説明

芳香性塗装鋼板及びその製造方法

【課題】長期にわたり良好な芳香性を維持し、簡単な摺擦で芳香を発する芳香性塗装鋼板を提供する。
【解決手段】芳香剤を内包した樹脂製のマイクロカプセルが分散した塗膜を有しており、マイクロカプセルの粒径Dと塗膜の膜厚tとの間にD=(1.5〜8)×tの関係を成立させている。好ましくは、1.0〜40μmの範囲でマイクロカプセルの粒径Dが定められ、0.3μm以上に塗膜の膜厚tが調整される。塗膜に対するマイクロカプセルの添加量は、樹脂固形分を基準に2〜30質量%の範囲で選定される。マイクロカプセルを配合した塗料を鋼板に塗布し、マイクロカプセルの殻材及び塗膜のバインダ樹脂の溶融温度より高い温度で加熱・乾燥することにより芳香性塗膜が形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長期間にわたって芳香を発する塗膜が形成され、内装材,表装材等として使用される芳香性塗装鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車室内等の閉鎖空間には、不快感を催す悪臭が発ち込みやすいので、芳香剤を配置して悪臭を緩和している。しかし、芳香剤に含まれる溶剤は、室内部品の表層に溶け込みやすく汚染,劣化等の原因となる。そこで、芳香性を付与する壁面材で閉鎖空間を区画することにより、芳香剤を使用せずに不快感のない雰囲気にすることが検討されている。
【0003】
たとえば、多孔質粒子単体に香料を担持させた芳香剤を分散した塗膜(特許文献1),温度上昇に伴いゲルから液相に変化する機能性分子で作られ、芳香剤を封入したカプセル(特許文献2),マイクロカプセル表面を低極性化したマイクロカプセルを表層に配向させた塗膜(特許文献3),紫外線吸収剤,光安定剤の配合で耐候性を改善した芳香性塗料(特許文献4)等
【0004】
【特許文献1】特開昭63-284271号公報
【特許文献2】特開昭63-97168号公報
【特許文献3】特開平3-250063号公報
【特許文献4】特開平4-202483号公報
【0005】
特許文献1,3,4の芳香性塗料は、製膜された塗膜から芳香が徐々に発せられることを前提に開発された塗料であるため、芳香が弱く持続性にも限度がある。特許文献2の芳香性塗料は、芳香を発散させるためには温度制御が必要であり、必要なときに簡単な手段で芳香を発せられるようにはなっていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
環境の悪化に伴い悪臭発生源が多くなっている昨今、悪臭を緩和する芳香を簡単に且つ随時発することが可能になると、車両の搭乗者等に与える苦痛が軽減される。本発明者等は、かかる観点から塗膜の性状と芳香性付与との関係を種々調査・検討した。その結果、摩擦によって破胞しやすい形態で芳香剤内包マイクロカプセルを塗膜に分散させると、簡単に芳香を発することができ、芳香の発生も長時間持続されることを見出した。
【0007】
本発明は、芳香剤内包マイクロカプセルの分散形態を改良することにより、摩擦によるマイクロカプセルの破胞を容易にし、芳香を簡単に且つ随時発生可能にしながら長期にわたって芳香発散機能を持続する芳香性塗装鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の芳香性塗装鋼板は、芳香剤を内包した樹脂製のマイクロカプセルが分散した塗膜を有しており、マイクロカプセルの粒径Dと塗膜の膜厚tとの間にD=(1.5〜8)×tの関係を成立させている。好ましくは、1.0〜40μmの範囲でマイクロカプセルの粒径Dが定められ、0.3μm以上に塗膜の膜厚tが調整される。塗膜に対するマイクロカプセルの添加量は、マイクロカプセル/(樹脂固形分+マイクロカプセル)の比として2〜30質量%の範囲で選定される。
芳香剤内包マイクロカプセルが分散した塗膜は、マイクロカプセルを配合した塗料を鋼板に塗布し、マイクロカプセルの殻材及び塗膜のバインダ樹脂の溶融温度より高い温度で加熱・乾燥することにより形成される。
【発明の効果】
【0009】
本発明の芳香性塗装鋼板では、マイクロカプセルの粒径Dと塗膜の膜厚tとの間に関係式:D=(1.5〜8)×tを成立させている。マイクロカプセルの粒径Dが膜厚tとの関係で適正な範囲にあるため、基材1上の塗膜2からマイクロカプセル3が破胞しやすい状態で突出する(図1b)。
【0010】
マイクロカプセル3が頭出しした塗膜2に摩擦力Fが加わると、マイクロカプセル3の突出部が破胞して芳香剤4が流出し芳香を発する。摩擦力Fは、手,ガーゼ,ハンカチ等の摺擦素材を擦り付けることにより付与されるが、摺擦素材にある凹凸のため擦られない表面部が塗膜2に存在する。そのため、一回の摩擦で破胞しないマイクロカプセル3が、次に摩擦力Fが加わったとき破胞し芳香発生源となる。また、塗膜2の膜厚tとの関係でマイクロカプセル3の粒径Dが規制されているので、全てのマイクロカプセル3が塗膜2から頭出ししており芳香発生源として働く。
