説明

移動体の腐食環境計測方法、その設計方法、移動体材料の腐食試験方法およびその選定方法、ならびに表面処理鋼板および耐食鋼材

【課題】激しい環境の変化がある移動体について、定量的な腐食環境計測方法を行い、移動体の防錆構造・防錆設計のための設計方法を提供する。
【解決手段】 少なくともその一部が金属材料で構成される移動体の1以上の部位に、成分および/または組成が異なる2種の金属電極を有しその内の1種は移動体材料の構成成分の選定すべき金属材料とし、他の1種はこれとは異なる同一の金属からなり、かつこれに対して電気化学的序列が貴となる金属からなり、少なくとも1組の電極の間隙が絶縁体を隔てて0.1〜5mmとなるように配置された腐食センサーを1個以上設置し、腐食環境において電極が電気的に短絡することによる電極間の電流または電位差を、移動時を含んで連続的または断続的に計測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、船舶、航空機などの移動体の金属材料を使用した各部位が実際の使用状態で曝される腐食環境について、腐食センサーを用いた移動体の腐食環境計測方法、その設計方法、移動体材料の腐食試験方法およびその選定方法、ならびに表面処理鋼板および耐食鋼材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
移動しない構造体の腐食環境の計測は、従来、橋梁や住宅での計測に代表されるようにガルバニック型腐食センサー、QCMや交流インピーダンス型腐食センサーなど各種原理による連続的な腐食環境計測手法が報告されている。これらの手法は、いずれも対象構造体の設置された地勢的な特定位置の腐食環境について情報を得る手法である。計測して得られる情報は、電流値やインピーダンス等の断続または連続的な変化である。これらの腐食環境計測では、腐食センサーの他に環境センサーによる温湿度などの計測も同時に行われ、腐食センサーと環境センサーの計測から腐食に関わる濡れ時間や飛来塩分量を求めている。さらに、あらかじめ飛来塩分量が既知の地勢的な特定位置での金属材料の暴露データを腐食センサーおよび環境センサーの計測結果と比較し、腐食速度や腐食寿命を求める方法が知られている。
移動体の腐食環境の計測には、例えば以下が知られている。
石油タンカーの甲板裏における交流インピーダンス式の一個の腐食センサーを用いた腐食環境計測が示されている。インピーダンス式の腐食センサーの構成は、同一の2種の金属電極を用いている。石油タンカー航海中の腐食センサーのインピーダンス変化を外部電源から交流信号を印加して断続的に計測している(例えば、非特許文献1参照)。
停車して移動することなしに自動車の各部位の腐食環境を、温湿度計により連続的に計測した例が示されている。この例では、濡れ状態のみの計測が行われている(例えば、非特許文献2参照)。
実走行車での腐食試験として、試験片を暴露架台に取り付ける代わりに、実際の自動車に取り付け自動車を走行させて実施する暴露試験(On Vehicle Test)も行われている。これらは試験前後の試験片の腐食状態変化から、材料の耐食性や腐食環境についての情報を得ることができる。
【非特許文献1】材料と環境 2002講演予稿集 p101
【非特許文献2】材料とプロセス CAMP-ISIJ Vol.2(1989)-1690
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
近年、ライフサイクルコストなどの環境負荷低減意識の高まりに伴い、橋梁や住宅などの長寿命社会資本のみならず、自動車、飛行機などの消費資産となる移動体についても防錆寿命などを最適に考慮したものが求められている。しかしながら、これらの移動体の防錆寿命は、同一地域にあっても使用状態や移動体の移動中の環境(移動環境)の影響を強く受ける。また、一つの移動体においても、例えば、外部露出部位や鋼板が重なり合った部位など構造は様々であり、それぞれ曝される腐食環境が異なる。このため、各部位の移
動時を含めた腐食環境を連続または断続的に計測し、材料選定や構造設計の最適化を可能にする腐食環境計測方法が求められている。
従来の構造体の腐食環境計測では、構造体の移動がないため、飛来塩分、温度、相対湿度などいずれも地勢的な特定環境と結びついた環境因子であった。これに対して、移動体は移動することにより地勢的な環境が変化し、さらに物理的要因(例えば振動、塵埃堆積/脱落、水・泥跳ね付着/乾燥など)により極端に環境が変化する場合がある。しかし、このように振動や移動に伴う激しい環境の変化がある移動体について、定量的な腐食環境計測を実施した知見はない。
