説明

糖尿病性網膜症の診断および予防

【課題】 発症早期に糖尿病性網膜症の発症またはその発症可能性を判定(診断)する方法、およびその判定(診断)キットを提供することにある。さらに、糖尿病性網膜症の発症に対する有効な予防方法および予防薬剤を提供する。
【解決手段】 本発明においては、Ang−1遺伝子またはその翻訳産物であるタンパク質の変異が、糖尿病性網膜症の発症と因果関係があることを明らかにした。さらに、上記変異の有無を検出することによって、糖尿病性網膜症の発症またはその発症可能性を簡便に判定する方法などを確立した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病性網膜症の診断および予防に関するものであって、特に、アンギオポエチン−1遺伝子またはその翻訳産物たるタンパク質を用いた糖尿病性網膜症の診断および予防に関するものである。
【背景技術】
【0002】
糖尿病性網膜症(diabetic retinopathy、以下「DR」ともいう)は、糖尿病性腎症、および糖尿病性神経障害と並ぶ糖尿病の3大合併症であり、発症頻度も高く、重大な慢性疾患である。
【0003】
糖尿病患者の血液は、糖分を多く含み粘性が高いため、網膜の毛細血管を詰まらせたり、血管壁に負担をかけたりする結果、網膜に必要な酸素や栄養が不足する。DRは、その結果起こる疾患であり、眼底出血や硝子体出血などの症状を示す。糖尿病性網膜症は進行過程に従って、単純型DR、前増殖型DR、および増殖型DRの3段階に分けることができる。
【0004】
単純型DRは、DRの初期の段階である。この段階では、網膜に酸素を送る毛細血管に毛細血管瘤やしみ状出血が見られる。また、タンパク質などが網膜に溜まって、硬性白斑ができたりすることがある。
【0005】
前増殖型DRは、単純型DRが進行した段階である。この段階では、白斑の数が増え、毛細血管が部分的に塞がれるという症状が見られる。
【0006】
増殖型DRは、前増殖型DRがさらに進行した段階である。網膜の毛細血管が塞がれて、網膜に送られる酸素が不足してしまうため、これを補うために新しい新生血管が現れる。しかし、新生血管はもろいため、出血をおこしやすく、また、網膜剥離を起こしたり、さらに進行したりすると失明に至る場合もある。
【0007】
DRでは、単純型DRの場合、網膜の中心部に出血、浮腫が起きなければ目立った自覚症状はなく、自覚症状が現れたときには既に失明の危機にひんした状態(増殖型DRの状態)であることがほとんどである。また、DRは、我が国の成人の失明原因の第1位でもある。したがって、DR患者は身体的にも精神的にも大きな苦痛を生涯に亘って背負うことになる。
【0008】
DRの診断は、主に、眼底の検査により行われる。具体的には、(1)眼球に光を当てて、レンズを通して瞳孔から眼球の内部を観察し、網膜の異常の有無を検査する「眼底検査」や、(2)静脈から色素を注射しながら眼底を調べる「蛍光眼底造影」などにより行われる。
【0009】
また、DRの治療は、通常、病態の病状の進行過程によって選択すべき治療手段が異なる。例えば、上記単純型DRの場合、血管強化薬の投与や、抗血小板療法を含め、内科的に血糖をコントロールする治療方法や、薬物により網膜の変化を抑える治療方法が採られる。一方、前増殖型DRや増殖型DRの段階になると、レーザー光線の熱で網膜を焼くことによって、血管の新生を抑える「網膜光凝固療法」が採られる。さらに、増殖型DRの段階で、硝子体出血や網膜剥離の症状が見られると、硝子体手術を行う場合がある。しかし、硝子体手術は合併症を引き起こすことが多く、術後の経過が悪いことがある。
【0010】
ところで、DRの発症機序は、近年の研究で徐々に明らかにされつつある。具体的には、DRは、まず、白血球が網膜血管系に付着し、これに続いて血管内皮細胞の障害と血液網膜関門(blood-retinal barrier)の破壊とが起こることにより発症することが明らかにされた。また、糖尿病発症ラットを用いた実験で、この過程を阻止する因子としてアンギオポエチン−1(Angiopoietin-1、以下、「Ang−1」ともいう)の有用性が報告された(非特許文献1を参照)。
【0011】
Ang−1の主な作用には、血管内皮増殖因子(vascular endotherial growth factor、以下「VEGF」ともいう)によって誘導された新生血管の裏打ち、新生血管の造成を促進する作用、および血管周囲平滑筋の造成促進作用がある。Ang−1は、血管内皮上の血管新生関連チロシンキナーゼ型受容体であるTie−2(tyrosine kinase with immunoglobulin and endothelial growth factor homology domains)受容体に作用して、インテグリンを介したフィブロネクチンへの接着を促進する。また、この一連の細胞内シグナル伝達の過程でAng−1は、血管内皮細胞の遊走を促進し、同時に血管内皮細胞の細胞死を抑制することによって、生存効果を上げることが明らかになっている(非特許文献2を参照)。
【0012】
一方、本発明者らは、Ang−1遺伝子における変異が、関節リウマチ(rheumatoid arthritis、以下「RA」ともいう)の発症との因果関係が認められることを明らかにしている(特許文献1を参照)。特許文献1では、RA患者集団において、Ang−1遺伝子における下記の変異が有意に多いことが示されている。
【0013】
上記Ang−1遺伝子における変異は、Ang−1遺伝子のcDNAとしてGenBankに登録されている塩基配列(アクセッション番号:AB084454)の第804番目の塩基と第805番目の塩基の間に、「GGT」というグリシンをコードする3塩基が挿入された変異(GenBankに登録されている塩基配列(アクセッション番号:U83505))であった。上記のAng−1遺伝子における変異の位置は、Ang−1分子内に存在するcoiled−coilドメインとfibrinogen−likeドメインとの中間に存在するものであった。
【特許文献1】特開2003−204790公報(平成15(2003)年7月22日公開)
