説明

移植材とその製造方法

【課題】遺伝子導入方法を用いることなく、虚血心筋等の疾患部における細胞の生存率を向上する。
【解決手段】1〜10分間にわたって低酸素状態に維持した後、有酸素状態に戻した幹細胞を含む移植材1を提供する。これにより、幹細胞に低酸素環境に対する耐性を付与することができる。その結果、虚血心筋のような低酸素環境に移植されても幹細胞を死滅させることなく健全な状態に維持して、疾患部を治癒させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移植材とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、虚血心筋などの疾患部に移植される細胞は、低酸素環境に適用できずに移植後に時間経過とともに死滅してしまうことが知られている。この問題を解決するために、抗アポトーシス遺伝子などを導入し、細胞の生存率を向上することが報告されている(例えば、非特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Improved Graft Mesenchymal Stem Cell Survivalin Ischemic Heart With a Hypoxia-Regulated Heme Oxygenase-1 Vector, J Am CollCardiol, 2005; 46:1339-1350
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、非特許文献1の遺伝子導入方法は未だ臨床応用が困難であるという不都合がある。
本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであって、遺伝子導入方法を用いることなく、虚血心筋等の疾患部における細胞の生存率を向上することができる移植材とその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
本発明は、1〜10分間にわたって低酸素状態に維持した後、有酸素状態に戻した幹細胞を含む移植材を提供する。
本発明によれば、1〜10分間にわたって低酸素状態に維持した後に有酸素状態に戻すことで、幹細胞に低酸素環境に対する耐性を付与することができる。その結果、虚血心筋のような低酸素環境に移植されても幹細胞を死滅させることなく健全な状態に維持して、疾患部を治癒させることができる。
【0006】
上記発明においては、3〜10分間にわたって低酸素状態に維持することが好ましい。
また、上記発明においては、低酸素状態が、酸素濃度0〜5%、好ましくは0.5〜2%であることが好ましい。
【0007】
また、本発明は、幹細胞を含む移植材を、1〜10分間にわたって低酸素状態に維持する低酸素ステップと、該低酸素ステップの後に有酸素状態に維持する有酸素ステップとを含む移植材の製造方法を提供する。
上記発明においては、低酸素ステップが、3〜10分間にわたって低酸素状態に維持することとしてもよい。
また、上記発明においては、低酸素状態が、酸素濃度0〜5%、好ましくは0.5〜2%であってもよい。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、遺伝子導入方法を用いることなく、虚血心筋等の疾患部における細胞の生存率を向上することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の一実施形態に係る移植材の製造装置を示す模式図である。
【図2】図1の移植材の製造方法を示すフローチャートである。
【図3】図2の製造方法における低酸素ステップの時間と製造された移植材における幹細胞の生存率との関係を表す実験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の一実施形態に係る移植材1とその製造方法について、図面を参照して以下に説明する。
本実施形態に係る移植材1は、骨髄、脂肪、臍帯血、羊水、羊膜または胎盤等の組織由来の幹細胞を含んでいる。
【0011】
本実施形態に係る移植材1の製造方法は、これらの組織由来の幹細胞を含む移植材1を低酸素状態に維持する低酸素ステップS1と、その後に有酸素状態に戻す有酸素ステップS2とを施すことにより製造される。
低酸素ステップS1は、図1に示されるように、幹細胞を容器2内に収容し(ステップS11:図2参照。)、容器内に窒素ガスを供給すると同時に、容器2内の空気を排出することによって、容器2内の酸素濃度を低減することにより行われる。
【0012】
図1に示す製造装置3は、密閉された容器2と、容器2内に窒素ガスまたは空気を供給する供給口4と、容器2内の空気または窒素ガスを排出する排出口5と、これらの供給口4および排出口5を開閉するバルブ6〜8と、容器2内の酸素濃度を検出する酸素センサ9と、酸素センサ9の出力に基づいてバルブ6〜8を開閉制御する制御部10とを備えている。
