説明

肺のコンプライアンス推定装置および推定方法、推定装置を備える人工呼吸器

【課題】 肺のコンプライアンスを精度よく求めることができる肺のコンプライアンス推定装置および推定方法を提供する。
【解決手段】 支援開始時点T0の気道流量Qaw0と、予め推定される気道抵抗Rとを乗算して、支援開始時点T0の肺内圧Palv0(=R・Qaw0)を演算する。またオカルジョン末期時点T2の気道圧力Paw2から、演算した支援開始時点T0の肺内圧Palv0を減算して、圧力偏差(Paw2−Palv0)を演算する。この圧力偏差(Paw2−Palv0)に基づいて、患者の肺のコンプライアンスとして演算する。患者の吸気動作が開始された直後では、患者の呼吸努力を表わす自発呼吸圧力Pmusがきわめて小さい。このように自発呼吸圧力Pmusがきわめて小さい状態での検出結果を用いることで、肺のコンプライアンスを精度よく推定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肺の弾性を表わすコンプライアンスを推定するコンプライアンス推定装置および推定装置を備える人工呼吸器に関する。
【背景技術】
【0002】
図9は、従来技術の肺のコンプライアンス推定方法を説明するためのシミュレーション結果を示すグラフである。従来技術として、患者の肺のコンプライアンスを推定する場合、人工呼吸器を用い、患者の吸気終末において呼気弁を閉じて呼吸回路を閉塞することで、肺のコンプライアンスCを推定する技術がある。
【0003】
人工呼吸器は、患者の気道に供給される支援ガスの気道流量Qrが予め定める吸気トリガ設定値を超えた時点を、吸気トリガ時点T10として判断して、吸気トリガ時点T10から吸気支援動作を開始する。また人工呼吸器は、患者の気道に供給される支援ガスの気道流量Qrが予め定める呼気トリガ設定値未満となった時点を、呼気トリガ時点T11として判断して、呼気トリガ時点T11で吸気支援動作を終了する。
【0004】
従来技術では、肺のコンプライアンスを推定する場合、吸気トリガ時点T10における気道圧力Paw10と、肺の換気量Vt10とを検出する。また呼気トリガ時点T11から吸気管路を塞ぎ、呼気トリガ時点T11から約300msec経過したオカルジョン末期時点T12における気道圧力Paw12と、肺の換気量Vt12とを検出する。そして以下の(a)式に示す近似式によって肺のコンプライアンスCを推定している。
C=(Vt12−Vt10)/(Paw12−Paw10) …(a)
【0005】
ここで、Cは、肺のコンプライアンスを示す。またVt12は、オカルジョン末期時点T12での肺の換気量を示し、Vt10は、吸気トリガ時点T10での肺の換気量を示す。またPaw12は、オカルジョン末期時点T12での気道圧力を示し、Paw10は、吸気トリガ時点T10での気道圧力を示す。(a)式は、吸気トリガ時点T10とオカルジョン末期時点T12とで、患者の吸気努力に対応する自発呼吸圧力Pmusが発生しておらず、気道圧Pawと肺内圧Palvとが一致している状態を仮定した場合に方程式が成り立つ。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した従来技術では、吸気トリガ時点T10では、患者が吸気動作を開始する吸気開始時点T0から遅れることがある。この場合、呼気トリガ時点T10では、自発呼吸圧力Pmusが発生するのに対して、オカルジョン末期時点T12では自発呼吸圧力Pmusが発生していない。したがって自発呼吸圧力Pmusの影響で、肺のコンプライアンスを精度よく推定することができないという問題がある。
【0007】
図9に示すシミュレーション結果では、自発呼吸圧力Pmusが発生していない吸気開始時点T0と、オカルジョン末期時点T12とで求められる肺のコンプライアンスCは、(Vt12−Vt0)/(Palv12−Palv0)=(350−90)/(6.8−2.0)=54.2ミリリットル/(cmHO)である。これに対して、従来技術に従って、吸気トリガ時点T10と、オカルジョン末期時点T12とで求められる肺のコンプライアンスCは、(Vt12−Vt10)/(Paw12−Paw10)=(350−80)/(6.6−0)=40.9ミリリットル/(cmHO)である。
【0008】
このように吸気トリガ時点T10と、オカルジョン末期時点T12とでの気道圧力Pawを用いて、推定される肺のコンプライアンスCは、自発呼吸圧力Pmusの影響によって、実際の肺のコンプライアンスCに対してずれが生じてしまう。図9のシミュレーション結果では、推定されるコンプライアンスは、実際のコンプライアンスに対して約13ミリリットル/(cmHO)も小さい。言換えると推定されるコンプライアンスは、実際のコンプライアンスの77%であって、実際のコンプライアンスに対するずれが大きい。
【0009】
また肺の状態は、動的過膨張(Dynamic Hyperinflation)となる場合がある。動的過膨張とは、吸気開始時点T0において、気道圧よりも肺内の圧力が高い状態、すなわち肺に残圧が存在する。この場合、吸気開始時点T0では、肺から脱出する方向に支援ガスが気道を流れる。患者の単位時間あたりの呼吸数が多く、かつ気道圧力RおよびコンプライアンスCが大きい状態では、動的過膨張となりやすい。
【0010】
肺の状態が動的過膨張となる場合では、患者が吸気動作を開始する時点T0で、肺内の圧力Palvが気道圧力Pawよりも高い場合がある。この場合、呼気トリガ時点T10における気道圧力Paw10よりも肺内圧Palv10が大きくなりやすい。肺内圧Palv10が気道圧力Paw10よりも大きくなることを原因として、コンプライアンスを精度よく推定することができないという問題がある。
【0011】
図10は、患者の一分あたりの呼吸数変化に対する推定されるコンプライアンスの変化を示すシミュレーション結果を示す図である。図10には、縦軸に推定されるコンプライアンスを示し、横軸に一分あたりの呼吸数を横軸に示す。図10に示すように、患者の一分あたりの呼吸数が増加するにつれて、推定されるコンプライアンスは、実際のコンプライアンスよりも小さくなる。このように従来技術では、肺のコンプライアンスを精度よく推定することができないという問題がある。
【0012】
したがって本発明の目的は、肺のコンプライアンスを精度よく求めることができる肺のコンプライアンス推定装置および推定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、自発呼吸動作を行う患者に対して、人工呼吸器を用いて患者の肺のコンプライアンスを推定するコンプライアンス推定装置であって、
