組織撮像用MRI造影剤
【課題】血中安定性、組織指向性及び腫瘍集積性に優れたMRI造影剤を提供する。
【解決手段】糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で表面修飾した超常磁性酸化鉄(Superparamagnetic iron oxide:SPIO)粒子を含む組織撮像用MRI造影剤。好ましくは、糖鎖含有モノマーの末端糖鎖が、ガラクトース、グルコース、マンノース、フコース、アセチルグルコサミン、アセチルガラクトサミンからなる群から選ばれる少なくとも1つであり、アニオンモノマーが、カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸、リンゴ酸、メタクリル酸、マレイン酸、ビニル安息香酸及びアクリル酸を有するモノマーからなる群から選ばれる少なくとも1つである。
【解決手段】糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で表面修飾した超常磁性酸化鉄(Superparamagnetic iron oxide:SPIO)粒子を含む組織撮像用MRI造影剤。好ましくは、糖鎖含有モノマーの末端糖鎖が、ガラクトース、グルコース、マンノース、フコース、アセチルグルコサミン、アセチルガラクトサミンからなる群から選ばれる少なくとも1つであり、アニオンモノマーが、カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸、リンゴ酸、メタクリル酸、マレイン酸、ビニル安息香酸及びアクリル酸を有するモノマーからなる群から選ばれる少なくとも1つである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組織指向性を有する組織撮像用MRI(Magnetic Resonance Imaging)造影剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、健康志向の向上により、健康診断試験の実施件数の増加及びその技術向上が顕著である。患者QOLの観点から、診断法に対しては、簡便、短時間、明瞭な画像、異常組織との差別化等、様々な課題が課されている。
【0003】
診断方法の一つであるMRIは、無侵襲的かつ高い空間分解能をもたらす非常に有用な画像法であり、臨床において幅広く普及している。さらに、MRI造影剤は、比較的感度が低いというMRIの弱点を補い、より詳細な画像診断を行う上で、重要な役割を担っている。
【0004】
近年、感度と周波数分解能の高い高磁場MRIの登場に伴い、分子特異的事象を反映する分子イメージングへの適用が期待され、生体内により特異的に集積するTargeted delivery systemの観点を備えたMRI造影剤の開発が望まれている。特に、超常磁性酸化鉄(Superparamagnetic iron oxide:SPIO)を核とした造影剤は、その緩和度の高さと毒性の低さから、特異的造影剤として適していると考えられる。
【0005】
SPIOは、単体では生体内で凝集が生じ、造影効果が著しく減少するため、高分子で被覆する必要性がある。しかしながら、今日までに、被覆する高分子とSPIOが強固に固定化する技術は確立されておらず、体内でSPIOが高分子から脱離・分離し易く、同時に、細胞特異性を持たせるために固定化したリガンドも脱離し易いという問題点を抱えていた。
【0006】
従来のMRI造影剤には、Gd錯体を用いる造影剤(例えば、Magnevist(登録商標)やDotarem(登録商標)等)と酸化鉄微粒子を用いる造影剤(例えば、Feridex(登録商標)やResovist(登録商標)等)がある(例えば、非特許文献1及び2参照。)。これらのMRI造影剤は、造影する部位や造影メカニズムに違いがある。
【0007】
これら従来の造影剤は、組織や細胞に特異的に相互作用することはなく、一過性的に造影するという点で、改善する余地があった。
【0008】
また、従来のMRI造影剤のうち、酸化鉄微粒子を用いる造影剤(Feridex(登録商標)やResovist(登録商標)等)は、酸化鉄微粒子を高分子でコーティングされているものの、血中安定性、血中滞留性が著しく低いことが問題となっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】N. Kato et al., Invest. Radiol. 34, pp.551 (1999)
【非特許文献2】R. C. Brasch, Radiology 147, pp.781 (1983)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような状況に鑑みて提案されたものであり、血中安定性、血中滞留性及び組織・細胞集積性に優れた組織撮像用MRI造影剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、組織撮像用MRI造影剤の血中安定性、血中滞留性及び組織・細胞集積性を改良すべく鋭意研究を行った。その結果、本発明者は、糖鎖高分子モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で表面修飾したマグネタイト粒子を含むMRI造影剤が、血中安定性、血中滞留性及び組織・細胞集積性に優れていること等を見出し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は、糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で表面修飾した超常磁性酸化鉄(Superparamagnetic iron oxide:SPIO)粒子を含む組織撮像用MRI造影剤である。
【0013】
糖鎖含有モノマーの末端糖鎖が、ガラクトース、グルコース、マンノース、フコース、アセチルグルコサミン、アセチルガラクトサミンからなる群から選ばれる少なくとも1つであり、また糖鎖含有モノマーの糖鎖が、キチン、キトサン、セルロース、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、アルギン酸及びそれらのオリゴマーからなる群から選ばれる少なくとも1つである。
【0014】
また、好ましくは、アニオンモノマーが、カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸、リンゴ酸、メタクリル酸、マレイン酸、ビニル安息香酸及びアクリル酸を有するモノマーからなる群から選ばれる少なくとも1つである。さらに、好ましくは、カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸は、アスパラギン酸又はグルタミン酸である。
【0015】
さらに、共重合体が、下記式(I)で示されるものである。
【0016】
【化1】
【0017】
上記(I)式中、mは5〜20000の整数を表し、nは2〜5000の整数を表す。Rは水素基、メチル基又はエチル基を表し、R'は水酸基又はカルボニル基を表す。xは0〜20の整数を表す。Aは下記式(II)で表される。
【0018】
【化2】
【0019】
上記(II)式中、Bは水酸基、アミノ基又はアセチルアミノ基を表し、Gはエーテル結合したガラクトース、グルコース、マンノース、フコース、アセチルガラクトサミン、アセチルグルコサミン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸、アルギン酸、コンドロイチン硫酸又はそれらのオリゴ糖を表す。
【0020】
またさらに、組織が、血管、気管、心臓、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸からなる群から選ばれる少なくとも1種である。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、組織特異的なMRI造影剤を提供する。本発明の好ましい態様によれば、血中安定性、血中滞留性及び細胞・組織集積性の高いMRI造影剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】SPIO粒子を糖鎖含有モノマーとカルボン酸を側鎖にもつアニオン性モノマーとの共重合体で表面修飾した状態を示す模式図である。
【図2】PVLA-meaの添加量に対する、水及びリン酸塩緩衝溶液(PBS(−))中の粒径の測定結果を示す図である。
【図3】PVLA-mea(4)-SPIO複合体のDLS測定結果を示す図であり、(A)はPVLA-mea(4)-SPIO複合体のH2O中における粒径分布を示す図であり、(B)はPVLA-mea(4)-SPIO複合体のPBS中における粒径分布を示す図である。
【図4】PVLA及びPVLA-MAの添加量に対する、水及びリン酸塩緩衝溶液(PBS(−))中の粒径の測定結果を示す図であり、(A)はPVLA-SPIO複合体の粒径測定結果を示す図であり、(B)はPVLA-MA-SPIO複合体の粒径測定結果を示す図である。
【図5】細胞とPVLA-mea-SPIO複合体とを相互作用させた状態を示す蛍光写真図であり、(A)はHepG2に対するRITC-PVLA-mea-SPIO複合体添加30分後の蛍光写真図であり、(B)はNIH3T3に対するRITC-PVLA-mea-SPIO複合体添加30分後の蛍光写真図である。
【図6】アシアロフェツイン添加による競合阻害実験の結果を示す蛍光写真図であり、(A)はアシアロフェツイン無添加の蛍光写真図であり、(B)は上からアシアロフェツイン1.5、3.0、6.0mg/ml添加後の蛍光写真図である。
【図7】糖鎖の種類によるPVLA-mea-SPIO複合体の細胞内取り込み実験結果を示す蛍光写真図であり、(A)はPVLA-mea-SPIO複合体についての蛍光写真図であり、(B)はPVMA-mea-SPIO複合体についての蛍光写真図である。
【図8】PVLA-mea-SPIO複合体の濃度に対する乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)漏出量に基づく細胞毒性についての測定結果を示す図である。
【図9】PVLA-mea-SPIO複合体を投与して撮影したT2強調MRI撮像図であり、(A)はPVLA-mea‐SPIO複合体投与前(通常状態)のMRI撮像図であり、(B)はPVLA-mea‐SPIO複合体投与後(左から直後、10分後、20分後、30分後)のMRI撮像図である。
【図10】PVLA-mea-SPIO複合体とPVMA-mea-SPIO複合体との投与後における肝臓全体のrSNR値の測定結果を示す図である。
【図11】PVLA-mea-SPIO複合体及びPVMA-mea-SPIO複合体を投与して撮影したT2強調MRI撮像図であり、(A)はPVLA-mea-SPIO複合体の投与前、投与後(上から直後、10分後、20分後、30分後)のMRI撮像図であり、(B)はPVMA-mea-SPIO複合体の投与前、投与後(上から直後、10分後、20分後、30分後)のMRI撮像図である。
【図12】ASGP-Rに結合する拮抗的阻害剤としてPVLA-meaとPVMA-meaを前投与したときの、PVLA-mea-SPIO複合体投与を対象にしたrSNR値の測定結果を示す図である。
【図13】ASGP-Rに結合する拮抗的阻害剤としてPVLA-meaとPVMA-meaを前投与したときの、PVMA-mea-SPIO複合体投与を対象にしたrSNR値の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、本発明に係る組織撮像用MRI造影剤について、図面を参照にして詳細に説明する。
【0024】
<本発明の概要>
本発明者は、細胞・組織指向性を持ち、組織への集積を高めたMRI造影剤を用いた方法で初期の癌を容易に発見することができると考察した。例えば、造影剤を血中等へ投与したとき組織で高い造影効果が得られるような細胞・組織集積性が高く、かつ血中内安定性の高いMRI造影剤を作製することを考えた。このような造影剤を作製することができれば、その造影剤はMRIを用いた方法での組織の診断、特に異常組織の早期発見に役立つことが期待される。
【0025】
そのような細胞・組織集積型MRI造影剤として、本発明者は、糖鎖含有モノマーとアニオン性モノマーとの共重合体で表面修飾した超常磁性酸化鉄(Superparamagnetic iron oxide:SPIO)粒子を含む造影剤を用いることを考えた。
【0026】
そこで、本発明者はさらに検討を重ねた結果、糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で表面修飾したマグネタイト粒子、例えば、ビニルベンジルラクトンアミドとメタクリル酸との共重合体で表面修飾した超常磁性酸化鉄(Superparamagnetic iron oxide:SPIO)粒子を肝細胞MRI造影剤として用いると、MRI造影剤の血中安定性、血中滞留性及び細胞・組織集積性が高いことを見出し、本発明を完成させた。
【0027】
本発明の好ましい態様として、SPIO粒子を糖鎖含有モノマーとカルボン酸を側鎖にもつアニオン性モノマーとの共重合体で表面修飾した状態の模式図を図1に示す。本発明に係るMRI造影剤に含まれるSPIO粒子は、図1に示すように、SPIO粒子と共重合体におけるアニオン性モノマーとが多点結合することによって、組織適合性の高い糖鎖モノマーとアニオン性モノマーとの共重合体を外側にし、磁化率が高く、高い造影効果が期待できるSPIO粒子を内側に覆うようにして成っている。このように、磁化率が高く、高い造影効果が期待できるSPIO粒子を、糖鎖高分子で表面修飾することにより、造影剤の血中滞留性が高まり、さらには造影剤の細胞・組織集積性を高めることができる。
【0028】
<共重合体>
本発明の好ましい態様で用いる共重合体は、糖鎖含有モノマー部分とアニオン性モノマー部分とを含む。「糖鎖含有モノマー」は、糖鎖を結合したスチレン誘導体のことであり、例えば、ビニルベンジルラクトンアミド及びビニルベンジルマルトンアミド等を挙げることができる。
【0029】
また、糖鎖含有モノマーの糖鎖は、キチン、キトサン、セルロース、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、アルギン酸及びそれらのオリゴマー等であることが好ましい。さらに、この糖鎖含有モノマーの末端糖鎖は、ガラクトース、グルコース、マンノース、フコース、アセチルグルコサミン、アセチルガラクトサミン等であることが好ましい。
【0030】
本発明の好ましい態様で用いる共重合体の「アニオン性モノマー」としては、例えば、酸化鉄との親和性が高いカルボン酸を側鎖にもつモノマーを挙げることができる。「カルボン酸を側鎖にもつモノマー」としては、カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸、リンゴ酸、メタクリル酸、アクリル酸、マレイン酸、ビニル安息香酸等を挙げることができる。ここで、「カルボン酸を側鎖にもつ」とは、モノマーを構成する単位が、カルボキシル基をその側鎖に有することをいう。
【0031】
本発明のさらに好ましい態様においては、共重合体は、糖鎖含有モノマー部分とカルボン酸等を側鎖にもつアニオン性モノマーを含み、このとき糖鎖含有モノマー部分は、糖鎖含有スチレン部分であり、一方、アニオン性モノマー部分は、アニオン部分である。
【0032】
上述したように、アニオン性モノマーがカルボン酸を側鎖にもつものであれば、共重合体中のアニオン部分が、SPIOと比較的強い多点結合を形成することができ、造影剤の血中安定性をより一層高めることができる。そして、造影剤の血中安定性を高めることにより、造影剤の細胞・組織集積性をさらに高めることができる。
【0033】
カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸としては、例えばグルタミン酸、アスパラギン酸、及びグルタミン酸残基とアスパラギン酸残基の両方を含むモノマーを挙げることができる。中でも、本発明では、アミノ酸はアスパラギン酸であることが好ましい。
【0034】
さらに、本発明では、共重合体として、下記式(I)で示されるものを例示することができる。
【0035】
【化3】
【0036】
上記(I)式中、各記号はそれぞれ独立した意味を有し、mは5〜20000の整数を表し、nは2〜5000の整数を表す。Rは水素基、メチル基又はエチル基を表し、R'は水酸基又はカルボニル基を表す。xは0〜20の整数を表す。また、Aは下記式(II)で表される。
【0037】
【化4】
【0038】
