説明

磁気ディスク用潤滑剤化合物、磁気ディスク及びその製造方法

【課題】磁気スペーシングのよりいっそうの低減を実現することができ、近年の急速な高記録密度化に伴う磁気ヘッドの低浮上量のもとで、また用途の多様化に伴う非常に厳しい環境耐性のもとで高信頼性を有する磁気ディスクを提供する。
【解決手段】基板上に少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクであって、前記潤滑層は、分子構造中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有し、且つ分子の中心付近の位置に、
−O-CH2-CH(OH)-CH2-CH2-CH(OH)-CH2-O−
または
−O-CH2-CH(OH)-CH(OH)-CH2-O−
で示される構造を有する磁気ディスク用潤滑剤化合物を含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はハードディスクドライブ(以下、HDDと略記する)などの磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスク及びその製造方法、並びに磁気ディスクに用いられる潤滑剤化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の情報処理の大容量化に伴い、各種の情報記録技術が開発されている。特に磁気記録技術を用いたHDDの面記録密度は年率100%程度の割合で増加し続けている。最近では、HDD等に用いられる2.5インチ径磁気ディスクにして、1枚当り250Gバイトを超える情報記録容量が求められるようになってきており、このような所要に応えるためには1平方インチ当り400Gビットを超える情報記録密度を実現することが求められる。HDD等に用いられる磁気ディスクにおいて高記録密度を達成するためには、情報信号の記録を担う磁気記録層を構成する磁性結晶粒子を微細化すると共に、その層厚を低減していく必要があった。ところが、従来より商業化されている面内磁気記録方式(長手磁気記録方式、水平磁気記録方式とも呼称される)の磁気ディスクの場合、磁性結晶粒子の微細化が進展した結果、超常磁性現象により記録信号の熱的安定性が損なわれ、記録信号が消失してしまう、熱揺らぎ現象が発生するようになり、磁気ディスクの高記録密度化への阻害要因となっていた。
【0003】
この阻害要因を解決するために、近年、垂直磁気記録方式用の磁気記録媒体が提案されている。垂直磁気記録方式の場合では、面内磁気記録方式の場合とは異なり、磁気記録層の磁化容易軸は基板面に対して垂直方向に配向するよう調整されている。垂直磁気記録方式は面内記録方式に比べて、熱揺らぎ現象を抑制することができるので、高記録密度化に対して好適である。このような垂直磁気記録媒体としては、例えば特開2002-74648号公報に記載されたような、基板上に軟磁性体からなる軟磁性下地層と、硬磁性体からなる垂直磁気記録層を備える、いわゆる二層型垂直磁気記録ディスクが知られている。
【0004】
ところで、従来の磁気ディスクは、磁気ディスクの耐久性、信頼性を確保するために、基板上に形成された磁気記録層の上に、保護層と潤滑層を設けている。特に最表面に用いられる潤滑層は、長期安定性、化学物質耐性、摩擦特性、耐熱特性等の様々な特性が求められる。
【0005】
このような要求に対し、従来は磁気ディスク用潤滑剤として、分子中にヒドロキシル基を有するパーフルオロポリエーテル系潤滑剤が多く用いられてきた。例えば、特開昭62−66417号公報(特許文献1)などには、分子の両末端にヒドロキシル基を有するHOCH2CF2O(C2F4O)p(CF2O)qCF2CH2OHの構造をもつパーフルオロアルキルポリエーテル潤滑剤を塗布した磁気記録媒体などがよく知られている。潤滑剤の分子中にヒドロキシル基が存在すると、保護層とヒドロキシル基との相互作用により、潤滑剤の保護層への付着特性が得られることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭62−66417号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、最近のHDDでは400Gbit/inch以上の情報記録密度が要求されるようになってきたが、限られたディスク面積を有効に利用するために、HDDの起動停止機構が従来のCSS(ContactStart and Stop)方式に代えてLUL(Load Unload:ロードアンロード)方式のHDDが用いられるようになってきた。LUL方式では、HDDの停止時には、磁気ヘッドを磁気ディスクの外に位置するランプと呼ばれる傾斜台に退避させておき、起動動作時には磁気ディスクが回転開始した後に、磁気ヘッドをランプから磁気ディスク上に滑動させ、浮上飛行させて記録再生を行なう。停止動作時には磁気ヘッドを磁気ディスク外のランプに退避させたのち、磁気ディスクの回転を停止する。この一連の動作はLUL動作と呼ばれる。LUL方式のHDDに搭載される磁気ディスクでは、CSS方式のような磁気ヘッドとの接触摺動用領域(CSS領域)を設ける必要がなく、記録再生領域を拡大させることができ、高情報容量化にとって好ましいからである。
