説明

窒素混合シールドガス溶接方法及び溶接用ワイヤ

【課題】 ガスシールドアーク溶接時において低コストで環境に優しい窒素シールドガスを用いる際のブローホールの発生を解消し得る溶接方法及び溶接用ワイヤの提供。
【解決手段】 軟鋼、490MPa級高張力鋼あるいは低合金鋼の窒素混合シールドガスアーク溶接に際し、Cr、Ti、AlとV、Ta、Zrのいずれか1種のうち、少なくともCr、Ti、Alをワイヤ成分中に含ませた溶接用ワイヤを使用して、これ等のワイヤ成分が窒素混合シールドガス中の窒素を固溶体及び窒化物として固定させるようにした窒素混合シールドガス溶接方法。この場合の溶接用ワイヤとしては、重量比で、C:0.09wt%以下、Si:0.45〜1.00wt%、Mn:0.40〜1.36wt%、Ti:0.3〜1.5wt%、Cr:18.50〜20.20wt%、Al:0.1〜0.3wt%を含み、残部がFeと不可避的不純物からなる構成とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールドアーク溶接に用いられる窒素混合シールドガス溶接方法及び該方法の実施に際し好適に使用される溶接用ワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ガスシールドアーク溶接としては、アルゴンガス、炭酸ガス、酸素ガス、ヘリウムガスなどの単体或いは混合ガスをシールドガスとして用い、消耗電極式のシールドガス溶接法であるミグ溶接やマグ溶接、あるいは、非消耗電極式のシールドガス溶接法であるティグ溶接が知られている。
このうち、ミグ溶接やマグ溶接には主に炭酸ガス単体、及びアルゴンガス、炭酸ガス、酸素ガス、ヘリウムガスなどを混合した2元、3元、4元系混合ガスがシールドガスとして用いられている。
そして、軟鋼や490MPa級高張力鋼あるいは低合金鋼の溶接であってもそのシールドガス組成は大きく異なることはなく、例えば、アルゴンガスをベースに酸素ガスとヘリウムガスの3種ガスの混合ガスを使用する技術が知られている。(例えば、特許文献1)
【0003】
ところが、前記従来のものも、不活性ガスであるアルゴンガス及びヘリウムガスを90vol%以上使用していることから、ランニングコストが高く、経済的ではないという問題があった。また、炭酸ガスをシールドガスとして使用する炭酸ガスアーク溶接も知られているが、炭酸ガスは地球温暖化の要因とされるという問題がある。
【0004】
そこで、反応性が少ないとされ、安価なガスである窒素をシールドガスとして用いることを検討した。
フェライト系ステンレス鋼では、アルゴンガスをベースとし窒素2〜30体積%、酸素1〜10体積%の混合ガスとして用いた際、ワイヤの組成を調整することにより溶接可能な技術が提案されている。(例えば、特許文献2)
【特許文献1】特開平11−291040号公報
【特許文献2】特開2001−71145号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、軟鋼や490MPa級高張力鋼あるいは低合金鋼では窒素をシールドガスに用いると、従来のワイヤでは気孔が発生するという問題は依然として解決されていない。
本発明は、ガスシールドアーク溶接時に低コストで環境に優しい窒素を用いる際に、前述してきた従来技術の問題点、即ち気孔が発生するという問題点を解決するための軟鋼や490MPa級高張力鋼あるいは低合金鋼の窒素混合シールドガス溶接方法及び溶接用ワイヤを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記課題を解決するために研究した結果、気孔の発生に関係すると思われる窒素を、ワイヤ成分中のCr、Ti、Al、V、Ta、Zrなどで固溶体の形成、または窒化物として固定することを気孔の発生防止の方法として見出すと共に、その成分を添加した溶接ワイヤを案出するに至ったものである。
