説明

等速ジョイント用グリース組成物及び等速ジョイント

【課題】等速ジョイントにおいて、ポリエステル系熱可塑性エラストマー(TPC)からなるブーツが劣化することを回避する。
【解決手段】トリポート型等速ジョイント10a、10bの各継手用ブーツ24は、TPCからなる。この継手用ブーツ24に封入されるグリース組成物26は、基油、ウレア系化合物増ちょう剤、固体モリブデンジチオカーバメート、及びアルカリ金属ホウ酸塩水和物を含有する。そして、このグリース組成物26に含まれる液体成分における硫黄の含有量は、該液体成分の全量に対して0.6質量%以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基油に所定の成分が添加されてなる等速ジョイント用グリース組成物と、該組成物がブーツ内に封入された等速ジョイントに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車は、内燃機関、モータ等の各種のエンジンで発生した回転動力がデファレンシャルギアからハーフシャフトやスプラインシャフト等の複数の伝達軸を介してハブに伝達され、これによりタイヤが回転することに伴って走行する。
【0003】
ここで、デファレンシャルギアとスプラインシャフトとはいわゆるインボード側等速ジョイントを介して連結され、一方、スプラインシャフトとハブとはいわゆるアウトボード側等速ジョイントを介して連結される。一般的に、インボード側等速ジョイントはスプラインシャフトの角度変位と軸方向変位の双方を緩和する機能を営み、アウトボード側等速ジョイントは、スプラインシャフトの角度変位を緩和する役割を果たす。これにより、進行方向の変化、すなわち、角度変化を伴う場合の駆動力伝達が迅速に行われるとともに、サスペンションの上下運動が吸収される。なお、インボード側等速ジョイントとしては、スプラインシャフトの軸方向に変位することが可能な摺動型等速ジョイントが採用される。
【0004】
近年、スプラインシャフトの軸方向変位に一層迅速に対応するインボード側等速ジョイントが種々検討・開発されつつある。このようなインボード側等速ジョイントを使用した場合、該インボード側等速ジョイントがエンジンから比較的離間するので、エンジンからの放熱を受け難くなる。このため、インボード側等速ジョイントとスプラインシャフトの連結部を、耐熱性への懸念から従来は使用し得なかった樹脂製ブーツで被覆することが試みられている。
【0005】
従来から、この種のブーツの材質としてはクロロプレンゴム(CR)や、塩素化ポリエチレンゴム(CM)が採用されており、且つブーツにはグリースが封入される。グリースとしては、例えば、特許文献1や特許文献2に記載されているように、潤滑性基油とリチウム石鹸やウレア系増ちょう剤からなる基グリースに対し、二硫化モリブデン、硫黄系極圧剤、リン系極圧剤等の添加剤を配合したものが広汎に使用されている。
【0006】
【特許文献1】特開平4−304300号公報
【特許文献2】特開平6−184583号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、CR又はCMからなるインボード側等速ジョイントのブーツは、同じくCR又はCMからなるアウトボード側等速ジョイントのブーツに比して早期に劣化してしまう。すなわち、引っ張り強度や引っ張り伸びが比較的短時間で小さくなる。この理由は、上記したように、インボード側等速ジョイントはアウトボード側等速ジョイントに比してエンジンに近接する位置に配置され、従って、アウトボード側等速ジョイントよりもエンジンの放熱を受け易いためであると推察される。
【0008】
また、近年では、環境保護への配慮から、自動車の構成部品を再利用することが希求されているが、CRやCMには再利用することが困難であるという不都合がある。
【0009】
上記した不具合を解消するべく、ポリエステル系熱可塑性エラストマー(TPC)でインボード側等速ジョイントの樹脂製ブーツを構成することが提案されている。しかしながら、この樹脂製ブーツにつき自動車に搭載して耐熱性試験を行うと、その耐熱性は、TPCの諸物性から予測される能力に満たない場合があることが判明した。
【0010】
樹脂製ブーツが劣化すると該樹脂製ブーツに亀裂が発生し、この亀裂からグリースが漏洩することがある。このような事態が生じると、例えば、インボード側等速ジョイントのインナ部材の摺動時に潤滑性が確保できなくなり、その結果、該摺動部が焼き付けを起こす懸念がある。
【0011】
本発明はこの種の問題を解決するためになされたもので、TPCからなり且つ耐熱性に優れた樹脂製ブーツを具備してもなお、等速ジョイントにおける摺動部の潤滑性を長期間にわたって確保することが可能な等速ジョイントを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
TPCからなる樹脂製ブーツの耐熱性が予測よりも低い原因につき様々な検討を重ねる過程で、本発明者は、該ブーツに封入されるグリースとの相性に起因すると仮定した。この観点からグリースを種々変更して耐熱性試験を繰り返し、特に、油溶性硫黄化合物からなる硫黄系極圧剤が添加されている際にTPC製ブーツの耐熱性が低下するという知見を得た。
【0013】
この理由は、油溶性硫黄系極圧剤が添加されている場合、高温時に該硫黄系極圧剤の熱分解が起こることによって硫黄ラジカルが発生し、この硫黄ラジカルがTPCのカルボキシル結合(C=O)を攻撃することによって、該TPCのエステル基を切断するためと推察される。
【0014】
本発明者は、この見地から、TPCを攻撃するようなラジカルを発生することがなく、しかも、等速ジョイントの摺接部の潤滑性を確保することが可能な成分でグリースを調製することにつきさらに鋭意検討を重ね、本発明をするに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、等速ジョイントを構成し、且つポリエステル系熱可塑性エラストマー樹脂からなる継手用ブーツに封入される等速ジョイント用グリース組成物であって、
基油を含む液体成分、ウレア系化合物増ちょう剤、固体モリブデンジチオカーバメート、及びアルカリ金属ホウ酸塩水和物を含有し、
当該等速ジョイント用グリース組成物の全量に対する前記アルカリ金属ホウ酸塩水和物の割合が0.1〜10質量%であり、
且つ前記液体成分に含まれる硫黄の含有量が、該液体成分の全量に対して0.6質量%以下であることを特徴とする。
【0016】
