説明

自動車電装・補機用転がり軸受

【課題】自動車電装・補機に用いられる転がり軸受の使用条件下において、水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止でき、長時間使用可能な自動車電装・補機用転がり軸受を提供する。
【解決手段】エンジン出力で回転駆動される回転軸を静止部材に回転自在に支持する自動車電装・補機用の転がり軸受1であって、該自動車電装・補機用転がり軸受1は、金属製軸受部材として、内輪2と、外輪3と、この内・外輪間に介在する複数の転動体4と、この転動体4を保持する保持器5とを備えてなり、上記金属製軸受部材から選ばれた少なくとも一つが、該部材の摺動面または転動面に、植物由来の多価アルコール化合物にて被膜処理を施された部材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、ファンカップリング装置、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等に用いる転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の小型化、軽量化および静粛性向上の要求に伴ない、その電装部品や補機部品の小型化、軽量化およびエンジンルーム内の密閉化が図られているが、その一方、装置の性能自体には高出力、高効率化の要求が増大し、エンジンルーム内の電装・補機においては、小型化に伴なって生じる出力の低下を高速回転させることで補う手法が採られている。以下に、自動車電装・補機用転がり軸受の例として、ファンカップリング装置用転がり軸受、自動車用オルタネータ用転がり軸受およびアイドラプーリ用転がり軸受について概要を説明する。
【0003】
自動車用ファンカップリング装置は、内部に粘性流体を封入し、外周面に送風用のファンが取り付けられたハウジングを、軸受を介してエンジンに直結するロータに連結され、雰囲気温度に感応して増減する粘性流体の剪断抵抗を利用して、エンジンからの駆動トルク伝達量およびファンの回転数を制御することにより、エンジン温度に対応した最適な送風を行なう装置である。このためファンカップリング装置用転がり軸受は、エンジン温度の変動に伴い回転数が 1000 rpm から 10000 rpm まで変動する回転ムラの他に、夏場の高速運転時には 180℃以上の高温下で、回転数 10000 rpm 以上の高速回転という極めて過酷な環境に耐えられる耐熱性、グリースシール性、耐久性が要求される。
【0004】
自動車用オルタネータは、エンジンの回転をベルトで受けて発電し、車両の電気負荷に電力を供給するとともに、バッテリーを充電する機能を有する。このためオルタネータ用転がり軸受は、180℃以上の高温下で、回転数 10000 rpm 以上の高速回転という極めて過酷な環境に耐えられる耐熱性、グリースシール性、耐久性が要求される。
【0005】
自動車用アイドラプーリは、エンジンの回転を自動車の補機に伝える駆動ベルトのベルトテンショナーとして使用されるものであり、軸間距離が固定されているような場合のベルトにテンショナーとして張力を与えるためのプーリとしての機能と、ベルトの走行方向を変えるため、または障害物を避けるために用いてエンジン室内容積の減少を図るアイドラとしての機能とを合わせもつものである。このためアイドラプーリ用転がり軸受は、180℃以上の高温下で、回転数 10000 rpm 以上の高速回転という極めて過酷な環境に耐えられる耐熱性、グリースシール性、耐久性が要求される。
【0006】
これらの転がり軸受の潤滑には主としてグリースが用いられている。ところが、急加減速や、高温、高速回転等の使用条件が過酷になることで、転がり軸受の転走面に白色組織変化を伴った特異的な剥離が早期に生じ、問題になっている。この特異的な剥離は、通常の金属疲労により生じる転走面内部からの剥離と異なり、転走面表面の比較的浅いところから生じる破壊現象で、グリースの分解等によって発生する水素が原因の水素脆性と考えられている。
【0007】
このような早期に発生する白色組織変化を伴った特異な剥離現象を防ぐ方法として、例えばグリースに不動態化剤を添加する方法(特許文献1参照)や、ビスマスジチオカーバメートを添加する方法(特許文献2参照)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平3−210394号公報
【特許文献2】特開2005−42102号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、近年の自動車電装・補機に用いられる転がり軸受の使用条件の過酷化に伴い、特許文献1の不動態化剤や特許文献2のビスマスジチオカーバメートを添加する方法では剥離現象を防ぐ対策として不十分になってきている。
