説明

窒素含有物質の検知方法およびその検知装置

【課題】窒素含有物質を検知する方法およびその検知装置を提供する。
【解決手段】被検知領域にある窒素含有物質を検知する方法であって、被検知領域に中性子を照射することにより、該領域に存在する窒素含有物質に含有される窒素元素からガンマ線を放射させ、該ガンマ線の電子対生成により生成した陽電子が電子対消滅する際に放射される消滅ガンマ線を測定することにより被検知領域に存在する窒素含有物質の検知方法。
【効果】山間部や傾斜などの大型クレーンが入れない地域での地雷探査には適している、小型で簡便な窒素含有物質の検出方法および検出装置を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中性子が照射された窒素元素から放射されるガンマ線を検知することにより、窒素高含有物質、例えば爆薬を検知する方法および検知装置に関するものであり、更に詳しくは、中性子が照射された窒素含有物質から放射されるガンマ線の電子対生成により生成された陽電子が電子対消滅する際に放射されるガンマ線を計測することにより、中性子を照射した領域に窒素含有物質が存在するか否かを判定する窒素含有物質の検知方法および検知装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、地雷探知の手法としては、金属探知法によるものやレーダー探知法によるものが知られている。金属探知法では、土壌中に金属類を多く含む場所では誤探知が多いという問題があり、しかも、近年の対人地雷は、プラスチックや木製容器で覆われているものが多いため探知精度は極めて低い値を示している。通常、金属探知法による地雷の発見率は、500〜1000回試みて1回程度であり、また、有人による探知はせいぜい1日当たり1平方メートル程度を探査できるに過ぎないと言われている。
【0003】
レーダー探知法は、地中に対して電波を送信し、送信された電波の反射波を受信して埋設物の探査を行うレーダー探査装置により行われる(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、レーダー探知法では、対人地雷と似た形の石や異物が埋まっていると、地雷と異物の判別が困難であるという問題や、土壌に含まれる水分による影響を受けやすいという問題がある。また、金属探知とレーダー探知を併用して探知能力を向上させた探知器が提案されている(特許文献2参照)。
【0004】
近年、物質の透過力が強い中性子を利用することにより、地雷の火薬成分そのものを土壌などと識別する地雷探知法が提案されるようになった。これは、自然界には、地雷の火薬成分のような物質以外には、土壌中において窒素元素が高い密度で存在することは無いとの現象を利用した探知法であり、可搬型中性子源からの中性子を熱化させて地雷の爆薬に含まれる窒素元素に照射することで、その爆薬中からN(n,γ)反応によって放出される10.8MeVガンマ線を測定して地中の地雷探知を行うものである。この方法は中性子捕獲反応により放出されるガンマ線のエネルギーが、元素によって定まっていることを利用した探知法である(非特許文献1参照)。すなわち、爆薬に含まれる窒素元素に中性子を照射し、その際に下記一般式[I]で表される中性子捕獲反応により生成した10.8MeVガンマ線をガンマ線検出器で測定することにより行うものである。
【0005】
【数1】

【0006】
最近、可搬型の強力なDD核融合中性子源が開発されたことにより、この新たな原理による地雷探知法(以下では「中性子探知法」という。)が実現段階に近づいている。図1は、可般型の中性子源を用いた地雷探知方法の概念図である。中性子探知法によれば、地雷の位置を正確に把握することが可能である。地雷探知に適した中性子束を得ることができる核融合中性子源としては、例えば、特許文献3および4に開示されている。因みに、現在は、10n/sの2.45MeVの中性子を生成することが実現されている。
【0007】
爆発物や禁制薬物の構成元素(例えば、炭素、酸素、窒素など)の元素含有率が、他の物質と明確に差別化できることから、これらの元素の含有率を測定することで、爆発物や禁制薬物を検知する可搬装置としては、例えば、特許文献5に開示されるものがある。中性子探知法においては、土壌中の窒素以外の元素からもガンマ線が生成されるため、危険物(窒素含有物質)の位置を測定するためには、窒素以外の元素からのガンマ線を低減ないしは除去することが重要となる。しかしながら、これまでの技術では、窒素以外の元素からのガンマ線を低減ないしは除去することは困難であり、これを実現するには、膨大な量のデータの収集と長時間の分析作業が必要であるという問題があった。
【0008】
