説明

精神疾患判定装置、方法、及びプログラム

【課題】脳活動と相関がある生理指標を検出する際の被験者へのストレス及び接触不良等のノイズを防止して、精神疾患を定量的に判定する。
【解決手段】被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときに、赤外線カメラ12で撮影された赤外画像から、被験者の頭頂部の温度(赤外強度)を検出し、頭頂部の温度の変動振幅を算出する。算出した変動振幅と、判定対象の精神疾患の患者に同様の刺激を与えたときに検出された頭部の温度から算出された変動振幅と、健常者に同様の刺激を与えたときに検出された頭部の温度から算出された変動振幅とに基づいて、患者と健常者とを分離可能な値として予め記憶された閾値とを比較して、被験者が判定対象の精神疾患か否かを判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精神疾患判定装置、方法、及びプログラムに係り、特に、被験者の生理指標に基づいて精神疾患を判定する精神疾患判定装置、方法、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自閉症やアスペルガー症候群などの精神疾患の診断は、主にDSM−IV、ICD−10に準拠した問診により行われている。
【0003】
また、非接触型のセンサにより検出した人体の生理指標を用いて、人体の活動量を算出することが行われている。例えば、焦電型赤外線センサにより人体の動きを検知すると共に、センサの電圧値から人体の動きの度合いを産熱量で検出し、人体の動きの回数と動きの度合いとに基づいて、人体の活動量を算出する人体活動量算出装置が提案されている(例えば、特許文献1及び特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平1−182723号公報
【特許文献2】特開平6−137639号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の問診による診断方法では、定量性が保証されないため、客観的な診断方法として普及することが困難である、という問題がある。
【0006】
また、精神疾患を判定するための生理指標を人体から検出する場合には、検出によるストレスが被験者にかかってしまうと、適切な判定が行えない、という問題がある。また、検出センサの接触不良等のノイズが生じないようにする必要がある、という問題がある。
【0007】
また、特許文献1及び2の技術では、産熱量や人体の動きを用いて人体活動量を算出しているが、それらの指標を用いて精神疾患を判定することは記載されていない。
【0008】
本発明は上記問題点を解決するためになされたもので、脳活動と相関がある生理指標を検出する際の被験者へのストレス及び接触不良等のノイズを防止して、精神疾患を定量的に判定することができる精神疾患判定装置、方法、及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、第1の発明の精神疾患判定装置は、脳活動と相関がある生理指標として、非接触で検出された被験者の所定部位の温度に基づいて、前記被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときの前記被験者の所定部位の温度の変動量を算出する算出手段と、前記算出手段により算出された前記変動量と、判定対象の精神疾患の患者に前記複数の異なる刺激を与えたときの前記患者の前記変動量と健常者に前記複数の異なる刺激を与えたときの前記健常者の前記変動量とに基づいて予め求められた閾値とを比較して、前記被験者が前記判定対象の精神疾患か否かを判定する判定手段と、を含んで構成されている。所定部位とは、額、頬、鼻等の顔の各部位や、首、鎖骨等の部位である。
【0010】
第1の発明の精神疾患判定装置によれば、算出手段が、脳活動と相関がある生理指標として、非接触で検出された被験者の所定部位の温度に基づいて、被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときの被験者の所定部位の温度の変動量を算出し、判定手段が、算出手段により算出された変動量と、判定対象の精神疾患の患者に複数の異なる刺激を与えたときの患者の変動量と健常者に複数の異なる刺激を与えたときの健常者の変動量とに基づいて予め求められた閾値とを比較して、被験者が判定対象の精神疾患か否かを判定する。
