説明

細胞の形態及び機能の調節活性を有するアリールスルファターゼタンパク質

【課題】 本発明の課題は、細胞接着用基質及びそれを用いて細胞を接着させる方法、細胞形態調節用基質及びそれを用いて細胞の形態を調節する方法、並びに細胞培養用基質及びそれを用いて細胞を培養する方法の提供である。
【解決手段】 本発明の上記課題は、アリールスルファターゼタンパク質を含む、細胞接着用基質、細胞形態調節用基質及び細胞培養用基質により解決される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アリールスルファターゼタンパク質を含む、細胞接着用基質に関する。
【背景技術】
【0002】
多細胞生物の細胞は、細胞の足場を要求する接着依存性細胞(生体組織を構成する血液細胞以外の殆どの細胞)と要求しない接着非依存性細胞(血液細胞などの浮遊細胞)に分類される。多くの接着依存性細胞は、細胞外基質に接着するか細胞同士が接着することによって初めて、細胞の生育、増殖が可能となる。このような、細胞同士の結合等を細胞接着という。この細胞接着は、細胞接着性因子の分子間相互作用によって行われており、そのような細胞接着性因子は様々な分子が知られており、例えば、コラーゲン、フィブロネクチン等があげられる。これら接着性因子は各々が結合特異性を示すため、接着性因子の異なる細胞での動的発現と同様、胚発生時における形態形成や組織構築、移動、分化、増殖及びアポトーシスなどの様々な機能を制御している。しかし、未だ、細胞接着性因子は全て網羅されてはおらず、未知の物質が細胞接着に関して特殊な細胞機能を司っている可能性もある。
【0003】
アリールスルファターゼは、人工基質のアリール硫酸を加水分解して、硫酸基をアリール基より乖離する酵素として発見された(非特許文献1)。アリールスルファターゼの天然基質としては、N- acetylgalactosamine 4- sulfate(非特許文献1)、Cerebroside 3- sulfate(非特許文献2)等が候補に挙げられているが、これらに対する酵素としての活性は極めて低い。さらに、ヒトのアリールスルファターゼ機能欠失遺伝病として、成長遅延、肝脾腫大症、心疾患などを伴うムコ多糖症IV(非特許文献3及び4)、中枢末梢神経の髄鞘脱落などを伴う異染性白質萎縮症が(非特許文献5及び6)知られている。しかし前記タンパク質を細胞外基質として捉えた報告はまだない。
【非特許文献1】Yogalingam, G., Litjens, T., Bielicki, J., Crawley, A.C., Muller, V., Anson, D.S, Hopwood, J.J., 1996. Feline mucopolysaccharidosis type VI. Characterization of recombinant N-acetylgalactosamine 4-sulfatase and identification of a mutation causing the disease. J. Biol. Chem. 271, 27259-27265
【非特許文献2】Mehl, E., Jatzkewitz, H., 1968. Cerebroside 3-sulfate as a physiological substrate of arylsulfatase A. Biochim. Biophys. Acta. 151, 619-627
【非特許文献3】Evers, M. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 93, 8214-8219 (1996)
【非特許文献4】Harmatz, P. et al. J. Pediatr. 144, 574-580 (2004)
【非特許文献5】Consiglio, A. et al. Nat. Med. 7, 310-316 (2001)
【非特許文献6】Bond, C. S. et al. Structure 5, 277-289 (1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、アリールスルファターゼタンパク質を含む、細胞接着用基質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、アリールスルファターゼタンパク質が細胞の接着、形態及び機能の調節活性を持つことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1) アリールスルファターゼタンパク質を含む、細胞接着用基質。
