腐食速度測定方法および腐食速度測定プローブ
【課題】構造物中の鋼材の腐食速度を非接触で精度よく測定することができる腐食速度測定方法および腐食速度測定プローブを提供する。
【解決手段】鋼材電極線を対極に接続し、対極線を鋼材に接続し、参照電極線を参照電極に接続し、この状態で電気化学測定装置により電気化学測定を行って対極の分極抵抗を測定する対極測定工程S1と、鋼材電極線を鋼材に接続し、対極線を対極に接続し、参照電極線を参照電極に接続し、この状態で電気化学測定装置により電気化学測定を行って鋼材の見掛けの分極抵抗を測定する鋼材測定工程S2と、鋼材、対極および参照電極の幾何学的形状および相対位置に基づいて、電位分布解析により鋼材および対極に関する補正特性曲線を作成する補正準備工程S3と、を行い、この後、見掛けの分極抵抗に対して補正特性曲線に基づく補正を行うことにより鋼材の補正された分極抵抗を求める補正実施工程S4を行う。
【解決手段】鋼材電極線を対極に接続し、対極線を鋼材に接続し、参照電極線を参照電極に接続し、この状態で電気化学測定装置により電気化学測定を行って対極の分極抵抗を測定する対極測定工程S1と、鋼材電極線を鋼材に接続し、対極線を対極に接続し、参照電極線を参照電極に接続し、この状態で電気化学測定装置により電気化学測定を行って鋼材の見掛けの分極抵抗を測定する鋼材測定工程S2と、鋼材、対極および参照電極の幾何学的形状および相対位置に基づいて、電位分布解析により鋼材および対極に関する補正特性曲線を作成する補正準備工程S3と、を行い、この後、見掛けの分極抵抗に対して補正特性曲線に基づく補正を行うことにより鋼材の補正された分極抵抗を求める補正実施工程S4を行う。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腐食速度測定方法および腐食速度測定プローブに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、腐食環境下におかれた鋼材では腐食の進行が避けられず、そのような環境での鋼材の利用にあたっては、その腐食状態の評価が必要とされる。
例えば、高度成長期に数多く建設された構造物では、構造として鋼材が多用されており、その維持管理にあたって、劣化要因の1つとして鋼材の腐食劣化が注目されている。
このような背景から、鋼材の腐食劣化を適切に把握する技術に対する要求が高く、これまでにも様々な環境での鋼材の腐食速度の測定あるいは腐食量の予測を行う技術が考えられてきた。具体的には、構造物などの広い表面積を有する鋼材の腐食速度を、電気化学測定およびこれを模した電位分布解析を用いて算定する方法が提案されている。
【0003】
非特許文献1には、鋼材の腐食速度を電気化学的に測定する手法(分極抵抗法あるいは直線分極法と呼ばれる)が開示されている。
この手法では、特定の2つの周波数の微少な交流を対象鋼材に印加し、各周波数での電流値から鋼材表面の分極抵抗を測定する。この際、対象となる鋼材を試料電極とし、さらに1つの対極と1つの参照電極とを用い、鋼材と対極との間に電圧を印加して電流を流す構成がとられる。
【0004】
前述した手法が有効なのは、鋼材の面積が対極の面積に比べて等しいか小さい場合に限られる。これは、前述した手法が、試料電極である鋼材の表面において電流が均一であることを前提とし、鋼材表面の電位変化を一定の電流密度で除して分極抵抗とするからである。
しかし、現実に測定対象となる構造物中の鋼材においては、鋼材の面積が対極に対して大きく、対極から流れ込む電流が鋼材表面で不均一となり、電位変動も鋼材表面の各部分により異なることになる。このような鋼材の部分による電流の不均一は、対極と鋼材の面積比に依存するほか、位置関係にも影響される。このような不均一が生じることから、単に検出された電位変動を電流密度で除するだけでは、鋼材の分極抵抗を正確に得ることができない。
【0005】
特許文献1には、前述した電気化学的な腐食速度の測定を、コンクリート中に埋設された鋼材に対して適用するためのプローブが開示されている。
このプローブは、参照電極とその周囲にドーナツ状に配置された2つの対極とを用い、これらからコンクリート中の鋼材に電圧を印加し、この際に流れる電流のうち内側の対極に流れる電流を用いて分極抵抗を測定している。このようなプローブにおいては、外側の対極によって測定対象領域が限定され、内側の対極の直下の領域の鋼材に対して分極抵抗の測定ができる。
しかし、このようなプローブを用いても、測定対象の鋼材がコンクリート中にあって対極との距離が大きい場合(5cm以上ある場合)、あるいは測定対象の鋼材の表面が不動態化している場合、対極から鋼材に至る電流が広範囲に拡散してしまい、焦点を絞った測定を行うことができず、分極抵抗の測定にあたって誤差が大きくなってしまう。
【0006】
非特許文献2には、前述した非特許文献1および特許文献1に開示された技術における問題を克服する手法が提案されている。
この手法では、測定対象である鋼材の分極抵抗に対してインピーダンス特性曲線を用いた逆推定により、対極から鋼材に至る電流の拡散への影響を補正し、あるいは対極から鋼材へと流れ込む電流の不均一さを補正する。
具体的には、1つの対極および1つの参照電極を用い、電気化学測定により対極の分極抵抗(本来の測定対象である鋼材の分極抵抗ではなく)を測定するとともに、鋼材や他の電極の寸法とこれらの位置関係に加え、上述の対極の分極抵抗を考慮した電位分布解析を用いてインピーダンス特性曲線を設定しておき、鋼材の見掛けの分極抵抗の測定値に対してインピーダンス特性曲線に基づく逆推定(補正)を行うことで、誤差のなく真の鋼材の分極抵抗を得ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭63−163266号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「金属物理セミナー」、1979年、第4巻、第2号、p.100−105
【非特許文献2】「腐食防食部門委員会資料」、社団法人日本材料学会、2007年6月24日、第4部、第46巻、第257号、p.33−38
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、前述した非特許文献2には、測定対象である鋼材がおかれる実際の腐食環境のもとでの対極の分極抵抗を測定する手法が示されていない。
この手法として、当該技術分野の一般的な知識からすれば、鋼材および対極がおかれる腐食環境を模した溶液を室内において作成し、この溶液中の測定対象の対極に試料電極線を接続し、別途準備した補助対極と参照電極とを用いて分極測定を行うことで、模擬的に測定対象の対極の分極抵抗を求めることが考えられる。
【0010】
しかし、現実の腐食環境、例えばコンクリート構造物中に埋設された鋼材、河川や海水中に浸漬された鋼材がおかれる環境は、そのまま室内実験で再現することは現実的に困難であり、従って同環境における対極の分極抵抗を求めることも困難となる。もしも概略実験により大凡の分極抵抗が得られたとしても、対極の分極抵抗は、電位分布解析を実施する際の入力条件となる値であり、対極の分極抵抗をどのような値とするかで、インピーダンス特性曲線の結果は大きく変化する。その結果、インピーダンス特性曲線に基づく補正を行う場合に大きな誤差を生じさせ、正確に鋼材の真の分極抵抗が得にくいという問題があった。
【0011】
本発明の主な目的は、構造物中の鋼材の腐食速度を非接触で精度よく測定することができる腐食速度測定方法および腐食速度測定プローブを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の腐食速度測定方法は、腐食環境下におかれた鋼材、対極および参照電極と、これらに接続される鋼材電極線、対極線、参照電極線を有する電気化学測定装置とを用い、
前記鋼材電極線を前記対極に接続し、前記対極線を前記鋼材に接続し、前記参照電極線を前記参照電極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行って前記対極の分極抵抗を測定する対極測定工程と、
前記鋼材電極線を前記鋼材に接続し、前記対極線を前記対極に接続し、前記参照電極線を前記参照電極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行って前記鋼材の見掛けの分極抵抗を測定する鋼材測定工程と、
前記鋼材、前記対極および前記参照電極の幾何学的形状および相対位置に基づいて、電位分布解析により前記鋼材に関する補正特性曲線を作成する補正準備工程と、
を行い、この後、
前記見掛けの分極抵抗に対して前記補正特性曲線に基づく補正を行うことにより前記鋼材の補正された分極抵抗を求める補正実施工程を行うことを特徴とする。
【0013】
本発明において、補正準備工程は前記対極測定工程の後であればいずれの段階でもよい。また、補正準備工程および対極測定工程に対して、鋼材測定工程の実行する順番は任意である。