【0011】
しかも、マイクロカプセル3は、相当部分が塗膜2に埋め込まれているので、摩擦力Fが加えられても塗膜2から脱落することはない。マイクロカプセル3の脱落防止は、塗膜2のバインダー樹脂,マイクロカプセル3の殻材の溶融温度よりも高い温度で塗料を加熱・乾燥してマイクロカプセル3を塗膜2に融着一体化することにより一層確実になる。
D=(1.5〜8)×tの関係は、芳香発生に寄与する芳香剤4の割合を高める上でも有効である。因みに、D<1.5×tと小粒径のマイクロカプセル3を分散させた塗膜2(図1a)では、塗膜2からマイクロカプセル3が頭出ししている部分が極僅かなため、摩擦力Fが加わっても破胞しがたく、芳香発生に寄与しない芳香剤4の割合が高くなる。逆に、D>8×tと大粒径のマイクロカプセル3を分散させた塗膜2(図1c)では、マイクロカプセル3を確保する塗膜2の保持力が弱いため僅かな摩擦力Fでもマイクロカプセル3が簡単に塗膜2から脱落し、内包された芳香剤4が浪費される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
塗装原板には、普通鋼板,低合金鋼板,特殊鋼鋼板,各種めっき鋼板,ステンレス鋼板等、多種多様な鋼板が使用される。塗装に先立って、脱脂,酸洗,表面調整,化成処理等、通常の塗装前処理が施される。
塗装には、芳香剤内包マイクロカプセルを分散させた塗料が使用される。
【0013】
芳香剤内包マイクロカプセルとしては、塗料樹脂に対する馴染み性を考慮するとシリカ等の無機系よりも樹脂系殻材をもつカプセルが好ましい。殻材の樹脂には、アクリル樹脂,エポキシ樹脂,ポリプロピレン,ポリエチレン,ポリウレタン,メラミン樹脂,尿素樹脂,澱粉,ゼラチン,カゼイン等がある。芳香剤は発香成分,溶剤成分を主成分とし、発香成分は天然香料,合成香料,調合香料の何れであっても良く、用途に応じてフローラル、フルーティ、シトラス等の香りを適宜選択できる。
【0014】
芳香剤内包マイクロカプセルは、たとえば芳香剤を乳化分散させた水溶液に殻材となるプレポリマーを添加し、プレポリマーを樹脂化すると同時に芳香剤表面に吸着させて連続膜とし、水分を蒸発させ乾燥することにより製造される。
マイクロカプセルの粒径Dは、芳香剤の乳化分散時の撹拌条件や乳化剤の種類,殻材に用いられる樹脂種やその濃度により定まる殻材の厚み等の影響を受ける。これら製造条件によって、マイクロカプセルの粒径Dを塗膜の膜厚tの(1.5〜8)倍の範囲に制御する。
【0015】
マイクロカプセルが配合される塗料樹脂には、マイクロカプセルの殻材に応じアクリル樹脂,エポキシ樹脂,ポリプロピレン樹脂,ポリウレタン樹脂,メラミン樹脂,尿素樹脂,ゼラチン,カゼインから選択された一種又は二種以上が使用される。なかでも、溶融温度が近いバインダ樹脂,殻材樹脂の組合せが望ましい。溶融温度が近い組合せでは、溶融温度より高温で加熱・乾燥するときバインダ樹脂,殻材樹脂が一体化し、摺擦時にマイクロカプセルが脱落せず、しかも破胞しやすくなる。
【0016】
芳香剤内包マイクロカプセルは、マイクロカプセルの添加量〔:カプセル添加量/(樹脂固形分量+カプセル添加量)〕が2〜30質量%となるように塗料樹脂に配合される。2質量%未満の添加量では芳香剤が不足し、芳香の持続性が低下する。逆に30質量%を超える添加量では、塗膜が脆弱化して摺擦時にカプセルが脱落しやすくなり、結果として芳香の持続性が低下する。鋼板に塗布する直前に塗料を良く撹拌すると、マイクロカプセルが塗料に均一分散し、塗膜中においてもマイクロカプセルの分散が均一になる。
【0017】
芳香剤内包マイクロカプセルを分散させた塗料を適宜の鋼板に塗布し、加熱・乾燥することにより芳香性を付与した塗膜が形成される。加熱・乾燥では、塗膜樹脂と殻材樹脂とを十分に融合させるため塗膜樹脂,殻材樹脂の溶融温度より高い加熱温度が好ましい。塗膜樹脂に殻材樹脂が融合一体化すると、マイクロカプセルが塗膜樹脂で強固に確保されるので、塗膜からの脱落なく頭出しした部分が破胞して芳香を発する。しかし、殻材樹脂の溶融温度より70℃超の高温で加熱すると、殻材樹脂の溶融が進行しすぎ、内包している芳香剤に対するカプセル化能力が低下し、芳香剤が一部流出してしまい、有効カプセル量が少なくなり芳香持続性が低下する。高すぎる加熱温度は、マイクロカプセルを頭出しがない状態で塗膜に埋没させ、擦ってもマイクロカプセルの破胞,ひいては芳香が発散しない原因にもなる。
【実施例】
【0018】
合成香料(キンモクセイ香料7064:高砂香料製)を乳化分散させ、プレポリマーにメラミン樹脂を用いてマイクロカプセルを作製した。マイクロカプセルの粒径Dは、乳化分散時の撹拌速度,撹拌時間を調整することにより、1.5〜40μmの範囲で変化させた。合成されたマイクロカプセルの殻材は厚みが約0.5μmであった。
