説明

肺癌におけるシアル酸関連標的分子とその探索法

【課題】 低侵襲的に採取可能な健常人と肺癌患者の血清試料を用いた、肺癌マーカー及び標的分子の探索方法、並びに肺癌の診断方法、を提供する。
【解決手段】 癌化に伴い増加するシアル酸及びその類似物を、健常人と肺癌患者の血清試料とで比較する事により、肺癌における新規標的分子の発見や、肺癌のリスクを診断する事が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シアル酸及びその類似物を精製する方法であり、かつ、その親和性にて肺癌のリスク診断及び標的分子を探索する方法に関する。より具体的には、前記シアル酸及びその類似物が、健常(非病態)試料と比較し、患者試料に有意に存在する場合、その患者は肺癌に関連する病態にある可能性があるとする診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本において肺癌の罹患率及び死亡率は年々増加し続けており、1998年以降、肺癌は悪性腫瘍における死因の第1位になっている。その原因としては、肺癌は進行癌で発見される事が多い事、早期から遠隔転移の可能性がある事、抗癌剤に対して耐性を獲得し易い事、などの治療が困難である事実が挙げられる他、喫煙、大気汚染、食生活、及びアスベストを初めとする職業的暴露、などが挙げられる。
現在はヘリカルCT(Computed Tomography)、PET(Positron Emission Tomography)及びMRI(Magnetic Resonance Imaging)などによる断層画像や癌マーカーを利用した診断に加え、放射線療法、温熱療法、抗癌剤などの化学療法、などが臨床で用いられているが、未だ決定的な診断法及び治療法はない。
肺癌の組織型は小細胞癌(small cell carcinoma)と、非小細胞癌である腺癌(adenocarcinoma)、扁平上皮癌(squamous cell carcinoma)及び大細胞癌(large cell carcinoma)など多様であるため、一様の治療法を適用し難いと言うのも原因の1つと考えられる。
【0003】
肺癌に対する治療薬の開発は活発になされ、ZD1839/Iressa、Herceptin/Trastuzumab、Gemcitabine、Paclitaxel、Cisplatinなど多くの抗癌剤が開発されたが、患者により効果は異なるうえ、延命効果も期待ほどではないのが現状である。
そのため、個人に適した分子標的薬治療が望まれ、新規抗癌剤や癌マーカーのための標的分子の探索が極めて期待されている。
【0004】
肺癌を診断する方法には、侵襲的に患部を切除・摘出した組織をDNAアレイやタイリングアレイにて解析する方法があるが、ゲノム解析だけではリン酸化状態や糖鎖修飾などの翻訳後修飾を解析する事は極めて困難である。
一般に悪性腫瘍などの病態をバイオプシーなどにより解析する場合、悪性腫瘍組織に侵された患部の外科的切除・摘出が必要である。この方法は侵襲的であるため患者への負担が大きく、しかも腫瘍の病期が進行している時点で発見される可能性が非常に高い。
腫瘍は転移する前に発見できれば局部的な外科的手術や抗癌剤などの化学療法により完治する可能性が高くなる事実を考慮すると、特に低侵襲的に採血した血液などの試料を用いる事が腫瘍などの病態の早期発見ひいては完治に反映できるものと思われる。
【0005】
肺癌における癌マーカーは、病期の進行具合や予後経過を判断するために非常に重要であり、臨床の場で広く利用されている。
例えば、腺癌ではSLX(Sialyl Lewis X)及びCEA(Carcinoembryonic antigen)、扁平上皮癌ではCYFRA21−1(Cytokeratin19 fragment)及びSCC(Squamous−cell carcinoma antigen)、小細胞癌ではProGRP(Pro−Gastrin−releasing peptide)及びNSE(Neuron specific enolase)、などが汎用されている。
癌マーカーは一般的に、腫瘍組織から産生される(糖)タンパク質や、腫瘍形成に関与する(糖)タンパク質であるが、1種類の癌マーカーで癌を特定する事は不確実であり、通常は複数の癌マーカーの組み合わせにより癌診断を行なっているのが現状である。