この細胞接着用基質は、さらに少なくとも1の細胞外基質を含んでもよい。
また、前記細胞接着用基質に含まれるアリールスルファターゼタンパク質は、ヒト、マウス又はラット由来でもよい。
さらに、前記細胞接着用基質が接着する細胞は、内皮細胞でもよい。
(2) アリールスルファターゼタンパク質を含む、細胞形態調節用基質。
(3) (1)記載の細胞接着用基質を含む、細胞培養用基質。
(4) (1)記載の細胞接着用基質を用いて、細胞を接着させる方法。
(5) (2)記載の細胞形態調節用基質を用いて、細胞の形態を調節する方法。
(6) (3)記載の細胞培養用基質を用いて、細胞を培養する方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、アリールスルファターゼタンパク質を含む、細胞接着用基質が提供される。本発明の細胞接着用基質は、アリールスルファターゼタンパク質が細胞外基質として機能し、内皮細胞の接着や複雑な形態形成を調節することにより達成される。このことは、本発明の細胞接着用基質が細胞培養基質等に有用であることを意味する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下に本発明を詳細に説明する。
1.本発明の細胞接着用基質
本発明は、アリールスルファターゼタンパク質を含む、細胞接着用基質に関する。アリールスルファターゼタンパク質(以下、「本発明のタンパク質」という場合もある)は、人工基質のアリール硫酸を加水分解し、アリール基から硫酸基を遊離させる活性を有する酵素である。本酵素は以前はリソゾームに局在すると考えられてきた。
【0009】
発明者らは、上記タンパク質について、組換えタンパク質を作製し、その性質の解析を進めたところ、上記タンパク質は、分子量が60,000程度であることを見出した。さらに、マウス肝臓を抗アリールスルファターゼ抗体によって染色したところ、アリールスルファターゼはシヌソイド内皮細胞表面に存在し、アリールスルファターゼが組織中のヘパラン硫酸と共在することを見出し、本タンパク質が細胞外基質として存在することを明らかにした。また、上記タンパク質は、ヘパリン(図2)およびコラーゲンへの親和性があり、生体内では酸性多糖とコラーゲンを主成分とした細胞外基質に結合するという性質(図3)を有し、細胞の接着、形態及び機能を調節する活性があることを見出した。
【0010】
アリールスルファターゼタンパク質は広い範囲の生物に存在し、本発明の細胞接着基質等には、いかなる生物由来の当該タンパク質も用いることができるが、本発明に適するタンパク質としては、ヒト、マウス、ラット等由来のタンパク質があげられる。ここで、マウスアリールスルファターゼ(ARS)タンパク質のうち、マウスARS Aタンパク質のアミノ酸配列を配列番号2(GeneBank Accession No. NP_033843)で、マウスARS Bタンパク質のアミノ酸配列を配列番号3(GeneBank Accession No. NP_033842)で示し、ラットアリールスルファターゼタンパク質のうち、ラットARS Aタンパク質のアミノ酸配列を配列番号4(GeneBank Accession No. XP_235566)で、ラットARS Bタンパク質のアミノ酸配列を配列番号5(GeneBank Accession No. NP_254278)で示し、ヒトアリールスルファターゼタンパク質のうち、ヒトARS Aタンパク質のアミノ酸配列を配列番号6(GeneBank Accession No. CAA36399)で、ヒトARS Bタンパク質のアミノ酸配列を配列番号7(GeneBank Accession No. CAA51272)で示す(図1)。本発明のタンパク質は、配列番号2〜7で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質及び前記タンパク質と同等の機能を有するタンパク質を含み、天然由来のものであっても、又は、遺伝子工学的手法によりDNAから発現させた組換えタンパク質若しくは化学合成タンパク質等の人工的に作製したものであってもよい。さらに、本発明のタンパク質と同等の機能を有する限り、当該配列番号2〜7で示されるアミノ酸配列の一部からなるタンパク質又はその一部が変異したタンパク質であってもよい。「同等の機能を有するタンパク質」とは、上記のように、「細胞の接着、形態及び機能の調節活性」を有するタンパク質を意味する。