【非特許文献1】Antonia M. Joussen et al., Suppression of diabetic retinopathy with Angiopoetin-1, American journal of pathology, 160, 1683-1693 (2003)
【非特許文献2】Christopher D. Kontos et al., Tyrosine 1101 of Tie2 is the major site of association of p85 and is required for activation of phosphatidylinositol 3-kinase and Akt, Molecular and Cellular Biology, 18, 4131-4140 (1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
DRは、上述したように、最終的に重篤な症状を引き起こす疾患であるが、発症初期段階では、自覚症状がないため、早期発見が困難である。また、DRの診断も、眼底の検査という主観的に診断する方法によるものが主流であった。したがって、現在、DRの発症について、客観的にかつ正確に診断できる技術、または、将来的にDRを発症する可能性を診断できる技術の確立が強く望まれている。
【0015】
上記の客観的にDRの発症、または将来的に発症する可能性を診断する方法としては、分子生物学的手法を用いた診断方法が有効な診断方法の1つと考えられる。しかしながら、非特許文献1に示されるように、DRの発症と因果関係のある遺伝子の報告はあるものの、DRの発症との因果関係が明らかとされた遺伝子の異常(変異)はこれまでに全く知られていない。そのため、分子生物学的手法を用いたDRの発症、または将来的に発症する可能性を早期に診断する技術を確立するには至っていない。
【0016】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、発症早期にDRの発症またはその発症可能性を判定(診断)する方法、およびその判定(診断)キット、並びにDR発症に対する有効な予防方法および予防薬剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、DRの発症と因果関係がある遺伝子の変異を独自に見出し、本発明を完成させるに至った。
【0018】
すなわち、本発明にかかるDRの発症またはその発症の可能性の判定方法は、生体から分離された試料を用いて、糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性を判定する方法であって、アンギオポエチン−1タンパク質(以下、「Ang−1」ともいう)をコードするポリヌクレオチドにおける変異の有無を検出する工程を含み、かつ、上記変異が、変異型アンギオポエチン−1タンパク質(以下、「変異型Ang−1」ともいう)の第269番目のアミノ酸であるグリシンをコードする3塩基の欠失変異であることを特徴としている。
【0019】
また、本発明にかかるDRの発症またはその発症の可能性の判定方法は、生体から分離された試料を用いて、糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性を判定する方法であって、アンギオポエチン−1遺伝子(以下、「Ang−1遺伝子」ともいう)における変異の有無を検出する工程を含み、かつ、上記変異が、変異型アンギオポエチン−1遺伝子(以下、「変異型Ang−1遺伝子」ともいう)の翻訳領域中第805〜807番目の塩基である「GGT」(GおよびTは、それぞれ、グアニンおよびチミンを表す)の3塩基の欠失変異であることを特徴としている。
【0020】
さらに、本発明にかかるDRの発症またはその発症の可能性の判定方法は、生体から分離された試料を用いて、糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性を判定する方法であって、Ang−1における変異の有無を検出する工程を含み、かつ、上記変異が、変異型Ang−1の第269番目のアミノ酸であるグリシンの欠失変異であることを特徴としている。
【0021】
本発明にかかるDRの発症またはその発症の可能性の判定キットは、上記いずれかのDRの発症またはその発症の可能性の判定方法を利用することを特徴としている。
【0022】
上記DRの発症またはその発症の可能性の判定キットは、プライマー、プローブおよび抗体の中から少なくとも1つを含むことが好ましい。
【0023】
上記プライマーは、上記変異型Ang−1遺伝子の翻訳領域中第805〜807番目の塩基を含む領域を増幅するためのプライマーであることが好ましい。
【0024】
上記プローブは、上記変異型Ang−1遺伝子の翻訳領域中第805〜807番目の塩基を含む領域に結合することが好ましい。
【0025】
上記抗体は、上記変異型Ang−1、または、上記変異型Ang−1の第269番目のアミノ酸であるグリシンが欠落した正常型アンギオポエチン−1タンパク質(以下、「正常型Ang−1」ともいう)のいずれか一方のみを認識することが好ましい。
【0026】
本発明にかかるDRの発症に対する予防方法は、変異型Ang−1の第269番目のグリシンが欠落した正常型Ang−1を有する者に、第269番目のアミノ酸としてグリシンを有する変異型Ang−1、もしくは当該変異型Ang−1をコードするDNA、または、変異型Ang−1がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物を補完することを特徴としている。
【0027】
本発明にかかるDRの発症に対する予防薬剤は、糖尿病性網膜症の発症を予防するために用いられる予防薬剤であって、変異型アンギオポエチン−1タンパク質の第269番目のグリシンが欠落した正常型アンギオポエチン−1タンパク質有する者を投与対象とし、第269番目のアミノ酸としてグリシンを有する変異型アンギオポエチン−1タンパク質、もしくは当該変異型アンギオポエチン−1タンパク質をコードするDNA、または、当該変異型アンギオポエチン−1タンパク質がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物を主成分とすることを特徴としている。
