説明

立向姿勢溶接方法及び立向姿勢溶接構造

【課題】 厚板鋼板であってもコスト増を抑え且つ小入熱化により強度維持を図りながら効率よく溶接を実現可能な立向姿勢溶接方法及び立向姿勢溶接構造を提供する。
【解決手段】 立向姿勢の一対の厚板鋼板(1,1)の端縁間に所定の狭開先ギャップを有したI形開先を形成し、アーク溶接機の溶接トーチ(20)から突き出した溶接ワイヤ(30)を厚板鋼板の板厚方向に対し斜め上方からI形開先内に挿入する。そして、溶接トーチを揺動させることで該溶接トーチの先端から送出される溶接ワイヤの先端をI形開先内で板厚方向に往復動させ、且つ、溶接ワイヤの先端を往復動させる間にアーク溶接機を溶接金属の往復二層の厚み分だけ厚板鋼板に沿い下から上へ移動させて溶接金属をI形開先内に積層する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、立向姿勢溶接方法及び立向姿勢溶接構造に係り、詳しくは、一対の厚板鋼板の端縁同士を立向姿勢で突き合わせ溶接する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
造船、橋梁等の分野では、一対の鋼板同士を立向姿勢で突き合わせて溶接する立向姿勢溶接法が一般に採用されている。
このような立向姿勢溶接法としては、一対の鋼板同士を板幅方向に1パス施工で溶接完了するエレクトロガスアーク溶接法が知られている(非特許文献1参照)。
また、一般的な方法として、一対の鋼板同士をMAG溶接法やMIG溶接法により板幅方向で多パス溶接を行う多層盛溶接法も知られている。
【非特許文献1】特許庁「技術分野別特許マップ」:機械3アーク溶接技術1.3.6エレクトロガスアーク溶接法
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、近年、上記造船、橋梁等の鋼構造物に使用される鋼板は鋼構造物の大型化に伴い厚板化の傾向にある。
このように鋼板が厚板化すると、上記エレクトロガスアーク溶接法では、もともと入熱が大きいうえにさらに大入熱となり、溶接部分の性能劣化が広範囲に生じ、当該溶接部分の靱性、即ち強度を十分に確保できないという問題がある。
【0004】
これより、厚板鋼板に対してエレクトロガスアーク溶接法を適用する場合においては、厚板鋼板として大入熱溶接用の特殊な鋼材を使用し、強度を保証することが考えられている。
しかしながら、このような大入熱溶接用の特殊な鋼材を使用することは大幅なコスト増に繋がり好ましいことではない。
【0005】
また、MAG溶接法やMIG溶接法による多層盛溶接法の場合には、大入熱にならず一般の鋼板を好適に使用できる一方、開先が一般にV形開先であるために開先断面積が大きく鋼構造物の生産に時間を要し、甚だ生産効率が悪いという問題がある。
本発明はこのような問題点を解決するためになされたもので、その目的とするところは、厚板鋼板であってもコスト増を抑え且つ小入熱化により強度維持を図りながら効率よく溶接を実現可能な立向姿勢溶接方法及び立向姿勢溶接構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記した目的を達成するために、請求項1の立向姿勢溶接方法は、アーク溶接機を用いてアーク溶接を施す立向姿勢溶接方法であって、一対の厚板鋼板を互いに立向姿勢としてこれら一対の厚板鋼板の端縁間に所定の狭開先ギャップを有したI形開先を形成し、溶接ワイヤが送出される前記アーク溶接機の溶接トーチの先端または該溶接トーチから突き出した溶接ワイヤを前記厚板鋼板の板厚方向或いは該板厚方向に対し斜め上方から前記I形開先内に挿入し、前記溶接トーチを揺動させることで該溶接トーチの先端から送出される溶接ワイヤの先端を前記I形開先内で前記板厚方向に往復動させ、且つ、該溶接ワイヤの先端を往復動させる間に前記アーク溶接機を溶接金属の往復二層の厚み分だけ前記厚板鋼板に沿い下から上へ移動させて前記I形開先内に前記溶接金属を積層する、ことを特徴とする。
