移動体の異常検出方法
【課題】異常要素を簡易且つ精度よく検出することができる移動体の異常検出方法を提供する。
【解決手段】基準用車両の走行時の音及び振動に関する基準用データを取得し、基準用データに基づいて基準用RMS値を求め、基準用RMS値に基づいてMTシステムのSN比を算出し、このSN比をニューラルネットワークに教師データとして適用する(S11〜14)。そして、かかるSN比の適用を基準用被加工物に対して繰り返し実施することで、ニューラルネットワークモデルを構築する(S15)。続いて、検出用車両の走行時の音及び振動に関する検出用データを取得し、検出用データに基づいて検出用RMS値を求め、検出用RMS値に基づいてMTシステムのSN比を算出し、このSN比及び構築したニューラルネットワークモデルに基づいて異常要素を検出する。
【解決手段】基準用車両の走行時の音及び振動に関する基準用データを取得し、基準用データに基づいて基準用RMS値を求め、基準用RMS値に基づいてMTシステムのSN比を算出し、このSN比をニューラルネットワークに教師データとして適用する(S11〜14)。そして、かかるSN比の適用を基準用被加工物に対して繰り返し実施することで、ニューラルネットワークモデルを構築する(S15)。続いて、検出用車両の走行時の音及び振動に関する検出用データを取得し、検出用データに基づいて検出用RMS値を求め、検出用RMS値に基づいてMTシステムのSN比を算出し、このSN比及び構築したニューラルネットワークモデルに基づいて異常要素を検出する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車や鉄道車両等の移動体の異常要素を検出する異常検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の移動体の異常検出方法としては、例えば特許文献1に記載されたものが知られている。このような移動体の異常検出方法では、センサによって鉄道車両(移動体)のダンパの変位に関するデータを取得し、取得したデータに基づいてMTシステムのマハラノビス距離(Mahalanobis distance:以下、「MD」という)を算出する。そして、算出したMDに基づいて、ダンパの異常の有無を検出する。
【特許文献1】特開2006−160153号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ここで、上述したような移動体の異常検出方法においては、移動体を構成する要素(例えば、ばね、ダンパ、軸受、動力伝達装置等)のうち何れが異常要素であるのかを精度よく検出し特定できることが望まれている。特に、近年の移動体の異常検出方法では、異常要素を簡易に検出できることが要求されている。
【0004】
そこで、本発明は、異常要素を簡易且つ精度よく検出することができる移動体の異常検出方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するため、本発明に係る移動体の異常検出方法は、移動体の異常要素を検出するための異常検出方法であって、異常要素を検出するためのニューラルネットワークモデルを構築する工程と、構築されたニューラルネットワークモデルに基づいて異常要素を検出する工程と、を備え、ニューラルネットワークモデルを構築する工程は、基準用移動体の走行時に発生する音及び振動の少なくとも一方に関する基準用データを取得する第1工程と、取得した基準用データに基づいて基準用RMS値を求める第2工程と、求めた基準用RMS値に基づいてMTシステムのSN比を算出し、このSN比をニューラルネットワークに教師データとして適用する第3工程と、第1〜3工程を基準用移動体に対して繰り返し実施することで、ニューラルネットワークモデルを構築する第4工程と、を含み、異常要素を検出する工程は、検出用移動体の走行時に発生する音及び振動の少なくとも一方に関する検出用データを取得する第5工程と、取得した検出用データに基づいて検出用RMS値を求める第6工程と、求めた検出用RMS値に基づいてMTシステムのSN比を算出し、このSN比及びニューラルネットワークモデルに基づいて異常要素を検出する第7工程と、を含むことを特徴とする。
【0006】
この移動体の異常検出方法では、MTシステム及びニューラルネットワークを互いに好適に協働させて異常要素を検出している。すなわち、一般的にMTシステムのMDによる異常要素の検出においては、例えば異常要素として検出されるべき要素の数が多いと、定量的評価が困難になり検出精度が低下してしまう。この点、本発明では、MTシステムを適用する一方で、MTシステムのMDによらずにニューラルネットワークによって異常要素を検出している。よって、異常要素を精度よく特定して検出することができる。他方、ニューラルネットワークによる異常の検出においては、通常、ニューラルネットワークモデルを構築する際、非常に多く(例えば、約100〜1000程度)の教師データ数が必要とされる。この点、本発明では、教師データにMTシステムのSN比を適用している。さらに、このSN比にあっては、特徴化(正常と異常との違いが強調)されたRMS(Root Means Square)値に基づいて算出される。よって、教師データのばらつきの影響を極小化でき、必要な教師データ数を最小化できる共に精度のよいニューラルネットワークモデルを構築できる。従って、本発明によれば、異常要素を簡易且つ精度よく検出することが可能となる。
【0007】
ここで、異常要素として検出される要素は、移動体の走行系の要素であることが好ましい。これにより、移動障害や事故の発生を抑制することができ、移動体の安全性を向上することが可能となる。走行系の要素としては、例えば、ばね、ダンパ、軸受及び動力伝達装置等が挙げられる。
【0008】
また、SN比は、望大特性のSN比であることが好ましい。この場合、充分な精度を確保しつつ一層簡易に異常要素を検出することが可能となる。
【0009】
また、異常要素として検出される要素は複数存在しており、SN比は、複数の要素ごとに分けられたSN比群からなるSN比データとして算出されることが好ましい。これにより、異常要素として検出される要素が複数存在する場合において、その要素ごとにSN比を算出してニューラルネットワークモデルを構築することが不要となる。つまり、1つのニューラルネットワークモデルで複数の異常要素を特定して検出することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、異常要素を簡易且つ精度よく検出することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。本実施形態において、「上」、「下」等の語は、図面に示される状態に基づいており、便宜的なものである。
【0012】