補正特性曲線としては、前述した非特許文献2に開示されたインピーダンス特性曲線を適用することができる。あるいは、鋼材の見掛けの分極抵抗の逆変換に利用できるものであれば、補正特性曲線の形式等は任意に選択することができる。
【0014】
このような本発明では、例えば本来の測定対象である鋼材の分極抵抗の測定を行ったのち、鋼材電極線と対極線との入れ替えにより、対極の分極抵抗を測定することができる。先に対極の分極抵抗を測定し、鋼材電極線と対極線との入れ替えにより、あとから鋼材の分極抵抗を測定してもよい。これらの測定に続いて、補正特性曲線に基づく補正を行うことにより、補正された分極抵抗として鋼材の真の分極抵抗が得られる。
【0015】
本発明において、前記対極として対をなす第1対極および第2対極を用い、前記対極測定工程では、前記鋼材電極線を前記第1対極に接続し、前記対極線を前記第2対極に接続し、前記参照電極線を前記参照電極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行うことにしてもよい。
このような本発明では、一対に設けられた第1対極および第2対極を用いて対極の分極抵抗を測定することができ、この際には鋼材を電極として用いないため、測定誤差を更に軽減できる。
【0016】
本発明において、前記対極として対をなす第1対極および第2対極を用い、前記対極測定工程では、前記鋼材電極線と前記参照電極線とを前記第1対極に接続し、前記対極線を前記第2対極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行うことにしてもよい。
このような本発明では、一対に設けられた第1対極および第2対極を用いて対極の分極抵抗を測定することができ、この際には鋼材および参照電極を電極として用いないため、測定誤差を更に軽減できる。
【0017】
本発明において、前記第1対極および前記第2対極は各々の測定対象に対向する表面の面積が同じであることが望ましい。
このような本発明では、各々を鋼材電極および対極として機能させた際に、互いに電極としての基本性能が同等であるため、各々の面積の違いによる換算をすることなく、前述した対極の分極抵抗を直接的により正確に測定することができる。
【0018】
本発明において、前記鋼材測定工程および前記対極測定工程における分極抵抗の測定に、10Hz以上の周波数帯の第1信号と、1Hz以下の周波数帯または直流の第2信号とを用いることが望ましい。
第1信号としては、10Hz以上であればよいが、電波法で一般の利用が許容されている125kHz帯や13.56MHz帯を用いることができる。
第2信号としては、1Hz以下であればよいが、0.25Hzから0Hzつまり直流の範囲を適宜用いることができる。
【0019】
本発明の腐食速度測定プローブは、前述した本発明の腐食速度測定方法に用いる腐食速
度測定プローブであって、絶縁材料で形成された本体と、本体に埋設されて測定面だけが露出された参照電極および対極とを有することを特徴とする。
このような本発明では、前述した腐食速度測定方法の実施に好適なものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の第1実施形態のプローブを示す斜視図。
【図2】前記第1実施形態のプローブと鋼材との関係を模式的に示す図。
【図3】前記第1実施形態の処理手順を示す図。
【図4】前記第1実施形態で利用する電気化学測定の原理を示す等価回路図。
【図5】前記第1実施形態で利用する電気化学測定の原理を示す模式図。
【図6】前記第1実施形態で利用する電気化学測定の溶液中での実施状態を示す模式図。
【図7】前記第1実施形態で利用する電気化学測定を溶液中の大きな鋼材に適用した状態を示す模式図。
【図8】前記第1実施形態で電気化学測定を行う部分を示す模式図。
【図9】前記第1実施形態の鋼材測定工程を示す模式図。
【図10】前記第1実施形態の対極測定工程を示す模式図。
【図11】前記第1実施形態の別の対極測定工程を示す模式図。
【図12】前記第1実施形態のインピーダンス特性曲線を示す図。
【図13】前記第1実施形態の実験用プローブの側面図
【図14】前記第1実施形態の実験用プローブの底面図
【図15】前記第1実施形態の実験に使用したコンクリート供試体図と測定模式図
【図16】前記第1実施形態の検証実験に使用したコンクリート供試体図と測定模式図
【図17】本発明の第2実施形態のプローブを示す斜視図。
【図18】前記第2実施形態のプローブと鋼材との関係を模式的に示す図。
【図19】前記第2実施形態で電気化学測定を行う部分を示す模式図。
【図20】前記第2実施形態の鋼材測定工程を示す模式図。
【図21】前記第2実施形態の対極測定工程を示す模式図。
【図22】本発明の第3実施形態の対極測定工程を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
〔第1実施形態〕
図1から図11には本発明の第1実施形態が示されている。
本実施形態は、コンクリート構造物の鉄筋として埋設された鋼材の腐食状態を評価するために、鋼材にプローブを取り付けてコンクリート中に埋設しておき、評価時にはプローブに測定装置を接続し、分極抵抗を測定するものである。
【0022】
図1において、鋼材1はコンクリート材料(図2参照)に埋設されて鉄筋として機能するものである。プローブ10は鋼材1に装着され、コンクリート材料に一体に埋設される。プローブ10は、箱状の本体11と、その両側面に各一対配置された対極12および参照電極13を有する。
【0023】
図2は、本実施形態におけるプローブと鋼材との位置関係を模式的に示したものである。この図では、参照電極13,対極12および鋼材1はコンクリート2に埋没されているが,参照電極13および対極12は必ずしも埋没している必要はなくコンクリート2の表面に設置された状態でもよい。前述した電気化学測定を試験的に行う場合、一般に対極はステンレス材料,チタン材料,白金等の耐食金属が用いられ、参照電極は銀・塩化銀電極,銅・硫酸銅電極,亜鉛合金等が用いられる。
図2において、プローブ10には電気化学測定装置20が接続される。電気化学測定装置20からは参照電極線RE、対極線CE、鋼材電極線WEが各々に対応する端子から引き出されている。
通常、参照電極線REはプローブ10の参照電極13の端子に接続され、対極線CEはプローブ10の対極12の端子に接続され、鋼材電極線WEは鋼材1に接続される。
この状態で、電気化学測定装置20を起動すると、対極線CEが接続された対極12と鋼材電極線WEが接続された鋼材10との間に電流ΔIが流れる。
【0024】
電気化学測定装置20では、鋼材1に流れる電流ΔIを鋼材電極線WEから検出できるとともに、鋼材1に対する対極12側の電圧ΔEは参照電極13に接続された参照電極線REで検出することができ、これらから分極抵抗を測定することができる。
なお、対極12から鋼材1に向かう電流は電流線7のように流れ、各々の等電位の部分を結ぶことで等電位面8を想定することができる。対極12の中央部分の電流線7は揃っているが周辺部分は鋼材1の面積の拡がりに応じて拡散し、鋼材1の表面では電流分布9は不均一になる。このような不均一により、測定すべき分極抵抗の精度が低下するが、本発明に基づく測定を行うことでこれが解決できる。
【0025】
図3には、本実施形態における腐食速度測定方法の処理手順が示されている。
本実施形態では、腐食環境下におかれた鋼材1、対極12および参照電極13と、これらに接続される鋼材電極線WE、対極線CE、参照電極線REを有する電気化学測定装置20とを用いる。
まず、鋼材電極線WEを対極12に接続し、対極線CEを鋼材1に接続し、参照電極線REを参照電極13に接続し、この状態で電気化学測定装置20により電気化学測定を行って対極の分極抵抗Rp.ceを測定する対極測定工程を行う(処理S1)。
次に、鋼材電極線WEを鋼材1に接続し、対極線CEを対極12に接続し、参照電極線REを参照電極13に接続し、この状態で電気化学測定装置20により電気化学測定を行って鋼材1の見掛けの分極抵抗Rp’を測定する鋼材測定工程を行う(処理S2)。
【0026】
続いて、鋼材測定工程(処理S2)における鋼材1、対極12および参照電極13の幾何学的形状および相対位置に基づいて、さらに対極測定工程(処理S1)で測定された対極の分極抵抗Rp.ceを用いて電位分布解析により鋼材1および対極12に関する補正特性曲線CCを作成する補正準備工程(処理S3)を行う。
この後、見掛けの分極抵抗Rp’に対して補正特性曲線CCに基づく補正を行うことにより鋼材1の補正された分極抵抗Rpを求める補正実施工程を行う(処理S4)。
以下、各処理について詳細に説明する。
【0027】
図4および図5には、電気化学測定装置20で実行される電気化学測定、つまり既存の二周波数による分極抵抗の算出が模式的に示されている。