患者の吸気動作の開始と同時に人工呼吸器が吸気支援動作を開始する支援開始時点T0と、人工呼吸器が吸気支援動作を終了する支援終了時点T1とを検出する支援状態検出手段と、
支援終了時点T0から、予め定めるオカルジョン期間Wが経過するまで、患者から吐出される呼気を排出するための呼気管路を塞ぐ閉塞手段と、
患者の気道を流れる支援ガスの気道流量を検出する流量検出手段と、
患者の気道を流れる支援ガスの気道圧力を検出する気道圧力検出手段と、
患者の肺のコンプライアンスを推定する推定手段とを含み、
推定手段は、各検出手段から検出結果を取得し、
支援開始時点T0から、前記オカルジョン期間Woの末期に設定されるオカルジョン末期時点T2までに、患者の肺内へ流れた支援ガスの体積(Vt2−Vt0)を演算し、
支援開始時点T0の気道流量Qaw0と、予め推定される気道抵抗Rとを乗算して、支援開始時点T0の肺内圧Palv0(=R・Qaw0)を演算し、
前記オカルジョン末期時点T2の気道圧力Paw2から、演算した支援開始時点T0の肺内圧Palv0を減算して、圧力偏差(Paw2−Palv0)を演算し、
前記患者の肺内へ流れた支援ガスの体積(Vt2−Vt0)を、前記圧力偏差(Paw2−Palv0)で除算した値((Vt2−Vt0)/(Paw2−Palv0))を患者の肺のコンプライアンスとして演算することを特徴とするコンプライアンス推定装置である。
【0014】
本発明に従えば、患者の吸気動作が開始された直後では、患者の呼吸努力を表わす自発呼吸圧力Pmusがきわめて小さい。このように自発呼吸圧力Pmusがきわめて小さい状態での検出結果を用いることで、肺のコンプライアンスを精度よく推定することができる。さらに支援開始時点T0の気道流量Qaw0に基づいて、支援開始時点T0の肺内圧Palv0を求める。これによって支援開始時点T0の気道圧力Paw0を用いる場合に比べて、肺内に残圧が存在する場合であっても、肺のコンプライアンスを精度よく求めることができる。
【0015】
また本発明は、前記演算手段での演算過程で用いられる気道抵抗Rは、患者の状態に応じて推定される気道抵抗Rであることを特徴とする。
【0016】
本発明に従えば、患者の状態に応じて推定される気道抵抗値Rを用いることで、患者の状態に応じた肺のコンプライアンスを推定することができる。
【0017】
また本発明は、前記演算手段での演算過程で用いられる気道抵抗値Rは、
人工呼吸器による吸気支援を始めてから、患者の吸気動作回数が予め定められる規定回数以下となる規定呼吸回数期間では、予め固定される気道抵抗値Rを用い、
人工呼吸器による吸気支援を始めてから前記規定呼吸回数期間を超えると、患者の状態に応じて推定される気道抵抗Rを用いることを特徴とする。
【0018】
本発明に従えば、規定呼吸回数期間では、固定した気道抵抗が用いられ、推定した気道抵抗Rをコンプライアンス推定のために用いることがない。したがって人工呼吸器による支援開始当初において、推定される気道抵抗Rがばらつく場合であっても、推定される肺のコンプライアンスに、推定される気道抵抗のばらつきが影響することを防ぐことができる。
【0019】
また本発明は、自発呼吸動作を行う患者に対して、吸気管路を介して酸素を含む支援ガスを患者の気道に供給する人工呼吸器のガス供給サーボ機構を制御する制御装置であって、
前記コンプライアンス推定装置によって推定される患者の肺のコンプライアンスに基づいて、ガス供給サーボ機構を制御する制御装置である。
【0020】
本発明に従えば、上述した肺のコンプライアンス推定装置で推定した肺のコンプライアンスを用いて、ガス供給サーボ機構を制御することによって、コンプライアンスの推定精度の向上によって、ガス供給サーボ機構の制御を好適に行うことができる。
【0021】
また本発明は、自発呼吸動作を行う患者に対して、吸気管路を介して酸素を含む支援ガスを患者の気道に供給するガス供給サーボ機構を制御する制御装置であって、
前記コンプライアンス推定装置によって推定される患者の肺のコンプライアンス値が入力される入力手段と、
基準となる患者の肺のコンプライアンス値が記憶される記憶手段と、
コンプライアンス推定装置によって推定される患者の肺のコンプライアンス値と、記憶手段によって記憶される患者の肺のコンプライアンス値とのいずれを用いるかを選択する選択手段と、
選択手段によって選択される患者の肺のコンプライアンス値に基づいて、ガス供給サーボ機構を制御する制御手段とを含むことを特徴とするガス供給サーボ機構の制御装置である。
【0022】
本発明に従えば、選択手段によって、推定される肺のコンプライアンス値を用いるか、予め定められる肺のコンプライアンス値を用いるかを選択することができ、利便性を向上することができる。
【0023】
また本発明は、自発呼吸動作を行う患者に対して、人工呼吸器を用いて患者の肺のコンプライアンスを推定するコンプライアンス推定方法であって、
患者の吸気動作と同時に人工呼吸器が吸気支援動作を開始する支援時点T0を検出する支援開始時点検出工程と、
支援開始時点T0で、患者の気道を流れる支援ガスの気道流量Qaw0を検出するとともに、気道流量Qawの積算を開始する流量検出工程と、
患者の呼吸筋が吸気動作を終了する支援終了時点T1を検出する支援終了時点検出工程と、
支援終了時点T1から、予め定めるオカルジョン期間Wが経過するまで、呼気管路を塞ぐ閉塞工程と、
気道流量Qawの積算を終了し、支援開始時点T1から、前記オカルジョン期間Woの末期に設定されるオカルジョン末期時点T2までに、患者の肺内へ流れた支援ガスの体積(Vt2−Vt0)を演算する体積演算工程と、
前記オカルジョン末期時点T2の気道圧力Paw2を検出する気道圧力検出工程と、
気道圧力検出工程によって検出されるオカルジョン末期時点T2の気道圧力Paw2から、支援開始時点T0の気道流量Qaw0と予め定められる気道抵抗Rとを乗算した演算肺圧力Palv0(=R・Qaw0)を減算して、圧力偏差(Paw2−Palv0)とし、前記体積演算工程で演算した支援ガスの体積(Vt2−Vt0)を、前記圧力偏差(Paw2−Palv0)で除算した値((Vt2−Vt0)/(Paw2−Palv0))を患者の肺のコンプライアンスとして演算する推定工程と、
推定結果を出力する出力工程とを含むことを特徴とするコンプライアンス推定方法である。
【0024】
本発明に従えば、自発呼吸圧力Pmusがきわめて小さい状態での検出結果を用いることで、肺のコンプライアンスを精度よく推定することができる。さらに支援開始時点T0の気道流量Qaw0に基づいて、支援開始時点T0の肺内圧Palv0を求める。これによって支援開始時点T0の気道圧力Paw0を用いる場合に比べて、肺内に残圧が存在する場合であっても、肺のコンプライアンスを精度よく求めることができる。
