説明

磁気記録装置

【課題】室温環境だけでなく、ディスクリートトラック媒体上での潤滑剤の流動性が劣化する寒冷環境でもヘッドクラッシュを有効に防止できる磁気記録装置を提供する。
【解決手段】基板と、基板上に形成された磁性層と、表面に塗布された潤滑剤とを有し、さらに磁性層の面内において、記録トラックをなす磁性層のパターンを含むデータ領域、サーボ信号として利用される磁性層のパターンを含みトラック長さ方向に沿ってデータ領域の間に形成された長さsのサーボ領域、およびこれらの磁性層のパターンを分離する非磁性層を含む磁気記録媒体と、磁気記録媒体上に浮上した状態で支持される、磁気ヘッドを備え、その媒体対向面において浮上時に前記磁気記録媒体に最も近づくパッドのスライダー進行方向の長さLが、前記サーボ領域の長さs以下であるヘッドスライダーと、アクチュエータとを有する磁気記録装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディスクリートトラック媒体を用いた磁気記録装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、磁気記録媒体のさらなる高密度化に対応するために、隣接する記録トラックを非磁性材料からなるガードバンドで分離し、隣接トラック間の磁気的干渉を低減するようにしたディスクリートトラック媒体が注目を集めている。このようなディスクリートトラック媒体を実用化するには、様々な要求を満たすことが要求される。たとえば、室温環境だけでなく、ディスクリートトラック媒体上での潤滑剤の流動性が劣化する寒冷環境でもヘッドクラッシュを有効に防止することが要求される。これらの要求に応えるためには、ディスクリートトラック媒体の設計とともにヘッドスライダーの設計を考慮する必要がある。
【0003】
従来、表面に凹凸があるディスクリートトラック媒体に対応して用いられる浮上ヘッドスライダーについて、制御信号記録領域(サーボ領域)の円周方向(トラック長さ方向)の長さを、ヘッドスライダーの長さの3/10を超えない長さにすると規定した磁気ディスク装置が提案されている(特許文献1)。このような磁気ディスク装置では、ヘッドスライダーの浮上量の変動を抑制できることが記載されている。
【0004】
しかし、この磁気ディスク装置では、磁気ディスクが凹凸を有し、ヘッドスライダーがいわゆるサイドレールを有するものを対象としている。このため、上記の設計指針は、どのような磁気ディスクに対しても一般的に適用できるものではない。実際に後述するように、上記の設計指針を適用した磁気ディスク装置では不都合が生じる。
【特許文献1】特開平9−204652号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、室温環境だけでなく、ディスクリートトラック媒体上での潤滑剤の流動性が劣化する寒冷環境でもヘッドクラッシュを有効に防止できる磁気記録装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様に係る磁気記録装置は、基板と、基板上に形成された磁性層と、表面に塗布された潤滑剤とを有し、さらに前記磁性層の面内において、トラックをなす磁性層のパターンを含むデータ領域、サーボ信号として利用される磁性層のパターンを含みトラック長さ方向に沿ってデータ領域の間に形成された長さsのサーボ領域、およびこれらの磁性層のパターンを分離する非磁性層を含む、回転可能な磁気記録媒体と;アクチュエータアームに取り付けられたサスペンションに取り付けられ、前記磁気記録媒体上に浮上した状態で支持される、磁気ヘッドを備えたヘッドスライダーであって、その媒体対向面において浮上時に前記磁気記録媒体に最も近づくパッドのスライダー進行方向の長さLが、前記サーボ領域の長さs以下であるヘッドスライダーと;前記アクチュエータアームを前記磁気記録媒体の半径方向に移動させるアクチュエータとを具備したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、サーボ領域における潤滑剤の修復率を高めることができ、潤滑剤の修復の困難な寒冷環境でも動作可能でかつ高密度の磁気記録装置を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
(実施例1)
図1を参照して、本発明の実施形態に係るディスクリートトラック媒体を用いた磁気記録装置を説明する。この磁気記録装置は、筐体70の内部に、磁気ディスク71と、磁気ヘッドを含むヘッドスライダー76と、ヘッドスライダー76を支持するヘッドサスペンションアッセンブリ(サスペンション75とアクチュエータアーム74)と、ボイスコイルモータ(VCM)77と、回路基板とを備える。