【0011】
このように、脳活動と相関がある生理指標として被験者の所定部位の温度を非接触で検出し、所定部位の温度の変動量と予め定めた閾値とを比較するため、生理指標を検出する際の被験者へのストレス及び接触不良等のノイズを防止して、精神疾患を定量的に判定することができる。
また、第1の発明の精神疾患判定装置は、前記被験者の所定部位の温度を検出する検出手段をさらに含んで構成することができる。検出手段としては、赤外線カメラ等を用いることができる。
【0012】
また、第2の発明の精神疾患判定装置は、非接触で検出された脳活動と相関がある複数の生理指標の各々に基づいて、前記被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときの前記複数の生理指標の各々の相関分布を算出する算出手段と、前記算出手段により算出された前記相関分布と、判定対象の精神疾患の患者に前記複数の異なる刺激を与えたときの予め求められた前記患者の前記相関分布及び健常者に前記複数の異なる刺激を与えたときの予め求められた前記健常者の前記相関分布とに基づいて、前記被験者が前記判定対象の精神疾患か否かを判定する判定手段と、を含んで構成されている。
【0013】
第2の発明の精神疾患判定装置によれば、算出手段が、非接触で検出された脳活動と相関がある複数の生理指標の各々に基づいて、被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときの複数の生理指標の各々の相関分布を算出し、判定手段が、算出手段により算出された相関分布と、判定対象の精神疾患の患者に複数の異なる刺激を与えたときの予め求められた患者の相関分布及び健常者に複数の異なる刺激を与えたときの予め求められた健常者の相関分布とに基づいて、被験者が判定対象の精神疾患か否かを判定する。
【0014】
このように、脳活動と相関がある複数の生理指標を非接触で検出し、複数の生理指標の相関分布と予め定めた相関分布とを比較するため、生理指標を検出する際の被験者へのストレス及び接触不良等のノイズを防止して、精神疾患を定量的に判定することができる。
【0015】
また、第2の発明において、前記複数の生理指標は、前記被験者の所定部位の温度、変位、視線の向き、顔の向き、表情の変化、発話情報、及び身体運動に関する値の絶対値、社会性刺激を与えたときの相対地、及び変動率のいずれかを含むことができる。
【0016】
また、第2の発明において、前記算出手段は、前記複数の生理指標として、被験者の所定部位の温度及び変位に関する値を用いて、前記被験者の所定部位の温度及び変位に関する値を二次元平面に投影した相関分布を算出することができる。
【0017】
また、第2の発明の精神疾患判定装置は、赤外線カメラにより被験者を撮影した撮影画像に基づいて、前記被験者の所定部位の温度を検出すると共に、前記所定部位を追跡することにより前記被験者の変位を検出する検出手段をさらに含んで構成することができる。これにより、2つの生理指標を1つの検出手段により検出することができる。
【0018】
また、第3の発明の精神疾患判定方法は、被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときに、脳活動と相関がある生理指標として、前記被験者の所定部位の温度を非接触で検出し、検出された前記被験者の所定部位の温度の変動量を算出し、算出された前記変動量と、判定対象の精神疾患の患者に前記複数の異なる刺激を与えたときの前記患者の前記変動量と健常者に前記複数の異なる刺激を与えたときの前記健常者の前記変動量とに基づいて予め求められた閾値とを比較して、前記被験者が前記判定対象の精神疾患か否かを判定する方法である。
【0019】
また、第4の発明の精神疾患判定方法は、被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときに、脳活動と相関がある複数の生理指標の各々を非接触で検出し、検出された前記複数の生理指標の各々の相関分布を算出し、算出された前記相関分布と、判定対象の精神疾患の患者に前記複数の異なる刺激を与えたときの予め求められた前記患者の前記相関分布及び健常者に前記複数の異なる刺激を与えたときの予め求められた前記健常者の前記相関分布とに基づいて、前記被験者が前記判定対象の精神疾患か否かを判定する方法である。
