説明

耳式体温計

【課題】 短時間の環境温度変化による影響を排除し、広い環境温度範囲内での精度保証が可能であり、校正作業なし、またはサーモパイル方式に比べて大幅に簡略化された校正が可能であり、環境温度の影響により示度がばらつかない耳式体温計を得ること。
【解決手段】 耳式体温計のプローブ20は、樹脂製の第1断熱部材210の先端に樹脂製の第2高断熱部材220が慣用の連結手段によって接続される。第2高断熱部材220は、先細りのテーパが付けられ、先端に凹面221が形成される。保護カバー230が第1断熱部材210および第2高断熱部材220を覆う。サーミスタリード細線240が第1断熱部材210および第2高断熱部材220内に埋め込まれ、先端折返し部分241が第2高断熱部材220の凹面221に露出して張り渡される。サーミスタリード細線240の折返し部分241のほぼ中央に超高速応答サーミスタ250が装着される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に非接触で被測定対象の温度を測定する温度計に関し、特にプローブ先端部を耳孔に挿入して鼓膜の温度を測る体温計に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の耳式体温計の代表例について、説明の便宜上、図8および図9を参照して説明する。図8は従来の耳式体温計の動作原理を示す概略構成図であり、図9は従来の耳式体温計のプローブ先端部の縦断面図である。図8、9に示すように、従来の代表的耳式体温計のプローブ10は、サーモパイル11を用いている。一般に、サーモパイルは、冷接点と温接点間の温度差により電位差を生じる(ゼーベック効果)。サーモパイルを温度測定用プローブとして用いるためには、熱電対と同様に室温(環境温度)補償が必要となる。そのために、従来の耳式体温計では、サーミスタ12が用いられている。
【0003】
被測定対象の温度がサーモパイル11の冷接点温度と等しいとき、プローブ10の出力はゼロ(ゼロ点)となる。一方、被測定対象の温度がサーモパイル11の冷接点温度よりも高いとき、プローブ10の出力は非線形的に大きくなる。
【0004】
プローブ10を用いて人体温度を計測する場合、プローブ10の出力は微弱である。そのために、プローブ10の出力を信号増幅器13によって信号処理が可能なレベルまで増幅する必要がある。また、リニアライザ14aによって非線形出力を線形化する必要もある。一方、サーミスタ12の出力も非線形であるため、リニアライザ14bによって線形化する必要がある。
【0005】
環境温度が安定した状態では、サーミスタ12の温度とサーモパイル11の冷接点温度とは等しい。プローブ10からの出力を線形化した信号は、サーミスタ12の温度と被測定対象の温度との差となる。したがって、プローブ10の出力を線形化した信号を放射率補正器15によって補正し、その補正信号とサーミスタ12の出力を線形化した信号とを加算器16で室温補償または冷接点温度補償した後、温度換算器17で環境温度補正を行えば、被測定対象の温度が求められる。これを表示器18に表示する。
【0006】
サーモパイルは、個体差の感度バラツキが大きいため、一定の温度差であっても出力電圧にバラツキを生じる。そのために、サーモパイルを用いたプローブに対する感度調整(校正作業)が個々に必要となる。サーモパイルの赤外線吸収膜(赤外線吸収膜と温接点とが一体となった部分、図9の116参照)は、被測定対象からの赤外線を吸収して温度が上昇するが、サーモパイルのパッケージからも赤外線吸収膜に対して赤外線は放射されている。通常の使用法では、パッケージはサーモパイルのヒートシンク(吸熱部)と同一の温度とみなせるが、外部からの要因により急激な温度変化を与えると、パッケージの頭部とサーモパイルのヒートシンクとの間に温度差が生じ、プローブの出力は過渡的に不安定な電圧を出力してしまう。
【0007】
そこで、図9に示すように、プローブ10に温度変化が均一で緩やかに加わるようにするために、サーモパイル110を熱伝導度が良い金属(例えば、アルミ)ホルダ111内に設置し、さらに断熱材として空気層112と樹脂113で囲むようにカバー114を設けている。サーモパイル110の前面に金属管115を設け、測定対象(人体)からの熱放射の影響を小さくする。金属管115は放射率が限りなく小さくなるように金メッキを施し、導波管の働きを持たせている。冷接点温度補償用のセンサとして半導体、サーミスタ等が用いられるが、生産コストが安く、精度が良いためにサーミスタが多く用いられている。