図1は、本発明の一実施形態に係る移動体の異常要素検出システムの構成を示す概略ブロック図である。図1に示すように、異常要素検出システム1は、移動体の走行系要素のうち異常又は異常の兆候が生じている要素を、異常要素として検出する。具体的には、異常要素システム1では、MTシステム及びニューラルネットワークを互いに好適に協働させて異常要素を検出し特定する。そこで、まず、MTシステム及びニューラルネットワークのそれぞれについて説明する。
【0013】
[MTシステム]
一般的に、MT(Mahalanobis-Taguchi)システムとは、MDという基本概念を用いて状態の変化を判別する多変量解析手法である。つまり、MTシステムは、複数の測定量(多変数)をMD(1つの変数)で表現して取り扱う。このMTシステムでは、例えば、次の(1)〜(3)の順にそのアルゴリズムが構築される。
【0014】
(1)単位空間の構築
まず、図2に示すように、異常要素の検出に必要なデータを測定(検出)し、正常と異常とのデータに仮定する。そして、測定した測定量に、正常と異常との違いを強調する数値処理である特徴化を行う。このように測定量を特徴化することで、種々の要因で正常データが異常データとされてしまうことが抑制され、異常検出に使用する情報が的確に取り出される。その後、例えば測定量や特徴化した項目(図中のA´,B´等)によって単位空間を形成する。
【0015】
(2)有効性解析
次に、データの有効性を見極める有効性解析を行う。この際の評価は、異常検出のために有用な情報と有害な情報との比であるSN比によって行うことができる。具体的には、図3に示すように、上記(1)で特徴化したデータを直交表に割り付けることで、SN比を項目別に算出する。ここでは、直交表として、L8直交表を用いている。直交表中の1,2は水準を示しており、「1」はその項目を用いる(単位空間に含む)ことを意味し、「2」はその項目を用いない(単位空間から除外する)ことを意味する。列番(図中のA,B…)は、異常要素として検出される要素に対応するものである。
【0016】
これにより、図4に示すように、有効性解析の結果として、要素別にSN比が示されたSN比データが得られる。なお、図中の縦軸は、大きいもの程異常検出のための効果があることを意味している。
【0017】
(3)MDの算出
次に、上記(2)で得られたSN比データの中からSN比(要因効果)が大きい項目を選択し、MDを算出する。なお、MDの算出の詳細については、特開2006−160153号公報等を参照されたい。
【0018】
[ニューラルネットワーク]
一般的に、ニューラルネットワークとは、脳神経系の情報処理機構を模倣した数理モデルであり、様々なパターンを教師データとして与え、そのパターン差を異常状態としてアルゴリズムを構築する手法である。
【0019】
図5に示すように、ここでのニューラルネットワーク50は、階層型のものであり、ユニット51と呼ばれる演算素子を層状に結合した階層構造として表される。このニューラルネットワーク50は、外部からデータを受け取る入力ユニット52が配置された入力層と、外部へデータを出力する出力ユニット53が配置された出力層と、これらの層間の隠れ層(中間層)と、を備えている。また、図中の矢印55は、信号の流れを表している。
【0020】
このニューラルネットワークによれば、上記MTシステムと異なり、結果が「○」「×」や「Yes」「No」のように2値化される。そのため、異常発生の明確な判別を行うことが可能となる。
【0021】
次に、本実施形態の異常要素システム1について説明する。
【0022】
図6は、鉄道車両の台車を示す側面図である。図1,6に示すように、異常要素システム1は、鉄道車両20の台車21における走行系要素(ここでは、後述のばね27,28、ダンパ33及び軸受32)に異常が生じたとき、その要素を異常要素として検出し特定する。そして、異常要素を検出した場合、ブレーキ6及び動力伝達装置7を制御して鉄道車両20の走行を停止させる。
【0023】
図6に示すように、台車21は、鉄道車両20の車体(台枠)25の底面をその下方から支持しており、台車枠26を有している。台車枠26は、車両進行方向(図示左右方向)に延在し、その長手方向の略中央には、枕ばね(空気ばね)27が設けられている。枕ばね27は、車体26の上下方向における振動を緩和するものであり、車体26の底面に接続されている。
【0024】
また、台車枠26の車両進行方向における両端には、軸ばね28がそれぞれ設けられている。軸ばね28は上下方向の振動を緩和するものであり、軸ばね28の一端は軸箱29に連結されている。軸箱29には、車輪30に固定された車軸31を回転自在に支持するための軸受32が内蔵されている。また、各軸ばね28には、軸ダンパ33が並列するように設けられている。軸ダンパ33の一端は軸箱29に連結されており、他端は軸ばね28に連結されている。また、軸箱29は、軸箱支持装置34(いわゆる軸はり)によって台車枠26に支持されている。
【0025】
図1に戻り、異常要素システム1は、音検出センサ2、振動検出センサ3、バンドパスフィルタ4及び異常要素検出部5を備えている。
【0026】
音検出センサ2は、鉄道車両20の走行時に発生する音を検出するためのものである。振動検出センサ3は、鉄道車両20の走行時に発生する振動を検出するためのものである。これらのセンサ2,3は、鉄道車両20の台車21近傍に配置されている。また、センサ2,3は、バンドパスフィルタ4を介して異常要素検出部5に接続されており、該異常要素検出部5へ出力信号を出力する。
【0027】
バンドパスフィルタ4は、センサ2,3から出力された出力信号のうちの特定周波数帯を選択的に通過させて抽出する。なお、この特定周波数帯は、検出する異常要素や周囲環境等によって適宜設定されるものであり、例えば、共振点の帯域、低周波の帯域、又は高周波の帯域とする場合がある。
【0028】
異常要素検出部5は、物理的には、例えばCPU、ROM、及びRAM等から構成されている。この異常要素検出部31は、異常要素の検出するためのニューラルネットワークモデルを格納する。また、異常要素検出部31は、センサ2,3から出力された出力信号とニューラルネットワークモデルとに基づいて、異常要素を検出する(詳しくは、後述)。さらにまた、異常要素検出部31は、ブレーキ6及び動力伝達装置7に接続されており、異常要素を検出した場合、ブレーキ6及び動力伝達装置7を制御して鉄道車両20の走行を自動的に停止させる。
【0029】
次に、異常要素システム1によって異常要素を検出する処理について、図7〜図9のフローチャートを参照しつつ説明する。なお、ここでは、鉄道車両20の走行系要素のうちのばね27,28を第1要素、ダンパ33を第2要素、及び軸受32を第3要素とし、これら第1〜3要素を対象に異常要素を検出する。
【0030】
異常要素システム1では、基準用の鉄道車両20A(以下、「基準用車両20A」という)の走行時に発生する音及び振動を検出し、異常要素の検出のためのニューラルネットワークモデルを予め構築する(S1:前工程)。そして、検出用の鉄道車両10B(以下、「検出用車両20B」という)の走行時に発生する音及び振動を検出し、構築したニューラルネットワークモデルに基づいて異常要素の検出を行うことで、検出用車両20Bをリアルタイム(走行中)で監視する(S2:本工程)。