図4において、プローブ10の側面の対極12からの電流はコンクリート材料2を流れて鋼材1に至る。このため、対極12と鋼材1との間にコンクリート材料2に相当する抵抗Rsがあり、コンクリート材料2と鋼材1との境界部分には分極抵抗Rpおよび容量Cpがあるという等価回路を想定することができる。
【0028】
図5において、既存の二周波数方式の分極抵抗の算出方法では、対極12と鋼材1との間に、高周波の電流および低周波の電流を流し、その応答電圧の演算により分極抵抗を算出する。
先ず、高周波数の矩形波の電流ΔIを流し、その応答電圧ΔEを調べる。高周波の電流は、コンクリート材料2と鋼材1との境界部分では専ら容量Cpを流れるため、分極抵抗Rpの影響を受けない。従って、応答電圧ΔEは専らコンクリート材料2により生じる電圧ΔEsとなり,全抵抗(ΔEをΔIで除した値)はコンクリート材料2の比抵抗に比例した抵抗Rsとなる(図5の式(1)参照)。
次に、低周波数の矩形波の電流ΔIを流し、その応答電圧ΔEを調べる。低周波の電流は、コンクリート材料2と鋼材1との境界部分では容量Cpを流れずに分極抵抗Rpの影響を受ける。従って、応答電圧ΔEはコンクリート材料2により生じる電圧ΔEsと前述の分極抵抗により生じる電圧ΔEpとの和となり,全抵抗(ΔEをΔIで除した値)は抵抗Rsと前述した分極抵抗Rpの和となる(図5の式(2)参照)。
これらの式を解くことで、分極抵抗Rpを算出することができる。
【0029】
本実施形態において、鋼材測定工程および対極測定工程における二周波数方式の分極抵抗の測定には、10Hz以上の周波数帯の第1信号と、1Hz以下の周波数帯または直流の第2信号とを用いる。
第1信号としては、10Hz以上であればよいが、電波法で一般の利用が許容されている125kHz帯や13.56MHz帯を用いることができる。
第2信号としては、1Hz以下であればよいが、0.25Hzから0Hzつまり直流の範囲を適宜用いることができる。
【0030】
前述のような二周波数方式の分極抵抗の測定方法により、鋼材1の分極抵抗が算出できようになるが、実際には対極12に対して鋼材1が大きいため、分極抵抗の分布変動が生じ、正確な測定が難しくなる。
図6において、対極12と鋼材1とが同程度の大きさであれば、互いに対向させた状態で電流線7は揃って並び、等電位面8は対極12および鋼材1の表面と平行となり、鋼材1の表面での電流分布9が均一となるため、測定電流ΔIと応答電圧ΔEとを用いた演算により算出した分極抵抗は鋼材表面で一様な真の分極抵抗Rpに一致する。
【0031】
図7のように、対極12に対して鋼材1は一般に大きく、電流線7は対極12の周辺で大きな鋼材1に向かって拡散し、等電位面8は広く湾曲し、鋼材1の表面での電流分布9は対極12の中央部で大きく周辺部で小さい不均一な状態となり、測定電流ΔIと応答電圧ΔEとを用いた演算により算出した分極抵抗は所謂見掛けの分極抵抗Rp’であって、鋼材表面の真の分極抵抗Rpとは全く異なった値となり正しい値を得ることができない。
なお、図6および図7では、対極12および鋼材1は溶液3に浸漬されている。前述した二周波数方式の分極抵抗の算出方法を試験的に行う場合、コンクリート材料2が固化すると分解が難しいため、コンクリート材料2と近似した抵抗を有する溶液3中で行われる。
【0032】
前述した不均一に起因する問題に対し、本実施形態では、鋼材測定工程(図3の処理S2)により鋼材1の見掛けの分極抵抗測定(前述した図7に相当)に加えて、対極12の分極抵抗測定(対極測定工程、処理S1)を行い、測定された対極の分極抵抗Rp.ceを用いた電位分布解析により作成した補正特性曲線CCを用いて前述した電流の拡散の影響を受けた見掛けの分極抵抗Rp’を補償するようにする。
図8において、従来は鋼材1の対極12側の表面1Aの分極抵抗Rpだけを測定していたが、本実施形態では対極12の表面12Aの分極抵抗Rp.ceの測定も行う。
【0033】
図9において、鋼材測定工程では、通常通り、電気化学測定装置20の参照電極線REはプローブ10の参照電極13の端子に接続され、対極線CEはプローブ10の対極12の端子に接続され、鋼材電極線WEは鋼材1に接続される。
この状態で、前述した二周波数方式の分極抵抗の算出方法を実施することで、鋼材1の表面の見掛けの分極抵抗Rp’が測定される。測定されたRp’は、鋼材1の拡がりに基づいて分布変動したものとなる。
さらに、溶液3中での測定を行う場合、二周波数方式の算出では、図5での説明とは異なり,低周波測定での全抵抗は見掛けの値、すなわち見掛けの全抵抗Rt’=見掛けの分極抵抗Rp’+見掛けの液抵抗Rs’の関係となっている。
【0034】
図10において、電気化学測定装置20の参照電極線REはプローブ10の参照電極13の端子に接続されるのは同じであるが、プローブ10の対極12の端子には鋼材電極線WEが接続され、鋼材1には対極線CEが接続される。
この状態で、前述した二周波数方式の分極抵抗の算出方法を実施することで、対極12の表面の分極抵抗Rp.ceが測定される。
測定された分極抵抗Rp.ceは、対極12の大きさが鋼材の大きさに比して限定的であるため電流分布の不均一の影響がなく正確なものとなる。
図11は図10で示した対極測定工程の別の方法として,参照電極13を対極12と寸法が等しいもしくは大である形状の電極で代用した実施例を示している。
【0035】
図3に戻って、本実施形態では、前述した鋼材測定工程(処理S2、図9参照)および対極測定工程(処理S1、図10参照)による対極の分極抵抗の測定に加えて、補正準備工程(処理S3)で準備したインピーダンス特性曲線(図11参照)に基づいて補正実施工程(処理S4)で補正を行うことで、鋼材の真の分極抵抗Rpが得られるようにする。
【0036】
補正準備工程(処理S3)では、まず鋼材測定工程(図9参照)における鋼材、対極、参照電極の寸法や位置を考慮し、そして鋼材の分極抵抗Rp=0に,対極の分極抵抗Rp.ceは対極測定工程で得た値に設定し、溶液3の比抵抗ρは任意の値を仮定して、電位分布解析1を行う(処理S31)。
この解析では鋼材の分極抵抗Rp=0の条件で見掛けの全抵抗Rt’=ΔE/ΔIを算出する。次に、鋼材1の真の分極抵抗を仮定する。例えば、鋼材1の真の分極抵抗Rp=10,100,1000,…というように種々の値として仮定してゆく(処理S32)。
【0037】
次に、各仮定値とした場合の見掛け全抵抗Rt’=ΔE/ΔIを計算する。この際、鋼材、対極、参照電極の寸法や位置の幾何学的データ、対極12の分極抵抗Rp・ceおよび溶液の比抵抗ρは前記補正準備工程と同じ値とする。上述の処理S31及び処理S32で鋼材の真の分極抵抗Rpとこれに対応した見掛け全抵抗Rt’を計算し、例えば、横軸に鋼材の真の分極抵抗Rpを,縦軸に見掛けの全抵抗Rt’を溶液3の比抵抗ρで除した値,すなわちRt’/ρの値をプロットしてインピーダンス特性曲線(図12参照)を作成する。
【0038】
ここで、Rt’をρで除した値を縦軸としたのは、個々に計算した見掛けの全抵抗Rt’に上述の処理S31及び処理S32で任意の値として仮定した溶液3の比抵抗ρが比例的に影響を受けているためであり、この影響を除外する目的で行った。すなわち、見掛けの全抵抗Rt’=見掛けの分極抵抗Rp’+見掛けの液抵抗Rs’の関係があり、なお且つ見掛けの抵抗Rs’は溶液の比抵抗ρに正比例する関係となっているからである。
図11に示したようなインピーダンス特性曲線は、必ずしもこの作成手法に限定されるものではなく、見掛けの全抵抗と鋼材の真の分極抵抗を関係づけられるものであれば本発明に適宜採用できる。
【0039】
補正実施工程(処理S4)では、図11に示すように、見掛け全抵抗Rt’とこれに対応する鋼材の真の分極抵抗Rpに基づくインピーダンス特性曲線に基づき、鋼材測定工程で得られた見掛けの全抵抗Rt’に対応する分極抵抗Rpを選択し、これを真の分極抵抗とする。具体的には以下の通りとなる。
鋼材測定工程(処理S2)で、二周波数方式によった場合には2つの見掛けの全抵抗(Rt1’,Rt2’)が得られる。前者は高周波数測定、後者は低周波数測定によるものである。
【0040】
まず,Rt1’であるが、この値は鋼材の分極抵抗Rp1=0の条件下での測定値であるから、溶液3の比抵抗をρcとした場合に、Rt1’/ρcの値は,図12に示すインピーダンス特性曲線のA点、すなわち鋼材の分極抵抗分極抵抗Rp=0の条件に対応する。すなわち、Rt1’/ρc=aの関係となり,溶液3の比抵抗は,ρc=Rt1’/aとして計算される。
次に、Rt2’であるが、この値は測定対象とした鋼材の真の分極抵抗Rpが影響した条件下での測定値であるから、溶液3の比抵抗をρcとした場合に、Rt2’/ρcの値は、図12に示すインピーダンス特性曲線のB点、すなわちRt2’/ρc=bを縦軸値とするインピーダンス特性曲線の横軸値Rp2が鋼材の真の分極抵抗Rpに対応して、これが最終的に鋼材の真の分極抵抗値として求められる。
【0041】
次に第1実施形態の実験例を図13から図16に示す。
