説明

磁気記録媒体用基板およびその製造方法ならびに磁気記録媒体

【課題】低ノイズで良好な信号生成特性を有する垂直磁気記録媒体の製造に適する基板を提供すること。
【解決手段】Si基板11に表面処理を施して表面を化学的に活性化するとともに、適度な凹凸(Ra:1nm〜1μm)を形成して下地メッキ層16を形成する。この下地メッキ層16は、Ni、Cu、Agの群の中から選択される1種以上の金属元素からなる金属または合金とされ、厚みは1nm以上500nm以下とされる。この下地メッキ層16の上に、電解メッキもしくは無電解メッキにより軟磁性裏打ち層12が形成される。この軟磁性裏打ち層12は、主成分として、Coを40〜60原子%、Niを20〜40原子%、Feを10〜40原子%含有する組成の50〜1000nmの膜である。このような膜構成により、反強磁性膜の成膜や磁場中熱処理といった工程によることなくスパイクノイズを抑制可能な軟磁性裏打ち膜がメッキ法により成膜可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気記録媒体用基板およびその製造方法ならびに磁気記録媒体に関し、より詳細には、軟磁性膜起因のスパイクノイズを低減させた垂直磁気記録媒体の製造に適する基板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
情報記録の技術分野において、文字や画像あるいは楽曲といった情報を磁気的に読み込み・書き出しする手段であるハードディスク装置は、パーソナルコンピュータをはじめ、携帯型音楽プレーヤやカーナビゲーションシステムあるいはDVDビデオレコーダなどの電子機器の一次外部記録装置や内蔵型記録手段として必須のものとなっている。近年、ハードディスク装置に磁気記録媒体として内蔵されるハードディスクの磁気記録密度の向上には目覚しいものがあり、年率100%以上で向上しており、その記録密度は研究レベルでは200Gbit/inch2程度、製品レベルでも100Gbit/inch2程度に達している。
【0003】
このような高記録密度は、ハードディスク装置を構成する電子部品やソフトウェアなどの個別の技術要素それぞれの性能向上により達成されているものであるが、特に、記録情報の読み出し・書き込みを行う磁気ヘッド(薄膜ヘッド、MRヘッド、GMRヘッドなど)や、読み取った信号の信頼性を向上させるためのソフトウェアの著しい進展によるところが大きい。しかし、基本的な記録方式に大きな変化はなく、磁気情報をディスク面内に水平に書き込むいわゆる「面内磁気記録方式(水平磁気記録方式)」が採用されていた。
【0004】
図1(A)は、水平磁気記録方式のハードディスクの一般的な積層構造を説明するための断面概略図で、非磁性の基板1上に、スパッタリング法で成膜された非磁性のCr系下地層2、磁気記録層3および保護膜としてのカーボン層4が順次積層され、このカーボン層4の表面に液体潤滑剤を塗布して形成された液体潤滑層5が形成されている。これら各層の厚みは高々20nm前後であり、全ての成膜はマグネトロンスパッタリング法などのドライプロセスで実行されるのが一般的である(例えば、特許文献1参照)。そして、磁気記録層3はCoNiCrやCoCrPt等の一軸結晶磁気異方性のCo合金とされ、図1(B)に図示したように、Co合金の結晶粒(3a〜3e)がディスク面と水平に磁化されて情報が記録されることとなる。
【0005】
磁気記録の高密度化のためには、磁気記録を担う単位ビット(1ビット)当りの磁性粒の体積を小さくして磁気記録層に記録可能なビット数を高くする必要がある。一方、磁性体に関する理論的解析によれば、磁気記録を担う磁性粒の体積を小さくしてゆくと、以下のような理由により、発現される強磁性に不安定性が現れることが知られている。
【0006】
磁性体の磁気モーメントを特定の方向に保持して強磁性体の磁化状態を決める指標は異方性エネルギKuV(Kuは異方性定数であり磁気記録分野では結晶磁気異方性定数とされ、Vは磁気記録単位(ビット)体積である)であるが、この異方性エネルギKuVは熱エネルギkT(kはボルツマン定数であり、Tは絶対温度である)と競合している。したがって、磁気記録単位の体積Vが小さくなって異方性エネルギKuVと熱エネルギkTとが概ね同程度のエネルギとなると、強磁性体の磁化状態は仮に室温下であっても不安定となり得る。そして、ビット体積Vが材料により定まる限界寸法(臨界体積)Vcを下回ると、強磁性体が常磁性体のように振舞う超常磁性状態となってしまい、強磁性体としての機能を失ってしまう。
【0007】
さらに、実際の磁気記録媒体においては、ビット体積Vが臨界寸法Vcに近づくと、熱エネルギにより磁気記録状態(磁化方向)が比較的短時間で乱されて磁気記録情報が消失したり変質してしまうという「熱揺らぎ」の問題も生ずる。従来型の水平磁気記録媒体一般における「熱揺らぎ」起因の記録限界がどの程度であるかは明確となってはいないが、ハードディスクにおいては記録密度換算で概ね100Gbit/inch2程度ではないかと推定されている。
【0008】
このように、水平磁気記録方式では、記録密度を高めるために個々の磁性結晶粒のサイズを小さくすると、隣接した結晶粒のN極同士およびS極同士が反発し合って磁化の打ち消し合いが生じるために高記録密度化のためには磁気記録層の厚みを薄くして結晶粒の垂直方向のサイズを小さくする必要があること、また、結晶粒の微細化(小体積化)が進むと熱エネルギによって結晶粒の磁化方向が乱されてデータが消失するという「熱揺らぎ」の現象が生じることなどの問題点が指摘され、高記録密度化への限界が認識されるようになった。
【0009】
このような問題に鑑みて検討されるようになったのが「垂直磁気記録方式」である。この記録方式では、磁気記録層はディスク表面に対して垂直に磁化されるため、N極とS極が交互に束ねられてビット配置され、磁区のN極とS極は隣接しあって相互に磁化を強めることとなる結果、ビット内における自己減磁場(反磁場)が少ないために磁化状態(磁気記録)の安定性が高くなる。また、垂直に磁化方向が記録される場合には、隣接ビットの反磁界が相互に強め合うように作用するので、水平磁気記録方式とは異なり、結晶粒の垂直方向のサイズを小さくする必要はなく、したがって磁気記録層の厚みを薄くする必要性もない。このため、結晶粒の水平方向のサイズを小さくしても、記録層厚を厚くして垂直方向を大きくとれば、全体としての結晶粒の体積が大きくなって「熱揺らぎ」の影響を小さくすることが可能である。
【0010】