総じて、複数の癌マーカーを組み合わせる事で特異性が高くなるため、より多くの有用な癌マーカーの探索が期待されている。
【0006】
腫瘍形成の開始段階において、癌遺伝子、癌抑制遺伝子、アポトーシス関連遺伝子、などのシグナル経路に変化が起こる事は周知である。
シグナル経路の変化に伴い悪性腫瘍の形成が進行し、癌細胞表面やタンパク質における糖鎖修飾が変動または変異する事が知られている。癌種により異なるが特定の糖鎖抗原を持つ癌細胞は転移し易い事や、癌化に伴いシアル酸付加などが起こっている事が報告されている。
シアル酸は一般的に糖鎖末端に存在し、接着分子などに認識される事が多く、細胞間シグナル伝達やレセプターとして機能する事などが判っているが、癌化に伴うシアル酸に着目した肺癌マーカー及び標的分子の網羅的な探索を行なった報告は少ない。
【0007】
生体で合成される糖鎖は、たとえ同じタンパク質であっても発現している組織や細胞によって異なる構造を持ち機能を変化させている事から、糖鎖に着目した癌マーカー及び標的分子の探索は有効である。
実際に、AFP(α−Fetoprotein)やHaptoglobinの糖鎖がフコシル化された糖タンパク質は癌マーカーとして有効である事が示され始めている。
【0008】
シアル酸(Neu5Acα2−3Galβ1−4GlcNAc)を持つ糖タンパク質に選択的に結合する物質としては、例えばイヌエンジュレクチンがあり、天然物からの抽出または人工タンパク質として合成が可能である。結合能力は一般的に抗体に劣るもののシアル酸(Neu5Acα2−3Galβ1−4GlcNAc)に選択的に結合できるため、網羅的かつ選択的な解析に適する。
しかも、低侵襲的に採血したタンパク質の50%以上を占める単純タンパク質であるアルブミンとは結合しないため、効率的にシアル酸を持つタンパク質を分画及び濃縮ができる。
特に、多くのサイトカイン、ホルモン、癌マーカーなどは数ng/ml以下の微量のものが多いため、有効な分画法や濃縮法が求められていたが、シアル酸を持つタンパク質を選択的に分画する事でこれらの問題が解決可能である。
【0009】
タンパク質の比較解析はゲル、キャピラリー、カラムなどで分画し、MALDI−TOF−MS(Matrix assisted laser desorption ionization time of flight Mass Spectrometer)などの質量分析装置にて同定するのが一般的であり、プロテオミクスの気運と共に精度・感度ともにa(アット)molレベルのタンパク質の同定が可能である。
【0010】
タンパク質または糖鎖を網羅的に分画し比較解析できる技術は、スクリーニング、臨床診断、及び薬品開発への応用において期待でき、ゲノミクスでは探索できなかったより重要な肺癌マーカー及び標的分子を発見できると期待される。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
質量分析装置(MS)の精度・感度が飛躍的に改良されタンパク質同定技術は一般化されたが、血液などにおけるタンパク質のダイナミックレンジは非常に広く、しかも翻訳後修飾を考慮するとさらに解析における複雑性を増す。
特に血液中の単純タンパク質であるアルブミンが優先的に存在し比較解析を困難にしているため、糖鎖を持たないアルブミンを除外し、シアル酸及びその類似物を網羅的に分画し濃縮する事ができれば、微量の新規肺癌マーカー及び標的分子を同定できる可能性は飛躍的に増加する。
【0012】
シアル酸及びその類似物に結合する物質で分画した新規の肺癌マーカー及び標的分子に対する抗体を作製できる事が望ましいが、実際には微量である事が多く、糖鎖修飾も考慮に入れると抗体作製は極めて困難である。
したがって、健常試料と肺癌試料とをゲル上にて比較する事で、抗体に依存しない肺癌の診断法の確立が期待される。
すなわち、新規及び従来の肺癌マーカーによって、肺癌に伴う糖鎖修飾に関する病態を、抗体の有無に関わらず、低侵襲的かつ網羅的に診断する方法を提供する事を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は従来技術の問題点に対し鋭意検討した結果、シアル酸及びその類似物に親和性を持つ物質を用いる事で、前記シアル酸及びその類似物を低侵襲的かつ網羅的に分画かつ比較しうる方法を見出した。
