説明

肝細胞およびその製造方法

【課題】医薬のスクリーニングや薬物代謝の評価に適した実質的に凝集しない状態で増殖できる肝細胞を提供する
【解決手段】血清含有培地で維持された肝細胞を無血清培地に馴化させることにより、実質的に凝集しない状態で増殖できる肝細胞を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は実質的に凝集しない状態で増殖することのできる肝細胞およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
肝細胞は医薬のスクリーニングや薬物代謝の評価に汎用される細胞である。しかしながら、細胞が凝集しやすく均一な評価ができないという問題があった。
【0003】
細胞を無血清培地に馴化させることは、CHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣細胞)やMDCK細胞(イヌ腎細胞;特許文献1参照)ではなされていた。しかしながら、肝細胞でそのような試みはなされておらず、無血清培地で増殖することのできる肝細胞は知られていなかった。
【特許文献1】国際公開第01/064846号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は医薬のスクリーニングや薬物代謝の評価に適した実質的に凝集しない状態で増殖することができる肝細胞を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は上記課題を解決すべく、鋭意検討を行った。その結果、肝細胞を無血清培地で馴化することにより、実質的に凝集しない状態で増殖できる肝細胞を得ることに成功し、本発明を完成させるに至った。
【0006】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)無血清培地で実質的に凝集しない状態で増殖することのできる肝細胞。
(2)血清含有培地で維持された肝細胞を無血清培地に馴化することにより得られる(1)の肝細胞。
(3)血清含有培地で維持された肝細胞を無血清培地に馴化し、さらに無血清培地で継代培養を繰り返すことにより得られる(1)または(2)の肝細胞。
(4)血清含有培地で維持された肝細胞が株化された肝細胞である、(2)または(3)の肝細胞。
(5)株化された肝細胞がHepG2である(4)の肝細胞。
(6)無血清培地がEX-CELL293(商標名)である(1)〜(5)のいずれかの肝細胞。
(7)外来遺伝子が導入された(1)〜(6)のいずれかの肝細胞。
(8)(1)〜(6)のいずれかの肝細胞に血清を含有しない媒体を用いて遺伝子を導入する方法。
(9)血清を含有しない媒体がCHO-S-SFMII(商標名)である(8)の方法。
(10)(1)〜(6)のいずれかの肝細胞を用いることを特徴とする、医薬のスクリーニング方法。
(11)(1)〜(6)のいずれかの肝細胞を用いることを特徴とする、薬物代謝または薬物動態の評価方法。
(12)血清含有培地で維持された肝細胞を無血清培地に馴化する工程を含む、肝細胞の凝集を抑制する方法。
(13)さらに、前記工程により無血清培地に馴化された肝細胞について、無血清培地中で継代培養を繰り返す工程を含む、(12)の方法。
(14)血清含有培地で維持された肝細胞を無血清培地に馴化する工程を含む、実質的に凝集しない状態で増殖することのできる肝細胞の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明の肝細胞は均一の状態で維持できるため、扱いやすく、医薬のスクリーニングや薬物代謝の評価、物質生産などに好適に使用することができる。また、タンパク質結合率の高い化合物の評価などのように血清で阻害される実験にも適している。さらに、浮遊状態で維持することができるため、トリプシン処理が不要で、細胞表面分子の解析にも適している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の肝細胞は、無血清培地で実質的に凝集しない状態で増殖することのできる肝細胞である。無血清培地の種類は血清を含まないものである限り特に制限されないが、例えば、EX-CELL293(商標名:ニチレイ社)が挙げられる。
【0009】
実質的に凝集しない状態とは例えば、EX-CELL293培地中、37℃、5%CO2の条件下、80%以上コンフルエントに培養したときに、凝集する細胞の割合が50%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは10%以下である状態を意味する。
ここでいう凝集とは、顕微鏡検鏡下において2個以上の細胞が接触している状態をいう。
本発明の肝細胞は浮遊状態で増殖できる細胞であることが好ましい。