【0020】
また、第5の発明の精神疾患判定プログラムは、コンピュータを、脳活動と相関がある生理指標として、非接触で検出された被験者の所定部位の温度に基づいて、前記被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときの前記被験者の所定部位の温度の変動量を算出する算出手段、及び前記算出手段により算出された前記変動量と、判定対象の精神疾患の患者に前記複数の異なる刺激を与えたときの前記患者の前記変動量と健常者に前記複数の異なる刺激を与えたときの前記健常者の前記変動量とに基づいて予め求められた閾値とを比較して、前記被験者が前記判定対象の精神疾患か否かを判定する判定手段として機能させるためのプログラムである。
【0021】
また、第6の発明の精神疾患判定プログラムは、コンピュータを、非接触で検出された脳活動と相関がある複数の生理指標の各々に基づいて、前記被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときの前記複数の生理指標の各々の相関分布を算出する算出手段、及び前記算出手段により算出された前記相関分布と、判定対象の精神疾患の患者に前記複数の異なる刺激を与えたときの予め求められた前記患者の前記相関分布及び健常者に前記複数の異なる刺激を与えたときの予め求められた前記健常者の前記相関分布とに基づいて、前記被験者が前記判定対象の精神疾患か否かを判定する判定手段として機能させるためのプログラムである。
【0022】
なお、本発明のプログラムは、記憶媒体に記憶して提供することができる。
【発明の効果】
【0023】
以上説明したように、本発明の精神疾患判定装置、方法、及びプログラムによれば、脳活動と相関がある生理指標として被験者の所定部位の温度を非接触で検出し、所定部位の温度の変動量と予め定めた閾値とを比較するか、または脳活動と相関がある複数の生理指標を非接触で検出し、複数の生理指標の相関分布と予め定めた相関分布とを比較するため、生理指標を検出する際の被験者へのストレス及び接触不良等のノイズを防止して、精神疾患を定量的に判定することができる、という効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】診察室及び実験環境の概略を示す図である。
【図2】被験者に与える連続刺激場面を示す図である。
【図3】健常者と患者の頭部の赤外強度の変動振幅の比較を示すグラフである。
【図4】生理指標の主成分分析の解析平面を示すグラフである。
【図5】健常者と患者の分散楕円分布の比較を概略的に示す図である。
【図6】解析空間の意味づけを行うために分散楕円近似を行った一例を示すグラフである。
【図7】本実施の形態の精神疾患判定装置の構成を示すブロック図である。
【図8】第1の実施の形態の精神疾患判定装置における精神疾患判定処理ルーチンの内容を示すフローチャートとである。
【図9】第2の実施の形態の精神疾患判定装置における精神疾患判定処理ルーチンの内容を示すフローチャートとである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照して、本発明の精神疾患判定装置の実施の形態を詳細に説明する。
【0026】
まず、各実施の形態の説明に先立って、本発明の原理について説明するために、以下の実験について説明する。
【0027】
従来の手法により、アスペルガー症候群及び高次機能自閉症と診断された患者、及び同症状が無い健常者を各々複数名ずつ被験者として、図1に示すような診察室において、情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときの各種生理指標を検出した。
【0028】
診察室は、縦3m×横3m×高さ3mの部屋で、中央には机及びいすが配置され、机上にはテレビゲーム機及び電話機を設置した。
【0029】
情動変化を誘起する複数の異なる刺激としては、図2に示すように、開始から別段の刺激を与えず被験者を一人にし、次に、母親からの電話受話を経た後に、未知の女性看護師と対面(場面1)、未知の男性医師と対面(場面2)、既知の医師(主治医)との対面(場面3)という各場面を、連続刺激場面として与えた。また、各場面において、刺激者から被験者に社会性、非社会性に関わる想起を促す質問を行った。全連続場面の実験時間は20〜30分とし、その間、被験者に対して自由行動を抑制しない設定とした。