【0007】
すなわち、本発明に係る請求項1の発明は、軟鋼、490MPa級高張力鋼あるいは低合金鋼を窒素混合シールドガスアーク溶接するに際し、Cr、Ti、AlとV、Ta、Zrのいずれか1種のうち、少なくともCr、Ti、Alをワイヤ成分中に含ませてなる溶接用ワイヤを使用して、これ等のワイヤ成分が窒素混合シールドガス中の窒素を固溶体及び窒化物として固定させることを特徴とする窒素混合シールドガス溶接方法である。
【0008】
また、本発明に係る請求項2の発明は、上記の請求項1記載の窒素混合シールドガス溶接方法に用いられる溶接用ワイヤであり、重量%で、C:0.09wt%以下、Si:0.45〜1.0wt%、Mn:0.40〜1.36wt%、Ti:0.3〜1.5wt%、Cr:18.5〜20.2wt%、Al:0.1〜0.3wt%を含み、残部がFeと不可避的不純物からなる構成としたことを特徴とする。
【0009】
さらに又、本発明に係る請求項3の発明は、上記の請求項2記載の溶接用ワイヤにおいて、さらにV:0.13〜0.2wt%、Ta:0.06〜0.11wt%、Zr:0.06〜0.11wt%のいずれか1種を含む構成としたことを特徴とする溶接用ワイヤである。
【発明の効果】
【0010】
本発明では、窒素混合シールドガスアーク溶接を行なうに際し、Cr、Ti、AlとV、Ta、Zrのいずれか1種のうち、少なくともCr、Ti、Alをワイヤ成分中に含ませてなる溶接用ワイヤを使用してこれ等のワイヤ成分が窒素混合シールドガス中の窒素を固溶体、または窒化物として固定させるようにしたことにより、また、この溶接用ワイヤの成分構成比を特定したことによって、軟鋼や490MPa級高張力鋼あるいは低合金鋼のガスアーク溶接に窒素混合シールドガスを用いても気孔が発生せず、従来の不活性ガスをベースとするシールドガスを使用した溶接の場合と遜色がない溶接評価を得ることができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に係る軟鋼や490MPa級高張力鋼あるいは低合金鋼の窒素混合ガスアーク溶接方法は、窒素混合シールドガスアーク溶接方法において、Cr、Ti、AlとV、Ta、Zrのいずれか1種のうち、少なくともCr、Ti、Alをワイヤ成分中に含ませてなる溶接用ワイヤを使用するものであり、これは窒素混合シールドガス用マグ溶接及びミグ溶接に適用される。
【0012】
また、本発明に係る軟鋼、490MPa級高張力鋼あるいは低合金鋼の窒素混合ガスアーク溶接に用いる溶接用ワイヤは、ワイヤ成分を重量比で、C:0.09wt%以下、Si:0.45〜1.0wt%、Mn:0.40〜1.36wt%、Ti:0.3〜1.5wt%、Cr:18.5〜20.2wt%、Al:0.1〜0.3wt%を含み、残部がFeと不可避的不純物からなる構成としたことを特徴とするものであり、さらに加えて、V:0.13〜0.2wt%、Ta:0.06〜0.11wt%、Zr:0.06〜0.11wt%のいずれか1種を含む構成としたことを特徴とするものである。
ここで、本発明の構成及び作用をより明らかにするために以下に実施例に基づいて説明する。
【実施例】
【0013】
板厚2.3mmの軟鋼板(SS400)の突き合わせ部を被溶接対象とし、シールドガスにはそれぞれ、酸素ガス濃度6%の窒素混合ガス、炭酸ガス濃度30%の窒素混合ガスを用い、溶接電流を100Aに固定し、様々な成分濃度を変化させたワイヤを用いて自動溶接機を使用し溶接した。この場合、溶接速度は30cm/minに固定した。前述した溶接条件は図1及び図3に示す通りである。
その結果を、溶接部でのビード形状による溶接評価、および硬さ評価として図2及び図4に示す。この場合、硬さはビッカース硬さ試験法で測定を行なった。
【0014】