【0025】
また本発明は、前記推定方法をコンピュータに実行させるプログラムである。
本発明に従えば、本発明を実行するためのプログラムを、コンピュータに実行させる。この場合、コンピュータによって出力される肺のコンプライアンスについて、推定精度を高くすることができる。
【0026】
また本発明は、前記プログラムを記憶するコンピュータ読取可能な記憶媒体である。
本発明に従えば、記憶媒体に記憶される、本発明を実行するためのプログラムを、コンピュータが読取って実行する。この場合、コンピュータによって出力される肺のコンプライアンスについて、推定精度を高くすることができる。
【発明の効果】
【0027】
請求項1記載の本発明によれば、肺のコンプライアンスを精度よく推定することができる。肺のコンプライアンスを精度よく推定することで、患者の状態を精度よく把握することができ、肺のコンプライアンスに応じた対応を行わせることができる。たとえば精度よく推定した肺のコンプライアンスに基づいて、患者の吸気支援を行わせることで、吸気支援時の患者の負担を低減することができる。
【0028】
請求項2記載の本発明によれば、患者の状態に応じて推定した気道抵抗値Rを用いて肺のコンプライアンスを求めることで、刻々と変化する患者の状態ごとに、肺のコンプライアンスCを求めることができる。
【0029】
請求項3記載の本発明によれば、規定呼吸回数期間と、規定呼吸回数期間が経過した後とで、コンプライアンスを求めるために用いる気道抵抗Rを使い分ける。これによって推定される肺のコンプライアンスが、支援開始当初での推定気道抵抗のばらつきの影響を防いで、推定される肺のコンプライアンスの変動を抑えることができる。
【0030】
請求項4記載の本発明によれば、精度よく推定される肺のコンプライアンスに基づいて、人工呼吸器を制御する。したがってガス供給サーボ機構の制御を精度よく行うことができ、吸気支援動作に対する患者の負担を減らすことができる。
【0031】
請求項5記載の本発明によれば、選択手段によって、患者の状態に応じて、推定される肺のコンプライアンス値を用いるか、予め定められる肺のコンプライアンス値を用いるかを選択することで利便性を向上することができる。
【0032】
請求項6記載の本発明によれば、肺のコンプライアンスを精度よく推定することができる。肺のコンプライアンスを精度よく推定することで、患者の状態を精度よく把握することができ、肺のコンプライアンスに応じた対応を行わせることができる。たとえば精度よく推定した肺のコンプライアンスに基づいて、患者の吸気支援を行わせることで、吸気支援時の患者の負担を低減することができる。
【0033】
請求項7記載の本発明によれば、上述した方法を実現するためのプログラムを、コンピュータに実行させることで、精度のよい肺のコンプライアンスを出力することができる。
【0034】
請求項8記載の本発明によれば、記憶媒体に記憶されるプログラムを、コンピュータに実行させることで、精度のよい肺のコンプライアンスを出力することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
図1は、本発明の第1実施形態であるコンプライアンス推定装置が組み込まれる人工呼吸器17を示すブロック図である。本発明の第1実施形態である人工呼吸器17は、患者の肺のコンプライアンスCを推定する推定機能を有する。すなわち人工呼吸器17は、コンプライアンス推定装置を兼用する。
【0036】
人工呼吸器17は、人工呼吸器本体17aと、制御装置本体33とを含む。人工呼吸器本体17aは、装着部材24と、ポンプ22と、ポンプ用アクチュエータ31と、呼気弁27と、吸気管路25と、呼気管路26と、呼気弁用アクチュエータ32とを含む。本実施の形態では、ポンプ22とポンプ用アクチュエータ31とを含んで、吐出される支援ガスの圧力が調整可能なガス供給機構20が構成される。
【0037】
装着部材24は、患者の気道に気体を供給するために患者に装着され、患者の気道に連通する装着孔が形成される。吸気管路25は、ポンプ22と装着部材24とを接続する管路であり、ポンプ22から供給された気体を患者の気道に導く。呼気管路26は、装着部材24と装置外部の排出場所とを接続する管路であり、患者の気道から流出した気体を装置外部の排出場所に導く。ポンプ22は、ポンプ用アクチュエータ31によって駆動されることで、酸素を含む支援ガスを吸気管路25に供給する。呼気弁27は、呼気弁用アクチュエータ32によって弁体が変位駆動されることで、呼気管路32を開閉する。
【0038】
また人工呼吸器17は、気道流量検出手段50と、気道圧力検出手段60とを有する。気道流量検出手段50は、吸気管路25および呼気管路26を流れる支援ガスの流量を検出する。気道圧力検出手段61は、吸気管路25および呼気管路26を流れる支援ガスの圧力をそれぞれ検出する。
【0039】
たとえば吸気管路25を患者の肺に向けて流れる支援ガスの流量Qiを、呼気管路26を患者の肺から脱出する方向に向けて流れる支援ガスの流量Qeで除算した値(Qi−Qe)を気道流量Qawと称する。また患者の吸気期間では、呼気管路26内の支援ガスの圧力を気道圧力Pawとし、患者の呼気期間では、吸気管路26内の支援ガスの圧力を気道圧力Pawとする。各検出手段50,61は、検出結果を示す信号を制御装置本体33に与える。
【0040】
制御装置本体33は、コンピュータを含んで構成される。制御装置本体33は、インターフェース101と、演算部102と、記憶部103と、記憶部104とを含む。インターフェース101は、流量検出手段50および気道圧力検出手段61からの信号が入力されて、その信号を演算部102に与える。記憶部104は、制御装置本体33が実行すべきプログラムが記憶され、演算部102が記憶部104に記憶されるプログラムを読み出して実行することによって、人工呼吸器本体17aを制御するための動作を行う。また制御装置本体33は、患者の呼吸状態を検出する患者呼吸状態監視機能と、患者の気道抵抗RおよびコンプライアンスRを推定する推定機能とを有する。
【0041】
また人工呼吸器17は、入力手段39と、出力手段40と、ポンプ用サーボアンプ48と、呼気弁用サーボアンプ47とを含む。入力手段39は、医師またはガス供給機構20を管理する管理者などからの患者の状態を示す状態値、たとえば患者の気道抵抗RおよびエラスタンスEが入力される。また入力手段39は、吸気支援を行うための制御パラメータ値、たとえば呼吸支援するための増幅ゲインなどが入力される。入力手段39は、入力された情報を示す信号を制御装置本体33に与える。
