説明

肉盛用合金粉末、これを用いた肉盛合金材及びバルブ

【課題】肉盛合金の靭性を高めると共に、相手材との耐摩耗性を向上させることができる肉盛用合金粉末を提供する。
【解決手段】肉盛用合金粉末は、C:0.7〜1.0質量%、Mo:30〜40質量%、Ni:20〜30質量%、Cr:10〜15質量%、及び残部がCoと不可避不純物からなる合金粉末、または、C:0.2〜0.5質量%、Mo:30〜40質量%、Ni:20〜30質量%、及び残部がCoと不可避不純物からなる合金粉末である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、母材の表面に肉盛を行うための肉盛用合金粉末、これを用いた肉盛合金材及びバルブに係り、特に、高温環境下において好適な肉盛用合金粉末、これを用いた肉盛合金材及びバルブに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、内燃機関の吸気バルブ、および排気バルブなど、高温環境下で用いられる機器には、耐摩耗性等を向上させるために、耐熱鋼が用いられている。特に、エンジンバルブのバルブフェースなどには、常温から高温にわたる広い温度範囲で、耐摩耗性、低相手攻撃性、耐熱性、及び耐熱衝撃性を有することが要求される。従って、一般的にバルブ用材料として用いられる耐熱鋼では、これらの特性は十分でない。そのため、上記の特性を有する肉盛用粉末合金を溶融して、バルブフェースに肉盛(盛金)して前記特性を付与している。特に、CNGを燃料とするエンジンの場合、燃焼雰囲気の酸化力が弱いため、酸化特性に優れた(酸化膜)をつくりやすい肉盛用(盛金用)合金粉末が使用されている。
【0003】
例えば、このような肉盛用合金粉末として、Mo:20〜60質量%、C:0.2〜3質量%、Ni:5〜40質量%、Cr:0.1〜10質量%、および残部:Feおよび不可避不純物から成る肉盛用合金粉末が提案されている(例えば特許文献1参照)。
【0004】
このような肉盛用合金粉末により肉盛られた肉盛合金材の肉盛合金部分(以下、肉盛合金という)は、Crの含有量を制限することにより、固体潤滑性に最も有効なモリブデン酸化物が十分に生成される。このモリブデン酸化物は、固体潤滑剤として作用し、従来のものに比べて相手攻撃性が低く、耐摩耗性が大きいという優れた性能を発揮することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2970670号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の肉盛合金は、上記特性を得ることはできるが、その靭性は十分であるとはいえず、熱衝撃などで割れが発生するおそれがあった。この理由としては、肉盛合金は、Mo等の粗大な初晶炭化物を含むことにより、肉盛合金の硬度を高めることはできるが、この初晶炭化物が破壊の起点となって、肉盛合金の靭性が低下したものと考えられる。
【0007】
さらに、このような粗大な初晶炭化物は、相手攻撃性が高い形状であるため、肉盛合金された部材と接触する相手材を削ってしまい、この結果相手材をも摩耗してしまうこともある。
【0008】
本発明は、このような課題を鑑みてなされたものであり、肉盛合金の靭性を高めると共に、相手材との耐摩耗性を向上することができる肉盛用合金粉末及びこれを用いた肉盛合金及びバルブを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決すべく、発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、破壊の起点となる粗大な初晶炭化物を生成させないようにするためには、添加する炭素の量(炭素含有量)を調整すべきであると考えた。これにより、肉盛された肉盛合金の金属組織を制御することができ、肉盛金属の靭性及びその機械的特性(衝撃時の強度、引張り強さ、伸び等)を向上させることができると考えた。