上記(II)式中、Bは水酸基、アミノ基又はアセチルアミノ基を表し、Gはエーテル結合したガラクトース、グルコース、マンノース、フコース、アセチルガラクトサミン、アセチルグルコサミン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸、アルギン酸、コンドロイチン硫酸又はそれらのオリゴ糖を表す。
【0039】
本発明では、上述のように、上記(1)式中のmは5〜20000の整数であり、20〜5000であることが好ましく、100〜500であることがより好ましい。また、上述のように、上記(1)式中のnは2〜5000の整数であり、5〜200であることが好ましく、10〜30であることがより好ましい。
【0040】
<共重合体の合成方法>
本発明に係るMRI造影剤に用いる共重合体の合成方法は、特に限定されないが、例えば糖鎖含有モノマーとアニオン性モノマーを溶媒中で混合し、重合させることで合成できる。糖鎖含有モノマー及びアニオン性モノマーを合成する方法は、特に限定されず、常法に従って合成することができる。
【0041】
糖鎖含有モノマーは、適宜官能基を保護基で保護することによって有機溶媒に溶けやすくすることで、共重合効率を上げることができる。保護基としては、アセチル基、ベンジル基等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0042】
例えば、糖鎖含有モノマーの合成法としては、糖鎖の末端アルデヒド基をヨウ素により酸化してカルボン酸とした後、脱水縮合によりラクトン化する。これを別途合成したビニルベンジルアミンとメタノール中で結合させる方法により、容易に得ることができる。
【0043】
糖鎖水酸基等を保護する必要がある場合は、この糖鎖含有モノマーをピリジン中に分散し、無水酢酸を加えて水酸基をアセチル化し、保護基を導入することができる。
【0044】
アニオン性モノマーは、市販品を購入することで入手できるほか、カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸にモノマーユニットを結合する方法で得ることができる。カルボン酸を含むアスパラギン酸やグルタミン酸等のアミノ酸残基に、アクリルクロリドを結合させ、アニオン性モノマーを合成する方法を挙げることができる。
【0045】
共重合体の合成方法における各種反応の方法及び条件は、常法を考慮し適宜選択又は設定することができる。
【0046】
<SPIO粒子>
本発明に係るMRI造影剤は、超常磁性酸化鉄(Superparamagnetic iron oxide:SPIO)粒子を糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で表面修飾したものである。
【0047】
SPIO粒子とは、ナノサイズの磁性を持った酸化鉄(主にマグネタイト(Fe3O4)やマグヘマタイト(γ‐Fe2O3))を意味する。このSPIO粒子は、共沈法等の常法により合成することができ、例えば塩化第1鉄(FeCl2)と塩化第2鉄(FeCl3)とを水に溶解した溶液に、アンモニア水若しくは水酸化ナトリウム溶液を強く攪拌しながらゆっくり滴下して反応させることによって合成することができる。
【0048】
この超常磁性をもった酸化鉄であるSPIO粒子は、MRIのT2造影剤として生体組織内微細環境においてプロトン緩和を促進する。したがって、従来の造影剤に比べて非常に強力な造影剤であるとともに、タンパク質等の微小な標的にまで造影を可能にする。
【0049】
しかしながら、SPIO粒子をin vivoで利用すると、血漿中での粒子同士の付着やSPIO同士での凝集体の形成が起こり、マクロファージのようなRES(Reticular endothelial system)によって速やかに排出されてしまう。また、SPIOは凝集すると、その超常磁性特性が低減する。
【0050】
そこで、本発明に係るMRI造影剤は、上述したように、SPIO粒子を糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で表面修飾する。このようにして表面修飾されて形成された複合体は、血漿中における粒子同士の付着や凝集体の形成を抑制させ、マクロファージのようなRES(Reticular endothelial system)による排出を抑制させる。また、SPIO粒子の超常磁性特性の低減を抑制し、MRI造影剤として高いコントラストの造影を可能にしている。
【0051】
ここで、「表面修飾」とは、SPIOの表面が、糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で覆われることを意味する。より具体的には、図1に示すように、共重合体における負電荷を帯びたアニオンモノマーと正電荷を帯びたSPIO粒子との間で多点結合を形成させて、一方で負電荷を帯びない糖鎖含有モノマー部分を、SPIO粒子の外側に向かってSPIO粒子を覆うようにしている。
【0052】
糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体とSPIO粒子との複合体は、例えば、合成した共重合体を水に溶解させ、SPIO粒子を分散させた分散水溶液をアンモニア水等によってpH7に調整し、それを共重合体含有溶液に加えて遠心操作(例えば15分、4℃、15000 rpm)を行うことによって合成することができる。
【0053】
<組織撮像用MRI造影剤>
本発明の係る組織撮像用MRI造影剤は、上述したように、血漿中における粒子同士の付着や凝集体の形成を抑制させ、マクロファージのようなRESによる排出を抑制させる。また、SPIO粒子を表面修飾した共重合体は、両親媒性であるとともに高い細胞認識性を有する。すなわち、この共重合体は、疎水性のポリスチレンを主鎖とし、親水性のβ-ガラクトースを側鎖としてモノマー毎に備えていることから、両親媒性を示し、水中で安定な高分子ミセルを形成する。これにより、本発明に係るMRI造影剤は、高い血中安定性と血中滞留性を示す。
【0054】
さらに、モノマー毎に側鎖として含有しているβ-ガラクトースは、例えば肝実質細胞表面に存在するアシアロ糖タンパク質レセプター(ASGP-R)と結合し、強い相互作用を示す。これにより、本発明に係るMRI造影剤は、肝実質細胞に対して高い認識力をもち、高い組織集積性を有する。そして、これにより、本発明の係る組織撮像用MRI造影剤によれば、高いコントラストで組織等の対象を観察することができる。
【0055】
このように、本発明に係る組織撮像用MRI造影剤は、高い血中安定性、血中滞留性及び組織集積性により、例えば組織における腫瘍の検出や進展範囲の明確化等を可能にする。腫瘍撮像に用いる場合において、真性腫瘍としては良性腫瘍と悪性腫瘍とが含まれ、悪性腫瘍としては脳腫瘍、舌癌、咽頭癌、肺癌、乳癌、食道癌、胃癌、膵臓癌、胆道癌、胆嚢癌、十二指腸癌、大腸癌、肝癌、子宮癌、卵巣癌、前立腺癌、腎癌、膀胱癌、横紋筋肉腫、線維肉腫、骨肉腫、軟骨肉腫、皮膚癌、各種白血病等が含まれる。
【0056】
そして、本発明に係る組織撮像用MRI造影剤は、血管、気管、心臓、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸からなる群から選ばれる組織に対する診断や腫瘍の撮像等に用いられ、特に肝臓、腎臓、膵臓から選ばれる組織に対する診断や腫瘍の撮像等に有用に用いることができる。
【0057】
本発明に係る組織撮像用MRI造影剤は、MRIを用いた方法により組織や腫瘍の診断をすることが求められている哺乳動物に投与することができる。投与の対象となる哺乳動物としては、例えばヒトのほか、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ等の家畜、イヌ、ネコ等の愛玩動物、マウス、ラット、モルモット、ウサギ等の実験動物が挙げられるが、これらの動物に限定されるものではない。
【0058】
また、投与方法としては、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤もしくはシロップ剤等による経口投与や、注射剤、座剤もしくは点眼剤等、経肺剤型、経鼻投与剤型、経皮投与剤型等の非経口投与が挙げられる。さらに、投与に際し、必要に応じてかつ本発明の所期の効果を損なわない限りにおいて、医薬品等において一般的に用いられる、各種の油性又は水性成分、賦形剤、結合剤、崩壊剤、安定剤、矯味剤、増粘剤、防腐剤、酸化防止剤、界面活性剤香料、色剤、各種の薬剤等を配合することができる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0060】
<1.ラクトース含有ポリスチレンモノマーとメタアクリレートとの共重合体の合成>
(1)p-vinylbenzylamineの合成
potassium phthalimide (100 g)とp-vinylbenzyl chloride (80 g) をDMF(400 ml)に溶かし、50℃で4時間撹拌しカップリングさせた。その後、エバポレーターでDMFを除去し、残渣をクロロホルム 400 mlに溶かした。その溶液を1 N 水酸化ナトリウム水溶液と水を用いて分液,洗浄した後、エバポレーターで溶媒を除去し、生成物をメタノールで再結晶した。
【0061】
次に、得られたN-p-vinylbenzylphthalimide (55.2 g)をエタノールに溶かし、80 % hydrazine hydrate (19.8 g)をエタノールに溶かしたものを混合して撹拌した。90分間撹拌し、生じた沈殿物をろ過した。生成物は5 M水酸化カリウム水溶液に溶かし、クロロホルム100 mlで2回抽出した。有機層を飽和NaCl水溶液で洗浄し、硫酸マグネシウムを用いて脱水した。脱水後、エバポレーターによりクロロホルムを完全に除去してから、減圧下、110℃で蒸留を行い、p-vinylbenzylamineを合成した。以下に、p-vinylbenzylamineの合成方法の反応式を示す。
【0062】
【化5】
【0063】
(2)ラクトース水和物の活性化
ラクトース(12 g)を水(10 ml)に溶解させ、さらにメタノール(50 ml)を加えた。ナスフラスコ中でヨウ素(18 g)をメタノール(300 ml)で溶かし、この反応溶液に加えた。40℃で40分間反応させた後、水酸化カリウム(16 g)をメタノール(400 ml)に溶かして添加した。さらに40℃で20分間反応させた後、30分間氷浴した。メタノールで洗浄しながら吸引ろ過を行い、水(50 ml)に完全に溶解させた。メタノールを用いて再結晶化し、吸引ろ過した後、適量の水に溶解させた。イオン交換カラムに通し、酸性フラクションを採取した。エバポレーターで水を除去した後、減圧乾燥させ、ラクトースラクトンを得た。以下に、ラクトース水和物の活性化反応の反応式を示す。
【0064】
【化6】
【0065】
(3)p-vinylbenzyl-D-lactonamide(VLA)の合成
ナスフラスコ中において、合成したラクトースラクトン(7.26 g)をメタノール(100 ml)で溶かし、80℃で溶解させた。そこに、メタノールに溶解させたp‐Vinylbenzylamine(4.9 g)を加えた後、2時間還流した。吸引ろ過によって固体を除き、エバポレーターによって約1/3量に濃縮した。撹拌しながらアセトンを加え、結晶を析出させた後、生成物をメタノールで再結晶化した。吸引ろ過を行い、水に溶解させて凍結乾燥し、p-vinylbenzyl-D-lactonamide(以下、VLAとする。)を得た。以下に、VLAの合成方法の反応式を示す。
【0066】
【化7】
【0067】
(4)VLAのアセチル化
ナスフラスコ中の無水酢酸(300 ml)にVLA(68 g)を分散させて10分間撹拌し、ピリジン(100 ml)を加えて一昼夜撹拌した。氷水(1 L)を入れたビーカーに、この反応溶液を加えた後に、クロロホルム(200 ml)を加えて分液漏斗で10分間撹拌した。有機層を回収し、炭酸水素ナトリウム水溶液(200 ml)を加えて、pHが中性になるまで分液洗浄を行った。さらに飽和NaCl水溶液で洗浄し、有機層を硫酸マグネシウムで30分間脱水させた後、生成物をメタノールで再結晶化した。吸引ろ過した後、減圧乾燥させ、ラクトースの全末端ヒドロキシル基をアセチル化させたVLA(Ac-VLA)を合成した。以下に、VLAのアセチル化反応の反応式を示す。
【0068】
【化8】
【0069】
(5)poly(Ac-VLA-co-メタクリル酸エチル)の共重合
合成したAc-VLA(2 g)とメタクリル酸エチル(0.28 g)とをジオキサン(4 ml)に溶解させ、AIBN(0.4 g)を加えて65℃で2時間重合させた。エタノールで再沈澱した後、吸引ろ過して共重合体を得た。以下に、poly(Ac-VLA-co-メタクリル酸エチル)の共重合反応の反応式を示す。なお、得られたpoly(Ac-VLA-co-メタクリル酸エチル)の構造解析は、1H-NMR解析により行って目的物を確認した。
【0070】
【化9】
【0071】
(6)poly(VLA-co-methacrylic acid)(PVLA-mea)の合成
合成した共重合体をジオキサン(200 ml)に溶解させた後、5wt% ナトリウムメトキシド/メタノール(40 ml)を添加して、攪拌しながら40℃で1時間反応を続けた。吸引ろ過で集めた高分子を水に溶解させ、水で3日間透析した。最後に凍結乾燥を行い、poly(VLA-co-methacrylic acid)(以下、PVLA-meaとする。)を得た。以下に、poly(Ac-VLA-co-メタクリル酸エチル)の共重合反応の反応式を示す。得られたPVLA-meaの構造解析は、1H-NMR解析により行って目的物を確認した。また、PVLA-meaのカルボキシル基の導入に関しては、FT-IR解析を行って、カルボキシル基の導入を確認した。
【0072】
【化10】
【0073】
(7)PVMA-meaの合成
糖鎖を変更することは容易であり、例示として、マルトースを糖鎖として有するポリマーを示す。なお、糖鎖をマルトースとしたpoly(VMA-co-methacrylic acid)を以下ではPVMA-meaとする。
【0074】
PVMA-meaの合成方法は、PVLA-meaの合成方法と同様の方法によって合成することが可能であり、VLAの代わりにp-vinylbenzyl-D-maltonamide(VMA)を使用することによって合成した。以下に、合成したPVMA-meaの構造式を示す。得られたPVLA-meaの構造解析は、1H-NMR解析及びFT-IR解析により行って目的物を確認した。
【0075】
【化11】
【0076】
<2.PVLA-mea-SPIO複合体の合成及び物性の検討>
SPIOに結合するためのカルボキシル基を導入したPVLA-meaの合成が確認されたことから、SPIOを合成してPVLA-mea-SPIO複合体を作製するとともに、そのPVLA-mea-SPIO複合体がin vivoにおいて応用可能なMRI造影剤としての条件を満たしているかについて検討を行った。
【0077】
(1)SPIOの合成及びPVLA-mea-SPIO複合体の合成
(1−1)SPIOの合成
本合成において用いる純水はあらかじめ脱気し、窒素置換した。500 ml二口ナスフラスコ中のFeCl2・4H2O(3.255 g)とFeCl3・6H2O(1.197 g)を水(70 ml)に溶解した溶液に、28% アンモニア水(7 ml)を強く攪拌しながらゆっくり滴下した。350 rpmで3分間反応を続けた。その後、水で1回洗浄して、2 M HNO3(20 ml)を加えて分散させた。次に、0.35 M Fe(NO3) 3(30 ml)を加え、100℃、200 rpmで1時間還流を行った。室温に置き、SPIOを沈殿させた。デカンテーションによって上清を除去し、水(50 ml)中に分散させ、0.01 M HNO3で3日間透析することで、SPIOを合成した。
【0078】
(1−2)PVLA-mea-SPIO複合体の調製
0.5 mlの水に、合成したPVLA-meaを所定量溶解させた。SPIO分散水溶液(SPIO 1 mg分)をアンモニア水によりpH7に調整した後、PVLA-mea水溶液に加えて15分静置した。2回の遠心(15分、4℃、15000 rpm)を行った後、洗浄によってSPIOに結合していないポリマーを取り除いて、PVLA-mea-SPIOを作製した。
【0079】
(2)カルボキシル基導入糖鎖含有高分子PVLA-meaとSPIOとの結合力に関する検討
新規合成したカルボキシル基導入糖鎖含有高分子PVLA-meaとSPIOとの結合力について調べるために、SPIOに結合した高分子量を測定した。
【0080】
(2−1)Rhodamine isothiocyanate(RITC)によるPVLA-meaの蛍光修飾