「その一部が変異したタンパク質」とは、例えば、配列番号2〜7で示されるアミノ酸配列のうち、1若しくは複数個(1〜50個、1〜25個、1〜10個等)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をいう。一般的に、同様の性質を有するアミノ酸同士の置換(例えば、ある疎水性アミノ酸から別の疎水性アミノ酸への置換、ある親水性アミノ酸から別の親水性アミノ酸への置換、ある酸性アミノ酸から別の酸性アミノ酸への置換、あるいはある塩基性アミノ酸から別の塩基性アミノ酸への置換)を導入した場合、得られる変異タンパク質は元のタンパク質と同様の性質を有することが多い。遺伝子組換え技術を使用して、このような変異を有する組換えタンパク質を作製する手法は当業者に周知であり、このような変異タンパク質も本発明の範囲に含まれる。
【0011】
本発明の「細胞接着用基質」とは、細胞外基質であり、細胞接着機能を有する本発明のタンパク質を含む、細胞を接着させるために用いる基質をいう。「細胞を接着させる」とは、細胞同士あるいは細胞とマトリックスが直接接触することにより結合することをいう。そして、血球系の非接着依存細胞をのぞき、一般に細胞はインテグリン等の細胞外基質受容体を介して、細胞外マトリックスと結合し、形態を伸展させる。その後細胞は葉状仮足、樹状仮足を形成してさらに形態変化、細胞運動が誘導される。また細胞はマトリックスとの接着、または細胞同士の接着により生存シグナルが活性化され細胞死(アポトーシス)から逃れることができる。
【0012】
本発明の「細胞接着用基質」は、さらに、他の細胞外基質と併用させてもよい。細胞外基質とは、多細胞生物の細胞外の空間を充填する物質であると同時に、動物の軟骨や骨等の骨格的役割や、基底膜やフィブロネクチン等の細胞接着における足場の役割や、ヘパラン硫酸に結合する細胞増殖因子FGF等の細胞増殖因子などの保持・提供する役割などを担う物質をいい、コラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチンやラミニン等の糖タンパク質や細胞接着分子をいう。具体的な他の細胞外基質としては、コラーゲン;フィブロネクチン;コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ケラタン硫酸プロテオグリカン、デルマタン硫酸プロテオグリカン等のプロテオグリカン;グリコサミノグリカンの一種としてのヒアルロン酸;ラミニン;テネイシン;エンタクチン;エラスチン;フィブリリン;ビトロネクチン等があげられるがこれらに限定されない。
【0013】
本発明が適用される細胞としては、内皮細胞、オリゴデンドロサイト等があげられるが、これらに限定されない。内皮細胞のうち、特に、微小血管内皮細胞、大動脈内皮細胞、臍帯静脈内皮細胞が好ましい。
【0014】
本発明の細胞接着用基質は、本発明のタンパク質のほか、通常の細胞培養に用いられるいかなる物質を添加してもよく、また、必要に応じて、血清、細胞増殖因子、抗菌剤等を添加したものも利用できる。培地、血清及びその使用量、細胞増殖因子及びその使用量、抗菌剤及びその使用量は、細胞の種類や細胞の播種量、培養条件、培養後の細胞回収方法により適宜決定してよく、当業者であれば、それらの条件を設定することができる。
【0015】
本発明の細胞接着用基質が細胞を接着したことは、以下のように確認することができる。すなわち、適当な細胞を選択し、細胞に適する培養条件で適当時間培養する。本発明の細胞接着用基質を適当な濃度に調製して、スライドガラス上に滴下し、室温で適当時間放置した後、牛血清アルブミン溶液でブロックする。その後、当該基質上に適当な濃度に調製した細胞を添加して培養する。適当な時間後、培養細胞をホルムアルデヒドリン酸緩衝液で固定した後、クマシーブリリアントブルーで染色する。当該染色標本を用いて、光学顕微鏡で観察することにより細胞接着・細胞の伸展、細胞突起の形成がおこっているかを確認することができる。また、ガラス面上に接着した細胞数を計数して、接着した細胞数を数量的に確認することもできる。
【0016】
以上のことから、本発明の細胞接着用基質はまた、細胞培養液として用いることもできる。このことは、以下の『3.本発明の細胞培養用基質』の項に記載する。
本発明の細胞接着用基質には、コラーゲン、ラミニン等の細胞外マトリックスおよびFGF、EGF、PDGF等の成長因子等も加えることができるがこれらに限定されない。
2.本発明の細胞形態調節用基質
本発明はまた、アリールスルファターゼタンパク質を含む、細胞形態調節用基質に関する。
【0017】
