説明

腹膜肥厚・癒着の防止剤および腹膜透析液

【課題】本発明の目的は腹膜透析における腹膜肥厚・癒着の防止に有用な薬剤を提供する。
【解決手段】Rhoキナーゼ阻害剤を有効成分として含有することを特徴とする腹膜肥厚・癒着防止剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は腹膜透析における腹膜肥厚・癒着防止剤に関する。また、本発明は腹膜肥厚・癒着防止透析液に関する。
【背景技術】
【0002】
人工透析は、腎機能が低下もしくは喪失した患者に対し、本来腎臓が果たしている血液浄化作用を腎臓に代わって行う血液浄化療法であり、生体内から水を除去することによって体液の組成を一定に保つとともに、体液中の尿素等の老廃物といった溶質を除去することを主な目的としている。現在の人工透析には、主に血液透析療法と腹膜透析療法がある。
【0003】
腹膜透析療法は、腹膜で囲まれた腹腔内に浸透圧の高い透析溶液を貯留することによって、生体内の余分な水と老廃物といった溶質を取り除くことを基本とする。即ち体液から腹腔内に貯留された透析溶液に水と溶質が移動することによって透析される。
【0004】
腹膜透析は、患者自身で透析を行うことができるためQOLの面からも非常に優れた方法であるが、腹膜透析を継続することで腹膜が肥厚ならびに癒着することにより、限外濾過不全が引き起こり、透析が継続できなくなる欠点があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、腹膜透析において腹膜肥厚ならびに癒着の防止に有用な薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、以下の腹膜肥厚ならびに癒着防止剤及び腹膜肥厚ならびに癒着防止透析液を提供するものである。
項1. Rhoキナーゼ阻害剤を有効成分として含有することを特徴とする腹膜肥厚・癒着防止剤。
項2. 前記Rhoキナーゼ阻害剤が、ファスジル〔(R)-(+)- trans-N-(4-pyridyl)-4-(1-aminoethyl)-cyclohexanecarboxamide〕またはその塩もしくは水和物であることを特徴とする項1に記載の腹膜肥厚・癒着防止剤。
項3. Rhoキナーゼ阻害剤を含有することを特徴とする腹膜肥厚・癒着防止腹膜透析液。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、腹膜透析を長期間続けた場合であっても腹膜肥厚ならびに癒着が起こらないか、腹膜が肥厚ならびに癒着する場合であってもその進行が非常に緩やかになる。従って、腹膜透析の期間を延長することができるようになり、透析患者のQOLを向上し、医療費の削減にも寄与するものである。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】腹腔内肉眼所見の結果を示す。
【図2】腹膜厚の測定結果を示す。
【図3】組織所見の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明はRhoキナーゼ阻害剤を有効成分として含有する腹膜肥厚・癒着防止剤を提供する。
【0010】
「腹膜肥厚」とは、腹膜の厚さが、透析開始前よりも有意にもしくは有意傾向をもって増大することを意味する。したがって、「腹膜肥厚の防止」とは腹膜の厚さが透析前と同等程度あるいは有意傾向が認められない程度の軽度な肥厚にとどまることを意味する。
【0011】
「腹膜癒着」とは、腹膜と臓器、特に腸管が癒着した状態をいう。
【0012】
本発明の腹膜肥厚・癒着防止剤は、腹膜透析によるそれ以上の肥厚・癒着を予防ないし軽減することができる。ここで予防とは、腹膜透析を行う際に腹膜の厚さが本発明のRhoキナーゼ阻害剤の投与前よりも肥厚ならびに癒着の進行が軽減される状態を包含する。
【0013】
本発明で使用される「Rhoキナーゼ阻害剤」は、Rhoキナーゼ阻害作用を有するものを広く包含し、例えばY-27632、エリル(塩酸ファスジル水和物の商品名)またはファスジル、(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミド、ヘキサヒドロ−1−(5−イソキノリンスルホニル)−1H−1,4−ジアゼピン、(R)−トランス−N−(ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)シクロヘキサンカルボキサミド、(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミド、1−(5−イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン、1−(5−イソキノリンスルホニル)−2−メチルピペラジン、(1−ベンジルピロリジン−3−イル)−(1H−インダゾール−5−イル)アミン、(1−ベンジルピペリジン−4−イル)−(1H−インダゾール−5−イル)アミン、N−[2−(4−フルオロフェニル)−6,7−ジメトキシ−4−キナゾリニル]−N−(1H−インダゾール−5−イル)アミン、N−4−(1H−インダゾール−5−イル)−6,7−ジメトキシ−N−2−ピリジン−4−イル−キナゾリン−2,4−ジアミン、および4−メチル−5−(2−メチル−[1,4]ジアゼパン−1−スルホニル)イソキノリンなど、または上記各化合物の薬学的に許容される塩もしくは水和物あるいは溶媒和物が挙げられる。薬学的に許容される塩としては塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、硝酸塩などの無機酸塩、メタンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩などのスルホン酸塩、、マレイン酸塩、フマル酸塩、酒石酸塩などの有機酸塩、ナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩などが挙げられる。溶媒和物の溶媒としてはエタノール、メタノールなどが挙げられる。
【0014】
本発明において、有効成分であるRhoキナーゼ阻害剤は一種または二種以上の複数の化合物を組合せて使用してもよい。
【0015】
本発明の有効成分であるRhoキナーゼ阻害剤は、単独で経口または非経口(特に腹膜投与)で投与してもよく、透析液に必要な量配合して腹膜に直接作用させてもよい。好ましくは透析液に配合される。Rhoキナーゼ阻害剤は、Rhoキナーゼ阻害有効量を配合すればよいが、例えばファスジルの場合には、成人患者1日あたり0.1〜1000mg程度、好ましくは1〜200mg程度の投与量を選ぶことができる。
【0016】
Rhoキナーゼ阻害剤は、投与経路次第で医薬的に許容される添加物を共に含むものであってもよい。添加剤としては特に限定されないが、担体、賦形剤、防腐剤、安定剤、結合剤、酸化防止剤、膨化剤、等張剤、溶解補助剤、保存剤、緩衝剤、希釈剤等が挙げられる。使用し得る添加剤は、特に限定されないが、例えば、水、生理食塩水、医薬的に許容される有機溶媒、ゼラチン、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、トラガント、カゼイン、寒天、ジグリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン(HSA)、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、PBS、非イオン性界面活性剤、生体内分解性ポリマー、無血清培地、医薬添加物として許容される界面活性剤あるいは生体内で許容し得る生理的pHの緩衝液などが挙げられる。使用される担体は、使用部位に応じて上記の中から適宜あるいは組合せて選択されるが、これらに限定されるものではない。
【0017】
本発明は、Rhoキナーゼ阻害剤を含有することを特徴とする腹膜肥厚・癒着防止腹膜透析液を提供する。腹膜透析液は腹腔内に貯留される浸透圧の高い溶液であり、生体内の余分な水と老廃物等の溶質を取り除くことを目的とする。本発明の腹膜透析液において、Rhoキナーゼ阻害剤は腹膜透析液の目的を妨げないことを前提として、腹膜透析液に含有され得る。腹膜透析液中に含まれる有効成分の量は、特に限定されないが、腹膜透析液の組成は、特に限定されず、通常知られているものが使用できる。例えば、135mEq/LNa 、2.5mEq/L(もしくは4mEq/L)Ca、0.5mEq/L Mg 、98mEq/L Cl、40mEq/L 乳酸、2.5g/dl (もしくは1.35g/dlまたは4g/dl )グルコース の透析溶液(pH6.3 〜7.3 )を使用することができる。製造は、グルコースと乳酸ナトリウムを混合した溶液(pH5.0)と、KCl、MgCl 、乳酸ナトリウムを混合した液(pHはNaClでpH9.0に調整) をそれぞれ高圧蒸気加熱滅菌した後、使用直前に4:1の割合で混合して使用するが、本発明の腹膜透析液では、混合方法は限定されないが、例えばRhoキナーゼ阻害剤を、所望の濃度で使用直前の両液の混合時に混合してもよいし、一方の溶液に予め混合しておいてもよい。
【実施例】
【0018】
以下に本発明の具体例である実施例を示し、本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
実施例1
クロルヘキシジン(CHX)による腹膜障害モデルラットにRhoキナーゼ阻害薬である塩酸ファスジル水和物(商品名:エリル)を3mg/kgおよび10mg/kg腹腔投与した。
腹膜障害モデルラット
既報の方法(Suga H, et al. Exp Toxic Pathol 1995; 47: 287-291)に基づき、SDラット、7週齢、体重約200gに0.1%クロルヘキシジン、15%エタノール、生理食塩水混合液(以下,CHX溶液)を1日2mlずつ28日間腹腔内投与(IP)して作成した。
【0019】
4実験群を作製
(i)生理食塩水3mlをIPする群(生食群)、6匹。
【0020】
(ii)CHX溶液3mlをIPする群(CHX群)、7匹。
【0021】
(iii)CHX溶液3mlとエリル(3mg/kg/day )をIPする群(E3群)、6匹。
【0022】
(iv)CHX溶液3mlとエリル(10mg/kg/day )をIPする群(E10群)、6匹。
結果
・ 体重比較
【0023】
【表1】