更に、非特許文献1に示された石油タンカーにおいて、交流インピーダンス式の腐食センサーを用いた腐食環境計測では、同じ種類の2つの金属電極を用いている。ところが、交流インピーダンス式の腐食センサーは金属電極間が十分に液絡されなければ出力が得られないため、結露現象など微小な濡れに伴う微量な腐食をモニタリングできない恐れがある。また、計測にはポテンショスタットや周波数応答解析器などのインピーダンス測定のための外部入力機器の搭載が必要なため、自動車など振動の激しい移動体に対しては機器の耐久性やノイズ発生の恐れなどの問題がある。
非特許文献2に示された自動車の環境計測では、自動車の移動に伴う地勢的な腐食環境の変化と物理的要因による腐食環境の変化が明記されていない。また、設置している濡れセンサーは構造が不明瞭な上、その出力である濡れがON、OFFのみで評価されており、センサーの出力に対する濡れや腐食との関係が全く不明である。
また、On Vehicle Testは実際の使用環境において直接環境の腐食性を測定できる手法であるが、試験片が十分に腐食し、耐食性の優劣を評価するまでに長時間を要する。さらに、試験片の腐食を連続的にモニタリングすることができないので、腐食を支配する環境因子(例えば付着塩分や濡れ)を捉えることが困難である。そのため、試験結果は試験を実施した特定地域に限定される評価となる。
したがって本発明の目的は、激しい環境の変化がある移動体について、定量的な腐食環境計測方法を行い、移動体の防錆構造・防錆設計のための設計方法を提供する。さらに、本発明の他の目的は、腐食センサーによる腐食環境の計測結果に基づいて、移動体材料の耐食性を適切に評価する腐食試験方法および移動体材料の最適な選定方法、ならびに、移動体材料の選定方法によって選定された移動体を構成する金属材料である表面処理鋼板および耐食鋼材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
このような目的を達成するための本発明の特徴は以下の通りである。
[1]少なくともその一部が金属材料で構成される移動体の1以上の部位に、成分および/または組成が異なる2種の金属電極を有し、その内の1種は移動体材料の構成成分の選定すべき金属材料とし、他の1種はこれとは異なる同一の金属からなり、かつこれに対して電気化学的序列が貴となる金属からなり、少なくとも1組の電極の間隙が絶縁体を隔てて0.1〜5mmとなるように配置された腐食センサーを1個以上設置し、腐食環境において電極が電気的に短絡することによる電極間の電流または電位差を、移動時を含んで連続的または断続的に計測し、かつ、前記腐食センサーの設置位置として移動体の外部から隔離された内部または、移動体の構成部位の内側を含むものとすることを特徴とする移動体の腐食環境計測方法。
[2]少なくともその一部が金属材料で構成される移動体の外部から隔離された内部または、移動体の構成部位の内側を含む1以上の部位に、成分および/または組成が異なる2種の金属電極を有し、その内の1種は移動体材料の構成成分の選定すべき金属材料とし、他の1種はこれとは異なる同一の金属からなり、かつこれに対して電気化学的序列が貴となる金属からなり、少なくとも1組の電極の間隙が絶縁体を隔てて0.1〜5mmとなるように配置された腐食センサーを1個以上設置し、移動体の移動時のデータを含む腐食環境において電極が電気的に短絡することによる電極間の電流または電位差からなる腐食センサー出力、または該出力から算出される数値が、所定範囲になるように移動体の構造を設計することを特徴とする移動体の設計方法。
[3]少なくともその一部が金属材料で構成される移動体の外部から隔離された内部または、移動体の構成部位の内側を含む1以上の部位に、成分および/または組成が異なる2種の金属電極を有し、その内の1種は移動体材料の構成成分の選定すべき金属材料とし、他の1種はこれとは異なる同一の金属からなり、かつこれに対して電気化学的序列が貴となる金属からなり、少なくとも1組の電極の間隙が絶縁体を隔てて0.1〜5mmとなるように配置された腐食センサーを1個以上設置し、移動体の移動時のデータを含む腐食環境において電極が電気的に短絡することによる電極間の電流または電位差からなる腐食センサー出力、または該出力から算出される数値が、所定範囲になるように移動環境を設定して、移動体あるいは移動体に取り付けられた試験片材料の耐食性を評価する腐食試験を行うことを特徴とする移動体材料の腐食試験方法。