つまり、垂直磁気記録方式は、反磁場の軽減とKuV値を確保できるため、「熱揺らぎ」による磁化不安定性が低減され、記録密度の限界を大幅に拡大することが可能となる磁気記録方式であることから、超高密度記録を実現する方式として期待されている。
【0011】
図2(A)は、軟磁性裏打ち層(SUL:Soft Under Layer)上に垂直磁気記録のための記録層を設けた「垂直二層式磁気記録媒体」としてのハードディスクの基本的な層構造を説明するための断面概略図で、非磁性の基板11上に、軟磁性裏打ち層(SUL)12、磁気記録層13、保護層14、潤滑層15が順次積層されている。ここで、軟磁性裏打ち層12は、書き込み磁場の増大と磁気記録層13の反磁場低減に有効に作用する層であり、パーマロイやCoZrTaアモルファスなどが典型的に用いられる。また、磁気記録層13としては、CoCr系合金、CoCrTaPt系合金、PtCo層とPdとCoの超薄膜を交互に数層積層させた多層膜、あるいは、SmCoアモルファス膜などが用いられ、図2(B)に図示したように、磁性結晶粒(13a〜13f)がディスク面と垂直に磁化されて情報が記録されることとなる。
【0012】
図2(A)に示したように、垂直磁気記録方式のハードディスクでは、磁気記録層13の下地として軟磁性裏打ち層12が設けられ、その磁気的性質は「軟磁性」であり、層厚みは概ね100nm〜500nm程度とされる。この軟磁性裏打ち層12は、書き込み磁場の増大効果と磁気記録膜の反磁場低減を図るためのもので、磁気記録層13からの磁束の通り道であるとともに、記録ヘッドからの書き込み用磁束の通り道として機能する。つまり、軟磁性裏打ち層12は、永久磁石磁気回路における鉄ヨークと同様の役割を果たす。このため、書き込み時における磁気的飽和の回避を目的として、磁気記録層13の層厚に比較して厚く層厚設定される必要がある。
【0013】
積層構成の観点からは、軟磁性裏打ち層12は、図1で示した水平磁気記録方式のハードディスクで設けられる非磁性のCr系下地層2に対応するものであるが、その成膜はCr系下地層2の成膜に比較して容易ではない。
【0014】
既に説明したように、水平磁気記録方式におけるハードディスクの各層の厚みはせいぜい20nm前後であり、全てドライプロセス(主にマグネトロンスパッタ)で形成される(特許文献1参照)。垂直二層式記録媒体においても、磁気記録層13と軟磁性裏打ち層12をドライプロセスで形成する方法が種々検討されているが、ドライプロセスで軟磁性裏打ち層12を形成する場合には、スパッタリング・ターゲットが飽和磁化の大きい強磁性体であること、しかも軟磁性裏打ち層12の厚みとして100nmもしくはそれ以上のものが必要とされることなどの理由により、膜厚均一性や組成均一性、ターゲット寿命、プロセスの安定性、そして何よりも成膜速度の低さから、量産性や生産性の上で大きな問題を抱えている。
【0015】
また、高記録密度化のためには、磁気ディスク表面を浮上する磁気ヘッドの浮上高さ(フライングハイト)を極力低くする必要があるが、ドライプロセスにより成膜された比較的厚い膜はその表面平滑性が劣化しがちでヘッドクラッシュの原因ともなってしまう。
【特許文献1】特開平5−143972号公報
【特許文献2】特開2005−108407号公報
【特許文献3】特開2005−240162号公報
【特許文献4】特公平1−42048号公報
【特許文献5】特公平2−41089号公報
【特許文献6】特公平2−59523号公報
【特許文献7】特公平1−45140号公報
【特許文献8】特開昭57−105826号公報
【特許文献9】特開平6−68463号公報
【特許文献10】特開平6−28655号公報
【特許文献11】特開平4−259908号公報
【特許文献12】特公平2−41089号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
このような理由により、厚膜化が容易でしかも研磨加工が可能なメッキ法で、軟磁性裏打ち層12を形成する試みが検討されている。
【0017】
しかし、軟磁性層をメッキ法により成膜した場合、軟磁性層を構成するメッキ膜面内の数mmから数cmの範囲にわたって特定の方向に磁性を帯びた磁区が多数発生し、それら磁区の界面には磁壁が発生する。このような磁壁を有する軟磁性層を、垂直二層式磁気記録媒体用の軟磁性裏打ち層として用いた場合には、磁壁部分より発生する漏れ磁界によってスパイクノイズやマイクロスパイクノイズと呼ばれる孤立パルスノイズが発生し、信号再生特性が大きく損なわれる可能性が有る。
【0018】
このような軟磁性裏打ち層から発生するノイズの中でも、急峻なノイズであるスパイクノイズの発生は深刻な問題である。軟磁性裏打ち膜には「磁化」が高く且つ「保磁力」が低いという軟磁性特性が要求されるため、一般に、軟磁性膜内では、面内方向で静磁エネルギを下げるように複数の磁区に分かれるという現象が生じる。このとき、個々の磁区内部では磁気モーメントは面内に倒れているが、磁区と磁区との境界部分では磁気モーメントが面内から面に垂直な方向に徐々に回転して再び面内の逆方向に倒れるような領域(ブロッホ磁壁)が存在する。そして、このブロッホ磁壁部分から面垂直方向に漏れだす磁束が、読み出しヘッドに検出されてスパイクノイズとなる。
【0019】
そこで、簡便な方法にて優れた特性を有する垂直二層式磁気記録媒体を得るべく、メッキ法により軟磁性裏打ち層を形成するための成膜条件、ならびに、軟磁性裏打ち層として適した軟磁性膜の種類について研究が重ねられ、磁気記録媒体を形成する基板上に無電解メッキ法にてCo、Ni、Feの群から選択される2種以上の金属からなる合金からなり、層と平行な面における保磁力が20エルステッド(Oe)未満、かつ、飽和磁化と残留磁化の比率が4:1から4:3の範囲の磁気的異方性を有する軟磁性膜を裏打ち層として用いると、軟磁性膜中での磁壁の発生が抑制されてノイズの低減に有効であることが見出された(特許文献2)。
【0020】
特許文献2に開示されたメッキ成膜方法は、軟磁性膜のメッキ成膜速度、および、軟磁性膜のメッキ成膜速度とメッキ基板表面のメッキ液速度の比率を制御し、かつ、メッキ液中で基板を自公転させながら成膜することで軟磁性膜の構造を制御するというものである。
【0021】
しかしながら、特許文献2に記載された条件設定により、何故、上記のような磁気的異方性を有する軟磁性膜が得られるのかについてのメカニズムは必ずしも明らかではない。そのため、この成膜法によって軟磁性膜の磁気的異方性の程度を制御したり所定の磁気的異方性を高い再現性で得ることは容易ではない。
