説明

耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法

【課題】硫化水素を含む深い油井やガス井で使用されるケーシング、チュービングなどの用途に好適な、耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法の提供。
【解決手段】C:0.2〜0.35%、Si:0.05〜0.5%、Mn:0.05〜1.0%、P≦0.025%、S≦0.01%、Al:0.005〜0.10%、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.5〜1.0%、Ti:0.002〜0.05%、V:0.05〜0.3%、B:0.0001〜0.005%、N≦0.01%、O(酸素)≦0.01%を含有し、残部はFeと不純物からなる鋼管を、加工度<40%で加工した後895℃以上の温度に加熱して焼入れするか、加工度≧40%で加工した後「加熱温度(℃)≧0.625×加工度(%)+870」を満たす温度に加熱して焼入れし、次いで、Ac1点以下の温度で焼戻しする。鋼管の化学組成は、特定量のNb、Ca及びZrの1種以上を含んでもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法に関し、詳しくは、深さが大きく、しかも、硫化水素(H2S)を含む油井やガス井で使用されるケーシング、チュービング及びドリルパイプなどとして好適な、耐硫化物応力割れ性に優れた低合金油井用鋼管を製造する方法に関する。
【0002】
なお、本明細書における「油井」には上述の「ガス井」を含むこととし、「油井用及び/又はガス井用」の意味で「油井用」という。
【背景技術】
【0003】
近年、石油や天然ガスを採取するための井戸が深くなる傾向にあり、油井用鋼管には高強度化が要求されている。
【0004】
一方、近年開発される深井戸の環境は、腐食性を有する硫化水素を含む場合が多く、このような環境では高強度鋼は硫化物応力割れ(以下、硫化物応力割れを「SSC」ということがある。)と呼ばれる一種の水素脆化を起こして油井管が破壊に至ることがある。
【0005】
このため、SSCを克服することが深井戸に用いられる油井用鋼管の最大の課題となり、降伏強度(YS)の幅を15ksi(約103MPa)に狭めた80ksi級(YSの範囲が552〜655MPa)や95ksi級(YSの範囲が655〜758MPa)の耐SSC性に優れた油井用鋼管が広く用いられ、強度を一層高めた110ksi級(YSの範囲が758〜862MPa)の油井用鋼管を使用することも多くなっている。更に近年では、これまで適用されていなかった125ksi級(YSの範囲が862〜965MPa)という高い強度レベルの耐SSC性に優れた油井用鋼管の検討も開始されている。
【0006】
なお、SSCは鋼の強度が高くなるほど生じやすい。このため、125ksi級の耐SSC性に優れた油井用鋼管を得るためには、95ksi級や110ksi級の油井用鋼管に比べてなお一層の技術改善が必要となる。
【0007】
特許文献1及び特許文献2に、95〜110ksi級の油井用鋼管の耐SSC性を改善する技術が開示され、また、特許文献3には、125ksi級以上の油井用鋼管の耐SSC性を改善する技術が開示されている。
【0008】
すなわち、特許文献1には、特定の組み合わせでMn、P及びMoを含有させて粒界破面が現出しないようにして耐SSC性を改善する「硫化物応力割れ抵抗性に優れた低合金高張力油井用鋼の製造方法」が提案されている。
【0009】
また、特許文献2には、2回の焼入れ処理によって、特定の化学組成の鋼の結晶粒を微細化して耐SSC性を改善する「耐硫化物腐食割れ性に優れた高強度鋼の製法」が提案されている。
【0010】
更に、特許文献3には、急速加熱焼入れによって、特定の化学組成の鋼の組織を微細化して耐SSC性を改善する「耐硫化物応力割れ抵抗性に優れた高強度鋼およびその製造方法」が提案されている。
【0011】
【特許文献1】特開昭62−253720号公報
【特許文献2】特開昭59−232220号公報
【特許文献3】特開平6−322478号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、優れた耐SSC性を有し、硫化水素を含む深い油井やガス井で使用されるケーシング、チュービング及びドリルパイプなどの用途に好適な、耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法を提供することである。また、そのなかでも降伏強度(YS)が758MPa以上965MPa以下である110ksi級〜125ksi級の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法を提供することである。
【0013】
前述の特許文献1〜3で開示された技術によって得られる油井用鋼管は、必ずしも安定して良好な耐SSC性を確保できるものではない。