【0007】
請求項2の立向姿勢溶接方法は、請求項1において、前記溶接トーチから突き出した溶接ワイヤのみを板厚方向に対し斜め上方から前記I形開先内に挿入し、前記溶接トーチを前記厚板鋼板に沿い上方に揺動させることで溶接ワイヤの前記溶接トーチからの突き出し量を伸長させつつ該溶接ワイヤの先端を前記アーク溶接機から離間する側の開口に向けて前記板厚方向に往動させるとともに、前記溶接トーチを前記厚板鋼板に沿い下方に揺動させることで溶接ワイヤの前記溶接トーチからの突き出し量を短縮させつつ該溶接ワイヤの先端を前記アーク溶接機側の開口に向けて前記板厚方向に復動させることを特徴とする。
【0008】
請求項3の立向姿勢溶接方法は、請求項2において、前記溶接トーチからの突き出し量の長短に拘わらず前記溶接電流が一定となるように溶接ワイヤの送出速度を可変させることを特徴とする。
請求項4の立向姿勢溶接方法は、請求項2または3において、前記I形開先の前記所定の狭開先ギャップが15mm以下であることを特徴とする。
【0009】
請求項5の立向姿勢溶接方法は、請求項1乃至4のいずれかにおいて、前記一対の厚板鋼板は、それぞれ板厚が20mm以上の厚板であることを特徴とする。
請求項6の立向姿勢溶接構造は、アーク溶接機を用いてアーク溶接を施して得られる立向姿勢溶接構造であって、一対の厚板鋼板を互いに立向姿勢としてこれら一対の厚板鋼板の端縁間に所定の狭開先ギャップを有したI形開先を形成し、溶接ワイヤが送出される前記アーク溶接機の溶接トーチの先端または該溶接トーチから送出される溶接ワイヤを前記厚板鋼板の板厚方向或いは該板厚方向に対し斜め上方から前記I形開先内に挿入し、前記溶接トーチを揺動させることで該溶接トーチの先端から送出される溶接ワイヤの先端を前記I形開先内で前記板厚方向に往復動させ、且つ、該溶接ワイヤの先端を往復動させる間に前記アーク溶接機を溶接金属の往復二層の厚み分だけ前記厚板鋼板に沿い下から上へ移動させて前記I形開先内に前記溶接金属を積層する、ことにより得られることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
請求項1の立向姿勢溶接方法によれば、厚板鋼板同士を立向姿勢溶接する場合において、所定の狭開先ギャップを有したI形開先内に溶接トーチの先端または溶接ワイヤを挿入し、立向姿勢にして下向き溶接を繰り返し行うことで溶接金属をI形開先内に積層するようにしたので、I形開先の開先ギャップが狭いことと相俟って、板幅方向に1パス施工する上記従来のエレクトロガスアーク溶接法に比べて板厚の増大に拘わらず入熱を十分に小さく抑えることができ、大入熱溶接用の特殊な鋼材の使用を必要とせずにコスト増を抑えつつ、溶接部分においてエレクトロガスアーク溶接と同等の強度を確保して効率よく溶接を実現でき、低温での破壊靱性を飛躍的に改善することができる。
【0011】
請求項2の立向姿勢溶接方法によれば、厚板鋼板同士を立向姿勢溶接する場合において、I形開先内に溶接トーチから突き出した溶接ワイヤのみを挿入するようにし、溶接トーチを厚板鋼板に沿い上方または下方に揺動させてアーク長の自己復元機能に基づき溶接ワイヤの溶接トーチからの突き出し量を伸長または短縮させつつ該溶接ワイヤの先端を往復動させ、立向姿勢にして下向き溶接を繰り返し行うようにしたので、所定の狭開先ギャップを極力小さくしてさらなる小入熱化を図ることができ、効率よく溶接を実現しつつ溶接部分の強度を十分に確保することができる。
【0012】
請求項3の立向姿勢溶接方法によれば、溶接トーチからの突き出し量の長短に拘わらず溶接電流が一定となるよう溶接ワイヤの送出速度を可変させるようにしたので、溶接電流の変動を防止してアーク長を略一定に保持することができ、安定した溶接品質を実現することができる。
