説明

蒸着用電子銃

【課題】 より低い加速電圧により高いエミッション電流を出力することによって、蒸着材料の蒸発に必要な電力量を得ることができる蒸着用電子銃を実現する。
【解決手段】 電流が流れて加熱することにより熱電子を放出するフィラメント10として、素材がタングステンであり、巻き数が10〜30ターン、線径が0.55〜0.8mmおよび巻き外径が3〜5mmであるものを用いる。フィラメント10より放出された熱電子を集束して電子線束を生成する、電子線束の射出側の開口がテーパ状に形成され内部にフィラメント10が配設される孔部21を有するウェーネルト20を用いる。ウェーネルト20により生成された電子線束を加速する、グランド電位に保たれるアノード120を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は蒸着用電子銃に関する。具体的には、より低い加速電圧により高いエミッション電流を出力することによって、蒸着材料の蒸発に必要な電力量を得ることができる蒸着用電子銃を提供せんとするものである。
【背景技術】
【0002】
基板などの表面部に金属等の薄膜を形成する手段として、真空チャンバー内で電子ビームを照射することにより金属等の蒸着材料を加熱蒸発させて蒸着粒子を生成し、これを基板などの表面部に付着させて薄膜を形成する真空蒸着法が用いられている。
【0003】
この真空蒸着法において用いられる電子ビームは、電流が流れることにより加熱されたフィラメントから放出された熱電子を集束して生成され、電子銃より金属材料等に向けて射出される。そこで、従来より用いられている蒸着用電子銃における電子ビームを生成する電子ビーム生成部の概略的な構成を、図6に示し説明する。
【0004】
図6(a)(断面図)において、100は、電流が流れることにより加熱されて熱電子を放出するフィラメントであり、マイナスの高電圧(加速電圧)が印加される。このフィラメント100の素材には、タングステンが用いられ、その巻き数は、6〜10ターンである。
【0005】
このようなフィラメント100から放出される熱電子は、ウェーネルト110により集束されて電子密度の高い電子線束となる。ここにおけるウェーネルト110は、図6(b)(正面図)に示すように、中央に孔部111を有し、この孔部111内にフィラメント100が配設される。ウェーネルト110には、フィラメント100に印加される電圧と同一のマイナスの電圧が印加される。
【0006】
図6(a)において、ウェーネルト110の上半部に対向するようにして、集束した電子線を加速するためのアノード120が配設されている。このアノード120は、図6(b)に示すように、方形板状に形成されており、接地されてグランド電位に保たれる。
【0007】
以上のような構成の電子ビーム生成部から電子ビームを射出する場合は、フィラメント100に−4〜−10kVを印加する(−6kVを用いる場合が一般的である。)。これにより得られるエミッション電流(加熱されたフィラメント100より放出された熱電子を、フィラメント100とアノード120との間の電位勾配によって引き出したもの)は、600〜1000mA(−6kVの場合は、900mA)である。
【0008】
フィラメント100に電圧が印加されフィラメント100に電流が流れると、フィラメント100は加熱されて熱電子を放出する。放出された熱電子は、ウェーネルト110により集束され、アノード120により加速されて、破線で示す電子ビームEBとして射出される。射出された電子ビームEBは、図示されてはいない偏向コイルが生成する磁界により偏向されて、るつぼ内に収容された金属材料等に照射されることになる。
【0009】
なお、フィラメント100は、変形を防ぐために、事前にアニール(焼きなまし)処理が施される。このアニール処理は、フィラメント100に電流を流して加熱し、図7に示すように、流す電流を段階的に増加するようにして行う。すなわち、フィラメント100に流す電流を、10秒毎に3Aずつ増加させ、約2.5分後に約42Aとなったならば、その状態を約2.5分維持する。その後、フィラメント100への電流を遮断して、フィラメント100を冷やす。以上のようなアニール処理が、フィラメント100について行われる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
