説明

聴覚検査装置、方法およびコンピュータプログラム、補聴器調整システム

【課題】被験者の不快閾値を推定する。
【解決手段】聴覚検査装置は、少なくとも3種類の異なる音圧および少なくとも2種類の周波数の組み合わせで定められる複数種類の検査音を設定する検査音範囲設定部と、複数種類の検査音の呈示順序を決定する呈示順序決定部と、複数種類の検査音を出力する検査音出力部と、被験者の脳波を計測する脳波計測部と、同一の周波数fで、かつ、異なる音圧a、b、c(a<b<c)を有する各検査音によって誘発された誘発電位を計測した脳波から抽出し、音圧a、b、cの各検査音に対応する誘発電位A、B、Cの潜時または振幅を演算する演算部と、誘発電位AとBの潜時または振幅との第1差、および、誘発電位BとCの潜時または振幅との第2差を演算し、第1差に対する第2差の変化量が予め定められた値以上であるときは、予め定められた、関係に基づいて、周波数fにおける不快閾値を推定する推定部とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、聴覚機能のうち、音の大きさに対する不快閾値(UCL)および快適値(MCL)の測定において、他覚的検査手法により客観的な不快閾値と快適値の測定を実現する聴覚検査装置、聴覚機能測定方法および聴覚機能測定方法を実行するコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
聴覚機能の検査として、最も一般的なのは聴力検査である。聴力検査により、聴覚機能のうち、聞き取れる最も小さい音の大きさを測定する。聞き取れる最も小さい音の大きさは、最小可聴閾値(Hearing Threshold Level)と呼ばれる。以下、具体的な聴力検査方法について説明する。
【0003】
検査者は、特定の周波数の純音を検査音として、被験者の片耳に呈示する。そして呈示する純音の音量を順次大きくしていく。被験者は、検査音が聞こえたらボタンを押す、あるいは手を挙げる等の回答を行う。被験者自身が検査音が聞こえたか否かについて回答することによって行う検査を自覚的検査という。そのような回答を、以下、意識的回答と呼ぶ。
【0004】
自覚的検査は、被験者自身が自覚を認知し、回答する能力が必要である。したがって、乳幼児等は意識的回答ができない。よって、意識的回答ができない被験者には、他覚的検査が行われている。他覚的検査では、被験者の聴取の自覚および意識的回答を必要とせず、被験者が音を聞くことによって誘発される生体反応を用いる。
【0005】
これらの生体反応において、被験者が音を聞くことによって誘発される、「誘発電位」と呼ばれる脳波がある。この誘発電位を用いて、特許文献1の聴性脳幹反応(Auditory Brainstem Response:ABR)又は特許文献2の聴性定常反応(auditory steady−state response:ASSR)を測定する方法が存在する。聴性脳幹反応又は聴性定常反応は、誘発電位が認められるか否かによって測定される。誘発電位が判別し易い大きな音から順次音を小さくしていき、誘発電位が認められる最小の音圧が特定される。これにより、聴性脳幹反応又は聴性定常反応を測定することで最小可聴値(HTL)を測定することができる。
【0006】
一方、聴覚機能の検査のうち、閾値上(suprathreshold)の聞こえに対する測定も行われている。
【0007】
補聴器を調整する際には、不快閾値を測定することが重要である。不快閾値は、補聴器を使用する被験者がどの程度大きな音まで聴取できるか、どの程度大きな音になると大きすぎて(too loud)不快であり、耐えられない大きさであると感じるのかを測定した結果である。
【0008】
測定では、聴力検査同様特定の純音を検査音として被験者の片耳に呈示し、順次音を大きくしていく。聴力検査では被験者に聞こえない程度に小さい音から開始するが、不快閾値では被験者が聞き取れる音圧で、大きすぎない程度の音の大きさから開始して、順次音を大きくしていき、音が大きすぎて不快である、あるいは音が大きすぎて長くは聞いていられないと感じたら報告あるいはボタン押し等の合図をすることで回答するという方法で測定される。
【0009】
閾値上の聞こえに対する他覚的検査法については、非特許文献1に示されるようなABRでの補充現象(recruitment phenomenon)の測定や非特許文献2のようなASSRでの補充現象の測定が試みられている。ただし、不快閾値を測定する方法は示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2010−504139号公報
【特許文献2】国際公開2008/038650号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】青柳優、「聴性誘発電位」Eauibrium Research 69巻3号、113−126、2010
【非特許文献2】Terence W. P.ら、「Human Auditory−state responses」International Journal of Audiology 42巻4号、177−219、2003
【非特許文献3】「第23章 頭頂部緩反応」船坂宗太郎、大西信治郎編集、鈴木篤郎監修(1985)「聴性脳幹反応―その基礎と臨床―」メジカルビュー社 pp.381−392
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記のように、聴力については他覚的測定方法があるが、不快閾値については他覚的測定方法がない。そのため不快閾値については自覚的測定法のみで測定している。ところが、音が大きすぎて不快である、あるいは大きすぎて長くは聞いていられないという不快閾値の定義は被験者によって異なる。被験者にとって、不快閾値の定義は曖昧であると言える。
【0013】
より詳しく説明すると、被験者によることばの解釈の違いや性格の違いによって、音の大きさの感覚に対する反応が異なり、測定された不快閾値の知覚的、生理的意味が被験者によって異なることになる。例えば、我慢強い被験者であれば、より大きな音に対して我慢ができる範囲としてしまうため、不快閾値は比較的大きな値になる。少しでも耳障りな大きさだと感じた音を不快であると判断する被験者であれば、不快閾値は比較的小さな値になる。このように、判断基準の違いにより不快閾値が異なると、不快閾値としてより大きな値が得られた被験者の補聴器を調整する際には、より大きな増幅率を与えがちになり、補聴器を通した音がやかましくなる。一方、不快閾値としてより小さな値が得られた被験者に対しては補聴器を調整する際に、より小さな増幅率を与えがちになり、補聴器を通した音が十分に増幅されず聞き取りにくくなる。
【0014】
さらに、不快閾値の自覚的測定では、音が大きすぎて不快である、あるいは大きすぎて長くは聞いていられないことを自覚したことを被験者に報告あるいは合図してもらうため、被験者は必ず大きすぎる音を聴取する必要がある。このため、測定そのものが不快であり、また、大きすぎる音を聴取することは聴覚器官にとって危険である場合もある。上記のように不快閾値の自覚的測定は被験者にとって負担が大きいため、補聴器の調整現場においては、増幅率調整における重要性にもかかわらず、測定を避ける傾向にあった。
【0015】
上記のように、音の大きさに対する被験者の主観を測定する自覚的測定法により不快閾値を測定することは、補聴器の増幅率を調整するための測定としては不向きである。さらに音の大きさの主観的評価は、周囲の音の環境や聴取しようとする音によっても大きく変化する。日常生活において、比較的静かな室内から、テレビ視聴、会議、さらには駅の雑踏や人ごみまで、補聴器はさまざまな音環境で使われる。状況によって大きく変化する主観的な値をもとに増幅率を調整するのではなく、生理的限界に基づいて増幅率を決定することは重要である。特に増幅の上限は補聴器の使用者の残存聴力を最大限に活かしながら、強大音の暴露による残存聴力の損失が起こらないように補聴器使用者を守るために重要である。それにもかかわらずこれまでは不快閾値の他覚的測定方法の開発は進められていなかった。
【0016】
最小可聴値を測定する、誘発電位を用いた他覚的測定法では、非常に小さな電位を計測するために、同じ条件の検査音を多数回繰り返し、都度得られた電位の時間パタンを検査音の呈示タイミングを基点として加算平均を行う手法がとられている。不快閾値を測定するために強大音を反復して呈示することは難聴を悪化させる危険があるため行われていない。
【0017】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、被験者にかかる負担を抑えながら被験者の不快閾値を推定することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明によるある実施形態に係る聴覚検査装置は、少なくとも3種類の異なる音圧および少なくとも2種類の周波数の組み合わせで定められる複数種類の検査音を設定する検査音範囲設定部と、同一周波数または同一音圧の検査音が連続して呈示されないよう、前記複数種類の検査音の呈示順序を決定する呈示順序決定部と、決定された前記呈示順序で、前記複数種類の検査音を出力する検査音出力部と、前記被験者の脳波を計測する脳波計測部と、同一の周波数fで、かつ、異なる音圧a、b、c(a<b<c)を有する各検査音によって誘発された誘発電位を前記計測した脳波から抽出し、音圧aの検査音に対応する誘発電位Aの潜時または振幅と、音圧bの検査音に対応する誘発電位Bの潜時または振幅と、音圧cの検査音に対応する誘発電位Cの潜時または振幅Cとを演算する演算部と、前記誘発電位Aの潜時または振幅と前記誘発電位Bの潜時または振幅との第1差、および、前記誘発電位Bの潜時または振幅と前記誘発電位Cの潜時または振幅との第2差を演算し、前記第1差に対する前記第2差の変化量が予め定められた値以上であるときは、予め定められた、前記変化量と音圧との関係に基づいて、前記周波数fにおける不快閾値を推定する推定部とを備えている。
【0019】
前記演算部は、各検査音が呈示された時刻を起点として約100ミリ秒後に出現する陰性成分N1を、前記各検査音によって誘発された誘発電位として抽出するN1判定部を備えていてもよい。
【0020】
前記演算部は、前記誘発電位A、前記誘発電位B、および、前記誘発電位Cの各陰性成分N1の潜時を計算する潜時計算部を備えていてもよい。
【0021】
前記第1差に対する前記第2差の変化量が予め定められた値よりも小さいときにおいて、前記検査音範囲設定部は、前記周波数fの検査音に関し、前記音圧cよりも高い少なくとも2種類の音圧dおよびe(c<d<e)をさらに設定し、前記呈示順序決定部は、さらに設定された検査音を含む、複数種類の検査音の呈示順序を決定し、前記検査音出力部は、決定された前記呈示順序で、前記複数種類の検査音を出力し、前記演算部は、音圧dの検査音に対応する誘発電位Dの潜時または振幅と、音圧eの検査音に対応する誘発電位Eの潜時または振幅とを演算し、前記推定部は、前記誘発電位Cの潜時または振幅と前記誘発電位Dの潜時または振幅との第3差、および、前記誘発電位Dの潜時または振幅と前記誘発電位Eの潜時または振幅との第4差を演算し、前記第3差に対する前記第4差の変化量が前記予め定められた値以上であるときは、前記変化量と音圧との関係に基づいて、前記周波数fにおける不快閾値を推定してもよい。
【0022】
前記聴覚検査装置は、前記変化量と音圧に関する加算値との関係を示すテーブルを保持する記憶部をさらに備え、前記推定部は、前記変化量に基づいて前記テーブルを参照して前記変化量に対応する加算値を取得し、前記音圧cと前記加算値との和を前記不快閾値として推定してもよい。
【0023】
前記呈示順序決定部は、前記複数種類の検査音のそれぞれを複数回呈示するよう、呈示順序を決定し、前記演算部は、周波数および音圧が同じ検査音によって誘発された誘発電位を加算することにより、各検査音によって誘発された誘発電位として抽出してもよい。
【0024】
前記演算部は、前記複数の検査音の音圧の間隔が小さいほど、誘発電位の加算回数を多くしてもよい。
【0025】
前記演算部は、各検査音によって誘発された誘発電位を抽出する抽出部と、前記誘発電位から、各検査音が呈示された時刻を起点として約100ミリ秒後に出現する陰性成分N1、および、前記時刻を起点として約200ミリ秒後に出現する陽性成分P2を抽出するN1−P2抽出部と、前記陰性成分N1と前記陽性成分P2との差の絶対値であるN1−P2振幅を計算する振幅計算部とを備え、前記推定部は、前記N1−P2振幅と、予め定められた、前記N1−P2振幅と音圧との関係に基づいて、前記周波数fにおける、前記N1−P2振幅から聴取することができる音圧の範囲である快適範囲および前記不快閾値を推定してもよい。
【0026】
本発明のある実施形態による補聴器調整システムは、上述の聴覚検査装置と、所定の周波数の最小可聴値を取得する取得部と、前記最小可聴値に基づいて暫定的な不快閾値を設定する設定部と、特性設定部と、補聴器とを備えた補聴器調整システムであって、前記聴覚検査装置の検査音範囲設定部は、前記取得部によって取得された前記最小可聴値に基づいて、前記複数種類の検査音を設定し、前記特性設定部は、前記取得部によって取得された前記最小可聴値、および、前記聴覚検査装置によって推定された前記不快閾値に基づいて、前記補聴器の入出力特性を設定してもよい。
【0027】
本発明によるある実施形態にかかる聴覚検査方法は、少なくとも3種類の異なる音圧および少なくとも2種類の周波数の組み合わせで定められる複数種類の検査音を設定するステップと、同一周波数または同一音圧の検査音が連続して呈示されないよう、前記複数種類の検査音の呈示順序を決定するステップと、決定された前記呈示順序で、前記複数種類の検査音を出力するステップと、前記被験者の脳波を計測するステップと、同一の周波数fで、かつ、異なる音圧a、b、c(a<b<c)を有する各検査音によって誘発された誘発電位を前記計測した脳波から抽出し、音圧aの検査音に対応する誘発電位Aの潜時または振幅と、音圧bの検査音に対応する誘発電位Bの潜時または振幅と、音圧cの検査音に対応する誘発電位Cの潜時または振幅Cとを演算するステップと、前記誘発電位Aの潜時または振幅と前記誘発電位Bの潜時または振幅との第1差、および、前記誘発電位Bの潜時または振幅と前記誘発電位Cの潜時または振幅との第2差を演算し、前記第1差に対する前記第2差の変化量が予め定められた値以上であるときは、予め定められた、前記変化量と音圧との関係に基づいて、前記周波数fにおける不快閾値を推定するステップとを包含する。
【0028】
