説明

肝細胞の単離方法

本発明は、正常な肝細胞を単離する方法を提供し、該方法は、肝切除術中に患者から肝臓組織を回収する工程、及び回収した組織に存在する不要な細胞から正常な肝細胞を磁気分離で単離する工程を含む。更に本発明は移植用肝細胞の調製方法を提供し、該方法は、肝切除術中に患者から肝臓組織を回収する工程、及び回収した組織に存在する不要な細胞から正常な細胞を磁気分離で単離する工程、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般的に、肝疾患に罹患している患者の治療に適切な肝細胞の単離方法に関する。更に、本発明は、本発明の方法で単離された肝細胞、及び本発明の方法で単離された肝細胞を使って肝疾患を治療する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、同所性肝移植は、急性及び慢性肝不全などの様々な肝疾患に対して指示される、最適な治療である。しかしながら、肝移植を制限している要因は提供者の組織の入手可能性である。世界中で移植用の臓器が不足している。ある例では、不足により、肝移植の順番待ちリストで死亡率が約10%となっている(Gibbons, RDら、Biostatistics 4:207-222, 2003)。広く普及した肝移植の利用を制限している他の要因として、処置の費用と拒絶反応の可能性が挙げられる。
【0003】
従って、肝疾患に罹患している患者のために、肝移植を待っている患者の一時的な措置としてだけではなく、臓器移植が不適合かもしれない患者においても、又は臓器移植に代わる長期的な代替策として、既存のものに代わる治療が求められている。
【0004】
このような代わりとなる1つの治療は、低いコスト、観血の少ない手術、低い死亡率など、全肝移植又は部分肝移植よりも幾つかの利点がある肝細胞移植である(Dhashi, Kら, J Mol Med 79:617-630, 2001)。臨床試験では、例えば急性劇症肝炎の患者の回復(Fisher, RAら, Transplantation 69:303-307, 2000)及びクリーグラー・ナジャー症候群などの遺伝性肝疾患の治療(Fox, IJら, N Engl J Med 338:1422-1426, 1998)において、肝細胞移植の利用が成功したことが実証された。しかしながら、成功には限界があった。
【0005】
肝細胞移植を制限する最も大きな要因は、肝細胞の適切な供給源の入手可能性が低いことである。肝細胞の1つの供給源は、移植には認められない肝臓である。しかしながら、肝臓が移植できない一般的な原因は脂肪肝であり、これらの肝臓から単離された肝細胞は、しばしば正常な肝細胞の代謝能力を有しておらず、従って肝細胞移植には不適切である。これとは別に、他の種から肝細胞を入手することができる。米国特許第6,610,288号は、肝機能が不十分であることを特徴とする疾患の治療に、ブタの肝細胞を単離して使用することを開示している。しかしながら、ヒトに異種肝細胞を使用することの欠点は、拒絶反応の可能性である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、移植用肝細胞の適切な供給源が明らかに求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様において、正常な肝細胞を単離する方法を提供し、該方法は、
(a)肝切除術中に患者から肝臓組織を回収する工程、及び
(b)前記回収した組織に存在する不要な細胞から正常な肝細胞を磁気分離で単離する工程、
を含む。
【0008】
肝切除術は、良性又は悪性腫瘍を含む肝臓又はその一部を切除して行うことができる。従って、不要な細胞とは、典型的には腫瘍細胞でありうる。
【0009】
また、本発明の方法は、細胞を磁気分離する前に、回収した肝臓組織から腫瘍が発症した肉眼的形跡のある組織を除去する工程を含んでもよい。
【0010】
細胞の磁気分離は、抗体で被覆された超常磁性のコロイドを使って行うことができる。抗体は、正常な肝細胞の表面上にあるエピトープを特異的に認識するか、又は不要な細胞を認識するモノクローナル抗体でよい。
【0011】
本発明の第2の態様において、前記第1の態様の方法で単離された正常な肝細胞を提供する。
【0012】
本発明の第3の態様において、移植用肝細胞を調製する方法を提供し、該方法は、
(a)肝切除術中に患者から肝臓組織を回収する工程、及び
(b)回収した組織に存在する不要な細胞から正常な肝細胞を磁気分離で単離する工程、
を含む。
【0013】
本発明の第4の態様において、前記第3の態様の方法で調製された正常な肝細胞を提供する。