なお、本発明において、「固体モリブデンジチオカーバメート」とは、等速ジョイント用グリース組成物を液体成分と固体成分とに分離した際、固体成分に含まれるモリブデンジチオカーバメートを指称する。また、「ポリエステル系熱可塑性エラストマー」とは、分子中にポリエステルをハードセグメントとして含むとともに、前記ポリエステルに比してガラス転移温度が低いポリエーテル又はポリエステルをソフトセグメントとして含むマルチブロックコポリマーのことを指称する。
【0017】
このように、ブーツの材質がTPCからなる場合、グリースとして上記の成分を含有するものを使用することにより、該ブーツの耐熱性が長期間にわたって確保される。このため、ブーツが経年変化等によって劣化して割れ等が生じることが抑制されるので、該ブーツに封入されたグリースが漏洩することを回避することができる。従って、等速ジョイントの摺接部の潤滑性が確保されるので、該摺接部に焼き付きが生じることを回避することができる。
【0018】
しかも、本発明においては、油溶性硫黄化合物からなる硫黄系極圧剤を配合する必要が特にない。このため、油溶性硫黄系極圧剤を源として発生した硫黄ラジカルで継手用ブーツが攻撃されることを回避することができる。
【0019】
ここで、等速ジョイント用グリース組成物は、下記の式(1)を満足するものであることが好ましい。
【0020】
A−(S×B)/C≦0.05 …(1)
【0021】
ただし、式(1)中、Aは前記液体成分の硫黄含有割合、Sは前記基油の硫黄含有割合、Bは当該等速ジョイント用グリース組成物の全量に対する前記基油の含有割合、Cは当該等速ジョイント用グリース組成物の全量に対する前記液体成分の含有量を表す。また、A、S、B、Cの単位は、質量%である。
【0022】
硫黄の含有割合をこのように規定することにより、硫黄が含有されている鉱油や硫黄系極圧剤を使用する場合であっても、継手用ブーツが硫黄ラジカルで攻撃されて早期に劣化することを回避することができる。
【0023】
また、本発明は、一端部が第1伝達軸に連結されるとともに他端部に開口した筒状部を有し、且つ前記筒状部の内部に所定間隔で互いに離間するとともに前記一端部から前記他端部に指向して延在する複数の案内溝が設けられたアウタ部材と、
一端部に前記アウタ部材の前記筒状部における前記案内溝に摺接する摺接部を有し、且つ他端部が第2伝達軸に連結されるインナ部材と、
前記アウタ部材及び前記第2伝達軸を被覆して各端部が該アウタ部材及び該第2伝達軸に固定されるブーツと、
を備え、
前記ブーツがポリエステル系熱可塑性エラストマーからなり、
前記ブーツ内に封入された等速ジョイント用グリース組成物が、基油を含む液体成分、ウレア系化合物増ちょう剤、固体モリブデンジチオカーバメート、及びアルカリ金属ホウ酸塩水和物を含有し、
前記等速ジョイント用グリース組成物の全量に対する前記アルカリ金属ホウ酸塩水和物の割合が0.1〜10質量%であり、
前記液体成分に含まれる硫黄の含有量が、該液体成分の全量に対して0.6質量%以下であることを特徴とする。
【0024】
すなわち、この等速ジョイントは、継手用ブーツ内に上記した等速ジョイント用グリース組成物が封入される。このため、長期間にわたって劣化し難いものとなる。
【0025】
この場合、等速ジョイント用グリース組成物が上記の式(1)を満足するものであることが好ましい。すなわち、Aを前記液体成分の硫黄含有割合、Sを前記基油の硫黄含有割合、Bを当該等速ジョイント用グリース組成物の全量に対する前記基油の含有割合、Cを当該等速ジョイント用グリース組成物の全量に対する前記液体成分の含有量とするとき、
A−(S×B)/C≦0.05 …(1)
であることが好ましい。勿論、式(1)中、A、S、B、Cの単位は、質量%である。
【0026】
上記のように構成された等速ジョイントは、一般的には、自動車車体のデファレンシャルギア側に配置される摺動型等速ジョイント(例えば、トリポート型等速ジョイント)である。換言すれば、該等速ジョイントは、好ましくはインボード側等速ジョイントとして採用される。
【0027】
なお、本発明において、極圧剤は必須の成分ではないが、等速ジョイント用グリース組成物の潤滑能を向上させるべく、極圧剤を配合してもよい。この場合、液体成分に含まれる硫黄の含有量が該液体成分の全量に対して0.6質量%以下となるのであれば、硫黄系極圧剤を使用してもよい。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、継手用ブーツの材質をTPCとするとともに、TPCを劣化させる成分、すなわち、液体成分に含まれる硫黄の含有割合が所定値以下である等速ジョイント用グリース組成物を該継手用ブーツ内に封入するようにしている。このため、該継手用ブーツが劣化することが長期間にわたって抑制されるので、該継手用ブーツからグリースが漏洩することがない。これにより、等速ジョイントの摺接部の潤滑性が確保され、該摺接部に焼き付きが生じることを回避することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明に係る等速ジョイント用グリース組成物(以下、単にグリース組成物とも表記する)につきそれを封入した継手用ブーツを備える等速ジョイントとの関係で好適な実施の形態を挙げ、添付の図面を参照して詳細に説明する。
【0030】
先ず、本実施の形態に係る等速ジョイントとしてのトリポート型等速ジョイント(摺動型等速ジョイント)が組み込まれ、エンジンからの駆動力をタイヤに伝達する駆動力伝達機構を図1に示す。この駆動力伝達機構1においては、デファレンシャルギア2から順に、伝達軸であるハーフシャフト3、スプラインシャフト4a、4bが連結され、該スプラインシャフト4a、4bは、ホイールが外嵌されたハブ(ともに図示せず)に連結されている。
【0031】
ここで、ハーフシャフト3又はデファレンシャルギア2の回転軸5とスプラインシャフト4a、4bとはトリポート型等速ジョイント10a、10bを介して連結され、一方、スプラインシャフト4a、4bと前記ハブとはバーフィールド型等速ジョイント12a、12bを介して連結されている。従って、エンジンからの回転駆動力は、これらデファレンシャルギア2、トリポート型等速ジョイント10a、10b、ハーフシャフト3又は回転軸5、スプラインシャフト4a、4b、バーフィールド型等速ジョイント12a、12b、及びハブを介してタイヤ(図示せず)に伝達される。
【0032】
この中のトリポート型等速ジョイント10aの要部概略斜視図を図2に示すとともに、その一部切欠側面図を図3に示す。このトリポート型等速ジョイント10aは、アウタ部材20と、該アウタ部材20の内部に挿入されたインナ部材22(図3参照)と、蛇腹状の継手用ブーツ24とを有し、該継手用ブーツ24の内部には、グリース組成物26(図3参照)が封入されている。
【0033】