【0022】
ところで、軟磁性膜を成膜した後に磁場中で熱処理すると、当該軟磁性膜に磁気的異方性を付与することができることは従来から知られており、この手法で与えられる磁気的異方性は磁場の印加方向となるため、制御性も高い。このような理由から、スピンバルブ構造を有するGMRヘッドやTMRヘッドに磁気的異方性を与える手法のひとつとして、一定方向に磁場を発生させた環境下で軟磁性膜を熱処理するという方法が広く用いられるようになってきている(例えば、特許文献3の段落[0030]を参照)。
【0023】
このような磁場中熱処理で得られる軟磁性膜の磁気的異方性は磁場印加方向に限られるが、垂直二層式磁気記録媒体の軟磁性裏打ち層としての膜とするためには、基板面内の径方向もしくは周方向に磁気的異方性をもち、かつ、その磁気的異方性が基板中心軸に対して対称性を有するものであることが求められる。このような理由から、従来の磁場中熱処理の手法によって、垂直二層式磁気記録媒体の軟磁性裏打ち層として適する磁気的異方性の軟磁性膜を得たとの報告はなされていない。
【0024】
また、軟磁性膜の下に予め反強磁性膜を設けておき、この媒体に磁場中熱処理を施してスパイクノイズを抑制するという手法も知られている。この手法では、軟磁性膜を反強磁性膜のブロッキング温度(TB)とよばれる温度以上に一旦加熱した後に、媒体の半径方向に磁場を印加しながらブロッキング温度以下に媒体を冷却する。この磁場中熱処理により反強磁性膜中の磁気モーメントは磁場印加方向に配向して固定され、軟磁性膜の磁気モーメントも反強磁性膜表面の磁気モーメントと交換結合することにより磁場印加方向に固定される。そして、この磁気モーメントの磁場印加方向への固定により軟磁性膜全域が単磁区の状態となり、その結果、磁壁が消失してスパイクノイズが抑制される。
【0025】
この様な磁場中熱処理は、軟磁性膜からのスパイクノイズ抑制には効果的ではあるものの、反強磁性膜を予め成膜するプロセスが必要となる。また、製造上の利便を考慮すれば、磁場中熱処理という特別な処理を要しないことが好ましい。
【0026】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、反強磁性膜の成膜や磁場中熱処理といった工程によることなくスパイクノイズを抑制可能な軟磁性裏打ち膜をメッキ法により成膜し、これにより、低ノイズで良好な信号生成特性を有する垂直磁気記録媒体の製造に適する基板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0027】
本発明は、このような課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、磁気記録媒体用基板であって、直径90mm以下のシリコン(Si)基板と、該Si基板の主面上に順次積層して設けられた下地メッキ層と軟磁性裏打ち層とを備え、前記下地メッキ層は、Ni、Cu、Agの群の中から選択される1種以上の金属元素を主成分として含有する膜厚1nm以上500nm以下の金属または合金であり、前記軟磁性裏打ち層は、Coを40〜60原子%、Niを20〜40原子%、Feを10〜40原子%含有する膜厚50nm〜1000nmのメッキ成膜された合金であることを特徴とする。
【0028】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の磁気記録媒体用基板において、前記軟磁性裏打ち層は、飽和磁化(Ms)の絶対値が1T(テスラ)以上、保磁力(Hc)の絶対値が1.6kA/m以下であり、前記Msに対応する磁界の絶対値Hs、前記Msの90%の磁化の絶対値M90、該M90に対応する磁界の絶対値H90、前記Hcに対応する磁界0(ゼロ)のときの磁化の絶対値Mrとの間に、次式(1)および(2)が成り立つことを特徴とする。ここで、式(1)は、Mr<M90<Ms、かつ、Hc<H90<Hsであり、式(2)はMr/Ms<0.75である。
【0029】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載の磁気記録媒体用基板において、前記Si基板の直径が25mm以上65mm以下、厚みが0.1mm以上1mm以下であることを特徴とする。
【0030】
請求項4に記載の発明は、磁気記録媒体であって、請求項1乃至3の何れか1項に記載の磁気記録媒体用基板の軟磁性裏打ち層上に磁気記録層が設けられていることを特徴とする。
【0031】
請求項5に記載の発明は、磁気記録媒体用基板の製造方法であって、直径90mm以下のSi基板の主面上に下地メッキ層を形成する第1のメッキ工程と、該下地メッキ層上に軟磁性膜を形成する第2のメッキ工程とを備え、前記第1のメッキ工程は、Ni、Cu、Agの群の中から選択される1種以上の金属イオンを主成分として含有するメッキ浴中に前記Si基板を浸漬させて実行され、前記第2のメッキ工程は、Co、Ni、およびFeの金属イオンを主成分として含有するpH7〜13のメッキ浴中に前記Si基板を浸漬させて実行されることを特徴とする。
【0032】
請求項6に記載の発明は、請求項5に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法において、前記第1のメッキ工程は、硫酸ニッケルと硫酸アンモニウムを含有するメッキ浴中に前記Si基板を浸漬させて実行されることを特徴とする。
【0033】
請求項7に記載の発明は、請求項5又は6に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法において、前記第2のメッキ工程は、硫酸ニッケル、硫酸鉄、硫酸コバルトの群から選択される少なくとも1種を含有するメッキ浴中に前記Si基板を浸漬させて実行されることを特徴とする。
【0034】
請求項8に記載の発明は、請求項5乃至7の何れか1項に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法において、前記第1のメッキ工程に先立ち、前記Si基板表面上の酸化膜を除去する表面処理工程を備えていることを特徴とする。
【0035】
請求項9に記載の発明は、請求項8に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法において、前記表面処理工程は、水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化カリウム(KOH)、アンモニアの群から選択される少なくとも1種のアルカリを含有するアルカリ水溶液、若しくは、フッ酸、塩酸、硝酸の群から選択される少なくとも1種の酸性を含有する酸水溶液を用いたエッチング処理であることを特徴とする。
