説明

細胞接着性絹糸及びその製造方法

【課題】活性がより高くかつ安定な細胞接着性を有する絹糸を提供し、該絹糸を細胞培養用の担体として用いること。
【解決手段】フィブロインH鎖に細胞接着性ペプチド配列が導入された絹タンパク質を含むことを特徴とする細胞接着性絹糸、細胞接着性ペプチド配列が導入されたフィブロインH鎖をコードするDNAを含む遺伝子、該遺伝子が染色体に組み込まれ、かつ、細胞接着性ペプチドをフィブロイン層に有する繭糸を産生する遺伝子組換えカイコ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞接着性絹糸及びその製造方法に関する。より詳しくは、本発明は、細胞培養用担体として利用できる細胞接着性絹糸、及び遺伝子組換えカイコを用いて細胞接着性絹糸を生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳細胞は、細胞の足場を要求する接着依存性細胞(生体組織を構成する血液細胞以外の殆どの細胞)と要求しない接着非依存性細胞(血液細胞などの浮遊細胞)に分類される。多くの接着依存性細胞は、細胞外基質に接着することによって初めて、細胞の生育、増殖が可能となる。組織内にてこの細胞外基質として機能しているのが細胞外マトリクス (Extracellular Matrix:ECM)と呼ばれる繊維状タンパク質である。細胞外マトリクス分子の一次配列中には、インテグリンと呼ばれる細胞受容体と結合する短いアミノ酸配列が存在しており、この配列をインテグリンリガンド配列と呼ぶ。Pierschbacherらは細胞外マトリクスであるフィブロネクチンから、細胞接着性を有するアルギニン−グリシン−アスパラギン酸(RGD)のトリペプチド配列がインテグリンリガンド配列の最小アミノ酸配列であることを明らかにした(非特許文献1)。同様に、コラーゲン、ラミニンなどの他の細胞外マトリクスにもインテグリンと結合可能な最小アミノ酸配列が存在することが明らかになっている(非特許文献2、3)。また、近年の研究により細胞外糖鎖であるシンデカンも細胞接着に関与することが判明している。このシンデカンに結合性を示すアミノ酸配列はラミニンにおいて同定されており、インテグリンリガンド配列と同様に細胞接着を促進することが知られている(非特許文献4)。このような細胞接着性ペプチドを合成ポリマー表面や固体表面に固定化することにより、細胞親和性の高い培養用担体が開発されている(非特許文献5)。
【0003】
一方、絹糸は高い生体親和性を有しており、免疫原性が低いため手術用の縫合糸として用いられる天然繊維である。しかしながら、絹糸構成タンパク質であるフィブロインH鎖、フィブロインL鎖、セリシンのポリペプチド配列中には、哺乳類の細胞外マトリクスより同定された細胞接着性ペプチド配列は存在しない。これまで、絹糸表面にフィブロネクチン由来RGD配列を二価性のクロスリンカーで結合させ、修飾した絹糸が開発されており、通常の絹糸に比べ高い細胞接着性を示すことが明らかとなっている(非特許文献6)。
【0004】
また、近年、フィブロネクチン由来RGD配列などの細胞接着性ペプチド配列をカイコに導入して遺伝子組換えカイコを作製し、細胞接着性を付与した絹糸を生産することが試みられている(非特許文献7〜9)。これらの遺伝子組換えカイコによる絹糸の生産は、いずれも細胞接着性ペプチド配列をフィブロインL鎖と融合し、L鎖プロモーターの制御下で融合タンパク質を絹糸腺・繭中に発現させることにより行われている。しかしながら、フィブロイン層に局在している細胞接着性ペプチドの安定が悪く、得られた絹糸(生糸)に対してセリシン層を除去する精錬処理を行うと、細胞接着性が低下するという問題がある。
【0005】
【非特許文献1】Pierschbacher, M. et al. 1984, Nature, 309, 30-33
【非特許文献2】Graf, J. et al. 1987, Biochemistry, 26, 6896-6900.
【非特許文献3】Staatz, WD. et al. 1991, J. Biol. Chem., 266, 7363-7367.
【非特許文献4】望月麻友美、門谷裕一、野水基義、2005. 蛋白質核酸酵素, 50, 374-382
【非特許文献5】Hersel, U. et al. 2003, Biomaterials. 24, 4385-4415
【非特許文献6】Chen, J. et al. 2003, Biomaterials, 67, 559-570.