【0010】
このような考えに基づいて、発明者らは繰り返し研究を行った結果、初晶炭化物が生成しない炭素の含有量の限界点、すなわち、共晶点以下の範囲で炭素を添加すれば、肉盛合金には、初晶炭化物が生成されることなく、肉盛合金の金属組織は亜共析組織となり、上述した特性を得ることができるとの新たな知見を得た。
【0011】
本発明は、このような新たな知見に基づくものであり、本願の第1の発明の肉盛用合金粉末は、C:0.7〜1.0質量%、Mo:30〜40質量%、Ni:20〜30質量%、Cr:10〜15質量%、及び残部がCoと不可避不純物からなることを特徴とする。なお、本明細書でいう肉盛合金部材とは、金属母材と、その表面に肉盛用合金粉末を溶融して肉盛られた肉盛合金の部分とからなる部材のことをいい、肉盛合金とは、肉盛られた肉盛合金の部分のことをいい、これは肉盛用合金粉末と同じ成分である。
【0012】
第1の発明によれば、Mo,Ni,及びCrの前記含有量に対して、Cを0.7〜1.0質量%とすることにより、肉盛用合金粉末によりに肉盛られた肉盛合金には、破壊の起点となるMoの初晶炭化物が生成されず、Mo,Crの共晶炭化物が生成される。これにより、肉盛合金の靭性、引張り強さ、及び伸びを、従来の肉盛合金よりも向上させることができ、さらには耐熱衝撃性が向上する。
【0013】
しかしながら、Cの含有量が0.7質量%未満である場合には、Mo,Crの炭化物による肉盛合金の耐摩耗性の向上を期待することができない。一方、Cの含有量が1.0質量%を超えた場合には、Moの初晶炭化物が生成され、肉盛合金の靭性、引張り強さ、及び伸びが低下する。
【0014】
Moは、共晶炭化物により肉盛合金の耐摩耗性を強化する元素である。本発明では、Moを30〜40質量%含有することにより、肉盛合金に共晶炭化物を生成して、肉盛合金の耐摩耗性が向上すると共に、肉盛合金が形成された部材を使用する際に、その表面のMoが酸化されて、モリブデン酸化物の膜が形成される。このモリブデン酸化物は、固体潤滑剤として作用するので、肉盛合金及び相手材の耐摩耗性を向上することができる。
【0015】
しかしながら、後述する実施例からも明らかなように、Moの含有量が30質量%未満である場合、上述した耐摩耗性の効果を充分に発現することができず、一方、Moの含有量が40質量%を超えた場合、肉盛合金の靭性が低下してしまう。
【0016】
Niは、肉盛合金の靭性を向上させる元素である。本発明では、Niを20〜30質量%含有することにより、肉盛合金の靭性を向上させることができる。しかしながら、Niは、Cの固溶限を変化させるため、Niの含有量が20質量%未満である場合には、上述した初晶炭化物が発生してしまい、相手攻撃性が高まる。一方、Niの含有量が30質量%を超えた場合には、肉盛合金の硬さが低下し、肉盛合金の耐摩耗性が低下してしまう。
【0017】
Crは、共晶炭化物により肉盛合金の耐摩耗性を強化する元素である。本発明では、Crを10〜15質量%含有させることにより、共晶炭化物を生成して、肉盛合金の耐摩耗性を向上させる。しかしながら、後述する実施例からも明らかなように、Crの含有量が10質量%未満である場合には、肉盛合金にMoの初晶炭化物が生成される。一方、Crの含有量が15質量%を超えた場合には、肉盛合金の靭性が低下してしまう。
【0018】
本願の第2の発明の肉盛用合金粉末は、C:0.2〜0.5質量%、Mo:30〜40質量%、Ni:20〜30質量%、及び残部がCoと不可避不純物からなることを特徴とする。
【0019】
第2の発明によれば、Mo及びNiの前記含有量に対して、Cを0.2〜0.5質量%とすることにより、肉盛用合金粉末によりに肉盛られた肉盛合金には、破壊の起点となる初晶炭化物が生成されず、Moの共晶炭化物が生成される。これにより、肉盛合金の靭性、引張り強さ、伸びを、従来の肉盛合金よりも向上させることができ、耐熱衝撃性が向上する。