請求項4の立向姿勢溶接方法によれば、厚板鋼板であってもI形開先の所定の狭開先ギャップを15mm以下と狭くできるので、十分な小入熱化を図ることができ、効率よく溶接を実現しつつ溶接部分の強度を十分に確保することができる。
【0013】
請求項5の立向姿勢溶接方法によれば、鋼構造物の大型化により厚板鋼板の板厚が特に20mm以上と厚い場合であっても、小入熱化を図り、効率よく溶接を実現しつつ溶接部分の強度を十分に確保することができる。
請求項6の立向姿勢溶接構造によれば、溶接部分において小入熱にして十分な強度を有した立向姿勢溶接構造を実現することができ、低温での破壊靱性を飛躍的に改善することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
先ず、第1実施例について説明する。
図1及び図2には本発明の第1実施例に係る立向姿勢溶接方法に適用される一対の厚板鋼板1、1とアーク溶接用の自動溶接ユニット10とが、立向姿勢溶接の途中の状態で示されている。詳しくは、厚板鋼板1、1はこれら厚板鋼板1、1の端縁間に開先ギャップG(所定の狭開先ギャップ)を有してI形開先を形成するよう立向姿勢に端縁同士を突き合わせて設置されており、一方自動溶接ユニット10は溶接ワイヤ30を送出する溶接トーチ20を備えて構成されており、図1には、I形開先内に溶接ワイヤ30のみを挿入した状態の厚板鋼板1と自動溶接ユニット10とがI形開先内に形成された溶接金属の縦断面図として示され、図2には、図1の矢視A方向から視た一対の厚板鋼板1、1と自動溶接ユニット10とが上視図として示されている。
【0015】
一対の厚板鋼板1、1は例えば造船用、橋脚用の大型の鋼構造物に使用されるような板厚の大きな鋼板であり、ここでは、上記従来のエレクトロガスアーク溶接法では入熱が大きくなり溶接部分の性能が劣化して部材強度を確保できなくなってしまうような大きな板厚寸法(例えば、20mm以上)の鋼板が使用される。
厚板鋼板1、1間に形成されるI形開先の開先ギャップGは、I形開先内に溶接ワイヤ30のみが挿入されることから、ここでは、溶接ワイヤ30の外径寸法(例えば、φ1.2mmまたはφ1.6mm)よりも若干幅広の寸法(例えば、φ1.2mm:7〜10mm、φ1.6mm:8〜12mm)に設定される。
【0016】
自動溶接ユニット10は、厚板鋼板1、1に沿って上下方向に延設されたレール12と当該レール12上を移動可能な走行ユニット14とを有して構成されており、溶接トーチ20は走行ユニット14上に配設されている。
溶接トーチ20は溶接ワイヤ30のワイヤ送り装置を介して溶接ワイヤコイル(共に図示せず)に接続されており、これにより、溶接ワイヤ30を溶接トーチ20に送り、溶接ワイヤ30の先端を溶接トーチ20から常時突き出し可能である。
【0017】
当該第1実施例においては、溶接トーチ20は、送出される溶接ワイヤ30が斜め上方からI形開先内に挿入されるよう、板厚方向(水平方向)に対し所定の挟角θ(例えば、10°〜45°)を有し、且つ、スライドユニット16を介して上下方向に揺動可能に構成されている。
このように溶接ワイヤ30が所定の挟角θを有してI形開先内に挿入され、溶接トーチ20が上下方向に揺動可能であると、溶接トーチ20をスライドユニット16上で上下方向に揺動させることにより、溶接トーチ20を一切板厚方向(水平方向)に移動させなくても溶接トーチ20からの溶接ワイヤ30の突き出し量を伸縮させるだけで、溶接ワイヤ30の先端を少なくとも厚板鋼板1の板厚寸法以上の距離の範囲で板厚方向に往復動可能である。
【0018】
