説明

肺疾患に対する薬剤開発のための新規経路の同定

本発明は、肺疾患を有するかまたは肺疾患を有するリスクがある個体の細胞学的に正常な気道細胞において活性化された発癌経路、ならびに該経路の活性化と関連している特異的遺伝子発現パターン(バイオマーカー)の同定を提供する。このようなバイオマーカーおよび経路により、肺疾患(例えば、肺癌)の予後および/または診断のインジケーターが提供され得る。さらに、このような経路およびバイオマーカーにより、肺疾患の処置のための治療標的、ならびに処置の有効性の評価のためのマーカーが提供され得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連する出願への相互参照)
本願は、2007年9月19日に出願された米国仮特許出願第60/994,643号の利益を主張する。米国仮特許出願第60/994,643号の全ての教示は参考として本明細書中に援用される。
(連邦政府により後援された研究に関する申告)
本明細書中に記載された研究は、補助金番号第NIH/NCI R01CA124640および同NIH/NIEHS U01ES016035からの資金により支援された。米国政府は、本発明における一定の権利を有する。
【背景技術】
【0002】
(発明の背景)
喫煙は、米国において肺癌の主な原因であり、全症例の推定90%を占める[1]。しかしながら、喫煙によって引き起こされる損傷は、肺のみに限定されるだけでなく、呼吸器全体にわたって「広域損傷(field of injury)」を構成する[2〜6]。広域損傷仮説の重要な成果は、一次肺組織の典型的な採取法よりも侵襲性の低い様式で得られ得る呼吸器のある領域(気管支気道など)において採取された細胞から臨床的に関連性のある情報が収集できることである。このアプローチに基づき、細胞学的に正常な気管支気道上皮において測定される遺伝子発現系のバイオマーカーであって、肺癌を有する喫煙者と肺癌のない喫煙者とが識別され得るバイオマーカーが開発された[7]。この気道遺伝子発現バイオマーカーでは、前向き試験セットで喫煙者が肺腫瘍を有するかどうかの予測において83%の精度が得られ、臨床変数と相乗的に組み合わせると94%の精度が得られた[7,8]。
【0003】
肺癌の初期診断用ツールとして有用である以外に、細胞学的に正常な気道上皮における遺伝子発現の変化は、肺癌の初期段階において調節異常となるシグナル伝達事象の理解を高める可能性を有する。ヒトにおける肺癌の発生は、複雑な過程であり、多様な異常事象を伴い、この異常事象が蓄積されると、重要な細胞機能(例えば、細胞の生存および増殖)の調節異常がもたらされる。肺癌を有する患者から切除された原発腫瘍では、これまでに、多くのシグナル伝達経路、例えば、p53、RASおよびホスファチジルイノシトール3−キナーゼ(PI3K)などが調節異常となることがわかっている[9〜11]。さらに、広域損傷および広域発癌(field cancerization)の研究により、腫瘍形成の初期であると推定される一部の分子変化もまた、原発腫瘍隣接部と原発腫瘍遠位の両方の組織学的に正常な細胞に反映されることがわかっている。例えば、特定の染色体領域において同じp53変異とヘテロ接合性の低いものが呼吸器全体にわたって同定された[5,12]。
【0004】
肺癌を有する喫煙者由来の細胞学的に正常な気管支気道細胞における発癌経路の調節異常に対する洞察により、悪性腫瘍への進行に関与している機構の解明が補助される。さらに、どの経路が調節異常となるか理解されることにより、肺癌の前悪性段階での治療および化学予防の機会がもたらされ得る。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0005】
(発明の概要)
これまでに、細胞学的に正常な気管支気道上皮の遺伝子発現プロファイリングにより、喫煙者の広域損傷が反映され、これは、感受性で特異的な肺癌の診断用バイオマーカーとして有用であり得ることが示されていた。特定の発癌経路のインビトロでの錯乱によって規定される遺伝子発現印章を使用すると、本明細書に記載のように、ホスファチジルイノシトール3−キナーゼ(PI3K)経路の活性の有意な増大が、肺癌を有する喫煙者の細胞学的に正常な気道(n=129)、ならびに肺腫瘍組織(n=107)において同定された。PI3Kの活性の増大が肺癌の発生前に起こるのかどうかを評価するため、気道に中等度から重度の異形成病変を有するハイリスク喫煙者の細胞学的に正常な気道の上皮(n=14)をプロファイリングすると、異形成のない健常喫煙者由来の気道上皮(n=ll)と比べて高いレベルのPI3K経路遺伝子発現が見られた。さらに、化学予防剤myo−イノシトールでの処置後、異形成の有意な後退を有するハイリスク喫煙者の気道において、PI3K活性が低下した(n=10)。インビトロ希釈実験により、myo−イノシトールがPI3K経路を阻害することが確認され、これは、myo−イノシトールの作用機序を示すだけでなく、PI3K経路の活性と気道異形成の後退との治療上の可能性における関係を反映する。総合すると、このような所見は、PI3K経路の調節異常が肺癌の発生における初期の測定可能な可逆的段階であること、および喫煙者の気道遺伝子発現プロファイリングにより化学的予防および治療に対する個別化アプローチが可能となり得ることを示唆する。
【0006】
一実施形態において、本発明は、肺疾患を有する個体の細胞学的に正常な気道上皮細胞において活性化された発癌経路のバイオマーカーを提供する。このようなバイオマーカーおよび経路により、肺疾患(例えば、肺癌)の予後および/または診断のインジケーターが提供され得る。さらに、このような経路およびバイオマーカーにより、肺疾患の処置の治療標的、ならびに処置の有効性の評価のためのマーカーが提供され得る。
【0007】
一態様において、本発明は、肺疾患(例えば、肺癌)において活性化された発癌経路の遺伝子発現印章を同定するための遺伝子発現のプロファイリング方法の使用に関する。このような遺伝子発現印章により、肺疾患(例えば、肺癌)の予後または診断のインジケーターが提供され得る。さらに、肺疾患において活性化された発癌経路は、治療的介入の標的となり得る。一実施形態において、発癌経路は、例えば、PI3K経路およびNp63経路の1つ以上であり得る。
【0008】
また、本発明は、個体由来の細胞学的に正常な気道上皮細胞におけるNp63および/またはPI3K経路の活性化状態を測定することを含み、Np63および/またはPI3K経路の活性化は、前記個体が、Np63および/またはPI3K経路が活性化されていない個体と比べて肺疾患のリスクが高いことを示す、肺疾患のリスクが高い個体の同定方法に関する。特定の実施形態において、個体は、喫煙者または非喫煙者である。他の実施形態において、肺疾患は肺癌である。
【0009】
一実施形態において、PI3K経路の活性化状態は、PI3K経路の1種類以上のバイオマーカーの遺伝子発現データを用いて測定される。例えば、一部の実施形態では、前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類が、PI3Kが活性化されると増加する遺伝子であり、他の一部の実施形態では、前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類が、PI3Kが活性化されると減少する遺伝子である。また、PI3Kが活性化されると増加するバイオマーカーと減少するバイオマーカーの組合せも使用され得る。特定の実施形態では、前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類がPI3K活性化の上流である遺伝子であり、一方、他の実施形態では、前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類が、PI3K活性化の下流である遺伝子である。
【0010】
特定の実施形態において、前記PI3K経路の1種類以上のバイオマーカーの発現データは、オリゴヌクレオチドのマイクロアレイを用いて得られる。他の実施形態において、PI3K経路の活性化状態は、PI3K経路の1種類以上のバイオマーカーの1種類以上の遺伝子発現産物を用いて測定される。前記遺伝子発現産物は、ヌクレオチドまたはアミノ酸産物であり、当該技術分野で公知の方法を用いて検出され得る。
【0011】
本発明の一部の実施形態において、PI3K経路の活性化状態は、IGF1Rの活性化を評価することにより測定され、IGF1Rの活性化はPI3K経路の活性化を示す。本発明の他の実施形態において、PI3K経路の活性化状態は、PKCの活性化を評価することにより測定され、PKCの活性化はPI3K経路の活性化を示す。
【0012】
また、本発明は、個体由来の細胞学的に正常な気道上皮細胞におけるPKCの活性化状態を測定することを含み、PKCの活性化は、前記個体が、PKCが活性化されていない個体と比べて肺疾患のリスクが高いことを示す、肺疾患のリスクが高い個体の同定方法に関する。
【0013】
さらに、本発明は、個体由来の細胞学的に正常な気道上皮細胞におけるIGF1Rの活性化状態を測定することを含み、IGF1Rの活性化は、前記個体が、IGF1Rが活性化されていない個体と比べて肺疾患のリスクが高いことを示す、肺疾患のリスクが高い個体の同定方法に関する。
【0014】
他の実施形態において、本発明は、PI3K経路の1種類以上のバイオマーカーの1種類以上のプローブが上面に固定化されており、他のバイオマーカーのプローブは該上面に固定化されていないオリゴヌクレオチドアレイを提供する。好ましい実施形態において、前記PI3K経路の1種類以上のバイオマーカーは、IGF1R、PKC、[29]に開示されたバイオマーカー、およびその組合せからなる群より選択される。
【0015】
また、本発明は、肺疾患のリスクのある個体に、PI3K経路を阻害する1種類以上の薬剤(例えば、1種類以上の薬剤、レジメンもしくは処置剤またはその組合せ)を投与することを含む、個体の肺疾患のリスクを低下させる方法に関する。特定の実施形態において、前記1種類以上の薬剤の投与前に、前記個体においてPI3K経路が活性化されている。一実施形態において、肺疾患は肺癌である。別の実施形態において、前記1種類以上の薬剤は、肺疾患の発生前に、前記個体に予防的に投与される。
【0016】
別の実施形態において、本発明は、正常気道上皮細胞における対象の生物学的経路の活性化と関連している遺伝子発現印章を同定することと、気道上皮細胞の分類と対象の生物学的経路の活性化間の1つ以上の相関関係を同定するために識別分類された気道上皮細胞における遺伝子発現を評価することと、細胞学的に正常な試験気道上皮細胞における遺伝子発現を評価することとを含み、ここで、分類対象の細胞学的に正常な気道上皮細胞の遺伝子発現プロフィールにより、対象の生物学的経路が活性化されているかどうかが示され、したがって該細胞が識別分類される、細胞学的に正常な試験気道上皮細胞を識別分類する方法に関する。
【0017】