【0030】
生理指標の計測は、非接触式計測として、赤外線カメラ(TP−L及びCPA−L、チノー社製)3台を図1に示す位置に配置して被験者を撮影し、撮影された赤外画像から1秒に1回、赤外強度IR(主に体温、発汗など生理状態に依存する生理指標)を計測した。また、可視光カメラ(汎用webカメラ)3台を図1に示す位置に配置して被験者を撮影し、撮影された可視光画像から1秒に1回、被験者の頭部中心の位置(x,y)、社会性視線(刺激者に対する視線角度θstm及び電話機に対する視線角度θphone)、非社会性視線(テレビゲーム機に対する視線角度θTV)、及び顔の向きφを計測した。
【0031】
また、接触式計測として、DAQカード式のコンパクト携帯型脳波計(インタークロス410)を国際標準脳波電極配置10−20法に従い、Fp1、Fp2、T3、T4、Cz、Oの計6極を頭皮上に設置して、500Hzデジタル信号として取得して脳波を取得した。50Hzローパスフィルター処理後、4.096秒毎に高速フーリエ変換(FFT)し、そのパワースペクトルを周波数成分(δ波:1−4、θ波:4−8、α波:8−13、β波:13−40[Hz])毎に解析処理した。
赤外線カメラ(非接触)により計測された被験者の頭部の赤外強度(頭部の温度)の変動量を、全試験を通じて標準偏差値として評価したところ、図3に示すように、健常者の頭部の温度の変動量に対して患者の頭部の温度の変動量の方が有意に大きいことが判明した。この変動量には性別や年齢との相関性は特に見られなかった。
【0032】
次に、接触及び非接触により検出された生理指標の各々を、体表温度については10秒毎の平均値を算出するなどして数十種のパラメータとして導出した後、体表温度の10秒間隔の間の値を線形補完により計算して、脳波の処理の時間幅(4秒)と整合させて、多次元の解析空間内にて再構成させ、主成分分析で計算処理後、相関性を可視化した。各パラメータの因子負荷量の正ベクトル(長さ1の単位ベクトル)を手がかりに相対長さが0.5以上の因子負荷量ベクトルについて、原点、すなわちデータの平均値から放射上に配列し、因子間の相同性及び相違性を比較した。特に、脳波パワースペクトル系、赤外強度系、並びに運動及び視線系の各々最も多く表現する主成分軸に着目し、被験者を超えた同様な解析平面の再構成を実施し比較した。患者(アスペルガー症候群)の1人について、横軸に脳波、縦軸に頭部の移動速度Vを取った解析平面の例を図4(A)に、横軸に脳波、縦軸に赤外強度IRを取った解析平面の例を同図(C)に示す。
【0033】
最も多くのパラメータがクラスター化する第一主成分を横軸に設定した結果、脳波パワースペクトル系の因子が正逆の相関性を示しながら軸周囲に集積する様が見られ、同様の軸が全員に表現された。また、赤外強度系や運動及び視線系の因子負荷量ベクトルが、2つ目に選んだ主成分軸と第一主成分軸との座標中で、一定の相対角度構成を示した。
【0034】
さらに、図4(B)及び(D)に示すように、本解析平面上に主成分得点をプロットし、図2に示した連続刺激場面1−3毎の分散を、分散共分散行列による楕円近似にて代表的に描出することで、各場面で経時的に変容したと考えられる行動特徴の動態を可視化した。分散楕円の場面間推移は、被験者全員で脳波系因子負荷量ベクトルがクラスター化する方向により大きく変動する傾向が見られた。また、図5に示すように、患者の分散楕円と健常者の分散楕円とでは、傾向が異なることが判明した。
【0035】
本座標解析空間を、さらに、情動翻訳として意味づけるために、被験者の応答内容に依存した群の分散楕円の動態評価を行った。図6に、刺激対面者が行った質問内容と被験者の応答とによって意味づけられた、自己及び他者に関する想起場面での応答行動特徴を分散近似で示す。図4と同じ解析平面であることから、本解析平面では主に脳波のδ波成分が正に相関する方向にて自己、逆に脳波のαおよびβ波成分が正に相関する方向で他者に関する想起に伴う精神活性が働いた可能性を示唆している。自他社会性に依存した方向性が脳波で特徴つけられる方向に平行して表現される傾向が全被験者に共通に示された。
【0036】
