説明

薬剤送達システムおよびそのシステムを製造する方法

哺乳動物の体内に埋め込まれるかまたは体内で使用される医療デバイスは、ガスクラスターイオンビーム(GCIB)の表面変質を利用することにより、副作用を引き起こしにくいように作られ、種々の薬剤分子を医療デバイスの内部または表面に直接付着させ、随意に第1付着層の上に付着薬剤層を形成することによって所望の薬剤溶出プロファイルを得る。これは薬剤を保持するのにポリマーまたは任意の他の結合剤を必要とすることなく達成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は一般に、例えば哺乳動物の体内に埋め込み可能な医療デバイス(例えば、冠動脈ステント、人工器官等)といった薬剤送達システムに関し、より詳細には、医療デバイスの表面に薬剤を塗布して付着させ、および、例えば、ガスクラスターイオンビーム技術を利用して時間経過に伴う薬剤の表面からの効果的な放出を可能にするような方法で、薬剤放出速度および生体反応性といった薬剤送達システムの表面特性を制御する方法およびシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
冠動脈ステントは、バルーン血管形成法と組み合わせで使用される埋め込み型医療デバイスである。バルーン血管形成法は冠動脈アテローム性動脈硬化症を治療するのに使用される方法である。バルーン血管形成法は、血管形成手術の間において、動脈内に挿入されたカテーテル先端のバルーンの膨張によって、増大する血小板を閉塞した動脈の壁面に押し付ける。不利な点は、この手術に対する体の反応が、多くの場合、血栓症または血液凝固、および損傷組織の発生または治療部位における他の外傷により生じる組織反応を含む。統計では、バルーン血管形成術後に、損傷組織による動脈の再狭窄または再縮小が、これら手術後のわずか6ヶ月以内に手術された患者の最大35%に発生し、多くの患者に重大な合併症を引き起こすことを示している。
【0003】
再狭窄を抑えるために、現在では多くの場合、バルーン形成術において、心臓病専門医は、閉塞部位に冠動脈ステントと呼ばれる種々の形状、例えばワイヤーメッシュの、膨張金属の、非劣化および生物分解性ポリマーの細い管状デバイスを置く。この目的は、ステントを保持体として作用させることにより、バルーンを除去後に冠動脈を開いた状態に維持することである。
【0004】
しかし、冠動脈ステントの使用に付随する深刻な合併症も発生する。ステントに付随する冠動脈再狭窄の合併症は、ステント挿入後の6ヶ月以内に全患者の16〜22%に発生し、単独または組み合わさって作用する多くの要因によって発生すると考えられている。これらの合併症は、いくつかの種類の薬剤をステント埋め込み部位に局所的に導入することにより減少できる。例えばカテーテル法、再ステント埋め込み法、集中治療等といった、再狭窄の合併症の治療に付随する莫大な費用のために、再狭窄率の減少は費用を節減し、患者の苦痛を低減する。
【0005】
多くの研究が、冠動脈ステントの現在普及している形態は機能的に同等であることを示している。冠動脈ステントの使用は増加しているが、それらの使用の利点は、合併症を発生する可能性があるため、特定の臨床的状態または適用において議論の余地を残している。ステント拡張過程の間に、血管の内壁に損傷が発生し、動脈を再閉塞する治癒反応を引き起こす、と広く考えられている。このような現象の抑制を促進するために、薬剤でコーティングしたステントが市場に導入され、この治癒反応に関連する異常細胞の成長を抑制するのに役立っている。これらの薬剤は一般に、液体ポリマーと混合され、ステント表面に塗布される。ステントが埋め込まれると、時間経過に伴って薬剤はポリマーから溶出し、薬剤を周囲の組織中に放出する。この方法に関連する多数の問題が残っている。ステントが疾患部位で拡張するため、ポリマー材料がひび割れを生じ、場合によりステント表面から剥離する傾向を有する。これらポリマーの剥離層は心臓血管系全体を移動し、重大な損傷を発生する可能性がある。ポリマー自体が体内に毒性反応を発生することを示すいくつかの証拠がある。さらに、必要量の薬剤を担持するために必要とされるコーティング厚みのために、ステントは幾分剛性を有し拡張するのが難しくなる。他の従来のステントでは、ステント自体のワイヤーメッシュが、高圧充填、噴霧、および浸漬といったプロセスを通して1つまたは複数の薬剤で含浸される。しかし、充填、噴霧、および浸漬はステント表面の薬剤を十分に付着させず、したがって、多くの場合、周囲組織に送達される薬剤の最適な持続放出投与量を生成しない。ポリマーコーティングは、例えば上記薬剤含有層、ならびにデバイスが最初に埋め込まれたときに、最初の液体への露出によって生じる最初の薬剤放出量を低減するのに役立つ薬剤を含まない封入層、といったいくつかの層を含むことができる。薬剤保持層の下に置かれるポリマーの別のベースコーティングもまた既知である。ステンレス鋼ステント上に用いられるこの構成の1つの例は、パラレン(Paralene)Cと薬剤/ポリマー混合物とのベース層とを含む。この薬剤/ポリマー混合物には、2:1の比のエチレン酢酸ビニル共重合体(PEVA)およびポリ