【0014】
このため、本発明者らは、鋼の化学組成、製管時の加工度及び焼入れの加熱温度を種々変えて、高強度の油井用鋼管に安定して優れた耐SSC性を確保させるための検討を行った。その結果、先ず、下記(a)〜(c)の知見を得た。
【0015】
(a)ピアサーより後の加工での総加工度(以下、「ピアサーで穿孔した後の加工度」ともいう。)が高いほど圧延時の加工歪みが大きくなり、製品鋼管つまり、焼入れ−焼戻しを行った油井用鋼管に残留する加工歪みが増えるので転位密度が増加する。一方、ピアサーで穿孔した後の加工度が低いほど製品鋼管である焼入れ−焼戻しを行った油井用鋼管に残留する加工歪みが少なくなって転位密度も減少するが、結晶粒が粗大になる。
【0016】
(b)転位密度が高い場合、耐SSC性を低下させる拡散性水素は転位に多く吸蔵される。このため、転位密度が高いほどSSCが発生しやすい。しかしながら、加工度が高い場合でも、SSCの発生を抑止できる場合がある。
【0017】
(c)製品鋼管に残留する加工歪みが少なく転位密度が低い場合、耐SSC性を低下させる拡散性水素は主に結晶粒界に吸蔵される。この場合、結晶粒が大きいほどその表面積が小さくなるため、単位面積当たりに吸蔵される拡散性水素の量が多くなって、SSCが発生しやすくなる。しかしながら、加工度が低いために粗粒になった場合でも、SSCの発生を抑止できる場合がある。
【0018】
そこで、SSCの発生を抑止できた場合について、更に詳細な検討を行った。その結果、下記(d)〜(f)の知見を得た。
【0019】
(d)製品鋼管の素材鋼が特定の化学組成からなるものであれば、ピアサーで穿孔した後の加工度が高い場合であっても、その加工度で決定される特定の温度域へ加熱して焼入れし、次いで、特定の温度域で焼戻しすれば、良好な耐SSC性を確保することができる。
【0020】
(e)製品鋼管の素材鋼が特定の化学組成からなるものであれば、ピアサーで穿孔した後の加工度が低く結晶粒が粗大になった場合でも、特定の温度域へ加熱して焼入れし、次いで、特定の温度域で焼戻しすれば、炭化物が微細に析出し、この微細に析出した炭化物に拡散性水素がトラップされ、結果的に鋼中の拡散性水素の量が減ることになって、良好な耐SSC性を確保することができる。
【0021】
(f)素材鋼の化学組成を適正化したうえで、ピアサーで穿孔した後の加工度に応じた適正な温度域へ加熱して焼入れし、次いで、適正な温度域で焼戻しすることにより、耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管、なかでも降伏強度(YS)が758MPa以上965MPa以下である110ksi級〜125ksi級の高強度油井用鋼管を得ることができる。
【0022】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明の要旨は、下記(1)〜(9)に示す耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法にある。
【0024】
(1)質量%で、C:0.2〜0.35%、Si:0.05〜0.5%、Mn:0.05〜1.0%、P:0.025%以下、S:0.01%以下、Al:0.005〜0.10%、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.5〜1.0%、Ti:0.002〜0.05%、V:0.05〜0.3%、B:0.0001〜0.005%、N:0.01%以下及びO(酸素):0.01%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成の鋼管を、40%未満の加工度で加工した後895℃以上の温度に加熱して焼入れするか或いは、40%以上の加工度で加工した後下記の(1)式を満たす温度に加熱して焼入れし、次いで、Ac1点以下の温度で焼戻しすることを特徴とする耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
加熱温度(℃)≧0.625×加工度(%)+870・・・(1)、
但し、加工度は、ピアサーより後の加工での総加工度を表し、下記の(2)式に基づく値とする。
加工度(%)={(「ピアサー加工後の鋼管の断面積」−「焼戻し後の鋼管の断面積」)/「ピアサー加工後の鋼管の断面積」}×100・・・(2)。
【0025】
(2)鋼管の化学組成が上記(1)に記載のFeの一部に代えて、Nb:0.002〜0.1を含有するものである上記(1)に記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【0026】
(3)鋼管の化学組成が上記(1)に記載のFeの一部に代えて、Ca:0.0001〜0.01%を含有するものである上記(1)に記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【0027】