つまり、当該第1実施例においては、溶接トーチ20を板厚方向(水平方向)に対し所定の挟角θを有し且つ上下方向に揺動可能に構成することにより、小さな開先ギャップGのI形開先内に常に溶接ワイヤ30だけを挿入して溶接作業を行うことが可能である。これより、溶接トーチ20を特に細身に設定する必要がない。
走行ユニット14には、自動溶接ユニット10側に位置して当て板40が設けられており、当該当て板40内には溶接部分にシールドガス(炭酸ガス等)を供給するシールドガス通路42が形成されている。シールドガス通路42の入口部にはガスホース44が接続されており、これより、シールドガスが、ガスホース44を介してガス源(図示せず)からシールドガス通路42に供給され、シールドガス通路42の出口部から溶接部分に向け供給される。ここに、当て板40としては耐熱性部材(例えば、セラミック板)が採用される。
【0019】
なお、ここでは、当て板40に形成したシールドガス通路42を介してシールドガスを供給するようにしたが、当該第1実施例の場合には溶接トーチ20は特に細身でなくてもよいため、溶接トーチ20にシールドガス通路を設け、従来同様に溶接トーチ20からシールドガスを供給するようにしてもよい。
さらに、走行ユニット14上には、溶接制御装置18が設置されており、当該溶接制御装置18によりアーク溶接のための種々の制御、例えば通電制御、ワイヤ送り装置による溶接ワイヤ送り制御、シールドガス制御、溶接トーチ20のスライドユニット16上での揺動制御、走行ユニット14のレール12上でのリフト制御等が行われる。
【0020】
図1及び図2中の符号50は、自動溶接ユニット10から離間する側のI形開先の開口を塞いで溶接金属の流出を防止するための裏当て板を示し、当該裏当て板50としては当て板40と同様に耐熱性部材(例えば、セラミック板)が採用される。また、図示していないが、I形開先の下端の開口については、通常は他の厚板鋼板1或いは溶接金属で塞がれている。
【0021】
以下、本発明の第1実施例に係る立向姿勢溶接方法及び当該立向姿勢溶接方法により施工された立向姿勢溶接構造について説明する。
図3には、本発明の第1実施例に係る立向姿勢溶接方法における溶接手順が(1)〜(6)まで時系列的に示されており、図4には、当該立向姿勢溶接方法の全体概念図がそれぞれ斜視図(a)と正面図(b)で示されており、以下、上記図1及び図2をも参照しながら、図3、図4に基づき本発明の第1実施例に係る立向姿勢溶接方法について説明する。
【0022】
先ず、厚板鋼板1、1を開先ギャップGを有してI形開先を形成するよう立向姿勢に設置するとともに自動溶接ユニット10及び裏当て板40を設置し、溶接トーチ20から突き出した溶接ワイヤ30の先端をI形開先内に図1及び図2に示したように挿入する。
そして、I形開先の下端のうち自動溶接ユニット10側のI形開先の開口近傍において、予め溶接ワイヤ30の外径寸法に応じて設定した電流値(例えば、φ1.2mm:120〜350A、φ1.6mm:160〜500A)及び電圧値(例えば、φ1.2mm:25〜40V、φ1.6mm:27〜45V)の下、溶接制御装置18により通電制御を開始する。即ち、溶接ワイヤ30の先端から厚板鋼板1、1に向けてアーク放電を行い、アーク溶接を開始する(図3の(1)に対応)。これにより、溶接ワイヤ30及び一対の厚板鋼板1、1の各端縁の溶融が開始され、I形開先内において溶接金属の生成が開始される。
【0023】
アーク溶接を開始したら、溶接制御装置18により、溶接トーチ20をスライドユニット16上で揺動制御し(図1中に矢印で示す)、自動溶接ユニット10の有するアーク長の自己復元機能に基づいて溶接トーチ20からの溶接ワイヤ30の突き出し量を伸長させつつ、溶接ワイヤ30の先端を徐々に自動溶接ユニット10から離間する側に移動(往動)させて溶接を行う(図3の(2)に対応)。
【0024】
