説明

糖尿病治療剤スクリーニング方法

【課題】新規メカニズムに基づく糖尿病治療剤のスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】前記スクリーニング方法は、(1)α/βヒドロラーゼ2を抑制する活性があるか否かを検出する工程、及び(2)α/βヒドロラーゼ2を抑制する活性がある物質を選択する工程を含む。更に、抑制は発現抑制であり、プロモーター活性抑制活性を検出する工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規メカニズムに基づく糖尿病治療剤スクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の運動不足、あるいは、高脂肪食の多い食生活などといった生活スタイルの欧米化により、糖尿病、心臓病、脳卒中の生活習慣病と診断される人は年々増加している。中でも、糖尿病罹患者が最も多く、厚生省が行った我が国の平成9年度の糖尿病の実態調査によれば、「糖尿病が強く疑われる人」は690万人であり、その数はその後も増加を続け、2010年には1080万人になると予想されている。これらの糖尿病患者の90%以上は、インスリン分泌の低下、あるいは、インスリン抵抗性の増大によるインスリン作用不足を特徴とする2型糖尿病である。
【0003】
健常人においては、食事を摂取して血糖値が上昇すると、膵臓からのインスリン分泌が速やかに上昇し、そのインスリン濃度に反応して、肝臓での糖放出低下作用、並びに骨格筋及び脂肪組織での糖取り込み量の増加作用が生じ、血糖値が低下して正常ラインに戻る。しかし、インスリン分泌の低下、あるいは、インスリン抵抗性を起こしている糖尿病患者では、インスリンに応答した筋肉及び脂肪組織での糖取り込みの上昇、又は肝臓での糖放出の低下が充分ではなく、食後高血糖又は空腹時高血糖といった異常な血糖値の変動を示すようになる。糖尿病は発症しても長い間、自覚症状がなく進行し、重篤な糖尿病では糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、又は神経障害などの合併症を併発することから、糖尿病は進行の早い時期から予防又は治療することが非常に重要である。
【0004】
糖尿病治療薬としては、インスリン注射剤の他、経口糖尿病治療薬として、膵臓のβ細胞からのインスリン分泌を促進させるスルホニル尿素系製剤(SU剤)、小腸粘膜に存在するα−グルコシダーゼを阻害することにより糖質の吸収を遅延させるα−グルコシダーゼ阻害剤、肝臓、脂肪、及び/又は骨格筋でのインスリン抵抗性の軽減を主作用とするチアゾリジン誘導体、糖新生を抑制して肝臓からのグルコース放出を低下させることにより空腹時血糖を低下させることを主作用とするビグアナイド剤などが現在臨床で使われている。しかし、合併症や副作用などの問題で慎重な投与が要求されており、副作用のない、より効果の強い薬剤が求められているのが現状である(非特許文献1、2、3)。
【0005】
α/βヒドロラーゼ2(α/βhydrolase 2;abhd2)は、肺α/βヒドロラーゼタンパク質2(lung α/βhydrolase protein 2;labh2)とも呼ばれ、α/βヒドロラーゼフォールド(hydrolase fold)スーパーファミリーに分類される。α/βヒドロラーゼフォールドスーパーファミリーの分子はリパーゼ、エステラーゼやプロテアーゼなどの多様な酵素活性を有することが知られているが、α/βヒドロラーゼ2の機能は未だ明らかとなっていない(非特許文献4)。また、糖尿病との関連についても、何ら知られていない。
【0006】
【非特許文献1】河盛隆造ら,「糖尿病 2001 からだの科学 増刊」,日本評論社,2001年,p.86−108
【非特許文献2】岡,「最新医学」,2002年,p.41−46
【非特許文献3】岩本安彦,「病気と薬の説明ガイド2004」,薬局55巻2004年1月増刊号,南山堂,2004年,p.992−1035
【非特許文献4】エドガー・エー・ジェー(Edgar, A.J.)ら,「バイオケミカル・アンド・バイオフィジカル・リサーチ・コミュニケーションズ(Biochemical and Biophysical Research Communications)」,(米国),2002年,第292巻,p.617−625
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、機能を修飾することで糖・脂質代謝に影響を及ぼす物質を取得し、新規な糖尿病治療剤を取得するスクリーニング系を提供することにある。