【非特許文献7】2Pd200「高い細胞接着性を付与した新規絹のトランスジェニックカイコによる生産」第54回高分子学会年次大会予稿集、54巻1号、p2293(2005/5/10発行)
【非特許文献8】1Pe117「トランスジェニックカイコによる高い細胞接着活性を付与した新規絹の生産」第54回高分子討論会予稿集、54巻2号、p4990(2005/9/5発行)
【非特許文献9】2Pe115「細胞接着部位を導入した絹様材料の作成とその細胞接着活性」第54回高分子討論会予稿集、54巻2号、p5015(2005/9/5発行)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明は、活性がより高くかつ安定な細胞接着性を有する絹糸を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、フィブロインH鎖が、自己組織化能を有し、繊維強度発現に寄与していることに着目し、フィブロインH鎖と細胞接着性ペプチド配列の融合タンパク質をコードするDNAをカイコ染色体に導入して遺伝子組換えカイコを作製したところ、該組換えカイコは、精錬に対しても安定な細胞接着性ペプチドをフィブロイン層に有する繭糸を産生できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) フィブロインH鎖に細胞接着性ペプチド配列が導入された絹タンパク質を含むことを特徴とする、細胞接着性絹糸。
(2) 細胞接着性ペプチド配列が、インテグリンのリガンド配列又はシンデカン結合性ペプチド配列である、(1)に記載の細胞接着性絹糸。
(3) 細胞接着性ペプチド配列が繰り返し配列である、(1)又は(2)に記載の細胞接着性絹糸。
(4) 細胞接着性ペプチド配列が、フィブロインH鎖のN末端領域とC末端領域の間に導入されている、(1)〜(3)のいずれかに記載の細胞接着性絹糸。
(5) 細胞接着性ペプチド配列が導入されたフィブロインH鎖をコードするDNAを含む遺伝子。
(6) (5)に記載の遺伝子を含むベクター。
(7) (5)に記載の遺伝子が染色体に組み込まれ、かつ、細胞接着性ペプチドをフィブロイン層に有する繭糸を産生する、遺伝子組換えカイコ。
(8) (5)に記載の遺伝子を染色体に組み込んだ遺伝子組換えカイコを作製し、得られた遺伝子組換えカイコの吐糸した繭を採取することを含む、細胞接着性絹糸の製造方法。
(9) (1)〜(4)のいずれかに記載の細胞接着性絹糸を材料として作製した細胞培養用担体。
(10) 粒子状、繊維状、板状、フィルム状、マイクロビーズ状、又はスポンジ状である、(9)に記載の細胞培養用担体。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、通常の絹糸や、フィブロインL鎖に細胞接着性ペプチドを導入した絹糸に比べ、より高い細胞接着性を有する絹糸が提供される。本細胞接着性絹糸は、細胞接着に必要な最小ペプチド配列を繰り返した分子を不溶性のフィブロイン層に有するため、加熱に対する安定性に優れ、オートクレーブ処理などの殺菌操作が可能である。また、本細胞接着性絹糸は、無血清条件下でも細胞接着性を示し、また、高濃度中性塩にて溶解して作製したフィルム上にも高い細胞接着性を示す。従って、本細胞接着性絹糸は、特別な表面処理を施すことなく高密度細胞培養の足場として利用でき、低コストで経済的な細胞培養用担体として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
1.細胞接着性絹糸
本発明の細胞接着性絹糸は、フィブロインH鎖に細胞接着性ペプチド配列が導入された絹タンパク質を含むことを特徴とする。
【0011】
細胞接着性ペプチド配列としては、細胞の細胞外マトリックスへの結合を介在する機能を有するものであれば特に限定はされないが、インテグリンのリガンド配列又はシンデカン結合性ペプチド配列が挙げられる。
【0012】
インテグリンリガンド配列は、哺乳類細胞膜に局在するインテグリンと相互作用可能なペプチド配列をいい、例えば、RGD、LDV、YIGSR、IKVAV、PGDSR等のペプチド配列が挙げられるが、幅広い哺乳類細胞で発現しているα5β1の二量体化を促進するRGD配列が好ましい。
【0013】
シンデカン結合ペプチドとは、インテグリンとは独立した機構でシンデカンと結合し、細胞内シグナルを活性化させるペプチド配列をいい、例えば、RQVFQVAYIIIKA、RKRLQVQLSIRT、KAFDITYVRLKF、KNSFMALYLSKG、TLFLAHGRLVFM等のペプチド配列が挙げられる。
