説明

細胞培養基材およびその使用方法

【課題】細胞接着性に優れ、細胞の増殖・分化を良好に促進・制御することのできる細胞培養基材であって、しかも、細胞を損傷したり、細胞本来の機能を損なったりすることなく、細胞培養基材のゲル化の状態を変化させることができる、細胞培養基材およびその使用方法を提供する。
【解決手段】ゼラチンおよびホウ素化合物を必須の原料、他の水酸基含有化合物を任意の原料とするゲル化可能な細胞培養基材であって、前記ゲル化が、ゼラチンおよび/または他の水酸基含有化合物が有する水酸基と、ホウ素化合物が有する水酸基との共有結合に基づき起きる。該細胞培養基材の使用方法は、上記細胞培養基材をゲル化させた状態で用いて細胞培養を行い、所望の培養時間が経過した後、結合解離剤を培養液に添加して細胞培養基材のゲル化の状態を変化させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、生体における欠損もしくは病変した生体部位の補填もしくは修復のための組織、器官もしくは臓器を調製するなどの目的や長期培養の目的で使用することのできる細胞培養基材(以下、単に「培養基材」と称する。)およびその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養技術において、培養した細胞を培地から剥離して回収する場合には、一般に、トリプシン、コラゲナーゼなどの酵素やEDTA(エチレンジアミン四酢酸)などの剥離剤が使用されてきた。しかし、このような剥離剤を使用する場合、剥離と同時に、細胞自体や細胞間の結合を損傷するという問題があるほか、細胞培養の過程で形成された細胞集合体の形状を維持したまま回収することができないという問題もあった。
そこで、このような剥離剤を用いる必要のない技術として、所定の温度より高い温度では非水溶性、低い温度では水溶性の性質を示す温度感応性高分子化合物を利用した培養基材が提案されている(特許文献1参照)。すなわち、前記温度感応性高分子化合物と細胞の接着・増殖因子からなる培養基材上に複数の細胞種を播種して培養し、温度を低下させて温度感応性高分子化合物を水溶化することによって、細胞集合体を培養基材から脱離し、前記細胞集合体を細胞非接着性基材上で浮遊培養して細胞塊状体あるいは細胞シートにする方法が提案されている。この技術によれば、上記の如き剥離剤を使わずに細胞塊状体あるいは細胞シートを得ることができるとされる。しかしながら、この場合には、細胞シートのみが剥離されるため、しばしば、細胞シートの取り扱いが難しく、シートが形状を保てず、丸まってしまったり、裏表が分からなくなったりすることが問題となっていた。
【0003】
そこで、これらの問題を解決するためのサポート膜基材、すなわち、培養基材が望まれている。この場合、培養基材は必要時に細胞に刺激を与えず、消失することが必要不可欠である。また、前述の技術では、温度感応性高分子化合物が細胞接着性を持たないために、培養基材を構成するものとして、細胞の接着・増殖因子も必須に使用されているが、この細胞の接着・増殖因子は温度感応性を持たず、温度変化させても、依然として細胞接着性が残ってしまうため、十分な細胞剥離効果も得られない。
上記の提案とは別に、ゼラチンにN−イソプロピルアクリルアミドポリマーがグラフト重合されてなる感温性高分子化合物を含む培養基材も提案されている(特許文献2参照)。しかしながら、上記の細胞シートのサポート基材の必要性に対しては、解決法は与えられていない。
【0004】
また、細胞を用いた有用物質(タンパク質、ペプチド、抗体、ワクチンなど)の生産技術では、例えば、細胞を200μm直径の粒子状の培養基材の表面に付着させ、それを培養栄養液に分散させた状態で培養を行い、これにより、有用物質の生産性を上げることが行われてきた。しかしながら、有用物質の生産能は、粒子状の培養基材上で培養されている細胞に比べて、細胞−細胞間の相互作用をもつ細胞集合体のほうが優れていることが報告されている(非特許文献1参照)。そこで、最近では、粒子状の細胞集合体を調製し、それを分散培養することが行われている。ここで、集合体のサイズが大きくなると、細胞集合体内部にまで栄養や酸素が供給されなかったり、老廃物が排出できなかったりするなどのため、集合体内部の細胞が死滅するという問題がある。しかし、これを解決できる技術、方法論はない。また、集合体のサイズを下げること(集合体を分割すること)によって分散培養を継続させることの必要性も高まっているが、現時点で、このような必要性に応える技術は、一切知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−168470号公報
【特許文献2】特開平11−349643号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「Cell attachment to microcarriers affects growth, metabolic activity, and culture productivity in bioreactor culture」、Biotechnol Prog.、(米国)、Department of Chemical and BiologicalEngineering and Center for Biotechnology and Interdisciplinary Studies, Rensselaer Polytechnic Institute、2007年5月15日、第23巻、第3号、p.652−660
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者は、従来技術が有する種々の問題、すなわち、酵素処理や温度変化により細胞を培養基材から剥離する技術のように、細胞を損傷したり、細胞の機能を損なったりするという問題、細胞シートを力学的にサポートでき、必要時にそれを消失させることができる培養基材がないという問題や、細胞−細胞間の相互作用をもつ三次元的な細胞集合体において、細胞集合体内部の細胞が死滅する問題、あるいは、集合体のサイズを下げること(集合体を分割すること)によって分散培養を継続させることが困難であったという問題を解決するために、培養基材として、ゲル化可能な培養基材を用い、必要時に、細胞の損傷や細胞の機能低下を伴わない方法で、培養基材のゲル特性を変化させる技術、すなわち、可溶性を変化させる技術を検討した。細胞−細胞間の相互作用をもつ三次元的な細胞集合体においては、培養基材−細胞間、細胞−細胞間の相互作用により、細胞塊が培養基材を内包した状態となるため、培養基材を可溶化することで、内部に空隙が生じ、栄養や酸素の供給、老廃物の排出が可能となり、また、内部に空隙が生じることにより、ピペッティングなどの物理的刺激により容易に分割することが可能となると考えた。また、培養に必要な添加物質を予め培養基材に含ませておくことで、可溶化の際に当該添加物質を溶出させることができると考えた。さらに、培養基材の柔らかさによって培養細胞の増殖や分化の状態が異なることが知られているが、ゲル特性を変化させることができれば、培養基材の硬さを調整することができるので、可溶化の程度の変化に応じて、上記培養基材の硬さ調整をする技術としても応用できると考えた。