本発明によるある実施形態にかかるコンピュータプログラムは、補聴器調整システムに設けられたコンピュータによって実行されるコンピュータプログラムであって、前記コンピュータプログラムは、前記補聴器調整システムに実装されるコンピュータに対し、少なくとも3種類の異なる音圧および少なくとも2種類の周波数の組み合わせで定められる複数種類の検査音を設定するステップと、同一周波数または同一音圧の検査音が連続して呈示されないよう、前記複数種類の検査音の呈示順序を決定するステップと、決定された前記呈示順序で、前記複数種類の検査音を出力するステップと、計測された前記被験者の脳波を受け取るステップと、同一の周波数fで、かつ、異なる音圧a、b、c(a<b<c)を有する各検査音によって誘発された誘発電位を前記計測した脳波から抽出し、音圧aの検査音に対応する誘発電位Aの潜時または振幅と、音圧bの検査音に対応する誘発電位Bの潜時または振幅と、音圧cの検査音に対応する誘発電位Cの潜時または振幅Cとを演算するステップと、前記誘発電位Aの潜時または振幅と前記誘発電位Bの潜時または振幅との第1差、および、前記誘発電位Bの潜時または振幅と前記誘発電位Cの潜時または振幅との第2差を演算し、前記第1差に対する前記第2差の変化量が予め定められた値以上であるときは、予め定められた、前記変化量と音圧との関係に基づいて、前記周波数fにおける不快閾値を推定するステップとを実行させる。
【発明の効果】
【0029】
本発明の聴覚検査装置によれば、聴覚刺激に対する誘発反応を測定し、誘発反応の潜時または振幅と知覚的な音の大きさの感覚との対応関係に基づいて、被験者の不快閾値を推定することができる。不快あるいは危険なほど大きな音を聴取することなく、不快感を伴うことなく聴取可能な範囲で、複数の音の大きさの検査音を聴取した際の誘発反応より、不快閾値を推定する。これにより、大きすぎる音を聴取する不快感や、大きすぎる音を反復して聞くことによる難聴の悪化の危険を伴うことなく補聴器の増幅率調整に適した不快閾値を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の実施形態1における聴覚検査装置10の構成図である。
【図2】(a)は国際10−20法において定められた電極位置を示す図であり、(b)は聴性誘発電位の測定に用いられる代表的な電極位置を示す図である。
【図3】非特許文献3に示された、音の大きさとN1の潜時および振幅との関係を示す図である。
【図4】強度潜時関係記憶部190に記憶された、音圧上昇あたりの潜時の短縮幅と不快閾値UCLの推定のためのデータ(加算値)と対応関係の一例を示す図である。
【図5】本発明の実施形態1にかかる聴覚検査装置10の動作手順を示すフローチャートである。
【図6】聴覚検査装置10のUCL推定部200の詳細な構成を示すブロック図である。
【図7】検査音範囲決定部110が検査音の周波数と音圧の幅を設定する過程の一例を模式的に示す図である。
【図8】図7の例におけるN1潜時の測定結果の一例を示すグラフである。
【図9】本発明の実施形態1の変形例にかかる補聴器調整システム15の構成図である。
【図10】本発明の実施形態1の変形例の検査音の音圧範囲の設定方法を模式的に示す図である。
【図11】補聴器調整システム15において行われる処理の手順を示すフローチャートである。
【図12】HTLの範囲に応じて仮に設定された不快閾値の例を示す図である。
【図13】本発明の実施形態1の変形例における測定結果の一例のグラフである。
【図14】本発明の実施形態2による聴覚検査装置20の構成図である。
【図15】(a)〜(c)はN1−P2の計測結果の波形の一例を示す図である。
【図16】強度振幅関係記憶部390が記憶している、振幅と快適範囲および不快閾値UCLとの関係を示すテーブルの一例を示す図である。
【図17】本発明の実施形態2にかかる聴覚検査装置20の処理の手順を示すフローチャートである。
【図18】検査音範囲決定部110が検査音の周波数と音圧の幅を設定する過程の一例を模式的に示す図である。
【図19】図18の例におけるN1―P2振幅の測定結果の一例をグラフである。
【図20】聴覚検査装置20において行われる処理の手順を示すフローチャートである。
【図21】検査音の音圧の間隔と加算回数の関係を示したテーブルの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、添付の図面を参照しながら、本発明による聴覚検査装置等の実施形態を説明する。
【0032】
本願発明では、知覚的処理が反映された生理的な反応である、聴覚刺激に対する誘発電位の反応潜時または振幅と、知覚的な音の大きさの感覚との関係を利用して、大きすぎる音を聴取することなく、聴取可能な範囲の音を聴取した際の誘発電位より、不快閾値を推定する。
【0033】
人間の感覚は、その感覚受容器に適した範囲で刺激を受容する。受容可能な範囲のうち、上の限界に近い領域を除くと、刺激の大きさの感覚は、刺激の物理量の対数に対して線形である場合が多い。聴覚もこのような特性を持っている。音の大きさの感覚は聞き取れる最小の値である最小可聴値の周辺と、音が大きすぎて音として感じられない大きさの周辺を除くと、音の大きさの感覚は、空気振動のエネルギーの対数とおおむね線形である。音の大きさの物理量であるデシベル(dB)は対数で示された空気振動のエネルギーであり、限られた範囲では人間の音の大きさの感覚とよく一致する。
【0034】
本願発明者らは、聴覚誘発電位のうち、比較的単純な処理を反映する成分の振幅と潜時は、音の大きさの感覚と関係が深いと考えた。非特許文献3には聴覚誘発電位の振幅と潜時が音の大きさにより変化することが示されている。この特性は後述する図3に示されている。図3によれば、音の大きさと聴覚誘発電位の潜時との関係は可聴範囲の中ほどの領域で線形である。本願発明者らは、音の大きさと聴覚誘発電位の潜時との関係が線形でなくなる境界を求めることで、受容可能な範囲の限界として不快閾値を推定することを見出した。
【0035】
「聴性誘発電位(auditory evoked potential)」とは、脳波(electroencephalogram:EEG)の一部であり、聴覚に対して与えられた外的な事象に時間的に関連して生じる脳の一過性の電位変動をいう。本願明細書においては、聴覚に対して与えられた外的な事象は、音刺激の呈示、すなわち、音を出力すること、たとえば音を電気音響変換器から出力することをいう。電気音響変換器はたとえばスピーカ、ヘッドホン、イヤホンなどである。
【0036】
聴性誘発電位は体表から誘導される電位である。聴性誘発電位は頭頂(Vertex)と耳朶または側頭乳突部(マストイド)の電位差として記録される。図2(a)は、国際10−20法において定められた電極位置を示している。頭頂はCzとして表されている。図2(b)は、聴性誘発電位の測定に用いられる代表的な電極位置を示している。この図において、マストイドは符号「5」が付された位置に存在する。なお、鼻根にはアース電極"Earth"が設けられる。耳朶またはマストイドに置かれた基準電極の電位を基準として、頭頂の電位が特定される。そのように特定された電位を聴性誘発電位とする。
【0037】
N1成分(以降、単に「N1」と呼ぶ場合がある。)は、聴性誘発電位のうち音刺激の呈示時点から80ミリ秒(ms)以上150ミリ秒(ms)以下の範囲の陰性成分のピークであるなお本明細書においては、ある時点を起点としてから80ms以上150ms以下の時刻を「約100ms」と記述することもある。N1成分は「N100」と呼ばれることもある。
【0038】
P2成分(以下、単に「P2」と呼ぶ場合がある。)は、聴性誘発電位のうち音刺激の呈示時点から160ms以上250ms以下の範囲の陽性成分のピークである。P2は、時間的に、N1の直後に現れる。なお本明細書においては、ある時点を起点として160ms以上250ms以下の時刻を「約200ms」と記述することもある。P2成分は「P200」と呼ばれることもある。
【0039】
N1及びP2は、時間的に連続して現れるため、N1−P2複合波(N1−P2 complex)として一体的に取り扱われる場合がある。
【0040】
本願明細書では、音刺激の呈示時点から各成分の電位のピークまでの時間を、「潜時」または「ピーク潜時」とよぶ。
【0041】
N1の潜時は、約100msである。P2の潜時は、約200msである。また、N1−P2振幅とはN1のピーク電位とP2のピーク電位との差分の絶対値を示す。よりわかりやすく説明する。N1のピーク電位は負の値である。一方、P2のピーク電位は正の値である。N1−P2振幅とは、N1のピーク電位(負)とP2のピーク電位(正)との差分(負)の絶対値、換言すると、N1のピーク電位(負)の絶対値とP2のピーク電位(正)との和である。
【0042】
N1の潜時は、人が感じる音の大きさが大きくなると短くなり、人が感じる音の大きさが小さくなると長くなる。人が感じる音の大きさは、ラウドネスと呼ばれる。このラウドネスは、人間の音の大きさの感覚を示す。健聴者においては、可聴範囲の一定の範囲では音のエネルギーの対数に対しておおむね線形に対応する。
【0043】
図3は、非特許文献3に示された、音の大きさとN1の潜時および振幅との関係を示す。図3の実線は、音の大きさとN1−P2振幅の大きさとの関係を示す。図3の点線は音の大きさと、N1の潜時との関係を示す。
【0044】
図3の横軸は、dBSL(Sensation Level(感覚レベル))である。被験者の最小可聴値を0dBとして、音圧がdB値で表示される。図3の縦軸は、左側の表示がN1−P2振幅の大きさをマイクロボルトで表示している。右側の表示はN1の潜時をミリ秒(ms)で示している。
【0045】
ここでは、健聴者を被験者とし、1000Hzの周波数の検査音を用いて、実験を行っている。以下、被験者に呈示する検査音を「聴覚刺激」「音刺激」とも呼ぶ。
【0046】
被験者が健聴者であり、かつ、検査音の周波数が1000Hzである場合、不快閾値は90dB以上100dB以下であることが知られている。従って、健聴者の不快閾値は、図の右端の90dBSLよりも大きい。
【0047】
10dBSLから90dBSLまでの範囲において、実線で示される振幅は比較的線形に増加する。一方、10dBSLから30dBSLまでの範囲おいて、点線で示される潜時は急峻に短くなる。また、30dBSLから70dBSLまでの範囲においては、潜時は比較的線形に短くなる。70dBSLより大きな音に対しては、検査音の音圧上昇に対して、潜時の短縮幅が小さくなる。健聴者に関しては、30dBSLは聞き取りやすい大きさよりやや小さい程度の大きさであり、70dBSLは聞き取りやすい範囲の上限程度である。70dBSLより大きくなると健聴者は大きな音と感じ始める。図3によれば、検査音の大きさの増加に対するN1潜時の変化量を見ることで、検査音の大きさが、聞き取りやすい範囲にあるのか、聞き取りやすい範囲より大きいあるいは小さいのかを判断可能である。
【0048】
これまで、聴性誘発電位は、難聴スクリーニングや難聴の診断のための利用を目的として検討されてきた。閾値上の感覚量については、難聴者に見られる補充(reclutment)現象の有無を検討するために聴性誘発電位を用いた例がわずかに見られるのみである。
【0049】
しかしながら、これまでの聴覚機能の測定方法においては、聴性誘発電位と閾値上の感覚量との対応を利用して被験者の聴覚の状態を推定する視点はなかった。本願発明者は、N1潜時と閾値上の感覚量との関係に着目し、聞き取りやすい範囲の上限の音の大きさを計測することで、大きすぎて耐えられない音の大きさを推定することが可能であることを見出した。
【0050】
具体的には、本願発明者らは、聞き取りやすいと感じる音の大きさの範囲に注目した。そして、検査音の値を順次上昇させるのではなく、検査音の音圧の範囲を複数設定してランダムに検査音を呈示し、呈示に応答して得られた、検査音が上昇したことに対するN1の特性の変化に基づいて大きさに関する感覚の変化を判断する。
【0051】
N1は閾値上の音の感覚量と対応する。しかしながら、その他の条件によってもN1の潜時と振幅とは変化する。同じ音が連続すると慣れが起きる。純音の検査音であれば同じ周波数の音が連続すると慣れがおき、振幅が小さくなる。そこで本願発明者らは、同一周波数の検査音を反復なしに呈示することで、測定の精度を保った。音圧についても同様に、本願発明者らは、音圧を徐々に大きくするのではなく、ランダムな音圧で呈示することとした。以下、添付の図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明する。
【0052】
なお、以下の実施形態の説明では、「検査音」およびその「周波数」に言及する。本明細書では、検査音は純音でもよいし、狭帯域ノイズでもよい。検査音が純音の場合には、検査音の周波数は純音の周波数となる。検査音が狭帯域ノイズの場合には、検査音の周波数はそのノイズの中心周波数として扱えばよい。
【0053】
(実施形態1)
図1は、実施形態1における聴覚検査装置10の構成図を示す。
【0054】
聴覚検査装置10は、聴覚刺激に対する誘発反応を測定し、誘発反応の潜時または振幅と知覚的な音の大きさの感覚との対応関係に基づいて、被験者の不快閾値を推定する。このとき被験者は、不快なほどの大きな音、あるいは聴覚機能に支障をきたすような危険な大きな音を聴取する必要はなく、違和感なく聴取可能な範囲で、複数の音の大きさの検査音を聴取すればよい。聴覚検査装置10は、検査音(聴覚刺激)に対する被験者の誘発反応により、不快閾値を推定する。これにより、大きすぎる音を聴取する不快感や、大きすぎる音を反復して聞くことによる難聴の悪化の危険を被験者に与えることなく、補聴器の増幅率調整に適した不快閾値を得ることができる。
【0055】
聴覚検査装置10は、たとえば補聴器店や耳鼻科において、被験者または患者の不快閾値の判定に関する検査に用いられる。なお、聴覚検査装置10は聴力検査を行うためのオージオメーターに組み込まれてもよい。
【0056】
以下、聴覚検査装置10の構成を説明する。
【0057】
本実施形態の聴覚検査装置10は、検査音範囲決定部110と、呈示順序決定部120と、検査音信号生成部130と、検査音出力部140と、脳波計測部150と、誘発電位抽出部160と、N1判定部170と、潜時計算部180と、強度潜時関係記憶部190と、UCL推定部200と、演算部300とを備えている。
【0058】
検査音範囲決定部110は、検査音の周波数と呈示音圧の範囲を設定する。
【0059】
呈示順序決定部120は、検査音範囲決定部110で設定された範囲内で、複数の検査音の周波数と音圧とを決定し、その検査音の呈示順序を決定する。
【0060】
検査音信号生成部130は、検査音の信号を生成する。
【0061】
検査音出力部140は検査音信号を検査音として出力する。
【0062】
脳波計測部150は、いわゆる脳波計であり、被験者100の頭皮等に設置された電極を介して脳波を取得する。
【0063】
演算部300は、誘発電位抽出部160、N1判定部170および潜時計算部180を有している。演算部300はたとえば集積回路チップとして実現してもよい。
【0064】
誘発電位抽出部160は、脳波信号から誘発電位を抽出する。
【0065】
N1判定部170は、潜時約100msの陰性電位であるN1を抽出する。
【0066】
潜時計算部180は、N1の潜時を計測する。
【0067】
強度潜時関係記憶部190は、音の大きさとN1潜時との対応関係を記憶する。
【0068】
UCL推定部200は、強度潜時関係記憶部190に記憶された対応関係に基づいて、計測されたN1潜時から不快閾値(Uncomfortable Level;以下「UCL」とも呼ぶ。)を推定する。