本発明の細胞形態調節用基質の細胞形態調節メカニズムは以下のとおりである。すなわち、内皮細胞を本発明の細胞形態調節用基質を用いてアリールスルファターゼ上に接着させると、細胞に仮足突出能が付与される。また、本発明の細胞形態調節用基質にさらにコラーゲンを加えた場合は、細胞の仮足状突起が増え、細胞形態が変化する。これより、本発明の細胞形態調節用基質は、細胞の形態を調節する機能を有しているといえる。そのことは、本発明の細胞形態調節用基質を用いずにコラーゲンのみを加えた場合は、細胞が均等に伸展するだけであることからも明らかである。具体的には、本発明の細胞形態調節用基質は、生体内での内皮細胞の複雑な形態形成に細胞外基質として関与し、その形態形成を調節するといえる。このように、本発明は、細胞形態調節用基質としても有用であることがわかる。
【0018】
本発明の細胞形態調節用基質が細胞の形態を調節することができることは以下の方法により確認することができる。すなわち、適当な細胞を選択し、細胞に適する培養条件で適当時間培養する。本発明の細胞形態調節用基質を適当な濃度に調製して、スライドガラス上に滴下し、室温で適当時間放置した後、牛血清アルブミン溶液でブロックする。その後、当該基質上に適当な濃度に調製した細胞を添加して培養する。適当な時間後、培養細胞をホルムアルデヒドリン酸緩衝液で固定した後、クマシーブリリアントブルーで染色する。当該染色標本を用いて、光学顕微鏡で細胞の微細構造を観察することにより細胞の形態形成が調節されていることを確認することができる。例えば、内皮細胞を用いて確認する場合を例にあげると、本発明の細胞形態調節用基質を用いず、コラーゲンのみで培養した場合は、内皮細胞は良く伸展して接着することが示される。一方、本発明の細胞形態調節用基質を用いて培養した内皮細胞の形態はコラーゲン上に接着した内皮細胞の形態とは異なり、細胞に仮足突出能を付与するため、この仮足突出能が形成されたことを指標として細胞の形態が調節されたと判断することができる。
【0019】
本発明の細胞形態調節用基質には、ラミニン等の細胞外マトリックスおよびFGF、EGF、PDGF等の成長因子等も加えることができるがこれらに限定されない。
3.本発明の細胞培養液
本発明はまた、上記のように、細胞培養液に関する。
【0020】
本発明の細胞培養液に適する細胞は、内皮細胞、デンドロサイト等があげられるが、これらに限定されない。内皮細胞としては、好ましくは、微小血管内皮細胞、大動脈内皮細胞、臍帯静脈内皮細胞、皮膚表皮細胞等があげられる。
【0021】
本細胞の細胞培養液を用いた細胞培養方法としては、通常の培養条件を適用することができるため、用いる細胞に適する培養条件を適宜選択すればよい。
本細胞の細胞培養液としては、市販の培地にアリールスルファターゼタンパク質を添加したものが使用でき、その中でも、Medium200S培地(クラボウ)、K110培地等が好ましい。
【0022】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明は実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0023】
実施例1では、精製アリールスルファターゼの性質を検討するために、精製した組換えマウスアリールスルファターゼについて、SDSポリアクリルアミド電気泳動を行った。
(1)組換えアリールスルファターゼの作製
マウスアリールスルファターゼ遺伝子をコードするcDNAをPCRで増幅した。プライマーとしては以下の:
Forward primer:5’-CGGGATCCACCATGGCCCTGGGGACC-3’(配列番号8)
Reverse primer:5’-GCTCTAGAGGACTGGGAGCCTGG-3’(配列番号9)
の配列を用いた。マウスアリールスルファターゼ(マウス ARS A)遺伝子をコードした塩基配列(配列番号1)(GeneBank Accession No. BC098075)をpcDNA3.1/myc-HisA expression vector(Invitrogen)に導入した。
【0024】
組換えマウスアリールスルファターゼはFreeStyle(商標)293 Expression system(Invitrogen)を用いて発現させた。具体的には、上記のマウス ARS A遺伝子(配列番号1)を挿入したベクターをFreeStyle 293-F cellsにトランスフェクトする。その後、トランスフェクトした細胞を培養し、培養液中に分泌されたマウスアリールスルファターゼタンパク質をアセトン分画により分離した後、HiTrap Chelating HP(Amersham BioSciences)カラムを用いてアフィニティー精製を行った。精製した500ngm組換えマウスアリールスルファターゼを10%SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動で分離した。泳動後のゲルをクマシーブリリアントブルーR−250で染色した。