【発明の効果】
【0028】
以上のように、本発明によれば、Ang−1遺伝子またはその翻訳産物であるタンパク質を利用して、それらにおける変異の有無を検出することにより、DRの発症またはその発症の可能性を判定することができる。それゆえ、DRの発症またはその発症可能性を簡便に判定することができるという効果を奏する。さらに、変異型Ang−1遺伝子もしくはその翻訳産物である変異型Ang−1を用いることにより、DRの予防方法や予防薬剤の開発への応用も可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本発明を完成させるのに先立ち、本発明者らは、上記特許文献1に開示されるAng−1遺伝子の変異は、Tie−2受容体を介したシグナル伝達に影響を与える可能性があることを独自に導き出した。より具体的に言えば、本発明者らは、Ang−1遺伝子の変異が、DRの発症機転の根幹をなす網膜血管構造の安定化および血管の成熟した構築に重大な影響を持つ可能性があることを導き出した。そこで、本発明者らは、Ang−1遺伝子の変異がDRの発症に関連する因子であるか否かを検討した。
【0030】
その結果、本発明者らは、Ang−1遺伝子のcDNAとしてGenBankに登録されている塩基配列(アクセッション番号:U83505)を有する遺伝子、すなわち、「GGT」の3塩基が挿入された遺伝子を有する者がDR患者では、有意に少ないことを明らかにした。つまり、Ang−1遺伝子における上記「GGT」の挿入変異は、DR発症の抑制制御因子である可能性を見出した。さらに、上記「GGT」の3塩基を有さない、健常者に多い配列を、Genbankに、アクセッション番号:AB084454として、登録した。このように、本発明者らは、上記の「GGT」の3塩基の挿入変異をもつAng−1遺伝子が、DRの発症抑制制御因子であることを独自に見出し、本発明を完成させるに至った。
【0031】
本発明の実施形態について、説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0032】
なお、本明細書において、特に断らない限り、A、C、GおよびTは、アデニン、シトシン、グアニンおよびチミンの各塩基を示す。また、アミノ酸およびアミノ酸残基は、IUPACおよびIUBの定める1文字表記または3文字表記を使用する。
【0033】
また、本明細書において、「遺伝子」とは、少なくともゲノムDNA、cDNA、mRNA等のポリヌクレオチドを含む意味であり、本発明にかかる遺伝子としては、上記変異型Ang−1遺伝子のcDNAのほか、このcDNAの塩基配列に対応する塩基配列を有するmRNAや、このmRNAの鋳型となるゲノムDNAなどが含まれる。また、上記「遺伝子」とは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNAを包含する。さらに、上記「遺伝子」は、翻訳領域以外に、非翻訳領域(UTR)の配列やプロモーター配列、ベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。
【0034】
<1.アンギオポエチン−1遺伝子およびアンギオポエチン−1タンパク質>
本明細書において、「Ang−1遺伝子」とは、GenBankに登録されている塩基配列(アクセッション番号:AB084454)、および塩基配列(アクセッション番号:U83508)などのように、塩基配列データベース上でアンギオポエチン−1遺伝子として公開されている塩基配列を有する遺伝子の総称である。
【0035】
一方、本明細書において、「変異型Ang−1遺伝子」とは、後述する変異型Ang−1をコードする遺伝子である。具体的には、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなり、その配列中第269番目のアミノ酸としてグリシンを持ったタンパク質をコードする遺伝子である。例えば、配列番号2に示される塩基配列を有し、その配列中第805〜807番目の塩基として「GGT」の3塩基を持った遺伝子を例に挙げることができる。上記配列番号2に示される塩基配列は、Ang−1遺伝子のcDNAとしてGenBankに登録されている塩基配列(アクセッション番号:U83508)に相当する。また、上記配列番号2中の第805〜807番目の塩基は、上記Ang−1遺伝子のcDNAとしてGenBankに登録されている塩基配列(アクセッション番号:U83508)の第1114〜1116番目の塩基に相当する。
【0036】
また、本明細書において、「正常型Ang−1遺伝子」とは、後述する正常型Ang−1をコードする遺伝子であって、例えば、GenBankに登録されている塩基配列(アクセッション番号:AB084454)を有する遺伝子を例に挙げることができる。
【0037】
さらに、本発明にかかる正常型Ang−1遺伝子、および変異型Ang−1遺伝子には、それぞれ、GenBankに登録されている塩基配列(アクセッション番号:AB084454)、および上記配列番号2に示される塩基配列の一部に、挿入、置換、および/または欠失などの変異が挿入されているポリヌクレオチドであって、正常型Ang−1、および変異型Ang−1と同等の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子が含まれることは言うまでもない。なお、上記変異の数は、1つでも、複数でもよい。さらに、上記配列番号2に示される塩基配列の5’上流および/または3’下流に付加配列を有しているポリヌクレオチドも、本発明にかかる変異型Ang−1遺伝子に含まれる。
【0038】
本明細書において、「Ang−1」とは、上記Ang−1遺伝子の翻訳産物、および各種データベース上でアンギオポエチンー1としてアミノ酸配列が公開されているタンパク質の総称である。
【0039】
一方、本明細書において、「変異型Ang−1」とは、上記変異型Ang−1遺伝子の翻訳産物を指す。例えば、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなり、その配列中第269番目のアミノ酸としてグリシンを持ったタンパク質が挙げられる。