【0031】
[前工程]
まず、基準用車両20Aの走行時に発生する音及び振動を、センサ2,3によってバンドパスフィルタ4を介して検出する。これにより、走行時に発生する音及び振動のそれぞれについて、波形パターンの出力信号が基準用データとして取得される(S11)。
【0032】
続いて、取得した基準用データを特徴化するため、基準用データに基づいてRMS値(以下、「基準用RMS値」という)を求める(S12)。つまり、基準用データを特徴化すべく、バンドパスフィルタ4でフィルタリングされた出力信号の実効値である基準用RMS値が求められる。
【0033】
続いて、求めた基準用RMS値に基づいて有効性解析を実施し、MTシステムのSN比を算出する(S13)。具体的には、基準用RMS値を直交表に割り付けることで、MTシステムのSN比を、第1〜第3要素ごとに分けられたSN比群からなる基準用SN比データとして算出する。ここでのSN比は、異常要素を検出できればよいという観点から好ましいとして、望大特性のSN比とされている。直交表としては、基準用データのデータ数に応じて適宜なものが用いられ、例えばL4直交表、L8直交表、L12直交表及びL16直交表等が挙げられる。
【0034】
続いて、算出した基準用SN比データをニューラルネットワークへ教師データとして適用する(S14)。そして、上記S11〜S14を複数の基準用車両20Aに対して繰り返し実施する。ここでは、第1〜3要素のそれぞれについて、異常要素であるときの基準用SN比データを教師データとして3〜4回繰り返し適用する。これにより、SN比データの各SN比パターンの違いで第1〜3要素から異常要素を特定できるニューラルネットワークモデルが構築される(S15)。なお、上記S11〜S14を1つの基準用車両20Aに繰り返し実施してもよい。
【0035】
図9は、基準用SN比データの一例を示す線図である。図中の基準用SN比データD1は、第2要素が異常要素のときのものを示している。この基準用SN比データD1は、第1〜第3要素ごとに分けられた複数のSN比を含んで構成されている。図9に示すように、基準用SN比データD1では、次の傾向があることがわかる。すなわち、異常要素である第2要素の項目にてSN比が正となる傾向があるのがわかる。また、異常要素ではない第1要素の一項目においても、SN比が特に大きくなる傾向があるのがわかる。
【0036】
図10は、基準用SN比データの他の一例を示す線図である。図中の基準用SN比データD2は、第3要素が異常要素のときのものを示している。この基準用SN比データD2は、上記の基準用SN比データD1と同様に、第1〜第3要素ごとに分けられた複数のSN比を含んで構成されている。図10に示すように、基準用SN比データD2では、次の傾向があることがわかる。すなわち、異常要素である第3要素の項目においては、SN比に特徴的な傾向が特に見られない。一方、異常要素ではない第1及び2要素における一項目にてSN比が大きくなる傾向があるのがわかる。
【0037】
[本工程]
次に、本工程について説明する。まず、検出用車両20Bの走行時に発生する音及び振動を、センサ2,3によってバンドパスフィルタ4を介して検出する。これにより、検出用車両20Bの走行時に発生する音及び振動のそれぞれについて、波形パターンの出力信号を検出用データとして取得する(S21)。
【0038】
続いて、取得した検出用データを特徴化するため、検出用データに基づいてRMS値(以下、「検出用RMS値」という)を求める(S22)。続いて、求めた検出用RMS値に基づいて有効性解析を実施し、MTシステムのSN比を算出する(S23)。具体的には、検出用RMS値を直交表に割り付けることで、MTシステムのSN比を、第1〜第3要素ごとに分けられたSN比群からなる検出用SN比データとして算出する。ここでのSN比は、上記S13と同様に、望大特性のSN比とされている。
【0039】
続いて、算出した検出用SN比データと、上記S16で構築したニューラルネットワークモデルとに基づいて、第1〜第3要素のうち異常が生じている要素を異常要素として検出する(S24)。つまり、検出用SN比データをニューラルネットワークモデルへ未知データとして適用することで、検出用SN比データに含まれる各SN比のパターンの違いから異常要素が判別され特定されることとなる。
【0040】
そして、異常要素が検出された場合、ブレーキ6及び動力伝達装置7を制御して検出用車両20Bの走行を直ちに停止する(S25→S26)。一方、異常要素が検出されない場合、検出用車両20Bがそのまま走行すると共に、上記S21に戻り、その後の処理を繰り返し続行する。
【0041】
ここで、一般的にMTシステムのMDによる異常の検出においては、例えば異常要素として検出されるべき要素の数が多いと、定量的評価が困難になり検出精度が低下してしまう。この点、本実施形態では、上述したように、MTシステムを適用する一方で、MTシステムのMDによらずに(上記の「(3)MDの算出」を実施せずに)、ニューラルネットワークによって異常要素を検出している。よって、複数の異常要素を検出する場合であっても、異常要素を精度よく検出することができる。
【0042】
他方、一般的にニューラルネットワークによる異常の検出においては、ニューラルネットワークモデルを構築する際、非常に多く(例えば、約100〜1000程度)の教師データ数が必要とされる。このデータ数は、MTシステムで必要とするデータ数の数十倍である。ニューラルネットワークが多くの教師データ数を必要とするのは、教師データのばらつきが大きいことを示している。この点、本実施形態では、教師データにMTシステムのSN比を適用している。さらに、このSN比にあっては、特徴化されたRMS値に基づいて算出されている。よって、教師データのばらつきの影響を極小化でき、必要な教師データ数を最小化(ここでは、3〜4つに)することができる共に、精度のよいニューラルネットワークモデルを構築することができる。
【0043】
従って、本実施形態の異常要素検出システム1によれば、MTシステム及びニューラルネットワークを互いに好適に協働させ、異常要素を自動的に検出(異常診断)することができる。つまり、MTシステムの欠点とニューラルネットワークの欠点とのそれぞれを補うように、それぞれの長所が互いに強調されて異常要素が自動的に検出される。その結果、異常要素を簡易且つ精度よく検出することが可能となる。さらに、異常要素を精度よく検出できることによって鉄道車両20の走行系要素の監視が可能となり、予防保全を実現することができる。ひいては、保全周期の延伸や保全部品の延命が可能となり、保全コストを低減することもできる。
【0044】