【0008】
このような状況の下で情報記録密度を向上させるためには、磁気ヘッドの浮上量を低減させることにより、スペーシングロスを限りなく低減する必要がある。1平方インチ当り400Gビット以上の情報記録密度を達成するためには、磁気ヘッドの浮上量は少なくとも10nm以下にする必要がある。LUL方式ではCSS方式と異なり、磁気ディスク面上にCSS用の凸凹形状を設ける必要が無く、磁気ディスク面上を極めて平滑化することが可能となる。よってLUL方式のHDDに搭載される磁気ディスクでは、CSS方式に比べて磁気ヘッド浮上量を一段と低下させることができるので、記録信号の高S/N比化を図ることができ、磁気ディスク装置の高記録容量化に資することができるという利点もある。
【0009】
最近のLUL方式の導入に伴う、磁気ヘッド浮上量の一段の低下により、10nm以下の低浮上量においても、磁気ディスクが安定して動作することが求められるようになってきた。とりわけ上述したように、近年、磁気ディスクは面内磁気記録方式から垂直磁気記録方式に移行しており、磁気ディスクの大容量化、それに伴うフライングハイトの低下が強く要求されている。
【0010】
また最近では、磁気ディスク装置は、従来のパーソナルコンピュータの記憶装置としてだけでなく、携帯電話、カーナビゲーションシステムなどのモバイル用途にも多用されるようになってきており、使用される用途の多様化により、磁気ディスクに求められる環境耐性は非常に厳しいものになってきている。したがって、これらの状況に鑑みると、従来にもまして、磁気ディスクの耐久性の更なる向上が急務となっている。
【0011】
また、近年の磁気ディスクの急速な情報記録密度向上に伴い、磁気ヘッドの浮上量の低下に加えて、磁気ヘッドと磁気ディスクの記録層間の磁気スペーシングのよりいっそうの低減が求められており、磁気ヘッドと磁気ディスクの記録層の間に存在する潤滑層は、従来にもましてよりいっそうの薄膜化が必要となってきている。磁気ディスクの最表面の潤滑層に用いられる潤滑剤は、磁気ディスクの耐久性に大きな影響を及ぼすが、たとえ潤滑層を薄膜化しても、磁気ディスクにとって安定性、信頼性は不可欠である。
【0012】
ところで、従来は、上記潤滑剤の分子中にヒドロキシル基などの極性基が存在することにより、保護層、とりわけ炭素系保護層と潤滑剤分子中のヒドロキシル基との相互作用により、保護層に対する潤滑剤の良好な付着特性が得られるため、特に分子中に複数のヒドロキシル基を有するパーフルオロポリエーテル潤滑剤が好ましく用いられていた。
【0013】
ところが、潤滑剤分子中に複数のヒドロキシル基などの極性基を有していても、保護層上に成膜した際、これら複数の極性基が有効に保護膜上の活性点との結合に関与していないと保護層に対する潤滑剤の付着性(密着性)を十分に高めることができない。保護層に対する付着性の低い(不十分な)潤滑剤は、嵩高く、膜厚を比較的厚めにしないと被覆率の良好な均一な膜厚の潤滑層が得られにくく、これでは磁気スペーシングの低減を達成できないという問題点がある。また、保護膜上の活性点との結合に関与していない潤滑剤分子中の極性基が多く存在すると、コンタミ等の誘引や磁気ヘッドへの潤滑剤移着を起こしやすい傾向がある。そのため、例えば10nm以下の低浮上量の下で使用すると、HDDの故障の原因となる。
【0014】
さらに、近年、磁気ヘッドにおいては、DFH(Dynamic Flying Height)技術の導入で磁気スペーシングの低減が急速に進んでいる。ヘッド素子部(DFH素子部)は、素子内部に備えた薄膜抵抗体に通電して発熱させることで磁極先端部を熱膨張させる。DFH技術に関しては、例えば特開2003−168274号公報に記載がある。このようなDFH素子部を備えた磁気ヘッドでは、スライダ浮上量を保ちつつ磁気スペーシングの低減が可能になる。熱膨張によるDFH素子部の突き出し量が大きいほど磁気スペーシングの低減が可能になるが、潤滑層の膜厚が厚いとDFH技術による磁気スペーシングの低減効果が薄れる。また、保護層に対する潤滑剤の付着特性が低い場合、DFH素子部の突き出し量が大きいと、潤滑剤のピックアップ(潤滑剤がヘッド側へ移着する現象)が発生しやすくなり、HDDの故障の原因となる。