(4)鋼管の化学組成が上記(1)に記載のFeの一部に代えて、Zr:0.002〜0.1%を含有するものである上記(1)に記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【0028】
(5)鋼管の化学組成が上記(1)に記載のFeの一部に代えて、Nb:0.002〜0.1及びCa:0.0001〜0.01%を含有するものである上記(1)に記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【0029】
(6)鋼管の化学組成が上記(1)に記載のFeの一部に代えて、Nb:0.002〜0.1及びZr:0.002〜0.1%を含有するものである上記(1)に記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【0030】
(7)鋼管の化学組成が上記(1)に記載のFeの一部に代えて、Ca:0.0001〜0.01%及びZr:0.002〜0.1%を含有するものである上記(1)に記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【0031】
(8)鋼管の化学組成が上記(1)に記載のFeの一部に代えて、Nb:0.002〜0.1、Ca:0.0001〜0.01%及びZr:0.002〜0.1%を含有するものである上記(1)に記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【0032】
(9)焼戻し後の鋼管の降伏強度が758〜965MPaである上記(1)から(8)までのいずれかに記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【0033】
以下、上記 (1)〜(9)の「耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法」に係る発明を、それぞれ、「本発明(1)」〜「本発明(9)」という。また、総称して「本発明」ということがある。
【発明の効果】
【0034】
本発明の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法によれば、深さが大きく、しかも、硫化水素を含む油井やガス井で使用されるケーシング、チュービング及びドリルパイプなどとして好適な、耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管、なかでも降伏強度(YS)が758MPa以上965MPa以下である110ksi級〜125ksi級の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管を容易に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、化学成分の含有量の「%」は「質量%」を意味する。
【0036】
(A)鋼管の化学組成
C:0.2〜0.35%
Cは、焼入れ性を高めて強度を向上させるのに有効な元素である。しかしながら、その含有量が0.2%未満では、焼入れ性向上効果が低いため十分な強度が得られない。一方、Cの含有量が0.35%を超えると焼割れに対する感受性が増大する。したがって、Cの含有量を0.2〜0.35%とした。なお、C含有量の下限は0.25%とすることが好ましく、上限は0.30%とすることが好ましい。
【0037】
Si:0.05〜0.5%
Siは、鋼の脱酸に有効な元素であり、焼戻し軟化抵抗を高める効果も有する。上記のうち特に脱酸効果を得るためには、Siの含有量を0.05%以上とする必要がある。一方、その含有量が0.5%を超えると、軟化相であるフェライト相の析出を促進し靱性や耐SSC性を低下させる。したがって、Siの含有量を0.05〜0.5%とした。なお、Si含有量の上限は0.3%とすることが好ましい。
【0038】
Mn:0.05〜1.0%
Mnは、鋼の焼入れ性を確保するのに有効な元素であり、この目的からは、Mnの含有量を0.05%以上とする必要がある。しかしながら、Mnを1.0%を超えて含有させると、P、S等の不純物元素とともに粒界に偏析し、靱性や耐SSC性を低下させる。したがって、Mnの含有量を0.05〜1.0%とした。なお、Mn含有量の下限は0.1%とすることが望ましく、上限は0.6%とすることが望ましい。
【0039】
P:0.025%以下
Pは粒界に偏析し、靱性及び耐SSC性を低下させる。特に、その含有量が0.025%を超えると、靱性及び耐SSC性の低下が著しくなる。したがって、Pの含有量を0.025%以下とした。P含有量の上限は0.015%とすることが好ましい。なお、Pの含有量は可及的に少なくすることが望ましい。
【0040】
S:0.01%以下
