説明

糖分解代謝物の測定方法

【課題】正確性、精密性および再現性を兼ね備えた新規な糖分解代謝物の測定方法を提供する。
【解決手段】液体中におけるグリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンから選ばれる少なくともいずれかである糖分解代謝物の濃度を測定する方法であって、o−フェニレンジアミンを用いて液体中の糖分解代謝物を誘導体化するステップと、液体クロマトグラフィ質量分析法を用いて、糖分解代謝物の誘導体の濃度を測定するステップとを含む、方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い正確性、精密性、再現性で、血中、尿中または飲料中に存在する糖分解産物代謝物の濃度を測定できる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、腎不全患者、糖尿病患者の血中に、糖分解代謝物であるジカルボニル物質(グリオキサール(glyoxal; GO)、メチルグリオキサール(Methylglyoxal; MG)、3−デオキシグルコソン(3-Deoxy-glucosone; 3-DG))の少なくともいずれかが高濃度に存在することが報告されている。これらの物質は、細胞、組織に対する生体傷害性が報告され、血管障害を惹起する物質として注目されてきており、また、合併症の病因形成に関わっている可能性が示唆されている。そのため体内動態を把握することは臨床的に意義があるが、血漿中濃度が低く分光学的な計測法が確立していない。
【0003】
例えばCordeiro C et al., Anal Biochem., 234, 221-224(1996)(非特許文献1)には、メチルグリオキサールを誘導体化し、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)を用いて濃度を測定する方法が開示されている。また、例えばOdani H et al., Biochem Biophys Res Commun., 256, 89-93(1999)(非特許文献2)には、エレクトロスプレーイオン化液体クロマトグラフィ質量分析法(ESI/LC/MS)を用いる方法が開示されている。さらに、例えばNemet I et al., Clin Biochem., 37, 875-881(2004)(非特許文献3)では、1,2−ジアミノ−4,5−ジメトキシベンゼンによりメチルグリオキサールを誘導体化し、逆相高速液体クロマトグラフィ(RPHPLC)を用いて濃度を測定する方法が開示されており、例えばLal S et al., Arch Biochem Biophys., 342, 254-260(1997)(非特許文献4)には、標識された同位体を用い、ガスクロマトグラフィ質量分析法(GC/MS)を用いる方法が開示されている。
【0004】
しかしながら、これらの方法はいずれも、誘導体化の段階の複雑さ、あるいは物質特異性の低さ、測定の再現性の低さなどの理由から、血中濃度の報告にばらつきがあるという問題があった。そのため、血中の糖分解代謝物の研究を進めて診断に応用するために十分な正確性、精密性および再現性を兼ね備えた新規な血中糖分解代謝物の測定方法の開発が望まれていた。
【非特許文献1】Cordeiro C et al., Anal Biochem., 234, 221-224(1996)
【非特許文献2】Odani H et al., Biochem Biophys Res Commun., 256, 89-93(1999)
【非特許文献3】Nemet I et al., Clin Biochem., 37, 875-881(2004)
【非特許文献4】Lal S et al., Arch Biochem Biophys., 342, 254-260(1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、高い正確性、精密性および再現性にて、液体中の糖分解代謝物を測定できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、液体中のグリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンから選ばれる少なくともいずれかである糖分解代謝物の濃度を測定する方法であって、o−フェニレンジアミンを用いて液体中の糖分解代謝物を誘導体化するステップと、液体クロマトグラフィ質量分析法を用いて、糖分解代謝物の誘導体の濃度を測定するステップとを含むことを特徴とする。
【0007】