【0013】
容器2には、製造された移植材1を取り出すための細胞取出口11が設けられている。容器2の底面は、一方向に向かって傾斜しており、その最下位に細胞取出口11が配置されている。
【0014】
制御部10は、タイマー12に接続されている。制御部10は、図2に示されるように、まず、バルブ6を開放して供給口4から窒素ガスを容器2内に供給し(ステップS12)、かつ、バルブ8を開放して排出口5から容器2内の空気を排出する(ステップS13)。そして、容器2内の酸素濃度が所定の閾値よりも低くなったことを酸素センサ9が検出したときに(ステップS14)、バルブ6,8を閉止するとともに(ステップS15)、タイマー12を作動させて、低酸素状態に維持される時間を計測させるようになっている(ステップS16)。そして、所定の時間にわたって低酸素状態を維持することにより(ステップS17)、幹細胞に対して低酸素ステップS1が実施される。
【0015】
低酸素ステップS1においては、容器2内の酸素濃度が所定の値、例えば、0〜5%、好ましくは、0.5〜2%に達した時点で、窒素ガスの供給および空気の排出を停止して、所定時間、例えば、1〜10分、好ましくは、3〜6分、さらに好ましくは5分間維持されるようになっている。
【0016】
そして、タイマー12により所定の時間が計時されたときには、バルブ7を開放して、供給口4から容器2内に空気を供給し(ステップS21)、かつ排出口5から容器2内の窒素ガスを排出する(ステップS22)。これにより、幹細胞に対して有酸素ステップS2が実施される。
【0017】
有酸素ステップS2は、容器2内の酸素濃度を通常濃度に戻すことにより行われる。
有酸素ステップS2は、2時間以内であることが好ましい。低酸素ステップS1の後、2時間程度経過してから移植した場合にも、低酸素環境に対する幹細胞の耐性が残存することが確認されたからである。
【0018】
ここで、低酸素ステップS1において低酸素状態に維持する時間と、幹細胞の生存率との関係を表す実験結果を示す。
実験は、幹細胞を1分、5分、10分および15分間低酸素状態(酸素濃度0.2%)に維持し、10分間有酸素状態に戻した後に、60分間低酸素環境においてから生存率を測定することにより行われた。
【0019】
その実験結果を図3に示す。比較例として低酸素ステップS1を施さない場合を0分間として示す。
この図3によれば、低酸素ステップS1を施さない場合には、幹細胞の生存率は73.2%であったのに対し、低酸素ステップS1を5分間施した場合には生存率は89.2%、10分間施した場合には生存率は79.5%であった。
【0020】
このように、本実施形態に係る移植材1によれば、幹細胞に対して低酸素環境に対する耐性を持たせることができ、虚血心筋等の疾患部に移植されても死滅せずに生存し続け、患部を効果的に治癒することができる。また、このような移植材1は、従来のように遺伝子導入法を用いることなく製造することができ、容易に臨床応用することができるという利点がある。
【0021】
なお、本実施形態においては、低酸素ステップS1の後に行われる有酸素ステップS2として、2時間以内の時間で行うこととしたが、有酸素ステップS2の期間は、十分に短く設定されていてもよい。すなわち、低酸素ステップS1によって低酸素状態に維持した移植材1を容器2から取り出して移植するまでの間、移植材1は大気中に晒されるので、その時点で有酸素ステップS2が行われることにしてもよい。
【符号の説明】
【0022】
1 移植材
S1 低酸素ステップ
S2 有酸素ステップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1〜10分間にわたって低酸素状態に維持した後、有酸素状態に戻した幹細胞を含む移植材。
【請求項2】
3〜10分間にわたって低酸素状態に維持する請求項1に記載の移植材。
【請求項3】
低酸素状態が、酸素濃度0〜5%、好ましくは0.5〜2%である請求項1に記載の移植材。
【請求項4】
幹細胞を含む移植材を、1〜10分間にわたって低酸素状態に維持する低酸素ステップと、
該低酸素ステップの後に有酸素状態に維持する有酸素ステップとを含む移植材の製造方法。
【請求項5】
低酸素ステップが、3〜10分間にわたって低酸素状態に維持する請求項4に記載の移植材の製造方法。
【請求項6】
低酸素状態が、酸素濃度0〜5%、好ましくは0.5〜2%である請求項4に記載の移植材の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−252854(P2010−252854A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−103108(P2009−103108)
【出願日】平成21年4月21日(2009.4.21)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】