説明

能動型振動騒音制御装置

【課題】周波数特性が変化する振動騒音に対してその変化に追従した相殺制御を実行可能な能動型振動騒音制御装置を提供する。
【解決手段】振動騒音に対する相殺信号の生成に供される制御信号を出力する適応ノッチフィルタのフィルタ係数W(Rw、Iw)の複素平面上での位相角度θと、前回の更新の際に算出した前回位相角度θoldとの間の位相角度変化量dθを算出し、位相角度変化量dθに応じて基準信号の対象周波数Fcを切り替える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば、車両の走行の際に発生する車室内の振動騒音を、相殺振動騒音の出力によって相殺する能動型振動騒音制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の走行の際、例えば、車輪の振動がサスペンションを介して車体側に伝達することで、ロードノイズ(振動、騒音を含む。以下、総称して「振動騒音」ともいう。)が車室内に発生する。そこで、この振動騒音と逆位相である相殺振動騒音をスピーカから出力し、前記振動騒音を相殺する能動型振動騒音制御装置が種々提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1では、車室内に設けられたマイクロフォンから得た誤差信号から、適応ノッチフィルタを用いて所定周波数の信号成分を抽出し、前記信号成分に基づき生成された制御信号の振幅及び位相を調整する能動型振動騒音制御装置が提案されている。これにより、振動騒音を相殺するための演算処理量を大幅に低減可能であり、当該装置の製造コストを抑制できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−45954号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記した特許文献1に開示されている技術的思想に関連してなされたものであって、周波数特性が変化する振動騒音に対してその変化に追従した相殺制御を実行可能な能動型振動騒音制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る能動型振動騒音制御装置は、振動騒音に対する相殺信号に基づく相殺振動騒音を出力する振動騒音相殺手段と、前記振動騒音と前記相殺振動騒音との干渉による残留振動騒音を誤差信号として検出する誤差信号検出手段と、前記誤差信号が入力され、前記相殺信号を生成する能動型振動騒音制御手段とを有する装置であって、前記能動型振動騒音制御手段は、所定周波数の基準信号を生成する基準信号生成手段と、複素平面上で定義されたフィルタ係数を備えており、前記基準信号が入力され、前記相殺信号の生成に供される制御信号を出力する適応ノッチフィルタと、前記基準信号の周波数に応じた振幅又は位相の調整値を格納し、前記制御信号の振幅又は位相を調整することで前記相殺信号を生成する振幅位相調整手段と、前記誤差信号から前記制御信号を減算して補正誤差信号を生成する補正誤差信号生成手段と、前記基準信号と前記補正誤差信号とに基づいて、前記補正誤差信号が最小となるように前記フィルタ係数を逐次更新するフィルタ係数更新手段と、前記フィルタ係数の前記複素平面上での位相角度と、前回の更新の際に算出した位相角度との間の位相角度変化量を算出し、前記位相角度変化量に応じて前記基準信号の周波数を切り替える周波数切替手段とを備えることを特徴とする。
【0007】
このように、適応ノッチフィルタのフィルタ係数の複素平面上での位相角度と、前回の更新の際に算出した位相角度との間の位相角度変化量を算出し、前記位相角度変化量に応じて基準信号の周波数を切り替える周波数切替手段を設けたので、フィルタ係数の複素平面上での位相角度の変化量を遂次監視可能であり、この変化量から周波数特性の変化の動向を簡便に且つ精度良く把握できる。これにより、周波数特性が変化する振動騒音に対してその変化に追従した相殺制御を実行できる。