電子対生成反応を利用したガンマ線検出器としては、コンプトン型シンチレーション検出器と、人工衛星GLASTに搭載されたLAT検出器が知られている。コンプトン型シンチレーション検出器としては、ガンマ線をロッド上のBGOシンチレータを積み重ねて構成したコンプトン方式の検出器により中性子捕獲反応によるガンマ線を検出するものが提案されている。しかしながら、コンプトン方式では、円錐状の入射軸不定性、検出器での多重散乱、他の元素からのバックグラウンドの除去などを解決するには原理的な面から大きな困難を伴う。さらに、従来のコンプトン型シンチレーション検出器では、ガンマ線が円錐状の領域の範囲から放射されていることしか探知できなかったため、信頼できる精度で窒素に起因するガンマ線のみを抽出し、検出するには、膨大な量のデータを収集する必要があった。
【0009】
LAT検出器は、10GeV〜100GeVの高エネルギーのガンマ線を検出することができ、その荷電粒子飛跡測定部は、18層の数百ミクロン幅の細い電極を沢山並べたシリコン検出器(シリコンストリップ検出器)とタングステンのシートで構成されており、エネルギーを測定する電磁カロリメータはヨウ化セシウムシンチレータの細かなブロックで構成されている。しかし、LAT検出器では、数〜数十MeVのガンマ線の入射方向を測定することはできないので、窒素元素から放射されるガンマ線の検出は不可能である。
【0010】
ところで、荷電粒子が混在するフィールドにおいて、中性子のスペクトルを測定する検出器としては、例えば、非特許文献2に開示されるものがある。
また、軍事用の車載型の地雷検出器としては、例えば、非特許文献3に開示されるものがある。
【0011】
【特許文献1】特開2006−250451号公報
【特許文献2】特開2002−303680号公報
【特許文献3】特開2004−311152号公報
【特許文献4】特開2005−291853号公報
【特許文献5】特開2005−337764号公報
【非特許文献1】M. A Lone, R. A. Leavitt, D.A. Harrison: "Prompt Gamma Rays from Thermal Neutron Captire", Atomic Data and Nuclear Data Tables, 26, 511(1981).
【非特許文献2】M. Takada, et al.: "Characteristics of a phoswich detector to measure the neutron spectrum in a mixed field of neutrons and charged particles", Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A 476 (2002) 332-336
【非特許文献3】E.T.H. Clifford, et al.: "A militarily fielded thermal neutron activation sensor for landmine detection", Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A 579 (2007) 418-425
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明者らは、特定のエネルギー以上においてはコンプトン反応に比べ対生成反応が支配的である(少なくとも5割より多くなる)ことに着目し、従来のように各イベントに対してエネルギースペクトルを測定することに加え、電子対生成反応により生じた電子・陽電子の飛跡も捕らえることで入射ガンマ線エネルギーと飛来方向を推定し、より正確に爆薬の有無や存在位置を探索することを可能とした窒素含有物質の検知方法および検知装置を提案した(特願2007−214103号)。
【0013】
すなわち、測定の対象となるエネルギーを、窒素元素が中性子捕獲反応により生成した10.8MeVガンマ線の電子対生成を利用して窒素含有物質を検知することを可能とした。この提案により、窒素以外の元素からのバックグラウンドとなるガンマ線は低減ないしは除去されて、窒素含有物質が高精度に探知できるとともに、窒素元素が放射するガンマ線の入射方向が算出されて、窒素含有物質の正確な位置、例えば三次元の座標を計測することが可能となった。
【0014】
この窒素含有物質検知装置は、第1のシンチレータS1に連接した複数層のガス式ドリフトチェンバーを備える荷電粒子二次元位置検出器、および低密度のシンチレータおよび光電子増倍管を備えた第2のシンチレータS2から構成されるワイヤー方式の地雷検出器である。ドリフトチェンバー内には電子・陽電子のガスによる散乱の影響を少なくするためにドリフトガスとしてHeガスを用いている。このワイヤー方式検出器の概念図を図2に示す。この検出器は電子対生成反応を利用するものであり、爆薬中の窒素元素の中性子捕獲反応により放出される10.8MeVガンマ線の飛来方向を測定することにより、従来よりも高精度に地雷(窒素含有物質)の位置を探知することが可能となった。また、この検知装置は、比較的大きな面積、例えば、1m四方を一度に探査することができると共に、地雷などの埋設深さをも特定できる利点を有している。
【0015】