[4]少なくともその一部が金属材料で構成される移動体の外部から隔離された内部または、移動体の構成部位の内側を含む1以上の部位に、成分および/または組成が異なる2種の金属電極を有し、その内の1種は移動体材料の構成成分の選定対象金属材料とし、他の1種はこれとは異なる同一の金属からなり、かつこれに対して電気化学的序列が貴となる金属からなり、その電極の間隙が絶縁体を隔てて0.1〜5mmとなるように配置された1種類または2種類以上の腐食センサーを設置し、移動体の移動時のデータを含む該腐食センサーの出力または該出力から算出される数値を比較することにより、移動体の当該部位における金属材料を選定することを特徴とする移動体材料の選定方法。
[5]少なくともその一部が金属材料で構成される移動体の外部から隔離された内部または、移動体の構成部位の内側を含む1以上の部位に、成分および/または組成が異なる2種の金属電極を有し、その内の1種は移動体材料の構成成分の選定すべき金属材料とし、他の1種はこれとは異なる同一の金属からなり、かつこれに対して電気化学的序列が貴となる金属からなり、少なくとも1組の電極の間隙が絶縁体を隔てて0.1〜5mmとなるように配置された腐食センサーを1個以上設置し、腐食環境において電極が電気的に短絡することによる電極間の電流または電位差を、移動時を含んで連続的または断続的に計測する、腐食センサーによる腐食環境の計測結果に基づいた移動体材料の選定方法であって、複数の地域において移動体の複数の部位における腐食環境を1種類の腐食センサーによって計測する腐食環境計測工程と、計測した複数の地域において、ある年数使用した移動体について同一の複数部位の腐食量を測定する工程と、前記2つの工程から得られた腐食センサー出力と腐食量の相関図を作製する工程とを備え、移動体が使用される新規の環境および/または新規の地域において、移動体各部位の腐食環境計測を実施した結果を前記相関図と比較し、移動体の複数の部位における金属材料を選定する工程を有することを特徴とする移動体材料の選定方法。
[6]前記[4]または[5]に記載の移動体材料の選定方法によって選定された移動体を構成する金属材料である表面処理鋼板および耐食鋼材であり、該表面処理鋼板および耐食鋼材に腐食環境計測データを添付することで防錆品質に関しての情報が掲示された表面処理鋼板および耐食鋼材。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、実使用環境における移動体の各部位の局所的な腐食を評価できることから、移動体各部位への材料選定の適正化、あるいは移動体の防錆構造・防錆設計への反映が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明は自動車、自動二輪車、鉄道など各種車両、船舶、航空機など自力で移動可能な移動体のすべてに適用可能な技術である。以下には自動車を代表例として実施の形態について詳細に説明する。
本発明において、効果が期待される移動体への腐食センサーの設置部位は、新規に材料を適用する部位、および地勢環境とは異なる腐食に曝される可能性がある部位で、一箇所あるいは複数の部位である。地勢環境と異なる腐食環境となる部位としては、移動体の外部から隔離された内部、または移動体の構成部位の内側、金属同士の合わせ構造部など乾燥しにくい部位、逆に、通気性が良く移動することにより乾燥が促進される部位等が挙げられる。
また、腐食環境計測を実施する際、温度、相対湿度、濡れ、各種ガス濃度、振動などの環境因子を測定するための環境センサーを各腐食センサーの周辺に同時に取り付け、環境因子を計測することが望ましい。
本発明において使用する腐食センサーの金属電極は、ガルバニック電流を計測するため、成分および/または組成が異なる2種の電極を使用する。ここで、ガルバニック電流とは異種金属が溶液または薄い水膜を介して電池を形成することにより発生する電流であり、このような原理にもとづく腐食センサーをガルバニック型腐食センサーという。ここで、図3は、腐食センサーの金属電極間の間隙と相対湿度100%における腐食センサー出力の関係の一例を示すグラフである。図3より本発明に用いる腐食センサーは少なくとも1組の金属電極間の間隙を5mm以下に配置することにより、有効な出力を安定して得ることができた。また、5mmを超える間隙では結露する環境においても電極間の導通が得られず計測が不安定であった。一方、この間隙が0.1mm未満では乾燥時においても電極間の短絡現象が生じた。また、表面の結露や濡れにより確実に電極が電気的に短絡するように、電極間の間隙の一部または全部を、樹脂やセラミックなどの絶縁性物質で充填するとよい。これより、本発明に用いる腐食センサーは少なくとも1組の電極の間隙が絶縁体を隔てて0.1〜5mmとなるように配置する。