【0025】
その結果、精製した組換えマウスアリールスルファターゼは約60kDaの単一バンドとして検出された。これを出発材料(starting material)として、以後の実験に用いた。組換えマウスアリールスルファターゼには設計したベクターに由来するHis抗原部位が付随している。
【0026】
(2)ヘパリンとアリールスルファターゼの結合測定
(1)で精製した組換えマウスアリールスルファターゼ(3μg)を200μlの生理塩化ナトリウム濃度トリス緩衝液(pH7.4)に溶解させた。この溶液を100μlのヘパリン結合セファロース樹脂(Amersham Biosciences)と混合した。混合液を遠心分離し、沈殿した上清を非結合画分とした。ヘパリンセファロース樹脂は500μlの生理塩化ナトリウム濃度トリス緩衝液で2回洗浄する。その後ヘパリンセファロース樹脂を200μlの2M塩化ナトリウム濃度トリス緩衝液で洗浄して、結合したタンパク質を溶出させた。その後、ヘパリンセファロース樹脂を2%SDS、1%メルカプトプトエタノールを含むトリス緩衝液で洗浄して2M塩化ナトリウムでも溶出しなかったタンパク質を回収した。次に、非結合画分と2M塩化ナトリウム、SDS溶出画分を10%SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動で分離した。電気泳動後のゲル中の成分をPVDF膜に電気的に転写し、転写した膜上の組換えマウスアリールスルファターゼをパーオキシダーゼ標識抗His抗体によって検出した。検出には化学発光試薬Super Signal West Dura Extended Duration Substrate(PIERCE)を用いて、X線フィルムに感光させて検出した。
【0027】
その結果、組換えアリールスルファターゼをヘパリンセファロース樹脂と混合すると、アリールスルファターゼはヘパリンセファロース樹脂と結合して、上清から検出されなくなることが示された(図2の「Supernatant」)。アリールスルファターゼが結合した樹脂は2MNaClで洗浄しても結合は解離しなかった(図2の「2MNaCl」)が、2%SDSで処理した場合は、結合が解離して、上清中でアリールスルファターゼを回収することができた(図2の「2%SDS」)。
【実施例2】
【0028】
実施例2では、アリールスルファターゼの生体内での分布を検討するために、マウス肝臓を抗アリールスルファターゼ抗体で染色したものを観察した。
(1)蛍光観察用標本の作製
免疫蛍光顕微鏡観察用の標本は以下の方法で作製した。ラットもしくはマウスの肝臓組織を塩化カルシウム、塩化マグネシウムを含む4%パラフォルムアルデヒド−リン酸緩衝液中で固定した。リン酸緩衝液で洗浄した後、組織をマイクロスライサーDTK-1500(DSK Co)で40μmの厚さの切片とした。切片はリン酸緩衝液で洗浄し、0.05%TritonX−100添加のリン酸緩衝液に30分浸漬した後、5%ロバ血清でブロックキングを行った。切片は抗ラットアリールスルファターゼ抗体及び抗ヘパラン硫酸プロテオグリカン抗体と反応させた。その後Cy3標識ロバ抗ウサギ又はラット抗体と反応させた。さらにTO−PRO−3(Molecular Probe, Eugen, OR)で核を染色した。染色した標本は0.5mMp−フェニレンジアミン添加90%グリセロール−トリス緩衝液でマウントし、共焦点レーザー顕微鏡(MRC-1024, BioRad, Hercules, CA, USA)で観察した。
【0029】
その結果を図3A〜Fに示す。A、Bはマウス肝臓同一切片の抗アリールスルファターゼA(A)と抗ヘパラン硫酸(B)による染色像である。D、Eはラット肝臓同一切片の抗アリールスルファターゼB(D)及び抗ヘパラン硫酸(E)による染色像である。CはA、Bの像を、FはD、Eの像を重ね合わせた像である。アリールスルファターゼA、Bとヘパラン硫酸の局在は一致していた。核は青く染色された。図中のスケールは20μmである。
【0030】
(2)電子顕微鏡観察用標本の作製