図13および図14は、図11で示した実施例に基づいた試作プローブ14の側面図および底面図である。一対のステンレス製電極16A,16Bは各々参照電極と対極として使用する。
図15に実験に用いた試作プローブ、A鉄筋17、B鉄筋18を埋設したコンクリート供試体19と鋼材測定工程の模式を示す。ここで測定対象はA鉄筋17である。なお、対極測定工程S1、補正準備工程S3および補正実施工程S4の説明は省略する。
図16に同じコンクリート供試体19を用いて検証実験として実施したA鉄筋17の分極測定の模式を示す。ここで、A鉄筋17を試料電極線WEに,B鉄筋18は対極電極線CEと参照電極線REに接続している。前記の電気化学測定ではいずれも二周波数測定機を用いた。
以上の手順に基づいて実測された各抵抗値の一例を表1に示す。
【0042】
【表1】
【0043】
表1に示す通り,本発明の第1実施形態に基づいて得た鉄筋の分極抵抗Rpは38.71kΩcm2であり,検証実験として実施した鉄筋の分極抵抗は36.93kΩcm2であり,本特許手法を採用することで精度の高い鋼材の分極抵抗の算出が可能であることが示された。
【0044】
なお、前述した第1実施形態において、鋼材測定工程、対極測定工程および補正準備工程は、その実行する順番は任意である。先に対極測定工程を行い、後から鋼材測定工程を行ってもよい。
補正特性曲線としては、前述した非特許文献2に開示されたインピーダンス特性曲線を適用することができる。あるいは、鋼材の見掛けの分極抵抗と対極の分極抵抗との逆変換に利用できるものであれば、補正特性曲線の形式等は任意に選択することができる。
【0045】
〔第2実施形態〕
図17から図21には本発明の第2実施形態が示されている。
本実施形態は、基本的に前述した第1実施形態と同様の装置を用いて同様の処理を行うものである。このため、同様の構成については重複する説明を省略し、以下には異なる部分について説明する。
【0046】
図17において、本実施形態で用いるプローブ10は各側面に2つの対極である第1対極12Aおよび第2対極12Bを有し、その中間に参照電極13が配置されている。
ここで、第1対極12Aおよび第2対極12Bは各々の測定対象に対向する表面の面積が同じである。
図18において、プローブ10には電気化学測定装置20が接続され、参照電極線REはプローブ10の参照電極13の端子に接続され、鋼材電極線WEは鋼材1に接続されるのは前述した第1実施形態と同じである。本実施形態では、対極線CEはプローブ10の第1対極12Aおよび第2対極12Bに並列で接続される。
【0047】
図19において、従来は鋼材1の対極12側の表面1A(図8参照)の分極抵抗Rpだけを測定していたが、本実施形態では第1対極12Aの表面12Cおよび第2対極12Bの表面12Dの分極抵抗Rp・ceも測定する。
図20において、本実施形態の鋼材測定工程では、電気化学測定装置20の参照電極線REはプローブ10の参照電極13の端子に接続され、対極線CEはプローブ10の各対極12A,12Bの端子に接続され、鋼材電極線WEは鋼材1に接続される。これは、各対極12A,12Bが二つになっただけで、他は前記第1実施形態と同様である。
【0048】
図21において、本実施形態の対極測定工程では、第2対極12Bに対極線CEを接続し、第1対極12Aに鋼材電極線WEを接続することにより、第2対極12Bから第1対極12Aに至る電流線7を生じさせ、第1対極12Aの表面の分極抵抗を測定する。また,第2対極12Bに鋼材電極線WEを接続し、第1対極12Aに対極線CEを接続することにより、第1対極12Aから第2対極12Bに至る電流線を生じさせ、第2対極12Bの表面の分極抵抗を測定する。
【0049】
このような本実施形態によっても、前述した第1実施形態と同様な効果を得ることができる。さらに、一対に設けられた第1対極12Aおよび第2対極12Bを用いて対極の分極抵抗を測定することができ、この際には鋼材1を電極として用いないため、単に鋼材電極線WEと対極線CEとを入れ替える操作となり、作業は軽減できる。
また、第1対極12Aおよび第2対極12Bは各々の測定対象に対向する表面の面積が同じであるため、各々を鋼材電極線WEおよび対極線CEに接続した際に、互いに電極としての基本性能が同等であるため、前述した対極の分極抵抗をより正確に測定することができる。
【0050】
なお、第2実施形態の対極測定工程において、第1対極12Aおよび第2対極12Bを形成した場合でも、両方の対極12A,12Bに鋼材電極線WEを接続し、鋼材1に対極線CEを接続することで、鋼材測定工程と全く逆の電流を形成してもよく、この場合前記第1実施形態と全く同様となる。
【0051】
〔第3実施形態〕
図22には本発明の第3実施形態が示されている。
本実施形態は、基本的に前述した第2実施形態と同様の装置を用いて同様の処理を行うものである。このため、同様の構成については重複する説明を省略し、以下には異なる部分について説明する。
図22に示すように、第2実施形態の対極測定工程において、参照電極線REを参照電極13から外し、第2対極12Bに接続してもよい。この場合でも、第2対極12Bから第1対極12Aに至る電流ΔIが得られるとともに、第2対極12Bと第1対極12Aとの間に電圧ΔEが得られ、同様の測定を行うことができる。
この実施形態は、一対に設けられた第1対極12Aおよび第2対極12Bを用いて対極の分極抵抗を測定することができるが、この方法は前記図11に類似した方法となっている。
【0052】
〔変形例〕
なお、本発明は前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成する範囲内での変形等は本発明に含まれるものである。
例えば、プローブ10の形状、寸法、材質等、あるいは対極12、参照電極13の形状、寸法や配置等は実施にあたって適宜選択してよい。
前述した通り、本発明の処理手順において、鋼材測定工程、対極測定工程および補正準備工程の実行する順番は任意であり、最終的に補正実施工程により真の分極抵抗が得られればよい。また、インピーダンス特性曲線に限らず、鋼材の見掛けの分極抵抗と対極の分極抵抗との逆変換に利用できるものであれば、補正特性曲線の形式等は任意に選択することができる。
【符号の説明】
【0053】
1…鋼材、2…コンクリート材料、3…溶液、7…電流線、8…等電位面、9…電流分布、10…プローブ、12…対極、12A…第1対極、12B…第2対極、13…参照電極、14…試作プローブ、15…絶縁樹脂性本体、16…ステンレス製電極、16A…ステンレス製参照電極、16B…ステンレス製対極、17…A鉄筋、18…B鉄筋、19…コンクリート供試体、20…電解化学測定装置、CE…対極線、RE…参照電極線、WE…鋼材電極線。
【技術分野】
【0001】
本発明は、腐食速度測定方法および腐食速度測定プローブに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、腐食環境下におかれた鋼材では腐食の進行が避けられず、そのような環境での鋼材の利用にあたっては、その腐食状態の評価が必要とされる。
例えば、高度成長期に数多く建設された構造物では、構造として鋼材が多用されており、その維持管理にあたって、劣化要因の1つとして鋼材の腐食劣化が注目されている。
このような背景から、鋼材の腐食劣化を適切に把握する技術に対する要求が高く、これまでにも様々な環境での鋼材の腐食速度の測定あるいは腐食量の予測を行う技術が考えられてきた。具体的には、構造物などの広い表面積を有する鋼材の腐食速度を、電気化学測定およびこれを模した電位分布解析を用いて算定する方法が提案されている。
【0003】
非特許文献1には、鋼材の腐食速度を電気化学的に測定する手法(分極抵抗法あるいは直線分極法と呼ばれる)が開示されている。
この手法では、特定の2つの周波数の微少な交流を対象鋼材に印加し、各周波数での電流値から鋼材表面の分極抵抗を測定する。この際、対象となる鋼材を試料電極とし、さらに1つの対極と1つの参照電極とを用い、鋼材と対極との間に電圧を印加して電流を流す構成がとられる。
【0004】
前述した手法が有効なのは、鋼材の面積が対極の面積に比べて等しいか小さい場合に限られる。これは、前述した手法が、試料電極である鋼材の表面において電流が均一であることを前提とし、鋼材表面の電位変化を一定の電流密度で除して分極抵抗とするからである。
しかし、現実に測定対象となる構造物中の鋼材においては、鋼材の面積が対極に対して大きく、対極から流れ込む電流が鋼材表面で不均一となり、電位変動も鋼材表面の各部分により異なることになる。このような鋼材の部分による電流の不均一は、対極と鋼材の面積比に依存するほか、位置関係にも影響される。このような不均一が生じることから、単に検出された電位変動を電流密度で除するだけでは、鋼材の分極抵抗を正確に得ることができない。
【0005】
特許文献1には、前述した電気化学的な腐食速度の測定を、コンクリート中に埋設された鋼材に対して適用するためのプローブが開示されている。