しかしながら、この検知装置は、大出力の中性子源が必要であり、また、山間部、傾斜地や狭い空間などの大型クレーンが入れない地域での地雷探査には適していないという問題を有している。
【0016】
本発明は、上記の技術が有している問題点を解消することを目標として、鋭意研究を積み重ねた結果、中性子を照射した窒素含有物質から放射されるガンマ線を検知することにより、窒素含有物質、例えば爆薬を検知するにあたり、中性子を照射した窒素含有物質に含まれる窒素元素から放射される10.8MeVガンマ線による電子対生成反応、およびこの対生成反応で生成した陽電子が対消滅する際に放射される0.5MeVガンマ線を計測することにより窒素含有物質の存在が検知できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0017】
本発明の目的は、中性子探知法による窒素含有物質の検知において、窒素以外の元素からのガンマ線を低減ないしは除去することができる検知方法および検知装置を提供することである。
また、本発明の目的は、中性子を照射した窒素含有物質から放射される10.8MeVガンマ線による電子対生成反応、およびこの対生成反応で生成された陽電子が対消滅する際の0.5MeVのガンマ線を利用して窒素含有物質の存在を検知することである。
また、本発明の目的は、大出力の中性子源を必要としない、山間部や傾斜地などの大型クレーンが入れない地域での地雷探査には適している窒素含有物質の探知装置を提供することである。
また、本発明の目的は、小型で簡便な窒素含有物質の検出方法および検出装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、大出力の中性子源を必要としない、山間部や傾斜地などの大型クレーンが入れない地域での地雷探査に適している、小型で簡便な窒素含有物質の検出方法および検出装置を提供するものであり、以下の技術的手段から構成される。
(1)被検知領域に存在する窒素含有物質を検知する方法であって、被検知領域に中性子を照射することにより、該領域に存在する窒素含有物質に含まれる窒素元素からガンマ線を放射させ、該ガンマ線の電子対生成により生成した陽電子が電子対消滅する際に放射される消滅ガンマ線を測定することを特徴とする被検知領域に存在する窒素含有物質の検知方法。
(2)被検知領域にある窒素含有物質を検知する方法であって、被検知領域に中性子を照射することにより、該領域に存在する窒素含有物質に含まれる窒素元素からガンマ線を放射させ、該ガンマ線を第1の低密度シンチレータに導入してガンマ線の電子対生成により生成した陽電子が電子対消滅する際に放射されるガンマ線を、第2の高密度シンチレータで測定することを特徴とする被検知領域に存在する窒素含有物質の検知方法。
(3)第1のシンチレータでの発光と第2のシンチレータでの発光を同時に検出したときに、窒素含有物質に含まれる窒素元素から放射されたガンマ線による電子対生成により生成した陽電子が電子対消滅したものと判断して、窒素含有物質の存在を確認する上記(1)または(2)に記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知方法。
(4)測定される窒素含有物質からのガンマ線が10.8MeVであり、消滅ガンマ線が0.5MeVである上記(1)から(3)のいずれかに記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知方法。
(5)ガンマ線入射面および光電子増倍管と接続されている面以外の第1のシンチレータの外側表面が第2のシンチレータと光学的に接続されている上記(2)から(4)のいずれかに記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知方法。
(6)窒素含有物質が、爆薬物である上記(1)から(5)のいずれかに記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知方法。
【0019】
(7)中性子照射手段と、第1および第2のシンチレータ、両シンチレータからの発光を受光する光電子増倍管、および該光電子増倍管からのデータを処理するデータ処理部を備え、中性子が照射された被検知領域に存在する窒素含有物質に含まれる窒素元素から放射されるガンマ線に基づいて窒素含有物質の存在を検知する被検知領域に存在する窒素含有物質の検知装置であって、
(a)低密度の物質からなる第1のシンチレータと、高密度の物質からなる第2のシンチレータが光学的に結合された構造をなし、
(b)第1および第2のシンチレータが同時にガンマ線の放射を検知したときに、被検知領域に窒素含有物質が存在することを判定するデータ処理部を備えたことを特徴とする被検知領域に存在する窒素含有物質の検知装置。
(8)第1のシンチレータにおいて、窒素元素が放射する入射ガンマ線の電子対生成により生成された陽電子が電子対消滅して消滅ガンマ線が放射され、第2のシンチレータにおいて、該消滅ガンマ線を計測する上記(7)に記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知装置。