【0069】
検査音範囲決定部110は周波数設定部111と音圧設定部112とを有している。検査音範囲決定部110は、測定支持情報の入力を受けて、周波数設定部111で検査音の周波数を複数種類設定し、音圧設定部112で周波数ごとに複数の音圧を設定しうる検査音の音圧範囲を設定する。
【0070】
呈示順序決定部120は、音圧決定部121と順序決定部122とを有している。音圧決定部121は、検査音範囲決定部110で設定された検査音の周波数と音圧の範囲内で、呈示する検査音の周波数ごとに複数の音圧を決定する。順序決定部122は検査音の呈示順序を決定する。
【0071】
検査音信号生成部130は、呈示順序決定部120で決定された検査音の周波数と音圧に基づいて検査音信号を生成する。
【0072】
検査音出力部140は、検査音信号生成部130で生成された検査音信号を呈示順序決定部120で決定された検査音の呈示順序に従って音響信号として出力する。
【0073】
誘発電位抽出部160は、脳波計測部150で取得された脳波信号から検査音を聴取したことによって誘発された誘発電位を抽出する。
【0074】
N1判定部は、誘発電位抽出部160が抽出した誘発電位の中で潜時約100msの陰性電位であるN1を抽出する。
【0075】
聴覚検査装置10は、検査音範囲決定部110、呈示順序決定部120、検査音信号生成部130、誘発電位抽出部160、N1判定部170、N1潜時計算部180、および、UCL推定部200は、例えば単一または複数のコンピュータとメモリによって実現される。強度潜時関係記憶部190は例えば単一のメモリによって実現される。
【0076】
前述のようなN1の特性に基づき、UCL推定部200は潜時計算部180で計測された潜時の短縮幅を求める。短縮幅は、検査音の音圧上昇に対する潜時の短縮幅、例えば、10dBの音圧上昇ごとの潜時の短縮幅である。
【0077】
音圧上昇に伴う潜時の短縮幅を比較して、例えば80dBSPL("Sound pressure level")から90dBSPLでの潜時の短縮幅に対して、90dBSPLから100dBSPLでの潜時の短縮幅が20%以上小さくなった場合に、潜時の短縮幅が小さくなったと見なす。このときの、検査音の範囲が2種類あるうちの、音圧の大きな検査音の範囲、上記の例では90dBSPLから100dBSPL、であって、音圧上昇に対する短縮幅が小さかった音圧範囲、での単位音圧上昇あたりの潜時の短縮幅(例えば10dB音圧上昇あたりの潜時の短縮幅)に従って、不快閾値を推定する。上記の例では90dBSPLから100dBSPLでの潜時の短縮幅に従って、不快閾値を推定する。
【0078】
図4は、強度潜時関係記憶部190に記憶された、音圧上昇あたりの潜時の短縮幅と不快閾値UCLの推定のためのデータ(加算値)と対応関係の一例を示す。
【0079】
図4に示されるように、本実施形態では、例えば10dB音圧上昇あたりの潜時の短縮幅に応じて、不快閾値UCLを推定するための加算値が設定されている。UCL推定部200は、図4のデータを利用して、短縮幅に応じた加算値を潜時短縮幅が小さくなった検査音の音圧に加算して、不快閾値UCLを求める。
【0080】
例えば90dBSPLから100dBSPLでの潜時の短縮幅が、音圧がそれより小さい場合の潜時の短縮幅より小さかった場合を例に挙げて説明する。100dBSPLでの潜時が90dBSPLでの潜時より3ms短かった場合、UCL推定部200は、図4の表にしたがって、加算値を10dBと決定する。UCL推定部200は、潜時の短縮を確認した音圧である100dBSPLに加算値10dBを加え、110dBSPLを不快閾値UCLであると推定する。
【0081】
図3に示すグラフを参照しながら、他の例を説明する。図3によれば、50dBSLの検査音では潜時は100msであり、60dBSLの検査音では96msであり、70dBSLの検査音での潜時は92msである。従って50dBSLから60dBSLへの音圧上昇に対応する潜時短縮幅は4ms、60dBSLから70dBSLへの音圧上昇に対応する潜時短縮幅も4msであり、短縮幅は変化していない。
【0082】
ところが、80dBSLの検査音での潜時は89msであり、70dBSLから80dBSLへの音圧上昇に対応する潜時短縮幅は3msとなる。これは、60dBSLから70dBSLへの音圧上昇に対応する潜時短縮幅4msに対して25%小さい。ここでUCL推定部200は、短縮幅が10dBあたり3msであることに基づいて、図4のテーブルを参照し、加算値を10dBとする。この例ではUCL推定部200は、70dBSLから80dBSLへの音圧上昇で潜時の短縮幅が小さくなったので、80dBSLに10dBを加算し、不快閾値を90dBSLと推定する。
【0083】
なお、健常者が不快と感じない程度の低い音圧範囲については、不快閾値の候補として推定する必要はない。そのような低い音圧範囲をたとえば40dBSPLより低い範囲とし、40dBSPL以上の音圧範囲について上述した潜時短縮幅を求め、不快閾値を推定してもよい。これにより、処理量の軽減を図ることができるとともに、的確に不快閾値UCLを特定することができる。
【0084】
次に上記のように構成された聴覚検査装置の動作を、図5、図7、図8を参照しながら説明する。
【0085】
図5は本実施形態にかかる聴覚検査装置10の動作手順を示すフローチャートである。
【0086】
聴覚検査装置10が動作を開始すると、まず、検査音範囲決定部110は測定指示情報の入力を受け取り、測定を開始する(S1000)。測定指示情報は、聴覚検査装置10の外部のシステムから入力されるあるいは操作入力手段より入力される。測定指示情報は不快閾値UCLを測定すべき周波数の情報を含んでもよい。
【0087】
検査音範囲決定部110の周波数設定部111は検査音の複数の周波数を決定する(S1010)。周波数設定部111は、あらかじめ定められた複数の周波数のうち、不快閾値UCLを測定すべき周波数を決定する。ステップS1000で検査音範囲決定部110に入力された測定指示情報が測定周波数を指定する情報を含む場合は、周波数設定部111は、測定指示情報に指定された周波数を検査音の周波数として決定する。一方、測定指示情報が測定周波数を指定する情報を含まない場合は、周波数設定部111はあらかじめ定められた周波数、例えば250Hz、500Hz、1000Hz、2000Hzおよび4000Hzの5つの周波数を検査音の周波数として決定する。
【0088】
音圧設定部112はステップS1010で決定された検査音の周波数ごとに、検査音の音圧の範囲を設定する(S1015)。検査音の音圧範囲の設定方法については後述する。
【0089】
呈示順序決定部120の音圧決定部121は、検査音範囲決定部110で設定された検査音の周波数と音圧の範囲を入力として、検査音として指定された周波数ごとに、指定された音圧範囲内で音圧の異なる複数の検査音を設定する(S1020)。
【0090】
順序決定部122は設定した全検査音に対して、検査音の呈示順序を決定する(S1025)。このとき、順序決定部122は、誘発電位を加算平均によって抽出する際の加算回数を例えば20回とし、この反復分を含めた全刺激音に対して、同一の周波数が連続しない条件を満たすようランダムな順序を割り当てる。
【0091】
短時間で同一の刺激音が反復される場合、N1−P2成分の振幅は反復に従って急速に小さくなるとされている。従って、異なった刺激が予測不能な順で呈示される必要がある。順序の割り当て方法として、例えば、順序決定部122は1つ目の検査音を任意に選択し、2つ目以降については残りの検査音のうち1つ目の検査音と同一の周波数の検査音を除いたすべての検査音のうちから任意に選択する。これを繰り返して全順序を決定すればよい。
【0092】
次に、検査音信号生成部130は、ステップS1015およびS1020で周波数と音圧とが決定された複数の検査音の各々の信号を生成する。検査音出力部140は、検査音信号生成部130により生成された検査音をステップS1025で決定された呈示順序に従って、被験者100に順次呈示する。検査音出力部140は検査音の出力と同時に検査音出力タイミングの情報を脳波計測部150に出力する。脳波計測部150は被験者100の皮膚上に装着した電極から脳波を測定する(S1030)。
【0093】
脳波計測時の検査音の呈示方法は、例えば、検査音の呈示時間間隔を500msから1秒の間の任意の時間幅とする。ただし時間幅は都度ランダムに変更されるとする。また、検査音は例えばヘッドホンを使用して片耳に呈示する。脳波計測は、例えば、脳波計測用電極を頭頂(Vertex)すなわち国際10−20法のCz(図2(a))に装着し、基準電極を側頭骨乳様突起(Mastoid process of temporal bone)上に、生体アース電極を鼻根に装着し、計測用電極と基準電極との間の電位差を脳波として計測する。
【0094】
計測時間は、例えば、最初の検査音の呈示前500msから最後の検査音の呈示後500msまでの期間で継続する。
【0095】
誘発電位抽出部160は、脳波計測部150により計測した脳波から、検査音の種類ごとに、誘発電位を抽出する(S1040)。検査音の種類は、検査音の周波数と、検査音の音圧とによって分類される。同一の周波数で同一の音圧の検査音を同一種類の検査音とする。
【0096】
誘発電位の抽出手順は、例えば以下のとおりである。誘発電位抽出部160はまず、検査音の呈示開始時刻を0(起点)として−100msから300msの時間幅の脳波波形を切り出す。切り出した脳波波形について、誘発電位抽出部160は、−100msから0msの区間の平均電位を求め、求めた平均電位が0ボルトとなるように波形全体をシフトする。誘発電位抽出部160は、同一種類の検査音ごとに脳波波形を集めて、検査音の呈示開始時刻を0とした時間軸上で脳波波形を加算平均する。本実施形態では誘発電位抽出部160は、20回分の脳波波形を加算平均する。加算平均演算によって得られた脳波波形は、対象とされたその検査音の脳波波形(誘発電位波形)として採用される。
【0097】
ステップS1040で誘発電位抽出部160により抽出された検査音の種類ごとの誘発電位から、N1判定部170は聴性誘発電位であるN1成分を抽出する。潜時計算部180はN1判定部170によって抽出されたN1の潜時を求める(S1050)。N1の潜時は上述の起点から約100msである。本実施形態では、N1判定部170は、検査音の呈示開始時刻を0としたときの、80ms以上200ms以下の間で、脳波波形における陰性の最大値をN1成分として抽出する。
【0098】
潜時計算部180は、陰性が最大値を示した時点を、検査音の呈示開始時刻を0とした時間軸上の位置(経過時間)で表記した時刻をN1の潜時とする。
【0099】
次に、ステップS1050で潜時計算部180によって求められたN1の潜時を、UCL推定部200は検査音の周波数ごとに比較して、検査音の音圧上昇に対応する潜時短縮幅が一定以上縮小したか否かを判断する。潜時短縮幅が縮小している場合には、UCL推定部200は潜時短縮幅の縮小が認められた音圧と潜時短縮幅を周波数ごとに保存する。検査音の全周波数において潜時短縮幅の縮小が認められた音圧と潜時短縮幅が保存されているか否かを判断する(S1060)。
【0100】
図6は、聴覚検査装置10のUCL推定部200の詳細な構成を示すブロック図である。UCL推定部200は、計算区間設定部201と、潜時短縮幅計算部202と、潜時短縮幅比較部203と、音圧特定部204と、記憶部205と、推定部206とを有している。
【0101】
潜時短縮幅は、例えば検査音の周波数ごとに、各音圧に対応するN1潜時について、音圧上昇10dBあたりの潜時の短縮幅とする。本実施形態では音圧が最も近い検査音同士で潜時短縮幅の計算区間を設定する。隣り合う潜時短縮幅の計算区間において、音圧が大きい区間で、音圧が小さい区間の潜時短縮幅に比べて例えば20%以上短縮幅が小さくなった場合に潜時の短縮幅が小さくなったと見なす。
【0102】
図7は、検査音範囲決定部110が検査音の周波数と音圧の幅を設定する過程の一例を模式的に示している。図8は、図7の例におけるN1潜時の測定結果の一例を示すグラフである。以下、図5のステップS1060の処理の詳細を、図6に示されるUCL推定部200の構成要素の動作とともに詳細に説明する。
【0103】
例えば、図8では500Hzおよび1000Hzの検査音については70dBSPL、80dBSPLおよび90dBSPLの音圧が設定されている。UCL推定部200の計算区間設定部201は、潜時短縮幅の計算区間として、70dBSPLから80dBSPLの区間と80dBSPLから90dBSPLの区間の隣り合う2つの区間を設定する。潜時短縮幅計算部202は70dBSPLから80dBSPLの区間での潜時短縮幅と80dBSPLから90dBSPLの区間での潜時短縮幅を求める。潜時短縮幅比較部204は、70dBSPLから80dBSPLの区間での潜時短縮幅と80dBSPLから90dBSPLの区間での潜時短縮幅を比較する。
【0104】
上述の通り、N1の潜時は、人が感じる音の大きさが大きくなると短くなり、人が感じる音の大きさが小さくなると長くなる。よって、潜時短縮幅が縮小されることは、被験者が感じる音の大きさが大きくなってきていることを意味する。よって隣接する音圧区間の潜時短縮幅同士を比較することにより、被験者が感じる音の大きさが大きくなっているかどうかを判断することができる。
【0105】
なお、本願明細書の例では、両区間の音圧上昇がどちらも10dBであるため、潜時短縮幅計算部202は70dbSPLの検査音に対するN1潜時と80dBSPLの検査音に対するN1潜時との差分を、単位音圧上昇幅である10dB幅に対する潜時短縮幅とする。同様に80dBSPLから90dBSPLの区間でも、潜時短縮幅計算部202は、80dbSPLの検査音に対するN1潜時と90dBSPLの検査音に対するN1潜時との差分を、単位音圧上昇幅である10dB幅に対する潜時短縮幅として求める。
【0106】
潜時短縮幅比較部204は、両区間の潜時短縮幅を比較し、短縮幅の縮小量を判断する。
【0107】
図8の4000Hzの例を説明する。この例では、70、80および90dBSPLに加えて、検査音の音圧として95dBSPL、99dBSPL、101dBSPLが設定されている。この場合、95dBSPL、99dBSPL、101dBSPLの音圧に関する潜時短縮幅の計算区間として、計算区間設定部201は95dBSPLから99dBSPLの区間と99dBSPLから101dBSPLの区間とを設定する。両区間の音圧上昇は4dBと2dBであるため、潜時短縮幅計算部202は、潜時短縮幅として99dBSPLの検査音に対するN1潜時と95dBSPLの検査音に対するN1潜時の差分を2.5倍し、単位音圧上昇幅である10dBあたりの短縮幅を求める。同様に101dBSPLの検査音に対するN1潜時と99dBSPLの検査音に対するN1潜時との差分を5倍し、単位音圧上昇幅である10dBあたりの短縮幅を求め、両区間を比較して短縮幅の縮小量を判断する。
【0108】