このプローブは、参照電極とその周囲にドーナツ状に配置された2つの対極とを用い、これらからコンクリート中の鋼材に電圧を印加し、この際に流れる電流のうち内側の対極に流れる電流を用いて分極抵抗を測定している。このようなプローブにおいては、外側の対極によって測定対象領域が限定され、内側の対極の直下の領域の鋼材に対して分極抵抗の測定ができる。
しかし、このようなプローブを用いても、測定対象の鋼材がコンクリート中にあって対極との距離が大きい場合(5cm以上ある場合)、あるいは測定対象の鋼材の表面が不動態化している場合、対極から鋼材に至る電流が広範囲に拡散してしまい、焦点を絞った測定を行うことができず、分極抵抗の測定にあたって誤差が大きくなってしまう。
【0006】
非特許文献2には、前述した非特許文献1および特許文献1に開示された技術における問題を克服する手法が提案されている。
この手法では、測定対象である鋼材の分極抵抗に対してインピーダンス特性曲線を用いた逆推定により、対極から鋼材に至る電流の拡散への影響を補正し、あるいは対極から鋼材へと流れ込む電流の不均一さを補正する。
具体的には、1つの対極および1つの参照電極を用い、電気化学測定により対極の分極抵抗(本来の測定対象である鋼材の分極抵抗ではなく)を測定するとともに、鋼材や他の電極の寸法とこれらの位置関係に加え、上述の対極の分極抵抗を考慮した電位分布解析を用いてインピーダンス特性曲線を設定しておき、鋼材の見掛けの分極抵抗の測定値に対してインピーダンス特性曲線に基づく逆推定(補正)を行うことで、誤差のなく真の鋼材の分極抵抗を得ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭63−163266号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「金属物理セミナー」、1979年、第4巻、第2号、p.100−105
【非特許文献2】「腐食防食部門委員会資料」、社団法人日本材料学会、2007年6月24日、第4部、第46巻、第257号、p.33−38
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、前述した非特許文献2には、測定対象である鋼材がおかれる実際の腐食環境のもとでの対極の分極抵抗を測定する手法が示されていない。
この手法として、当該技術分野の一般的な知識からすれば、鋼材および対極がおかれる腐食環境を模した溶液を室内において作成し、この溶液中の測定対象の対極に試料電極線を接続し、別途準備した補助対極と参照電極とを用いて分極測定を行うことで、模擬的に測定対象の対極の分極抵抗を求めることが考えられる。
【0010】
しかし、現実の腐食環境、例えばコンクリート構造物中に埋設された鋼材、河川や海水中に浸漬された鋼材がおかれる環境は、そのまま室内実験で再現することは現実的に困難であり、従って同環境における対極の分極抵抗を求めることも困難となる。もしも概略実験により大凡の分極抵抗が得られたとしても、対極の分極抵抗は、電位分布解析を実施する際の入力条件となる値であり、対極の分極抵抗をどのような値とするかで、インピーダンス特性曲線の結果は大きく変化する。その結果、インピーダンス特性曲線に基づく補正を行う場合に大きな誤差を生じさせ、正確に鋼材の真の分極抵抗が得にくいという問題があった。
【0011】
本発明の主な目的は、構造物中の鋼材の腐食速度を非接触で精度よく測定することができる腐食速度測定方法および腐食速度測定プローブを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の腐食速度測定方法は、腐食環境下におかれた鋼材、対極および参照電極と、これらに接続される鋼材電極線、対極線、参照電極線を有する電気化学測定装置とを用い、
前記鋼材電極線を前記対極に接続し、前記対極線を前記鋼材に接続し、前記参照電極線を前記参照電極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行って前記対極の分極抵抗を測定する対極測定工程と、
前記鋼材電極線を前記鋼材に接続し、前記対極線を前記対極に接続し、前記参照電極線を前記参照電極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行って前記鋼材の見掛けの分極抵抗を測定する鋼材測定工程と、
前記鋼材、前記対極および前記参照電極の幾何学的形状および相対位置に基づいて、電位分布解析により前記鋼材に関する補正特性曲線を作成する補正準備工程と、
を行い、この後、
前記見掛けの分極抵抗に対して前記補正特性曲線に基づく補正を行うことにより前記鋼材の補正された分極抵抗を求める補正実施工程を行うことを特徴とする。
【0013】
本発明において、補正準備工程は前記対極測定工程の後であればいずれの段階でもよい。また、補正準備工程および対極測定工程に対して、鋼材測定工程の実行する順番は任意である。
補正特性曲線としては、前述した非特許文献2に開示されたインピーダンス特性曲線を適用することができる。あるいは、鋼材の見掛けの分極抵抗の逆変換に利用できるものであれば、補正特性曲線の形式等は任意に選択することができる。
【0014】
このような本発明では、例えば本来の測定対象である鋼材の分極抵抗の測定を行ったのち、鋼材電極線と対極線との入れ替えにより、対極の分極抵抗を測定することができる。先に対極の分極抵抗を測定し、鋼材電極線と対極線との入れ替えにより、あとから鋼材の分極抵抗を測定してもよい。これらの測定に続いて、補正特性曲線に基づく補正を行うことにより、補正された分極抵抗として鋼材の真の分極抵抗が得られる。
【0015】
本発明において、前記対極として対をなす第1対極および第2対極を用い、前記対極測定工程では、前記鋼材電極線を前記第1対極に接続し、前記対極線を前記第2対極に接続し、前記参照電極線を前記参照電極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行うことにしてもよい。
このような本発明では、一対に設けられた第1対極および第2対極を用いて対極の分極抵抗を測定することができ、この際には鋼材を電極として用いないため、測定誤差を更に軽減できる。
【0016】
本発明において、前記対極として対をなす第1対極および第2対極を用い、前記対極測定工程では、前記鋼材電極線と前記参照電極線とを前記第1対極に接続し、前記対極線を前記第2対極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行うことにしてもよい。
このような本発明では、一対に設けられた第1対極および第2対極を用いて対極の分極抵抗を測定することができ、この際には鋼材および参照電極を電極として用いないため、測定誤差を更に軽減できる。
【0017】
本発明において、前記第1対極および前記第2対極は各々の測定対象に対向する表面の面積が同じであることが望ましい。
このような本発明では、各々を鋼材電極および対極として機能させた際に、互いに電極としての基本性能が同等であるため、各々の面積の違いによる換算をすることなく、前述した対極の分極抵抗を直接的により正確に測定することができる。
【0018】
本発明において、前記鋼材測定工程および前記対極測定工程における分極抵抗の測定に、10Hz以上の周波数帯の第1信号と、1Hz以下の周波数帯または直流の第2信号とを用いることが望ましい。
第1信号としては、10Hz以上であればよいが、電波法で一般の利用が許容されている125kHz帯や13.56MHz帯を用いることができる。
第2信号としては、1Hz以下であればよいが、0.25Hzから0Hzつまり直流の範囲を適宜用いることができる。
【0019】
本発明の腐食速度測定プローブは、前述した本発明の腐食速度測定方法に用いる腐食速
度測定プローブであって、絶縁材料で形成された本体と、本体に埋設されて測定面だけが露出された参照電極および対極とを有することを特徴とする。
このような本発明では、前述した腐食速度測定方法の実施に好適なものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の第1実施形態のプローブを示す斜視図。
【図2】前記第1実施形態のプローブと鋼材との関係を模式的に示す図。
【図3】前記第1実施形態の処理手順を示す図。
【図4】前記第1実施形態で利用する電気化学測定の原理を示す等価回路図。
【図5】前記第1実施形態で利用する電気化学測定の原理を示す模式図。
【図6】前記第1実施形態で利用する電気化学測定の溶液中での実施状態を示す模式図。
【図7】前記第1実施形態で利用する電気化学測定を溶液中の大きな鋼材に適用した状態を示す模式図。
【図8】前記第1実施形態で電気化学測定を行う部分を示す模式図。
【図9】前記第1実施形態の鋼材測定工程を示す模式図。
【図10】前記第1実施形態の対極測定工程を示す模式図。
【図11】前記第1実施形態の別の対極測定工程を示す模式図。
