説明

細胞傷害性リボヌクレアーゼ変異株

本発明は、ヒト・リボヌクレアーゼ1(RNase1)hRI錯体の3次元(3−D)原子構造により規定されたRNase1とヒト・リボヌクレアーゼ阻害剤(hRI)との間の相互作用の分析により確認したヒト・リボヌクレアーゼ1の細胞傷害性変異株に関する。hRI・RNase1錯体の3次元構造及びRNase1変異株をデザインする方法も開示されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の説明
本出願は、2005年6月16日に出願された米国特許仮出願第60/691,311号の利益を主張している。本出願は、引用によりその全体が本明細書に組み込まれている。
【0002】
連邦政府が後援した研究又は開発に関する説明
本発明は、政府機関である国立衛生研究所(NIH:the National Institutes of Health)により授与された連邦政府の支援、即ち助成金CA073808及びたんぱく質構造イニシアチブP50GM−64598によりなされた。連邦政府は本発明において一定の権利を有する。
【背景技術】
【0003】
リボヌクレアーゼは、RNAの分解を触媒する酵素である。十分に研究されたリボヌクレアーゼは、ウシのリボヌクレアーゼA(RNase A)であり、このリボヌクレアーゼAの生物学的推定機能は、反すう消化器内に蓄積されている大量のRNAを分解することである。RNase Aスーパーファミリーは、RNase Aと同族の酵素として分類された一群のRNase酵素である。このスーパーファミリーは、抗増殖性、細胞傷害性、胚毒性、精子不形成性、及び抗腫瘍性などの諸活性を含む多数の興味深い生物学的特性を有する。このファミリーの1メンバーは、もともと卵母細胞及びノーザン・ヒョウガエルラナ・ピピーンズ(Rana pipiens)の初期の胚から単離されたリボヌクレアーゼAの同族体である。
【0004】
このカエル(ラナ・ピピーンズ)リボヌクレアーゼは、ヒトの細胞内に置かれた場合、RIにより強力に抑制されることはなく、そのRNase活性が細胞のRNAを破壊し、標的細胞を死滅させる。カエル・リボヌクレアーゼのインビトロ及びインビボ両方の抗腫瘍特性は、米国特許第5,559,212号に記載され、特許請求されている。このリボヌクレアーゼ分子は、今では、Onconase(登録商標)(ONC)として知られている。RNAを分解する特性は、ONCの細胞傷害性にとって必須である。ONCは、現在、臨床試験において癌治療薬としての評価が行われている。
【0005】
化学療法剤としてのONCの適合性に関する重大な制約は、用量を限定する腎臓毒性である。ONCは、RNase・スーパーファミリーの哺乳類のメンバーよりもはるかに高い濃度で腎臓内に保持される。マウスはONCに対して抗体を産生するが、RNase Aに対しては産生しないので、ONCについてはアレルギーの問題もあるが、リボヌクレアーゼAとはONCはそのアミノ酸の約30%を共有する。これは、RNaseファミリーの他のメンバーが、ONCに類似した細胞傷害性を持たせることができるならば、臨床治療薬として評価する場合、適切な候補薬になりうることを示唆している。
【0006】
哺乳類では、RNase活性のレベルは、リボヌクレアーゼ阻害剤(RI:ribonuclease inhibitor)により調節され、該阻害剤はすべての哺乳類の細胞の細胞質ゾルに存在する50kDaのたんぱく質である。RIはロイシンに富むたんぱく質ファミリーのメンバーであり、蹄鉄型分子内に系統的に配置された15個の交互反復体から構成されている。RIは多数のシスティン残基(ヒトRIでは32)を有し、これは、RIが細胞質ゾルのような還元雰囲気においてのみ、その形状と機能とを保持できることを意味している。RIは、RNaseスーパーファミリーのメンバーに、1つのRIがRNaseの1つの分子に結合するように作用し、そのように結合したときは、酵素の活性部位の立体的な妨害によりリボヌクレアーゼの触媒活性を、RIが完全に抑制する。RNaseに対するRIの結合は、非常にタイトな結合であり、非常に高い結合親和性を有する。
【0007】
RNaseスーパーファミリーの一部のメンバー、特にONC及びウシの精液リボヌクレアーゼは、RIを避ける生来の(naitive)能力を有する。RIを避ける特質は、主として、ONC及びウシの精液リボヌクレアーゼの細胞傷害性によるものである。生来細胞傷害性ではないRNaseスーパーファミリーのメンバーは、RIへの結合を抑制するように該メンバーのアミノ酸構成を修飾することにより細胞傷害性にすることができることも判明している。
【0008】
ブタRI(pRI:the porcine RI)−RNase Aの3次元構造を用いて、RNase Aが、ONCよりもインビトロでヒトの白血病細胞に対して毒性が強くなるように遺伝子操作された。RI・RNase Aの界面の破壊は、pRI・RNase Aの界面における補完性領域を破壊したアミノ酸置換を用いてRNase A変異株をデザインすることにより達成された。これらのアミノ酸置換は立体的に破壊するアミノ酸を組み込むか、又は水素結合を除去することにより、短距離のpRI・RNase A相互作用を標的にした。この方法は、引用により全体が本明細書に組み込まれている米国特許第5,840,296号に記載されている。類似の補完性領域が、RNase Aの密接な同族体であるウシの精液のリボヌクレアーゼ(BS−RNASE、配列相同性87%)に適用された。しかし、同じ補完性領域に突然変異を有するBS−RNASE変異株は、ONC又は最も細胞傷害性の強いRNase A変異株(D38R/R39D/N67R/G88R RNase A)よりも細胞傷害性が低かった。この方法は、BS−RNASEについて予測された細胞傷害性のレベルに到達しなかった。
【0009】
更に、RNase A変異株の創造において今までなされた大抵の研究は、ウシのRNase Aについてなされた。しかし、ウシのRNase A(配列番号1,GenBankのアクセッション番号AAA72757)の配列及び構造がヒトの膵臓のリボヌクレアーゼ1(RNase 1)(引用により全体が本明細書に組み込まれている、配列番号2,GenBankのアクセッション番号CAG29314)とは異なる。RNase A及びその同族体、RNase1は、アミノ酸配列の約70%の配列同一性を共有している。ウシのたんぱく質は、ヒトの治療に使用するために受け入れことができることが分かっているが、保存的方法は、ヒトのたんぱく質を使用することが異種間の抗原性の問題を最小にすることができることから、ヒト・リボヌクレアーゼの変異株を利用するのがよい。従って、治療、診断又は研究に使用するのに有効で、細胞傷害性の強いヒト・リボヌクレアーゼの変異株をデザインすることが望ましい。
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、hRI・RNase1錯体の3次元(3−D)原子構造により規定されたヒト・リボヌクレアーゼ阻害剤(hRI)とRNase1との相互作用の分析により確認されたヒト・リボヌクレアーゼ1(RNase 1)の変異株(variant)として要約される。
【0011】
1つの特徴においては、本発明は以前に開示されたすべての遺伝子操作されたリボヌクレアーゼに比べて改良された細胞傷害性特性を有するRNase1を規定している。
【0012】
別の特徴においては、本発明は修飾されたアミノ酸配列を有する変異型のRNase1を提供し、この変異型RNase1はそのリボ核酸分解活性を維持し、この変異型RNase1は生来のRNase1よりもRIに対する親和性が低く、生来のリボ核酸分解活性を維持する。
【0013】
この特徴においては、ヒト・RNase1変異株は、その生来の配列から少なくとも2つのアミノ酸変化を含み、この変化は静電反発を介したRNase1によるヒトhRIの回避を生じ、第1の変化はRNase1の85〜94のアミノ酸残基の領域におけるアミノ酸置換であり、第2の変化はRNase1のアミノ酸残基4、7、11、31、32、38、39、41、42、66、67、71、111及び118からなる群から選択された位置における変質、置換又はアミノ酸交換であり、この変異型RNase1は生来のリボヌクレアーゼ1に比べて高い細胞傷害活性を示す。
【0014】
関連した特徴においては、ヒトRNase1変異株は、その生来の配列から少なくとも2つのアミノ酸変化を含み、この変化は静電反発を介したRNase1によるヒトhRIの回避を生じ、第1の変化はRNase1の88又は91のアミノ酸残基におけるアミノ酸置換であり、第2の変化はRNase1のアミノ酸残基4、7、11、31、32、38、39、41、42、66、67、71、111及び118からなる群から選択された位置における変質、置換又はアミノ酸交換であり、この変異型RNase1は生来のRNase1に比べて高い細胞傷害活性を示す。
【0015】
本発明は、更に、生来の配列から修飾されたアミノ酸を有するRNase1の変異株を提供する。典型的な変異株は、本明細書の下で表5に提示されている。望ましい機能を有する追加の変異株も、本発明の範囲内にある。
【0016】
好ましい態様では、RNase1変異株はR39D/N67D/N88A/G89D/R91Dにより規定され、野生型(生来の)RNase1よりもhRIに対して少なくとも107倍低い親和性及び2700倍低い会合速度を有する。
【0017】
別の態様では、本発明は、新規で細胞傷害性のRNase1を産生するために、生来のRNase1のアミノ酸配列を修飾する方法を提供する。
【0018】
本発明は、リボ核酸分解活性を維持する変異型RNase1を産生するために、生来のリボ核酸分解活性を維持している生来のRNase1のアミノ酸配列を修飾する方法であり、該変異型RNase1は、生来のRNase1よりもRIに対する結合親和性が低く、生来のリボ核酸分解活性を維持している。
【0019】
本発明は、修飾されたRNase1の有効量を細胞に供給することを含む癌細胞の増殖を抑制する方法でもあり、該変異型RNase1は、生来のRNase1よりもRIに対する結合親和性が低く、生来のリボ核酸分解活性を維持している。
【0020】
別の特徴においては、本発明は、hRI・RNase1錯体の3次元構造における静電アンカー残基を識別することにより細胞傷害性RNase1変異株を遺伝子操作する方法、及び静電反発を介してhRIへの結合を抑制するためにRNase1において識別されたアンカー残基を修飾する方法を提供し、この変異株は、生来のリボ核酸分解活性を維持し、生来のRNase1よりもhRIに対して低い結合親和性を有し、生来のRNase1に比べて高い細胞傷害活性を示している。
【0021】
別の特徴においては、本発明は、プロテインデータバンク識別番号1Z7Xにより規定されたhRI・RNase1錯体の結晶を提供する。
【0022】
RNase1変異株をデザインするためにhRI*RNase1錯体の3次元構造座標を用いる方法も開示されており、RNase1変異株は生来のリボ核酸分解活性を維持し、生来のRNase1よりもhRIに対して低い結合親和性を有し、生来のRNase1に比べて高い細胞傷害活性を示している。
【0023】
特に明記しないかぎり、本明細書で使われたすべての技術及び科学用語は、本発明が所属する技術分野の当業者が普通に理解する意味と同じ意味を有する。本発明の実施又はテストするのに適した方法及び物質については下で説明するが、当該技術分野で周知の、本明細書で説明されたものと類似又は同等の他の方法及び物質も使用することができる。
【0024】
本発明の他の目的、利点及び特徴は、添付図面に関連して行われた次のような説明から明らかになるであろう。
【0025】