【0024】
2)腹腔内肉眼所見
生食群とE10群は、全例正常の肉眼所見を呈した
CHX群は7匹中5匹が広範囲の腹膜癒着ならびに硬化所見を呈した
E3群では、6匹中2匹が広範囲の腹膜癒着ならびに硬化所見を、1匹が一部に腹膜癒着を認めた。
3)腹膜厚
1検体につき10点の腹膜厚を測定しその平均値を算出した。CHX群と比較し、E10 群は腹膜厚が有意に薄かった(p≦.001)。
【0025】
【表2】

【0026】
組織所見
組織所見では、腹膜肥厚、マッソントリクローム(MT)染色で評価した腹膜線維化および血管新生が抑制された。αSMAの発現もE3、E10群で抑制され、腹膜中皮細胞の形質転換ならびに増殖を抑制した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Rhoキナーゼ阻害剤を有効成分として含有することを特徴とする腹膜肥厚・癒着防止剤。
【請求項2】
前記Rhoキナーゼ阻害剤が、ファスジル〔(R)-(+)- trans-N-(4-pyridyl)-4-(1-aminoethyl)-cyclohexanecarboxamide〕またはその塩もしくは水和物であることを特徴とする請求項1に記載の腹膜肥厚・癒着防止剤。
【請求項3】
Rhoキナーゼ阻害剤を含有することを特徴とする腹膜肥厚・癒着防止腹膜透析液。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−222263(P2010−222263A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−68373(P2009−68373)
【出願日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【特許番号】特許第4379636号(P4379636)
【特許公報発行日】平成21年12月9日(2009.12.9)
【出願人】(509080392)
【Fターム(参考)】