【0036】
請求項10に記載の発明は、請求項8又は9に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法において、前記表面処理工程は、前記Si基板表面に1nm以上1μm以下の平方平均粗さ(Ra)の凹凸を形成するように実行されることを特徴とする。
【0037】
請求項11に記載の発明は、請求項5乃至10の何れか1項に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法において、前記軟磁性膜のメッキ成膜後に、該軟磁性膜の膜厚および表面平坦性を制御するための研磨工程を備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、メッキ法により成膜される軟磁性膜の組成および膜厚、ならびに当該軟磁性膜とSi基板との間に設けられる下地メッキ層の組成および膜厚を適正に選択することとしたので、ノイズ抑制のための反強磁性膜形成や磁場中熱処理といった特別な工程によることなく、軟磁性裏打ち層起因のスパイクノイズの抑制が可能となる。これにより、低ノイズで良好な信号生成特性を有する垂直磁気記録媒体の製造に適する基板が提供される。
【0039】
また、本発明では、下地メッキ層の成膜に先立って施されるSi基板の表面処理条件を適正化したので、Si基板と下地メッキ層との密着性が向上し、その結果、軟磁性膜の基板密着性が向上する。
【0040】
さらに、本発明の磁気記録媒体用基板は、軟磁性裏打ち層が湿式のメッキ法により成膜されるものであるため、蒸着法等によるドライプロセス成膜に比較して製造プロセスが大幅に簡便化され、かつ、生産性にも優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
以下に、図面を参照して本発明を実施するための形態について詳細に説明する。
【0042】
図3は、本発明の磁気記録媒体用基板の膜構成を説明するための断面模式図で、非磁性基板であるシリコン(Si)基板11上に、メッキ法で成膜された軟磁性裏打ち層12と、垂直磁気記録用の磁気記録層13と、保護層14および潤滑層15が順次積層されており、Si基板11と軟磁性裏打ち層12との間には、Si基板11と軟磁性裏打ち層12の密着性を高めるための下地メッキ層16が設けられている。この磁気記録媒体用基板は垂直磁気記録媒体用基板であり、磁気記録層13には、図2(B)に図示したように、磁性結晶粒がディスク面と垂直に磁化されて情報が記録される。なお、Si基板11上に下地メッキ層16と軟磁性裏打ち層12を順次積層させた状態の基板、すなわち磁気記録層13を成膜前の状態の基板も「磁気記録媒体用基板」として扱われ得る。
【0043】
磁気記録媒体の記録面は、「ヘッドスラップ」と呼ばれる磁気ヘッドの衝撃が度々加わることから高い密着性が求められるが、Si基板上に直接メッキ成膜された軟磁性裏打ち層は基板との密着性に乏しく、磁気記録媒体としての使用中に安易に膜剥離を生じてしまうが、後述する下地メッキ層16と軟磁性裏打ち層12の組合せにより、Si基板11と軟磁性裏打ち層12の密着性が高められて膜剥離の問題が解消される。以下に、各層ごとの構成を順次説明する。
【0044】
シリコン基板11:本発明の磁気記録媒体用基板に用いられる非磁性基板はSi基板である。基板としてSiを選択する第1の理由は、剛性に優れ、表面平滑性も良好で、表面の化学的状態も極めて安定であるためである。また、第2の理由は、Si基板はメッキ浴が酸性、アルカリ性の何れの場合でも安定したメッキ成膜が可能であること、および、下地メッキ層16をメッキ形成する際の成膜均一性を確保するためである。メッキ成膜では、基板界面とメッキイオンとの相互作用が成膜プロセス上重要となるが、Si基板はSiという単一元素からなる材料であることから、メッキイオンの基板への付着均一性に優れている。
【0045】
なお、磁気記録媒体用基板としてSi基板を用いた例は既に特許文献4乃至11などに報告があり、特許文献12には単結晶Si基板上に予め下地層を形成した後に当該下地層上に磁気記録層を成膜して作製された磁気記録媒体も報告されている。しかし、これらは何れも水平磁気記録技術に係るものであり、これらの技術によっては、本発明が目的のひとつとする上述の「熱揺らぎ」起因のスパイクノイズ抑制効果を得ることはできない。
【0046】
Si基板は必ずしも単結晶基板である必要はないが、単結晶Si基板を用いると表面の原子配列が面内で一様でありメッキ工程における表面化学的状態や表面電位状態も面内で均質となるという利点がある。つまり、非磁性基板として単結晶Si基板を用いると、後述する下地メッキ層16を成膜する際に単結晶Si基板上への直接置換メッキが可能であり、しかも、単結晶Siの極めて均質で高品質な結晶性故に、メッキの不均一に起因する磁気的な不均一を抑制できるという利点がある。
【0047】
以下の説明では、Si基板11は単結晶Si基板であるものとして説明する。
【0048】
単結晶Si基板は、CZ(チョクラルスキー)法あるいはFZ(フローティングゾーン)法により結晶育成されたものが容易に入手可能である。Si基板の面方位には特別な制限はなく、(100)、(110)あるいは(111)などの任意の面方位であってよい。また、Si基板中に含まれる不純物レベルは半導体素子製造用基板として用いる場合のような厳しい制限はなく、Siとの原子比で10%程度(〜1022atoms/cm3)の不純物(ドナーやアクセプターあるいは酸素、炭素、窒素といった軽元素など)を含んでいても差し支えない。
【0049】
なお、Si基板上に電解メッキ法で成膜する場合、メッキ膜と基板との間の強固な化学結合を形成するためには、メッキ浴中の金属イオンがSi基板表面から直接電子を授受する必要が有る。このため、電解メッキ成膜を行う場合は、真性半導体であるSi基板よりは、結晶内部に過剰な電子を内包するn型のSi結晶であることが好ましい。なお、無電解メッキで成膜する場合には、Si基板の導電型はn型でもp型でも或いは真性(i型)でも差異はない。
【0050】
なお、Si基板11が単結晶Si基板であるか否かを問わず、本発明においてはその基板直径は90mm以下とされる。これは、後述の軟磁性裏打ち層12のメッキ成膜工程において、基板面上に均質なメッキ液の流れを形成するためである。この点は後述する。