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−ブチルメタクリレート(PBMA)と、PEVAおよびPBMAの同一混合物の薬剤を含まない含浸上部層とを含む。使用される薬剤はシロリムス(Sirolimus)であり、ラパマイシン(Rapamycin)としても知られる比較的新しい免疫抑制剤である。複数の製造者からの他のいくつかの薬剤/ポリマーの組み合わせが存在する。
【0006】
原位置の薬剤送達のこの新しい方法に関しては、埋め込み型デバイスからの薬剤放出速度を大幅に制御し、薬剤送達媒体の他の表面特性を制御することが望ましい。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、本発明の目的は、ガスクラスターイオンビーム技術を利用して、薬剤を医療デバイスに塗布して付着させる手段を提供することである。
【0008】
本発明の別の目的は、ガスクラスターイオンビームによって薬剤を医療ステントに塗布し、再狭窄および血栓症の合併症を減少させることである。
【0009】
本発明の別の目的は、ガスクラスターイオンビーム技術を利用して、薬剤溶出材料の表面特性を制御する手段を提供することである。
【0010】
本発明の別の目的は、ガスクラスターイオンビームによって表面に薬剤を塗布し、付着させることにより、医療デバイスの表面を薬剤送達システムに変換し、これにより、表面からの薬剤の持続放出を容易にすることである。
【0011】
本発明の別の目的は、ガスクラスターイオンビーム技術を利用して、薬剤放出メカニズムに対する上記の既知の機能特性を改善することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の上述の目的ならびにさらなる他の目的および利点は、以下に開示される本発明によって達成される。
【0013】
本発明は、ガスクラスターイオンビーム(GCIB)表面改質を利用して、ステントまたは他の医療デバイスの表面内にまたは表面上に種々の薬剤分子を直接埋め込み、塗布、または付着させ、これにより、ポリマーまたは任意の他の結合剤の必要をなくし、および医療デバイス表面を薬剤送達システムに変換することに関する。これは毒性の問題と剥離したポリマー材料の体全体にわたる移動により発生する損傷とを防止する。ステント材料自体に負荷をかける上記従来技術のステントとは異なり、本発明は薬剤または複数の薬剤の最適な持続放出投与量を付着させる能力を提供する。
【0014】
薬剤の塗布はGCIB技術を用いて達成される。薬剤の塗布は複数の方法により達成される。
【0015】
例えばポリマー、金属または他の材料から構成される医療デバイスの表面は、随意には、最初にGCIBを用いて処理されて、表面から汚染物および酸化被膜を除去し、表面を電気的に活性にして、ダングリングボンドを生成する。次に、所望の薬剤が活性表面上に堆積され、このダングリングボンドと接着する。
【0016】
薬剤送達システムを形成する第2の方法は、医療デバイスの少なくとも1つの表面領域(GCIBによって前処理されているか、または前処理されていなくてもよい)上に1つまたは複数の薬剤物質の層を液体、粉末または他の形態(恐らくは、薬剤を昇華して)で堆積することを含み、その後堆積された薬剤層を高GCIBで照射して、付着薬剤層を形成する。GCIBを照射することにより、そこを通して時間経過に伴って非炭化薬剤が拡散または溶出する複数の間隙を含む炭化薬剤マトリクスを生成する。堆積薬剤層が適切な薄さである場合、GCIBクラスターの一部が堆積薬剤層を貫通して医療デバイスの表面に達し、この結果、付着薬剤層が機械的結合の形で表面下に埋め込まれた堆積薬剤分子の一部を含むことがある。しかし、堆積薬剤層の厚みがしきい値厚み(特定のGCIB投与量に対する)より大きい場合、炭化薬剤マトリクスは医療デバイスの表面に「接合」されない。むしろ、炭化薬剤マトリクスは堆積薬剤の残りの非炭化移動容積上に形成される。ステントの一実施形態では、例えば、環状の炭化薬剤マトリクスが、非炭化堆積薬剤層のまわりに同心状に形成される。この非炭化堆積薬剤層は結果として、ステント表面のステントまわりに配置され、ステント表面に直接接合しない炭化マトリクス部分は皆無かそれに近い。