【0010】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、自動車電装・補機に用いられる転がり軸受の使用条件下において、水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止でき、長時間使用可能な自動車電装・補機用転がり軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受は、エンジン出力で回転駆動される回転軸を静止部材に回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受であって、該自動車電装・補機用転がり軸受は、金属製軸受部材として、内輪と、外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する保持器とを備えてなり、上記金属製軸受部材から選ばれた少なくとも一つが、該部材の摺動面または転動面に、植物由来の多価アルコール化合物にて被膜処理を施された部材であることを特徴とする。特に被膜処理を施された部材が、上記内輪、外輪から選ばれた少なくとも一つであることを特徴とする。
【0012】
上記被膜処理を施された部材は、該部材の摺動面または転動面に酸化鉄被膜を有することを特徴とする。また、上記被膜処理は、水および/または有機溶媒に上記植物由来の多価アルコール化合物を分散または溶解させた処理液中に、被膜処理を施す金属製軸受部材を浸漬する処理であることを特徴とする。
【0013】
上記植物由来の多価アルコール化合物は、クルクミンまたはその誘導体であることを特徴とする。また、上記植物由来の多価アルコール化合物は、ケルセチンまたはその誘導体であることを特徴とする。
【0014】
上記植物由来の多価アルコール化合物は、クロロゲン酸またはその誘導体であることを特徴とする。また、上記植物由来の多価アルコール化合物は、コーヒー酸またはその誘導体であることを特徴とする。上記植物由来の多価アルコール化合物は、キナ酸またはその誘導体であることを特徴とする。
【0015】
上記植物由来の多価アルコール化合物は、没食子酸またはその誘導体であることを特徴とする。また、上記植物由来の多価アルコール化合物は、エラグ酸またはその誘導体であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受は、該軸受を構成する金属製軸受部材のから選ばれた少なくとも一つの部材の摺動面または転動面に、植物由来の多価アルコール化合物にて被膜処理が施されているので、転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な剥離を効果的に防止でき、軸受寿命に優れる。このため、オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、ファンカップリング装置、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受として好適に使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の自動車電装・補機用転がり軸受の一実施例を示す深溝玉軸受の断面図である。
【図2】本発明の自動車電装・補機用転がり軸受を用いたファンカップリング装置を示す断面図である。
【図3】本発明の自動車電装・補機用転がり軸受を用いたオルタネータを示す断面図である。
【図4】本発明の自動車電装・補機用転がり軸受を用いたアイドラプーリを示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
自動車電装・補機用転がり軸受について、植物由来の多価アルコール化合物にて軸受部材表面を処理したものを用いて、急加減速試験を行なったところ軸受寿命を延長できることがわかった。これは、上記植物由来の多価アルコール化合物の作用により、金属製(軸受鋼)の軸受部材表面に酸化鉄被膜が形成されて、グリース組成物の分解による水素の発生が抑制され、軸受転走面における水素脆性に起因する特異な剥離を防止できるためと考えられる。本発明はこの知見に基づくものである。
