説明

老人性肺炎の発症リスクを予測するデータ収集方法ならびに装置

【課題】 老人性肺炎は、日本の社会環境の変化、高齢化と共に増加しているが、その発症リスクを予測することは難しかった。
【解決手段】本発明は、老人性肺炎の発症要因であるヘムオキシゲナーゼ-1をコードする遺伝子の上流に位置するGT反復配列の反復回数を測定することによって、被験者が老人性肺炎を発症するリスクを予測するデータを収集する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、老人性肺炎の発症リスクを予測するデータを収集する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
老人性肺炎は、日本の社会環境の変化、高齢化と共に増加しており、高齢者肺炎は若年者の肺炎と異なり、抗生物質の進歩した現在においても死亡率が高いため、老人性肺炎の発症要因と予防法の解明は緊急を要している。
【0003】
脳血管障害は老人性肺炎の主要なリスクファクターとされているが、老人性肺炎の発症には、喫煙などの環境因子や高脂血症などの合併症、動脈硬化を引き起こしやすい遺伝因子が関与していると推定される。
【0004】
老人性肺炎の病因としては、アンジオテンシン変換酵素の遺伝子多型性が報告されている。
【0005】
しかし、これらの遺伝子多型性は老人性肺炎の10%程度にしか該当者がいないため、少なくとも日本ではアンジオテンシン変換酵素の遺伝子多型性が老人性肺炎の主要な病因であるとは解し難い。老人性肺炎に深くかかわる脳血管障害の発症には活性酸素が関与するため、抗酸化酵素の活性が老人性肺炎の発症に関与すると考えられている。しかし、活性酸素を不活性化する抗酸化酵素の遺伝子多型性と老人性肺炎との関係は不明であった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、老人性肺炎の発症要因であるヘムオキシゲナーゼ-1をコードする遺伝子の上流に位置するGT反復配列の反復回数を測定することによって、被験者が老人性肺炎を発症するリスクを予測するデータを収集する方法に関する。さらに、本発明は、ヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子のGT反復配列の反復回数を測定することによって、被験者が老人性肺炎を発症するリスクを予測するための装置にも関する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、被験者が老人性肺炎を発症するリスクを予測するデータを収集する方法であって、(a)ヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の上流に位置するGT反復配列を含有する試料を前記被験者から準備する工程と、(b)前記試料中の前記GT反復配列の反復回数を決定する工程と、(c)反復回数が33回以上であれば、被験者が老人性肺炎を発症するリスクが高いと予測する工程とを具備する方法を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、被験者の肺癌の発症リスクを予測するデータを収集するための方法に関する。
【0009】
本発明は、ヘム代謝の初発反応を触媒するヘムオキシゲナーゼ-1(以下HO-1と略記する)の遺伝子の上流に位置するGT反復配列の多型が肺癌の発症に関与していることを明らかにした本発明者らの疫学的研究に基づいてなされたものである。
【0010】
より具体的には、本発明の方法は、HO-1遺伝子の上流に位置するGT反復配列の反復回数を測定することによって、被験者が肺癌を発症するリスクを予測する。
【0011】
ここで、「GT反復配列」とは、グアニン(G)とチミン(T)からなる反復単位が繰り返し存在する反復配列をいい、「反復回数」とは、GT反復配列中に存在する反復単位GTの個数をいう。
【0012】
本発明の方法では、まず、HO-1遺伝子の上流域に位置するGT反復配列を含む試料を準備する。このような試料は、本発明の方法を適用すべき被験者から採取した任意の生体成分、例えば血液であり得、核酸の抽出処理を施すことが好ましい。生体成分から核酸を抽出する方法は、当業者に周知であり、例えばフェノール抽出、エタノール沈殿等によって行う。
【0013】
本発明の方法を適用すべき「被験者」はヒトを含む哺乳動物が好ましいが、GT配列の多型は哺乳類以外の多くの種について知られているので、HO-1を備えている動物種は全て「被験者」に含まれる。
【0014】
なお、本明細書において、「試料を準備する」とは、本方法を実施する者が自ら前記試料の調製を行う場合のみならず、既に調製された試料を入手する場合も含む。
【0015】
試料を準備した後には、HO-1遺伝子の上流に位置するGT反復配列の反復回数を決定するする工程を実施する。HO-1遺伝子の上流の配列(配列番号1)及び任意の反復配列の反復回数を測定する方法は周知であるから、当業者であれば、GT反復配列の反復回数は容易に測定できる。
【0016】
反復配列の反復回数を測定する方法としては、ポリメラーゼ連鎖反応(以下PCRと称する)を利用する方法が好ましい。PCRを用いてGT反復配列の反復回数を測定するには、GT反復配列の上流及び下流に存在するユニークな配列からなるプライマー対を用いてGT反復配列を増幅した後、PCR生成物を電気泳動にかけて移動度を測定し得る。あるいは、測定する試料の数が多い場合には、DNAチップによってGT反復配列の反復回数を決定してもよい。
【0017】
DNAチップを用いる場合には、CAの繰り返し単位からなるプローブが固相化されたチップにGT反復配列を含有する試料を注入した後、反復回数の差に応じた解離条件(解離温度等)の差を測定して、GT反復配列の反復回数を決定し得る。
【0018】
さらに、必要であれば、GT反復配列の塩基配列を決定することにより、反復回数を決定してもよい。
【0019】
下記の実施例において詳述されているように、HO-1遺伝子上流のGT反復配列の反復回数が33回以上である対立遺伝子を有する被験者は、老人性肺炎に罹患するリスクが高い。従って、GT反復配列の反復回数を測定することによって、被験者の老人性肺炎の発症リスクを予測することが可能になる。より詳細には、対象者に喫煙者および非喫煙者を含んだ場合、反復回数33回以上の対立遺伝子の存在と老人性肺炎の発症との関連を調べた疫学調査では、オッズ比は2.3であった(すなわち、反復回数33回以上の対立遺伝子を有する者が慢性肺気腫に罹患するリスクは、そうでない者の約2.3倍である)。
【0020】
さらに、本発明は、被験者が慢性肺気腫を発症するリスクを予測するためのデータを収集する方法にも関する。該方法の操作は、被験者の慢性肺気腫発症リスクを予測する方法の操作と同一である。該方法はデータを収集する方法であるから、該方法を実施する者は、医療機関に限定されない。
【0021】
加えて、本発明は、HO-1遺伝子の上流に位置するGT反復配列を特異的にPCR増幅するためのDNA増幅手段、及び増幅された反復配列の反復回数を決定するためのDNAサイズ決定手段を具備する装置も提供する。
【0022】
前記DNA増幅手段は、被験者から採取した試料を収容するための反応セル、該反応セルを加熱するための加熱手段、及び前記反応手段の温度を調節するための温度調節手段を具備する。該DNA増幅手段及びその使用方法は、PCRにおいて通常使用されるサーマルサイクラーと同一のものであり、当業者に周知である。
【0023】
増幅されたGT反復配列のサイズは、DNAサイズ決定手段によって決定する。DNAサイズ決定手段は、電気泳動用のゲル、ゲルろ過、及び自動ヌクレオチド配列決定装置であり得るが、これらに限定されない。決定されたサイズから、GT反復配列の反復回数を知ることができる。
【0024】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
【0025】
[実施例1]本実施例では、老人性肺炎の発症リスクを予測するデータを収集する方法について説明を加える。
【0026】
被験者(老人性肺炎患者200名、同様の喫煙歴・男女比を持つ非老人性肺炎患者200名)から末梢血を採取してDNAを抽出した後、これを鋳型としてPCRを行った。
【0027】
HO-1遺伝子の上流に位置するGT反復配列(配列番号1の285〜344)を増幅するためのプライマーとして、プライマーpl-s(配列番号1の249〜268)とpl-as(配列番号1の356〜375)、及びプライマーp2-s(GACGCGTGCAAGCAGTCAGCAGAGGAT)とプライマーp2-as(配列番号1の591〜611)を作成した。
【0028】
PCRによる増幅後、15%ポリアクリルアミドゲルの電気泳動を用いてPCR産物を増幅し、GT反復配列中の反復回数を決定した。
【0029】
表1に結果を示す。
【0030】
【表1】

