説明

窒化鉄複合材及びその製造方法

【課題】磁気特性に優れる窒化鉄:α"Fe16N2を主成分とする窒化鉄複合材、及びこの窒化鉄複合材を生産性よく製造可能な製造方法を提供する。
【解決手段】鉄粉をカルボン酸溶液中で溶解してゾルを作製し、ニッケルなどの金属やアルミナなどの非金属といった無機材料からなる多孔質体の孔に上記ゾルを充填する。磁場を印加した状態で、ゾルが充填された多孔質体を乾燥し、ゾルから鉄錯体を生成すると共に鉄成分の配向性を高める。磁場を印加した状態で、鉄錯体の有機成分を除去して酸化鉄を生成すると共に鉄成分の配向性を高める。更に、磁場を印加した状態で、酸化鉄を還元・窒化して、窒化鉄:α"Fe16N2を生成すると共に、窒化鉄の配向性を高める。上記工程により、多孔質体の孔に窒化鉄粒子が担持された窒化鉄複合材が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁石などの磁性部材の素材に適した窒化鉄複合材、及びその製造方法に関する。特に、窒化鉄:α"Fe16N2のバルク材(窒化鉄複合材)を生産性よく製造可能な窒化鉄複合材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
磁性体として、飽和磁化が非常に高く、磁気特性に非常に優れるα"型のFe16N2がある。このα"Fe16N2(正方晶、a=5.72Å、c=6.29Å、結晶記号:I4/mmm)は、原理計算や薄膜による実験において飽和磁化:2.8T程度であることが確認されている。従来、このα"Fe16N2は、磁気記録媒体に利用されている。この磁気記録媒体は、α"Fe16N2からなり、粒径がナノオーダーの球状粒子や短軸がナノオーダーの柱状粒子からなるナノ粉末と、樹脂や有機物などの結合剤との混合物を樹脂などからなる支持フィルムに塗布したテープ状のものが代表的である。
【0003】
一方、特許文献1には、Fe16N2やFe4Nの焼結体を製造する試みが開示されている。具体的には、絶縁体セラミックスをコーティングしたFe4Nからなる粉末を成形した後、ホットプレスにより焼結した焼結体が開示されている。
【0004】
他方、モータや発電機などに利用される永久磁石には、Nd(ネオジム)やSm(サマリウム)といった希土類元素を含有する希土類磁石が広く利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平06-009273号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
希土類磁石は、磁気特性に優れるものの、希土類元素は希少元素であるため、使用量の低減が望まれる。一方、鉄元素や窒素元素は希土類元素よりも豊富である。これらの元素の化合物:α"Fe16N2を主成分とするバルク材を磁石の素材に利用すれば、希土類磁石よりも磁気特性に優れる永久磁石が得られると期待される。
【0007】
しかし、上述した磁気記録媒体では、結合剤や支持フィルムが存在することでα"Fe16N2の含有量が少なく、磁気特性に劣り、磁石の素材に適用することが困難である。
【0008】
また、原料粉末に上述したナノ粉末を利用すると、嵩高くなることから、設備の大型化を招く。更に、原料粉末に上述したナノ粉末を用いても、磁気特性の更なる向上が難しい。ナノ粉末は、一般に凝集し易く、表面エネルギーが高い。そのため、ナノ粉末を構成する各粒子(以下、ナノ粒子と呼ぶ)の結晶方位を特定の方向に配向させて成形し難く、ナノ粒子の配向によって磁気特性を向上することが難しい。また、凝集により粗大化すると、磁気特性が低下する。
【0009】
一方、特許文献1に記載されるような焼結体は、原料粉末の含有量を高め易い。しかし、Fe4Nは安定しているものの、α"Fe16N2は準安定相であり、特に300℃以上に加熱すると、窒素元素が離脱して結晶構造が変化し、磁気特性が低下する。そのため、特許文献1に記載されるようにα"Fe16N2からなる粉末の成形体を500℃といった高温で焼結した場合には、磁気特性に劣る焼結体しか得られず、この焼結体では、磁石の素材に適用することが難しい。
【0010】
他方、例えば、逆ミセル法のように液相から鉄粒子を生成し、連続して窒化処理を施してα"Fe16N2を生成することが考えられる。この場合、α"Fe16N2が特許文献1に記載されるような高温に曝されない。しかし、この方法では、窒化鉄の粉末しか得られない。また、逆ミセル法では、原料に硝酸鉄や塩化鉄などの無機塩を用いることがある。これらの無機塩は、吸水性が高いことから、経時的に水酸化鉄や酸化鉄を生じて、最終的に均一的なα"Fe16N2が得られない恐れがある。このように取り扱い難い原料を用いることで、生産性の低下を招く。
【0011】
従って、α"Fe16N2を主成分とするバルク材、及びこのバルク材を生産性よく製造可能な製造方法の開発が望まれる。
【0012】
そこで、本発明の目的の一つは、窒化鉄:α"Fe16N2を主成分とする窒化鉄複合材を提供することにある。また、本発明の他の目的は、上記窒化鉄複合材を生産性よく製造可能な窒化鉄複合材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、焼結することなく、好ましくは300℃未満の温度でα"Fe16N2を製造する方法を検討した。また、上述のようにナノ粉末を一旦製造した後、別工程でバルク化を図ると、この別工程の間に凝集などする恐れがあることから、α"Fe16N2を生成すると同時にバルク材となる、或いはバルク材に近い状態になる方法を検討した。その結果、特定の酸溶液に鉄粉を溶解してゾルを作製し、このゾルを充填可能であると共に、このゾルから最終的に生成した窒化鉄を担持可能な特定の支持体を利用することで、原料にナノ粉末を用いたり、α"Fe16N2を高温に加熱したりすることなく、α"Fe16N2を主成分とするバルク材が得られる、との知見を得た。本発明は、上記知見に基づくものである。
【0014】
本発明の窒化鉄複合材の製造方法は、α"Fe16N2を含有する窒化鉄複合材を製造する方法に係るものであり、以下のゾル工程と、充填工程と、乾燥工程と、分離工程と、還元・窒化工程とを具える。
【0015】
ゾル工程:鉄粉をカルボン酸溶液中で溶解してゾルを作製する工程。
充填工程:無機材料からなる多孔質体の孔に上記ゾルを充填して、ゾル充填体を作製する工程。
乾燥工程:磁場を印加した状態で上記ゾル充填体を乾燥してゲル含有体を作製する工程。
分離工程:磁場を印加した状態で上記ゲル含有体中の有機成分を除去して前駆体を作製する工程。
還元・窒化工程:磁場を印加した状態で上記前駆体に還元処理及び窒化処理を順次施して窒化鉄を生成し、上記多孔質体の孔に窒化鉄粒子が担持された窒化鉄複合材を作製する工程。
【0016】
上記本発明窒化鉄複合材の製造方法により、窒化鉄:α"Fe16N2を含有する本発明窒化鉄複合材が得られる。本発明の窒化鉄複合材は、無機材料からなる多孔質体と、上記多孔質体の孔に担持された窒化鉄粒子とを具える。
【0017】