【0014】
また、上記の細胞接着性ペプチド配列は繰り返し配列であることが好ましい。繰り返し配列とは、上記の細胞接着性ペプチド配列を一単位として、これを2〜40単位、好ましくは5〜20単位含むペプチド配列をいう。例えば、インテグリンリガンド配列RGDであれば、2〜40個有するものが好ましい。
【0015】
細胞接着性ペプチド配列は、目的とする細胞の種類に応じて適宜選択すればよく、複数種の配列を組み合わせてもよい。
【0016】
細胞接着性ペプチド配列のフィブロインH鎖への導入は、例えば、フィブロインH鎖のN末端領域とC末端領域の間に行い、フィブロインH鎖のN末端領域と細胞接着性ペプチド配列とフィブロインH鎖のC末端領域の融合タンパク質とする(図3)。
【0017】
フィブロインH鎖のN末端領域としては、限定はされないが、例えば、Swiss-Prot登録番号P05790の1-35番目までのアミノ酸配列(配列番号1)を、また、フィブロインH鎖のC末端領域としては、Swiss-Prot登録番号P05790の5231-5263番目のアミノ酸(配列番号2)を用いることができる。
【0018】
2.細胞接着性ペプチド配列が導入されたフィブロインH鎖をコードするDNAを含む遺伝子
本発明の細胞接着性ペプチド配列が導入されたフィブロインH鎖をコードするDNAを含む遺伝子は、フィブロインH鎖のN末端領域と細胞接着性ペプチドとフィブロインH鎖のC末端領域の融合タンパク質をコードするDNAと、該DNAをカイコにおいて発現させるためのプロモーターなどの発現制御領域、シグナル配列、ポリA配列を含む。プロモーターは特に限定されないが、転写活性が高く、後部絹糸線細胞で高発現可能であるものが好ましく、例えば、後部絹糸線細胞中で転写活性が高いフィブロインH鎖遺伝子のプロモーター(GeneBank登録番号V00094の塩基番号255-574番目、GeneBank登録番号AF226688の塩基番号62118-62437番目)などが挙げられる。
【0019】
3.遺伝子導入用ベクター
本発明のベクターは、上記の遺伝子を含み、該遺伝子をカイコ染色体に導入できるものであれば特に限定はされず、カイコ核多角体ウイルスベクター(BmNPV)、トランスポゾン由来のDNA配列を含んだベクターなどを用いることができるが、後者が好ましい。
【0020】
トランスポゾンとしては、例えば、鱗翅目昆虫由来のトランスポゾンであるpiggyBac(Nature Biotechnology 18,81-84,2000)、ショウジョウバエ由来のトランスポゾンであるmariner(Third International workshop on transgenesis of invertebrate organisms,p37-38,1999)、Minos(Insect Mol.Biol.9,277-281,2000)などが挙げられるが、piggyBacが好ましい。PiggyBacトランスポゾンとは、両端に13塩基対の逆位配列と、内部に約2.1kbpのORFを有するDNA転写因子である。トランスポゾン由来のDNA配列とは、例えば、piggyBac由来のDNA配列である、TTAA配列を含む一対の末端逆位反復配列をいい、ベクター内において上記遺伝子を挟んでその両側に挿入する。
【0021】
また、ベクターには、必要に応じて、遺伝子組換えカイコのスクリーニングを容易にするため、蛍光タンパク遺伝子などのマーカー遺伝子を挿入してもよい。例えば、適切なプロモーター下流に結合された緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子を、上記の1対のトランスポゾン由来のDNA配列間の適切な部位に導入すればよい。ここで用いるプロモーターとしては、カイコ細胞内で有効に働くプロモーターであれば特に限定はされないが、たとえばショウジョウバエの熱ショックタンパク質遺伝子のプロモーター、カイコアクチン遺伝子のプロモーター(Nature Biotechnology 18,81-84,2000)、ショウジョウバエの視神経で発現することが知られている3xP3プロモーターなどが挙げられるが、カイコアクチン遺伝子のプロモーター(Nature Biotechnology 18,81-84,2000)又は3xP3プロモーターが好ましい。
【0022】
4.遺伝子組換えカイコ及び細胞接着性絹糸の製造
本発明の遺伝子組換えカイコとは、細胞接着性ペプチド配列が導入されたフィブロインH鎖をコードするDNAを含む遺伝子が染色体に導入され、細胞接着性ペプチドをフィブロイン層に有する繭糸を産生するカイコのこという。目的遺伝子が導入される染色体上の遺伝子座位は、カイコの発生、分化、成長を阻害しない部位であれば、特に制限はない。