SもPと同様に粒界に偏析し、靱性及び耐SSC性を低下させる。特に、その含有量が0.01%を超えると、靱性及び耐SSC性の低下が著しくなる。したがって、Sの含有量を0.01%以下とした。S含有量の上限は0.003%とすることが好ましい。なお、Sの含有量は可及的に少なくすることが望ましい。
【0041】
Al:0.005〜0.10%
Alは、鋼の脱酸に有効な元素である。しかしながら、その含有量が0.005%未満の場合には前記の効果が得られない。一方、Alの含有量が0.10%を超えるとアルミナ系介在物を生成し、靱性を劣化させる。したがって、Alの含有量を0.005〜0.10%とした。なお、本発明におけるAlは、酸可溶Al(いわゆる「sol.Al」)のことを指す。
【0042】
Cr:0.1〜1.0%
Crは,鋼の焼入れ性を高めるのに有効な元素であり、この効果を得るためには0.1%以上の含有量とする必要がある。しかしながら、その含有量が1.0%を超えると鋼の転位密度が増加して、耐SSC性の低下を招く。したがって、Crの含有量を0.1〜1.0%とした。なお、Cr含有量の上限は0.6%とすることが望ましい。
【0043】
Mo:0.5〜1.0%
Moは、本発明において重要な元素であり、鋼の焼入れ性を高めるとともに、焼戻し時に微細炭化物を形成し、水素の拡散係数を低減させて耐SSC性を高める作用を有する。前記の効果を得るためには、Moの含有量を0.5%以上とする必要がある。しかしながら、Moの含有量が1.0%を超えても前記の効果は飽和し、コストが嵩むばかりである。したがって、Moの含有量を0.5〜1.0%とした。なお、Mo含有量の下限は0.6%とすることが望ましく、上限は0.8%とすることが望ましい。
【0044】
Ti:0.002〜0.05%
Tiは、鋼中の不純物であるNを窒化物として固定する作用を有する。Nの固定は、焼入れ性向上のため添加するBがBNとなるのを抑制し、Bを固溶状態に維持して十分な焼入れ性を確保するために必要である。更に、前記のN固定に必要な量よりも多いTiを含む場合、余ったTiが炭化物として微細に析出し、ピン止め作用によって結晶粒を微細化する作用を有する。これらの効果を得るためには、Tiの含有量を0.002%以上とする必要がある。しかしながら、Tiを0.05%を超えて含有させても結晶粒を微細化する効果が飽和してコストが嵩むばかりである。また、靱性の低下もきたす。したがって、Tiの含有量を0.002〜0.05%とした。なお、Ti含有量の下限は0.005%とすることが望ましく、上限は0.03%とすることが望ましい。Ti含有量の下限は0.01%とすることが一層望ましく、上限は0.02%とすることが一層望ましい。
【0045】
V:0.05〜0.3%
Vは、本発明において重要な元素であり、Moと同様に焼戻し時に微細な炭化物として析出し、水素の拡散係数を低減させて耐SSC性を向上させる作用を有する。前記の効果を得るためには、Vの含有量を0.05%以上とする必要がある。しかしながら、Vの含有量が0.3%を超えても前記の効果は飽和し、コストが嵩むばかりである。したがって、Vの含有量を0.05〜0.3%とした。なお、V含有量の上限は0.2%とすることが望ましい。
【0046】
B:0.0001〜0.005%
Bは、鋼の焼入れ性を高める作用を有する。しかしながら、その含有量が0.0001%未満では十分な効果が得られない。一方、Bを0.005%を超えて含有させても前記の焼入れ性向上効果は飽和する。更に、粒界に粗大な炭化物であるCr23(C、B)6を形成して、耐SSC性の低下を招く。したがって、Bの含有量を0.0001〜0.005%とした。B含有量の下限は0.0002%とすることが望ましく、上限は0.002%とすることが望ましい。
【0047】
N:0.01%以下
Nは不純物として鋼中に存在し、粒界に偏析して耐SSC性を低下させる。Nの含有量が多くなって、特に、0.01%を超えると、Tiを添加、或いは、Tiに加えて更にZrを添加しても、Nを完全には固定できなくなって、フリーのNが存在することとなり、このNが粒界に偏析すると耐SSC性が低下するし、また、Bと結合してBNを形成すればBの焼入れ向上作用が十分には得られないので、耐SSC性や靱性が低下する。したがって、Nの含有量を0.01%以下とした。N含有量の上限は0.007%とすることが好ましい。なお、Nの含有量は可及的に少なくすることが望ましい。
【0048】
O(酸素):0.01%以下
OもNと同様に不純物として鋼中に存在し、その含有量が多くなると粗大な酸化物を形成して靱性や耐SSC性の低下を招く。特に、その含有量が0.01%を超えると、靱性や耐SSC性の低下が著しくなる。したがって、Oの含有量を0.01%以下とした。O含有量の上限は0.005%とすることが好ましい。なお、Oの含有量は可及的に少なくすることが望ましい。
【0049】
上記の理由から、本発明(1)に係る耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法によって製造される鋼管の化学組成は、上述した範囲のCからOまでの元素を含み、残部はFe及び不純物からなることと規定した。