この際、溶接ワイヤ30の送出速度については、一般的な定電圧特性の電源を使用しているので一定であってもよいが、溶接ワイヤ30の先端での溶接電流は、送出速度が一定であると溶接ワイヤ30の溶接トーチ20からの突き出し量の増加に応じて減少し、溶接ワイヤ30の送出速度の増減に伴い増減するものであることから、好ましくは溶接ワイヤ30の突き出し量の長短に拘わらず溶接電流が一定となるように可変制御するのがよい。
【0025】
つまり、図5を参照すると、溶接位置(図3の(1)〜(6))に応じた溶接ワイヤ30の送出速度と溶接電流と溶接ワイヤ30の突き出し量との関係が示され、溶接ワイヤ30の送出速度を溶接電流が一定となるよう可変制御する場合(実線)と一定に保持する場合(破線)とが併せて示されているが、同図に示すように、溶接ワイヤ30の突き出し量の変化に依らず溶接電流が一定となるように溶接ワイヤ30の送出速度を増減させるのがよい(実線)。
【0026】
このように溶接電流が一定となるように溶接ワイヤ30の送出速度を制御すると、溶接電流の変動を防止してアーク長を略一定に保持することができ、安定した溶接品質を実現することが可能である。
また、溶接トーチ20のスライドユニット16上での揺動速度については、ここでは、例えば5〜150cm/minの範囲とする。
【0027】
溶接トーチ20の揺動制御により、溶接ワイヤ30の先端が自動溶接ユニット10から離間する側のI形開先の開口近傍に達し、溶接金属の層が形成されたら(図3の(3)に対応)、今度は上記アーク長の自己復元機能に基づいて溶接トーチ20からの溶接ワイヤ30の突き出し量を短縮させつつ、溶接ワイヤ30の先端を徐々に自動溶接ユニット10側に移動(復動)させながら溶接を継続する(図3の(4)、(5)に対応)。この場合にも、上記同様、図5に示すように、溶接ワイヤ30の送出速度については溶接電流が一定となるように可変制御するのがよく、また、溶接トーチ20のスライドユニット16上での揺動速度については、例えば5〜150cm/minの範囲とする。
【0028】
また、このように溶接ワイヤ30の先端がI形開先内を往復動する間、生成される溶接金属の往復二層の厚み分だけ溶接トーチ20ともども走行ユニット14をレール12上で上方に移動させる。詳しくは、溶接制御装置18により、走行ユニット14をレール12上で上方(図1中に矢印で示す)に積層厚さに応じた速度(例えば、溶接ワイヤ30の外径寸法により、φ1.2mm:2〜8m/min、φ1.6mm:2〜10cm/min)で連続的にリフト制御する。なお、走行ユニット14を断続的にリフト制御するようにしてもよい。
【0029】
そして、溶接トーチ20の揺動制御により、溶接ワイヤ30の先端が往復動して自動溶接ユニット10側のI形開先の開口近傍に達したら(図3の(6)に対応)、以降、図4(a)、(b)に矢印で示すように、上述した一連の操作を繰り返し、溶接金属をI形開先内に積層させる。
このように、本発明に係る立向姿勢溶接方法では、厚板鋼板1、1を立向姿勢溶接するに際し、開先ギャップGを極力小さくしてI形開先を形成し、当該I形開先に下向き溶接を繰り返し行うことで溶接金属をI形開先内に積層させ、厚板鋼板1、1同士の突き合わせ溶接を完了させるようにしている。
【0030】
従って、本発明に係る立向姿勢溶接方法によれば、I形開先の開先ギャップGが狭いことと相俟って、板幅方向に1パス施工する上記従来のエレクトロガスアーク溶接法に比べて板厚の増大に拘わらず入熱を十分に小さく抑えることができ(約1/10以下)、溶接部分においてエレクトロガスアーク溶接と同等の強度を確保した立向姿勢溶接構造を実現でき、大型の鋼構造物であっても低温での破壊靱性を飛躍的に改善することができる。
【0031】
これより、厚板鋼板1として大入熱溶接用の特殊な鋼材の使用を必要とせずにコスト増を抑えるようにでき、開先ギャップGが狭いことで鋼構造物の生産効率の悪化をも防止することができる。