アウタ部材20は、長尺な軸部28と、該軸部28の先端部に設けられた筒状部30とを有する。また、筒状部30の内壁面には、図4及び図5に示すように、該アウタ部材20の軸線方向に沿って延在するとともに互いに120°離間した3本の案内溝32a〜32cが形成される。これら案内溝32a〜32cは、筒状部30の外周面に沿って延在する方向に設けられた天井部34と、該天井部34から略直交する方向に沿って互いに対向する摺動部としての転動面36とから構成される。
【0034】
一方、第2伝達軸としてのスプラインシャフト4aの先端部に連結されたインナ部材22は、前記筒状部30の中空内部に挿入されている(図3及び図4参照)。図5に示すように、このインナ部材22には、案内溝32a〜32cに指向して膨出するとともに、互いに120°離間した3本のトラニオン38a〜38cが一体的に形成されている。
【0035】
トラニオン38a〜38cの側壁部には、それぞれ、円筒状のホルダ40が外嵌されている。ホルダ40の内周面は直線状に形成され、一方、トラニオン38a〜38cの側壁部は湾曲している(図5参照)。このため、トラニオン38a〜38cは、図5における矢印A方向、すなわち、ホルダ40の軸線方向に沿って摺動自在であり、且つホルダ40に対して矢印B方向に所定角度で傾動自在となる。さらに、トラニオン38a〜38cは、矢印C方向に回動自在にもなる。
【0036】
ホルダ40の上端部は、トラニオン38a〜38cの平滑先端面に比して天井部34側に突出するとともに、天井部34との間に若干のクリアランスが生じるように位置決めされている。
【0037】
ホルダ40の外周部には、複数のニードルベアリング42を介してローラ44が外嵌されている。このローラ44の湾曲した側壁部が案内溝32a〜32cの転動面36に対して摺接することにより、該ローラ44が転動面36に沿って筒状部30内で図4における矢印X方向に摺動し、その結果、インナ部材22が筒状部30に対して相対的に変位する。
【0038】
以上のように構成されたアウタ部材20及びインナ部材22は、図2及び図3に示すように、継手用ブーツ24によって被覆されている。TPCからなるこの継手用ブーツ24は、上記したように長手方向に沿って凹部と凸部が交互に連続する蛇腹部45を有し、該蛇腹部45の一端部(以下、大径側端部46という)の開口径がアウタ部材20の直径に対応するとともに、他端部(以下、小径側端部48という)の開口径がスプラインシャフト4aの直径に対応する。
【0039】
大径側端部46の外周には、所定長だけ陥没した環状のバンド装着溝50a(図3参照)が形成され、該バンド装着溝50aに装着された固定用バンド52aは、外周面の一部が図示しない加締め治具によって加締められる。これにより、該固定用バンド52aがアウタ部材20の外周面を囲繞するように装着される。すなわち、固定用バンド52aによって大径側端部46がアウタ部材20に位置決め固定される。
【0040】
また、小径側端部48の外周には、前記バンド装着溝50aと同様に所定長だけ陥没した環状のバンド装着溝50bが形成されている。このバンド装着溝50bにも固定用バンド52bが装着され、該固定用バンド52bは、図示しない加締め治具によって外周面の一部を左右方向から挟み込むように加締められる。その結果、該固定用バンド52bが小径側端部48を囲繞するようにしてバンド装着溝50bに装着され、小径側端部48が位置決め固定される。なお、図2及び図3中、参照符号54a、54bは、前記固定用バンド52a、52bの外周面が加締められることに伴って半径外方向に所定長だけ突出形成された加締部を示す。
【0041】
以上の加締めによって、両固定用バンド52a、52bを加締める前に予め流入されたグリース組成物26が封入される。
【0042】
ここで、グリース組成物26としては、基油、ウレア系化合物(増ちょう剤)、固体モリブデンジチオカーバメート(固体硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン)、アルカリホウ酸塩水和物を含有するものが使用される。
【0043】
基油としては、鉱油系、合成油等、通常入手可能な各種の潤滑油を選定することが可能である。勿論、これらの中の2種以上の混合物であってもよい。鉱油の例としては、石油精製プラントにおいて行われる潤滑油製造プロセスで得られるもの、すなわち、原油を常圧蒸留又は減圧蒸留して得られた留分に対し、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、水素化精製、硫酸洗浄、白土処理等の処理を1つ以上行って精製したものが挙げられる。
【0044】
ここで、基油は、100℃における動粘度が2〜40mm2/秒であるものが好ましく、3〜20mm2/秒であるものがより好ましい。さらに、粘度指数が90以上であるものが好ましく、100以上であるものがより好ましい。
【0045】
このような特性を有する合成油としては、特に限定されるものではないが、ポリα−オレフィン又はこれらの水素化物、ジエステル、ポリオールエステル、アルキルナフタレン、アルキルベンゼン、ポリオキシアルキレングリコール、ポリフェニルエーテル、ジアルキルジフェニルエーテル、シリコーン油、これらの中の2種以上の混合物が例示される。
【0046】
上記した物質中、ポリα−オレフィン又はこれらの水素化物としては、ポリブテン、1−オクテンオリゴマー、1−デセンオリゴマー又はこれらの水素化物等が挙げられ、ジエステルとしては、ジトリデシルグルタレート、ジ(2−エチルヘキシル)アジペート、ジイソデシルアジペート、ジ(3−エチルヘキシル)セパケート等が挙げられる。また、ポリオールエステルとしては、トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールペラルゴネート等が挙げられる。
【0047】
各種の基油のうち、鉱油は、粘度が上記した数値範囲内であり、また、比較的安価でコスト的にも有利であり、しかも、増ちょう剤等の他の成分と相溶性が良好であることから、特に好適である。
【0048】
増ちょう剤として機能するウレア系化合物の好適な例としては、ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物、ポリウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ジウレタン化合物、これらの中の2種以上の混合物が挙げられる。特に、一般式が下記の化学式(2)として示されるジウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ジウレタン化合物、これらの中の2種以上の混合物が好ましい。
【0049】
【化1】