【0023】
前記2.の遺伝子のカイコ染色体への導入方法としては、遺伝子が安定に染色体に組み込まれ、発現し、交配により子孫にも安定に遺伝子が伝わるような遺伝子導入方法であれば特に制限はされず、例えば、前記3.のベクターをカイコガ(Bombyx mori)の卵にマイクロインジェクションする方法、遺伝子銃を用いる方法などを用いることができる。
【0024】
また、前記3.のベクターが、トランスポゾン由来のDNA配列を含むベクターである場合は、トランスポザーゼ遺伝子を含むヘルパープラスミド(Nature Biotechnology 18, 81-84, 2000)を同時にカイコ卵にマイクロインジェクションする。このようなベクターとしては、例えばTrichoplusia ni cell line TN-368、Autographa californica NPV(AcNPV)、Galleria mellonea NPV(GmMNPV)由来のpiggyBacを含むベクター、好ましくはTrichoplusia ni cell line TN-368由来PiggyBacの一部を持つプラスミドpHA3PIG、pPIGA3GFP(Nature biotechnology 18,81-84,2000)などを用いることができる。
【0025】
上記のようにして染色体に遺伝子を導入したカイコは、通常の条件で催青し、孵化した幼虫を5令まで飼育し成虫を得る(G0世代)。得られたG0成虫の雌雄を交配して卵を得、これらの卵を催青し孵化させる。次に得られた幼虫、好ましくは1〜2令のカイコ(G1世代)の中から目的とする遺伝子組換えカイコを選抜する。遺伝子組換えカイコの選抜は、例えば、遺伝子導入用ベクター内にGFPなどのマーカー遺伝子を挿入した場合は、上記のG1世代カイコ幼虫の中から緑色蛍光を発する個体を選抜することによってより簡便に行うことができる。
【0026】
目的遺伝子は、マイクロインジェクションされたカイコ卵から孵化し、成長した遺伝子組換えカイコの生殖細胞へ導入される。こうして得られた遺伝子組換えカイコの子孫は、その染色体上に目的遺伝子を安定に保持することが可能である。本発明で得られる遺伝子組換えカイコは、通常のカイコと同様な方法で、継代維持可能である。すなわち、卵を通常の条件で催青し、孵化した蟻蚕を人工飼料等へ掃立てし、通常のカイコと同様な条件で飼育することで5令カイコまで飼育できる。
【0027】
本発明で得られる遺伝子組換えカイコは、通常のカイコと同様に蛹化し、繭を作ることができる。蛹の段階で雌雄を区別し、発蛾したのち雌雄を交尾させ、翌日採卵する。卵は通常のカイコ卵と同様に保存することが可能である。本発明の遺伝子組換えカイコは、こうした飼育を繰り返すことで継代することが可能であり、また、大量に増やすことが可能である。
【0028】
細胞接着性絹糸は、上記で得られた遺伝子組換えカイコの吐糸した繭を採取することによって得ることができる。本明細書において、絹糸とは、カイコにより吐糸される繭、繭から調製された生糸、生糸を精錬して得られた絹糸、2粒以上の複数の繭からマルチフィラメントとして操糸された絹糸の全てを含む概念である。
【0029】
5.細胞培養用担体
本発明の細胞培養用担体とは、上記の細胞接着性絹糸を材料として作製されたもので、その形状は、粒子状、繊維状、板状、フィルム(膜)状、マイクロビーズ状、又はスポンジ状のいずれであってもよい。細胞接着性絹糸は、精錬することによってセリシン除去された絹糸であることが好ましく、また、精錬した絹糸を臭化リチウム、尿素、塩化カルシウムなどの高濃度中性塩、又はギ酸、トリフルオロイソプロパノールなどの有機溶媒で溶解し得られた溶液を、再凝固することで得られる固形物であってもよい。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0031】
(実施例1)フィブロインN末端領域をコードする遺伝子及びC末端領域をコードする遺伝子の調製
フィブロインH鎖遺伝子のプロモーター・第1エキソン領域・第1イントロン領域・第2エキソン領域(GenBank登録番号AF226688の塩基番号62118〜63513番目:以下「HP領域」)は、カイコゲノムDNAを鋳型とし、下記のプライマー1[GenBank登録番号AF226688の62118〜62157番目にHindIIIサイト及びAscIサイト(下線部)を付加]とプライマー2[GenBank登録番号AF226688の63474〜63513番目にBamHIサイト(下線部)を付加]を用いたPCRにより取得した。