本発明者は、α/βヒドロラーゼ2遺伝子ノックアウトマウスを作成したところ(実施例1)、高脂肪食負荷ノックアウトマウス群では、通常食同腹ワイルドマウス群と比較して、明らかな肥満が観察されたにもかかわらず、随時血糖値は統計的に有意な差はなく、血中トリグリセライド値及び遊離脂肪酸値の有意な減少が認められた(実施例2)。
これらの結果より、α/βヒドロラーゼ2を発現抑制や機能阻害することで、血糖値が低下すること、並びに、肥満による血糖値、血中トリグリセライド値及び遊離脂肪酸値の上昇が抑制されることを見出し、α/βヒドロラーゼ2抑制活性を指標に、糖尿病治療剤のスクリーニングが可能であることを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、
[1](1)α/βヒドロラーゼ2を抑制する活性があるか否かを検出する工程、及び
(2)α/βヒドロラーゼ2を抑制する活性がある物質を選択する工程
を含む、糖尿病治療剤のスクリーニング方法;
[2]抑制が発現抑制である、[1]に記載のスクリーニング方法;
[3](1)α/βヒドロラーゼ2プロモーターに試験物質を接触させる工程、
(2)試験物質による前記プロモーター活性を抑制する活性があるか否かを検出する工程、及び
(3)前記プロモーター活性を抑制する活性がある物質を選択する工程
を含む、[2]に記載のスクリーニング方法;並びに
[4]選択した物質による、血糖値、血中トリグリセライド値、及び/又は血中遊離脂肪酸値変化を検出する工程を更に含む、[1]〜[3]のいずれか1つに記載のスクリーニング方法
に関する。
【0009】
α/βヒドロラーゼ2は、肺α/βヒドロラーゼタンパク質2とも呼ばれ、α/βヒドロラーゼフォールドスーパーファミリーに分類されるタンパク質である。本明細書において、α/βヒドロラーゼ2には、例えば、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド等の公知のα/βヒドロラーゼ2、及びそれらのアレル変異体が含まれ、哺乳類α/βヒドロラーゼ2が好ましく、ヒトα/βヒドロラーゼ2がより好ましい。
【0010】
本明細書における用語「α/βヒドロラーゼ2抑制」には、α/βヒドロラーゼ2の発現抑制と、α/βヒドロラーゼ2の機能抑制とが含まれる。
また、本明細書における用語「糖尿病治療剤」には、糖尿病である患者の治療のために使用する薬剤と、糖尿病傾向にある対象に予防的に使用する薬剤の両方が含まれる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、新規のメカニズム、すなわち、α/βヒドロラーゼ2抑制活性を指標に、糖尿病治療剤のスクリーニングを行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明者は、α/βヒドロラーゼ2遺伝子を発現抑制や機能阻害することで、血糖値が低下すること、並びに、肥満による血糖値、血中トリグリセライド値及び遊離脂肪酸値の上昇が抑制されることを見出した。従って、α/βヒドロラーゼ2の発現量変化を指標とする、又は、α/βヒドロラーゼ2機能阻害を指標とする、糖尿病治療剤(好ましくは、血糖値低下剤、血糖値上昇抑制剤、血中トリグリセライド値上昇抑制剤、及び/又は、遊離脂肪酸値上昇抑制剤)のスクリーニング方法を構築することができる。
【0013】
本発明のスクリーニング方法で使用する試験物質としては、特に限定されるものではないが、例えば、市販の化合物(ペプチドを含む)、ケミカルファイルに登録されている種々の公知化合物(ペプチドを含む)、コンビナトリアル・ケミストリー技術[N. Terrett et al., Drug Discov. Today,4(1):41,1999]によって得られた化合物群、微生物の培養上清、植物や海洋生物由来の天然成分、動物組織抽出物、あるいは、本発明のスクリーニング方法により選択された化合物(ペプチドを含む)を化学的又は生物学的に修飾した化合物(ペプチドを含む)を挙げることができる。
【0014】
前記スクリーニングする方法として限定はされないが、具体的には、例えば、以下のスクリーニング方法が挙げられる。
(1)α/βヒドロラーゼ2の発現抑制を指標とするスクリーニング方法
α/βヒドロラーゼ2の発現抑制により、血糖値の低下、並びに、肥満による血糖値、血中トリグリセライド値及び遊離脂肪酸値の上昇が抑制されるため、α/βヒドロラーゼ2の発現抑制を指標として糖尿病治療剤(好ましくは、血糖値低下剤、血糖値上昇抑制剤、血中トリグリセライド値上昇抑制剤、及び/又は、遊離脂肪酸値上昇抑制剤)のスクリーニングが実施可能となる。