(9)第1のシンチレータにおけるガンマ線の導入面および光電子増倍管と接続されている面以外の外側表面が第2のシンチレータと光学的に接続されている上記(7)または(8)に記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知装置。
(10)第1のシンチレータが円柱形状からなり、第2のシンチレータが第1のシンチレータを中心に同心円状に設けられている上記(9)に記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知装置。
(11)測定される窒素含有物質からのガンマ線が10.8MeVであり、消滅ガンマ線が0.5MeVである上記(7)から(10)のいずれかに記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知装置。
(12)窒素含有物質が、爆薬物である上記(7)から(11)のいずれかに記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知装置。
【発明の効果】
【0020】
本発明は以下の効果を奏するものである。
(1)窒素以外の元素からのガンマ線を低減ないし、除去することができる、中性子探知法による窒素含有化合物を簡便に、正確に検知することができる検知方法および装置を提供することができる。
(2)ホスウィッチ構造を持つ本発明の検出器は10.8MeVガンマ線の存在のみ(例えば、地雷埋設の有無のみ)を正確に短時間に測定でき、低出力の中性子源を使用した場合でも窒素含有物質の存在を探知することが可能となる。
(3)山間部や傾斜などの大型クレーンが入れない地域での地雷探査には適している、小型で簡便な窒素含有物質の検出方法および検出装置を提供することができる。
(4)小型で簡便で正確な測定が可能な地雷検知装置や手荷物検査器を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
最良の形態の本発明は、窒素元素を高濃度で含有する物質、特に土壌中に埋設された爆薬物、を探知するための検知方法および探知装置に関する。爆薬物としては、例えば、TNT(分子式:C)、RDX(分子式:C)、ペンスリット(分子式:C(CHONO)などが知られているが、いずれも窒素(N)が高い割合で含まれる物質である。表1に主な爆薬物における窒素の含有率を示す。
【0022】
【表1】

【0023】
土壌中に埋設された爆薬物を探知するには、土壌中や爆薬物中に含まれる窒素元素以外の元素から放射されるガンマ線を低減ないしは除去することが重要である。土壌中には、水素や酸素が非常に多く含まれているため、これらの元素から放出されるガンマ線を低減しなくては、窒素を正確に同定することはできない。前述のとおり、中性子捕獲反応により放出されるガンマ線のエネルギーは、元素によって決まっている。表2に、非特許文献1に記載された、主な元素が中性子捕獲反応において放出するガンマ線のエネルギーを挙げる。
【0024】
【表2】

【0025】
本発明は、窒素元素から放射される10.8MeVガンマ線のみを捕捉することにより、他のバックグラウンドとなるガンマ線を除去ないし低減することを可能としている。窒素から放出されるガンマ線のエネルギーは表2に示すように複数あるが、10.8MeVガンマ線のみを捕捉する理由は次の通りである。すなわち、シンチレータに照射されるガンマ線は、1割程度のエネルギーロスがあるが、10.8MeV以外のガンマ線(例えば、5.562MeVガンマ線)を捕捉した場合、1割程度のロスが生じることを前提とすると、当該ガンマ線が窒素元素に起因するものであるのか、炭素に起因するものであるかが判別不能となるおそれがある。また、現状の技術においては、表2に示すガンマ線の中から数MeV程度の差異しかないガンマ線を特定するのは困難である。さらに、10.8MeVガンマ線であれば、例え1割のロスが生じたとしても、窒素元素に起因するガンマ線であることを識別することが可能である。
【0026】
また、ガンマ線のエネルギーが増加するとともに電子対生成反応率が上昇するという利点がある。特に、10MeV以上のガンマ線ではコンプトン散乱よりも電子対生成反応が支配的となるため、他の低エネルギーのガンマ線と比べて電子対生成反応率が上昇するという利点がある。本発明においては、10.8MeVのガンマ線の電子対生成反応により生成した陽電子が、電子対消滅を起こす際に0.5MeVの消滅ガンマ線を放射することを利用するものである。この放射された0.5MeVのガンマ線を第2のシンチレータにより検知することにより窒素含有物質の存在を確認することができる。
【0027】