【0020】
しかしながら、Cの含有量が0.2質量%未満である場合には、Moの炭化物による肉盛合金の耐摩耗性の向上を期待することができず、さらには、溶融した肉盛用合金粉末の盛金製(肉盛性)を阻害するおそれがある。また、Cの含有量が0.5質量%を超えた場合には、Moの初晶炭化物が生成され、肉盛合金の靭性、引張り強さ、及び伸びが低下する。
【0021】
また、Moを30〜40質量%含有させることにより、上述した第1の発明と同様に、Moの共晶炭化物を生成し、さらには、使用時にモリブデン酸化物が生成されるので、肉盛合金の耐摩耗性を向上させることができる。しかしながら、Moの含有量が30質量%未満である場合には、上述した効果を充分に発現することができず、一方、Moの含有量が40質量%を超えた場合には、肉盛合金の靭性が低下してしまう。
【0022】
また、Niを20〜30質量%含有させることにより、上述した第1の発明と同様に、肉盛合金の靭性を向上させることができる。しかしながら、Niの含有量が20質量%未満である場合には、相手攻撃性が高まり、一方、Niの含有量が30質量%を超えた場合には、肉盛合金の硬さが低下してしまう。
【0023】
さらに、第1及び第2の発明は、これらの元素の含有量を満たしつつ、Coは、35質量%以上含有することがより好ましい。Coをこの範囲で含有させることにより、上述した共晶炭化物の基地となるCoの硬さを上げ、肉盛合金の耐摩耗性を向上させることができる。
【0024】
また、肉盛合金の基地の硬さが向上したことにより、肉盛合金が形成されえた部材が相手材に接触した際に、肉盛合金の部分が塑性変形し難くなる。これにより、肉盛合金の表面に形成されたモリブデン酸化物の膜は脆いが、肉盛合金の部分の塑性変形することがほとんどないので、モリブデン酸化物の膜は、断裂することがない。この結果、モリブデン酸化物の膜が断裂することが起因とした、相手材との凝着摩耗を抑えることができる。なお、Coの含有量は多い方が望ましく、その上限値は、上述した元素の含有量が下限値となったときの値(量)である。
【0025】
より好ましくは、本願の発明は、肉盛用合金粉末を溶融して肉盛られた肉盛合金材は、エンジンの吸気用又は排気用などのバルブであることが好ましく、バルブは、バルブシートと接触するバルブフェースに前記肉盛用合金粉末が肉盛られていることがより好ましい。このようなバルブを用いることにより、バルブフェースの表面の熱衝衝撃特性及び耐摩耗性を向上させると共に、相手材となるバルブシートの耐摩耗性をも向上することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、肉盛合金の靭性を高めると共に、相手材との耐摩耗性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】第1の発明に係る実施形態の肉盛合金の状態図。
【図2】第2の発明に係る実施形態の肉盛合金の状態図。
【図3】肉盛合金の断面の組織写真であり、(a)は、実施例1の肉盛合金の組織断面図、(b)は、実施例2の肉盛合金の組織断面図、(c)は、比較例1の肉盛合金の組織断面図。
【図4】実施例1、2及び比較例1のバルブ沈み量の結果を示した図。
【図5】実施例3−1,3−2,4−1〜4−3及び比較例2−1,2−2の摩耗量の結果を示した図。
【図6】実施例5−1,5−2及び比較例3−1のバルブ沈み量の結果を示した図。
【図7】実施例6−1,6−2及び比較例4−1のバルブ沈み量の結果を示した図。
【図8】相手攻撃性、耐摩耗性を測定する試験機の概要を示す断面図。
【実施例】
【0028】
以下に、本発明の望ましい態様を実施例に基づいて具体的に説明する。
<実施例1>
まず、第1の発明の実施例に相当する肉盛用合金粉末として、C:0.7〜1.0質量%、Mo:30〜40質量%、Ni:20〜30質量%、Cr:10〜15質量%、及び残部がCoと不可避不純物からなる含有条件を満たす肉盛用合金粉末を作製した。