【0051】
また、好ましくはSi基板の直径を65mm以下、基板厚みを1mm以下とする。基板直径を65mm以下とすることが好ましいのは、基板厚みを薄くした場合でもディスク回転時の振動量が抑制可能なためである。すなわち、基板直径が大きいとハードディスクとして回転している状態での振動量が大きくなりがちであるが、直径を65mm以下にしておけば、この振動量が実用に支障がない範囲に抑制でき、モバイル用途の磁気記録媒体にとって特に好ましい効果を得ることができる。また、基板直径は実用上、25mm(1インチ)以上とされるのが一般的である。
【0052】
基板厚みを1mm以下とするのが好ましいのは、これを越える厚みとなると、Si基板面内での基板厚のばらつきが大きくなりやすいためである。なお、基板の剛性を十分に確保するためには、基板厚は0.1mm以上とすることが好ましく、一般的には、0.3〜0.7mmの範囲で選択される。
【0053】
Si基板11の表面は、その平方平均粗さ(Ra)が1nm以上1μm以下の平坦度であることが好ましい。Raが1nm未満の場合にはSi基板上に設けられる下地メッキ層の密着性が不充分となる場合があり、1μmを越えるRaの場合には磁気記録媒体に求められる表面平滑性を得ることができないためである。なお、ここでの平方平均粗さ(Ra)は、測定平均線から測定線までの偏差の絶対値を平均した値であって、AFM(原子間力顕微鏡)により測定した値である。
【0054】
Si基板の表面処理:上述したように、本発明ではSi基板11と軟磁性裏打ち層12との間に下地メッキ層16を設ける。このため、下地メッキ層16のメッキ成膜に先立ち、Si基板11の表面活性化処理が施される。この表面活性化処理により、その後の下地メッキ層の置換メッキが容易化されて膜の密着性が高まる。
【0055】
この表面活性化処理は、Si基板11の表面に自然形成された酸化膜の除去が主たるものであるが、この処理の過程でSi基板11の極表面のSi原子がエッチングされて基板表面が化学的に活性化される。また、この表面活性化処理によってSi基板表面に適度な凹凸が発生し、下地メッキ層16との密着性を高めることができる。そして、下地メッキ層16の付着強度の向上は、この下地メッキ層16上に形成される磁気記録層12の密着性が高まることを意味する。
【0056】
この表面活性化処理は、酸又はアルカリによる湿式エッチングで実行される。酸とアルカリの湿式エッチングの双方の併用も可能であるが、その場合には、アルカリ処理を施した後に酸処理を施すことが望ましい。このような表面活性化処理によってSi基板11の極表面のSi原子がエッチングされて基板表面が化学的に活性化されるとともに、適度な凹凸が形成される。なお、上述したように、この凹凸の程度は、好ましくは、平方平均粗さ(Ra)が1nm以上1μm以下の平坦性とされる。
【0057】
このエッチング処理を酸処理で行う場合には、フッ酸、塩酸、および硝酸から少なくとも1種以上の酸を選択して調合された水溶液に浸漬させて行う。その場合のエッチング液の条件は、フッ酸水溶液の場合は2〜10質量%、塩酸水溶液の場合は2〜15質量%、そして、硝酸水溶液の場合は5〜30質量%の酸濃度とすることが好ましい。
【0058】
また、エッチング処理をアルカリ処理で行う場合には、NaOH、KOH、アンモニアから少なくとも1種以上のアルカリを選択して調合された水溶液に浸漬させて行う。好ましいエッチング液の条件は、0.3〜10質量%のアンモニアと0.5〜25質量%の過酸化水素を質量比2:1乃至1:2で混溶させた水溶液や、2〜50質量%の水酸化ナトリウム水溶液が例示される。
【0059】
エッチング液温およびエッチング時間は、例えば、10℃〜溶液の沸点温度30秒〜1時間とされる。なお、酸処理の場合には、1〜20mA/cm2の電流密度で1秒〜1分間の通電を行って電解エッチングを実行してもよい。
【0060】
下地メッキ層16:下地メッキ層16は、Si基板と軟磁性裏打ち層との間の密着性を向上させるためのもので、上記の表面活性化処理が施されたSi基板11の表面にメッキ成膜されて形成される。なお、この下地メッキ層は、電解メッキまたは無電解メッキの何れによっても成膜可能であるが、無電解メッキには、メッキイオンとSi基板11との相互作用がSi基板11の表面の電気的特性(状態)に左右され難いという利点がある。
【0061】
好ましい下地メッキ層の組成は、Ni、Cu、またはこれらの合金(Ni−Cu)であり、例えば、0.005〜0.25mol/L(リットル)の硫酸ニッケルに0.02〜1mol/Lの硫酸アンモニウムを加えてメッキ浴のpHを7から10に調整し、浴温60〜90℃のメッキ浴に浸漬させて下地メッキ層16の成膜を行う。また、Ni、Cu、Agの群の中から選択される1種以上の金属元素からなる金属または合金も下地メッキ層に好適である。
【0062】
これらの下地メッキ層の厚みは、1nm以上500nm以下とすることが好ましい。これは、1nm未満の層厚ではSi基板表面を均一に被覆できない場合が生じ得ること、また、500nmよりも厚い場合には下地メッキ層のメッキ膜の個々の結晶粒がメッキ工程中に肥大化し過ぎる場合があるためである。
【0063】
軟磁性裏打ち層12:軟磁性裏打ち層12は、電解メッキもしくは無電解メッキにより成膜され、その軟磁性特性として、1T(テスラ)以上の絶対値の高い飽和磁化(Ms)と1.6kA/m以下の絶対値の低い保磁力(Hc)を有する膜である。飽和磁化(Ms)の絶対値を1T以上とするのは、軟磁性裏打ち層の磁性結晶粒の肥大化を生じさせるような厚膜とすることなく軟磁性裏打ち層として必要な飽和磁化(Ms)を確保するためである。また、保磁力(Hc)の絶対値を1.6kA/m以下とするのは、この値を超える保磁力の膜となると、磁気記録媒体への書き込み時に磁気ヘッドから発生する磁束が軟磁性裏打ち層を透過する際の妨げとなって、記録媒体としてのS/N比が大きく低下するためである。なお、保磁力(Hc)の絶対値は0.4kA/m(400A/m)以下とするのが好ましい。
【0064】
また、軟磁性裏打ち層12は、図4(A)および図4(B)に模式的に示したような、面内方向に幅2μm以下の微小な縞状磁区(図4(A))と迷図状磁区(図4(B))の少なくとも一方の磁区を有するものが好ましい。このような磁区構造を有する膜中にはマクロな磁区構造が存在しない結果、反強磁性膜を予め成膜したり、或いは成膜後に磁場中熱処理を施すといった特別な処理を行うことなしに、スパイクノイズの発生が抑制される。