本発明製造方法は、いわゆるゾルゲル法に類する手法によりゲルから酸化鉄粒子を生成し、この酸化鉄粒子に連続的に還元・窒化処理を施して窒化鉄:α"Fe16N2を生成する。特に、本発明製造方法は、ゾルの製造にあたり、弱酸及びキレート作用という性質を有するカルボン酸を利用することで、鉄と酸との反応を穏やかに進行できる。そのため、鉄粉を構成する各粒子:原料鉄粒子はその表面から内部に至って完全に酸との反応が可能であり、各原料鉄粒子から鉄錯体を形成することができる。ここで、硝酸や塩酸、硫酸などの強酸を利用すると、これらの強酸は鉄との反応性が高いため、原料鉄粒子の表面全体がごく短時間で反応し、原料鉄粒子の表層に酸化被膜が形成される。その結果、原料鉄粒子の内部にまで完全に反応が進行しない傾向にある。このような表層のみが酸化されて酸化被膜を具える粒子は、当該粒子から微細な鉄粒子を生成することは難しく、結果として、磁気特性に優れるα"Fe16N2を十分に生成することが難しい。本発明製造方法は、上記鉄錯体から酸化鉄粒子を十分に生成可能である上に、キレート作用により微細な粒子を生成し易いことから、還元処理により、ナノオーダーといった微細な鉄粒子を十分に生成して、結果として、磁気特性に優れるナノオーダーのα"Fe16N2を十分に生成できる。
【0018】
また、本発明製造方法は、α"Fe16N2のみの集合体を製造するのではなく、窒化鉄の原料となるゾルを多孔質体に保持させると共に、このゾルから生成する粒状の窒化鉄もこの多孔質体に保持させて、当該多孔質体を具える形態を最終形態とする。つまり、製造段階で用いる原料の支持骨格をそのまま具える形態とすることで、作業者が直接α"Fe16N2を取り扱う必要がない。
【0019】
更に、本発明製造方法は、上記乾燥工程などの製造途中で生成される中間体に対して磁場を印加することで、最終的に生成される窒化鉄の結晶の配向性を効果的に高められる。特に、本発明製造方法では、中間体や窒化鉄の粒子が常に多孔質体に支持された状態であるため、磁場を印加したとき、特定の方向に配向するための回転を十分に行える。
【0020】
このように本発明製造方法は、(1)α"Fe16N2からなる粉末(特に、ナノオーダーといった超微細粉末)を直接取り扱う必要がない、(2)窒素元素が離脱するような高温にα"Fe16N2を曝すことがない、(3)経時的に変質するような吸水性の高い原料を利用する必要がない、(4)逆ミセル法に用いるような高価な界面活性剤を利用しない。また、本発明製造方法は、特定の原料を用いることで、最終的にα"Fe16N2を十分に生成できる。更に、生成された窒化鉄粒子は、配向性が高い。これらのことから、本発明製造方法は、窒化鉄:α"Fe16N2を主成分とし、磁気特性に優れるバルク材(本発明窒化鉄複合材)を生産性よく製造することができる。
【0021】
本発明窒化鉄複合材は、磁気特性に優れる窒化鉄粒子を主成分とし、かつ配向性が高いことで、磁気特性に優れる。また、本発明窒化鉄複合材は、多孔質体を具えることで、強度にも優れる。このような本発明窒化鉄複合材は、永久磁石といった磁石の素材に好適に利用することができる。
【0022】
本発明製造方法の一形態として、上記鉄粉の平均粒径が1μm以上100μm以下である形態が挙げられる。
【0023】
上記形態は、鉄粉を溶解し易く、原料鉄粒子の表面から内部に至ってカルボン酸との反応を十分に進行できることから、結果として、窒化鉄粒子を生産性よく製造することができる。
【0024】
本発明製造方法の一形態として、上記カルボン酸がクエン酸、リンゴ酸、酒石酸、マロン酸、フタル酸、コハク酸、マレイン酸、及びグルコン酸からなる群から選択された1種以上である形態が挙げられる。
【0025】
列挙した各酸は、市販されており、容易に入手可能であることから、上記形態は、窒化鉄複合材の生産性を高められる。
【0026】
本発明製造方法の一形態として、上記鉄粉が還元鉄粉、鉄繊維、及び鋳鉄粉からなる群から選択された1種以上である形態が挙げられる。
【0027】
列挙した各鉄粉は、市販されており、容易に入手可能であることから、上記形態は、窒化鉄複合材の生産性を高められる。
【0028】
本発明製造方法の一形態として、上記鉄粉のモル数と上記カルボン酸のモル数との比率を鉄:カルボン酸=1:3〜1:10とする形態が挙げられる。
【0029】
上記形態は、鉄粉を十分に溶解できると共に、多孔質体に容易に充填可能な粘度を有するゾルが得られることから、結果として、窒化鉄粒子を生産性よく製造することができる。
【0030】
本発明製造方法の一形態として、上記ゾル工程では、上記鉄粉と上記カルボン酸溶液との混合溶液の温度を50℃以上100℃以下、上記混合溶液のpHを1以上5以下として上記ゾルを作製する形態が挙げられる。
【0031】
上記形態は、鉄粉の溶解を促進できる上に、鉄粉を均一的に溶解することができ、結果として、窒化鉄粒子を生産性よく製造することができる。
【0032】
本発明製造方法の一形態及び本発明窒化鉄複合材の一形態として、上記多孔質体がゼオライト、多孔質金属体、及びハニカム構造体から選択される1種である形態が挙げられる。
【0033】
列挙した各多孔質体は、ナノオーダーの気孔を有する形態が可能であり、このナノオーダーの気孔に窒化鉄粒子を担持可能である。また、ナノオーダーの気孔に存在する窒化鉄粒子もナノオーダーとなる。通常、ナノオーダーの窒化鉄粒子は、酸化し易い。しかし、上記多孔質体の骨格に覆われることで、酸化を抑制し易い。従って、上記形態の本発明製造方法により得られた窒化鉄複合材や上記形態の本発明窒化鉄複合材は、窒化鉄粒子を十分に含有して、磁気特性に優れる。
【0034】
上記ハニカム構造の多孔質体を具える形態において、上記ハニカム構造体は、アルミナ、シリカ、チタニア、ジルコニア、及びフェライトから選択される1種の非金属無機材料から構成された形態が挙げられる。また、上記多孔質金属体を具える形態において、上記多孔質金属体は、ニッケル、ニッケル合金、アルミニウム、及びアルミニウム合金から選択される1種の金属材料から構成された形態が挙げられる。
【0035】
列挙した非金属無機材料や列挙した金属材料はいずれも、本発明製造方法に用いる原料(ゾル)や本発明製造方法において生成される中間体、最終的に生成される窒化鉄などと反応性が低い。従って、上記形態の本発明製造方法では、反応生成物などにより窒化鉄の生成を阻害され難く、窒化鉄粒子を十分に含有した窒化鉄複合材を製造可能である。また、上記形態の本発明窒化鉄複合材は、窒化鉄粒子を十分に含有して、磁気特性に優れる。
【0036】
本発明製造方法の一形態及び本発明窒化鉄複合材の一形態として、上記多孔質体の孔の平均径が10nm以上300nm以下である形態が挙げられる。
【0037】
上記形態の本発明製造方法は、多孔質体にゾルを容易に充填できる上に、充填したゾルが流出し難く、充填工程の作業性に優れる。また、最終的な窒化鉄粒子の粗大化を抑制できる。上記形態の本発明窒化鉄複合材は、多孔質体に具える孔がナノオーダーの細孔であるため、上述のように窒化鉄粒子もナノオーダーになり、かつこのナノオーダーの窒化鉄粒子が多孔質体の骨格に覆われることで酸化を抑制でき、磁気特性に優れる。
【0038】
本発明製造方法の一形態として、上記多孔質体の気孔率が65体積%以上85体積%以下である形態が挙げられる。また、本発明窒化鉄複合材の一形態として、上記多孔質体の孔の合計体積が65%以上85%以下である形態が挙げられる。
【0039】
上記形態の本発明製造方法は、多孔質体にゾルを容易に充填できる上に、充填したゾルが流出し難く、充填工程の作業性に優れる。また、ゾルを十分に充填できることから、上記形態の本発明製造方法は、最終的に窒化鉄粒子を十分に生成できて、磁気特性に優れる窒化鉄複合材が得られる。上記形態の本発明窒化鉄複合材は、多孔質体の孔が十分に存在し、この孔に窒化鉄を十分に含有することで、磁気特性に優れる。
【0040】