【0029】
具体的には、C:0.9質量%、Mo:30質量%、Ni:20質量%、Cr:10質量%、及び残部がCo(Co:35質量%以上)と不可避不純物からなる条件組成の肉盛合金(Coが基地となる合金)を1700℃以上の温度で溶解し、不活性ガスを用いたガスアトマイズにより製造した肉盛用合金粉末を、44〜180μmの範囲に分級した。これにより、Co−30Mo−10Cr−20Ni−0.9Cの肉盛用合金粉末を得た。
【0030】
なお、肉盛用合金粉末Cの含有量の上限値である1.0質量%を、以下のようにして定めた。具体的には、まず、Thermo−Calc統合型熱力学計算システム(Thermo−Calc Sotware AB社製)を用いて、Mo,Ni,Crの含有量を前記範囲としたときに、図1に例示するCの含有量を変化させた状態図を作製した。図1に示す状態図におけるMo,Ni,及びCrの含有量は、前記範囲でMoの初晶炭化物が最も生成され易い含有量の条件であり、この状態図において、共晶点となるCの含有量の上限値は、1.0質量%であった。従って、上述したMo,Ni,及びCrの含有量の範囲において、Cの含有量が1.0質量%以下の場合、亜共析組織(Mo,Cr等の共晶炭化物)が生成され、この値を超えたときには、Moの初晶炭化物が生成されることになる。
【0031】
次に、図8に示すように、出力100A、処理速度5mm/secの条件でプラズマ溶接により、肉盛用合金粉末を1700℃以上の温度に加熱してこれを溶融し、溶融した肉盛用合金粉末をオーステナイト系耐熱鋼(JIS SUH35)製エンジンバルブのバルブフェース2に、肉盛合金4の肉盛(盛金)を行った。これにより、バルブフェース2に肉盛合金4が形成されたエンジンバブル(肉盛合金部材)1を得た。さらに、後述する各種試験に応じて、同様の組成からなる試験体を作製した。
【0032】
<実施例2>
第2の発明の実施例に相当する肉盛用合金粉末として、C:0.2〜0.5質量%、Mo:30〜40質量%、Ni:20〜30質量%、及び残部がCoと不可避不純物からなる含有条件を満たす肉盛用合金粉末を作製した。
【0033】
具体的には、C:0.5質量%、Mo:30質量%、Ni:20質量%、及び残部がCo(Co:35質量%以上)と不可避不純物からなる条件組成の肉盛合金(Coが基地となる合金)を1700℃以上の温度で溶解し、不活性ガスを用いたガスアトマイズにより製造した肉盛用合金粉末を、44〜180μmの範囲に分級した。これにより、Co−40Mo−20Ni−0.5Cの肉盛用合金粉末を得た。
【0034】
なお、肉盛用合金粉末Cの含有量の上限値である0.5質量%を、実施例1と同様に、上述したThermo−Calc統合型熱力学計算システムを用いて、Mo,Niの前記範囲としたときにおいて、図2に例示するCの含有量を変化させた状態図から求めた。なお、図2に示す状態図におけるMo及びNiの含有量は、前記範囲でMoの初晶炭化物が最も生成され易い含有量の条件であり、この状態図において、共晶点となるCの含有量の上限値は、0.5質量%であった。従って、上述したMo及びNiの含有量の範囲において、Cの含有量が0.5質量%以下の場合、亜共析組織(Moの共晶炭化物)が生成され、この値を超えたときには、Moの初晶炭化物が生成されることになる。
【0035】
次に、図8に示すように、出力100A、処理速度5mm/secの条件でプラズマ溶接により、肉盛用合金粉末を1700℃以上に加熱してこれを溶融し、溶融した肉盛用合金粉末をオーステナイト系耐熱鋼(JIS:SUH35)製エンジンバルブ1のバルブフェース2に、肉盛合金4の肉盛(盛金)を行った。さらに、後述する各種試験に応じて、同様の組成からなる試験体を作製した。
【0036】
<比較例1>