【0008】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、細胞接着性に優れ、細胞の増殖・分化を良好に促進・制御することのできる培養基材であって、しかも、細胞を損傷したり、細胞本来の機能を損なったりすることなく、培養基材のゲル化の状態を変化させることのできる、培養基材およびその使用方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った。
その過程において、細胞接着性に優れ、細胞の増殖・分化を良好に促進・制御することのできる培養基材として、ゼラチンを必須の原料とし、さらに、細胞を損傷したり、細胞本来の機能を損なったりすることなく、細胞集合体の有用な形状を維持させたまま細胞集合体を回収するために、簡易な化学反応により解離可能な共有結合に基づくゲル化可能な培養基材とすればよいことを着想し、さらに、前記ゼラチンと、分子内にホウ素に直接結合する2以上の水酸基をもつホウ素化合物を必須の原料とし、分子内に2以上の水酸基を持つ他の水酸基含有化合物を任意の原料とし、これらを反応させることで得られる、前記ゼラチンまたは前記ゼラチンと他の水酸基含有化合物が分子内に有する2以上の水酸基と、前記ホウ素化合物が分子内に有する前記2以上の水酸基との共有結合が、簡易な化学反応により解離可能な共有結合として有効であることを見出した。このように、簡易な化学反応により容易に解離させることができる共有結合を利用することで、細胞を損傷したり、細胞本来の機能を損なったりすることなく培養基材のゲル化の状態を化学的に変化させる。その結果、細胞の損傷や細胞本来の機能低下を招くことなく細胞を回収することや、細胞集合体内部に空隙を生じさせて栄養や酸素の供給、老廃物の排出を促したり、培養基材に所望の添加物質を含有させておくことで培養基材の溶解とともに培養液に添加物質を放出させたりして長期培養を図ることや、培養基材の硬さを調整することが可能となることも見出した。
【0010】
本発明は上記知見とその確認に基づき完成された。
すなわち、本発明にかかる培養基材は、ゼラチンおよびホウ素化合物を必須の原料とし、他の水酸基含有化合物を任意の原料とするゲル化可能な培養基材であって、前記ゼラチンおよび/または前記他の水酸基含有化合物が分子内に2以上の水酸基を有するとともに、前記ホウ素化合物が分子内にホウ素に直接結合する2以上の水酸基を有するものであり、前記ゲル化が、前記ゼラチンまたは前記ゼラチンと他の水酸基含有化合物が分子内に有する2以上の水酸基と、前記ホウ素化合物が分子内に有する2以上の水酸基との共有結合に基づき起きる、ことを特徴とする。
【0011】
本発明にかかる培養基材の使用方法は、上記培養基材をゲル化させた状態で用いて細胞培養を行い、所望の培養時間が経過した後、前記結合解離剤を培養液に添加して前記培養基材のゲル化の状態を変化させる、ことを特徴とする。
なお、本発明において、「ゼラチン」、「ホウ素化合物」、「他の水酸基含有化合物」が有する「水酸基」は、中和塩の状態で存在している場合を含むこととする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、細胞接着性に優れ、細胞の増殖・分化を良好に促進・制御することのできるとともに、細胞を損傷したり、細胞本来の機能を損なうことなく、培養基材を可溶化することができる。その結果、例えば、以下のような利点を得ることができる。
細胞−細胞間の相互作用を破壊することなく、細胞集合体の有用な形状を維持させたまま、かつ、細胞の損傷や細胞本来の機能低下を招くことなく細胞集合体を回収することができる。また、細胞−細胞間の相互作用をもつ細胞集合体では、従来、培養が長期になると、内部にまで栄養や酸素が供給されなくなったり、老廃物の排出が困難となったりする問題があったが、本発明の培養基材を用いる場合、細胞集合体の内部に培養基材が含有された状態とすることで、必要時に、この培養基材を溶解させることにより、細胞集合体内部に空隙を生ぜしめ、該空隙を利用することで、細胞への滋養、酸素供給、老廃物排出を容易に行うことができ、長期培養が可能となる。さらに、培養基材に所望の添加物質を含有させておくことで、培養基材の溶解とともに添加物質を放出させることができ、これにより、必要時に細胞の増殖や分化の促進、細胞死の抑制のための添加物質を培養系に添加することができる。必要な添加物質を直接培養液に加えるという従来法では、培養中に添加物質の活性がなくなることが問題であったが、本発明の培養基材中に添加物質を入れることで、この活性低下の問題が解決され、また、添加物質を、必要時に、細胞に作用させることが可能となる。本発明の培養基材は、結合解離剤の作用によりゲル化の状態を変化させることができ、可溶化や、可溶化の程度の変化に応じた硬さの調整が可能である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更実施し得る。
〔培養基材〕
本発明にかかる培養基材は、ゼラチンおよびホウ素化合物を必須の原料とし、他の水酸基含有化合物を任意の原料とするゲル化可能な培養基材であって、特定の共有結合により前記ゲル化が起きるものである。以下、ゼラチン、ホウ素化合物、他の水酸基含有化合物、ゲル状をもたらす共有結合について詳述する。
【0014】
<ゼラチン>
本発明における培養基材はゼラチンを必須の原料とする。ゼラチンを必須の原料とすることで、細胞接着性に優れた培養基材となる。ゼラチンは、細胞に害がなく、安全性の高い原料である。
前記ゼラチンは、特に限定されず、従来公知のゼラチンを用いることができる。例えば、ゼラチンの原料としては、牛骨、牛皮、豚皮、豚腱、魚鱗、魚皮などが知られており、また、製造方法の違いによって、酸処理ゼラチン、アルカリ処理ゼラチン、酵素処理ゼラチンなどが知られている。このような公知の原料、製造方法を、培養基材の用途や要求性能に応じて適宜選択すればよい。
【0015】
<ホウ素化合物>
本発明におけるホウ素化合物は、分子内にホウ素に直接結合する2以上の水酸基を有するものである。ホウ素に直接結合する2以上の水酸基は、高い反応性を有し、本発明の培養基材では、これら2以上の水酸基が、上記ゼラチンおよび/または下記他の水酸基含有化合物が有する2以上の水酸基と結合している。そして、後述する結合解離剤により、この結合を解離させることで、可溶化することが可能となる。
前記ホウ素化合物としては、例えば、フェニルボロン酸誘導体、ホウ酸、ホウ酸塩(ホウ砂など)などが挙げられ、フェニルボロン酸誘導体としては、ゼラチンに導入できるもの、特に、ゼラチンのカルボキシル基と反応しうるアミノ基を有するm−アミノフェニルボロン酸が好ましい。