【0042】
出力手段40は、制御装置本体33から信号が与えられて、患者の状態、吸気支援状態などを出力する。本実施の形態では、出力手段40は、ディスプレイ等によって実現される。出力手段40は、制御装置本体33によって推定される自発呼吸圧力^Pmus、気道圧力、肺のコンプライアンスなどを報知する報知手段となる。出力手段40は、制御装置本体33から受ける表示指令信号に基づいて、推定自発呼吸圧力^Pmusなどの時間的変化を示す波形を表示画面に表示する。
【0043】
制御装置本体33は、各検出手段50,61から与えられる信号に基づいて、ポンプから吐出される支援ガスの支援圧力と、呼気弁27の開閉状態とを演算し、演算結果を指令信号として出力する。制御装置本体33は、第1の指令信号としてポンプから吐出される支援ガスの支援圧力を示す信号をポンプ用サーボアンプ48に与える。ポンプ用サーボアンプ48は、制御装置本体33から与えられる第1の指令信号に従って、ポンプから吐出される支援ガスの圧力が支援圧力となるように、ポンプ用アクチュエータ31を駆動する。
【0044】
制御装置本体33は、第2の指令信号として呼気弁32の開閉状態を示す信号を呼気弁用サーボアンプ32に与える。呼気弁用サーボアンプ32は、制御装置本体33から与えられる第2の指令信号に従って、ポンプから吐出される支援ガスの圧力が支援圧力となるように、ポンプ用アクチュエータ31を駆動する。各サーボアンプ47,48は、制御装置本体33に含まれてもよい。各サーボアンプ47,48は、増幅回路によって実現される。
【0045】
制御装置本体33は、患者の呼吸状態が吸気状態であると判断すると、呼気弁27を閉状態にして呼気管路26を塞ぐ指令を示す信号を呼気弁用サーボアンプ47に与える。また随時支援圧力を演算し、演算した支援圧力を示す信号をポンプ用サーボアンプ48に与える。これによって予め定める支援圧力の支援ガスを、吸気管路25、患者の気道を介して肺内に供給することができる。たとえば流量検出手段50によって検出される気道流量Qawに基づいて、ポンプから吐出される支援ガスの圧力を、比例支援換気法(
Proportional Assist Ventilation、略称PAV法)にしたがって制御する。
【0046】
また制御装置本体33は、患者の呼吸状態が呼気状態であると判断すると、呼気弁27を開状態にして呼気管路26を開く指令を示す信号を呼気弁用サーボアンプ47に与える。また随時支援圧力を演算し、演算した支援圧力を示す信号をポンプ用サーボアンプ48に与える。これによって管路25,26の圧力が予め定める規定値、たとえば吸気終末陽圧(Positive End-Expiratory Pressure、略称、PEEP圧)以上に維持する。
【0047】
制御装置本体33は、呼吸状態を検出する機能を有する。制御装置本体33は、流量検出手段50および圧力検出手段61の検出結果に基づいて、患者の呼吸状態のうち、患者が吸気動作を開始する吸気開始時点と、患者が吸気動作を終了する吸気終了時点とを判断することができる。制御装置本体33は、たとえば国際特許出願WO 2004/002561 A2に開示される技術を用いることによって、吸気開始時点および吸気終了時点とを判断可能である。
【0048】
制御装置本体33は、気道流量Qawの時間変化を微分した微分値が、予め定めるしきい値よりも増加した時点を、患者の吸気開始時点として判断する。これによって気道流量Qawがゼロ以下、すなわち肺から排出される方向に流れていた場合であっても、患者の吸気開始時点を検出することができる。また制御装置本体33は、患者の肺に向かう方向に流れる気道流量Qawが、予め定める吸気終了しきい値未満となる時点を、患者の吸気終了時点として判断する。たとえば最大気道流量の10%が吸気終了しきい値として設定される。
【0049】
本実施の制御装置本体33は、患者の吸気動作の開始を判断すると同時に吸気支援動作を開始する。また患者の吸気動作の終了を判断すると同時に吸気支援動作を終了する。したがって患者の吸気動作開始時点と、人工呼吸器の支援動作開始時点T0とがほぼ一致する。また患者の吸気動作終了時点と、人工呼吸器の支援動作開始時点T1とがほぼ一致する。
【0050】
図2は、人工呼吸器17の肺のコンプライアンス推定機能を実現する構成を示すブロック図である。人工呼吸器17は、コンプライアンス推定装置として、支援状態検出手段300と、閉塞手段301と、気道抵抗記憶手段302と、気道抵抗推定手段303と、選択手段304と、コンプライアンス推定手段305と、前記流量検出手段50と、前記圧力検出手段61とを含む。演算部102は、記憶部103に記憶されるプログラムを実行することによって、上述した支援状態検出手段300、閉塞手段301、気道抵抗推定手段303およびコンプライアンス推定手段305の機能を実現することができる。
【0051】
支援状態検出手段300は、患者の吸気開始時点を人工呼吸器の支援開始時点T0として判断する。また支援状態検出手段300は、患者の吸気終了時点を人工呼吸器の支援終了時点T1として検出する。支援状態検出手段300は、検出した検出結果を示す信号を、コンプライアンス推定手段305および閉塞手段301に与える。
【0052】
閉塞手段301は、支援状態検出手段300から支援終了時点T1を示す信号が与えられる。閉塞手段301は、支援状態検出手段300の信号に応答して支援終了時点T1を判断すると、呼気弁27を閉状態とする指令信号を呼気弁用サーボアンプ47に与える。また閉塞手段301は、支援終了時点T1を判断すると、ポンプの駆動を停止する指令信号をポンプ用サーボアンプ48に与える。このようにして閉塞手段301は、ポンプ22の駆動を停止して呼気管路26を塞ぐ。この状態から時間が経過することによって、肺内圧Palvと気道圧力Pawとが平衡する平衡状態に近づく。たとえば、閉塞手段301が呼気管路26を閉塞してから、約250〜300msec経過すると、肺内圧Palvと気道圧力Pawとが平衡状態となった近似することができる。閉塞手段301は、呼気管路26を閉塞後、予め定めるオカルジョン期間が経過すると、呼気管路26の閉塞を解除して、呼気管路26を開放する。
【0053】