PVLA-mea(0.2 g)にDMSO(2 ml)を加え、60℃で溶解させた。この溶液にピリジンを数滴添加し、次にジラウリン酸ジブチルスズ(IV)(5 mg)を加え、最後にRITC(2 mg)を添加して、80℃で1時間反応させた。エタノールで再沈殿した後、水に溶解させて凍結乾燥した。再び水(1 ml)に溶解させ、溶液をPD-10カラム(GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社製)に通し、未反応のRITCを除去した。得られたフラクションを凍結乾燥させ、RITC-PVLA-meaを得た。
【0081】
(2−2)PVLA-mea-SPIO複合体の高分子量測定によるPVLA-meaとSPIOとの結合力の検討
生成したRITC-PVLA-meaを用いて、上述した方法によってSPIO複合体を作製した。その際、遠心分離とその後の上清除去によって取り除いた、SPIOに結合されていないRITC-PVLA-mea溶液の蛍光強度を、分光蛍光強度計(F-2500 株式会社日立ハイテクノロジーズ製)を用いて測定し、検量線を作成してSPIOと結合しているRITC-PVLA-meaの質量を計算した。表1に、PVLA-mea-SPIO複合体の高分子量測定に基づく、SPIOとPVLA-mea複合体との結合力を検討した結果を示す。
【0082】
【表1】
【0083】
表1に示されるように、PVLA-meaとSPIOの結合率は非常に高く、ほとんどの高分子がSPIOに結合していることがわかる。
【0084】
(3)PVLA-meaの被覆によるSPIOの凝集抑制効果の検討
SPIO単独では、生体環境(高塩濃度、高タンパク質)下でSPIO同士の凝集及びタンパク質の吸着が生じる。そのため、高分子による被覆が必要とされる。新規合成したPVLA-meaの被覆による、SPIOの高塩濃度での凝集抑制効果を粒径測定によって検討した。
【0085】
PVLA-mea添加量を0.5〜4 mgの各質量に調整し、上述した方法でPVLA-mea-SPIOを作製した。その後、各溶液を水、又は疑似体液としてのリン酸塩緩衝溶液(PBS(−))に分散した。PVLA-mea添加量を変化させ、疑似体液(PBS(−))中の粒径を測定することで、凝集阻害に最低限必要とされる高分子量の検討を行った。また、濃厚系粒径アナライザー(FPAR-1000 大塚電子株式会社製)を用いて、動的光散乱法(DLS)による粒径測定を行った。
【0086】
図2に、凝集阻害に最低限必要とされる高分子量の検討についての測定結果を示し、図3に、PVLA-mea(4)-SPIO複合体の動的光散乱(DLS)測定結果を示す。なお、図3(A)はDLS測定によるPVLA-mea(4)-SPIO複合体のH2O中における粒径分布を示し、(B)はDLS測定によるPVLA-mea(4)-SPIO複合体のPBS中における粒径分布を示す。
【0087】
図2に示されるように、SPIO 1 mgに対して、PVLA-meaが2〜4 mg程度被覆されることによって、塩溶液中でのSPIO同士の凝集を抑制できることが確認された。なお、PVLA-meaが2〜4 mg程度被覆したときのPVLA-mea(4)-SPIO複合体の粒径は、水中で 49.7 ± 4.6 nm であり、PBS(−)中で 50.8 ± 1.8 mg であった。
【0088】
また、図3の分布図に示されるように、粒径測定の結果からPVLA-mea-SPIO複合体が単分散微粒子であることを確認することができた。
【0089】
次に、PVLA-mea被覆による凝集抑制効果を比較するため、同様の方法で、カルボキシル基の存在していないPVLA、及び2つのカルボキシル基を近位にもつ下記構造式に示すPVLA-MAで合成したSPIO複合体(PVLA-SPIO複合体、及びPVLA-MA-SPIO複合体)についての粒径測定を行った。図4に、粒径測定の結果を示す。図4(A)はPVLA-SPIO複合体の粒径測定結果であり、(B)はPVLA-MA-SPIO複合体の粒径測定結果を示す。
【0090】
【化12】
【0091】
図4(A)に示されるように、カルボキシル基を持たないPVLAで被覆した場合では、図2で示されたPVLA-meaと比較して少量の被覆で、PBS中での凝集を抑えることができた。しかしながら、被覆量を多くしても、粒径は100 nm以下にならなかった。この結果から、PVLAは、SPIOとの結合部位を持たないために、緩やかに表面を被覆していると推測される。臨床応用を考えると、より粒径の小さいPVLA-meaが適していると示唆される。
【0092】
一方で、図4(B)に示されるように、2つのカルボキシル基を近位にもつPVLA-MAで被覆を行った場合では、SPIOとの結合部位が多いことから、PVLA-meaより結合力が強く、より少量の被覆で粒径制御が可能であると期待したが、PVLAやPVLA-meaでの被覆に比べて粒径が非常に大きくなった。これは、PVLA-MA中のSPIOと結合していないカルボキシル基が、水中の金属イオンをキレートし、SPIO粒子同士が結合したためであると考えられる。
【0093】
図2乃至4に示したように、これらの3つの高分子を比較した結果、メタクリル酸を共重合したPVLA-meaが、SPIOを被覆するのに最も適していることが示された。
【0094】
次に、PVLA-meaの共重合比を変化させた場合の粒径測定を同様に行った。表2に粒径測定結果を示す。
【0095】
【表2】
【0096】
表2に示すように、被覆するPVLA-meaの組成比(共重合比)を変化させた場合においても、それぞれの粒径の変化は認められなかった。
【0097】
以上の結果より、SPIOとの安定的相互作用も考慮すると、共重合比を5:5で重合したPVLA-meaを、4 mg添加して作製したPVLA-mea(4)-SPIO複合体は、生体内の高塩濃度下において、SPIO同士の凝集を抑制し、また複合体は50nmというナノサイズを維持することができることが示された。
【0098】
(4)PVLA-mea-SPIO複合体の緩和度
上述のようにして作製したPVLA-mea-SPIO複合体が、MRI造影剤としての性能を有するか否かについて検討するために、緩和度の測定を行った。
【0099】
(4−1)PVLA-mea-SPIO複合体中の全鉄量測定
上述した方法で、PVLA-meaを4 mg添加してPVLA-mea-SPIO複合体を合成した(以下、PVLA-mea(4)-SPIO複合体と称す。)。まず、PVLA-mea(4)-SPIO複合体を用い、ο‐フェンナントロリン比色法を用いた水質測定用試薬セット(共立理化学研究所製)を利用して、サンプル中の全鉄量を測定した。
【0100】
PVLA-mea-SPIO複合体の鉄濃度について、PVLA-mea(4)-SPIO複合体中の全鉄量の平均値、標準偏差を計算したところ、0.102 ± 0.002 mg(n=3)であり、収率は約14%であった。
【0101】
(4−2)PVLA-mea-SPIO複合体の緩和度測定
MRI造影剤が、水溶液・組織のT1・T2を短縮する効果を評価する指標が緩和度であり、造影剤としての性能を評価するのに一般的に用いられる。緩和度Rは、以下のような数式から求められる。
【0102】
【数1】
【0103】
実験用MRIシステム(4.7 T、200 MHz,Varian UNITY INOVA社製)を用いてPVLA-mea(4)-SPIO複合体水溶液の各濃度での緩和時間を計測し、上で計算した鉄含有量に基づいて緩和度を算出した。表3に、緩和度測定の結果を示す。
【0104】
【表3】
【0105】
表3に示されるように、現在、主に臨床応用されるT2造影剤であるリゾビスト(登録商標)(バイエル薬品株式会社)と比較して、PVLA-mea(4)-SPIO複合体は約1.7倍高いMRI造影剤としての性能を示し、MRI造影剤として高い有用性があることがわかった。
【0106】
<3.PVLA-mea-SPIO複合体のin vitro系機能評価>
上述のように、MRI造影剤として高い有用性が確認されたPVLA-mea‐SPIO複合体について、このPVLA-mea‐SPIO複合体を細胞に添加してin vitroにおける肝細胞認識性の有無の検討を行った。
【0107】
血液中に存在する通常の糖タンパク質は、古くなり寿命が尽きるとともに、アンテナ糖側鎖の最先端に位置するシアル酸が切れ、前末端基のガラクトースが露出したアシアロ糖タンパク質となる。肝細胞表面上に特異的に存在するアシアロ糖タンパク質レセプター(ASGP-R)は、その末端構造の変化を識別しながら取り込み、細胞内で消化する機能をもつ。PVLAは、この機能を利用して、高分子中のガラクトース残基がASGP-Rに結合することによって、高い肝細胞特異性を有していることが明らかになっている。
【0108】
本実施例で合成したPVLA-mea‐SPIO複合体が、PVLAと同様の肝細胞特異性を保持しているかどうかについて検討した。
【0109】
(1)細胞種によるPVLA-mea-SPIO複合体の細胞内取り込みの検討
まず、RITCで蛍光ラベル化したPVLA-mea-SPIO複合体の肝細胞特異性を評価するために、各種細胞による取り込みを比較した。
【0110】
PVLA-mea-SPIO複合体は、ガラクトースを含有するため、ASGP-Rに特異的に結合すると推測される。この特異的取り込みの評価のために、ASGP-Rを発現している細胞としてヒト肝ガン細胞であるHepG2を用いた。比較として、ASGP-Rを発現していない繊維芽細胞NIH3T3を用いて、各種の細胞とPVLA-mea-SPIO複合体との相互作用を蛍光観察によって評価した。
【0111】
前日に組織培養用24 wellプレート(株式会社イワキ製)に、各種細胞を10,000 cells/wellになるように播種し、10%のFBSを添加した液体DMEMを用いて37℃、5%CO2雰囲気下で一晩培養した。翌日、上述と同様にして作製したRITC-PVLA-mea-SPIO複合体(10 mg Fe/mlを50 μl/well)をPBS(450 μl/well)に添加した後、培地除去後の細胞に投与した。この後、37℃、5% CO2雰囲気下で30分間培養した。培養後、PBS(−)を用いて細胞を3回洗浄して複合体を除去した後、蛍光観察を行った。
【0112】
図5に、細胞とPVLA-mea-SPIO複合体とを相互作用させた蛍光写真の結果を示す。図5(A)はHepG2に対するRITC-PVLA-mea-SPIO複合体添加30分後の蛍光写真図であり、(B)はNIH3T3に対するRITC-PVLA-mea-SPIO複合体添加30分後の蛍光写真図である。
【0113】
図5(A)に示されるように、RITC-PVLA-mea-SPIO複合体は、ヒト肝ガン細胞であるHepG2と相互作用していることが確認できた。一方で、図5(B)に示すように、繊維芽細胞NIH3T3に対しては、RITC-PVLA-mea-SPIO複合体による相互作用はほとんど確認されなかった。この結果から、PVLA-mea-SPIO複合体は、ASGP-Rを発現する肝細胞に特異的に取り込まれることがわかった。
【0114】
(2)ASGP-R依存的取り込みの検討
次に、PVLA-mea-SPIO複合体と肝細胞との相互作用が、ASGP-R依存的であるかどうかについて検討するため、ASGP-Rに結合する阻害剤としてアシアロフェツインを予め添加し、PVLA-mea-SPIO複合体と肝細胞との相互作用を蛍光観察によって評価した。
【0115】
ASGP-Rは、アシアロ糖タンパク質に高い親和性を有しており、特にアシアロフェツインは、肝細胞認識材料とASGP-Rに対する競争阻害を検討する方法として用いられてきた。Letuinらは、1×10-5 Mの125Iラベル化アシアロオルソムコイドに対する50%阻害濃度は、フェツインの場合は5.8×10-5 Mに対し、アシアロフェツインでは9.8×10-10 Mであると報告している。したがって、アシアロフェツインは、ASGP-Rに対して非常に特異的なリガンドであり、競争的に相互作用させた場合、ほとんどのアシアロ糖タンパク質の相互作用を抑えることが知られている(W.E. Pricer, G. Ashwell. “The Binding of Desialylated Glycoproteins by Plasma Membranes of Rat Liver” Journal of Biological Chemistry,246,4825-4833(1971)、L. Van Lenten, G. Ashwell. “The Binding of Desialylated Glycoproteins by Plasma Membranes of Rat Liver .DEVELOPMENT OF A QUANTITATIVE INHIBITION ASSAY” Journal of Biological Chemistry,247,4633-4649(1972)参照。)。
【0116】
前日に組織培養用24 wellプレートに、各種細胞を10,000 cells/wellになるように播種し、10%のFBSを添加した液体DMEMを用いて37℃、5% CO2雰囲気下で一晩培養した。その後、PBSで洗浄し、アシアロフェツインを各濃度加えたPBS(500 μl/well)に交換し、10分後に上述した方法と同様にして作製したRITC-PVLA-mea-SPIO複合体(20 mg Fe/mlを50 μl/well)をPBS(450 μl/well)に添加した。この後、37℃、5% CO2雰囲気下で30分間培養し細胞内導入を行った。培養後PBS(−)を用いて細胞を3回洗浄して複合体を除去した後、蛍光観察を行った。
【0117】
図6に、アシアロフェツイン添加による競合阻害実験の蛍光写真の結果を示す。図6(A)はアシアロフェツイン無添加の蛍光写真図であり、(B)は上からアシアロフェツイン1.5、3.0、6.0mg/ml添加後の蛍光写真図である。
【0118】
図6(A)及び(B)に示されるように、アシアロフェツインを競合阻害剤として用いた場合、PVLA-mea-SPIO複合体の細胞取り込みは明らかに減少する結果となった。さらに、アシアロフェツインの阻害効果は濃度依存的に増大することがわかった。
【0119】
この結果から、PVLA-mea-SPIO複合体と肝細胞との相互作用は、ASGP-R依存的であることが示唆された。
【0120】
(3)糖鎖の種類によるPVLA-mea-SPIO複合体の細胞内取り込みの検討
次に、特異的な細胞取り込みが、肝細胞上のASGP-Rに結合するガラクトースに由来するものであることを確認するために、ガラクトースを含有したRITC-PVLA-mea-SPIO複合体と、グルコースを含有したRITC-PVMA-mea-SPIO複合体を、それぞれヒト肝ガン細胞であるHepG2に添加して、相互作用を蛍光観察することによって評価した。
【0121】
前日に組織培養用24 wellプレートに、各種細胞を10,000 cells/wellになるように播種し、10%のFBSを添加した液体DMEMを用いて37℃、5% CO2雰囲気下で一晩培養した。その後、合成したRITC-PVLA-meaとRITC-PVMA-meaの蛍光強度を測定し、それぞれの蛍光強度が等しくなるようにラベル化前の高分子を用いて調整した後に、上述した方法と同様にして作製したSPIO複合体(10 mg Fe/mlを50 μl/well)をPBS(450 μl/well)に添加した後、培地除去後の細胞に添加した。この後、37℃、5% CO2雰囲気下で30分間培養した。培養後PBS(−)を用いて細胞を3回洗浄して複合体を除去した後、蛍光観察を行った。
【0122】
図7に、蛍光写真の結果を示す。図7(A)はPVLA-mea-SPIO複合体についての蛍光写真図であり、(B)はPVMA-mea-SPIO複合体についての蛍光写真図である。
【0123】
図7(A)及び(B)に示されるように、ガラクトース含有高分子であるPVLA-mea-SPIO複合体では、グルコース含有高分子であるPVMA-mea-SPIO複合体と比較して、強く相互作用していることが確認できた。
【0124】
この結果から、PVLA-mea-SPIO複合体は、in vitroにおいて、ガラクトースを認識するASGP-Rを介して特異的に取り込まれることが示唆された。
【0125】
(4)PVLA-mea-SPIO複合体の細胞毒性の検討
本実施例で新規に合成開発したPVLA-mea-SPIO複合体は、上述の検討結果からわかるように組織集積性が高く、従来のMRI造影剤と比較して体内滞在時間が長くなると予想される。そのため、in vivoに応用するにあたって、PVLA-mea-SPIO複合体の生体適合性について評価した。
【0126】
乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)は、細胞死によって細胞外の漏出してくる酵素の一種である。PVLA-mea-SPIO複合体の細胞毒性を評価するため、複合体添加後のヒト肝癌細胞からのLDH漏出の検討を行った。