【0019】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受を図面に基づいて説明する。図1は本発明の自動車電装・補機用転がり軸受の一実施例である深溝玉軸受の断面図である。図1に示すように転がり軸受1は、外周面に転走面2aを有する内輪2と、内周面に転走面3aを有する外輪3と、上記両転走面2a、3a間に介在する複数の転動体4と、この転動体4を保持する保持器5とからなる。外輪3等に固定されるシール部材6が、内輪2および外輪3の軸方向両端開口部8a、8bにそれぞれ設けられ、転動体4の周囲に封入されたグリース7をシールしている。内輪2、外輪3、転動体4、または保持器5が金属製軸受部材であり、該金属製軸受部材から選ばれた少なくとも一つの部材の摺動面または転動面に、後述の植物由来の多価アルコール化合物にて被膜処理が施されている。
【0020】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受の他の実施例を図2(a)および図2(b)に示す。図2(a)および図2(b)はファンカップリング装置の構造の断面図である。ファンカップリング装置は、冷却用ファン9を支持するケース10内にシリコーンオイル等の粘性流体が充填されたオイル室11とドライブディスク18が組込まれた撹拌室12とを設け、両室11、12間に設けられた仕切板13にポート14を形成し、そのポート14を開閉するスプリング15の端部を上記仕切板13に固定している。また、ケース10の前面にバイメタル16を取付け、そのバイメタル16にスプリング15のピストン17を設けている。バイメタル16はラジエータを通過した空気の温度が設定温度、例えば 60℃以下の場合、扁平の状態となり、ピストン17はスプリング15を押圧し、スプリング15はポート14を閉じる。また、上記空気の温度が設定温度をこえると、バイメタル16は図2(b)に示すように、外方向にわん曲し、ピストン17はスプリング15の押圧を解除し、スプリング15は弾性変形してポート14を開放する。
【0021】
上記の構成からなるファンカップリング装置の運転状態において、ラジエータを通過した空気の温度がバイメタル16の設定温度より低い場合、図2(a)に示すように、ポート14はスプリング15によって閉じられているため、オイル室11内の粘性流体は撹拌室12内に流れず、その撹拌室12内の粘性流体は、ドライブディスク18の回転により仕切板13に設けた流通穴19からオイル室11内に送られる。このため、撹拌室12内の粘性流体の量はわずかになり、ドライブディスク18の回転による剪断抵抗は小さくなるので、ケース10への伝達トルクは減少し、転がり軸受1に支持されている冷却用ファン9は低速回転する。ラジエータを通過した空気の温度がバイメタル16の設定温度をこえると、図2(b)に示すように、バイメタル16は外方向にわん曲し、ピストン17はスプリング15の押圧を解除する。このとき、スプリング15は仕切板13から離れる方向に弾性変形するため、ポート14は開放し、オイル室11内の粘性流体はポート14から撹拌室12内に流れる。このため、ドライブディスク18の回転による粘性流体の剪断抵抗が大きくなり、ケース10への回転トルクが増大し、転がり軸受1に支持されている冷却用ファン9は高速回転する。
【0022】
以上のように、ファンカップリング装置は温度の変化に応じて冷却用ファン9の回転速度が変化するため、ウォーミングアップを早めると共に、冷却水の過冷却を防止し、エンジンを効果的に冷却することができる。冷却用ファン9はエンジン温度が低いとドライブ軸20から切り離されているに等しく、高温の場合はドライブ軸20に連結されているに等しい。このように、転がり軸受1は低温から高温まで広い温度範囲、および、温度の変動に伴い回転数が大きく変動する急加減速条件で使用される。ここで、転がり軸受1を構成する内輪、外輪、転動体、または保持器が金属製軸受部材であり、該金属製軸受部材から選ばれた少なくとも一つの部材の摺動面または転動面に、後述の植物由来の多価アルコール化合物にて被膜処理が施されている。
【0023】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受の他の実施例としてオルタネータに用いられる自動車電装・補機用転がり軸受を図3により説明する。図3はオルタネータの構造の断面図である。オルタネータは、静止部材であるハウジングを形成する一対のフレーム21a、21bに、ロータ22を装着されたロータ回転軸23が、一対の転がり軸受1、1で回転自在に支持されている。ロータ22にはロータコイル24が取り付けられ、ロータ22の外周に配置されたステータ25には、120 °の位相で3巻のステータコイル26が取り付けられている。ロータ回転軸23は、その先端に取り付けられたプーリ27にベルト(図示省略)で伝達される回転トルクで回転駆動されている。プーリ27は片持ち状態でロータ回転軸23に取り付けられており、ロータ回転軸23の高速回転に伴って振動も発生するため、特にプーリ27側を支持する転がり軸受1は、苛酷な負荷を受ける。ここで、転がり軸受1を構成する内輪、外輪、転動体、または保持器が金属製軸受部材であり、該金属製軸受部材から選ばれた少なくとも一つの部材の摺動面または転動面に、後述の植物由来の多価アルコール化合物にて被膜処理が施されている。