気道抵抗記憶手段302は、医師または管理者等によって入力手段39から入力される患者の気道抵抗値を記憶する。気道抵抗推定手段303は、予め定められる気道抵抗推定プログラムを実行することで、気道抵抗Rを推定する。選択手段304は、気道抵抗記憶手段302と、気道抵抗推定手段303とのいずれをコンプライアンスCの推定に用いるかを示す選択情報を記憶する。コンプライアンス推定手段305は、流量検出手段50、圧力検出手段61および呼吸状態検出手段300から与えられる検出結果を示す信号に基づいて、患者のコンプライアンスを推定する。
【0054】
コンプライアンス推定手段305は、以下の演算式に従って、患者のコンプライアンスを推定する。
C=((Vt2−Vt0)/(Paw2−R・Qaw0)) …(1)
【0055】
ここで、Cは、推定演算される患者のコンプライアンスを示す。(Vt2−Vt1)は、支援開始時点T1から、オカルジョン末期時点T2までに、患者の肺内へ流れた支援ガスの体積を示す。オカルジョン末期時点T2は、オカルジョン期間Woの末期に設定される時点である。たとえばオカルジョン期間Woが260msecに設定される場合、オカルジョン末期時点T2は、支援終了時点T1から250msec経過した時点に設定される。またPaw2は、オカルジョン末期時点T2の気道圧力を示す。またRは、予め求められる患者の気道抵抗である。この気道抵抗は、気道抵抗記憶手段302に記憶される気道抵抗または気道抵抗推定手段303で推定される気道抵抗のいずれかである。またQaw0は、支援開始時点T1の気道流量を示す。
【0056】
図3は、本発明のコンプライアンス推定方法を説明するためのシミュレーション結果を示すグラフである。図3(1)は、シミュレーションによって示される肺内圧Palvの時間変化を示す。図3(2)は、肺内に供給された支援ガスの換気量Vtの時間変化を示す。図3(3)は、気道圧力Pawの時間変化を示す。図3(4)は、気道流量Qawの時間変化を示す。コンプライアンス推定手段305のコンプライアンス推定手順を示すフローチャートである。
【0057】
まずステップs0で、人工呼吸器による患者の吸気支援が開始されるとともに、コンプライアンスの推定指令が入力手段から入力されると、ステップs1に進む。ステップs1では、コンプライアンス推定手段305は、支援状態検出手段300から与えられる支援開始時点T0を示す信号に応答して、支援開始時点T0を判断するとステップs2に進む。
【0058】
ステップs2では、コンプライアンス推定手段305は、流量検出手段50によって検出される支援開始時点T0での気道流量Qaw0を取得するとともに、気道流量Qawの積分を開始し、ステップs3に進む。ステップs3では、支援状態検出手段300から与えられる支援終了時点T1を示す信号に基づいて、オカルジョン末期時点T2を判断するとステップs4に進む。
【0059】
ステップs4では、コンプライアンス推定手段305は、流量検出手段50によって取得した気道流量Qawの積分を終了する。この積分値は、支援開始時点T1からオカルジョン末期時点T2までに、患者の肺内へ流れた支援ガスの体積(Vt2−Vt0)となる。またコンプライアンス推定手段305は、圧力検出手段61によって気道圧力Paw2を取得する。このようにして肺内の支援ガスの体積変化、気道圧力Paw2を演算すると、ステップs5に進む。
【0060】
ステップs5では、コンプライアンス推定手段305は、上述した(1)式に従って、コンプライアンスを演算し、演算が完了すると、ステップs6に進む。ステップs6では、ステップs5で演算した肺のコンプライアンスを演算結果として出力し、ステップs1に戻る。このようにして患者が吸気動作を開始する毎に、ステップs1〜s6を繰返す。
【0061】
コンプライアンス推定手段305は、ステップs1〜s6の動作を行っている間に、予め定める終了条件が満たされたことを判断すると、コンプライアンスの推定動作を終了する。たとえば入力手段39によって終了指令が与えられるなどして、予め定める終了条件を満たしていることを判断すると、制御動作を終了する。
【0062】
図3に示すシミュレーション結果は、図9に示すシミュレーション結果と同じパラメータを用いた。本実施の形態に従って推定される肺のコンプライアンスCは、(Vt12−Vt0)/(Paw2−R・Qaw0)=(350−90)/(6.6−0.02・90)=54.1ミリリットル/(cmHO)である。推定されるコンプライアンスは、実際のコンプライアンスに対して約0.1ミリリットル/(cmHO)小さいだけでほとんど同じである。言換えると推定されるコンプライアンスは、実際のコンプライアンスの99%以上であって、実際のコンプライアンスに対するずれがきわめて小さい。このように本実施の形態に従えば、精度のよいコンプライアンスを推定することができる。
【0063】
以上のように本実施の形態によれば、患者の吸気動作を開始した直後では、患者の呼吸努力を表わす自発呼吸圧力Pmusがきわめて小さい。人工呼吸器の支援開始時点T0は、患者の吸気開始時点とほぼ同時であるので、支援開始時点T0は、自発呼吸圧力Pmusがきわめて小さい。このように自発呼吸圧力Pmusがきわめて小さい時点T0での検出結果を用いることで、肺のコンプライアンスを精度よく推定することができる。
【0064】
さらに支援開始時点T0の気道流量Qaw0と気道抵抗Rとを乗算して、支援開始時点T0の肺内圧Palv0を求める。これによって支援開始時点T0の気道圧力Paw0を、肺内圧Palv0として近似する場合に比べて、肺内に残圧が存在する状態にも対応することができ、肺のコンプライアンスを精度よく求めることができる。したがって図10に示すように、患者の呼吸回数が増加した場合であっても、推定したコンプライアンスが、実際のコンプライアンスに対してずれることを抑えることができる。
【0065】
また推定されるコンプライアンスは、原理的には、患者の吸気動作毎に求めることができる。コンプライアンス推定手段305は、複数回の吸気動作での推定結果の平均値をコンプライアンスの推定値とすることで、より信頼性を向上することができる。またコンプライアンス推定手段305は、1回の吸気動作で推定された推定結果が、過去の推定結果(n回平均、標準偏差)および予め定められる許容正常範囲値と比較して、正常でないと判断すると、その推定結果を推定エラーとして採用しないようにしてもよい。また正常な推定結果として判断されると、最新の推定結果として移動平均を計算するn回分の推定結果に算入してもよい。本実施の形態では、推定結果の平均値を求めるための回数nは、20が用いられる。またコンプライアンスCを推定するためのオカルジョンの発生は、吸気動作毎に行わなくてもよい。たとえば乱数を用いて、予め定められる吸気動作間隔のうち吸気動作が、毎回ランダムに設定されるL番目ごとにオカルジョンを発生して、推定動作を行ってもよい。たとえば吸気動作間隔は、一例として7〜数十回の吸気動作が行われる間隔に設定される。これによって吸気動作毎にオカルジョンを発生する場合に比べて、患者の負担を低減することができる。