音圧特定部204は、潜時の短縮幅が縮小したと判断された区間の最大音圧を潜時短縮幅が縮小した音圧とみなして、その音圧と潜時短縮幅を、当該周波数の潜時短縮幅が縮小した音圧と潜時短縮幅として記憶部205に保存する。
【0109】
推定部206は記憶部205を参照して、N1潜時の短縮幅が縮小する音圧が決定されていない検査音周波数が残っているか否かを判断する。
【0110】
ステップS1060において、音圧上昇に対するN1潜時の短縮幅が縮小する音圧が全検査音周波数について決定された場合は、処理はステップS1070に進む。一方、音圧上昇に対するN1潜時の短縮幅が縮小する音圧が決定されていない検査音周波数が残っている場合には、処理はステップS1065に進む。
【0111】
ステップS1065では、周波数設定部111は、ステップS1010で決定されていた検査音の周波数のうち、未検査の周波数を設定する。そして処理は再びステップS1015から同様の処理が行われる。
【0112】
推定部206は、強度潜時関係記憶部190に保持されたテーブル(図4)を参照して、不快閾値を推定する(S1070)。具体的には、UCL推定部200は、検査音ごとに、N1潜時の短縮幅が縮小する音圧とその際の音圧上昇10dBあたりの潜時の短縮幅を抽出する。そして抽出された潜時の短縮幅で強度潜時関係記憶部190が保持するテーブルを参照して、不快閾値の推定に用いる加算値を求める。その後、UCL推定部200は、音圧上昇に対するN1潜時の短縮幅が縮小する音圧値(たとえばその音圧範囲に含まれる最大音圧値)にそれぞれの加算値を加算して、その音圧に関する不快閾値を求める。UCL推定部200は、求めた不快閾値のうちで最も大きい値を、その周波数に関する不快閾値UCLであると推定する。
【0113】
UCL推定部200はステップS1070で推定された検査音周波数ごとの不快閾値を推定結果として出力する。UCL推定部200は、例えばディスプレイのような表示装置に出力し、検査音の周波数ごとの不快閾値を表示し(S1080)、処理を終了する。
【0114】
検査音範囲決定部110は、不快閾値を測定しようとする周波数において、所定の条件を満たして検査音の音圧範囲を設定するといえる。所定の条件とは、以下の1)から3)の条件である。すなわち、1)想定される不快閾値より小さい音圧の範囲内であること。2)先行する1回以上の音圧範囲設定での測定を含む一連の測定で少なくとも3つ以上の異なる音圧で測定結果を取得することができること。3)複数回の音圧範囲を設定する際には、先行する音圧範囲設定時に設定された音圧範囲より大きな音圧の範囲で音圧範囲を設定すること、である。
【0115】
続いて、再び図7および図8を参照しながら、図5の各ステップの詳細をより具体的に説明する。
【0116】
ステップS1010における検査音範囲決定部110の動作の詳細を説明する。図7の例では測定する周波数は250Hz、500Hz、1000Hz、2000Hz、4000Hzである。健聴者における不快閾値は100dBSPL程度であるので、まず初回の音圧範囲設定として、各周波数に対して、1)の条件に従い、100dBSPLより小さい音圧範囲を設定する。
【0117】
また、健聴者における音の大きさに対する弁別閾は1dB程度であるので、2)の条件に従い、検査音の音圧を3種類以上設定できるように、2dB以上の幅のある音圧範囲で設定する。なお、本願明細書において「弁別閾」とは、音による刺激を変化させたとき、その相違を感知できる最小の刺激差をいう。
【0118】
図7の例においては、初回の音圧設定は白抜き矢印のように各周波数(横軸)に対して70dBSPLから90dBSPLの音圧レベル(縦軸)の範囲を設定する。この検査音の音圧範囲に従って、ステップS1020で音圧決定部121は5種類の周波数それぞれに対して、例えば70dBSPL、80dBSPL、90dBSPLの出力音圧を決定する。これにより、この例では15種類の検査音が設定される。さらに、15種類の検査音のそれぞれについて20回の加算平均のための反復測定が設定される。初回の検査音の周波数と音圧範囲の設定に対して合計300回、検査音が設定される。
【0119】
初回に設定された検査音の周波数と音圧範囲に対してステップS1030、ステップS1040、ステップS1050により15種類の検査音に対するN1潜時が求められる。ステップS1060においてUCL推定部200の潜時短縮幅比較部203は、各周波数での音圧上昇に対応する潜時の短縮幅を比較する。
【0120】
一例として、初回の70dBSPL、80dBSPL、90dBSPLの検査音に対して、図8に示すようなN1潜時が得られたとする。
【0121】
いま、周波数500HzについてのN1潜時に着目する。70dBSPLから80dBSPLの音圧上昇に対して潜時が5ms短縮され、80dBSPLから90dBSPLの音圧上昇に対しては潜時が3ms短縮されている。よって、80dBSPLから90dBSPLでの潜時短縮幅は70dBSPLから80dBSPLでの潜時短縮幅に対して40%小さくなっていることが分かる。短縮幅の縮小量(比)が20%を超えているので、音圧特定部204は90dBSPLをN1潜時の短縮幅が縮小した音圧とみなす。
【0122】
また、1000Hzについても同様の方法でN1潜時の短縮幅が縮小した音圧を特定することができる。具体的には、周波数250Hzでは、70dBSPLから80dBSPLの音圧上昇に対して潜時が6ms短縮され、80dBSPLから90dBSPLの音圧上昇に対しては潜時が5ms短縮されている。80dBSPLから90dBSPLでの潜時短縮幅は70dBSPLから80dBSPLでの潜時短縮幅に対して17%小さくなっている。短縮幅の縮小量(比)が20%を超えないため、音圧特定部204は250HzではN1潜時の短縮幅が縮小した音圧を決定することができない。2000Hz、4000Hzも同様にN1潜時の短縮幅が縮小した音圧を決定することができない。
【0123】
従って図7および図8の例では、2000Hz、4000Hzの周波数に関しては、初回の検査音の範囲に対して、ステップS1060における判断結果は「No」となる。その結果、処理はステップS1065に進み、周波数設定部111は未検査の周波数が設定される。
【0124】
そして処理はステップS1010に戻り、音圧設定部112により、2回目の検査音の音圧範囲が設定される。具体的には以下のとおりである。
【0125】
初回の検査音の範囲で、500Hzと1000HzのN1潜時の短縮幅が縮小した音圧は決定されたので、2回目の検査音の周波数と音圧範囲の設定では、音圧設定部112は、初回でN1潜時の短縮幅が縮小した音圧が決定されなかった、250Hz、2000Hz、4000Hzを設定する。音圧については、音圧設定部112は、上述の3条件を満たした音圧範囲を設定する。具体的には音圧設定部112は、上記1)の条件に従い、100dBSPLより小さい音圧範囲で、上記2)の条件に従い、初回の検査音を含めて1dB以上の音圧の差のある検査音を3種類以上設定可能な音圧範囲で、かつ、上記3)の条件に従い、90dBSPLより大きい音圧の範囲で、音圧範囲を設定する。
【0126】
図7の例においては、音圧設定部112は、黒の矢印に示すように250Hz、2000Hz、4000Hzに対して、それぞれ91dBSPLから99dBSPLの範囲を設定する。設定された検査音の音圧範囲と、初回で設定した検査音の最大音圧とに従って、ステップS1020で3種類の周波数それぞれに対して検査音の音圧を決定する。
【0127】
例えば音圧設定部112は、2回目の検査音の範囲として設定された、91dBSPLから99dBSPLの8dBの音圧の幅を2分割し、検査音の音圧を95dBSPLと99dBSPLとする。これらの音圧を、250Hz、2000Hz、4000Hzのそれぞれに適用すると、6種類の検査音を設定することができる。250Hz、2000Hz、4000Hzでは、1回目の測定とあわせて、5つの音圧の検査音に対する測定が行われることとなる。2回目の測定における6種類の検査音それぞれについて20回の加算平均のための反復測定が設定される。したがって、2回目の検査音の周波数と音圧範囲の設定に対して120の検査音呈示が設定される。
【0128】
初回と同様にステップS1030からステップS1050の動作により、6種類の検査音に対するN1の潜時が求められる。図8に示すように、250Hzに関しては、95dBSPLおよび99dBSPLのいずれの音圧についても、N1潜時は98msであった。初回測定時の90dBSPLに対するN1の潜時が99msであったので、90dBSPLから95dBSPLへの音圧上昇に対応する潜時短縮幅は1msであり、10dBあたりでは2msとなる。一方、80dBSPLから90dBSPLへの音圧上昇に対応する潜時短縮幅は5msであった。したがって、短縮幅の縮小量(比)は20%以上となっている。そこで音圧特定部204は、250HzにおいてN1潜時の短縮幅が縮小した音圧を95dBSPLと決定する。
【0129】
次の2000Hzでは、95dBSPLの検査音に対するN1潜時は102msであり、99dBSPLに対しては100msであった。90dBSPLから95dBSPLへの音圧上昇に対応する潜時短縮幅は3msであり、10dBあたりでは6msである。また、95dBSPLから99dBSPLへの音圧上昇に対応する潜時短縮幅は2msであり、10dBあたりでは5msである。音圧上昇に対する短縮幅の縮小量(比)が20%以上となる区間がないため、音圧特定部204は、2000HzにおけるN1潜時の短縮幅が縮小した音圧を決定できない。4000Hzについても同様である。従ってステップS1060では再びNoと判定され、聴覚検査装置10はステップS1065およびS1015の処理を実行する。
【0130】
2回目の音圧範囲で、250HzのN1潜時の短縮幅が縮小した音圧は決定された。そのため、3回目の検査音の周波数の設定(ステップS1065)にあたっては、N1潜時の短縮幅が縮小した音圧が決定されていない、2000Hz、4000Hzが設定される。音圧については、ステップS1015において音圧設定部112は、当初想定された100dBまでにN1潜時の短縮幅が縮小した音圧が決定されていないため、想定不快閾値を例えば102dBSPLに変更する。1)の条件によれば、音圧設定部112は102dBSPLより小さい音圧範囲を設定する。2)の条件によれば、音圧設定部112は初回と2回目の検査音を含めて音圧設定が3種類以上可能なように、1dB以上の幅のある音圧範囲で設定する。3)の条件によれば、音圧設定部112は、99dBSPLより大きい音圧の範囲を設定する。
【0131】
図7の例においては、3回目の音圧設定は網がけの矢印のように2000Hz、4000Hzに対して、100dBSPLから101dBSPLの範囲を設定する。この検査音の音圧範囲に従って、音圧決定部121はステップS1020で2種類の周波数それぞれに対して検査音の音圧を決定する。図7および図8の例では、2回目の検査音の最大音圧は99dBSPLであり、初回の最大音圧の検査音を含め、音圧の間隔は5dBと4dBであった。ここでは例えば、設定範囲の音圧の幅が1dBと狭いため、音圧決定部121は、検査音の音圧を101dBSPL1種類として、2000Hzと4000Hzの2種類の検査音を設定する。音圧決定部121は、2種類の検査音それぞれについて20回の加算平均のための反復測定を行うよう、3回目の検査音の周波数と音圧範囲の設定に対して計40回の検査音を呈示すよう設定する。
【0132】
初回および2回目と同様にステップS1030からステップS1050の処理により、2種類の検査音に対するN1の潜時が求められる。検査音は同一の周波数の検査音を連続で出力しないため、2種類の検査音が交互に出力する。この呈示順序はステップS1025において順序決定部122によって決定される。図8のように2000Hz、4000Hzとも101dBSPLの検査音に対するN1潜時は99dBSPLの検査音に対するN1潜時と同じであり、短縮幅の縮小量(比)は20%以上となる。この結果、2000Hz、4000HzでのN1潜時の短縮幅が縮小した音圧は101dBSPLと決定される。すべての周波数についてN1潜時の短縮幅が縮小した音圧が決定されたため、ステップS1060の分岐判断の結果、処理はステップS1070に進む。
【0133】
ステップS1070でUCL推定部200の推定部206は強度潜時関係記憶部190に記憶された図4の関係に基づき、不快閾値UCLを推定する。図7と図8の例では、推定部206は、500Hzと1000Hzについては潜時短縮幅3msに対応する加算値5dBを90dBSPLに加算して、不快閾値を95dBSPLとする。250Hzについては、推定部206は、10dBあたりの潜時短縮幅2msに対応する加算値4dBを95dBSPLに加算して、不快閾値を99dBSPLとする。そして、推定部206は、2000Hzと4000Hzについては10dBあたりの潜時短縮幅0msに対応する加算値1dBを101dBSPLに加算して、不快閾値を102dBSPLとする。
【0134】
以上のように、聴覚検査装置10は、一定の音圧範囲にある複数の異なる周波数の検査音を、同一周波数の検査音を連続で呈示することなく、任意の順で呈示する。検査音の音圧の範囲を順次上昇させていき、検査音の音圧上昇に対して、聴性誘発電位のN1の潜時の短縮幅が縮小する音圧を決定して、N1の潜時と音圧との対応関係から呈示した検査音の音圧より大きな音圧である不快閾値を推定する。その結果、不快閾値以下の音圧の検査音により不快閾値を決定することができ、不快な耐えられないほどの大きさの検査音を聴取するという被験者の負荷を軽減することができる。
【0135】
なお、実施形態1では、初回および2回目の検査音範囲での測定で5つの周波数のうち3つまでの不快閾値UCLが推定され、3回目の検査音範囲を決定する際に、ステップS1010で、測定が必要な周波数として2つの周波数が特定され、検査音範囲として2つの周波数が設定される例を説明した。しかしながら、ステップS1060において、測定が必要な周波数のうちの1つの周波数のみについて不快閾値UCLが推定されていない場合には、以下の方法を採用してもよい。すなわち、ステップS1010で、周波数設定部111は、測定が必要な周波数と、その周波数と一定以上の差のある周波数、例えば1000Hz以上の差がある周波数を追加して2つの周波数を決定する。ステップS1015で、音圧設定部112は測定が必要な周波数については実施形態1のステップS1015と同様に音圧範囲を設定する。測定が必要な周波数とは異なる、ステップS1010で追加した周波数の検査音については、設定した周波数に最も近い不快閾値UCLが推定済みの検査音の不快閾値UCLより例えば10dB以上小さい音圧を設定する。
【0136】
例えば、測定が必要な周波数が1000Hzの場合、2500Hzの検査音を追加する。その際2000Hzでの不快閾値UCLが95dBSPLであると推定済みであれば、追加された2500Hzの検査音については、85dBSPL以下の音圧を音圧範囲として設定する。ステップS1020で測定が必要な周波数の検査音については実施形態1と同様に設定し、追加した周波数の検査音については1または複数の音圧を設定し、ステップS1025において必要な周波数の検査音が連続して呈示されない、呈示順序を設定する。これにより同一周波数の検査音を連続することで、N1の特性が変化することを防止し、測定の精度を保つことができる。