【0017】
本発明の多層実施形態では、後続の薬剤層は同一、類似または別個の薬剤物質から構成されてもよい。さらに、従来の層を堆積するのに用いられた方法と同一、類似または別個の薬剤堆積手法を用いてもよい。GCIB特性およびそれぞれの層に照射される照射量(および単一層の空間的に異なる領域間)の制御された変化を用いてもよい。実質的に類似の薬剤物質に照射される実質的に類似のGCIB照射量は、結果として類似の薬剤溶出プロファイルを生じ、一方、異なる照射量は別個の層間溶出プロファイルを実現できる。薬剤物質の適正な選択と堆積手法およびGCIB照射の制御とにより、複数の付着薬剤層から構成される薬剤送達システムの形成が可能になり、この複数の薬剤層の各層は、類似または異なる薬剤溶出プロファイルを有する。これらの溶出プロファイルは、本発明の好ましい実施形態では、協働して少なくとも1つの全体薬剤溶出プロファイルを実現する。例えば、個々の層の溶出プロファイルは、薬剤が最も外側の付着薬剤層から拡散するとき、その層が下側の付着層から溶出する薬剤によって補充される、ように設計されてもよい。
【0018】
医療デバイス表面に、または医療デバイス表面の1つまたは複数の空間的に異なる領域に薬剤物質を堆積するために、多くの手法を用いてもよい。薬剤が液体の形態で堆積される場合、浸漬、噴霧、気相堆積、および超音波噴霧といった手法を利用してもよい。あるいは、薬剤が粉末の形態である場合、医療デバイス表面上に静電気堆積されるか、または昇華により堆積され、その後、上述と同じ方法でGCIBを照射してもよい。
【0019】
上述の方法のいずれかは、随意に、より平滑な表面(付着薬剤層の不均一な厚みを減少するのに役立つ)を得るために薬物堆積の前に照射ステップを含んでもよい。
【0020】
上述のようなGCIB表面改質による薬剤の塗布は合併症を減少し、実際の費用節減と患者の生活の質の改善に結びつき、血栓症および再狭窄の従来の問題点を克服する。本発明の薬剤送達システムにおける送達のための好ましい治療薬には、抗凝血剤、抗生物質、免疫抑制剤、血管拡張剤、多産防止薬、抗血栓物質、抗血小板物質、コレステロール抑制剤、抗腫瘍物質およびそれらの組み合わせが挙げられる。
【0021】
一実施形態では、薬剤送達システムは、薬剤物質とポリマーまたは他の物質の組み合わせを含む部材と、上記部材の外側表面をガスクラスターイオンビームで照射することにより、上記部材の外側表面に形成される封入層とを備える。この封入層は上記部材からの薬剤の放出速度を決定するように適応される。
【0022】
封入層は、その外側表面に設けられ、かつ、この封入層により決定される速度によってある量の薬剤物質を部材から放出するように適応された、複数の開口を含んでもよい。封入層は炭化または凝集マトリクスを含んでもよい。封入層は上記部材の生体適合性の程度を改善するように適応されてもよい。
【0023】
上記部材は医療デバイスの表面上に置かれてもよい。薬剤物質は抗凝血剤、抗生物質、抗腫瘍物質、免疫抑制剤、血管拡張剤、多産防止薬、抗血栓物質、抗血小板物質、コレステロール抑制剤およびそれらの組み合わせから成る群から選択されてもよい。
【0024】
医療デバイスは上述の薬剤送達システムを含んでもよい。
【0025】
別の実施形態では、薬剤送達システムは薬剤物質とポリマーまたは他の物質との組み合わせを含む粘着性混合物と、該粘着性混合物の外側表面上に形成される炭化または凝集マトリクスとを備え、この炭化または凝集マトリクスは粘着性混合物からの薬剤物質の放出速度を決定するように適応される。
【0026】
さらに別の実施形態では、薬剤送達システムを形成する方法は、薬剤物質とポリマーまたは他の物質との組み合わせを含む部材を提供するステップと、上記部材の外側表面をガスクラスターイオンビームで照射して、上記部材からの薬剤の放出速度を決定するステップと、を含む。
【0027】
部材を提供するステップは、医療デバイスの表面上に薬剤物質とポリマーまたは他の物質の粘着性混合物を形成することを含んでもよい。照射するステップは、少なくとも上記部材の少なくとも外部表面上に封入層を形成することを含んでもよい。この封入層は上記部材からの薬剤物質の放出を制御するように適応される。封入層はその外側表面に複数の開口を備え、これにより、薬剤物質の一部が封入層により決定される速度で上記部材から放出することを可能にする。封入層は炭化または凝集マトリクスを含んでもよい。