この特許又は出願ファイルは、少なくとも1つの着色した図を含んでいる。カラー図を有するこの特許又は特許出願の刊行物のコピーは、必要な手数料を納付して要請すれば当局から提供されるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明は、生来のRNase1に比べて増加した細胞傷害活性を示すために遺伝子操作された新規なヒト・リボヌクレアーゼ1変異株に関連している。これは、ヒト・リボヌクレアーゼ1(RNase1)分子に結合したヒト・リボヌクレアーゼ阻害剤(hRI)分子の3次元(3−D)原子結晶構造を決めることにより初めて可能になった。hRI・RNase1錯体の構造は、1.95Åの解像度を有し、原子座標は、公に利用できる配列データベースであるプロテインデータバンク(PDB:Protein Data Bank)に、識別番号1Z7Xとして預けられた。
【0027】
hRI・RNase1錯体の3−D構造を用いて、錯体中のhRIとRNase1との間の相互作用の特徴を明らかにし、RI結合への特定のRNase1残基のエネルギー的寄与を決めるために用いた。長距離の静電力と会合速度との間の相互作用は、hRI・RNase1錯体におけるアンカー残基の静電寄与を確認するために分析した。これらの残基は、(1)静電反発を介したアンカー残基の結合を抑制することによりhRIを回避し、(2)生来のRNase1に比べて細胞傷害活性を増加させるために、合理的に修飾した。ここで説明した論理を用いて、ヒト・リボヌクレアーゼに基づく化学療法剤の開発に対する主な障害は克服することができたと考えられる。
【0028】
広範囲の実施形態において、本発明は、その生来の配列から少なくとも2つのアミノ酸変化を有するRNase1の遺伝子操作されたリボヌクレアーゼ変異株を提供し、この変化は静電反発を介したRNase1によるhRIの回避を生じ、第1の変化はRNase1の85〜94のアミノ酸残基の領域におけるアミノ酸置換であり、第2の変化はRNase1のアミノ酸残基4、7、11、31、32、38、39、41、42、66、67、71、111及び118からなる群から選択された位置における変質、置換又はアミノ酸交換であり、この変異型RNase1は生来のRNase1に比べて細胞傷害活性を示す。この種の変異株は、本明細書ではXNNYという表記により指定され、Yは位置NN(例えば、R4C)に通常存在する残基Xの置換されたアミノ酸残基である。
【0029】
本明細書で使われている用語「生来の」、「野生型」、「修飾されていない」は、互いに同義語である。これらは、天然に存在する資源から単離された場合、その遺伝子の産生物の特徴を有する遺伝子産生物を意味している。野生型遺伝子は、個体群において最も頻繁に認められる遺伝子であり、従って、該遺伝子の任意にデザインされた「正常な」又は「野生型」形態である。
【0030】
対照的に、用語「変異株」、「修飾された」又は「突然変異体」は、野生型遺伝子産生物と比較した場合、配列及び又は機能特性の修飾を示す(即ち、変質した特徴)遺伝子産生物を意味している。本発明は、RNase1の変異株を提供する。典型的な変異株は表5に示している。
【0031】
1つの実施形態では、本発明は、生来の配列である、配列番号2に関連して静電反発を介したRNase1によるヒト・リボヌクレアーゼ阻害剤(hRI)の回避を生じ、残基4、38、39、67、88、89、91及び118におけるアミノ酸変化を有するRNase1変異株を提供し、この変異型RNase1は生来のリボ核酸分解活性を維持し、生来のリボヌクレアーゼよりもRIに対する低い結合親和性を有し、生来のRNase1に比べて高い細胞傷害活性を示す。
【0032】
この実施形態に基づいて、我々は、ヒトの膵臓のリボヌクレアーゼの有益な変異株である、R4C/G38R/R39G/N67R/N88L/G89R/R91G/V118C RNase1を合成した。この酵素は、ここで提示されたhRI・RNase1錯体の原子構造により呼び起こされた8つの残基が変化する。残基Gly38、Arg39、Asn67、Asn88、Gly89、及びArg91は、すべて、hRI・RNase1錯体の界面の近くにある。この変異株におけるこれらの残基の置き替えは、界面を妨げるようにデザインされている。Arg4及びVal118も、hRI・RNase1の界面の近くにある。システィン残基によるこれらの置き替えは、この界面を妨害し、並びにこの酵素に余分の立体的安定性を与えるものと思われる、Cys4とCys118との間に新しいジスルフィド結合を形成することができるようにデザインされている。このRNase1変異株は、(1)生来のRNase1の酵素活性のほとんどすべてを維持し、(2)hRIを回避し、(3)かなりの細胞傷害活性を示す。
【0033】
好ましい実施形態では、本発明は生来の配列である配列番号2に関連して残基39、67、88、89及び91におけるアミノ酸変化を有するRNase1変異株を提供し、これらの変異株は生来のリボ核酸分解活性を維持し、生来のRNase1よりもRIに対する低い結合親和性を有し、生来のRNase1に比べて高い細胞傷害活性を示す。
【0034】
これらのRNase1変異株は、長距離静電力と会合速度との間の関係を適用することによりデザインされた。好ましいRNase1変異株は、R39D/N67D/N88A/G89D/R91Dにより規定され、野生型RNase1よりもhRIに対する親和性は107倍低く、会合速度は2700倍低い。会合速度が2700低下したのは、RNase1におけるアスパラギン酸塩による静電反発が25倍に上がり、RNase1中の位置39及び91における静電引力が110倍低下したためであった。
【0035】
hRI・RNase1錯体では、Asn67のような立体的に制約された残基よりも、Arg39及びArg91のような荷電した主要な残基の静電引力が、hRIがRNase1を認識するのに役立つことが指摘されている。RIがその蹄鉄状の構造を用いると、溶媒に曝された主要な荷電残基(特にArg39及びArg91)では、長距離の静電相互作用によりRNase1とのそのタイトな相互作用を測定することができるようになる。
【0036】
RNase1の他の新規な変異株が、生来のリボ核酸分解活性を維持し、生来のRNase1よりもRIに対して低い結合親和性を有し、生来のRNase1に比べて高い細胞傷害活性を有することも、本明細書に記載されている。これらは、(1)残基39、67、89及び91、好ましくはR39D/N67A/G89D/R91D、(2)残基39、67、88及び91、好ましくはR39D/N67D/N88A/R91D、(3)残基39、67、88及び89、好ましくはR39D/N67D/N88A/G89D、(4)残基39、88、89及び91、好ましくはR39D/N88A/G89D/R91D、(5)残基38、39、67及び88、好ましくはG38R/R39G/N67R/N88R、残基67、88、89及び91、好ましくは67D/N88A/G89D/R91Dにおいて生来の配列である配列番号2に比べてアミノ酸変化を有するRNase1変異株を含む。
【0037】
別の実施形態では、本発明は、hRI・RNase1錯体の3次元構造において静電アンカー残基を識別することにより細胞傷害性RNase1変異株を作るためにRNase1を修飾し、静電反発を介してhRIへの結合を抑制するためにRNase1において識別されたアンカー残基を修飾する方法を提供する。ここで、これらの変異株は生来のリボ核酸分解活性を維持し、生来のRNase1よりもRIに対する低い結合親和性を有し、生来のRNase1に比べて高い細胞傷害活性を示す。従って、hRIとRNase1との間の静電引力を利用することにより、我々はヒト・リボヌクレアーゼをベースにした化学療法剤の開発において大きな障害を克服するためにRIの抑制結合を回避しうるRNase1の変異株を開発することができた。
【0038】
別の実施形態では、本発明は、変異型RNase1の有効量を細胞に供給することを含む、癌又は腫瘍細胞の増殖を抑制する方法を提供し、該変異型RNase1は生来のRNase1に比べて高い細胞傷害活性を示す。
【0039】
「高い細胞傷害性」とは、修飾されたRNase1が、対応する修飾されていないか、又は生来の(野生型)RNase1よりも大きな細胞傷害性を示すことを意味している。下の実施例では、細胞傷害性はヒトの赤白血病細胞系K−562を用いて評価した。本発明の修飾されたリボヌクレアーゼは、本明細書に記載されている細胞に加えて他の腫瘍細胞に対しても細胞傷害性であると予想されている。細胞増殖の抑制は、修飾又は未修飾のRNase1で処置したK−562細胞の内、生き残りのパーセンテージを計算して決められる。100%生存は、ホスフェート緩衝食塩水(PBS)の溶液で処置した生き残り細胞の数であると考えられている。
【0040】
「有効量」は、腫瘍細胞の増殖を顕著に低減させるのに必要なリボヌクレアーゼの量を意味している。
【0041】
修飾リボヌクレアーゼは、細胞の生存能力を少なくとも約10%低減するのが好ましい。修飾リボヌクレアーゼは、細胞の生存能力を少なくとも約20%低減するのがより好ましい。修飾リボヌクレアーゼは、細胞の生存能力を約50%、又は約75%程度低減するのが最も好ましい。
【0042】
別の実施形態では、本発明は、プロテインデータバンク識別番号1Z7Xにより規定されたhRI・RNase1錯体を提供する。hRI・RNase1錯体の3D結晶構造は、初めてここで記載されている。hRI・RNase1錯体の3次元構造は、hRIを回避し、生来の酵素に比べて高い細胞傷害活性を示すRNase1を合理的にデザインするツールとして使うことができる。
【0043】
hRI・RNase1錯体の3D構造の研究価値は、当業者には理解されている。X線結晶学から得られた構造が、たんぱく質・リガンド錯体の唯一の静止スナップ写真であると見込まれている。実際に、RNase1のようなたんぱく質は、非常に柔軟な高分子であり、種々の時間スケールでそれらの立体構造を変えている。潜在的結合部位へのアクセスは、特定の立体構造においてのみ利用することができる。技法、即ち分子ダイナミックス、普通のモード又はモンテカルロ方法は、他のRNase1をデザインする場合に1つ又はそれ以上の代表的な構造を得るために使われる。
【0044】
この特許明細書には、たんぱく質及びアミノ酸配列の実施例がいくつか含まれているが、たんぱく質のすべての配列は、本発明のたんぱく質又はコンセプトを本質的に変えることなく小さな変化及び修正を受けやすい。類似のサイズ及び極性のアミノ酸の保存的変化は、常に可能であり、たんぱく質の機能を変えることもたまにある。RNase1全体は、RNase1としての活性には逆影響を与えることなく小さなアミノ酸追加、置換の除去のいずれかにより、配列のさらなる修飾を受けやすい。アミノ酸配列におけるこれらの種類の変化は、本明細書で用いた専門用語の範囲内にあると解釈される。
【0045】
保存的アミノ酸置換には、類似の極性の別のアミノ酸により置換することができる配列内の1つ又はそれ以上のアミノ酸残基があり、これは機能上等価物として作用し、サイレントな変質を生じる。配列内のアミノ酸の置換基は、該アミノ酸が属する部類の他のメンバーから選択される。例えば、非極性(疎水性)アミノ酸には、アラニン、ロイシン、イソロイシン、バリン、プロリン、フェニルアラニン、トリプトファン及びメチオニンがある。芳香族環構造を含むアミノ酸には、フェニルアラニン、トリプトファン及びチロシンがある。極性中性アミノ酸には、グリシン、セリン、スレオニン、システィン、チロシン、アスパラギン及びグルタミンがある。正に荷電した(塩基性)アミノ酸には、アルギニン、リジン及びヒスチジンがある。負に荷電した(酸性の)アミノ酸には、アスパラチン酸とグルタミン酸とがある。この種の変質は、ポリアクリルアミド・ゲル電気泳動又は等電点により測定された見かけの分子量に影響を及ぼすことは期待されないであろう。アミノ酸の略称は当該技術分野では周知である。
【0046】
本発明の方法の純粋に典型的であると考えられる以下の実施例を検討することにより、本発明は更に明確になる。
【実施例】
【0047】
1.実験の概要
RNase1変異株のデザイン