【図12】前記第1実施形態のインピーダンス特性曲線を示す図。
【図13】前記第1実施形態の実験用プローブの側面図
【図14】前記第1実施形態の実験用プローブの底面図
【図15】前記第1実施形態の実験に使用したコンクリート供試体図と測定模式図
【図16】前記第1実施形態の検証実験に使用したコンクリート供試体図と測定模式図
【図17】本発明の第2実施形態のプローブを示す斜視図。
【図18】前記第2実施形態のプローブと鋼材との関係を模式的に示す図。
【図19】前記第2実施形態で電気化学測定を行う部分を示す模式図。
【図20】前記第2実施形態の鋼材測定工程を示す模式図。
【図21】前記第2実施形態の対極測定工程を示す模式図。
【図22】本発明の第3実施形態の対極測定工程を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
〔第1実施形態〕
図1から図11には本発明の第1実施形態が示されている。
本実施形態は、コンクリート構造物の鉄筋として埋設された鋼材の腐食状態を評価するために、鋼材にプローブを取り付けてコンクリート中に埋設しておき、評価時にはプローブに測定装置を接続し、分極抵抗を測定するものである。
【0022】
図1において、鋼材1はコンクリート材料(図2参照)に埋設されて鉄筋として機能するものである。プローブ10は鋼材1に装着され、コンクリート材料に一体に埋設される。プローブ10は、箱状の本体11と、その両側面に各一対配置された対極12および参照電極13を有する。
【0023】
図2は、本実施形態におけるプローブと鋼材との位置関係を模式的に示したものである。この図では、参照電極13,対極12および鋼材1はコンクリート2に埋没されているが,参照電極13および対極12は必ずしも埋没している必要はなくコンクリート2の表面に設置された状態でもよい。前述した電気化学測定を試験的に行う場合、一般に対極はステンレス材料,チタン材料,白金等の耐食金属が用いられ、参照電極は銀・塩化銀電極,銅・硫酸銅電極,亜鉛合金等が用いられる。
図2において、プローブ10には電気化学測定装置20が接続される。電気化学測定装置20からは参照電極線RE、対極線CE、鋼材電極線WEが各々に対応する端子から引き出されている。
通常、参照電極線REはプローブ10の参照電極13の端子に接続され、対極線CEはプローブ10の対極12の端子に接続され、鋼材電極線WEは鋼材1に接続される。
この状態で、電気化学測定装置20を起動すると、対極線CEが接続された対極12と鋼材電極線WEが接続された鋼材10との間に電流ΔIが流れる。
【0024】
電気化学測定装置20では、鋼材1に流れる電流ΔIを鋼材電極線WEから検出できるとともに、鋼材1に対する対極12側の電圧ΔEは参照電極13に接続された参照電極線REで検出することができ、これらから分極抵抗を測定することができる。
なお、対極12から鋼材1に向かう電流は電流線7のように流れ、各々の等電位の部分を結ぶことで等電位面8を想定することができる。対極12の中央部分の電流線7は揃っているが周辺部分は鋼材1の面積の拡がりに応じて拡散し、鋼材1の表面では電流分布9は不均一になる。このような不均一により、測定すべき分極抵抗の精度が低下するが、本発明に基づく測定を行うことでこれが解決できる。
【0025】
図3には、本実施形態における腐食速度測定方法の処理手順が示されている。
本実施形態では、腐食環境下におかれた鋼材1、対極12および参照電極13と、これらに接続される鋼材電極線WE、対極線CE、参照電極線REを有する電気化学測定装置20とを用いる。
まず、鋼材電極線WEを対極12に接続し、対極線CEを鋼材1に接続し、参照電極線REを参照電極13に接続し、この状態で電気化学測定装置20により電気化学測定を行って対極の分極抵抗Rp.ceを測定する対極測定工程を行う(処理S1)。
次に、鋼材電極線WEを鋼材1に接続し、対極線CEを対極12に接続し、参照電極線REを参照電極13に接続し、この状態で電気化学測定装置20により電気化学測定を行って鋼材1の見掛けの分極抵抗Rp’を測定する鋼材測定工程を行う(処理S2)。
【0026】
続いて、鋼材測定工程(処理S2)における鋼材1、対極12および参照電極13の幾何学的形状および相対位置に基づいて、さらに対極測定工程(処理S1)で測定された対極の分極抵抗Rp.ceを用いて電位分布解析により鋼材1および対極12に関する補正特性曲線CCを作成する補正準備工程(処理S3)を行う。
この後、見掛けの分極抵抗Rp’に対して補正特性曲線CCに基づく補正を行うことにより鋼材1の補正された分極抵抗Rpを求める補正実施工程を行う(処理S4)。
以下、各処理について詳細に説明する。
【0027】
図4および図5には、電気化学測定装置20で実行される電気化学測定、つまり既存の二周波数による分極抵抗の算出が模式的に示されている。
図4において、プローブ10の側面の対極12からの電流はコンクリート材料2を流れて鋼材1に至る。このため、対極12と鋼材1との間にコンクリート材料2に相当する抵抗Rsがあり、コンクリート材料2と鋼材1との境界部分には分極抵抗Rpおよび容量Cpがあるという等価回路を想定することができる。
【0028】
図5において、既存の二周波数方式の分極抵抗の算出方法では、対極12と鋼材1との間に、高周波の電流および低周波の電流を流し、その応答電圧の演算により分極抵抗を算出する。
先ず、高周波数の矩形波の電流ΔIを流し、その応答電圧ΔEを調べる。高周波の電流は、コンクリート材料2と鋼材1との境界部分では専ら容量Cpを流れるため、分極抵抗Rpの影響を受けない。従って、応答電圧ΔEは専らコンクリート材料2により生じる電圧ΔEsとなり,全抵抗(ΔEをΔIで除した値)はコンクリート材料2の比抵抗に比例した抵抗Rsとなる(図5の式(1)参照)。
次に、低周波数の矩形波の電流ΔIを流し、その応答電圧ΔEを調べる。低周波の電流は、コンクリート材料2と鋼材1との境界部分では容量Cpを流れずに分極抵抗Rpの影響を受ける。従って、応答電圧ΔEはコンクリート材料2により生じる電圧ΔEsと前述の分極抵抗により生じる電圧ΔEpとの和となり,全抵抗(ΔEをΔIで除した値)は抵抗Rsと前述した分極抵抗Rpの和となる(図5の式(2)参照)。
これらの式を解くことで、分極抵抗Rpを算出することができる。
【0029】
本実施形態において、鋼材測定工程および対極測定工程における二周波数方式の分極抵抗の測定には、10Hz以上の周波数帯の第1信号と、1Hz以下の周波数帯または直流の第2信号とを用いる。
第1信号としては、10Hz以上であればよいが、電波法で一般の利用が許容されている125kHz帯や13.56MHz帯を用いることができる。
第2信号としては、1Hz以下であればよいが、0.25Hzから0Hzつまり直流の範囲を適宜用いることができる。
【0030】
前述のような二周波数方式の分極抵抗の測定方法により、鋼材1の分極抵抗が算出できようになるが、実際には対極12に対して鋼材1が大きいため、分極抵抗の分布変動が生じ、正確な測定が難しくなる。
図6において、対極12と鋼材1とが同程度の大きさであれば、互いに対向させた状態で電流線7は揃って並び、等電位面8は対極12および鋼材1の表面と平行となり、鋼材1の表面での電流分布9が均一となるため、測定電流ΔIと応答電圧ΔEとを用いた演算により算出した分極抵抗は鋼材表面で一様な真の分極抵抗Rpに一致する。
【0031】
図7のように、対極12に対して鋼材1は一般に大きく、電流線7は対極12の周辺で大きな鋼材1に向かって拡散し、等電位面8は広く湾曲し、鋼材1の表面での電流分布9は対極12の中央部で大きく周辺部で小さい不均一な状態となり、測定電流ΔIと応答電圧ΔEとを用いた演算により算出した分極抵抗は所謂見掛けの分極抵抗Rp’であって、鋼材表面の真の分極抵抗Rpとは全く異なった値となり正しい値を得ることができない。
なお、図6および図7では、対極12および鋼材1は溶液3に浸漬されている。前述した二周波数方式の分極抵抗の算出方法を試験的に行う場合、コンクリート材料2が固化すると分解が難しいため、コンクリート材料2と近似した抵抗を有する溶液3中で行われる。
【0032】
前述した不均一に起因する問題に対し、本実施形態では、鋼材測定工程(図3の処理S2)により鋼材1の見掛けの分極抵抗測定(前述した図7に相当)に加えて、対極12の分極抵抗測定(対極測定工程、処理S1)を行い、測定された対極の分極抵抗Rp.ceを用いた電位分布解析により作成した補正特性曲線CCを用いて前述した電流の拡散の影響を受けた見掛けの分極抵抗Rp’を補償するようにする。
図8において、従来は鋼材1の対極12側の表面1Aの分極抵抗Rpだけを測定していたが、本実施形態では対極12の表面12Aの分極抵抗Rp.ceの測定も行う。
【0033】
図9において、鋼材測定工程では、通常通り、電気化学測定装置20の参照電極線REはプローブ10の参照電極13の端子に接続され、対極線CEはプローブ10の対極12の端子に接続され、鋼材電極線WEは鋼材1に接続される。