本発明製造方法の一形態として、上記乾燥工程では3T以上の磁場を印加する形態が挙げられる。
【0041】
上記形態は、ゾル中の鉄錯体を十分に配向できるため、結果として窒化鉄粒子の配向性を高められ、磁気特性に優れる窒化鉄複合材が得られる。
【0042】
本発明製造方法の一形態として、上記分離工程、及び上記還元・窒化工程では、3T以上の磁場を印加する形態が挙げられる。
【0043】
上記形態は、分離工程及び還元・窒化工程のそれぞれにおける鉄成分を配向できる上に、分離工程における鉄成分の配向状態を還元・窒化工程でも維持でき、工程途中における配向性の低下を抑制して、最終的に窒化鉄粒子を十分に配向させられる。従って、上記形態は、磁気特性に優れる窒化鉄複合材が得られる。
【0044】
本発明製造方法の一形態及び本発明窒化鉄複合材の一形態として、上記窒化鉄粒子の充填率が上記多孔質体中の孔の合計体積に対して86%以上である形態が挙げられる。
【0045】
上記形態の窒化鉄複合材は、窒化鉄粒子が十分に存在していることから、磁気特性に優れる。
【発明の効果】
【0046】
本発明窒化鉄複合材は、磁気特性に優れる。本発明窒化鉄複合材の製造方法は、磁気特性に優れる窒化鉄:α"Fe16N2を含む窒化鉄複合材を生産性よく製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】図1は、本発明窒化鉄複合材の製造方法を示す工程説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0048】
以下、本発明をより詳細に説明する。
[窒化鉄複合材の製造方法]
(ゾル工程)
<鉄粉>
原料として、純鉄(Fe含有量:99.99質量%以上)からなる鉄粉を用意する。鉄粉は、種々の形態のものが利用でき、例えば、還元鉄粉、鉄繊維、鋳鉄粉、海綿状鉄粉などが挙げられる。列挙したいずれの鉄粉も比較的安価で市販されており、容易に入手可能である上に、コストの低減も図れる。複数の異なる形態の鉄粉を組み合せて用いてもよい。
【0049】
原料に用いる鉄粉は、弱酸のカルボン酸溶液に容易に溶解可能な大きさであると、ゾルを生産性よく製造できる。鉄粉が大き過ぎると溶解が実質的に生じない恐れがある。特に、鉄粉の平均粒径が100μm以下であると、鉄粉を十分に溶解可能であり、平均粒径が小さいほど、溶解が進行し易い上に、微細な酸化鉄粒子を生成し易いことから、50μm以下がより好ましい。但し、小さ過ぎると、嵩高くなって、大型の設備が必要になる上に、取り扱い難い。従って、鉄粉の平均粒径は、1μm以上が好ましく、10μm以上がより好ましい。
【0050】
鉄繊維の平均粒径は、当該繊維の長手方向に直交する方向の断面(横断面)をとり、この断面積の円相当径を直径とし、この直径の平均とする。その他の形態の鉄粉の平均粒径は、市販の装置により測定するとよい。また、直径及び長さの双方が100μm以下の鉄線なども原料鉄粉として利用してもよい。
【0051】
<カルボン酸>
本発明では、上記鉄粉を用いて、鉄錯体を含有するゾルを生成するにあたり、カルボン酸を利用する。カルボン酸は、弱酸であることから、カルボン酸溶液に鉄粉を混合すると、原料鉄粒子と穏やかに反応でき、かつキレート作用を有することから、原料鉄粒子の表面から内部に至って反応を進行でき、最終的に鉄錯体を生成できる。従って、強酸を用いる場合と異なり、カルボン酸を用いる本発明製造方法は、鉄粉と酸とを完全に反応させることができる。
【0052】
カルボン酸は、種々のものが利用でき、代表的には、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、マロン酸、フタル酸、コハク酸、マレイン酸、グルコン酸が挙げられる。列挙したいずれの酸も市販されており、容易に入手可能である。複数の異なるカルボン酸を組み合わせて用いてもよい。
【0053】
カルボン酸溶液は、代表的には、溶媒に蒸留水を用いた水溶液や、アルコール溶液が挙げられる。
【0054】
カルボン酸溶液中のカルボン酸の含有量は、鉄粉の添加量に応じて適宜調整するとよい。鉄粉に対してカルボン酸が過剰であると、つまり、モル数が多過ぎると、ゾルの粘度が高くなって、多孔質体に充填し難くなり、作業性の低下を招く。また、原料コストの増大を招く。一方、カルボン酸が過少であると、つまり、モル数が少な過ぎると、鉄錯体が粗大になり易くなり、その結果、純度が低い窒化鉄が得られる恐れがある。特に、鉄のモル数を1とするとき、カルボン酸のモル数を3以上10以下とする、つまり、鉄のモル数とカルボン酸のモル数との比率(以下、モル比と呼ぶ)を鉄:カルボン酸とするとき、鉄:カルボン酸=1:3〜1:10とすると、適度な粘度のゾルが得られて充填作業が行い易い上に、最終的に高純度な窒化鉄を得易い。モル比は、鉄:カルボン酸=1:3〜1:7がより好ましい。
【0055】
ゾルの形成にあたり、鉄粉とカルボン酸溶液との混合溶液の温度を高めた状態とすると、鉄粉の溶解の進行を促進して、ゾルの生産性を向上できる。特に、上記温度を50℃以上とすると溶解が進行し易く、当該温度が高いほど促進でき、60℃以上がより好ましい。但し、カルボン酸溶液が水溶液である場合、上記温度を100℃超とすると、水が蒸発する際に生じる酸素によって、混合した原料鉄粒子の表面に酸化被膜が形成されて、原料鉄粒子の内部まで反応することを阻害する恐れがある。従って、上記温度は100℃以下が好ましく、85℃以下がより好ましい。
【0056】
また、ゾルの形成にあたり、上記混合溶液の水素イオン指数:pHを1以上5以下(10-1mol/リットル以上10-5mol/リットル以下)の範囲で調整すると、クエン酸鉄などのカルボン酸鉄の沈澱が生じたり、未反応の原料鉄粒子が残存するなどの不具合が生じ難い。また、pHが大き過ぎると、鉄錯体が凝集した状態で析出し、この析出物を後工程で還元すると、粗大な鉄粒子が形成され、窒化後にもα-Feが残存して、磁気特性の低下を招く。より好ましくはpHを2以上4以下とすると、実質的に全ての原料鉄粒子がカルボン酸と反応できると共に、カルボン酸鉄の生成を抑制できる。pHの調整は、代表的には、水酸化ナトリウムなどのアルカリ塩やアンモニアを添加することが挙げられ、添加量を多くすると、pHが大きくなる。
【0057】
(充填工程)
<多孔質体>
多孔質体は、上述のゾルを保持すると共に、最終的に生成する窒化鉄を担持する部材として利用する。従って、多孔質体の材質は、上記ゾルから最終生成物までの全て、具体的には、上記ゾル、鉄錯体、酸化鉄、鉄、窒化鉄と反応せず、製造工程における温度で溶融や軟化、焼失しないものとし、本発明では、無機材料とする。上記材質は、鉄成分の酸化や還元、窒化を阻害し難いものがより好ましい。
【0058】
上記無機材料は、金属でも非金属でもよく、また、磁性体でも非磁性体でもよい。非磁性体の多孔質体は、窒化鉄粒子同士に磁気相互作用が生じないように存在する介在相として機能すると期待される。磁性体の多孔質体は、窒化鉄粒子がいわゆるナノコンポジットマグネット(交換スプリングマグネット)の軟磁性体として機能し、当該多孔質体が硬磁性体として機能することで、非常に強力な磁石となり得ると期待される。
【0059】