【0014】
より具体的には、シアル酸及びその類似物に親和性を持つ物質としてイヌエンジュレクチンを用いる事で、単純タンパク質であり血液の大部分を占めるアルブミンを未結合分画として分離し、前記イヌエンジュレクチンと結合する微量なタンパク質のみを精製及び濃縮する事を可能にする。
レクチンは糖鎖を認識するタンパク質の総称であり、動植物や微生物などに広く存在する。本発明では例えばイヌエンジュレクチンなどのシアル酸及びその類似物に親和性を有するレクチンをアフィニティカラムの支持物として利用し、高濃度のシアル酸及びその類似物を得る事を特徴とする。
【0015】
このようなイヌエンジュレクチンを支持物とするアフィニティカラムに、シアル酸及びその類似物を含む試料を通液すると、イヌエンジュレクチンに対しシアル酸及びその類似物のみが選択的に結合される(結合ステップ)。次に洗浄液を通液すると、夾雑物などはアフィニティカラムから流出しシアル酸及びその類似物のみがイヌエンジュレクチン結合分画として保持される(洗浄ステップ)。さらに溶出液をアフィニティカラムに通液する事でイヌエンジュレクチン結合分画のシアル酸及びその類似物が溶出され、選択的かつ高濃度のシアル酸及びその類似物を得る事が可能となる(溶出ステップ)。
【0016】
レクチンアフィニティカラムによる分画及び濃縮を行なった試料、例えば健常試料及び肺癌試料、を2次元電気泳動などによって差異のあるタンパク質を比較する事で、肺癌に関与するマーカーとして病態の識別または推測が可能になるだけでなく、肺癌に対する抗癌剤の標的となり得る分子を発見する事が可能となる。
この方法はマーカーに対する抗体が存在しない場合でも病態を識別または推測しうる事を意味する。
【0017】
即ち、本発明は、
(1)試料をシアル酸及びその類似物と親和性を持つ物質と接触させ、前記物質に結合する分画を分離する事により、前記シアル酸及びその類似物を精製する方法であって、精製した前記シアル酸及びその類似物を健常人と肺癌患者とを比較する事により、肺癌における新規標的分子の発見や、肺癌のリスクを診断する事を特徴とする方法;
(2)前記シアル酸及びその類似物に親和性を持つ物質が、例えばレクチン、シグレック、セレクチン、及び抗体からなる群より選択される少なくとも1種である、(1)に記載の方法;
(3)前記物質が、支持体に固定されている、(1)〜(2)のいずれか1項に記載の方法;
(4)前記支持体が、セファロース、アガロース、及びデキストランからなる群より選択される少なくとも1種である、(3)に記載の方法;
(5)試料を前記物質と接触させ、前記物質に結合した分画を分離する工程を、アフィニティークロマトグラフィーにより行う、(1)〜(4)のいずれか1項に記載の方法;
(6)前記シアル酸及びその類似物が、糖鎖、タンパク質、ペプチド、及び糖脂質である、(1)〜(5)のいずれか1項に記載の方法;
(7)試料が、血液、血清、血漿、細胞抽出液、尿、リンパ液、組織液、腹水、髄液、及び体液からなる群より選択される少なくとも1種である、(1)〜(6)のいずれか1項に記載の方法;
(8)試料が、健常者、及び/又は肺癌の患者由来のものである、(1)〜(7)のいずれか1項に記載の方法;
(9)(1)〜(8)のいずれか1項に記載の方法により精製した、前記シアル酸及びその類似物を、二次元電気泳動により分離する工程、及び
前記工程で得られた結果を、複数の試料の間で比較する工程
を含む、試料間で発現量に差がある、前記シアル酸及びその類似物を検出する方法;
(10)(9)に記載の方法により検出した前記シアル酸及びその類似物を、質量分析装置により同定する工程
を含む、試料間で発現量に差がある、前記シアル酸及びその類似物を同定する方法;
(11)質量分析装置が、MALDI−TOF−MS、ESI−MS、SELDI−MS、LC−MS、Q−TOF−MS、QIT−MS、及びメンブレンMSからなる群より選択される少なくとも1種である、(10)に記載の方法;
(12)肺癌マーカーを探索する方法であって、
(8)〜(11)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法;
(13)抗体の有無に関わらない、肺癌のリスクを推測する方法であって、
(8)〜(11)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、推測する方法;