一般に、たんぱく質錯体の平衡解離定数(Kd)は、会合速度(kon)及び解離速度(koff)に影響を及ぼしている分子間因子により支配されていると当業者は考えている。解離速度は、ファンデルワールス相互作用、水素結合、疎水性相互作用、及び塩橋を含む短距離で作用する因子により影響を受ける。しかし、会合速度は主として拡散に依存するが、クーロン静電因子により大きくすることができる。長距離静電力の多くは、荷電アミノ酸を脱溶媒和するための大きなエネルギー損失によりたんぱく質間の相互作用を不安定化する。しかし、スピードが必要な場合は、会合速度、従って、錯体の親和性は静電エネルギーを最適化することにより増加させることができる。
【0048】
互いに相互作用するたんぱく質のパートナーに対して低い親和性を有するたんぱく質をデザインする場合に、運動速度の成分(kon又はkoff)のいずれかを標的にすることができるかもしれない。RI・RNase界面の抑制について行われた以前の研究は、解離速度を効果的に上げるRI・RNase間の短距離の分子間の接触に焦点を当てたものであった。RNase Aのヒト同族体である、RNase1の親和性に有害な影響があり、短距離相互作用を用いると証明するのがより困難になった。
【0049】
この障害を克服するために、我々は、1.95Åの解像度におけるhRI・RNase1の結晶構造を測定し、hRI(遺伝子バンク識別番号P13489)に対してミクロモルのレベルの親和性を有するRNase1の変異株をデザインするために構造情報を用いた。我々は、RNase1を用いてRNase Aにおいて識別された類似の補完性残基についても研究し、これらのRNase1残基からRI結合へのエネルギー的寄与を明らかにした。錯体会合速度に対するこれらの荷電残基(例えば、Arg39及びArg91)の寄与に基づいて、我々は、たんぱく質間の相互作用を測定する場合の「静電アンカー」残基の役割を規定している。静電アンカー残基が、(1)会合速度のかなりの向上に寄与し、(2)タイトな水素結合により錯体形成を維持、することによりたんぱく質間の認識を決める。全般的に見れば、RNase1によるRIの回避は、立体的寄与と静電寄与の両方を必要とするが、会合速度定数がかなり低下することによりミクロモルのレベルの親和性に促進される。
【0050】
従って、(1)高い配列同一性を有する2つのリボヌクレアーゼである、RNase1及びRNase Aとの錯体におけるRIの分子認識パターンを分析し、(2)合理性に基づくRNase1変異株をデザインするRI結合に含まれた特定の残基のエネルギー寄与(例えば、立体的及び静電)の差を詳しく調べて、本発明の細胞傷害性RNase1変異株は開発された。このデザイン方法の成果の1つは、野生型RNase1よりもhRIに対する親和性が107倍低く、会合速度が2700倍低い細胞傷害性RNase1変異株を遺伝子操作することであった。
【0051】
RIによる膵臓のリボヌクレアーゼの認識における違い
高速原子密度評価器(FADE)アルゴリズムにより、pRIとRNase Aとの間の高い形状補完性の領域が明らかにされた。高い形状補完性を有することが確認された領域、即ちD38R/R39D/N67R/G88R RNase A(hRIについて、Kd=510nM)及びC31A/C32A/G38R/K39D/G88RのBS−RNASE(hRIについて、Kd=110nM)に、破壊性突然変異体を挿入することにより、RIに対する親和性が顕著に低下することが明らかになった。同じ論理及び形状補完性領域を用いて、我々は、G38R/R39G/N67R/N88R RNase1をデザインした(表5)。RNase1に適用した場合、この方法はRNase1に対するhRIの親和性を低減することもできなかった。RNase1のこの4重変異株に対するhRIの結合親和性は、野生型RNase1に対するhRIの親和性に近かった。その結果として、我々はRNase AからRNase1のRI認識を、何が分離したか決めたいと思った。
【0052】
残基39。RNase AのArg39は、pRI・RNase Aに対して最高の形状補完性値を有し、第2のアンカー残基であると提議された。Arg39をG88R RNase Aにおいてアスパラギン酸塩に突然変異させると、R39D/G88R RNase Aが得られ、R39D突然変異はRI親和性を725倍下げた。RNase1では、Arg39はhRIとより一層タイトな相互作用を有して、3つの水素結合を形成し、結果としてR39Dのエネルギー寄与はΔΔΔG=2.2kcal/molにおいて調べた残基の中で2番目に高い。
【0053】
RNase Aと同様に、Arg39がAspに突然変異するとRNase1に対するhRIの親和性を低下させるが、R39Dを有する変異株の細胞傷害性は類似のRI回避を有する他の変異株よりも比例的に低い。RNase1変異株の細胞傷害性に対するR39Dの負の影響の部分は、触媒活性が3倍低下することにより説明できるが、活性の増加では、N67D/N88A/G89D/R91D RNase1の高い細胞傷害性を完全に説明することはできない。R39Dを有するRNase1の変異株における細胞傷害性の偏りのある大きな低下は、細胞表面結合におけるArg39の役割を支持している。Arg39はRNase1上の2つの正に荷電したパッチの間に位置しており(図5)、そのために位置39における負の電荷は、内面化及び細胞傷害性の大きな低下を比例的に産生している正の両パッチの細胞表面結合を弱めることがある。
【0054】
残基67。以前、hRIによるAsn67の認識は、RNase1又はRNase Aではなく、アンギオジェニンに選択的に結合するRI変異株を発現させるために利用された。18hRIの位置408及び410においてトリプトファンを組み込むことにより、アンギオジェニンのみに結合した非常に選択的なhRIの変異株が遺伝子操作された。hRIの残基408−410の結合を立体的に妨害するためのRNase1のAsn67におけるトリプトファン置換は、同等の結合変化を産生しなかった(データは示されていない)。しかし、位置67におけるアスパラギン酸塩は、この錯体を1.9kcal/molだけ不安定化する(表5)。
【0055】
Asn67は、pRI・RNase A界面の表面積の埋設及び分子運動の欠如により、該界面における主要なアンカー残基であると提議された。22Asn67が錯体形成において役割を果たしているという主張と一致して、我々は、位置67における突然変異により生じたエネルギー的不安定化はかなりのもの(ΔΔΔG=1.9kcal/mol)であることを見出した。しかし、Arg39及びArg91は、hRI・RNase1錯体の安定化に対してより全体的なエネルギーを提供している。
【0056】
β4−β5ループ。β4−β5ループ領域においてRNase Aから何がRNase1のRI認識を分離したかを判断するために、図2に示したように、RI(緑)に結合した時の、RNase A(青)及びRNase1(紫)のβ4−β5ループの間で3次元構造の比較が行われた。これは、プログラム・セコイア(Sequoia)を用いてRNase1とRNase Aのアルファ炭素を整列させることにより達成され、画像はプログラムPyMOLを用いて創った。(A)RIで隠されたβ4−β5ループの構造。残基88−91の側鎖は、棒として示されている。アミノ酸は、リボヌクレアーゼの色に対応する色で標識を付けている。(B)RIに結合したβ4−β5ループの配向。RNase A(鎖E)はRNase1(鎖Z)に対して整列させ、次いで、RNase1に対するアラインメントに基づいてhRI(鎖Y)内にモデルを作った。水素結合は破線として示している。hRIとRNase Aとの間の水素結合はhRIとpRIとのアラインメントに基づいて仮説を立てている。
【0057】
この比較アラインメントを行うことにより、我々は、アルギニン突然変異のGly88がRNase Aに対するpRIの親和性を104M低下させ、hRIに対するBS−RNASEの親和性を250倍低下させた先の結果とは対照的に、RNase1においてAsn88をアルギニンで置換しても親和性の類似の低下は生じないことを発見した。hRI・RNase1錯体の結晶構造において、β4−β5ループはpRIとRNase Aに類似した立体構造をとる(図2)。β4−β5ループにおけるRNase1とRNase Aとの間の1つの大きな違いは残基88を有することである。残基88では、RNase1のAsn88は、RNase AにおけるGly88のようにTrp261及びTrp263により形成されたポケット内に折り曲げる代わりにGlu264と水素結合する。RNase1内のAsn88は、hRI・RNase1界面の外表面に位置し、RIに対する高い親和性を維持しながらアルギニン又は炭水化物鎖の構造的容積を収容することができる。
【0058】
RNase1のGly89は、RNase AにおいてGly88の構造類似体を構成すると提議されているが、RNase1内のGly89における突然変異の研究は、やはり、RIに対する低い親和性を有する変異株を産生することはできなかった。RNase1におけるGly89は、RNase AAのSer89をより密接に覆う(図2)が、Gly89は、RNase AにおいてSer89について見られたGlu206と水素結合することはできない。
【0059】
RNase1のGly89は、更に、hRI・RNase1においてTrp261及びTrp263とのファンデルワールス接触を有するが、Gly89はRNase AにおけるGly88よりも大きな柔軟性を有するように思われる。その結果、hRIは、野生型に近い親和性を維持しながら、RNase1中のGly89におけるアスパラギン酸塩又はアルギニン置換に調節することができる(図2)。
【0060】
調べた5つの残基の中で、Arg91は、hRI・RNase1錯体(ΔΔG=2.8kcal/mol)に対して最大のエネルギー的影響を有した。Arg91は、hRI表面の負に荷電した曲がり部分においてhRIに接触し(図5)、Arg91はhRIのGlu287と2つの水素結合を形成する。RNase AのLys91は、pRIにRNase Aを固着する場合に第2の掛け金を掛ける役割を果たすと提議されているが、RNase1では、Arg91はhRIによる認識に対する主要なアンカー残基として役立つかもしれない。
【0061】
アスパラギン酸塩を用いてArg91を置換すると、hRIのGlu287へのタイトな水素結合に役立ち、Arg91の引力を静電反発で置き替えた。荷電間の引力のこのようなロス及び位置91における静電反発の取得は、全体的な結合親和性における最大の変化を生じた。
【0062】
静電アンカー残基
14の酵素・阻害剤錯体の調査において、14の錯体はすべて正のΔGelec,3を有し、これは静電力が錯体形成の負の力であったことを意味している。しかし、RI・RNASE錯体は特殊なたんぱく質間の界面である。hRIへのアンギオジェニンの結合は、−12.3kcal/molの静電相互作用エネルギーを有し、計算した速度は106-1-1の静電力により増加する。他の錯体とは対照的に、RI・RNASE錯体では、静電力が結合において主要な役割を果たしている。
【0063】
図3に、hRI(緑)とRNase1(紫)との間の主要な形状補完性残基の1σにおける電子密度を示している。詳細に示した特定の残基は、(A)Arg39、(B)Asn67、(C)Arg91である。強調した領域は、壁に眼のある立体的な(wall-eyed stereo)様式で示し、たんぱく質間の水素結合は黒い破線で示している。画像はプログラムPyMOLを用いて作成した。図3は、hRIと最初に接触する立体障害のある残基の代わりに、Arg39及びArg91のような主要な溶媒に曝された荷電残基の静電力が会合速度を促進することを示している。
【0064】