例えば、蒸着材料として、直径が30mmで厚さが12mmの石英ペレットを使用する場合は、加速電圧が−6kVでエミッション電流が200mA程度であれば、所定のレートすなわち被蒸着物における成膜速度(蒸着材料の蒸発速度に比例する。)が得られる。したがって、このような蒸着材料を使用する場合にあっては、加速電圧が−4kVで600mAのエミッション電流を出力する図6の従来例によっても対処することができる。
【0011】
しかし、蒸着材料として、よりサイズが大きい石英ペレット等を使用したり、あるいは、より高融点のジルコニア、チタニア、五酸化タンタルなどを使用する場合は、加速電圧が−4kVでは電力密度が足りず、それ以上の電源出力が、図6の従来例では必要であった。すなわち、加速電圧×エミッション電流が投入電力となるが、図6に示した従来例では、出力可能なエミッション電流が少ないことから、必要な電力を得るためには加速電圧を上げる必要があり、その結果、トランス等の部品コストがかさむという解決すべき課題が、図6の従来例にはあった。
【0012】
他方、前述の直径が30mmで厚さが12mmの石英ペレットのように、加速電圧が−6kVでエミッション電流が200mA程度であれば、所定のレートが得られる蒸着材料について、これよりも低い加速電圧で行うとすると、加速電圧が−4kVでエミッション電流が600mA程度が限界である。これよりもさらに加速電圧を低くすると、蒸着材料に対する電子ビームEBの照射スポットのフォーカスが悪くなり、照射面積が広がってしまう。そのため、同一の電力を投入しても、電力密度の低下により同一のレートが得られないという問題点が、図6に示した従来例にはあった。
【0013】
さらに、図6の従来例のように−4〜−10kVという高電圧を用いると、これにより発生するX線が、半導体デバイスなどの被蒸着物にダメージを与えるとともに、電子ビームEBの照射を受けた蒸着材料の表面部から発散する反射電子が、被蒸着物に衝突してこれに用いられている化合物等を変質させ、その品質・特性を損なってしまうという未解決の課題が、図6に示した従来例にはあった。
【0014】
また、被蒸着物に金属膜を形成する場合は、−4〜−10kVという高電圧の下では、真空チャンバー内の真空度の悪さや真空チャンバー内の汚れによって、ウェーネルト110とアノード120との間で放電が起こりやすいという解決すべき課題もあった。
【課題を解決するための手段】
【0015】
そこで、上記課題を解決するために、本発明はなされたものである。そのために、本発明では、つぎのような手段を用いるようにした。すなわち、電流が流れて加熱することにより熱電子を放出するフィラメントとして、素材がタングステンであって、線径が0.55〜0.8mm、巻き外径3〜5mm、巻き数が10〜30ターンであるものを用いる。フィラメントより放出された熱電子を集束して電子線束を生成するウェーネルトとして、電子線束の射出側の開口がテーパ状に形成された孔部を有するものを用いる。ウェーネルトにより生成された電子線束を加速する、グランド電位に保たれるアノードを用いる。以上のように手段を、蒸着用電子銃における電子ビームを生成する電子ビーム生成部として用いるようにした。
【発明の効果】
【0016】
本発明によるならば、より低い加速電圧で高いエミッション電流を出力することができ、蒸着材料の蒸発に必要な電力量を得ることが可能となる。例えば、従来ならば加速電圧が−4kV時に600mA程度のエミッション電流を必要とするようなサイズおよび材質の材料については、本発明によれば−2.8kV程度の加速電圧で被蒸着物に成膜することができる。
【0017】
また、低い加速電圧を用いることにより、発生するX線を極めて低いレベルに押さえることができることから、半導体デバイスなどの被蒸着物に与える影響を低減することができ、不良な被蒸着物の発生を極力抑えることができる。
【0018】
さらに、低い加速電圧を用いれば、電子ビームの照射を受けた蒸着材料の表面部から発散する反射電子が低減されるので、反射電子の衝突による被蒸着物の品質等の低下を回避することが可能となる。
【0019】
そのうえ、被蒸着物に金属膜を形成する場合にあっては、加速電圧が低ければ、真空チャンバー内の真空度の悪さや真空チャンバー内の汚れによる、ウェーネルト110とアノード120との間での放電の発生を低減することができる結果、蒸着用電子銃の使用条件の許容範囲を広げることができることになる。したがって、本発明によりもたらされる効果は、実用上極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施例の構成を示す構成図である。
【図2】図1に示したフィラメントのアニール処理を説明するための説明図である。