【0009】
磁気ディスク71はスピンドルモータ72に取り付けられて回転され、垂直磁気記録方式により各種のディジタルデータが記録される。ヘッドスライダ76に組み込まれている磁気ヘッドはいわゆる複合型ヘッドであり、単磁極構造のライトヘッドと、シールド型MR再生素子(GMR膜、TMR膜など)を用いたリードヘッドとを含む。アクチュエータアーム74の一端にサスペンション75が保持され、サスペンション75によってヘッドスライダ76を磁気ディスク71の記録面に対向するように支持する。アクチュエータアーム74はピボット73に取り付けられる。アクチュエータアーム74の他端にはボイスコイルモータ(VCM)77が設けられている。ボイスコイルモータ(VCM)77によってヘッドサスペンションアッセンブリを駆動して、磁気ヘッドを磁気ディスク71の任意の半径位置に位置決めする。回路基板はヘッドICを備え、ボイスコイルモータ(VCM)の駆動信号、および磁気ヘッドによる読み書きを制御するための制御信号などを生成する。
【0010】
図2に、本発明の一実施形態に係る磁気ディスクの断面図を示す。図2に示す磁気ディスクは、ディスク基板11上に、軟磁性下地層(SUL)12、垂直磁気記録層13、保護層14を堆積し、保護層14上に潤滑層15を塗布したものである。垂直磁気記録層13は非磁性層16によって分離され、所定のパターンに形成されている。本実施例におけるディスク基板11は、たとえばガラス製で直径0.85インチである。基板上に各層を堆積するには、スパッタリング、真空蒸着、電解メッキなどの方法を用いることができる。
【0011】
図3は、垂直磁気記録層13の表面を概略的に示す平面図である。図3に示すように、円周方向に沿って形成された記録トラック領域21には、サーボ領域22とデータ領域23とが交互に形成されている。この図に示すように、サーボ領域22の長さをsと表す。データ領域23にはユーザーデータが磁気情報として記録される。また、半径方向に沿って、データ領域23と非磁性層(ガードバンド)24が交互に形成されている。データ領域23も非磁性層(ガードバンド)24も円周方向に延びて形成されている。図3には図示していないが、サーボ領域22にはサーボ信号として利用される磁性層のパターンが形成されている。ガードバンドはサーボ領域になくても構わない。
【0012】
図2、図3に模式的に示す磁気記録媒体は次のようにして作製した。
【0013】
<スタンパ作製>
まずパターンの元となる原盤を作製した。
Si基板上に感光性樹脂を塗布し、該感光性樹脂層に電子線を照射して潜像を形成し、この潜像を現像することにより凹凸パターンを形成した。凹凸パターンは、所定のタイミングで電子線を基板上の感光性樹脂に照射するための信号源とその信号源に同期して高精度に基板を移動させるステージを具備する露光装置を用いて形成した。作製されたレジスト原盤の上に通常のスパッタリング法によってNi導電膜を形成した。次に、導電膜の上に電鋳法によりニッケル電鋳膜を形成した。電鋳に用いた液は昭和化学(株)製の高濃度スルファミン酸ニッケルメッキ液(NS−160)を使用した。この電鋳膜の厚さは300μmであった。この後レジスト原盤から電鋳膜を剥離することにより、導電膜及び電鋳膜及びレジスト残渣を備えたスタンパが得られる。次にレジスト残渣を酸素プラズマアッシング法で除去する。
【0014】
こうして得られたファザースタンパ自体をインプリントスタンパとして使用できるが、このファザースタンパに上記の電鋳処理を繰り返しスタンパを大量複製した。まずファザースタンパの表面に、レジスト残渣を除去する工程と同様の酸素プラズマアッシング法によるパッシベーションで酸化膜を形成した。この後、電鋳法により前述したものと同じ手法でニッケル電鋳膜を形成した。この後、ファザースタンパから電鋳膜を剥離してファザースタンパの反転型であるマザースタンパを得た。ファザースタンパからマザースタンパを得る工程を繰り返す事により10枚以上の同じ形状のマザースタンパを得た。この後、ファザースタンパからマザースタンパを得る手順と同様にして、マザースタンパ表面に酸化膜をパッシベーションし、電鋳膜を形成して剥離することにより、ファザースタンパと凹凸形状が同じサンスタンパを得た。
【0015】
<インプリント>