具体的な金属材料は、例えば、ニッケル、ニッケル合金、アルミニウム、及びアルミニウム合金が挙げられる。これらの金属は、窒化工程において窒化し難くいため、安定性が高い。具体的な非金属材料は、例えば、アルミナ、シリカ、チタニア、ジルコニア、フェライトなどの金属酸化物といったセラミックスが挙げられる。これらの酸化物はいずれも、還元工程において還元され難く、上記金属酸化物が還元されて生成された金属が、窒化工程で窒化されることで、鉄の窒化を妨げることが実質的にない。上記金属や上記金属酸化物からなる多孔質体を利用すると、窒化鉄を十分に生成可能であり、窒化鉄:α"Fe16N2の含有量が多いバルク材が得られる。また、上記非金属材料は、還元工程で還元され得る金属酸化物であって、窒化工程で窒化され得る金属元素を含むもの以外が好ましい。
【0060】
かつ、多孔質体は、その表面にゾルを充填可能な開口孔を有するものとする。ゾルを内部にまで充填可能なように任意の開口孔に連続する連続気孔を有する多孔質体がより好ましい。このような開口孔を有する多孔質体として、ゼオライト(アルミノケイ酸塩)のようなセラミックスからなるもの、セルメット(住友電気工業株式会社の登録商標)のような金属からなるもの:多孔質金属体、金属やセラミックスからなるハニカム構造体が挙げられる。多孔質金属体やハニカム構造体は、例えば、公知の製造方法により製造できる。ゼオライトは、例えば、天然物を利用したり、公知の製造方法により製造したりできる。
【0061】
多孔質体の孔が大き過ぎると、ゾルが流出して、ゾルを十分に保持できなかったり、最終的に生成される窒化鉄粒子が大きくなり易くなることから酸化され易くなり、結果として磁気特性の低下を招く恐れがあったりする。多孔質体の孔が小さ過ぎると、ゾルを充填し難く、作業性の劣化を招いたり、ゾルを十分に充填できず、結果として窒化鉄粒子の含有量が低下して、磁気特性の低下を招く恐れがあったりする。多孔質体の孔の平均径が10nm以上300nm以下であると、(1)当該孔の大きさに応じたナノオーダーに窒化鉄粒子の大きさを規制できるため、窒化鉄粒子が酸化され難い、(2)1回の充填作業でゾルを十分に充填可能であり、作業性に優れる、(3)ゾルを十分に充填できるため、窒化鉄粒子の含有量を十分に高められる、ことから、磁気特性に優れる窒化鉄複合材を生産性よく得ることができる。上記平均径は、30nm以上250nm以下がより好ましい。平均径の測定方法は、後述する。
【0062】
多孔質体の気孔率が高いほど、ゾルの充填量を多くし易く、結果として、窒化鉄粒子の含有量を多くし易いが、気孔率が高過ぎると、1度の作業でゾルを充填することが難しくなり、作業性の低下を招く。多孔質体の気孔率が65体積%以上85体積%以下であると、ゾルの充填作業性に優れる上に、磁気特性に優れる窒化鉄材を得易い。上記気孔率は70%以上80%以下がより好ましい。気孔率の測定方法は、後述する。
【0063】
充填工程では、用意した上記多孔質体に上述したゾルを充填する。充填は、ゾルを塗布したり、ゾルに多孔質体を浸漬したりすることが挙げられる。この多孔質体は、充填工程で用意した仕様(形状・材質・大きさ・気孔の数・気孔の平均径・気孔率など)を最終的に得られる窒化鉄複合材においても実質的に維持する。従って、孔の平均径が10nm〜300nm、気孔率が65体積%〜85体積%の多孔質体を利用した場合、得られた窒化鉄複合材中の多孔質体における孔の平均径も10nm〜300nm、合計体積も65%〜85%である。
【0064】
(乾燥工程)
孔にゾルが充填された多孔質体:ゾル充填体は、溶媒の水などを含んだ湿潤状態である。そこで、乾燥工程では、主としてゾルから水を除去する。乾燥は、所定の温度に保持した熱処理炉にゾル充填体を載置して排気しながら行うと、多孔質体の孔内に鉄錯体を保持させつつ、水のみを効率よく除去できる。乾燥条件は、温度:100℃〜150℃、保持時間:3時間〜12時間が挙げられる。乾燥工程の雰囲気は、大気雰囲気、真空雰囲気、窒素雰囲気が挙げられる。乾燥時の加熱によりゾルはゲルになる。
【0065】
乾燥工程は、磁場を印加して、ゾル中の鉄成分(鉄錯体)を配向させながら行う。鉄錯体は、多孔質体の孔に支持されていることから、磁場の印加により容易に回転可能であり、配向することができる。鉄錯体を配向させることで、最終的に得られる窒化鉄の配向性を高め易い。配向性を高めるには、3T以上が好ましく、5T以上がより好ましい。
【0066】
磁場の印加には、代表的には、常電導コイル又は超電導コイルによるパルス磁場が挙げられる。この点は、後述する分離工程、還元・窒化工程についても同様に適用することができる。
【0067】
(分離工程)
乾燥工程を経て、鉄錯体を含有するゲルを保持する多孔質体:ゲル含有体は、カルボン酸の有機成分を含んだ状態である。そこで、分離工程では、主として有機成分(錯体)を除去して、鉄錯体を酸化鉄(ヘマタイト:Fe2O3)にする。有機成分の除去は、所定の温度に保持した熱処理炉にゲル含有体を載置して排気しながら行うと、多孔質体の孔内に酸化鉄を保持させつつ、有機成分のみを効率よく除去できる。分離条件は、温度:300℃〜500℃、保持時間:1時間〜5時間が挙げられる。分離工程の雰囲気は、大気雰囲気、窒素雰囲気、アルゴン雰囲気が挙げられる。
【0068】
特に、多孔質体の孔がナノオーダーの細孔である場合、鉄錯体が多孔質体の孔に支持されることで、ナノオーダーの酸化鉄粒子を生成し易い。ナノオーダーの酸化鉄粒子から生成される鉄粒子もナノオーダーの超微細粒子になり易く、結果として窒化鉄粒子もナノオーダーの超微細粒子になり易い。このようなナノオーダーの窒化鉄粒子を含有することで、磁気特性に優れる窒化鉄複合材が得られる。
【0069】
分離工程も、磁場を印加して、鉄錯体から生成される酸化鉄を配向させながら行う。酸化鉄も、多孔質体の孔に支持されていることから、磁場の印加により容易に回転可能であり、配向することができる。酸化鉄を配向させることで、最終的に得られる窒化鉄も配向性を高め易い。配向性を高めるには、3T以上が好ましく、5T以上がより好ましい。
【0070】
(還元・窒化工程)
分離工程で生成された酸化鉄粒子を保持する多孔質体:前駆体に熱処理を施して、当該酸化鉄粒子から窒化鉄粒子を生成する。まず、還元を行って、鉄粒子(実質的にα-Feから構成される粒子)を生成し、次に窒化を行って、窒化鉄粒子(実質的にα"Fe16N2から構成される粒子)を生成する。上述のように酸化鉄粒子がナノオーダーであると、最終的にナノオーダーの窒化鉄粒子を得易く、磁気特性に優れる窒化鉄複合材が得られる。
【0071】
還元条件は、雰囲気:水素(H2)雰囲気といった水素元素含有雰囲気、温度:300℃以上500℃以下(好ましくは350℃以上450℃以下)、保持時間:1時間以上12時間以下(好ましくは2時間以上5時間以下)が挙げられる。窒化条件は、雰囲気:アンモニア(NH3)やプラズマ窒素雰囲気といった窒素元素含有雰囲気、温度:100℃以上250℃以下(好ましくは150℃以上200℃以下)、保持時間:5時間以上50時間以下(このましくは10時間以上24時間以下)が挙げられる。還元・窒化の条件は、酸化鉄粉末から窒化鉄粉末を生成する公知の製造条件を利用することができる。
【0072】
還元・窒化工程も、磁場を印加して、酸化鉄から生成される鉄を配向させながら還元を行い、鉄から生成される窒化鉄を配向させながら窒化を行う。上記鉄や窒化鉄も、多孔質体の孔に支持されていることから、磁場の印加により容易に回転可能であり、配向することができる。鉄を配向させることで、最終的に得られる窒化鉄の配向性を高め易く、窒化鉄を配向させることで、窒化鉄の結晶方位が一定の配向された窒化鉄複合材が得られる。配向性を高めるには、3T以上が好ましく、5T以上がより好ましい。乾燥工程、分離工程、還元工程のいずれにおいても印加する磁場を3T以上とすることで、工程途中における配向性の低下を抑制でき、更に窒化工程でも3T以上とすることで、窒化鉄の配向性を高め易い。