【0008】
サーモパイル冷接点部とサーミスタとの熱結合が悪いと、温度差を生じ、正確な計測ができなくなる。サーミスタ(図示せず)をサーモパイル110と同一パッケージ内に取り付け、サーモパイル冷接点部ヒートシンクとサーミスタの熱結合度を高める。同一規格のサーミスタでもB常数(抵抗温度特性で任意の2点の温度から求めた抵抗値変化の大きさを表す定数)にバラツキがあるため、広い環境温度範囲で精度を保つのは困難である。例えば、電子体温計のサーミスタで人体の測定温度範囲を34−42℃とすると、サーミスタ精度は8℃の範囲内で精度を保つだけでよい。しかし、サーモパイルの環境温度範囲を5−40℃とした場合、サーミスタ精度は35℃(40−5=35)の範囲内で精度を保たなければならない。
【0009】
図9に示すプローブ10の構造では、環境温度上昇中のときにサーモパイル110とプローブ10の先端部間に温度差を生じ、プローブ先端部はサーモパイル110よりも温度が高くなるため正方向の誤差を生じる。環境温度下降中のときは、サーモパイル110とセンサ先端部間に温度差を生じ、プローブ先端部はサーモパイル110よりも温度が低くなるため負方向の誤差を生じる。この誤差を少なくするため、サーモパイル110をカバー114で囲み温度変化の影響を少なくしているが、金属ホルダ111の大型化は測温対象との関係から限界がある。環境温度変化に対する誤差対策として、サーモパイル・パッケージ内のサーミスタの単位時間当たり変化率を計算してプローブ出力を補正し、誤差を少なくしている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明の第1の課題は、短時間の環境温度変化による影響を排除し、環境温度変化による誤差を生じない耳式体温計を得ることにある。
【0011】
赤外線体温計で用いられるサーモパイルの冷接点温度補償には、サーミスタが使用される。サーミスタは電子体温計に使用するような限られた温度範囲においては特性を揃え易いが、体温計で使用するような広い温度範囲では特性を揃え難い。したがって、本発明の第2の課題は、広い環境温度範囲内での精度保証が可能な耳式体温計を得ることにある。
【0012】
サーモパイルは個体差が大きいため精度を維持するための校正作業が必須であり、サーモパイルの校正作業は製品の生産コスト高につながる。したがって、本発明の第3の課題は、校正作業なし、またはサーモパイル方式に比べて大幅に簡略化された校正が可能な耳式体温計を得ることにある。
【0013】
従来の耳式体温計は低温環境下において検温すると体温計のプローブが外耳道を冷却してしまい、1回目はそこそこの精度を得られるが、時間を置かずに同じ耳で2回目以降の検温をすると示度が下がってしまう現象がある。その結果、従来の耳式体温計では、環境温度の影響により検温値が変動してしまうという現象がある。したがって、本発明の第4の課題は、環境温度の影響により示度がばらつかない耳式体温計を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に基づく耳式体温計は、樹脂製の第1断熱部材と、第1断熱部材の先端に接続された樹脂製の第2高断熱部材と、第1断熱部材および第2高断熱部材を覆う保護カバーと、第1断熱部材および第2高断熱部材内に埋め込まれたサーミスタリード細線と、ならびにサーミスタリード細線の先端折返し部分のほぼ中央に装着された超高速応答サーミスタとを含むプローブを備えている。第2高断熱部材は、測温時にプローブが外耳道の熱を奪わないようにする。
【0015】
第2高断熱部材は先細りのテーパが付けられかつ先端に凹面が形成されることが好ましい。サーミスタリード細線の先端折返し部分が第2高断熱部材の凹面に露出して張り渡される。凹面は、赤外線をサーミスタへ反射する効果がある。凹面は、反射率を上げるために、鏡面仕上げされることが好ましい。
【0016】
超高速応答サーミスタの熱時定数は、測定時間を短縮するために、1秒以下であることが好ましい。
【0017】