【0019】
合成されたマイクロカプセルをウレタン樹脂エマルジョンに分散させ、芳香性塗料を調製した。板厚:0.8mmのSUS304ステンレス鋼板に芳香性塗料を塗布し、加熱・乾燥によって芳香性塗膜を鋼板表面に形成した。塗膜の膜厚tは、塗布量の調整によって0.3〜10μmの範囲で種々変更した。塗膜の膜厚を製造条件と共に表1に示す。
【0020】

【0021】
各塗装鋼板から試験片を切り出し、塗膜の表面及び断面をSEM観察した。本発明例No.4の塗膜(図2)では、塗膜から突出しているマイクロカプセルが100回のラビング後に一部破胞しているが、破胞せずに残存したマイクロカプセルも観察された。
本発明例No.4と比較例No.14の塗膜断面(図3)の対比から明らかなように、本発明例No.4の塗膜ではマイクロカプセルの頭出しが生じていたが、マイクロカプセルの粒径より塗膜が厚い比較例No.14ではマイクロカプセルが塗膜に埋没していた。そのため、比較例No.14が芳香持続性に劣ることが表2に表されている。
【0022】
芳香性は、次のラビング試験で調査した。
〔ラビング試験〕
手で擦った状態を模擬するため、ガーゼを取り付けた接触子を用いて100gf/cm2,200gf/cm2の二水準の荷重でガーゼを試験片に擦りつけた。そして、ラビング回数に応じて芳香性を官能試験し、香りの強弱で芳香性を評価した。
【0023】
表2の調査結果にみられるように、膜厚tと粒径Dとの間に関係式:D=(1.5〜8)×tが成立する条件下で芳香剤内包マイクロカプセルを2〜30質量%分散させた膜厚:0.3μm以上の塗膜を有する塗装鋼板は、ラビング回数が1000回に達した状態でも良好な芳香性を維持していた。
【0024】
他方、マイクロカプセルが不足する塗膜(比較例8)では芳香性に劣り、過剰な塗膜(比較例9)では芳香持続性に劣っていた。薄すぎる塗膜(比較例10)にマイクロカプセルを分散させた場合やD>8tのマイクロカプセルを分散させた塗膜(比較例11)では、マイクロカプセルが脱落しやすく芳香持続性に劣っていた。逆にD<1.5tのマイクロカプセルを分散させた塗膜(比較例12)では、マイクロカプセルの頭出しが不十分なため芳香性に劣っていた。また、塗料の乾燥温度が低すぎると、塗膜とマイクロカプセルの殻材との密着が不足し、ラビング回数が多くなると芳香性が低下する傾向を示した(比較例13)。高すぎる温度で乾燥させた塗膜(比較例14)では、殻材が溶けて内包芳香剤が流出したため、ラビング回数が100回に達した時点で芳香性を失っていた。
【0025】

【産業上の利用可能性】
【0026】
以上に説明したように、塗膜に芳香剤内包マイクロカプセルを分散させた芳香性塗装鋼板において、塗膜の膜厚tとマイクロカプセルの粒径Dとの間に関係式:D=(1.5〜8)×tを成立させることにより、塗膜から適度にマイクロカプセルを頭出しすることにより、摩擦力が加わった状態でのマイクロカプセルの破胞を容易にすると共に、マイクロカプセルが脱落しない保持力で塗膜により確保している。その結果、単に鋼板表面を擦るだけの操作で芳香を発し、且つ芳香持続性にも優れた塗装鋼板が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】塗膜の膜厚tとマイクロカプセルの粒径Dとの関係を説明する模式図
【図2】芳香剤内包マイクロカプセルが分散した塗膜のSEM像
【図3】芳香剤内包マイクロカプセルが分散した塗膜断面のSEM像
【符号の説明】
【0028】
1:基材 2:塗膜 3:マイクロカプセル 4:芳香剤
t:塗膜の膜厚 D:マイクロカプセルの粒径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
香料を内包した樹脂製マイクロカプセルが2〜30質量%の割合で塗膜に分散しており、塗膜の膜厚tが0.3μm以上であり、マイクロカプセルの粒径Dとの間にD=(1.5〜8)×tの関係が成立していることを特徴とする芳香性塗装鋼板。
【請求項2】
香料を内包した樹脂製マイクロカプセルを配合した塗料を鋼板に塗布し、樹脂製マイクロカプセルの殻材及び塗膜のバインダ樹脂の溶融温度より高い温度で加熱・乾燥することを特徴とする芳香性塗装鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−168258(P2007−168258A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−369165(P2005−369165)
【出願日】平成17年12月22日(2005.12.22)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】