(14)抗癌剤開発のための肺癌標的分子を探索する方法であって、
(9)〜(11)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法;
(15)表1に記載した遺伝子群から選ばれる1種または2種以上の遺伝子、転写物、翻訳物及びその修飾物を検出する事を特徴とする肺癌の診断方法であって、
(8)〜(11)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、診断する方法;
に関する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によると、肺癌試料におけるシアル酸及びその類似物に親和性を持つ物質による精製によって、肺癌マーカーに対する抗体の有無に関わらず、シアル酸及びその類似物に親和性を持つ物質に関連した肺癌を低侵襲的かつ早期に識別または推定する事ができ、また、抗癌剤の標的となり得る標的分子のスクリーニングが可能である。
【0019】
より詳細には、血液における比較解析を困難にさせる大量のアルブミンを除外でき、シアル酸及びその類似物を結合する物質のみを分画し濃縮する事が可能になるため、より微量で検出が困難であった肺癌マーカー及び標的分子の探索において絶大な効果を発揮するものと期待される。
【0020】
よって本発明は従来技術の問題点を大幅に解消した分画法、肺癌の診断法、及び標的分子探索法として臨床に大きく貢献するだけでなく、肺癌に関与する標的分子を対象とした抗体医薬、糖鎖医薬などの医薬分野への発展に寄与する期待が大きいものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明について、その好ましい態様を具体的に説明する。
【0022】
本発明に使用するイヌエンジュ(Maackia amurensis)由来のレクチンは、シアル酸(Neu5Acα2−3GalB1−4GlcNAc)などと選択的に結合する事が可能である。
【0023】
本発明に使用するシアル酸及びその類似物を含む試料としては、血液、血清、血漿、尿、体液、細胞抽出液、リンパ液、組織液、腹水、髄液などを挙げる事が出来る。
【0024】
試料の分画は、イヌエンジュレクチンを架橋させた支持物を固定相とする、アフィニティークロマトグラフィーにて行なう。
支持物としての充填担体はセファロースやアガロース、デキストランなどが望ましく、担体の形状はビーズ状、シート状、網目状などあらゆる形状を含んで良い。
架橋条件は適量のレクチンとNHS担体(N−hydroxysuccinimide activated Sepharose :GEヘルスケア社)をHEPES溶液中にて混合し回旋させる。架橋後、未反応基をTris溶液にてブロッキングし、再度HEPES溶液で平衡化しレクチンカラムとする。
作製したレクチンカラムに血液試料や細胞抽出液を適量添加し一晩結合させ、非結合分画は結合溶液で流出し、結合分画をグリシンで溶出する。
【0025】
溶出した結合分画をさらに濃縮した後、タンパク質の量を定量し、そのうち数百μgを2次元電気泳動により比較解析し、健常試料との差異のあるタンパク質を検出する。
【0026】
差異のあったタンパク質を質量分析装置(MS)にて同定する事が望ましく、同定されたタンパク質は肺癌に関与する可能性が非常に高いと判断しうる。
【0027】
本発明においてシアル酸及びその類似物に親和性を持つ物質とは、糖タンパク質をはじめ、糖脂質、遊離の糖鎖など、親和性を有する物質であれば何でも良い。
【0028】
本発明において試料は、健常者由来、及び肺癌の患者由来の双方を用いる事もできるが、いずれか一方のみを用いる事もできる。肺癌の患者由来の試料とは、肺癌である事が明らかな者に限らず、肺癌の可能性がある者由来の試料も含まれる。また、試料は、複数の者から採取したものを混合しても良い。
【0029】
本発明において肺癌マーカー及び標的分子とは、その量的又は質的差異により、肺癌の進行又は病態を推測しうるものを言い、抗癌剤の標的になり得るものも含む。