サンスタンパをアセトンで5分間超音波洗浄をした後、フッ素系の剥離材である塩素系フッ素樹脂含有シランカップリング剤であるフルオロアルキルシラン[CF3(CF2)7CH2CH2Si(OMe)3]をエタノールで2%に希釈した溶液で30分以上浸し、ブロアで溶液をとばした後に、窒素雰囲気中120℃で1時間アニールした。上記の磁気記録媒体にレジスト(ローム・アンド・ハース電子材料株式会社製の商品名S1818をpropyleneglycol monomethyl ether acetate(PGMEA)で5倍に希釈したもの、またはS1801)をスピンコータで塗布し、凹凸パターンが形成されたスタンパを450barで60秒間プレスすることによって、レジストにそのパターンを転写した。その後、スタンパをはがし、5分間UV照射で表面凹凸形状を硬化させた後、160℃で30分加熱した。
【0016】
<媒体エッチング>
磁気記録媒体上の凹部のレジスト残渣を除去するため、酸素ガスによるRIEを行った。続けて、Arイオンミリングで磁気記録媒体をエッチングする。強磁性記録層のダメージを無くし、かつ再付着を抑えるために、イオン入射角を30°、70°と変化させてエッチングした。磁性体エッチング後、エッチングマスクの剥離のために酸素RIEを用いた。磁性体加工後、保護膜としてカーボン保護膜を形成した。作製した媒体に潤滑剤をディップ法で塗布した。
【0017】
以上のプロセスで、表面凹凸を有する磁気記録媒体を作製することができる。図2に示すような表面が実質的に平坦な磁気記録媒体にするにはたとえば以下の工程を用いる。
【0018】
スタンパ作製プロセスは上記のものと同じである。インプリントプロセスにおいて、磁気記録媒体にSOG(Spin On Glass)をスピンコータで塗布した。SOGに使用されているものは、シロキサンの化学構造によって、シリカガラス、アルキルシロキサンポリマー、アルキルシルセスキオキサンポリマー(MSQ)、水素化シルセスキオキサンポリマー(HSQ)、水素化アルキルシロキサンポリマー(HOSP)などに分類できる。ここでは、東京応化株式会社製のT−7とダウコーニング社製のFOXをメチルイソブチルケトン(MIBK)で5倍に希釈したものを用いた。SOG塗布後、オーブンに入れ100℃で20分間プリベークを行い、SOGの中の溶媒を飛ばし、上記スタンパを450barで60秒間プレスすることによって、レジストにそのパターンを転写した。
【0019】
次に、エッチングプロセスにおいて、ICP(Inductively Coupled Plasma:誘電結合プラズマ)エッチング装置を用いてSOG膜の残渣除去を行った。エッチングガスにはSF6を用いた。磁気記録媒体のミリングプロセスは上記のものと同じである。
【0020】
ミリング後、レジストに用いたSOGと同様のSOGを用いてスピンコータで塗布し、埋め込みを行った。その後、ミリングで再び磁性膜が出るまでエッチバックを行った。
【0021】
埋め込みには通常のスパッタ法でSiO2、Al23、Ta25等を成膜し、その後ミリングでエッチバックするプロセスを用いることができる。スパッタできる任意の材料を誘電体部の材料とすることができる。
【0022】
なお、エッチバックの量を多めにすることでも、表面に凹凸を設けた媒体を作製することもできる。
【0023】
図4に、サーボ領域およびデータ領域の垂直磁気記録層のパターンをより詳細に示す。図4に示すように、サーボ領域22は、プリアンブル、アドレス領域31、ABCDバースト領域32、ミラー部などを含む。これらのサーボ信号は、垂直磁気記録層13と非磁性層16によって形成され、磁気ヘッドは垂直磁気記録層13の有無によって生じる磁束の変化からサーボ信号を読み出す。
【0024】
図5に、バースト領域32の模式図を示す。35は一単位のバースト信号を発生する領域である。領域35が磁性体である場合には、その周囲の領域は非磁性体となる。逆に、領域35が非磁性体の場合にはその周囲の領域は磁性体となる。領域35が磁性体であるか非磁性体であるかは、本発明の効果に影響せず、領域35の材料は製造コストや信号効率という観点から決定される。
【0025】
一方、図6は、ヘッドスライダー76の媒体対向面(ABS面)の一例を示す平面図である。なお、ヘッドスライダー76のABS面は図6の形態に限定されず、それ以外の形態でもよい。この図では、ABS面上の同じ高さを持つ部分を同じハッチングで示しており、41、42、43、44はこの順に高くなっている。ヘッドスライダー76は磁気ディスク71に対して相対的に矢印Dの方向に進む(すなわち磁気ディスク71は矢印Dと逆方向に進む)。図6では左端がリーディングエッジ、右端がトレーリングエッジであり、トレーリングエッジに磁気ヘッド80が設けられている。動作時には空気がリーディングエッジから流入してトレーリングエッジへ流出することにより、ヘッドスライダー76のABS面のパッドにおいて正圧が発生し、ヘッドスライダー76が磁気ディスク71上で浮上する。このとき、ヘッドスライダー76のABS面のトレーリングエッジからヘッドスライダー76全長の30%以内の領域において最も面積の小さいパッド45(以下、トレーリングパッドと呼ぶ)が磁気ディスク71に最も近づき、トレーリングパッド45において正圧(浮上力)の大部分が発生する。トレーリングパッド45における浮上力とのバランスをとるために、ヘッドスライダー76のABS面におけるその他のパッドと凹部により、浮上力または吸引力を発生させる。図6に示すように、トレーリングパッド45のスライダー進行方向の長さをLで表す。