【0050】
なお、本発明に係る耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法によって製造される鋼管の化学組成は、必要に応じて、Feの一部に代えて、後述する第1群〜第3群のうちの少なくとも1群から選んだ元素を任意添加元素として添加し、含有させてもよい。
【0051】
以下、任意添加元素に関して説明する。
【0052】
第1群:Nb:0.002〜0.1%
Nbは、Cと結合して炭化物を形成し、ピン止め作用によって結晶粒を微細化するのに有効な元素である。しかしながら、その含有量が0.002%未満では、前記の効果が不十分である。一方、Nbを0.1%を超えて含有させても前記の効果が飽和し、NbC析出物が増加して耐食性を劣化させる。したがって、添加する場合のNbの含有量を0.002〜0.1%とした。なお、添加する場合のNb含有量の下限は0.005%とすることが望ましく、上限は0.03%とすることが望ましい。
【0053】
第2群:Ca:0.0001〜0.01%
Caは、鋼中のSと結合して硫化物を形成することで介在物の形状を改善し、耐SSC性を高めるのに有効な元素である。しかしながら、その含有量が0.0001%未満では前記の効果が得られない。一方、Caを0.01%を超えて含有させても前記の効果が飽和するばかりか、粗大なCa系介在物が生成するので却って耐SSC性が低下し、また、靱性も低下する。したがって、添加する場合のCaの含有量を0.0001〜0.01%とした。なお、添加する場合のCa含有量の下限は0.0003%とすることが望ましく、上限は0.003%とすることが望ましい。
【0054】
第3群:Zr:0.002〜0.1%
Zrは、鋼中の不純物であるNを窒化物として固定するのに有効な元素である。Nを固定することによって、焼入れ性向上のため添加するBがBNとなるのを抑制し、Bを固溶状態に維持して十分な焼入れ性を確保することができる。なお、前記N固定に関与する以外の残りのZrは、炭化物として微細に析出し、ピン止め作用によって結晶粒を微細化するのに有効である。しかしながら、Zrの含有量が0.002%未満では前記の効果が得られない。一方、Zrを0.1%を超えて含有させても結晶粒を微細化する効果が飽和してコストが嵩むばかりである。また、靱性の低下も招く。したがって、添加する場合のZrの含有量を0.002〜0.1%とした。なお、添加する場合のZr含有量の下限は0.005%とすることが望ましく、上限は0.06%とすることが望ましい。添加する場合のZr含有量の下限は0.01%とすることが一層望ましく、上限は0.04%とすることが一層望ましい。
【0055】
上記の理由から、本発明(2)に係る耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法によって製造される鋼管の化学組成は、本発明(1)に係る鋼管のFeの一部に代えて、Nb:0.002〜0.1を含有することと規定した。
【0056】
本発明(3)に係る耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法によって製造される鋼管の化学組成は、本発明(1)に係る鋼管のFeの一部に代えて、Ca:0.0001〜0.01%を含有することと規定した。
【0057】
本発明(4)に係る耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法によって製造される鋼管の化学組成は、本発明(1)に係る鋼管のFeの一部に代えて、Zr:0.002〜0.1%を含有することと規定した。
【0058】
本発明(5)に係る耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法によって製造される鋼管の化学組成は、本発明(1)に係る鋼管のFeの一部に代えて、Nb:0.002〜0.1及びCa:0.0001〜0.01%を含有することと規定した。
【0059】
本発明(6)に係る耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法によって製造される鋼管の化学組成は、本発明(1)に係る鋼管のFeの一部に代えて、Nb:0.002〜0.1及びZr:0.002〜0.1%を含有することと規定した。
【0060】
本発明(7)に係る耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法によって製造される鋼管の化学組成は、本発明(1)に係る鋼管のFeの一部に代えて、Ca:0.0001〜0.01%及びZr:0.002〜0.1%を含有することと規定した。
【0061】
本発明(8)に係る耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法によって製造される鋼管の化学組成は、本発明(1)に係る鋼管のFeの一部に代えて、Nb:0.002〜0.1、Ca:0.0001〜0.01%及びZr:0.002〜0.1%を含有することと規定した。