特に当該第1実施例では、I形開先内に溶接トーチ20から突き出した溶接ワイヤ30のみを挿入し、溶接トーチ20を水平方向に動かすことなく上下方向に揺動させて溶接ワイヤ30の突き出し量を伸縮させながら下向き溶接を繰り返し行うようにしていることから、厚板鋼板1、1の突き合わせ溶接において、開先ギャップGを極力小さくして小入熱化を図り、溶接部分の強度を十分に確保することが可能である。
【0032】
次に、第2実施例について説明する。
図6及び図7には本発明の第2実施例に係る立向姿勢溶接方法に適用される一対の厚板鋼板1、1とアーク溶接用の自動溶接ユニット110とが、上記図1及び図2と同様に縦断面図及び矢視B方向から視た上視図として立向姿勢溶接の途中の状態で示されている。
第2実施例では、I形開先内に長尺の溶接トーチ120が挿入される点が上記第1実施例と異なっており、以下、第1実施例と同一部分については説明を簡単にし、異なる部分を主体に説明する。
【0033】
図6及び図7に示すように、厚板鋼板1、1は、上記同様に大きな板厚寸法(例えば、20mm以上)を有し、厚板鋼板1、1の端縁間に開先ギャップG(所定の狭開先ギャップ)を有してI形開先を形成するよう立向姿勢に設置されている。そして、自動溶接ユニット110は溶接ワイヤ130を送出する溶接トーチ120を備えて構成されている。
厚板鋼板1、1間に形成されるI形開先の開先ギャップGは、溶接時の入熱を少なく抑えるために極力狭く設定されるのが良く、ここでは、溶接トーチ120の外径寸法よりも若干幅広の寸法に設定されている。即ち、開先ギャップGは溶接トーチ120の外径寸法に応じて極力小さく設定される。
【0034】
自動溶接ユニット110は、上記同様、厚板鋼板1、1に沿って上下方向に延設されたレール112と当該レール112上を移動可能な走行ユニット114とを有して構成されており、溶接トーチ120は走行ユニット114上に配設されている。詳しくは、溶接トーチ120は、スライドユニット116を介して板厚方向(水平方向)に揺動可能に構成されている。これにより、溶接トーチ120ひいては当該溶接トーチ120から送出される溶接ワイヤ130の先端が少なくとも厚板鋼板1の板厚寸法以上の距離の範囲で板厚方向に往復動可能である。
【0035】
なお、溶接トーチ120は、上記理由により、極力細く、即ち外径が極力小さく設定されている。
走行ユニット114には、上記同様、自動溶接ユニット110側のI形開先の開口を塞ぐように当て板140が設けられており、当該当て板140内には溶接部分にシールドガス(炭酸ガス等)を供給するシールドガス通路142が形成され、当該シールドガス通路142の入口部にはガスホース144が接続されている。これより、シールドガスがシールドガス通路142の出口部から溶接部分に向け供給される。
【0036】
なお、図6及び図7中の符号150は上記同様に裏当て板を示す。
そして、走行ユニット114上には、上記同様、溶接制御装置118が設置されており、当該溶接制御装置118によりアーク溶接のための種々の制御、例えば通電制御、ワイヤ送り装置による溶接ワイヤ送り制御、溶接トーチ120のスライドユニット116上での揺動制御、走行ユニット114のレール112上でのリフト制御等が行われる。
【0037】
以下、本発明の第2実施例に係る立向姿勢溶接方法及び当該立向姿勢溶接方法により施工された立向姿勢溶接構造について説明する。
図8には、本発明の第2実施例に係る立向姿勢溶接方法における溶接手順が(1)〜(6)まで時系列的に示されており、以下、図6及び図7をも参照しながら、図8及び上記図4に基づき本発明の第2実施例に係る立向姿勢溶接方法について説明する。
【0038】