特定の実施形態において、対象の生物学的経路は発癌経路である。一部の実施形態において、識別分類は、疾患の高リスク対疾患の低リスクであり、一方、他の実施形態では、識別分類が、処置に対する応答対処置に対する非応答である。
【0018】
一実施形態において、本発明は、肺疾患(例えば、肺癌)を有するか、または有するリスクがある哺乳動物における発癌経路の活性化を同定するための方法を提供する。該方法は、(a)生物学的試料、例えば、哺乳動物の気道由来の生物学的試料を準備すること、ここで該生物学的試料は、前記経路の活性化を示す少なくとも1つの遺伝子の遺伝子発現産物(例えば、mRNAまたはタンパク質)を含む、および(b)前記遺伝子の発現を検出すること、を含むものであり得る。例えば、該経路は、以下:Ras、Myc、E2F3、β−カテニン、Src、Np63、PI3Kおよびその組合せの1つ以上であり得る。哺乳動物は、例えばヒトであり得る。生物学的試料は、例えば、気管支、鼻腔もしくは口腔の上皮、または生検の組織試料から得られたものであり得る。一実施形態において、遺伝子発現の検出は、該当遺伝子(1つまたは複数)のプローブである1つ以上のヌクレオチド配列またはその断片が上面に固定化されたオリゴヌクレオチドアレイを用いて行なわれる。発癌経路の活性化の同定により、哺乳動物が、前記経路の活性化を阻害する処置の候補、または疾患(例えば、癌)の発生を同定するためのさらなる、もしくはより高頻度のスクリーニングの候補であることが示され得る。
【0019】
別の実施形態において、本発明は、肺疾患(例えば肺癌)の処置に有用であり得る候補治療用薬剤のスクリーニング方法を提供する。例えば、候補薬剤は、本明細書に記載の方法によって肺疾患と関連していると同定された発癌経路の活性化をモジュレートする(例えば、阻害する)能力に関してスクリーニングされ得る。薬剤が該経路の活性化をモジュレートする能力は、例えば、発癌経路の遺伝子発現印章を、疾患と関連している印章から疾患と関連していない(例えば、正常である)印章に改変させる能力によって評価され得る。あるいはまた、候補治療用薬剤は、該経路の特定の機能的効果または読み出し情報をモジュレートする能力に関して評価され得る。肺疾患と関連している活性化された発癌経路を阻害する能力を有すると同定された薬剤は、哺乳動物の肺疾患の処置に適したものであり得る。
【0020】
また、処置レジメンの有効性は、処置過程における種々の時点で哺乳動物の遺伝子発現印章を評価することにより評価され得る。疾患と関連しているものから疾患と関連していないもの(例えば、正常な印章)への発癌経路の遺伝子発現印章のシフトは、有効な処置を示す。同様に、遺伝子発現印章の正常な印章へのシフトの非存在は、処置が有効でないこと、およびおそらく別の処置レジメンが適応されることを示す。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1A〜1Cは、PI3KおよびΔNp63が、肺癌を有する喫煙者において識別的に活性化されていることを示す図である。インビトロ遺伝子発現印章において訓練したバイナリ後退モデルを使用し、経路活性化の確率を、細胞学的に正常な気道から採取した試料において計算した。経路レベルを箱ひげ図を用いて要約する。図中、横線はメジアン値を表し、ボックスは、25〜75パーセンタイルのデータ点の範囲を表し、ひげは、残りの第1および第4四分位数の範囲を指定する。図1Aに示されたように、活性化レベルを肺癌状態によって群分けすると(青は肺癌なし、赤は肺癌)、2つの経路は、ランダム順列検定後、統計学的に異なることがわかった:PI3K(p<0.001)、およびΔNp63(p<0.001)。肺癌を有する喫煙者の気道で見られた経路活性化において観察された差と混同する可能性があり得る変数を明らかにするため、健常喫煙未経験者(緑色)、喫煙経験者(茶色)および現在喫煙者(灰色)(図1B)、ならびに慢性閉塞性肺疾患(COPD)を有する現在喫煙者(橙色)または有しない現在喫煙者(灰色)(図1C)の経路活性化の確率も計算した。いずれの潜在的交絡変数でも、経路活性化において統計学的有意差は示されなかった。
【図2】図2は、肺腫瘍および隣接正常組織における発癌経路の活性を示す図である。発癌経路の活性を、肺腺癌および隣接正常組織のデータセットについて計算した[32]。正常隣接部およびその対応腫瘍試料と比較すると、PI3K(p<0.001)とΔNp63(p=0.002)の増加が観察された。また、MycおよびE2F3においても増加が見られ、Srcでは減少がみとめられた。エラーひげをSEMとして報告する。
【図3】図3A〜3Bは、前向き収集気道試料におけるPI3K活性の生化学的検証を示す図である。気道ブラシ擦過採取物をボストンおよびユタにおいて、肺癌を有する疑いのある患者から前向き収集した。図3Aに示されたように、キナーゼアッセイを使用し、PI3K経路の活性のインビボレベルを測定した。肺癌を有する患者は、一般的に、肺癌のない患者よりも高いPI3K活性レベルを有した。ボストンコホートのサブセットは、マイクロアレイ上で泳動されるさらなる試料を有し、そのため、コンピュータ計算により予測されたPI3K活性をインビボ活性と相関させることができた。経路の活性の確率を、さらなる試料を有した患者の下方に示す。コンピュータ計算により予測されたPI3K活性と生化学的に測定された活性とのピアソン相関係数は0.48であった。図3Bに示されたように、PI3Kの上流と下流の両方のタンパク質をクエリーしたウエスタンブロットを定量し、次いで、図3Aにおいて測定されたPI3Kキナーゼレベルと相関させた。相関関係をヒートマップ様式で示し、図中、青は負の相関関係を表し、赤は正の相関関係を表す。また、相関関係の解析も、すべての試料、肺癌を有する試料のみ、および対照試料のみに分解される。p−IGF1Rおよびp−PKCはともに、肺癌を有する患者においてPI3K活性と正に相関しており、これは、肺癌を有する喫煙者の気道におけるPI3K経路の活性の増大を駆動する下位経路の可能性を示す。
【図4】図4は、異形成を有する喫煙者がPI3K経路の活性化の増大を有することを示す図である。PI3K経路が活性化されると増加する遺伝子(インビトロ錯乱によって規定)をヒートマップで示す。青は遺伝子の低発現を表し、一方、赤は遺伝子の高発現を表す。異形成を有する喫煙者の細胞学的に正常な気管支気道におけるこれらの遺伝子の発現レベルを健常喫煙者と比較すると、異形成を有する喫煙者においてPI3K経路の活性化の増大が観察された。GSEAを使用し、この遺伝子セットの富化を定量した(p<0.001、FDR Q<0.001)。異形成状態、パックイヤーならびにバッチ効果を示す確率変数が考慮された線形モデルを使用し、GSEAのために遺伝子を順位付けした。
【図5】図5A〜5Cは、Myo−イノシトールがPI3K経路をインビトロで阻害することを示す図である。3種類の異なる細胞株、すなわち、(図5A)BEAS−2B(気管支気道細胞株)、(図5B)BT549(乳癌細胞株)、および(図5C)HEK293(ヒト胚性腎臓細胞株)において、インスリンを用いてPI3K経路を活性化した。次いで、これらの細胞株を種々の用量のmyo−イノシトールおよびLY−294002で処理した。PI3K経路の活性化レベルを定量するためにPIP3レベルを測定した(y−軸)。試験した各細胞株において、myo−イノシトールまたはLY−294002(既知PI3Kインヒビター)のいずれかでの処置後にPIP3レベルの低下がみとめられ、これは、myo−イノシトールがPI3K経路をインビトロで阻害することを示す。このような実験を繰り返すと、同様の結果が得られた。
【発明を実施するための形態】
【0022】
(発明の詳細な説明)
呼吸器全体の内側に存在する上皮細胞におけるゲノムの変化は、喫煙に対する宿主の応答および喫煙による損傷を反映しているという概念に基づき、肺癌を有するリスクがある、または該リスクのない喫煙者の気道において、どの経路が調節異常となるのかが同定されることにより、腫瘍形成に至る初期事象に対するより良好な理解が得られ得る。経路の活性を評価するためのアプローチの一例は、遺伝子発現データの使用により、単離したシグナル伝達経路のインビトロ活性化を関連させ、患者試料における該経路の状態を予測することである。このアプローチは、イニシエーション事象が既知である細胞株ならびに腫瘍の経路の状態の予測において好成績である[13]。インビトロで規定される経路印章の長所は、遺伝子発現レベルで経路の活性を同定することができ、単一のマイクロアレイ実験を用いて多様な経路の測定が可能になることである。さらに、遺伝子発現に基づいた経路の活性の予測は、特定の経路を標的化する薬物と有意に相関していることがわかっている[13〜20]。また、数多くの研究により、目的の治療剤を用いた臨床試験において、予測した経路の状態と治療応答性との相関関係が見い出されている[22〜25]。
【0023】
本明細書に記載の研究では、インビトロ錯乱によって生じる発現印章を利用した。メタ遺伝子モデルを、肺癌を有する喫煙者と肺癌のない喫煙者の細胞学的に正常な気道上皮における発癌経路の活性の比較のために訓練した。本明細書に記載のように、上記の遺伝子発現に基づいた経路アプローチを使用すると、データにより、PI3K経路は、肺癌を有する喫煙者の細胞学的に正常な気管支気道細胞において活性レベルの増大、ならびに肺腫瘍組織自体において高レベルの活性を有することが示される。肺癌を有する患者および肺癌のない患者由来の気道試料から前向き収集したコホートのPI3K活性をインビボで測定する生化学的アッセイにより、コンピュータ計算による予測を検証した。気道に異形成病変を有するハイリスク喫煙者の細胞学的に正常な気道の発現プロフィールを調べると、この場合も、PI3Kの活性の増大が示された。異形成は新生物発生前事象とみなされているため、これは、PI3Kレベルが肺癌の発生前に増大したことを示す。この結果に対して考えられ得る治療上の関連性を示すとすれば、化学予防剤myo−イノシトールに応答性であるハイリスク被検体は、PI3K活性の有意な低下および異形成病変の後退を示す。myo−イノシトールとPI3Kとの関係は、myo−イノシトールがPI3Kをインビトロで阻害することを示すことにより、さらに解明された。
【0024】
総合すると、これらの結果により、PI3K経路は、細胞学的に正常な気道上皮において肺癌の発生前に活性化され、この経路のレベルはmyo−イノシトールでの化学的予防に対する応答と関連していることが示される。より広義には、このような所見は、気道での遺伝子発現が、喫煙者における特定の発癌経路の錯乱を反映し、場合によっては化学的予防および治療に対する個別化アプローチが可能になることを示唆する。
【0025】
PI3K経路およびΔNp63経路は、肺癌を有する喫煙者の正常気道において活性化の増大を有する(図1A)。これは、推測的に、細胞学的に正常な細胞が発癌経路調節異常の徴候を示すことが予測されないため、興味深い所見である。さらに、本明細書に記載のようにして使用される非肺癌対照が、同様にPI3K経路に影響を及ぼし得る広範囲の別の病態を有し、単なる健常志願者でないことに注目することは重要である。しかしながら、活性の増大は、喫煙状態またはCOPDと相関していない(図1B、1C)。