具体的には、Arg39及びArg91は、Asn67、Asn88又はGly89よりも結合エネルギーに対して少なくとも0.3kcal/mol多く寄与する。Arg39及びArg91の荷電表面が、R39L/N67L/N88A/G89L/R91L RNase1においてこれらの荷電のロイシンへの置換が会合速度を110倍低下させる時に会合速度を決める。従って、我々が静電アンカー残基として規定しているArg39及びArg91は、hRI・RNase1錯体において特殊な役割を果たしている。たんぱく質間の錯体の形成に掛け金を掛ける残基は、錯体形成に大きなエネルギー力を与え、そのたんぱく質結合パートナーの認識に関する主要なマーカーである。
【0065】
Arg39及びArg91のような静電残基は、hRIの静電表面により最初に認識されるので、これらの基準に合っている(図5)。具体的には、図5はhRI(緑)とRNase1(紫)との相互作用を静電的に表示している。RNase1、残基39及び91のたんぱく質接触電位は、標識付き(A)、hRI(B)及びhRI・RNase1(C)であることを示している。青(正)及び赤(負)の強度は、局所的静電環境を示している。真空静電力は計算し、画像はプログラムPyMOLを用いて作成した。
【0066】
更に、静電残基Arg39及びArg91は、錯体の会合速度に強く影響を及ぼす(表6)。従って、Arg39及びArg91は、hRIに結合したRNase1をタイトな水素結合を介して保持し(図3)、錯体中で他の接触を形成することを可能にする。Arg39及びArg91は、Asn67のステリックス(sterics)よりも長い間隔にわたりhRI・RNase1錯体を形成させ、最終的にはhRI・RNase1錯体の親和性により多くの結合エネルギーを供給する。RNase AのArg39及びLys91は、RI結合において役割を果たしていると提議されているが、これらの残基の静電力がhRI・RNase1錯体に供給している主要な機能は過小評価されていた。
【0067】
回避のエネルギー
荷電アミノ酸は、たんぱく質表面上の露出アミノ酸全体の19%を占めているが、たんぱく質間の平均界面では露出している荷電残基は比較的少ない。たんぱく質間の界面における荷電間の相互作用は、結合している露出荷電残基を脱溶媒するためにエネルギー的不利益が大きいのでエネルギー的に不利である。脱溶媒のエネルギー的不利益は、錯体形成時に部分的に露出した溶媒の主要な荷電相互作用を残すことにより回避することができる。図3では、複数の溶媒分子の電子密度は、hRIとRNase1との間の目視できる周囲の重要な荷電相互作用である。RIは、比較的大きな表面積を溶媒に露出し、主要な荷電残基を一部だけ脱溶媒和するために、風変わりな馬蹄型のものを使用しているようである。このような溶媒への露出により、RNase1と結合しているRIが被る脱溶媒和によるエネルギー面の不利益が低減し、静電力を錯体形成のためのエネルギーとして使えることになる。
【0068】
RNase1の表面上の正の電荷(図5)は、基質の結合を促進し、その結果RNase1の生物学的活性を維持する必要がある。RIは、RNase1に対して荷電表面が、長距離静電力を用いて、タイトに且つ迅速にRNase1を抑制する必要があることから利点を得ている。図5は、RNase1及びhRI上の正及び負の電荷分布を、それぞれ、強調している。結晶構造において、Arg39及びArg91はRIの負の内表面にタイトに封入され(図5)、hRIの負の表面にRNase1を固着している。
【0069】
主要な静電アンカーにおいて負に荷電したアスパラギン酸塩残基を組み込むことにより、我々は、RNase1に関するhRIの平衡解離定数をほぼ7桁下げた。Arg39及びAsn67における突然変異とRNase1変異株との比較により、静電力がどのようにしてRI結合の回避に役立っているかを説明している。位置39及び67におけるアスパラギン酸塩の静電反発が、それぞれ、2.2及び1.9kcal/mol錯体を不安定化している(表5)。アスパラギン酸塩残基の代わりに、野生型残基が残基39においてグリシンに、残基67(G38R/R39G/N67R/N88R RNase1)においてアルギニンに取り替えられるならば、この錯体の類似の不安定化は認められない(トータルのΔΔG=3.0kcal/mol)。従って、残基Arg39及びAsn67の静電力は、RNase1変異株の親和性を決める場合に大きな役割を果たしている。
【0070】
全体としては、RNase1におけるアスパラギン酸塩置換によるRI結合の反発は、R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1における単一突然変異の復帰による失われた結合エネルギー(8.2kcal/mol)は、R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1の場合に失われた結合エネルギー(9.3kcal/mol)より少ないので超加法的である。たんぱく質間の錯体における超加法的突然変異の例は少ないが、hRI・アンギオジェニンの場合に認められている。しかし、hRI・RNase1の場合の超加法的結果は、hRI・RNASEAにおける以前の突然変異が超加法的であったので、驚くべきことである。hRI・RNase1錯体への突然変異の超加法性は、一部は方法により、一部は突然変異のタイプにより説明することができる。RNase1において複数の置換を併用することにより、追加の突然変異が単一の突然変異では見られないようなRIとの破壊的接触を発現するように、生来のRNase1がねじ曲げられた。また、アラニン置換に代わるアスパラギン酸塩置換の静電反発は、比較的大きな表面積を撹乱し、突然変異のエネルギー的不安定化を増大させることができる。例えば、アーカイブス1における4つすべてのアスパラギン酸塩置換のΔΔΔG値は、単一水素結合(Asn88とAla88との)の除去に関するΔΔΔG値よりも大きい(表5)。全体としては、大抵の回避RNase A変異株と同等の親和性を有するRNase1の変異株を発現させるために、我々はhRIとRNase1との間のタイトな静電引力を利用した。
【0071】
会合及び解離の速度
静電力は、長距離にわたるたんぱく質間の錯体の形成を操作し、拡散が限定するプロセスの会合速度を増大させる。我々は、R39D/N67D/N88A/G89D/R91DのRNase1の回避の増加に導いた運動定数を決めるために、表5からのRNase1の2つの変異株の間の運動速度定数の差を測定した。全体としては、R39D/N67D/N88A/G89D/R91DのRNase1の解離速度定数(3100倍)及び会合速度定数(2700倍)の変化は、各々が野生型RNase1に比べたhRIに対する親和性の低減の半分を説明する(表6)。R39D/N67D/N88A/G89D/R91DのRNase1のミクロモル・レベルの親和性に対する会合速度の大きな寄与は、その速度をR39L/N67L/N88A/G89L/R91L RNase1に比べるとより明確になる(表6)。
【0072】
R39L/N67L/N88A/G89L/R91L RNase1に比べてR39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1のRI回避が50倍に上がっていることは、長距離静電反発により、会合速度に対する該反発の作用を介してほぼ完全に促進される。hRI・RNase1錯体形成に対する残基39、67、88、89及び91の静電力の全体的な影響は、ロイシン置換による引力のロスによる会合速度の110倍の低下と、アスパラギン酸塩置換による反発力の取得による会合速度の25倍の低下とを組み合わせることにより近似させることができる。全体としては、静電力はhRIに対するR39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1の親和性を2700倍低下させるのに寄与し、これらの実験結果がRNaseにRIが結合する際の静電力の重要性に関する以前の計算を補足する。hRI・RNase1に関する実施例は、電荷が会合速度に強く影響を及ぼす場合、たんぱく質が静電アンカー残基を用いて溶液中のこれらのたんぱく質パートナーを認識する追加の方法を発展できたことを実証している。
【0073】
これらの結果は、ヒトRNase1の細胞傷害性変異株はここで明らかにされたデータに基づいて作ることができることを実証している。hRI・RNase1錯体の原子座標について検討すると、より一層細胞傷害性の強いRNase1の変異株が得られるのではないかと、我々は予想している。
【0074】
2.方法及び物質に関する詳細な説明
物質:大腸菌BL21(DE3)細胞及びpET22b(+)は、ウィスコンシン州マジソン(Madison)のノバゲン(Novagen)から得た。蛍光性リボヌクレアーゼ基質6−FAM−dArU(dA)2−6−TAMRAは、アイオワ州コラルビル(Coralville)のインテグレーテッドDNAテクノロジーズ(Integrated DNA Technologies)から得た。酵素は、ウィスコンシン州マジソン(Madison)のプロメガ(Promega)から得た。K−562細胞は、バージニア州マナサス(Manassas)のアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture Collection)から得た。細胞培養媒体及び助剤は、カリフォルニア州カールスバッド(Carlsbad)のインビトロゲン(Invitrogen)から得た。[メチル−3H]チミジン(6.7Ci/mmol)は、マサチューセッツ州ボストン(Boston)のパーキンエルマー(Perkin−Elmer)から得た。Hitrap NHS−エステル・カラムは、ニュージャージー州ピスカタウエイ(Piscataway)のアメルシャム・バイオサイエンシズ(Amersham BioSciences)から得た。HiTrap NHS−エステル・カラムの付属品としてのリボヌクレアーゼAタイプIII−Aは、ミズーリ州セントルイス(St.Louis)のシグマ・アルドリッチ(Sigma−Aldrich)から得た。セントルイスのシグマ・アルドリッチから得たMES緩衝液は、微量のオリゴマー性ビニルスルホン酸を除去するためにアニオン交換クロマトグラフィにより精製した。他のすべての化学物質は市販の試薬級又はそれ以上の品質のものでありさらなる精製はせずにそのまま用いた。テリフィック・ブロス(TB:Terrific Broth)は、1.00L中に、トリプトン(12g)、酵母エキス(24g)、グリセロール(4mL)、KH2PO4(2.31g)、及びK2HPO4(12.54g)を含む。ホスフェート緩衝食塩水(PBS:phosphate−buffered saline)pH7.4は、1.00L中に、NaCl(8.0g)、KCl(2.0g)、Na2HPO4・7H2O(1.15g)、KH2PO4(2.0g)、及びNaN3(0.10g)を含む。
【0075】
装置:蛍光測定は、ニュージャージー州サウス・ブルンスウイック(South Brunthwick)のフォトン・テクノロジー・インターナショナル(Photon Technology International)の試料撹拌付きクアンタマスター1(QuantaMaster1)光子計数蛍光計を用いて行った。熱変性データは、カリフォルニア州パロアルト(Palo Alto)のバリアン(Varian)のケアリー(Cary)温度調節器を備えたケアリー3ダブルビーム分光光度計を用いて集めた。ゲノムDNA中への[メチル−3H]チミジンの組み込みは、マサチューセッツ州ウエルズリー(Wellesley)のパーキンエルマー(Perkin Elmer)のミクロベータ・トリルックス(Microbeta Trilux)液体シンチレーション及びルミネッセンス計数器を用いたシンチレーション計数により定量した。リボヌクレアーゼ1及びその変異株の質量は、カリフォルニア州フォスターシティー(Foster City)のアプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)のボイジャー・デプロ・バイオスペクトロメトリ・ワークステーション(Voyager−DEPRO Biospectrometry Workstation)を用いて、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI−TOF)質量分光法により確認した。