【0062】
(B)熱処理
前記(A)項に記載の化学組成を有する鋼管は、その鋼管を40%未満の加工度で加工した後895℃以上の温度に加熱して焼入れするか或いは、40%以上の加工度で加工した後下記の(1)式を満たす温度に加熱して焼入れし、次いで、Ac1点以下の温度で焼戻しすることによって、良好な耐SSC性を発揮することができる。
【0063】
加熱温度(℃)≧0.625×加工度(%)+870・・・(1)、
但し、本発明における加工度は、ピアサーより後の加工での総加工度を表し、下記の(2)式に基づく値とする。
加工度(%)={(「ピアサー加工後の鋼管の断面積」−「焼戻し後の鋼管の断面積」)/「ピアサー加工後の鋼管の断面積」}×100・・・(2)。
【0064】
以下、上記の事柄に関して詳しく説明する。
【0065】
本発明者らは、表1に示す化学組成を有する鋼aの9本のビレットを用いて、ピアサーで穿孔した後の加工度が種々変わるようにマンネスマン−マンドレル製管法によって、継目無製管した。なお、ピアサーより後の加工での総加工度は表2に示すとおりである。
【0066】
このようにして得た各継目無鋼管を、それぞれ、表2に示す温度で5分均熱してから焼入れし、次いで、650〜710℃の温度で30分均熱の焼戻し処理を施し、降伏強度(YS)を調整した。
【0067】
【表1】

【0068】
【表2】

上記焼戻し後の継目無鋼管の肉厚中央部から、圧延方向(長手方向)に直径が6mmで平行部長さが40mmの丸棒引張試験片を採取し、常温で引張試験を実施して降伏強度(YS)を測定した。
【0069】
また、上記焼戻し後の継目無鋼管の肉厚中央部から、圧延方向(長手方向)に直径が6.35mmで平行部長さが25.4mmの丸棒引張試験片を採取し、NACEのTM0177−96に規定されるA法に基づいて定荷重タイプのSSC試験を行った。
【0070】
すなわち、10132.5Pa(0.1atm)の硫化水素ガス(残部:炭酸ガス)を飽和させた24℃の5質量%食塩+0.5質量%酢酸水溶液(以下、「A浴」という。)の環境中で、先に測定した降伏強度(YS)の90%を負荷応力とした定荷重タイプのSSC試験を720時間行い、試験片の破断の有無を調査した。なお、720時間のSSC試験で破断しなかった場合に耐SSC性が良好と判断した。
【0071】
表2に、各鋼管の降伏強度(YS)及び上記A浴環境中でのSSC試験結果を併せて示す。SSC試験結果は、試験片が破断せず耐SSC性が良好であったものを「○」で、また、試験片が破断して耐SSC性が劣るものを「×」で示した。
【0072】
なお、図1に、上記A浴環境中での定荷重タイプのSSC試験結果を整理し、焼入れ前の加熱温度と、ピアサーより後の加工での総加工度、つまり、本発明でいう「加工度」とが、耐SSC性に及ぼす影響を示した。なお、上記の「加工度」を図1では「ピアサー加工後の加工度」と表記した。
【0073】
図1及び表2から、40%未満の加工度で加工した後895℃以上の温度に加熱して焼入れするか或いは、40%以上の加工度で加工した後前記の(1)式を満たす温度に加熱して焼入れすれば、焼戻し後の強度が降伏強度(YS)で869〜952MPaという高強度であっても、良好な耐SSC性が得られることが明らかである。
【0074】
したがって、本発明に係る耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法においては、前記(A)項に記載の化学組成を有する鋼管を、40%未満の加工度で加工した後895℃以上の温度に加熱して焼入れするか或いは、40%以上の加工度で加工した後前記の(1)式を満たす温度に加熱して焼入れすることと規定した。
【0075】
なお、高温での焼戻しは、焼入れによって生成したマルテンサイトの内部応力を除去して、耐SSC性の向上をもたらすが、焼戻し温度がAc1点を超える場合には、焼戻し後の冷却時にベイナイトやマルテンサイトといった低温での変態相が生じて却って耐SSC性が低下する。
【0076】
したがって、本発明に係る耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法においては、上述の焼入れを行い、次いで、Ac1点以下の温度で焼戻しすることと規定した。
【0077】
なお、製管に際して、前記(2)式で表される加工度の下限値及び上限値は、素材であるビレットと製品のサイズを変えることで任意に決定可能であるが、設備的制約という点からは、加工度の下限値は現実的には3%とするのがよく、加工度の上限値は現実的には70%とするのがよい。
【0078】
また、焼入れ前の加熱温度の上限は、結晶粒の極端な粗大化の抑止やスケールロスを防止して歩留りを高めるために940℃とするのがよい。
【0079】