【0032】
プライマー1(配列番号3):taaaagcttGGCGCGCCgggagaaagcatgaagtaagttctttaaatattacaaaaa
プライマー2(配列番号4):
ataggatccgacatcactcccaaaatagtcctcatcaaaatcattgatg
【0033】
フィブロインH鎖C末端部分コード領域・フィブロインH鎖遺伝子のポリA領域(GenBank登録番号AF226688の塩基番号79099〜79995番目:以下「CA領域」)は、カイコゲノムDNAを鋳型とし、下記のプライマー3[GenBank登録番号AF226688の79099〜79149番目にBamHIサイト(下線部)を付加]とプライマー4[GenBank登録番号AF226688の79955〜79995番目にKpnIサイト及びAscIサイト(下線部)を付加]を用いたPCRにより取得した。
【0034】
プライマー3(配列番号5):
taaggatcccgcagttacgactattctcgtcgtaacgtccgcaaaaactgtggaattcct
プライマー4(配列番号6):
attaggtaccGGCGCGCCacgacgtagacgtatagccatcggggatcaaagcatacagg
【0035】
PCRはKODplus(東洋紡(株)製)を用いて添付のプロトコールに従って行った。
PCR反応液組成を下記表1に、PCR反応条件を下記表2にそれぞれ示す。PCR反応はBiorad社のDNAサーマルサイクラーを用いて行った。
【0036】
[表1]
(PCR反応液組成)
鋳型:カイコゲノムDNA 100ng
各プライマー:50pmol
添付の10×PCRバッファー:10μl
1mM MgCl2
0.2mM dNTPs
2単位KODplus DNA polymerase
全量100μl
【0037】
[表2]
(PCR反応条件)
DNAの変性条件:94℃、15秒
プライマーのアニーリング条件:55℃、30秒
伸長条件:68℃、30秒〜300秒
上記反応を1サイクルとして30サイクル
【0038】
各PCR反応産物を1%アガロースゲルにて電気泳動し、それぞれHP領域では1.4kbp、CA領域では0.9kbpのDNA断片を常法に従って抽出、精製した。これらのDNA断片をそれぞれポリヌクレオチドキナーゼ(タカラバイオ(株)製)によってリン酸化した後、HincIIで切断し、脱リン酸化処理したpUC19ベクターにタカラバイオ(株)のDNA Ligation Kit Ver.2を用いて16℃で終夜反応を行って連結した。得られたpUCベクター(pUC-HP-CA)を用いて常法に従って大腸菌を形質転換した。形質転換体にPCR断片が挿入されていることは、得られたコロニーを前述と同じ条件でPCRすることにより確認した。また、プラスミドをシーケンスすることによって、それに含まれるPCR断片がそれぞれの遺伝子であることを確認した。
【0039】
(実施例2)RGD繰り返し配列をコードする遺伝子の調製
RGD(8)遺伝子は、合成オリゴヌクレオチド(RGD(1))を出発材料とし、SpeIとNheIの制限酵素を用いた切断、及びライゲーションを繰り返すことにより調製した(図1B)。SpeIとNheIは異なる6塩基認識の制限酵素であるが、切断により生じる突出末端はCTAGとなり、同じ塩基配列である。したがって、SpeIとNheIで切断して切り出したDNA断片を、NheIを用いてクローニングすることが可能である。またSpeIで生成した末端とNheIで生成した末端が連結されると、回文構造ではなくなりSpeI及びNheIのどちらの酵素にも切断されなくなる。
【0040】
以下にその調製手順を説明する。
まず、次の2つのオリゴヌクレオチドを合成した。
センス鎖のオリゴヌクレオチド(配列番号7):
CTAGTGGCGAACGTGGTGATCTGGGCCCGCAGGGTATCGCGGGCCAGCGTGGTGTGGTTGGCGAGCGTGGTGAACGCGGCGAGCGTGGTG
アンチセンス鎖のオリゴヌクレオチド(配列番号8):
TGAGCCACCACGCTCGCCGCGTTCACCACGCTCGCCAACCACACACGCTGGCCCGCGATACCCTGCGGGCCCAGATCACCACGTTCGCCA
【0041】
上記の二本のオリゴヌクレオチドを95℃にて10分間加熱した後、室温冷却して二本鎖DNAを得た。この合成オリゴヌクレオチドをRGD(1)とした(図1A)。
【0042】