電子顕微鏡観察は以下のように行った。すなわち、組織の固定、切片作製は(1)の蛍光観察用標本と同じ方法で作製した。切片はウサギ抗アリールスルファターゼ抗体と反応させた後、ホースラディッシュパーオキシダーゼ標識ロバ抗ウサギ抗体と反応させた。その後標本は0.05%過酸化水素水を含む0.05%3,3’−ジアミノベンジジン(diaminobenzidine)(DAB)と反応させて反応部位を可視化した。その後、標本は1%オスミウム酸で固定後エタノールを用いて脱水した。標本はEpon812に包埋した後、超薄切片を作製して、酢酸鉛で染色し、透過型電子顕微鏡JEM−1010(JEOL, Tokyo, Japan)で観察した。
【0031】
その結果を図3G〜Hに示す。GはアリールスルファターゼAの局在を、HはアリールスルファターゼBの局在を示す。図中、Enは内皮細胞、Heは肝実質細胞、Luはシヌソイドのルーメンを示す。アリールスルファターゼは矢印で示すように内皮細胞表面に局在していた。図中のスケールは1μmを示す。
【0032】
(3)抗体の作製方法
上記(1)及び(2)で用いた抗体の作製方法を以下に記載する。すなわち、抗原には抗マウスアリールスルファターゼA用に以下の配列:
QYDAAMTFGPSQIAKGEDPA (配列番号10)
の合成ペプチドを用いた。この配列はマウスアリールスルファターゼAの464−483のアミノ酸配列に相当する。また抗ラットアリールスルファターゼB用には以下の配列:VASPLLKQKGVKSRELMHIT (配列番号11)
の合成ペプチドを用いた。この配列はラットアリールスルファターゼBの327−346のアミノ酸配列に相当する。これらの抗原をウサギに免疫して、抗アリールスルファターゼ抗体を得た。
【実施例3】
【0033】
実施例3では、アリールスルファターゼの細胞接着活性を調べるために、アリールスルファターゼ及び他のマトリックスタンパク質の細胞接着性を比較検討した。
実験に用いた細胞は、ヒト微小血管内皮細胞(クラボウより購入)、ヒト大動脈血管内皮細胞(クラボウより購入)及びヒト皮膚表皮細胞由来株化細胞E1L8の3種類である。内皮細胞はMedium200S培地(クラボウ)、皮膚表皮細胞はK110培地(極東製薬)を用いて各々培養した。培養用基質はスライドガラス上にコラーゲン又はリコンビナントマウスアリールスルファターゼを10μg/mLの濃度で載せて、室温で2時間放置した後、1%牛血清アルブミン溶液でブロックした。その後、各コート基質上に細胞を2x10/cmの密度で培養した。1時間後、細胞を2%ホルムアルデヒドリン酸緩衝液で固定した後、クマシーブリリアントブルーで染色した。染色標本は光学顕微鏡で観察して、写真撮影した。撮影後1mm x 0.7mmのガラス面上に接着した細胞数を計数して、接着した細胞数を比較した(表1)。
【0034】
【表1】

【0035】
その結果、微小血管内皮細胞及び大動脈内皮細胞はアリールスルファターゼ及びコラーゲンに接着するが、皮膚表皮細胞はコラーゲンにのみ接着することが示された。
表1に記載の細胞及び培養条件を用いて、細胞をアリールスルファターゼコート及び牛血清アルブミンンコート上で培養し、1時間後に固定して、クマシーブリリアントブルーで染色した後、顕微鏡で観察した(対物レンズx10)写真が図4である。図4においてA及びBは微小血管内皮細胞、C及びDは大動脈内皮細胞、E及びFは皮膚表皮細胞である。A、C及びEはアリールスルファターゼ上の、B、D及びFは血清アルブミン上での培養である。なお、図中のスケールは100μmである。
【0036】
その結果、ヒト由来内皮細胞を用いた細胞接着アッセイにおいて、アリールスルファターゼはコントロール血清アルブミンと比較して細胞接着性が高いことが示された。内皮細胞は微小血管内皮細胞、大動脈内皮細胞、臍帯静脈内皮細胞を用いたが3種類ともアリールスルファターゼ上に接着した。一方ヒト皮膚上皮由来細胞では接着性が見られず、アリールスルファターゼの接着性は細胞特異性があることが明らかになった(表1、図4)。
【実施例4】
【0037】
実施例4では、アリールスルファターゼとコラーゲンの細胞接着特性を比較するために、内皮細胞のコラーゲン及びアリールスルファターゼ上での形態を観察した。培養条件及び固定、染色条件は実施例3と同様であるが、培養時間は40分で試験し、対物レンズx40で細胞の微細構造を観察した。その結果を(図5)に示す。図5において、Aは大動脈内皮細胞をコラーゲン上で,Bはアリールスルファターゼ上で培養した場合を示す。
【0038】