【0008】
また、前記周波数切替手段は、前記誤差信号のサンプリング周期と、前記位相角度変化量とに基づいて周波数変化量を算出し、前記周波数変化量が下限闘値を下回った場合に前記基準信号の周波数を維持することが好ましい。これにより、周波数変化量が下限閾値を下回った場合、周波数の切り替えに伴う別異のノイズの発生を抑制できる。
【0009】
さらに、前記周波数切替手段は、前記周波数変化量が、前記下限閾値よりも大きな上限闘値を上回った場合に前記基準信号の周波数を維持することが好ましい。これにより、周波数変化量が上限閾値を上回った場合、過剰な制御による別異のノイズの発生を抑制できる。
【0010】
さらに、前記周波数切替手段が前記基準信号の周波数を切り替えたことに応じて、前記振幅位相調整手段が格納する前記調整値を切り替える振幅位相切替手段をさらに備えることが好ましい。これにより、基準信号の周波数を切り替えた状態を相殺信号に即時に反映でき、制御の追従性がさらに向上する。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る能動型振動騒音制御装置によれば、適応ノッチフィルタのフィルタ係数の複素平面上での位相角度と、前回の更新の際に算出した位相角度との間の位相角度変化量を算出し、前記位相角度変化量に応じて基準信号の周波数を切り替える周波数切替手段を設けたので、フィルタ係数の複素平面上での位相角度の変化量を遂次監視可能であり、この変化量から周波数特性の変化の動向を簡便に且つ精度良く把握できる。これにより、周波数特性が変化する振動騒音に対してその変化に追従した相殺制御を実行できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本実施の形態に係る能動型振動騒音制御装置の概略ブロック図である。
【図2】図1に示すANC装置の動作説明に供されるフローチャートである。
【図3】図1に示す能動型振動騒音制御部の詳細ブロック図である。
【図4】図2のステップS6における対象周波数の更新方法を説明するための詳細フローチャートである。
【図5】フィルタ係数の複素空間上での位相角度変化量の算出方法を表す概略説明図である。
【図6】図6Aは、ANC制御の実行前における誤差信号のスペクトラム図である。図6Bは、図6Aに示す誤差信号に適したSAN型バンドパスフィルタの周波数特性図である。図6Cは、図6Bに示すSAN型バンドパスフィルタの周波数特性に対応する、適応ノッチフィルタの周波数特性図である。
【図7】図7Aは、図6Aに示す周波数特性が変化した誤差信号のスペクトラム図である。図7Bは、図7Aに示す誤差信号に適したSAN型バンドパスフィルタの周波数特性図である。
【図8】図8Aは、周波数切替処理を施さない場合での適応ノッチフィルタの周波数特性図である。図8Bは、周波数切替処理を施さない場合でのANC装置の感度関数を表す周波数特性図である。図8Cは、周波数切替処理を施さない場合でのANC制御の実行後における誤差信号のスペクトラム図である。
【図9】図9Aは、周波数切替処理を施した場合での適応ノッチフィルタの周波数特性図である。図9Bは、周波数切替処理を施した場合でのANC装置の感度関数を表す周波数特性図である。図9Cは、周波数切替処理を施した場合でのANC制御の実行後における誤差信号のスペクトラム図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係る能動型振動騒音制御装置について好適な実施形態を挙げ、添付の図面を参照して説明する。
【0014】
図1に示すように、能動型振動騒音制御装置{以下、ANC(Adaptive Noise Control)装置10という。}は、車両11に搭載されている。ANC装置10は、能動型振動騒音制御部14(能動型振動騒音制御手段)と、マイクロフォン16(誤差信号検出手段)と、スピーカ18(振動騒音相殺手段)とを備える。
【0015】