【0015】
このように、近年の急速な高記録密度化に伴う磁気スペーシングの低減や、磁気ヘッドの低浮上量のもとでの高信頼性を有する磁気ディスクの実現が求められ、さらには使用される用途の多様化などにより、磁気ディスクに求められる環境耐性は非常に厳しいものになってきているため、従来にもまして、潤滑層の薄膜化と同時に、磁気ディスクの耐久性に大きな影響を及ぼす潤滑層を構成する潤滑剤の付着特性や長期安定性(耐久性)などのよりいっそうの向上が求められている。
【0016】
本発明は、このような従来技術の課題に鑑みなされたもので、その目的とするところは、潤滑層の薄膜化と保護層に対する潤滑剤の付着特性の向上により、磁気スペーシングのよりいっそうの低減を実現することができ、近年の急速な高記録密度化に伴う磁気ヘッドの低浮上量のもとで、また用途の多様化に伴う非常に厳しい環境耐性のもとで高信頼性を有する磁気ディスク用潤滑剤化合物、該潤滑剤化合物を用いた磁気ディスク及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、磁気ディスクの耐久性に大きな影響を及ぼす潤滑剤について鋭意検討した結果、以下の発明により、前記課題が解決できることを見い出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は以下の構成を有する。
(構成1)
基板上に少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクの前記潤滑層に含有される潤滑剤化合物であって、該潤滑剤化合物は、分子構造中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有し、且つ分子の中心付近の位置に、
−O-CH2-CH(OH)-CH2-CH2-CH(OH)-CH2-O−
または
−O-CH2-CH(OH)-CH(OH)-CH2-O−
で示される構造を有することを特徴とする磁気ディスク用潤滑剤化合物。
【0018】
(構成2)
前記潤滑剤化合物は、さらに分子の末端にヒドロキシル基を有する化合物であることを特徴とする構成1に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物。
(構成3)
前記潤滑剤化合物の数平均分子量が、1000〜4000の範囲であることを特徴とする構成1又は2に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物。
【0019】
(構成4)
基板上に、少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクであって、前記潤滑層は、構成1乃至3のいずれか一項に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物を含有することを特徴とする磁気ディスク。
(構成5)
前記保護層は、プラズマCVD法により成膜された炭素系保護層であることを特徴とする構成4に記載の磁気ディスク。
【0020】
(構成6)
前記保護層は、前記潤滑層に接する側に窒素を含むことを特徴とする構成5に記載の磁気ディスク。
(構成7)
起動停止機構がロードアンロード方式の磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスクであることを特徴とする構成4乃至6のいずれか一項に記載の磁気ディスク。
【0021】
(構成8)
基板上に、少なくとも磁性層と保護層と潤滑層を順次設ける磁気ディスクの製造方法であって、構成1乃至3のいずれか一項に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物を含む潤滑剤組成物を前記保護層上に成膜して前記潤滑層を形成することを特徴とする磁気ディスクの製造方法。
(構成9)
前記潤滑層を成膜した後に、前記磁気ディスクに対して加熱処理を施すことを特徴とする構成8に記載の磁気ディスクの製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、潤滑層の薄膜化と保護層に対する潤滑剤の付着特性の向上により、磁気スペーシングのよりいっそうの低減を実現することができ、近年の急速な高記録密度化に伴う磁気ヘッドの低浮上量のもとで、また用途の多様化に伴う非常に厳しい環境耐性のもとで高信頼性を有する磁気ディスク用潤滑剤化合物、該潤滑剤化合物を用いた磁気ディスク及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を実施の形態により詳細に説明する。