実施例1と同じようにして肉盛部の肉盛(盛金)を行ったエンジンバルブを製作した。実施例1と相違する点は、肉盛用合金粉末の組成である。具体的には、肉盛用合金粉末として、C:0.84質量%、Mo:33質量%、Fe:14質量%,Ni:10.2質量%、Cr:3.8質量%,Mn:6質量%,Si:0.89質量%及び残部がCoと不可避不純物と肉盛合金(Coが基地となる合金)を溶解し、不活性ガスを用いたガスアトマイズにより製造した肉盛用合金粉末を、同じ範囲に分級した。これにより、得られたCo−33Mo−10.2Ni−3.8Cr−6Mn−14Fe−0.84C−0.89Siの肉盛用合金粉末を用いた。さらに、後述する各種試験に応じて、同様の組成からなる試験体を作製した。
【0037】
[評価試験1]
〔組織観察〕
実施例1,2及び比較例1に係るエンジンバルブの肉盛部分(肉盛合金)の組織断面を光学顕微鏡で観察した。これらの結果を、図3に示す。図3は、肉盛合金の断面の組織写真であり、(a)は、実施例1の肉盛合金の組織断面図、(b)は、実施例2の肉盛合金の組織断面図、(c)は、比較例1の肉盛合金の組織断面図である。
【0038】
〔機械的強度等の測定〕
実施例1,2及び比較例1に係る試験体を用いて機械的強度等を測定した。JIS Z 2242に準拠して、シャルピー衝撃試験を行い、衝撃値を測定した。この結果を表1に示す。
【0039】
JIS Z 2241に準拠して、引張試験(室温の条件)を行い、引張強さを測定した。また、JIS G 0567に準拠して、引張試験(600℃の条件)を行い引張強さ、突合せ伸びを測定した。これらの結果を表1に示す。
【0040】
JIS Z 2244に準拠して、硬さ試験(室温)を行い、ビッカース硬さ(10kgfの条件)を測定した。また、JIS Z 2252に準拠して、高温硬さ試験(600℃の条件)を行い、ビッカース硬さ(1kgfの条件)を測定した。これらの結果を表1に示す。
【0041】
さらに、実施例1,2及び比較例1に係る肉盛用合金粉末を、それぞれ加熱して、室温から800℃まで温度を上げながら重量を測定した。このとき、天秤に実施例1,2及び比較例2の粉末とAl粉末を乗せ、重量測定しながら温度を上げ、重量の変化に基づいて、酸化開始温度を計測した。この結果を表1に示す。
【0042】
〔摩耗試験〕
実施例1、2及び比較例1に係るにエンジンバルブ1に対して、図8に示す試験装置を用いて肉盛合金部分の相手攻撃性、耐摩耗性を調べた。具体的にはプロパンガスバーナー5を加熱源に用い、前記のように肉盛されたバルブフェース2と、Fe系焼結材料からなるバルブシート3との摺動部をプロパンガス燃焼雰囲気とした。バルブシート3の温度を300℃に制御し、スプリング6によりバルブフェース2とバルブシート3との接触時に18kgfの荷重を付与し、2000回/minの割合でバルブフェース2とバルブシート3を接触させて8時間の摩耗試験を行った。この摩耗試験において、基準位置Pからのバルブ沈み量を測定した。このバルブ沈み量は、エンジンバルブ1がバルブシート3と接触することによって双方が摩耗した摩耗量(摩耗深さ)に相当するものである。この結果を図4及び以下の表1に示す。
【0043】
【表1】

【0044】
(結果1)
組織観察の結果から、図3に示すように、実施例1及び2の肉盛合金には、共晶炭化物(亜共析組織)が生成されており、Moの初晶炭化物は生成されていなかったが、比較例1の肉盛合金には、Moの初晶炭化物が生成されていた。
【0045】
また、表1に示す結果ように、実施例1及び2の試験体の衝撃値は、比較例1のものよりも高い値となった。また、実施例1及び2の試験体の室温時及び600℃時の引張強さ、及び伸びは、比較例1のものよりも高い値となった。また、実施例1及び2の試験体の室温時及び600℃時のビッカース硬さは、比較例1のものよりも高い値となった。さらに、実施例1及び2の酸化開始温度は、比較例1のものと同程度であった。
【0046】
また、表1及び図5に示すように、実施例1及び2のバルブの沈み量は、比較例1のものよりも小さかった。