【0026】
また、新生物発生前のPI3K経路の増大は、健常喫煙者と比較すると、気道に異形成病変を有するハイリスク喫煙者の細胞学的に正常な気道においても見られた。これは、PI3K活性が肺新生物の発生前に誘導されるという仮説を裏付ける。また、肺腫瘍では、隣接正常組織と比べて高いPI3K活性レベルがみとめられ(図2)、これは、細胞変換としてのPI3K活性のさらなる増大を示す。
【0027】
肺腺癌のマウスモデルを用いた先の試験では、PI3Kが肺癌の悪性進行に必要とされること、およびこの経路の阻害により腫瘍形成が阻止されることが示された[40]。また、PI3K経路の活性の増大は、これまでに肺癌を含む多くの種々の癌で観察されている[41]。腫瘍の構成的活性化をもたらす調節異常の一般的な原因の一例としては、EGFRのチロシンキナーゼドメインにおける変異、腫瘍抑制因子PTENの変異、欠失もしくは抑制、PI3K遺伝子コピー数の増加[42]またはPI3Kの触媒性サブユニットp110αにおける変異[41]が挙げられる。
【0028】
本明細書に記載の試験では、肺癌患者の正常気道上皮におけるPI3K活性は、IGF1R(上流)およびPKC(下流)の活性化と正に相関し、HER2(上流)およびAKT(下流)とは正に相関しない(図3)。このような結果は、このような細胞においてPI3K活性化、続いて下流効果をもたらす特異的シグナル伝達カスケードを示す。一部の試験では、IGFシグナル伝達レベルの増大が肺癌と関連していた。さらに、IGF経路の現在のインヒビターは、肺癌患者において有意な応答を有することがわかっている。PKCは、PI3Kの下流のキナーゼであり、これまでに、異形成病変および肺癌においてレベルが高いことがわかっている[33,34]。総合すると、本明細書に記載の結果は、IGFR1/PI3K/PKC経路が肺癌の発生に対して中心的であり、前悪性状態でさえあることを示唆する。
【0029】
臨床的に重要なのは、肺癌の発生前のPI3Kレベルの低下によって、何らかの治療可能性がもたらされ得るかどうかである。現在市販されているシロリムスなどのPI3K経路インヒビターは有害な副作用を有し、このため、予防選択肢としての長期使用が禁止されることがあり得る。この重要な課題への取り組みを補助するため、myo−イノシトールと称する肺癌化学予防剤での処置を受けたハイリスクコホートにおいて試験を行った。myo−イノシトールは、以前に、2〜3ヶ月間の経口処置後、気道内の異形成病変を低減させることがわかっているものである[35]。シロリムスとは対照的に、myo−イノシトールは、引き起こされる副作用が非常に少ないため、長期間経口摂取される可能性を有する。気道内の異形成の後退によって示されるようにmyo−イノシトールに応答したこのコホート由来の患者では、PI3K活性の低下を反映する遺伝子発現パターンが観察された。この試験での比較的限定的な試料サイズ(n=10)を考慮し、インビトロで試験を行うと、myo−イノシトールはPI3K活性を直接阻害することがわかり、これはこの化合物の作用機序の可能性を示す(図5)。myo−イノシトールの化学予防性が大規模な臨床試験で確認されれば、気道においてPI3K活性が錯乱したハイリスク喫煙者にこの化合物を使用することにより、肺癌発症が低減される可能性がある。また、処置後のこのような被検体における気道遺伝子発現のプロファイリングにより、長期治療の恩恵を被り得る患者のサブセットの同定が補助され得る。より広義には、これらの結果は、喫煙者の気道での遺伝子発現パターンが、特定の発癌経路の錯乱を反映し、場合によっては化学的予防および治療に対する個別化が可能になる。
【0030】
原理上(in principal)、細胞学的に正常な気道上皮における発癌経路の活性の増大が説明され得る多くの仮説が存在する。重要なことは、これらの概念が相互に排他的ではなく、相乗的に作用して疾患が促進されているようであることである。第1に、調節異常は、肺癌に対する遺伝的素因(発癌性の生殖細胞系の変異など)によって引き起こされ得る。第2に、広域損傷仮説に従い、喫煙曝露によって呼吸器全体が損傷され、該損傷(体細胞変異など)が気道内で発癌活性源となり得る。損傷に対する感受性は、一部、喫煙に対する宿主の応答に依存し、これは、発癌性の生殖細胞系の変異によって影響を受ける。最後に、増殖に利点をもたらす体細胞変異が、クローン増殖のため、気道において発癌活性の増大を引き起こすことがあり得る。
【0031】
累積的に、これらの試験によって、コンピュータ計算によるアプローチが成功裡に使用され、肺癌の発癌を駆動するシグナル伝達経路が同定され、ハイリスク集団において癌の発生が予防され得る合理的な目標治療アプローチが同定される。さらに、本発明者らの生化学的測定値は、患者試料のコンピュータ計算による解析と相関しており、このアプローチの特異性と感受性が強調される。経路活性化の検証も、インビトロ試験とインビボ試験において行なわれ、myo−イノシトール処置はPI3K経路の阻害と関連している。これは、PI3K経路の調節異常が肺癌の発生における初期の測定可能で可逆的段階であり、ハイリスク喫煙者における化学予防的アプローチの誘導に有用であり得ることを示す。
【0032】
したがって、本発明は、気道の細胞学的に正常な細胞における経路の状態(例えば、発癌経路の状態)を同定するための一般的なアプローチを提供し、該経路の状態は、肺疾患の早期予測因子として有用であり得、および/または治療的介入(例えば、早期介入)のための標的を提供し得る。このアプローチによれば、対象の発癌経路または他の経路は、細胞(例えば、ヒト上皮細胞、ヒト上皮一次細胞培養物)においてインビトロで活性化させ、経路活性化と関連している遺伝子発現印章またはパターンを同定する。例えば、細胞は、対象の経路の活性化成分または必要成分を発現するアデノウイルス(例えば、p110または他の適当な因子を発現するアデノウイルス)を用いて錯乱させ得る。次いで、識別的分類対象の試料(例えば、肺癌患者由来の試料対肺癌のない個体由来の試料、処置応答性患者由来の試料対処置非応答性患者由来の試料など)が評価され、経路活性化を示す遺伝子発現プロフィールとのクラス関連性が同定され得る。すなわち、経路の状態(例えば、活性化)は、表現型(例えば、疾患状態、処置応答など)と相関している。その後、組織学的に正常な気道細胞は、特定の経路の活性化と関連している遺伝子発現パターンを同定するために試験され得、経路の状態と表現型との相関関係に基づいて、該細胞試料を採取した個体の表現型(例えば、癌性、非癌性などの疾患状態)が予測され得る。このようにして、疾患状態と経路の状態(遺伝子発現によって示される)との関係が同定され得、このような関係は、治療および予後での適用に活用され得る。同様に、1つ以上の経路活性化に対する候補薬剤および処置レジメンの影響は、前記経路(1つまたは複数)と関連している遺伝子発現のモニタリングによって評価され、所望の効果を有する薬剤および/またはレジメンが同定され得る。
【0033】
また、本発明は、個体由来の細胞学的に正常な気道上皮細胞における発癌経路(例えば、Np63および/またはPI3K経路)の活性化状態を測定することを含む、肺疾患のリスクが高い個体の同定方法に関する。例えば、Np63および/またはPI3K経路の活性化は、前記個体が、Np63および/またはPI3K経路が活性化されていない個体と比べて肺疾患のリスクが高いことを示す。特定の実施形態において、個体は、喫煙者または非喫煙者である。他の実施形態において、肺疾患は肺癌である。一部の実施形態において(I some embodiments)、多様な経路(例えば、発癌経路)の活性化状態が同時に評価される。
【0034】
一実施形態において、PI3K経路の活性化状態は、PI3K経路の1種類以上(すなわち、1、2、3、4、5種類または5種類より多く)のバイオマーカーの遺伝子発現データを用いて測定される。例えば、一部の実施形態において、前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類が、PI3Kが活性化されると増加する遺伝子であり、他の一部の実施形態では、前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類が、PI3Kが活性化されると減少する遺伝子である。PI3Kが活性化されると増加するバイオマーカーと減少するバイオマーカーの組合せも使用され得る。特定の実施形態において、前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類がPI3K活性化の上流である遺伝子であり、一方、他の実施形態では、前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類が、PI3K活性化の下流である遺伝子である。
【0035】
本発明の一実施形態において、細胞学的に正常な気道上皮細胞から単離核酸を得、当該技術分野で公知の任意の遺伝子発現測定法(例えば、mRNA転写物の解析ならびにDNAメチル化の解析)を使用し、1つの遺伝子または多数の遺伝子の発現を評価するために使用する。
【0036】
mRNAレベルを評価するための方法は、当業者には公知であろう。好ましい一実施形態において、遺伝子発現は、RNA転写物の検出によって、例えば、ノザンブロッティング(例えば、この場合、RNA調製物を変性アガロースゲル上で泳動させ、適当な支持体(活性化セルロース、ニトロセルロースまたはガラスまたはナイロン膜など)に移す)によって測定され得る。次いで、標識(例えば、放射性標識)cDNAまたはRNAを該調製物にハイブリダイズさせ、洗浄し、当該技術分野で公知の方法(オートラジオグラフィーなど)を用いて解析する。
【0037】
さらに、RNA転写物の検出は、既知の増幅方法を用いて行なってもよい。例えば、mRNAをcDNAを逆転写した後、ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)を行うこと、または、単一の酵素を両方の工程に使用すること(米国特許第5,322,770号に記載)、またはmRNAをcDNAに逆転写した後、対称ギャップ(symmetric gap)リガーゼ連鎖反応(RT−AGLCR)を行うこと(R.L.Marshallら、PCR Methods and Applications 4:80−84(1994)に記載)は、本発明の範囲に含まれる。
【0038】
本明細書において使用され得る他の既知の増幅方法としては、限定されないが、いわゆる「NASBA」または「3SR」手法(PNAS USA 87:1874−1878(1990)に記載、およびNature 350(No.6313):91−92(1991)にも記載)、Q−β増幅(公開欧州特許出願(EPA)第4544610号に記載)、鎖置換増幅(G.T.Walkerら、Clin.Chem.42:9−13(1996)および欧州特許出願第684315号に記載)、ならびに標的媒介性増幅(PCT特許出願公開公報WO 9322461に記載)が挙げられる。
【0039】