【0127】
前日に組織培養用24 wellプレートに、各種細胞を10,000 cells/wellになるように播種し、10%のFBSを添加した液体DMEMを用いて37℃、5% CO2雰囲気下で一晩培養した。その後、上述した方法と同様に作製したPVLA-mea-SPIO複合体の各濃度をDMEM(1 ml/well)に添加した後、培地除去後の細胞に投与した。この後37℃、5% CO2雰囲気下で4時間培養した。培養後、上清を0.2 mlずつ回収し、細胞を取り除くために遠心した(3000 rpm、2 min、4℃)。遠心後、上清を50 μlずつ回収し、cytotox96 Non-radioactive cytotoxicity assayキット(プロメガ株式会社製)を用いて、LDHの漏出量を算出した。100%セルライシスとして、無添加で培養した細胞を凍結融解の繰り返しによって破壊し、漏出したLDH量を測定した。図8に、LDH量の測定結果を示す。
【0128】
上で評価したPVLA-mea-SPIO複合体の緩和度と、リゾビストの最適投与量から計算すると、PVLA-mea-SPIO複合体の投与必要量は5 μmol Fe/Kgである。ヒトの血液量は体重の約10%であるため、投与後の血中濃度は0.05 μmol Fe/mlと計算できる。そして、図8に示されるように、5 μmol Fe/mlという100倍高濃度のサンプルでも、LDHの漏出はほとんど観察されなかった。
【0129】
この結果から、PVLA-mea-SPIO複合体は、毒性が低く、高い生体適合性を有していると判断できる。
【0130】
<4.PVLA-mea-SPIO複合体のin vivo系機能評価>
SPIOはT2造影剤であり、PVLA-mea-SPIO複合体が取り込まれた組織はT2強調撮像図上で低輝度に表示されるため、SNR値は造影剤の集積量依存的に低下する。ここでは、PVLA-mea-SPIO複合体をマウスに投与し、MRI撮影を行うことによって、MRI造影剤としての有用性を検討するとともに、SNR値を測定して組織集積性について検討した。
【0131】
(1)毒性評価
造影剤の多くは、しばしば毒性が高く、本来の一時的投与以外では生体に傷害を与える可能性があるものがある。本実施例で合成したPVLA-mea-SPIO複合体は、全くの新規物質であるため、生体MRI造影に先立ち、まず生体内におけるPVLA-mea‐SPIO複合体の毒性を、単回投与毒性試験により評価した。
【0132】
評価は、PBS(−)を用いてPVLA-mea-SPIO複合体を分散させた溶液を調整し、ICRマウス(10週齢、雌)に20 μmol Fe/Kgになるように尾静脈投与し、24、48、72時間後に運動機能の低下、呼吸状態、下痢等の一般状態を観察して行った。表4に、単回投与毒性試験の評価結果を示す。
【0133】
【表4】
【0134】
表4に示されるように、PVLA-mea‐SPIO複合体は急性毒性を全く示さないことを確認することができた。また、72時間経過後においても、毒性とおぼしき症状は見られていないことから、PVLA-mea-SPIO複合体は、in vivoにおいて毒性は無く、高い生体適合性を有していると判断できる。
【0135】
(2)糖鎖含有高分子‐SPIO複合体投与後のマウスMRI撮像
PVLA-mea-SPIO複合体のin vivoにおける挙動を検討するため、ICRマウス(10週齢、雄)を用い、イソフルラン呼気麻酔下で、通常状態のMRI画像、並びにPVLA-mea-SPIO複合体を5 μmol Fe/Kg投与直後、及び10、20、30分後のMRI画像を撮影した。SPIOはT2造影剤であり、PVLA-mea-SPIO複合体が取り込まれた組織はT2強度撮像図上で低輝度に表れ、またSNR値は、造影剤の集積量依存的に低下する。したがって、このことを基に、PVLA-mea-SPIO複合体のin vivoにおける挙動を検討した。
【0136】
MRI画像の撮影は、実験用MRIシステム(4.7 T、200 MHz,Varian UNITY INOVA社製)を用い、スピンエコー法によりT2強調画像(Tr=1100 msec、Te=20 msec、Thickness=2.0 mm、NEX=4)の撮影を行った。また、後述するPVMA-mea-SPIO複合体を投与した場合での撮像も同様にして行った。図9に、PVLA-mea-SPIO複合体を投与して撮影した、T2強調MRI画像を示す。図9(A)はPVLA-mea-SPIO複合体投与前(通常状態)のMRI画像であり、(B)は左から、PVLA-mea‐SPIO複合体投与直後、投与10分後、投与20分後、投与30分後のMRI画像である。
【0137】
図9(A)及び(B)に示されるように、肝臓部分の信号強度がその他の臓器と比較して低下しており、PVLA-mea-SPIO複合体が生体内において肝臓に特異的に集積することが確認できた。
【0138】
また、肝臓への集積をさらに詳しく検討するため、PVLA-mea-SPIO複合体とPVMA-mea-SPIO複合体とをそれぞれマウスに尾静脈投与し、まず肝臓全体のSignal to Noise ratio(SNR比)を計算して、両者の肝臓への取り込み量を比較した。上述したように、SPIOは、T2強調MRI画像上で低い信号強度を示すため、肝臓のSNR値は複合体の集積量依存的に低下する。SNR値は、以下の数式で表わされる代表的なSNR測定法の一つである空中雑音法で算出した。
【0139】
【数2】
【0140】
なお、異なる造影剤及び異なる個体での比較を行うために、造影剤投与前のSNR値をcontrolとして1に設定し、SNR値の相対値であるrSNR値を計算した。図10に、肝臓全体のrSNR値(means±S.D. n=3)を比較した結果を示す。
【0141】
PVLA-mea-SPIO複合体とPVMA-mea-SPIO複合体とでは異なる挙動を示すと予想されたが、図10に示されるように、その予想に反して、2種類のMRI造影剤は略同様の挙動を示し、肝臓への集積が確認された。すなわち、造影剤は投与後すぐに肝臓へ集積し、30分後までrSNR値の変化が小さいことから、肝臓内部に留まっていたものと考えられる。このように、肝臓全体のrSNR値については、両者の造影剤に違いは認められなかった。そこで、より詳細に解析するため、以下のMRI撮像を行い、結果を比較した。
【0142】
すなわち、PVLA-mea-SPIO複合体とPVMA-mea-SPIO複合体とをそれぞれマウスの尾静脈投与し、マウスの投与前、投与直後、投与10分後、投与20分後、投与30分後のそれぞれにおけるT2強調MRI画像を撮影して、肝臓への集積を検討した。
【0143】
PVLA-mea-SPIO複合体は、ASGP-Rを発現する肝実質細胞に特異的に取り込まれると考えられ、それに対してPVMA-mea-SPIO複合体は、肝細胞に特異性を持たないため、肝臓への集積が少ないと予想された。図11に、MRI撮像図を示す。図11(A)は上からPVLA-mea-SPIO複合体の投与前、投与直後、投与10分後、投与20分後、投与30分後のMRI撮像図であり、(B)は上からPVMA-mea-SPIO複合体の投与前、投与直後、投与10分後、投与20分後、投与30分後のMRI撮像図である。
【0144】
図11のMRI撮像図に示されるように、PVMA-mea-SPIO複合体を投与した図11(B)に示すMRI撮像図では、肝臓全体が低輝度になっているのに対し、PVLA-mea-SPIO複合体を投与した図11(A)に示すMRI撮像図では、肝臓内の数カ所に明輝度を示す部分が存在した。
【0145】
この図10及び11に示された2つの結果から、PVMA-mea-SPIO複合体は、非実質細胞と実質細胞の両方に取り込まれているものと推測される。すなわち、PVMA-mea-SPIO複合体は、肝細胞に少量ながら取り込まれ、同時に、その粒径から、異物としてクッパー細胞に貪食されたために肝臓全体が低輝度を示したと考えられる。これに対し、PVLA-mea-SPIO複合体では、肝実質細胞のみに素早く大量に取り込まれるため、造影剤の存在しない非実質細胞の部分のみが明輝度を示したと推測できる。
【0146】
また、図11(A)に示されるMRI撮像図から、PVLA-mea-SPIO複合体の投与30分後においても、低輝度部分と明輝度部分が高いコントラストで確認されたことから、PVLA-mea-SPIO複合体は、高い血中安定性と血中滞留性を備えていると結論づけることができる。
【0147】
(3)ASGP-R依存的取り込みの検討
PVLA-mea-SPIO複合体は、ガラクトースを含有するため、アシアロ糖タンパク質レセプター(ASGP-R)に特異的に結合することが期待され、上述したように、in vitroにおいてASGP-R依存的に肝細胞特異的に取り込まれることを確認した。このため、in vivoにおいても、クッパー細胞に貪食されるのではなく、ASGP-R依存的に肝実質細胞に集積されると予想される。
【0148】
しかしながら、その粒径から細網内皮系(reticuloendothelial system:RES)の機能を利用して非実質細胞の一つであるクッパー細胞に貪食される可能性も存在している。すなわち、肝臓の非実質細胞の一つであるクッパー細胞は、体内の細網内皮系細胞の約90%を占め、血液中の異物を貪食作用により取り込む。そして、粒径10〜1000 nm程度の粒子は、クッパー細胞に貪食されることが知られている。このため、本実施例において合成したPVLA-mea-SPIO複合体においても、50 nmという粒径であることから、クッパー細胞に取り込まれる可能性がある。
【0149】
そこで、PVLA-mea-SPIO複合体の肝臓への集積が、in vivoにおいてもASGP-Rによって生じているのかを検討するため、ASGP-Rに結合する拮抗的阻害剤を前投与することによって、肝臓への取り込みを比較した。
【0150】
MRI造影剤投与30分前に、拮抗的取り込み阻害剤として、PVLA-meaとPVMA-meaをPBS(−)に分散させた溶液をマウスに対し120 mg/Kgになるように大量に前投与した。その後、PVLA-mea-SPIO複合体を5 μmol Fe/Kgとなるように投与し、MRI撮像を行って、rSNR値を計算した。前投与したPVLA-meaをASGP-Rと予め結合させることで、MRI造影剤の肝臓への集積が肝実質細胞のASGP-R依存的である場合には、集積が阻害されると予想した。比較として、グルコース含有高分子であるPVMA-meaの前投与も、同様にして行った。図12に、結果を示す。
【0151】
図12に示されるように、PVMA-meaを前投与した場合では、図5に示されるPVMA-meaを投与しなかった場合と同様に、rSNR値が低下した。これに対して、PVLA-meaを前投与した場合では、信号強度はほとんど低下しなかった。
【0152】
この結果より、PVLA-mea-SPIO複合体は、クッパー細胞に貪食されるのではなく、そのほとんどがASGP-Rを介して肝実質細胞に取り込まれることが示唆された。また、全投与したPVLA-meaの投与後30分間は、PVLA-meaと肝細胞の相互作用が維持されていることが推測できる。さらに、造影阻害は40分後まで維持されていることから、PVLA-meaの投与後1時間以上は肝細胞とPVLA-meaの相互作用は維持されることがわかった。
【0153】
次に、同様の阻害剤による阻害実験を、PVMA-mea-SPIO複合体投与を対象にして行った。PVMA-mea-SPIO複合体が、PVLA-mea-SPIO複合体と同様にASGP-R依存的に取り込まれる場合、PVLA-meaを前投与した場合にのみ、取り込みの阻害が起こると考えられる。図13に結果を示す。
【0154】
図13に示されるように、PVLA-meaを前投与した場合でも、PVMA-meaを前投与した場合でも、rSNR値に違いはなかった。
【0155】
この結果から、PVMA-mea-SPIO複合体は、PVLA-mea-SPIO複合体とは異なり、ASGP-R非依存的に肝臓に取り込まれていると推測できる。これらの取り込みは、PVMA-mea-SPIO複合体の粒径から、クッパー細胞による貪食であると推測される。また、高分子を前投与しても投与前後のSNR値がほとんど影響を受けていないことから、PVMA-mea-SPIO複合体が肝細胞や肝細胞の周辺細胞と相互作用するものの、その相互作用が速やかに解消している可能性が示唆される。
【0156】
以上の阻害剤による阻害実験結果より、PVLA-mea-SPIO複合体の取り込みとPVMA-mea-SPIO複合体の取り込みとは、全く依存性が無く、別の取り込み機構であることが示唆された。
【0157】
<5.PVLA-mea-SPIO複合体の評価>
以上説明したように、新規に合成・開発したPVLA-mea-SPIO複合体は、高い血中安定性と血中滞留性を示し、生体内においてASGP-Rを介して肝実質細胞特異的に集積され、MRI造影剤として肝臓とその他の組織との間に大きなコントラストを付与することが示された。
【0158】
このMRI造影剤のレセプターであるASGP-Rは、肝癌細胞において発現が減少することが知られており、PVLA-mea-SPIO複合体が通常の肝細胞に、より多く集積されることによって、通常組織と癌組織の間にMRI画像上のコントラストを付与することができる。
【0159】
特に、高分化型肝細胞癌はクッパー細胞を含有しているため、例えば既存の肝特異的MRI造影剤であるリゾビストでは、正常組織との鑑別が不可能であった。それに対し、このような異なる集積挙動を持ち、高い組織集積性を有するPVLA-mea-SPIO複合体を用いることによって、従来のMRI造影剤では診断が困難であった初期の肝細胞癌である高分化型の造影が可能になる。
【0160】
また、この糖鎖高分子-SPIO複合体を用いることによって、肝癌を診断する他にも様々な知見を得ることができる。具体的には、新規に合成した糖鎖高分子PVLA-meaは、SPIOと結合するためにカルボキシル基が導入されており、このカルボキシル基の一部分に、医用的機能を発揮する生理活性物質、薬剤、DNA等を結合させることができる。これにより、上述した合成方法を応用して薬剤結合型のMRI造影剤を容易に合成することができる。
【0161】
また、この薬物結合型のMRI造影剤は、病態の診断や評価に加え、治療薬を同時に運搬することが可能となる。さらに治療後には、薬物動態と標的組織での濃度を、MRIにて可視化することができ、薬剤デリバリーと治療予測効果を同一の計測システムで実施することができる。このような、標的化された薬剤結合型MRI造影剤は、薬物治療の安全性を高めるともに、疾患に対する薬剤投与量の最適化等、生物医学研究及び臨床医薬に大きな進展をもたらすものである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、組織指向性を有する組織撮像用MRI(Magnetic Resonance Imaging)造影剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、健康志向の向上により、健康診断試験の実施件数の増加及びその技術向上が顕著である。患者QOLの観点から、診断法に対しては、簡便、短時間、明瞭な画像、異常組織との差別化等、様々な課題が課されている。
【0003】
診断方法の一つであるMRIは、無侵襲的かつ高い空間分解能をもたらす非常に有用な画像法であり、臨床において幅広く普及している。さらに、MRI造影剤は、比較的感度が低いというMRIの弱点を補い、より詳細な画像診断を行う上で、重要な役割を担っている。
【0004】
近年、感度と周波数分解能の高い高磁場MRIの登場に伴い、分子特異的事象を反映する分子イメージングへの適用が期待され、生体内により特異的に集積するTargeted delivery systemの観点を備えたMRI造影剤の開発が望まれている。特に、超常磁性酸化鉄(Superparamagnetic iron oxide:SPIO)を核とした造影剤は、その緩和度の高さと毒性の低さから、特異的造影剤として適していると考えられる。
【0005】
SPIOは、単体では生体内で凝集が生じ、造影効果が著しく減少するため、高分子で被覆する必要性がある。しかしながら、今日までに、被覆する高分子とSPIOが強固に固定化する技術は確立されておらず、体内でSPIOが高分子から脱離・分離し易く、同時に、細胞特異性を持たせるために固定化したリガンドも脱離し易いという問題点を抱えていた。
【0006】
従来のMRI造影剤には、Gd錯体を用いる造影剤(例えば、Magnevist(登録商標)やDotarem(登録商標)等)と酸化鉄微粒子を用いる造影剤(例えば、Feridex(登録商標)やResovist(登録商標)等)がある(例えば、非特許文献1及び2参照。)。これらのMRI造影剤は、造影する部位や造影メカニズムに違いがある。