【0047】
(評価1)
以上の結果から、実施例1及び2の肉盛合金は、前述したように、共晶点以下の範囲に、炭素の含有量を調整した(実施例1では炭素含有量を1.0質量%以下、実施例2では、炭素含有量を0.5質量%以下にした)ので、破壊起点になるMoの初晶炭化物の生成をなくすことができ、これにより、靭性、引張り強さ、及び伸びが比較例1のものより向上したと考えられる。この結果、実施例1及び2の肉盛合金の熱衝撃性が向上しているといえる。
【0048】
また、初晶炭化物をなくすことで硬度が低下するおそれもあるが、実施例1及び2は、残部となるCoの含有量(Co:35〜40質量%)が、比較例1のもの(Co:30質量%程度)に比べて多く含有しており、これにより、基地硬さを577HV以上にすることができたと考えられる。
【0049】
さらに、比較例よりも基地が硬くなったので、肉盛合金の部分に塑性変形が起き難くなり、バルブ使用時に肉盛合金の部分の表面に形成されるモリブデン酸化物の膜が断裂しにくくなると考えられる。これにより、バルブシートに対する、肉盛合金の部分の相手攻撃性を抑えることができる。
【0050】
これらの理由により、実施例1及び2のエンジバルブのバルブ沈み量が、比較例1のものに比べて小さくなったと考えられる。
【0051】
<実施例3−1,3−2>
実施例1と同じようにして肉盛部の肉盛(盛金)を行ったエンジンバルブと、硬さ試験用の試験体を製作した。実施例1と相違する点は、実施例3−1のCの含有量を0.7質量%、実施例3−2のCの含有量を1.0質量%にした点である。
【0052】
<実施例4−1〜4−3>
実施例2と同じようにして肉盛部の肉盛(盛金)を行ったエンジンバルブと、硬さ試験用の試験体を製作した。実施例2と相違する点は、実施例4−1のCの含有量を0.2質量%、実施例4−2のCの含有量を0.35質量%にした点である。実施例4−3は、Cの含有量を0.5質量%にしたので、実施例2と略同じである。
【0053】
<比較例2−1,2−2>
実施例1と同じようにして肉盛部の肉盛(盛金)を行ったエンジンバルブと、硬さ試験用の試験体を製作した。実施例1と相違する点は、比較例2のCの含有量を0.1質量%、比較例3のCの含有量を0.35質量%にした点である。
【0054】
[評価試験2]
実施例3−1,3−2、実施例4−1〜4−3、及び比較例2−1,2−2のそれぞれに対して、実施例1と同じようにして、摩耗試験及び硬さ試験(室温)を行った。この結果を図5に示す。なお、図5に示す摩耗量は、エンジンバルブの肉盛合金の部分そのものの最大摩耗深さを示している。
【0055】
(結果2)
図5に示すように、実施例3−1,3−2及び実施例4−1〜4−3のビッカース硬さは、比較例2−1,2−2のものに比べて高い値となった。実施例3−1,3−2及び実施例4−1〜4−3のバルブの沈み量は、比較例2−1,2−2のものに比べて小さかった。また、肉盛合金(試験体)の硬さが大きくなるに従って、摩耗量は大きくなった。
【0056】
(考察2)
実施例3−1,3−2ではCを0.7〜1.0質量%とすることにより、また、実施例4−1〜4−3ではCを0.2〜0.5質量%とすることにより、肉盛用合金粉末によりに肉盛られた肉盛合金には、破壊の起点となるMoの初晶炭化物が生成され難く、Moの共晶炭化物が生成されている。また、実施例3−1,3−2の場合、Crの共晶炭化物が生成されている。
【0057】
このような結果、実施例3−1,3−2及び実施例4−1〜4−3のビッカース硬さは、比較例2−1,2−2のものに比べて高い値となったと考えられる。しかし、比較例2−1,2−2のようにCの含有量が0.7質量%未満である場合、Mo,Crの炭化物による肉盛合金の耐摩耗性を充分に発現することができないと考えられる。
【0058】
<実施例5−1,5−2(Moの含有量)>