マイクロフォン16は、車両11の内外で発生する各種の音を入力する。入力される音には、路面12から受ける車輪の振動に起因する振動騒音NSや、この振動騒音NSを相殺するための相殺振動騒音CSが含まれる。この場合、マイクロフォン16は、振動騒音NSと相殺振動騒音CSとの干渉による残留振動騒音を、能動型振動騒音制御部14への入力信号(以下、誤差信号Aという。)として検出する。本図例では、マイクロフォン16は、車両11の車室13上方(具体的には、図示しない乗員の受聴点の近傍)に設けられている。
【0016】
なお、本明細書における「振動騒音」は、弾性体を伝播する弾性波全般をいう。すなわち、可聴音(可聴周波数を有し、空気中を伝播する弾性波)のように狭義の意味に限定されるものでない。例えば、振動を検出する場合、マイクロフォン16に代替して振動センサ等を用いてもよい。
【0017】
スピーカ18は、能動型振動騒音制御部14からの出力信号(以下、相殺信号Bという。)に基づいて相殺振動騒音CSを出力する。具体的には、スピーカ18は、所定の周波数を主成分とする振動騒音NSに対して逆位相である相殺振動騒音CSを出力することで、波の干渉効果により振動騒音NSの発生程度を抑制させる。本図例では、スピーカ18は、車室13内の座席周辺のキックパネルの近傍に設けられている。
【0018】
能動型振動騒音制御部14は、入力された誤差信号Aに対して所定の信号処理を施して相殺信号Bを得た後、スピーカ18を介して相殺振動騒音CSを出力することで、振動騒音NSを能動的に相殺する制御(以下、「ANC制御」という。)を行う。能動型振動騒音制御部14は、マイクロコンピュータ、DSP(Digital Signal Processor)等により構成される。CPU(中央演算処理装置)が各種信号の入力に基づき、ROM等のメモリに記憶されているプログラムを実行することで、各種処理を実現可能である。
【0019】
能動型振動騒音制御部14は、所定の周波数帯域の中からANC制御の対象である周波数(以下、対象周波数Fcという。)を設定する周波数設定部20と、周波数設定部20により設定された対象周波数Fcを主成分とする基準信号Xを生成する基準信号生成部22(基準信号生成手段)と、基準信号生成部22により生成された基準信号Xに対し、SAN(Single Adaptive Notch)フィルタを施して制御信号Oを得る適応ノッチフィルタ24とを備える。
【0020】
能動型振動騒音制御部14は、マイクロフォン16を介して入力された誤差信号Aから、適応ノッチフィルタ24を介して出力された制御信号Oを減算し、補正誤差信号Eを得る減算器26(補正誤差信号生成手段)と、基準信号生成部22により生成された基準信号X、及び減算器26から出力された補正誤差信号Eに基づいて、補正誤差信号Eが最小になるように適応ノッチフィルタ24のフィルタ係数Wを遂次更新するフィルタ係数更新部28(フィルタ係数更新手段)とをさらに備える。
【0021】
なお、適応ノッチフィルタ24及び減算器26を組み合わせることで、SAN型バンドパスフィルタ30を構成する。すなわち、補正誤差信号Eは、誤差信号Aに含まれた比較的広い帯域にわたる各周波数成分のうち、対象周波数Fcを中心とする所定幅の周波数成分を除去した信号に相当する。
【0022】
能動型振動騒音制御部14は、フィルタ係数更新部28により遂次更新された適応ノッチフィルタ24のフィルタ係数Wを保持するフィルタ係数保持部32と、フィルタ係数保持部32から供給されたフィルタ係数Wに基づいて、対象周波数Fcの更新要否若しくはその更新量を決定する周波数切替部34(周波数切替手段)と、振幅又は位相の調整値を用いて制御信号Oの振幅又は位相を調整する振幅位相調整部36と、周波数切替部34により更新された対象周波数Fc’から前記調整値を切り替える振幅位相切替部38(振幅位相切替手段)をさらに備える。
【0023】