【0007】
これら従来の造影剤は、組織や細胞に特異的に相互作用することはなく、一過性的に造影するという点で、改善する余地があった。
【0008】
また、従来のMRI造影剤のうち、酸化鉄微粒子を用いる造影剤(Feridex(登録商標)やResovist(登録商標)等)は、酸化鉄微粒子を高分子でコーティングされているものの、血中安定性、血中滞留性が著しく低いことが問題となっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】N. Kato et al., Invest. Radiol. 34, pp.551 (1999)
【非特許文献2】R. C. Brasch, Radiology 147, pp.781 (1983)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような状況に鑑みて提案されたものであり、血中安定性、血中滞留性及び組織・細胞集積性に優れた組織撮像用MRI造影剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、組織撮像用MRI造影剤の血中安定性、血中滞留性及び組織・細胞集積性を改良すべく鋭意研究を行った。その結果、本発明者は、糖鎖高分子モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で表面修飾したマグネタイト粒子を含むMRI造影剤が、血中安定性、血中滞留性及び組織・細胞集積性に優れていること等を見出し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は、糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で表面修飾した超常磁性酸化鉄(Superparamagnetic iron oxide:SPIO)粒子を含む組織撮像用MRI造影剤である。
【0013】
糖鎖含有モノマーの末端糖鎖が、ガラクトース、グルコース、マンノース、フコース、アセチルグルコサミン、アセチルガラクトサミンからなる群から選ばれる少なくとも1つであり、また糖鎖含有モノマーの糖鎖が、キチン、キトサン、セルロース、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、アルギン酸及びそれらのオリゴマーからなる群から選ばれる少なくとも1つである。
【0014】
また、好ましくは、アニオンモノマーが、カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸、リンゴ酸、メタクリル酸、マレイン酸、ビニル安息香酸及びアクリル酸を有するモノマーからなる群から選ばれる少なくとも1つである。さらに、好ましくは、カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸は、アスパラギン酸又はグルタミン酸である。
【0015】
さらに、共重合体が、下記式(I)で示されるものである。
【0016】
【化1】
【0017】
上記(I)式中、mは5〜20000の整数を表し、nは2〜5000の整数を表す。Rは水素基、メチル基又はエチル基を表し、R'は水酸基又はカルボニル基を表す。xは0〜20の整数を表す。Aは下記式(II)で表される。
【0018】
【化2】
【0019】
上記(II)式中、Bは水酸基、アミノ基又はアセチルアミノ基を表し、Gはエーテル結合したガラクトース、グルコース、マンノース、フコース、アセチルガラクトサミン、アセチルグルコサミン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸、アルギン酸、コンドロイチン硫酸又はそれらのオリゴ糖を表す。
【0020】
またさらに、組織が、血管、気管、心臓、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸からなる群から選ばれる少なくとも1種である。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、組織特異的なMRI造影剤を提供する。本発明の好ましい態様によれば、血中安定性、血中滞留性及び細胞・組織集積性の高いMRI造影剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】SPIO粒子を糖鎖含有モノマーとカルボン酸を側鎖にもつアニオン性モノマーとの共重合体で表面修飾した状態を示す模式図である。
【図2】PVLA-meaの添加量に対する、水及びリン酸塩緩衝溶液(PBS(−))中の粒径の測定結果を示す図である。
【図3】PVLA-mea(4)-SPIO複合体のDLS測定結果を示す図であり、(A)はPVLA-mea(4)-SPIO複合体のH2O中における粒径分布を示す図であり、(B)はPVLA-mea(4)-SPIO複合体のPBS中における粒径分布を示す図である。
【図4】PVLA及びPVLA-MAの添加量に対する、水及びリン酸塩緩衝溶液(PBS(−))中の粒径の測定結果を示す図であり、(A)はPVLA-SPIO複合体の粒径測定結果を示す図であり、(B)はPVLA-MA-SPIO複合体の粒径測定結果を示す図である。
【図5】細胞とPVLA-mea-SPIO複合体とを相互作用させた状態を示す蛍光写真図であり、(A)はHepG2に対するRITC-PVLA-mea-SPIO複合体添加30分後の蛍光写真図であり、(B)はNIH3T3に対するRITC-PVLA-mea-SPIO複合体添加30分後の蛍光写真図である。
【図6】アシアロフェツイン添加による競合阻害実験の結果を示す蛍光写真図であり、(A)はアシアロフェツイン無添加の蛍光写真図であり、(B)は上からアシアロフェツイン1.5、3.0、6.0mg/ml添加後の蛍光写真図である。
【図7】糖鎖の種類によるPVLA-mea-SPIO複合体の細胞内取り込み実験結果を示す蛍光写真図であり、(A)はPVLA-mea-SPIO複合体についての蛍光写真図であり、(B)はPVMA-mea-SPIO複合体についての蛍光写真図である。
【図8】PVLA-mea-SPIO複合体の濃度に対する乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)漏出量に基づく細胞毒性についての測定結果を示す図である。
【図9】PVLA-mea-SPIO複合体を投与して撮影したT2強調MRI撮像図であり、(A)はPVLA-mea‐SPIO複合体投与前(通常状態)のMRI撮像図であり、(B)はPVLA-mea‐SPIO複合体投与後(左から直後、10分後、20分後、30分後)のMRI撮像図である。
【図10】PVLA-mea-SPIO複合体とPVMA-mea-SPIO複合体との投与後における肝臓全体のrSNR値の測定結果を示す図である。
【図11】PVLA-mea-SPIO複合体及びPVMA-mea-SPIO複合体を投与して撮影したT2強調MRI撮像図であり、(A)はPVLA-mea-SPIO複合体の投与前、投与後(上から直後、10分後、20分後、30分後)のMRI撮像図であり、(B)はPVMA-mea-SPIO複合体の投与前、投与後(上から直後、10分後、20分後、30分後)のMRI撮像図である。
【図12】ASGP-Rに結合する拮抗的阻害剤としてPVLA-meaとPVMA-meaを前投与したときの、PVLA-mea-SPIO複合体投与を対象にしたrSNR値の測定結果を示す図である。
【図13】ASGP-Rに結合する拮抗的阻害剤としてPVLA-meaとPVMA-meaを前投与したときの、PVMA-mea-SPIO複合体投与を対象にしたrSNR値の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、本発明に係る組織撮像用MRI造影剤について、図面を参照にして詳細に説明する。
【0024】
<本発明の概要>
本発明者は、細胞・組織指向性を持ち、組織への集積を高めたMRI造影剤を用いた方法で初期の癌を容易に発見することができると考察した。例えば、造影剤を血中等へ投与したとき組織で高い造影効果が得られるような細胞・組織集積性が高く、かつ血中内安定性の高いMRI造影剤を作製することを考えた。このような造影剤を作製することができれば、その造影剤はMRIを用いた方法での組織の診断、特に異常組織の早期発見に役立つことが期待される。
【0025】
そのような細胞・組織集積型MRI造影剤として、本発明者は、糖鎖含有モノマーとアニオン性モノマーとの共重合体で表面修飾した超常磁性酸化鉄(Superparamagnetic iron oxide:SPIO)粒子を含む造影剤を用いることを考えた。
【0026】
そこで、本発明者はさらに検討を重ねた結果、糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で表面修飾したマグネタイト粒子、例えば、ビニルベンジルラクトンアミドとメタクリル酸との共重合体で表面修飾した超常磁性酸化鉄(Superparamagnetic iron oxide:SPIO)粒子を肝細胞MRI造影剤として用いると、MRI造影剤の血中安定性、血中滞留性及び細胞・組織集積性が高いことを見出し、本発明を完成させた。
【0027】
本発明の好ましい態様として、SPIO粒子を糖鎖含有モノマーとカルボン酸を側鎖にもつアニオン性モノマーとの共重合体で表面修飾した状態の模式図を図1に示す。本発明に係るMRI造影剤に含まれるSPIO粒子は、図1に示すように、SPIO粒子と共重合体におけるアニオン性モノマーとが多点結合することによって、組織適合性の高い糖鎖モノマーとアニオン性モノマーとの共重合体を外側にし、磁化率が高く、高い造影効果が期待できるSPIO粒子を内側に覆うようにして成っている。このように、磁化率が高く、高い造影効果が期待できるSPIO粒子を、糖鎖高分子で表面修飾することにより、造影剤の血中滞留性が高まり、さらには造影剤の細胞・組織集積性を高めることができる。
【0028】
<共重合体>
本発明の好ましい態様で用いる共重合体は、糖鎖含有モノマー部分とアニオン性モノマー部分とを含む。「糖鎖含有モノマー」は、糖鎖を結合したスチレン誘導体のことであり、例えば、ビニルベンジルラクトンアミド及びビニルベンジルマルトンアミド等を挙げることができる。
【0029】
また、糖鎖含有モノマーの糖鎖は、キチン、キトサン、セルロース、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、アルギン酸及びそれらのオリゴマー等であることが好ましい。さらに、この糖鎖含有モノマーの末端糖鎖は、ガラクトース、グルコース、マンノース、フコース、アセチルグルコサミン、アセチルガラクトサミン等であることが好ましい。
【0030】
本発明の好ましい態様で用いる共重合体の「アニオン性モノマー」としては、例えば、酸化鉄との親和性が高いカルボン酸を側鎖にもつモノマーを挙げることができる。「カルボン酸を側鎖にもつモノマー」としては、カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸、リンゴ酸、メタクリル酸、アクリル酸、マレイン酸、ビニル安息香酸等を挙げることができる。ここで、「カルボン酸を側鎖にもつ」とは、モノマーを構成する単位が、カルボキシル基をその側鎖に有することをいう。
【0031】
本発明のさらに好ましい態様においては、共重合体は、糖鎖含有モノマー部分とカルボン酸等を側鎖にもつアニオン性モノマーを含み、このとき糖鎖含有モノマー部分は、糖鎖含有スチレン部分であり、一方、アニオン性モノマー部分は、アニオン部分である。
【0032】
上述したように、アニオン性モノマーがカルボン酸を側鎖にもつものであれば、共重合体中のアニオン部分が、SPIOと比較的強い多点結合を形成することができ、造影剤の血中安定性をより一層高めることができる。そして、造影剤の血中安定性を高めることにより、造影剤の細胞・組織集積性をさらに高めることができる。
【0033】
カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸としては、例えばグルタミン酸、アスパラギン酸、及びグルタミン酸残基とアスパラギン酸残基の両方を含むモノマーを挙げることができる。中でも、本発明では、アミノ酸はアスパラギン酸であることが好ましい。
【0034】
さらに、本発明では、共重合体として、下記式(I)で示されるものを例示することができる。
【0035】
【化3】
【0036】
上記(I)式中、各記号はそれぞれ独立した意味を有し、mは5〜20000の整数を表し、nは2〜5000の整数を表す。Rは水素基、メチル基又はエチル基を表し、R'は水酸基又はカルボニル基を表す。xは0〜20の整数を表す。また、Aは下記式(II)で表される。
【0037】
【化4】
【0038】
上記(II)式中、Bは水酸基、アミノ基又はアセチルアミノ基を表し、Gはエーテル結合したガラクトース、グルコース、マンノース、フコース、アセチルガラクトサミン、アセチルグルコサミン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸、アルギン酸、コンドロイチン硫酸又はそれらのオリゴ糖を表す。
【0039】
本発明では、上述のように、上記(1)式中のmは5〜20000の整数であり、20〜5000であることが好ましく、100〜500であることがより好ましい。また、上述のように、上記(1)式中のnは2〜5000の整数であり、5〜200であることが好ましく、10〜30であることがより好ましい。
【0040】
<共重合体の合成方法>
本発明に係るMRI造影剤に用いる共重合体の合成方法は、特に限定されないが、例えば糖鎖含有モノマーとアニオン性モノマーを溶媒中で混合し、重合させることで合成できる。糖鎖含有モノマー及びアニオン性モノマーを合成する方法は、特に限定されず、常法に従って合成することができる。
【0041】
糖鎖含有モノマーは、適宜官能基を保護基で保護することによって有機溶媒に溶けやすくすることで、共重合効率を上げることができる。保護基としては、アセチル基、ベンジル基等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0042】
例えば、糖鎖含有モノマーの合成法としては、糖鎖の末端アルデヒド基をヨウ素により酸化してカルボン酸とした後、脱水縮合によりラクトン化する。これを別途合成したビニルベンジルアミンとメタノール中で結合させる方法により、容易に得ることができる。
【0043】
糖鎖水酸基等を保護する必要がある場合は、この糖鎖含有モノマーをピリジン中に分散し、無水酢酸を加えて水酸基をアセチル化し、保護基を導入することができる。
【0044】
アニオン性モノマーは、市販品を購入することで入手できるほか、カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸にモノマーユニットを結合する方法で得ることができる。カルボン酸を含むアスパラギン酸やグルタミン酸等のアミノ酸残基に、アクリルクロリドを結合させ、アニオン性モノマーを合成する方法を挙げることができる。
【0045】
共重合体の合成方法における各種反応の方法及び条件は、常法を考慮し適宜選択又は設定することができる。
【0046】
<SPIO粒子>
本発明に係るMRI造影剤は、超常磁性酸化鉄(Superparamagnetic iron oxide:SPIO)粒子を糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で表面修飾したものである。
【0047】
SPIO粒子とは、ナノサイズの磁性を持った酸化鉄(主にマグネタイト(Fe3O4)やマグヘマタイト(γ‐Fe2O3))を意味する。このSPIO粒子は、共沈法等の常法により合成することができ、例えば塩化第1鉄(FeCl2)と塩化第2鉄(FeCl3)とを水に溶解した溶液に、アンモニア水若しくは水酸化ナトリウム溶液を強く攪拌しながらゆっくり滴下して反応させることによって合成することができる。
【0048】
この超常磁性をもった酸化鉄であるSPIO粒子は、MRIのT2造影剤として生体組織内微細環境においてプロトン緩和を促進する。したがって、従来の造影剤に比べて非常に強力な造影剤であるとともに、タンパク質等の微小な標的にまで造影を可能にする。
【0049】
しかしながら、SPIO粒子をin vivoで利用すると、血漿中での粒子同士の付着やSPIO同士での凝集体の形成が起こり、マクロファージのようなRES(Reticular endothelial system)によって速やかに排出されてしまう。また、SPIOは凝集すると、その超常磁性特性が低減する。
【0050】