この状態で、前述した二周波数方式の分極抵抗の算出方法を実施することで、鋼材1の表面の見掛けの分極抵抗Rp’が測定される。測定されたRp’は、鋼材1の拡がりに基づいて分布変動したものとなる。
さらに、溶液3中での測定を行う場合、二周波数方式の算出では、図5での説明とは異なり,低周波測定での全抵抗は見掛けの値、すなわち見掛けの全抵抗Rt’=見掛けの分極抵抗Rp’+見掛けの液抵抗Rs’の関係となっている。
【0034】
図10において、電気化学測定装置20の参照電極線REはプローブ10の参照電極13の端子に接続されるのは同じであるが、プローブ10の対極12の端子には鋼材電極線WEが接続され、鋼材1には対極線CEが接続される。
この状態で、前述した二周波数方式の分極抵抗の算出方法を実施することで、対極12の表面の分極抵抗Rp.ceが測定される。
測定された分極抵抗Rp.ceは、対極12の大きさが鋼材の大きさに比して限定的であるため電流分布の不均一の影響がなく正確なものとなる。
図11は図10で示した対極測定工程の別の方法として,参照電極13を対極12と寸法が等しいもしくは大である形状の電極で代用した実施例を示している。
【0035】
図3に戻って、本実施形態では、前述した鋼材測定工程(処理S2、図9参照)および対極測定工程(処理S1、図10参照)による対極の分極抵抗の測定に加えて、補正準備工程(処理S3)で準備したインピーダンス特性曲線(図11参照)に基づいて補正実施工程(処理S4)で補正を行うことで、鋼材の真の分極抵抗Rpが得られるようにする。
【0036】
補正準備工程(処理S3)では、まず鋼材測定工程(図9参照)における鋼材、対極、参照電極の寸法や位置を考慮し、そして鋼材の分極抵抗Rp=0に,対極の分極抵抗Rp.ceは対極測定工程で得た値に設定し、溶液3の比抵抗ρは任意の値を仮定して、電位分布解析1を行う(処理S31)。
この解析では鋼材の分極抵抗Rp=0の条件で見掛けの全抵抗Rt’=ΔE/ΔIを算出する。次に、鋼材1の真の分極抵抗を仮定する。例えば、鋼材1の真の分極抵抗Rp=10,100,1000,…というように種々の値として仮定してゆく(処理S32)。
【0037】
次に、各仮定値とした場合の見掛け全抵抗Rt’=ΔE/ΔIを計算する。この際、鋼材、対極、参照電極の寸法や位置の幾何学的データ、対極12の分極抵抗Rp・ceおよび溶液の比抵抗ρは前記補正準備工程と同じ値とする。上述の処理S31及び処理S32で鋼材の真の分極抵抗Rpとこれに対応した見掛け全抵抗Rt’を計算し、例えば、横軸に鋼材の真の分極抵抗Rpを,縦軸に見掛けの全抵抗Rt’を溶液3の比抵抗ρで除した値,すなわちRt’/ρの値をプロットしてインピーダンス特性曲線(図12参照)を作成する。
【0038】
ここで、Rt’をρで除した値を縦軸としたのは、個々に計算した見掛けの全抵抗Rt’に上述の処理S31及び処理S32で任意の値として仮定した溶液3の比抵抗ρが比例的に影響を受けているためであり、この影響を除外する目的で行った。すなわち、見掛けの全抵抗Rt’=見掛けの分極抵抗Rp’+見掛けの液抵抗Rs’の関係があり、なお且つ見掛けの抵抗Rs’は溶液の比抵抗ρに正比例する関係となっているからである。
図11に示したようなインピーダンス特性曲線は、必ずしもこの作成手法に限定されるものではなく、見掛けの全抵抗と鋼材の真の分極抵抗を関係づけられるものであれば本発明に適宜採用できる。
【0039】
補正実施工程(処理S4)では、図11に示すように、見掛け全抵抗Rt’とこれに対応する鋼材の真の分極抵抗Rpに基づくインピーダンス特性曲線に基づき、鋼材測定工程で得られた見掛けの全抵抗Rt’に対応する分極抵抗Rpを選択し、これを真の分極抵抗とする。具体的には以下の通りとなる。
鋼材測定工程(処理S2)で、二周波数方式によった場合には2つの見掛けの全抵抗(Rt1’,Rt2’)が得られる。前者は高周波数測定、後者は低周波数測定によるものである。
【0040】
まず,Rt1’であるが、この値は鋼材の分極抵抗Rp1=0の条件下での測定値であるから、溶液3の比抵抗をρcとした場合に、Rt1’/ρcの値は,図12に示すインピーダンス特性曲線のA点、すなわち鋼材の分極抵抗分極抵抗Rp=0の条件に対応する。すなわち、Rt1’/ρc=aの関係となり,溶液3の比抵抗は,ρc=Rt1’/aとして計算される。
次に、Rt2’であるが、この値は測定対象とした鋼材の真の分極抵抗Rpが影響した条件下での測定値であるから、溶液3の比抵抗をρcとした場合に、Rt2’/ρcの値は、図12に示すインピーダンス特性曲線のB点、すなわちRt2’/ρc=bを縦軸値とするインピーダンス特性曲線の横軸値Rp2が鋼材の真の分極抵抗Rpに対応して、これが最終的に鋼材の真の分極抵抗値として求められる。
【0041】
次に第1実施形態の実験例を図13から図16に示す。
図13および図14は、図11で示した実施例に基づいた試作プローブ14の側面図および底面図である。一対のステンレス製電極16A,16Bは各々参照電極と対極として使用する。
図15に実験に用いた試作プローブ、A鉄筋17、B鉄筋18を埋設したコンクリート供試体19と鋼材測定工程の模式を示す。ここで測定対象はA鉄筋17である。なお、対極測定工程S1、補正準備工程S3および補正実施工程S4の説明は省略する。
図16に同じコンクリート供試体19を用いて検証実験として実施したA鉄筋17の分極測定の模式を示す。ここで、A鉄筋17を試料電極線WEに,B鉄筋18は対極電極線CEと参照電極線REに接続している。前記の電気化学測定ではいずれも二周波数測定機を用いた。
以上の手順に基づいて実測された各抵抗値の一例を表1に示す。
【0042】
【表1】
【0043】
表1に示す通り,本発明の第1実施形態に基づいて得た鉄筋の分極抵抗Rpは38.71kΩcm2であり,検証実験として実施した鉄筋の分極抵抗は36.93kΩcm2であり,本特許手法を採用することで精度の高い鋼材の分極抵抗の算出が可能であることが示された。
【0044】
なお、前述した第1実施形態において、鋼材測定工程、対極測定工程および補正準備工程は、その実行する順番は任意である。先に対極測定工程を行い、後から鋼材測定工程を行ってもよい。
補正特性曲線としては、前述した非特許文献2に開示されたインピーダンス特性曲線を適用することができる。あるいは、鋼材の見掛けの分極抵抗と対極の分極抵抗との逆変換に利用できるものであれば、補正特性曲線の形式等は任意に選択することができる。
【0045】
〔第2実施形態〕
図17から図21には本発明の第2実施形態が示されている。
本実施形態は、基本的に前述した第1実施形態と同様の装置を用いて同様の処理を行うものである。このため、同様の構成については重複する説明を省略し、以下には異なる部分について説明する。
【0046】
図17において、本実施形態で用いるプローブ10は各側面に2つの対極である第1対極12Aおよび第2対極12Bを有し、その中間に参照電極13が配置されている。
ここで、第1対極12Aおよび第2対極12Bは各々の測定対象に対向する表面の面積が同じである。
図18において、プローブ10には電気化学測定装置20が接続され、参照電極線REはプローブ10の参照電極13の端子に接続され、鋼材電極線WEは鋼材1に接続されるのは前述した第1実施形態と同じである。本実施形態では、対極線CEはプローブ10の第1対極12Aおよび第2対極12Bに並列で接続される。
【0047】
図19において、従来は鋼材1の対極12側の表面1A(図8参照)の分極抵抗Rpだけを測定していたが、本実施形態では第1対極12Aの表面12Cおよび第2対極12Bの表面12Dの分極抵抗Rp・ceも測定する。
図20において、本実施形態の鋼材測定工程では、電気化学測定装置20の参照電極線REはプローブ10の参照電極13の端子に接続され、対極線CEはプローブ10の各対極12A,12Bの端子に接続され、鋼材電極線WEは鋼材1に接続される。これは、各対極12A,12Bが二つになっただけで、他は前記第1実施形態と同様である。
【0048】
図21において、本実施形態の対極測定工程では、第2対極12Bに対極線CEを接続し、第1対極12Aに鋼材電極線WEを接続することにより、第2対極12Bから第1対極12Aに至る電流線7を生じさせ、第1対極12Aの表面の分極抵抗を測定する。また,第2対極12Bに鋼材電極線WEを接続し、第1対極12Aに対極線CEを接続することにより、第1対極12Aから第2対極12Bに至る電流線を生じさせ、第2対極12Bの表面の分極抵抗を測定する。
【0049】
このような本実施形態によっても、前述した第1実施形態と同様な効果を得ることができる。さらに、一対に設けられた第1対極12Aおよび第2対極12Bを用いて対極の分極抵抗を測定することができ、この際には鋼材1を電極として用いないため、単に鋼材電極線WEと対極線CEとを入れ替える操作となり、作業は軽減できる。