例えば、内在性のα/βヒドロラーゼ2の発現量を分析することにより、あるいは、α/βヒドロラーゼ2のプロモーター領域を、適当なレポーター遺伝子(例えば、ルシフェラーゼ遺伝子)の上流に連結した発現ベクターを作製し、この発現ベクターで形質転換した細胞と、試験化合物とを接触させ、前記レポーター遺伝子の発現の変化を分析することにより、スクリーニングを実施し、糖尿病治療剤(好ましくは、血糖値低下剤、血糖値上昇抑制剤、血中トリグリセライド値上昇抑制剤、及び/又は、遊離脂肪酸値上昇抑制剤)を選択することができる。
【0015】
前記α/βヒドロラーゼ2のプロモーターとしては、特に限定されるものではないが、哺乳類由来のα/βヒドロラーゼ2プロモーターが好ましく、ヒト由来のα/βヒドロラーゼ2のプロモーターがより好ましい。更に好ましくは、配列番号22で表される塩基配列における1954番〜4618番の塩基配列からなるプロモーター、あるいは、配列番号22で表される塩基配列における1954番〜4618番の塩基配列を含み、その5’側に、配列番号22で表される塩基配列における1953番〜1番の塩基配列の内の3’側から数えて1〜1953個の塩基が更に追加されている配列からなるプロモーター(すなわち、配列番号22で表される塩基配列からなるプロモーター、あるいは、配列番号22で表される塩基配列において、その5’側から1〜1953個の塩基が欠失した配列からなるプロモーター)である。
【0016】
以下具体例を挙げて説明する。
まず、試験物質で未処理又は処理した細胞から通常用いられる方法によりRNAを調製することができる。このRNA調製液から公知の方法に従ってアガロースゲル電気泳動によりRNAを分離した後、ニトロセルロース膜に転写し、これをα/βヒドロラーゼ2の部分塩基配列を含むラベルした短鎖DNAプローブを用いたノーザンブロット解析により、試験物質によるα/βヒドロラーゼ2塩基配列を有するRNAの発現量の増減を検出することができる。これによりα/βヒドロラーゼ2の発現量を抑制する物質を試験物質の母集団中からスクリーニングすることができる。
【0017】
あるいは、試験物質で未処理又は処理した細胞から通常用いられる方法によりタンパク質を調製することができる。このタンパク質調製液から公知の方法に従ってタンパク質電気泳動によりタンパク質を分離した後、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)膜に転写し、これをα/βヒドロラーゼ2特異的抗体を用いたウエスタンブロット解析により、試験物質によるα/βヒドロラーゼ2タンパク質の発現量の増減を検出することができる。これによりα/βヒドロラーゼ2タンパク質の発現量を抑制する物質を試験物質の母集団中からスクリーニングすることができる。
【0018】
あるいは、α/βヒドロラーゼ2の部分塩基配列を含む短鎖DNAプライマーを用いたリアルタイムPCR法によっても、試験物質によるα/βヒドロラーゼ2塩基配列を有するRNAの発現量の増減を定量的に検出することができる。これによりα/βヒドロラーゼ2の発現量を抑制する物質を試験物質の母集団中からスクリーニングすることが可能である。
【0019】
あるいは、α/βヒドロラーゼ2のプロモーター領域を、適当なレポーター遺伝子(例えば、ルシフェラーゼ遺伝子)の上流に連結した発現ベクターを作製し、この発現ベクターで形質転換した細胞と、試験物質とを接触させ、前記レポーター遺伝子の発現の変化を分析することによりスクリーニングを実施可能である。この方法により、プロモーター活性を調節する物質が得られ、直接的、又は、間接的にα/βヒドロラーゼ2の活性を調節する物質が得られる。具体的なスクリーニング方法としては、例えば、実施例6に記載のルシフェラーゼ活性検出系を用いた方法を挙げることができる。すなわち、実施例6に記載のルシフェラーゼ活性検出系において、プラスミドpGV−TG0005Pro(2.7k)又はpGV−TG0005Pro(4.6k)を293細胞にトランスフェクションした後に実施する2日間の培養の際に、培養液中に試験物質を共存させること以外は、実施例6に記載の方法を実施することにより、プロモーター活性を調節する物質をスクリーニングすることができる。プロモーター活性を抑制する物質としては、プロモーター活性化時の活性と比較して有意にレポーター活性が抑制される能力を持つ物質を選択することが望ましい。
【0020】