【0014】
本発明の方法により単離又は調製された肝細胞は、肝疾患に罹患している患者の肝細胞移植に使用できる。前記肝疾患は、クリーグラー・ナジャー症候群、ギルバート症候群、デュービン・ジョンソン症候群、家族性高コレステロール血症、オルニチントランスカルバモイラーゼ欠損症、遺伝性肺気腫、血友病、ウイルス性肝炎、肝細胞癌、急性肝不全及び慢性肝不全からなる群から選択される。
【0015】
従って、本発明の第5の態様において、患者の肝疾患の治療方法を提供し、該方法は、前記第1の態様の方法で単離された又は第3の方法で調製された正常な肝細胞を、肝疾患を治療するのに十分な量で適切な時に患者に投与する工程を含む。
【0016】
また、本発明の方法で単離された肝細胞は、人工肝臓サポートシステムに使用できる。
【0017】
前記態様の目的において典型的には、患者はヒトである。
【0018】
本発明の第6の態様において、正常な肝細胞を単離するための、肝切除術中に切除され回収された肝臓組織の使用を提供し、前記正常な肝細胞は、前記切除された組織の不要な細胞から磁気分離で単離される。
【0019】
本発明の方法で単離された肝細胞は凍結保存できる。
【0020】
定義
本明細書で使用される用語「正常な肝細胞」は、単離されたときに、in situで肝細胞の正常な細胞機能と活性を発揮する能力を保持し、従って肝細胞移植が必要な患者に移植するのに適切である肝細胞を意味する。また、改変された肝細胞、例えば特定の遺伝子産物の発現を調節するように改変されており、それでもなおin situで肝細胞の正常な細胞機能と活性を発揮する能力を実質的に保持している肝細胞も用語「正常な肝細胞」の範囲内と考えられる。
【0021】
肝細胞との関係で本明細書で使用される用語「単離された」は、本来の環境から、近隣細胞及び周囲細胞から、実質的に分離された肝細胞を意味する。用語「単離された」は、組織切片に存在する肝細胞又は組織切片の一部分として培養された肝細胞を意味しない。
【0022】
本明細書で使用される用語「肝疾患」は、異常な肝機能で特徴付けられる疾患又は状態を意味し、例えば、肝臓の不十分な代謝活性、又は肝不全に関連した疾患であって、その症状が肝細胞移植により緩和又は軽減されうるものである。従って、本明細書で使用される用語「治療」は、肝疾患の少なくとも1つの症状を緩和又は軽減することを含む。
【0023】
本明細書との関連で、用語「含む(comprising)」は、「主として包含し、必ずしもそれだけではない」という意味である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
現在のところ、同所性肝移植を待つ患者の死亡率は非常に高い。これは主に移植用の死体の肝臓が不足しているためである。同様に、肝細胞移植の普及も、肝臓その他の適切な肝細胞の供給源の入手可能性により制限されている。成人の場合、肝不全を補助するためには肝細胞塊の約10〜20%を交換しなければならないと計算されており、ヒトの場合約100〜150億の細胞、又は100〜150gの単離された肝細胞が必要である。
【0025】
肝臓の良性又は悪性腫瘍の患者では、一般的に肝臓切除が指示される。これらの切除手術中、正常で発症していない肝臓組織のかなりの量が、腫瘍が発症した組織と一緒にやむを得ず除去される。
【0026】
従って、本発明は、肝細胞の単離方法と移植用肝細胞の調製方法を提供し、この際肝細胞を単離する肝臓組織は、肝切除の手術中に切除された材料から得られる。転移性疾患の切除手術から肝臓組織を得る以外に、本発明に従って肝細胞を単離するのに使用する肝臓を、他の供給源、例えば移植には不適切であるとして拒絶された肝臓の臓器提供者から得てもよい。
【0027】
肝細胞の単離
肝臓切除後、次に行う正常な肝細胞と不要な細胞を分離する前に、まず、正常組織を、腫瘍が発症した組織又は他の疾患が発症した組織と肉眼により分離してもよい。
【0028】
例えば腫瘍細胞などの不要な細胞からの正常な細胞の単離は、磁気分離により行う。細胞の磁気分離の様々な技術及び装置は当業者に利用可能で公知であり、例えば米国特許第4,710,472号(Saurら)、第5,108,933号(Libertiら)及び第5,795,470号(Wangら)に開示されており、これらの開示は参照により本明細書に組み込まれる。
【0029】