【0016】
<他の水酸基含有化合物>
本発明にかかる培養基材は、ゼラチンやホウ素化合物以外の他の水酸基含有化合物を任意の原料とすることができる。後述のとおり、他の水酸基含有化合物は、ホウ素化合物と共有結合を形成することが可能であり、ゲル化力や、結合解離剤による可溶化の程度などの求める性能に応じて様々な原料を選択することができ、ゼラチンとホウ素化合物のみを原料とする場合と比較して、培養基材の設計の幅が広がる。
前記他の水酸基含有化合物としては、分子内に2以上の水酸基を有するものであればよく、例えば、デキストラン、プルラン、多価アルコール、ポリビニルアルコール、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、テネイシン、トロンボスポンジン、エンタクチン、オステオポンチン、ファンビルブラント因子、フィブリノーゲン、コラーゲン、エラスチンなどが挙げられる。これらは、いずれも、細胞に害のない化合物である点でも好ましいものである。なお、本発明の培養基材は、細胞接着性を持つゼラチンを必須の原料とするものであるので、他の水酸基含有化合物は細胞接着性を持つものに制限されない。
【0017】
<ゲル状をもたらす共有結合>
本発明にかかる培養基材は、前記ゼラチンまたは前記ゼラチンと他の水酸基含有化合物が分子内に有する2以上の水酸基と、前記ホウ素化合物が分子内に有する前記2以上の水酸基との共有結合に基づき、ゲル化可能となっている。前記のごとき共有結合は、後述する結合解離剤の作用により解離させることができるので、これによりゲル化の状態を変化させることが可能となる。例えば、培養基材を可溶化することができ、これにより形状を失うとともに、通常、細胞に吸収されて完全に消失する。
本発明の培養基材は、結合解離剤の添加によりゲル化の状態を変化させることができれば、ゼラチン、ホウ素化合物、他の水酸基含有化合物が、上記水酸基同士の共有結合以外の化学結合を介して結合していても良い。
【0018】
例えば、ゼラチンの一般的な化学修飾の手法に従って、ゼラチンのカルボキシル基やアミノ基にホウ素化合物を付加結合した後、ゼラチンに導入されたホウ素化合物が分子内に持つ2以上の水酸基に、他の水酸基含有化合物が分子内に持つ2以上の水酸基を共有結合させる場合が挙げられる。
本発明の培養基材の具体的な例を挙げれば、以下のとおりである。
第1の例:ゼラチンに、ホウ素化合物としてm−アミノフェニルボロン酸を作用させ、ゼラチンのカルボキシル基とm−アミノフェニルボロン酸のアミノ基とに基づくアミド結合を形成させるとともに、ゼラチンが持つ2以上の水酸基とm−アミノフェニルボロン酸が持つ2以上の水酸基とに基づく共有結合を形成させることでゲル化したもの。
【0019】
第2の例:ゼラチンに、ホウ素化合物としてm−アミノフェニルボロン酸を作用させ、ゼラチンのカルボキシル基とm−アミノフェニルボロン酸のアミノ基とに基づくアミド結合を形成させた後、分子内に2以上の水酸基を有する他の水酸基含有化合物を作用させ、m−アミノフェニルボロン酸の持つ2以上の水酸基と他の水酸基含有化合物の2以上の水酸基とに基づく共有結合を形成させることでゲル化したもの。
第3の例:ゼラチンに、ホウ素化合物としてホウ砂を作用させ、ゼラチンが持つ2以上の水酸基とホウ砂が持つ2以上の水酸基とに基づく共有結合を形成させることでゲル化したもの。
【0020】
上記第1,第3の例は、ゼラチンとホウ素化合物のみでゲル化させたものであり、第2の例は、ゼラチンとホウ素化合物を反応させたのちに他の水酸基含有化合物を作用させてゲル化させたものである。上記第1、第2の例の違いについて述べれば、第1の例は、ゼラチンにm−アミノフェニルボロン酸を作用させるという一段階の反応でゲル化が起こるものであるのに対して、第2の例は、ゼラチンにm−アミノフェニルボロン酸を作用させた段階では溶液状態であり(単にゲル化しない場合だけでなく、ゲル化した後に加熱溶解させる場合も含む)、さらに他の水酸基含有化合物を作用させる二段階目の反応でゲル化が起こるものである。
【0021】
ゼラチンにm−アミノフェニルボロン酸を作用させた段階でゲル化が起こるか否かは、技術常識に基づき、ゼラチンの種類(水酸基含有量や分子量など)や原料濃度などを適宜決定することで調整可能である。例えば、ゼラチンにm−アミノフェニルボロン酸を作用させた段階でゲル化を起こすためには、ゼラチンへのホウ素導入率は10%以上が好ましく、30%以上がより好ましく、特に好ましくは40%以上である。使用するゼラチンは、酸処理、アルカリ処理、酵素処理のいずれのゼラチンでも大差ないが、ゼラチンの重量平均分子量は高いほうが好ましく、100,000以上のものが好ましい。なお、ゼラチンへのホウ素導入率は、原子吸光分析により測定することができる。
【0022】
また、上述のとおり、一段階でゲル化を起こすことができる場合であっても、一旦、加熱してゲルを溶解させたのち、他の水酸基含有化合物を添加して再度ゲル化させるということも可能である。例えば、ゼラチンへのホウ素導入率が10%以上であり、一段階でゲル化が起こる場合であっても、他の水酸基含有化合物を用いてさらに架橋の程度を調整するなどして、結合解離剤を添加した際のゲル溶解速度などを調整することもできるのである。
このように段階的に架橋構造を形成する場合には、他の水酸基含有化合物を用いる分、組み合わせが多様となるので、目的に応じた培養基材の構造設計が容易であるという利点がある。
【0023】
〔培養基材の特性〕
本発明の培養基材は、分子内に2以上の水酸基を有する結合解離剤を作用させることで、この2以上の水酸基が、前記ゼラチンおよび/または前記他の水酸基含有化合物が分子内に有する2以上の水酸基と前記ホウ素化合物が分子内に有する2以上の水酸基との共有結合を解離させ、代わりに、ホウ素化合物の水酸基と結合解離剤の水酸基との化学結合を形成させ、これによりゲル化の状態を変化させることができる。例えば、可溶化により、細胞を回収したり、培養中に細胞集合体内部に空隙を生じさせたり、培養基材に含ませておいた添加物質を放出させたり、といったことを容易に行うことができる。可溶化した培養基材は、通常、細胞に吸収されて、完全に消失する。
【0024】
このように、簡易な化学反応によって培養基材のゲル化の状態を変化させることができるため、従来のように、細胞を損傷させる酵素を用いたり、細胞の機能を損なう恐れのある温度変化を与えたりする必要がない。
前記結合解離剤としては、例えば、ゼラチン、単糖類、二糖類、オリゴ糖、多糖類、多価アルコール、糖アルコール、ポリフェノール、ポリビニルアルコールなどが挙げられる。これらは、いずれも、細胞に害のない化合物である点でも好ましいものである。