図11は、図1の異常要素検出システムによる異常要素検出結果を示す図表である。図中の検出結果では、検出精度の確認のため、異常要素は判定値として既知とされている。また、図中の第1〜7段目に示す結果では、SN比データを教師データとしてニューラルネットワークに適用し、ニューラルネットワークモデルを構築しているのに加え、SN比データを未知データとしてニューラルネットワークモデルへ適用し、異常要素の検出の確認を行っている。図中の第8段目に示す結果では、SN比データを未知データとしてニューラルネットワークモデルへ適用し、異常要素の検出を行っている。図11に示すように、本実施形態によれば、SN比データを教師データとして3〜4回ニューラルネットワークへ適用することで、正答率100%で異常要素が検出されるのがわかる。よって、異常要素を簡易且つ精度よく検出するという上記効果を確認することができた。
【0045】
また、本実施形態では、上述したように、異常要素として検出される要素が、鉄道車両20の走行系部品であるばね22、ダンパ23、及び軸受24とされている。これにより、鉄道車両20の走行系の不具合による走行障害や事故の発生を抑制することができ、安全性を向上することが可能となる。かかる効果は、移動体にとって有効なものである。
【0046】
また、本実施形態では、上述したように、SN比は、望大特性のSN比とされている。よって、充分な精度を確保しつつ一層簡易に異常要素を検出することが可能となる。なお、SN比は、場合によっては、動特性のSN比等としてもよい。
【0047】
また、本実施形態では、上述したように、異常要素として検出される要素が複数存在しており、SN比は、複数の要素ごとに分けられたSN比群からなるSN比データとして算出されている(図10,11参照)。この場合、要素ごとにSN比を算出し、要素ごとにニューラルネットワークモデルを構築することが不要となる。つまり、1つのモデルで複数の異常要素を特定して検出することができる。
【0048】
また、上述したように、算出されたSN比は、異常要素ではない要素の項目において特徴的な傾向を示す場合がある(図10参照)。この点、本実施形態では、SN比を要素ごとに算出せずにSN比データとして算出し、このSN比データをニューラルネットワークに適用している。そのため、異常要素ではない要素の項目にてSN比が特徴的な傾向を示す場合であっても、かかる特徴を考慮してニューラルネットワークモデルを構築することができる。よって、一層精度よく異常要素を検出することが可能となる。
【0049】
なお、一般的に、MTシステムとニューラルネットワークとは、例えば次の理由から、協動させるのが困難な手法とされている。すなわち、それぞれの手法が誕生した時期が異なっている。具体的には、ニューラルネットワークは1980年代〜1990年代をピークに研究される一方、MTシステムは2000年代をピークに研究されている。また、ニューラルネットワークは、非常に多くのデータから計算を行うことから、2000年代以前の汎用コンピュータによる計算では非常に難儀である。よって、従来、ニューラルネットワークは、計算コスト、計算速度から推定される異常検出速度の遅さ等の点で現実上困難な手法とされている。これに対し、本実施形態ではMTシステム及びニューラルネットワークが互いに好適に協働されており、よって、本実施形態は特に有効なものといえる。
【0050】
ちなみに、本実施形態の異常要素検出システム1は、検出用車両20Bの走行中において多次元情報(音及び振動)を取得することで異常要素を検出することから、多次元情報によるリアルタイム監視システムともいえる。
【0051】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は、上記実施形態に限られるものではない。例えば、上記実施形態では、音及び振動に関するデータを取得したが、音又は振動のいずれか一方に関するデータを取得してもよい。
【0052】
また、上記実施形態では、移動体として鉄道車両20に適用したが、自動車等のあらゆる移動体に適用することが可能である。
【0053】
また、上記実施形態では、対象とする走行系要素をばね22、ダンパ23及び軸受24としたが、例えば動力伝達装置等のその他の走行系要素を対象としてもよい。さらに、走行系要素でなくとも、移動体を構成する種々の要素を異常要素として検出してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の一実施形態に係る異常要素検出システムの構成を示す概略ブロック図である。
【図2】MTシステムにおける単位空間の構築を説明するための図である。
【図3】MTシステムにおける直交表の一例を示す図である。
【図4】MTシステムにおける有効性解析の結果を示す図である。
【図5】ニューラルネットワークシステムの構造を示す概略図である。
【図6】鉄道車両の台車を示す側面図である。
【図7】図1の異常要素検出システムにおける処理のフローチャートである。
【図8】図7の前工程におけるフローチャートである。
【図9】図7の本工程におけるフローチャートである。
【図10】基準用SN比データの一例を示す線図である。
【図11】基準用SN比データの他の一例を示す線図である。
【図12】図1の異常要素検出システムによる異常要素検出結果を示す図表である。
【符号の説明】
【0055】
1…異常要素システム、10…鉄道車両(移動体)、10A…基準用車両(基準用移動体)、10B…検出用車両(検出用移動体)、50…ニューラルネットワーク、D1,D2…基準用SN比データ。
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車や鉄道車両等の移動体の異常要素を検出する異常検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の移動体の異常検出方法としては、例えば特許文献1に記載されたものが知られている。このような移動体の異常検出方法では、センサによって鉄道車両(移動体)のダンパの変位に関するデータを取得し、取得したデータに基づいてMTシステムのマハラノビス距離(Mahalanobis distance:以下、「MD」という)を算出する。そして、算出したMDに基づいて、ダンパの異常の有無を検出する。
【特許文献1】特開2006−160153号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ここで、上述したような移動体の異常検出方法においては、移動体を構成する要素(例えば、ばね、ダンパ、軸受、動力伝達装置等)のうち何れが異常要素であるのかを精度よく検出し特定できることが望まれている。特に、近年の移動体の異常検出方法では、異常要素を簡易に検出できることが要求されている。
【0004】