本実施の形態に係るANC装置10は、基本的には以上のように構成される。ところで、図1に示す基準信号X及びフィルタ係数Wは、複素平面上で定義されており、実部及び虚部の成分をそれぞれ有する。以下、この装置の動作について、図2のフローチャート及び図3の詳細ブロック図を参照しながら、実部成分及び虚部成分の信号処理流れに留意しつつ詳細に説明する。
【0024】
ステップS1において、マイクロフォン16は、車室13内における残留振動騒音を検出し、誤差信号Aとして入力する。誤差信号Aには、上記した振動騒音NSのみならず、この振動騒音NSを相殺するためスピーカ18から出力された相殺振動騒音CSが含まれる。
【0025】
ステップS2において、基準信号生成部22は、対象周波数Fcを主成分とする基準信号Xを生成する。基準信号Xの生成に先立ち、周波数設定部20は、ANC制御の対象とする周波数(すなわち、対象周波数Fc)を設定する。周波数設定部20は、例えば、制御対象範囲を50Hz〜300Hzとし、1Hz間隔で設定可能に構成されてもよい。その後、周波数設定部20は、設定された対象周波数Fcに従って基準信号生成部22を駆動制御する。
【0026】
基準信号生成部22は、基準信号Xの実部に対応する実部基準信号Rx{=cos(2πFc・t)}を生成する実部基準信号生成部40と、基準信号Xの虚部に対応する虚部基準信号Ix{=sin(2πFc・t)}を生成する虚部基準信号生成部42とを備える。この場合、基準信号Xは、時間(t)に対する三角関数、すなわち、X(t)=exp(i2πFc・t)で表現される。なお、iは虚数単位である。
【0027】
ステップS3において、適応ノッチフィルタ24は、基準信号生成部22からの基準信号Xに基づいて、減算器26側及び振幅位相調整部36側に供給する制御信号Oを生成する。以下、適応ノッチフィルタ24の具体的な構成及び動作について説明する。
【0028】
適応ノッチフィルタ24は、実部フィルタ係数Rwが可変に設定される第1フィルタ44と、虚部フィルタ係数Iwが可変に設定される第2フィルタ46と、第1フィルタ44側の出力信号から第2フィルタ46側の出力信号を減算する減算器48とを備える。第1フィルタ44は、実部基準信号生成部40側から入力された実部基準信号Rx(余弦波信号)の振幅成分をRw倍だけ変倍し、減算器48側に出力する。第2フィルタ46は、虚部基準信号生成部42から入力された虚部基準信号Ix(正弦波信号)の振幅成分をIw倍だけ変倍し、減算器48側に出力する。その後、減算器48は、第1フィルタ44側からの出力信号(=Rw・Rx)から、第2フィルタ46側からの出力信号(=Iw・Ix)を減算する。その結果、適応ノッチフィルタ24は、制御信号O(=Rw・Rx−Iw・Ix)を出力する。
【0029】
ステップS4において、減算器26は、マイクロフォン16を介して入力された誤差信号A(ステップS1参照)から、適応ノッチフィルタ24を介して入力された制御信号O(ステップS3参照)を減算することで補正誤差信号Eを生成する。この場合、SAN型バンドパスフィルタ30の作用により、対象周波数Fcを中心とする所定幅の周波数成分のみ除去された補正誤差信号Eが得られる。
【0030】
ステップS5において、フィルタ係数更新部28は、適応ノッチフィルタ24のフィルタ係数Wを更新させる。以下、適応ノッチフィルタ24の具体的な構成及び動作について説明する。
【0031】
フィルタ係数更新部28は、フィルタ係数Wの実部に対応する実部フィルタ係数Rwの更新に供される実部乗算器50及びゲイン調整器52、並びに、フィルタ係数Wの虚部に対応する虚部フィルタ係数Iwの更新に供される虚部乗算器54及びゲイン調整器56を備える。すなわち、本構成例では、フィルタ係数更新部28は、LMS(Least Mean Square)アルゴリズムに従ってフィルタ係数W、すなわち実部フィルタ係数Rw及び虚部フィルタ係数Iwをそれぞれ更新させる。なお、更新アルゴリズムは本手法に限られることなく、種々の最適化手法を採用してもよい。
【0032】