図2及び図4によれば、C、Si、Mn、Ti、Alがワイヤ中に以下に示す成分濃度範囲より少なく、または多く含まれていればビード部に気孔が多数観察され、または、溶接割れが生じる恐れがある程度まで硬度が増すため溶接の評価としては不可であった。なお、ワイヤ中の各成分濃度を限定した理由を下記に説明する。
【0015】
◎C:0.09wt%以下、 Cは溶接部の強度を向上させる作用を有するので、そのため含有させる元素である。しかし、成分濃度が0.09wt%よりも多くなると、マルテンサイトが生成され、そのため硬度が増し、溶接割れを起こす恐れがあるので、C成分濃度を0.09wt%以下とする。
【0016】
◎Si:0.45〜1.00%wt、 Siは鋼の製造時に添加する脱酸剤であるとともに、溶接割れを防ぐための添加元素である。0.45wt%より少なくなると、ビード形状が凸型になり溶接評価は不可であった。また、1.00wt%より多くなると、アークが安定せず、溶接ビード形状に乱れが観察され、溶接評価は不可であった。よって、Si成分濃度を0.45〜1.00%wtとする。
【0017】
◎Mn:0.40〜1.36wt%、 Mnは、Siと同じく鋼の製造時に添加する脱酸剤であるとともに、溶接強度を増すための添加元素である。0.40wt%より少なくなると、溶接時のスラグが形成されなくなり、脱酸不足による溶接欠陥がビード内部に観察された。また、Mnを1.36wt%より多く添加すると、硬度が増し、ビード部の機械的性質が軟鋼とのものとが変わる恐れがあるので、Mn成分濃度を0.40〜1.36wt%とする。
【0018】
◎Ti:0.3〜1.5wt%、 Tiは侵入型元素と反応しやすく、α相安定化侵入型元素である窒素とは金属介在物を生成しやすい。よって、シールドガス中の窒素はアークエネルギーでTiに吸収又は反応し、窒素が固溶したαTi又は金属介在物であるTiNを形成する。この現象が、ビード中に溶解した窒素ガスをαTi内、又は金属介在物TiNとしてビード中に固定化し、気孔の発生を抑えるためのメカニズムであり、Tiはそのために用いる添加元素である。0.3wt%より少なくなると、ビード部に気孔が多数観察され、溶接の評価として不可であった。
また、1.5wt%より多くなると、気孔防止分以上のTiが存在するため、多くのFe2N、Fe4N層、金属介在物であるTiN層を形成するので、ビード部が硬くなる。そしてその硬度が増すことにより、溶接割れを起こす恐れがあるので、Ti成分濃度は0.3〜1.5wt%とする。
【0019】
◎Al:0.1〜0.3wt%、 Alは、Ti−Al合金ではTiのα相領域を拡大する性質を持ち、Ti単体よりαTiに対しての窒素の吸収量を多くする働きがある。このため、Ti単体時より多くの窒素をビード中のαTiに溶解させておくことができ、Alはそのために用いる添加元素である。0.1wt%より少なくなると、ビード部に気孔が多数観察され、溶接の評価として不可であった。
また、0.3wt%より多くなると、ビード部の靭性が劣化する要因であるTi3Alが生成される恐れがあり、またAl系金属介在物は著しくビード部を硬化させ溶接割れを起こす恐れがあるので、Al成分濃度は0.1〜0.3wt%とする。
【0020】
◎Cr:18.50〜20.20wt%、 CrはTiと同じく、窒素を金属介在物を形成させ窒化物としてビード内部に固定化し、気孔の発生を抑えるための添加元素である。18.50wt%より少なくなると、ビード部に気孔が多数観察され、溶接の評価として不可であった。また、20.20wt%より多くなると、気孔防止分以上のCrが存在するため多くのFe2N、Fe4N層及びCr系金属介在物を形成するので、ビード部が硬くなった。硬度が増すことにより、溶接割れを起こす恐れがあるので、Cr成分濃度は18.50〜20.20wt%とする。
【0021】
◎V:0.13〜0.20wt%、 Vは、Ti、Al、Crで窒素を固溶体及び窒化物として固定化する際に少量添加すると、効果的に窒素の固定化を助けるための添加元素である。0.13wt%より少なくなると、ビード部に気孔が多数観察され、溶接の評価として不可であった。