中性子源としては、例えば、10n/sec以上の中性子を照射する。中性子を照射する中性子源は、例えば、DD核融合炉や252Cfや241AM-Beなどが開示されるがこれらに限定されない。地雷は通常地表から数十cmのところに埋設されているが、その程度の深さであれば、土壌との散乱により十分に熱化できるため、エネルギーの強度は中性子捕獲反応にそれほど関係なく、DT核融合炉であってもよい。
【0028】
本発明は、ホスウィッチ(Phoswich)構造を有する検出器を利用した窒素含有物質の検知装置に関するものであり、その検出部の一例を概念的に示したのが図3である。本発明の検知装置は、プラスチックシンチレータS3とBGOシンチレータS4と光電子増倍管7を備える。プラスチックシンチレータS3は低密度のプラスチックからなり、入射してくるガンマ線に対して電子対生成を起こさせて、このときできる電子・陽電子の両荷電粒子がその飛跡上に付与するエネルギーが光に変換され発光する現象が起こる。プラスチックシンチレータS3で発する光の減衰時間は約10nsecである。プラスチックシンチレータS3内で陽電子が止められ電子対消滅する、すなわち、陽電子は近傍の電子と結合し、対向する二本の消滅ガンマ線を放射する。この消滅ガンマ線は、プラスチックシンチレータS3を透過してより密度の高いBGOシンチレータS4により止められる。そこでシンチレーションを起こし発光する。BGOシンチレータS4での発光の減衰時間は約50nsecである。プラスチックシンチレータS3とBGOシンチレータS4のそれぞれでの発光が同時に検出されたとき、窒素含有物質の窒素元素からの陽電子を検知したものと判断して信号を出力する。もし、バックグラウンドノイズである低エネルギーのガンマ線が検出器に入射しても、二種類のシンチレータのどちらか一方しか発光しないためノイズと判断し除去することができる。
【0029】
すなわち、窒素元素の中性子獲得反応により放射された10.8MeVのガンマ線から電子対生成により生成された陽電子は、静止する直前に対消滅を起こし、プラスチックシンチレータS3に対して十分透過力のある2本の0.5MeVの対向する消滅ガンマ線を放射する。このガンマ線が高密度BGOシンチレータS4で発光する。このとき、シンチレータS3,S4での発光は時間的特性が異なるため、波形弁別することによりシンチレータS3に陽電子が入射した事象を判定可能となる。ここで行う波形弁別は、検出器からの発光を光電子増倍管で電気信号に変換しこのデータをデータ処理部で解析する。そのとき得られた電気信号を、数本に分岐させてフィルタリング処理を行い、それぞれの電圧を、デジタル波形解析装置を用いて解析することにより検出器に入射した放射線の種類及びその発光量を決定し、各放射線に対する発光量から線量への変換演算子を用いることにより測定する。波形弁別した後のシンチレータS3およびS4から得られる発光の強度と経過時間との関係の一例を図4に示す。
【0030】
本発明の検知装置のホスウィッチ検出器の電子回路は、高圧増幅器、波高弁別器、波形弁別器、遅延回路、積分回路などから適宜構成される。ホスウィッチ検出器電子回路ユニットの一例を図5に示す。ホスウィッチ検出器の光電子増倍管からのアナログ出力電気信号をインピーダンスマッチングさせた信号分割器により2つ以上に分割する。それぞれの信号を異なる微積フィルタリングモジュールに入力して2つの信号系統に分割する。同図のように一方は50ns程度の微積処理を施し、十分な増幅を加えたアナログ信号系統(以下Fast系統)、もう一方は1μs程度の微積処理を施し、十分な増幅を加えたアナログ信号系統(以下Slow系統)である。これらの各信号をコンスタント・フラクション・ディスクリミネータモジュールに入力することで、ある閾値以上の電圧を感知したときに正確なタイミングでロジックパルスが生成される。これらの信号をコインシデンスモジュールの各チャンネルに入力することで同期計測を行い、ゲート信号を生成する。各パルスを取り込むため、ゲートはパルス幅に対して十分に開けておく。電荷積分型ADCで波形を積分して計測する。
【0031】
波形弁別器を用いないで窒素元素の存在を検知するには、例えば、次のようにして窒素元素の検知が行われる。
シンチレータから出力されたアナログ信号は電子回路部に入力され、電圧増倍管により増幅される。増幅されたアナログ信号は波高弁別回路に入力され、プラスチックシンチレータS3で検出された信号であるかを波高弁別する。このとき、BGOシンチレータS4からの信号との弁別を行うため波高弁別する際の閾値は、BGOシンチレータで検出される消滅ガンマ線(0.5MeV)の波高以上に設定する。波高弁別器で閾値を越えた信号であった場合は、デジタル信号を出力し、遅延回路を作動させる。遅延回路において、プラスチックシンチレータS3で検出した信号が十分減衰し終える時間分(約10nsec)だけ遅延を行い、積分回路を作動させる。積分回路では、遅延回路からの信号を受け電圧増幅器から出力から出力されているアナログ信号の積分を開始する。積分回路における積分時間は、BGOシンチレータS4が検出する消滅ガンマ線を十分計測できるように、BGOシンチレータS4の減衰時間(約50nsec)以上の積分時間を設定する。積分を終了すると、波高分別器において、消滅ガンマ線またはそれ以上の信号であるかどうかを判定し、消滅ガンマ線またはそれ以上であるならばデジタル信号を出力する。さらに、始めに行ったプラスチックシンチレータS3からの信号を波高弁別した結果とBGOシンチレータS4からの信号を積分し波高弁別した結果をAND回路に入力する。AND回路では、双方の結果が「真」の時だけ陽電子と判断し、それ以外はノイズと判断する。