そこで、本発明は、異常要素を簡易且つ精度よく検出することができる移動体の異常検出方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するため、本発明に係る移動体の異常検出方法は、移動体の異常要素を検出するための異常検出方法であって、異常要素を検出するためのニューラルネットワークモデルを構築する工程と、構築されたニューラルネットワークモデルに基づいて異常要素を検出する工程と、を備え、ニューラルネットワークモデルを構築する工程は、基準用移動体の走行時に発生する音及び振動の少なくとも一方に関する基準用データを取得する第1工程と、取得した基準用データに基づいて基準用RMS値を求める第2工程と、求めた基準用RMS値に基づいてMTシステムのSN比を算出し、このSN比をニューラルネットワークに教師データとして適用する第3工程と、第1〜3工程を基準用移動体に対して繰り返し実施することで、ニューラルネットワークモデルを構築する第4工程と、を含み、異常要素を検出する工程は、検出用移動体の走行時に発生する音及び振動の少なくとも一方に関する検出用データを取得する第5工程と、取得した検出用データに基づいて検出用RMS値を求める第6工程と、求めた検出用RMS値に基づいてMTシステムのSN比を算出し、このSN比及びニューラルネットワークモデルに基づいて異常要素を検出する第7工程と、を含むことを特徴とする。
【0006】
この移動体の異常検出方法では、MTシステム及びニューラルネットワークを互いに好適に協働させて異常要素を検出している。すなわち、一般的にMTシステムのMDによる異常要素の検出においては、例えば異常要素として検出されるべき要素の数が多いと、定量的評価が困難になり検出精度が低下してしまう。この点、本発明では、MTシステムを適用する一方で、MTシステムのMDによらずにニューラルネットワークによって異常要素を検出している。よって、異常要素を精度よく特定して検出することができる。他方、ニューラルネットワークによる異常の検出においては、通常、ニューラルネットワークモデルを構築する際、非常に多く(例えば、約100〜1000程度)の教師データ数が必要とされる。この点、本発明では、教師データにMTシステムのSN比を適用している。さらに、このSN比にあっては、特徴化(正常と異常との違いが強調)されたRMS(Root Means Square)値に基づいて算出される。よって、教師データのばらつきの影響を極小化でき、必要な教師データ数を最小化できる共に精度のよいニューラルネットワークモデルを構築できる。従って、本発明によれば、異常要素を簡易且つ精度よく検出することが可能となる。
【0007】
ここで、異常要素として検出される要素は、移動体の走行系の要素であることが好ましい。これにより、移動障害や事故の発生を抑制することができ、移動体の安全性を向上することが可能となる。走行系の要素としては、例えば、ばね、ダンパ、軸受及び動力伝達装置等が挙げられる。
【0008】
また、SN比は、望大特性のSN比であることが好ましい。この場合、充分な精度を確保しつつ一層簡易に異常要素を検出することが可能となる。
【0009】
また、異常要素として検出される要素は複数存在しており、SN比は、複数の要素ごとに分けられたSN比群からなるSN比データとして算出されることが好ましい。これにより、異常要素として検出される要素が複数存在する場合において、その要素ごとにSN比を算出してニューラルネットワークモデルを構築することが不要となる。つまり、1つのニューラルネットワークモデルで複数の異常要素を特定して検出することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、異常要素を簡易且つ精度よく検出することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。本実施形態において、「上」、「下」等の語は、図面に示される状態に基づいており、便宜的なものである。
【0012】
図1は、本発明の一実施形態に係る移動体の異常要素検出システムの構成を示す概略ブロック図である。図1に示すように、異常要素検出システム1は、移動体の走行系要素のうち異常又は異常の兆候が生じている要素を、異常要素として検出する。具体的には、異常要素システム1では、MTシステム及びニューラルネットワークを互いに好適に協働させて異常要素を検出し特定する。そこで、まず、MTシステム及びニューラルネットワークのそれぞれについて説明する。
【0013】
[MTシステム]
一般的に、MT(Mahalanobis-Taguchi)システムとは、MDという基本概念を用いて状態の変化を判別する多変量解析手法である。つまり、MTシステムは、複数の測定量(多変数)をMD(1つの変数)で表現して取り扱う。このMTシステムでは、例えば、次の(1)〜(3)の順にそのアルゴリズムが構築される。
【0014】
(1)単位空間の構築
まず、図2に示すように、異常要素の検出に必要なデータを測定(検出)し、正常と異常とのデータに仮定する。そして、測定した測定量に、正常と異常との違いを強調する数値処理である特徴化を行う。このように測定量を特徴化することで、種々の要因で正常データが異常データとされてしまうことが抑制され、異常検出に使用する情報が的確に取り出される。その後、例えば測定量や特徴化した項目(図中のA´,B´等)によって単位空間を形成する。
【0015】
(2)有効性解析
次に、データの有効性を見極める有効性解析を行う。この際の評価は、異常検出のために有用な情報と有害な情報との比であるSN比によって行うことができる。具体的には、図3に示すように、上記(1)で特徴化したデータを直交表に割り付けることで、SN比を項目別に算出する。ここでは、直交表として、L8直交表を用いている。直交表中の1,2は水準を示しており、「1」はその項目を用いる(単位空間に含む)ことを意味し、「2」はその項目を用いない(単位空間から除外する)ことを意味する。列番(図中のA,B…)は、異常要素として検出される要素に対応するものである。
【0016】
これにより、図4に示すように、有効性解析の結果として、要素別にSN比が示されたSN比データが得られる。なお、図中の縦軸は、大きいもの程異常検出のための効果があることを意味している。
【0017】
(3)MDの算出
次に、上記(2)で得られたSN比データの中からSN比(要因効果)が大きい項目を選択し、MDを算出する。なお、MDの算出の詳細については、特開2006−160153号公報等を参照されたい。
【0018】
[ニューラルネットワーク]
一般的に、ニューラルネットワークとは、脳神経系の情報処理機構を模倣した数理モデルであり、様々なパターンを教師データとして与え、そのパターン差を異常状態としてアルゴリズムを構築する手法である。
【0019】
図5に示すように、ここでのニューラルネットワーク50は、階層型のものであり、ユニット51と呼ばれる演算素子を層状に結合した階層構造として表される。このニューラルネットワーク50は、外部からデータを受け取る入力ユニット52が配置された入力層と、外部へデータを出力する出力ユニット53が配置された出力層と、これらの層間の隠れ層(中間層)と、を備えている。また、図中の矢印55は、信号の流れを表している。
【0020】