本発明において、肺癌マーカー及び標的分子を探索する方法は、健常者由来の試料及び肺癌患者由来の試料を使用して、レクチンカラムクロマトグラフィーでタンパク質を精製し、二次元電気泳動にて分離した結果を比較する。そこで、肺癌患者の試料においてのみ検出されたスポット、又は健常者の試料におけるスポットよりも濃いスポットを選択し、このような、発現量に差があるタンパク質を質量分析装置(MS)で同定する。こうして同定した結果から、肺癌に関連のある、新規の肺癌マーカー及び標的分子の候補を抽出する。比較する対象としては、健常者と肺癌患者の間で行う他、進行度の異なる肺癌患者の間で行う事もできる。
本発明を利用して得られた肺癌マーカー及び標的分子は、肺癌における診断や創薬に活用する他、特定の病態を推測するための指標に活用する事ができる。
【0030】
本発明において、病態を推測する方法は、ある患者がどのような病態にあるかを詳しく調べたい時に、その患者由来の試料を使用して、健常者由来の試料又は異なる病態の患者と比較して発現量に差があるタンパク質を検出し、同定する。このように検出または同定したタンパク質が、前述の肺癌マーカーをはじめとする、特定の病態との関連性が明らかなものであれば、その情報から、特定の病態を推測する事ができる。
【実施例】
【0031】
以下に、本発明を実施例によりさらに詳しく説明するが、本発明の範囲はこれに限定されるものではない。
1.未処理分画とイヌエンジュレクチン処理分画との比較
健常人の血清を、イヌエンジュレクチンをNHS担体に架橋して作製したレクチンカラムに抵触させ、その結合分画のみをグリシンで溶出して濃縮した。
その後、何の処理もしない健常人の血清と、レクチンカラムでイヌエンジュレクチンと親和性を持つタンパク質を含む血清試料を同量にして2次元電気泳動を行なった。
その結果、血清による比較解析を困難にする最大の障害であるアルブミンの除外に成功しただけでなく、未処理の血清では検出できなかったタンパク質群が明確にスポットとして検出された(図1)。
これらの結果は、血液処理にはイヌエンジュレクチンによる分画及び濃縮が非常に有用である事を示している。
【0032】
2.イヌエンジュレクチン分画による健常と肺癌との比較解析
本発明の実施例に関してイヌエンジュレクチンを用いて比較解析した20例中の1例を示す。
肺癌患者の血清と健常人の血清を作製したイヌエンジュレクチンカラムに各々結合させた。イヌエンジュレクチン結合分画のみを溶出して濃縮した後、2次元電気泳動により比較解析した結果、肺癌患者に選択的及びより多く存在するタンパク質のスポットが多く検出された(図2)。
これらの結果は、血液処理にはイヌエンジュレクチンによる分画及び濃縮が非常に有用である事、そして抗体を使用せずとも肺癌として識別及び推測できる可能性がある事、を示している。
【0033】
3.挙動タンパク質のMS同定解析
前記解析において、肺癌試料に選択的に存在したタンパク質におけるMS同定解析を行なった。より具体的には、MSスペクトルをAXIMA−TOF(島津製作所社)にてMALDI−TOF/TOF−MS/MS解析により測定し、Mascotにてタンパク質同定解析を行なった。
その結果、肺癌患者に選択的及びより多く存在するタンパク質を提示する452スポット中、187スポットが同定された。重複したタンパク質、ケラチン、及び主要タンパク質、例えばComplement C3、Immunoglobulin、Apolipoprotein A−I、Haptoglobin、Complement C4、α1−Antitrypsin、α2−Macroglobulin、を除いた肺癌マーカー候補が83タンパク質同定できた(表1)。
これらの結果は、肺癌マーカー及び標的分子の探索にはイヌエンジュレクチンによる分画及び濃縮が非常に有用である事を示している。
【0034】
【表1】



【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明によれば、シアル酸及びその類似物を結合する物質によって、癌化に関与するシアル酸が修飾されたタンパク質などを網羅的に精製する事が可能である。本発明の精製方法を利用すれば、肺癌における臨床診断及び分子標的薬のスクリーニングに有用である。
【図面の簡単な説明】
【図1】 未処理の健常血清試料(A)とイヌエンジュレクチンにて精製した健常血清試料(B)における糖タンパク質の2次元電気泳動の比較結果を示す写真である。