【0032】
このようにしてシンチレータ内の発光量から入射ガンマ線のエネルギーが測定される。本発明のホスウィッチ構造を持つ検出器は10.8MeVガンマ線の存在のみ(例えば、地雷埋設の有無のみ)を正確に短時間に測定でき、低出力の中性子源を使用した場合でも窒素含有物質の存在を探知することが可能となる。
【0033】
ホスウィッチ構造の本発明の検知器について電磁シャワーモンテカルロ計算コードEGS4を用いてシミュレーションを行った。その結果、検出原理通りに陽電子が2本の対消滅ガンマ線を生成し、この対消滅ガンマ線はプラスチックシンチレータをつきぬけ、BOGシンチレータ内部で静止することがわかった。そうすると、陽電子の対消滅ガンマ線のエネルギーは、BGOシンチレータにおいてすべて光に変換され光電管により測定される。EGS4によるシミュレーションの結果を図6に示す。
【0034】
次に、本発明の窒素含有物質の検出装置におけるホスウィッチ検出器の構造の概念図を図3に示されている。本発明のホスウィッチ検出器は、例えば、2種類の異なったシンチレータを光学的に結合して1本の光電子変換素子と組み合わせたものであり、密度の低い物質、例えば、NE102A(NEテクノロジー社製)、BC400(バイクロン社製)からなる第1のシンチレータS3と密度の高い物質、例えば、BGO(ビスマスジャーマネイト)、NaI(Tl)からなる第2のシンチレータS4が光学的に結合されている。第1のシンチレータは、例えば、円柱状の形状を有し、その外周を包むように第2のシンチレータが光学的に接合され一体となり、第1のシンチレータにおけるガンマ線の入射面および光電子増倍管と接続されている面以外の外側表面が第2のシンチレータと光学的に接続されていることが好ましい。例えば、第1のシンチレータを芯とし、第2のシンチレータを外皮とする二重構造をなしている。本発明のシンチレータの断面構造はバックグラウンドγ線からの影響を小さくするため、S4の内径は小さい形状をなしているのが好ましい。また、一体化された円柱状のシンチレータの1端部にはライトガイドを介して光電子増倍管が接続されていて、第1および第2のシンチレータにおいて発光される光を計測する構造となっている。本発明のホスウィッチ検出器の全長は、光電子増倍管を除くと約10cmであり、非常に小型化されている。この構造のホスウィッチ検出器では、光電子増倍管には第1および第2のシンチレータからの光が同時に検出されるため、波形弁別回路により両者を分離した波形に変換したデータを得ることが望ましい。また、上記したように、波形弁別回路がなくても測定は可能である。
【0035】
第1および第2のシンチレータからなるホスウィッチ検出器において、光電子増倍管を複数用いてもよい。例えば、第1のシンチレータの光のみを受光する光電子増倍管と、第2のシンチレータからの光のみを直接受光する光電子増倍管を設けることにより、前述の波形分析回路を設けた検出器と同等の測定結果は得られるが、光電子増倍管を複数設けなければならないこと、装置が複雑となりコンパクト化ができないなどの問題があるものの検知そのものには問題はない。
【0036】
また、第1および第2のシンチレータ、光電子増倍管を連続して一線上に設けたホスウィッチ検出器が提案されているが(例えば、特開平6−123777号公報参照)、この構造では、第1のシンチレータにおいて電子対生成により生成された電子、陽電子が検出器外に放射されて、第2のシンチレータに入射する陽電子が減少するおそれがあり正確な計測は期待できない。
【0037】
以下では、本発明の詳細を実施例により説明するが、本発明は何ら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0038】
本実施例は、10.8MeVガンマ線による電子対生成反応に続き生起する対消滅反応で放射される消滅ガンマ線を利用した地雷探知器に関する。
本実施例の地雷探知器は、図1に示すように、可搬型中性子源1とガンマ線検出器6とから構成され、例えば、可搬型中性子源1とガンマ線検出器6は、車輪等が設けられた筐体に収納され、移動自在に構成されるが、筐体については公知の技術を適用することができる。
【0039】
[1]中性子発生手段
本実施例で用いる中性子発生手段1は、公知の中性子源が利用でき、ここでは特許文献3に開示されるDD核融合炉を使用する。中性子発生手段1は、球形陽極の中心にグリッド状の球形陰極を設置し、電極間の放電によってできたイオンを電界により中心に収束させ、イオン同士を衝突させて核融合反応を得る。その際、以下の式2に示す反応により高エネルギーの中性子が発生する。