このニューラルネットワークによれば、上記MTシステムと異なり、結果が「○」「×」や「Yes」「No」のように2値化される。そのため、異常発生の明確な判別を行うことが可能となる。
【0021】
次に、本実施形態の異常要素システム1について説明する。
【0022】
図6は、鉄道車両の台車を示す側面図である。図1,6に示すように、異常要素システム1は、鉄道車両20の台車21における走行系要素(ここでは、後述のばね27,28、ダンパ33及び軸受32)に異常が生じたとき、その要素を異常要素として検出し特定する。そして、異常要素を検出した場合、ブレーキ6及び動力伝達装置7を制御して鉄道車両20の走行を停止させる。
【0023】
図6に示すように、台車21は、鉄道車両20の車体(台枠)25の底面をその下方から支持しており、台車枠26を有している。台車枠26は、車両進行方向(図示左右方向)に延在し、その長手方向の略中央には、枕ばね(空気ばね)27が設けられている。枕ばね27は、車体26の上下方向における振動を緩和するものであり、車体26の底面に接続されている。
【0024】
また、台車枠26の車両進行方向における両端には、軸ばね28がそれぞれ設けられている。軸ばね28は上下方向の振動を緩和するものであり、軸ばね28の一端は軸箱29に連結されている。軸箱29には、車輪30に固定された車軸31を回転自在に支持するための軸受32が内蔵されている。また、各軸ばね28には、軸ダンパ33が並列するように設けられている。軸ダンパ33の一端は軸箱29に連結されており、他端は軸ばね28に連結されている。また、軸箱29は、軸箱支持装置34(いわゆる軸はり)によって台車枠26に支持されている。
【0025】
図1に戻り、異常要素システム1は、音検出センサ2、振動検出センサ3、バンドパスフィルタ4及び異常要素検出部5を備えている。
【0026】
音検出センサ2は、鉄道車両20の走行時に発生する音を検出するためのものである。振動検出センサ3は、鉄道車両20の走行時に発生する振動を検出するためのものである。これらのセンサ2,3は、鉄道車両20の台車21近傍に配置されている。また、センサ2,3は、バンドパスフィルタ4を介して異常要素検出部5に接続されており、該異常要素検出部5へ出力信号を出力する。
【0027】
バンドパスフィルタ4は、センサ2,3から出力された出力信号のうちの特定周波数帯を選択的に通過させて抽出する。なお、この特定周波数帯は、検出する異常要素や周囲環境等によって適宜設定されるものであり、例えば、共振点の帯域、低周波の帯域、又は高周波の帯域とする場合がある。
【0028】
異常要素検出部5は、物理的には、例えばCPU、ROM、及びRAM等から構成されている。この異常要素検出部31は、異常要素の検出するためのニューラルネットワークモデルを格納する。また、異常要素検出部31は、センサ2,3から出力された出力信号とニューラルネットワークモデルとに基づいて、異常要素を検出する(詳しくは、後述)。さらにまた、異常要素検出部31は、ブレーキ6及び動力伝達装置7に接続されており、異常要素を検出した場合、ブレーキ6及び動力伝達装置7を制御して鉄道車両20の走行を自動的に停止させる。
【0029】
次に、異常要素システム1によって異常要素を検出する処理について、図7〜図9のフローチャートを参照しつつ説明する。なお、ここでは、鉄道車両20の走行系要素のうちのばね27,28を第1要素、ダンパ33を第2要素、及び軸受32を第3要素とし、これら第1〜3要素を対象に異常要素を検出する。
【0030】
異常要素システム1では、基準用の鉄道車両20A(以下、「基準用車両20A」という)の走行時に発生する音及び振動を検出し、異常要素の検出のためのニューラルネットワークモデルを予め構築する(S1:前工程)。そして、検出用の鉄道車両10B(以下、「検出用車両20B」という)の走行時に発生する音及び振動を検出し、構築したニューラルネットワークモデルに基づいて異常要素の検出を行うことで、検出用車両20Bをリアルタイム(走行中)で監視する(S2:本工程)。
【0031】
[前工程]
まず、基準用車両20Aの走行時に発生する音及び振動を、センサ2,3によってバンドパスフィルタ4を介して検出する。これにより、走行時に発生する音及び振動のそれぞれについて、波形パターンの出力信号が基準用データとして取得される(S11)。
【0032】
続いて、取得した基準用データを特徴化するため、基準用データに基づいてRMS値(以下、「基準用RMS値」という)を求める(S12)。つまり、基準用データを特徴化すべく、バンドパスフィルタ4でフィルタリングされた出力信号の実効値である基準用RMS値が求められる。
【0033】
続いて、求めた基準用RMS値に基づいて有効性解析を実施し、MTシステムのSN比を算出する(S13)。具体的には、基準用RMS値を直交表に割り付けることで、MTシステムのSN比を、第1〜第3要素ごとに分けられたSN比群からなる基準用SN比データとして算出する。ここでのSN比は、異常要素を検出できればよいという観点から好ましいとして、望大特性のSN比とされている。直交表としては、基準用データのデータ数に応じて適宜なものが用いられ、例えばL4直交表、L8直交表、L12直交表及びL16直交表等が挙げられる。
【0034】
続いて、算出した基準用SN比データをニューラルネットワークへ教師データとして適用する(S14)。そして、上記S11〜S14を複数の基準用車両20Aに対して繰り返し実施する。ここでは、第1〜3要素のそれぞれについて、異常要素であるときの基準用SN比データを教師データとして3〜4回繰り返し適用する。これにより、SN比データの各SN比パターンの違いで第1〜3要素から異常要素を特定できるニューラルネットワークモデルが構築される(S15)。なお、上記S11〜S14を1つの基準用車両20Aに繰り返し実施してもよい。
【0035】
図9は、基準用SN比データの一例を示す線図である。図中の基準用SN比データD1は、第2要素が異常要素のときのものを示している。この基準用SN比データD1は、第1〜第3要素ごとに分けられた複数のSN比を含んで構成されている。図9に示すように、基準用SN比データD1では、次の傾向があることがわかる。すなわち、異常要素である第2要素の項目にてSN比が正となる傾向があるのがわかる。また、異常要素ではない第1要素の一項目においても、SN比が特に大きくなる傾向があるのがわかる。
【0036】
図10は、基準用SN比データの他の一例を示す線図である。図中の基準用SN比データD2は、第3要素が異常要素のときのものを示している。この基準用SN比データD2は、上記の基準用SN比データD1と同様に、第1〜第3要素ごとに分けられた複数のSN比を含んで構成されている。図10に示すように、基準用SN比データD2では、次の傾向があることがわかる。すなわち、異常要素である第3要素の項目においては、SN比に特徴的な傾向が特に見られない。一方、異常要素ではない第1及び2要素における一項目にてSN比が大きくなる傾向があるのがわかる。
【0037】