これらの解析結果から、以下の2点を本発明の原理として見出した。
(1)非接触で検出することが可能な被験者の所定部位の温度(赤外強度)は、脳活動に関連した生理指標であり、この所定部位の温度の変動量を用いて、患者と健常者との相違を定量的に判定することができる。
(2)複数の生理指標をパラメータとして主成分分析した解析平面にプロットした主成分得点の分布(例えば、分散楕円に近似)に基づいて、患者と健常者との相違を定量的に判定することができる。
【0037】
上記本発明の原理を利用した各実施の形態について、以下に説明する。
【0038】
図7に示すように、第1の実施の形態の精神疾患判定装置10は、被験者の所定部位として被験者の頭部の温度を検出する赤外線カメラ12と、キーボードやマウス等で構成された、各種情報を入力操作するための操作部14と、精神疾患の判定処理を実行するコンピュータ16と、コンピュータ16での判定結果を表示するための表示部18と、を備えている。
【0039】
コンピュータ16は、精神疾患判定装置10全体の制御を司るCPU20、後述する精神疾患判定処理等の各種プログラムを記憶した記憶媒体としてのROM22、ワークエリアとしてデータを一時的に格納するRAM24、各種情報が記憶された記憶手段としてのメモリ26、入出力ポート(I/Oポート)28、ネットワークインターフェース(ネットワークI/F)30、及びこれらを接続するバスを含んで構成されている。I/Oポート28には、赤外線カメラ12、操作部14、及び表示部18が接続されている。なお、記憶手段としてのHDDを含んで構成してもよい。
【0040】
赤外線カメラ12は、画素毎に対応した赤外線検出素子で構成されたセンサ部で、撮影対象から放射されている赤外線放射エネルギーを検出し、検出した赤外線放射エネルギーを画素値に変換した赤外画像を生成して、コンピュータ16に出力する。
【0041】
次に、図8を参照して、第1の実施の形態の精神疾患判定装置10における精神疾患判定処理ルーチンについて説明する。本ルーチンは、図1に示したように、赤外線カメラ12を被験者の頭部を撮影可能な位置に配置した診察室に被験者をおいた状態からスタートする。
【0042】
ステップ100で、赤外線カメラ12で撮影された赤外画像を取得し、パターンマッチングなどの処理により被験者の頭頂部を検出し、検出した頭頂部に対応する画素の画素値に基づいて、被験者の頭頂部の温度(赤外強度)を検出する処理を開始する。赤外画像の取得は1秒に1回行う。すなわち、1秒毎の被験者の頭頂部の温度が検出される。この頭頂部の温度の検出を継続したまま、次に、ステップ102へ移行して、図2で示した連続刺激場面を被験者に与える。連続刺激場面が与えられる期間は、20〜30分である。
【0043】
次に、ステップ104で、上記ステップ102の連続刺激場面が与えられている間に検出された頭頂部の温度を、10秒毎に平均し、全期間分の平均値の標準偏差を頭頂部の温度の変動振幅として算出する。
【0044】
次に、ステップ106で、上記ステップ104で算出した頭頂部の温度の振幅変動と予め定めた閾値とを比較して、被験者が対象となる精神疾患を発症しているか否かを判定する。閾値は、判定対象の精神疾患の患者に上記ステップ102と同様の連続刺激場面を与えたときに上記ステップ104と同様に算出された変動振幅と、健常者に上記ステップ102と同様の連続刺激場面を与えたときに上記ステップ104と同様に算出された変動振幅とに基づいて、患者と健常者とを分離可能な値を予め定めておく。なお、閾値は、ROM22等の所定の記憶領域に記憶しておく。また、ネットワークI/F30を介して接続された外部装置に閾値を記憶してもよい。この場合、例えば、複数の病院等の施設に設置された精神疾患判定装置10をネットワークを介して接続し、各病院等で共通の閾値を利用することができる。また、本装置及び各病院等に設置された装置で新たに検出されたデータに基づいて閾値を更新するようにしてもよい。
【0045】
次に、ステップ108で、上記ステップ106の判定結果を表示部18に表示して、処理を終了する。判定結果と共に、図3に示すような頭頂部の温度の変動振幅のデータ自体を表示するようにしてもよい。また、判定結果をネットワークI/F30を介して外部に出力するようにしてもよい。
【0046】