実施例2と同じようにして肉盛部の肉盛(盛金)を行ったエンジンバルブを製作した。実施例2と相違する点は、実施例5−1のMoの含有量を30質量%にした点である。実施例5−2は、Moの含有量を40質量%にしたので、実施例2とほぼ同じである。
【0059】
<比較例3−1,3−2>
実施例2と同じようにして肉盛部の肉盛(盛金)を行ったエンジンバルブを製作した。実施例2と相違する点は、比較例3−1のMoの含有量を20質量%、比較例3−2のMoの含有量を45質量%にした点である。
【0060】
[評価試験3]
実施例5−1,5−2、及び比較例3−1のそれぞれに対して、実施例2と同じようにして、摩耗試験を行った。この結果を図6に示す。また、実施例5−1,5−2、比較例3−1,3−2に対して、実施例2と同じようにして、衝撃試験を行った。この結果を表2に示す。さらに、実施例5−1、5−2、及び比較例3−1のそれぞれの肉盛用合金粉末に対して実施例1と同じように、酸化開始温度を計測した。この結果を表3に示す。
【0061】
【表2】

【0062】
【表3】

【0063】
(結果3)
図6に示すように、実施例5−1,5−2のバルブ沈み量は、比較例3−1のものよりも小さかった。表2に示すように、比較例3−1、実施例5−1,5−2、比較例3−2の順に(Moの含有量の増加に応じて)衝撃値が低い値となった。表3に示すように、実施例5−1,5−2の肉盛用合金粉末の酸化開始温度は、660℃以下であり、比較例3−1のものよりも低かった。
【0064】
(評価3)
実施例5−1,5−2のバルブ沈み量は、比較例3−1のものよりも小さかったのは、Moの共晶炭化物が生成され、肉盛合金の耐摩耗性を強化する元素として作用したからであると考えられる。
【0065】
Moの含有量の増加に応じて衝撃値が低い値となったのは、その増加に伴いMoの共晶炭化物が増加したからであると考えられ、Moの含有量が40質量%を超えた場合には、肉盛合金の靭性が極端に低下すると考えられる。
【0066】
さらに、Moの含有量が、比較例3−1の如く30質量%未満となった場合には、肉盛合金が形成された部材を使用する際に、その表面のMoが酸化されてモリブデン酸化物を生成し難いと考えられる。すなわち、30質量%以上であれば、一般的なエンジンバルブの使用環境下においても、肉盛合金の表面にモリブデン酸化物の膜が生成され易く、このモリブデン酸化物が固体潤滑剤として作用する。この結果、肉盛合金の耐摩耗性を向上させることができると考えられる。
【0067】
<実施例6−1,6−2(Niの含有量)>
実施例2と同じようにして肉盛部の肉盛(盛金)を行ったエンジンバルブを製作した。実施例2と相違する点は、実施例6−2のNiの含有量を30質量%にした点である。実施例6−1は、Niの含有量を20質量%にしたので、実施例2とほぼ同じである。
【0068】
<比較例4−1,4−2>
実施例2と同じようにして肉盛部の肉盛(盛金)を行ったエンジンバルブを製作した。実施例1と相違する点は、実施例4−1のNiの含有量を18質量%、実施例4−2のNiの含有量を35質量%にした点である。
【0069】
[評価試験3]
実施例6−1,6−2、及び比較例4−1のそれぞれに対して、実施例2と同じようにして、摩耗試験を行った。この結果を図7に示す。実施例6−1,6−2、及び比較例4−2のそれぞれに対して、実施例2と同じようにして、硬さ試験(室温)を行った。この結果を表4に示す。
【0070】
【表4】

【0071】
(結果4)
図7に示すように、実施例6−1,6−2のバルブ沈み量が、比較例4−1のものよりも小さかった。実施例6−1,6−2の試験体のビッカース硬さは、比較例4−2のものよりも高い値となった。
【0072】
(評価4)
実施例6−1,6−2のバルブ沈み量が、比較例4−1のものよりも小さかったのは、以下の理由が考えられる。Niは、肉盛合金の靭性を向上するように作用し、さらに、Cの固溶限を変化させるため、比較例4−1の如く、Niの含有量が20質量%未満である場合には、上述した初晶炭化物が発生してしまい、相手攻撃性が高まったからであると考えられる。