結合解離剤としての機能を発揮させるためには、前記ゼラチンおよび/または前記他の水酸基含有化合物が分子内に有する2以上の水酸基と前記ホウ素化合物が分子内に有する2以上の水酸基との共有結合を解離させ、代わりに、ホウ素化合物の2以上の水酸基と結合解離剤の2以上の水酸基との化学結合を形成させること、具体的には、結合解離剤の水酸基のほうが、ゼラチンおよび/または他の水酸基含有化合物の水酸基よりもホウ素化合物の水酸基との結合性が強いことが必要である。また、該化学結合により培養基材のゲル化の状態が変化することが必要である。したがって、結合性の観点から、結合解離剤における分子内の2以上の水酸基は、立体障害の少ないシス形であることが好ましく、また、結合性、ゲル化の状態の変化の双方の観点から、結合解離剤は、立体障害が小さく、かつ、ゲル化の状態を変化させるため、通常、上記ゼラチンや他の水酸基含有化合物よりも低分子量のものを選択する。例えば、グルコース、フルクトース、ガラクトース、マンノース、リボース、グルクロン酸などの単糖、異なる単糖の結合したトレハロース、マルトースなどの2糖、3糖、オリゴ糖など、グリセリン、キシリトール、ソルビトールなどが挙げられるが、低分子でかつ1分子中に水酸基を多く持つものが好ましく、特に1分子に6つの水酸基を持つソルビトール、マンニトールが好ましい。
【0025】
ここで、培養基材のゲル化力や可溶化の程度は、ゼラチンおよび/または他の水酸基含有化合物の種類や分子量、ホウ素化合物の種類、ゼラチンおよび/または他の水酸基含有化合物に対するホウ素化合物の使用割合、結合解離剤の種類や分子量、培養基材に対する結合解離剤の使用割合などに応じて変化するので、これらを、求めるゲル化の状態の変化の程度に応じて適宜決定すればよい。ただし、培養基材としての機能上、少なくとも細胞培養時においてはゲル状であることが必要である。
細胞培養時の温度は、細胞の至適温度に応じて決定されるので、培養基材に求められるゲル特性は、対象とする細胞種の種類に応じて様々である。例えば、一般に、細胞の至適温度は、哺乳類、鳥類由来の場合は37〜38.5℃、魚類、両生類由来の場合は20〜25℃、昆虫類由来の場合は25〜30℃であるが、これら細胞種に応じて、至適温度の範囲でゲル化の状態を変化させるようにすることで、細胞が死滅したりその機能を損なったりするという問題が回避される。
【0026】
本発明によれば、上述のように、ゼラチンおよび/または他の水酸基含有化合物の種類や分子量、ホウ素化合物の種類、ゼラチンおよび/または他の水酸基含有化合物に対するホウ素化合物の使用割合、結合解離剤の種類や分子量、培養基材に対する結合解離剤の使用割合などを適宜決定することで、ゲル化力や可溶化の程度を調整することができるので、細胞種を問わず、広く適用することができる。同様に、ゲル化の状態を段階的に変化させること、例えば、ゲルを段階的に溶解させたり、あるいは、この段階的溶解に伴いゲルの硬さを変化させたりといったことも、容易に行うことができる。
〔培養基材の使用〕
本発明にかかる培養基材は、一般的な細胞培養に用いることができるものであり、あらゆる細胞(例えば、表皮細胞、上皮細胞、内皮細胞、繊維芽細胞、脂肪細胞、免疫細胞、筋細胞、軟骨細胞、骨髄細胞、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、血球系細胞、神経細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞などの細胞種もしくはこれら細胞の前駆細胞、幹細胞、癌細胞など)、または、それらの細胞が存在するあらゆる組織・器官(例えば、皮膚、筋肉、骨、関節、骨格筋、血管、脊髄、心臓、胸腺、脾臓、肺、膵臓、腎臓、肝臓、生殖腺、消化管など)の培養に使用することができる。
【0027】
本発明の培養基材は、上述のように、所望の形状を維持したまま、しかも、細胞を損傷させたり、細胞本来の機能を損なわせたりすることなく、ゲル化の状態を変化させることができ、例えば、可溶化により消失させることができる。したがって、培養した細胞と細胞集合体(シート状、チューブ状、粒子状など)の回収が容易であり、生体における欠損もしくは病変した生体部位の補填もしくは修復のための組織、器官もしくは臓器を調製するのに好適に利用することができる。また、後述するように、細胞の生存と生物機能の維持に必須である細胞−細胞間の相互作用をもつ細胞集合体であっても長期にわたって培養することができることから、臨床分野のみならず、細胞塊の状態での研究分野の発展にも大いに貢献するものと期待される。
【0028】
本発明にかかる培養基材は必須原料であるゼラチン由来の細胞接着性を有するものであるが、細胞接着性をさらに高めるために、本発明の効果を害しない範囲で、他の細胞接着性の培養基材と併用するようにしてもよい。このような他の培養基材としては、例えば、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、テネイシン、トロンボスポンジン、エンタクチン、オステオポンチン、フォンビルブラント因子、フィブリノーゲン、コラーゲン、ゼラチン、エラスチンなどが挙げられる。
培養基材の形状は、目的とする細胞集合体の形状に応じて、適宜決定すればよい。具体的には、例えば、粒子状の培養基材を用いて、細胞−細胞間の相互作用をもつ細胞の培養を行うことにより、培養基材と細胞との接着、細胞同士の接着により、得られる細胞集合体は粒子状の培養基材を内包する三次元的な細胞集合体となる。このように細胞集合体内に内包されている粒子状の培養基材は、従来までの粒子状培養基材上で細胞を増殖させる有用物質の産生のための培養技術とは異なる。このように、粒子状の培養基材を細胞集合体内に内包させる場合、該粒子状の培養基材の適当なサイズは、5〜100μm直径であり、より好ましくは、10〜70μm直径である。また、前記のごとく、比較的小径の粒子状培養基材を用いる場合、細胞集合体内に多数の粒子状培養基材が内包された状態となるが、粒子状の培養基材として、より大きいサイズのものを用いて、一つの粒子状培養基材の表面に、多数の細胞を層状に付着・伸展させながら増殖させることもできる。この場合、粒子状培養基材を可溶化させることで、風船の如き中空かつ球状の細胞集合体を得ることができる。また、シート状やチューブ状などの培養基材を用いれば、培養基材の表面に層状に細胞が付着・伸展しながら増殖し、シート状やチューブ状などの細胞集合体となる。このように、培養基材の形状を工夫すれば、様々な形状の細胞集合体を得ることができる。また、これらを組み合わせることも可能であり、例えば、シート状やチューブ状などの培養基材上で、粒子状の培養基材の共存下に細胞培養を行うようにすれば、シート状やチューブ状で、かつ、粒子状の培養基材を内包する形で三次元的に成長した細胞集合体(積層状、塊状など)が得られる。
【0029】
粒子状の培養基材を得る場合、例えば、ゼラチン水溶液を油に分散させた乳濁液と、ホウ素化合物の水溶液を油に分散させた乳濁液とを撹拌混合し、油中でゲル状の培養基材を生じさせ、このゲル状の培養基材が分散した懸濁液に固液分離処理を施すことにより、ゲル状の培養基材を粒子状で回収することができる。水に混合せず、水滴が生成できる溶媒であれば、油以外の溶媒も適用できる。