【0066】
またコンプライアンス推定手段305は、気道抵抗推定手段302によって推定される気道抵抗Rを用いてコンプライアンスを求めることによって、患者の状態に応じて推定される気道抵抗値Rを用いることで、患者の状態に応じた肺のコンプライアンスを推定することができる。またコンプライアンス推定手段305は、気道抵抗記憶手段301に記憶される気道抵抗Rを用いることで、気道抵抗推定手段302によって推定される気道抵抗Rが不安定な場合に、推定される肺のコンプライアンスに、推定される気道抵抗のばらつきが影響することを防ぐことができる。
【0067】
また選択手段304は、気道抵抗推定手段302と気道抵抗記憶手段301とのいずれの気道抵抗を用いるかを示す選択情報が記憶される。選択情報は、入力手段39によって医師などが変更可能に設定される。これによって患者の状態等に応じて、管理者がコンプライアンスを求めるための気道抵抗を選択することができ、利便性を向上することができる。また気道抵抗記憶手段301に記憶される気道抵抗は、患者の状態に関わらず一定の固定値であって、入力手段39から大きさが入力されてもよい。
【0068】
図5は、本発明の第2実施形態であるコンプライアンス推定手段305のコンプライアンス推定手順を示すフローチャートである。本発明の第2実施形態は、コンプライアンス推定手段305の推定手順が一部異なる以外は、第1実施形態である人工呼吸器と同様の構成を有する。したがって同様の構成については説明を省略する。
【0069】
第2実施形態では、ステップa0で、人工呼吸器による患者の吸気支援が開始されるとともに、コンプライアンスの推定指令が入力手段から入力されると、ステップa1に進む。ステップa1では、予め定めるオカルジョン発生条件を満たすかどうか判断する。たとえば予め定める吸気回数間隔のうちで、ランダムに選択されるL番目の吸気回数であると判断すると、オカルジョン発生条件を満たすと判断する。オカルジョン発生条件を満たすと、ステップa2に進み、そうでないとステップa1を繰返す。ステップa2〜ステップa5は、図4に示すステップs1〜s4と同様の動作を行い、ステップa6に進む。
【0070】
ステップa6では、人工呼吸器による吸気支援を始めてから、患者の吸気動作回数が予め定められる規定回数以下か否かを判断する。または有効に推定された気道抵抗の数が、規定数以下であるか否かを判断する。本実施の形態では、規定数は、10に設定される。コンプライアンス推定手段305は、患者の吸気動作回数または推定された気道抵抗の数が、規定数以下であると判断すると、ステップa7に進む。ステップa7では、コンプライアンス推定手段305は、上述した(1)式に従うとともに、気道抵抗記憶手段302に記憶されて、患者の状態にかかわらず予め固定される固定気道抵抗Rを用いて、コンプライアンスを演算し、演算が完了すると、ステップa8に進む。ステップa8では、演算した肺のコンプライアンスを演算結果として出力し、ステップa1に戻る。
【0071】
またステップa6において、コンプライアンス推定手段305は、患者の吸気動作回数または推定された気道抵抗の数が、規定数を超えると判断すると、ステップa9に進む。ステップa9では、コンプライアンス推定手段305は、上述した(1)式に従うとともに、気道抵抗推定手段303によって推定される推定気道抵抗Rを用いて、コンプライアンスを演算し、演算が完了すると、ステップa8に進む。ステップa8では、演算した肺のコンプライアンスを演算結果として出力し、ステップa1に戻る。
【0072】
本実施形態に従えば、規定呼吸回数期間では、固定した気道抵抗が用いられ、推定した気道抵抗Rをコンプライアンス推定のために用いることがない。したがって人工呼吸器による支援開始当初において、推定される気道抵抗Rがばらつく場合であっても、推定される肺のコンプライアンスに、推定される気道抵抗のばらつきが影響することを防ぐことができる。したがって推定される肺のコンプライアンスの変動を抑えることができる。
【0073】
また規定呼吸回数期間を超えると、推定される気道抵抗を、初期期間に比べて整定させることができる。これによって規定呼吸回数を超えると、患者の状態に応じて推定される気道抵抗Rを用いて、コンプライアンスを演算でき、推定されるコンプライアンスの推定精度を向上することができる。
【0074】
また推定される気道抵抗は、複数回の推定結果の平均値を気道抵抗の推定値とすることで、より信頼性を向上することができる。また1回の推定動作で推定された推定結果が、過去の推定結果(n回平均、標準偏差)および予め定められる許容正常範囲値と比較して、正常でないと判断すると、その推定結果を推定エラーとして採用しないようにしてもよい。また正常な推定結果として判断されると、最新の推定結果として移動平均を計算するn回分の推定結果に算入してもよい。これによって呼吸回数が、規定呼吸回数期間を超える場合に、推定される気道抵抗の信頼性を高めることができる。
【0075】
図6は、気道抵抗Rを推定するための原理を示すグラフである。図6(1)は、気道圧力Pawの時間変化を示す図である。図6(2)は、気道流量Qawの時間変化を示す図である。気道抵抗推定手段303は、患者の吸気期間中に、人工呼吸器の吐出圧力指令を与えて、意図的に擾乱信号を印加する。そして気道圧力が擾乱する間における気道圧力、気道流量および換気量の少なくとも1つの変化データに基づいて、気道抵抗Rを検出する。
【0076】
たとえば気道抵抗推定手段303は、人工呼吸器によって供給する支援ガスの圧力を微小変化させ、そのときの微小変化させた圧力変動値ΔPawと、圧力変動によって生じた支援ガスの流量変動ΔQawとを各検出手段50,61から取得する。次に取得した圧力変動値ΔPと、流量変動ΔQawとに基づいて、気道抵抗Rを推定演算する。たとえばΔPaw/ΔQawを求める。このような気道抵抗推定方法は、既存の技術を用いることができる。たとえば特表平11−502755に開示される技術を用いて、気道抵抗Rを推定してもよい。
【0077】
図7は、支援開始時点Tonsetを求めるための原理を示すグラフである。図7(1)は、気道流量Qawの時間変化を示すグラフであり、図7(2)は、気道流量Qawの時間変化を微分した微分値Qaw dtの時間変化を示すグラフである。
【0078】