【0137】
(実施形態1の変形例)
図9は、実施形態1の変形例にかかる補聴器調整システム15の構成を示す。補聴器調整システム15は、聴覚検査装置10による不快閾値UCLの推定結果を利用して補聴器のフィッティングを行うために用いられる。
【0138】
補聴器調整システム15は、上述の実施形態1の聴覚測定装置10(図1)の構成に、HTL取得部210と、仮UCL設定部220と、補聴器特性設定部230と、補聴器250とが付け加えられて構成されている。なお、検査音出力部240については、図1に示される検査音出力部140と機能が異なっているため、異なる参照符号を付している。実施形態1と同一の構成については同一の参照符号を付し、適宜説明を省略する。
【0139】
HTL取得部210は、別途測定された、被験者100の各周波数における聴力、すなわち最小可聴値(Hearing Threshold Level;HTL)を受け取る。HTL取得部210は例えば、テンキーとカーソルキーによって構成されていてもよい。たとえば、使用者がカーソルキーによって周波数を選択し、選択した周波数の最小可聴値HTLをテンキーを用いて入力する。最小可聴値HTLとは、その人が聞き取ることのできる最も小さい音の大きさのことであり、聴力検査として測定される。また、HTL取得部210は最小可聴値の測定器であるオージオメータから通信手段を介して被験者100の各周波数における聴力を受け取ってもよい。
【0140】
仮UCL設定部220は、HTL取得部210によって受け取られた最小可聴値HTLから仮の不快閾値(仮UCL)を設定する。
【0141】
補聴器特性設定部230は、HTL取得部210より入力された各周波数の被験者100の最小可聴値HTLと、UCL推定部200によって推定された各周波数の被験者100の不快閾値UCLとから、補聴器の入出力特性を設定する。たとえば補聴器特性設定部230は、CPUと、メモリと、補聴器250と通信する通信インターフェースとを含む。補聴器特性設定部230は設定した補聴器の入出力特性を実現する調整パラメータを、通信手段を介して補聴器250に送信し、補聴器250へのパラメータの書き込みを行う。
【0142】
検査音出力部240は、増幅率可変な増幅器(図示せず)を含んでいる。検査音出力部240は、検査音信号生成部130で生成された検査音信号を受け取り、増幅器によって増幅して出力する。
【0143】
補聴器250は被験者100に装着される、外部から入出力特性を調整可能なプログラマブル補聴器またはデジタル補聴器である。補聴器250の入出力特性は、補聴器特性設定部230によって変更される。
【0144】
以下、図10および図11を参照しながら、上述の補聴器調整システム15の動作を説明する。図10は、実施形態1の変形例の検査音の音圧範囲の設定方法を模式的に示す。図11は、補聴器調整システム15において行われる処理の手順を示すフローチャートである。
【0145】
本実施形態1の変形例の補聴器調整システム15では、「ユーザ」とは、被験者100が装用する補聴器を被験者100の聴覚の状態に合わせて調整する者をいう。まず、ユーザはHTL取得部210より、別途測定された被験者100の周波数ごとの最小可聴値HTLを入力する。最小可聴値HTLを入力する周波数は例えば、250Hz、500Hz、1000Hz、2000Hz、4000Hzである。図10の白丸はHTL取得部210より入力された被験者100の最小可聴値HTLである。図10では被験者の最小可聴値HTLは250Hzでは20dBSPL、500Hzでは15dBSPL、1000Hzでは15dBSPL、2000Hzでは25dBSPL、4000Hzでは25dBSPLである。
【0146】
まず、図11を参照する。図11のステップS1000からステップS1070までは聴覚測定装置10によって行われる処理であり、図5に示す処理と同じである。これらのステップの詳細は先に実施形態1に関連して既に説明した通りである。以下では主として相違する点を説明し、その他の共通の処理は簡潔に説明する。
【0147】
最小可聴値HTLの入力が終了すると、仮UCL設定部220はHTLが入力された周波数ごとに最小可聴値HTLから仮の不快閾値(仮UCL)を設定する。仮の不快閾値の設定は、例えば、最小可聴値HTLに対応して定められた仮の不快閾値に基づいて設定されるとする。図12は、HTLの範囲に応じて仮に設定された不快閾値の例を示している。図10の例では、最小可聴値HTLが入力された250Hz、500Hz、1000Hzでは不快閾値は100dBSPLに設定され、2000Hzと4000Hzでは110dBSPLに設定される。
【0148】
聴覚検査装置10が動作を開始すると、検査音範囲決定部110は測定指示入力を受け取り、測定を開始する(S1000)。検査音範囲決定部110の検査音範囲決定部110は検査音の周波数を設定し(S1010)、音圧の幅を設定する(S1015)。検査音の周波数と音圧の幅の設定方法については後述する。
【0149】
呈示順序決定部120は検査音として指定された各周波数において、指定された音圧範囲内で複数種類の音圧の検査音を設定する(S1020)。設定した全検査音に対して、誘発電位を加算平均によって抽出する際の加算回数を20回とし、この反復分を含めた全刺激音に対して、同一の周波数が連続しない条件を満たしてランダムな順序を割り当てて検査音の呈示順序を決定する(S1025)。
【0150】
検査音信号生成部130は、ステップS1020で設定された検査音の信号を生成する。検査音信号生成部130はデジタル信号としての正弦波を生成する。ステップS1020で設定された検査音のうち最大の音圧の検査音を最大振幅の信号とし、他の音圧の検査音は、最大振幅の信号から音圧の相対値によって振幅を調節する。
【0151】
例えば、振幅値は、16ビットフルスケールの音響信号として、−32767から0を経て+32767までである。正弦波の最大値が32767で、最小値が−32767となる正弦波を70dBSPL相当の信号とする場合、64dBSPLの信号は振幅が70dBSPL相当の信号の1/2となる。検査音出力部240は、16ビットフルスケールの信号が、ステップS1020で設定された検査音のうち最大の音圧の検査音(たとえば、70dBSPL)になるように、出力時のアンプの増幅率を決定する。これにより、設定した音圧の範囲ごとに混入するノイズが少ない状態を設定して検査音を出力することができる。
【0152】
なお、ここではステップS1020で設定された検査音のうち最大の音圧の検査音をフルスケールに対応させるとして説明した。しかしながら、フルスケールの信号が入力された場合に、検査音出力部240はステップS1010で設定された音圧の幅の上限の音圧が出力されるように増幅率を決定してもよい。このとき、検査音生成部240はステップS1010で設定された音圧の幅の上限に対して、ステップS1020で設定されたそれぞれの検査音の音圧の相対値に基づいて振幅を決定すればよい。
【0153】
検査音出力部140は、ステップS1025で設定された呈示順序に従って検査音を順次出力して被験者100に呈示する。脳波計測部150は、被験者100の皮膚に装着した電極から脳波を測定する(S1030)。
【0154】
ステップS1030において脳波が計測された後、誘発電位抽出部160は検査音の種類ごとに計測した脳波を加算平均し、誘発電位を抽出する(S1040)。
【0155】
ステップS1040で生成された検査音種類ごとの誘発電位から、N1判定部170は聴性誘発電位であるN1成分を抽出する(S1050)。N1成分の抽出は、検査音の呈示開始時刻を0として80msから200msの間で陰性の最大値を求めることで行う。潜時計算部180は求められた陰性最大値を示した点を、検査音の呈示開始時刻を0とした時間軸上の位置として表記して、N1の潜時とする。
【0156】
UCL推定部200は、ステップS1050で抽出されたN1の潜時を、検査音の周波数ごとに比較して、検査音の音圧上昇に対応する潜時短縮幅が一定以上縮小したか否かを判断する。さらにUCL推定部200は検査音のすべての周波数において、潜時短縮幅が一定以上縮小する音圧が決定されたか否かを判断する(S1060)。
【0157】
測定する周波数のうち、音圧上昇に対するN1潜時の短縮幅が縮小する音圧が決定されていない周波数が残っている場合、すなわちステップS1060においてNoの場合は、処理はステップS1065を経てS1015に戻る。音圧上昇に対するN1潜時の短縮幅が縮小する音圧が全検査音周波数について決定された場合、すなわちステップS1060においてYesの場合は、処理は次のステップに進む。
【0158】
UCL推定部200は、強度潜時関係記憶部190を参照して、不快閾値UCLを推定する(S1070)。UCL推定部200は検査音ごとに抽出された、N1潜時の短縮幅が縮小する音圧とその際の音圧上昇10dBあたりの潜時の短縮幅から、強度潜時関係記憶部190を参照して、不快閾値UCLの推定に用いる加算値を求め、音圧上昇に対するN1潜時の短縮幅が縮小する音圧にそれぞれの加算値を加算することで、被験者100の周波数ごとの不快閾値UCLを推定する。
【0159】
補聴器特性設定部230は、UCL推定部200より出力された不快閾値UCLと最小可聴値HTLから、補聴器250の入出力特性を決定する(S1090)。以下入出力特性を決定する手順の一例を示す。まず、各周波数において、10dBSPLの入力があった場合に最小可聴値HTLの大きさの出力をする設定をする。例えば、図10の例では、250Hzで10dBSPLの入力に対して、250Hzで20dBSPLの出力になるように、500Hzでは10dBSPLの入力が15dBSPLになるように設定する。他の周波数も同様である。さらに、各周波数の100dBSPL以上の入力がS1070で推定された不快閾値UCLの音圧で出力されるように入出力特性を設定する。
【0160】
補聴器特性設定部230は設定した入出力特性を、補聴器250の入出力特性データとして補聴器250に出力する(S1100)。補聴器250は補聴器特性設定部230から受信したデータを記録し、その入出力特性の設定を完了する。これにより、補聴器250の調整が終了する。
【0161】
図13は実施形態1の変形例における測定結果の一例のグラフである。
【0162】
検査音範囲決定部110は、不快閾値を測定しようとする周波数において、所定の条件を満たして検査音の音圧範囲を設定するといえる。所定の条件とは、以下の1)から3)の条件である。すなわち、1)想定される不快閾値UCLより小さい音圧の範囲内であること。2)複数回の音圧範囲設定を含む一連の測定で少なくとも3種類以上の音圧で測定結果を取得することができること。3)複数回の音圧範囲を設定する際には、先行する音圧範囲設定で設定された音圧範囲より大きな音圧の範囲で音圧範囲を設定すること、である。
【0163】
実施形態1の図7の例では健聴者における不快閾値UCLは100dBSPL程度であるので、想定される不快閾値UCLを100dBSPLとして音圧範囲を設定した。これに対して、本変形例の図10の例では、図12の表に基づき、HTLより不快閾値UCLを想定している。そこで、1)の条件に基づき、250Hz、500Hz、1000Hzに対しては100dBSPLを超えず、2000Hz、4000Hzに対しては110dBSPLを超えない範囲で検査音の音圧範囲を設定する。
【0164】
まず初回の音圧範囲設定として、1)から3)の条件に従い、各周波数に対して70dBSPLから90dBSPLの範囲を設定する。この検査音の音圧範囲に従って、ステップS1020で5種類の周波数それぞれに対して、例えば70dBSPL、80dBSPL、90dBSPLの出力音圧が決定され、15種類の検査音の種類が設定される。さらに、15種類の検査音それぞれについて20回の加算平均のための反復測定が設定され、初回の検査音の周波数と音圧範囲の設定に対して300の検査音呈示が設定される。
【0165】
初回の検査音の周波数と音圧範囲の設定に対して15種類の検査音に対するN1潜時が求められる。ステップS1060においてUCL推定部200は、各周波数での音圧上昇に対応する潜時の短縮幅を比較する。例えば図13に示すようなN1潜時が得られた場合、500Hzと1000Hzでは90dBSPLをN1潜時の短縮幅が縮小した音圧とみなす。250Hz、2000Hz、4000HzではN1潜時の短縮幅が縮小した音圧を決定することができない。
【0166】
2回目の検査音の周波数と音圧範囲の設定では、初回でN1潜時の短縮幅が縮小した音圧が決定されなかった、250Hz、2000Hz、4000Hzが設定される。音圧について、1)から3)の条件に従い、250Hzは想定される不快閾値UCLが100dBSPLであるため、250Hzに対しては91dBSPLから99dBSPLの範囲を設定する。2000Hz、4000Hzでは想定UCLが110dBSPLであるため、91dBSPLから100dBSPLの範囲を設定する。250Hzに対しては、検査音の音圧を95dBSPLと99dBSPLとし、2000Hzと4000Hzに対しては、検査音の音圧を95dBSPLと100dBSPLとする。各周波数に対して2種類の音圧が設定され、6種類の検査音の20回の反復を含めて120の検査音呈示が設定される。
【0167】
初回と同様に6種類の検査音に対するN1の潜時が求められる。図13のように250Hzでは95dBSPL、99dBSPLのどちらに対するN1潜時も98msであり、N1潜時の短縮幅が縮小した音圧は95dBSPLと決定される。2000Hzでは95dBSPLの検査音に対するN1潜時は102msであり、100dBSPLに対しては100msである。4000Hzでは9dDBSPLの検査音に対するN1潜時は103msであり、100dBSPLに対しては101msである。2000Hz、4000Hzとも95dBSPLから100dBSPLへの音圧上昇に対する潜時の減少幅は90dBSPLから95dBSPLへの音圧上昇に対する潜時の減少幅から20%以上縮小しており、N1潜時の短縮幅が縮小した音圧は100dBSPLと決定される。
【0168】
2回目の測定ですべての周波数でN1潜時の短縮幅が縮小した音圧が決定され、S1060のYesの場合となり、S1070でUCL推定部200は強度潜時関係記憶部190に記憶された図4の関係に基づき、各周波数の不快閾値UCLを推定する。500Hzと1000Hzについては潜時短縮幅3msに対応する加算値5dBを90dBSPLに加算して、不快閾値UCLを95dBSPLとし、250Hzについては10dBあたりの潜時短縮幅2msに対応する加算値4dBを95dBSPLに加算して、不快閾値UCLを99dBSPLとする。2000Hzと4000Hzについては10dBあたりの潜時短縮幅4msに対応する加算値6dBを100dBSPLに加算して、不快閾値UCLを106dBSPLとする。
【0169】
