる。
【0109】
また、第1所定値としての30Hzよりも大きい第2所定値としての50Hzに等しい周波数の高周波信号Qは比較的高い周波数なので、低周波信号Pと異なり、時間と共に急激に変化をしない比較的安定した周期と振幅特性を有する。一般に、電車の送・帰電流や、エレベータ、自動車、及び台車などの磁性体の移動等は、常時変動する低周波磁界(低周波信号P)の発生源となり、室内の電線、照明器具や、屋外にある送電線等は、経時変化の小さい高周波磁界(高周波信号Q)の発生源となる。
【0110】
磁気センサー14は磁気遮蔽空間Vの内部に設けられているので、制御装置18によるリアルタイムのフィードバック制御は行えないが、高周波磁界(高周波信号Q)は時間と共に急激に変化をしない比較的安定した周期と振幅特性を有するので、コイル16から磁界を発生させる時点よりも前に磁気センサー14により計測された参照信号(50Hz参照信号Q)に基づいて制御装置18によるフィードバック制御を行っても、コイル16から磁界を発生させる時点において磁気遮蔽空間Vの外部又は内部の磁気ノイズを抑制することができる。
【0111】
これにより、商用周波数磁界などの比較的高い周波数の磁気ノイズを発生する、商用電源の電線類、機器(トランス、分電盤)等の磁気ノイズ源が、磁気遮蔽空間V周辺の外部に点在する場合においても、これらの磁気ノイズを抑えるのに適した磁界をコイル16から発生させることができる。
【0112】
また、磁気センサー14を磁気遮蔽空間Vの内部に設けることが可能なので、磁気遮蔽空間Vの内部において、磁気ノイズを最も低減したい位置に磁気センサー14を設置することができる。
【0113】
また、コイル16を磁気シールド壁12の外側に設けているので、コイル16から発生させる磁界が、磁気シールド壁12の壁面を伝って磁気遮蔽空間Vの内部の広い領域に均一に分布される。これにより、磁気遮蔽空間Vの内部において、磁気遮蔽を必要とする装置の設置場所の自由度が大きくなる。よって、広い領域に磁気遮蔽性を必要とする生体磁気計測装置や電子線描画装置を使用する磁気シールドルームに用いることができる。
【0114】
また、第1所定値を30Hzとすることにより、30Hz以下の磁気ノイズを効果的に低減することができる。
【0115】
また、第2所定値の周波数を商用周波数である50Hzとすることにより、磁気ノイズの主な成分である、商用周波数磁界を低減することができる。
【0116】
次に、本発明の第2の実施形態に係る磁気シールド装置について説明する。
【0117】
第2の実施形態は、第1の実施形態の信号処理回路20に3つの高周波信号処理回路を設けたものである。したがって、以下の説明において、第1の実施形態と同じ構成のものは、同符号を付すると共に、適宜省略して説明する。
【0118】
図5のブロック図に示すように、制御装置18の信号処理回路44は、高周波信号処理回路28、46、48と、低周波信号処理回路38とを並列につなげた回路である。
【0119】
高周波信号処理回路28及び低周波信号処理回路38の構成は、図2と同じなので説明を省略する。
【0120】
高周波信号処理回路46は、帯域通過フィルタ手段としての通過周波数100Hzの帯域通過フィルタ50A、増幅度調整回路52A、帯域通過フィルタ手段としての通過周波数100Hzの帯域通過フィルタ50B、高周波位相反転手段としての増幅度調整回路52B、及び位相調整手段としての位相調整回路54をこの順に直列につなげて構成されている。
【0121】
高周波信号処理回路48は、帯域通過フィルタ手段としての通過周波数150Hzの帯域通過フィルタ56A、増幅度調整回路58A、帯域通過フィルタ手段としての通過周波数150Hzの帯域通過フィルタ56B、高周波位相反転手段としての増幅度調整回路58B、及び位相調整手段としての位相調整回路60をこの順に直列につなげて構成されている。
【0122】
また、磁気センサー14から出力された参照信号はバッファー40を経由して高周波信号処理回路28、46、48、及び低周波信号処理回路38に送られ、高周波信号処理回路28、46、48、及び低周波信号処理回路38によって処理された信号は、電流供給手段としての加算器42、及び加算器62、64で合成される。
【0123】
次に、本発明の第2の実施形態に係る磁気シールド装置の作用及び効果について説明する。
【0124】
高周波信号処理回路28では、通過周波数50Hzの帯域通過フィルタ22A、22Bによって、参照信号から第1所定値としての30Hzの周波数よりも大きい第2所定値としての50Hzの周波数に等しい高周波信号を抽出する。
【0125】
また、高周波信号処理回路46では、通過周波数100Hzの帯域通過フィルタ50A、50Bによって、参照信号から第1所定値としての30Hzの周波数よりも大きい第2所定値としての100Hzの周波数に等しい高周波信号を抽出する。
【0126】