まず、本発明に係る磁気ディスク用潤滑剤化合物について説明する。
本発明に係る磁気ディスク用潤滑剤化合物は、基板上に少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクの前記潤滑層に含有される潤滑剤化合物であって、該潤滑剤化合物は、分子構造中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有し、且つ分子の中心付近の位置に、
−O-CH2-CH(OH)-CH2-CH2-CH(OH)-CH2-O−
または
−O-CH2-CH(OH)-CH(OH)-CH2-O−
で示される構造を有することを特徴とする。
【0024】
つまり、本発明に係る磁気ディスク用潤滑剤化合物は、パーフルオロポリエーテル主鎖を分子構造中に有するパーフルオロポリエーテル系潤滑剤であり、且つ分子の中心付近の位置に、
1)2個のヒドロキシル基を有し、
2)上記2個のヒドロキシル基がそれぞれ結合している分子主鎖の炭素原子同士が近い位置にある(具体的にはヒドロキシル基が結合している炭素原子を含めて炭素原子4個以内の位置にある)、
3)上記2個のヒドロキシル基がそれぞれ結合している分子主鎖の炭素原子間にエーテル結合(−O−)を有していない、
ことが構造上の特徴である。
【0025】
本発明に係る磁気ディスク用潤滑剤化合物は、上記のような構造上の特徴を有していることにより、以下のような作用効果を奏する。
a)分子の中心付近にある2個のヒドロキシル基のうち、一方のヒドロキシル基が保護層上の活性点との相互作用によって結合すると、もう一方のヒドロキシル基も保護層面に近づいて保護層上の活性点との相互作用によって結合しやすくなる。分子主鎖の炭素原子間にエーテル結合(−O−)があると、その位置での主鎖の回転が起こりやすい。本発明においては、上記2個のヒドロキシル基がそれぞれ結合している分子主鎖の炭素原子間にエーテル結合を有していないため、これら炭素原子間での主鎖の回転は起こり難い。従って、分子の中心付近にある2個のヒドロキシル基のうち、一方のヒドロキシル基が保護層面に近づくと、それに連動するようにこのヒドロキシル基と近い位置にある(つまり上記2個のヒドロキシル基がそれぞれ結合している分子主鎖の炭素原子同士が近い位置にある)もう一方のヒドロキシル基も保護層面に近づきやすくなる。
【0026】
b)本発明に係る磁気ディスク用潤滑剤化合物は、分子の中心付近の位置にある2個のヒドロキシル基が保護層との相互作用により保護層に吸着する。つまり、ディスク面上に塗布したときに、潤滑剤分子がその中心付近の位置で保護層と固定され、潤滑剤分子の嵩高さをなるべく小さくして、潤滑剤分子がより扁平した状態で保護層上に安定に存在するようにすることが可能になる。従って、潤滑剤分子の嵩高さを抑えた潤滑層を形成させることができ、薄膜の潤滑層を形成することができる。しかも、潤滑層の膜厚を薄くしても保護層表面を十分に被覆することができる(被覆率の高い)潤滑層を形成することができる。よって、磁気スペーシングのよりいっそうの低減を図ることができ、DFH素子部の突き出し量を大きくできる。
c)潤滑層を保護層上に成膜した際、潤滑剤分子中の2個のヒドロキシル基が有効に保護膜上の活性点との結合に関与するため、保護層に対する潤滑剤の付着性(密着性)を十分に高めることができ、またコンタミ等の誘引や磁気ヘッドへの潤滑剤移着が起こり難い。
【0027】
また、本発明に係る磁気ディスク用潤滑剤化合物は、さらに分子の末端あるいは末端近傍にヒドロキシル基を有していてもよい。この場合、ヒドロキシル基の数は、分子の両末端あるいは末端近傍にそれぞれ1個〜3個のヒドロキシル基を有することが好ましい。ヒドロキシル基の数が過剰にあると、保護膜上の活性点との結合に関与していないヒドロキシル基の存在によって、潤滑剤の分子間相互作用もしくは極性基同士の引き付けあいによる相互作用(分子内相互作用)が起こりやすく、またコンタミ等の誘引や磁気ヘッドへの潤滑剤移着が起こりやすくなるので好ましくない。
【0028】
以下に、本発明に係る潤滑剤化合物の例示化合物を挙げるが、本発明はこれらの化合物には限定されない。
[例示化合物]
No.1
HOCH2CF2(Rf)OCF2CH2OCH2CH(OH)CH2CH2CH(OH)CH2O−*