【数2】

【0040】
[2]ガンマ線検出器6
図3は、本実施例のガンマ線検出器の主要構成部を示す図である。
《シンチレータS3,S4》
シンチレータS3は、長さ約10cm、直径5cmの円柱形状をしたポリビニルトルエンという透明なプラスチックに、二種類の蛍光物質をわずかに混ぜたものからなるプラスチックシンチレータである。シンチレータS3の長さを比較的長尺としたのは、入射したガンマ線を電子対生成させて生成した陽電子からの消滅ガンマ線の放射を確実にする必要があるからである。シンチレータS3で電子対生成を起こすためには、通常、密度の大きいBGOなどのシンチレータが適しているが、消滅γ線がS3内で吸収されてしまう事象が多くなる。そのため密度の低いプラスチックシンチレータなどを用いるのが好ましく、例えば応用光研工業株式会社の、商品名NE102、Pilot U(密度1.032〜1.25g/cm)が好適である。シンチレータS3では、シンチレータ内部で電子対生成により電子・陽電子が生成されると同時に荷電粒子により付与されたエネルギーに比例した発光が起こる。
【0041】
シンチレータS4は、BGOシンチレータにより構成される。シンチレータS4は、陽電子が電子対消滅により放射されるガンマ線をすべて捕獲する必要があるため、密度の大きい材質が使用される。本実施例では、厚さ3cmのBGOが、円柱状に形成された第1のシンチレータS3の外側に光学的に結合されている。この厚みを有するBGO層は第1のシンチレータS3から入射した消滅ガンマ線を完全に捕獲することができる。 シンチレータS3およびS4は、ライトガイドを介して光電子増倍管8と接続され、光を電気信号に変換する。
【0042】
《データ処理部》
データ処理部は、時間記録モジュール、同時計測モジュール、波高記録モジュール、波形弁別器、および記憶装置などを備える。光電子増倍管では、シンチレータS3およびS4からの光を受光する。受光を光電子増倍管で電気信号に変換して、デジタル波形解析装置を用いて第1のシンチレータS1からの光の波形と、第2のシンチレータS4からの光の波形に弁別する。例えば、図4に示す減衰時間が約10ns以下である第1のシンチレータS3の受光波形と、減衰時間が約50ns以下である第4のシンチレータS4での受光波形に弁別される。第1のシンチレータS3と第2のシンチレータS4の受光を同時に検出したことが計測された場合に、窒素含有物質に含まれる窒素元素からのガンマ線を受光したものと判断し、窒素含有物質を検知したことを表示する。
【0043】
窒素含有物質に含まれる窒素元素以外の元素から放出されるガンマ線は、すべて測定対象となる窒素元素の10.8MeVガンマ線と比べてエネルギーが低いので電子対生成反応を起こす確率が低いので窒素元素からのガンマ線が測定されることはほとんどない。本発明では電子対生成反応のデータのみを利用するため、他の元素から放出されるガンマ線によるバックグラウンドイベントを大幅に低減することが可能となった。
【0044】
以上に述べたとおり、本実施例の地雷探知器は、コンプトン方式の検出器を用いず、電子対生成反応および電子対消滅反応を利用する新規な検出器であり、多重散乱による解析の煩雑さを回避したこと、バックグラウンドを大幅に低減することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の窒素含有物質の検知方法または検知装置は、ホスウィッチ構造の検出器により陽電子を検出することにより、窒素含有率が比較的高い物質の存在を精度よく探知することが可能となる。そのため、本発明の検知装置は、空港、港などでの爆発物や禁制薬物を探知し、それらの乗り物への持ち込みや移送を監視することに適している。また、窒素元素を検出して爆薬を検知するため、近年テロリストなどが用いている液体混合型の爆薬の所持、持ち込みに対しても有効な検出手段を提供することができる。本発明が提供する新しい地雷探査装置は、地面に中性子を照射しながら地表上をスキャンする形式のものであり、比較的小さく設計することができるため山間部や傾斜面など大型の装置が入らない地域の地雷探査に適している。また、本発明は、例えば、植物中に含まれる窒素分布測定にも適用可能である。植物にとって窒素は非常に重要な役割を持つが、植物中での窒素の挙動などを測定することで、植物の研究における効果的な測定手段を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】可搬型中性子源を用いた地雷探知方式の概略図を示す。
【図2】ワイヤー方式の地雷探知方式の概略図を示す。
【図3】本発明のホスウィッチ検出器の概念図を示す。
【図4】本発明の光電子増倍管からの出力波形を示す。
【図5】本発明のホスウィッチ検出器電子回路ユニットの一例を示す構成図である。
【図6】本発明の検出器での陽電子の動きのシミュレーション結果を示す。
【符号の説明】
【0047】
1 可般型中性子源
2 土壌
3 熱中性子
4 ガンマ線
5 地雷
6 ガンマ線検出器