【0040】
また、本明細書において、「正常型Ang−1」とは、上記正常型Ang−1遺伝子の翻訳産物を指す。例えば、上記配列番号1に示されるアミノ酸配列中、第269番目のグリシンが欠落したタンパク質が挙げられる。
【0041】
上記正常型Ang−1および変異型Ang−1は、さらに付加的なポリペプチドを含むものであってもよい。上記付加的なポリペプチドが付加される場合としては、例えば、Hisタグ等によって当該タンパク質がエピトープ標識されるような場合が挙げられる。さらに、上記配列番号1に示されるアミノ酸配列の一部に、挿入、置換、および/または欠失などの変異が挿入されているタンパク質であって、変異型Ang−1と同等の機能を有するタンパク質が、本発明にかかる変異型Ang−1に含まれることは言うまでもない。さらに、正常型Ang−1についても、同様のことが言える。なお、上記変異の数は、1つでも、複数でもよい。
【0042】
<2.DRの発症またはその発症の可能性の判定方法>
本発明にかかるDRの発症またはその発症可能性の判定方法(換言すれば、DRの診断方法)は、Ang−1、Ang−1をコードするポリヌクレオチド、またはAng−1遺伝子における変異の有無を検出する工程を含んでいればよく、その他の構成については特に限定されるものではない。
【0043】
上記Ang−1の変異としては、上記変異型Ang−1における第269番目のアミノ酸であるグリシンの欠失変異であることが好ましい。例えば、上記配列番号1に示されるアミノ酸配列における第269番目のアミノ酸であるグリシンの欠失変異が挙げられる。
【0044】
また、上記Ang−1をコードするポリヌクレオチドの変異としては、上記変異型Ang−1の第269番目のアミノ酸であるグリシンをコードする3塩基の欠失変異であることが好ましい。例えば、上記配列番号1に示されるアミノ酸配列における第269番目のアミノ酸であるグリシンをコードする「GGT」の3塩基の欠失変異が挙げられる。
【0045】
さらに、上記Ang−1遺伝子の変異としては、変異型Ang−1遺伝子の翻訳領域中第805〜807番目の塩基である「GGT」の3塩基の欠失変異であることが好ましい。例えば、上記配列番号2に示される塩基配列における上記塩基配列中第805〜807番目の塩基である「GGT」の3塩基の欠失変異が挙げられる。
【0046】
本発明にかかるDRの発症またはその発症可能性の判定方法の具体的な構成について、以下に詳細に述べる。本発明にかかるDRの発症またはその発症可能性の判定方法として、具体的には、(A)ゲノムDNAを用いる方法、(B)mRNA(cDNA)を用いる方法、(C)本発明にかかるタンパク質を用いる方法を挙げることができる。以下、これら3種の方法について説明する。
【0047】
(A)ゲノムDNAを用いる方法
ゲノムDNAを用いる本判定方法は、例えば次のようにして実施できる。
【0048】
被験者のゲノムは、常法により人体の全ての細胞より得ることが可能であるが、例えば、毛髪、各臓器、末梢リンパ球、滑膜細胞などから得ることができる。また、得られた細胞を培養し、増殖したものから得ることもできる。さらに、末梢血から得ることも可能である。
【0049】
得られたゲノムは、例えば、PCR(Polymerase Chain Reaction)法、NASBA(Nucleic acid sequence based amplification)法、TMA(Transcription-mediated amplification)法およびSDA(Strand Displacement Amplification)法などの通常行われる遺伝子増幅法により増幅して用いることができる。
【0050】
ゲノム上の変異の有無を検出する方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、アリル特異的オリゴヌクレオチドプローブ法、オリゴヌクレオチドライゲーションアッセイ(Oligonucleotide Ligation Assay)法、PCR−SSCP法、PCR−CFLP法、PCR−DRFA法、インベーダー法、RCA(Rolling Circle Amplification)法、プライマーオリゴベースエクステンション(Primer Oligo Base Extension)法などが挙げられる。
【0051】
例えば、ゲノムから、Ang−1遺伝子上の上記変異位置を含む領域を増幅後、得られるPCR産物をサブクローニングし、これをダイレクトシークエンスすることによってゲノム上の変異の有無を検出できる。
【0052】
また、Ang−1遺伝子上の上記変異位置を含む領域をオリゴヌクレオチドプローブに用いることによって、ゲノム上の変異の有無を検出できる。このようにプローブに用いる場合としては、例えば、上記変異位置を含む領域の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドをチップ上に固定してDNAチップを構成し、当該DNAチップを上記変異の有無の検出用に用いるような場合が挙げられる。この場合、オリゴヌクレオチドプローブの長さとしては、上記変異位置を含む7〜50ヌクレオチド、あるいは10〜30ヌクレオチドが好ましく、15〜25ヌクレオチドがより好ましい。
【0053】
また、ゲノム上の変異の有無は、適当な制限酵素を使用し、切断されるゲノム断片のサイズの違いをサザンブロッティングなどで検出することによっても検出することができる。
【0054】
このように、ゲノム上の変異を検出することにより、被験者のDRの診断(発症またはその発症可能性の判定)を客観的かつ簡便に行うことができる。具体的には、正常型Ang−1遺伝子(3塩基欠失型Ang−1遺伝子)がホモで検出された場合は、DRを発症している可能性または将来発症する可能性は高いと判定することができる。一方、変異型Ang−1遺伝子(3塩基挿入型Ang−1遺伝子)と正常型Ang−1遺伝子とがヘテロで検出されたり、変異型Ang−1遺伝子がホモで検出されたりした場合には、DRを発症している可能性または将来発症する可能性が低いと判定することができる。