血糖値、血中トリグリセライド値、及び/又は血中遊離脂肪酸値変化は、常法に従って検出することができ、例えば、実施例2に記載された方法で、正常食若しくは高脂肪食摂取マウスに試験物質を投与し、マウスの血糖値、血中トリグリセライド値、及び/又は血中遊離脂肪酸値を測定することにより変化を検出することができる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。なお、特に断りのない限り、公知の方法、例えば、Sambrook, J. ら, "Molecular Cloning-A Laboratory Manual", Cold Spring Harbor Laboratory, NY, 1989、相沢慎一,「ジーンターゲティング・ES細胞を用いた変異マウスの作製」,羊土社,1995等の遺伝子操作実験マニュアルに従って実施した。
【0022】
《実施例1:α/βヒドロラーゼ2遺伝子ノックアウトマウスの作製》
トラップベクター及びこれを用いた遺伝子トラップ法(WO01/05987)により、α/βヒドロラーゼ2遺伝子のみが破壊されたESクローンの選択、α/βヒドロラーゼ2遺伝子ノックアウトマウスF1へテロの作製を行った。
【0023】
α/βヒドロラーゼ2遺伝子のみが破壊されたESクローンの選択は以下のように行った。まず、トラップベクター(WO01/05987)をエレクトロポレーションによりES(TT2)細胞(Yagi T. et al., Analytical Biochemistry, 214, p.70-76, 1993)に導入し、G418による選別を行った。形成されたコロニーのピックアップを行い、それぞれのクローンについてゲノムDNAを抽出し、ベクター上に設計された2種のプライマーセットを用いたPCR及びサザンブロット解析により、トラップベクターが1コピーのみ組み込まれ、かつベクターが全部分導入されているES細胞クローンを選択した。
【0024】
なお、2種のプライマーセットとして、配列番号3で表される塩基配列からなるオリゴDNAと配列番号4で表される塩基配列からなるオリゴDNAとのセット、及び配列番号5で表される塩基配列からなるオリゴDNAと配列番号6で表される塩基配列からなるオリゴDNAとのセットを使用した。また、前記PCRでは、変性(94℃にて45秒間)、アニール(58℃にて60秒間)、及び伸長(72℃にて90秒間)からなるサイクルを30サイクル実施した。前記サザンブロット解析では、ゲノムDNAはEcoRI又はBamHIにより切断し、プローブとしてベクター上のpUC領域を使用した。
【0025】
続いて、プラスミドレスキュー法で回収された被トラップ遺伝子の部分配列がGenBank登録配列NM_018811.4の18番〜707番の塩基配列に一致し、トラップベクターがα/βヒドロラーゼ2遺伝子のORF(登録配列NM_018811.4の182番〜1459番)の上流に挿入されているESクローンを選択した。
【0026】
続いて、アグリゲーション法(Nagy A., 1993, Oxford University Press, Oxford, pp147-179)にてα/βヒドロラーゼ2遺伝子のみが破壊されたES細胞クローンとICR系8細胞期胚を凝集させ、翌日桑実胚〜胚盤胞に発生したキメラ胚を偽妊娠誘起したICR系雌マウス(偽妊娠誘起から3日目)の子宮へ移植した(相沢慎一,「ジーンターゲティング・ES細胞を用いた変異マウスの作製」,羊土社,1995)。移植後、17.5日に帝王切開を行い、キメラマウスを得た。キメラマウスは4週まで、里親に保育させた(相沢慎一,「ジーンターゲティング・ES細胞を用いた変異マウスの作製」,羊土社,1995)。キメラマウスは4週で離乳し、6週で生殖系列伝達(Germline Transmission;GT)確認のため、ICR系雌マウス2匹と交配を行った。キメラマウスとICRの産仔の組織よりゲノムDNAを採取し、ベクター上に設計されたプライマーセット(配列番号7及び8)を用いたPCR解析で導入遺伝子の有無を、上述のESクローン選択と同様の方法によるサザン解析でES細胞とマウスの遺伝子が一致するかを解析した。GT判定が終了したキメラ雄マウスとC57BL/6J雌マウス2匹を自然交配させ、α/βヒドロラーゼ2遺伝子ノックアウトマウスF1へテロを作製した。
【0027】
このF1へテロノックアウト雄マウスと、妊馬血清ゴナドトロピン(PMSG)及びヒト絨毛性腺刺激ホルモン(hCG)の投与により過排卵処置を施したC57BL/6J雌マウスとの体外受精(IVF)により得られた受精卵を、精管結搾雄マウスとの交配により偽妊娠誘起処置を施したICR系雌マウス(レシピエント)に移植することにより、F2へテロノックアウトマウスを大量に作出した。そこで得られたF2ヘテロノックアウトマウスを用いてIVFを行い、受精卵を作製後、それらの胚をレシピエントに移植することによりF3ホモノックアウトマウスを作製した。
【0028】
《実施例2:α/βヒドロラーゼ2遺伝子ノックアウトマウスの表現型解析》