【図3】図1に示したフィラメントのアニール処理の他の方法を説明するための説明図である。
【図4】図1に示したフィラメントへの加速電圧と最大エミッション電流値との関係を説明するための説明図である。
【図5】図1に示したフィラメントへの加速電圧と電力量との関係を説明するための説明図である。
【図6】従来例の構成を示す構成図である。
【図7】図6に示したフィラメントのアニール処理を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明による蒸着用電子銃では、電子ビームを生成する電子ビーム生成部として、素材がタングステンであって、線径が0.55〜0.8mm、巻き外径が3〜5mm、巻き数が10〜30ターンであるフィラメントと、電子線束の射出側の開口がテーパ状に形成された孔部を有する、フィラメントより放出された熱電子を集束して電子線束を生成するウェーネルトと、ウェーネルトにより生成された電子線束を加速するアノードを用いる。以下、実施例により詳しく説明する。
【実施例1】
【0022】
本発明の一実施例の構成を、図1に示し説明する。ここで、図1は、本実施例における蒸着用電子銃の電子ビーム生成部の構成を示しており、図6における構成要素と同一の構成要素について同じ符号を付している。
【0023】
図1(a)(断面図)において、本実施例における蒸着用電子銃の電子ビーム生成部の構成が、図6に示した従来例の構成と異なるところを説明する。本発明による蒸着用電子銃の電子ビーム生成部では、用いるフィラメント10の素材は、図6に示した従来例におけるフィラメント100と同じくタングステンであるが、その巻き数は、図1(b)(正面図)に示すように、20ターンである。線径は0.8mmであり、巻き外径は3.4mmである。
【0024】
このようなフィラメント10は、図6に示した従来例と同じく、ウェーネルト20に設けられた孔部21内に配設されるが、ここにおける孔部21は、図1(a)に示すように、電子線束の射出側の開口がテーパ状に形成されている。孔部21の開口をテーパ状に形成しているのは、テーパ状に形成すると、加熱されたフィラメント10から放出される熱電子の集束性が高められるとの実験結果に基づくものである。テーパ角は、本実施例では45°である。テーパ角を45°とすると、図6の従来例について使用されている、電子銃の電子ビームEBの軌道を調整するための磁気回路の構成をそのまま用いることができる。
【0025】
ここで、本発明において用いるフィラメント10は、その巻き数が、図6に示した従来例におけるフィラメント100よりは多く、広幅となっており変形を生じやすい。そこで、本発明におけるフィラメント10についての事前のアニール処理は、次のようにして行う。
【0026】
すなわち、図2に示すように、フィラメント10に流す電流を、10秒毎に1.5Aずつ増加させて、徐々にフィラメント10の温度を上昇させ、約5分後に約42Aとなったならば、その状態を約2.5分維持した後、フィラメント10への電流を遮断して、フィラメント10を冷やす。
【0027】
あるいは、フィラメント10に流す電流として、42A、幅が1sec(秒)のパルス電流を用い、図3に示すように、最初のパルス間隔を例えば少なくとも20secとし、その後、パルス間隔を定量的に逓減させることにより、フィラメント10の温度を徐々に上昇させて、約5分後にパルス間隔が1secとなったならば、42Aの電流を2.5分間供給し続けた後、フィラメント10への電流を遮断して、フィラメント10を冷やすようにする。
【0028】
このように、本発明におけるフィラメント10のアニール処理は、図6に示した従来例におけるフィラメント100の場合よりも増加する電流を小さくするなどして、フィラメント10の温度上昇が緩やかになるようにしている。
【0029】
以上のように構成された電子ビーム生成部から電子ビームを射出する場合は、フィラメント10に例えば−1kVを印加する。これにより得られるエミッション電流値は、本願発明者が行った実験によれば、200mAである。これは、図6に示した従来例においてフィラメント100に−1.7kVを印加した場合に得られるエミッション電流値と同じである。
【0030】
フィラメント10に電圧が印加されフィラメント10にフィラメント電流が流れると、フィラメント10は加熱されて熱電子を放出する。放出された熱電子は、ウェーネルト20により集束され、アノード120により加速されて、電子ビームEBとして射出されることになる。
【0031】