そこで、本発明に係るMRI造影剤は、上述したように、SPIO粒子を糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で表面修飾する。このようにして表面修飾されて形成された複合体は、血漿中における粒子同士の付着や凝集体の形成を抑制させ、マクロファージのようなRES(Reticular endothelial system)による排出を抑制させる。また、SPIO粒子の超常磁性特性の低減を抑制し、MRI造影剤として高いコントラストの造影を可能にしている。
【0051】
ここで、「表面修飾」とは、SPIOの表面が、糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で覆われることを意味する。より具体的には、図1に示すように、共重合体における負電荷を帯びたアニオンモノマーと正電荷を帯びたSPIO粒子との間で多点結合を形成させて、一方で負電荷を帯びない糖鎖含有モノマー部分を、SPIO粒子の外側に向かってSPIO粒子を覆うようにしている。
【0052】
糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体とSPIO粒子との複合体は、例えば、合成した共重合体を水に溶解させ、SPIO粒子を分散させた分散水溶液をアンモニア水等によってpH7に調整し、それを共重合体含有溶液に加えて遠心操作(例えば15分、4℃、15000 rpm)を行うことによって合成することができる。
【0053】
<組織撮像用MRI造影剤>
本発明の係る組織撮像用MRI造影剤は、上述したように、血漿中における粒子同士の付着や凝集体の形成を抑制させ、マクロファージのようなRESによる排出を抑制させる。また、SPIO粒子を表面修飾した共重合体は、両親媒性であるとともに高い細胞認識性を有する。すなわち、この共重合体は、疎水性のポリスチレンを主鎖とし、親水性のβ-ガラクトースを側鎖としてモノマー毎に備えていることから、両親媒性を示し、水中で安定な高分子ミセルを形成する。これにより、本発明に係るMRI造影剤は、高い血中安定性と血中滞留性を示す。
【0054】
さらに、モノマー毎に側鎖として含有しているβ-ガラクトースは、例えば肝実質細胞表面に存在するアシアロ糖タンパク質レセプター(ASGP-R)と結合し、強い相互作用を示す。これにより、本発明に係るMRI造影剤は、肝実質細胞に対して高い認識力をもち、高い組織集積性を有する。そして、これにより、本発明の係る組織撮像用MRI造影剤によれば、高いコントラストで組織等の対象を観察することができる。
【0055】
このように、本発明に係る組織撮像用MRI造影剤は、高い血中安定性、血中滞留性及び組織集積性により、例えば組織における腫瘍の検出や進展範囲の明確化等を可能にする。腫瘍撮像に用いる場合において、真性腫瘍としては良性腫瘍と悪性腫瘍とが含まれ、悪性腫瘍としては脳腫瘍、舌癌、咽頭癌、肺癌、乳癌、食道癌、胃癌、膵臓癌、胆道癌、胆嚢癌、十二指腸癌、大腸癌、肝癌、子宮癌、卵巣癌、前立腺癌、腎癌、膀胱癌、横紋筋肉腫、線維肉腫、骨肉腫、軟骨肉腫、皮膚癌、各種白血病等が含まれる。
【0056】
そして、本発明に係る組織撮像用MRI造影剤は、血管、気管、心臓、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸からなる群から選ばれる組織に対する診断や腫瘍の撮像等に用いられ、特に肝臓、腎臓、膵臓から選ばれる組織に対する診断や腫瘍の撮像等に有用に用いることができる。
【0057】
本発明に係る組織撮像用MRI造影剤は、MRIを用いた方法により組織や腫瘍の診断をすることが求められている哺乳動物に投与することができる。投与の対象となる哺乳動物としては、例えばヒトのほか、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ等の家畜、イヌ、ネコ等の愛玩動物、マウス、ラット、モルモット、ウサギ等の実験動物が挙げられるが、これらの動物に限定されるものではない。
【0058】
また、投与方法としては、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤もしくはシロップ剤等による経口投与や、注射剤、座剤もしくは点眼剤等、経肺剤型、経鼻投与剤型、経皮投与剤型等の非経口投与が挙げられる。さらに、投与に際し、必要に応じてかつ本発明の所期の効果を損なわない限りにおいて、医薬品等において一般的に用いられる、各種の油性又は水性成分、賦形剤、結合剤、崩壊剤、安定剤、矯味剤、増粘剤、防腐剤、酸化防止剤、界面活性剤香料、色剤、各種の薬剤等を配合することができる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0060】
<1.ラクトース含有ポリスチレンモノマーとメタアクリレートとの共重合体の合成>
(1)p-vinylbenzylamineの合成
potassium phthalimide (100 g)とp-vinylbenzyl chloride (80 g) をDMF(400 ml)に溶かし、50℃で4時間撹拌しカップリングさせた。その後、エバポレーターでDMFを除去し、残渣をクロロホルム 400 mlに溶かした。その溶液を1 N 水酸化ナトリウム水溶液と水を用いて分液,洗浄した後、エバポレーターで溶媒を除去し、生成物をメタノールで再結晶した。
【0061】
次に、得られたN-p-vinylbenzylphthalimide (55.2 g)をエタノールに溶かし、80 % hydrazine hydrate (19.8 g)をエタノールに溶かしたものを混合して撹拌した。90分間撹拌し、生じた沈殿物をろ過した。生成物は5 M水酸化カリウム水溶液に溶かし、クロロホルム100 mlで2回抽出した。有機層を飽和NaCl水溶液で洗浄し、硫酸マグネシウムを用いて脱水した。脱水後、エバポレーターによりクロロホルムを完全に除去してから、減圧下、110℃で蒸留を行い、p-vinylbenzylamineを合成した。以下に、p-vinylbenzylamineの合成方法の反応式を示す。
【0062】
【化5】
【0063】
(2)ラクトース水和物の活性化
ラクトース(12 g)を水(10 ml)に溶解させ、さらにメタノール(50 ml)を加えた。ナスフラスコ中でヨウ素(18 g)をメタノール(300 ml)で溶かし、この反応溶液に加えた。40℃で40分間反応させた後、水酸化カリウム(16 g)をメタノール(400 ml)に溶かして添加した。さらに40℃で20分間反応させた後、30分間氷浴した。メタノールで洗浄しながら吸引ろ過を行い、水(50 ml)に完全に溶解させた。メタノールを用いて再結晶化し、吸引ろ過した後、適量の水に溶解させた。イオン交換カラムに通し、酸性フラクションを採取した。エバポレーターで水を除去した後、減圧乾燥させ、ラクトースラクトンを得た。以下に、ラクトース水和物の活性化反応の反応式を示す。
【0064】
【化6】
【0065】
(3)p-vinylbenzyl-D-lactonamide(VLA)の合成
ナスフラスコ中において、合成したラクトースラクトン(7.26 g)をメタノール(100 ml)で溶かし、80℃で溶解させた。そこに、メタノールに溶解させたp‐Vinylbenzylamine(4.9 g)を加えた後、2時間還流した。吸引ろ過によって固体を除き、エバポレーターによって約1/3量に濃縮した。撹拌しながらアセトンを加え、結晶を析出させた後、生成物をメタノールで再結晶化した。吸引ろ過を行い、水に溶解させて凍結乾燥し、p-vinylbenzyl-D-lactonamide(以下、VLAとする。)を得た。以下に、VLAの合成方法の反応式を示す。
【0066】
【化7】
【0067】
(4)VLAのアセチル化
ナスフラスコ中の無水酢酸(300 ml)にVLA(68 g)を分散させて10分間撹拌し、ピリジン(100 ml)を加えて一昼夜撹拌した。氷水(1 L)を入れたビーカーに、この反応溶液を加えた後に、クロロホルム(200 ml)を加えて分液漏斗で10分間撹拌した。有機層を回収し、炭酸水素ナトリウム水溶液(200 ml)を加えて、pHが中性になるまで分液洗浄を行った。さらに飽和NaCl水溶液で洗浄し、有機層を硫酸マグネシウムで30分間脱水させた後、生成物をメタノールで再結晶化した。吸引ろ過した後、減圧乾燥させ、ラクトースの全末端ヒドロキシル基をアセチル化させたVLA(Ac-VLA)を合成した。以下に、VLAのアセチル化反応の反応式を示す。
【0068】
【化8】
【0069】
(5)poly(Ac-VLA-co-メタクリル酸エチル)の共重合
合成したAc-VLA(2 g)とメタクリル酸エチル(0.28 g)とをジオキサン(4 ml)に溶解させ、AIBN(0.4 g)を加えて65℃で2時間重合させた。エタノールで再沈澱した後、吸引ろ過して共重合体を得た。以下に、poly(Ac-VLA-co-メタクリル酸エチル)の共重合反応の反応式を示す。なお、得られたpoly(Ac-VLA-co-メタクリル酸エチル)の構造解析は、1H-NMR解析により行って目的物を確認した。
【0070】
【化9】
【0071】
(6)poly(VLA-co-methacrylic acid)(PVLA-mea)の合成
合成した共重合体をジオキサン(200 ml)に溶解させた後、5wt% ナトリウムメトキシド/メタノール(40 ml)を添加して、攪拌しながら40℃で1時間反応を続けた。吸引ろ過で集めた高分子を水に溶解させ、水で3日間透析した。最後に凍結乾燥を行い、poly(VLA-co-methacrylic acid)(以下、PVLA-meaとする。)を得た。以下に、poly(Ac-VLA-co-メタクリル酸エチル)の共重合反応の反応式を示す。得られたPVLA-meaの構造解析は、1H-NMR解析により行って目的物を確認した。また、PVLA-meaのカルボキシル基の導入に関しては、FT-IR解析を行って、カルボキシル基の導入を確認した。
【0072】
【化10】
【0073】
(7)PVMA-meaの合成
糖鎖を変更することは容易であり、例示として、マルトースを糖鎖として有するポリマーを示す。なお、糖鎖をマルトースとしたpoly(VMA-co-methacrylic acid)を以下ではPVMA-meaとする。
【0074】
PVMA-meaの合成方法は、PVLA-meaの合成方法と同様の方法によって合成することが可能であり、VLAの代わりにp-vinylbenzyl-D-maltonamide(VMA)を使用することによって合成した。以下に、合成したPVMA-meaの構造式を示す。得られたPVLA-meaの構造解析は、1H-NMR解析及びFT-IR解析により行って目的物を確認した。
【0075】
【化11】
【0076】
<2.PVLA-mea-SPIO複合体の合成及び物性の検討>
SPIOに結合するためのカルボキシル基を導入したPVLA-meaの合成が確認されたことから、SPIOを合成してPVLA-mea-SPIO複合体を作製するとともに、そのPVLA-mea-SPIO複合体がin vivoにおいて応用可能なMRI造影剤としての条件を満たしているかについて検討を行った。
【0077】
(1)SPIOの合成及びPVLA-mea-SPIO複合体の合成
(1−1)SPIOの合成
本合成において用いる純水はあらかじめ脱気し、窒素置換した。500 ml二口ナスフラスコ中のFeCl2・4H2O(3.255 g)とFeCl3・6H2O(1.197 g)を水(70 ml)に溶解した溶液に、28% アンモニア水(7 ml)を強く攪拌しながらゆっくり滴下した。350 rpmで3分間反応を続けた。その後、水で1回洗浄して、2 M HNO3(20 ml)を加えて分散させた。次に、0.35 M Fe(NO3) 3(30 ml)を加え、100℃、200 rpmで1時間還流を行った。室温に置き、SPIOを沈殿させた。デカンテーションによって上清を除去し、水(50 ml)中に分散させ、0.01 M HNO3で3日間透析することで、SPIOを合成した。
【0078】
(1−2)PVLA-mea-SPIO複合体の調製
0.5 mlの水に、合成したPVLA-meaを所定量溶解させた。SPIO分散水溶液(SPIO 1 mg分)をアンモニア水によりpH7に調整した後、PVLA-mea水溶液に加えて15分静置した。2回の遠心(15分、4℃、15000 rpm)を行った後、洗浄によってSPIOに結合していないポリマーを取り除いて、PVLA-mea-SPIOを作製した。
【0079】
(2)カルボキシル基導入糖鎖含有高分子PVLA-meaとSPIOとの結合力に関する検討
新規合成したカルボキシル基導入糖鎖含有高分子PVLA-meaとSPIOとの結合力について調べるために、SPIOに結合した高分子量を測定した。
【0080】
(2−1)Rhodamine isothiocyanate(RITC)によるPVLA-meaの蛍光修飾
PVLA-mea(0.2 g)にDMSO(2 ml)を加え、60℃で溶解させた。この溶液にピリジンを数滴添加し、次にジラウリン酸ジブチルスズ(IV)(5 mg)を加え、最後にRITC(2 mg)を添加して、80℃で1時間反応させた。エタノールで再沈殿した後、水に溶解させて凍結乾燥した。再び水(1 ml)に溶解させ、溶液をPD-10カラム(GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社製)に通し、未反応のRITCを除去した。得られたフラクションを凍結乾燥させ、RITC-PVLA-meaを得た。
【0081】
(2−2)PVLA-mea-SPIO複合体の高分子量測定によるPVLA-meaとSPIOとの結合力の検討
生成したRITC-PVLA-meaを用いて、上述した方法によってSPIO複合体を作製した。その際、遠心分離とその後の上清除去によって取り除いた、SPIOに結合されていないRITC-PVLA-mea溶液の蛍光強度を、分光蛍光強度計(F-2500 株式会社日立ハイテクノロジーズ製)を用いて測定し、検量線を作成してSPIOと結合しているRITC-PVLA-meaの質量を計算した。表1に、PVLA-mea-SPIO複合体の高分子量測定に基づく、SPIOとPVLA-mea複合体との結合力を検討した結果を示す。
【0082】
【表1】
【0083】
表1に示されるように、PVLA-meaとSPIOの結合率は非常に高く、ほとんどの高分子がSPIOに結合していることがわかる。
【0084】
(3)PVLA-meaの被覆によるSPIOの凝集抑制効果の検討
SPIO単独では、生体環境(高塩濃度、高タンパク質)下でSPIO同士の凝集及びタンパク質の吸着が生じる。そのため、高分子による被覆が必要とされる。新規合成したPVLA-meaの被覆による、SPIOの高塩濃度での凝集抑制効果を粒径測定によって検討した。
【0085】
PVLA-mea添加量を0.5〜4 mgの各質量に調整し、上述した方法でPVLA-mea-SPIOを作製した。その後、各溶液を水、又は疑似体液としてのリン酸塩緩衝溶液(PBS(−))に分散した。PVLA-mea添加量を変化させ、疑似体液(PBS(−))中の粒径を測定することで、凝集阻害に最低限必要とされる高分子量の検討を行った。また、濃厚系粒径アナライザー(FPAR-1000 大塚電子株式会社製)を用いて、動的光散乱法(DLS)による粒径測定を行った。
【0086】
図2に、凝集阻害に最低限必要とされる高分子量の検討についての測定結果を示し、図3に、PVLA-mea(4)-SPIO複合体の動的光散乱(DLS)測定結果を示す。なお、図3(A)はDLS測定によるPVLA-mea(4)-SPIO複合体のH2O中における粒径分布を示し、(B)はDLS測定によるPVLA-mea(4)-SPIO複合体のPBS中における粒径分布を示す。
【0087】
図2に示されるように、SPIO 1 mgに対して、PVLA-meaが2〜4 mg程度被覆されることによって、塩溶液中でのSPIO同士の凝集を抑制できることが確認された。なお、PVLA-meaが2〜4 mg程度被覆したときのPVLA-mea(4)-SPIO複合体の粒径は、水中で 49.7 ± 4.6 nm であり、PBS(−)中で 50.8 ± 1.8 mg であった。
【0088】
また、図3の分布図に示されるように、粒径測定の結果からPVLA-mea-SPIO複合体が単分散微粒子であることを確認することができた。
【0089】
次に、PVLA-mea被覆による凝集抑制効果を比較するため、同様の方法で、カルボキシル基の存在していないPVLA、及び2つのカルボキシル基を近位にもつ下記構造式に示すPVLA-MAで合成したSPIO複合体(PVLA-SPIO複合体、及びPVLA-MA-SPIO複合体)についての粒径測定を行った。図4に、粒径測定の結果を示す。図4(A)はPVLA-SPIO複合体の粒径測定結果であり、(B)はPVLA-MA-SPIO複合体の粒径測定結果を示す。