実部乗算器50は、実部基準信号生成部40側から入力された実部基準信号Rxに、減算器26側から入力された補正誤差信号Eを乗算し、ゲイン調整器52側に出力する。ゲイン調整器52は、この乗算信号の振幅成分をμ倍し、第1フィルタ44側に出力する。ここで、定数μは、ステップサイズパラメータに相当する。そして、第1フィルタ44は、現時点での実部フィルタ係数Rwに対し、フィルタ係数更新部28から取得した更新量(=+μ・Rx・E)を加算することで、新たな実部フィルタ係数Rwを得る。すなわち、実部フィルタ係数Rwは、次の(1)式に従って更新される。
Rw←Rw+μ・Rx・E ‥(1)
【0033】
一方、虚部乗算器54は、虚部基準信号生成部42側から入力された虚部基準信号Ixに、減算器26側から入力された補正誤差信号Eを乗算し、ゲイン調整器56側に出力する。ゲイン調整器56は、この乗算信号の振幅成分をμ倍し、位相を反転(πだけ調整した)した後、第2フィルタ46側に出力する。その後、第2フィルタ46は、現時点での虚部フィルタ係数Iwに対し、フィルタ係数更新部28から取得した更新量(=−μ・Ix・E)を加算することで、新たな虚部フィルタ係数Iwを得る。すなわち、虚部フィルタ係数Iwは、次の(2)式に従って更新される。
Iw←Iw−μ・Ix・E ‥(2)
【0034】
その後、フィルタ係数保持部32(第1保持部58)は、ステップS5において更新された実部フィルタ係数Rwを保持する。また、フィルタ係数保持部32(第2保持部60)は、ステップS5において更新された虚部フィルタ係数Iwを保持する。
【0035】
ステップS6において、周波数切替部34は、ステップS2で設定された対象周波数Fcを基準とし、次の対象周波数Fc’を決定する。本ステップでは、対象周波数Fcを更新する場合(Fc’≠Fc)もあるし、更新しない場合(Fc’=Fc)もある。対象周波数Fcの更新可否、あるいは更新量を決定する具体的な方法については後述する。
【0036】
ステップS7において、振幅位相調整部36は、適応ノッチフィルタ24側から入力された制御信号Oの振幅及び/又は位相を調整することで、相殺信号Bを生成する。
【0037】
振幅位相調整部36は、振幅を調整するパラメータである第1調整値Gfbを用いて制御信号Oの振幅を調整する振幅調整器62と、位相を調整するパラメータである第2調整値θfbを用いて制御信号Oの位相を調整する位相調整器64と、振幅調整器62に供給する第1調整値Gfbを格納する第1格納部66と、位相調整器64に供給する第2調整値θfbを格納する第2格納部68とを備える。すなわち、制御信号Oは、振幅調整器62により振幅を調整され、位相調整器64により位相を調整された後、相殺信号Bとしてスピーカ18に供給される。
【0038】
なお、三角関数の加法性を考慮すると、制御信号Oの振幅又は位相を調整した演算結果は、実部基準信号Rx、虚部基準信号Ixの振幅又は位相をそれぞれ調整した後に合成した演算結果に一致する。そこで、振幅位相調整部36は、基準信号生成部22から実部基準信号Rx、虚部基準信号Ixをそれぞれ取得し、これらの信号の振幅又は位相をそれぞれ調整した後に、合成して相殺信号Bを生成するようにしてもよい。
【0039】
また、振幅位相切替部38は、周波数切替部34が基準信号Xの対象周波数Fcを切り替えたことに応じて、振幅位相調整部36(第1格納部66、第2格納部68)が格納する調整値(第1調整値Gfb、第2調整値θfb)を切り替えてもよい。これにより、対象周波数FcがFc’に切り替えられた状態を、相殺信号Bを介して即時に反映可能であり、制御の追従性がさらに向上する。
【0040】
ステップS8において、スピーカ18は、振幅位相調整部36からの相殺信号Bに基づいて相殺振動騒音CSを出力する。以下、所定のサンプリング周期TsでステップS1〜S9を順次繰り返すことで、振動騒音NSの相殺制御が可能になる。
【0041】
続いて、ステップS6における対象周波数Fcの更新方法、換言すれば周波数切替部34の具体的動作について、図4のフローチャート及び図5の概略説明図を参照しながら説明する。以下、ステップS6の演算処理のことを「周波数切替処理」と称する場合がある。