[本工程]
次に、本工程について説明する。まず、検出用車両20Bの走行時に発生する音及び振動を、センサ2,3によってバンドパスフィルタ4を介して検出する。これにより、検出用車両20Bの走行時に発生する音及び振動のそれぞれについて、波形パターンの出力信号を検出用データとして取得する(S21)。
【0038】
続いて、取得した検出用データを特徴化するため、検出用データに基づいてRMS値(以下、「検出用RMS値」という)を求める(S22)。続いて、求めた検出用RMS値に基づいて有効性解析を実施し、MTシステムのSN比を算出する(S23)。具体的には、検出用RMS値を直交表に割り付けることで、MTシステムのSN比を、第1〜第3要素ごとに分けられたSN比群からなる検出用SN比データとして算出する。ここでのSN比は、上記S13と同様に、望大特性のSN比とされている。
【0039】
続いて、算出した検出用SN比データと、上記S16で構築したニューラルネットワークモデルとに基づいて、第1〜第3要素のうち異常が生じている要素を異常要素として検出する(S24)。つまり、検出用SN比データをニューラルネットワークモデルへ未知データとして適用することで、検出用SN比データに含まれる各SN比のパターンの違いから異常要素が判別され特定されることとなる。
【0040】
そして、異常要素が検出された場合、ブレーキ6及び動力伝達装置7を制御して検出用車両20Bの走行を直ちに停止する(S25→S26)。一方、異常要素が検出されない場合、検出用車両20Bがそのまま走行すると共に、上記S21に戻り、その後の処理を繰り返し続行する。
【0041】
ここで、一般的にMTシステムのMDによる異常の検出においては、例えば異常要素として検出されるべき要素の数が多いと、定量的評価が困難になり検出精度が低下してしまう。この点、本実施形態では、上述したように、MTシステムを適用する一方で、MTシステムのMDによらずに(上記の「(3)MDの算出」を実施せずに)、ニューラルネットワークによって異常要素を検出している。よって、複数の異常要素を検出する場合であっても、異常要素を精度よく検出することができる。
【0042】
他方、一般的にニューラルネットワークによる異常の検出においては、ニューラルネットワークモデルを構築する際、非常に多く(例えば、約100〜1000程度)の教師データ数が必要とされる。このデータ数は、MTシステムで必要とするデータ数の数十倍である。ニューラルネットワークが多くの教師データ数を必要とするのは、教師データのばらつきが大きいことを示している。この点、本実施形態では、教師データにMTシステムのSN比を適用している。さらに、このSN比にあっては、特徴化されたRMS値に基づいて算出されている。よって、教師データのばらつきの影響を極小化でき、必要な教師データ数を最小化(ここでは、3〜4つに)することができる共に、精度のよいニューラルネットワークモデルを構築することができる。
【0043】
従って、本実施形態の異常要素検出システム1によれば、MTシステム及びニューラルネットワークを互いに好適に協働させ、異常要素を自動的に検出(異常診断)することができる。つまり、MTシステムの欠点とニューラルネットワークの欠点とのそれぞれを補うように、それぞれの長所が互いに強調されて異常要素が自動的に検出される。その結果、異常要素を簡易且つ精度よく検出することが可能となる。さらに、異常要素を精度よく検出できることによって鉄道車両20の走行系要素の監視が可能となり、予防保全を実現することができる。ひいては、保全周期の延伸や保全部品の延命が可能となり、保全コストを低減することもできる。
【0044】
図11は、図1の異常要素検出システムによる異常要素検出結果を示す図表である。図中の検出結果では、検出精度の確認のため、異常要素は判定値として既知とされている。また、図中の第1〜7段目に示す結果では、SN比データを教師データとしてニューラルネットワークに適用し、ニューラルネットワークモデルを構築しているのに加え、SN比データを未知データとしてニューラルネットワークモデルへ適用し、異常要素の検出の確認を行っている。図中の第8段目に示す結果では、SN比データを未知データとしてニューラルネットワークモデルへ適用し、異常要素の検出を行っている。図11に示すように、本実施形態によれば、SN比データを教師データとして3〜4回ニューラルネットワークへ適用することで、正答率100%で異常要素が検出されるのがわかる。よって、異常要素を簡易且つ精度よく検出するという上記効果を確認することができた。
【0045】
また、本実施形態では、上述したように、異常要素として検出される要素が、鉄道車両20の走行系部品であるばね22、ダンパ23、及び軸受24とされている。これにより、鉄道車両20の走行系の不具合による走行障害や事故の発生を抑制することができ、安全性を向上することが可能となる。かかる効果は、移動体にとって有効なものである。
【0046】
また、本実施形態では、上述したように、SN比は、望大特性のSN比とされている。よって、充分な精度を確保しつつ一層簡易に異常要素を検出することが可能となる。なお、SN比は、場合によっては、動特性のSN比等としてもよい。
【0047】
また、本実施形態では、上述したように、異常要素として検出される要素が複数存在しており、SN比は、複数の要素ごとに分けられたSN比群からなるSN比データとして算出されている(図10,11参照)。この場合、要素ごとにSN比を算出し、要素ごとにニューラルネットワークモデルを構築することが不要となる。つまり、1つのモデルで複数の異常要素を特定して検出することができる。
【0048】
また、上述したように、算出されたSN比は、異常要素ではない要素の項目において特徴的な傾向を示す場合がある(図10参照)。この点、本実施形態では、SN比を要素ごとに算出せずにSN比データとして算出し、このSN比データをニューラルネットワークに適用している。そのため、異常要素ではない要素の項目にてSN比が特徴的な傾向を示す場合であっても、かかる特徴を考慮してニューラルネットワークモデルを構築することができる。よって、一層精度よく異常要素を検出することが可能となる。
【0049】
なお、一般的に、MTシステムとニューラルネットワークとは、例えば次の理由から、協動させるのが困難な手法とされている。すなわち、それぞれの手法が誕生した時期が異なっている。具体的には、ニューラルネットワークは1980年代〜1990年代をピークに研究される一方、MTシステムは2000年代をピークに研究されている。また、ニューラルネットワークは、非常に多くのデータから計算を行うことから、2000年代以前の汎用コンピュータによる計算では非常に難儀である。よって、従来、ニューラルネットワークは、計算コスト、計算速度から推定される異常検出速度の遅さ等の点で現実上困難な手法とされている。これに対し、本実施形態ではMTシステム及びニューラルネットワークが互いに好適に協働されており、よって、本実施形態は特に有効なものといえる。