【0055】
なお、上記判定方法により使用されるプライマーおよびプローブは、常法により、DNAシンセサイザーなどにより作製することができる。
【0056】
(B)mRNA(cDNA)を用いる方法
mRNAを利用する場合、例えば、被験者の細胞より抽出したmRNAから逆転写反応によってcDNAを作製し、上記変異位置を含む領域を増幅後、上記と同様、増幅断片の塩基配列を直接シークエンスすることにより、またはDNAチップを用いることにより、あるいはRFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism)法を用いることにより、上記変異の有無を検出できる。
【0057】
上記変異位置を含む領域の増幅に用いるプライマーとしては、特に限定されるものではないが、例えば、以下のプライマーの組み合わせによりcDNAを鋳型とした増幅反応が可能である。
センスプライマー1:5’-CCACCAACAACAGTGTCCTT-3’(配列番号3)
センスプライマー2:5’-CAACCTTGTCAATCTTTGC-3’(配列番号4)
センスプライマー3:5’-GCTGGCAGTACAATGACAG-3’(配列番号5)
アンチセンスプライマー1:5’-TCAAAAATCTAAAGGTCGAAT-3(配列番号6)
アンチセンスプライマー2:5’-CAGCTTGATATACATCTGCACAG-3’(配列番号7)
このように、mRNA(cDNA)上の変異を検出することにより、上記ゲノムDNAを用いる方法の場合と同様に、被験者のDRの診断(発症またはその発症可能性の判定)を簡便に行うことができる。
【0058】
(C)タンパク質を用いる方法
被験者の細胞より調製したタンパク質を利用する場合、配列番号1のアミノ酸配列において上記変異位置におけるグリシン挿入の有無を検出する方法が挙げられる。このグリシン挿入の有無の検出は、通常のタンパク質のシークエンス方法に準ずればよいが、例えば、グリシン挿入型タンパク質(変異型Ang−1)、またはグリシン欠落型タンパク質(正常型Ang−1)のみを認識する抗体を作製し、ELISA法で検出する方法、タンパク質を単離し、直接または必要に応じ、酵素等で切断し、プロテインシークエンサーを利用して変異を検出する方法、アミノ酸の等電点の変異を検出する方法および質量分析により質量の差を検出する方法が挙げられ、好ましくは、正常型Ang−1または変異型Ang−1のいずれか一方のみを認識する抗体を作製し、ELISA法で検出する方法が挙げられる。
【0059】
このように、上記変異位置におけるグリシン挿入の有無を検出することにより、被験者のDRの診断(発症またはその発症可能性の判定)を客観的かつ簡便に行うことができる。具体的には、変異型Ang−1が検出されなかった場合(換言すれば、正常型Ang−1しか検出されなかった場合)は、DRを発症している可能性または将来発症する可能性は高いと判定することができる。一方、両方のタンパク質が検出された場合および特に変異型Ang−1のみが検出された場合は、DRを発症している可能性または将来発症する可能性は低いと判定することができる。
【0060】
なお、上記タンパク質の調製方法は、特に限定されず、被験者のあらゆる組織、細胞などから従来公知の方法で調製することができる。特に、Ang−1の発現量が多い組織から調製することが好ましい。
【0061】
また、上記(A)〜(C)のいずれの方法においても、上記被験者は、特に限定されるものではないが、糖尿病を発症している者、またはDRを発症している者が好ましい。
【0062】
さらに、本発明にかかるDRの発症またはその発症の可能性の判定方法が適用されるサンプルは、人体等の生体から分離された試料であればよく、上記例示されたものに限定されるものではない。
【0063】
<3.DRの発症またはその発症可能性の判定キット>
本発明にかかるDRの発症またはその発症可能性の判定キット(換言すれば、DRの診断キット)は、上記の変異を検出できる試薬を少なくとも含んでいればよく、その他の構成は特に限定されるものではない。上記の変異を検出できる試薬としては、例えば、プライマー、プローブ、および抗体などを挙げることができる。これらの試薬は、単独で含まれてもよく、また、複数の組み合わせで含まれていてもよい。さらに、上記判定キットは、上記例示する試薬に加えて、その他の試薬を組み合わせることによっても得ることができる。
【0064】
具体的には、ゲノム上およびmRNA(cDNA)上の変異の有無を検出するキットとしては、上記変異位置を含む領域を増幅できるように設計されたプライマーを含み、さらに、上記変異の有無を検出できるように設計されたプローブ、制限酵素、マクサムギルバート法およびサンガー法などの塩基配列決定法に利用される試薬など、変異を検出するために必要な試薬を1つ以上組み合わせたキットが挙げられる。なお、かかる試薬は、採用される検出方法に応じて適宜選択採用されるが、例えば、dATP、dUTP、dTTP、dGTP、DNA合成酵素、RNA合成酵素等を挙げることができる。さらに、変異の検出の妨げとならない適当な緩衝液および洗浄液等が含まれていてもよい。
【0065】
プライマーを含むキットの場合、プライマーは、上記変異位置を含む領域を増幅できるものであれば特に限定されるものではなく、例えば上記配列番号3〜7に示されるプライマーから選択して用いることができる。
【0066】
また、プローブを含むキットの場合、プローブは、上記変異位置を含む領域に結合できるものであれば、特に限定されるものではない。
【0067】
さらに、タンパク質上の変異の有無を検出するキットとしては、例えば正常型Ang−1または変異型Ang−1のいずれか一方のみを認識する抗体を含むキットなどが挙げられる。
【0068】
これらの判定キットを使用することにより、上記<2.DRの発症またはその発症の可能性の判定方法>の項で述べたように、DRの診断(発症またはその発症可能性の判定)を客観的かつ簡便に行うことができる