【0028】
部材を提供するステップは、ポリマー要素を提供するステップとポリマー要素上に薬剤物質を付着させるステップとを含んでもよい。ポリマー要素を提供するステップは、付着ステップの前に、ガスクラスターイオンビームを用いてポリマー要素の外側表面を照射するステップを含む。照射ステップは、粘着性混合物の外部表面のin situ化学反応を低下させるように適応されてもよい。薬剤物質は抗凝血剤、抗生物質、抗腫瘍物質、免疫抑制剤、血管拡張剤、多産防止薬、抗血栓物質、抗血小板物質、コレステロール抑制剤およびそれらの組み合わせから成る群から選択されてもよい。
【0029】
本発明と本発明の他のおよび別の目的を詳細に理解するために、添付図面が参照される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
高エネルギーのイオンビーム、すなわち真空下において高電圧で加速された帯電原子または分子は、半導体デバイス接合を形成し、スパッタリングにより表面を平滑にし、および半導体薄膜の特性を改善するのに広く利用される。本発明では、これらと同じ高エネルギーのイオンビームを利用して、薬剤を表面に塗布して付着させ、例えば冠動脈ステントなどの薬剤溶出医療デバイスの表面特性に影響を与え、これによって表面を、強化された薬剤送達特性および生体適合性を備える薬剤送達システムに変換する。
【0031】
本発明の好ましい実施形態では、ガスクラスターイオンビームGCIB処理が利用される。ガスクラスターイオンは、共通の電荷を共有し、かつ高電圧で共に加速されて高い全体エネルギーを有する、多数の弱く結合した原子または分子から形成される。クラスターイオンは衝突時に崩壊し、クラスターの全エネルギーが構成原子の間に分散される。このエネルギー分散のため、個々の原子のエネルギーは従来のイオンまたはクラスターを形成しないイオンの場合に比べて大幅に少ない。この結果、原子は大幅に短い深さまでしか貫入しない。表面スパッタリング効果の程度は、従来のイオンにより生成される対応する効果に比べてかなり大きく、これにより、他の方法では不可能である、重要なマイクロスケール表面効果の生成を可能にする。
【0032】
GCIB処理の概念は過去10年にわたって出現してきたにすぎない。GCIBを利用して材料をドライエッチング、クリーニング、および平滑化することは、当業者には既知であり、例えば、1998年のDeguchiらによる米国特許第5,814,194号の「Substrate Surface Treatment Method」に記載されている。約数千のガス原子または分子含むイオン化クラスターが約2〜3千電子ボルトの適度のエネルギーに形成され、加速されるため、クラスター中の個々の原子または分子はそれぞれ、約2〜3電子ボルトの平均エネルギーを有するだけである。例えば、米国特許第5,459,326号におけるYamadaの教示から、このような個々の原子は、表面を貫通して、一般にプラズマ研磨に関係する残りの表面の損傷を発生するのに十分なエネルギーを有さない。ただし、クラスター自体は十分なエネルギー(数千電子ボルト)を有し、硬質表面を効果的にエッチング、平滑化、またはクリーニングする。
【0033】
ガスクラスター中の個々の原子のエネルギーは極めて小さく、典型的には数eVであるため、原子は、多くても、衝突の間に対象表面の2〜3の原子層を貫通するだけである。衝突原子の浅い貫通は、クラスターイオン全体により保有されるエネルギーの全てが、結果的に、約10−12秒(すなわち、1ピコ秒)の期間中に上部表面層の極めて小さい容積内で放散されることを意味する。これは、通常は従来のモノマーイオンにおいてなされ、その目的が材料を貫通することにあるイオン埋め込みの場合と異なり、場合によっては、数千オングストロームを貫通して、材料の表面特性に変化を生じさせる。クラスターイオンの高い全体エネルギーおよび極めて小さい相互作用容積のため、衝突部位における堆積エネルギー密度は、従来のモノマーイオンによる衝撃の場合に比べてはるかに大きい。
【0034】
次に図1を参照する。図1は本発明のGCIB処理装置100を示し、この処理装置は、薬剤を、例えば冠動脈ステント10などの医療デバイスの表面に塗布して付着させるのに利用される。本明細書に記載される特定構成要素に限定されないが、処理装置100は、3つの連通チャンバ、すなわちソースチャンバ104、イオン化/加速チャンバ106、および処理チャンバ108に分割される真空容器102で構成される。処理チャンバ108は内部に、均一なGCIB衝撃とガスクラスターイオンビームによる薬剤塗布のために、衝突医療デバイスを位置決めすることができる固有設計のワークピースホルダ150を含む。