【0050】
化学式(2)中、R1は2価の有機基を表す。炭化水素基としては、直鎖状又は分枝上のアルキレン基、直鎖状又は分枝上のアルケニレン基、シクロアルキレン基、アリーレン基、アルキルアレーン基、アリールアルキレン基等が例示される。なお、R1の炭素数は6〜20であることが好ましく、6〜15であることがより好ましい。
【0051】
そのような有機基の具体例としては、エチレン基、2,2−ジメチル−4−メチルヘキシレン基、下記の構造式(3)〜(11)に示す有機基が例示される。
【0052】
【化2】

【0053】
【化3】

【0054】
【化4】

【0055】
【化5】

【0056】
【化6】

【0057】
【化7】

【0058】
【化8】

【0059】
【化9】

【0060】
【化10】

【0061】
この中、構造式(4)、(6)に示される有機基が特に好ましい。
【0062】
また、化学式(2)中のD、Eは、それぞれ、−NHR2、−NR34、−OR5のいずれかを表し、互いに同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0063】
ここで、R2、R3、R4、R5は1価の有機基、好ましくは炭素数が6〜20である有機基を表す。なお、R2、R3、R4、R5は、互いに同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0064】
このような有機基としては、直鎖状又は分枝上のアルキル基、直鎖状又は分枝上のアルケニル基、シクロアルキル基、アルキルシクロアルキル基、アリール基、アルキルアリール基、アリールアルキル基等が例示される。この中、アルキル基、シクロアルキル基、アルキルシクロアルキル基、アリール基、アルキルアリール基が特に好ましい。
【0065】
直鎖状又は分枝上のアルキル基の具体例としては、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基等が挙げられ、直鎖状又は分枝上のアルケニル基の具体例としては、ヘキセニル基、ヘプテニル基、オクテニル基、ノネニル基、デセニル基、ウンデセニル基、ドデセニル基、トリデセニル基、テトラデセニル基、ペンタデセニル基、ヘキサデセニル基、ヘプタデセニル基、オクタデセニル基、ノナデセニル基、エイコシセニ基等が挙げられる。
【0066】
また、シクロアルキル基の具体例としてはシクロヘキシル基等が挙げられ、アルキルシクロアルキル基の具体例としては、メチルシクロヘキシル基、ジメチルシクロヘキシル基、イソプロピルシクロヘキシル基、1−メチル−3−プロピルシクロヘキシル基、ブチルシクロヘキシル基、アミルシクロヘキシル基、アミルメチルシクロヘキシル基、ヘキシルシクロヘキシル基、ヘブチルシクロヘキシル基、オクチルシクロヘキシル基、ノニルシクロヘキシル基、デシルシクロヘキシル基、ウンデシルシクロヘキシル基、ドデシルシクロヘキシル基、トリデシルシクロヘキシル基、テトラデシルシクロヘキシル基等が挙げられる。
【0067】
さらに、アリール基の具体例としてはフェニル基、ナフチル基等が、アルキルアリール基の具体例としてはトルイル基、エチルフェニル基、キシリル基、プロピルフェニル基、クメニル基、メチルナフチル基、エチルナフチル基、ジメチルナフチル基、プロピルナフチル基等が、アリールアルキル基の具体例としてはベンジル基、メチルベンジル基、エチルベンジル基等が、それぞれ挙げられる。
【0068】
化学式(2)で示される物質は、例えば、OCN−R1−NCOで表される時イソシアネートと、R2NH2、R34NH又はR5OHで表される化合物又はこれらの中の2種以上の混合物とを、上記したような基油中で10〜200℃で反応させることによって得ることができる。原材料中のR1、R2、R3、R4又はR5が、上記と対応することはいうまでもない。
【0069】
ウレア系化合物の割合は、グリース組成物26を100質量%とした場合、2〜30質量%であることが好ましい。2質量%未満であると、増ちょう剤の添加量が少ないので、グリース組成物26の流動性が過度に大きくなる。また、30質量%を超えると、グリース組成物26の硬度が過度に大きくなり、十分な潤滑性能を得ることが容易でなくなる。より好ましいウレア系化合物の割合は、5〜20質量%である。
【0070】
固体モリブデンジチオカーバメートは、グリース組成物26に潤滑性能を付与する成分であり、その一般式は、下記の構造式(12)で示される。
【0071】
【化11】