【0010】
本発明の肝細胞は、血清(例えば、ウシ胎児血清)の存在下で維持(培養、継代、保存を含む)された通常の肝細胞、初代肝細胞、好ましくは株化された肝細胞を、無血清培地に馴化させ、実質的に凝集しない状態で増殖することのできる細胞を選択することによって製造することができる。より詳しくは、培地中の血清の量を徐々に減らしながら肝細胞を無血清培地に徐々に馴化させ、さらに無血清培地で継代を数回繰り返す方法が挙げられる。
本発明の肝細胞は、株化された肝細胞を無血清培地に馴化させることによって得られるものが好ましい。株化された肝細胞の種類は特に制限されないが、例えば、SSP-25,RBE,HepG2,TGBC50TKB,HuH-6,HuH-7,ETK-1,Het-1A,PLC/PRF/5,Hep3B,SK-HEP-1,C3A,THLE-2,THLE-3,HepG2/2.2.1,SNU-398,SNU-449,SNU-182,SNU-475,SNU-387,SNU-423,FL62891,DMS153が挙げられる。これらの細胞はアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC;住所 12301 Parklawn Drive,Rockville Maryland 20852,United States of America)などから入手することができる。例えば、HepG2はATCCにHB-8065の番号で登録されている。
なお、無血清培地に馴化させる肝細胞は上記細胞に由来する細胞もすべて含まれ、例えば、クローニング、遺伝子導入、細胞馴化された細胞も含まれる。
【0011】
本発明の肝細胞は、遺伝子導入を血清を含まない媒体を用いて行うことができるという利点を有している。この場合、例えば、CHO-S-SFMII(商標名:Invitrogen社)を用いて遺伝子導入を行うことができる。導入する遺伝子の種類は特に制限されないが、疾患関連遺伝子、薬物代謝酵素遺伝子、プロモーターに連結されたレポーター遺伝子、医薬品となりうる蛋白質遺伝子などが挙げられる。
【0012】
本発明の肝細胞は、医薬品のスクリーニングに適している。たとえば、細胞から分泌されるタンパク質の量や細胞内におけるタンパク質の量、遺伝子の発現量、酵素阻害活性などを指標にして医薬をスクリーニングすることができる。すなわち、本発明の肝細胞に、薬剤候補物質を添加し、タンパク質や遺伝子の発現量を上昇又は低下させる物質、酵素活性を阻害する物質を選択することにより医薬をスクリーニングすることができる。タンパ
ク質の量は抗体を用いる方法などによって調べることができる。遺伝子の発現量はRT-PCRや標的遺伝子のプロモーターに連結させたレポーター遺伝子の活性測定などによって調べることができる。酵素阻害であれば、細胞内または外に存在する基質の分解、リン酸化、脱リン酸化、アセチル化、脱アセチル化、エステル化、脂質の結合および解離などの活性を測定することにより調べることができる。
医薬候補物質としては、低分子化合物、天然物、ペプチド、蛋白質、抗体などを用いることができ、これらを含むライブラリーを用いてもよい。
【0013】
本発明の細胞は薬物代謝や薬物動態の評価に好適に使用することができる。たとえば、薬剤トランスポーターや薬剤結合タンパク質を発現させた本発明の肝細胞を用いて薬剤の細胞透過性やタンパク質結合性などを評価することができる。また、本発明の細胞に薬物を添加し、薬物の分解されやすさ、分解物の量・構造・性状などの薬物代謝を評価することができる。また、本発明の細胞に薬物を添加し、薬物がチトクロムp450などの薬物代謝酵素の発現を活性化させるかを評価することもできる。
本発明の細胞は物質生産にも用いることができる。たとえば、細胞が分泌する蛋白質の場合は細胞をそのまま培養し、その細胞あるいは培養上清からカラム精製などの定法により目的とする蛋白質を精製すればよい。さらに、医薬品として有用な蛋白質の遺伝子を細胞に導入し蛋白を生産させることも可能である。この場合も細胞あるいは培養上清から定法により蛋白の精製をすることが可能である。
【実施例】
【0014】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0015】
HepG2の無血清馴化法
10% FBS(ウシ胎児血清)を含むDMEM培地(以下、DMEM/10%FBSと呼ぶ)で継代をしていたHepG2細胞がコンフルエントになった状態で0.25%トリプシンを含むPBS溶液(以下、トリプシン溶液と呼ぶ) 1mLを用いてシャーレからはがし、1mLのDMEM/10%FBSと混合し遠心を行った。ペレットダウンされた細胞の1/4をEX-CELL293とDMEM/10%FBSを3:1の割合で混合した培地2mLに懸濁し6wellプレートに播種した。