【0042】
ステップS61において、周波数切替部34は、適応ノッチフィルタ24の現時点tでのフィルタ係数W(t)における、複素空間上での位相角度θ(0≦θ<2π)を算出する。位相角度θは、具体的に、対象周波数Fcでのフィルタ係数(Rw,Iw)を用いて、θ=tan−1(Iw/Rw)で算出される。
【0043】
ステップS62において、周波数切替部34は、ステップS61で算出された位相角度θ、及び前回に算出された位相角度(以下、前回位相角度θoldという。)から位相角度変化量dθを算出する。具体的には、次の(3)式で算出される。
dθ=(θ−θold) mod 2π ‥(3)
【0044】
ここで、前回位相角度θoldは、直近のフィルタ係数W(t−Ts)における位相角度θに相当する。なお、位相角度変化量dθは、位相角度θの差に限られることなく、前回位相角度θoldとの間の変化の程度を表すパラメータであれば種類を問わない。また、位相角度変化量dθは、前回に算出された位相角度のみならず、直近の複数回に算出された位相角度を用いて算出してもよい。
【0045】
ステップS63において、周波数切替部34は、前回位相角度θoldに、ステップS61で算出された位相角度θの値を代入する。この前回位相角度θoldは、次回のステップS62での演算に用いられる。
【0046】
ステップS64において、周波数切替部34は、ステップS62で算出された位相角度変化量dθから周波数変化量dFを算出する。具体的には、dF=dθ/(2πTs)で算出される。なお、Tsは、誤差信号Aを入力するサンプリング周期(単位:s)に相当する。
【0047】
ステップS65において、周波数切替部34は、対象周波数Fcの更新条件を満たすか否かを判別する。周波数切替部34は、ステップS64で算出された周波数変化量dFが、所定の範囲内に収まっているか否かで判別する。例えば、下限閾値Th1として0.05〜0.2Hzのいずれかの値を選択し、上限閾値Th2として1〜3Hzのいずれかの値を選択しておく。
【0048】
周波数変化量dFが、Th1≦|dF|≦Th2の関係を満たす場合、新たな対象周波数Fc’を、更新式Fc’=Fc+γdFに従って決定する(ステップS66)。なお、γは正値(例えば、0<γ<1)であり、本制御の追従速度を調整するためのパラメータに相当する。
【0049】
一方、0≦|dF|<Th1を満たす場合、Fc’=Fcとし、対象周波数Fcを更新しないで維持する(ステップS67)。0≦|dF|<Th1を満たす場合、振動騒音NSの周波数特性が安定していると想定される。対象周波数Fcの切り替えを行わないことで、過度の制御による別異のノイズ(例えば、オーバーシュート)の発生を抑制できる。
【0050】
あるいは、|dF|>Th2を満たす場合、Fc’=Fcとし、対象周波数Fcを更新しないで維持する(ステップS67)。|dF|>Th2を満たす場合、振動騒音NSの挙動の予測が困難である場合や、ANC装置10の起動後からの経過時間が十分でない場合等が想定される。対象周波数Fcの切り替えを行わないことで、過度の制御による別異のノイズ(例えば、オーバーシュート)の発生を抑制できる。
【0051】
このようにして、周波数切替部34は、所定のサンプリング周期Tsで対象周波数Fcを遂次決定する(ステップS6)。
【0052】
続いて、上記した周波数切替処理を施すことで得られる作用効果について、図6A〜図9Cを参照しながら説明する。図6A〜図9Cはいずれも、横軸が周波数[Hz]であり、縦軸がゲイン[dB](振幅対数)であるグラフを表す。
【0053】
図6Aは、ANC制御の実行前における誤差信号Aのスペクトラム図である。第1スペクトラムSPC1は、周波数45Hz近傍に1つのピークを有し、周波数70Hz近傍に1つのピークを有する。ここでは、ANC制御を用いて、スペクトラム強度が最大である周波数70Hz近傍のピークを抑制する場合を想定する。