【0024】
自動車の補機駆動ベルトのベルトテンショナーとして使用されるアイドラプーリの一例を図4に示す。図4はアイドラプーリの構造の断面図である。このプーリは、鋼板プレス製のプーリ本体28と、プーリ本体28の内径に嵌合された単列の深溝玉軸受1とで構成される。プーリ本体28は、内径円筒部28aと、内径円筒部28aの一端から外径側に延びたフランジ部28bと、フランジ部28bから軸方向に延びた外径円筒部28cと、内径円筒部28aの他端から内径側に延びた鍔部28dとからなる環体である。内径円筒部28aの内径には、図1に示す深溝玉軸受1の外輪3が嵌合され、外径円筒部28cの外径にはエンジンによって駆動されるベルトと接触するプーリ周面28eが設けられている。このプーリ周面28eをベルトに接触させることにより、プーリがアイドラとしての役割を果たす。ここで、転がり軸受1を構成する内輪、外輪、転動体、または保持器が金属製軸受部材であり、該金属製軸受部材から選ばれた少なくとも一つの部材の摺動面または転動面に、後述の植物由来の多価アルコール化合物にて被膜処理が施されている。
【0025】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受1の構成部材の詳細を図1を参照して説明する。内輪2、外輪3、転動体4、保持器5などの軸受部材は周知の軸受用金属材料からなる。本発明においては、少なくともいずれかの金属製軸受部材が、植物由来の多価アルコール化合物による被膜処理が可能な金属材料から構成される必要がある。具体例として、軌道輪用材料としては、軸受鋼(高炭素クロム軸受鋼JIS G 4805)、肌焼鋼(JIS G4104等)、高速度鋼(AMS 6490)、ステンレス鋼(JIS G4303)、高周波焼入鋼(JIS G4051等)などが挙げられる。また、保持器材料としては、打ち抜き保持器用冷間圧延鋼板(JIS G 3141等)、もみ抜き保持器用炭素鋼(JIS G4051)、もみ抜き保持器用高力黄銅鋳物(JIS H 5102等)などが挙げられる。また、他の軸受合金を採用することもできる。
【0026】
シール部材6は、金属製またはゴム成形体単独でよく、あるいはゴム成形体と金属板、プラスチック板、セラミック板等との複合体であってもよい。耐久性、固着の容易さからゴム成形体と金属板との複合体が好ましい。
【0027】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受は、軸受内部に潤滑油またはグリース7等の潤滑剤を塗布または充填した自動車電装・補機用転がり軸受である。また、軸受形式は、ラジアル玉軸受、スラスト玉軸受などの形式を特に限定するものではない。潤滑剤としては、一般に軸受に使用される潤滑剤であれば、特に種類を限定するものではない。
【0028】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受において、金属製軸受部材の摺動面または転動面に施される被膜処理は、植物由来の多価アルコール化合物の作用により該面に酸化鉄被膜が形成される処理であればよく、被膜処理方法は特に限定されない。被膜処理方法として、例えば、植物由来の多価アルコール化合物を水および/または有機溶媒に分散または溶解させた処理液中に、被膜形成対象となる金属製軸受部材を浸漬し、部材表面に酸化鉄被膜を形成させる方法を採用できる。この方法では、被膜形成を速めるため加温しながら行なうことが好ましい。
【0029】
また、植物由来の多価アルコール化合物を、水や有機溶媒に分散または溶解させた処理液を、被膜形成対象となる金属製軸受部材の摺動面などに塗布することによって該面に酸化鉄被膜を形成することもできる。
【0030】
本発明において使用できる多価アルコール化合物は、後述する植物由来のものである。これらの化合物を用いた被膜処理を軸受部材に施すことで、水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止でき、環境負荷の低い自動車電装・補機用転がり軸受となる。
【0031】