更に、焼戻し温度の下限は、耐SSC性の向上を図るという意味から650℃とするのがよい。
【0080】
(C)鋼管の強度
SSCは鋼の強度が高くなるほど生じやすい。しかし、前記(B)項で述べたように、(A)項に記載の化学組成を有する鋼管を、40%未満の加工度で加工した後895℃以上の温度に加熱して焼入れするか或いは、40%以上の加工度で加工した後前記の(1)式を満たす温度に加熱して焼入れし、次いで、Ac1点以下の温度で焼戻しすることによって製造した場合には、降伏強度(YS)が869〜952MPaという高強度であっても、良好な耐SSC性が得られる。
【0081】
したがって、本発明(9)においては、耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の焼戻し後の強度としての降伏強度を、特に、110ksi級〜125ksi級の降伏強度である758MPa以上(110ksi以上)965MPa以下(140ksi以下)と規定した。
【0082】
以下、実施例により本発明を更に詳しく説明する。
【実施例】
【0083】
表3に示す化学組成を有する24種類の鋼種からなる外径225〜360mmのビレットを1250℃に加熱した後、マンネスマン−マンドレル製管法によって、種々の寸法の継目無鋼管に成形した。
【0084】
表3に示した鋼のうち、鋼A〜Uは化学組成が本発明で規定する範囲内にある本発明例に係る鋼であり、一方、鋼V〜Xは本発明で規定する条件から外れた比較例に係る鋼である。
【0085】
表4に、製管製管条件としてのピアサーより後の加工での総加工度を示す。
【0086】
【表3】

【0087】
【表4】

上記のようにして得た各継目無鋼管を、5分均熱してから焼入れし、次いで、30分均熱して焼戻しを行った。なお、各継目無鋼管に対する焼入れ前の加熱温度及び焼戻しの温度の詳細を表4に併せて示した。また、ピアサーより後の加工での総加工度、つまり本発明でいう「加工度」が40%以上である場合のみ、表4の備考欄に、「0.625×加工度(%)+870」の値を記載した。
【0088】
焼戻し後の各継目無鋼管の肉厚中央部から、圧延方向(長手方向)に直径が6mmで平行部長さが40mmの丸棒引張試験片を採取し、常温で引張試験を実施して降伏強度(YS)を測定した。
【0089】
また、焼戻し後の各継目無鋼管の肉厚中央部から、圧延方向(長手方向)に直径が6.35mmで平行部長さが25.4mmの丸棒引張試験片を採取し、NACEのTM0177−96に規定されるA法に基づいて定荷重タイプのSSC試験を行った。
【0090】
すなわち、既に述べたA浴環境中(10132.5Pa(0.1atm)の硫化水素ガス(残部:炭酸ガス)を飽和させた24℃の5質量%食塩+0.5質量%酢酸水溶液の環境中)で、先に測定した降伏強度(YS)の90%を負荷応力とした定荷重タイプのSSC試験を720時間行い、破断の有無を調査した。なお、720時間のSSC試験で破断しなかった場合に耐SSC性が良好と判断した。
【0091】
表4に、各継目無鋼管の降伏強度(YS)及び上記A浴環境中でのSSC試験結果を併せて示す。なお、SSC試験結果は、試験片が破断せず耐SSC性が良好であったものを「○」で、また、試験片が破断して耐SSC性が劣るものを「×」で示した。
【0092】
表4から、本発明の方法で製造された試験番号1〜13の鋼管の場合、すなわち、化学組成が本発明で規定する範囲内にある鋼A〜Mを素材鋼とし、本発明で規定する条件で焼入れ−焼戻しを行った鋼管の場合、降伏強度(YS)で765〜965MPaという高強度であっても、A浴環境中でのSSC試験で破断せず、良好な耐SSC性を有していることが明らかである。
【0093】
これに対して、試験番号14〜24の鋼管は、SSC試験で破断しており、耐SSC性に劣ることが明らかである。
【0094】
すなわち、素材鋼である鋼N〜Uの化学組成は本発明で規定する範囲内であっても、焼入れの加熱条件が本発明で規定する条件から外れた試験番号14〜21の鋼管の場合には、降伏強度(YS)で793〜965MPaという高強度ではA浴環境中でのSSC試験で破断を生じ、耐SSC性に劣っている。
【0095】
試験番号22の鋼管は、素材鋼である鋼VのCr含有量が本発明で規定する上限を超えたものであるため、A浴環境中でのSSC試験で破断を生じ、耐SSC性に劣っている。
【0096】
試験番号23の鋼管は、素材鋼である鋼WのMo含有量が本発明で規定する下限を下回ったものであるため、A浴環境中でのSSC試験で破断を生じ、耐SSC性に劣っている。
【0097】