【0073】
[窒化鉄複合材]
本発明窒化鉄複合材は、実質的にα"Fe16N2からなる窒化鉄粒子を主成分(複合材全体の体積に対して50体積%超)とする。本発明窒化鉄複合材は、代表的にはナノオーダーといった超微細な窒化鉄粒子が複数存在し、各粒子が上述した多孔質体の各孔に担持されている。窒化鉄粒子が多いほど、磁気特性に優れる傾向にあることから、複合材全体に対する含有量は55体積%以上が好ましい。また、多孔質体中の孔の合計体積に対する割合:充填率が高いほど、複合材全体に対する含有量が多くなり、特に、充填率が86%以上であると、磁石の素材に好適に利用することができる。上記充填率は、90%以上がより好ましい。窒化鉄粒子の充填率は、気孔率が高い多孔質体を原料に用いたり、ゾル中の鉄錯体を多くしたりすると、高め易い。
【0074】
なお、多孔質体の孔の存在状態によっては、窒化鉄の一部が連続して塊となって存在し得る。このような塊が無く、多孔質体中に存在する窒化鉄の実質的に全てが粒状でナノオーダーである超微細粒子となっている窒化鉄複合材は、磁気特性に優れて好ましい。このような窒化鉄粒子を得るには、孔の合計体積が同じである場合、孔の数が少なく、大きな孔を有する多孔質体よりも、孔の数が多く、微細な孔を有する多孔質体を用いることが好ましい。
【0075】
本発明窒化鉄複合材は、ナノオーダーの窒化鉄粒子を主成分とし、配向性が高いことで、例えば、残留磁化が10Oe(約796kA/m)以上を満たす形態、或いは保磁力が10000Gauss(1T)以上を満たす形態、或いは残留磁化が10Oe(約796kA/m)以上及び保磁力が10000Gauss(1T)以上を満たす形態が挙げられる。このような優れた磁気特性を有する窒化鉄複合材は、永久磁石の素材に好適に利用することができる。
【0076】
以下、試験例を挙げて、本発明のより具体的な形態を説明する。後述する各試験例ではいずれも、ゾルの作製→多孔質体にゾルを充填→乾燥→有機成分の除去→還元・窒化という工程を経て、多孔質体の孔に窒化鉄粒子が担持された窒化鉄複合材を製造し、得られた窒化鉄複合材の磁気特性を調べた。但し、後述する各試験ではそれぞれ、異なる条件により窒化鉄複合材を製造した。以下、詳細に説明する。
【0077】
[試験例1]
この試験では、ゾルの作製にあたり、溶液の温度を変化させた。
【0078】
原料として、平均粒径が50μmの還元鉄粉を用意した。還元鉄粉の平均粒径は、市販のレーザ回折式粒度分布測定装置を用いて湿式法により測定した。この平均粒径の測定は、後述する試験例も同様である。
【0079】
秤量したクエン酸と蒸留水とを混合して、カルボン酸溶液としてクエン酸水溶液を作製し、このクエン酸水溶液と用意した還元鉄粉との混合溶液(pH:3)を作製した。この試験では、25℃,60℃,80℃,100℃,130℃に混合溶液を保持してゾルを作製した。鉄とクエン酸とのモル比は、鉄:クエン酸=1:3とした。その結果、50℃以上100℃以下の温度でゾルを作製した場合、鉄の溶解反応が十分に生じて、鉄が均一に溶解したゾルが得られた。一方、50℃未満では、鉄の溶解反応が生じなかった。他方、100℃超では、鉄の溶解反応が十分に行われなかった。この理由は、溶媒である蒸留水が沸騰して、鉄粉を構成する鉄粒子表面に被膜が生じ、溶解反応を阻害したためと考えられる。
【0080】
ニッケルからなり、孔の平均径:200nm、気孔率:65体積%の多孔質金属体を用意した。この多孔質金属体は、セルメット(住友電気工業株式会社の登録商標)といった公知の多孔質ニッケルの製造方法を利用して製造することができる。多孔質金属体の孔の平均径は、多孔質金属体を光学顕微鏡で観察し、この観察像を市販の画像処理装置を用いて画像処理し、気孔を抽出する。各気孔の面積をそれぞれ求め、この面積の円相当径を各気孔の直径とし、画像内に存在する気孔の直径の平均(n≧100)を孔の平均径とする。多孔質金属体の気孔率は、市販のポロシメータを用いて気孔全体の容積を測定し、測定した気孔全体の容積と多孔質金属体の構成材質の比重(ここではニッケル:8.9g/cm3)とを用いて算出した。
【0081】
用意した多孔質金属体に、得られたゾル(ここでは80℃で作製したゾル)を充填した後、3Tのパルス磁場を印加した状態で150℃の加熱状態(大気雰囲気)に保持して、得られたゾル充填体を乾燥すると共に、ゾルをゲル化して、ゲル含有体を作製した。
【0082】
3Tのパルス磁場を印加した状態で、350℃の窒素雰囲気下に保持して、得られたゲル含有体から有機成分を除去して前駆体を作製した。
【0083】
3Tのパルス磁場を印加した状態で、350℃の水素雰囲気下に保持して、前駆体を還元した後、3Tのパルス磁場を印加した状態で、200℃のアンモニア雰囲気下に保持して、窒化した。
【0084】
窒化後に得られた試料をX線回折によって結晶相分析を行った。その結果、Ni金属とFe16N2結晶相とが存在することが確認された。また、この試料を走査型電子顕微鏡:SEM(株式会社日立ハイテクノロジーズ製 S-3400N)により観察したところ、多孔質体の孔に窒化鉄が充填され、孔の形状に沿って粒状となった窒化鉄粒子が担持されていることを確認した。この観察像を用いて、窒化鉄の充填率を調べたところ、95体積%であることを確認した。窒化鉄の充填率は、上記観察像を市販の画像処理装置により画像処理して、多孔質体の孔と、孔内に存在する窒化鉄とを抽出する。孔の合計面積Shに対する窒化鉄の合計面積SNの割合:(SN/Sh)×100を窒化鉄の充填率(%)とする。
【0085】
得られた試料(窒化鉄複合材)の磁気特性を調べた。ここでは、自動磁化特性測定装置(日本電磁測器株式会社製 MODEL 6700BH)を用いて、残留磁化、及び保磁力を測定した。その結果、残留磁化Br:15Oe(約1194A/m)、保磁力Hc:17200Gauss(1.72T)であった。
【0086】
なお、混合溶液の温度を60℃として作製したゾル、100℃として作製したゾルを利用して、同様の条件・手順で作製した窒化後の試料は、上述の試料と同様に、多孔質体の孔に窒化鉄粒子(α"Fe16N2)が担持され、混合溶液の温度を130℃とした試料よりも、磁気特性に優れる窒化鉄複合材であった。
【0087】
[試験例2]
この試験では、ゾルの作製にあたり、鉄粉の大きさを変化させた。
【0088】
原料として、平均粒径が0.5μm,1μm,50μm,100μm,300μmの還元鉄粉を用意した。試験例1と同様のクエン酸水溶液を用意し、各還元鉄粉をそれぞれ80℃、pH:3で混合した(モル比;鉄:クエン酸=1:3)。その結果、平均粒径が1μm以上100μm以下の鉄粉を用いた場合、鉄が均一的に溶解したゾルが得られた。一方、平均粒径が1μm未満では、ハンドリング性に劣る。他方、平均粒径が100μm超では、その他の試料に比較して、完全に溶解するのに長時間かかった。
【0089】
試験例1と同様の多孔質金属体(ニッケル製、孔の平均径:200nm、気孔率:65体積%)を用意して、得られたゾル(ここでは平均粒径50μmの鉄粉を用いたゾル)を充填した後、試験例1と同様の条件にて熱処理(乾燥、除去、還元・窒化)を施した。
【0090】