また、インサイチュハイブリダイゼーション可視化も使用され得、この場合、放射性標識アンチセンスRNAプローブを、薄い生検試料切片とハイブリダイズさせ、洗浄し、RNaseで切断し、オートラジオグラフィーのための感受性乳剤に曝露する。試料の組織学的組成を示すために試料をヘマトキシリンで染色してもよく、適当な光フィルターを用いた暗視野像形成では、現像乳剤が示される。また、ジゴキシゲニンなどの非放射性標識も使用され得る。
【0040】
あるいはまた、RNA発現(例えば、MRNAの発現)は、DNAアレイ、チップまたはマイクロアレイ上で検出してもよい。目的遺伝子(1つまたは複数)に対応するオリゴヌクレオチドをチップ上に固定化し、次いで、これを、患者から採取した試験試料の標識核酸とハイブリダイズさせる。目的遺伝子の転写物を含有する試料では、陽性のハイブリダイゼーションシグナルが得られる。DNAアレイの調製方法およびその使用方法は、当該技術分野で公知である(例えば、米国特許第6,618,6796号、同第6,379,897号、同第6,664,377号、同第6,451,536号、同第548,257号、米国特許出願公開第20030157485号ならびにSchenaらの1995 Science 20:467−470、Gerholdらの1999 Trends in Biochem.Sci.24,168−173、およびLennonらの2000 Drug discovery Today 5:59−65(これらは、引用によりその全体が本明細書に組み込まれる)参照)。また、遺伝子発現の逐次解析(Serial Analysis of Gene Expression)(SAGE)を行なってもよい(例えば、米国特許出願公開第20030215858号参照)。
【0041】
本発明の方法では、固相基材、例えば、一部の好ましい実施形態ではアレイが使用され得る。ポリマーアレイ合成に適用可能な方法および手法は、米国特許出願第09/536,841号、WO00/58516、米国特許第5,143,854号、同第5,242,974号、同第5,252,743号、同第5,324,633号、同第5,384,261号、同第5,405,783号、同第5,424,186号、同第5,451,683号、同第5,482,867号、同第5,491,074号、同第5,527,681号、同第5,550,215号、同第5,571,639号、同第5,578,832号、同第5,593,839号、同第5,599,695号、同第5,624,711号、同第5,631,734号、同第5,795,716号、同第5,831,070号、同第5,837,832号、同第5,856,101号、同第5,858,659号、同第5,936,324号、同第5,968,740号、同第5,974,164号、同第5,981,185号、同第5,981,956号、同第6,025,601号、同第6,033,860号、同第6,040,193号、同第6,090,555号、同第6,136,269号、同第6,269,846号および同第6,428,752号、PCT特許出願番号PCT/US99/00730(国際特許出願公開番号WO99/36760)およびPCT/US01/04285号(これらはすべて、引用により、その全体があらゆる目的のために本明細書に組み込まれる)に記載されている。
【0042】
具体的な実施形態において合成手法が記載された特許としては、米国特許第5,412,087号、同第6,147,205号、同第6,262,216号、同第6,310,189号、同第5,889,165号、および同第5,959,098号が挙げられる。
【0043】
本発明において有用である核酸アレイとしては、限定されないが、Affymetrix(Santa Clara,Calif.)から商標名GeneChip7で市販されているものが挙げられる。アレイの例は、affymetrix.comのウェブサイトに示されている。
【0044】
また、本発明では、固相基材に結合させたポリマーの多くの用途が想定される。このような用途としては、遺伝子発現モニタリング、プロファイリング、ライブラリースクリーニング、遺伝子型判定および診断が挙げられる。遺伝子発現モニタリング法、およびプロファイリング法の例は、米国特許第5,800,992号、同第6,013,449号、同第6,020,135号、同第6,033,860号、同第6,040,138号、同第6,177,248号および同第6,309,822号に示されている。遺伝子型判定およびその使用の例は、米国特許出願第60/319,253号、同第10/013,598号、ならびに米国特許第5,856,092号、同第6,300,063号、同第5,858,659号、同第6,284,460号、同第6,361,947号、同第6,368,799号および同第6,333,179号に示されている。該使用の他の例は、米国特許第5,871,928号、同第5,902,723号、同第6,045,996号、同第5,541,061号、および同第6,197,506号に具体的に示されている。
【0045】
mRNAレベルをモニタリングするため、例えば、mRNAを、試験対象の生物学的試料から抽出し、逆転写し、蛍光標識cDNAプローブを作製する。次いで、目的遺伝子にハイブリダイズし得るマイクロアレイを、該標識cDNAプローブとプローブ結合させ、スライドをスキャンし、蛍光強度を測定する。この強度は、ハイブリダイゼーション強度および発現レベルと相関している。
【0046】
好ましい一実施形態において、遺伝子発現は、定量的リアルタイムPCRを用いて測定される。定量的リアルタイムPCRは、増幅プロセス中、通常蛍光によって経時的にモニタリングし、特定の配列の増幅の程度に関するパラメータを測定するポリメラーゼ連鎖反応をいう。増幅サイクル中に放出される蛍光の量は、各PCRサイクルで増幅された生成物の量に比例する。
【0047】
また、本発明では、一部の特定の好ましい実施形態において、試料の調製法が想定される。発現解析の前または同時に、核酸試料がさまざまな機構によって増幅され得、その一部ではPCRが使用され得る。例えば、PCR Technology:Principles and Applications for DNA Amplification(H.A.Erlich編、Freeman Press,NY,N.Y.,1992);PCR Protocols:A Guide to Methods and Applications(Innisら編、Academic Press,San Diego,Calif.,1990);Mattilaら、Nucleic Acids Res.19,4967(1991);Eckertら、PCR Methods and Applications 1,17(1991);PCR(McPhersonら編、IRL Press,Oxford);ならびに米国特許第4,683,202号、同第4,683,195号、同第4,800,159号 同第4,965,188号、および同第5,333,675号(これらは各々、引用により、その全体があらゆる目的のために本明細書に組み込まれる)を参照のこと。試料をアレイ上で増幅してもよい。例えば、米国特許第6,300,070号および米国特許出願第09/513,300号(これらは、引用により本明細書に組み込まれる)を参照のこと。
【0048】
他の適当な増幅方法としては、リガーゼ連鎖反応(LCR)(例えば、WuおよびWallace,Genomics 4,560(1989)、Landegrenら、Science 241,1077(1988)ならびにBarringerら Gene 89:117(1990))、転写増幅(Kwohら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA 86,1173(1989)およびWO88/10315)、自家持続配列複製(Guatelliら、Proc.Nat.Acad.Sci.USA,87,1874(1990)およびWO90/06995)、標的ポリヌクレオチド(polyhucleotide)配列の選択的増幅(米国特許第6,410,276号)、コンセンサス配列プライムポリメラーゼ連鎖反応(CP−PCR)(米国特許第4,437,975号)、任意プライムポリメラーゼ連鎖反応(AP−PCR)(米国特許第5,413,909号、同第5,861,245号)ならびに核酸系配列増幅(NABSA)(米国特許第5,409,818号、同第5,554,517号、および同第6,063,603号参照。これらは各々、引用により本明細書に組み込まれる)が挙げられる。使用され得る他の増幅方法は、米国特許第5,242,794号、同第5,494,810号、同第4,988,617号および米国特許出願第09/854,317号(これらは各々、引用により本明細書に組み込まれる)に記載されている。
【0049】
試料の調製および核酸試料の複雑さの低減手法のさらなる方法は、例えば、Dongら、Genome Research 11、1418(2001)、米国特許第6,361,947号、同第6,391,592号ならびに米国特許出願第09/916,135号、同第09/920,491号、同第09/910,292号、および同第10/013,598号に記載されている。
【0050】
ポリヌクレオチドハイブリダイゼーションアッセイを行うための方法は、当該技術分野において充分開発されている。ハイブリダイゼーションアッセイの手順および条件は、
適用用途に応じて異なり、既知の一般的な結合方法、例えば、Maniatisら Molecular Cloning:A Laboratory Manual(第2版 Cold Spring Harbor,N.Y.,1989)、BergerおよびKimmelのMethods in Enzymology,第152巻,Guide to Molecular Cloning Techniques(Academic Press,Inc.,San Diego,Calif.,1987)、YoungおよびDavism,P.N.A.S,80:1194(1983)において言及されたものに従って選択される。反復型および制御型のハイブリダイゼーション反応を行うための方法および装置は、例えば、米国特許第5,871,928号、同第5,874,219号、同第6,045,996号、および同第6,386,749号、同第6,391,623号(これらは各々、引用により本明細書に組み込まれる)に記載されている。
【0051】
また、本発明では、一部の特定の好ましい実施形態において、リガンド間のハイブリダイゼーションのシグナル検出が想定される。例えば、米国特許第5,143,854号、同第5,578,832号、同第5,631,734号、同第5,834,758号、同第5,936,324号、同第5,981,956号、同第6,025,601号、同第6,141,096号、同第6,185,030号、同第6,201,639号、同第6,218,803号、および同第6,225,625号、ならびに米国特許仮出願第60/364,731号ならびにPCT特許出願PCT/US99/06097(WO99/47964として公開)(これらもまた、各々、引用により、その全体があらゆる目的のために本明細書に組み込まれる)を参照のこと。