試験番号24の鋼管は、素材鋼である鋼XのV含有量が本発明で規定する下限を下回ったものであるため、A浴環境中でのSSC試験で破断を生じ、耐SSC性に劣っている。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法によれば、深さが大きく、しかも、硫化水素を含む油井やガス井で使用されるケーシング、チュービング及びドリルパイプなどとして好適な、耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管、なかでも降伏強度(YS)が758MPa以上965MPa以下である110ksi級〜125ksi級の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管を容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】A浴環境中(10132.5Pa(0.1atm)の硫化水素ガス(残部:炭酸ガス)を飽和させた24℃の5質量%食塩+0.5質量%酢酸水溶液環境中)での焼入れ前の加熱温度とピアサーより後の加工での総加工度(図では、「ピアサー加工後の加工度」と表記した。)が耐SSC性に及ぼす影響を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.2〜0.35%、Si:0.05〜0.5%、Mn:0.05〜1.0%、P:0.025%以下、S:0.01%以下、Al:0.005〜0.10%、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.5〜1.0%、Ti:0.002〜0.05%、V:0.05〜0.3%、B:0.0001〜0.005%、N:0.01%以下及びO(酸素):0.01%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成の鋼管を、40%未満の加工度で加工した後895℃以上の温度に加熱して焼入れするか或いは、40%以上の加工度で加工した後下記の(1)式を満たす温度に加熱して焼入れし、次いで、Ac1点以下の温度で焼戻しすることを特徴とする耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
加熱温度(℃)≧0.625×加工度(%)+870・・・(1)
但し、加工度は、ピアサーより後の加工での総加工度を表し、下記の(2)式に基づく値とする。
加工度(%)={(「ピアサー加工後の鋼管の断面積」−「焼戻し後の鋼管の断面積」)/「ピアサー加工後の鋼管の断面積」}×100・・・(2)
【請求項2】
鋼管の化学組成が請求項1に記載のFeの一部に代えて、Nb:0.002〜0.1を含有するものである請求項1に記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【請求項3】
鋼管の化学組成が請求項1に記載のFeの一部に代えて、Ca:0.0001〜0.01%を含有するものである請求項1に記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【請求項4】
鋼管の化学組成が請求項1に記載のFeの一部に代えて、Zr:0.002〜0.1%を含有するものである請求項1に記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【請求項5】
鋼管の化学組成が請求項1に記載のFeの一部に代えて、Nb:0.002〜0.1及びCa:0.0001〜0.01%を含有するものである請求項1に記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【請求項6】
鋼管の化学組成が請求項1に記載のFeの一部に代えて、Nb:0.002〜0.1及びZr:0.002〜0.1%を含有するものである請求項1に記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【請求項7】
鋼管の化学組成が請求項1に記載のFeの一部に代えて、Ca:0.0001〜0.01%及びZr:0.002〜0.1%を含有するものである請求項1に記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【請求項8】
鋼管の化学組成が請求項1に記載のFeの一部に代えて、Nb:0.002〜0.1、Ca:0.0001〜0.01%及びZr:0.002〜0.1%を含有するものである請求項1に記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。
【請求項9】
焼戻し後の鋼管の降伏強度が758〜965MPaである請求項1から8までのいずれかに記載の耐硫化物応力割れ性に優れた油井用鋼管の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−9249(P2007−9249A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−189183(P2005−189183)
【出願日】平成17年6月29日(2005.6.29)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】