【0090】
【化12】
【0091】
図4(A)に示されるように、カルボキシル基を持たないPVLAで被覆した場合では、図2で示されたPVLA-meaと比較して少量の被覆で、PBS中での凝集を抑えることができた。しかしながら、被覆量を多くしても、粒径は100 nm以下にならなかった。この結果から、PVLAは、SPIOとの結合部位を持たないために、緩やかに表面を被覆していると推測される。臨床応用を考えると、より粒径の小さいPVLA-meaが適していると示唆される。
【0092】
一方で、図4(B)に示されるように、2つのカルボキシル基を近位にもつPVLA-MAで被覆を行った場合では、SPIOとの結合部位が多いことから、PVLA-meaより結合力が強く、より少量の被覆で粒径制御が可能であると期待したが、PVLAやPVLA-meaでの被覆に比べて粒径が非常に大きくなった。これは、PVLA-MA中のSPIOと結合していないカルボキシル基が、水中の金属イオンをキレートし、SPIO粒子同士が結合したためであると考えられる。
【0093】
図2乃至4に示したように、これらの3つの高分子を比較した結果、メタクリル酸を共重合したPVLA-meaが、SPIOを被覆するのに最も適していることが示された。
【0094】
次に、PVLA-meaの共重合比を変化させた場合の粒径測定を同様に行った。表2に粒径測定結果を示す。
【0095】
【表2】
【0096】
表2に示すように、被覆するPVLA-meaの組成比(共重合比)を変化させた場合においても、それぞれの粒径の変化は認められなかった。
【0097】
以上の結果より、SPIOとの安定的相互作用も考慮すると、共重合比を5:5で重合したPVLA-meaを、4 mg添加して作製したPVLA-mea(4)-SPIO複合体は、生体内の高塩濃度下において、SPIO同士の凝集を抑制し、また複合体は50nmというナノサイズを維持することができることが示された。
【0098】
(4)PVLA-mea-SPIO複合体の緩和度
上述のようにして作製したPVLA-mea-SPIO複合体が、MRI造影剤としての性能を有するか否かについて検討するために、緩和度の測定を行った。
【0099】
(4−1)PVLA-mea-SPIO複合体中の全鉄量測定
上述した方法で、PVLA-meaを4 mg添加してPVLA-mea-SPIO複合体を合成した(以下、PVLA-mea(4)-SPIO複合体と称す。)。まず、PVLA-mea(4)-SPIO複合体を用い、ο‐フェンナントロリン比色法を用いた水質測定用試薬セット(共立理化学研究所製)を利用して、サンプル中の全鉄量を測定した。
【0100】
PVLA-mea-SPIO複合体の鉄濃度について、PVLA-mea(4)-SPIO複合体中の全鉄量の平均値、標準偏差を計算したところ、0.102 ± 0.002 mg(n=3)であり、収率は約14%であった。
【0101】
(4−2)PVLA-mea-SPIO複合体の緩和度測定
MRI造影剤が、水溶液・組織のT1・T2を短縮する効果を評価する指標が緩和度であり、造影剤としての性能を評価するのに一般的に用いられる。緩和度Rは、以下のような数式から求められる。
【0102】
【数1】
【0103】
実験用MRIシステム(4.7 T、200 MHz,Varian UNITY INOVA社製)を用いてPVLA-mea(4)-SPIO複合体水溶液の各濃度での緩和時間を計測し、上で計算した鉄含有量に基づいて緩和度を算出した。表3に、緩和度測定の結果を示す。
【0104】
【表3】
【0105】
表3に示されるように、現在、主に臨床応用されるT2造影剤であるリゾビスト(登録商標)(バイエル薬品株式会社)と比較して、PVLA-mea(4)-SPIO複合体は約1.7倍高いMRI造影剤としての性能を示し、MRI造影剤として高い有用性があることがわかった。
【0106】
<3.PVLA-mea-SPIO複合体のin vitro系機能評価>
上述のように、MRI造影剤として高い有用性が確認されたPVLA-mea‐SPIO複合体について、このPVLA-mea‐SPIO複合体を細胞に添加してin vitroにおける肝細胞認識性の有無の検討を行った。
【0107】
血液中に存在する通常の糖タンパク質は、古くなり寿命が尽きるとともに、アンテナ糖側鎖の最先端に位置するシアル酸が切れ、前末端基のガラクトースが露出したアシアロ糖タンパク質となる。肝細胞表面上に特異的に存在するアシアロ糖タンパク質レセプター(ASGP-R)は、その末端構造の変化を識別しながら取り込み、細胞内で消化する機能をもつ。PVLAは、この機能を利用して、高分子中のガラクトース残基がASGP-Rに結合することによって、高い肝細胞特異性を有していることが明らかになっている。
【0108】
本実施例で合成したPVLA-mea‐SPIO複合体が、PVLAと同様の肝細胞特異性を保持しているかどうかについて検討した。
【0109】
(1)細胞種によるPVLA-mea-SPIO複合体の細胞内取り込みの検討
まず、RITCで蛍光ラベル化したPVLA-mea-SPIO複合体の肝細胞特異性を評価するために、各種細胞による取り込みを比較した。
【0110】
PVLA-mea-SPIO複合体は、ガラクトースを含有するため、ASGP-Rに特異的に結合すると推測される。この特異的取り込みの評価のために、ASGP-Rを発現している細胞としてヒト肝ガン細胞であるHepG2を用いた。比較として、ASGP-Rを発現していない繊維芽細胞NIH3T3を用いて、各種の細胞とPVLA-mea-SPIO複合体との相互作用を蛍光観察によって評価した。
【0111】
前日に組織培養用24 wellプレート(株式会社イワキ製)に、各種細胞を10,000 cells/wellになるように播種し、10%のFBSを添加した液体DMEMを用いて37℃、5%CO2雰囲気下で一晩培養した。翌日、上述と同様にして作製したRITC-PVLA-mea-SPIO複合体(10 mg Fe/mlを50 μl/well)をPBS(450 μl/well)に添加した後、培地除去後の細胞に投与した。この後、37℃、5% CO2雰囲気下で30分間培養した。培養後、PBS(−)を用いて細胞を3回洗浄して複合体を除去した後、蛍光観察を行った。
【0112】
図5に、細胞とPVLA-mea-SPIO複合体とを相互作用させた蛍光写真の結果を示す。図5(A)はHepG2に対するRITC-PVLA-mea-SPIO複合体添加30分後の蛍光写真図であり、(B)はNIH3T3に対するRITC-PVLA-mea-SPIO複合体添加30分後の蛍光写真図である。
【0113】
図5(A)に示されるように、RITC-PVLA-mea-SPIO複合体は、ヒト肝ガン細胞であるHepG2と相互作用していることが確認できた。一方で、図5(B)に示すように、繊維芽細胞NIH3T3に対しては、RITC-PVLA-mea-SPIO複合体による相互作用はほとんど確認されなかった。この結果から、PVLA-mea-SPIO複合体は、ASGP-Rを発現する肝細胞に特異的に取り込まれることがわかった。
【0114】
(2)ASGP-R依存的取り込みの検討
次に、PVLA-mea-SPIO複合体と肝細胞との相互作用が、ASGP-R依存的であるかどうかについて検討するため、ASGP-Rに結合する阻害剤としてアシアロフェツインを予め添加し、PVLA-mea-SPIO複合体と肝細胞との相互作用を蛍光観察によって評価した。
【0115】
ASGP-Rは、アシアロ糖タンパク質に高い親和性を有しており、特にアシアロフェツインは、肝細胞認識材料とASGP-Rに対する競争阻害を検討する方法として用いられてきた。Letuinらは、1×10-5 Mの125Iラベル化アシアロオルソムコイドに対する50%阻害濃度は、フェツインの場合は5.8×10-5 Mに対し、アシアロフェツインでは9.8×10-10 Mであると報告している。したがって、アシアロフェツインは、ASGP-Rに対して非常に特異的なリガンドであり、競争的に相互作用させた場合、ほとんどのアシアロ糖タンパク質の相互作用を抑えることが知られている(W.E. Pricer, G. Ashwell. “The Binding of Desialylated Glycoproteins by Plasma Membranes of Rat Liver” Journal of Biological Chemistry,246,4825-4833(1971)、L. Van Lenten, G. Ashwell. “The Binding of Desialylated Glycoproteins by Plasma Membranes of Rat Liver .DEVELOPMENT OF A QUANTITATIVE INHIBITION ASSAY” Journal of Biological Chemistry,247,4633-4649(1972)参照。)。
【0116】
前日に組織培養用24 wellプレートに、各種細胞を10,000 cells/wellになるように播種し、10%のFBSを添加した液体DMEMを用いて37℃、5% CO2雰囲気下で一晩培養した。その後、PBSで洗浄し、アシアロフェツインを各濃度加えたPBS(500 μl/well)に交換し、10分後に上述した方法と同様にして作製したRITC-PVLA-mea-SPIO複合体(20 mg Fe/mlを50 μl/well)をPBS(450 μl/well)に添加した。この後、37℃、5% CO2雰囲気下で30分間培養し細胞内導入を行った。培養後PBS(−)を用いて細胞を3回洗浄して複合体を除去した後、蛍光観察を行った。
【0117】
図6に、アシアロフェツイン添加による競合阻害実験の蛍光写真の結果を示す。図6(A)はアシアロフェツイン無添加の蛍光写真図であり、(B)は上からアシアロフェツイン1.5、3.0、6.0mg/ml添加後の蛍光写真図である。
【0118】
図6(A)及び(B)に示されるように、アシアロフェツインを競合阻害剤として用いた場合、PVLA-mea-SPIO複合体の細胞取り込みは明らかに減少する結果となった。さらに、アシアロフェツインの阻害効果は濃度依存的に増大することがわかった。
【0119】
この結果から、PVLA-mea-SPIO複合体と肝細胞との相互作用は、ASGP-R依存的であることが示唆された。
【0120】
(3)糖鎖の種類によるPVLA-mea-SPIO複合体の細胞内取り込みの検討
次に、特異的な細胞取り込みが、肝細胞上のASGP-Rに結合するガラクトースに由来するものであることを確認するために、ガラクトースを含有したRITC-PVLA-mea-SPIO複合体と、グルコースを含有したRITC-PVMA-mea-SPIO複合体を、それぞれヒト肝ガン細胞であるHepG2に添加して、相互作用を蛍光観察することによって評価した。
【0121】
前日に組織培養用24 wellプレートに、各種細胞を10,000 cells/wellになるように播種し、10%のFBSを添加した液体DMEMを用いて37℃、5% CO2雰囲気下で一晩培養した。その後、合成したRITC-PVLA-meaとRITC-PVMA-meaの蛍光強度を測定し、それぞれの蛍光強度が等しくなるようにラベル化前の高分子を用いて調整した後に、上述した方法と同様にして作製したSPIO複合体(10 mg Fe/mlを50 μl/well)をPBS(450 μl/well)に添加した後、培地除去後の細胞に添加した。この後、37℃、5% CO2雰囲気下で30分間培養した。培養後PBS(−)を用いて細胞を3回洗浄して複合体を除去した後、蛍光観察を行った。
【0122】
図7に、蛍光写真の結果を示す。図7(A)はPVLA-mea-SPIO複合体についての蛍光写真図であり、(B)はPVMA-mea-SPIO複合体についての蛍光写真図である。
【0123】
図7(A)及び(B)に示されるように、ガラクトース含有高分子であるPVLA-mea-SPIO複合体では、グルコース含有高分子であるPVMA-mea-SPIO複合体と比較して、強く相互作用していることが確認できた。
【0124】
この結果から、PVLA-mea-SPIO複合体は、in vitroにおいて、ガラクトースを認識するASGP-Rを介して特異的に取り込まれることが示唆された。
【0125】
(4)PVLA-mea-SPIO複合体の細胞毒性の検討
本実施例で新規に合成開発したPVLA-mea-SPIO複合体は、上述の検討結果からわかるように組織集積性が高く、従来のMRI造影剤と比較して体内滞在時間が長くなると予想される。そのため、in vivoに応用するにあたって、PVLA-mea-SPIO複合体の生体適合性について評価した。
【0126】
乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)は、細胞死によって細胞外の漏出してくる酵素の一種である。PVLA-mea-SPIO複合体の細胞毒性を評価するため、複合体添加後のヒト肝癌細胞からのLDH漏出の検討を行った。
【0127】
前日に組織培養用24 wellプレートに、各種細胞を10,000 cells/wellになるように播種し、10%のFBSを添加した液体DMEMを用いて37℃、5% CO2雰囲気下で一晩培養した。その後、上述した方法と同様に作製したPVLA-mea-SPIO複合体の各濃度をDMEM(1 ml/well)に添加した後、培地除去後の細胞に投与した。この後37℃、5% CO2雰囲気下で4時間培養した。培養後、上清を0.2 mlずつ回収し、細胞を取り除くために遠心した(3000 rpm、2 min、4℃)。遠心後、上清を50 μlずつ回収し、cytotox96 Non-radioactive cytotoxicity assayキット(プロメガ株式会社製)を用いて、LDHの漏出量を算出した。100%セルライシスとして、無添加で培養した細胞を凍結融解の繰り返しによって破壊し、漏出したLDH量を測定した。図8に、LDH量の測定結果を示す。
【0128】
上で評価したPVLA-mea-SPIO複合体の緩和度と、リゾビストの最適投与量から計算すると、PVLA-mea-SPIO複合体の投与必要量は5 μmol Fe/Kgである。ヒトの血液量は体重の約10%であるため、投与後の血中濃度は0.05 μmol Fe/mlと計算できる。そして、図8に示されるように、5 μmol Fe/mlという100倍高濃度のサンプルでも、LDHの漏出はほとんど観察されなかった。
【0129】
この結果から、PVLA-mea-SPIO複合体は、毒性が低く、高い生体適合性を有していると判断できる。
【0130】
<4.PVLA-mea-SPIO複合体のin vivo系機能評価>
SPIOはT2造影剤であり、PVLA-mea-SPIO複合体が取り込まれた組織はT2強調撮像図上で低輝度に表示されるため、SNR値は造影剤の集積量依存的に低下する。ここでは、PVLA-mea-SPIO複合体をマウスに投与し、MRI撮影を行うことによって、MRI造影剤としての有用性を検討するとともに、SNR値を測定して組織集積性について検討した。
【0131】
(1)毒性評価
造影剤の多くは、しばしば毒性が高く、本来の一時的投与以外では生体に傷害を与える可能性があるものがある。本実施例で合成したPVLA-mea-SPIO複合体は、全くの新規物質であるため、生体MRI造影に先立ち、まず生体内におけるPVLA-mea‐SPIO複合体の毒性を、単回投与毒性試験により評価した。
【0132】
評価は、PBS(−)を用いてPVLA-mea-SPIO複合体を分散させた溶液を調整し、ICRマウス(10週齢、雌)に20 μmol Fe/Kgになるように尾静脈投与し、24、48、72時間後に運動機能の低下、呼吸状態、下痢等の一般状態を観察して行った。表4に、単回投与毒性試験の評価結果を示す。
【0133】
【表4】
【0134】
表4に示されるように、PVLA-mea‐SPIO複合体は急性毒性を全く示さないことを確認することができた。また、72時間経過後においても、毒性とおぼしき症状は見られていないことから、PVLA-mea-SPIO複合体は、in vivoにおいて毒性は無く、高い生体適合性を有していると判断できる。
【0135】
(2)糖鎖含有高分子‐SPIO複合体投与後のマウスMRI撮像
PVLA-mea-SPIO複合体のin vivoにおける挙動を検討するため、ICRマウス(10週齢、雄)を用い、イソフルラン呼気麻酔下で、通常状態のMRI画像、並びにPVLA-mea-SPIO複合体を5 μmol Fe/Kg投与直後、及び10、20、30分後のMRI画像を撮影した。SPIOはT2造影剤であり、PVLA-mea-SPIO複合体が取り込まれた組織はT2強度撮像図上で低輝度に表れ、またSNR値は、造影剤の集積量依存的に低下する。したがって、このことを基に、PVLA-mea-SPIO複合体のin vivoにおける挙動を検討した。