【0076】
RNase1の精製:RNase1は、先に説明した同じ酸化リフォールディング法を用いて封入体から精製した。19RNase1の変異株は、製造者のプロトコルに従って、カリフォルニア州ラ・ホーヤ(La Jolla)のストラタジーン(Stratagene)のクイックチェンジ部位特異的突然変異生成又はクイックチェンジ・マルチ部位特異的突然変異生成により創った。変異株は、野生型RNase1の場合に用いた手順と同じ手順を用いて精製した。19位置19にフリーのシスティン残基を有するRNase1の変異株は、蛍光プローブを取り付ける前に5,5’−ジチオ−ビス(2−ニトロ安息香酸)(DTNB)で保護した。次いで、使用直前に、TNBで保護した変異株は、3倍モル過剰のジチオスレイトール(DTT)を用いて保護基を外し、ニュージャージー州ピスカタウエイのアメルシャム・バイオサイエンシズのPD−10脱塩カラムを用いてクロマトグラフィにより塩を除去した。ミズーリ州セントルイスのシグマ・アルドリッチから得た5−ヨードアセトアミド・フルオレセインとのRNase1複合体は、10倍モル過剰の5−ヨードアセトアミド・フルオレセインとの25℃における4−6時間の反応により調製した。複合体は、HiTrap SP FFカラムを用いてクロマトグラフィにより精製した。RNase1及びその変異株の分子質量は、ボイジャー・デプロ・バイオスペクトロメトリ・ワークステーションを用いて、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI−TOF)質量分光法により確認した。
【0077】
hRIの精製:hRIは先に説明した手順と同様に精製した。要するに、hRIの場合cDNAを含むpET−22b(+)プラスミドは、大腸菌BL21(DE3)に変換し、次いで、単一コロニーを用いてアンピシリン(150μg/mL)を含むLB媒体(25mL)に植菌した。スタート時の培養液を37℃、250rpmにて16時間増殖し、アンピシリン(200μg/mL)を含むTB媒体(1.00L)の培養液に植菌した。
【0078】
これらの培養液は、OD600が3.0以上になるまで37℃、225rpmにて増殖させた。hRIcDNAの発現は、IPTG(0.5mM)を添加して誘発され、18℃、225rpmにて16時間増殖させた。細菌は、遠心分離(12,000×gで10分間)により集め、EDTA(10mM)及びDTT(10mM)を含む30mLの50mMのトリス−HCl緩衝液に、pH7.5で再懸濁させた。細菌はフレンチ圧力セルに2度通して溶解させ、細胞の破片は超遠心分離により除去した。RNase Aは、製造者のプロトコルに従って2つの5mLのHiTrap NHSエステル・カラムにおいて樹脂に共有結合させた。上澄みは、直列に接続したこれら2つのカラムに装填した。RNase A親和性カラムから溶離したピークは、DTT(10mM)及びEDTA(1mM)を含む4Lの20mMトリス−HCl緩衝液に、pH7.5で16時間透析し、更にHiTrap Qカラムを用いてクロマトグラフィにより精製した。46溶離したhRIの純度は、SDS−PAGEにより99%を超えていることが証明された(データは示されていない)。
【0079】
錯体の精製:精製RNase1(50mg/mL)及びhRI(10mg/mL)を、それぞれ、1.2〜1.0のモル比で混合した。この溶液を25℃で60分間培養して錯体を形成させた。この錯体を、DTT(10mM)及びグリセロール(2容量%)を含む、20mMのHepes−NaOH緩衝液と、pH7.5で予め平衡化した5mLのHiTrap Qカラムに装填した。この錯体は、直線的傾斜の30カラム容量以上のNaCl(0−0.4M)を用いて溶離させた。フリーのRNase1は貫流で溶離し、hRI・RNase1錯体は約0.15MのNaClで溶離した。精製した錯体は、DTT(10mM)及びグリセロール(2容量%)を含む、20mMのHepes−NaOH緩衝液に対して、pH7.5にて、4℃で16時間透析した。最後に、この錯体は、ドイツ・ハノーバーのビバサイエンス(Vivascience)AGのVivaspin20mL遠心濃縮装置で、6,000×gにて最終濃度が10mg/mLになるまで濃縮した。アリコートは急速冷凍し、−80℃で貯蔵した。
【0080】
結晶化:hRI・RNase1錯体の結晶は、精製hRI・RNase1(0.9μL)及びクエン酸塩緩衝溶液(5.1μL)の混合物を含む懸滴溶液とともにメチルエーテルPEG2000(容積対重さで10%)、硫酸アンモニウム(1mM)、及びDTT(25mM)を含む、pH4.2の20mMクエン酸ナトリウム緩衝液における懸滴蒸気拡散により得られた。回折品質の結晶は25℃で1週間以内に成長した。たんぱく質結晶は、25容量%まで増量したエチレングリコールを含む貯蔵溶液に浸漬し、極低温窒素ガス流において急速冷却した。
【0081】
回折データは、アルゴンヌ・ナショナル・ラボラトリーズ(Argonne National Laboratories)のSER−CAT Sector22で集めた。この結晶はデータ収集中100Kに維持し、X線は0.99997Åの波長に合わせた。回折画像は、HKL2000を用いて統合し、縮尺を変えた。フェーズは、出発モデルとしてPDB入力1DFJを有するCCP4パッケージソフトからMOLREPを用いて分子置換を介して測定した。Arp−Warp50を用いて初期モデルを造り、該モデルはXfit51を用いて造るモデルの交互サイクル及びREFMACを用いた洗練さを備えていた。リボヌクレアーゼ阻害剤と錯体を形成したヒト・リボヌクレアーゼ阻害剤のx−線構造の構造座標は、引用により全体が本明細書に組み込まれているアセッション又は識別番号1Z7Xを有するプロテインデータバンク(PDB)に預けられた。
【0082】
リボ核酸分解活性:リボヌクレアーゼ1及びその変異株のリボ核酸分解活性を、6−FAM−dArU(dA)2−6−TAMRAを用いて定量した。ウリジン・リボヌクレオチドにおけるこの基質の開裂により、蛍光が180倍に上がる。NaCl(0.10M)を含む、pH6.0の2mlの0.10MのMES−NaOH緩衝液において、23(±2)℃でアッセイを行った。蛍光データは、下記式
cat/KM=(ΔI/Δt)/((If−Io)[E])
に合致し、式中ΔI/Δtは初期反応速度を表し、Ioはリボヌクレアーゼを添加する前の蛍光強度であり、Ifは完全な基質加水分解後の最終蛍光に相当し、[E]は総リボヌクレアーゼ濃度である。
【0083】
立体構造の安定性:立体構造の安定性は287nMにおける吸光度の温度の上昇による変化に従って決定した。PBS中にリボヌクレアーゼ(0.1−0.2mg/mL)を含むPBSの温度を0.15℃/minにて20から80℃へ上げた。A287は1℃間隔で測定し、吸光度の変化は変性の2状態モデルに合致しており、該モデルでは遷移曲線の中点における温度はTmに対応している。
【0084】
RI回避:hRIに対するRNase1変異株の親和性は、先に報告した少し変更した蛍光競合アッセイを用いて測定した。要するに、DTT(5mM)を含む2.0mLのPBS、フルオレセイン標識付きG88R RNase A(50nM)及び標識の付いていないRNase1変異株は23(±2)℃で20分間培養した。結合していないフルオレセイン標識付きG88R RNase Aの初期蛍光強度は、3分間監視した(励起:491nm,発光:511nm)。次いで、hRIを50nMまで加え、最終蛍光強度を測定した。ユタ州ソルトレークシティーのレッドロック・ソフトウエア(Red Rock Software)のプログラムDELTAGRAPH5.5を用いて結合等温線の非線形最小二乗分析により、Kd値を得た。hRIとフルオレセイン標識付きG88RRNase Aとの錯体のKd値は、1.4nMである。
【0085】
運動アッセイ:hRIとRNase1との錯体の解離速度定数は、先に説明した手順と類似の手順により測定した。要するに、hRIとフルオレセイン標識付きRNase1変異株との等モル濃度により、DTT(5mM)含有PBSにおいて平衡に到達させることができた。等モル濃度では、Kd値は、各hRI・RNase1錯体について以前に測定した値よりも20倍高かった。平衡に到達後、100モル過剰の野生型RNase A(シグマ・アルドリッチ)を加えてフリーhRIを除去した。hRI・RNase1変異株錯体が不可逆的に解離した時に蛍光が増加した。解離速度定数、kd、を計算するために、これらのデータを式1に合致させた。式中、Foは野生型RNase Aを添加する前の蛍光であり、Fooは錯体が完全に解離した後の蛍光である。
F=Fo+(Foo−Fo)(1−ekdl) (1)
【0086】
細胞傷害性:K−562細胞の増殖に対するRNase1及びその変異株の作用を、先に説明したとおりに調べた。要するに、リボヌクレアーゼとともに44時間培養後、K−562細胞は[メチル−3H]チミジンで4時間処理し、細胞のDNA内への放射性チミジンの組み込みを液体シンチレーション計数により定量した。結果は、PBSのみを加えた対照K−562細胞への組み込みと比較した、DNA内に組み込まれた[メチル−3H]チミジンのパーセンテージとして示している。データは各濃度の3度の測定の平均値であり、実験全体は三重に繰り返した。IC50の値は、非線形回帰を用いた曲線を式2に合致させて計算し、νは[メチル−3H]チミジン・パルスに続く総DNA合成であり、hは曲線の勾配である。
【0087】
【数1】

【0088】
結果
hRIとRNase1との間の重要な相互作用
RNase1及びRNase Aは、70%の配列同一性を共有するが、先の突然変異生成に関する研究は、これらがRIにより認識される方法に変動があることを示唆している。RI結合におけるこれらの違いを構造的に明らかにするために、hRI・RNase1錯体の結晶を本明細書で以下に説明するように低イオン性条件下で成長させた。この構造は、R値0.175(Rフリーは0.236)に、及び解像度1.95Åに洗練した(表1)。
【0089】
【表1】

【0090】
amerge=3hi*i(h)−<I(h)>/3hii(h)
式中、Ii(h)は反射の個々の測定の強度であり、<I(h)>は反射の平均強度である。
bcryst=3h**obs**calc**/3h*obs,式中、Fobs及びFcalcは、それぞれ、実測及び計算した構造因子振幅である。
cfreeは、構造洗練から削除されたランダムに選択された固有の反射の5.0%を用いてRcryst として計算した。
【0091】
表2、3及び4は、対応の優先出願である米国特許出願第60/691,311号の別表Aに含まれた生のデータの分析結果の一部をまとめている。原子座標も、プロテインデータバンクに提出された(アセッション番号,No.1Z7X)。表3は、hRIとRNase1との間の相互作用の分析からのデータを示し、RNase1がhRIに結合される時に、hRI中のアミノ酸残基から3.20オングストローム未満であるヒトRNase1構造中のこれらのアミノ酸残基を識別する。3.20Åの間隔は、2つの分子の間の有意な相互作用が存在する最大間隔であり、従って、これら2つの分子の間の相互作用を変えるために置換することができる。このリストは、これらの残基の一部を含み、これらの残基の変動が、細胞傷害性分子、特に残基88へのRNase Aの変換を実証した。
【0092】
【表2】

【0093】
表3及び4は、下の構造分析で使用された結晶を形成した2つの異なる分子錯体(W−X及びY−Z)中の分子の原子位置の分析により明らかにされた、hRIとヒトRNase1との間の最も密接な相互作用の位置を示している。これら2つの分子錯体の3次元構造は類似しているが、表3及び表4から分かるように同一ではない。
【0094】