また、電流の検出のため電極間に内部抵抗0.1Ωを超える電流計を接続すると、特に大気開放部位において検出感度が著しく低下することが判明した。よって、電極間に内部抵抗0.1Ω以下の電流計を接続することが好ましい。
本発明者等の検討では、腐食センサーの少なくとも1種の金属電極は、実際の移動体の構成材料若しくは適用予定の材料と、同じ規格の材料であることが計測に適していることが判った。また、同じ規格の材料でない場合は、移動体材料の構成成分を考慮して、移動体材料に近い成分および/または組成の金属材料、あるいはめっき材料を適用することが好ましい。腐食センサーの出力が金属電極の腐食に基づく出力であるため、全ての金属電極を移動体の構成材料や適用予定の材料に含まれない金属成分で構成した腐食センサーは適正な出力が得られない。更に腐食センサーを構成する2種の電極の組み合わせとして、移動体構成材料を主成分とし腐食により出力を検出する金属電極と、これに対して電気化学序列が貴となる金属を組み合わせることが望ましい。
本腐食センサーは、腐食センサーへの外部からの入力は不要で、複数の電極間で発生する電流または電位差を直接または間接的に計測する方式に限定される。交流インピーダンス法や水晶振動子微小天秤法などのように外部からセンサーに対して入力が必要な計測方式は、移動体に特有の計測条件である寒暖の環境変化、電気的外乱、移動時の振動に起因して計測機器の安定作動性や信号の検出に問題があり、適用が難しかった。
図1は、自動車における腐食環境計測システムの構成の一例を示している。
図1に示すように、本発明において、腐食センサーの出力は、移動体の移動の妨げにならないように配線した計測システムによりデータの測定または測定・保存または測定・転送される。腐食センサーによる計測は移動体の移動時を含めた出力が得られるように実施する。腐食センサーの出力は金属電極間の電流または電圧で与えられるが、解析の対象となるデータは、少なくとも移動体の移動時のデータを含むものであることが必要である。記録、保存または転送された出力データは定期的に回収し、データ解析システムにより解析される。
図4は、自動車ボデー外面、ドア内部およびフロア下の腐食センサー出力を比較した図である。ボデー外面は自動車の走行、非走行にかかわらず外部環境に対応して腐食センサーの出力が変化している。しかし、ドア内部では自動車の走行、非走行にかかわらず外部環境に対応せずに、雨天後も腐食センサーの出力が高い状態が長く続いている。また、フロア下は雨天であっても非走行時には腐食センサーの出力は小さいが、走行することにより出力が高くなり、その後雨が止んでも比較的高い出力の状態が続いている。移動体では、外部から隔離された内部や移動時を含んだ各部位の腐食環境計測が特に重要であることを示している。
本発明の移動体または移動体部品の設計方法について説明する。移動体の構造を新しく設計または改良する際、新設計または改良の候補となる構造体を移動体に組み入れてこの構造体の腐食環境計測を実施する。このときの腐食センサーの出力またはこの出力から算出される数値(電流密度などの出力値または電流の時間積分などの換算値)が、防錆上問題ないと見なせる所定の範囲内になるように構造を設計または改良することにより、適正な防錆構造を設計することができる。
次に、本発明の移動体材料の腐食試験方法について説明する。ここで、移動体材料の腐食試験とは、ある決められた腐食促進環境で移動体を実際に使用し、移動体そのものあるいは移動体に取り付けられた試験片の耐食性を評価する腐食試験のことであり、移動体の実際の使用環境における腐食を短期間で効率的に発現させることが要求される。
腐食促進環境を決定するために、まず実際の使用環境において移動体の腐食環境計測を実施する。計測結果の中で、腐食センサーの出力または出力から算出される数値がある所定範囲となる外部環境(例えば、雨天、融雪塩散布道路の走行など)と腐食を支配する腐食環境因子(例えば、降雨や水跳ねによる濡れ、融雪塩の付着、相対湿度など)を予想する。このような外部環境または腐食環境因子は複数あっても構わない。つぎに想定された腐食を支配する外部環境または腐食環境因子により腐食が促進されるように、移動体の移動環境を人工的に設定する。例えば、冬季の融雪塩散布を模擬した融雪塩散布道路、降雨時を模擬したシャワーや温水を散布した道路を設定するなどが挙げられる。腐食を支配する外部環境や腐食環境因子が複数あれば、異なる移動環境を組み合わせて設定しても構わない。このようにして設定した腐食促進環境において移動体を使用することで、効率的に移動体の耐食性を評価することができる。一度設定した移動環境に対して、腐食環境計測を実施して移動体のある基準部位に設置した腐食センサーの出力または出力から算出される数値がある所定範囲になるように移動環境を再調整してもよい。