【0026】
図2〜図5に示す構成を有する磁気ディスクと、図6に示す構成を有するヘッドスライダー76を用いて図1に示した磁気記録装置を作製した。
【0027】
特開平9−204652号公報(特許文献1)には、ヘッドスライダーの長さとサーボ領域の長さの比を規定する技術が開示されている。この技術によると、サーボ領域とトラック領域との浮上量の違いを抑えるためには、スライダー浮上力を発生させるABS面のパッド(特許文献1においてはサイドレール)をサーボ領域よりも大きくする必要がある。この技術に従って、トレーリングパッドの長さLを100μm、サーボ領域の長さsを80μmに設定し、L>sとなる磁気記録装置を作製した。
【0028】
まず、高密度記録用の浮上量の低い仕様で作製したスライダーを用いて再生実験を行った。その結果、1000時間連続動作させた時点でヘッドクラッシュが起こった。この原因を検討するうちに、サーボ領域において潤滑剤の厚さが薄くなっていることがわかった。すなわち、OSA(Optical Surface Analyzer;米国Candela Instruments社製)という装置を用いて、ディスク全面にわたって潤滑剤の厚さ分布を観察したところ、特にヘッドが多く通過したトラックのサーボ領域では潤滑剤が薄いかほとんどなくなっていることがわかった。この観察手法では潤滑剤の厚さを定量できないので、潤滑剤の具体的な厚さはわからない。しかし、サーボ領域において潤滑剤の厚さが減少したことが、ヘッドクラッシュの直接的な原因であることが推定された。
【0029】
そこで、サーボ領域において潤滑剤の厚さが減少する理由を流体力学シミュレーションによって検討した。その結果、次のようなことがわかった。図4および図5に示すように、サーボ領域22では磁性体と非磁性体のパターンが概ね等方的に存在している。サーボ領域22のうちプリアンブルは、ディスク半径方向に連続なパターンを有するが、それでも全体的に円周方向に異方性を持つデータ領域と比べると、等方的であるといえる。磁気ディスク71の表面を詳細に観察した結果、磁性体上と非磁性体上とでカーボン保護膜14の性質がわずかに異なり、そのために潤滑剤15の付着状態が異なることがわかった。このことにより、サーボ領域とデータ領域とにおいても潤滑剤15の付着状態が異なる。具体的には、ヘッドスライダー76が軽く接触するなどして潤滑剤が薄くなった後に、周囲から潤滑剤が供給されて潤滑剤の膜厚が元に戻る現象(修復過程と呼ぶ)に関して、潤滑剤の修復速度(摩擦係数)に異方性が認められる。データ領域23では、トラック長さ方向において修復速度が速い。一方、サーボ領域22では、修復速度は等方的ではあるが、磁性体を加工してない従来の磁気ディスクと比較すると、修復速度は遅くなっている。
【0030】
前述したように、媒体上では、トレーリングパッド直下において最も大きな浮上力が発生している。すなわち、潤滑剤はこのトレーリングパッドの大きさで強く押し付けられる。スライダー進行方向のトレーリングパッドの長さLがサーボ領域の長さsよりも大きいと、トレーリングパッド下におけるサーボ領域全体の潤滑剤が押しやられる。押しやられた潤滑剤の多くはデータ領域に移動し、そこでは潤滑剤の移動速度が速いためにより遠くへ運ばれる。このように余剰潤滑剤がデータ領域の離れた部分に移動しているために、ヘッドスライダーが通過した後に潤滑剤の修復が遅れる。また、サーボ領域の半径方向に押しやられる潤滑剤はそもそも量が少ない上に移動速度が遅いのでやはり潤滑剤の修復が遅れる。このような現象が何度も繰り返されるうちに、サーボ領域の潤滑剤の厚さが減少すると考えられる。
【0031】
以上の知見を基にして、サーボ領域での潤滑剤の厚さが減少しない磁気記録装置を考案した。すなわち、図7に示すように、スライダー進行方向のトレーリングパッドの長さLと、サーボ領域の長さsとの関係が、L<sとなる磁気記録装置を作製した。なお、図7に表示している領域45’はトレーリングパッド45によって高圧が発生している領域を示しており、領域45’の長さL’はトレーリングパッド45の長さLとほぼ同じである。具体的には、Lを70μm、sを100μmに設定した。このときに発生する潤滑剤の流れを矢印Rで示す。