測温回路の誤差を校正するために、測温回路の電源回路出力側に、複数の接点を有するアナログスイッチを設けることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、サーミスタが精度を保つ温度範囲は、測定しようとする体温の温度範囲のみでよく、従来のサーモパイルを用いた耳式体温計のように、測定環境温度範囲全域においてサーミスタの測定精度を保つ必要がない。その結果、本発明のプローブは環境温度の変化(短時間の温度変化)の影響を受けない(プローブで起こるいわゆる「あぶられ」現象がない)。本発明の耳式体温計の測温回路は、従来のサーモパイルを用いた測温回路よりも単純化できる。本発明の耳式体温計は量産時の組立が容易であり、プローブが超小型なので体温計本体の外形形状の制約がない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
図1−7を参照して、本発明に基づく耳式体温計の実施例について説明する。図1および図2は、本発明に基づく耳式体温計のプローブ20の構造を示す。プローブ20においては、樹脂製の第1断熱部材210の先端に樹脂製の第2高断熱部材220が慣用の連結手段(例えば、溶着、接着剤、圧入、ネジ結合等)によって接続される。第2高断熱部材220は第1断熱部材210との連結部から先端の面221へと先細りのテーパが付けられる。保護カバー230が第1断熱部材210および第2高断熱部材220を覆う。サーミスタリード細線240が第1断熱部材210および第2高断熱部材220内に埋め込まれ、先端折返し部分241が第2高断熱部材220の凹面221に露出して張り渡される。サーミスタリード細線240の折返し部分241のほぼ中央に超高速応答サーミスタ250が装着される。従来の耳式体温計に用いられるサーミスタ12(図8参照)は直径1mm、長さ2−3mmであるが、一方、本発明の耳式体温計に用いられるサーミスタ250は、例えば、一辺が0.3mmの立方体である。
【0020】
好ましくは、第2高断熱部材220の面221は、図3に示すように、赤外線をサーミスタ250へ反射する効果を高めるために凹面形状に形成され、また、この凹面221を鏡面仕上げにすると反射効率をより一層上げることができる。
【0021】
図4は、本発明に基づく体温計のプローブ20を外耳道1に挿入したときの測定位置を示す。プローブ20の先端形状は、プローブ20の中間部が外耳道入口に密着し、プローブ20の先端と鼓膜2との間の空間をできるだけ小さくするように選定されることが好ましい。
【0022】
サーミスタ250の温度を確定する要因としては、鼓膜2と外耳道1からの赤外線の直接放射によるサーミスタリード線240およびサーミスタ250の温度上昇、外耳道内にある空気の直接熱伝導、外耳道内に挿入されたプローブ20による直接熱伝導がある。外耳道1に挿入されるプローブ20の先端部分は、挿入時に外耳道1の温度に影響を与えない必要がある。第2高断熱部材220および保護カバー230はその影響を少なくしている。
【0023】
図5は、熱時定数の定義を説明する図である。熱時定数は、任意の温度T1に保持されているサーミスタ250を、急激に周囲温度T2の雰囲気中に挿入したとき、目標温度T2まで変化するのに要する時間をいう。通常は、温度T1、T2の温度差ΔT(=T2−T1)の63.2%(Y)に達するまでの時間Xをいう。ここで対象としているサーミスタ250は、空気中での熱時定数が1秒以下(好ましくは、0.1秒以下)の超高速応答サーミスタである。
【0024】
図6は、図1または2に示すプローブ20によって体温を実測したときのサーミスタの温度変化を表すグラフである。縦軸は温度(℃)を、横軸は経過時間(秒)をそれぞれ表す。このとき、プローブ20に実装したサーミスタの熱時定数は1秒であり、温度計測に要する時間は10秒以内である。短時間で計測するためには、空気中でのサーミスタ250の熱時定数が0.1秒程度のものが望ましい。これにより、測定時間を1−2秒に短縮できる。
【0025】
プローブ20の高速応答速度を生かすためには、従来の電子体温計で多く用いられている精度は高いが計測時間のかかるV−F変換方式では実現できない。そこで、本発明の耳式体温計では、例えば、図7に示す測温回路方式を採用する。この測温回路方式では、ADコンバータ31および制御信号処理器32を内蔵するマイクロコントローラ・ユニット(MCU)30を使用する。ADコンバータ内蔵MCUは一般に普及し、10ビットADコンバータ内蔵品までは低価格で選定し易い。VrefはADコンバータ31の基準電源電圧であって、AD変換値のフルスケール値である。MCU内蔵ADコンバータの場合、通常MCUの電源電圧と同じ電圧にする。電源回路40の基準電源電圧Vrefの分路電圧V、V、Vは、下記の式(1)、(2)、(3)で表される。R、R、R、R、Rref、Rthは、電源回路の各抵抗を表す。P、P、Pは、アナログスイッチ40の各端子である。