本発明において使用できる植物由来の多価アルコール化合物としては、例えば、没食子酸、エラグ酸、クロロゲン酸、コーヒー酸、キナ酸、クルクミン、ケルセチン、ピロガロール、テアフラビン、アントシアニン、ルチン、リグナン、カテキンなどが挙げられる。また、植物由来のセサミン、イソフラボン、クマリンなどから得られる多価アルコール化合物も使用できる。以上のような多価アルコール化合物は、単独で用いても2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0032】
これらの中で、被膜処理の際に、金属製軸受部材表面に酸化鉄被膜を形成しやすいことから、没食子酸またはその誘導体、エラグ酸またはその誘導体、クロロゲン酸またはその誘導体、コーヒー酸またはその誘導体、キナ酸またはその誘導体、クルクミンまたはその誘導体、ケルセチンまたはその誘導体を用いることが好ましい。
【0033】
本発明に用いる没食子酸は、フシノキ、茶の葉などに含まれる多価アルコール化合物であり、下記式(1)に示す構造を有する。また、本発明に用いるエラグ酸は、レッドラズベリーなどに含まれる多価アルコール化合物であり、下記式(2)に示す構造を有する。
【化1】

【化2】

【0034】
本発明に用いる没食子酸の誘導体としては、没食子酸メチル、没食子酸エチル、没食子酸プロピル、没食子酸ブチル、没食子酸ペンチル、没食子酸ヘキシル、没食子酸ヘプチル、没食子酸オクチル等の没食子酸エステルや没食子酸ビスマス等の没食子酸塩が挙げられる。また、エラグ酸についても、同様の誘導体を用いることができる。
【0035】
本発明に用いるクロロゲン酸は、コーヒー豆などに含まれる多価アルコール化合物であり、下記式(3)に示す構造を有する。
【化3】

【0036】
本発明に用いるコーヒー酸およびキナ酸は、クロロゲン酸の加水分解で得られる多価アルコール化合物であり、コーヒー酸は下記式(4)に、キナ酸は下記式(5)にそれぞれ示す構造を有する。
【化4】

【化5】

【0037】
本発明に用いるクルクミンは、ウコンなどに含まれる多価アルコール化合物であり、下
記式(6)に示す構造を有する。
【化6】

【0038】
本発明に用いるケルセチンは、柑橘類などに含まれる多価アルコール化合物であり、下記式(7)に示す構造を有する。
【化7】

【実施例】
【0039】
以下に示す各実施例に用いた多価アルコール化合物は、全て東京化成社製試薬を用いた。
【0040】
実施例1〜実施例7
表1に示した多価アルコール化合物 0.5 g を表1に示す溶媒 99.5 g に加えて処理液を調整した。該処理液中に、6203軸受(軸受寸法:内径 17 mm、外径 40 mm、幅 12 mm 材質:SUJ2)を浸漬したまま 4 時間回転させ、転がり軸受の金属製軸受部材の表面全体に酸化鉄被膜を形成させた。この軸受に、グリース(NTN社製;E5グリース)を封入し、転がり軸受試験片を得た。得られた転がり軸受試験片を以下に示す急加減速試験に供し、剥離発生寿命時間を測定した。結果を表1に併記する。
【0041】
<急加減速試験>
自動車電装・補機の一例であるオルタネータの回転べルトを巻きかけたプーリを支持する回転軸を内輪で支持する転がり軸受として、上記転がり軸受試験片を試験機に取り付け、急加減速試験を行なった。急加減速試験条件は、回転軸先端に取り付けたプーリに対する負荷荷重を 1960 N 、回転速度は 0 rpm〜18000 rpm で運転条件を設定し、さらに、試験軸受内に 0.1 A の電流が流れる状態で試験を実施した。そして、軸受内に異常剥離が発生し、振動検出器の振動が設定値以上になって試験機が停止するまでに費やした時間を剥離発生寿命時間(時間(h))として計測した。
【0042】
比較例1
金属製軸受部材に表面処理を施さずに6203軸受(軸受寸法:内径 17 mm、外径 40 mm、幅 12 mm)に実施例1と同じグリースを封入し、転がり軸受試験片を得た。得られた転がり軸受試験片を上記の急加減速試験に供し、剥離発生寿命時間を測定した。結果を表1に併記する。
【0043】
【表1】

【0044】
表1に示すように、実施例1〜実施例7は、急加減速試験において寿命が全て 480 時間以上の優れた耐久性を示した。これは、特定の多価アルコール化合物により酸化鉄被膜が形成され、グリースの分解による水素の発生が抑制され、軸受転走面における水素脆性に起因する特異な剥離を防止できるためと考えられる。一方、比較例1では、実施例1〜実施例7と比較して寿命が短かい結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受は、金属製軸受部材から選ばれた少なくとも一つの部材の摺動面または転動面に植物由来の多価アルコール化合物にて被膜処理を施したので、急加減速条件下等においても長寿命である。このため、オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、ファンカップリング装置、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受として好適に使用できる。