また、高周波信号処理回路48では、通過周波数150Hzの帯域通過フィルタ56A、56Bによって、参照信号から第1所定値としての30Hzの周波数よりも大きい第2所定値としての150Hzの周波数に等しい高周波信号を抽出する。
【0127】
すなわち、信号処理回路44では、第2所定値を複数有することにより、多くの高周波信号を抽出することができる。
【0128】
次に、増幅度調整回路24B、52B、58Bによって、それぞれの高周波信号を反転する。これにより、それぞれの高周波信号を高周波逆位相信号に変換する。
【0129】
次に、位相調整回路26、54、60によって、それぞれの高周波逆位相信号の位相を位相調整時間だけ遅らせて、それぞれの高周波逆位相信号を位相調整信号に変換する。
【0130】
このときの位相調整時間及び位相遅れ予測時間は、第1の実施形態と同様の方法で、各高周波逆位相信号に対してそれぞれ求める。
【0131】
次に、低周波信号処理回路38によって作り出された低周波逆位相信号と、高周波信号処理回路28、46、48によってそれぞれ作り出された位相調整信号とを加算器62、64、42で合成し、この合成した信号を加算器42で電流に変換してコイル16に流す。
【0132】
よって、第2の実施形態では、第1の実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0133】
また、第2所定値を複数有することにより、多くの高周波信号を抽出し、この高周波信号を抑制する磁界をコイル16から発生させることができるので、より広帯域の磁気ノイズを効果的に減らすことができる。第2の実施形態では、周波数50Hz、100Hz、150Hz、及び30Hz以下の周波数帯からなる広帯域の磁気ノイズを効果的に減らすことができる。
【0134】
また、第2所定値の周波数を、商用周波数である50Hz、商用周波数の2倍周波数である100Hz、及び商用周波数の3倍周波数である150Hzとすることにより、磁気ノイズの主な成分である、商用周波数磁界、商用周波数の2倍周波磁界、及び商用周波数の3倍周波磁界を低減することができる。
【0135】
なお、第1及び第2の実施形態では、位相遅れ予測時間を、磁気シールド壁12を通過して磁気遮蔽空間Vの外部から内部へ磁気ノイズが侵入するときに生じる位相遅れ時間Dの予測値と、実際にかかった位相遅れ時間D、Dと、コイル16から発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れ時間Dの予測値とを合計した時間としたが、位相遅れ時間D、Dの予測値に、コイル16から所定の周波数の磁界を発生させる事前の実験により計測された値、又は磁界解析により計算された値を用いれば、これらの予測値を実際の位相遅れ時間に近い値にすることができる。よって、磁気ノイズを抑えるのに、より適した磁界をコイル16から発生させることができるので、位相遅れ時間D、Dの予測値に事前の実験により計測された値、又は磁界解析により計算された値を用いることは好ましい。
【0136】
実験の方法は、例えば、コイル16に電流を流してそのときの周波数ごとの位相遅れ時間D、Dを計測する。第1所定値を30Hzとし、第2所定値を50Hz、100Hz、150Hzとする場合には、所定の周波数を0.1Hz、0.5Hz、10Hz、20Hz、50Hz、100Hz、及び150Hzとし、これらの周波数の磁界をコイル16から発生させて、このときの位相遅れ特性を計測すればよい。磁界解析の場合も、同様のパラメータに対して計算を行えばよい。
【0137】
また、第1及び第2の実施形態では、第1所定値を30Hzとした例を示したが、これに限らず、低減対象とする磁気ノイズの周波数に応じて適宜決めればよい。例えば、モーターから発生する17Hzの磁気ノイズと、換気扇から発生する25Hzの磁気ノイズとを低減対象とする場合には、第1所定値を5Hz程度にすればよい。
【0138】
また、関東地域で第1又は第2の実施形態を適用したことを想定して、第1の実施形態では、第2所定値を関東地域での商用周波数である50Hzとし、第2の実施形態では、第2所定値を50Hz、100Hz(商用周波数の2倍周波数)、150Hz(商用周波数の3倍周波数)としたが、第2所定値は第1所定値の周波数よりも大きければよく、また、1つの値であっても複数の値であってもよい。商用周波数、商用周波数の2倍周波数、及び商用周波数の3倍周波数の少なくとも1つを第2所定値の周波数とするのが好ましい。
【0139】
例えば、関西地域で第1又は第2の実施形態を適用する場合には、商用周波数が60Hzになるので、60Hz、120Hz(商用周波数の2倍周波数)、及び180Hz(商用周波数の3倍周波数)の少なくとも1つを第2所定値とすることにより、磁気ノイズの主な成分である、商用周波数磁界、商用周波数の2倍周波磁界、及び商用周波数の3倍周波磁界の少なくとも1つを低減することができる。
【0140】