細胞の磁気分離は、小さい磁性粒子、好ましくは超常磁性のポリマービーズの形態のコロイドを使って行うことができる。磁性粒子は直径がサブミクロン又はミクロンであり得る。適切な磁性ビーズは多くの供給源から市販され、容易に入手できる。典型的には、磁性ビーズは、異種混合物中の1種類以上の細胞タイプの表面上にある分子と特異的に結合できるリガンドで被覆されている。前記磁性ビーズと標的細胞(後記参照)間で複合体を形成した後、前記混合物を磁界に暴露するとその混合物から複合体を除去することができる。
【0030】
細胞はポジディブ分離又はネガティブ分離のいずれによっても単離できる。ネガティブ細胞分離の場合、磁性ビーズと結合した細胞は不要な細胞、すなわち、異種混合物から取り除かれるべき細胞である。この場合、磁性ビーズは不要な細胞を特異的に認識するリガンドで被覆されている。正常な肝細胞を腫瘍細胞から単離する本発明の態様において、磁性ビーズを、腫瘍細胞に見られるレセプターに特異的なモノクローナル抗体で被覆してもよい。
【0031】
ポジティブ細胞分離の場合、磁性ビーズと特異的に結合するのが正常な肝細胞である。ポジティブ又はネガティブ細胞分離技術のいずれを本発明の方法に使用してもよい。
【0032】
超常磁性ビーズは、不要な細胞と肝細胞を磁気的に分離する唯一の適した手段を意味するのではないことは当業者に容易に理解されるであろう。当業者に公知の別の磁性粒子及び装置も本発明の方法に使用できる。
【0033】
本発明の態様に従って使用される磁気分離の技術により、少なくとも純度約50%(即ち不要な細胞の少なくとも50%を除去)、少なくとも純度約75%(不要な細胞の少なくとも75%を除去)、少なくとも純度約80%、少なくとも純度約85%、または少なくとも純度約90%の正常肝細胞群にすることができる。純度の向上は複数回の分離を行うことにより達成できる。
【0034】
本発明により単離された肝細胞の生存率は、当業者に公知の様々な方法で測定することができる。例えば、色素の希薄溶液を単離された肝細胞の懸濁液と混合する色素排除試験を使用することができる。色素を排除する肝細胞は生存していると考えられ、染色した細胞は生存していないと考えられる。染色排除試験での使用に適切な色素はトリパンブルーである。更に、単離された肝細胞の機能は多くの別の方法で測定することができ、例えばシトクロムP450の減少などの酵素活性のアッセイが挙げられる。
【0035】
また、本発明の態様において、肝細胞の移植患者に感染しうるウイルスなどの生物が単離された肝細胞に本質的に含まれないよう確実にするために、スクリーニングしてもよいことが認識される。例えば、細胞にウイルスが存在することを特異的に検出できる適切な標識抗体で、肝細胞を処理することができる。
【0036】
本発明の方法により単離された肝細胞は、例えば液体窒素で凍結保存できる。凍結保存の媒体及び緩衝液は当業者に公知であり、典型的にはDMSO又はFBSなどの少なくとも1種類の適切な濃度の凍結保護物質が挙げられる。1つの適切な凍結保存緩衝液はRPMI 1640である。多くの凍結保存のプロトコールが、凍結保存中及び凍結保存後、貯蔵された肝細胞の生存率を最大限にするように開発されている。例えば適切な肝細胞の凍結保存方法は、米国特許第6,136,525号(Mullonら)及びHengstlerら(Drug Metabolism Reviews 32:81-118, 2000)に開示されており、これらの開示は参照により本明細書に組み込まれる。単離された肝細胞の凍結保存により、随時、現在進行中の確実な肝細胞移植用の肝細胞の供給源の開発が促進される。これに関し、単離後、肝細胞に、血液型、提供者の生年月日、肝臓切除の日、切除の理由、単離手順、凍結した細胞数及び凍結保存時の肝細胞の生存率パーセントを含む提供者の詳細を述べた情報を適切にラベルしておくのがよい。
【0037】
肝疾患の治療
本発明の方法で単離された肝細胞は多くの目的に適している。典型的には、本発明の単離された肝細胞は、肝細胞移植に使用できる。また、単離された肝細胞は、例えば患者の肝機能喪失を補うための人工肝臓サポートシステム及び装置の製造にも使用できる。
【0038】
本発明の態様により単離された肝細胞の移植は肝疾患の患者の治療に使用できる。本発明の方法で単離された正常な肝細胞を肝細胞移植することにより治療できる肝疾患として、異常な肝機能又は肝不全に関連した疾患が挙げられる。
【0039】
適する肝疾患は、例えばクリーグラー・ナジャー病、ギルバート症候群、デュービン・ジョンソン症候群、家族性高コレステロール血症、オルニチントランスカルバモイラーゼ欠損症、遺伝性肺気腫及び血友病などの遺伝性のものである。あるいは、肝疾患は、例えば薬物又は毒素の摂取、ウイルス感染または代謝病が原因の非遺伝性のものでもよい。ウイルスが原因の肝疾患の例として、A型肝炎及びB型肝炎が挙げられる。本発明により治療可能な他の肝疾患として、肝細胞癌、急性肝不全、慢性肝不全及び異常な肝機能又は活性に関連した他の病気が挙げられる。