シート状やチューブ状などの培養基材を得る場合、例えば、ゼラチン水溶液とホウ素化合物の水溶液を混合し、この混合液をガラス板などの平らな面やチューブ状の基材にコーティングしたのちにゲル化させることで、シート状やチューブ状の培養基材を得ることができる。また、ゲル化する際の形状を調整すれば、シート状やチューブ状以外の様々な形状の培養基材を得ることが可能であり、したがって、上述のとおり、様々な形状の細胞集合体を得ることも可能となるのである。
【0030】
本発明の培養基材は、その特性を活かし、例えば、以下のようにして、細胞培養技術に応用することができる。
すなわち、
(a)細胞培養時に前記培養基材を細胞集合体内部に導入し、所望の培養時間が経過した後、培養液への前記結合解離剤の添加により培養基材を可溶化することにより、細胞集合体内部に空隙を生じさせるようにする、という使用方法や、
(b)培養基材に所望の添加物質を含有させておいて、前記培養基材の可溶化に伴い該添加物質を放出させるようにする、という使用方法や、
(c)培養基材上で細胞を培養し、所望の培養期間が経過した後、培養液に前記結合解離剤を添加し、培養基材が完全に溶解しない限度で架橋度を低下させることで、培養基材の軟らかさを変化させるようにする、という使用方法、
などとして利用でき、従来にない利点を得ることができる。
【0031】
具体的には、上記(a)の使用方法によれば、三次元的に増殖した細胞集合体における、集合体内部の栄養や酸素の不足、老廃物の蓄積などに基づく長期培養の困難性を、細胞集合体内部に本発明の培養基材を導入し、必要時にこれを可溶化して、内部に空隙を生じさせることによって、解決することができるのである。また、この空隙を利用すれば、従来のように、細胞集合体を酵素処理することにより細胞集合体のサイズを下げたりバラバラにしたりする必要はなく、ピペッティングによる物理刺激で分割することができ、その際に、細胞の機能維持の発現に大切な細胞−細胞間相互作用を破壊することがない。それゆえ、細胞活性を低下させることなく細胞培養を行うことができる。従来における酵素処理による分割は、細胞障害、細胞外マトリックスを分解・変性させるものであり、細胞の状態を悪化させるので、細胞集合体の状態で培養する意義を失わせるものであったが、本発明の培養基材を用いた前記方法においては、細胞集合体における細胞間の相互作用を妨げることなく分割するので、細胞の生存率や機能を低下させることなく、培養を続けることができる。
【0032】
上記(a)の方法において、細胞培養時に前記培養基材を細胞集合体内部に導入するためには、粒子状あるいはシート破砕物など、細胞増殖の際に細胞集合体内に取り込まれやすい形状とサイズの培養基材を用いればよい。この場合の培養基材の適当なサイズは、既に粒子状の培養基材を例に説明したとおり、5〜100μm直径であり、より好ましくは、10〜70μm直径である。
また、上記(b)の使用方法によれば、培養基材に添加物質を含有させておくことで、所望のタイミングで可溶化し、添加物質を溶出させ、培養系に添加物質を供給することができる。特に、上記(a)の使用方法と組み合わせれば、栄養不足となりやすい細胞集合体内部に、空隙を生じさせると同時に、速やかに栄養を補給したり、あるいは、増殖、分化因子を補給し、細胞の増殖と分化を制御したりすることができるなど、様々な相乗効果が期待できる。
【0033】
上記(b)の方法において、培養基材に添加物質を含有させる方法としては、例えば、培養基材に添加物質を含浸させる方法が簡便である。
上記(b)の方法における添加物質の例としては、bFGFなどの細胞増殖因子や細胞分化因子、細胞のアポトーシスを抑制するタンパク質あるいはそれらの活性断片ペプチドや、それらのタンパク質の分泌を促す低分子あるいは高分子物質、DNA、RNA、siRNAなどの核酸物質などが挙げられる。これらの添加物質を、培養液中、特に、細胞集合体内部に溶出させることにより、細胞の増殖、分化の促進や、細胞死の抑制が可能となる。
【0034】
次に、上記(c)の方法について説明すると、まず、細胞の増殖、分化は、細胞の接着している培養基材の硬さ、軟らかさにより変化することが知られている。したがって、本発明によれば、ある軟らかさの培養基材上で増殖させた細胞に対して、結合解離剤の作用により培養基材をさらに軟らかくすることで、細胞に障害を与えず、細胞の増殖、分化状態を制御することができる。この際、上記(b)の方法のように、培養基材に添加物質を加えておくと、培養基材の軟らかさが変化した際に、培養基材の一部が可溶化するため、添加物質の一部が放出され、細胞に作用を与えることができる。さらに結合解離剤を加えていくことで、培養基材の一部を可溶化、添加物質の一部を放出させることも可能である。このように、本発明によれば、所望のタイミングで添加物質を細胞に作用させることができるだけでなく、複数回に分けて少しずつ結合解離剤を添加していくことで添加物質を段階的に細胞に作用させることも可能となる。
【実施例】
【0035】
以下に、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
〔実施例1〕
重量平均分子量100,000の酸処理豚皮ゼラチン(等イオン点=9)1gに、19gのジメチルスルフォキシド(WAKO社製)を添加し、40℃で一晩かけて溶解させた。このゼラチン溶液1mlに、ゼラチンが有するカルボキシル基に対して3倍モル量の1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(ナカライテスク社製)(以下、「EDC」と略記する)およびN−ヒドロキシスクシンイミド(ナカライテスク社製)(以下、「NHS」と略記する)、EDCに対して30倍モル量のm−アミノフェニルボロン酸(WAKO社製)(以下、「m−APBA」と略記する)を添加し、室温で2時間反応させた。反応後、アセトンによる洗浄および遠心分離操作を3回行うことにより、未反応のm−APBA、EDC、NHSを除去し、乾燥させた。このようにして、ゼラチンのカルボキシル基とm−APBAのアミノ基がアミド結合してなる化学修飾ゼラチン(以下、「ゼラチン−PBA」と略記する)を得た。
【0036】
上記ゼラチン−PBAを60℃で1時間加熱溶解して得た2重量%水溶液100μlと、ポリビニルアルコール(重合度1700、日本酢ビ・ポバール社製)(以下、「PVA」と略記する)の5重量%水溶液100μlを混合し、ボルテックスにより激しく撹拌した。その結果、10秒以内にはゲル化が認められた。
上記培養基材2mgに対して、pH7.5、37℃という細胞に害のない温和な条件下、結合解離剤として、10重量%ソルビトール水溶液500μlを添加し、ゲルの溶解性を目視により判定した結果、徐々に溶解傾向を示し、20分で完全に溶解・消失した。
なお、以下の実施例においても、ゼラチン−PBAに他の水酸基含有化合物(PVAなど)を作用させてゲル化させる場合に、ゼラチン−PBAの水溶性が低いときは、ゼラチン−PBAを一旦60℃で1時間加熱溶解させてから他の水酸基含有化合物を作用させるようにした。