また、第1又は第2の実施形態では、磁気シールド壁12の外側にコイル16が上下に各1つ設けられている例を示したが、このように、低減対象とする一方向の磁気ノイズに対して少なくとも1つ(直列に接続された一対2個)のコイルが設けられていればよい。第1又は第2の実施形態のように、上下に一対のコイル16を設けるとコイル16から発生させる逆磁界が一様になるので好ましい。
【0141】
よって、X、Y、Zの全ての方向の磁気ノイズを低減対象とする場合には、各方向に対して一対のコイル16を設けて、一対2個×3組のコイル16で構成するのが好ましい。なお、この場合には、磁気センサー14及び制御装置18も3つ必要となる。但し、3方向の磁気ノイズの磁界強度を計測可能な磁気センサーであれば、磁気センサーは1つでよい。
【0142】
また、磁気シールド壁12は、磁気を遮蔽する材料で形成されていればよく、パーマロイ、珪素鋼板、アモルファス、電磁鋼板等を用いることができる。磁気シールド壁12の厚さや層数は、低減対象とする磁気ノイズの特性や磁気遮蔽空間Vの内部に設置する機器の性能等に応じて適宜決めればよい。
【0143】
また、磁気センサー14は、磁気ノイズの磁界強度を計測できるものであればよく、半導体磁気センサー、光ファイバー磁気センサー、SQUID(Superconducting Quantum Interference Device:超伝導量子干渉素子)磁束計、フラックスゲート磁束計等を用いることができる。
【0144】
また、第1及び第2の実施形態では、磁気遮蔽空間Vが略立方体状になるように磁気シールド壁12で全面を覆った例を示したが、第1及び第2の実施形態は、さまざまな形状や大きさの磁気遮蔽空間であってもよい。
【0145】
例えば、内部に人が入る磁気シールドルーム、又は動物実験を行うような小さな部屋の磁気遮蔽空間や、図6に示すような筐体72に覆われた磁気遮蔽空間等であってもよい。
【0146】
図6に示す磁気シールド装置66では、パーマロイ製のシールドボックス68及びパイプ70が一体となり筐体72を構成している。そして、この筐体72の内部を磁気遮蔽空間とし、この磁気遮蔽空間に電子描画装置74やステージ76が設置されている。
【0147】
また、この筐体72を略直方体状に囲むように6つのコイル78が各面に設けられている。
【0148】
そして、第1又は第2の実施形態と同様の方法で、磁気ノイズを抑制する磁界を発生させるようにコイル78に電流を流す。
【0149】
これによって、筐体72の外部から内部に侵入する磁気ノイズに対して磁気遮蔽効果を発揮し、電子描画装置74の電子ビームへの磁気ノイズの影響を低減することができる。
【0150】
一般に、大きな磁気遮蔽空間を有する磁気シールドルームを構築する場合には、床と側壁、側壁と天井、及び側壁同士の接合部に十分な電気的接合を施すことが困難なので、アルミニウム等の導電材を床、側壁、及び天井の材料にすることは好ましくない。よって、床、側壁、及び天井の材料に、厚さが1mm又は2mmのパーマロイ等の強磁性体を用いたり、この強磁性体を2層又は3層にして用いることが多い。
【0151】
電車や自動車等から発生する低周波磁気ノイズに対しては、このような強磁性体によるパッシブ方式の磁気遮蔽方法でも、磁気遮蔽効果を発揮することができる。しかし、パーマロイ等の強磁性体はアルミニウムに比べて導電率が低いので、渦電流による磁気遮蔽効果があまり期待できない。よって、磁気シールドルームの周辺に配置された商用電源の配線やトランス等から発生する商用周波数の高周波磁気ノイズに対しては、このようなパッシブ方式の磁気遮蔽方法だけでは十分な磁気遮蔽効果を発揮することができない。
【0152】
また、電子線描画装置や電子線マスク描画装置は、磁気ノイズのフィルタ処理が可能な計測装置とは異なり、製造工程中の磁気ノイズが歩留まりに直接影響する。商用周波数磁界、商用周波数の2倍周波磁界、及び商用周波数の3倍周波磁界は、磁気シールドルームを構築した後に増設されることが多い商用電源の電線類、機器(トランス、分電盤)等から発生するので、特に問題となる。
【0153】
これに対して、第1及び第2の実施形態では、磁気センサー14の計測結果に基づいて位相補正を施した打ち消し磁界をコイル16から発生させるので、商用周波数の磁気ノイズの低減に有効である。また、磁気シールド壁12の層数を減らすことが可能なので、複数層からなるパーマロイ等の強磁性体によるパッシブ方式の磁気シールドに比べて、施工手間も省け、低コスト化が図れ、さらには高い磁気遮蔽効果を発揮することができる。
【0154】
以上、本発明の第1及び第2の実施形態について説明したが、本発明はこうした実施形態に何等限定されるものでなく、第1及び第2の実施形態を組み合わせて用いてもよいし、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々なる態様で実施し得ることは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0155】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る磁気シールド装置を示す説明図である。