正常食はCE−2(日本クレア社製)を用いた。高脂肪食は、オレイン系圧搾油一番搾り(紅花食品社製)320g、ラット用高脂肪食OBSK(カタログ番号YTO40;オリエンタル酵母社製)675g、DL−メチオニン(和光純薬社製)5g、及び水100gを混合し、練り上げたものを用い、5週齡から20週齡まで自由摂取させた。試験は、正常食ノックアウトマウス群(雄:n=6)、正常食同腹ワイルドマウス群(雄:n=6)、高脂肪食負荷ノックアウトマウス群(雄:n=6)で行った。
【0029】
随時血糖値は、5、10、15、及び20週齢時に、尾静脈より血液約5μLを採取し、簡易型血糖測定機(デキスターZ)により測定した。血液生化学的検査は20週齢時に実施した。18時間絶食させたマウスをエーテルで麻酔した後、後大静脈腹部よりヘパリン塗布注射筒で血液を採取し、1,870×gで10分間遠心分離して得られた血漿を用いた。総コレステロール(T.Cholesterol)はCOD−HDAOS法、高比重リポタンパク質中のコレステロール(HDL-Cholesterol)はダイレクト(Direct)法、トリグリセライド(Triglycerides)はGPO−HDAOS法、グリセロールブランキング(glycerol blanking)法、遊離脂肪酸(NEFA)はACS−ACOD法、グルコース(Glucose)はヘキソキナーゼ(Hexokinase)−G−6−PDH法を用い、自動分析装置(7170;株式会社日立製作所)で測定した。インスリン(Insulin)はインスリン測定キット(森永生科学研究所)、レプチン(Leptin)はマウスレプチン(Mouse Leptin)測定キット(森永生科学研究所)を用いて測定した。
【0030】
その結果、20週齡の高脂肪食負荷ノックアウトマウス群では、通常食同腹ワイルドマウス群と比較して、体重増加率が約1.8倍(体重比で約1.25倍)、血中レプチン濃度が約7倍、内臓脂肪量が約3倍と、明らかな肥満が観察された。それにもかかわらず、随時血糖値は統計的に有意な差はなく(高脂肪食負荷群149±20mg/dL;通常食群134±9mg/dL)、血中トリグリセライド値(同9±1mg/dL;12±2mg/dL、P<0.01)及び遊離脂肪酸値(同1.14±0.19mEq/L;1.28±0.14mg/dL、P<0.05)の有意な減少が認められた。
【0031】
経口糖負荷試験は以下のように行った。すなわち、19週齢時に、ステンレス製床網を敷いたケージ内で、約16時間絶食(糖負荷前日の午後18:00時より絶食開始)させ、尾静脈より血液約5μLを採取し、簡易型血糖測定機(デキスターZ)により糖負荷前(午前9:30〜10:00)の血糖値を測定した。次に、グルコース液を700mg/kgの用量で1回経口投与(午前10:00〜)し、糖負荷後30、60、及び120分の血糖値を簡易型血糖測定機(デキスターZ)により上記と同様に測定した。その結果、通常食ノックアウトマウス群は、通常食同腹ワイルドマウス群との比較において、各測定点で、血糖値の低値が観察された。また、高脂肪食負荷ノックアウトマウス群の血糖値は、各測定点で、正常食同腹ワイルドマウス群と同程度であった(図1)。
【0032】
これらの観察結果より、α/βヒドロラーゼ2を発現抑制や機能阻害することで、(1)血糖値の低下、(2)肥満による血糖値の上昇の抑制、(3)肥満による血中トリグリセライド値の上昇の抑制、(4)肥満による遊離脂肪酸値の上昇の抑制が起こることが示唆された。
なお、以上の結果の統計学的処理は2群間の分散比のF検定(有意水準は5%)を行い、分散に差がない場合はスチューデント(Student)のt検定、差がある場合はアスピン−ウェルチ(Aspin-Welch)のt検定を行った。いずれの場合も有意水準を1%及び5%にした。
【0033】
《実施例3:ヒトα/βヒドロラーゼ2遺伝子のクローニング》
マウスα/βヒドロラーゼ2遺伝子はアクセッション番号NM_018811.4(アミノ酸配列NP_061281.3)としてGenBankに登録されていた。ヒトオルソログ配列として、GenBankアクセッション番号NM_007011.4(アミノ酸配列NP_008942.3)が登録されており、425アミノ酸からなるヒトα/βヒドロラーゼ2ORFは、マウス配列と420アミノ酸が一致した。ヒト骨格筋cDNA(クロンテック社製)を鋳型とし、配列番号9で表される塩基配列からなるオリゴDNAと、配列番号10で表される塩基配列からなるオリゴDNAとをプライマーとし、DNAポリメラーゼ(Pyrobest DNA polymerase;タカラバイオ社製)を用いて、94℃2分間の反応後、98℃(10秒間)、60℃(30秒間)、及び72℃(1分30秒間)のサイクルを40回行うPCRを実施した。