【0035】
本発明の処理方法の間に、3つのチャンバは、それぞれ真空ポンプシステム146a、146bおよび146cによって適正な動作圧力にまで排気される。シリンダ111内に所蔵された凝縮性ソースガス112(例えば、アルゴンまたはN)は、圧力を受けて、ガス調節弁113およびガス供給管114を通して貯蔵チャンバ116内に入り、適切な形状のノズル110を通して実質的に低圧真空内に噴出され、超音速ガスジェット118になる。ジェットの膨張から生じる冷却により、ガスジェット118の一部が凝縮してクラスターを形成する。この各クラスターは数個から数千個の弱く結合した原子または分子から成る。ガススキマー開口120は、クラスタージェットに凝縮されていないガス分子をクラスタージェットから部分的に分離することにより、高圧力が望ましくない下流領域(例えば、イオン化装置122、高電圧電極126、処理チャンバ108)の圧力を最小にする。適切な凝縮性ソースガス112はアルゴン、窒素、炭酸ガス、酸素を含むが、これらに必ずしも限定されない。
【0036】
ガスクラスターを含む超音速ガスジェット118が形成された後、クラスターはイオン化装置122によってイオン化される。イオン化装置122は一般に、電子衝突イオン化装置であって、1つまたは複数の白熱フィラメント124から熱電子を発生し、その熱電子を加速して誘導し、ガスジェットがイオン化装置122を通過するガスジェット118中のガスクラスターと衝突させる。電子衝突によりクラスターから電子を放出し、クラスターの一部を正イオン化する。一式の適切にバイアスされた高電圧電極126がイオン化装置122からクラスターイオンを抽出してビームを形成し、その後、クラスターイオンを所望のエネルギー(一般に、1keVから数十keV)にまで加速し、集束させて初期軌道154を有するGCIB128を形成する。フィラメント電源136は電圧Vを供給してイオン化装置のフィラメント124を加熱する。陽極電源134は電圧Vを供給して、フィラメント124から放出される熱電子を加速し、その熱電子をガスジェット118を含むクラスターに衝突させてイオンを生成する。抽出電源138は電圧Vを供給して高電圧電極にバイアスをかけて、イオン化装置122のイオン化領域からイオンを抽出してGCIB128を形成する。加速電源140は電圧VAccを供給してイオン化装置122に対して高電圧電極にバイアスをかけて、VAcc電子ボルト(eV)に等しい全体GCIB加速エネルギーを得る。1つまたは複数のレンズ電源(例えば、142および144)は、高電圧電極に電位(例えば、VL1およびVL2)でバイアスをかけ、GCIB128を集束させる。
【0037】
GCIB処理装置100により処理される冠動脈ステント10などの医療デバイスは、ワークピースホルダ150で保持され、GCIB128の経路内に配置されて照射される。本発明は、例えば金属、セラミック、ポリマー、またはそれらの組み合わせといった種々の材料で構成される医療デバイスにおいて利用されてもよい。GCIBを用いてステントを均一に処理するために、ワークピースホルダ150は、以下に述べる特定の方法でステント10を操作するように設計される。
【0038】
次に図2を参照すると、例えばステントのような平坦でない医療デバイス表面は、GCIBを利用するステント表面に対して最高の効果を得るために、ビームの垂直入射に対して特定の角度公差以内での方向を維持しなければならない。これは、固定具またはワークピースホルダ150が完全な関節動作をする能力を有し、ステント10の平坦でないすべての表面を一定の曝露レベルで特定の角度公差内で変更されるように方向付けをして、最適および均一に処理することを必要とする。垂直入射から±15°の角度より大きい角度で処理ビームに曝露される表面を含む任意のステント10は、操作を必要とする。より詳細には、GCIBを冠状動脈ステント10に照射するとき、ワークピースホルダ150は回転し、GCIB処理装置100の端部に配置された機構152によって関節動作する。関節/回転機構152は、好ましくは、縦軸154を中心とするに360°のデバイス回転と、軸154に垂直な軸156を中心とする十分なデバイス関節動作とを可能にすることにより、ビームの垂直入射から±15°以内にステント表面を維持する。
【0039】