次に、本発明の移動体の腐食環境計測により最適な金属材料を選定する方法について説明する。同一計測部位に、成分および/または組成が異なる2種の金属電極を有し、その内の1種は移動体材料の構成成分の選定すべき金属材料とし、他の1種はこれとは異なる同一の金属からなる1種類または2種類以上の腐食センサーを設置する。設置された腐食センサーの出力またはこの出力から算出される数値を比較し、より小さい出力を与える電極の金属材料またはそれに成分および/または組成が類似した金属材料を移動体の構成材料として適用する。腐食センサーの出力が小さい金属電極ほど、その環境においてより高
い防錆性能を有していると考えられるからである。耐食性以外の条件、例えばコストなどの条件を満足する材料の中から、最も耐食性が優れた材料を選定することができる。
さらに高い精度で移動体への適正な材料選定を行うための方法を以下に説明する。ある地域において移動体の複数の部位について腐食環境計測を実施する(腐食環境計測工程)とともに、同地域において、使用期間が既知の移動体について上記環境計測を実施した各部位の腐食量を定量化し(腐食量を測定する工程)、これより計測出力と腐食量の相関関係を求める(腐食センサー出力と腐食量の相関図を作製する工程)。またこれらの相関関係を集めたデータベースを構築する。ここで、腐食環境計測を実施する移動体と腐食量を定量化する移動体は同一である必要はないが、類似した構造であることが望ましい。移動体の腐食量としては、金属材料の腐食減量、腐食穴深さ、塗膜膨れ幅、錆発生面積が挙げられる。計測出力と腐食量の相関関係は材料の種類毎に整理し、腐食センサー調査地域、調査移動体数を多くすることで精度を高くすることが望ましい。
そして移動体の使用が見込まれる新規の環境および/または新規の地域において腐食環境計測を実施する。この計測結果をあらかじめ求めた移動体の材料毎の計測出力と腐食量の相関関係またはデータベースと比較し、出力に対して耐食性を満足する材料を精度よく適切に選定することができる。本手法は鋼板やめっきの種類だけでなく、化成処理や塗装の種類、厚さなどについても適正に選定をすることができる。
次に、本発明の移動体や移動体構成材料の付加価値付与や信頼性を向上する方法について説明する。本腐食環境計測方法に基づき選定した移動体の構成金属材料である表面処理鋼板および耐食鋼材に腐食環境計測結果、または選定に利用した腐食センサー出力と腐食量の相関関係、またはそのデータベースから推定した定量的な腐食量のデータを添付する。また、本腐食環境計測方法に基づき設定した移動体腐食試験による耐食性評価結果を移動体または移動体部品に添付する。これらの添付データは電子情報による送付、あるいは同一と見なせる材料、部品、移動体、構造についてはカタログや仕様書のような形式で代表して提示してもよい。添付あるいは提示された情報により防錆品質に関して付加価値や信頼性を付与した金属材料を提供することができる。
【実施例1】
【0007】
図1は、自動車における腐食環境計測システムの構成の一例を示す。この例では、1.フェンダー、2.ドア内部、3.フロア下面、4.車室内、5.ホイールアーチが示されている。また、腐食センサーの近傍に環境センサーである温度および相対湿度センサーによる測定も同時に実施している。
【実施例2】
【0008】
図2は、本発明及び比較例に用いる腐食センサーの構成の一例を示している。図2の1.および2.に示した腐食センサーは2種の金属を用いる2電極型の腐食センサーである。図2の3.に示した腐食センサーは3種の金属を用いる4電極型の腐食センサーである。3.では、金属A―金属B間、金属B―金属C間、および金属C―金属B間の出力をそれぞれ計測する。出力結果は、周辺環境、センサーの濡れ状態、電極金属の種類により変化する。
【実施例3】
【0009】
表1は、図2に記載の腐食センサーについて、計測において有効な出力が得られるか否かを判定した表である。表1には、図2に記載の腐食センサーの番号、計測方式、電極数、電極A、B、Cの成分、計測可否の判定を示している。計測可否の判定は、センサーへの付着塩分量100mg/m2において、本発明1、2は相対湿度90%以上で0.01μA以上の出力が得られる場合で○とした。