患者が吸気動作を開始する場合、支援ガスの流量の時間変化である微分値Qaw dtが、予め定める吸気開始しきい値X1を超えて増加する。このことは、支援ガスが肺に向かう方向に流れている場合および支援ガスが肺から排出される方向に流れている場合のどちらの場合にも生じる現象である。
【0079】
本実施形態では、支援状態検出手段300は、支援ガスの流量Qawの微分値Qaw dtの時間変化に基づいて、支援ガスの流量Qawの微分値Qaw dtが吸気開始しきい値X1を超えた時点を、支援開始時点Tとして検出する。これによって支援開始時点Tonsetに、支援ガスが肺から排出される方向に流れている場合であっても、支援開始時点Tonsetを判断することができる。また気道流量Qawのほか、(^R・Qaw+^E・∫Qaw)で表わされる自発呼吸推定値の時間変化量である微分値に基づいて、支援開始時点Tonsetを求めてもよい。また国際特許出願(WO 2004/002561 A2)に開示される技術を用いてもよい。また同様にして、支援ガスの流量の時間変化または自発呼吸推定値を微分した微分値が予め定める吸気終了しきい値X2よりも低下した時点を、支援終了時点Toffsetとして検出することができる。また患者が咳およびクシャミなどの外乱に起因する気道流量Qawの微分値変化を、支援開始時点Tonsetの検出判断から除くためのマスク300が設定される。これによって精度よく支援開始時点Tonsetを判断することができる。
【0080】
また気道流量に基づいて求めるほか、患者の吸気開始時に変化する変化状態を検出する検出手段を用いて、支援状態検出手段300を実現してもよい。たとえば圧力検出手段または横隔膜の動きを検出する位置センサを、カテーテルを用いて肺内に進入させて、肺内の圧力を直接求めることによって、患者の支援開始時点を求めてもよい。このように肺内に進入可能な検出手段を用いて支援状態検出手段300を実現してもよい。
【0081】
図8は、人工呼吸器17と患者2とを含む全体の系を示すブロック線図である。本実施の形態では、人工呼吸器は吸気支援法としてPAV法を行う。具体的には、人工呼吸器は、次の(2)式によって目標圧力値Pinを決定している。
Pin==A・^Pmus=A(^R・Qaw+^E・∫Qaw) …(2)
【0082】
ここでPinは、ガス供給機構から気道に向けて吐出する支援ガスの目標圧力値を示し、Aは増幅ゲインを示す。また^Pmusは、推定される自発呼吸圧力を示す。また^Rは推定される患者の気道抵抗を示し、^Eは推定される患者の肺のエラスタンスを示す。Qawは気道流量を示す。また∫Qawは、吸気支援開始時点T0から肺内に供給される支援ガスの体積を示す。肺のエラスタンスEは、コンプライアンスCの逆数である。上述したコンプライアンス推定手段305によって、精度よくコンプライアンスCおよび気道抵抗Rを求めることができ、増幅ゲインAを適切に設定することで、自発呼吸圧力Pmus、すなわち患者の呼吸努力に比例した力で、吸気支援動作を行うことができる。また人工呼吸機の安定性を向上することができる。またコンプライアンス推定手段305によって順次推定される推定結果の平均値を自動的に上述した演算式のエラスタンスに代入するようにしてもよい。
【0083】
また人工呼吸器は、(2)式以外の演算式に基づいて、目標圧力Pinを決定してもよい。たとえば人工呼吸器が、制御系の構成としてオブザーバを有していてもよい。この場合、オブザーバは、患者の呼吸器官を含む系をモデル化した呼吸器官モデルを用いて、目標圧力Pinがポンプ用サーボアンプに与えられた場合に気道流量を推定流量^Qawとして演算する。人工呼吸器は、オブザーバによって推定される推定流量^Qawと、検出手段によって検出される気道流量Qawとの偏差ΔQawに基づいて、目標圧力Pinを演算する。オブザーバに設定される呼吸器官モデルに、コンプライアンス推定手段によって推定された肺のコンプライアンスを用いることで、オブザーバの推定精度を向上することができ、制御性能を改善することができる。これによって人工呼吸機の安定性を向上することができる。
【0084】
また本発明のさらに他の実施の形態として、コンプライアンス推定装置を兼ねる人工呼吸器は、コンプライアンス記憶手段と、選択手段とを含む。コンプライアンス記憶手段は、患者の肺のコンプライアンス値が記憶される。また選択手段は、記憶手段によって記憶される肺のコンプライアンス値とのいずれを用いるかを選択する選択情報が記憶される。選択手段に記憶される選択情報を、管理者などが選択可能となる。これによって人工呼吸器における吸気支援動作において、患者の状態に応じて推定されるコンプライアンスを用いるか、患者の状態にかかわらずに固定されるコンプライアンスを用いるのかを、医師などが選択することができ、利便性を向上することができる。また図5に示すように、コンプライアンス推定値が予め定めるしきい値よりも少ない場合は、固定値となるコンプライアンスを用い、推定値がしきい値よりも多い場合は、推定されるコンプライアンスを用いるように演算部のプログラムを設定してもよい。
【0085】
上述した本発明の実施形態は、本発明の例示に過ぎず発明の範囲内で構成を変更することができる。たとえば本実施形態は、人工呼吸器がコンプライアンス推定装置を兼ねるとしたが、コンプライアンス推定装置は、人工呼吸器と別体に形成されていてもよい。また本実施の形態では、人工呼吸器は、PAV法に従って吸気支援を行うとしたが、これに限定されず、PAV法以外の他の吸気支援法に従って吸気支援を行ってもよい。また本発明は、コンプライアンス推定装置に関し、人工呼吸機の構造については特に限定されない。また本実施の形態で開示した、患者の吸気開始動作を検出する検出手段および患者の気道抵抗を検出する検出手段については、適宜公知の技術を用いることができる。また本発明は、支援開始時点T0に肺内圧Palv0が気道圧Pawよりも高くなる場合に有効であるが、そうでない場合も適用可能である。
【0086】
また本発明では、コンプライアンス推定装置および推定方法のほか、推定方法をコンピュータに実行させるプログラムおよび、そのプログラムを記憶するコンピュータ読取可能な記憶媒体も本発明に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】本発明の第1実施形態であるコンプライアンス推定装置が組み込まれる人工呼吸器17を示すブロック図である。
【図2】人工呼吸器17の肺のコンプライアンス推定機能を実現する構成を示すブロック図である。
【図3】本発明のコンプライアンス推定方法を説明するためのシミュレーション結果を示すグラフである。