また、0.2wt%より多くなると、気孔を発生させるための窒素以上の窒素を固定化し、多くのFe2N、Fe4N層及びV系金属介在物を形成するので、ビード部が硬くなる。そしてその硬度が増すことにより、溶接割れを起こす恐れがあるので、V成分濃度は0.13〜0.20wt%とする。
【0022】
◎Ta:0.06〜0.11wt%、 Taは、Ti、Al、Crで窒素を固溶体及び窒化物として固定化する際に少量添加すると、効果的に窒素の固定化を助けるための添加元素である。0.06wt%より少なくなると、ビード部に気孔が多数観察され、溶接の評価として不可であった。
また、0.11wt%より多くなると、気孔を発生させるための窒素以上の窒素を固定化し、多くのFe2N層、Fe4N層及びTa系金属介在物を形成するので、ビード部が硬くなる。そしてその硬度が増すことにより、溶接割れを起こす恐れがあるので、Ta成分濃度は0.06〜0.11wt%とする。
【0023】
◎Zr:0.06〜0.11wt%、 Zrは、Ti、Al、Crで窒素を固溶体及び窒化物として固定化する際に少量添加すると、効果的に窒素の固定化を助けるための添加元素である。0.06wt%より少なくなると、ビード部に気孔が多数観察され、溶接の評価として不可であった。
また、0.11wt%より多くなると、気孔を発生させるための窒素以上の窒素を固定化し、多くのFe2N層、Fe4N層及びZr系金属介在物を形成するので、ビード部が硬くなる。そしてその硬度が増すことにより、溶接割れを起こす恐れがあるので、Zr成分濃度は0.06〜0.11wt%とする。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】シールドガスに窒素−6%酸素混合ガスを用いた際の溶接条件を示す図表である。
【図2】シールドガスに窒素−6%酸素混合ガスを用いた際のワイヤ成分と溶接評価を示す図表である。
【図3】シールドガスに窒素−30%炭酸混合ガスを用いた際の溶接条件を示す図表である。
【図4】シールドガスに窒素−30%炭酸混合ガスを用いた際のワイヤ成分と溶接評価を示す図表である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟鋼、490MPa級高張力鋼あるいは低合金鋼を窒素混合シールドガスアーク溶接するに際し、Cr、Ti、AlとV、Ta、Zrのいずれか1種のうち、少なくともCr、Ti、Alをワイヤ成分中に含ませてなる溶接用ワイヤを使用して、これ等のワイヤ成分が窒素混合シールドガス中の窒素を固溶体及び窒化物として固定させることを特徴とする窒素混合シールドガス溶接方法。
【請求項2】
請求項1に記載の窒素混合シールドガス溶接方法に用いられる溶接用ワイヤであり、重量比で、C:0.09wt%以下、Si:0.45〜1.00wt%、Mn:0.40〜1.36wt%、Ti:0.3〜1.5wt%、Cr:18.50〜20.20wt%、Al:0.1〜0.3wt%を含み、残部がFeと不可避的不純物からなることを特徴とする溶接用ワイヤ。
【請求項3】
請求項2に記載の溶接用ワイヤにおいて、さらにV:0.13〜0.20wt%、Ta:0.06〜0.11wt%、Zr:0.06〜0.11wt%のいずれか1種を含むことを特徴とする溶接用ワイヤ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−95573(P2006−95573A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−286015(P2004−286015)
【出願日】平成16年9月30日(2004.9.30)
【出願人】(000158301)岩谷瓦斯株式会社 (56)
【Fターム(参考)】