【0037】
〔実施例2〕
ゼラチン−PBAとPVAの混合溶液が、ゼラチン−PBAが1重量%、PVAが0.12mmol/Lの500ml混合溶液となるように変更した以外は、実施例1と同様にして、ゲル状の培養基材を得た。
上記培養基材2mgに対して、pH7.5、37℃という細胞に害のない温和な条件下、結合解離剤として、10重量%グルコース水溶液800μlを添加し、ゲルの溶解性を目視により判定した結果、徐々に溶解傾向を示し、最終的には完全に溶解・消失した。
〔実施例3〜5〕
ゼラチン−PBAが1重量%、PVAが0.12mmol/Lの500ml混合溶液を調製し、これをゲル化して培養基材を得たこと以外は実施例1と同様にしてゲル状の培養基材を得た。
【0038】
上記各培養基材2mgに対して、37℃という細胞に害のない温和な温度条件下、様々なpHの条件下、結合解離剤として、50重量%グリセロール水溶液800μlを添加し、ゲルの溶解性を目視により判定した。結果を表1に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
結合解離剤のホウ素化合物に対する反応性は、pHの値が大きいほど高くなるため、pHの値が大きいほど可溶化が速やかに進行する傾向があった。また、グリセロール水溶液は、上記実施例2で使用したグルコース水溶液よりも培養基材の可溶化を速やかに進行させる傾向があった。また、可溶化の進行に伴い、徐々にゲルが柔らかくなる傾向が見られ、したがって、ゲルの硬さを調整することも可能であることが分かった。
〔実施例6〕
重量平均分子量20,000の酸処理豚皮ゼラチン(等イオン点=9)を用いる以外は、実施例1と同様にして、ゼラチン−PBAを調製した。本ゼラチン−PBAは40℃で30分の加熱で容易に溶解するものであった。
【0041】
上記ゼラチン−PBAの5重量%水溶液500μlに5mlのオリーブオイルを添加し、40℃で加温した。また、PVA3.5重量%水溶液500μlに5mlのオリーブオイルを添加し、40℃で加温した。両溶液をボルテックスで激しく撹拌したのち素早く混合し、室温で15分間高速振盪機「CUTE MICER CM−1000」(EYELA社製)で2500rpmの速度で撹拌した。次に、時折、氷浴させながら、ボルテックスで撹拌した。次に、この溶液を、氷冷したアセトンに滴下して分散させ、これをボルテックスで撹拌したのち、遠心分離を行って、沈殿物を回収した。アセトンによる洗浄および遠心分離による前記精製操作を3回行った。最終的に得られた粒子をデシケータ内で乾燥させ、粒子状の培養基材を得た。該粒子状の培養基材のサイズは、30μm直径であった。
【0042】
上記粒子状の培養基材を100重量%エタノールに分散させ、48穴プレートに加えた。風乾によりエタノールを気化させた後、1NのNaOHを用いてpH7.5に調製した水を100μl添加し、室温で1時間放置して、上記粒子状の培養基材を十分に膨潤させた。次に、結合解離剤として、100重量%グリセロール水溶液500μlを添加し、シェーカーで撹拌しながら37℃で反応させ、経時的に倒立位相差顕微鏡で観察した。結果を後述の表2に示す。
〔実施例7〕
PVAに代えて、グルコマンナンを用いた以外は、実施例6と同様にして、粒子状の培養基材を作製した。該粒子状の培養基材のサイズは、30μm直径であった。
【0043】
上記粒子状の培養基材を用いて、上記実施例6と同様にして、結合解離剤による溶解性を評価した。結果を後述の表2に示す。
〔実施例8〕
PVAに代えて、重量平均分子量100,000のアルカリ処理牛骨ゼラチン(等イオン点=5)を用いた以外は、実施例6と同様にして、粒子状の培養基材を作製した。該粒子状の培養基材のサイズは、30μm直径であった。
上記粒子状の培養基材を用いて、上記実施例6と同様にして、結合解離剤による溶解性を評価した。結果を後述の表2に示す。
【0044】
〔実施例9〕
PVAに代えて、重量平均分子量10,000のアルカリ処理牛骨ゼラチン(等イオン点=5)を用いた以外は、実施例6と同様にして、粒子状の培養基材を作製した。該粒子状の培養基材のサイズは、30μm直径であった。
上記粒子状の培養基材を用いて、上記実施例6と同様にして、結合解離剤による溶解性を評価した。結果を後述の表2に示す。
〔実施例10〕
EDCに対して10倍モル量のm−APBAを添加した以外は、実施例1と同様にして、ゼラチン−PBAを調製した。
【0045】
上記ゼラチン−PBAを用いる以外は、実施例6と同様にして、粒子状の培養基材を作製した。該粒子状の培養基材のサイズは、30μm直径であった。
上記粒子状の培養基材を用いて、上記実施例6と同様にして、結合解離剤による溶解性を評価した。結果を下記表2に示す。
【0046】
【表2】

【0047】
〔実施例11〕
重量平均分子量100,000の酸処理豚皮ゼラチン(等イオン点=9)の5重量%水溶液500μlに7.5mlのオリーブオイル(WAKO社製)を添加し、40℃で加温した。また、ホウ砂の0.25重量%水溶液500μlに7.5mlのオリーブオイルを添加し、40℃で加温した。実施例6と同様にして、両溶液を混合し、ボルテックスで激しく撹拌した後、アセトンによる洗浄を行い精製し、粒子状の培養基材を得た。該粒子状の培養基材のサイズは、30μm直径であった。
上記粒子状の培養基材を用いて、上記実施例6と同様にして、結合解離剤による溶解性を評価した。その結果、1時間後に溶解した。
【0048】
〔実施例12〕
実施例11において、ホウ砂に代え、EDCに対して30倍モル量のm−APBAを用いたこと以外は、同様にして、実施例12にかかる粒子状の培養基材を得た。該粒子状の培養基材のサイズは、30μm直径であった。
ゼラチンへのホウ素導入率を、原子吸光分析により測定した結果、40.9%であった。このようにして得られた粒子状の培養基材は、37℃において、水へは溶解しなかったが、10重量%濃度のソルビトールを添加することにより溶解した。なお、EDCに対して10倍モル量のm−APBAを用いた場合のゼラチンへのホウ素導入率は11.7%であり、37℃において、1時間で溶解した。
【0049】
〔実施例13〕
実施例11において、ホウ砂に代え、EDCに対して20倍モル量のm−APBAを用いたこと以外は、同様にして、実施例13にかかる粒子状の培養基材を得た。該粒子状の培養基材のサイズは、30μm直径であった。
ゼラチンへのホウ素導入率を、原子吸光分析により測定した結果、30.1%であった。このようにして得られた粒子状の培養基材は、37℃において、水へは溶解しなかったが、10重量%濃度のソルビトールを添加することにより溶解した。
なお、本実施例13の培養基材は、上記実施例12の培養基材に比べて、ソルビトール添加後、速く溶解消失することが分かった。これは、本実施例13の培養基材のほうが、ゼラチンのm−APBA導入率が低く、架橋程度の低いことが原因であると考えられる。