【表3】

【0095】
【表4】

【0096】
生データをこのように要約すると、アミノ酸残基Arg39、Asn88及びArg91は、hRIの結合を妨害するためにRNase1を修飾する主な位置を表していることが理解できる。その結果、RNase1はインビボの阻害剤の作用を回避し、化学療法剤を目的としてRNase1の細胞傷害性を上げることができそうである。
【0097】
単位細胞におけるRNase1の両鎖からの接触は、図1Aに提示している。RNase Aの二次構造は、h(α−らせん)、s(β−ストランド)又はt(ターン)を用いて識別する。RIとファンデルワールス接触又は疎水性接触している残基は青である。RIと水素結合している残基は赤である。保存システィン残基は黄色である。主要な触媒残基はブラックボックスの中にある。RNase1の鎖Xでは(図1a)、結合クエン酸分子が3つのすべての触媒残基、His12、His118及びLys41に対してタイトな水素結合を形成する。結合したクエン酸塩がRNase1の裂け目に結合している基質を混乱させ、Arg10及びLys66に顕著な立体構造の変化を生じさせる。鎖XのLys66が、hRIのAsn406に対して水素結合を形成する。しかし、鎖Zでは(図1B,1Z7XからのRNase1鎖Zの3次元構造)、hRIの場合ファンデルワールス相互作用のみが認められた。残基は、活性部位残基が強調されないことを除いて、図1Aの配列アラインメントと同じスキームを用いて、着色される。画像は、カリフォルニア州サウスサンフランシスコのデラノ・サイエンティフィック(DeLano Scientific)のプログラムPyMOLを用いて創った。hRI・RNase1及びpRI・RNase Aの構造の間の比較を容易にするために、15鎖Y(hRI)及びZ(RNase1)(結合クエン酸塩なしに)は、比較のためのhRI・RNase1錯体として役立つ。
【0098】
hRI・RNase1とpRI・RNase Aのアルファ炭素の間の標準偏差(rmsd)は2.8Åである。錯体間のずれの多くは、hRIとは異なり、pRIはRNase Aと結合すると立体構造が変わるので、hRIとpRIとのアラインメント(標準偏差=1.6Å)に由来する。RNase1及びRNase Aのアルファ炭素は、ずれが少ない(標準偏差=0.6Å)。アンギオジェニン及びhRIを用いて結晶化された他のヒト・リボヌクレアーゼであるEDNは、それぞれ、RNase1から7.4及び6.3Åの標準偏差を与えた。アンギオジェニン及びEDNの場合標準偏差がかなり高いのは、ヒト・リボヌクレアーゼの中に構造の変化があることを示し、RNase1とRNase Aとの間に類似性があることを強調している。
【0099】
hRI・RNase1の錯体とpRI・RNase Aの錯体との間に接触残基が保護されることは、図1Aに示されている。RNase1の活性部位表面上にRI接触残基が局在化することは、図1Bに示されている。RIとの接触残基の総数(23)は、RNase1とRNaseとの間に保護される。RNase1及びRNase AとのRIによる認識の違いは、RIと水素結合を形成することが認められたリボヌクレアーゼ残基の数にある。RNase1では、RNase Aにおける8に比べて、13の残基がRIに対して少なくとも1つの水素結合を形成する。
【0100】
RNase A及びBS−RNASEのRIへの結合に関する先の研究は、3つの構造領域、即ち残基38/39、残基67、及びβ4−β5ループにおける残基に焦点を当てていた。図2及び3は、hRI・RNase1錯体についてこれらの領域の水素結合ネットワーク及び電子密度を強調している。RNase1のArg39はhRIと3つの水素結合を形成するが、これらの水素結合はRNase Aの場合Arg39と一緒には存在しない。RNase1のArg39は、Glu401と2座水素結合を、hRIのTyr434とは主鎖水素結合を形成する。Asn67からRIに対して形成された水素結合は、pRI・RNase A中のVal405(hRI中のLeu409)からhRI・RNase1中のTyr437へ移動する。β4−β5ループは、Asn88、Gly89及びArg91を含む水素結合を形成する(図2)。RNase1のArg91は、そのグアニジノ基の窒素からhRIのGlu287へ2つのタイトな水素結合(<3.0Å)を形成する(図3)。
【0101】
対照的に、RNase AのLys91は、pRIのGlu287から離れていき、水素結合は認められなかった。15補完性領域の構造環境に基づいて、RNase1の2つの変異株がデザインされた。RNase1の1つの変異株(G38R/R39G/N67R/N88Rl RNase1)は、位置38/39におけるアミノ酸交換及び位置67及び88におけるかさばった残基の組み込みにより、RNase Aの最も細胞傷害性の強い変異株(D38R/R39D/N67R/G88R RNase A)を再現している。他のRNase1変異株(R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1)は、同じ領域を利用しているが、立体容積の代わりにRIの結合を抑制するために静電反発を利用している。
【0102】
リボ核酸分解活性
RIの存在下でRNAを開裂するリボヌクレアーゼの能力は、インビトロにおけるその細胞傷害性と緊密に相関している。RNase変異株では、その細胞傷害性能力を十分発揮するためには、RI結合を低減する突然変異は、生来の触媒活性に有害な影響を及ぼしてはならない。25その結果、RNase1の変異株は、テトラヌクレオチド基質に対するこれらの変異株の触媒活性について調べた。RNase A、RNase1及びそれらの変異株のkcat/KM値は、表5に示している。野生型RNase1のkcat/KM値は、先に報告された値よりも10倍高い。強力なリボソーム阻害剤であるオリゴビニル・スルホネートを反応緩衝液から除去した時に、RNase Aについて触媒活性の類似の増加を測定した。
【0103】
【表5】

【0104】
acat/KM(±SE)の値は、NaCl(0.10M)を含む、pH6.0の2mlの0.10M のMES−NaOH緩衝液(OVSフリー)において、25℃で開裂した6−FAM−dArU(dA)2−6−TAMRAの触媒作用について測定した(9)。
bRNase1及びその変異株のTm(±2℃)の値は、紫外分光法によりPBS中で測定し た。
cd(±SE)値は、hRIとの錯体について25℃で測定した(10)
dΔΔGの値は、式:ΔΔG=−RTln(Kd野生型/Kd変異株)を用いて計算した。
eΔΔΔGの値=ΔΔGR39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase 1−ΔΔGRNase 1変異株
fIC50(±SE)の値は、リボヌクレアーゼで処置されたK−562細胞のDNA内への[メチル−3H]チミジンの組み込みに関するものであり、式1を用いて計算した。
gルツコスキ(Rutkoski)らから。
hリー(Lee)らから。
iサキセナ(Saxena)らから。
【0105】
RNase1のすべての変異株のkcat/KM値は野生型酵素の6倍以内にある。RNase Aとは異なり、残基38/39、残基67及びRNase1のβ4−β5ループ内の残基における置換は、触媒活性に有害な影響がある。これらの残基の影響は、G38R/R39G/N67R/N88R RNase1及びR39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1の活性が、それぞれ、5倍及び3.3倍に低下することから分かる。この傾向から外れているのは、R39L/N67L/N88A/G89L/R91Lであり、その触媒活性はこれらの残基における置換による影響を受けない。このような不一致は、置換されたロイシンと基質ヌクレオチド塩基との間の好ましい疎水性相互作用を補償することから生じるように思われるが、突然変異した位置の中で基質結合に含まれることが先に提議された位置はない。
【0106】
R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1の中のただ1つの置換を野生型アミノ酸に戻すことにより(表5)、kcat/KM値に対する個々の突然変異の寄与を推定することができる。例えば、R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1において、位置39におけるアスパラギン酸塩残基はN67D/N88A/G89D/R91D RNase1において活性を2.5倍低下させる。R91D及びN88Aの突然変異が、それぞれ、kcat/KM値を1.3倍と1.9倍に上げるので、置換N67D又はG89Dは、kcat/KM値を1.6倍下げる原因である。R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1における各置換の触媒活性に対する寄与は、全部で5つの単一置換のkcat/KM値の総変化(2.6倍)が、R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1におけるkcat/KM値の3.3倍の低減に接近しているので、加法的であるように思われる。
【0107】
R4C/G38R/R39G/N67R/N88L/G89R/R91G/V118Cリボヌクレアーゼ1については、類似のアッセイ条件下で(1.4±0.8)×106-1-1のkcat/KM値を有する野生型酵素の酵素活性のほとんどすべてを維持することが判明した。
【0108】
熱安定性
リボヌクレアーゼの熱安定性は、たんぱく質分解の影響を受けやすく、そのために細胞傷害性とも関連している。すべてのRNase1変異株のTm値は表5に示している。野生型のRNase1のTm値は、先に報告した値に近い。以前の研究と一致して、RNase1の表面に荷電パッチを組み込んでも、Tm値は6℃以上は下がらない。残基38/39、残基67におけるアルギニン置換も、アスパラギン酸塩置換も、あるいはβ4−β5ループ内の残基も、G38R/R39G/N67R/N88R RNase1及びR39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1が野生型RNase1と同等のTm値(それぞれ、61及び58℃)を有するので、立体構造上の安定性をあまり乱さない。立体的安定性の最大の変化は、アスパラギン酸塩置換の特定の組み合わせの場合に認められる。例えば、N67D/N88A/G89D/R91D及びR39D/N67D/N88A/R91DはTm値を6℃下げ、R39D/N67D/G89D/R91Dは3℃下げる。これらRNase1の各々は、N67DとR91Dとの両方の置換を有し、N67D又はR91D置換のみを有する変異株は野生型の安定性を有する。位置67及び91は、RNase1活性部位の反対側に位置しているので、熱安定性に対するこれらの相乗的寄与に関する説明を行うには更に研究を必要とする。全体としては、RNase1のすべての変異株は生理学的温度を超えても十分安定である。
【0109】
リボヌクレアーゼ阻害剤の回避
RIは、フェムトモルの領域に、平衡解離定数を有し、最もタイトな非共有結合的生物相互作用の1つを形成する、RNase Aスーパーファミリーの複数のメンバーと結合する。RNase Aの残基38/39、67及び88(D38R/R39D/N67R/G88R RNase A)を突然変異することにより、hRI・RNASEA錯体の平衡解離定数が7桁上がった(表5)。RNase1の類似の変異株(G38R/R39G/N67R/N88R RNase1)は、野生型に近い親和性を維持した(表5)。しかし、G38R/R39G/N67R/N88R RNase1の中のアルギニン残基を複数のアスパラギン酸塩残基及び1つのアラニン残基で置換すると、RNase1に対するRIの親和性がほぼ107倍低下する。R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1(1.7μM)のKd値は、あらゆるRNase A変異株(2.9μM)について測定した最高値に近い。R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1のアスパラギン酸塩置換を、等比体積のアミノ酸であるロイシン(R39L/N67L/N88A/G89L/R91L RNase1)で置き替えると、平衡解離定数は50倍に上がる。ロイシン置換は、静電引力のロス及び立体障害により、7kcal/molのRI結合エネルギーが分裂するが、同じ位置においてアスパラギン酸塩残基の静電反発により更に、2.4kcal/molの結合エネルギーが乱される。