【0040】
肝疾患の治療における本発明の単離された肝細胞の投与は、肝疾患の少なくとも1つの症状を軽減又は緩和するのに適切な時と量で行われる。投与される肝細胞の量と治療期間などの最適な治療方針は、当業者が従来の治療決定試験の方針を使って確認できることは、当業者に明らかであろう。更に、肝細胞のそれぞれの製剤の最適量及び間隔は、治療する病気の性質と程度により、投与の形態、経路及び部位により、及び治療される特定の患者の性質により決まるであろうことは当業者に明らかであろう。また、そのような最適条件は、従来技術により決定することができる。
【0041】
投与は、肝細胞の少なくとも一部が生存したままになるような、肝細胞が必要な部位に結果として送達される、適切な経路によればよい。従って、投与は、腹腔内注射、静脈内又は動脈内注入、あるいは脾臓内注射でよい。静脈内注射の場合、肝細胞は門脈、腸間膜静脈などを経由して送達されうる。典型的には、投与された肝細胞の少なくとも約5%が生存したままであり、より典型的には少なくとも約10%が生存したまま、更に典型的には少なくとも約20%が生存したままであり、更にもっと典型的には少なくとも約40%が生存したままである。
【0042】
移植を促進するため、本発明の単離された肝細胞を、コラーゲン被覆デキストランビーズなどのマイクロキャリアビーズと結合させてもよい。また、本発明の単離された肝細胞は、1種類以上の製薬上許容できるキャリア及び/又は希釈剤と一緒に投与してもよい。キャリアと希釈剤は、組成物の他の成分と適合できるという面から「許容でき」なければならず、それらは移植患者に有害であってはならない。製薬上許容できるキャリア及び希釈剤の例は、脱塩又は蒸留された水;食塩水;ピーナッツ油、サフラワー油、オリーブ油、綿実油、トウモロコシ油、ゴマ油、ラッカセイ油又はヤシ油などの野菜をもとにした油;例えばメチルポリシロキサン、フェニルポリシロキサン及びメチルフェニルポリシロキサンなどのポリシロキサンを含むシリコーン油;揮発性シリコーン;流動パラフィン、ソフトパラフィン又はスクアランなどの鉱物油;メチルセルロース、エチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム又はヒドロキシプロピルメチルセルロースなどのセルロース誘導体;例えばエタノール又はイソプロパノールなどの低級アルカノール;低級アラルカノール(aralkanol);例えばポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3-ブチレングリコール又はグリセリンなどの低級ポリアルキレングリコール又は低級アルキレングリコール;イソプロピルパルミチン酸エステル、イソプロピルミリスチン酸エステル又はエチルオレイン酸エステルなどの脂肪酸エステル;ポリビニルピロリドン;寒天;カラギーナン;トラガカントゴム又はアラビアゴム;及びワセリンである。
【0043】
また、肝細胞は、1種類以上の他の薬剤と組合わせて投与してもよい。例えば、治療する肝疾患の性質及び重症度に応じて、例えば肝細胞成長因子などの肝細胞の移植を高めるための薬剤、または化学療法剤もしくは抗ウイルス剤などの肝疾患を治療する他の薬剤と共に、肝細胞を投与することが望ましいであろう。また、有害な免疫反応を誘導する危険を最小限にするため、1種類以上の免疫抑制剤を肝細胞と組合わせて投与することが望ましいこともあろう。様々な適切な免疫抑制剤が当業者に公知である。
【0044】
そのような併用療法において、併用療法の各成分は、所望の治療効果が提供されるように、同時に又は任意の順序で連続して或いは異なる時に投与できる。同じ投与経路で投与されることがそれらの成分にとって好ましいが、必ずしも同じ経路で投与する必要はない。
【0045】
また、肝細胞移植で正常な肝細胞を使用する前に、必要に応じて、単離された正常な肝細胞を改変してもよいことは、当業者に認識されているであろう。肝細胞移植で治療される肝疾患の性質に応じて、投与される肝細胞で特定の遺伝子産物の発現を増加又は減少させることが望ましいことがある。例えば所望の遺伝子の発現を誘導できる転写因子などの適切な薬剤を肝細胞に導入することにより、肝細胞を改変して細胞の特定の遺伝子産物の発現レベルを変えることができる。あるいは又は更に、未改変の肝細胞では発現しない遺伝子産物を発現するように、肝細胞を改変することができる。所望の薬剤又は産物をコードするヌクレオチド配列を、当業者に公知の様々な日常的な組換えDNA技術で、単離された肝細胞に導入することができ、例えばネーキッドDNAとして、ウイルスベクター(例えばアデノウイルスベクター)又は欠損性レトロウイルスなどの様々な形で導入することができる。