*−CH2CF2(Rf)OCF2CH2OH
No.2
HOCH2CH(OH)CH2OCH2CF2(Rf)OCF2CH2OCH2CH(OH)CH2CH2−*
*−CH(OH)CH2OCH2CF2(Rf)OCF2CH2OCH2CH(OH)CH2OH
No.3
HOCH2CH(OH) CH2OCH2CH(OH)CH2OCH2CF2(Rf)O−*
*−CF2CH2OCH2CH(OH)CH2CH2CH(OH)CH2OCH2CF2(Rf)O−**
**−CF2CH2OCH2CH(OH)CH2OCH2CH(OH)CH2OH
No.4
HOCH2CF2(Rf)OCF2CH2OCH2CH(OH)CH(OH)CH2O−*
*−CH2CF2(Rf)OCF2CH2OH
No.5
HOCH2CH(OH)CH2OCH2CF2(Rf)OCF2CH2OCH2CH(OH)−*
*−CH(OH)CH2OCH2CF2(Rf)OCF2CH2OCH2CH(OH)CH2OH
No.6
HOCH2CH(OH) CH2OCH2CH(OH)CH2OCH2CF2(Rf)O−*
*−CF2CH2OCH2CH(OH)CH(OH)CH2OCH2CF2(Rf)O−**
**−CF2CH2OCH2CH(OH)CH2OCH2CH(OH)CH2OH
ここで、Rf:−(OC2F4)m(OCF2)n−(m,n=1以上の整数)である。
【0029】
本発明に係る潤滑剤化合物(上記No.1の例示化合物)の製造方法としては、分子中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有するパーフルオロポリエーテル化合物に対して、アルカリ条件下で、例えばエポキシ基を有している化合物(例えば1,5-ヘキサジエンジエポキシド)を反応させることによる製造方法が好ましく挙げられる。なお、他の例示化合物についても、原料物質を代えて、同様の製造方法によって得ることができる。
【0030】
本発明に係る潤滑剤化合物の分子量は特に制約はされないが、例えば数平均分子量(Mn)が、1000〜4000の範囲であることが好ましく、1000〜2000の範囲であることが更に好ましい。適度な粘度による修復性を備え、好適な潤滑性能を発揮し、しかも優れた耐熱性を兼ね備えることができるからである。
【0031】
また、本発明に係る潤滑剤化合物は、例えば上記の製造方法によれば高分子量のものが得られ、熱分解による低分子化を抑制できるので、かかる潤滑剤を用いて磁気ディスクとした場合、その耐熱性を向上させることができる。近年の高記録密度化に伴う磁気ヘッドの浮上量が一段と低下(5nm以下)したことにより、磁気ヘッドと磁気ディスク表面との接触、摩擦が頻発する可能性が高くなる。また、磁気ヘッドが接触した場合には磁気ディスク表面からすぐに離れずにしばらく摩擦摺動することがある。また、近年の磁気ディスクの高速回転による記録再生のため、従来以上に接触や摩擦による発熱が生じている。従って、このような熱の発生により、磁気ディスク表面の潤滑層材料が熱分解を起こす可能性が従来よりも高くなり、この熱分解され低分子化し流動性の高まった潤滑剤が磁気ヘッドに付着することで、データの読み込み、書き込みに支障を来たす可能性が懸念される。さらに、近い将来の磁気ヘッドと磁気ディスクとを接触させた状態でのデータの記録再生を考えたとき、常時接触による熱発生の影響がさらに懸念される。このような状況を考えると、潤滑層に求められる耐熱性の更なる向上が望まれており、本発明の潤滑剤は好適である。
【0032】
本発明の潤滑剤化合物を上述の合成法により得る場合は、適当な分子量分画により、例えば数平均分子量(Mn)を、1000〜4000の範囲としたものが適当である。この場合の分子量分画する方法に特に制約されないが、例えば、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)法による分子量分画や、超臨界抽出法による分子量分画などを用いることができる。
【0033】
また、本発明は、基板上に、少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクであって、前記潤滑層は、本発明の潤滑剤化合物を含有することを特徴とする磁気ディスク及びその製造方法についても提供する。
【0034】
本発明の潤滑剤化合物を用いて潤滑層を形成するにあたっては、上記潤滑剤化合物をフッ素系溶媒等に分散溶解させた溶液を用いて、例えばディップ法により塗布して成膜することができる。
なお、潤滑層の形成方法はもちろん上記ディップ法には限らず、スピンコート法、スプレイ法、ペーパーコート法などの成膜方法を用いてもよい。
【0035】