続いて、この反応液50分の1量を鋳型として、配列番号11で表される塩基配列からなるオリゴDNAと、配列番号12で表される塩基配列からなるオリゴDNAとをプライマーとし、同条件のPCRを行い、アガロース電気泳動にて、生成した約1.3kbpのDNA断片を分離及び抽出した。このDNA断片をプラスミドpZErO2.1(インビトロジェン社製)のEcoRV部位にサブクローンし(pZErO−TG0005と命名)、ジデオキシターミネーター法によりDNAシークエンサー(ABI3700 DNA Sequencer;Applied Biosystems社製)で塩基配列を解析することにより、α/βヒドロラーゼ2遺伝子のORF(配列番号1で表される塩基配列;GenBank登録配列NM_018811.4の182番〜1459番)を取得した。現在までに、当該遺伝子α/βヒドロラーゼ2の生理機能は報告されておらず、糖・脂質代謝に関連することは全く知られていなかった。
【0034】
(2)ヒトα/βヒドロラーゼ2タンパク質の発現プラスミドの構築
実施例3(1)で取得したプラスミドpZErO−TG0005を制限酵素XbaI及びBamHIで切断することにより生じた約1.3kbpのDNA断片を、プラスミドpcDNA−FLAGのXbaI部位及びBamHI部位間に挿入し、α/βヒドロラーゼ2タンパク質のC末にFLAGタグ(配列番号27)の付加したタンパク質TG0005−FLAGを発現するためのプラスミドpcDNA−TG0005−FLAGを完成した。なお、pcDNA−FLAGは、pcDNA3.1(−)(インビトロジェン社製)の制限酵素NheI、HindIII部位に、配列番号13で表される塩基配列からなるオリゴDNAと配列番号14で表される塩基配列からなるオリゴDNAをアニールした二重鎖化したDNA断片を挿入したものである。
【0035】
《実施例4:ヒトα/βヒドロラーゼ2タンパク質の動物細胞株での発現》
ヒトα/βヒドロラーゼ2タンパク質を発現させるため、実施例3(2)で作製した発現プラスミドpcDNA−TG0005−FLAGを、トランスフェクション試薬(FuGENETM 6 Transfection Reagent;ロシュ・ダイアグノスティックス社製)を用いて、添付指示書に従い、293細胞(ATCC番号:CRL−1573)に導入した。プラスミド導入後、2日間培養し、目的タンパク質(すなわち、TG0005−FLAGタンパク質)の発現を、C末端に付加したFLAGタグに対する抗体(マウス抗FLAGモノクローナル抗体M2;Sigma社製)を用いたウエスタンブロッティングで確認した。
【0036】
より具体的には、15cmプレートより、全培養上清20mLを回収した。続いて、前記細胞を回収し、リン酸緩衝液(以下、PBS)10mLで洗浄後、20mmol/L Tris−HCl(pH7.4)5mLに縣濁し、超音波破砕機で破砕して、細胞破砕画分とした。これを4℃、3,000回転/分で10分間遠心し、得られた上清を40Tiローター(ベックマン社製)を用い、4℃、30,000回転/分で30分間の超遠心で得られた沈殿に20mmol/L Tris−HCl(pH7.4)5mLを添加し、超音波処理及びテフロンホモゲナイザー処理することにより、細胞膜画分とした。
【0037】
これら培養上清20μL、細胞破砕画分5μL、及び細胞膜画分5μLをSDS/4%〜20%アクリルアミドゲル(第一化学薬品社製)を用いて電気泳動した後、ブロッティング装置を用いてポリビニリデンジフルオリド(PVDF)膜に転写した。転写後のPVDF膜に、ブロッキング試薬(ブロックエース;大日本製薬社製)を添加してブロッキングした後、ビオチン化M2抗体(シグマ社製)と、西洋わさびパーオキシダーゼ標識ストレプトアビジン(アマシャムバイオサイエンス社製)とを順次反応させた。反応後、ECLウエスタンブロッティング検出システム(アマシャムバイオサイエンス社製)を用いて目的タンパク質の発現を、上記細胞破砕画分及び細胞膜画分に50kDaのバンドを検出することにより確認した。
【0038】
《実施例5:ヒトα/βヒドロラーゼ2転写開始点の推定》
ヒトα/βヒドロラーゼ2はNM_007011.4の他、NM_152924.2としてもGenBankに登録されていた。NM_152924.2はNM_007011.4と同じORFをコードしているが、5’−非翻訳領域(5’−UTR)に存在する6エクソンの内、連続した4エクソンを欠いていた。このように、α/βヒドロラーゼ2遺伝子の5’−UTRは長く、多数のエクソンからなり、しかも多様であるという特徴があった。そのため、公共データベースの情報だけでは、転写開始点を推定することが困難であった。この問題を解決するため、エクソン1の配列を用いたRACE(Rapid Amplification of cDNA Ends)を行った。