【0072】
構造式(12)中、R24、R25、R26、R27は、それぞれ、炭素数1以上の炭化水素基を表し、互いに同一であってもよく、異なっていてもよい。また、XはO又はSである。
【0073】
24、R25、R26、R27の具体例としては、アルキル基、シクロアルキル基、アルキルシクロアルキル基、アリール基、アルキルアリール基、アリールアルキル基が挙げられる。
【0074】
アルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基、ヘンイコシル基、ドコシル基、トリコシル基、テトラコシル基等が挙げられ、シクロアルキル基としては、シクロペンチル基、エチルシクロペンチル基、シクロヘキシル基等が挙げられる。
【0075】
また、アルキルシクロアルキル基の具体例としては、メチルシクロペンチル基、エチルシクロペンチル基、ジメチルシクロペンチル基、プロピルシクロペンチル基、メチルエチルシクロペンチル基、トリメチルシクロペンチル基、ブチルシクロペンチル基、メチルプロピルシクロペンチル基、トリメチルシクロペンチル基、ブチルシクロペンチル基、メチルプロピルシクロペンチル基、ジエチルシクロペンチル基、ジメチルエチルシクロペンチル基、メチルシクロヘキシル基、エチルシクロヘキシル基、ジメチルシクロヘキシル基、プロピルシクロヘキシル基、メチルエチルシクロヘキシル基、トリメチルシクロヘキシル基、ブチルシクロヘキシル基、メチルプロピルシクロヘキシル基、メチルシクロヘプチル基、エチルシクロヘプチル基、ジメチルシクロヘプチル基、プロピルシクロヘプチル基、メチルエチルシクロヘプチル基、トリメチルシクロヘプチル基、ブチルシクロヘプチル基、メチルプロピルシクロヘプチル基、ジエチルシクロヘプチル基、ジメチルエチルシクロヘプチル基等が挙げられ、アリール基の具体例としてはフェニル基、ナフチル基が挙げられる。
【0076】
さらに、アルキルアリール基の具体例としては、トリル基、キシリル基、エチルフェニル基、プロピルフェニル基、メチルエチルフェニル基、トリメチルフェニル基、ブチルフェニル基、メチルプロピルフェニル基、ジエチルフェニル基、ジメチルエチルフェニル基、ペンチルフェニル基、ヘキシルフェニル基、ヘプチルフェニル基、オクチルフェニル基、ノニルフェニル基、デシルフェニル基、ウンデシルフェニル基、ドデシルフェニル基、トリデシルフェニル基、テトラデシルフェニル基、ペンタデシルフェニル基、ヘキサデシルフェニル基、ヘプタデシルフェニル基、オクタデシルフェニル基等が挙げられ、アリールアルキル基の具体例としては、ベンジル基、フェネチル基、フェニルプロピル基、フェニルブチル基等が挙げられる。
【0077】
以上の有機基において、分枝異性体や置換異性体が存在するものは、それらも
もR24、R25、R26、R27に含まれる。
【0078】
固体モリブデンジチオカーバメートの割合は、グリース組成物26を100質量%とした場合、0.1〜10質量%であることが好ましい。0.1質量%未満であると、耐摩耗性及び耐かじり性の向上が不十分となる傾向がある。また、10質量%を超えても、耐摩耗性及び耐かじり性の向上効果は略飽和するので、不経済である。固体モリブデンジチオカーバメートのより好ましい割合は、0.5〜5質量%である。
【0079】
アルカリ金属ホウ酸塩水和物は、アルカリ金属とホウ素との含水複合酸化物であり、アルカリ金属をMとすると、その一般式は、M2O・xB23・yH2O(ただし、x=0.5〜5.0、y=1.0〜5.0)で表される。アルカリ金属としては、リチウム、ナトリウム、カリウム等が挙げられ、この中、ナトリウム及びカリウムが好適である。
【0080】
この種のアルカリ金属ホウ酸塩水和物は、例えば、米国特許第3,313,727号、米国特許第3,929,650号、米国特許第4,089,790号に記載された方法で得ることができる。又は、中性カルシウムスルホネートを出発原料としたホウ酸ナトリウム又はホウ酸カリウム分散体であってもよい。なお、炭酸化反応の際、こはく酸イミドのような無灰分散剤を反応系で共存させることが好ましい。
【0081】
アルカリ金属ホウ酸塩水和物の好ましい平均粒度は1μm以下、より好ましい平均粒度は0.5μm以下である。
【0082】
アルカリ金属ホウ酸塩水和物の割合は、グリース組成物26の全量を100質量%としたとき、0.1〜10質量%であることが好ましい。0.1質量%未満であると、耐摩耗性及び耐かじり性の向上が不十分となる傾向がある。また、10質量%を超えても、耐摩耗性及び耐かじり性の向上効果は略飽和するので、不経済である。アルカリ金属ホウ酸塩水和物のより好ましい割合は、1.0〜5質量%である。
【0083】
以上において、液体成分と固体成分との割合は、特に限定されるものではないが、液体成分が75〜95質量%、固体成分が5〜25質量%であることが好ましい。
【0084】
ここで、グリース組成物26における液体成分及び固体成分は、以下の分離作業によって得られるものとして定義することができる。すなわち、5gのグリース組成物26をn−ヘキサン50gに添加して撹拌する。この混合物に対し、遠心分離機を用い、30000Gで10分間程遠心分離操作を行う。この操作によって分離した液体を別の容器に移液する一方、残分にn−ヘキサン50gを加えて上記と同一条件下で遠心分離操作を再度行う。これにより分離した液体を先に分離した液体と混合する一方、残分にn−ヘキサン50gを加えて上記と同一条件下で3回目の遠心分離操作を行う。この3回目の操作での残分を、固体成分とする。
【0085】
一方、液体成分は、前記の3回目の操作で分離した液体と、先の液体とを混合し、この液体からエバポレータ等でn−ヘキサンを除去して得られたものとして定義される。
【0086】
グリース組成物26には、極圧剤、酸化防止剤、油性剤、さび止め剤、粘度指数向上剤、固体潤滑剤等をさらに添加するようにしてもよい。
【0087】
極圧剤の好適な例としては、ホスフェート、ホスファイト類が挙げられる。ここで、ホスフェートとは下記の一般式(13)で表される化合物を指称し、ホスファイトとは下記の一般式(14)で表される化合物を指称する。
【0088】
【化12】