次に、RDG(1)をpUC118ベクターにクローニングしてpUC-RGD(1)を作製し、得られたpUC-RGD(1)からRGD(1)遺伝子をSpeIとNheIを用いて切り出し、アガロースゲルにて精製した(図1B(1))。
【0043】
精製したRGD(1)遺伝子を、pUC-RGD(1)のNheIサイトに導入してpUC-RGD(2)を作製し、得られたpUC-RGD(2)からRGD(2)遺伝子をSpeIとNheIを用いて切り出し、アガロースゲルにて精製した(図1B(2))。
【0044】
精製したRGD(2)遺伝子を、pUC-RGD(2)のNheIサイトに導入してpUC-RGD(4)を作製し、得られたpUC-RGD(4)からRGD(4)遺伝子をSpeIとNheIを用いて切り出し、アガロースゲルにて精製した(図1B(3))。
【0045】
精製したRGD(4)遺伝子を、pUC-RGD(4)のNheIサイトに導入してpUC-RGD(8)を作製し、得られたpUC-RGD(8)からRGD(8)遺伝子をSpeIとNheIを用いて切り出し、アガロースゲルにて精製した(図1B(4))。
【0046】
(実施例3)RGD(8)遺伝子導入用ベクターの作製
(1)発現カセットの構築
実施例2で調製したRGD(8)遺伝子断片を、実施例1で調製したフィブロインH鎖遺伝子のプロモーター・第1エキソン領域・第1イントロン領域・第2エキソン領域(HP領域)とフィブロインH鎖C末端部分コード領域・フィブロインH鎖遺伝子のポリA領域(CA領域)を有するプラスミド(pUC-HP-CA)のBamHIとSalIサイトにクローニングした(図2)。ここで得られた発現カセット:HP-RGD-CAは、フィブロインH鎖遺伝子のプロモーター・第1エキソン領域・第1イントロン領域・第2エキソン領域/RDG(8)/フィブロインH鎖C末端領域・フィブロインH鎖ポリA領域を含む。
【0047】
(2)遺伝子導入用ベクターの構築
一方、遺伝子導入用プラスミドには、Trichoplusia ni(イラクサキンウワバ)由来のトランスポゾンの末端逆位反復配列を含む、pigA3GFP(Nature Biotechnology 18, 81-84, 2000)を利用した。pigA3GFPは、米国特許第218185号に開示されるプラスミドp3E1.2よりトランスポザーゼ(transposase)をコードする領域を取り除き、その部分にA3プロモーター(GenBank登録番号U49854の塩基番号1764〜2595番目)及びpEGFP-N1ベクター(Clontech社製)由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)及びSV40由来ポリA付加配列(GenBank登録番号U55762の塩基番号659〜2578番目)を挿入したベクターであり、このベクターは独立行政法人農業生物資源研究所より分与可能である。
【0048】
pigA3GFPのA3プロモーターの上流側にあるFseI/AseIを用いて前記のRDG(8)発現カセット(HP-RGD(8)-CA)を挿入し、pBAC-HP-RGD(8)-CAを得た。得られたプラスミドは、QIAGEN Plasmid Maxi Kitを用い、添付のプロトコールに従って精製した。
【0049】
図2に、上記で得られたRDG(8)発現カセット(HP-RGD(8)-CA)の構造、及びRDG(8)遺伝子導入用ベクター(pBAC-HP-RGD(8)-CA)の構築手順を示す。図3に、上記発現カセットにより発現されうるフィブロインH鎖のN末端領域と細胞接着性ペプチド配列とフィブロインH鎖のC末端領域からなる融合タンパク質の構造を示す。また、前記融合タンパク質のアミノ酸配列および対応する塩基配列を配列番号9、配列番号10にそれぞれ示す。
【0050】
(実施例4) 遺伝子組換えカイコの作製
実施例3で構築したベクター(pBAC-HP-RGD(8)-CA)とピギーバックトランスポザーゼタンパク質を生産するDNA(pHA3PIG)を各200μg/ml含んだ0.5mMリン酸バッファー(pH7.0)/5mMKCl溶液を調製し、3〜20nlを産卵後4時間以内のカイコ卵500個に対してマイクロインジェクションした。上記のpHA3PIG(Nature biotechnology 18,81-84,2000 農業生物資源研究所より分与可能)は、ピギーバックトランスポゾンの一方の逆位反復配列と5’フランキング領域、トランスポザーゼ遺伝子のリーダー配列を欠いており、その代わりにカイコアクチン遺伝子の5’フランキング領域とリーダー配列が組み込まれている。pHA3PIGはアクチンプロモーターの働きによりピギーバックトランスポザーゼタンパク質を作る機能を持つが、ピギーバックトランスポゾンの一方の逆位反復配列が欠損しているため自身のDNAは転移しない。