【0031】
該分布は、23、30、及び33の3ヶ所にピークを持っていた。そこで、GT反復配列の反復回数を27回未満、27回以上33回未満、33回以上という3つの群に分類し(以下、それぞれS、M、Lと表記する)、老人性肺炎との関連を調べた。さらに、L型対立遺伝子が少なくとも一つ存在する第I群(L/L、L/M、L/S)と、L型遺伝子が存在しない第II群(M/M、M/S、S/S)に分類し、老人性肺炎との関係を調べた。
【0032】
表1に示されているように、非老人性肺炎患者(コントロール)では、L型遺伝子とそれ以外の遺伝子(すなわちM型遺伝子とS型遺伝子)とのオッズは、38/(189+173)=38/362、老人性肺炎患者(ケース)では、79/159+162=79/321であり、オッズ比は(79/321)/(38/362)=2.3であった(p<0.0001)。従って、L型遺伝子を有する者は、そうでない者に比べて、老人性肺炎に罹患するリスクが約2.3倍高い。
【0033】
以上の結果から、被験者が、HO-1の上流に位置するGT反復配列の反復回数が33回以上である対立遺伝子を少なくとも1つ有していれば、該被験者は老人性肺炎を発生するリスクが大きいと予測できる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
老人性肺炎は、日本の社会環境の変化、高齢化と共に増加しているが、本発明の老人性肺炎の発症リスクを予測するデータ収集方法によれば、被験者が老人性肺炎を発生するリスクを簡便且つ正確に予測できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者が老人性肺炎を発症するリスクを予測するデータを収集する方法であって、(a)ヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の上流に位置するGT反復配列を含有する試料を前記被験者から準備する工程と、(b)前記試料中の前記GT反復配列の反復回数を決定する工程と、(c)反復回数が33回以上であれば、被験者が肺癌を発症するリスクが高いと予測する工程とを具備することを特徴とする老人性肺炎の発症リスクを予測するデータ収集方法。
【請求項2】
被験者が老人性肺炎を発症するリスクを予測するためのデータを収集する方法であって、(a)ヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の上流に位置するGT反復配列を含有する試料を前記被験者から準備する工程と、(b)前記試料中の前記GT反復配列の反復回数を決定する工程と、を具備することを特徴とする老人性肺炎の発症リスクを予測するデータ収集方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法であって、ステップ(b)におけるGT反復配列の反復回数の決定が、PCR増幅した前記GT反復配列を電気泳動にかけることによって行われることを特徴とする老人性肺炎の発症リスクを予測するデータ収集方法。
【請求項4】
被験者が老人性肺炎を発症するリスクを予測するための装置であって、(a)ヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の上流に位置するGT反復配列を増幅するためのDNA増幅手段と、(b)前記GT反復配列の反復回数を決定するためのDNAサイズ決定手段と、を具備することを特徴とする老人性肺炎の発症リスクを予測するデータ収集装置。

【公開番号】特開2006−166759(P2006−166759A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−361894(P2004−361894)
【出願日】平成16年12月14日(2004.12.14)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】