【0039】
すなわち、ヒト脳cDNA又はヒト心臓cDNA(Marathon-Ready cDNA;クロンテック社製)を鋳型、配列番号15で表される塩基配列からなるオリゴDNAを5’プライマー、配列番号16で表される塩基配列からなるオリゴDNAを3’プライマーとし、LAtaqDNAポリメラーゼ(宝酒造社製)を用いて、94℃(2分間)の反応後、98℃(10秒間)、72℃(2分間)のサイクルを5回、98℃(10秒間)、70℃(2分間)のサイクルを5回、続いて、98℃(10秒間)、68℃(2分間)のサイクルを30回行うPCRを実施した。このPCR反応液50分の1量を鋳型とし、配列番号17で表される塩基配列からなるオリゴDNAを5’プライマー、配列番号18又は配列番号19で表される塩基配列からなるオリゴDNAを3’プライマーとし、LAtaqDNAポリメラーゼ(宝酒造社製)を用いて、94℃(2分間)の反応後、98℃(10秒間)、72℃(1分間)のサイクルを5回、98℃(10秒間)、70℃(1分間)のサイクルを5回、続いて、98℃(10秒間)、68℃(1分間)のサイクルを30回行うPCRを実施した。その結果、ヒト心臓cDNAを鋳型とした場合にのみ、単一バンドとして約0.4kbpのDNA断片が生成した。その断片をアガロース電気泳動にて分離及び抽出し、直接、配列番号17及び配列番号19で表される塩基配列からなるオリゴDNAをプライマーとし、塩基配列を解読した。その結果、cDNAは配列番号22で表される塩基配列の4584番から始まっていることが判明し、α/βヒドロラーゼ2の転写開始点と推定された。推定された転写開始点は、NM_007011.4、NM_152924.2の5’より、206bp上流に位置した。
【0040】
《実施例6:ヒトα/βヒドロラーゼ2プロモーター遺伝子のクローニング》
ヒト染色体DNA(インビトロジェン社製)を鋳型とし、配列番号20で表される塩基配列からなるオリゴDNAと、配列番号18で表される塩基配列からなるオリゴDNAとをプライマーとし、DNAポリメラーゼ(Pyrobest DNA polymerase;タカラバイオ社製)を用いて、94℃(2分間)の反応後、98℃(10秒間)、60℃(30秒間)、72℃(3分間)のサイクルを35回行う1回目のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を実施した。続いて、この反応液50分の1量を鋳型として、配列番号21で表される塩基配列からなるオリゴDNAと、配列番号28で表される塩基配列からなるオリゴDNAとをプライマーとし、同条件で2回目のPCRを行い、アガロース電気泳動にて、生成した約2.7kbpのDNA断片を分離及び抽出した。このDNA断片をプラスミドpZErO2.1(インビトロジェン社製)のEcoRV部位にサブクローンし(pZErO−TG0005Pro1と命名)、ジデオキシターミネーター法によりDNAシークエンサー(ABI3700 DNA Sequencer;Applied Biosystems社製)で塩基配列を解析することにより、配列番号22で表される塩基配列の1922番〜4618番からなる配列の3’側にHindIII認識部位が付加したDNA断片を得た。
【0041】
同条件で、1回目のPCRを配列番号23で表される塩基配列からなるオリゴDNAと配列番号24で表される塩基配列からなるオリゴDNAをプライマー、2回目のPCRを配列番号25で表される塩基配列からなるオリゴDNAと配列番号26で表される塩基配列からなるオリゴDNAをプライマーとして行い、約2.2Kbpの断片を得た。このDNA断片をプラスミドpZErO2.1(インビトロジェン社製)のEcoRV部位にサブクローンし(pZErO−TG0005Pro2と命名)、ジデオキシターミネーター法によりDNAシークエンサー(ABI3700 DNA Sequencer;Applied Biosystems社製)で塩基配列を解析することにより、配列番号22で表される塩基配列の1番〜2154番から成る配列の5’側にKpnI認識部位が付加したDNA断片を得た。
【0042】
pZErO−TG0005Pro1を制限酵素BamHI、HindIIIで切断し、生じた約2.7KbpのDNA断片をpGV−B2(東洋インキ社製)のBamHI、HindIII部位に挿入し、pBV−TG0005Pro(2.7k)を完成させた。すなわち、このプラスミドには配列番号22で表される塩基配列の1954番〜4618番に相当するDNA断片がルシフェラーゼ遺伝子の上流に挿入されている。
【0043】