【0089】
【化13】

【0090】
式(13)、(14)中、R30は炭素数1〜24のアルキル基、シクロアルキル基、アルキルシクロアルキル基、アルケニル基、アリール基、アルキルアリール基又はアリールアルキル基等を表し、R31及びR32は水素原子又は炭素数1〜24のアルキル基、シクロアルキル基、アルキルシクロアルキル基、アルケニル基、アリール基、アルキルアリール基又はアリールアルキル基等を表す。
【0091】
30、R31及びR34の水素原子以外の具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ドデシル基、テトラデシル基、ヘキサデシル基、オクタデシル基、エイコシル基、ドコシル基、テトラコシル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、メチルシクロヘキシル基、エチルシクロヘキシル基、ジメチルシクロヘキシル基、シクロヘプチル基、フェニル基、トリル基、キシリル基、エチルフェニル基、プロピルフェニル基、ブチルフェニル基、ペンチルフェニル基、ヘキシルフェニル基、ノニルフェニル基、デシルフェニル基、ドデシルフェニル基、テトラデシルフェニル基、ヘキサデシルフェニル基、オクタデシルフェニル基、ベンジル基又はフェネチル基等を挙げることができる。
【0092】
リン系極圧添加剤の具体例としては、トリブチルホスフェート、ベンジルジフェニルホスフェート、エチルジフェニルホスフェート、オクチルジフェニルホスフェート、トリフェニルホスフェート、トリクレジルホスフェート、トリトリルホスフェート、2−エチルヘキシルジフェニルホスフェート、トリブチルホスファイト、ジラウリルホスファイト等が挙げられる。
【0093】
なお、液体成分に含まれる硫黄の含有量が該液体成分の全量に対して0.6質量%以下であれば、ポリサルファイド、硫化オレフィン、硫化エステル、硫化鉱油、チアゾール化合物、チアジアゾール化合物、ジチオカルバミン酸亜鉛化合物、油溶性ジチオカルバミン酸モリブデン化合物等の硫黄系添加剤や、チオリン酸エステル、ジチオリン酸モリブデン化合物、ジチオリン酸亜鉛化合物等の硫黄−リン系極圧剤を使用してもよい。
【0094】
酸化防止剤としては、フェノール系化合物やアミン系化合物が例示される。フェノール系化合物の具体例としては、2,6−ジ−t−ブチルフェノール、2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾールが挙げられ、アミン系化合物の具体例としては、ジアルキルジフェニルアミン、フェニル−α−ナフチルアミン、p−アルキルフェニル−α−ナフチルアミンが挙げられる。
【0095】
油性剤としては、アミン類、高級アルコール類、高級脂肪酸類、脂肪酸エステル類、アミド類が例示される。アミン類の具体例としては、ラウリルアミン、ミリスチルアミン、パルミチルアミン、ステアリルアミン、オレイルアミン等が挙げられ、高級アルコール類の具体例としては、ラウリルアルコール、ミリスチルアルコール、パルミチルアルコール、ステアリルアルコール、オレイルアルコール等が挙げられ、高級脂肪酸類の具体例としては、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸等が挙げられ、脂肪酸エステル類の具体例としては、ラウリン酸メチル、ミリスチン酸メチル、パルミチン酸メチル、ステアリン酸メチル、オレイン酸メチル等が挙げられ、アミド類の具体例としては、ラウリルアミド、ミリスチルアミド、パルミチルアミド、ステアリルアミド、オレイルアミド等が挙げられる。又は、油脂類であってもよい。
【0096】
さび止め剤としては、金属石鹸類、ソルビタン脂肪酸エステル等の多価アルコール部分エステル類、アミン類、リン酸、リン酸塩等が例示される。
【0097】
粘度指数向上剤としては、ポリメタクリレート、ポリイソブチレン、ポリスチレン等が例示される。
【0098】
固体潤滑剤としては、窒化ホウ素、フッ化黒鉛、ポリテトラフルオロエチレン、二硫化モリブデン、硫化アンチモン等が例示される。
【0099】
以上の成分を含有するグリース組成物26においては、液体成分に含まれる硫黄の含有割合が、該液体成分の全量に対して0.6質量%以下に設定される。液体成分に含まれる硫黄の割合が該液体成分の0.6質量%を超えると、グリース組成物26の摩擦抵抗が大きくなるとともに、継手用ブーツ24の耐久期間が短くなる。液体成分に含まれる硫黄の含有割合は、該液体成分の0.55質量%以下であることがより好ましい。
【0100】
また、上記したように、下記の式(1)を満足することがさらに好ましい。
【0101】
A−(S×B)/C≦0.05 …(1)
【0102】
ここで、Aは前記液体成分の硫黄含有割合、Sは前記基油の硫黄含有割合、Bは当該等速ジョイント用グリース組成物の全量に対する前記基油の含有割合、Cは当該等速ジョイント用グリース組成物の全量に対する前記液体成分の含有量を表し、A、S、B、Cの単位は質量%である。
【0103】
式(1)の左辺は、液体成分中の硫黄含有化合物から基油(鉱油等)由来の硫黄化合物を除いたもの、換言すれば、油溶性硫黄含有添加剤の配合割合を表す。この式(1)から諒解されるように、この種の油溶性硫黄含有化合物の量は0.05以下であることが好ましい。これにより硫黄の全量が少なくなるばかりでなく、油溶性硫黄含有添加剤の量が少なくなるので、継手用ブーツが短期間で劣化することを回避することができる。
【0104】