【図2】本発明の第1の実施形態に係る磁気シールド装置の信号処理回路を示す説明図である。
【図3】本発明の第1の実施形態に係る磁気シールド装置の信号処理方法を示す説明図である。
【図4】本発明の第1の実施形態に係る磁気シールド装置の信号処理方法を示す説明図である。
【図5】本発明の第2の実施形態に係る磁気シールド装置の信号処理回路を示す説明図である。
【図6】本発明の実施形態に係る磁気シールド装置の変形例を示す説明図である。
【図7】従来の磁気シールド装置を示す説明図である。
【図8】従来の磁気シールド装置の信号処理方法を示す説明図である。
【図9】パーマロイの壁で囲まれた磁気シールドルームにおける、磁気補償コイルから発生させた磁界の周波数に対する位相遅れを示した線図である。
【図10】従来のアクティブ磁気シールド装置を示す説明図である。
【図11】従来のアクティブ磁気シールド装置を示す説明図である。
【符号の説明】
【0156】
10、66 磁気シールド装置
12 磁気シールド壁
14 磁気センサー
16、78 コイル
18 制御装置(制御手段)
22A、22B、50A、50B、56A、56B 帯域通過フィルタ(帯域通過フィルタ手段)
24B、52B、58B 増幅度調整回路(高周波位相反転手段)
26、54、60 位相調整回路(位相調整手段)
32 低域通過フィルタ(低域通過フィルタ手段)
36 増幅度調整回路(低周波位相反転手段)
42 加算器(電流供給手段)
68 シールドボックス(磁気シールド壁)
70 パイプ(磁気シールド壁)
、D 位相遅れ時間
位相調整時間
低周波信号
低周波逆位相信号
高周波信号
高周波逆位相信号
位相調整信号
V 磁気遮蔽空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気を遮蔽する磁気シールド壁に覆われた磁気遮蔽空間と、
前記磁気シールド壁の外側に設けられたコイルと、
前記磁気遮蔽空間の内部に設けられ、前記磁気遮蔽空間内の磁気ノイズの磁界強度を計測して参照信号として出力する磁気センサーと、
前記コイルに電流を流して該コイルから発生させる磁界を制御する制御手段と、
を備え、
前記制御手段は、
前記参照信号から第1所定値以下の周波数の低周波信号を抽出する低域通過フィルタ手段と、
前記低周波信号を前記低周波信号の位相を反転させた低周波逆位相信号に変換する低周波位相反転手段と、
前記参照信号から前記第1所定値よりも大きい第2所定値と等しい周波数の高周波信号を抽出する帯域通過フィルタ手段と、
前記高周波信号を前記高周波信号の位相を反転させた高周波逆位相信号に変換する高周波位相反転手段と、
前記磁気シールド壁を通過して前記磁気遮蔽空間の外部から内部へ磁気が侵入するときに生じる該磁気の位相遅れ時間の予測値と前記コイルから発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れ時間の予測値とを合計した位相遅れ予測時間以上でありかつ前記高周波逆位相信号の周期を整数倍した時間である値から、前記位相遅れ予測時間を引いた位相調整時間だけ、前記高周波逆位相信号の位相を遅らせて前記高周波逆位相信号を位相調整信号に変換する位相調整手段と、
前記低周波逆位相信号と前記位相調整信号とを合成した信号を電流に変換して前記コイルに流す電流供給手段と、
を有することを特徴とする磁気シールド装置。
【請求項2】
前記第1所定値の周波数は、30Hzであることを特徴とする請求項1に記載の磁気シールド装置。
【請求項3】
前記第2所定値を複数有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の磁気シールド装置。
【請求項4】
商用周波数、前記商用周波数の2倍周波数、及び前記商用周波数の3倍周波数の少なくとも1つが、前記第2所定値の周波数であることを特徴とする請求項1〜請求項3の何れか1項に記載の磁気シールド装置。
【請求項5】
前記磁気シールド壁を通過して前記磁気遮蔽空間の外部から内部へ磁気が侵入するときに生じる該磁気の位相遅れ時間の予測値、及び前記コイルから発生させる磁界の出力遅れによって生じる位相遅れ時間の予測値に、前記コイルから所定の周波数の磁界を発生させた事前の実験により計測された値、又は磁界解析により計算された値を用いることを特徴とする請求項1〜請求項4の何れか1項に記載の磁気シールド装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2008−282983(P2008−282983A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−125717(P2007−125717)
【出願日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【出願人】(000003621)株式会社竹中工務店 (1,669)
【Fターム(参考)】