【0050】
〔実施例14〕
実施例1において、重量平均分子量100,000のアルカリ処理牛骨ゼラチン(等イオン点=5)を用いたこと以外は、同様にして、ゼラチン−PBAを調製した。このゼラチン−PBAを用い、かつ、PVAの代わりに、重量平均分子量10,000のアルカリ処理牛骨ゼラチン(等イオン点=5)を用いる以外は、実施例6と同様にして、粒子状の培養基材を調製した。該粒子状の培養基材のサイズは、30μm直径であった。
上記粒子状培養基材2mgを導入した「Non−treated microplate96ウェル」(IWAKI社製)に、マウス繊維芽細胞L929を9×10cell/wellで播種し、DMEM液体培地で、5%CO/95%空気、相対湿度100%、37℃の条件で培養を行った。
【0051】
5日後、DMEM液体培地で10重量%濃度に調製したソルビトール200μlを添加して、培養基材を可溶化し、さらに培養を続けたところ、可溶化により細胞が死滅しないことが確認でき、かつ、可溶化の後も細胞が良好に増殖し続け、細胞集合体の長期培養ができた。ソルビトールを添加しない場合には、細胞が死滅し、前記のごとき長期培養はできなかった。
また、上記において、粒子状培養基材に、bFGFを含浸させておくことで、可溶化と同時にbFGFを溶出させることができた。
〔実施例15〕
PVAの2.5重量%水溶液を50℃で5分加温し、これを「Non−treated microplate96ウェル」(IWAKI社製)に50μl添加した。次に、実施例1で調製したゼラチン−PBAを60℃で1時間加熱溶解して10重量%水溶液を調製し、これをウェルに50μl添加した。シェーカーで室温下に1時間撹拌し、ゼラチン−PBAとPVAを混合した。次に、殺菌のため、70%エタノールをウェルに添加した。15分後、上清を廃棄し、再度70%エタノールを添加して、1時間室温で反応させた。このエタノールによる殺菌操作を3回行った。次に、フィルターによるろ過滅菌を行った蒸留水をウェルに添加し、脱エタノール処理を行った。このようにして、各ウェル上に、シート状の培養基材を形成した。
【0052】
シート状の培養基材を導入した上記ウェルに、マウス繊維芽細胞L929を9×10cell/wellで播種し、DMEM液体培地で、5%CO/95%空気、相対湿度100%、37℃の条件で培養を行ったところ、L929細胞は、培養基材上で良好な増殖を示し、シート状の細胞集合体を形成した。
次に、DMEM液体培地で10重量%濃度に調製したソルビトールを添加し、37℃で90分間加温した。15分後には、培養基材は完全に溶解し、シート状の細胞集合体の回収が可能となった。可溶化により、細胞が死滅しないことも確認された。
また、上記において、シート状の培養基材に、bFGFを含浸させておくことで、可溶化と同時にbFGFを溶出させることができた。
【0053】
〔実施例16〕
実施例15と同様にして、重量平均分子量100,000のアルカリ処理牛骨ゼラチン(等イオン点=9)とPBA(m−APBA/EDC=10)と重量平均分子量10,000のゼラチン(等イオン点=9)を原料とするシート状培養基材を調製し、この培養基材上で、L929細胞を3日間培養した。3日後、DMEM液体培地で10重量%濃度に調製したソルビトールを添加し、15分後および90分後に細胞を回収した。培養基材は、ソルビトール添加後、15分後には完全に溶解した。培養基材溶解後、得られた細胞集合体をトリプシンEDTA溶液で処理し、細胞間の結合を分解し、シングルセルにした後、生死判定を行った。また、ソルビトール非添加試験区では、培養基材をトリプシンEDTA溶液で37℃、15分間の処理を2回行い、シングルセルを回収した後、生死判定を行った。その結果、ゲルを水可溶化しても、細胞は死なないことが確認された。結果を表3に示す。
【0054】
【表3】

【0055】
〔実施例17〕
実施例1で調製したゼラチン−PBAを用い、かつ、PVAの代わりに、重量平均分子量10,000の酸処理豚皮ゼラチン(等イオン点=9)を用いる以外は、実施例6と同様にして、粒子状の培養基材を調製した。該粒子状の培養基材のサイズは、30μm直径であった。
「Non−treated microplate96ウェル」(IWAKI社製)に細胞を播種した。Non−treated microplateでは細胞親和性が低いため、シャーレに細胞は接着しない。そのため、細胞は細胞同士の凝集体を形成しやすくなる。そこで、マウス繊維芽細胞L929を各ウェルに9×10cell/wellで播種したのち、上記粒子状の培養基材を各ウェルに2mg添加し、1週間細胞培養を行った。なお、DMEM液体培地は1日に1回交換した。
【0056】
細胞は、1,2,5,7日後にトリプシンEDTA溶液で回収し、生死判定を行った。細胞培養5日後には、細胞は凝集塊を形成した。ここで、10重量%濃度のソルビトールを添加し、培養基材を分解させ、さらに2日間培養させた。粒子状の培養基材が添加されていない試験区においては、細胞の生存率は低下したが、ソルビトールを添加することにより培養基材を溶解させた試験区では、細胞の生存率は高いままであった。また、1週間にわたる細胞培養において、粒子が含まれていても細胞の増殖は良好であった。本結果は、培養基材溶解で凝集塊の細胞が死なないことを示している。
さらに、培養基材溶解後、細胞凝集塊をピペッティングで砕き、一部を、別のシャーレに移し、DMEM液体培地で培養を開始し、細胞が増殖することを確認した。
【0057】
〔実施例18〕
重量平均分子量10,000の酸処理豚皮ゼラチン(等イオン点=9)の10重量%水溶液を50℃で5分加温し、「Non−treated microplate96ウェル」(IWAKI社製)に、50μl添加した。次に、実施例17と同様にして、ゼラチン(重量平均分子量100,000、等イオン点=5)−PBA(30倍)を60℃で1時間加熱溶解して10重量%水溶液を調製し、これを、ゼラチンの添加された前記ウェルに50μl添加した。シェーカーで室温1時間撹拌することにより、前記ゼラチンと前記ゼラチン−PBAとを混合した。次に、殺菌のため、70%エタノールをウェルに添加した。15分後、上清を廃棄し、再度70%エタノールを添加し、1時間室温で反応させた。このエタノールによる殺菌操作は、少なくとも3回行った。次に、フィルターによる濾過滅菌を行った蒸留水をウェルに添加し、脱エタノール処理を行った。さらに、DMEM液体培地で培養基材内部の溶媒を置換した。
【0058】
さらに、上記実施例17と同様の操作で細胞培養を行い、ただし、細胞に添加する前に、培養基材には塩基性繊維芽細胞細胞増殖因子bFGFを含浸させ、静電的相互作用によりゼラチンに結合させ、培養基材の分解とともにbFGFが徐放できるようにした。