残余のトリポート型等速ジョイント10bの構造は、トリポート型等速ジョイント10aと同一であり、その詳細な説明を省略する。
【0105】
本実施の形態に係るトリポート型等速ジョイント10a、10bは、基本的には以上のように構成されるものであり、次にその作用効果につき説明する。
【0106】
自動車のエンジンが運転されるのに伴い、回転力は、デファレンシャルギア2からハーフシャフト3又は回転軸5及びトリポート型等速ジョイント10a、10bの各アウタ部材20、20を介してインナ部材22に伝達され、これによりスプラインシャフト4a、4bが所定方向に回転する。
【0107】
より具体的には、アウタ部材20の回転力は、案内溝32a〜32cに接触するローラ44及びニードルベアリング42を介して伝達され、さらに、ホルダ40の内周面に接触する湾曲した側壁面を介してトラニオン38a〜38cに伝達され、これによりトラニオン38a〜38cに係合されたスプラインシャフト4a、4bが回転する。この回転力は、さらにバーフィールド型等速ジョイント12a、12bを介してハブに伝達され、最終的にタイヤが回転して自動車が走行するに至る。
【0108】
トリポート型等速ジョイント10a、10bの各アウタ部材20、20に対してスプラインシャフト4a、4bが所定角度傾斜すると、トラニオン38a〜38cは、その側壁面がホルダ40の内周面に対して接触した状態を保持しながら、矢印C方向に摺動変位する。
【0109】
さらに、トラニオン38a〜38cは、案内溝32a〜32cに沿って摺動するローラ44を介して、案内溝32a〜32cの長手方向(図3及び図4における矢印X方向)に沿って変位する。
【0110】
以上から諒解されるように、本実施の形態においては、デファレンシャルギア2に近接する側、すなわち、インボード側に配置される等速ジョイントとして、
摺動型等速ジョイントであるトリポート型等速ジョイント10a、10bが採用されている(図1参照)。
【0111】
上記のように動作するトリポート型等速ジョイント10a、10bの継手用ブーツ24は、摺動の際に該トリポート型等速ジョイント10a、10bに摩擦熱が発生することや、デファレンシャルギア2に近接するために該デファレンシャルギア2の放熱を受け易いことから、高温に曝される。
【0112】
しかしながら、この場合、該継手用ブーツ24が耐熱性に優れるTPCから構成されている。しかも、グリース組成物26における液体成分に含まれる硫黄化合物(油溶性硫黄化合物)の量が微量であるので、グリース組成物26中に発生する硫黄ラジカルの量も微量である。従って、TPCが硫黄ラジカルから攻撃される頻度が極めて少なくなるため、TPCが劣化することが著しく抑制される。
【0113】
すなわち、本実施の形態によれば、TPCからなる継手用ブーツ24に封入されるグリース組成物26における液体成分中の油溶性硫黄化合物の量を微量に制御することによって、継手用ブーツ24の耐熱性を長期間にわたって確保することができる。
【0114】
また、継手用ブーツ24が劣化することが長期間にわたって回避されるので、該継手用ブーツ24の寿命が著しく長期化する。換言すれば、継手用ブーツ24に経年変化に起因する割れ等が生じることはほとんどない。このため、該継手用ブーツ24に封入されたグリース組成物26が漏洩することを回避することができ、結局、トリポート型等速ジョイント10a、10bの摺動部であるトラニオン20a〜20c、ローラ44及び転動面36の潤滑性を長期間にわたって容易に確保することができる。従って、これらトラニオン38a〜38c、ローラ44及び転動面36に焼き付きが生じることを回避することができる。
【0115】
なお、上記した実施の形態においては、トリポート型等速ジョイント10a、10bをインボード側等速ジョイントに採用した例を挙げて説明したが、TPC製の継手用ブーツ24が装着され、且つ該継手用ブーツ24内に上記の成分を含有するグリース組成物26が封入された等速ジョイントをアウトボード側等速ジョイントに採用するようにしてもよい。この場合、ハブが第1伝達軸となり、スプラインシャフト4a、4bが第2伝達軸となる。
【実施例】
【0116】
各成分及びその割合が図6に示すように設定されたグリース組成物26を調製し、継手用ブーツ24内に封入した。各々を実施例1〜4とする。また、比較のため、各成分及びその割合が図7に示すように設定されたグリース組成物を調製し、継手用ブーツ24内に封入した。各々を比較例1〜6とする。
【0117】
なお、実施例1〜4及び比較例1〜6においては、図6又は図7に記載の基油に対し、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネートを加熱溶解し、これに各種アミン及びアルコールを基油に予め加熱溶解したものを添加した。次いで、得られたゲル状物質に各種の添加剤を配合し、撹拌した後にロールミルを通過させたものをグリース組成物とした。
【0118】
また、比較例6では、増ちょう剤として、12−ヒドロキシステアリン酸リチウムを使用した。次いで、得られたゲル状物質に各種の添加剤を配合し、撹拌した後にロールミルを通過させたものをグリース組成物とした。
【0119】
以上のグリース組成物の摩擦係数を、SRV摩擦摩耗試験機を使用して測定した。測定条件は、荷重100N、振幅2mm、周波数30Hz、温度100℃で10分間とした。
【0120】
そして、回転数2000rpm、トルク300N・m、ジョイント角度6°の条件下でトリポート型等速ジョイント10aを回転させて台上試験を行った後、該トリポート型等速ジョイント10a内部の摺動部分の状態を目視で観察した。摺動部分に焼き付きやかじりが認められなかったものを合格、認められたものを不合格とした。