【0073】
さらに、比較例4−2の如く、Niの含有量が30質量%を超えた場合には、肉盛合金のビッカース硬さが極端に低下してしまい、肉盛合金の摩耗が促進されると考えられる。
【0074】
<実施例7−1,7−2(Crの含有量)>
実施例1と同じようにして肉盛部の肉盛(盛金)を行ったエンジンバルブを製作した。実施例1と相違する点は、実施例7−2のCrの含有量を15質量%にした点である。実施例7−1は、Crの含有量は10質量%にしたので、実施例1とほぼ同じである。
【0075】
<比較例5−1〜5−3>
実施例1と同じようにして肉盛部の肉盛(盛金)を行ったエンジンバルブを製作した。実施例1と相違する点は、比較例5−1のCrの含有量を5質量%、比較例5−2のCrの含有量を8質量%、比較例5−3のCrの含有量を20質量%にした点である。
【0076】
[評価試験5]
実施例7−1,7−2、比較例5−1〜5−3のそれぞれに対して、実施例1と同じようにして、衝撃試験を行った。この結果を表5に示す。
【0077】
実施例7−1,7−2、比較例5−1,5−1の肉盛合金それぞれに対して、実施例1と同じようにして組織観察を行い、Cr等の初晶炭化物の有無を確認した。この結果を表6に示す。
【0078】
【表5】

【0079】
【表6】

【0080】
(結果5)
表5に示すように、実施例7−1,7−2の試験体の衝撃値は、比較例5−2,5−3のものよりも高い値となった。表6に示すように、比較例5−1,5−2の肉盛合金には、初晶炭化物が確認されたが、実施例7−1及び7−2の肉盛合金には、初晶炭化物はなく、共晶炭化物が確認された。
【0081】
(評価5)
比較例5−2の試験体の衝撃値が、実施例7−1,7−2のものよりも低い値となったのは、Crの含有量が、10質量%未満の場合、Moの初晶炭化物が生成されたからであると考えられる。一方、比較例5−2の如く、Crの含有量が15質量%を超えた場合には、Crの炭化物の増加により、肉盛合金の靭性が低下すると考えられる。
【符号の説明】
【0082】
1:エンジンバルブ(肉盛合金部材)、2:バルブフェース、3:バルブシート、4:肉盛合金、5:プロパンガスバーナー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.7〜1.0質量%、Mo:30〜40質量%、Ni:20〜30質量%、Cr:10〜15質量%、及び残部がCoと不可避不純物からなることを特徴とする肉盛用合金粉末。
【請求項2】
C:0.2〜0.5質量%、Mo:30〜40質量%、Ni:20〜30質量%、及び残部がCoと不可避不純物からなることを特徴とする肉盛用合金粉末。
【請求項3】
前記Coは、35質量%以上含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の肉盛用合金粉末。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の肉盛用合金粉末を溶融して肉盛られていることを特徴とする肉盛合金部材。
【請求項5】
請求項4に記載の肉盛合金部材は、エンジンのバルブであって、
前記バルブは、バルブシートと接触するバルブフェースに前記肉盛用合金粉末が肉盛られていることを特徴とするバルブ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−255417(P2011−255417A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−134324(P2010−134324)
【出願日】平成22年6月11日(2010.6.11)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】