【0051】
マイクロインジェクション後、カイコ卵より孵化した幼虫を飼育し、得られた成虫(G0)を群内で掛け合わせて得られた次世代(G1)をGFPの蛍光を指標として、目的遺伝子が染色体へ導入された遺伝子組換えカイコをスクリーニングした。
【0052】
(実施例5) ウエスタン解析によるカイコ繭糸中のRDG(8)の発現解析
実施例4で得られた遺伝子組換えカイコの繭糸におけるRDG(8)の発現を以下のようにしてウエスタン解析により調べた。
【0053】
GFPにより目的遺伝子の導入が確認されたカイコの繭糸を各10mg量り採り、60%LiSCN4mlを加え攪拌後、室温にて終夜静置し、繭糸を溶解した。この繭糸溶解液を8M尿素/2%SDS/5% 2-メルカプトエタノールにて10倍希釈したものをサンプルとした。得られたサンプルについて、SDS-PAGE(15%)で泳動分離した後、ゲルをニトロセルロースメンブレンに転写した。転写したメンブレンは、フィブロインH鎖C末端抗体とその二次抗体を用いRGD(8)の検出を行った。RGD(8)はH鎖C末端配列を付加しており、フィブロインH鎖C末端抗体を用い検出可能である。検出はECL PlusTM Western blotting Kit (アマシャムファルマシア社製)を用い、HRPの基質の発光反応を利用して検出した。その結果、RGD(8)では、コントロールであるWIPND繭糸にはない44kDa付近の新規バンドが確認された(図4)。RGD(8)遺伝子を導入したフィブロインH鎖分子(図3)の推定分子サイズが44kDaであることから、繭中にこの分子が発現していることが確認された。図4のゲル上端部(250kDa付近)に存在するバンドはフィブロインH鎖分子のバンドであり、このバンドとRGD(8)のバンドとの染色度を比較した結果、RGD(8)は、フィブロインH鎖に対して1-10%の重量濃度で存在していることが示された(図4)。
【0054】
(実施例6) 細胞培養用担体の作成
(1) 遺伝子組換えカイコの繭糸の精錬
実施例4で得られた遺伝子組換えカイコ(G1)を野生カイコと交配して得られた世代(G2)のうち、RGD(8)遺伝子の導入が確認されたカイコの繭糸をマルセル石鹸溶液中で、100℃にて30分精錬を行った。この精錬後の繭糸(以下、「遺伝子組換え絹糸RGD(8)」という)を、70%エタノールでよく洗浄し、オートクレーブした。
【0055】
(2) シルクフィルム処理プレートの作製
遺伝子組換え絹糸RGD(8)1gを9M臭化リチウム溶液(100mL)に溶解してシルク溶液を調製し、このシルク溶液を透析チューブ(分子量100000カット)に入れ脱塩を行った。脱塩したシルク溶液のタンパク質濃度を5mg/mLに調整し、フィルム作製溶液として用いた。フィルム作製溶液(50μL)を96well plate (SUMIRON)に入れ、50℃で乾固した。乾燥後、プレート上に形成したフィルムを100%メタノール(200μL)、70%エタノール(200μL)の順で洗浄し、シルクフィルム処理プレート(RGD(8)処理プレート)を得た。
比較として遺伝子組換えを行っていない実験用品種(WIPND)の繭を用い、同様の手順でシルクフィルム処理プレート(WIPND処理プレート)を作製した。
【0056】
また、細胞外マトリクス分子の中でも、幅広い細胞に対して高い細胞接着促能を示す分子であるフィブロネクチンと比較するため、コントロールとして、牛由来フィブロネクチン溶液(インビトロジェン,100μg/mL)50μLを96well plate (SUMIRON)に入れ乾燥させたプレート(フィブロネクチン処理プレート)も作製した。
【0057】
(3) シルクフィルム処理プレートでの細胞培養
(2)で作製した各プレート上で繊維芽細胞NIH3T3細胞を培養し、その増殖を比較した(図5A)。培養初期段階(1〜2日目)では増殖に大きな差は見られなかった。しかし培養3日後のRGD(8)処理プレートでは、未処理プレートの約2倍の細胞数まで増殖しており、またWIPND処理プレートと比較すると約1.6倍の細胞数まで増殖していた(図5B)。また、フィブロネクチン処理プレートとの比較では、ほぼ同等の細胞増殖性を示した。
【0058】
これらのことから、RGD(8)処理プレートにおける細胞培養では、優れた細胞増殖性が認められ、RGD(8)処理プレートは天然細胞外マトリクス代替物として利用可能であることが示された。また、RGD(8)処理プレートの作製に用いた遺伝子組換え絹糸RGD(8)は精錬処理されたものであるので、精錬操作によっても細胞接着ペプチドは除去されず、活性を失わないことがわかった。