以上のように構成された補聴器調整システム15によれば、不快閾値UCL以下の音圧の検査音により補聴器の入出力特性を決定するのに必要な不快閾値UCLを、被験者に不快な大きさの検査音の聴取を強いることなく決定することができ、被験者すなわち補聴器のユーザの負担を軽減することができる。
【0170】
(実施形態2)
図14は実施形態2による聴覚検査装置20の構成図である。本実施形態においては、N1−P2振幅を用いて、不快閾値(UCL)および快適値(MCL)を含む快適範囲を推定する処理を説明する。
【0171】
図14に示す構成によれば、聴覚検査装置20では、図1に示す聴覚検査装置10のN1判定部170がN1−P2抽出部370に置き換得られ、潜時計算部180が振幅計算部380に置き換えられている。また、強度潜時関係記憶部190が強度振幅関係記憶部390に置き換えられ、UCL推定部200が快適範囲推定部400に置き換えられている。その他は、聴覚検査装置20の構成は聴覚検査装置10の構成と同じである。よって、実施形態1と同一の構成については同一の参照符号を付し、説明を適宜省略する。
【0172】
本実施形態の聴覚検査装置20は、検査音範囲決定部110と、呈示順序決定部120と、検査音信号生成部130と、検査音出力部140と、脳波計測部150と、演算部310と、強度振幅関係記憶部390と、快適範囲推定部400とを備えている。
【0173】
演算部310は、誘発電位抽出部160と、N1―P2抽出部370と、振幅計算部380とを備えている。
【0174】
このうちN1―P2抽出部370は、誘発電位抽出部160が抽出した誘発電位の中で潜時約100msの陰性電位であるN1とN1に続く陽性電位であるP2を抽出する。
【0175】
振幅計算部380は、N1−P2抽出部370で抽出されたN1の最大振幅点とP2の最大振幅点の間の電位差の絶対値を計測する。
【0176】
強度振幅関係記憶部390は、知覚的な音の大きさとN1−P2振幅との対応関係を記憶する。
【0177】
快適範囲推定部400は、強度振幅関係記憶部390に記憶された音の大きさとN1−P2振幅との対応関係に基づいて、振幅計算部380で計測された振幅から快適に純音を聴取することができる音圧の範囲である快適範囲を決定し、不快閾値UCLを推定する。
【0178】
検査音範囲決定部110、呈示順序決定部120、検査音信号生成部130、誘発電位抽出部1690、N1−P2抽出部370、振幅計算部380、快適範囲推定部400は、例えば1つまたは複数のコンピュータとメモリとによって実現される。また、強度振幅関係記憶部390は1つまたは複数のメモリによって実現される。
【0179】
本実施形態の詳細な説明の前に、N1−P2振幅の特性を説明する。
【0180】
既に説明した通り、N1−P2は聴覚刺激によって誘発される一連の誘発電位で、N1が潜時約100msの陰性電位であり、P2はN1に続く潜時約200msの陽性成分である。N1−P2振幅はN1が最大振幅となる点とP2が最大振幅となる点の間の電位差の絶対値を示す。図15(a)〜(c)はN1−P2の計測結果の波形の一例を示す。図15(a)は呈示音圧90dBSPLの場合のN1−P2波形であり、(b)は呈示音圧が70dBSPLの場合のN1−P2波形であり、(c)は呈示音圧60dBSPLの場合のN1−P2波形である。図15(a)、(b)、(c)とも縦軸は電位であり単位はμVである。誘発電位は、陰性の電位を上向きに表示することが多いため、図15においても縦軸は上向きに陰性の電位を表示する。横軸は時間であり、単位はmsである。横軸の0点は刺激音の呈示開始時刻である。
【0181】
図15(a)に示すように、N1−P2振幅は約100msの陰性のピークから約200msの陽性のピークまでの電位の振れ幅を示す。したがって、N1−P2振幅とは、N1のピーク電位(負)とP2のピーク電位(正)との差分(負)の絶対値、換言すると、N1のピーク電位(負)の絶対値とP2のピーク電位(正)との和として計算される。 N1−P2振幅は刺激音の音圧が小さくなると小さくなり、それぞれの成分の特定が困難になる。N1は閾値上10dB程度で出現するとされるが、成分の有無を自動判別する場合は閾値上20dBから30dB程度で判別する必要がある。
【0182】
振幅計算部380によるN1成分の有無の判別方法は以下のとおりである。まず、振幅計算部380は、聴覚刺激呈示時点を0(起点)として、その後80msから200msの間の陰性振幅の最大値を抽出する。この値がN1のピーク電位に相当する。次に、振幅計算部380はこの陰性振幅最大値の時間位置から200msの時間区間にある陽性振幅の最大値を抽出する。この値がP2のピーク電位に相当する。この陰性振幅最大値から陽性振幅最大値の間の電位差をN1−P2振幅とする。この振幅が所定の閾値、例えば7μVよりも小さい場合は、N1とP2の成分が特定できないとみなす。
【0183】
上記方法以外に、N1−P2の典型的な波形を波形テンプレートとして記憶しておき、この波形テンプレートとの相関係数が所定の閾値よりも小さい場合にはN1とP2の成分が特定できないとみなしても良い。また、線形判別等の判別分析を用いて、N1とP2が存在していない場合のデータを教師データとして、教師データと近いと判別された場合にはN1とP2の成分が特定できないとみなしても良い。快適範囲の下限は例えば、N1とP2の成分が特定できる音圧より10dB大きい値とする。
【0184】
図3の実線で示されるように、N1−P2振幅は音の知覚的大きさが大きくなるに従って大きくなる。音のエネルギーを対数で表した場合に、N1−P2振幅は閾値上20dB程度から70dB程度の間ではほぼ線形に増加するとされる。図3では10dBSLから80dBSLまで振幅は比較的線形に増加しているが、80dBSL、90dBSLではN1−P2振幅の増加が少なくなっている。
【0185】
本願発明者らは、音の大きさとN1−P2振幅との対応関係の線形性が保たれている範囲を快適範囲とし、快適範囲を逸脱した大きな音圧の範囲に不快閾値UCLがあるとした。
【0186】
上記のようなN1−P2振幅の特性および快適範囲(線形性)の認定基準に基づき、快適範囲推定部400は振幅計算部380で計測されたN1−P2振幅について、検査音の音圧上昇に対する振幅の増加幅を求める。そして、快適範囲推定部400は隣り合う音圧上昇幅でのN1−P2振幅の増加幅を比較して、例えば30%以上振幅増加幅が小さくなった場合には線形性が崩れたと見なす。
【0187】
強度振幅関係記憶部390は、例えば、振幅増加幅の縮小が検出された音圧での振幅の増加量と振幅増加幅の縮小から不快閾値UCLまでの音圧の差の関係を記憶している。図16は強度振幅関係記憶部390が記憶している、振幅と快適範囲および不快閾値UCLとの関係を示すテーブルの一例である。本実施形態では、強度振幅関係記憶部390は、10dBの音圧上昇に対する振幅の増加量と、快適範囲計算のための加算値と、不快閾値UCLの推定(UCL推定)のための加算値との対応を記憶する。本実施形態では、快適範囲推定部400は振幅増加幅が縮小する検査音を抽出し、この検査音の音圧を基準に、強度振幅関係記憶部390に記憶された対応関係に基づいて、快適範囲の上限を計算し、不快閾値UCLの推定値を求める。
【0188】
図3に示すグラフによれば、30dBSLから80dBSLの間では10dB音圧が上昇すると1μV振幅が増加する。80dBSLから90dBSLへの音圧上昇に対しては0.2μVの振幅の増加である。線形性が崩れる音圧は80dBSLであり、この音圧における音圧上昇10dBあたりの振幅増加量は、図16のテーブルにおいて0より大きく0.3μV以下にあたる。これらを考慮すると、快適範囲の上限は75dBSL、不快閾値UCLの推定値は90dBSLと推定される。
【0189】
次に、図17、図18を参照しながら、上記のように構成された聴覚検査装置20の動作を説明する。
【0190】
図17は本実施形態にかかる聴覚検査装置20の処理の手順を示すフローチャートである。図5に示すフローチャートと同じ処理には同一の記号を付し、適宜説明を省略する。
【0191】
まず、聴覚検査装置20が動作を開始すると、まず、検査音範囲決定部110は測定指示情報の入力を受け取り、測定を開始する(S1000)。
【0192】
検査音範囲決定部110は検査音の周波数を複数設定し(S3010)、次いで検査音の音圧の幅を設定する(S3015)。検査音の周波数と音圧の幅の設定方法については後述する。
【0193】
検査音範囲決定部110で設定された検査音の複数の周波数と音圧の範囲を入力として、呈示順序決定部120は検査音として指定された各周波数において、指定された音圧範囲内で複数の異なる音圧を検査音の呈示音圧として設定する(S3020)。設定した全検査音に対して、誘発電位を加算平均によって抽出する際の加算回数を20回とし、この反復分を含めた全刺激音に対して、同一の周波数が連続しない条件を満たしてランダムな順序を割り当てて検査音の呈示順序を決定する(S3025)。
【0194】
次に検査音信号生成部130によりステップS3020で設定された検査音を生成し、ステップS3025で設定された呈示順序に従って検査音出力部140より検査音を順次出力して被験者100に呈示して、脳波計測部150により被験者100の頭皮上に装着した電極から脳波を測定する(S1030)。
【0195】
S1030で脳波を計測した後、誘発電位抽出部160は検査音の種類ごとに、誘発電位を抽出する(S1040)。検査音の種類とはステップS3010で決定した検査音の周波数と音圧による種類である。
【0196】
ステップS1040で生成された検査音の種類ごとの誘発電位から、N1−P2抽出部370は聴性誘発電位であるN1とP2の成分を抽出する(S3050)。N1成分とP2成分抽出方法は上述のとおりである。
【0197】
振幅計算部380はステップS3050で抽出されたN1とP2の両成分の電位差を計算し、N1−P2振幅を求める(S3060)。
【0198】
ステップS3060で計算されたN1−P2振幅を、快適範囲推定部400は、検査音の周波数ごとに比較して、検査音の音圧上昇に対応する、振幅増加量が一定以上減少したか否かを判定する。さらに、快適範囲推定部400はステップS3010で設定された周波数のすべてにおいて、音圧上昇に対するN1−P2振幅の増加量が縮小する音圧が決定されたか否かを判定する(S3070)。
【0199】
振幅増加量が一定以上減少したか否かは、以下のように判断する。すなわち、快適範囲推定部400は、特定周波数において、呈示した各音圧に対応するN1−P2振幅について音圧上昇10dBあたりの振幅の増加量を求める。たとえば、各刺激音の呈示音圧で作られた振幅増加量の計算区間において、快適範囲推定部400は、より音圧の小さい区間の振幅増加量に比べて、より音圧の大きい区間の振幅増加量が30%以上小さい、すなわち、音圧の大きい区間での増加量が音圧の小さい区間での増加量の70%を下回る場合に振幅の増加量が小さくなったとみなす。
【0200】
音圧上昇に対するN1−P2振幅の増加量が縮小する音圧が決定されていない検査音周波数が残っていると快適範囲推定部400が判定した場合には、すなわちステップS3070においてNoの場合は、処理はステップS1065に進む。ステップS1065において、周波数設定部111は、ステップS3010で決定されていた検査音の周波数のうち、未検査の周波数を設定する。そして処理は再びステップS3015から同様の処理が行われる。
【0201】
全検査音周波数について、音圧上昇に対するN1−P2振幅の増加量が縮小する音圧が決定されたと快適範囲推定部400が判定すると、処理はステップS3070の「Yes」に進む。
【0202】
快適範囲推定部400は強度振幅関係記憶部390を参照して、快適範囲の上限を求め、不快閾値UCLを推定する(S3080)。快適範囲推定部400は検査音ごとに抽出されたN1−P2振幅の増加量が減少する音圧とその際の音圧上昇10dBあたりの振幅の増加量から、強度振幅関係記憶部390を参照して、快適範囲の上限の計算に用いる加算値と、不快閾値UCLの推定に用いる加算値を求める。音圧上昇に対するN1−P2振幅の増加量が減少した音圧にそれぞれの加算値を加算することで、被験者100の周波数ごとの快適範囲の上限を求め、不快閾値UCLを推定する。さらにN1−P2の成分が特定できる最小の音圧が記録された場合はN1−P2の成分が特定された最小の音圧に10dBを加算した値を快適範囲の下限とする。特定の周波数の検査音のすべてでN1−P2の成分が特定された場合は、快適範囲の下限を健聴者の快適範囲の下限に設定する。例えば30dBとする。
【0203】
快適範囲推定部400はステップS3080で求められた、周波数ごとの快適範囲の上限と下限、不快閾値UCLを測定結果および推定結果として出力する。快適範囲推定部400は、例えばディスプレイのような表示装置に当該結果を出力し、検査音の周波数ごとの快適範囲と不快閾値UCLを表示する(S3090)、処理を終了する。
【0204】
検査音範囲決定部110は、快適範囲を測定しようとする周波数において、実施形態1で説明した3つの条件を満たして検査音の音圧範囲を設定する。実施形態1と異なり本実施形態では快適範囲の下限を求めるために健聴者の快適範囲の下限、例えば、30dBSPLを音圧範囲設定の下限として音圧範囲を設定する。
【0205】
図18は、検査音範囲決定部110が検査音の周波数と音圧の幅を設定する過程の一例を模式的に示している。また、図19は、図18の例におけるN1―P2振幅の測定結果の一例をグラフである。
【0206】
以下、図18および図19を参照しながら、図17のステップS3010における検査音範囲決定部110の動作の詳細を説明する。
【0207】
図18の例では測定する周波数は500Hz、1000Hz、2000Hzである。これらの周波数では健聴者における健聴者の快適範囲の下限は30dBSPL程度であり、不快閾値UCLは100dBSPL程度であるので、まず初回の音圧範囲設定として、各周波数に対して、健聴者の快適範囲の下限を含み、1)の条件に従い100dBSPLより小さい音圧範囲で設定する。
【0208】
図18の例においては、初回の音圧設定は白抜き矢印のように各周波数に対して30dBSPLから70dBSPLの音圧レベル(縦軸)の範囲を設定する。この検査音の音圧範囲に従って、ステップS3020で3種類の周波数それぞれに対して、例えば30dBSPL、50dBSPL、70dBSPLの出力音圧が決定され、9種類の検査音の種類が設定される。さらに、9種類の検査音それぞれについて、十分な加算回数、例えば20回の加算平均のための反復測定が設定され、初回の検査音の周波数と音圧範囲の設定に対して合計180回の検査音呈示が設定される。
【0209】