【0032】
トレーリングパッド45による圧力で押し流される潤滑剤は、サーボ領域22における修復速度の等方性を反映して横方向に流れ、その結果、領域45’の横側において潤滑剤が厚くなり、潤滑剤内部の圧力が高くなる。このため、トレーリングパッド45が通過していくに従って、トレーリング側(図8では左側)の潤滑剤が薄い領域には横側から潤滑剤が流入してすぐに修復される。このように、L<sの磁気記録装置では、L>sのものと異なり、潤滑剤の修復速度が速い。
【0033】
上記の効果を確認するために、以下の実験を行った。L/sの値が異なる磁気記録装置を作製し、潤滑剤修復の遅れによるエラーの発生率(修復エラー率と定義する)を調べた。ここで、修復エラー率は次のようにして測定した。潤滑剤修復エラーを加速するために、磁気記録装置を0℃の低温環境に設置して実験を行うようにした。同一トラック上にヘッドスライダーを2時間連続して通過させた。ヘッドスライダーにAEセンサーを取り付け、潤滑剤の厚さムラまたは軽い接触による振動の発生をモニターできるようにした。そして、AEセンサーによりノイズレベルの5倍の強度に相当する信号が発生したトラックを、エラー発生トラックと判断した。この実験を5点の異なる半径位置で実施して平均をとった。その結果を図8に示す。図8からわかるように、L≦sであればエラーが発生しないことがわかった。
【0034】
(実施例2)
実施例1の知見から、媒体表面の凹凸も潤滑剤の修復速度に影響を及ぼすことが考えられる。そこで、非磁性層16の埋め込み平坦化のプロセスを変更して、図9に示すように、非磁性層16の厚さが垂直磁気記録層13の厚さよりも薄い磁気ディスクを作製した。図9において、tは垂直磁気記録層13上の保護層と非磁性層16上の保護層との凹凸差である。この保護膜14表面の凹凸差tはAFMなどで測定することができる。一般に、磁気ディスク表面には約0.3〜1nmの荒れがある。この荒れは一般的に平均粗さRaで記述される。凹凸差tはRaよりも小さくてもよい。図10にRaがtよりも大きい場合の例を示す。凸部上および凹部上の凹凸を、縦軸を強調して示してある。この図では、凹凸差tは0.4nmである。
【0035】
凹凸差tがそれぞれ0.4、5、20、50、80nmである磁気ディスクを作製し、実施例1と同様に磁気記録装置を作製して、同様に修復エラー率を評価した。その際、ヘッドスライダーの構造を変更して、平滑な磁気ディスク上での浮上量がそれぞれ7、12、16、22nmとなるヘッドスライダーを作製し、それぞれのヘッドスライダーを用いて評価した。その結果を図11に示す。図11において、○は修復エラー率が10%未満のもの、×は修復エラー率が10%以上のものである。
【0036】
図11からわかるように、凹凸差20nmの磁気ディスクの場合、設計浮上量16nmのヘッドスライダーを用いることにより修復エラー率を10%未満にすることができる。したがって、凹凸差が20nm以下である磁気ディスクでは、修復エラー率をより低減できる。特に、凹凸差が5nmよりも小さな磁気ディスクの場合、設計浮上量12nm以下のヘッドスライダーを用いることができ、高密度の磁気記録装置を提供できることがわかった。
【0037】
(実施例3)
以下のように製造プロセスを変更して図12に示す磁気ディスクを作製した。ガラス基板11上にフォトレジストをスピンコートした。図3に示すサーボ領域22とデータ領域23に対応するパターンをもつスタンパーをフォトレジストに押し付けて、スタンパーのパターンをレジストに転写した。凹部の底にあるレジストの残渣を酸素RIEプロセスで除去し、ガラス基板面を露出させた。CF4ガスを用いたRIEプロセスでガラス基板11の一部をエッチングして、約50nmの深さの凹部を形成した。このガラス基板11の上に、軟磁性下地層12、垂直磁気記録層13、保護層14をいずれも連続膜として成膜した。この場合、垂直磁気記録層13の凹部に保護層14が存在するので、実質的に同じ平面で垂直磁気記録層13は非磁性の保護層14の一部によって分離されている。保護層14上に潤滑剤15を塗布した。
【0038】
また、以下のように製造プロセスを変更して図13に示す磁気ディスクを作製した。上記と同様にして、ガラス基板11の表面に約50nmの深さの凹部を形成した。このガラス基板11の上に、軟磁性下地層12、垂直磁気記録層13をいずれも連続膜として成膜した。垂直磁気記録層13の凹部に非磁性層16を埋め込んで平坦化した。この場合、実質的に同じ平面で垂直磁気記録層13は非磁性層16によって分離されている。保護層14上に潤滑剤15を塗布した。