先ず、厚板鋼板1、1を開先ギャップGを有してI形開先を形成するよう立向姿勢に設置するとともに自動溶接ユニット110及び裏当て板150を設置し、溶接トーチ120の先端をI形開先内に図6及び図7に示したように挿入する。
そして、I形開先の下端のうち自動溶接ユニット110側のI形開先の開口近傍において、予め設定した電流値及び電圧値の下で溶接制御装置118により通電制御を開始する。即ち、溶接ワイヤ130の先端から厚板鋼板1、1に向けてアーク放電を行い、アーク溶接を開始する(図8の(1)に対応)。これにより、溶接ワイヤ130及び一対の厚板鋼板1、1の各端縁の溶融が開始され、I形開先内において溶接金属の生成が開始される。
【0039】
アーク溶接を開始したら、溶接制御装置118により溶接トーチ120をスライドユニット116上で揺動制御し(図6中に矢印で示す)、溶接ワイヤ130の先端を徐々に自動溶接ユニット110から離間する側に移動(往動)させる。この際、溶接ワイヤ30の送出速度については通常通り一定とし、自動溶接ユニット110の有するアーク長の自己復元機能に基づき溶接ワイヤ130の溶接トーチ120からの突き出し量を一定としつつ溶接を行う(図8の(2)に対応)。
【0040】
溶接トーチ120の揺動制御により、溶接ワイヤ130の先端が自動溶接ユニット110から離間する側のI形開先の開口近傍に達し、溶接金属の層が形成されたら(図8の(3)に対応)、今度は溶接ワイヤ130の先端を徐々に自動溶接ユニット110側に移動(復動)させながら溶接を継続する(図8の(4)、(5)に対応)。
この場合にも、上記第1実施例の場合と同様、溶接ワイヤ130の先端がI形開先内を往復動する間、生成される溶接金属の往復二層の厚み分だけ溶接トーチ120ともども走行ユニット114をレール112上で上方に移動させる。詳しくは、溶接制御装置118により、走行ユニット114をレール112上で上方(図6中に矢印で示す)に積層厚さに応じた速度で連続的或いは断続的にリフト制御する。
【0041】
そして、溶接トーチ120の揺動制御により、溶接ワイヤ130の先端が自動溶接ユニット110側のI形開先の開口近傍に達したら(図8の(6)に対応)、以降、図4(a)、(b)に矢印で示すように、上述した一連の操作を繰り返し、溶接金属をI形開先内に積層させる。
これにより、上記同様、コスト増を抑え、鋼構造物の生産効率の悪化を防止しながら、溶接部分において上記従来のエレクトロガスアーク溶接と同等の強度を確保した立向姿勢溶接構造を実現でき、大型の鋼構造物であっても低温での破壊靱性を飛躍的に改善することができる。
【0042】
特に当該第2実施例では、I形開先内に細身にして長尺の溶接トーチ120の先端を挿入し、溶接トーチ120を板厚方向に揺動させて下向き溶接を繰り返し行うようにしており、厚板鋼板1、1の突き合わせ溶接において、簡単な構成でありながら、小入熱化を図り、溶接部分の強度を確保することが可能である。
以上で本発明に係る実施形態の説明を終えるが、実施形態は上記に限られるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形可能である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の第1実施例に係る立向姿勢溶接方法に適用される厚板鋼板と自動溶接ユニットとを示す縦断面図である。
【図2】図1の矢視A方向から視た上視図である。
【図3】本発明の第1実施例に係る立向姿勢溶接方法の溶接手順を示す図である。
【図4】立向姿勢溶接方法の全体概念図である。
【図5】本発明の第1実施例に係る溶接ワイヤの送出速度と溶接電流と溶接ワイヤの突き出し量との関係を示す図である。
【図6】本発明の第2実施例に係る立向姿勢溶接方法に適用される厚板鋼板と自動溶接ユニットとを示す縦断面図である。
【図7】図6の矢視B方向から視た上視図である。