図1を再度参照すると、ある特定の条件において、冠状動脈ステント10の寸法に応じて、走査システムが均一な平滑性を生成することが望ましい。GCIB処理には必ずしも必要ではないが、直角に向けられた2組の静電走査プレート130および132を利用して、広がった処理領域全体に渡りラスターまたは他の走査パターンを生成してもよい。このようなビーム走査が実行されるとき、走査発生器156はX軸およびY軸走査信号電圧を、組になっているリード線158および160のそれぞれを介して、組になっているの走査プレート130および132に供給する。走査信号電圧は一般に、GCIB128を被走査GCIB148に変換する異なる周波数の三角波であって、これによりステント10の表面全体を走査する。ステントおよび整形外科用具といったデバイスを方向付けし、関節および/または回転動作させるその他の手段は、Kirkpatricらに付与された米国特許第6,491,800号、Kirkpatricらに付与された米国特許第6,676,989号、Blinnらに付与された米国特許第6,863,786号に記載されており、それらの各内容は参照により本明細書に引用したものとする。
【0040】
広がった領域全体にわたるビーム走査を必要としない場合、処理は一般に、ビームの直径によって確定される領域に限定される。ステント表面におけるビームの直径は、1つまたは複数のレンズ電源(例えば、図の142および144)の電圧(VL1および/またはVL2)を選択し、ワークピースにおいて所望のビーム直径を実現するように設定できる。
【0041】
本発明に関するある処理ステップでは、医療デバイスの表面は、表面上に任意の物質を堆積する前に、GCIBで照射される。これは、ステント表面からすべての汚染物および酸化被膜を除去し、表面を電気的に活性にして、その後に表面に導入される薬剤およびポリマー分子を吸引して結合できるようにする。1つまたは複数の種類の薬剤が、気相堆積により、または液体形態の薬剤を表面上に導入することによって表面上に堆積される。いくつかの例では、液体形態の薬剤は、揮発性溶剤を有する溶液中にあり、溶剤を蒸発させる必要がある。形成された機械的結合は時間経過に伴って破壊され、薬剤はデバイス埋め込み部位に徐々に放出される。
【0042】
研究によると、医療デバイスと生体内環境との間の接触部位において、様々な薬剤が有効であることを提示してきた。例えば、抗凝血剤、多産防止薬、抗生物質、免疫抑制剤、血管拡張剤、抗血栓物質、抗血小板物質、コレステロール抑制剤といった薬剤は、ステントの挿入後に血管壁内に拡散されると、再狭窄の発生を減少させる。
【0043】
別の処理ステップでは、GCIB処理を利用して、堆積された薬剤層(および堆積薬剤層が、ガスクラスターが表面を貫通する程十分に薄い場合は、医療デバイスの表面)に高エネルギーのクラスターを衝突させ、これにより、表面と堆積薬剤の分子との間に埋め込んで機械的結合を形成するか、または粉末形態の静電コーティングされたまたは昇華された薬剤の薬剤分子を、上述と同じ方法でステント表面に埋め込む。ガスクラスターの衝突エネルギーにより、堆積薬剤分子の一部が炭化薬剤マトリクスを形成する。炭素マトリクスが形成されると、残りの(非炭化の)薬剤分子はマトリクスの間隙内に埋め込まれ、および/または炭素マトリクスと医療デバイス表面との間に封入される。時間経過に伴い、これらの薬剤分子はマトリクスを通して拡散し、ステントと血管壁との間の接触部位において放出され、これにより、その部位に薬剤を連続的に供給する。
【0044】
図3および4に示される原子力顕微鏡(AFM)画像が示すとおり、ガスクラスターイオンビーム処理を利用して医療デバイス表面全体影響を与えることができる。図3はGCIB処理前のステント表面を示し、支持体縁部に大きな表面微小粗さを有する。表面粗さの測定値は、113オングストロームのRと148オングストロームのRRMSであった。これらの凹凸は、血栓症の発生する場所の表面状態を細胞レベルで明瞭に示す。図4はGCIB処理後のステント表面を示し、この表面には、表面微小粗さはなく、ステント自体の完全性に対して測定可能な物理的および構造的変化は見られない。GCIB後の表面粗さの測定値は、19オングストロームのRと25オングストロームのRRMSであった。このようにして、GCIB処理はまた、医療デバイスの表面を平滑化する追加の利点を提供する。平滑でない表面はフィブリノゲン、血小板、および他の物質を捕獲し、狭窄をさらに促進する可能性がある。
【0045】