【0039】
これらの2種の磁気ディスクを用いて実施例1、2と同様に磁気記録装置を作製し、修復エラー率を評価した。その結果、図8および図11と同様の結果が得られた。図12および図13に示すように、凹凸を有する基板を用いた磁気ディスクを具備した磁気記録装置でも、潤滑剤の厚さが減少することによる修復エラーを防止することができることがわかった。
【0040】
実施例3の磁気ディスクを用いると、従来の磁気ディスクと同じ成膜プロセスを用いることができるので、より安価な磁気記録装置を提供することができる。ただし、基板の凹凸の形状が完全に磁気記録層の表面に反映されるわけではないので、記録密度や信頼性などの性能が劣る可能性がある。したがって、どの実施例の磁気ディスクを選択するかは用いる製品の仕様に基づいて決定される。
【0041】
以下、本発明に実施形態に係る磁気記録媒体の各層に用いられる材料や、各層の積層構造について説明する。
【0042】
<基板>
基板11としては、たとえばガラス基板、Al系合金基板、セラミック基板、カーボン基板、酸化表面を有するSi単結晶基板、およびこれらの基板の表面にNiP層を形成したものなどを用いることができる。ガラス基板には、アモルファスガラスまたは結晶化ガラスを用いることができる。アモルファスガラスとしては、ソーダライムガラス、アルミノシリケートガラスなどがある。結晶化ガラスとしては、リチウム系結晶化ガラスなどがある。セラミック基板としては、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、窒化珪素などを主成分とする焼結体や、これらの焼結体を繊維強化したものなどを用いることができる。基板の表面にNiP層を形成するには、メッキやスパッタリングが用いられる。
【0043】
<軟磁性下地層>
図2の磁気記録媒体は、軟磁性下地層(SUL)上に垂直磁気記録層を有するいわゆる垂直二層媒体である。垂直二層媒体の軟磁性下地層は、記録磁極からの記録磁界を通過させ、記録磁極の近傍に配置されたリターンヨークへ記録磁界を還流させるために設けられている。すなわち、軟磁性下地層は記録ヘッドの機能の一部を担っており、記録層に急峻な垂直磁界を印加して、記録効率を向上させる役目を果たす。
【0044】
軟磁性下地層には、Fe、NiおよびCoのうち少なくとも1種を含む高透磁率材料が用いられる。このような材料として、FeCo系合金たとえばFeCo、FeCoVなど、FeNi系合金たとえばFeNi、FeNiMo、FeNiCr、FeNiSiなど、FeAl系およびFeSi系合金たとえばFeAl、FeAlSi、FeAlSiCr、FeAlSiTiRu、FeAlOなど、FeTa系合金たとえばFeTa、FeTaC、FeTaNなど、FeZr系合金たとえばFeZrNなどが挙げられる。
【0045】
軟磁性下地層に、Feを60at%以上含有するFeAlO、FeMgO、FeTaN、FeZrNなどの微結晶構造、または微細な結晶粒子がマトリクス中に分散されたグラニュラー構造を有する材料を用いることもできる。
【0046】
軟磁性下地層の他の材料として、Coと、Zr、Hf、Nb、Ta、TiおよびYのうち少なくとも1種とを含有するCo合金を用いることもできる。Coは、好ましくは80at%以上含まれる。このようなCo合金をスパッタリングにより成膜した場合にはアモルファス層が形成されやすい。アモルファス軟磁性材料は、結晶磁気異方性、結晶欠陥および粒界がないため、非常に優れた軟磁性を示す。また、アモルファス軟磁性材料を用いることにより、媒体の低ノイズ化を図ることができる。好適なアモルファス軟磁性材料としては、たとえばCoZr、CoZrNb、及びCoZrTa系合金などを挙げることができる。
【0047】
軟磁性下地層の下に、軟磁性下地層の結晶性の向上または基板との密着性の向上のためにさらに下地層を設けてもよい。下地層材料としては、Ti、Ta、W、Cr、Pt、もしくはこれらを含む合金、またはこれらの酸化物、窒化物を用いることができる。
【0048】
軟磁性下地層と垂直磁気記録層との間に、非磁性体からなる中間層を設けてもよい。中間層の役割は、軟磁性下地層と記録層との交換結合相互作用を遮断すること、および記録層の結晶性を制御することである。中間層材料としては、Ru、Pt、Pd、W、Ti、Ta、Cr、Si、もしくはこれらを含む合金、またはこれらの酸化物、窒化物を用いることができる。
【0049】