【0050】
ちなみに、本実施形態の異常要素検出システム1は、検出用車両20Bの走行中において多次元情報(音及び振動)を取得することで異常要素を検出することから、多次元情報によるリアルタイム監視システムともいえる。
【0051】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は、上記実施形態に限られるものではない。例えば、上記実施形態では、音及び振動に関するデータを取得したが、音又は振動のいずれか一方に関するデータを取得してもよい。
【0052】
また、上記実施形態では、移動体として鉄道車両20に適用したが、自動車等のあらゆる移動体に適用することが可能である。
【0053】
また、上記実施形態では、対象とする走行系要素をばね22、ダンパ23及び軸受24としたが、例えば動力伝達装置等のその他の走行系要素を対象としてもよい。さらに、走行系要素でなくとも、移動体を構成する種々の要素を異常要素として検出してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の一実施形態に係る異常要素検出システムの構成を示す概略ブロック図である。
【図2】MTシステムにおける単位空間の構築を説明するための図である。
【図3】MTシステムにおける直交表の一例を示す図である。
【図4】MTシステムにおける有効性解析の結果を示す図である。
【図5】ニューラルネットワークシステムの構造を示す概略図である。
【図6】鉄道車両の台車を示す側面図である。
【図7】図1の異常要素検出システムにおける処理のフローチャートである。
【図8】図7の前工程におけるフローチャートである。
【図9】図7の本工程におけるフローチャートである。
【図10】基準用SN比データの一例を示す線図である。
【図11】基準用SN比データの他の一例を示す線図である。
【図12】図1の異常要素検出システムによる異常要素検出結果を示す図表である。
【符号の説明】
【0055】
1…異常要素システム、10…鉄道車両(移動体)、10A…基準用車両(基準用移動体)、10B…検出用車両(検出用移動体)、50…ニューラルネットワーク、D1,D2…基準用SN比データ。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
移動体の異常要素を検出する異常検出方法であって、
前記異常要素を検出するためのニューラルネットワークモデルを構築する工程と、
構築された前記ニューラルネットワークモデルに基づいて前記異常要素を検出する工程と、を備え、
前記ニューラルネットワークモデルを構築する前記工程は、
基準用移動体の走行時に発生する音及び振動の少なくとも一方に関する基準用データを取得する第1工程と、
取得した前記基準用データに基づいて基準用RMS値を求める第2工程と、
求めた前記基準用RMS値に基づいてMTシステムのSN比を算出し、このSN比をニューラルネットワークに教師データとして適用する第3工程と、
前記第1〜3工程を基準用移動体に対して繰り返し実施することで、前記ニューラルネットワークモデルを構築する第4工程と、を含み、
前記異常要素を検出する前記工程は、
検出用移動体の走行時に発生する音及び振動の少なくとも一方に関する検出用データを取得する第5工程と、
取得した前記検出用データに基づいて検出用RMS値を求める第6工程と、
求めた前記検出用RMS値に基づいてMTシステムのSN比を算出し、このSN比及び前記ニューラルネットワークモデルに基づいて前記異常要素を検出する第7工程と、を含むことを特徴とする移動体の異常検出方法。
【請求項2】
前記異常要素として検出される要素は、前記移動体の走行系の要素であることを特徴とする請求項1記載の移動体の異常検出方法。
【請求項3】
前記SN比は、望大特性のSN比であることを特徴とする請求項1又は2記載の移動体の異常検出方法。
【請求項4】
前記異常要素として検出される要素は複数存在しており、
前記SN比は、複数の前記要素ごとに分けられたSN比群からなるSN比データとして算出されることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項記載の移動体の異常検出方法。
【請求項1】
移動体の異常要素を検出する異常検出方法であって、
前記異常要素を検出するためのニューラルネットワークモデルを構築する工程と、
構築された前記ニューラルネットワークモデルに基づいて前記異常要素を検出する工程と、を備え、
前記ニューラルネットワークモデルを構築する前記工程は、
基準用移動体の走行時に発生する音及び振動の少なくとも一方に関する基準用データを取得する第1工程と、
取得した前記基準用データに基づいて基準用RMS値を求める第2工程と、
求めた前記基準用RMS値に基づいてMTシステムのSN比を算出し、このSN比をニューラルネットワークに教師データとして適用する第3工程と、
前記第1〜3工程を基準用移動体に対して繰り返し実施することで、前記ニューラルネットワークモデルを構築する第4工程と、を含み、
前記異常要素を検出する前記工程は、
検出用移動体の走行時に発生する音及び振動の少なくとも一方に関する検出用データを取得する第5工程と、
取得した前記検出用データに基づいて検出用RMS値を求める第6工程と、
求めた前記検出用RMS値に基づいてMTシステムのSN比を算出し、このSN比及び前記ニューラルネットワークモデルに基づいて前記異常要素を検出する第7工程と、を含むことを特徴とする移動体の異常検出方法。
【請求項2】
前記異常要素として検出される要素は、前記移動体の走行系の要素であることを特徴とする請求項1記載の移動体の異常検出方法。
【請求項3】
前記SN比は、望大特性のSN比であることを特徴とする請求項1又は2記載の移動体の異常検出方法。
【請求項4】
前記異常要素として検出される要素は複数存在しており、
前記SN比は、複数の前記要素ごとに分けられたSN比群からなるSN比データとして算出されることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項記載の移動体の異常検出方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2009−294147(P2009−294147A)
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−149597(P2008−149597)
【出願日】平成20年6月6日(2008.6.6)
【出願人】(000003377)東急車輛製造株式会社 (332)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年6月6日(2008.6.6)
【出願人】(000003377)東急車輛製造株式会社 (332)
【Fターム(参考)】
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