すなわち、マウス繊維芽細胞L929を各ウェルに5×10細胞を播種した後、bFGFを含浸させた培養基材を添加し、細胞培養を行った。DMEM液体培地は1日1回交換した。L929細胞は、培養基材上で良好な増殖を示した。1週間培養後、ソルビトールを添加し、37℃で90分間培養を行った。15分後には、培養基材は完全に溶解し、細胞集合体の回収が可能となった。
【0059】
〔実施例19〕
実施例10と同様にして、重量平均分子量100,000のアルカリ処理牛骨ゼラチンのCOOH基に対して50モル%のフェニルボロン酸を導入したゼラチンの10重量%水溶液を作製した。一方、0.5重量%のPVA(重合度1,700、ケン化度98%)の水溶液を作製した。両水溶液を0.5mlずつ混合した。この混合水溶液を100mlのオリーブ油中に投入し、室温下、300rpmで2時間撹拌した。得られたゼラチン−PBAとPVAからなるゲル粒子をアセトンにより遠心洗浄(1,000rpm、5時間、4℃)し、回収した。得られた粒子をEagle MEM培養液で膨潤させた。
【0060】
作製したハイドロゲル粒子(粒子径17μm)とラット骨髄より単離した骨髄由来間葉系幹細胞(MSC)を培養した。初期細胞数5×10であり、粒子は2mgであった。MSCの培養用シャーレへの付着を抑制するために、シャーレにポリビニルアルコール(重合度1,700、ケン化度85.0%、ユニチカ社製)の0.5重量%水溶液を加え、30分間、室温で放置したのち、水で洗浄し、シャーレ底面をポリビニルアルコールでコーティング処理した。このシャーレを用いて、細胞を5日間培養した。培養液は、10%仔牛血清含有Eagle MEM培地である。コントロールとして、粒子を含まない状態でMSCを培養した。
【0061】
粒子状の培養基材の存在の有無に関わらず、MSCの細胞集合体が得られた。しかしながら、粒子状の培養基材がない場合には、細胞集合体は、培養とともに大きくなり、5日後に直径が150μmとなり、かつ、内部の細胞が死んでいることが観察された。これに対して、粒子状の培養基材を含む細胞集合体では、直径が200μmと大きくなっているにも関わらず、集合体内部の細胞は、死んでいなかった。次に、細胞集合体の培養液中に、10重量%ソルビトールを加え、さらに、1日間培養を続けた。その後、細胞集合体を凍結して凍結切片を作製し、集合体内部を顕微鏡で観察した。その結果、細胞集合体内部にスペース(空洞)が見られた。この空洞は、粒子状の培養基材がない状態で培養したときの細胞集合体には認められず、細胞集合体内の粒子状の培養基材が溶解、消失することで得られたと考えられる。
【0062】
〔実施例20,21〕
実施例11,13の粒子状培養基材を用いること以外は実施例19と同様にして細胞集合体の培養を行った。
その結果、いずれにおいても、実施例19と同様の結果が得られた。
すなわち、粒子状の培養基材の存在の有無に関わらず、MSCの細胞集合体が得られた。しかしながら、粒子状の培養基材がない場合には、細胞集合体は、直径が150μmとなり、内部の細胞が死んでいることが観察された。これに対して、粒子状の培養基材を含む細胞集合体では、直径が200μmと大きくなっているにも関わらず、集合体内部の細胞は、死んでいなかった。次に、細胞集合体の培養液中に、10重量%ソルビトールを加え、さらに、1日間培養を続けた。その後、細胞集合体を凍結して凍結切片を作製し、集合体内部を顕微鏡で観察した。その結果、細胞集合体内部にスペース(空洞)が見られた。この空洞は、粒子状の培養基材がない状態で培養したときの細胞集合体には認められず、細胞集合体内の粒子状の培養基材が溶解、消失することで得られたと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、生体における欠損もしくは病変した生体部位の補填もしくは修復のために必要な組織、器官もしくは臓器を調製するための細胞あるいは細胞集合体の調製法に関する。調製された細胞集合体は、細胞を利用した再生医療などの先端医療において好適に利用できる。また、三次元的な細胞集合体は、細胞−細胞間の天然の相互作用を形成していることから、細胞の増殖と分化の制御に対して重要である。これによって、増殖、分化された細胞集合体は薬の毒性、代謝、作用研究に対して必要不可欠な研究用ツールとなる。また、集合体化することで細胞の長期培養が可能となるため、細胞研究分野においても幅広く利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゼラチンおよびホウ素化合物を必須の原料とし、他の水酸基含有化合物を任意の原料とするゲル化可能な培養基材であって、前記ゼラチンおよび/または前記他の水酸基含有化合物が分子内に2以上の水酸基を有するとともに、前記ホウ素化合物が分子内にホウ素に直接結合する2以上の水酸基を有するものであり、前記ゲル化が、前記ゼラチンまたは前記ゼラチンと他の水酸基含有化合物が分子内に有する2以上の水酸基と、前記ホウ素化合物が分子内に有する2以上の水酸基との共有結合に基づき起きる、細胞培養基材。
【請求項2】
前記ホウ素化合物がフェニルボロン酸誘導体、ホウ酸およびホウ酸塩から選ばれる少なくとも1種である、請求項1に記載の細胞培養基材。
【請求項3】
ゲル化させた状態となっている、請求項1または2に記載の細胞培養基材。
【請求項4】
前記共有結合を解離させることのできる結合解離剤を細胞培養基材に作用させることにより、前記ゲル化の状態を変化させることができる、請求項1から3までのいずれかに記載の細胞培養基材。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれかに記載の細胞培養基材をゲル化させた状態で用いて細胞培養を行い、所望の培養時間が経過した後、前記結合解離剤を培養液に添加して前記細胞培養基材のゲル化の状態を変化させる、細胞培養基材の使用方法。
【請求項6】
ゲル化の状態の変化がゲル溶解性の変化である、請求項5に記載の細胞培養基材の使用方法。
【請求項7】
ゲル溶解性の変化がゲルの硬さの変化となって現れる、請求項6に記載の細胞培養基材の使用方法。
【請求項8】
ゲル化した細胞培養基材を細胞集合体内部に導入して細胞培養を行い、所望の培養時間が経過した後、前記結合解離剤を培養液に添加して細胞培養基材を溶解することにより、細胞集合体内部に空隙を生じさせるようにする、請求項6に記載の細胞培養基材の使用方法。
【請求項9】
培養に必要な添加物質を予め前記細胞培養基材に含有させておいて、前記細胞培養基材の溶解に伴い前記添加物質を放出させるようにする、請求項6から8までのいずれかに記載の細胞培養基材の使用方法。

【公開番号】特開2011−130720(P2011−130720A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−294205(P2009−294205)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(503265876)株式会社メドジェル (15)
【出願人】(000190943)新田ゼラチン株式会社 (43)
【Fターム(参考)】