【0010】
【表1】

【0011】
Feは炭素鋼、Znは純度97%、Al、Mg、Niは純度99%、Pt、Au、Ag
は純度99.9%の材料を用いた。
本発明と比較例3より腐食センサーは2種の金属電極が必要である。本発明と比較例1より腐食センサーは成分および/または組成の異なる2種の金属電極から構成されることが必要である。本発明と比較例2より腐食センサーの検出方式は、センサーに外部信号を入力しないガルバニック形式が優れる。
【実施例4】
【0012】
図5は異なる金属電極を対とする複数の腐食センサーを用いて、移動体の部位1および2について腐食環境計測を実施した結果である。移動体の部位1において、各金属電極を使用した腐食センサーの出力はZn>Fe≫Al>Crとなっており、出力の小さいAlやCrを移動体構成材料として適用することが防錆上望ましいと判断できる。一方部位2のようにいずれの金属電極を使用したセンサーも出力が十分に小さければ、いずれの材料も耐食性は十分であると判断し、耐食性以外の条件により材料を選定する。
【実施例5】
【0013】
図6は各地域a〜cにおいて自動車の腐食環境計測と使用10年の自動車の腐食実態調査から、腐食センサー出力と腐食量の相関図を作成した一例である。
図7は図6に示した各地域a〜cのデータを併せ、使用10年の自動車の腐食センサー出力と腐食量の相関を材料毎にまとめた図である。
図8は図7で作成した相関図中に、地域dにおける腐食環境計測から求めた自動車各部位の腐食センサー出力(図中点線)を示した図である。この図から例えば、地域dではドア内部に材料Aを適用した場合、使用10年で腐食穴あきに至ることが予測される。一方、材料Bを適用した場合は、腐食穴の深さは板厚に対して十分小さいことが予測される。したがって、材料Bではドア内部の腐食は若干の赤錆程度であり、使用期間が10年ならば適用可能である。またフード裏側は材料AおよびBともに腐食穴深さが小さいので、使用期間が10年ならばA、Bどちらの材料も適用できる。なお、この例についても、腐食の観点のみから材料の適用可否を判断しており、コスト等他の条件は考慮していない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】自動車における腐食環境計測システムの構成の一例を示す説明図。
【図2】本発明及び比較例に用いる各種腐食センサーの構成の一例を示す説明図。
【図3】本発明に用いる腐食センサーの電極間の間隙と相対湿度100%における腐食センサー出力との関係の一例を示すグラフ。
【図4】自動車ボデー外面、ドア内部およびフロア下の腐食センサー出力を比較した図。
【図5】異なる金属電極を有する腐食センサーを用いて、移動体の部位1および2について腐食環境計測を実施した結果を示すグラフ。
【図6】各地域a〜cにおいて自動車の腐食環境計測と腐食実態調査の結果から、腐食センサー出力と腐食量の相関図の一例。
【図7】図6に示した各地域a〜cのデータを併せ、ある使用年数の自動車における材料毎の腐食センサー出力と腐食量の相関図の一例。
【図8】図7で示した相関図中に、地域dにおける腐食環境計測から求めた自動車各部位の腐食センサー出力(図中点線)を示した説明図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともその一部が金属材料で構成される移動体の1以上の部位に、成分および/または組成が異なる2種の金属電極を有し、その内の1種は移動体材料の構成成分の選定すべき金属材料とし、他の1種はこれとは異なる同一の金属からなり、かつこれに対して電気化学的序列が貴となる金属からなり、少なくとも1組の電極の間隙が絶縁体を隔てて0.1〜5mmとなるように配置された腐食センサーを1個以上設置し、腐食環境において電極が電気的に短絡することによる電極間の電流または電位差を、移動時を含んで連続的または断続的に計測し、かつ、前記腐食センサーの設置位置として移動体の外部から隔離された内部または、移動体の構成部位の内側を含むものとすることを特徴とする移動体の腐食環境計測方法。
【請求項2】