本発明においては、成膜した潤滑剤の保護層への付着力をより向上させるために、成膜後に磁気ディスクを例えば50℃〜150℃の雰囲気に曝して加熱処理を施すことが好適である。
【0036】
従来の潤滑層の膜厚は、通常15〜18Å程度であったが、本発明にあっては、従来よりも薄膜化できて、例えば10〜13Å程度の薄膜とすることができる。なお、10Å未満では、保護層に対する被覆率が不十分な場合がある。
【0037】
また、本発明における保護層としては、炭素系保護層を好ましく用いることができる。特にアモルファス炭素保護層が好ましい。保護層はとくに炭素系保護層であることにより、本発明に係る潤滑剤の極性基(ヒドロキシル基)と保護層との相互作用が一層高まり、本発明による作用効果がより一層発揮されるため好ましい態様である。
本発明における炭素系保護層においては、たとえば保護層の潤滑層側に窒素を含有させ、磁性層側に水素を含有させた組成傾斜層とすることが好適である。保護層の潤滑層側に窒素を含有させる方法としては、保護層成膜後の表面を窒素プラズマ処理して窒素イオンを打ち込む方法や、窒素化炭素を成膜する方法などが挙げられる。こうすることで、保護層に対する潤滑剤の密着性をさらに高めることができるので、より薄い膜厚で被覆率のよい潤滑層を得ることができ、本発明の効果をより効果的に得ることができる。
【0038】
本発明において炭素系保護層を用いる場合は、例えばDCマグネトロンスパッタリング法により成膜することができるが、特にプラズマCVD法により成膜されたアモルファス炭素保護層とすることが好ましい。プラズマCVD法により成膜することで保護層表面が均一となり密に成膜される。従って、より粗さが小さいCVD法で成膜された保護層上に本発明による潤滑層を形成することは好ましい。
【0039】
本発明にあっては、保護層の膜厚は、20〜70Åとするのがよい。20Å未満では、保護層としての性能が低下する場合がある。また70Åを超えると、薄膜化の観点から好ましくない。
【0040】
本発明の磁気ディスクにおいては、基板はガラス基板であることが好ましい。ガラス基板は剛性があり、平滑性に優れるので、高記録密度化には好適である。ガラス基板としては、例えばアルミノシリケートガラス基板が挙げられ、特に化学強化されたアルミノシリケートガラス基板が好適である。
本発明においては、上記基板の主表面の粗さは、Rmaxが3nm以下、Raが0.3nm以下の超平滑であることが好ましい。なお、ここでいう表面粗さRmax、Raは、JIS B0601の規定に基づくものである。
【0041】
本発明により得られる磁気ディスクは、基板上に少なくとも磁性層と保護層と潤滑層を備えているが、本発明において、上記磁性層は特に制限はなく、面内記録方式用磁性層であっても、垂直記録方式用磁性層であってもよいが、とくに垂直記録方式用磁性層は近年の急速な高記録密度化の実現に好適である。とりわけ、CoPt系磁性層であれば、高保磁力と高再生出力を得ることができるので好適である。
【0042】
本発明の磁気ディスクの好適な垂直磁気記録ディスクにおいては、基板と磁性層との間に、必要に応じて下地層を設けることができる。また、該下地層と基板との間に付着層や軟磁性層等を設けることもできる。この場合、上記下地層としては、例えば、Cr層、Ta層、Ru層、あるいはCrMo,CoW,CrW,CrV,CrTi合金層などが挙げられ、上記付着層としては、例えば、CrTi,NiAl,AlRu合金層などが挙げられる。また、上記軟磁性層としては、例えばCoZrTa合金膜などが挙げられる。
高記録密度化に好適な垂直磁気記録ディスクとしては、基板上に付着層、軟磁性層、下地層、磁性層(垂直磁気記録層)、炭素系保護層、潤滑層を備える構成が好適である。この場合、上記垂直磁気記録層の上に交換結合制御層を介して補助記録層を設けることも好適である。
【0043】
本発明によれば、保護層との密着性が高く、薄膜で、均一な塗布膜の潤滑層を形成することができるので、磁気スペーシングのより一層の低減を実現できる。しかも磁気ディスクの耐久性に優れ、近年の急速な高記録密度化に伴う磁気ヘッドの低浮上量(5nmあるいはそれ以下)のもとで、また用途の多様化に伴う非常に厳しい環境耐性のもとで高信頼性を有する磁気ディスクが得られる。
【0044】
つまり、本発明の磁気ディスクは、特にLUL方式の磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスクとして好適である。LUL方式の導入に伴う磁気ヘッド浮上量の一段の低下により、例えば5nm以下の超低浮上量においても磁気ディスクが安定して動作することが求められるようになってきており、低浮上量のもとで高い信頼性を有する本発明の磁気ディスクは好適である。