また、本発明にかかるDRの発症またはその発症可能性の判定キットが適用される被験者は特に限定されるものではないが、糖尿病を発症している者、またはDRを発症している者が好ましい。
【0069】
<4.DRの発症の予防方法および予防薬剤>
上述したように、正常型Ang−1は、DRの発症の一要因となるタンパク質である。一方、正常型Ang−1に1アミノ酸の挿入変異がある、すなわち、上述のグリシンが挿入された変異型Ang−1は、DRの発症を抑制する効果をもつ。したがって、上記グリシンが挿入された変異型Ang−1を、正常型Ang−1を有する者に補完することは、DRの発症に対する予防方法として有効であると考えられる。そこで、本発明は、(A)DRの発症に対する予防方法、または(B)DRの発症に対する予防薬剤に用いてもよい。
【0070】
(A)DRの発症に対する予防方法
本発明にかかるDRの発症に対する予防方法は、正常型Ang−1を有する者に、変異型Ang−1または当該変異型Ang−1をコードするDNA、あるいは、当該変異型Ang−1がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物を補完するDRの発症に対する予防方法であることが好ましい。
【0071】
(B)DRの発症に対する予防薬剤
本発明にかかるDRの発症に対する予防薬剤は、上記正常型Ang−1を有する者において、DRの発症を予防するために用いられる予防薬剤であって、変異型Ang−1または当該変異型Ang−1をコードするDNA、あるいは、当該変異型Ang−1がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物を主成分とするDRの発症に対する予防薬剤であることが好ましい。
【0072】
上記のDRの発症に対する予防方法および予防薬剤では、変異型Ang−1の補完方法は特に限定されるものではない。例えば、公知のタンパク質発現系や遺伝子導入方法などを用いることができる。具体的には、哺乳細胞にタンパク質を発現させる場合に用いる発現ベクターやウイルスベクターなどを用いた方法が挙げられる。
【0073】
また、上記レセプタータンパク質としては、例えば、Tie−2受容体が挙げられる。Ang−1がTie−2受容体のリガンドであることは、例えば、非特許文献2などに開示されている。したがって、このTie−2受容体のアゴニストとして作用する低分子化合物を経口または静注などによって体内に投与することは、DRの発症に対する予防方法として有効であると考えられる。なお、ここでいう低分子化合物とは、ペプチドなどのタンパク質をも含むものである。
【0074】
また、変異型Ang−1または当該変異型Ang−1をコードするDNAと、上記レセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物とは、予防薬剤として択一的に使用されるだけでなく、組み合わせて使用することも可能である。
【0075】
また、本発明にかかるDRの発症に対する予防方法もしくは予防薬剤が適用される被験者は特に限定されるものではないが、糖尿病を発症している者が好ましい。
【0076】
なお本発明は、以上例示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術範囲に含まれる。
【実施例】
【0077】
本発明について、実施例および図1〜5に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。なお、以下の実施例におけるDR関連遺伝子における変異の有無は次のようにして評価した。
【0078】
〔Ang−1遺伝子における変異の有無の評価方法〕
(1)配列分析
被験者の末梢血を、公知の方法によりEDTA採血した。採血した上記末梢血からRNA isolation kit (GENTRA SYSTEMS, MN)を用いて、トータルRNAを単離した。単離した上記トータルRNAから公知の方法により、Oligo dTプライマーによる逆転写反応を行い、cDNAを合成した。そして、Ang−1遺伝子のエクソン4から5にかけて設定したプライマーを用いて、RT−PCR法により増幅断片を得た。なお、上記の反応に使用したプライマーは、以下に示すとおりである。
センスプライマーF2−2:5’-CCACCAACAACAGTGTCCTT-3’(配列番号3)
センスプライマーF2−4:5’-CAACCTTGTCAATCTTTGC-3’(配列番号4)
アンチセンスプライマーR1186:5’-CAGCTTGATATACATCTGCACAG-3’(配列番号7)
また、上記センスプライマーF2−2およびF2−4、ならびに上記アンチセンスプライマーR1186の設定位置については、図1に示すとおりである。
【0079】
さらに、上記RT−PCRにおける増幅条件は以下の通りである。まず、上記合成cDNAを鋳型に、上記センスプライマーF2−2およびアンチセンスプライマーR1186をプライマーに用いて、RT−PCRによる断片増幅を行った。
【0080】
上記RT−PCRにおける反応液は、cDNA、1×PCR−Buffer II(Applied Biosystems)、1.5mM MgCl、0.2mM のdATP、dTTP、dGTPおよびdCTP、200nM のそれぞれのプライマー、2.5UのAmpliTaq Gold DNA-Polymerase (Applied Biosystems)を含むように調製した。
【0081】
さらに、上記RT−PCRの反応条件は、95℃で12分の行程を1サイクル、94℃で30秒、50℃で30秒および72℃で1分の行程を30サイクルとした。
【0082】
以上の条件によりRT−PCRを行った後、得られたPCR産物1μlを鋳型とし、プライマーに上記センスプライマーF2−4およびアンチセンスプライマーR1186を用いて、上記の反応液組成および反応条件でPCRを行い、増幅断片を得た。
【0083】