【符号の説明】
【0046】
1 転がり軸受
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 シール部材
7 グリース
8a、8b 開口部
9 冷却用ファン
10 ケース
11 オイル室
12 撹拌室
13 仕切板
14 ポート
15 スプリング
16 バイメタル
17 ピストン
18 ドライブディスク
19 流通穴
20 ドライブ軸
21a、21b フレーム
22 ロータ
23 ロータ回転軸
24 ロータコイル
25 ステータ
26 ステータコイル
27 プーリ
28 プーリ本体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジン出力で回転駆動される回転軸を静止部材に回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受であって、
該自動車電装・補機用転がり軸受は、金属製軸受部材として、内輪と、外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する保持器とを備えてなり、
前記金属製軸受部材から選ばれた少なくとも一つが、該部材の摺動面または転動面に、植物由来の多価アルコール化合物にて被膜処理を施された部材であることを特徴とする自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項2】
前記被膜処理を施された部材が、前記内輪、外輪から選ばれた少なくとも一つであることを特徴とする請求項1記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項3】
前記被膜処理を施された部材は、該部材の摺動面または転動面に酸化鉄被膜を有することを特徴とする請求項1または請求項2記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項4】
前記被膜処理は、水および/または有機溶媒に前記植物由来の多価アルコール化合物を分散または溶解させた処理液中に、被膜処理を施す前記金属製軸受部材を浸漬する処理であることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項5】
前記植物由来の多価アルコール化合物は、クルクミンまたはその誘導体であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項6】
前記植物由来の多価アルコール化合物は、ケルセチンまたはその誘導体であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項7】
前記植物由来の多価アルコール化合物は、クロロゲン酸またはその誘導体であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項8】
前記植物由来の多価アルコール化合物は、コーヒー酸またはその誘導体であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項9】
前記植物由来の多価アルコール化合物は、キナ酸またはその誘導体であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項10】
前記植物由来の多価アルコール化合物は、没食子酸またはその誘導体であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項11】
前記植物由来の多価アルコール化合物は、エラグ酸またはその誘導体であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載の自動車電装・補機用転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−112185(P2011−112185A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−270639(P2009−270639)
【出願日】平成21年11月27日(2009.11.27)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】