また、第1対極12Aおよび第2対極12Bは各々の測定対象に対向する表面の面積が同じであるため、各々を鋼材電極線WEおよび対極線CEに接続した際に、互いに電極としての基本性能が同等であるため、前述した対極の分極抵抗をより正確に測定することができる。
【0050】
なお、第2実施形態の対極測定工程において、第1対極12Aおよび第2対極12Bを形成した場合でも、両方の対極12A,12Bに鋼材電極線WEを接続し、鋼材1に対極線CEを接続することで、鋼材測定工程と全く逆の電流を形成してもよく、この場合前記第1実施形態と全く同様となる。
【0051】
〔第3実施形態〕
図22には本発明の第3実施形態が示されている。
本実施形態は、基本的に前述した第2実施形態と同様の装置を用いて同様の処理を行うものである。このため、同様の構成については重複する説明を省略し、以下には異なる部分について説明する。
図22に示すように、第2実施形態の対極測定工程において、参照電極線REを参照電極13から外し、第2対極12Bに接続してもよい。この場合でも、第2対極12Bから第1対極12Aに至る電流ΔIが得られるとともに、第2対極12Bと第1対極12Aとの間に電圧ΔEが得られ、同様の測定を行うことができる。
この実施形態は、一対に設けられた第1対極12Aおよび第2対極12Bを用いて対極の分極抵抗を測定することができるが、この方法は前記図11に類似した方法となっている。
【0052】
〔変形例〕
なお、本発明は前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成する範囲内での変形等は本発明に含まれるものである。
例えば、プローブ10の形状、寸法、材質等、あるいは対極12、参照電極13の形状、寸法や配置等は実施にあたって適宜選択してよい。
前述した通り、本発明の処理手順において、鋼材測定工程、対極測定工程および補正準備工程の実行する順番は任意であり、最終的に補正実施工程により真の分極抵抗が得られればよい。また、インピーダンス特性曲線に限らず、鋼材の見掛けの分極抵抗と対極の分極抵抗との逆変換に利用できるものであれば、補正特性曲線の形式等は任意に選択することができる。
【符号の説明】
【0053】
1…鋼材、2…コンクリート材料、3…溶液、7…電流線、8…等電位面、9…電流分布、10…プローブ、12…対極、12A…第1対極、12B…第2対極、13…参照電極、14…試作プローブ、15…絶縁樹脂性本体、16…ステンレス製電極、16A…ステンレス製参照電極、16B…ステンレス製対極、17…A鉄筋、18…B鉄筋、19…コンクリート供試体、20…電解化学測定装置、CE…対極線、RE…参照電極線、WE…鋼材電極線。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
腐食環境下におかれた鋼材、対極および参照電極と、これらに接続される鋼材電極線、対極線、参照電極線を有する電気化学測定装置とを用い、
前記鋼材電極線を前記対極に接続し、前記対極線を前記鋼材に接続し、前記参照電極線を前記参照電極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行って前記対極の分極抵抗を測定する対極測定工程と、
前記鋼材電極線を前記鋼材に接続し、前記対極線を前記対極に接続し、前記参照電極線を前記参照電極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行って前記鋼材の見掛けの分極抵抗を測定する鋼材測定工程と、
前記鋼材、前記対極および前記参照電極の幾何学的形状および相対位置に基づいて、電位分布解析により前記鋼材に関する補正特性曲線を作成する補正準備工程と、
を行い、この後、
前記見掛けの分極抵抗に対して前記補正特性曲線に基づく補正を行うことにより前記鋼材の補正された分極抵抗を求める補正実施工程を行うことを特徴とする腐食速度測定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の腐食速度測定方法において、
前記対極として対をなす第1対極および第2対極を用い、前記対極測定工程では、前記鋼材電極線を前記第1対極に接続し、前記対極線を前記第2対極に接続し、前記参照電極線を前記参照電極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行うことを特徴とする腐食速度測定方法。
【請求項3】
請求項1に記載の腐食速度測定方法において、
前記対極として対をなす第1対極および第2対極を用い、前記対極測定工程では、前記鋼材電極線と前記参照電極線とを前記第1対極に接続し、前記対極線を前記第2対極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行うことを特徴とする腐食速度測定方法。
【請求項4】
請求項2または請求項3に記載の腐食速度測定方法において、
前記第1対極および前記第2対極は各々の測定対象に対向する表面の面積が同じであることを特徴とする腐食速度測定方法。
【請求項5】
請求項1から請求項4の何れかに記載の腐食速度測定方法において、
前記鋼材測定工程および前記対極測定工程における分極抵抗の測定に、10Hz以上の周波数帯の第1信号と、1Hz以下の周波数帯または直流の第2信号とを用いることを特徴とする腐食速度測定方法。
【請求項6】
請求項1から請求項5の何れかに記載の腐食速度測定方法に用いる腐食速度測定プローブであって、
絶縁材料で形成された本体と、本体に埋設されて測定面だけが露出された参照電極および対極とを有することを特徴とする腐食速度測定プローブ。
【請求項1】
腐食環境下におかれた鋼材、対極および参照電極と、これらに接続される鋼材電極線、対極線、参照電極線を有する電気化学測定装置とを用い、
前記鋼材電極線を前記対極に接続し、前記対極線を前記鋼材に接続し、前記参照電極線を前記参照電極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行って前記対極の分極抵抗を測定する対極測定工程と、
前記鋼材電極線を前記鋼材に接続し、前記対極線を前記対極に接続し、前記参照電極線を前記参照電極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行って前記鋼材の見掛けの分極抵抗を測定する鋼材測定工程と、
前記鋼材、前記対極および前記参照電極の幾何学的形状および相対位置に基づいて、電位分布解析により前記鋼材に関する補正特性曲線を作成する補正準備工程と、
を行い、この後、
前記見掛けの分極抵抗に対して前記補正特性曲線に基づく補正を行うことにより前記鋼材の補正された分極抵抗を求める補正実施工程を行うことを特徴とする腐食速度測定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の腐食速度測定方法において、
前記対極として対をなす第1対極および第2対極を用い、前記対極測定工程では、前記鋼材電極線を前記第1対極に接続し、前記対極線を前記第2対極に接続し、前記参照電極線を前記参照電極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行うことを特徴とする腐食速度測定方法。
【請求項3】
請求項1に記載の腐食速度測定方法において、
前記対極として対をなす第1対極および第2対極を用い、前記対極測定工程では、前記鋼材電極線と前記参照電極線とを前記第1対極に接続し、前記対極線を前記第2対極に接続し、この状態で前記電気化学測定装置により電気化学測定を行うことを特徴とする腐食速度測定方法。
【請求項4】
請求項2または請求項3に記載の腐食速度測定方法において、
前記第1対極および前記第2対極は各々の測定対象に対向する表面の面積が同じであることを特徴とする腐食速度測定方法。
【請求項5】
請求項1から請求項4の何れかに記載の腐食速度測定方法において、
前記鋼材測定工程および前記対極測定工程における分極抵抗の測定に、10Hz以上の周波数帯の第1信号と、1Hz以下の周波数帯または直流の第2信号とを用いることを特徴とする腐食速度測定方法。
【請求項6】
請求項1から請求項5の何れかに記載の腐食速度測定方法に用いる腐食速度測定プローブであって、
絶縁材料で形成された本体と、本体に埋設されて測定面だけが露出された参照電極および対極とを有することを特徴とする腐食速度測定プローブ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【公開番号】特開2011−196737(P2011−196737A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−61876(P2010−61876)
【出願日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】
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