【0121】
さらに、実施例1〜4及び比較例1〜6のグリース組成物を封入したトリポート型等速ジョイント10aに対して高温耐久試験を行い、継手用ブーツ24の劣化の度合いを調べた。すなわち、トリポート型等速ジョイント10aを、130℃、回転数600rpmで500時間回転させ、継手用ブーツ24の物性の低下が20%以内であれば○、20〜50%であれば△、50%を超える場合は×とした。結果を台上試験と併せて図6、図7に示す。
【0122】
図6及び図7の対比から、液体成分中に含まれる油溶性硫黄化合物の含有割合を制御することによって継手用ブーツ24の耐久性を向上させることができ、且つ耐焼き付き性や耐かじり性を向上させることができることが明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0123】
【図1】本実施の形態に係る等速ジョイントが組み込まれて構成された駆動力伝達機構の概略構成図である。
【図2】本実施の形態に係る等速ジョイントの要部概略斜視図である。
【図3】図2の等速ジョイントの一部切欠側面図である。
【図4】ブーツが取り外された図2の等速ジョイントの要部概略断面図である。
【図5】図2の等速ジョイントの要部拡大正面図である。
【図6】成分の割合等が異なる各種グリース組成物の摩擦係数、台上試験結果、継手用ブーツの耐久性を示す図表である。
【図7】成分の割合等が異なる各種グリース組成物の摩擦係数、台上試験結果、継手用ブーツの耐久性を示す図表である。
【符号の説明】
【0124】
1…駆動力伝達機構 2…デファレンシャルギア
3…ハーフシャフト 4a、4b…スプラインシャフト
5…回転軸 10a、10b…トリポート型等速ジョイント
20…アウタ部材 22…インナ部材
24…継手用ブーツ 26…グリース組成物
28…軸部 30…筒状部
32a〜32c…案内溝 36…転動面
38a〜38c…トラニオン 44…ローラ
52a、52b…固定用バンド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
等速ジョイントを構成し、且つポリエステル系熱可塑性エラストマー樹脂からなる継手用ブーツに封入される等速ジョイント用グリース組成物であって、
基油を含む液体成分、ウレア系化合物増ちょう剤、固体モリブデンジチオカーバメート、及びアルカリ金属ホウ酸塩水和物を含有し、
当該等速ジョイント用グリース組成物の全量に対する前記アルカリ金属ホウ酸塩水和物の割合が0.1〜10質量%であり、
且つ前記液体成分に含まれる硫黄の含有量が、該液体成分の全量に対して0.6質量%以下であることを特徴とする等速ジョイント用グリース組成物。
【請求項2】
請求項1記載の組成物において、さらに、下記の式(1)を満足することを特徴とする等速ジョイント用グリース組成物。
A−(S×B)/C≦0.05 …(1)
式(1)中、Aは前記液体成分の硫黄含有割合、Sは前記基油の硫黄含有割合、Bは当該等速ジョイント用グリース組成物の全量に対する前記基油の含有割合、Cは当該等速ジョイント用グリース組成物の全量に対する前記液体成分の含有量を表し、A、S、B、Cの単位は質量%である。
【請求項3】
一端部が第1伝達軸に連結されるとともに他端部に開口した筒状部を有し、且つ前記筒状部の内部に所定間隔で互いに離間するとともに前記一端部から前記他端部に指向して延在する複数の案内溝が設けられたアウタ部材と、
一端部に前記アウタ部材の前記筒状部における前記案内溝に摺接する摺接部を有し、且つ他端部が第2伝達軸に連結されるインナ部材と、
前記アウタ部材及び前記第2伝達軸を被覆して各端部が該アウタ部材及び該第2伝達軸に固定されるブーツと、
を備え、
前記ブーツがポリエステル系熱可塑性エラストマーからなり、
前記ブーツ内に封入された等速ジョイント用グリース組成物が、基油を含む液体成分、ウレア系化合物増ちょう剤、固体モリブデンジチオカーバメート、及びアルカリ金属ホウ酸塩水和物を含有し、
前記等速ジョイント用グリース組成物の全量に対する前記アルカリ金属ホウ酸塩水和物の割合が0.1〜10質量%であり、
前記液体成分に含まれる硫黄の含有量が、該液体成分の全量に対して0.6質量%以下であることを特徴とする等速ジョイント。
【請求項4】
請求項3記載の等速ジョイントにおいて、前記等速ジョイント用グリース組成物が下記の式(1)を満足するものであることを特徴とする等速ジョイント。
A−(S×B)/C≦0.05 …(1)
式(1)中、Aは前記液体成分の硫黄含有割合、Sは前記基油の硫黄含有割合、Bは当該等速ジョイント用グリース組成物の全量に対する前記基油の含有割合、Cは当該等速ジョイント用グリース組成物の全量に対する前記液体成分の含有量を表し、A、S、B、Cの単位は質量%である。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−152037(P2006−152037A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−341279(P2004−341279)
【出願日】平成16年11月25日(2004.11.25)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【出願人】(000004444)新日本石油株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】