【0054】
図6Bは、図6Aに示す誤差信号Aに適したSAN型バンドパスフィルタ30の周波数特性図である。周波数設定部20(図1及び図3参照)は、対象周波数FcをFc=70Hzに設定することで、本図例のように周波数70Hzでのゲインが最大(信号損失が最小レベル)となるフィルタ特性が得られる。これにより、マイクロフォン16から入力された振動騒音NSのうち、相殺しようとする周波数成分を選択的に抽出できる。
【0055】
図6Cは、図6Bに示すSAN型バンドパスフィルタ30の周波数特性に対応する、適応ノッチフィルタ24の周波数特性図である。本特性は、図6Aに示す第1スペクトラムSPC1に対し、図6Bに示すSAN型バンドパスフィルタ30のゲインを周波数毎に加算した結果に略一致する。
【0056】
ところで、車両11のサスペンション等を構成する各部品間の相互作用によって、共振ノイズの傾向が異なる場合がある。例えば、車両11の走行状態に依存して、共振周波数が動的に変化する場合もある。
【0057】
図7Aに示すように、車両11の走行中、誤差信号Eの周波数特性(破線で図示する第1スペクトラムSPC1)が変化し、共振周波数が70Hzから67Hzにシフトしたとする。以下、変化後の周波数特性を、第2スペクトラムSPC2(実線で図示する。)と称する。
【0058】
図7Bは、図7Aに示す誤差信号Aに適したSAN型バンドパスフィルタ30の周波数特性図である。図6A及び図6Bの場合と同様に、第2スペクトラムSPC2のピーク周波数67Hzでのゲインが最大となるフィルタを用いることで、マイクロフォン16から入力された振動騒音NSのうち、相殺しようとする周波数成分を選択的に抽出できる。
【0059】
ところが、上述した周波数切替処理を施さない場合、SAN型バンドパスフィルタ30は、図6Bに示した周波数特性のままである。この場合、図8Aに示すように、適応ノッチフィルタ24の周波数特性は、図6Cの特性と比べて、67Hz近傍のゲインが相対的に小さくなる。その結果、図8Bに示すようなANC装置10の感度関数が得られ、図8Cに示すような誤差信号Aのスペクトラム図が得られる。
【0060】
図8Cにおいて、実線のグラフは、第2スペクトラムSPC2を備える誤差信号Aに対し、ANC制御を実行した後の周波数特性である。また、破線のグラフは、第1スペクトラムSPC1を備える誤差信号Aに対し、ANC制御を実行した後の周波数特性である。このように、振動騒音NSの共振周波数がシフトして対象周波数Fcから僅かに外れた場合、その共振周波数近傍における振動騒音NSを十分に相殺できない。
【0061】
これに対して、本実施の形態に係るANC装置10では、能動型振動騒音制御部14は、共振周波数のシフトに追従して、SAN型バンドパスフィルタ30の通過帯域を動的に変更する。具体的には、周波数切替部34は、周波数変化量dF(=−3Hz)を算出した後、対象周波数Fcを70Hzから67Hzに切り替える。これにより、SAN型バンドパスフィルタ30の周波数特性は、図7Bの破線で示す特性から、同図の実線で示す特性に変更される。
【0062】
すなわち、上述した周波数切替処理を施した場合、図9Aに示すように、適応ノッチフィルタ24の周波数特性は、図8Aの特性と比べて、67Hz近傍のゲインが相対的に大きくなる。その結果、図9Bに示すようなANC装置10の感度関数が得られ、図9Cに示すような誤差信号Aのスペクトラム図が得られる。
【0063】
図9Cにおいて、実線のグラフは、第2スペクトラムSPC2を備える誤差信号Aに対し、ANC制御を実行した後の周波数特性である。また、破線のグラフは、第1スペクトラムSPC1を備える誤差信号Aに対し、ANC制御を実行した後の周波数特性である。このように、振動騒音NSの共振周波数がシフトした場合であっても、そのシフトの前後にわたって略同程度の相殺効果が得られた。
【0064】