【0052】
シグナル検出および強度データ処理のための方法および装置の例は、例えば、米国特許第5,143,854号、同第5,547,839号、同第5,578,832号、同第5,631,734号、同第5,800,992号、同第5,834,758、5,856,092号、同第5,902,723号、同第5,936,324号、同第5,981,956号、同第6,025,601号、同第6,090,555号、同第6,141,096号、同第6,185,030号、同第6,201,639号;同第6,218,803号;および同第6,225,625号、米国特許出願第60/364,731号ならびにPCT特許出願PCT/US99/06097(WO99/47964として公開)(これらもまた、各々、引用により、その全体があらゆる目的のために本明細書に組み込まれる)に開示されている。
【0053】
また、本発明の実施では、従来の生物学的方法、ソフトウェアおよびシステムが使用され得る。本発明のコンピュータソフトウェア製品としては、典型的には、本発明の方法の論理ステップを実行するためのコンピュータ上で実行可能な命令を有するコンピュータ可読媒体が挙げられる。好適なコンピュータ可読媒体としては、フロッピー(登録商標)ディスク、CD−ROM/DVD/DVD−ROM、ハードディスクドライブ、フラッシュメモリ、ROM/RAM、磁気テープなどが挙げられる。コンピュータ上で実行可能な命令は、適当なコンピュータ言語またはいくつかの言語の組合せで記載されたものであってもよい。基礎計算生物学方法は、例えば、SetubalおよびMeidanisら、Introduction to Computational BiologyのMethods(PWS Publishing Company,Boston,1997)、Salzberg,Searles,Kasif(編),Computational Methods in Molecular Biology(Elsevier,Amsterdam,1998)、RashidiおよびBuehlerのBioinformatics Basics:Application in Biological Science and Medicine(CRC Press,London,2000)ならびにOueletteおよびBzevansiのBioinformatics:A Practical Guide for Analysis of Gene and Proteins(Wiley & Sons,Inc.、第2版、2001)に記載されている。
【0054】
また、本発明では、さまざまな目的(プローブ設計、データ管理、解析、および機器の操作など)のために、種々のコンピュータプログラム製品およびソフトウェアが利用され得る。例えば、米国特許第5,593,839号、同第5,795,716号、同第5,733,729号、同第5,974,164号、同第6,066,454号、同第6,090,555号、同第6,185,561号、同第6,188,783号、同第6,223,127号、同第6,229,911号および同第6,308,170号を参照のこと。
【0055】
さらに、本発明は、例えば、米国特許出願第10/063,559号、第60/349,546号、同第60/376,003号、同第60/394,574号、同第60/403,381号に示されているような、インターネットなどのネットワーク上で遺伝情報を提供するための方法を含む好ましい実施形態を有するものであり得る。
【0056】
本明細書全体を通して、本発明の種々の態様を範囲形式で示している。範囲形式での記載は、単に便宜上および簡潔さのためであると理解されるべきであり、本発明の範囲に対する柔軟性のない制限と解釈されるべきでない。したがって、範囲の記載は、可能なすべての部分範囲ならびに該範囲内の個々の数値が具体的に開示されているとみなされたい。例えば、1〜6などの範囲の記載は、例えば、1〜3、1〜4、1〜5、2〜4、2〜6、3〜6などの部分範囲、ならびに該範囲内の個々の数値、例えば、1、2、3、4、5および6が具体的に開示されているとみなされたい。このことは、範囲の幅に関係なく適用される。また、端数範囲も、例示された記載の量に含まれる。したがって、例えば、1〜3の範囲には、1.1、1.2、1.3、1.4、1.5、1.6などの端数が含まれる。
【0057】
他の実施形態において、PI3K経路の活性化状態は、PI3K経路の1種類以上のバイオマーカーの1種類以上の遺伝子発現産物を用いて測定される。前記遺伝子発現産物は、ヌクレオチドまたはアミノ酸産物であり得、当該技術分野で公知の方法を用いて検出され得る。
【0058】
本発明の一部の実施形態において、PI3K経路の活性化状態は、IGF1Rの活性化を評価することにより測定され、IGF1Rの活性化はPI3K経路の活性化を示す。本発明の他の実施形態では、PI3K経路の活性化状態は、PKCの活性化を評価することにより測定され、PKCの活性化はPI3K経路の活性化を示す。本発明の一部の実施形態において、PI3K経路の活性化状態は、[29](その教示は、引用により本明細書に組み込まれる)に開示されたPI3K経路の1種類以上のバイオマーカーの発現を評価することにより測定される。
【0059】
一実施形態において、Np63経路の活性化状態は、Np63経路の1種類以上のバイオマーカーの遺伝子発現データを用いて測定される。例えば、一部の実施形態において、前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類は、Np63が活性化されると増加する遺伝子であり、他の一部の実施形態では、前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類が、Np63が活性化されると減少する遺伝子である。また、Np63が活性化されると増加するバイオマーカーと減少するバイオマーカーの組合せも使用され得る。特定の実施形態において、前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類は、Np63活性化の上流である遺伝子であり、一方、他の実施形態では、前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類は、Np63活性化の下流である遺伝子である。
【0060】
特定の実施形態において、前記Np63経路の1種類以上のバイオマーカーの発現データは、オリゴヌクレオチドのマイクロアレイを用いて得られる。他の実施形態において、Np63経路の活性化状態は、Np63経路の1種類以上のバイオマーカーの1種類以上の遺伝子発現産物を用いて測定される。前記遺伝子発現産物はヌクレオチドまたはアミノ酸産物であり得、当該技術分野で公知の方法を用いて検出され得る。
【0061】
また、本発明は、個体由来の細胞学的に正常な気道上皮細胞におけるPKCの活性化状態を測定することを含み、PKCの活性化は、前記個体が、PKCが活性化されていない個体と比べて肺疾患のリスクが高いことを示す、肺疾患のリスクが高い個体の同定方法に関する。
【0062】
さらに、本発明は、個体由来の細胞学的に正常な気道上皮細胞におけるIGF1Rの活性化状態を測定することを含み、IGF1Rの活性化は、前記個体が、IGF1Rが活性化されていない個体と比べて肺疾患のリスクが高いことを示す、肺疾患のリスクが高い個体の同定方法に関する。
【0063】
他の実施形態において、本発明は、PI3K経路の1種類以上のバイオマーカーの1種類以上のプローブが上面に固定化されており、他のバイオマーカーのプローブは該上面に固定化されていないオリゴヌクレオチドアレイを提供する。好ましい実施形態において、前記PI3K経路の1種類以上のバイオマーカーが、IGF1R、PKC、[29]に開示されたバイオマーカー、およびその組合せからなる群より選択される。
【0064】
また、本発明は、肺疾患のリスクのある個体に、PI3K経路を阻害する1種類以上の薬剤(例えば、1種類以上の薬剤、レジメンもしくは処置剤またはその組合せ)を投与することを含む、個体の肺疾患のリスクを低下させる方法に関する。特定の実施形態において、前記1種類以上の薬剤の投与前に、前記個体においてPI3K経路が活性化されている。一実施形態において、肺疾患は肺癌である。別の実施形態において、前記1種類以上の薬剤は、肺疾患の発生前に、前記個体に予防的に投与される。
【0065】
本発明の実施には、特に記載のない限り、分子生物学(例えば、組換え手法)、微生物学、細胞生物学、生化学、核酸化学、および免疫学の慣用的な手法が使用され、該手法は当業者には公知でであろう。かかる手法は、文献、例えば、Molecular Cloning:A Laboratory Manual、第2版(Sambrookら、1989)ならびにMolecular Cloning:A Laboratory Manual、第3版(SambrookおよびRussel,2001)、(本明細書では、まとめて「Sambrook」という)、Current Protocols in Molecular Biology(F.M.Ausubelら編、1987、2001年までの増刊を含む)、PCR:The Polymerase Chain Reaction(Mullisら編、1994)、HarlowおよびLane(1988)Antibodies,A Laboratory Manual,Cold Spring Harbor Publications,New York、HarlowおよびLane(1999)Using Antibodies:A Laboratory Manual Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,NY(本明細書では、まとめて「HarlowおよびLane」という)、ならびにBeaucageら編、Current Protocols in Nucleic Acid Chemistry John Wiley & Sons,Inc.,New York,2000)などに充分説明されている。
【0066】
本明細書に挙げたすべての参考文献およびウェブサイトの教示は、引用によりその全体が本明細書に組み込まれる。本発明を、以下の非限定的な例示的な実施形態によって、さらに説明する。
【実施例】
【0067】
(例示的な実施形態)
(方法)
(患者集団)
気道上皮のブラシ擦過採取物を、ボストン医療センター、ボストン復員軍人援護局、レイヒー診療所およびセントジェームズ病院、の4つの施設において、診断用軟性気管支鏡検査を受け、肺癌の疑いのある現在喫煙者および喫煙経験者から収集した([7]に既報、この試験で用いた試料については、表1の個体群統計参照)。さらなるブラシ擦過採取物を、健常な現在喫煙者、喫煙経験者および喫煙未経験者の志願者、ならびに気管支鏡検査を受けたCOPDを有する喫煙者(一部は[31]に既報、表1と2の個体群統計)から収集した。気道異形成を有する現在喫煙者および喫煙経験者の細胞学的に正常な気管支気道由来のブラシ擦過採取物を、ブリティッシュコロンビア大学において、40〜74歳であり、30パックイヤー以上の累積喫煙歴を有し、自己蛍光気管支鏡検査で1つ以上の気管支の異形成部位を有した志願者から収集した(表2の個体群統計参照)。この志願者のサブセットを、myo−イノシトールで2〜3ヶ月の期間処置し、さらなるブラシ擦過採取物を細胞学的に正常な気道上皮から、処置の最後の自己蛍光気管支鏡検査時に収集し、気管支内生検材料を用いて異形成における変化を調べた(n=20試料、10例の個体)[35]。