少なくともその一部が金属材料で構成される移動体の外部から隔離された内部または、移動体の構成部位の内側を含む1以上の部位に、成分および/または組成が異なる2種の金属電極を有し、その内の1種は移動体材料の構成成分の選定すべき金属材料とし、他の1種はこれとは異なる同一の金属からなり、かつこれに対して電気化学的序列が貴となる金属からなり、少なくとも1組の電極の間隙が絶縁体を隔てて0.1〜5mmとなるように配置された腐食センサーを1個以上設置し、移動体の移動時のデータを含む腐食環境において電極が電気的に短絡することによる電極間の電流または電位差からなる腐食センサー出力、または該出力から算出される数値が、所定範囲になるように移動体の構造を設計することを特徴とする移動体の設計方法。
【請求項3】
少なくともその一部が金属材料で構成される移動体の外部から隔離された内部または、移動体の構成部位の内側を含む1以上の部位に、成分および/または組成が異なる2種の金属電極を有し、その内の1種は移動体材料の構成成分の選定すべき金属材料とし、他の1種はこれとは異なる同一の金属からなり、かつこれに対して電気化学的序列が貴となる金属からなり、少なくとも1組の電極の間隙が絶縁体を隔てて0.1〜5mmとなるように配置された腐食センサーを1個以上設置し、移動体の移動時のデータを含む腐食環境において電極が電気的に短絡することによる電極間の電流または電位差からなる腐食センサー出力、または該出力から算出される数値が、所定範囲になるように移動環境を設定して、移動体あるいは移動体に取り付けられた試験片材料の耐食性を評価する腐食試験を行うことを特徴とする移動体材料の腐食試験方法。
【請求項4】
少なくともその一部が金属材料で構成される移動体の外部から隔離された内部または、移動体の構成部位の内側を含む1以上の部位に、成分および/または組成が異なる2種の金属電極を有し、その内の1種は移動体材料の構成成分の選定対象金属材料とし、他の1種はこれとは異なる同一の金属からなり、かつこれに対して電気化学的序列が貴となる金属からなり、その電極の間隙が絶縁体を隔てて0.1〜5mmとなるように配置された1種類または2種類以上の腐食センサーを設置し、移動体の移動時のデータを含む該腐食センサーの出力または該出力から算出される数値を比較することにより、移動体の当該部位における金属材料を選定することを特徴とする移動体材料の選定方法。
【請求項5】
少なくともその一部が金属材料で構成される移動体の外部から隔離された内部または、移動体の構成部位の内側を含む1以上の部位に、成分および/または組成が異なる2種の金属電極を有し、その内の1種は移動体材料の構成成分の選定すべき金属材料とし、他の1種はこれとは異なる同一の金属からなり、かつこれに対して電気化学的序列が貴となる金属からなり、少なくとも1組の電極の間隙が絶縁体を隔てて0.1〜5mmとなるように配置された腐食センサーを1個以上設置し、腐食環境において電極が電気的に短絡することによる電極間の電流または電位差を、移動時を含んで連続的または断続的に計測する、腐食センサーによる腐食環境の計測結果に基づいた移動体材料の選定方法であって、複数の地域において移動体の複数の部位における腐食環境を1種類の腐食センサーによって計測する腐食環境計測工程と、計測した複数の地域において、ある年数使用した移動体について同一の複数部位の腐食量を測定する工程と、前記2つの工程から得られた腐食センサー出力と腐食量の相関図を作製する工程とを備え、移動体が使用される新規の環境および/または新規の地域において、移動体各部位の腐食環境計測を実施した結果を前記相関図と比較し、移動体の複数の部位における金属材料を選定する工程を有することを特徴とする移動体材料の選定方法。
【請求項6】
請求項4または5に記載の移動体材料の選定方法によって選定された移動体を構成する金属材料である表面処理鋼板および耐食鋼材であり、該表面処理鋼板および耐食鋼材に腐食環境計測データを添付することで防錆品質に関しての情報が掲示された表面処理鋼板および耐食鋼材。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図2】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−53205(P2009−53205A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−269346(P2008−269346)
【出願日】平成20年10月20日(2008.10.20)
【分割の表示】特願2003−368078(P2003−368078)の分割
【原出願日】平成15年10月28日(2003.10.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】