以上説明したように、第1の実施の形態の精神疾患判定装置によれば、赤外線カメラにより脳活動と関連がある生理指標として頭頂部の温度を非接触で検出し、頭頂部の温度の振幅変動を予め測定したデータに基づく閾値と比較することにより精神疾患を判定するため、被験者にストレスを与えることなく、定量的に精神疾患を判定することができる。また、非接触で頭頂部の温度を検出するため、接触型センサの場合には生じえる、センサの接触部位への接触不良等によるノイズを防止することができ、精度良く安定的に温度を検出することができる。
【0047】
また、赤外線カメラは、頭頂部等の被験者の所定部位の赤外強度を検出できる精度を有していれば高解像度とする必要はなく、安価な構成とすることができる。また、赤外線カメラが高解像度である必要がないため、メモリ容量及びデータ処理量の負担が少なくなり、長時間の計測も可能となる。また、赤外線カメラの分解能及びそこから得られる情報量だけでは、被験者の所定部位の特定及び自動追尾の処理を行うために十分でない場合には、可視光カメラも併用して、被験者の所定部位の特定及び自動追尾の処理を補うようにしてもよい。
【0048】
なお、第1の実施の形態では、生理指標として頭頂部の温度を検出する場合について説明したが、側頭部、後頭部等の部位、額、鼻等の顔の部位、首、耳、鎖骨上等の部位などの被覆に覆われていない個所の温度を検出するようにしてもよい。
【0049】
次に、第2の実施の形態について説明する。第1の実施の形態では、生理指標として1つのデータを検出し、その変動振幅に基づいて精神疾患を判定する場合について説明したが、第2の実施の形態では、複数の生理指標の相関分布に基づいて精神疾患を判定する場合につていて説明する。なお、第2の実施の形態の精神疾患判定装置210の構成は、第1の実施の形態の精神疾患判定装置10の構成と同様であるため、説明を省略する。
【0050】
ここで、図9を参照して、第2の実施の形態の精神疾患判定装置210における精神疾患判定処理ルーチンについて説明する。本ルーチンは、図1に示したように、赤外線カメラ12を被験者の頭頂部を撮影可能な位置に配置した診察室に被験者をおいた状態からスタートする。なお、第1の実施の形態の精神疾患判定処理と同一の処理については、同一の符号を付して詳細な説明は省略する。
【0051】
ステップ200で、赤外線カメラ12で撮影された赤外画像を取得し、パターンマッチングなどの処理により被験者の頭頂部を検出し、検出した頭頂部に対応する画素の画素値及び画素位置(座標位置)に基づいて、被験者の頭頂部の温度(赤外強度)及び位置を検出する処理を開始する。赤外画像の取得は1秒に1回行う。すなわち、1秒毎の被験者の頭頂部の温度及び位置が検出される。この頭頂部の温度及び位置の検出を継続したまま、次に、ステップ102へ移行して、図2で示した連続刺激場面を被験者に与える。
【0052】
次に、ステップ202で、上記ステップ102の連続刺激場面が与えられている間に検出された頭頂部の温度の10秒毎の平均値を算出する。また、頭頂部の変位から10秒間隔で頭頂部の移動速度を算出する。そして、頭頂部の温度及び移動速度を2軸とする二次元平面に頭頂部の温度及び移動速度をプロットし、上記ステップ102で与えた連続刺激場面の場面毎のプロットを分散共分散行列による主成分分析により第1及び第2主成分の因子負荷量を楕円長軸半径及び短軸半径、平均を中心とする分散楕円で近似して、相関分布を算出する。
【0053】
次に、ステップ204で、上記ステップ202で算出した相関分布と予め定めた相関分布モデルとを比較して、被験者が対象となる精神疾患を発症しているか否かを判定する。相関分布モデルは、判定対象の精神疾患の患者に上記ステップ102と同様の連続刺激場面を与えたときに上記ステップ202と同様に算出された相関分布を患者の相関分布モデルとして、健常者に上記ステップ102と同様の連続刺激場面を与えたときに上記ステップ202と同様に算出された相関分布を健常者の相関分布モデルとして予め定めておく。なお、相関分布モデルは、ROM22等の所定の記憶領域に記憶しておく。また、ネットワークI/F30を介して接続された外部装置に閾値を記憶してもよい。
【0054】
また、算出した相関分布と相関分布モデルとの比較は、分布間距離や分散楕円の面積等を求めて、算出した相関分布が、患者の相関分布モデル及び健常者の相関分布モデルのいずれに近似しているかにより判定することができる。