図5A〜5Fを参照して、次に、薬剤送達システムを形成する方法を説明する。図5Aは、例えばステント10などの医療デバイスの表面領域12を示し、このデバイスは真空チャンバ内に置かれ、随意の平滑化処理ステップにおいて発生するように、GCIBのガスクラスター15で照射される。図6Aは、本発明の実施形態による例示的な薬剤送達構造を示す。なお、薬剤送達構造はステント10の外部表面全体をすべてまたはその一部を覆ってもよい。後者の場合、表面領域12は、その上に薬剤送達システムが形成されるステントの複数の空間的に別個の表面領域12〜14の1つ以外を表す。別個の表面領域12〜14のそれぞれは、同一または類似の種類の薬剤、または全く別の種類の薬剤を溶出してもよい。理解を容易にするために、以下の説明では、表面領域12における薬剤送達構造の形成に焦点を当てる。
【0046】
図5Bは、GCIB照射による随意の表面調製ステップの後の、比較的平滑な表面領域12を示す。上述のとおり、このような処理により、汚染物を除去し、表面領域12を電気的に活性化する。図5Cは薬剤層16を示し、この薬剤層は上述の方法のいずれかで堆積されてもよく、好ましくは、領域12の近傍に実質的に均一な厚みを有して堆積されている。本明細書においては、「堆積薬剤層」は、堆積された薬剤層16といった医療デバイスの表面全体に渡って堆積された、隣接する薬剤層を指すか、あるいは表面12上に同一または異なる治療薬の多数の空間的に別個の堆積物を一括して指すのに用いられる。いずれにしても、堆積薬剤層はGCIB照射されて、デバイス表面上に付着薬剤層を形成し、この付着薬剤層から堆積薬剤の一部が、時間経過に伴って医療デバイス近傍の患者組織に放出される。
【0047】
本明細書においては用いられる用語の「付着層」は、GCIB照射後の層を一括して指し、非炭化堆積薬剤原料の少なくとも一部分と、少なくとも1つの炭化マトリクスから構成され、このマトリクスを通して堆積薬剤原料が予測速度で放出される。以下に説明する実施形態では、複数の付着薬剤層から構成される薬剤送達システムは、その後、以前の付着層の上に選択された薬剤物質の追加の層を繰返し堆積し、GCIBを用いて追加の堆積薬剤層を照射することにより形成されてもよい。薬剤物質の種類の選択、薬剤を医療デバイス表面に堆積(昇華を含む)する方法、およびGCIB照射量の制御によって、付着薬剤層の精密な形成が可能になり、この結果、所望の薬剤放出速度、または溶出プロファイルが多層システムにおいて達成されてもよい。結果的に、付着薬剤層は極めて薄く、後続の層に結合される炭化マトリクスと医療デバイス表面との間を直接結合しない。むしろ、このような層は以前の薬剤マトリクス層に付着される。ある特定の実施形態では、第1層の炭化薬剤マトリクスであっても、ステント表面に結合されないか、または接合しない。
【0048】
図5Dは、第1堆積薬剤層16をGCIBガスクラスターで照射するステップを示す。この結果、第1付着薬剤層18が形成され、この層は図5Eに示されるような、2つの主成分から構成される。第1付着薬剤層18、およびその後に形成される付着薬剤層はそれぞれ、複数の間隙22を有する炭化薬剤マトリクス20を含み、この間隙内に、GCIBで炭化されなかった堆積薬剤の残り分が堆積される。薬剤層18は表面領域12に付着され、非炭化薬剤の部分は、炭化薬剤マトリクス20の間隙22を通る拡散によって、予測速度(溶出プロファイルとして特徴付けられる)で付着薬剤層18から放出される。多数の間隙22は相互に接続し、間隙の部分は薬剤マトリクス20の各表面で開き、これにより、非炭化薬剤を薬剤マトリクス20の大部分の数の間隙22から最終的に溶出する。
【0049】
図5F〜5Hは、薬剤堆積およびGCIB照射処理ステップを繰り返して、全体として可変かつ極めて正確な薬剤充填量を有する多層薬剤送達構造を得る方法を示す。より詳細には、図5Fは、同一または代替堆積プロセスを用いて、第1付着層18の上に堆積される第2薬剤層24を示す。次に、第2薬剤層24は、実質的に類似の照射量または所望の溶出プロファイルに応じて異なる照射量を供給する、GCIBガスクラスター26で照射される(図5G)。実質的に類似または同一の治療薬に供給される類似のGCIB照射量は、結果的に、付着層間の実質的に類似した溶出プロファイルを実現する。図5Hは、付着薬剤層28から構成される薬剤送達システムを示しており、この付着薬剤層28はさらに、第1付着薬剤層18と第2付着薬剤層30とから構成されている。全体溶出プロファイルまたはプロファイル(複数の治療薬が利用される場合)を得るために、必要に応じて薬剤堆積およびGCIB照射ステップの多数の繰返しが実行される。1つの好ましい実施形態では、第1付着薬剤層18と第2付着薬剤層30とが同様に形成されて同等の溶出プロファイルを得ることにより、薬剤が層30の間隙32から放出されるとき、層18から層30内へ溶出する薬剤が放出した薬剤を補充する。ただし、付着薬剤層18、30は、必ずしも同一薬剤物質から構成される必要はない。