本発明の方法における液体は、血液、尿および飲料から選ばれる少なくともいずれかであることが、好ましい。
【0008】
本発明の方法において、液体クロマトグラフィ質量分析法における液体クロマトグラフィに用いられる移動相のうち一方がギ酸であり、他方がアセトニトリルであることが、好ましい。
【0009】
また本発明の方法は、液体中におけるグリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンの濃度を同時に測定することが、好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、糖分解代謝物であるグリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンから選ばれる少なくともいずれかの液体中における濃度を高い正確性、精密性および再現性で測定でき、腎不全、糖尿病などの病態解明や、合併症発症に対する危険性の診断に応用することが可能な方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、液体中におけるグリオキサール(glyoxal; GO)、メチルグリオキサール(Methylglyoxal; MG)および3−デオキシグルコソン(3-Deoxy-glucosone; 3-DG)から選ばれる少なくともいずれかである糖分解代謝物の濃度を測定する方法であって、o−フェニレンジアミンを用いて液体中の糖分解代謝物を誘導体化するステップと、液体クロマトグラフィ質量分析法(LC/MS)を用いて、糖分解代謝物の誘導体の濃度を測定するステップとを含むことを特徴とする。このような本発明の方法は、上述した非特許文献1〜4に記載されたような従来の測定方法とは異なり、技術的に一般化が可能であり、高い正確性、精密性および再現性で、糖分解代謝物であるグリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンから選ばれる少なくともいずれかの液体中における濃度を測定することができる。
【0012】
本発明の方法において、糖分解代謝物の濃度を測定する対象となる液体は、特に制限されるものではなく、血液、尿、飲料、髄液、体液、細胞培養液、食物抽出液などが挙げられるが、中でも血液、尿および飲料から選ばれる少なくともいずれかであることが好ましい。血液または尿中における糖分解代謝物の濃度を測定することで、後述するような糖尿病、慢性腎臓病、心臓病、脳血管疾患、閉塞性動脈硬化症、さらには別の可能性として、痴呆の原因となる神経変性疾患や癌などの疾患の危険性を予測するための指標として用いることができ、またそれらの疾患に対する様々な治療による抑制効果や、疾病の再発や再燃に対する予測や判定を、迅速かつ早期に行い得る利点があるためである。また、飲料中における糖分解代謝物の濃度を測定することで、メタボリック症候群や糖尿病、肥満、高血圧、腎臓病、心臓病、脳卒中、癌などの生活習慣病の誘因となり得る危険性の高いソフトドリンクなどの飲料品を明確に同定できるというような利点があるためである。以下、血液(血漿)中における糖分解代謝物の濃度を測定する場合を例に挙げて、本発明を詳細に説明する。
【0013】
本発明の方法では、糖分解代謝物の血中濃度を測定する場合には、通常、糖分解代謝物を誘導体化するステップに先立ち、健常者、糖尿病患者、腎臓病患者など、糖分解代謝物の血中濃度を測定したい対象より、抗凝固剤入り容器内に血液を採取後、遠心分離(3000回転、5分)し、上清として得られた血漿に、4℃(氷上で10分)の条件下で過塩素酸(HClO4)を添加し、血液中のタンパク質を沈殿させる。過塩素酸は、例えば500μlの血漿に対し、5Mの濃度で100μl添加するようにする。
【0014】
本発明の方法では、液体(液体が血液である場合には、上述のように前処理を施して得られた血漿)に、o−フェニレンジアミンを添加し、液体中に含まれるグリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンから選ばれる少なくともいずれかである糖分解代謝物を誘導体化する。これによって、液体中に含まれるグリオキサールは、以下のような反応により、質量電荷比(m/z値)が131の誘導体に変化する。
【0015】
【化1】

【0016】
また液体中に含まれる3−メチルグリオキサールは、以下のような反応により、質量電荷比(m/z値)が145の誘導体に変化する。
【0017】
【化2】

【0018】
また、液体中に含まれる3−デオキシグルコソンは、以下のような反応により、質量電荷比(m/z値)が235.1の誘導体に変化する。
【0019】
【化3】

【0020】