細胞がコンフルエントになった時に再び細胞をトリプシン溶液 1mLを用いてシャーレからはがし、1mLのDMEM/10%FBSと混合し遠心を行った。ペレットダウンされた細胞の1/4をEX-CELL293とDMEM/10%FBSを15:1の割合で混合した培地2mLに懸濁し6wellプレートに播種した。
再び細胞がコンフルエントになったらトリプシン溶液 1mLを用いてシャーレからはがし、1mLのDMEM/10%FBSと混合し遠心を行った。ペレットダウンされた細胞の1/4をEX-CELL293とDMEM/10%FBSを63:1の割合で混合した培地2mLに懸濁し6wellプレートに播種した。
再び細胞がコンフルエントになったらトリプシン溶液 1mLを用いてシャーレからはがし、1mLのDMEM/10%FBSと混合し遠心を行った。ペレットダウンされた細胞の1/4をEX-CELL293とDMEM/10%FBSを255:1の割合で混合した培地に2mLに懸濁し6wellプレートに播種した。
本状態で2日間培養した後、細胞が浮遊状態となることを確認した。
細胞がコンフルエントになったら培養液をよく懸濁し、1mLの培養液を未使用のEX-CELL293 1mLと混合し6wellプレートに播種した。本操作を5回繰り返すことにより培養液中に含まれる血清濃度を徐々に下げていった。
以上の操作により得られた細胞は血清を添加していないEX-CELL293を用いて1ヶ月以上培養したが形態の変化、増殖速度の低下は認められず継代可能であった。
DMEM/10%FBSで培養されたHepG2、EX-CELL293で培養されたHepG2の写真を、それぞれ図1、図2に示す。DMEM/10%FBSで培養されたHepG2は凝集が見られたのに対し、EX-CELL293培地において無血清培養されたHepG2は凝集が見られなかった。
以上の結果より、上記工程により血清を完全に含まない培地で安定に継代可能であるHe
pG2を構築できたと考えられた。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】DMEM/10% FBSで培養されたHepG2の拡大図(写真)。
【図2】EX-CELL293で培養されたHepG2の拡大図(写真)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無血清培地で実質的に凝集しない状態で増殖することのできる肝細胞。
【請求項2】
血清含有培地で維持された肝細胞を無血清培地に馴化することにより得られる請求項1に記載の肝細胞。
【請求項3】
血清含有培地で維持された肝細胞を無血清培地に馴化し、さらに無血清培地で継代培養を繰り返すことにより得られる請求項1または2に記載の肝細胞。
【請求項4】
血清含有培地で維持された肝細胞が株化された肝細胞である、請求項2又は3に記載の肝細胞。
【請求項5】
株化された肝細胞がHepG2である請求項4に記載の肝細胞。
【請求項6】
無血清培地がEX-CELL293(商標名)である請求項1〜5のいずれか一項に記載の肝細胞。
【請求項7】
外来遺伝子が導入された請求項1〜6のいずれかに記載の肝細胞。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の肝細胞に血清を含有しない媒体を用いて遺伝子を導入する方法。
【請求項9】
血清を含有しない媒体がCHO-S-SFMII(商標名)である請求項8に記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の肝細胞を用いることを特徴とする、医薬のスクリーニング方法。
【請求項11】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の肝細胞を用いることを特徴とする、薬物代謝または薬物動態の評価方法。
【請求項12】
血清含有培地で維持された肝細胞を無血清培地に馴化する工程を含む、肝細胞の凝集を抑制する方法。
【請求項13】
さらに、前記工程により無血清培地に馴化された肝細胞について、無血清培地中で継代培養を繰り返す工程を含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
血清含有培地で維持された肝細胞を無血清培地に馴化する工程を含む、実質的に凝集しない状態で増殖することのできる肝細胞の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−141336(P2006−141336A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−338845(P2004−338845)
【出願日】平成16年11月24日(2004.11.24)
【出願人】(000006725)三菱ウェルファーマ株式会社 (92)
【Fターム(参考)】