【0055】
次に、ステップ108で、上記ステップ106の判定結果を表示部18に表示して、処理を終了する。判定結果と共に、図4に示すような解析平面及び分散楕円を可視化したグラフを表示するようにしてもよい。
【0056】
以上説明したように、第2の実施の形態の精神疾患判定装置によれば、赤外線カメラにより脳活動と関連する生理指標として頭頂部の温度及び移動速度を非接触で検出し、頭頂部の温度と移動速度との相関分布を予め測定したデータに基づく相関分布モデルと比較することにより精神疾患を判定するため、被験者にストレスを与えることなく、定量的に精神疾患を判定することができる。また、非接触で頭頂部の温度及び移動速度を検出するため、接触型センサの場合には生じえる、センサの接触部位への接触不良等によるノイズを防止することができ、精度良く安定的に温度を検出することができる。
【0057】
また、本実施の形態のように、用いる生理指標を頭頂部の温度及び移動速度(変位に関する値)とした場合には、1つの赤外線カメラで撮影された撮影画像から、頭頂部の温度及び移動速度の両方を検出することができるため、安価かつ簡易な構成とすることができる。
【0058】
なお、第2の実施の形態では、生理指標として頭頂部の温度及び移動速度を用いる場合について説明したが、例えば、可視光カメラにより撮影された撮影画像から検出可能な視線の向き、顔の向き、表情の変化、身体運動等を用いたり、被験者の発話を音声解析した発話の意味、周波数、音量等を生理指標として用いたりしてもよい。これらは、いずれも非接触で検出可能であるため、被験者へのストレス及び接触不良等のノイズを防止することができる。また、赤外線カメラの分解能及びそこから得られる情報量だけでは、被験者の所定部位の特定及び自動追尾の処理を行うために十分でない場合にも、可視光カメラを併用して、被験者の所定部位の特定及び自動追尾の処理を補うようにしてもよい。この場合、さらに、可視光画像に基づいて、赤外線カメラで相同の自空間情報を追跡し、または可視光画像そのもので補足して情報統合を行い、予め同定した行動タイプの出現を検出して、この行動タイプを生理指標として用いてもよい。
【0059】
また、軽量小型で被験者へのストレスが比較的少ない接触型のセンサを用いて、脳波、震え、発汗、心拍数等の生理指標を検出して用いてもよい。これにより、より詳細な判定が可能となる。
【0060】
また、生理指標として検出した値の絶対値、社会性刺激を与えたときの相対値、及び変動率等をパラメータとして用いてもよい。
【0061】
また、第2の実施の形態では、2つの生理指標を用いて二次元平面での相関分布を用いる場合について説明したが、3つ以上の生理指標を用いて多次元空間での相関分布を用いるようにしてもよい。
【0062】
また、本発明の原理を説明するための実験において、アスペルガー症候群及び高次機能自閉症を患者とする場合について説明したが、本発明を他の精神疾患の判定に適用することも可能である。
【符号の説明】
【0063】
10、210 精神疾患判定装置
12 赤外線カメラ
14 操作部
16 コンピュータ
18 表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脳活動と相関がある生理指標として、非接触で検出された被験者の所定部位の温度に基づいて、前記被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときの前記被験者の所定部位の温度の変動量を算出する算出手段と、
前記算出手段により算出された前記変動量と、判定対象の精神疾患の患者に前記複数の異なる刺激を与えたときの前記患者の前記変動量と健常者に前記複数の異なる刺激を与えたときの前記健常者の前記変動量とに基づいて予め求められた閾値とを比較して、前記被験者が前記判定対象の精神疾患か否かを判定する判定手段と、
を含む精神疾患判定装置。
【請求項2】
前記被験者の所定部位の温度を検出する検出手段を含む精神疾患判定装置。
【請求項3】
非接触で検出された脳活動と相関がある複数の生理指標の各々に基づいて、前記被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときの前記複数の生理指標の各々の相関分布を算出する算出手段と、