7 光電子増倍管
S1、S2 プラスチックシンチレータ
S3 本発明のプラスチックシンチレータ
S4 本発明のBGOシンチレータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検知領域に存在する窒素含有物質を検知する方法であって、被検知領域に中性子を照射することにより、該領域に存在する窒素含有物質に含まれる窒素元素からガンマ線を放射させ、該ガンマ線の電子対生成により生成した陽電子が電子対消滅する際に放射される消滅ガンマ線を測定することを特徴とする被検知領域に存在する窒素含有物質の検知方法。
【請求項2】
被検知領域に存在する窒素含有物質を検知する方法であって、被検知領域に中性子を照射することにより、該領域に存在する窒素含有物質に含まれる窒素元素からガンマ線を放射させ、該ガンマ線を第1の低密度シンチレータに導入してガンマ線の電子対生成により生成した陽電子が電子対消滅する際に放射されるガンマ線を、第2の高密度シンチレータで測定することを特徴とする被検知領域に存在する窒素含有物質の検知方法。
【請求項3】
第1のシンチレータでの発光と第2のシンチレータでの発光を同時に検出したときに、窒素含有物質に含まれる窒素元素から放射されたガンマ線による電子対生成により生成した陽電子が電子対消滅したものと判断して、窒素含有物質の存在を確認する請求項1または2に記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知方法。
【請求項4】
測定される窒素含有物質からのガンマ線が10.8MeVであり、消滅ガンマ線が0.5MeVである請求項1から3のいずれかに記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知方法。
【請求項5】
ガンマ線入射面および光電子増倍管と接続されている面以外の第1のシンチレータの外側表面が第2のシンチレータと光学的に接続されている請求項2から4のいずれかに記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知方法。
【請求項6】
窒素含有物質が、爆薬物である請求項1から5のいずれかに記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知方法。
【請求項7】
中性子照射手段と、第1および第2のシンチレータ、両シンチレータからの発光を受光する光電子増倍管、および該光電子増倍管からのデータを処理するデータ処理部を備え、中性子が照射された被検知領域に存在する窒素含有物質に含まれる窒素元素から放射されるガンマ線に基づいて窒素含有物質の存在を検知する被検知領域に存在する窒素含有物質の検知装置であって、
(a)低密度の物質からなる第1のシンチレータと、高密度の物質からなる第2のシンチレータが光学的に結合された構造をなし、
(b)第1および第2のシンチレータが同時にガンマ線の放射を検知したときに、被検知領域に窒素含有物質が存在することを判定するデータ処理部を備えたことを特徴とする被検知領域に存在する窒素含有物質の検知装置。
【請求項8】
第1のシンチレータにおいて、窒素元素が放射する入射ガンマ線の電子対生成により生成された陽電子が電子対消滅して消滅ガンマ線が放射され、第2のシンチレータにおいて、該消滅ガンマ線を計測する請求項7に記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知装置。
【請求項9】
第1のシンチレータにおけるガンマ線の入射面および光電子増倍管と接続されている面以外の外側表面が第2のシンチレータと光学的に接続されている請求項7または8に記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知装置。
【請求項10】
第1のシンチレータが円柱形状からなり、第2のシンチレータが第1のシンチレータを中心に同心円状に設けられている請求項9に記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知装置。
【請求項11】
測定される窒素含有物質からのガンマ線が10.8MeVであり、消滅ガンマ線が0.5MeVである請求項7から10のいずれかに記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知装置。
【請求項12】
窒素含有物質が、爆薬物である請求項7から11のいずれかに記載の被検知領域に存在する窒素含有物質の検知装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−236635(P2009−236635A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−81960(P2008−81960)
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【Fターム(参考)】