【0065】
さらに、下記のような等方的な磁化−磁界ループを示す膜であることが好ましい。すなわち、軟磁性裏打ち層の飽和磁化の絶対値をMs、そのときの磁界の絶対値をHsとし、飽和磁化Msの絶対値の90%の磁化の絶対値をM90、そのときの磁界の絶対値をH90、磁界が0(ゼロ)のときの磁化の絶対値をMr、そのときの磁界の絶対値(これは上記の保磁力に対応する)をHcとしたとき、次式(1)および(2)を満足するような等方的磁化−磁界ループを示す膜であることが好ましい。
【0066】
式(1) Mr<M90<Ms かつ Hc<H90<Hs
【0067】
式(2) Mr/Ms<0.75
【0068】
メッキ膜に上述の軟磁性特性をもたせ、かつ、その結晶構造を立方晶とする必要から、主成分として、Coを40〜60原子%、Niを20〜40原子%、Feを10〜40原子%含有する組成の膜とする。このような組成の軟磁性膜を後述のメッキ成膜により形成すると、1T(テスラ)以上の高い飽和磁化(Ms)と1.6kA/m以下の低い保磁力(Hc)を有する膜であって、上式(1)および(2)を満足する磁化−磁界ループを示し、且つ、面内方向に幅が2μm以下の微小な縞状磁区または/および迷図状磁区を有する軟磁性裏打ち層を得ることができる。
【0069】
このような軟磁性膜を得るためのメッキ成膜条件は、例えば下記のようなものである。すなわち、0.001〜0.1mol/L(リットル)のジメチルアミンボラン(DMAB:(CH32HNBH3)水溶液、0.001〜0.1mol/Lの硫酸ニッケル水溶液、0.001〜0.1mol/Lの硫酸鉄水溶液、0.01〜0.5mol/Lの硫酸コバルト水溶液等を混合し、この混合液に、サッカリン等の光沢剤、および、酒石酸、クエン酸、或いはEDTA(Ethylene Diamine Tetraacetic Acid)等のキレート剤を適宜添加してメッキ浴とする。そして、浴温を55〜90℃にして、pHを7〜13となるようにアルカリにより調整しながら、このメッキ浴中に基板を浸漬させて下地メッキ層上に軟磁性膜を形成する。この場合のアルカリとしては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられる。
【0070】
このメッキ成膜の工程において、被メッキ基板の直径が90mmを超えると基板面に均質なメッキ液の流れを形成することが困難となる。したがって、本発明においてはSi基板11の直径を90mm以下として、基板面上に均質なメッキ液の流れを形成するようにしている。また、均質なメッキ液流の形成のために、メッキ成膜時の液循環を調整したり、パドル等の攪拌子を用いてメッキ液を攪拌したり、あるいは被メッキ基板を自公転させたりすることでメッキ浴中の液流を調整することも効果的である。なお、このような液循環や攪拌は、上述の下地メッキ層の成膜時においても有効である。
【0071】
これらのうち、浴中で被メッキ基板を自公転させる方法は、液流速を適切なものとするのに簡便かつ効果的な方法である。したがって、浴中での被メッキ基板の自公転と、メッキ液の循環や攪拌とを適宜組み合わせることでメッキ浴中の液流を調整することが好ましい。なお、本発明者らの実験結果によれば、好適な自公転速度は10rpm〜100rpmであり、より好ましくは20rpm〜80rpmである。
【0072】
なお、メッキで成膜する厚みは50nm〜1000nmとする。厚みの上限を1000nmとするのは、メッキ成膜される軟磁性膜の厚みが1000nm(1μm)を超えると、個々の磁性結晶粒が成長し過ぎてしまうこと、および磁性結晶粒のサイズの不均一性が大きくなることに加え、軟磁性裏打ち層の厚みが1μmよりも厚いと、ハードディスクを信号再生させた際に、軟磁性裏打ち層から発生する磁気的ノイズが大きくなり、結果として記録媒体としてのS/N特性の低下を招き易くなるためである。また、厚みの下限を50nmとするのは、50nm未満の厚みでは、磁気記録層の下地としての磁気透過特性が不十分となって記録媒体としてのオーバーライト特性が低下してしまうためである。
【0073】
Si基板上に湿式プロセス(メッキ法)で成膜された軟磁性膜の表面は、軟磁性膜の厚みにもよるが、一般に平坦性には優れていない。このため、メッキ成膜後の軟磁性膜の表面平坦性(凹凸レベル)は、研磨処理を施すことにより調整する。この研磨は、機械研磨でもCMPでも可能であるが、コロイド系スラリを用いたCMPは磁気記録媒体の研磨方法として好適である。これは、CMPでは、研磨スラリによる機械的研磨と、酸性もしくはアルカリ性研磨液による化学研磨とにより研磨が進行するが、研磨スラリとしてコロイダルアルミナ或いはコロイダルシリカなどのコロイド系研磨剤を用いてCMPを行うと、速い研磨速度と高い表面平坦性とが得られるためである。
【0074】
なお、研磨スラリの品種やpH値は、軟磁性裏打ち層の金属・合金組成に応じて適当なものが選択される。例えば、軟磁性裏打ち層がCoNiFe膜である場合にはpHが10以上のアルカリ性の研磨スラリが望ましい。また、軟磁性裏打ち層がパーマロイ膜である場合には、化学的エッチング作用の観点から、酸性のpH値を有する研磨スラリが望ましい。
【0075】
軟磁性裏打ち層の表面平坦性に及ぼす研磨条件(パラメータ)としては、用いる研磨スラリ以外にも、研磨装置特性、バフ、研磨中の自公回転速度などがあるが、これらのパラメータは、研磨後の軟磁性裏打ち層の表面平坦性が十分確保できるように最適化される。
【0076】
ここで、軟磁性裏打ち層の研磨後の表面平坦性は、Ra値で5nm以下であることが好ましく、特に好ましいRa値は0.5nm以下である。これは、Ra値で5nmを越える表面凹凸があると、軟磁性裏打ち層の上に成膜する磁気記録層の表面平坦性を悪化させる結果となるためである。一方、Ra値を0.1nmよりも小さくしようとした場合には、CMP処理を多段に施す必要が生じたり研磨条件が著しく厳しくなるため、Ra値は0.1〜5nm、より好ましくはRa値0.1〜0.5nmと設定される。
【0077】
磁気記録層13:軟磁性裏打ち層12の上に設けられる磁気記録層13は、垂直磁化記録を行うための硬磁性材料からなる。なお、この磁気記録層13は、軟磁性裏打ち層12の上に直接形成してもよいが、結晶粒径および磁気特性の整合をとるなどのために、必要に応じて、種々の中間膜を設け、この中間膜上に形成するようにしてもよい。中間膜としては、例えばRu膜などが用いられる。また、中間膜を複数層積層させるようにしてもよい。