pZErO−TG0005Pro1を制限酵素EcoRI、HindIIIで切断し生じた約2.6KbpのDNA断片と、pZErO−TG0005Pro2を制限酵素KpnI、EcoRIで切断し生じた約2.0KbpのDNA断片とを連結し、pGV−B2のKpnI、HindIII部位に挿入し、pBV−TG0005Pro(4.6k)を完成させた。すなわち、このプラスミドには配列番号22で表される塩基配列からなるDNA断片がルシフェラーゼ遺伝子の上流に挿入されている。
【0044】
これらのプラスミド(0.9μg)とpCH110(アマシャムバイオサイエンス社製:0.1μg)の混合液10μL、トランスフェクション試薬(FuGENETM 6 Transfection Reagent;ロシュ・ダイアグノスティックス社製)5μL、DMEM(GIBCO−BRL社製)100μLの反応液を添付指示書に従い調製した。この反応液を、10%牛胎児血清、100μg/mLペニシリン、及び100μg/mLストレプトマイシンを含有するDMEM培地100μL/穴で70〜80%コンフルエントまで培養した293細胞に、1穴当たり7μL添加した。2日間培養を継続した後、ピカジーン(PicaGene)発色キット(東洋インキ社製)を用い、ルシフェラーゼ活性を測定した。この際、測定値は同時導入したβ−gal発現プラスミド(pCH110)より発現したβ−galの活性値で補正した。β−gal活性の測定はガラクトライトプラス(Galacto-Light Plus)キット(TROPIX社製)を用いた。その結果、pBV−TG0005Pro(2.7k)、pGV−TG0005Pro(4.6k)とも、もとのプラスミドであるpGV−B2に比べ10倍強のルシフェラーゼ活性の明らかな上昇が観察された。このことは前記DNA断片中にプロモーター活性が存在することを示している。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、糖尿病治療剤のスクリーニングの用途に適用することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0046】
以下の配列表の数字見出し<223>には、「Artificial Sequence」の説明を記載する。配列番号3〜8、11、12、15、17、21、25、及び28の配列で表される各塩基配列は、人工的に合成したプライマー配列であり、配列番号13及び14の配列で表される各塩基配列は、人工的に合成したオリゴヌクレオチドであり、配列番号27の配列で表されるアミノ酸配列は、FLAGタグである。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】正常食ノックアウトマウス群(KO/N)、正常食同腹ワイルドマウス群(WT/N)、及び高脂肪食負荷ノックアウトマウス群(KO/F)における経口糖負荷試験の結果を示すグラフである。縦軸は、血糖値(mg/dL)を示し、横軸は、グルコース経口投与後の経過時間(分)を示す。横軸における記号「B」は、糖負荷前を意味する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)α/βヒドロラーゼ2を抑制する活性があるか否かを検出する工程、及び
(2)α/βヒドロラーゼ2を抑制する活性がある物質を選択する工程
を含む、糖尿病治療剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
抑制が発現抑制である、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
(1)α/βヒドロラーゼ2プロモーターに試験物質を接触させる工程、
(2)試験物質による前記プロモーター活性を抑制する活性があるか否かを検出する工程、及び
(3)前記プロモーター活性を抑制する活性がある物質を選択する工程
を含む、請求項2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
選択した物質による、血糖値、血中トリグリセライド値、及び/又は血中遊離脂肪酸値変化を検出する工程を更に含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2006−6151(P2006−6151A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−185785(P2004−185785)
【出願日】平成16年6月24日(2004.6.24)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【出願人】(598081621)株式会社トランスジェニック (15)
【Fターム(参考)】