:V=R/(R+R)×Vref (1)
:V=R/(R+R)×Vref (2)
:V=Rth/(Rth+Rref)×Vref (3)
ただし、V>V>V
【0026】
誤差要因として、作動増幅器(OP)60のオフセット誤差、作動増幅器60のゲイン誤差(GE)がある。MCU内蔵10ビットADコンバータは逐次比較方式であり誤差としてADオフセット誤差の影響が大きい。アナログスイッチ50を端子P、P、Pに切り替えたときのAD変換値をそれぞれA、A、Aとする。作動増幅器60の増幅度をNとすると、V、V、VのAD変換値は下記の式(4)、(5)、(6)、(7)で表される。
=V+N×GE×OPオフセット誤差+ADオフセット誤差 (4)
=(OPオフセット誤差+V−V)×N×GE+ADオフセット誤差 (5)
=(OPオフセット誤差+V−V)×N×GE+ADオフセット誤差 (6)
−A=(V−V)×N×GE (7)
【0027】
、V、Nは既知であるから、GEを下記の式(8)で求めることができる。
GE=(A−A)/N(V−V) (8)
【0028】
アナログスイッチ50の端子Pと端子PにおけるAD変換値を読み取る動作を回路校正サイクルと定義すれば、A−A=(V−V)×N×GEとなる。回路校正サイクルでGEを求めてあるから、作動増幅器(OP)60のゲイン誤差(GE)を除くことができる。温度計測時、MCU30は端子Pと端子Pの校正サイクルを実行し、次に端子Pの計測を行い、計測値から誤差要因を除き、MCU内部テーブルからサーミスタ温度を求めることができる。これを表示器70に体温として表示する。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の耳式体温計は、人間のみならず、動物にも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明に基づく耳式体温計のプローブ先端部の縦断面図である。
【図2】図1のII−II線から見たプローブ先端部の正面図である。
【図3】図1に示すプローブ先端部の変形例を示す図である。
【図4】本発明に基づく耳式体温計のプローブ先端部を耳孔に装着した状態を示す概略説明図である。
【図5】サーミスタの熱時定数を説明するグラフである。
【図6】本発明に基づく耳式体温計によって体温を実測した結果を示すグラフである。
【図7】本発明に基づく耳式体温計の測温回路構成図である。
【図8】従来の耳式体温計の動作原理を示す概略構成図である。
【図9】従来の耳式体温計のプローブ先端部の縦断面図である。
【符号の説明】
【0031】
1 外耳道 2 鼓膜
10 プローブ 20 プローブ
111 金属ホルダ 116 赤外線吸収膜
210 第1断熱部材 220 第2高断熱部材
221 凹面 230 保護カバー
240 サーミスタリード細線 250 超高速応答サーミスタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂製の第1断熱部材と、該第1断熱部材の先端に接続された樹脂製の第2高断熱部材と、前記第1断熱部材および前記第2高断熱部材を覆う保護カバーと、前記第1断熱部材および前記第2高断熱部材内に埋め込まれたサーミスタリード細線と、ならびに該サーミスタリード細線の先端折返し部分のほぼ中央に装着された超高速応答サーミスタとを含むプローブを備えた耳式体温計。
【請求項2】
前記第2高断熱部材は先細りのテーパが付けられかつ先端に凹面が形成され、前記サーミスタリード細線の前記先端折返し部分が前記第2高断熱部材の前記凹面に露出して張り渡されている、請求項1に記載の耳式体温計。
【請求項3】
前記第2高断熱部材の前記凹面が鏡面仕上げになっている、請求項2に記載の耳式体温計。
【請求項4】
超高速応答サーミスタの熱時定数が1秒以下(好ましくは、0.1秒以下)である、請求項1に記載の耳式体温計。
【請求項5】
測温回路の電源回路出力側に複数の接点を有するアナログスイッチを設けた、請求項1に記載の耳式体温計。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2006−250883(P2006−250883A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−71350(P2005−71350)
【出願日】平成17年3月14日(2005.3.14)
【出願人】(500374294)株式会社バイオエコーネット (8)
【Fターム(参考)】