【図4】コンプライアンス推定手段305のコンプライアンス推定手順を示すフローチャートである。
【図5】本発明の第2実施形態であるコンプライアンス推定手段305のコンプライアンス推定手順を示すフローチャートである。
【図6】気道抵抗Rを推定するための原理を示すグラフである。
【図7】支援開始時点Tonsetを求めるための原理を示すグラフである。
【図8】人工呼吸器17と患者2とを含む全体の系を示すブロック線図である。
【図9】従来技術の肺のコンプライアンス推定方法を説明するためのシミュレーション結果を示すグラフである。
【図10】患者の一分あたりの呼吸数変化に対する推定されるコンプライアンスの変化を示すシミュレーション結果を示す図である。
【符号の説明】
【0088】
17 人工呼吸器
50 流量検出手段
61 圧力検出手段
300 支援状態検出手段
301 閉塞手段
302 気道抵抗記憶手段
303 気道抵抗推定手段
304 選択手段
305 コンプライアンス推定手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自発呼吸動作を行う患者に対して、人工呼吸器を用いて患者の肺のコンプライアンスを推定するコンプライアンス推定装置であって、
患者の吸気動作の開始と同時に人工呼吸器が吸気支援動作を開始する支援開始時点T0と、人工呼吸器が吸気支援動作を終了する支援終了時点T1とを検出する支援状態検出手段と、
支援終了時点T0から、予め定めるオカルジョン期間Wが経過するまで、患者から吐出される呼気を排出するための呼気管路を塞ぐ閉塞手段と、
患者の気道を流れる支援ガスの気道流量を検出する流量検出手段と、
患者の気道を流れる支援ガスの気道圧力を検出する気道圧力検出手段と、
患者の肺のコンプライアンスを推定する推定手段とを含み、
推定手段は、各検出手段から検出結果を取得し、
支援開始時点T0から、前記オカルジョン期間Woの末期に設定されるオカルジョン末期時点T2までに、患者の肺内へ流れた支援ガスの体積(Vt2−Vt0)を演算し、
支援開始時点T0の気道流量Qaw0と、予め推定される気道抵抗Rとを乗算して、支援開始時点T0の肺内圧Palv0(=R・Qaw0)を演算し、
前記オカルジョン末期時点T2の気道圧力Paw2から、演算した支援開始時点T0の肺内圧Palv0を減算して、圧力偏差(Paw2−Palv0)を演算し、
前記患者の肺内へ流れた支援ガスの体積(Vt2−Vt0)を、前記圧力偏差(Paw2−Palv0)で除算した値((Vt2−Vt0)/(Paw2−Palv0))を患者の肺のコンプライアンスとして演算することを特徴とするコンプライアンス推定装置。
【請求項2】
前記演算手段での演算過程で用いられる気道抵抗Rは、患者の状態に応じて推定される気道抵抗Rであることを特徴とする請求項1記載のコンプライアンス推定装置。
【請求項3】
前記演算手段での演算過程で用いられる気道抵抗値Rは、
人工呼吸器による吸気支援を始めてから、患者の吸気動作回数が予め定められる規定回数以下となる規定呼吸回数期間では、予め固定される気道抵抗値Rを用い、
人工呼吸器による吸気支援を始めてから前記規定呼吸回数期間を超えると、患者の状態に応じて推定される気道抵抗Rを用いることを特徴とする請求項1記載のコンプライアンス推定装置。
【請求項4】
自発呼吸動作を行う患者に対して、吸気管路を介して酸素を含む支援ガスを患者の気道に供給する人工呼吸器のガス供給サーボ機構を制御する制御装置であって、
請求項1〜3のいずれか1つに記載のコンプライアンス推定装置によって推定される患者の肺のコンプライアンスに基づいて、ガス供給サーボ機構を制御する制御装置。
【請求項5】
自発呼吸動作を行う患者に対して、吸気管路を介して酸素を含む支援ガスを患者の気道に供給するガス供給サーボ機構を制御する制御装置であって、
請求項1〜3のいずれか1つに記載のコンプライアンス推定装置によって推定される患者の肺のコンプライアンス値が入力される入力手段と、
基準となる患者の肺のコンプライアンス値が記憶される記憶手段と、
コンプライアンス推定装置によって推定される患者の肺のコンプライアンス値と、記憶手段によって記憶される患者の肺のコンプライアンス値とのいずれを用いるかを選択する選択手段と、
選択手段によって選択される患者の肺のコンプライアンス値に基づいて、ガス供給サーボ機構を制御する制御手段とを含むことを特徴とするガス供給サーボ機構の制御装置。
【請求項6】
自発呼吸動作を行う患者に対して、人工呼吸器を用いて患者の肺のコンプライアンスを推定するコンプライアンス推定方法であって、
患者の吸気動作と同時に人工呼吸器が吸気支援動作を開始する支援時点T0を検出する支援開始時点検出工程と、
支援開始時点T0で、患者の気道を流れる支援ガスの気道流量Qaw0を検出するとともに、気道流量Qawの積算を開始する流量検出工程と、
患者の呼吸筋が吸気動作を終了する支援終了時点T1を検出する支援終了時点検出工程と、
支援終了時点T1から、予め定めるオカルジョン期間Wが経過するまで、呼気管路を塞ぐ閉塞工程と、
気道流量Qawの積算を終了し、支援開始時点T1から、前記オカルジョン期間Woの末期に設定されるオカルジョン末期時点T2までに、患者の肺内へ流れた支援ガスの体積(Vt2−Vt0)を演算する体積演算工程と、
前記オカルジョン末期時点T2の気道圧力Paw2を検出する気道圧力検出工程と、
気道圧力検出工程によって検出されるオカルジョン末期時点T2の気道圧力Paw2から、支援開始時点T0の気道流量Qaw0と予め定められる気道抵抗Rとを乗算した演算肺圧力Palv0(=R・Qaw0)を減算して、圧力偏差(Paw2−Palv0)とし、前記体積演算工程で演算した支援ガスの体積(Vt2−Vt0)を、前記圧力偏差(Paw2−Palv0)で除算した値((Vt2−Vt0)/(Paw2−Palv0))を患者の肺のコンプライアンスとして演算する推定工程と、
推定結果を出力する出力工程とを含むことを特徴とするコンプライアンス推定方法。
【請求項7】
請求項6記載の推定方法をコンピュータに実行させるプログラム。
【請求項8】
請求項7記載のプログラムを記憶するコンピュータ読取可能な記憶媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−436(P2008−436A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−173975(P2006−173975)
【出願日】平成18年6月23日(2006.6.23)
【出願人】(390010342)エア・ウォーター防災株式会社 (56)
【Fターム(参考)】