窒化後に得られた試料を試験例1と同様にして調べたところ、X線回折による結晶相分析ではNi金属とFe16N2結晶相とが存在すること、SEM観察では多孔質体の孔に窒化鉄粒子が担持されていることを確認した。また、試験例1と同様にして、窒化鉄の充填率、残留磁化、保磁力を調べたところ、充填率:92%、残留磁化Br:13Oe(約1034A/m)、保磁力Hc:14900Gauss(1.49T)であった。
【0091】
なお、平均粒径1μmの鉄粉を用いて作製したゾル、100μmの鉄粉を用いて作製したゾルを利用して、同様の条件・手順で作製した窒化後の試料は、上述の試料と同様に、多孔質体の孔に窒化鉄粒子(α"Fe16N2)が担持され、平均粒径300μmの鉄粉を用いた試料よりも磁気特性に優れる窒化鉄複合材であった。
【0092】
[試験例3]
この試験では、ゾルの作製にあたり、鉄粉とカルボン酸とのモル比を変化させた。
【0093】
試験例1と同様の還元鉄粉(平均粒径:50μm)と、試験例1と同様のクエン酸水溶液とを用意し、80℃、pH:3で混合してゾルを作製した。この試験では、鉄とクエン酸とのモル比が、鉄:クエン酸=1:1、1:3、1:5、1:10、1:15を満たすように鉄粉とクエン酸とを用意した。いずれも均質なゾルが得られた。
【0094】
試験例1と同様の多孔質金属体(ニッケル製、孔の平均径:200nm、気孔率:65体積%)を用意して、得られた各ゾルを充填した。その結果、モル比が、鉄:クエン酸=1:10を超える場合(ここでは鉄:クエン酸=1:15)、ゾルの粘度が高く、多孔質体に充填し難かった。その他のゾルは、多孔質体に容易に充填できた。
【0095】
モル比を鉄:クエン酸=1:3として作製したゾルを充填した多孔質金属体に試験例1と同様の条件にて熱処理(乾燥、除去、還元・窒化)を施した。
【0096】
窒化後に得られた試料を試験例1と同様にして調べたところ、X線回折による結晶相分析ではNi金属とFe16N2結晶相とが存在すること、SEM観察では多孔質体の孔に窒化鉄粒子が担持されていることを確認した。また、試験例1と同様にして、窒化鉄の充填率、残留磁化、保磁力を調べたところ、充填率:93%、残留磁化Br:14Oe(約1114A/m)、保磁力Hc:16800Gauss(1.68T)であった。
【0097】
一方、モル比を鉄:カルボン酸=1:1として作製したゾルを利用して、同様の条件・手順で作製した窒化後の試料は、磁気特性に劣っていた。この理由は、鉄粉を十分に溶解できず、その結果、Fe16N2の純度が低かったため、と考えられる。
【0098】
なお、モル比を鉄:カルボン酸=1:5として作製したゾル、鉄:カルボン酸=1:10として作製したゾルを利用して、同様の条件・手順で作製した窒化後の試料は、上述の試料(鉄:カルボン酸=1:3)と同様に、多孔質体の孔に窒化鉄粒子(α"Fe16N2)が担持され、鉄:カルボン酸=1:15とした試料よりも磁気特性に優れる窒化鉄複合材であった。
【0099】
[試験例4]
この試験では、ゾルの作製にあたり、鉄粉とカルボン酸溶液との混合溶液のpHを変化させた。
【0100】
試験例1と同様の還元鉄粉(平均粒径:50μm)と、試験例1と同様のクエン酸水溶液とを用意し、80℃で混合して混合溶液を作製した(モル比;鉄:クエン酸=1:3)。この混合溶液に、水酸化ナトリウムを更に混合して、pHの調整を行い、pH:1、pH:3、pH:5、pH:7、pH:12とした。その結果、pH:5以下とした場合、鉄が均一的に溶解したゾルが得られた。一方、pH:5超では、クエン酸鉄の沈澱及び水酸化鉄の沈殿が生じ、均質なゾルが得られなかった。
【0101】
試験例1と同様の多孔質金属体(ニッケル製、孔の平均径:200nm、気孔率:65体積%)を用意して、得られたゾル(ここではpH:3としたゾル)を充填した後、試験例1と同様の条件にて熱処理(乾燥、除去、還元・窒化)を施した。
【0102】
窒化後に得られた試料を試験例1と同様にして調べたところ、X線回折による結晶相分析ではNi金属とFe16N2結晶相とが存在すること、SEM観察では多孔質体の孔に窒化鉄粒子が担持されていることを確認した。また、試験例1と同様にして、窒化鉄の充填率、残留磁化、保磁力を調べたところ、充填率:89%、残留磁化Br:13Oe(約1034A/m)、保磁力Hc:13300Gauss(1.33T)であった。
【0103】
なお、pH:1として作製したゾル、pH:5として作製したゾルを利用して、同様の条件・手順で作製した窒化後の試料を調べたところ、上述の試料と同様に、多孔質体の孔に窒化鉄粒子(α"Fe16N2)が担持され、pH:5超とした試料よりも磁気特性に優れる窒化鉄複合材であった。
【0104】
[試験例5]
この試験では、多孔質体の孔の平均径を変化させた。
【0105】
試験例1と同様の還元鉄粉(平均粒径:50μm)と、試験例1と同様のクエン酸水溶液とを用意し、80℃、pH:3で混合して混合溶液を作製した(モル比;鉄:クエン酸=1:3)。得られたゾルは、均質なゾルであった。
【0106】
ニッケルからなり、孔の平均径:5nm,10nm,200nm,300nm,500nm、気孔率:65体積%の多孔質金属体を用意した。用意した各多孔質金属体に得られたゾルを充填した。その結果、平均径が10nm未満では、ゾルを多孔質体の内部の孔にまで充填することが難しく、平均径が300nm超では、ゾルの流動性により、多孔質体の孔からゾルが流出し易く、十分に保持することが難しかった。その他の多孔質体は、ゾルを十分に充填できた。
【0107】
ゾルを充填した後(ここでは孔の平均径が200nmの多孔質体を利用)、試験例1と同様の条件にて熱処理(乾燥、除去、還元・窒化)を施した。
【0108】
窒化後に得られた試料を試験例1と同様にして調べたところ、X線回折による結晶相分析ではNi金属とFe16N2結晶相とが存在すること、SEM観察では多孔質体の孔に窒化鉄粒子が担持されていることを確認した。また、試験例1と同様にして、窒化鉄の充填率、残留磁化、保磁力を調べたところ、充填率:93%、残留磁化Br:15Oe(約1194A/m)、保磁力Hc:18100Gauss(1.81T)であった。
【0109】
なお、孔の平均径が10nmである多孔質金属体、300nmである多孔質金属体を利用して、同様の条件・手順で作製した窒化後の試料は、上述の試料と同様に、多孔質体の孔に窒化鉄粒子(α"Fe16N2)が担持され、磁気特性に優れる窒化鉄複合材であった。
【0110】
[試験例6]
この試験では、多孔質体の気孔率を変化させた。
【0111】
試験例5と同様にして、還元鉄粉(平均粒径:50μm)とクエン酸水溶液とを80℃、pH:3で混合して(モル比;鉄:クエン酸=1:3)、均質なゾルを得た。
【0112】
ニッケルからなり、孔の平均径:200nm、気孔率(体積割合):50%,65%,85%,90%の多孔質金属体を用意した。用意した各多孔質金属体に得られたゾルを充填した。その結果、気孔率が85%超では、ゾルの流動性により、多孔質体の孔からゾルが流出し易く、十分に保持することが難しかった。その他の多孔質体は、ゾルを十分に充填できた。
【0113】
ゾルを充填した後(ここでは孔の気孔率が65%の多孔質体を利用)、試験例1と同様の条件にて熱処理(乾燥、除去、還元・窒化)を施した。
【0114】
窒化後に得られた試料を試験例1と同様にして調べたところ、X線回折による結晶相分析ではNi金属とFe16N2結晶相とが存在すること、SEM観察では多孔質体の孔に窒化鉄粒子が担持されていることを確認した。また、試験例1と同様にして、窒化鉄の充填率、残留磁化、保磁力を調べたところ、充填率:91%、残留磁化Br:12Oe(約955A/m)、保磁力Hc:12000Gauss(1.20T)であった。