初回に設定された検査音の周波数と音圧範囲に対してステップS1030、S1040、S3050により9種類の検査音に対するN1−P2振幅が求められる。図19においては、500Hz、1000Hzについては30dBSPLでもN1−P2の成分が特定できたが、2000Hzでは30dBSPLに対する誘発電位にN1−P2の成分は認められなかった。ステップS3060では振幅計算部380はステップS3050でN1−P2成分が特定できた誘発電位についてのみN1−P2振幅を計算する。快適範囲推定部400は、各周波数での音圧上昇に対応するN1−P2振幅の増加量を比較する。初回の30dBSPL、50dBSPL、70dBSPLの検査音に対して、例えば図19に示すようなN1―P2振幅が得られた場合、500Hzでは30dBSPLから50dBSPLの音圧上昇に対して振幅が1.7μV増加し、50dBSPLから70dBSPLの音圧上昇に対しては、2.2μVの増加であった。30dBでN1−P2の成分が特定できたため、快適範囲の下限は健聴者と同じ30dBSPLと決定される。30dBSPLから50dBSPLでの振幅増加量より、50dBSPLから70dBSPLでの振幅増加量は大きいため、初回の検査音範囲からは、増加量が減少する音圧は特定されない。1000Hzも同様である。2000Hzについては30dBSPLではN1−P2の成分が特定されないため、50dBSPLと70dBSPLとの間のN1―P2振幅の増加量を測定することはできるが、増加量の比較ができない。
【0210】
ただし、50dBSPLでN1−P2が特定されたことにより、50dBSPLに10dBを加算して60dBSPLを快適範囲の下限とする。初回の検査音の音圧範囲では、検査音の各周波数において音圧上昇に対するN1−P2振幅の増加が縮小する音圧は決定されていないため、ステップS3070におけるNoの場合となり、ステップS1065を経てS3015に戻り、2回目の周波数を設定する。
【0211】
初回では、500Hz、1000Hz、2000HzともN1−P2の振幅の増加量が縮小する音圧は決定されなかったため、2回目の検査音も周波数は初回と同じ3種類とする(S1065)。音圧範囲は1)の条件によれば、100dBSPLより小さい音圧範囲を設定する。2)の条件によれば、初回の検査音を含めて3種類以上の音圧設定が可能なように音圧範囲を設定する。3)の条件によれば、初回の音圧範囲の30dBSPLから70dBSPLより大きい音圧の範囲で設定する。図18の例では上記の条件から71dBSPLから90dBSPLの範囲を設定する(S3015)。
【0212】
この検査音の音圧範囲と初回で設定した検査音の最大音圧と検査音の音圧の間隔に従って、ステップS3020で3種類の周波数それぞれに対して検査音の音圧を決定する。図18および図19の例では、初回の検査音の最大音圧は70dBであり、音圧の間隔は20dBであった。2000HzではN1−P2成分が特定できた音圧は50dBSPLと70dBSPLの2点のみであるため、音圧設定は2種類以上が必要である。図18および図19の例では、例えば、70dBSPLから90dBSPLの20dBを10dB間隔にし、80dBSPLと90dBSPLの2種類を設定する。
【0213】
初回と同様にステップS1030からステップステップS3050の動作により、N1−P2抽出部370でN1成分とP2成分が抽出され、振幅計算部380で6種類の検査音に対するN1−P2振幅が求められる。図19のように500Hzでは80dBSPLに対しては11μV、90dBSPLに対しては11.8μVである。初回に測定されたN1−P2振幅もあわせて、70dBSPLから80dBSPLでの振幅増加が10dBあたり0.9μV、80dBSPLから90dBSPLでの振幅増加が10dBあたり0.8μVであり、70dBSPLから80dBSPLでの振幅増加量の88%にあたるため、初回および2回目の検査音の音圧範囲では、N1−P2振幅の増加量が縮小する音圧は決定されない。1000Hzについては、80dBSPLに対しては11.9μVであり、90dBSPLについては12.6μVである。80dBSPLから90dBSPLでの振幅増加は10dBあたり0.7μVであり、70dBSPLから80dBSPLでの振幅増加量1.1μVの64%になる。従って、80dBSPLがN1−P2振幅の増加量が縮小する音圧として決定される。2000Hzについては、80dBSPLに対するN1−P2振幅は10.9μV、90dBSPLに対するN1−P2振幅は11.7μVであり、80dBSPLから90dBSPLの振幅増加は0.8μVである。これは70dBSPLから80dBSPLでの振幅増加量1.3μVの62%である。従って、1000Hzと同様に80dBSPLがN1−P2振幅の増加量が縮小する音圧として決定される。
【0214】
2回目の測定では、快適範囲推定部400は、3つの周波数のうち1000Hzと2000HzについてN1−P2振幅の増加量が縮小する音圧を決定した。500HzについてはN1−P2振幅の増加量が縮小する音圧が決定されなかったため、ステップS3070のNoの場合となり、ステップS3010に戻る。
【0215】
2回目の測定において、1000Hzと2000HzのN1−P2振幅の増加量が縮小する音圧が決定されたので、3回目の検査音の周波数の設定では500Hzを設定する(S1065)。音圧範囲の設定ではN1−P2振幅の増加量が縮小する音圧が決定されていない500Hzについては以下の3条件にしたがって音圧範囲が設定される。1)の条件によれば100dBSPLまでの音圧範囲を設定する。2)の条件によれば2dB以上の音圧の幅を設定する。3)の条件によれば90dBSPLより大きい音圧の範囲を設定する。
【0216】
図18の例においては、3回目の音圧設定は周波数500Hzに関して音圧が最も高い位置の3番目の矢印のように、91dBSPLから95dBSPLの範囲を設定する。ステップS3020では検査音の音圧を決定するが、2回目の音圧設定時の検査音のうち最大音圧は90dBSPLであり、2回目の音圧範囲設定までで、2種類以上の音圧でN1−P2振幅が測定されているため、音圧に関する条件を満たすには95dBSPLのみ測定すれば良いが、検査音の種類が1種類になるのはN1成分を記録する上ではよい条件とはいえない。複数種の検査音をランダムに呈示することで、被験者100に、呈示される刺激を予測させないことで、N1成分の振幅を維持する必要がある。そこで、呈示順序決定部120は90dBSPLから95dBSPLの5dBの区間を3dBと2dBに区切り、93dBSPLと95dBSPLの2種類の検査音を用意し、それぞれ20回ずつの反復分をあわせて40の検査音をランダムに呈示する。
【0217】
2回目と同様にS1030からステップS3050の動作により、2種類の検査音に対するN1−P2振幅が求められる。図19のように500Hzで93dBSPLの検査音に対するN1−P2振幅は11.9μVであり、95dBSPLの検査音に対するN1−P2振幅は12μVである。90dBSPLから93dBSPLへの音圧上昇に対する振幅増加は10dBあたり0.3μVであり、80dBSPLから90dBSPLへの音圧上昇に対する振幅増加量の42%である。従って、90dBSPLをN1−P2振幅の増加量が縮小する音圧と決定する。これにより、500Hz、1000Hz、2000HzのすべてのN1−P2振幅の増加量が縮小する音圧が決定され、ステップS3070でYesの場合となる。
【0218】
ステップS3080で快適範囲推定部400はまず、快適範囲の下限を設定する。上述の通り、図18と図19の例では、快適範囲の下限は500Hzと1000Hzでは30dBSPLであり、2000Hzでは60dBSPLと決定される。強度振幅関係記憶部390に記憶された図14の関係に基づき、快適範囲の上限を決定する。500HzではN1−P2振幅の増加量が縮小する音圧が90dBSPLであり、10dBあたりの振幅増加が0.33μVであるため、図16の3行目に対応する。N1−P2振幅の増加量が縮小する音圧である90dBSPLに加算値0dBを加算して、90dBSPLを快適範囲の上限とする。1000Hzについては、N1−P2振幅の増加量が縮小する音圧である80dBSPLから90dBSPLへの振幅増加は0.7μVであるため、80dBSPLに加算値3dBを加算して、83dBSPLを快適範囲の上限とする。2000Hzに対しても同様に83dBSPLを改定範囲の上限とする。さらに、快適範囲推定部400は強度振幅関係記憶部390に記憶された図16のN1−P2振幅と不快閾値UCLとの関係に基づき、各周波数の不快閾値UCLを推定する。500Hzでは90dBSPLに12dBを加算して102dBSPL、1000Hz、2000Hzでは80dBSPLに15dBを加算して、95dBSPLと推定する。
【0219】
以上のように構成された聴覚検査装置20では、任意の順で呈示する検査音の音圧の範囲を順次上昇させていき、検査音の音圧上昇に対して、連続する聴性誘発電位のN1とP2の最大振幅の差分であるN1−P2振幅の増加量を測定する。N1−P2振幅の増加量が減少する音圧を決定して、N1―P2振幅の増加量と音圧との対応関係から、聴取し易い音圧の範囲である快適範囲を決定し、さらに検査音の音圧より大きな音圧である不快閾値UCLを推定する。その結果、不快閾値UCL以下の音圧の検査音のみにより快適範囲のみならず、不快閾値UCLを決定することができ、不快な大きさの検査音を聴取するという被験者の負荷を軽減することができる。
【0220】
なお、実施形態2では3回目の測定時にステップS3010において検査音の周波数を500Hzのみとし、ステップS3020において、周波数も音圧も同じ同一の検査音を反復しないために検査音の音圧を93dBSPLと95dBSPLの2つとした。しかしながら、ステップS3010において500Hzに加えて1000Hz以上周波数の離れた2000Hzを検査音に加え、ステップS3020では500Hzの検査音の音圧を95dBSPLのみとし、2000Hzの検査音については2000Hzの快適値の上限と判断された80dBを10dB下回る70dBSPLとしてもよい。このようにして、ステップS3025において同一の周波数の検査音が連続で呈示されないよう呈示順序を決定して測定してもよい。これにより、N1の慣れによる特性の変化を防ぐことができる。そのため、実施形態2での周波数が同じで音圧が異なる検査音の連続呈示による測定より、より精度の高い測定が可能になる。
【0221】
(実施形態2の変形例)
実施形態2の変形例にかかる聴覚検査装置の構成は、実施形態2と同一である。したがって、本変形例の説明においても、聴覚検査装置20の説明をそのまま援用する。
【0222】
本変形例は、ステップS3020の検査音の決定と呈示順序の決定手順が異なる以外は実施形態2と同様である。
【0223】
以下、図11および図18を参照しながら、本変形例にかかる聴覚検査装置20の動作を説明する。図20は、聴覚検査装置20において行われる処理の手順を示すフローチャートである。
【0224】
まず、聴覚検査装置10が動作を開始すると、検査音範囲決定部110は測定指示入力を受付けて測定を開始する(S1000)。検査音範囲決定部110は検査音の周波数種類と音圧の幅を設定する(S3010)。検査音範囲決定部110で設定された検査音の周波数種類と音圧の範囲を入力として、呈示順序決定部120は検査音として指定された各周波数において、指定された音圧範囲内で複数種類の音圧の検査音を設定する(S3020)。設定した検査音の音圧によって、誘発電位を加算平均によって抽出する際の加算回数を調整し、快適範囲の上限周辺についてはより誤差の少ない誘発電位を得るため加算回数を増やし、それ以外の音圧についてはより少ない加算回数にすることで、測定時間を延長せずに精度良く快適範囲と不快閾値UCLを測定できる。
【0225】
呈示順序決定部120は、決定した各周波数と音圧の検査音についてさらにそれぞれに決定した加算回数を含めた全検査音の呈示順序を、同一検査音の反復が無く、かつ被験者が予測不能な順序になるよう決定する(S4020)。加算回数の設定手順については後述する。
【0226】
次に検査音信号生成部130はステップS4020で設定された検査音を生成し、ステップS4020で設定された呈示順序に従って検査音出力部140より検査音を順次出力して被験者100に呈示して、脳波計測部150により被験者100の頭皮上に装着した電極から脳波を測定する(S1030)。
【0227】
ステップS1030で脳波を計測した後、誘発電位抽出部160は同一種類の検査音ごとに、誘発電位を抽出する(S1040)。この際、検査音ごとに加算回数が異なる。
【0228】
ステップS1040で生成された検査音種類ごとの誘発電位から、N1−P2抽出部370は聴性誘発電位であるN1とP2の成分を抽出する(S3050)。振幅計算部はステップS3050で抽出されたN1とP2の両成分の電位差を計算し、N1−P2振幅を求める(S3060)。
【0229】
ステップS3060で計算されたN1−P2振幅を、快適範囲推定部400は、検査音の周波数ごとに比較して、検査音の音圧上昇に対応する、振幅増加量が一定以上減少したか否かを判断する(S3070)。
【0230】
音圧上昇に対するN1−P2振幅の増加量が縮小する音圧が決定されていない検査音周波数が残っている場合、すなわちステップS3070においてNoの場合は、ステップS1065を経てステップS3015に戻る。
【0231】
音圧上昇に対するN1−P2振幅の増加量が縮小する音圧が全検査音周波数について、決定された場合、すなわちステップS3070においてYesの場合は、次のステップS3080に進む。
【0232】
快適範囲推定部400は音強度N1−P2潜時関係記憶部390を参照して、快適範囲の上限を求め、不快閾値UCLを推定する(S3080)。さらにN1−P2の成分が特定できる最小の音圧が記録された場合はN1−P2の成分が特定された最小の音圧に10dBを加算した値を快適範囲の下限とする。特定の周波数の検査音のすべてでN1−P2の成分が特定された場合は、快適範囲の下限を健聴者の快適範囲の下限に設定する。例えば30dBとする。
【0233】
快適範囲推定部400はステップS3080で求められた、周波数ごとの快適範囲の上限と下限、不快閾値UCLを測定結果および推定結果として出力する。例えばディスプレイのような表示装置に出力し、検査音の周波数ごとの快適範囲と不快閾値UCLを表示し(S3090)、処理を終了する。
【0234】
呈示順序決定部120は、ステップS4020において、検査音ごとに加算回数を決定する。実施形態2の変形例では実施形態2同様に検査音の設定を初回、2回目、3回目と行っている。初回の設定では設定された検査音の音圧の間隔は20dBであり、2回目では検査音の音圧の間隔は10dBであり、3回目では3dB、2dBである。本変形例では実施形態2と同様に、振幅の増加量を検査音の音圧の10dB上昇あたりで比較している。そのため、実際の設定音圧の間隔が小さくなると、N1−P2振幅の測定誤差の影響が大きくなり増加量の増減の判断が正しくできなくなる可能性がある。そこで、測定誤差をより小さくするために、検査音の呈示回数を増やし、ステップS1040で誘発電位抽出部160が加算平均を行う際の加算回数を増やし、誤差を低減する。具体的には、呈示順序決定部120はあらかじめ定められた検査音の音圧の間隔と加算回数の関係を記憶しておき、ステップS4020の検査音呈示順序決定において検査音の呈示回数を、検査音の音圧の間隔と加算回数の関係に従って決定する。
【0235】