【0068】
生化学的検証に使用した前向き試料は、ボストン医療センターとユタ大学病院の両方で収集されたものであった。細胞学的に正常な気管支気道ブラシ擦過採取物は、臨床的な肺癌の疑いについて気管支鏡検査を受けた被検体において収集した(表3参照)。被検体は、気管支鏡検査後、最終診断または肺癌または別の肺病態が得られるまで追跡した。
【0069】
本試験は、参加したすべての施設の治験審査委員会によって承認されたものであり、すべての被検体から書面によりインフォームドコンセントを得た。
(試料の収集および処理)
癌を有する喫煙者および癌のない喫煙者(n=129、GSE4115)、ならびに現在喫煙者、喫煙経験者および喫煙未経験者(n=104、GSE7895)ならびにCOPDを有する喫煙者(n=127)およびCOPDのない喫煙者(n=20)(GSE4115、GSE7895およびGSEYYYYのサブセット)由来の細胞学的に正常な気道上皮試料を収集し、既報[7,31]のとおりに、Affymetrix HG−U133Aマイクロアレイ上でハイブリダイズさせた。肺腫瘍および正常隣接部の試験には、GSE10072を使用した[32]。
【0070】
ブリティッシュコロンビア大学において、気道に異形成病変を有する患者由来の細胞学的に正常な気道上皮試料を、myo−イノシトールでの処置前および処置2〜3ヶ月後に収集し(n=20、2つの試料について各々10例の患者)、6つのさらなる試料を、myo−イノシトールでの前処置の際に用量応答試験の一部として収集した。この試験では、気管支のブラシ擦過採取を、1.7mmの直径の気管支の細胞学的検査ブラシ擦過採取物を使用し、3種類の別々の第6〜8世代の気管支気道において行った(Hobbs Medical,Stafford Springs,CT)。このブラシ擦過採取物を回収し、直ちにRNALater中に浸漬し、アッセイするまで−80℃で凍結状態で維持した。代表的な気管支のブラシ擦過採取試料の上皮細胞含有量を、細胞ペレット細胞遠心分離(ThermoShandon Cytospin,Pittsburgh,PA)およびサイトケラチン抗体(Signet,Dedham MA)での染色によって定量した。気管支ブラシ擦過採取物内の細胞は、90%超の気管支上皮細胞を含んでいた。その後、少なくとも1μgの各試料をAffymetrix Human Exon STマイクロアレイに、製造業者のプロトコルに従ってハイブリダイズさせた。エキソンアレイからのデータを、Affymetrix Expression Consoleソフトウェア内のRMA−スケッチを用いて標準化した。
【0071】
生化学的検証のために前向き収集した気道試料を液体窒素中でスナップ凍結させた。患者のサブセットについて、さらなるブラシ擦過採取物を収集し、Affymetrix HG U133A 2.0チップにハイブリダイズさせた。マイクロアレイは、Affymetrix Expression Consoleで標準化したMAS5.0であった。
【0072】
この試験に関する新たな発現データはすべて、GEOのGSEYYYYにアクセスしてダウンロードすることにより入手可能である。
(発癌経路活性化の確率の計算)
以前の試験の発癌経路を使用し、既報[13]にて詳述されたとおりに計算した。簡単には、乳腺上皮一次細胞を培養し、休止状態まで増殖させた。次いで、対象の経路を活性化させるため、特定の経路(例えば、p110、PI3Kの触媒性サブユニット)の重要な構成員のアデノウイルス構築物にて、細胞培養物を感染させた。錯乱正常細胞培養物由来の試料を処理し、感染の18時間後、Affymetrixマイクロアレイ上で連にして(各経路に対してほぼ10例の試料)ハイブリダイズさせた。統計学的解析の前に、プローブセットを、低発現または低分散に基づいてフィルタリングした(各々の最低25%を除いた)。各経路の遺伝子印章は、クラス変数との相関関係(例えば、錯乱対GFP対照)に基づいて200のプローブセットを選択することにより規定した。メタ遺伝子モデルの訓練は、錯乱試料とGFP対照試料を使用し、まず、特異値分解(SVD)の最も主要な成分を用いて訓練データにおける経路印章を要約し、次いで、プロビット回帰モデルのベイズ(Bayesian)フィッティングを使用することにより行った。これを各経路に対して行い、各モデルを対象の試料に適用した。得られた経路確率を0と1の間でスケール化した。発癌経路が識別的に活性化されているかを調べるため、まず順位和検定を行い、p値が0.05未満の場合、ランダム順列解析を行った。ランダム順列の際、対象のデータセット(例えば、気管支気道)内の遺伝子識別子を無作為化し、ウィルコクソン順位和検定のp値を計算して、クラス変数(例えば、肺癌対肺癌なし)の識別的活性化を調べた。これを1,000回繰り返した。
【0073】
マイクロアレイデータは、最初にRMA標準化によって前処理し、次いで、DWDを用いてバッチ効果を補正した[43]。具体的には、メタ遺伝子モデルの開発において発現データを標準化するため、発癌経路印章マイクロアレイ試料と気管支気道マイクロアレイ試料間のバッチ効果の補正にDWDを適用した。
【0074】
予測PI3K活性を生化学的測定値と比較するためにマイクロアレイ上で泳動させた一連の前向き試料を、試料サイズが小さい(n=4)ためmas5によって標準化した。Affymetrix U133A 2.0チップを使用した。MAS5.0標準化発癌経路印章を用いて経路活性を計算し、DWD標準化は使用しなかった。
【0075】
本原稿で使用したメタ遺伝子モデルと元の構成との違いは以下のとおりである。以前に、対象の試料に関して訓練データセットを標準化するため、全試料において特異値分解の解析を行い、2つの最も主要な成分を該モデルにおいて使用した。第1成分は、一般的に、印章データセットと対象のデータセット間のバッチ効果によって生じる分散で説明され、一方、第2成分は対象の経路で説明された。該モデルから標準化を除くため(これにより、モデルを訓練した場合の試験データセットの影響も除かれる)、事前にバッチ補正を行い(例えば、DWDを使用)、SVDを訓練データセットと試験データセットに別々に適用した(第1回は、モデルを訓練するために訓練セットに、および第2回は該モデルに適用するために対象のデータセットに適用した)。
(GSEA)
遺伝子集合濃縮解析[30]の計算を、GSEA v2を用いて行った。PI3Kの発癌経路印章を構成する遺伝子を使用し、PI3K遺伝子セットを規定した。重要なことは、PI3Kが活性化されると増加する遺伝子のセットを1つと、PI3Kが活性化されると減少する遺伝子のセットを1つという、2つの遺伝子セットを作製したことである。GSEAによる3つの異なる解析を行い、そのうち2つでは、Affymetrixエキソンアレイのマイクロアレイデータを使用した。第1に、健常な現在喫煙者(n=ll)を、異形成を有する喫煙者(n=14)と比較した。以下の線形モデルを用いて遺伝子を順位付けした(Rで計算):
Y=β+β+β+b+ε式中、Yは遺伝子の発現であり、βは切片であり、βは肺癌リスクの判定であり(試料が異形成を有するか否か)、βは各人の累積喫煙曝露(パックイヤー)であり、bは、バッチ差を補正したランダム効果であり、εは、誤差項である。βの係数を使用し、遺伝子をGSEAに関して順位付けした。第2に、myo−イノシトールでの処置前と処置後を比較するため、対応のあるウィルコクソン順位和検定を用いて試料を順位付けした。U133A気道データセットにおいて行ったGSEA解析では、デフォルト信号雑音順位付けを使用した。100の遺伝子セット順列を用いてFDRを計算した。
(キナーゼアッセイ)
80%コンフルエントのBEAS−2B、BT549、またはHEK293細胞を、それぞれ、BEBM、RPMI、またはDMEM培地中で飢餓状態にした(Clonetics,GibcoBRL)。これら培地には、BEAS−2B細胞の場合は0.1%の添加補給物を、またはBT549およびHEK293細胞の場合は0.1%ウシ胎仔血清のいずれかを24時間含めた。次いで、細胞を、漸増濃度のmyo−イノシトール(Sigma)またはLY294002(Sigma)で16時間37℃にて前処理した。刺激前、細胞を新鮮薬物でさらに30分間処理し、次いで、500uMのインスリン(SIGMA)を37℃で15分間添加した。0.1mMオルトバナジン酸ナトリウム、2mM PMSF、100uMプロテアーゼインヒビター(Sigma)を含有するRIPAバッファー(20mM TRIS(pH7.4)、150mM NaCl、1%NP−40、0.5%デオキシコール酸ナトリウム、1mM EDTA、0.1%SDS)中で細胞を溶解させた。ライセートを14000rpmで20分間4℃にて遠心分離し、モノクローナル抗p85 PI3K(Santa Cruz)抗体とともに4℃で1時間インキュベートした。結合タンパク質を50ulの50%スラリー状プロテインGセファロース(Sigma)により沈殿させ、溶解バッファーで3回、0.1mM Tris(pH7.4)、5mM LiCl、0.1mMオルトバナジン酸ナトリウムを含有するバッファーで3回、および10mM Tris(pH7.4)、150mM NaCl、5mM EDTA、0.1mMオルトバナジン酸ナトリウムを含有するバッファーで2回洗浄した。ビーズを、20uMの冷ATP(Sigma)を含有するキナーゼバッファー(50mM Tris(pH7.4)、10mM MgCl)中で洗浄し、5ulのL−a−ホスファチジルイノシトール−4,5−二リン酸(Avanti Polar Lipids)(1mg/ml)および20uCiのATP(32−P)を含有するキナーゼバッファー45ul中に、室温で20分間再懸濁させた。100ulの1N HClの添加によって反応を停止させ、160ulのCHC13/MeOH(1:1)を用いて脂質を抽出した。シュウ酸カリウム含有CHC13/MeOH/NH4溶液(45:35:1.5)で前処理したシリカ60プレート上でのTLCによって、リン酸化生成物を分離した。PIP3の生成を、オートラジオグラフィーによって評価し、デンシトメトリー解析およびシンチレーション解析によって定量した。各細胞株での実験はすべて少なくとも2回繰り返し、同様の結果であった。
(ウエスタンブロット解析)