【実施例】
【0045】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明する。
(実施例1)
本実施例による磁気ディスクは、基板上に、付着層、軟磁性層、第1下地層、第2下地層、磁性層、炭素系保護層、及び潤滑層が順次形成されてなる。
【0046】
(磁気ディスクの製造)
化学強化されたアルミノシリケートガラスからなる2.5インチ型ガラスディスク(外径65mm、内径20mm、ディスク厚0.635mm)を準備し、ディスク基板とした。ディスク基板1の主表面は、Rmaxが2.13nm、Raが0.20nmに鏡面研磨されている。
このディスク基板上に、DCマグネトロンスパッタリング法により、Arガス雰囲気中で、順次、Ti系の付着層、Fe系の軟磁性層、Ruの第1下地層、同じくRuの第2下地層、CoCrPt磁性層を成膜した。この磁性層は垂直磁気記録方式用磁性層である。
引き続き、プラズマCVD法により、ダイヤモンドライク炭素保護層を膜厚50Åで成膜した。
【0047】
次に、潤滑層を以下のようにして形成した。
前述の方法によって製造し、超臨界抽出法により分子量分画した本発明の潤滑剤(前記例示化合物No.1)からなる潤滑剤(NMR法を用いて測定したMnが2800、分子量分散度が1.10)を、フッ素系溶媒である三井デュポンフロロケミカル社製バートレルXF(商品名)に0.2重量%の濃度で分散溶解させた溶液を調整した。この溶液を塗布液とし、保護層まで成膜された磁気ディスクを浸漬させ、ディップ法で塗布することにより潤滑層を成膜した。
成膜後に、磁気ディスクを真空焼成炉内で130℃、90分間で加熱処理した。潤滑層の膜厚をフーリエ変換型赤外分光光度計(FTIR)で測定したところ12Åであった。潤滑層被覆率についても80%以上で良好であった。こうして、実施例1の磁気ディスクを得た。
【0048】
(実施例2)
潤滑剤として、前記例示化合物No.2を用いたこと以外は、上記実施例1と同様にして磁気ディスクを作製し、実施例2の磁気ディスクを得た。
(実施例3)
潤滑剤として、前記例示化合物No.3を用いたこと以外は、上記実施例1と同様にして磁気ディスクを作製し、実施例3の磁気ディスクを得た。
(実施例4)
潤滑剤として、前記例示化合物No.4を用いたこと以外は、上記実施例1と同様にして磁気ディスクを作製し、実施例4の磁気ディスクを得た。
(実施例5)
潤滑剤として、前記例示化合物No.5を用いたこと以外は、上記実施例1と同様にして磁気ディスクを作製し、実施例5の磁気ディスクを得た。
(実施例6)
潤滑剤として、前記例示化合物No.6を用いたこと以外は、上記実施例1と同様にして磁気ディスクを作製し、実施例6の磁気ディスクを得た。
【0049】
(比較例1)
潤滑剤として、公知のパーフルオロポリエーテル系潤滑剤であるソルベイソレクシス社製のフォンブリンZ−テトラオール(商品名)をGPC法で分子量分画し、Mwが2000、分子量分散度が1.08としたものを使用したこと以外は、上記実施例1と同様にして磁気ディスクを作製し、比較例1の磁気ディスクを得た。なお、上記塗布液の濃度を適宜調整し、潤滑剤被覆率が実施例1の磁気ディスクとほぼ同じになるように成膜した。潤滑層の膜厚は17Åであった。
(比較例2)
潤滑剤として、
HOCH2CF2(Rf)OCF2CH2OCH2CH(OH)CH2OCH2CH(OH)CH2O−*
*−CH2CH(OH)CH2OCH2CF2(Rf)OCF2CH2OH
(ここで、Rf:−(OC2F4)m(OCF2)n−(m,n=1以上の整数))
を用いたこと以外は、上記比較例1と同様にして磁気ディスクを作製し、比較例2の磁気ディスクを得た。
(比較例3)
潤滑剤として、
HOCH2CF2(Rf)OCF2CH2OCH2CH(OH)CH2O−*
*−CH2CF2(Rf)OCF2CH2OH
(ここで、Rf:−(OC2F4)m(OCF2)n−(m,n=1以上の整数))
を用いたこと以外は、上記比較例1と同様にして磁気ディスクを作製し、比較例3の磁気ディスクを得た。
【0050】
次に、以下の試験方法により、上記実施例及び比較例の各磁気ディスクの評価を行った。結果を纏めて下記表1に示した。
(1)DFH突き出し量
DFHテスターを準備し、ディスクを5400rpmで回転させ、半径=18 mmでのDFH- TD Powerを測定した。実際には、DFH素子が突き出て何かに接触(ここでは潤滑剤)した時点の出力(AE amplitude)を検出し、 AEを検出した点のDFH-TD PowerをDFH-TD Pointとしている。よって、DFHの突き出し量(押し込み量)の大きいものほど、AEを検出した点のDFH-TD Pointが大きくなる。