本発明の方法は、グリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンから選ばれる少なくともいずれかである糖分解代謝物を誘導体化させるために、o−フェニレンジアミンを用いることを特徴の1つとする。o−フェニレンジアミンを用いることで、従来の方法で糖分解代謝物の誘導体化に用いられていた2,3−ナフタレンジアミンやペンタフルオロベンジルヒドロキシルアミンなどを用いる場合と比較して、安価で入手が容易な試薬による誘導体化反応を達成でき、測定を一般化しやすいという効果が奏される。
【0021】
上述したo−フェニレンジアミンは、液体中の濃度が好ましくは100μmol/l以上、より好ましくは10mmol/l〜100mmol/lの範囲内となるように添加する。具体例としては、前処理に供した血漿が500μlである場合には、100mmol/lのo−フェニレンジアミンを100μl添加する場合が例示される。o−フェニレンジアミンの濃度が100μmol/l未満である場合には、液体中の糖分解代謝物の濃度によっては十分に誘導体化されない傾向にあるためである。なお、上述したような各糖分解代謝物の誘導体化の反応のため、通常、暗所4℃で20〜22時間のインキュベーションを行う。
【0022】
なお、このo−フェニレンジアミンを添加する際、通常、内部標準物質として、下記化学式で示される2,3−ジメチルキノキサリン(DMQ)(質量電荷比(m/z値)=159.1)を添加しておく。具体的な添加量としては、前処理に供した血漿が500μlである場合には、10μmol/lの2,3−ジメチルキノキサリンを100μl添加する場合が例示される。
【0023】
【化4】

【0024】
上述した各糖分解代謝物の誘導体を含む液体は、たとえば液体が血漿である場合には、通常、遠心分離(10000×G、10分)し上清を固相抽出した後、フィルタを用いてろ過する。固相抽出にはSPEカラムを用い、これをギ酸、メタノールでプライミングした後、各糖分解代謝物の誘導体を含む血漿を流し、ギ酸で洗う。その後、メタノールで溶出させ、溶出物をフィルタ(具体的には0.2μmフィルタ)を通過させる。フィルタを通過させて得られたものを、液体クロマトグラフィ質量分析法(LC/MS)を用いた、糖分解代謝物の誘導体の濃度の測定に供する。
【0025】
本発明に用いられる液体クロマトグラフィ質量分析法(LC/MS)は、分離能力に優れた測定方法である液体クロマトグラフィ(LC)と、同定能力に優れた質量分析法(MS)とを組み合わせた、環境中に存在する微量の有機化学物質を、多数の共存物質からの分離と対象物質の正確な検出・同定とによって精密に測定することが可能な方法である。LC/MSは、生成した物質を質量で同定し、区別して定量化している。つまり、o−フェニレンジアミンが他の物質と反応しても、誘導体生成物の質量が異なれば、違うものとして区別できるため、グリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンから選ばれる少なくともいずれかである糖分解代謝物をそれぞれ特異的に測定することができる。なお、LC/MSでは、構造式が異なるものでも同じ質量であればピークを検出してしまうことが懸念されるが、MSとHPLCとがつながっていることで、HPLCによる物質の分離も同時に行っているため、質量が同じでも構造式が異なるものは、基本的に異なる保持時間にピークとして現われるので分離が可能となる。本発明の方法において、LC/MSを行うための装置は特に制限されないが、例えばJMS−T100LC(日本電子(株)製)が好適に用いられ得る。
【0026】
本発明の測定方法において、LC/MSにおけるLCに用いる移動相としては特に制限されず、例えばギ酸とアセトニトリルとの組み合わせ、純水とメタノールとの組み合わせなどが挙げられるが、中でも、一方にギ酸を用い、他方にアセトニトリルを用いることが、好ましい。これらの組み合わせを用いることで、測定を酸性条件下で行うことができ、比較的短時間でのピークの分離が可能であるという利点がある。なお、移動相の一方にギ酸を用いた場合でも他方にアセトニトリル以外を用いた場合には、誘導体の保持時間が延長したり、ピーク検出量が低下する虞があるためであり、逆に、移動相の一方にアセトニトリルを用いた場合でも他方にギ酸以外を用いた場合には、酸性条件下で実施できず、測定値がばらつく虞があるためである。
【0027】
LC/MSによる測定は、初期状態(例えばギ酸90%、アセトニトリル10%)にプライミングしておいたカラムに、まず、既定の濃度の糖分解代謝物の標準物質を誘導体化させて生成した規定の濃度の標準溶液を流し、その測定日の較正に利用する。その後、測定対象となる液体(たとえば、上述した糖分解代謝物の誘導体を含む血漿)を流すようにする。LC/MSの条件は特に制限されないが、以下の条件が好適な具体例として挙げられる。