その結果、得られた増幅断片をエタノール沈殿により精製した。次に、上記センスプライマーF2−4とBigDye Terminator(Applied Biosystems, CA)とを用いたダイターミネーター法によって、精製した増幅断片から配列分析用の試料を調製した。その後、蛍光DNAシークエンサー(ABI377、Applied Biosystems)にて、その試料の配列分析を行った。配列解析により決定した上記増幅断片の配列を、配列番号1に示される変異型Ang−1遺伝子の配列と比較することにより、Ang−1遺伝子における変異の有無を評価することとした(図2右側上段、中段を参照)。塩基番号805からシークエンスフェログラム(波形シグナル)の重複が認められる場合、変異型Ang−1遺伝子と正常型Ang−1遺伝子とがヘテロで存在すると判定することとした(図2右側下段を参照)。
【0084】
なお、図2中、「−/−」、「mt/mt」、および「mt/−」は、それぞれ、正常型Ang−1遺伝子がホモで検出された場合、変異型Ang−1遺伝子がホモで検出された場合、および正常型Ang−1遺伝子と変異型Ang−1遺伝子とがヘテロで検出された場合を意味する。
【0085】
(2)鎖長分析
上記の配列分析の場合と同様の方法で増幅断片を得た。ただし、鎖長分析では、上記センスプライマーF2−4はTET蛍光標識したものを用いた。最終PCR反応産物を10倍に希釈した上記増幅断片を含む溶液を用いて、鎖長分析を行った。鎖長分析は上記の希釈された増幅断片を含む溶液を1μl、5mg/ml Blue Dextran、2.5mM EDTA、分子量マーカーGS500 TAMRA(Applied Biosystems)0.3μlを含むホルムアミド液3μlを試料とし、蛍光DNAシークエンサーを用いて行った。
【0086】
鎖長分析では、101塩基もしくは98塩基のピークのいずれが出現するかにより、Ang−1遺伝子における変異の有無を判定することとした(図2左側上段、中段を参照)。また、101塩基と98塩基との両方のピークが出現する場合には、ヘテロであると判定することとした(図2左側下段を参照)。
【0087】
〔実施例1〕
DR患者から上記の方法で採血した末梢血を用いて、上記の配列分析および鎖長分析を行った。図3は、上記変異位置を含む領域のシークエンス解析結果を示している。図3に示すように、Ang−1遺伝子においては、3塩基挿入型および3塩基欠失型の2種類が存在することが見出された。なお、同図(左)が3塩基挿入型の解析結果であり、同図(右)が3塩基欠失型の解析結果である。つまり、3塩基挿入型では、「GGT」の3塩基挿入が生じていることが確認でき(図3(左)を参照)、3塩基欠失型では、この3塩基が欠失していることが確認できた(図3(右)を参照)。
【0088】
なお、配列番号2には、このうち3塩基挿入型の遺伝子配列が示されている。この3塩基挿入型では、配列番号2に示されるように、その配列中第805〜807番目の塩基として「GGT」の3塩基が挿入されている。
【0089】
また、上記3塩基挿入型遺伝子の翻訳産物であるタンパク質は、配列番号1に示されるように、そのアミノ酸配列中第269番目のアミノ酸としてグリシンが挿入されている。一方、上記3塩基欠失型遺伝子の翻訳産物であるタンパク質においては、この第269番目のグリシンが欠落している。
【0090】
〔実施例2〕
RA患者、DR患者、および健常者から採血した末梢血を用いて、上記方法により、Ang−1遺伝子における上記3塩基挿入変異の有無を検出した結果を図4に示す。
【0091】
なお、図4において、nは各種被験者の全体数を示し、正常型Ang−1遺伝子をホモで有する者(図中および以下、「−/−」と示す)、正常型Ang−1遺伝子と変異型Ang−1遺伝子とをヘテロで有する者(図中および以下、「mt/−」と示す)、変異型Ang−1遺伝子をホモで有する者(図中および以下、「mt/mt」と示す)の数をそれぞれの欄に示している。さらに、括弧内には、各種被験者における上記それぞれの者の割合を示す。
【0092】
図4に示すように、健常者では、「−/−」は11.9%、「mt/−」は78.0%、「mt/mt」は10.1%であった。RA患者では、「−/−」は5.1%、「mt/−」は79.0%、「mt/mt」は24.5%であった。また、DR患者では、「−/−」は25.8%、「mt/−」は36.5%、「mt/mt」は37.9%であった。さらに、変異型Ang−1遺伝子をホモで有する者について、健常者群と、RA患者群およびDR患者群との間の有意差をカイ2乗検定により解析した。その結果、健常者群とRA患者群との間のP値は、10−2、健常者群とDR患者群との間のP値は、10−4であった。すなわち、DR患者において、正常型Ang−1遺伝子をホモで有する者が有意に多かった。
【0093】
〔実施例3〕
DR患者について、年齢、ヘモグロビンA1c(HbA1c)、空腹時血糖(FBS)、総コレステロール(T−Cho)/HDLコレステロール(HDL−C)、および糖尿病発病後の年数を調べた。なお、HbA1c、FBS、T−Cho、およびHDL−Cは、空腹時採血サンプルを用いて、定法に従い、測定した。その結果、各測定項目とも、Ang−1遺伝子の変異の有無による相違は見られなかった。
【0094】
なお、図5において、正常型Ang−1遺伝子をホモで有する者(図中および以下、「−/−」と示す)、正常型Ang−1遺伝子と変異型Ang−1遺伝子とをヘテロで有する者(図中および以下、「mt/−」と示す)、変異型Ang−1遺伝子をホモで有する者(図中および以下、「mt/mt」と示す)のうち、上記各種測定項目の測定結果をそれぞれの欄に示している。
【0095】
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0096】
以上のように、本発明では、Ang−1、もしくはAng−1遺伝子における変異を検出することにより、DRの発症の可能性を予測することができる。それゆえ、DRの発症またはその発症可能性の判定方法や判定キットに代表される診断医療の分野だけでなく、保健医学分野に広く利用することができる。さらには、変異型Ang−1、もしくは変異型Ang−1遺伝子を用いることにより、DRの発症の予防方法や予防薬剤に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0097】
【図1】本発明にかかるAng−1遺伝子のcDNAの一部を模式的に示した概略図である。