(2)コンタミ付着
LUL方式のHDD(5400rpm回転型)を準備し、浮上量が5nmの磁気ヘッドと磁気ディスクを搭載した。磁気ヘッドのスライダーはNPAB(負圧)スライダーであり、記録再生素子はDFH素子部を搭載している。シールド部はFeNi系パーマロイ合金である。このLUL方式HDDに連続40万回のLUL動作を繰り返させた。LUL試験後の磁気ヘッドの表面を光学顕微鏡及び電子顕微鏡で詳細に観察し、磁気ヘッドへの潤滑剤等のコンタミ付着の有無を調べた。
【0051】
【表1】

【0052】
表1の結果から、本発明の磁気ディスク用潤滑剤化合物を用いた実施例に係る磁気ディスクにおいては、DFH突き出し量を大きくでき、しかも磁気ヘッドへのコンタミ付着が見られなかった。
これに対して、従来の市販品のパーフルオロポリエーテル系潤滑剤を用いた比較例1の磁気ディスク、分子の中心部に3個のヒドロキシル基を有し且つこれらのヒドロキシル基が結合している主鎖の炭素原子間にエーテル結合を有するパーフルオロポリエーテル系潤滑剤を用いた比較例2の磁気ディスク、分子の中心部に1個のヒドロキシル基を有するパーフルオロポリエーテル系潤滑剤を用いた比較例3の磁気ディスクにおいては、いずれもDFH突き出し量を実施例の磁気ディスクほど大きくすることができず、また、比較例1,2の磁気ディスクにおいては、磁気ヘッドのコンタミ付着が見られた。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクの前記潤滑層に含有される潤滑剤化合物であって、
該潤滑剤化合物は、分子構造中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有し、且つ分子の中心付近の位置に、
−O-CH2-CH(OH)-CH2-CH2-CH(OH)-CH2-O−
または
−O-CH2-CH(OH)-CH(OH)-CH2-O−
で示される構造を有することを特徴とする磁気ディスク用潤滑剤化合物。
【請求項2】
前記潤滑剤化合物は、さらに分子の末端にヒドロキシル基を有する化合物であることを特徴とする請求項1に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物。
【請求項3】
前記潤滑剤化合物の数平均分子量が、1000〜4000の範囲であることを特徴とする請求項1又は2に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物。
【請求項4】
基板上に、少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクであって、
前記潤滑層は、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物を含有することを特徴とする磁気ディスク。
【請求項5】
前記保護層は、プラズマCVD法により成膜された炭素系保護層であることを特徴とする請求項4に記載の磁気ディスク。
【請求項6】
前記保護層は、前記潤滑層に接する側に窒素を含むことを特徴とする請求項5に記載の磁気ディスク。
【請求項7】
起動停止機構がロードアンロード方式の磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスクであることを特徴とする請求項4乃至6のいずれか一項に記載の磁気ディスク。
【請求項8】
基板上に、少なくとも磁性層と保護層と潤滑層を順次設ける磁気ディスクの製造方法であって、
請求項1乃至3のいずれか一項に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物を含む潤滑剤組成物を前記保護層上に成膜して前記潤滑層を形成することを特徴とする磁気ディスクの製造方法。
【請求項9】
前記潤滑層を成膜した後に、前記磁気ディスクに対して加熱処理を施すことを特徴とする請求項8に記載の磁気ディスクの製造方法。


【公開番号】特開2012−7008(P2012−7008A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−141846(P2010−141846)
【出願日】平成22年6月22日(2010.6.22)
【出願人】(510210911)ダブリュディ・メディア・シンガポール・プライベートリミテッド (53)
【Fターム(参考)】