患者組織試料を気管支鏡検査によって収集し、直ぐに液体窒素中でスナップ凍結させた。気管支鏡検査ブラシ擦過採取物由来の細胞抽出物を、200ulのRIPAバッファーの添加によって調製した。ブラシからの細胞の剥離を容易にするため、チューブを3回5秒間ボルテックスした。細胞と気管支鏡検査ブラシ擦過採取抽出物の両方を14000rpmで20分間4℃にて遠心分離し、ペレットを廃棄した。タンパク質収量をBradfordアッセイによって定量し、相当量のタンパク質を7%SDS−PAGEゲルに負荷した。膜を、ブロッキングバッファー(0.1%のTween 20および2.5%のBSAを含有するTris緩衝生理食塩水、または0.1%のTween 20および5%の低脂肪乳を含有するTris緩衝生理食塩水)中で1時間ブロックし、一次抗体(0.1%のTween 20および2.5%のBSA、0.02%アジ化ナトリウムを含有するTris緩衝生理食塩水)中に4℃で一晩中配置した。この試験に使用した一次抗体は、ウサギホスホ−PKC(pan)(βII Ser660)比1:100(Cell Signaling Techn.)、ウサギホスホ−IGF−I受容体β(Tyr1131)/インスリン受容体β(Tyr 1146)比1:100(Cell Signaling Techn.)、ウサギホスホ−PLCγ1(Tyr783)比1:500(Cell Signaling Techn.)、ウサギホスホ−AKT(Ser473)比1:100(Cell Signaling Techn.)、ヤギPI3−キナーゼp110α(C17)比1:50(Santa Cruz)、ウサギホスホ−ERK 比1:100(Cell Signaling)、ウサギGAPDH、比1:1000(AbCam)である。
ニトロセルロースを、0.1%のTween 20および/または0.1%のNP−40を含有するTris緩衝生理食塩水中で3回洗浄した。一次抗体を、ホースラディッシュペルオキシダーゼ結合二次抗体を用いて検出し、ECL Plus Western Blot Detectionシステム(GE Healthcare)を用いて可視化した。
(結果)(肺癌を有する喫煙者の細胞学的に正常な気管支気道上皮細胞におけるPI3K経路活性化)
細胞学的に正常な気管支気道上皮細胞ブラシ擦過採取物を、肺癌の疑いに関する軟性気管支鏡検査を受けた現在喫煙者および喫煙経験者から採取し、既報[7]のようしてDNAマイクロアレイハイブリダイズさせた(n=129、表1の患者個体群統計参照)。これらの細胞における発癌経路のシグナル伝達の変化を解明するのを補助するため、本発明者らは、以前に公開された遺伝子発現データセットおよびコンピュータ計算によるアプローチを利用した[13,26〜28]。発癌経路印章[13]を、ヒト上皮一次細胞内での特定の癌遺伝子の発現によって経路を活性化することにより、実験的に誘導した。次いで、遺伝子発現印章を、どの遺伝子が経路活性化後に改変されるかを同定することによって規定し、他のインビボ試料での経路の活性を予測するために使用した。この方法論を使用し、7つのシグナル伝達経路(Ras、Myc、E2F3、Src、β−カテニン、ΔNp63およびホスファチジルイノシトール3’キナーゼ(PI3K))の発癌経路活性化の確率を、肺癌の疑いのある現在喫煙者および喫煙経験者の気管支気道上皮について計算した[7]。これらの患者のほぼ半数が最終的に原発肺癌と診断された(残りは、別の肺病態を有することがわかった)が、近位主気管支(すなわち、腫瘍または肺病変に隣接していない)から収集したブラシ擦過採取物は細胞学的に正常であり、90%超が上皮であったことに注目することは重要である。したがって、推測的に、肺癌を有する喫煙者の正常気道において識別的な発癌経路の活性は予測され得ない。
【0076】
試験した7つの経路のうち、ランダム順列解析後、2つのみが、肺癌を有する喫煙者の気道において、別の肺病態を有する対照と比べて有意かつ識別的に活性化されていることがわかった。この2つとは、ΔNp63およびPI3K(p<0.001、図1A)である。さらに、ホスファチジルイノシトールシグナル伝達系経路において役割を果していることがわかっていた遺伝子[29(その教示は、引用により本明細書に組み込まれる)]はまた、肺癌患者において有意に上方制御されていることもわかった(遺伝子集合濃縮解析[30]を使用(GSEA、p=0.034、FDR q=0.099))。PI3Kの上方制御は、特定の癌細胞型、腫瘍位置または腫瘍病期に限定されなかった(データ表示せず)。
(PI3K活性化は、累積喫煙曝露またはCOPDと有意に相関しない)
本発明者らは、次に、PI3Kの経路の活性の増大が肺内の癌の存在によるものであるのかどうか、または他の交絡因子、例えば、累積喫煙曝露の差(癌を有する患者は高度の累積曝露を有する。表1参照)もしくは他の肺疾患によって引き起こされるのかどうかを調べようとした。第1に、共変量として累積喫煙曝露を用いたANCOVAを使用し、肺癌を有する患者と肺癌のない患者とでの識別的経路活性化の検定を行った。PI3K(p=2.08×10−8)は、煙草曝露の差の考えられ得る交絡性の影響に対処した後も、有意に識別的に活性化された状態のままであった。第2に、現在喫煙者(n=52)、喫煙経験者(n=31)および喫煙未経験者(n=21)の健常喫煙者から収集した気管支気道上皮の全ゲノム遺伝子発現データセットを使用し[31]、本発明者らは、7つすべての経路について、既報のものと同じ方法論を用いて経路活性化の確率を計算した。7つの経路のうちいずれも、健常な現在喫煙者、喫煙未経験者および喫煙経験者間で識別的に活性化されていなかったが、ΔNp63経路は、喫煙未経験者および現在喫煙者と比較すると、有意に活性化されている傾向にあった(p=0.09、図1B)。最後に、慢性閉塞性肺疾患(COPD)を有する喫煙者(n=17)および有しない喫煙者(n=20)から得た気管支気道遺伝子発現データセットを使用すると、Rasは、識別的に活性化される唯一の経路であった(p<0.001、データ表示せず)(図1C)。これは、正常な気管支気道における発癌経路PI3Kの有意な識別的活性化が、肺癌を有する個体に特異的であるという証拠をもたらすが、識別的活性化の機構は不明である。p53関連経路(ΔNp63など)の調節異常は環境的ストレス要因に応答性であることが知られているため、ならびにp53/p63経路の治療用モジュレーターとして知られたものはないため、本発明者らは、さらなる試験のすべてに対してPI3K経路に着目することを選択する。
(PI3Kは、肺癌組織において活性化される)
肺癌を有する患者の細胞学的に正常な気道上皮細胞におけるPI3Kの調節異常から、本発明者らは、肺癌組織におけるPI3K活性を調べるに至った。本発明者らには、発癌経路において肺癌の発生中の腫瘍の増殖と生存に不可欠な有意な増大が予測され得た。この解析では、本発明者らは、肺腺癌および適合隣接非腫瘍組織(n=107)で構成された公表データセットを使用した[32]。経路の状態は、上記に詳述した同じゲノムアプローチを用いて予測した。図2に示されたように、悪性肺腫瘍は、隣接非腫瘍組織と比べて高度に有意な(p<0.001)PI3K活性の増大を有した。また、ΔNp63経路は、程度は低いが、腫瘍細胞においても増大した(p=0.002)。この結果は、細胞の悪性進行におけるPI3K経路の中心的な役割を強調し、PI3K活性化が肺癌腫瘍形成に重要であるという本発明者らの仮説を裏付ける。また、有意な増大は、肺腫瘍におけるMyc、E2F3およびSrc経路でも見られ、肺腫瘍の増殖と発生における役割が確認される。肺腫瘍は分裂細胞で構成されており、正常組織よりも高い増殖レベルを有するため、本発明者らには、細胞増殖に関与している経路(Myc、E2F3、Src)もまた、この解析において増大すると予測され得た。
(気管支気道におけるPI3K経路の活性の生化学的解析)
本発明者らの遺伝子発現の所見を検証するため、本発明者らは、臨床的な肺癌の疑いについて気管支鏡検査を受けた被検体由来の細胞学的に正常な気道上皮試料の前向き収集コホートにおいて、PI3K酵素活性を測定した。試料は、ボストン医療センターとユタ大学病院から2007年10月から2008年6月の間に独立して入手した。被検体は、気管支鏡検査後、肺癌の最終診断または別の肺病態が得られるまで追跡した。重要なことに、肺癌のない被検体は、一連の他の病態、例えば、非肺起源の転移性癌、サルコイドーシス、敗血症性塞栓、および肺炎を有していた。気道ブラシ擦過採取物からのタンパク質の抽出後、PI3Kキナーゼアッセイを行った。本発明者らのゲノム予測に基づき、本発明者らには、癌を有する患者由来の試料の大部分が高いPI3K活性を有し、別の病態を有する患者由来の試料の少数割合のみが高いPI3K活性を有すると予測され得た。
【0077】
図3Aに見られるように、PI3Kは、肺癌を有する患者の大部分において、肺癌のない患者(30%)と比べて高い活性化を示した(ゲノム解析における肺癌試料の70%はPI3K活性の上位半分に含まれていた)。具体的には、本発明者らは、両コホートについてPI3K活性と肺癌状態との間に高い相関関係があると考える(ボストン:R=0.499、ユタ:R=0.389)。これらの試料のサブセットについて(n=4)、本発明者らは、さらなる気管支上皮細胞を収集することができ、マイクロアレイ解析を行い、元のデータセットで使用したものと同じアプローチを用いてPI3K活性を予測した。予測PI3K活性は、同じ個体において生化学的に測定されたPI3Kレベルと相関していた(R=0.48)。総合すると、これらの結果は、肺癌を有する患者の正常気道においてPI3K活性が増大しているという結論を裏付け、遺伝子発現データから計算されたPI3K活性に対する本発明者らのコンピュータ計算による予測が検証される。これらの結果は、同様にPI3K活性に影響している可能性のある対照患者の病態の多様性を考慮すると、さらに特筆すべきことである。
【0078】
PI3K活性の上昇の原因と結果をさらに規定する試みにおいて、本発明者らは、重要なPI3K経路成分のリン酸化状態のウエスタンブロッティング解析を行った。IGF1Rのリン酸化はPI3Kキナーゼ活性と正に相関していたが(ボストン:R=0.91、ユタ:R=0.34)、HER2はそうではなく(ボストンR=−0.61、ユタR=−0.41)(図3B)、この受容体が、肺癌を有する患者の正常気道上皮組織においてPI3K活性化の上流エフェクターであることを示唆する。肺癌を有する患者における生化学的に測定されたPI3K活性とIGF1R間の相関関係は、高い正の相関関係を示し、IGF1R活性化とPI3K活性との潜在的関係性をさらに裏付ける(ボストンR=0.98、ユタR=0.90)(図3B)。次に、PI3Kの主要な下流エフェクターであるAktとPKCの被測定リン酸化を測定した。PKCの方が、肺癌を有する患者において、生化学的に測定されたPI3K活性との高い相関関係を有したが、Aktでは有意な相関関係は見られず(図3B)、この場合も、肺癌を有する患者における特定のPI3K経路の活性化が強調される。累積的に、これらの結果は、PI3K活性が、他の病態を有する患者と比べて肺癌を有する患者の正常肺細胞において富化され、IGF1Rの活性化がこの活性の潜在的機構であるという本発明者らのゲノム所見を裏付ける[33,34]。
(異形成を有するハイリスク喫煙者におけるPI3K経路活性化)