【0028】
・カラム:Cadenza C18(2×150mm)(Imtakt)
・移動相A:0.05%ギ酸
・移動相B:アセトニトリル
・流速:0.2ml/分
・グラジエント:10−100%:B(0−6分)、100%:B(6−15分)
・イオン化法ESI(posi)
なお、上述した具体例におけるグラジエント条件は、測定開始直後から6分後は、移動相B(アセトニトリル)濃度を10%から100%まで徐々に増加させ(移動相A(ギ酸)濃度は90%から0%まで徐々に減少させる)、測定開始6分以降から15分後までは移動相Bの濃度100%で維持する場合を示している。グラジエント条件としては、この場合に限定されるものでは勿論ないが、実験例3にて後述するように、当該グラジエント条件がピークが良好に検出されたため、特に好適である。
【0029】
MS測定は、グリオキサールの誘導体についてはm/z値が131、3−グリオキサールの誘導体についてはm/z値が145、3−デオキシグルコソンの誘導体についてはm/z値が235.1の各ピークで行うことができる。各糖分解代謝物の濃度は、標準物質についての測定結果より予め検量線を作成し、これを用いて誘導体生成物ピーク面積/内部標準物質ピーク面積の比から定量化することができる。
【0030】
本発明の方法はまた、液体中におけるグリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンの濃度を同時に測定することが、好ましい。血液(血漿)、尿などを測定対象とする場合、通常、グリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンが含有されるため、1回の処理で一度に誘導体化に供することができ、容易に濃度の同時測定が可能となる。このように液体中におけるグリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンの濃度を同時に測定することで、これらの濃度を別々に測定する場合と比較して、煩雑な手間を要することがなく、またより少ない検体量でも3者の測定値を得ることができる。これによって、種々の疾病でより詳細な病態解明や治療効果の判定、疾病予後予測を行うことが可能となるという利点がある。
【0031】
上述してきた本発明の方法は、腎不全、糖尿病などの病態解明や、合併症発症に対する危険性の診断に応用することが可能である。すなわち、実験例2にて後述するように、本発明の方法を用いて健常者、糖尿病患者や腎臓病患者の血中濃度を測定したところ、糖分解代謝物の血中濃度と合併症に相関が認められる結果が得られた。このことから、本発明の方法は、糖尿病および腎臓病の合併症などの危険度を予測し得る指標として有効に利用することができる可能性があり、当該方法を利用した上記合併症の危険度予測用のキットなどの実現が期待できる。
【0032】
以下に実験例を挙げて、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実験例に限定されるものではない。
【0033】
<実験例1>
以下の手順で、健常者の血液中のグリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンの濃度を同時に測定した。
【0034】
まず、ヘパリン入り容器内に健常者からの採血500μlを収容し、遠心分離(3000回転、5分間)し、上清として得られた血漿に、4℃(氷上で10分)の条件下で5M 過塩素酸(HClO4)を100μl添加し、血液中のタンパク質を沈殿させた。これに100mmol/lのo−フェニレンジアミンを100μl添加し、さらに、内部標準物質として10μmol/lの2,3−ジメチルキノキサリンを100μl添加した。その後、各糖分解代謝物の誘導体化の反応のため、暗所4℃で20〜22時間のインキュベーションを行った。
【0035】
その後、遠心分離(10000×G、10分)し、SPEカラムを用い、これをギ酸、メタノールでプライミングした後、各糖分解代謝物の誘導体を含む血漿を流し、ギ酸で洗うことで固相抽出した後、メタノールで溶出させ、溶出物を0.2μmフィルタを通過させたものを、JMS−T100LC(日本電子(株)製)を用いた液体クロマトグラフィ質量分析法(LC/MS)による糖分解代謝物の誘導体の濃度の測定に供した。
【0036】