【0115】
一方、気孔率が65%未満である多孔質金属体を利用して、同様の条件・手順で作製した窒化後の試料は、磁気特性に劣っていた。この理由は、気孔が少ないことで、多孔質体が保持可能な窒化鉄量が少なく、結果として、窒化鉄の含有量が少なくなったためと考えられる。
【0116】
他方、気孔率が85%である多孔質金属体を利用して、同様の条件・手順で作製した窒化後の試料は、上述の試料(気孔率:65%)と同様に、多孔質体の孔に窒化鉄粒子(α"Fe16N2)が担持され、磁気特性に優れる窒化鉄複合材であった。
【0117】
[試験例7]
この試験では、多孔質体として、セラミックスのハニカム構造体を用いた。
【0118】
試験例5と同様にして、還元鉄粉(平均粒径:50μm)とクエン酸水溶液とを80℃、pH:3で混合して(モル比;鉄:クエン酸=1:3)、均質なゾルを得た。
【0119】
アルミナからなり、孔の平均径:50nm、気孔率(体積割合):74%のアルミナハニカム構造体と、マグネシアからなり、孔の平均径:70nm、気孔率(体積割合):76%のマグネシアハニカム構造体とを用意した。ハニカム構造体に具える各孔はいずれも、均一な形状・大きさの孔である。各ハニカム構造体のそれぞれについて光学顕微鏡で観察し、観察像を用いて各孔の長径を求め、長径の平均を各ハニカム構造体の孔の平均径とした。気孔率は、市販のポロシメータを用いて各ハニカム構造体について気孔全体の容積をそれぞれ測定し、各気孔全体の容積とアルミナの比重:3.9g/cm3、マグネシアの比重:3.4g/cm3とを用いて算出した。
【0120】
用意した各ハニカム構造体にそれぞれ、作製したゾルを充填した後、試験例1と同様の条件にて熱処理(乾燥、除去、還元・窒化)を施した。
【0121】
窒化後に得られた試料を試験例1と同様にして調べたところ、X線回折による結晶相分析では、アルミナハニカム構造体を用いた試料は、アルミナ:Al2O3とFe16N2結晶相とが存在すること、SEM観察では多孔質体の孔に窒化鉄粒子が担持されていることを確認した。一方、マグネシアハニカム構造体を用いた試料は、マグネシア:MgOと、Mg,MgN,Fe16N2,Fe4N,Fe2O3結晶相が存在することが確認された。
【0122】
試験例1と同様にして、窒化後に得られた各試料の窒化鉄の充填率、残留磁化、保磁力を調べたところ、アルミナハニカム構造体を用いた試料は、充填率:93%、残留磁化Br:14Oe(約1114A/m)、保磁力Hc:18700Gauss(1.87T)であった。一方、マグネシアハニカム構造体を用いた試料は、充填率:65%、残留磁化Br:0.5Oe(約40A/m)、保磁力Hc:8000Gauss(0.80T)であり、アルミナハニカム構造体を用いた試料よりも磁気特性に劣るものであった。この理由は、還元時、ハニカム構造体を構成するマグネシア:MgOも還元されてMg金属を生成し、窒化時、生成されたMg金属が窒化されることで、鉄の窒化を阻害したためと考えられる。この試料における窒化処理後の存在相からも、このことが裏付けられる。
【0123】
[試験例8]
この試験では、乾燥工程における磁場の大きさを変化させた。
【0124】
試験例5と同様にして、還元鉄粉(平均粒径:50μm)とクエン酸水溶液とを80℃、pH:3で混合して(モル比;鉄:クエン酸=1:3)、均質なゾルを得た。
【0125】
試験例1と同様の多孔質金属体(ニッケル製、孔の平均径:200nm、気孔率:65体積%)を用意して、得られたゾルを充填した後、1T,3T,5Tのパルス磁場を印加した状態で150℃の加熱状態(大気雰囲気)に保持して乾燥し、ゲル含有体を作製した。得られたゲル含有体についてX線回折を行い、ゾル中の鉄成分(鉄錯体)の配向性を調べた。その結果、3T未満の磁場を印加した場合は、3T以上の磁場を印加した場合に比較して、配向性に劣っていた。
【0126】
ゲル含有体(ここでは、3Tの磁場を印加したもの)に、試験例1と同様の条件で、有機成分の除去、還元、窒化を行った。
【0127】
窒化後に得られた試料を試験例1と同様にして調べたところ、X線回折による結晶相分析ではNi金属とFe16N2結晶相とが存在すること、SEM観察では多孔質体の孔に窒化鉄粒子が担持されていることを確認した。また、試験例1と同様にして、窒化鉄の充填率、残留磁化、保磁力を調べたところ、充填率:88%、残留磁化Br:12Oe(約954A/m)、保磁力Hc:12500Gauss(1.25T)であった。乾燥工程で3T未満の磁場を印加した試料は、窒化後における磁気特性も、3T以上の磁場を印加した試料よりも劣っていた。
【0128】
なお、乾燥工程において5Tの磁場を印加した場合について、同様の条件・手順で作製した窒化後の試料は、上述の試料と同様に、多孔質体の孔に窒化鉄粒子(α"Fe16N2)が担持され、上述の試料よりも磁気特性に優れる窒化鉄複合材であった。
【0129】
[試験例9]
この試験では、有機成分の分離工程における磁場、還元・窒化工程における磁場の大きさを変化させた。
【0130】
試験例8と同様にして、還元鉄粉(平均粒径:50μm)とクエン酸水溶液とを80℃、pH:3で混合して(モル比;鉄:クエン酸=1:3)、得られたゾルを試験例8と同様の多孔質金属体(ニッケル製、孔の平均径:200nm、気孔率:65体積%)に充填してゾル充填体を作製した。
【0131】
得られたゾル充填体に試験例1と同様の条件で乾燥を行って、ゲル含有体を作製し、1T,3T,5Tのパルス磁場を印加した状態で350℃の窒素雰囲気下に保持して有機成分を除去して、前駆体を作製した(分離工程)。得られた前駆体についてX線回折を行い、前駆体中の鉄成分(酸化鉄)の配向性を調べた。その結果、3T未満の磁場を印加した場合は、3T以上の磁場を印加した場合に比較して、配向性に劣っていた。この理由は、有機成分の離脱に伴って鉄成分の揺らぎが生じるが、この揺らぎを磁場により十分に抑制できなかったため、つまり、配向の乱れの制御が不十分であったためと考えられる。
【0132】
1T,3T,5Tのパルス磁場をそれぞれ印加した状態で、350℃の水素雰囲気下に保持して、前駆体を還元した後(還元工程)、1T,3T,5Tのパルス磁場を印加した状態で、200℃のアンモニア雰囲気下に保持して、窒化した(窒化工程)。分離工程・還元工程・窒化工程における磁場の大きさはいずれも同じとした。還元工程後に得られた試料についてX線回折を行い、試料中の鉄成分(主としてα-鉄)の配向性を調べた。その結果、3T未満の磁場を印加した場合は、3T以上の磁場を印加した場合に比較して、配向性に劣っていた。この理由は、還元工程前において、鉄成分の配向が不十分であったためと考えられる。また、窒化工程後に得られた試料についてX線回折を行い、試料中の窒化鉄の配向性を調べた。その結果、3T未満の磁場を印加した場合は、3T以上の磁場を印加した場合に比較して、配向性に劣っていた。この理由は、窒化工程前に鉄成分の配向が不十分であり、生成された窒化鉄が配向し難くなったためと考えられる。
【0133】
窒化後に得られた試料を試験例1と同様にして調べたところ、X線回折による結晶相分析ではNi金属とFe16N2結晶相とが存在すること、SEM観察では多孔質体の孔に窒化鉄粒子が担持されていることを確認した。また、試験例1と同様にして、窒化鉄の充填率、残留磁化、保磁力を調べたところ、充填率:93%、残留磁化Br:15Oe(約1114A/m)、保磁力Hc:16300Gauss(1.63T)であった。