【図2】本実施例において、Ang−1遺伝子の3塩基欠失変異位置を含む領域の配列解析および鎖長解析を行った結果を示す図である。
【図3】本実施例において、Ang−1遺伝子の3塩基挿入変異位置を含む領域のシークエンス解析を行った結果を示す図である。
【図4】本実施例において、RA患者、DR患者、および健常者において、Ang−1遺伝子における3塩基欠失変異の有無の検出を行った結果を示す表である。
【図5】本実施例において、DR患者について、年齢、HbA1c、FBS、T−Cho/HDL−C、および糖尿病発病後の年数を調べた結果を示す表である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体から分離された試料を用いて、糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性を判定する方法であって、
アンギオポエチン−1タンパク質をコードするポリヌクレオチドにおける変異の有無を検出する工程を含み、かつ、
上記変異が、変異型アンギオポエチン−1タンパク質の第269番目のアミノ酸であるグリシンをコードする3塩基の欠失変異であることを特徴とする糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性の判定方法。
【請求項2】
生体から分離された試料を用いて、糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性を判定する方法であって、
アンギオポエチン−1遺伝子における変異の有無を検出する工程を含み、かつ、
上記変異が、変異型アンギオポエチン−1遺伝子の翻訳領域中第805〜807番目の塩基である「GGT」(GおよびTは、それぞれ、グアニンおよびチミンを表す)の3塩基の欠失変異であることを特徴とする糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性の判定方法。
【請求項3】
生体から分離された試料を用いて、糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性を判定する方法であって、
アンギオポエチン−1タンパク質における変異の有無を検出する工程を含み、かつ、
上記変異が変異型アンギオポエチン−1タンパク質の第269番目のアミノ酸であるグリシンの欠失変異であることを特徴とする糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性の判定方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性の判定方法を利用することを特徴とする糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性の判定キット。
【請求項5】
上記糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性の判定キットが、プライマー、プローブおよび抗体のうち、少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項4に記載の糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性の判定キット。
【請求項6】
上記プライマーが、上記変異型アンギオポエチン−1遺伝子の翻訳領域中第805〜807番目の塩基を含む領域を増幅するためのプライマーであることを特徴とする請求項5に記載の糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性の判定キット。
【請求項7】
上記プローブが、上記変異型アンギオポエチン−1遺伝子の翻訳領域中第805〜807番目の塩基を含む領域に結合することを特徴とする請求項5に記載の糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性の判定キット。
【請求項8】
上記抗体が、上記変異型アンギオポエチン−1タンパク質、または、上記変異型アンギオポエチン−1タンパク質の第269番目のアミノ酸であるグリシンが欠落した正常型アンギオポエチン−1タンパク質のいずれか一方のみを認識することを特徴とする請求項5に記載の糖尿病性網膜症の発症またはその発症の可能性の判定キット。
【請求項9】
変異型アンギオポエチン−1タンパク質の第269番目のグリシンが欠落した正常型アンギオポエチン−1タンパク質を有する者に、第269番目のアミノ酸としてグリシンを有する変異型アンギオポエチン−1タンパク質、もしくは当該変異型アンギオポエチン−1タンパク質をコードするDNA、または、当該変異型アンギオポエチン−1タンパク質がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物を補完することを特徴とする糖尿病性網膜症の発症の予防方法。
【請求項10】
糖尿病性網膜症の発症を予防するために用いられる予防薬剤であって、
変異型アンギオポエチン−1タンパク質の第269番目のグリシンが欠落した正常型アンギオポエチン−1タンパク質を有する者を投与対象とし、
第269番目のアミノ酸としてグリシンを有する変異型アンギオポエチン−1タンパク質もしくは当該変異型アンギオポエチン−1タンパク質をコードするDNA、または、当該変異型アンギオポエチン−1タンパク質がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物を主成分とすることを特徴とする糖尿病性網膜症の発症の予防薬剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−325528(P2006−325528A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−155937(P2005−155937)
【出願日】平成17年5月27日(2005.5.27)
【出願人】(504156706)株式会社膠原病研究所 (13)
【Fターム(参考)】