LC/MSによる測定は、ギ酸90%、アセトニトリル10%をプライミングして初期状態としておいたカラムに、まず、糖分解代謝物の標準物質を誘導体化させて生成した規定の濃度の標準溶液を流し、その測定日の較正に利用した。その後、上述した糖分解代謝物の誘導体を含む血漿を流すことで行った。なお、LC/MSは以下の条件とした。
【0037】
・カラム:Cadenza C18(2×150mm)(Imtakt)
・移動相A:0.05%ギ酸
・移動相B:アセトニトリル
・流速:0.2ml/分
・グラジエント:10−100%:B(0−6分)、100%:B(6−15分)
・イオン化法ESI(posi)
MS測定は、グリオキサールの誘導体についてはm/z値が131、3−グリオキサールの誘導体についてはm/z値が145、3−デオキシグルコソンの誘導体についてはm/z値が235.1の各ピークで行った。各糖分解代謝物の濃度は、標準物質についての測定結果より予め検量線を作成し、これを用いて誘導体生成物ピーク面積/内部標準物質ピーク面積の比から定量化した。
【0038】
図1は、実験例1の測定結果を示すグラフであり、縦軸はピーク面積の比(誘導体生成物ピーク面積/内部標準物質ピーク面積の比)(%)、横軸は標準溶液において血漿に添加した糖分解代謝物の添加濃度(μM)である。実験例1の測定結果をプロットした検量線における相関係数はそれぞれr=0.993、0.999、0.998であり、また日内変動(CV:intra-day coefficients of variation)はそれぞれ2.7%、3.6%、10.8%と、いずれも非特許文献3、4に記載された従来方法よりも高い再現性が得られた。
【0039】
<実験例2>
慢性腎臓病患者(CKD)99人と健常者(コントロール)19人について、実験例1と同様の手順で血液中のグリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンの濃度を同時に測定した。なお、慢性腎臓病患者(CKD)は、軽度腎障害群(CKD1−2:糸球体ろ過量が60ml/分以上)、中〜重度障害群(CKD3−5:糸球体ろ過量が60ml/分未満)および末期腎不全群(血液透析実施:HD)の3群に分けて解析した。
【0040】
図2は、実験例2におけるグリオキサールについての測定結果を示すグラフであり、図3は、実験例2におけるメチルグリオキサールについての測定結果を示すグラフであり、図4は、実験例2における3−デオキシグルコソンについての測定結果を示すグラフである。図2〜図4において、縦軸はグリオキサール、メチルグリオキサールまたは3−デオキシグルコソンの濃度(nmol/l)であり、横軸は、測定対象群(左側から右側へ順に、コントロール(健常者)、CDK1−2、CDK3−5、HDである。図2〜図4から、グリオキサール、メチルグリオキサールの濃度はCKDのステージが重度のものほど血中濃度が高い結果となった一方で、3−デオキシグルコソンの場合には、CKDステージの違いによる濃度の変化は見られなかったことが分かる。実験例2の結果から、腎臓病の進行度と血漿中のグリオキサール、メチルグリオキサールの濃度は強く関連していることが明らかとなった。
【0041】
また、99人のCKDを、非糖尿病患者、糖尿病患者の2群に分け、さらに、心血管系合併症(CVD)あり、なしの群に分けて比較し、また全体をまとめてCVDあり、なしの群に分けて比較した結果を併せて表1に示す。表1には、一部のCKDについて、クレアチニン、ヘモグロビンA1c、総コレステロール値を通常病院の外来検査で行われている標準的な測定方法を用いて測定した結果も併せて示している。
【0042】
【表1】

【0043】
なお、表1中、「CVD−」は心血管系合併症なし、「CVD+」は心血管系合併症あり、「GO」はグリオキサール、「MG」はメチルグリオキサール、「3DG」は3−デオキシグルコソン、「HbA1c」はヘモグロビンA1cを示している。表1から、非糖尿病患者では、CVDあり群でメチルグリオキサール濃度と年齢がCVDなし群より有意に高値であることが分かる。また糖尿病患者ではどれも有意差が認められなかったが、全体ではCVDあり群でメチルグリオキサール濃度と年齢が有意に高値であったことも分かる。
【0044】
以上のように、腎機能障害の程度とグリオキサール、メチルグリオキサールの血漿濃度は強く相関していることが示唆された。また、CVD既往あり群では、メチルグリオキサール濃度が高値であり、メチルグリオキサールの血漿中濃度上昇が、CVD発症に関与している可能性が示唆された。このように糖分解代謝物の血中濃度と合併症に相関が認められる結果から、本発明の方法は、糖尿病および腎臓病の合併症などの危険度を予測し得る指標として有効に利用することができる可能性があり、当該方法を利用した上記合併症の危険度予測用のキットなどの実現が期待できることが分かる。