【0046】
本発明を、以下の具体例を参照して更に詳細に説明するが、本発明の範囲を限定するように解釈されるべきではない。
【実施例1】
【0047】
肝臓切除後の肝細胞の収集
肝転移のため肝臓切除を受けた5人の患者から肝細胞を収集した。この研究はオーストラリアのニューサウスウエールズのセントジョージ病院の倫理委員会で承認された(承認番号01/123)。これらの患者の転移の位置及び行われた切除の詳細を表1に示す。
【表1】

【0048】
肝臓を切除後、切除した肝臓部分を手術室の殺菌したバックテーブルに移した。第2の外科チームが腫瘍を切除し、解剖病理診断に送った。次に、収集しようとする肝臓の切り口の1本又は2本の血管を2mmの栄養管でカニューレ処置し、肝臓の切片にヘプサリン(hepsaline)(1Lの正常食塩水に5000ユニットのヘパリン)を流し、血管内部の血塊を除去した。次に、改変したSeglenの2ステップ法(Seglen, Methods Cell Biol 13: 29-34, 1976)で肝臓の消化を行った。肝臓を流すのに使用した第1溶液は、5mmol/LのEDTAを含むLeffertの緩衝液からなる。肝臓を消化するのに使用した第2溶液は、タイプIVコラゲナーゼ(Sigma)0.05gと濃度0.3%のCa2+を含むLeffertの緩衝液からなる。肝臓の切片を各溶液で10分間灌流した。それぞれの肝臓切片の大きさの違いと血管の大きさの違いに応じて、流速を手動で調節した。
【0049】
前記2つのステージの灌流後、肝臓切片を実験室に移し、Leffertの培地中でメスで2〜3mmの断片に破壊した。次に、消化された実質組織を集めて孔径420μmのスチールメッシュでろ過し、50xgで5分間、4℃の遠心分離で3回洗浄した。肝細胞の収率と生存率をトリパンブルー色素を使って評価した(表2参照)。肝細胞の凍結保存は、組織培養培地に10%DMSOを加えた後、液体窒素で行った。
【表2】

【実施例2】
【0050】
腫瘍を含まない肝細胞の単離
生存肝細胞の収集(実施例1)後、肝細胞を、付随する腫瘍細胞から単離する。Flatmarkらにより開示された免疫磁気法(Clinical Cancer Research 8:444-449, 2002)を使って、MOC31モノクローナル抗体で被覆された超常磁性4.5μmビーズ(Dynabeads M450; Dynal, Oslo, Norway)を用いて腫瘍細胞を単離した。MOC31はEp-CAM抗原を認識し、Ep-CAM抗原は殆どの上皮細胞の表面に存在し、特に結腸直腸癌で高発現する。
【0051】
500万個の肝細胞を、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)1ml中の100万個のHT29結腸直腸細胞と混合した。200μlのダイナビーズ(Dynabead)M450を1mlのPBSに懸濁し、20μlのMOC31抗体を添加した。懸濁液を4℃で30分間インキュベーションし、次にMOC31で被覆されたダイナビーズの前記混合物を、肝細胞+HT29細胞混合物が入っている試験管に添加して、全量を2mlにした。4℃で30分間のインキュベーション後、磁石を試験管に適用し、腫瘍細胞とダイナビーズの付着を誘導し、その結果細胞混合物から腫瘍細胞を除去できた。
【実施例3】
【0052】
腫瘍を含まない肝細胞の単離の確認
MOC31被覆免疫磁気ビーズによる腫瘍細胞の除去(実施例2)後、上皮細胞接着分子(Ep-CAM)遺伝子の発現を検出するRT-PCRを使って、残っている腫瘍細胞について肝細胞の調製物を分析した。Ep-CAMは有用な細胞表面マーカーであり、HT29細胞を含むほとんどの上皮細胞及び腫瘍細胞の表面で発現される。Ep-CAM遺伝子発現に基づく腫瘍細胞の検出におけるRT-PCRの感度は、107個の非腫瘍細胞当たり約10個の腫瘍細胞である(Sakaguchi, Mら, Brit J Cancer 79:416-422, 1999)。
【0053】
以下のプライマーをRT-PCR分析に使用した:
センス鎖:5’-GAACAATGATGGGCTTTATGA-3’
アンチセンス鎖:5’-TGAGAATTCAGGTGCTTTTT-3’
これらのプライマーを使用してEp-CAMのPCR増幅が成功すると、515bpの生成物が作られる。
【0054】