【図2】 イヌエンジュレクチンにて精製した健常血清試料(A)と肺癌血清試料(B)における糖タンパク質の2次元電気泳動の比較結果を示す写真である。 ○は健常血清試料に比べ肺癌血清試料において発現の多かった糖タンパク質を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料をシアル酸及びその類似物と親和性を持つ物質と接触させ、前記物質に結合する分画を分離する事により、前記シアル酸及びその類似物を精製する方法であって、精製した前記シアル酸及びその類似物を健常人と肺癌患者とを比較する事により、肺癌における新規標的分子の発見や、肺癌のリスクを診断する事を特徴とする方法。
【請求項2】
前記シアル酸及びその類似物に親和性を持つ物質が、例えばレクチン、シグレック、セレクチン、及び抗体からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記物質が、支持体に固定されている、請求項1〜2のいずれか1項に記載の方法。
【請求項4】
前記支持体が、セファロース、アガロース、及びデキストランからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
試料を前記物質と接触させ、前記物質に結合した分画を分離する工程を、アフィニティークロマトグラフィーにより行う、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記シアル酸及びその類似物が、糖鎖、タンパク質、ペプチド、及び糖脂質である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
試料が、血液、血清、血漿、細胞抽出液、尿、リンパ液、組織液、腹水、髄液、及び体液からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
試料が、健常者、及び/又は肺癌の患者由来のものである、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法により精製した、前記シアル酸及びその類似物を、二次元電気泳動により分離する工程、及び
前記工程で得られた結果を、複数の試料の間で比較する工程
を含む、試料間で発現量に差がある、前記シアル酸及びその類似物を検出する方法。
【請求項10】
請求項9に記載の方法により検出した前記シアル酸及びその類似物を、質量分析装置により同定する工程
を含む、試料間で発現量に差がある、前記シアル酸及びその類似物を同定する方法。
【請求項11】
質量分析装置が、MALDI−TOF−MS、ESI−MS、SELDI−MS、LC−MS、Q−TOF−MS、QIT−MS、及びメンブレンMSからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
肺癌マーカーを探索する方法であって、
請求項8〜11のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法。
【請求項13】
抗体の有無に関わらない、肺癌のリスクを推測する方法であって、
請求項8〜11のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、推測する方法。
【請求項14】
抗癌剤開発のための肺癌標的分子を探索する方法であって、
請求項9〜11のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法。
【請求項15】
表1に記載した遺伝子群から選ばれる1種または2種以上の遺伝子、転写物、翻訳物及びその修飾物を検出する事を特徴とする肺癌の診断方法であって、
請求項8〜11のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、診断する方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−244245(P2009−244245A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−113144(P2008−113144)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(503442709)株式会社 バイオマトリックス研究所 (11)
【Fターム(参考)】