【0045】
<実験例3>
LC/MSの移動相のグラジエント条件を変化させて、糖分解代謝物の誘導体物質のピーク検出の違いを検討した。
【0046】
LC/MSの移動相のグラジエント条件において、移動相Aとして0.05%ギ酸、移動相Bとしてアセトニトリルを用い、測定開始直後から5分後までアセトニトリル濃度を50%から100%にまで徐々に増加させ(ギ酸濃度については50%から0%にまで徐々に減少させ)、測定開始5分以降から15分後まではアセトニトリル濃度を100%に維持するようにしたこと以外は実験例1と同様にして測定した結果を図5に示す。これに対し、実験例1と同じグラジエント条件(すなわち、測定開始直後から6分後までアセトニトリル濃度を10%から100%にまで徐々に増加させ(ギ酸濃度については90%から0%にまで徐々に減少させ)、測定開始6分以降から15分後まではアセトニトリル濃度を100%に維持する条件)で測定した結果を図6に示す。図5および図6において、図5(a)および図6(a)はグリオキサール、図5(b)および図6(b)はメチルグリオキサール、図5(c)および図6(c)は3−デオキシグルコソン、図5(d)および図6(d)は2,3−ジメチルキノキサリンについての結果をそれぞれ示している。
【0047】
図5および図6から、実験例1と同じグラジエント条件を採用した場合の方が、いずれのピーク(図5、図6中、それぞれ楕円で囲んだピーク)についてもより良好に検出することができ、より定量化に適したグラジエント条件であることが分かる。
【0048】
今回開示された実施の形態および実験例は、全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】実験例1の測定結果を示すグラフである。
【図2】実験例2におけるグリオキサールについての測定結果を示すグラフである。
【図3】実験例2におけるメチルグリオキサールについての測定結果を示すグラフである。
【図4】実験例2における3−デオキシグルコソンについての測定結果を示すグラフである。
【図5】実験例3における測定結果を示すグラフであり、図5(a)はグリオキサール、図5(b)はメチルグリオキサール、図5(c)は3−デオキシグルコソン、図5(d)は2,3−ジメチルキノキサリンについての結果をそれぞれ示している。
【図6】実験例1と同じグラジエント条件での測定結果を示すグラフであり、図6(a)はグリオキサール、図6(b)はメチルグリオキサール、図6(c)は3−デオキシグルコソン、図6(d)は2,3−ジメチルキノキサリンについての結果をそれぞれ示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体中のグリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンから選ばれる少なくともいずれかである糖分解代謝物の濃度を測定する方法であって、
o−フェニレンジアミンを用いて液体中の糖分解代謝物を誘導体化するステップと、
液体クロマトグラフィ質量分析法を用いて、糖分解代謝物の誘導体の濃度を測定するステップとを含む、方法。
【請求項2】
前記液体が、血液、尿および飲料から選ばれる少なくともいずれかである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記液体クロマトグラフィ質量分析法における液体クロマトグラフィに用いられる移動相のうち一方がギ酸であり、他方がアセトニトリルである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記液体中におけるグリオキサール、メチルグリオキサールおよび3−デオキシグルコソンの濃度を同時に測定する、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−121850(P2009−121850A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−293639(P2007−293639)
【出願日】平成19年11月12日(2007.11.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年5月15日〜17日 日本質量分析学会主催の「第55回 質量分析総合討論会(2007)」において文書をもって発表
【出願人】(591201686)株式会社日本トリム (15)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】