【図8】本発明の第2実施例に係る立向姿勢溶接方法の溶接手順を示す図である。
【符号の説明】
【0044】
1 厚板鋼板
10、110 自動溶接ユニット
16、116 スライドユニット
12、112 レール
14、114 走行ユニット
18、118 溶接制御装置
20、120 溶接トーチ
30、130 溶接ワイヤ
40、140 当て板
42、142 シールドガス通路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アーク溶接機を用いてアーク溶接を施す立向姿勢溶接方法であって、
一対の厚板鋼板を互いに立向姿勢としてこれら一対の厚板鋼板の端縁間に所定の狭開先ギャップを有したI形開先を形成し、
溶接ワイヤが送出される前記アーク溶接機の溶接トーチの先端または該溶接トーチから突き出した溶接ワイヤを前記厚板鋼板の板厚方向或いは該板厚方向に対し斜め上方から前記I形開先内に挿入し、
前記溶接トーチを揺動させることで該溶接トーチの先端から送出される溶接ワイヤの先端を前記I形開先内で前記板厚方向に往復動させ、且つ、該溶接ワイヤの先端を往復動させる間に前記アーク溶接機を溶接金属の往復二層の厚み分だけ前記厚板鋼板に沿い下から上へ移動させて前記I形開先内に前記溶接金属を積層する、
ことを特徴とする立向姿勢溶接方法。
【請求項2】
前記溶接トーチから突き出した溶接ワイヤのみを板厚方向に対し斜め上方から前記I形開先内に挿入し、
前記溶接トーチを前記厚板鋼板に沿い上方に揺動させることで溶接ワイヤの前記溶接トーチからの突き出し量を伸長させつつ該溶接ワイヤの先端を前記アーク溶接機から離間する側の開口に向けて前記板厚方向に往動させるとともに、前記溶接トーチを前記厚板鋼板に沿い下方に揺動させることで溶接ワイヤの前記溶接トーチからの突き出し量を短縮させつつ該溶接ワイヤの先端を前記アーク溶接機側の開口に向けて前記板厚方向に復動させることを特徴とする、請求項1記載の立向姿勢溶接方法。
【請求項3】
前記溶接トーチからの突き出し量の長短に拘わらず前記溶接電流が一定となるように溶接ワイヤの送出速度を可変させることを特徴とする、請求項2記載の立向姿勢溶接方法。
【請求項4】
前記I形開先の前記所定の狭開先ギャップが15mm以下であることを特徴とする、請求項2または3記載の立向姿勢溶接方法。
【請求項5】
前記一対の厚板鋼板は、それぞれ板厚が20mm以上の厚板であることを特徴とする、請求項1乃至4のいずれか記載の立向姿勢溶接方法。
【請求項6】
アーク溶接機を用いてアーク溶接を施して得られる立向姿勢溶接構造であって、
一対の厚板鋼板を互いに立向姿勢としてこれら一対の厚板鋼板の端縁間に所定の狭開先ギャップを有したI形開先を形成し、
溶接ワイヤが送出される前記アーク溶接機の溶接トーチの先端または該溶接トーチから送出される溶接ワイヤを前記厚板鋼板の板厚方向或いは該板厚方向に対し斜め上方から前記I形開先内に挿入し、
前記溶接トーチを揺動させることで該溶接トーチの先端から送出される溶接ワイヤの先端を前記I形開先内で前記板厚方向に往復動させ、且つ、該溶接ワイヤの先端を往復動させる間に前記アーク溶接機を溶接金属の往復二層の厚み分だけ前記厚板鋼板に沿い下から上へ移動させて前記I形開先内に前記溶接金属を積層する、
ことにより得られることを特徴とする立向姿勢溶接構造。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2007−69231(P2007−69231A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−257730(P2005−257730)
【出願日】平成17年9月6日(2005.9.6)
【出願人】(000000099)石川島播磨重工業株式会社 (5,014)
【Fターム(参考)】