【0078】
磁気記録層13の組成は、層面に垂直な方向に磁化容易な磁区を形成可能な硬磁性材料であれば特別な制限はない。スパッタ法成膜する場合には、たとえば、Co−Cr系合金膜、Fe−Pt合金膜、CoCr−Siグラニュール膜、Co/Pd多層膜などを用いることができる。また、湿式法により成膜する場合には、たとえば、Co−Ni系メッキ膜やマグネトプランバイト相よりなるバリウム・フェライトの塗布膜などを用い得る。
【0079】
このような磁気記録層13の厚みは、概ね5〜100nm程度が好ましく、より好ましくは10〜50nm程度である。また、磁気記録層13は、その保磁力が、好ましくは0.5〜10キロエルステッド(kOe)となるように成膜され、より好ましくは3〜6キロエルステッド(kOe)となるように成膜される。
【0080】
保護層14および潤滑層15:磁気記録層13の上面に設けられる保護層14は、従来の磁気記録媒体に用いられてきた材料で形成することができる。たとえば、スパッタ法やCVD法により形成される非晶質カーボン系の保護膜をはじめ、アルミナ(Al23)などの結晶質の保護膜を用いることができる。この保護層14の上面に設けられる潤滑層15もまた、従来の磁気記録媒体に用いられてきた材料を塗布して形成することができ、その剤種及び塗布方法についての制限は特にない。たとえば、フッ素系油脂を塗布して単分子膜を形成するなどにより潤滑層15を形成する。なお、これら保護層14および潤滑層15の厚みは何れも、例えば2〜20nm程度とされる。
【0081】
以下に、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0082】
実施例1:本実施例では、CZ法で結晶育成された直径200mm(8インチ)のSi単結晶から、コア抜き、芯取り、およびラッピングを行い、直径65mmの(100)Si単結晶の板(Pドープのn型)を得た。このSi単結晶の板を、平均粒径50nmのコロイダルシリカを含有するスラリを用いて両面研磨し、表面粗さ(Ra)0.8nmのSi基板を得た。なお、表面粗さ(Ra)はAFM(原子間力顕微鏡)を用いて測定した。
【0083】
このSi基板を、80℃、30質量%のアンモニア水溶液に飽和過酸化水素水を混合し、各々の濃度を2質量%とした水溶液中で5分間浸漬エッチングして、基板表面の薄い表面酸化膜を除去した。
【0084】
この表面活性化処理後の基板に、0.05mol/Lの硫酸ニッケル水溶液と0.05mol/Lの酒石酸ナトリウム水溶液に硫酸アンモニウムを適宜添加し、pH8 で液温80℃としたメッキ浴中で無電解メッキを施し、Si基板表面にNiの下地メッキ層を300nm形成した。そして、この下地メッキ層の上に、軟磁性裏打ち層として、CoNiFeの軟磁性膜を0.9〜1μm程度の厚みで成膜した。このときのメッキ浴は、Co,Ni,およびFeを主イオンとして含有する硫酸アンモニウム浴であり、還元剤としてはDMAB(ジメチルアミンボラン)を用い、浴温は80℃に調整した。また、水酸化ナトリウムで調整しながら、成膜中にメッキ浴のpHが9になるように調整した。
【0085】
軟磁性膜をメッキ成膜後の基板を、平均粒径50nmのコロイダルシリカを含有した研磨液(pH値11、液温30℃)で研磨して軟磁性膜の厚みを調整するとともに表面を平坦化した。この研磨は不織布を張った定盤(径700mm)の両面研磨機を用い、研磨圧17.6kPaで6分間研磨して軟磁性膜の厚みを概ね400nmとした。研磨後の軟磁性膜の表面をAFM測定したところ、表面粗さ(Ra)は0.6nmであり、前面均一に平坦化されていた。
【0086】
蛍光X線装置による軟磁性膜の構成元素分析の結果、概ね、Coが50原子%、Niが28原子%、Feが22原子%、という組成比であった。また、VSM(試料振動型磁力計)により磁気特性を測定したところ、面内等方的で、図5に図示した磁化―磁界ループを示した。
【0087】
図5の磁化−磁気ループから飽和磁化Ms、および保磁力Hcを求めると、飽和磁化Msは1.48Tであり、保磁力Hcは970A/mという値が得られた。また、M90およびMr、ならびに、H90およびHsを求めると、M90は1.33T、Mrは0.77T、H90は2.9kA/m、Hsは9.7kA/mであり、上述の式(1)および式(2)の関係を満足していることが確認された。さらに、磁性流体を用いたビッター法にて表面の磁区構造を観察したところ、図6のように幅が約1μmの迷図模様状の磁区構造が観察され、表面をカー効果を用いた磁気イメージ観察装置で観察したところ、図7のように明確な磁壁が確認できないイメージが得られた。
【0088】
軟磁性裏打ち層起因のスパイクノイズの有無を確認する意味で、軟磁性裏打ち層の表面にマグネトロンスパッタ法で20nmのカーボン保護膜を被覆した後に潤滑剤を塗布してスピンスタンドにて電磁変換特性を測定したところ、スパイクノイズの発生は認められなかった。
【0089】
実施例2:本実施例では、軟磁性膜の組成比が概ね、Coが53原子%、Niが36原子%、Feが11原子%、となるようにメッキ成膜した以外は、実施例1と同様に試料作製を行った。
【0090】
VSMにより磁気特性を評価したところ、面内等方的な磁気特性であることが確認され、磁化−磁界ループからは、飽和磁化Msが1.35Tであり、保磁力Hcが2.2kA/mという値が得られた。また、M90およびMr、ならびに、H90およびHsを求めると、M90は1.22T、Mrは0.65T、H90は9.9kA/m、Hsは16.6kA/mであり、上述の式(1)および式(2)の関係を満足していることが確認された。さらに、磁性流体を用いたビッター法にて表面の磁区構造を観察したところ、幅が約1μmの迷図模様状の磁区構造が観察され、表面をカー効果を用いた磁気イメージ観察装置で観察したところ、明確な磁壁が確認できないイメージが得られた。
【0091】
軟磁性裏打ち層起因のスパイクノイズの有無を確認する意味で、軟磁性裏打ち層の表面にマグネトロンスパッタ法で20nmのカーボン保護膜を被覆した後に潤滑剤を塗布してスピンスタンドにて電磁変換特性を測定したところ、スパイクノイズの発生は認められなかった。
【0092】
比較例:本比較例では、CoZrNbの軟磁性膜をマグネトロンスパッタ法で成膜した以外は、実施例1および2と同様に試料作製を行った。
【0093】