図4は、本実施例における蒸着用電子銃の電子ビーム生成部のフィラメント10(巻き数は20ターン)と、図6の従来例における巻き数が9ターンのフィラメント100のそれぞれへの加速電圧と得られる最大エミッション電流値とを比較して示すものである。
【0032】
図4において、垂直軸は最大エミッション電流値(mA)を表し、水平軸は加速電圧(kV)を表している。また、図中の実線Aは、本実施例におけるフィラメント10による場合を示し、破線Bは、巻き数が9ターンのフィラメント100による場合を示している。
【0033】
図示するように、本発明によるフィラメント10によった場合は、加速電圧が−1〜−6kVで最大エミッション電流値は約200〜2600mAである。これに対して、巻き数が9ターンのフィラメント100によった場合は、加速電圧が−6kVでも最大エミッション電流値は約1000mAである。ここから明らかなように、本発明によるならば、低い加速電圧により所望のエミッション電流が得られることになる。
【0034】
図5は、本実施例における蒸着用電子銃の電子ビーム生成部のフィラメント10と、図6の従来例における巻き数が9ターンのフィラメント100のそれぞれへの加速電圧と得られる電力量とを比較して示すものである。
【0035】
図5において、垂直軸は電力量(kW)を表し、水平軸は加速電圧(kV)を表している。また、図中の実線Aは、本実施例におけるフィラメント10による場合を示し、破線Bは、巻き数が9ターンのフィラメント100による場合を示している。
【0036】
図示するように、本発明によるフィラメント10によった場合は、巻き数が9ターンのフィラメント100によった場合の2倍以上の電力量が、同一の加速電圧で得られる。すなわち、より低い加速電圧で蒸着材料の蒸発に必要な電力量が確保されることになる。
【0037】
以上においては、フィラメント10の巻き数が20ターン、線径が0.8mm、巻き外径が3.4mmである場合を例に挙げて説明した。しかし、本発明は、これに限定されるものではない。巻き数が10〜30ターン、線径が0.55〜0.8mm、巻き外径が3〜5mmである場合について、本発明は適用され得るものである。
【0038】
また、フィラメント10に−1kVを加速電圧として印加する場合について説明したが、本発明は、これに限られるものではない。図6に示した従来例のように加速電圧が−4〜−10kVである場合についても、本発明は適用し得るものであるが、とくに、加速電圧が−0.5〜−3kVの範囲において、本発明の有用性が発揮されるものである。
【0039】
さらに、フィラメント10に対するパルス電流を用いてのアニール処理について、図3では、フィラメント10へのパルス電流の供給を開始してから約5分経過してパルス間隔が1secとなった後は、42Aの電流を2.5分間供給し続ける場合を示した。しかし、パルス間隔が1secとなった後において、その状態を維持してすなわちパルス間隔を1secとして、幅が1secである42Aのパルス電流を、2.5分間繰り返して供給するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0040】
10 フィラメント
20 ウェーネルト
21 孔部
100 フィラメント
110 ウェーネルト
111 孔部
120 アノード
EB 電子ビーム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
素材にタングステンを用い巻き数が10〜30ターン、線径が0.55〜0.8mmおよび巻き外径が3〜5mmであって−0.5〜−3kVの電圧が印加される、電流が流れて加熱することにより熱電子を放出するフィラメント(10)と、
前記フィラメントより放出された前記熱電子を集束して電子線束を生成するための、前記電子線束の射出側の開口がテーパ状に形成され内部に前記フィラメントが配設される孔部(21)を有するウェーネルト(20)と、
前記ウェーネルトにより生成された前記電子線束を加速するための、前記ウェーネルトと対向して配設されグランド電位に保たれるアノード(120)とを
具備した蒸着用電子銃。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−129196(P2012−129196A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−245016(P2011−245016)
【出願日】平成23年11月9日(2011.11.9)
【出願人】(592115825)日新技研株式会社 (10)
【Fターム(参考)】