【0110】
表6では、RI回避に対する静電力の影響が更に拡大され、hRIの錯体及び2つのフルオレセインで標識を付けたRNase1変異株の個々の運動速度定数が示されている。解離速度は、RNase1においてR39L/N67L/N88A/G89L/R91Lの置換で野生型RNase1より1400倍速くなるが、アスパラギン酸塩置換(R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1)ではほとんど一定(2倍に増加)のままである。会合速度は、ロイシン置換(110倍低下)及びアスパラギン酸塩置換(25倍低下)により、より比例的に影響を受ける。ロイシンの場合も、アスパラギン酸塩の場合も、会合速度にかなりの変化が見られ、kon値、引力(ロイシン置換)及び反発力の取得(アスパラギン酸塩置換)を下げることができる2つの静電力を実証している。全体としては、R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1に対するhRIの結合親和性のほぼ107倍の低下には、解離速度(3100倍)及び会合速度(2700倍)による同等の寄与が含まれている。しかし、R39L/N67L/N88A/G89L/R91L RNase1を越えたR39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1のKd値の50倍の追加低下は、会合速度の低下により促進される。
【0111】
【表6】

【0112】
aoff(±SE)の値は、hRIからのフルオレセインで標識を付けたRNase1変異株の放出量の時間による変化を追跡し、曲線を式1に合致させて決定した。括弧内の値は野生型RNase1からの低下倍率を示す。
bonの値は式、Kd=koff/konを用いて計算した。括弧内の数値は野生型RNase1からの低下倍率を表している。
coffの値は式、Kd=koff/konを用いて計算した。式中、Kd値はBoixらから得た値であり、kon値はhRI・RNASEAに関する値であり、Leeらから得た。
dhRI・RNASEAに関するkonの値はLeeらから得た。
【0113】
R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1の全体の結合定数に対する、該RNase1における個々の突然変異の影響は、R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1における各置換を野生型アミノ酸に戻すことにより明らかにする。表5では、RI親和性にほとんど影響を及ぼさない残基のΔΔΔG値が小さくなっている。ΔΔΔG値が小さくなっているのは、R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1において、1つの残基が野生型アミノ酸残基に戻された時にΔΔΔG値の変化が小さいことを反映したものである。ΔΔΔG値のランクは突然変異に対するエネルギー寄与により決まり、N88A<G89D<N67D<R39D<R31Dのようになっている。
【0114】
図4Aは、各RNase1変異株の結合等温線をプロットし、hRIに対するRNase1変異株の親和性を示している。hRIに対する結合は、フルオレセインで標識を付けたG88R RNase A(50nM)を用いた競合アッセイにより測定した。結合F*−A19C G88R RNase Aの濃度は、hRIと結合した時に出るフルオレセイン発光の低下を追跡して測定した。データ点は、少なくとも3つの別々の平均測定値(±SE)である。hRI親和性が低減する順番の変異株:R39D/N67D/N88A/G89D(■)、N67D/N88A/G89D/R91D(△)、R39D/N88A/G89D/R91D(●)、R39D/N67D/N88A/R91D(○)、R39D/N67D/G89D/R91D(▼)、R39D/N67D/N88A/G89D/R91D(□)である。この実験の結果は、個々の突然変異について上で示した傾向と同じ傾向を示している。位置91のアスパラギン酸塩は、回避に対してエネルギー面で2.8kcal/mol寄与し、他の残基よりも0.6kcal/mol多い。逆に、88と89の両方の位置において、アスパラギン酸塩の寄与はわずか1.5kcal/molにすぎず、これは他のいかなる置換のエネルギー寄与よりも低く、異種残基がpRI・RNase Aに比べてhRI・RNase1錯体形成においてより重要な役割を果たしていることを示している。
【0115】
R4C/G38R/R39G/N67R/N88L/G89R/R91G/V118C RNase1について、hRIとR4C/G38R/R39G/N67R/N88L/G89R/R91G/V118C RNase1との錯体のKdの値は(5.5±1.6)×10-8Mであることが判明した。野生型RNase1とhRIとの錯体の平衡解離定数、Kd、の値は、分からないが、ウシの膵臓のリボヌクレアーゼ(RNase A)とブタのRIとの錯体のKd値は10-14に近いようである。
【0116】
荷電及び細胞傷害性
リボヌクレアーゼの細胞傷害性は、先行リボヌクレアーゼの属性及びリボヌクレアーゼの分子荷電のすべてにより支配される。リボヌクレアーゼの分子荷電と細胞傷害性との間の相互作用は、図4B及び表5の結果から分かる。
【0117】
特に、図4Bは、K−562細胞の増殖に対するリボヌクレアーゼの作用を示している。細胞性DNA内への[メチル−3H]チミジンの組み込みを用いて、リボヌクレアーゼ存在下のK−562細胞の増殖を監視した。データ点は、三重に行われた少なくとも3つの別々の実験の平均値(±SE)である。変異株を細胞傷害性が増加する順番で示すと、次のようになる。D38R/R39D/N67R/G88R RNase A(△)、G88R RNase A(○)、R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1(▲)、R39L/N67L/N88A/G89L/R91L RNase1(●)、N67D/N88A/G89D/R91DRNase1(◆)、G38R/R39G/N67R/N88RRNase1(■)及び野生型RNase1(□)である。表5からのRNase1の他のすべての変異株は、G38R/R39G/N67R/N88R RNase1の曲線と同等の曲線を有し、明確にするためのものは示されていない。
【0118】
図4Bは、D38R/R39D/N67R/G88R RNase Aが、R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1に比べて、同じ立体構造上の安定性、6倍高いkcat/KM値、3倍低いKd値を有するが、これらのIC50値は非比例的に大きく87倍異なる。R39D/N67D/N88A/G89D/R91DRNase1のIC50値はわずかに13.3μMであり、毒性は、野生型RNase1よりも強い(図4)が、G88R RNase Aより2倍低い。D38R/R39D/N67R/G88R RNase A(+6)とR39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1(0)との間で有意に異なる唯一の生化学特性は、正味荷電である。
【0119】
表5からRNase1の他の変異株のIC50値はすべて、このアッセイの測定可能範囲の外側にある。しかし、R39L/N67L/N88A/G89L/R91L RNase1及びN67D/N88A/G89D/R91D RNase1は、25μMでK−562細胞の約60%を壊し(図4)、これらのIC50値を25μMより少し上にした。R39D/N67D/N88A/G89D/R91DRNase1以外の大抵のRNase1変異株の細胞傷害性に欠陥があるのは、RIに対する親和性の増加又はR39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1に比べて熱安定性がないことにより説明することができる。この傾向から外れているのはN67D/N88A/G89D/R91D RNase1であり、そのKd値はR39D/N67D/N88A/G89D/R91Dの57倍低く、そのIC50値はわずか2倍高いと推定されている。N67D/N88A/G89D/R91D RNase1の異常な細胞傷害性の一部は、R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1よりも触媒活性が3倍上がっていることによるものと考えられるが、増加した活性はN67D/N88A/G89D/R91D RNase1の不釣合いに高い細胞傷害性を完全に説明することはできない。
【0120】
更に、ヒトの慢性骨髄性白血病細胞系K−562を用いて我々が行ったアッセイでは、野生型RNase1は>50μMのIC50値を有する。対照的に、R4C/G38R/R39G/N67R/N88L/G89R/R91G/V118C RNase1は、15μMのIC50値を有するかなりの細胞傷害活性を呈する。
【0121】
総合すれば、先行実施例は、触媒効果を少し犠牲にして、変異株がRI結合を回避するようにhRIとRNase1との間の静電相互作用を利用した細胞傷害性リボヌクレアーゼ変異株の創製を実証している。本発明は、この出願で開示された特定の実施形態に限定されず、特許請求の範囲内にある実施形態の変形形態をすべて包含することは明らかである。
【0122】
化学療法剤としてのヒト・リボヌクレアーゼ
リボヌクレアーゼは癌の化学療法剤として大いに有望である。12ノーザンヒョウガエルからのRNase1の同族体である、ONCは、現在、悪性中皮腫の治療のためのフェーズIIIの臨床試験が行われている。しかし、RNase1の薬物療法剤は、高い触媒活性、13低い腎臓毒性、及び低い免疫原性を含む、ONCを越えた複数の利点を有する。自然界では細胞傷害性ではないリボヌクレアーゼの薬物療法学を発展させるためには、熱安定性、触媒活性、電荷、及び特にRI回避を含む複数の生化学属性について注意深く検討する必要がある。
【0123】
hRIに対する親和性が低いRNase1の変異株は、自然のアミノ酸置換を用いて遺伝子操作することが困難であった。しかし、hRI・RNase1錯体の結晶構造から得られた構造及び静電に関する情報を用いて、我々は、ミクロモル領域においてRIに対して親和性を有するRNase1の変異株をデザインすることにより細胞傷害性に対するこの障害を除去した。R39D/N67D/N88A/G89D/R91D RNase1は、ほぼ、生来の触媒活性及び立体構造上の安定性を有するが、その細胞傷害性は低い正の電荷(表5及び図4)により妨害される。低い正味の電荷を有するリボヌクレアーゼ変異株は、類似の活性、安定性及びRI親和性を有するリボヌクレアーゼに比べた場合、高いIC50値を有する。13しかし、リボヌクレアーゼ上の電荷は、末端に、RNase Aの毒性を増加させる追加の正電荷を加えることにより増大させることができる。hRIによるRNase1の抑制を大幅に低減することにより、我々は、リボヌクレアーゼ細胞傷害性に対するバリアを排除し、ヒト・リボヌクレアーゼをベースにした療法への道を開いた。
【0124】