肝細胞を、実施例1で説明したように収集した。次に、肝細胞を以下の割合でHT29腫瘍細胞と混合した:(i) 106個の肝細胞 + 50,000個のHT29細胞; (ii) 106個の肝細胞 + 10,000個のHT29細胞;又は(iii) 106個の肝細胞 + 1,000個のHT29細胞。各混合物の1つのサンプルはRT-PCR分析前に実施例2で説明したように免疫磁気分離を行い、第2のサンプルは処理せずに直接RT-PCR分析に使用した。全RNAを市販のRNA抽出キット(SuperScript III, Invitrogen, Australia)を使用して単離した。また、対照として、RNAを106個のHT29細胞から抽出し分析した。
【0055】
RT-PCRでは、10μlのRNAをワンステップSuperScript IIIキット(Life Technologies)に用いた。PCRのサイクルは、53℃で30分、次に94℃で3分、次に94℃で30秒、56℃で30秒、72℃で30秒を42サイクル、次に72℃で10分の最終ステップ、であった。次に反応物を1.5%のアガロースゲルの電気泳動で分析するまで4℃に保持した。
【0056】
結果を図1及び2に示す。Ep-CAMバンドの妥当性はBamH1を用いたPCR生成物の消化により確認された(データは示さず)。
【0057】
対照では、Ep-CAM PCR生成物を検出するのにHT29細胞から得た25pgのRNAで十分であったのに対して(図1、レーン3、図2、レーン3)、25pgの肝細胞のRNAはEp-CAM PCR生成物を示さなかった(図1、レーン4、図2、レーン4)。
【0058】
また、免疫磁気分離を行わなかった肝細胞+50,000個のHT29細胞を含むサンプルは、Ep-CAM PCR生成物を示した(図1、レーン5)。対照的に、MOC31被覆ダイナビーズを使用して同等なサンプルを処理した後では、Ep-CAM PCR生成物は検出されず(図1、レーン6)、免疫磁気分離によりHT29細胞の除去が成功したことが証明された。同様の結果が、肝細胞+10,000個のHT29細胞のサンプル(図1、レーン7及び8、図2、レーン5及び6)、肝細胞+1,000個のHT29細胞のサンプル(図2、レーン7及び8)で得られた。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】上皮細胞マーカーEp-CAMのRT-PCRによる増幅を示す。レーン:(1)分子量マーカー;(2)β-アクチン対照;(3)HT29細胞;(4)精製肝細胞、(5)肝細胞+50,000個のHT29細胞−未処理;(6)肝細胞+50,000個のHT29細胞−MOC31被覆ダイナビーズで処理;(7)肝細胞+10,000個のHT29細胞−未処理;(8) 肝細胞+10,000個のHT29細胞−MOC31被覆ダイナビーズで処理(各ケースにおいて、106個の肝細胞を表示した数のHT29細胞と混合した。)
【図2】上皮細胞Ep-CAMのRT-PCRによる増幅を示す。レーン:(1)分子量マーカー;(2)β-アクチン対照;(3)HT29細胞;(4)精製肝細胞、(5)肝細胞+10,000個のHT29細胞−未処理;(6)肝細胞+10,000個のHT29細胞−MOC31被覆ダイナビーズで処理;(7)肝細胞+1,000個のHT29細胞−MOC31被覆ダイナビーズで処理;(8)肝細胞+1,000個のHT29細胞−未処理(各ケースにおいて、106個の肝細胞を表示した数のHT29細胞と混合した。)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)肝切除術中に患者から肝臓組織を回収する工程、及び
(b)前記回収した組織に存在する不要な細胞から正常な肝細胞を磁気分離で単離する工程、
を含む、正常な肝細胞を単離する方法。
【請求項2】
前記肝切除術を良性又は悪性腫瘍を含む肝臓又はその一部を切除して行う、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記肝細胞を磁気分離で単離する工程の前に、前記回収した肝臓組織から腫瘍が発症した肉眼的形跡のある組織を除去する工程を更に含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記不要な細胞が腫瘍細胞である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記細胞の磁気分離を抗体で被覆された超常磁性のコロイドを使って行う、請求項1〜4に記載の方法。
【請求項6】
前記抗体が、前記正常な肝細胞の表面上のエピトープを特異的に認識するモノクローナル抗体である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記抗体が、前記不要な細胞を特異的に認識するモノクローナル抗体である、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