【0134】
なお、分離工程及び還元・窒化工程の各工程において5Tの磁場を印加した場合について、同様の条件・手順で作製した窒化後の試料は、上述の試料(いずれの工程も3Tの磁場を印加)と同様に、多孔質体の孔に窒化鉄粒子(α"Fe16N2)が担持され、上述の試料よりも磁気特性に優れる窒化鉄複合材であった。
【0135】
[試験例10]
この試験では、ゾルの作製にあたり、他の試験例とは別のカルボン酸を用いた。
【0136】
秤量したリンゴ酸と蒸留水とを混合して、カルボン酸溶液としてリンゴ酸水溶液を作製し、この溶液中に試験例1と同様の還元鉄粉(平均粒径:50μm)を80℃、pH:4で混合して、リンゴ酸ゾルを得た(モル比;鉄:リンゴ酸=1:3)。また、秤量したグルコン酸と蒸留水とを混合して、カルボン酸溶液としてグルコン酸水溶液を作製し、この溶液中に試験例1と同様の還元鉄粉(平均粒径:50μm)を80℃、pH:2で混合して、グルコン酸ゾルを得た(モル比;鉄:グルコン酸=1:3)。リンゴ酸ゾル及びグルコン酸ゾルはいずれも均質なゾルであった。
【0137】
試験例1と同様の多孔質金属体(ニッケル製、孔の平均径:200nm、気孔率:65体積%)を用意して、得られたリンゴ酸ゾル、グルコン酸ゾルをそれぞれ充填した後、試験例1と同様の条件にて熱処理(乾燥、除去、還元・窒化)を施した。
【0138】
窒化後に得られた各試料を試験例1と同様にして調べたところ、リンゴ酸ゾルを用いた試料及びグルコン酸ゾルを用いた試料のいずれも、X線回折による結晶相分析ではNi金属とFe16N2結晶相とが存在すること、SEM観察では多孔質体の孔に窒化鉄粒子が担持されていることを確認した。また、試験例1と同様にして、窒化鉄の充填率、残留磁化、保磁力を調べたところ、リンゴ酸ゾルを用いた試料では、充填率:90%、残留磁化Br:13Oe(約1034A/m)、保磁力Hc:14500Gauss(1.45T)、グルコン酸ゾルを用いた試料では、充填率:91%、残留磁化Br:14Oe(約1114A/m)、保磁力Hc:14600Gauss(1.46T)であった。
【0139】
上述の試験例1〜10により、鉄粉をカルボン酸溶液により溶解して作製したゾルを多孔質体に充填した後、磁場を印加した状態で乾燥・有機成分の除去・還元・窒化を順に行うことで、窒化鉄:α"Fe16N2を主成分(50体積%以上)とするバルク材が得られること、特に磁気特性に優れるバルク材が得られることがわかる。
【0140】
なお、本発明は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能である。例えば、カルボン酸の種類、鉄粉の形態、多孔質体の材質などを適宜変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0141】
本発明窒化鉄複合材は、磁石、例えば、各種のモータ、特に、ハイブリッド自動車(HEV)やハードディスクドライブ(HDD)などに具備される高速モータに用いられる永久磁石の素材に好適に利用することができる。その他、本発明窒化鉄複合材は、磁性体相の表皮深さが磁性体相の幅に近くなる周波数領域(テラヘルツ領域)までの電磁波干渉・吸収材にも使用できると期待される。本発明窒化鉄複合材の製造方法は、上記本発明窒化鉄複合材の製造に好適に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機材料からなる多孔質体と、
前記多孔質体の孔に担持された窒化鉄粒子とを具えることを特徴とする窒化鉄複合材。
【請求項2】
鉄粉をカルボン酸溶液中で溶解してゾルを作製するゾル工程と、
無機材料からなる多孔質体の孔に前記ゾルを充填して、ゾル充填体を作製する充填工程と、
磁場を印加した状態で前記ゾル充填体を乾燥してゲル含有体を作製する乾燥工程と、
磁場を印加した状態で前記ゲル含有体中の有機成分を除去して前駆体を作製する分離工程と、
磁場を印加した状態で前記前駆体に還元処理及び窒化処理を順次施して窒化鉄を生成し、前記多孔質体の孔に窒化鉄粒子が担持された窒化鉄複合材を作製する還元・窒化工程とを具えることを特徴とする窒化鉄複合材の製造方法。
【請求項3】
前記鉄粉の平均粒径が1μm以上100μm以下であることを特徴とする請求項2に記載の窒化鉄複合材の製造方法。
【請求項4】
前記カルボン酸は、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、マロン酸、フタル酸、コハク酸、マレイン酸、及びグルコン酸からなる群から選択された1種以上であることを特徴とする請求項2又は3に記載の窒化鉄複合材の製造方法。
【請求項5】
前記鉄粉は、還元鉄粉、鉄繊維、及び鋳鉄粉からなる群から選択された1種以上であることを特徴とする請求項2〜4のいずれか1項に記載の窒化鉄複合材の製造方法。
【請求項6】
前記鉄粉のモル数と前記カルボン酸のモル数との比率を鉄:カルボン酸=1:3〜1:10とすることを特徴とする請求項2〜5のいずれか1項に記載の窒化鉄複合材の製造方法。
【請求項7】
前記ゾル工程では、前記鉄粉と前記カルボン酸溶液との混合溶液の温度を50℃以上100℃以下、前記混合溶液のpHを1以上5以下として、前記ゾルを作製することを特徴とする請求項2〜6のいずれか1項に記載の窒化鉄複合材の製造方法。
【請求項8】
前記多孔質体は、ゼオライト、多孔質金属体、及びハニカム構造体から選択される1種であることを特徴とする請求項2〜7のいずれか1項に記載の窒化鉄複合材の製造方法。
【請求項9】
前記ハニカム構造体は、アルミナ、シリカ、チタニア、ジルコニア、及びフェライトから選択される1種の非金属無機材料から構成されていることを特徴とする請求項8に記載の窒化鉄複合材の製造方法。
【請求項10】
前記多孔質金属体は、ニッケル、ニッケル合金、アルミニウム、及びアルミニウム合金から選択される1種の金属材料から構成されていることを特徴とする請求項8に記載の窒化鉄複合材の製造方法。
【請求項11】
前記多孔質体の孔の平均径が10nm以上300nm以下であることを特徴とする請求項2〜10のいずれか1項に記載の窒化鉄複合材の製造方法。
【請求項12】
前記多孔質体の気孔率が、65体積%以上85体積%以下であることを特徴とする請求項2〜11のいずれか1項に記載の窒化鉄複合材の製造方法。
【請求項13】
前記乾燥工程では、3T以上の磁場を印加することを特徴とする請求項2〜12のいずれか1項に記載の窒化鉄複合材の製造方法。
【請求項14】
前記分離工程、及び前記還元・窒化工程では、3T以上の磁場を印加することを特徴とする請求項2〜13のいずれか1項に記載の窒化鉄複合材の製造方法。
【請求項15】
請求項2〜14のいずれか1項に記載の製造方法により得られたことを特徴とする窒化鉄複合材。
【請求項16】
前記窒化鉄粒子の充填率は、前記多孔質体中の孔の合計体積に対して86%以上であることを特徴とする請求項1又は15に記載の窒化鉄複合材。

【図1】
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【公開番号】特開2013−16749(P2013−16749A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−150471(P2011−150471)
【出願日】平成23年7月6日(2011.7.6)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】