【0136】
MRI画像の撮影は、実験用MRIシステム(4.7 T、200 MHz,Varian UNITY INOVA社製)を用い、スピンエコー法によりT2強調画像(Tr=1100 msec、Te=20 msec、Thickness=2.0 mm、NEX=4)の撮影を行った。また、後述するPVMA-mea-SPIO複合体を投与した場合での撮像も同様にして行った。図9に、PVLA-mea-SPIO複合体を投与して撮影した、T2強調MRI画像を示す。図9(A)はPVLA-mea-SPIO複合体投与前(通常状態)のMRI画像であり、(B)は左から、PVLA-mea‐SPIO複合体投与直後、投与10分後、投与20分後、投与30分後のMRI画像である。
【0137】
図9(A)及び(B)に示されるように、肝臓部分の信号強度がその他の臓器と比較して低下しており、PVLA-mea-SPIO複合体が生体内において肝臓に特異的に集積することが確認できた。
【0138】
また、肝臓への集積をさらに詳しく検討するため、PVLA-mea-SPIO複合体とPVMA-mea-SPIO複合体とをそれぞれマウスに尾静脈投与し、まず肝臓全体のSignal to Noise ratio(SNR比)を計算して、両者の肝臓への取り込み量を比較した。上述したように、SPIOは、T2強調MRI画像上で低い信号強度を示すため、肝臓のSNR値は複合体の集積量依存的に低下する。SNR値は、以下の数式で表わされる代表的なSNR測定法の一つである空中雑音法で算出した。
【0139】
【数2】
【0140】
なお、異なる造影剤及び異なる個体での比較を行うために、造影剤投与前のSNR値をcontrolとして1に設定し、SNR値の相対値であるrSNR値を計算した。図10に、肝臓全体のrSNR値(means±S.D. n=3)を比較した結果を示す。
【0141】
PVLA-mea-SPIO複合体とPVMA-mea-SPIO複合体とでは異なる挙動を示すと予想されたが、図10に示されるように、その予想に反して、2種類のMRI造影剤は略同様の挙動を示し、肝臓への集積が確認された。すなわち、造影剤は投与後すぐに肝臓へ集積し、30分後までrSNR値の変化が小さいことから、肝臓内部に留まっていたものと考えられる。このように、肝臓全体のrSNR値については、両者の造影剤に違いは認められなかった。そこで、より詳細に解析するため、以下のMRI撮像を行い、結果を比較した。
【0142】
すなわち、PVLA-mea-SPIO複合体とPVMA-mea-SPIO複合体とをそれぞれマウスの尾静脈投与し、マウスの投与前、投与直後、投与10分後、投与20分後、投与30分後のそれぞれにおけるT2強調MRI画像を撮影して、肝臓への集積を検討した。
【0143】
PVLA-mea-SPIO複合体は、ASGP-Rを発現する肝実質細胞に特異的に取り込まれると考えられ、それに対してPVMA-mea-SPIO複合体は、肝細胞に特異性を持たないため、肝臓への集積が少ないと予想された。図11に、MRI撮像図を示す。図11(A)は上からPVLA-mea-SPIO複合体の投与前、投与直後、投与10分後、投与20分後、投与30分後のMRI撮像図であり、(B)は上からPVMA-mea-SPIO複合体の投与前、投与直後、投与10分後、投与20分後、投与30分後のMRI撮像図である。
【0144】
図11のMRI撮像図に示されるように、PVMA-mea-SPIO複合体を投与した図11(B)に示すMRI撮像図では、肝臓全体が低輝度になっているのに対し、PVLA-mea-SPIO複合体を投与した図11(A)に示すMRI撮像図では、肝臓内の数カ所に明輝度を示す部分が存在した。
【0145】
この図10及び11に示された2つの結果から、PVMA-mea-SPIO複合体は、非実質細胞と実質細胞の両方に取り込まれているものと推測される。すなわち、PVMA-mea-SPIO複合体は、肝細胞に少量ながら取り込まれ、同時に、その粒径から、異物としてクッパー細胞に貪食されたために肝臓全体が低輝度を示したと考えられる。これに対し、PVLA-mea-SPIO複合体では、肝実質細胞のみに素早く大量に取り込まれるため、造影剤の存在しない非実質細胞の部分のみが明輝度を示したと推測できる。
【0146】
また、図11(A)に示されるMRI撮像図から、PVLA-mea-SPIO複合体の投与30分後においても、低輝度部分と明輝度部分が高いコントラストで確認されたことから、PVLA-mea-SPIO複合体は、高い血中安定性と血中滞留性を備えていると結論づけることができる。
【0147】
(3)ASGP-R依存的取り込みの検討
PVLA-mea-SPIO複合体は、ガラクトースを含有するため、アシアロ糖タンパク質レセプター(ASGP-R)に特異的に結合することが期待され、上述したように、in vitroにおいてASGP-R依存的に肝細胞特異的に取り込まれることを確認した。このため、in vivoにおいても、クッパー細胞に貪食されるのではなく、ASGP-R依存的に肝実質細胞に集積されると予想される。
【0148】
しかしながら、その粒径から細網内皮系(reticuloendothelial system:RES)の機能を利用して非実質細胞の一つであるクッパー細胞に貪食される可能性も存在している。すなわち、肝臓の非実質細胞の一つであるクッパー細胞は、体内の細網内皮系細胞の約90%を占め、血液中の異物を貪食作用により取り込む。そして、粒径10〜1000 nm程度の粒子は、クッパー細胞に貪食されることが知られている。このため、本実施例において合成したPVLA-mea-SPIO複合体においても、50 nmという粒径であることから、クッパー細胞に取り込まれる可能性がある。
【0149】
そこで、PVLA-mea-SPIO複合体の肝臓への集積が、in vivoにおいてもASGP-Rによって生じているのかを検討するため、ASGP-Rに結合する拮抗的阻害剤を前投与することによって、肝臓への取り込みを比較した。
【0150】
MRI造影剤投与30分前に、拮抗的取り込み阻害剤として、PVLA-meaとPVMA-meaをPBS(−)に分散させた溶液をマウスに対し120 mg/Kgになるように大量に前投与した。その後、PVLA-mea-SPIO複合体を5 μmol Fe/Kgとなるように投与し、MRI撮像を行って、rSNR値を計算した。前投与したPVLA-meaをASGP-Rと予め結合させることで、MRI造影剤の肝臓への集積が肝実質細胞のASGP-R依存的である場合には、集積が阻害されると予想した。比較として、グルコース含有高分子であるPVMA-meaの前投与も、同様にして行った。図12に、結果を示す。
【0151】
図12に示されるように、PVMA-meaを前投与した場合では、図5に示されるPVMA-meaを投与しなかった場合と同様に、rSNR値が低下した。これに対して、PVLA-meaを前投与した場合では、信号強度はほとんど低下しなかった。
【0152】
この結果より、PVLA-mea-SPIO複合体は、クッパー細胞に貪食されるのではなく、そのほとんどがASGP-Rを介して肝実質細胞に取り込まれることが示唆された。また、全投与したPVLA-meaの投与後30分間は、PVLA-meaと肝細胞の相互作用が維持されていることが推測できる。さらに、造影阻害は40分後まで維持されていることから、PVLA-meaの投与後1時間以上は肝細胞とPVLA-meaの相互作用は維持されることがわかった。
【0153】
次に、同様の阻害剤による阻害実験を、PVMA-mea-SPIO複合体投与を対象にして行った。PVMA-mea-SPIO複合体が、PVLA-mea-SPIO複合体と同様にASGP-R依存的に取り込まれる場合、PVLA-meaを前投与した場合にのみ、取り込みの阻害が起こると考えられる。図13に結果を示す。
【0154】
図13に示されるように、PVLA-meaを前投与した場合でも、PVMA-meaを前投与した場合でも、rSNR値に違いはなかった。
【0155】
この結果から、PVMA-mea-SPIO複合体は、PVLA-mea-SPIO複合体とは異なり、ASGP-R非依存的に肝臓に取り込まれていると推測できる。これらの取り込みは、PVMA-mea-SPIO複合体の粒径から、クッパー細胞による貪食であると推測される。また、高分子を前投与しても投与前後のSNR値がほとんど影響を受けていないことから、PVMA-mea-SPIO複合体が肝細胞や肝細胞の周辺細胞と相互作用するものの、その相互作用が速やかに解消している可能性が示唆される。
【0156】
以上の阻害剤による阻害実験結果より、PVLA-mea-SPIO複合体の取り込みとPVMA-mea-SPIO複合体の取り込みとは、全く依存性が無く、別の取り込み機構であることが示唆された。
【0157】
<5.PVLA-mea-SPIO複合体の評価>
以上説明したように、新規に合成・開発したPVLA-mea-SPIO複合体は、高い血中安定性と血中滞留性を示し、生体内においてASGP-Rを介して肝実質細胞特異的に集積され、MRI造影剤として肝臓とその他の組織との間に大きなコントラストを付与することが示された。
【0158】
このMRI造影剤のレセプターであるASGP-Rは、肝癌細胞において発現が減少することが知られており、PVLA-mea-SPIO複合体が通常の肝細胞に、より多く集積されることによって、通常組織と癌組織の間にMRI画像上のコントラストを付与することができる。
【0159】
特に、高分化型肝細胞癌はクッパー細胞を含有しているため、例えば既存の肝特異的MRI造影剤であるリゾビストでは、正常組織との鑑別が不可能であった。それに対し、このような異なる集積挙動を持ち、高い組織集積性を有するPVLA-mea-SPIO複合体を用いることによって、従来のMRI造影剤では診断が困難であった初期の肝細胞癌である高分化型の造影が可能になる。
【0160】
また、この糖鎖高分子-SPIO複合体を用いることによって、肝癌を診断する他にも様々な知見を得ることができる。具体的には、新規に合成した糖鎖高分子PVLA-meaは、SPIOと結合するためにカルボキシル基が導入されており、このカルボキシル基の一部分に、医用的機能を発揮する生理活性物質、薬剤、DNA等を結合させることができる。これにより、上述した合成方法を応用して薬剤結合型のMRI造影剤を容易に合成することができる。
【0161】
また、この薬物結合型のMRI造影剤は、病態の診断や評価に加え、治療薬を同時に運搬することが可能となる。さらに治療後には、薬物動態と標的組織での濃度を、MRIにて可視化することができ、薬剤デリバリーと治療予測効果を同一の計測システムで実施することができる。このような、標的化された薬剤結合型MRI造影剤は、薬物治療の安全性を高めるともに、疾患に対する薬剤投与量の最適化等、生物医学研究及び臨床医薬に大きな進展をもたらすものである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で表面修飾した超常磁性酸化鉄(Superparamagnetic iron oxide:SPIO)粒子を含む組織撮像用MRI造影剤。
【請求項2】
上記糖鎖含有モノマーの末端糖鎖が、ガラクトース、グルコース、マンノース、フコース、アセチルグルコサミン、アセチルガラクトサミンからなる群から選ばれる少なくとも1つである請求項1記載の組織撮像用MRI造影剤。
【請求項3】
上記糖鎖含有モノマーの糖鎖が、キチン、キトサン、セルロース、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、アルギン酸及びそれらのオリゴマーからなる群から選ばれる少なくとも1つである請求項2記載の組織撮像用MRI造影剤。
【請求項4】
上記アニオンモノマーが、カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸、リンゴ酸、メタクリル酸、マレイン酸、ビニル安息香酸及びアクリル酸を有するモノマーからなる群から選ばれる少なくとも1つである請求項1乃至3の何れか1項記載の組織撮像用MRI造影剤。
【請求項5】
上記カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸が、アスパラギン酸又はグルタミン酸である請求項4記載の組織撮像用MRI造影剤。
【請求項6】
上記共重合体が、下記一般式(1)で示されるものである請求項5記載の組織撮像用MRI造影剤。
【化1】
〔上記(I)式中、mは5〜20000の整数を表し、nは2〜5000の整数を表す。Rは水素基、メチル基又はエチル基を表し、R'は水酸基又はカルボニル基を表す。xは0〜20の整数を表す。Aは下記式(II)で表される。
【化2】
上記(II)式中、Bは水酸基、アミノ基又はアセチルアミノ基を表し、Gはエーテル結合したガラクトース、グルコース、マンノース、フコース、アセチルガラクトサミン、アセチルグルコサミン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸、アルギン酸、コンドロイチン硫酸又はそれらのオリゴ糖を表す。〕
【請求項7】
組織が、血管、気管、心臓、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1乃至6の何れか1項記載の組織撮像用MRI造影剤。
【請求項1】
糖鎖含有モノマーとアニオンモノマーとの共重合体で表面修飾した超常磁性酸化鉄(Superparamagnetic iron oxide:SPIO)粒子を含む組織撮像用MRI造影剤。
【請求項2】
上記糖鎖含有モノマーの末端糖鎖が、ガラクトース、グルコース、マンノース、フコース、アセチルグルコサミン、アセチルガラクトサミンからなる群から選ばれる少なくとも1つである請求項1記載の組織撮像用MRI造影剤。
【請求項3】
上記糖鎖含有モノマーの糖鎖が、キチン、キトサン、セルロース、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、アルギン酸及びそれらのオリゴマーからなる群から選ばれる少なくとも1つである請求項2記載の組織撮像用MRI造影剤。
【請求項4】
上記アニオンモノマーが、カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸、リンゴ酸、メタクリル酸、マレイン酸、ビニル安息香酸及びアクリル酸を有するモノマーからなる群から選ばれる少なくとも1つである請求項1乃至3の何れか1項記載の組織撮像用MRI造影剤。
【請求項5】
上記カルボン酸を側鎖にもつアミノ酸が、アスパラギン酸又はグルタミン酸である請求項4記載の組織撮像用MRI造影剤。
【請求項6】
上記共重合体が、下記一般式(1)で示されるものである請求項5記載の組織撮像用MRI造影剤。
【化1】
〔上記(I)式中、mは5〜20000の整数を表し、nは2〜5000の整数を表す。Rは水素基、メチル基又はエチル基を表し、R'は水酸基又はカルボニル基を表す。xは0〜20の整数を表す。Aは下記式(II)で表される。
【化2】
上記(II)式中、Bは水酸基、アミノ基又はアセチルアミノ基を表し、Gはエーテル結合したガラクトース、グルコース、マンノース、フコース、アセチルガラクトサミン、アセチルグルコサミン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸、アルギン酸、コンドロイチン硫酸又はそれらのオリゴ糖を表す。〕
【請求項7】
組織が、血管、気管、心臓、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1乃至6の何れか1項記載の組織撮像用MRI造影剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2010−208979(P2010−208979A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−55656(P2009−55656)
【出願日】平成21年3月9日(2009.3.9)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(503368373)有限会社セラジックス (4)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月9日(2009.3.9)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(503368373)有限会社セラジックス (4)
【Fターム(参考)】
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