リボヌクレアーゼとRIとの間のタイトで抑制的な錯体が、たんぱく質間の錯体の会合に対して静電力の影響を調べる優れたモデル・システムを提供した。このために、我々は、hRIとこれらの相互作用は予測することは困難であったRNase1、RNase Aの構造及び配列同族体について考えた。hRIとの錯体におけるRNase1のX線結晶構造を測定し、主要な静電突然変異多発箇所を調べて、我々は、hRIに対してミクロモルの親和性を有するRNase1の変異株を創ることができた。主要な荷電残基の置換により、結合親和性の変化が最大となり、たんぱく質間の相互作用のアンカー残基、静電アンカー残基の新種が示唆される。Arg39又はArg91のような静電アンカーの突然変異は、錯体の会合速度に影響を及ぼすことにより親和性を変える。我々は、RNase1に対する静電アンカーを利用することによりRNase1に対するhRIの親和性を107倍低下させた。従って、RI結合を回避するRNase1の変異株は、ヒト・リボヌクレアーゼを用いた化学療法剤の開発における大きな工程を表している。
【0125】
上の説明で言及されたすべての刊行物及び特許は、あたかも本明細書で明らかに説明したかのように、引用により本明細書に組み込まれている。前述の発明は、理解を深めるために実例及び実施例によりかなり詳細に説明したが、本発明の特定の適用は、当業者にとっては日常最適化の問題であり、本発明の意図又は添付した特許請求の範囲から逸脱することなく実施することができる。
【0126】
関連文献

【図面の簡単な説明】
【0127】
【図1A】RNase1及びRNase Aの残基とRIが接触していることを示した図であり、RNase A及びRNase1のアミノ酸配列アラインメントを示す。
【図1B】RNase1及びRNase Aの残基とRIが接触していることを示した図であり、PDB識別番号1Z7XからのRNase1鎖Zの3次元構造を示す。
【図2A】RIに結合した時のRNase1及びRNase Aのβ4−β5ループの色分けした比較を示した図である。
【図2B】RIに結合した時のRNase1及びRNase Aのβ4−β5ループの色分けした比較を示した図である。
【図3A】hRIとRNase1との間の主要な形状補完性残基の1σにおける電子密度を示した図である。
【図3B】hRIとRNase1との間の主要な形状補完性残基の1σにおける電子密度を示した図である。
【図3C】hRIとRNase1との間の主要な形状補完性残基の1σにおける電子密度を示した図である。
【図4A】RNase1及びその変異株のhRI親和性及び細胞傷害性を示した図である。
【図4B】RNase1及びその変異株のhRI親和性及び細胞傷害性を示した図である。
【図5A】hRIとRNase1との相互作用の静電表現を示した図である。
【図5B】hRIとRNase1との相互作用の静電表現を示した図である。
【図5C】hRIとRNase1との相互作用の静電表現を示した図である。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト・リボヌクレアーゼ(RNase 1)の生来の配列から少なくとも2つのアミノ酸変化を含む、ヒト・リボヌクレアーゼの遺伝子操作されたリボヌクレアーゼ変異株であって、前記変化が、静電反発を介したヒト・リボヌクレアーゼによるヒト・リボヌクレアーゼ阻害剤(hRI:human Ribonuclease Inhibitor)の回避を生じ、前記第1の変化が、ヒト・リボヌクレアーゼの85〜94のアミノ酸残基の領域におけるアミノ酸置換であり、前記第2の変化が、ヒト・リボヌクレアーゼのアミノ酸残基4、7、11、31、32、38、39、41、42、66、67、71、111及び118からなる群から選択された位置における変質、置換又はアミノ酸交換であり、前記変異型のヒト・リボヌクレアーゼが、生来のヒト・リボヌクレアーゼに比べて高い細胞傷害活性を示す、遺伝子操作されたリボヌクレアーゼ変異株。
【請求項2】
生来の配列である、配列番号2に関連して静電反発を介してリボヌクレアーゼ1によりヒト・リボヌクレアーゼ阻害剤(hRI)の回避を生じる残基4、38、39、67、88、89、91及び118におけるアミノ酸変化を含むヒト・リボヌクレアーゼ変異株であって、前記変異型リボヌクレアーゼ1が、その生来のリボ核酸分解活性を維持し、前記生来のリボヌクレアーゼ1よりもRIに対して低い結合親和性を有し、前記生来のリボヌクレアーゼ1に比べて高い細胞傷害活性を示す、ヒト・リボヌクレアーゼ変異株。
【請求項3】
変異株が、R4C/G38R/R39G/N67R/N88L/G89R/R91G/V118Cである、請求項2に記載の変異株。
【請求項4】
生来の配列である、配列番号2に関連して残基39、67、88、89及び91におけるアミノ酸変化を含むヒト・リボヌクレアーゼ変異株であって、前記変異型リボヌクレアーゼ1が、その生来のリボ核酸分解活性を維持し、前記生来のリボヌクレアーゼ1よりもRIに対して低い結合親和性を有し、前記生来のリボヌクレアーゼ1に比べて高い細胞傷害活性を示す、ヒト・リボヌクレアーゼ変異株。
【請求項5】
変異株が、R39D/N67D/N88A/G89D/R91Dである、請求項4に記載の変異株。
【請求項6】
変異株が、R39L/N67L/N88A/G89L/R91Lである、請求項4に記載の変異株。
【請求項7】
生来の配列である、配列番号2に関連して残基39、67、89及び91におけるアミノ酸変化を含むヒト・リボヌクレアーゼ変異株であって、前記変異型リボヌクレアーゼ1が、その生来のリボ核酸分解活性を維持し、前記生来のリボヌクレアーゼ1よりもRIに対して低い結合親和性を有し、前記生来のリボヌクレアーゼ1に比べて高い細胞傷害活性を示す、ヒト・リボヌクレアーゼ変異株。
【請求項8】
変異株がR39D/N67A/G89D/R91Dである、請求項7に記載の変異株。
【請求項9】
生来の配列である、配列番号2に関連して残基39、67、88及び91におけるアミノ酸変化を含むヒト・リボヌクレアーゼ変異株であって、前記変異型リボヌクレアーゼ1が、その生来のリボ核酸分解活性を維持し、前記生来のリボヌクレアーゼ1よりもRIに対して低い結合親和性を有し、前記生来のリボヌクレアーゼ1に比べて高い細胞傷害活性を示す、ヒト・リボヌクレアーゼ変異株。
【請求項10】
変異株が、R39D/N67D/N88A/R91Dである、請求項9に記載の変異株。
【請求項11】
生来の配列である、配列番号2に関連して残基39、67、88及び89におけるアミノ酸変化を含むヒト・リボヌクレアーゼ変異株であって、前記変異型リボヌクレアーゼ1が、その生来のリボ核酸分解活性を維持し、前記生来のリボヌクレアーゼ1よりもRIに対して低い結合親和性を有し、前記生来のリボヌクレアーゼ1に比べて高い細胞傷害活性を示す、ヒト・リボヌクレアーゼ変異株。
【請求項12】
変異株が、R39D/N67D/N88A/G89Dである、請求項11に記載の変異株。
【請求項13】
生来の配列である、配列番号2に関連して残基39、88、89及び91におけるアミノ酸変化を含むヒト・リボヌクレアーゼ変異株であって、前記変異型リボヌクレアーゼ1が、その生来のリボ核酸分解活性を維持し、前記生来のリボヌクレアーゼ1よりもRIに対して低い結合親和性を有し、前記生来のリボヌクレアーゼ1に比べて高い細胞傷害活性を示す、ヒト・リボヌクレアーゼ変異株。
【請求項14】
変異株が、R39D/N88A/G89D/R91Dである、請求項13に記載の変異株。
【請求項15】
生来の配列である、配列番号2に関連して残基38、39、67及び88におけるアミノ酸変化を含むヒト・リボヌクレアーゼ変異株であって、前記変異型リボヌクレアーゼ1が、その生来のリボ核酸分解活性を維持し、前記生来のリボヌクレアーゼ1よりもRIに対して低い結合親和性を有し、前記生来のリボヌクレアーゼ1に比べて高い細胞傷害活性を示す、ヒト・リボヌクレアーゼ変異株。
【請求項16】
変異株が、G38R/R39G/N67R/N88Rである、請求項15に記載の変異株。
【請求項17】
生来の配列である、配列番号2に関連して残基67、88、89及び91におけるアミノ酸変化を含むヒト・リボヌクレアーゼ変異株であって、前記変異型リボヌクレアーゼ1が、その生来のリボ核酸分解活性を維持し、前記生来のリボヌクレアーゼ1よりもRIに対して低い結合親和性を有し、前記生来のリボヌクレアーゼ1に比べて高い細胞傷害活性を示す、ヒト・リボヌクレアーゼ変異株。
【請求項18】
変異株が、N67D/N88A/G89D/R91Dである、請求項17に記載の変異株。
【請求項19】
ヒト・リボヌクレアーゼ(RNase 1)の生来の配列から少なくとも2つのアミノ酸変化を含む、ヒト・リボヌクレアーゼの遺伝子操作されたリボヌクレアーゼ変異株であって、前記変化が、静電反発を介したヒト・リボヌクレアーゼ1によるヒト・リボヌクレアーゼ阻害剤(hRI)の回避を生じ、前記第1の変化が、ヒト・リボヌクレアーゼ1のアミノ酸残基91におけるアミノ酸置換であり、前記第2の変化が、ヒト・リボヌクレアーゼのアミノ酸残基4、7、11、31、32、38、39、41、42、66、67、71、111及び118からなる群から選択された位置における変質、置換又はアミノ酸交換であり、前記変異型ヒト・リボヌクレアーゼ1が、生来のヒト・リボヌクレアーゼ1に比べて高い細胞傷害活性を示す、遺伝子操作されたリボヌクレアーゼ変異株。
【請求項20】
ヒト・リボヌクレアーゼ(RNase 1)の生来の配列から少なくとも2つのアミノ酸変化を含む、ヒト・リボヌクレアーゼの遺伝子操作されたリボヌクレアーゼ変異株であって、前記変化が、静電反発を介したヒト・リボヌクレアーゼ1によるヒト・リボヌクレアーゼ阻害剤(hRI)の回避を生じ、前記第1の変化が、ヒト・リボヌクレアーゼ1のアミノ酸残基88におけるアミノ酸置換であり、前記第2の変化が、リボヌクレアーゼ1のアミノ酸残基4、7、11、31、32、38、39、41、42、66、67、71、111及び118からなる群から選択された位置における変質、置換又はアミノ酸交換であり、前記変異型リボヌクレアーゼ1が、生来のリボヌクレアーゼ1に比べて高い細胞傷害活性を示す、遺伝子操作されたリボヌクレアーゼ変異株。
【請求項21】
細胞傷害性リボヌクレアーゼ11変異株を作るためにヒト・リボヌクレアーゼ1(RNase 1)を修飾する方法であって、前記方法が
hRI・リボヌクレアーゼ1錯体の3次元構造において静電アンカー残基を識別する工程と、
静電反発を介してhRIへの結合を抑制するためにリボヌクレアーゼ1において識別された前記アンカー残基を修飾する工程を含み、前記変異株が、生来のリボ核酸分解活性を維持し、前記生来のリボヌクレアーゼ1よりもhRIに対して低い結合親和性を有し、前記生来のリボヌクレアーゼ1に比べて高い細胞傷害活性を示す、ヒト・リボヌクレアーゼ1を修飾する方法。
【請求項22】
変異型ヒト・リボヌクレアーゼ(RNase 1)の有効量を細胞に供給することを含む、癌細胞の増殖を阻害する方法であって、前記変異型リボヌクレアーゼ1が、生来のリボ核酸分解活性を維持し、前記生来のリボヌクレアーゼ1よりもRIに対して低い結合親和性を有し、前記生来のリボヌクレアーゼ1に比べて高い細胞傷害活性を示す、癌細胞の増殖を阻害する方法。
【請求項23】
プロテインデータバンク識別番号1Z7Xにより規定された、hRI・リボヌクレアーゼ1錯体。

【公表番号】特表2008−546391(P2008−546391A)
【公表日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−517144(P2008−517144)
【出願日】平成18年6月16日(2006.6.16)
【国際出願番号】PCT/US2006/023485
【国際公開番号】WO2006/138558
【国際公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【出願人】(500395761)ウイスコンシン アラムニ リサーチ ファンデーション (25)
【Fターム(参考)】