【0059】
培養3日目の細胞形態を比較してみると、WIPND処理プレート上では細胞同士が凝集した形態をとっているのに対し、RGD(8)処理プレート上では細胞が分散して接着していた(図5C)。
【0060】
(実施例7) 絹糸上での細胞培養
遺伝子組換え絹糸RGD(8)を用い、この絹糸上でも細胞が接着、増殖可能かどうかを検討した。繊維芽細胞NIT3T3細胞を用い、無血清条件下または血清存在下で培養を行った。その結果、無血清条件下でも、細胞は絹糸上に接着した。遺伝子組換え絹糸RGD(8)の繊維幅は約15μm前後であり、細胞は繊維方向に伸展し接着している様子が観察された(図6)。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】図1AはRGD(8)遺伝子の出発原料とした合成オリゴヌクレオチド(RGD(1))の配列を示す。図1Bは、RGD(8)遺伝子の調製手順を示す。
【図2】RDG(8)発現カセット(HP-RGD(8)-CA)の構造、及びRDG(8)遺伝子導入用ベクター(pBAC-HP-RGD(8)-CA)の構築手順を示す。
【図3】RGD(8)遺伝子を導入したフィブロインH鎖の構造(全アミノ酸配列)を示す。
【図4】図4は遺伝子組換え絹糸RGD(8)のウェスタン解析の結果である。図中の矢印点はフィブロイン中に発現したRGD(8)のバンド、ゲル上端部にある太いバンドはフィブロインH鎖由来のバンドを示す。
【図5】図5Aは各プレート(RGD(8)処理プレート、WIPND処理プレート、フィブロネクチン処理プレート、未処理プレート)上で繊維芽細胞NIH3T3細胞を培養し、その増殖を比較した結果を示す。図5Bは各プレート(RGD(8)処理プレート、WIPND処理プレート、フィブロネクチン処理プレート、未処理プレート)上における培養2,3日目の細胞数を示す。図5CはRGD(8)処理プレート、WIPND処理プレート上における培養3日目のNIH3T3細胞の写真である。
【図6】図6は遺伝子組換え絹糸RGD(8)に接着し、増殖しているNIH3T3細胞(培養3日目)の写真である。矢印は絹糸に接着している細胞。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィブロインH鎖に細胞接着性ペプチド配列が導入された絹タンパク質を含むことを特徴とする、細胞接着性絹糸。
【請求項2】
細胞接着性ペプチド配列が、インテグリンのリガンド配列又はシンデカン結合性ペプチド配列である、請求項1に記載の細胞接着性絹糸。
【請求項3】
細胞接着性ペプチド配列が繰り返し配列である、請求項1又は2に記載の細胞接着性絹糸。
【請求項4】
細胞接着性ペプチド配列が、フィブロインH鎖のN末端領域とC末端領域の間に導入されている、請求項1〜3のいずれかに記載の細胞接着性絹糸。
【請求項5】
細胞接着性ペプチド配列が導入されたフィブロインH鎖をコードするDNAを含む遺伝子。
【請求項6】
請求項5に記載の遺伝子を含むベクター。
【請求項7】
請求項5に記載の遺伝子が染色体に組み込まれ、かつ、細胞接着性ペプチドをフィブロイン層に有する繭糸を産生する、遺伝子組換えカイコ。
【請求項8】
請求項5に記載の遺伝子を染色体に組み込んだ遺伝子組換えカイコを作製し、得られた遺伝子組換えカイコの吐糸した繭を採取することを含む、細胞接着性絹糸の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれかに記載の細胞接着性絹糸を材料として作製した細胞培養用担体。
【請求項10】
粒子状、繊維状、板状、フィルム状、マイクロビーズ状、又はスポンジ状である、請求項9に記載の細胞培養用担体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−252327(P2007−252327A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−83636(P2006−83636)
【出願日】平成18年3月24日(2006.3.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、農林水産省、委託プロジェクト研究(アグリバイオ実用化・産業化研究)、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】