前記算出手段により算出された前記相関分布と、判定対象の精神疾患の患者に前記複数の異なる刺激を与えたときの予め求められた前記患者の前記相関分布及び健常者に前記複数の異なる刺激を与えたときの予め求められた前記健常者の前記相関分布とに基づいて、前記被験者が前記判定対象の精神疾患か否かを判定する判定手段と、
を含む精神疾患判定装置。
【請求項4】
前記複数の生理指標は、前記被験者の所定部位の温度、変位、視線の向き、顔の向き、表情の変化、発話情報、及び身体運動に関する値の絶対値、社会性刺激を与えたときの相対値、及び変動率のいずれかを含む請求項3記載の精神疾患判定装置。
【請求項5】
前記算出手段は、前記複数の生理指標として、被験者の所定部位の温度及び変位に関する値を用いて、前記被験者の所定部位の温度及び変位に関する値を二次元平面に投影した相関分布を算出する請求項3記載の精神疾患判定装置。
【請求項6】
赤外線カメラにより被験者を撮影した撮影画像に基づいて、前記被験者の所定部位の温度を検出すると共に、前記所定部位を追跡することにより前記被験者の変位を検出する検出手段を含む請求項5記載の精神疾患判定装置。
【請求項7】
被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときに、脳活動と相関がある生理指標として、前記被験者の所定部位の温度を非接触で検出し、
検出された前記被験者の所定部位の温度の変動量を算出し、
算出された前記変動量と、判定対象の精神疾患の患者に前記複数の異なる刺激を与えたときの前記患者の前記変動量と健常者に前記複数の異なる刺激を与えたときの前記健常者の前記変動量とに基づいて予め求められた閾値とを比較して、前記被験者が前記判定対象の精神疾患か否かを判定する
精神疾患判定方法。
【請求項8】
被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときに、脳活動と相関がある複数の生理指標の各々を非接触で検出し、
検出された前記複数の生理指標の各々の相関分布を算出し、
算出された前記相関分布と、判定対象の精神疾患の患者に前記複数の異なる刺激を与えたときの予め求められた前記患者の前記相関分布及び健常者に前記複数の異なる刺激を与えたときの予め求められた前記健常者の前記相関分布とに基づいて、前記被験者が前記判定対象の精神疾患か否かを判定する
精神疾患判定方法。
【請求項9】
コンピュータを、
脳活動と相関がある生理指標として、非接触で検出された被験者の所定部位の温度に基づいて、前記被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときの前記被験者の所定部位の温度の変動量を算出する算出手段、及び
前記算出手段により算出された前記変動量と、判定対象の精神疾患の患者に前記複数の異なる刺激を与えたときの前記患者の前記変動量と健常者に前記複数の異なる刺激を与えたときの前記健常者の前記変動量とに基づいて予め求められた閾値とを比較して、前記被験者が前記判定対象の精神疾患か否かを判定する判定手段
として機能させるための精神疾患判定プログラム。
【請求項10】
コンピュータを、
非接触で検出された脳活動と相関がある複数の生理指標の各々に基づいて、前記被験者に情動変化を誘起する複数の異なる刺激を与えたときの前記複数の生理指標の各々の相関分布を算出する算出手段、及び
前記算出手段により算出された前記相関分布と、判定対象の精神疾患の患者に前記複数の異なる刺激を与えたときの予め求められた前記患者の前記相関分布及び健常者に前記複数の異なる刺激を与えたときの予め求められた前記健常者の前記相関分布とに基づいて、前記被験者が前記判定対象の精神疾患か否かを判定する判定手段
として機能させるための精神疾患判定プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−34839(P2012−34839A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−177634(P2010−177634)
【出願日】平成22年8月6日(2010.8.6)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【出願人】(000133526)株式会社チノー (113)
【Fターム(参考)】