その結果、コラーゲン上では内皮細胞は良く伸展して接着していたことが示された。一方、アリールスルファターゼ上に接着した内皮細胞の形態はコラーゲン上に接着した内皮細胞の形態とは異なり、細胞に仮足突出能を付与することを示した。アリールスルファターゼには細胞の形態を調節する機能があることが明らかになった。
【実施例5】
【0039】
実施例5では、アリールスルファターゼが内皮細胞の形態変化に及ぼす影響を検討するために、基質としてコラーゲンとアリールスルファターゼの混合物を用いて内皮細胞接着を観察した。すなわち、ガラス表面をコラーゲン溶液(10μg/mL)又はアリールスルファターゼ混合(5μg:5μg/mL)の濃度でコートして、その後1%牛血清アルブミンでブロッキングした。その結果を図6に示す。図6においてAはコラーゲンとアリールスルファターゼ混合上で、Bは対照としてコラーゲンのみ上での培養を示す。細胞は大動脈内皮細胞を用いた。正常ヒト大動脈血管内皮細胞をこの基質上で培養して、1時間後にホルムアルデヒドで固定し、クマシーブリリアントブルー染色を行い、光学顕微鏡で観察した。コラーゲン上で接着した内皮細胞には細胞突起が少ないが、アリールスルファターゼを加えると、細胞の形態が変化して細胞突起が観察された。
【0040】
その結果、対照のコラーゲンでは細胞が均等に伸展しているのに対し、アリールスルファターゼを混合すると細胞の仮足状突起が増加して細胞形態が変化する(図6)ことが示された。これにより、生体内で血管内皮細胞の複雑な形態形成を細胞外基質のアリールスルファターゼが調節していることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】図1は、マウス、ラット、及びヒトのアリールスルファターゼA、Bのアミノ酸配列をアミノ酸の1文字略号を使って示したものである。
【図2】図2は、組換えマウスアリールスルファターゼの精製及びヘパリンへの結合を示す写真である。
【図3】図3は、肝臓組織中のアリールスルファターゼとヘパリン硫酸の局在を示す写真である。
【図4】図4は、微小血管内皮細胞、大動脈血管内皮細胞、皮膚表皮細胞のアリールスルファターゼへの接着を示すラット及びマウスの肝臓組織顕微鏡の写真である。
【図5】図5は、内皮細胞のコラーゲン及びアリールスルファターゼ上での形態を示す写真である。
【図6】図6は、アリールスルファターゼが内皮細胞の形態変化に及ぼす影響を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アリールスルファターゼタンパク質を含む、細胞接着用基質。
【請求項2】
さらに少なくとも1の細胞外基質を含む、請求項1記載の細胞接着用基質。
【請求項3】
アリールスルファターゼタンパク質がヒト、マウス又はラット由来である、請求項1又は2記載の細胞接着用基質。
【請求項4】
接着する細胞が内皮細胞である、請求項1〜3のいずれか1項記載の細胞接着用基質。
【請求項5】
アリールスルファターゼタンパク質を含む、細胞形態調節用基質。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項記載の細胞接着用基質を含む、細胞培養用基質。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれか1項記載の細胞接着用基質を用いて、細胞を接着させる方法。
【請求項8】
請求項5記載の細胞形態調節用基質を用いて、細胞の形態を調節する方法。
【請求項9】
請求項6記載の細胞培養用基質を用いて、細胞を培養する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−201443(P2009−201443A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−48984(P2008−48984)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り BMB2007(第30回日本分子生物学会年会・第80回日本生化学会大会 合同大会)発行、BMB2007(第30回日本分子生物学会年会・第80回日本生化学会大会 合同大会)講演要旨集、2007年11月25日発行 BMB2007(第30回日本分子生物学会年会・第80回日本生化学会大会 合同大会)発行、BMB2007(第30回日本分子生物学会年会・第80回日本生化学会大会 合同大会)プログラム BMB2007(第30回日本分子生物学会年会・第80回日本生化学会大会 合同大会)にて発表
【出願人】(000135151)株式会社ニッピ (18)
【Fターム(参考)】