図21は検査音の音圧の間隔と加算回数の関係を示したテーブルの一例である。呈示順序決定部120は、初回のステップS4020において検査音を30dBSPL、50dBSPL、70dBSPLと決定する。30dBSPLの場合は、これより小さい音圧の検査音が無く、検査音の音圧の間隔は無限大となるため、図21のテーブルに従って、加算回数を10回とする。50dBSPLの場合は、30dBSPLとの間が20dBであるため、加算回数を10回とする。同様に70dBSPLの検査音の回数も10回とする。
【0236】
2回目のステップS4020では、呈示順序決定部120は、検査音を80dBSPLと90dBsPLと決定する。80dBSPLの検査音は70dBSPLとの間隔が10dBであるため、図21のテーブルに従って、呈示回数を15回とし、同様に90dBSPLの検査音も呈示回数を15回とする。
【0237】
3回目のステップS4020では呈示順序決定部120は、検査音を93dBSPLと95dBSPLと決定する。93dBSPLの検査音は90dBSPLとの間隔が3dBであるため、図21のテーブルに従って、呈示回数を30回とする。95dBSPLの検査音では93dBSPLとの間隔が5dBであるため、呈示回数を30回とする。
【0238】
以上のように構成された聴覚検査装置20では、検査音の音圧の間隔が小さいときに加算回数を増やすことで、誘発電位の誤差を低減し、検査音の音圧の間隔が小さい場合に大きくなる誤差の影響を抑制することができる。これにより、音圧の上昇に対する振幅の増加量の増減の判断が正しくでき、精度良く快適範囲と不快閾値UCLを求めることができる。
【0239】
なお、本発明におけるすべての実施形態とその変形例において、初回、2回目、3回目と順次検査音の音圧範囲を狭めていき、さらに順次検査音どうしの音圧の差を狭めたが、検査音の音圧範囲の幅を変化させずに設定しても良い。また、検査音どうしの音圧の差を変化させずに設定しても良い。
【0240】
なお、本発明におけるすべての実施形態とその変形例において、検査音の呈示順序を決定する際に、周波数と音圧が同一の検査音を連続して呈示しないように検査音の呈示順序を決定するとしたが、同一周波数の連続を回避することを優先し、周波数の連続が避けられない場合には同一音圧の連続を回避して検査音の呈示順序を決定してもよい。さらに、上記の条件を満たして、ランダムな順で検査音の呈示順序を決定する方法として、呈示順序決定部120は、乱数または擬似乱数を発生させ、発生させた数列に検査音を当てはめることで呈示順序を決定する、または、あらかじめ設定した1つまたは複数の乱数または擬似乱数のテーブルを用いて検査音の呈示順序を決定しても良い。
【0241】
なお、本発明におけるすべての実施形態とその変形例において、検査音の音圧範囲を片耳に対して決定し、片耳にのみ呈示するとして説明したが、左右それぞれの耳に対して検査音の音圧範囲を決定し、左右それぞれの耳に対してそれぞれの個数の検査音を決定して、検査音の呈示は、左右のどちらの耳の検査音が呈示されるかをランダムに選択するとしても良い。また、左右の耳の検査音をランダムに選択する際には、同側耳にあらかじめ定められた回数以上例えば4回以上連続して呈示しないように呈示順序を決定しても良い。
【0242】
なお、本発明におけるすべての実施形態とその変形例において、検査音信号生成部130で呈示順序決定部120で決定された周波数と音圧を実現する検査音を生成するとしたが、検査音信号生成部130は、あらかじめ定められた検査に用いる周波数の検査音の信号について、呈示順序決定部120で決定される音圧での呈示が実現可能な、振幅の異なる複数個の検査音を保持しており、呈示順序決定部120で決定された検査音の周波数と音圧に対応する検査音の信号を選択して出力しても良い。
【0243】
なお、実施形態1において、電極位置を、計測電極を頭頂に、基準電極を乳突部に、アース電極を鼻根に装着したが、計測電極は被験者の顔面および頭部のうち誘発電位を測定可能な位置であれば頭頂以外でもよく、基準電極は計測電極との差動で誘発電位を測定可能な位置であれば乳突部以外でもよく、また、アース電極は生体アースとして利用可能な部位であれば鼻根以外でもよい。
【0244】
なお、すべての実施形態とその変形例において、N1潜時と振幅の決定は、加算平均により抽出された誘発電位波形の陰性ピークと陽性ピークを特定することで求めたが、3次式などの多項式やガンマ関数などのモデルを当てはめ、誤差を最小とするモデルの極小値と極大値を用いても良い。また、N1の立ち上がりと、N1からP2への電位変化と、P2の立ち下がりの3つの電位変化に3本の直線を当てはめて、各成分の潜時とN1−P2振幅を決定してもよい。さらには、あらかじめ多くの被験者より得られた聴性誘発電位を加算平均して得られた、典型的なN1−P2をモデルとして当てはめを行い、各成分の潜時と振幅を決定しても良い。
【0245】
なお、実施形態2において、聴性誘発電位の振幅はN1―P2成分を用いたが、N1の陰性ピークから、基準点(基線)までの値を振幅としても良い。
【0246】
なお、実施形態1およびその変形例では、計測したN1潜時について刺激音の音圧上昇に対応する潜時の減少量の比較によって変化点を決定し、不快閾値UCLを推定したが、計測されたN1潜時に逐次、図3と同様の例えば指数の逆数のような刺激音の音圧の上昇に対して潜時が漸近的に減少するような関数を当てはめて、不快閾値UCLを推定しても良い。また、計測されたN1潜時に、刺激音の音圧上昇に対して潜時が減少する2本または3本の直線を逐次当てはめることにより、変化点を決定して、不快閾値UCLを推定しても良い。
【0247】
なお、実施形態1の変形例として、実施形態1の聴覚検査装置を備えた補聴器調整システムを説明したが、実施形態2の聴覚検査装置を備えた補聴器調整システムとしても良い。その際には、補聴器の入出力特性として、入力が30dBSPLから70dBSPLの入力があった場合に、出力を快適範囲に対応させる、すなわち、30dBSPLの入力があった場合に出力が被験者の快適範囲の下限になるよう設定し、70dBSPLの入力があった場合に出力が被験者の快適範囲の上限になるように設定する。あるいは、快適範囲の対数音圧軸上の快適範囲の上限に近い30%点またはその近傍の値を快適値(Most comfortable level :MCL)とし、60dBSPLの入力があった場合に出力が被験者のMCLになるように補聴器の入出力特性を設定する。
【産業上の利用可能性】
【0248】
本発明にかかる聴覚検査装置では、聴覚機能を測定する場合に広く利用可能であり、スピーカやヘッドホン等の音響機器の出力調整や、補聴器等の聴覚機能を補償する機器をその利用者個人の聴覚の状態に調整する機器を構築する場合に有用である。
【符号の説明】
【0249】
10、20 聴覚検査装置
15 補聴器調整システム
100 被験者
110 検査音範囲決定部
120 呈示順序決定部120
130 検査音生成部
140、240 検査音出力部
150 脳波計測部
160 誘発電位抽出部
170 N1判定部
180 潜時計算部
190 強度潜時関係記憶部
200 UCL推定部
210 HTL取得部
220 仮UCL設定部
230 補聴器特性設定部
250 補聴器
300、310 演算部
370 N1−P2判定部
380 振幅計算部
390 強度振幅関係記憶部
400 快適範囲推定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも3種類の異なる音圧および少なくとも2種類の周波数の組み合わせで定められる複数種類の検査音を設定する検査音範囲設定部と、
同一周波数または同一音圧の検査音が連続して呈示されないよう、前記複数種類の検査音の呈示順序を決定する呈示順序決定部と、
決定された前記呈示順序で、前記複数種類の検査音を出力する検査音出力部と、
前記被験者の脳波を計測する脳波計測部と、
同一の周波数fで、かつ、異なる音圧a、b、c(a<b<c)を有する各検査音によって誘発された誘発電位を前記計測した脳波から抽出し、音圧aの検査音に対応する誘発電位Aの潜時または振幅と、音圧bの検査音に対応する誘発電位Bの潜時または振幅と、音圧cの検査音に対応する誘発電位Cの潜時または振幅Cとを演算する演算部と、
前記誘発電位Aの潜時または振幅と前記誘発電位Bの潜時または振幅との第1差、および、前記誘発電位Bの潜時または振幅と前記誘発電位Cの潜時または振幅との第2差を演算し、前記第1差に対する前記第2差の変化量が予め定められた値以上であるときは、予め定められた、前記変化量と音圧との関係に基づいて、前記周波数fにおける不快閾値を推定する推定部と
を備えた、聴覚検査装置。
【請求項2】
前記演算部は、各検査音が呈示された時刻を起点として約100ミリ秒後に出現する陰性成分N1を、前記各検査音によって誘発された誘発電位として抽出するN1判定部を備えた、請求項1に記載の聴覚検査装置。
【請求項3】
前記演算部は、前記誘発電位A、前記誘発電位B、および、前記誘発電位Cの各陰性成分N1の潜時を計算する潜時計算部を備えた、請求項2に記載の聴覚検査装置。
【請求項4】
前記第1差に対する前記第2差の変化量が予め定められた値よりも小さいときにおいて、
前記検査音範囲設定部は、前記周波数fの検査音に関し、前記音圧cよりも高い少なくとも2種類の音圧dおよびe(c<d<e)をさらに設定し、
前記呈示順序決定部は、さらに設定された検査音を含む、複数種類の検査音の呈示順序を決定し、
前記検査音出力部は、決定された前記呈示順序で、前記複数種類の検査音を出力し、
前記演算部は、音圧dの検査音に対応する誘発電位Dの潜時または振幅と、音圧eの検査音に対応する誘発電位Eの潜時または振幅とを演算し、
前記推定部は、前記誘発電位Cの潜時または振幅と前記誘発電位Dの潜時または振幅との第3差、および、前記誘発電位Dの潜時または振幅と前記誘発電位Eの潜時または振幅との第4差を演算し、前記第3差に対する前記第4差の変化量が前記予め定められた値以上であるときは、前記変化量と音圧との関係に基づいて、前記周波数fにおける不快閾値を推定する、請求項1に記載の聴覚検査装置。
【請求項5】
前記変化量と音圧に関する加算値との関係を示すテーブルを保持する記憶部をさらに備え、
前記推定部は、前記変化量に基づいて前記テーブルを参照して前記変化量に対応する加算値を取得し、前記音圧cと前記加算値との和を前記不快閾値として推定する、請求項1に記載の聴覚検査装置。
【請求項6】
前記呈示順序決定部は、前記複数種類の検査音のそれぞれを複数回呈示するよう、呈示順序を決定し、
前記演算部は、周波数および音圧が同じ検査音によって誘発された誘発電位を加算することにより、各検査音によって誘発された誘発電位として抽出する、請求項1に記載の聴覚検査装置。
【請求項7】
前記演算部は、前記複数の検査音の音圧の間隔が小さいほど、誘発電位の加算回数を多くする、請求項6に記載の聴覚検査装置。
【請求項8】
前記演算部は、
各検査音によって誘発された誘発電位を抽出する抽出部と、
前記誘発電位から、各検査音が呈示された時刻を起点として約100ミリ秒後に出現する陰性成分N1、および、前記時刻を起点として約200ミリ秒後に出現する陽性成分P2を抽出するN1−P2抽出部と、
前記陰性成分N1と前記陽性成分P2との差の絶対値であるN1−P2振幅を計算する振幅計算部と
を備え、
前記推定部は、前記N1−P2振幅と、予め定められた、前記N1−P2振幅と音圧との関係に基づいて、前記周波数fにおける、前記N1−P2振幅から聴取することができる音圧の範囲である快適範囲および前記不快閾値を推定する、請求項1に記載の聴覚検査装置。
【請求項9】
請求項1に記載の聴覚検査装置と、
所定の周波数の最小可聴値を取得する取得部と、
前記最小可聴値に基づいて暫定的な不快閾値を設定する設定部と、
特性設定部と、
補聴器と
を備えた補聴器調整システムであって、
前記聴覚検査装置の検査音範囲設定部は、前記取得部によって取得された前記最小可聴値に基づいて、前記複数種類の検査音を設定し、
前記特性設定部は、前記取得部によって取得された前記最小可聴値、および、前記聴覚検査装置によって推定された前記不快閾値に基づいて、前記補聴器の入出力特性を設定する、補聴器調整システム。
【請求項10】
少なくとも3種類の異なる音圧および少なくとも2種類の周波数の組み合わせで定められる複数種類の検査音を設定するステップと、
同一周波数または同一音圧の検査音が連続して呈示されないよう、前記複数種類の検査音の呈示順序を決定するステップと、
決定された前記呈示順序で、前記複数種類の検査音を出力するステップと、
前記被験者の脳波を計測するステップと、
同一の周波数fで、かつ、異なる音圧a、b、c(a<b<c)を有する各検査音によって誘発された誘発電位を前記計測した脳波から抽出し、音圧aの検査音に対応する誘発電位Aの潜時または振幅と、音圧bの検査音に対応する誘発電位Bの潜時または振幅と、音圧cの検査音に対応する誘発電位Cの潜時または振幅Cとを演算するステップと、
前記誘発電位Aの潜時または振幅と前記誘発電位Bの潜時または振幅との第1差、および、前記誘発電位Bの潜時または振幅と前記誘発電位Cの潜時または振幅との第2差を演算し、前記第1差に対する前記第2差の変化量が予め定められた値以上であるときは、予め定められた、前記変化量と音圧との関係に基づいて、前記周波数fにおける不快閾値を推定するステップと
を包含する、聴覚検査方法。
【請求項11】
補聴器調整システムに設けられたコンピュータによって実行されるコンピュータプログラムであって、
前記コンピュータプログラムは、前記補聴器調整システムに実装されるコンピュータに対し、
少なくとも3種類の異なる音圧および少なくとも2種類の周波数の組み合わせで定められる複数種類の検査音を設定するステップと、
同一周波数または同一音圧の検査音が連続して呈示されないよう、前記複数種類の検査音の呈示順序を決定するステップと、
決定された前記呈示順序で、前記複数種類の検査音を出力するステップと、
計測された前記被験者の脳波を受け取るステップと、
同一の周波数fで、かつ、異なる音圧a、b、c(a<b<c)を有する各検査音によって誘発された誘発電位を前記計測した脳波から抽出し、音圧aの検査音に対応する誘発電位Aの潜時または振幅と、音圧bの検査音に対応する誘発電位Bの潜時または振幅と、音圧cの検査音に対応する誘発電位Cの潜時または振幅Cとを演算するステップと、
前記誘発電位Aの潜時または振幅と前記誘発電位Bの潜時または振幅との第1差、および、前記誘発電位Bの潜時または振幅と前記誘発電位Cの潜時または振幅との第2差を演算し、前記第1差に対する前記第2差の変化量が予め定められた値以上であるときは、予め定められた、前記変化量と音圧との関係に基づいて、前記周波数fにおける不快閾値を推定するステップと
を実行させる、コンピュータプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2012−217480(P2012−217480A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−83061(P2011−83061)
【出願日】平成23年4月4日(2011.4.4)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】