以上のように、適応ノッチフィルタ24のフィルタ係数W(Rw、Iw)の複素平面上での位相角度θと、前回の更新の際に算出した前回位相角度θoldとの間の位相角度変化量dθを算出し、位相角度変化量dθに応じて基準信号Xの対象周波数Fcを切り替える周波数切替部34を設けたので、フィルタ係数Wの複素平面上での位相角度θの変化量を遂次監視可能であり、位相角度変化量dθから周波数特性の変化の動向を簡便に且つ精度良く把握できる。これにより、周波数特性が変化する振動騒音NSに対してその変化に追従した相殺制御を実行できる。
【0065】
なお、この発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、この発明の主旨を逸脱しない範囲で自由に変更できることは勿論である。
【符号の説明】
【0066】
10…ANC装置 11…車両
14…能動型振動騒音制御部 16…マイクロフォン
18…スピーカ 20…周波数設定部
22…基準信号生成部 24…適応ノッチフィルタ
26、48…減算器 28…フィルタ係数更新部
30…SAN型バンドパスフィルタ 34…周波数切替部
36…振幅位相調整部 38…振幅位相切替部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
振動騒音に対する相殺信号に基づく相殺振動騒音を出力する振動騒音相殺手段と、
前記振動騒音と前記相殺振動騒音との干渉による残留振動騒音を誤差信号として検出する誤差信号検出手段と、
前記誤差信号が入力され、前記相殺信号を生成する能動型振動騒音制御手段と
を有する能動型振動騒音制御装置であって、
前記能動型振動騒音制御手段は、
所定周波数の基準信号を生成する基準信号生成手段と、
複素平面上で定義されたフィルタ係数を備えており、前記基準信号が入力され、前記相殺信号の生成に供される制御信号を出力する適応ノッチフィルタと、
前記基準信号の周波数に応じた振幅又は位相の調整値を格納し、前記制御信号の振幅又は位相を調整することで前記相殺信号を生成する振幅位相調整手段と、
前記誤差信号から前記制御信号を減算して補正誤差信号を生成する補正誤差信号生成手段と、
前記基準信号と前記補正誤差信号とに基づいて、前記補正誤差信号が最小となるように前記フィルタ係数を逐次更新するフィルタ係数更新手段と、
前記フィルタ係数の前記複素平面上での位相角度と、前回の更新の際に算出した位相角度との間の位相角度変化量を算出し、前記位相角度変化量に応じて前記基準信号の周波数を切り替える周波数切替手段と
を備えることを特徴とする能動型振動騒音制御装置。
【請求項2】
請求項1記載の能動型振動騒音制御装置において、
前記周波数切替手段は、前記誤差信号のサンプリング周期と、前記位相角度変化量とに基づいて周波数変化量を算出し、前記周波数変化量が下限闘値を下回った場合に前記基準信号の周波数を維持することを特徴とする能動型振動騒音制御装置。
【請求項3】
請求項2記載の能動型振動騒音制御装置において、
前記周波数切替手段は、前記周波数変化量が、前記下限閾値よりも大きな上限闘値を上回った場合に前記基準信号の周波数を維持することを特徴とする能動型振動騒音制御装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の能動型振動騒音制御装置において、
前記周波数切替手段が前記基準信号の周波数を切り替えたことに応じて、前記振幅位相調整手段が格納する前記調整値を切り替える振幅位相切替手段をさらに備えることを特徴とする能動型振動騒音制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−114009(P2013−114009A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−259687(P2011−259687)
【出願日】平成23年11月29日(2011.11.29)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】