(c)肝切除術中に患者から肝臓組織を回収する工程、及び
(d)前記回収された組織に存在する不要な細胞から正常な肝細胞を磁気分離で単離する工程、
を含む、移植用肝細胞の調製方法。
【請求項9】
前記肝切除術を良性又は悪性細胞を含む肝臓又はその一部を切除して行う、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記肝細胞を磁気分離で単離する工程の前に、前記回収した肝臓細胞から腫瘍が発症した肉眼的形跡がある組織を除去する工程を更に含む、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記不要な細胞が腫瘍細胞である、請求項8〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記細胞の磁気分離を抗体で被覆された超常磁性コロイドを使って行う、請求項8〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記抗体が、前記正常な肝細胞の表面上のエピトープを特異的に認識するモノクローナル抗体である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記抗体が、前記不要な細胞を特異的に認識するモノクローナル抗体である、請求項12に記載の方法。
【請求項15】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法で単離された正常な肝細胞。
【請求項16】
請求項8〜14のいずれか1項に記載の方法で調製された正常な肝細胞。
【請求項17】
肝疾患に罹患している患者に肝細胞を移植するための、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法で単離された正常な肝細胞又は請求項8〜14のいずれか1項に記載の方法で調製された正常な肝細胞の使用。
【請求項18】
前記肝疾患が、クリーグラー・ナジャー症候群、ギルバート症候群、デュービン・ジョンソン症候群、家族性高コレステロール血症、オルニチントランスカルバモイラーゼ欠損症、遺伝性肺気腫、血友病、ウイルス性肝炎、肝細胞癌、急性肝不全及び慢性肝不全からなる群から選択される、請求項17に記載の使用。
【請求項19】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法で単離された正常な肝細胞又は請求項8〜14のいずれか1項に記載の方法で調製された正常な肝細胞を、肝疾患を治療するのに十分な量で適切な時に患者に投与する工程を含む、患者の肝疾患を治療する方法。
【請求項20】
前記肝疾患が、クリーグラー・ナジャー症候群、ギルバート症候群、デュービン・ジョンソン症候群、家族性高コレステロール血症、オルニチントランスカルバモイラーゼ欠損症、遺伝性肺気腫、血友病、ウイルス性肝炎、肝細胞癌、急性肝不全及び慢性肝不全からなる群から選択される、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
人工肝臓サポートシステムにおける、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法で単離された正常な肝細胞の使用。
【請求項22】
切除された肝臓組織の不要な細胞から正常な肝細胞を磁気分離で単離する、前記正常な肝細胞を単離するための、肝切除中に回収され、切除された肝臓組織の使用。
【請求項23】
切除された肝臓組織の不要な細胞から正常な肝細胞を磁気分離で単離する、移植用肝細胞を調製するための、肝切除中に回収され、切除された肝臓組織の使用。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2007−505608(P2007−505608A)
【公表日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−526482(P2006−526482)
【出願日】平成16年9月17日(2004.9.17)
【国際出願番号】PCT/AU2004/001256
【国際公開番号】WO2005/028640
【国際公開日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(506093452)ニューサウス イノベーションズ ピーティーワイ リミテッド (4)
【Fターム(参考)】