この試料の表面をカー効果を用いた磁気イメージ観察装置で観察したところ、多数の磁壁が観察された。また、軟磁性裏打ち層起因のスパイクノイズの有無を確認する意味で、軟磁性裏打ち層の表面にマグネトロンスパッタ法で20nmのカーボン保護膜を被覆した後に潤滑剤を塗布してスピンスタンドにて電磁変換特性を測定したところ、スパイクノイズの発生が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明は、反強磁性膜の成膜や磁場中熱処理といった工程によることなくスパイクノイズを抑制可能な軟磁性裏打ち膜をメッキ法により成膜し、これにより、低ノイズで良好な信号生成特性を有する垂直磁気記録媒体の製造に適する基板を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】水平磁気記録方式のハードディスクの一般的な積層構造を説明するための断面概略図である。
【図2】軟磁性裏打ち層の上に垂直磁気記録のための記録層を設けた垂直磁気記録媒体の層構造を説明するための断面概略図である。
【図3】非磁性基板としてSi基板を用い、下地メッキ層を設けた本発明の垂直二層式磁気記録媒体の層構造を説明するための断面概略図である。
【図4】好ましい軟磁性裏打ち層に形成される、微小な縞状磁区(A)と迷図状磁区(B)の様子を模式的に図示する図である。
【図5】試料振動型磁力計により得られた磁化−磁界ループを示す図である。
【図6】磁性流体を用いたビッター法で表面観察して得られた迷図模様状の磁区構造を示すイメージである。
【図7】カー効果を用いた磁気イメージ観察装置で表面観察して得られたイメージである。
【符号の説明】
【0096】
1、11 非磁性基板
2 Cr系下地層
3、13 磁気記録層
4、14 保護層
5、15 潤滑層
10 軟磁性裏打ち層が形成された基板
12 軟磁性裏打ち層
16 下地メッキ層


【特許請求の範囲】
【請求項1】
直径90mm以下のシリコン(Si)基板と、該Si基板の主面上に順次積層して設けられた下地メッキ層と軟磁性裏打ち層とを備え、
前記下地メッキ層は、Ni、Cu、Agの群の中から選択される1種以上の金属元素を主成分として含有する膜厚1nm以上500nm以下の金属または合金であり、
前記軟磁性裏打ち層は、Coを40〜60原子%、Niを20〜40原子%、Feを10〜40原子%含有する膜厚50nm〜1000nmのメッキ成膜された合金であることを特徴とする磁気記録媒体用基板。
【請求項2】
前記軟磁性裏打ち層は、飽和磁化(Ms)の絶対値が1T(テスラ)以上、保磁力(Hc)の絶対値が1.6kA/m以下であり、
前記Msに対応する磁界の絶対値Hs、前記Msの90%の磁化の絶対値M90、該M90に対応する磁界の絶対値H90、前記Hcに対応する磁界0(ゼロ)のときの磁化の絶対値Mrとの間に、次式(1)および(2)が成り立つことを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体用基板。
式(1) Mr<M90<Ms かつ Hc<H90<Hs
式(2) Mr/Ms<0.75
【請求項3】
前記Si基板の直径が25mm以上65mm以下、厚みが0.1mm以上1mm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の磁気記録媒体用基板。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか1項に記載の磁気記録媒体用基板の軟磁性裏打ち層上に磁気記録層が設けられている磁気記録媒体。
【請求項5】
直径90mm以下のSi基板の主面上に下地メッキ層を形成する第1のメッキ工程と、該下地メッキ層上に軟磁性膜を形成する第2のメッキ工程とを備え、
前記第1のメッキ工程は、Ni、Cu、Agの群の中から選択される1種以上の金属イオンを主成分として含有するメッキ浴中に前記Si基板を浸漬させて実行され、
前記第2のメッキ工程は、Co、Ni、およびFeの金属イオンを主成分として含有するpH7〜13のメッキ浴中に前記Si基板を浸漬させて実行されることを特徴とする磁気記録媒体用基板の製造方法。
【請求項6】
前記第1のメッキ工程は、硫酸ニッケルと硫酸アンモニウムを含有するメッキ浴中に前記Si基板を浸漬させて実行されることを特徴とする請求項5に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法。
【請求項7】
前記第2のメッキ工程は、硫酸ニッケル、硫酸鉄、硫酸コバルトの群から選択される少なくとも1種を含有するメッキ浴中に前記Si基板を浸漬させて実行されることを特徴とする請求項5又は6に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法。
【請求項8】
前記第1のメッキ工程に先立ち、前記Si基板表面上の酸化膜を除去する表面処理工程を備えていることを特徴とする請求項5乃至7の何れか1項に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法。
【請求項9】
前記表面処理工程は、水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化カリウム(KOH)、アンモニアの群から選択される少なくとも1種のアルカリを含有するアルカリ水溶液、若しくは、フッ酸、塩酸、硝酸の群から選択される少なくとも1種の酸性を含有する酸水溶液を用いたエッチング処理であることを特徴とする請求項8に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法。
【請求項10】
前記表面処理工程は、前記Si基板表面に1nm以上1μm以下の平方平均粗さ(Ra)の凹凸を形成するように実行されることを特徴とする請求項8又は9に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法。
【請求項11】
前記軟磁性膜のメッキ成膜後に、該軟磁性膜の膜厚および表面平坦性を制御するための研磨工程を備えていることを特徴とする請求項5乃至10の何れか1項に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−287216(P2007−287216A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−111652(P2006−111652)
【出願日】平成18年4月14日(2006.4.14)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】