PI3Kの活性化の増大が肺癌の発生の初期事象であるという仮説を評価するため、本発明者らは、健常喫煙者群(n=ll)由来の細胞学的に正常な気道の上皮における遺伝子発現を、中等度から重度の気道異形成を有する喫煙者群(n=14、[35]より)のものと比較した(表2参照)。異形成は新生物発生前事象とみなされているため、このコホートは、肺癌になる尤度の高い「ハイリスク」喫煙者を表す[36,37]。異形成を有するハイリスク喫煙者が健常喫煙者より高いレベルのPI3Kを有する場合、これは、気道上皮における活性の増大が肺癌の発生前に起こることを示唆し得る。ハイリスクコホートならびに健常な現在喫煙者コホートを、Affymetrix Human エキソンアレイにハイブリダイズさせた。発癌経路印章によるプラットフォームの差のため、本発明者らは、経路の活性の計算にメタ遺伝子モデルを使用することができなかった。代わりに、GSEAを用いて2つの群間のPI3K活性を比較し、インビトロ実験によって規定されたPI3K遺伝子印章を、PI3K活性化に伴って増加または減少する遺伝子によって規定される2つの遺伝子セットに分割した(PI3K_Up、PI3K_Down)。2つの群間で累積煙草曝露に有意差が存在したことを考慮し、バッチ効果とパックイヤーの両方が組み込まれた線形モデルを使用し、GSEAにおける使用のための遺伝子を順位付けした。異形成を有する被検体の細胞学的に正常な気道においてPI3K活性の有意な増大が見られた(PI3K_UpおよびPI3K_Down遺伝子セットについて、それぞれ、p<0.001、FDR Q=O.022およびp<0.001、Q<0.001)(図4)。異形成を有する人の気道におけるPI3Kの活性の増大は、PI3Kの調節異常が肺癌腫瘍形成の初期事象であることを示す。
(myo−イノシトールで処置したハイリスク喫煙者におけるPI3K活性の可逆性)
ハイリスク喫煙者ならびに肺癌を有する喫煙者両方でのPI3K活性の上昇を考慮し、本発明者らは、次に、PI3K活性の低下が異形成病変の後退と相関している可能性かあるかどうかを調べようとした。Lamら[35]によって公表された最近のフェーズ1臨床試験では、肺癌化学予防剤としてmyo−イノシトールがハイリスク喫煙者において試験された。この試験では、30パックイヤー以上の喫煙歴の喫煙者である志願者が、気道内の異形成の存在に関して、自己蛍光気管支鏡検査を用いてスクリーニングされた。気管支内生検において中等度から重度の異形成を有すると記録された10例の現在喫煙者と喫煙経験者に、次いで、経口myo−イノシトールを2〜3ヶ月与え、異形成病変の状態を再度、該部位の反復気管支内生検によって測定した。プラセボで処置された対照患者と比較すると、myo−イノシトールは、異形成の後退速度を有意に増大させることがわかった。また、細胞学的に正常な気管支の上皮の気道ブラシ擦過採取物を、処置前と処置後の両方で収集し、遺伝子発現プロファイリングを行った(表2の個体群統計参照)。
【0079】
この場合もGSEA解析を使用し、PI3K経路における遺伝子発現の変化を調べた。myo−イノシトールでの処置前と処置後を比較すると、処置に応答した被検体(n=6、12試料)は、PI3K Down遺伝子セットにおいて遺伝子発現の増大を示し(p=0.04、FDR Q=O.177)、これは、myo−イノシトールでの処置後のPI3Kレベルの低下を示す。処置に応答しなかった被検体(n=3、6試料)は、PI3K遺伝子セットのレベルにおいて変化はなかった。myo−イノシトールに応答する患者で見られる気道PI3K活性の低下は、異形成の後退がこの経路の活性レベルと相関していることを示す。
(PI3KインヒビターとしてのMyo−イノシトール)
myo−イノシトールに応答し、気道内の異形成の後退を有した患者におけるPI3K活性の低下により、PI3K活性レベルの上昇と新生物発生前の気道病変の存在との関連性を補強する。しかしながら、myo−イノシトールの作用機序は未だ不明であり、試験は、比較的小さい試料サイズに限定された。myo−イノシトールとPI3K活性との関係をさらに調べるため、本発明者らは、myo−イノシトールがPI3Kをインビトロで阻害する能力を試験した。細胞をインスリンで処理することによるPI3Kの活性化後、細胞を、漸増用量のmyo−イノシトールまたはLY−294002(既知PI3Kインヒビター)のいずれかで処理した。PI3K活性(PIP3レベルによって測定)を、次いで、標準的なキナーゼアッセイプロトコル[38,39]を用いて定量した。この実験では、3種類の異なる細胞株、すなわちBEAS−2B(気道)、BT549(乳癌)およびHEK293(胚性腎臓)を、連にして解析した。3種類の細胞株すべてにおいて、myo−イノシトールはPI3K活性レベルを用量依存的に阻害した(図5)。したがって、myo−イノシトールは、PI3Kのインヒビターであり、気道上皮細胞における異形成の後退と関連する化学予防性を有する。
表:
【0080】
【表1】

【0081】
【表2】

参考文献
【0082】
【化1】

【0083】
【化2】

【0084】
【化3】

【0085】
【化4】

【0086】
【化5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
個体由来の細胞学的に正常な気道上皮細胞におけるPI3K経路の活性化状態を測定することを含み、該PI3K経路の活性化は、前記個体が、PI3K経路が活性化されていない個体と比べて肺疾患のリスクが高いことを示す、肺疾患のリスクが高い個体の同定方法。
【請求項2】
前記個体が喫煙者である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記個体が非喫煙者である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記肺疾患が肺癌である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
PI3K経路の活性化状態が、PI3K経路の1種類以上のバイオマーカーの遺伝子発現データを用いて測定される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類が、PI3Kが活性化されると増加する遺伝子である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類が、PI3Kが活性化されると減少する遺伝子である、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
前記1種類以上のバイオマーカーの少なくとも1種類が、PI3K活性化の上流の遺伝子である、請求項5に記載の方法。
【請求項9】
前記PI3K経路の1種類以上のバイオマーカーの遺伝子発現データが、オリゴヌクレオチドマイクロアレイを用いて得られる、請求項5に記載の方法。
【請求項10】
前記PI3K経路の活性化状態が、PI3K経路の1種類以上のバイオマーカーの1種類以上の遺伝子発現産物を用いて測定される、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記PI3K経路の活性化状態が、IGF1Rの活性化を評価することにより測定され、IGF1Rの活性化は該PI3K経路の活性化を示す、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記PI3K経路の活性化状態が、PKCの活性化を評価することにより測定され、PKCの活性化は該PI3K経路の活性化を示す、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
個体由来の細胞学的に正常な気道上皮細胞におけるPKCの活性化状態を測定することを含み、PKCの活性化は、前記個体が、PKCが活性化されていない個体と比べて肺疾患のリスクが高いことを示す、肺疾患のリスクが高い個体の同定方法。
【請求項14】
個体由来の細胞学的に正常な気道上皮細胞におけるIGF1Rの活性化状態を測定することを含み、IGF1Rの活性化は、前記個体が、IGF1Rが活性化されていない個体と比べて肺疾患のリスクが高いことを示す、肺疾患のリスクが高い個体の同定方法。
【請求項15】
PI3K経路の1種類以上のバイオマーカーの1種類以上のプローブが上面に固定化されており、他のバイオマーカーのプローブは該上面に固定化されていない、オリゴヌクレオチドアレイ。
【請求項16】
前記PI3K経路の1種類以上のバイオマーカーが、IGF1R、PKCおよびその組合せからなる群より選択される、請求項15に記載のオリゴヌクレオチドアレイ。
【請求項17】
肺疾患のリスクのある個体に、PI3K経路を阻害する1種類以上の薬剤を投与することを含む、個体の肺疾患のリスクを低下させる方法。
【請求項18】
前記1種類以上の薬剤の投与前に、前記個体においてPI3K経路が活性化されている、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記肺疾患が肺癌である、請求項17に記載の方法。
【請求項20】
前記1種類以上の薬剤が、肺疾患の発生前に、前記個体に予防的に投与される、請求項17に記載の方法。
【請求項21】
細胞学的に正常な試験気道上皮細胞を識別分類する方法であって、
正常気道上皮細胞における対象の生物学的経路の活性化と関連している遺伝子発現の特徴を同定すること、
気道上皮細胞の分類と対象の生物学的経路の活性化間の1つ以上の相関関係を同定するために識別分類された気道上皮細胞における遺伝子発現を評価することと、
細胞学的に正常な試験気道上皮細胞における遺伝子発現を評価することと、
を含み、
ここで、分類対象の細胞学的に正常な気道上皮細胞の遺伝子発現プロフィールにより、対象の生物学的経路が活性化されているかどうかが示され、したがって該細胞が識別分類される、
細胞学的に正常な試験気道上皮細胞を識別分類する方法。
【請求項22】
前記対象の生物学的経路が発癌経路である、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記識別分類が、疾患の高リスク対疾患の低リスクである、請求項21に記載の方法。
【請求項24】
前記識別分類が、処置に対する応答対処置に対する非応答である、請求項21に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2010−538680(P2010−538680A)
【公表日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−526034(P2010−526034)
【出願日】平成20年9月19日(2008.9.19)
【国際出願番号】PCT/US2008/077136
【国際公開番号】WO2009/039457
【国際公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【出願人】(510077440)ザ トラスティーズ オブ ボストン ユニバーシティー (1)
【出願人】(503045865)ザ ユニバーシティ オブ ユタ リサーチ ファウンデーション (2)
【Fターム(参考)】