スパイクノイズ防止のために軟磁性下地層を複数の層に分け、厚さ0.5〜1.5nmのRuを挟んで反強磁性結合させてもよい。また、軟磁性層と、CoCrPt、SmCo、FePtなどの面内異方性を持った硬磁性膜またはIrMn、PtMnなどの反強磁性体からなるピニング層とを交換結合させてもよい。この場合、交換結合力を制御するために、Ru層の上下に、磁性層たとえばCo、または非磁性層たとえばPtを積層してもよい。
【0050】
<垂直磁気記録層>
垂直磁気記録層には、たとえば、Coを主成分とし、少なくともPtを含み、必要に応じてCrを含み、さらに酸化物(たとえば酸化シリコン、酸化チタン)を含む材料が用いられる。垂直磁気記録層中では、磁性結晶粒子が柱状構造をなしていることが好ましい。このような構造を有する垂直磁気記録層では、磁性結晶粒子の配向性および結晶性が良好であり、結果として高密度記録に適した信号/ノイズ比(S/N比)を得ることができる。上記のような構造を得るためには、酸化物の量が重要になる。酸化物の含有量は、Co、Pt、Crの総量に対して、3mol%以上12mol%以下が好ましく、5mol%以上10mol%以下がより好ましい。垂直磁気記録層中の酸化物の含有量が上記の範囲であれば、磁性粒子の周りに酸化物が析出し、磁性粒子を孤立化および微細化させることができる。酸化物の含有量が上記範囲を超える場合、酸化物が磁性粒子中に残留し、磁性粒子の配向性、結晶性を損ね、さらには磁性粒子の上下に酸化物が析出し、結果として磁性粒子が垂直磁気記録層を上下に貫いた柱状構造が形成されなくなる。一方、酸化物の含有量が上記範囲未満である場合、磁性粒子の孤立化および微細化が不十分となり、結果として記録再生時におけるノイズが増大し、高密度記録に適した信号/ノイズ比(S/N比)が得られなくなる。
【0051】
垂直磁気記録層のPtの含有量は、10at%以上25at%以下であることが好ましい。Pt含有量が上記範囲であると、垂直磁気記録層に必要な一軸磁気異方性定数Kuが得られ、さらに磁性粒子の結晶性、配向性が良好になり、結果として高密度記録に適した熱揺らぎ特性、記録再生特性が得られる。Pt含有量が上記範囲を超えた場合、磁性粒子中にfcc構造の層が形成され、結晶性、配向性が損なわれるおそれがある。一方、Pt含有量が上記範囲未満である場合、高密度記録に適したKuしたがって熱揺らぎ特性が得られなくなる。
【0052】
垂直磁気記録層のCrの含有量は、0at%以上16at%以下が好ましく、10at%以上14at%以下がより好ましい。Cr含有量が上記範囲であると、磁性粒子の一軸磁気異方性定数Kuを下げることなく高い磁化を維持でき、結果として高密度記録に適した記録再生特性と十分な熱揺らぎ特性が得られる。Cr含有量が上記範囲を超えた場合、磁性粒子のKuが小さくなるため熱揺らぎ特性が悪化し、かつ磁性粒子の結晶性、配向性が悪化し、結果として記録再生特性が悪くなる。
【0053】
垂直磁気記録層は、Co、Pt、Cr、酸化物に加えて、B、Ta、Mo、Cu、Nd、W、Nb、Sm、Tb、Ru、Reから選ばれる1種類以上の添加元素を含んでいてもよい。これらの添加元素を含むことにより、磁性粒子の微細化を促進するか、または結晶性や配向性を向上させることができ、より高密度記録に適した記録再生特性、熱揺らぎ特性を得ることができる。これらの添加元素の合計含有量は、8at%以下であることが好ましい。8at%を超えた場合、磁性粒子中にhcp相以外の相が形成されるため、磁性粒子の結晶性、配向性が乱れ、結果として高密度記録に適した記録再生特性、熱揺らぎ特性が得られなくなる。
【0054】
垂直磁気記録層の他の材料としては、CoPt系合金、CoCr系合金、CoPtCr系合金、CoPtO、CoPtCrO、CoPtSi、CoPtCrSiが挙げられる。垂直磁気記録層に、Pt、Pd、RhおよびRuからなる群より選択される少なくとも一種を主成分とする合金と、Coとの多層膜を用いることもできる。また、これらの多層膜の各層に、Cr、BまたはOを添加した、CoCr/PtCr、CoB/PdB、CoO/RhOなどの多層膜を用いることもできる。
【0055】
垂直磁気記録層の厚さは、5〜60nmが好ましく、10〜40nmがより好ましい。この範囲の厚さを有する垂直磁気記録層は高記録密度に適している。垂直磁気記録層の厚さが5nm未満であると、再生出力が低過ぎてノイズ成分の方が高くなる傾向がある。一方、垂直磁気記録層の厚さが40nmを超えると、再生出力が高過ぎて波形を歪ませる傾向がある。垂直磁気記録層の保磁力は、237000A/m(3000Oe)以上であることが好ましい。保磁力が237000A/m(3000Oe)未満であると、熱揺らぎ耐性が劣る傾向がある。垂直磁気記録層の垂直角型比は、0.8以上であることが好ましい。垂直角型比が0.8未満であると、熱揺らぎ耐性に劣る傾向がある。
【0056】
<保護層>
保護層は、垂直磁気記録層の腐食を防ぐとともに、磁気ヘッドが媒体に接触したときに媒体表面の損傷を防ぐ作用を有する。保護層の材料としては、たとえばC、SiO2、ZrO2を含む材料が挙げられる。保護層の厚さは、1〜10nmとすることが好ましい。保護層の厚さを上記の範囲にすると、ヘッドと媒体の距離を小さくできるので、高密度記録に好適である。
【0057】
<潤滑層>
潤滑剤としては、たとえばパーフルオロポリエーテル、フッ化アルコール、フッ素化カルボン酸などを用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】実施例1に係る磁気記録装置の斜視図。
【図2】実施例1に係る磁気記録装置に用いられる磁気ディスクの断面図。
【図3】図2の磁気ディスクの表面を概略的に示す平面図。
【図4】図3の磁気ディスクのサーボ領域およびデータ領域をより詳細に示す平面図。
【図5】図4の磁気ディスクのサーボ領域をより詳細に示す平面図。
【図6】実施例1に係る磁気記録装置に用いられるヘッドスライダーのABS面を示す平面図。
【図7】実施例1に係る磁気記録装置に用いられる磁気ディスクのサーボ領域において、パッドによる圧力が発生した領域と潤滑剤の流れを模式的に示す図。
【図8】実施例1における磁気記録装置のL/sの値と修復エラー率の関係を示す図。
【図9】実施例2における磁気記録装置に用いられた磁気ディスクの一部を示す断面図。
【図10】磁気ディスクの表面粗さと凹凸差tとの関係を模式的に示す図。
【図11】実施例2において作製した磁気記録装置について、磁気ディスクの凹凸差およびヘッドスライダーの設計浮上量と、修復エラー率との関係を示す図。
【図12】実施例3の磁気記録装置に用いられる磁気記録媒体の一例の断面図。
【図13】実施例3の磁気記録装置に用いられる磁気記録媒体の他の例の断面図。
【符号の説明】
【0059】
11…ディスク基板、12…下地層、13…記録層、14…保護層、15…潤滑層、16…非磁性層、21…記録トラック領域、22…サーボ領域、23…データ領域、45…トレーリングパッド、31…アドレス領域、32…バースト領域、35…バースト信号の一単位を発生する領域、45…トレーリングパッド、70…筐体、71…磁気ディスク、72…スピンドルモータ、73…ピボット、74…アクチュエータアーム、75…サスペンション、76…ヘッドスライダー、77…ボイスコイルモータ(VCM)、80…磁気ヘッド。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、基板上に形成された磁性層と、表面に塗布された潤滑剤とを有し、さらに前記磁性層の面内において、記録トラックをなす磁性層のパターンを含むデータ領域、サーボ信号として利用される磁性層のパターンを含みトラック長さ方向に沿ってデータ領域の間に形成された長さsのサーボ領域、およびこれらの磁性層のパターンを分離する非磁性層を含む、回転可能な磁気記録媒体と、
アクチュエータアームに取り付けられたサスペンションに取り付けられ、前記磁気記録媒体上に浮上した状態で支持される、磁気ヘッドを備えたヘッドスライダーであって、その媒体対向面において浮上時に前記磁気記録媒体に最も近づくパッドのスライダー進行方向の長さLが、前記サーボ領域の長さs以下であるヘッドスライダーと、
前記アクチュエータアームを前記磁気記録媒体の半径方向に移動させるアクチュエータと
を具備したことを特徴とする磁気記録装置。
【請求項2】
前記磁気記録媒体の磁性層と非磁性層との高さの差が20nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の磁気記録装置。
【請求項3】
前記磁気記録媒体の磁性層と非磁性層との高さの差が5nm以下であることを特徴とする請求項2に記載の磁気記録装置。
【請求項4】
前記磁気記録媒体の基板は、表面に1nm以上の凹凸を有することを特徴とする請求項1に記載の磁気記録装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2006−31853(P2006−31853A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−210460(P2004−210460)
【出願日】平成16年7月16日(2004.7.16)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】