【0050】
次に、本発明によるいくつかの代替の薬剤送達システムを、図6Aおよび6Bを参照して説明する。
【0051】
上述のとおり、堆積薬剤層の厚みを含む多数の要因が、GCIBガスクラスターが堆積薬剤層を貫通してその上に新しい薬剤層が付着する表面に達するかどうかを判定する。図6A(および図5E)は薬剤送達システム38を示し、このシステム38はさらに、GCIBガスクラスターが薄い堆積薬剤層(例えば、約数オングストロームから数十オングストローム、またはそれ以上)を貫通するときに形成される、空間的に別個の付着薬剤構造体34〜36で構成される。なお、付着薬剤構造体34〜36の一部分は、結合された空間的に別個の表面領域12〜14に結合(または接合)されている。付着薬剤構造体34〜36のそれぞれの形成はほぼ同時に、または別個の処理ルーチンで達成されてもよい。付着薬剤構造体34〜36のそれぞれから放出される治療薬は結合された空間的に別個の表面領域12〜14に堆積され、その後、GCIBで照射される。上述と同じく、各表面領域12〜14に堆積される薬剤は必ずしも同一である必要はない。医療デバイスの全体表面より小さい領域上に付着薬剤構造体を形成することは、高価な薬剤を使用する場合、コスト節減に有利である。また、薬剤によっては、特定の位置、例えば埋め込まれた医療デバイスとの相互作用が大きい組織の部位に送達されることだけを必要とすることもある。
【0052】
図6Bは、例えば、GCIBが医療デバイス10の表面領域12上の堆積した薬剤層の厚みを貫通しないときに形成されるような、薬剤送達システムの代替の実施形態を示す。このような実施形態では、炭化薬剤マトリクス22はやはり間隙を有するように形成され、この間隙内に非炭化薬剤の一部が配置され、その間隙から非炭化薬剤が放出される。ただし、薬剤マトリクス22は医療デバイス10の表面12にまで延びない。むしろ、炭化マトリクス22は、GCIBで炭化されなかった(および間隙内に捕獲されなかった)堆積薬剤24の残り部分を、薬剤マトリクス22とデバイス10の表面12との間に封入する。上述のとおり、本明細書において使用される「付着薬剤層」の表現は、間隙内に堆積されるかまたは薬剤マトリクス22とデバイス表面との間に封入されるかのいずれであっても、堆積薬剤の炭化マトリクス22と非炭化部分とを一括して指す。
【0053】
次に、図7Aおよび7Bを参照すると、本発明の一実施形態による、GCIB処理を用いて冠状動脈ステントの表面に付着された物質の溶出速度が示されている。本発明による表面に付着される分子の放出速度を実証するために、表面が照射され、表面を真空チャンバ内に維持している間に、新しく照射される表面上に蛍光有機染料が蒸着された。染料溶出速度は蛍光染料の溶出を時間の関数として観察することによって測定された。図7Aでは、放出速度が時間経過とともに示されている。図7Bでは、累積放出量が時間経過とともに示されている。
【0054】
図8は、従来の薬剤コーティングステントと、本発明によるGCIB照射を利用して、その上に例示的な薬剤送達システムが薬剤を固定したステントとに関して実行された比較溶出速度試験の結果を示す。パクリタキセルが試験薬剤として選択され、パクリタキセルは、GCIB処理がされていないステントの場合は堆積され、GCIB処理されたステントについては、ステントを3〜5RPMで回転させながらアルゴンGCIBにより照射される前に、超音波噴霧によって堆積された。パクリタキセルは、それぞれのステントから時間経過に伴い、4%ウシ血清アルブミン/リン酸緩衝生理食塩水中に溶出し、ステント上に残った薬剤が測定された。図示されるとおり、残ったかなり多量の薬剤が、従来の薬剤コーティングステントの時間より長い期間に渡り薬剤付着ステント上に留まっていた。
【0055】
図9を参照すると、本発明の方法により処理する前の、薬剤含有媒体112と随意の物質または医療デバイス114を含む薬剤送達システム110が示されている。医療デバイス114は単に表示のためだけのものであり、任意の適した形態を取ってもよい。デバイス114は、ステントまたは原位置の薬剤送達機構から利益を得る任意の他の医療デバイスのような埋め込み可能な医療デバイスを含んでもよい。随意には、支持体またはデバイス114は薬剤含有媒体112の生成に限定されず、支持体またはデバイス114は埋め込み前に媒体112から取り除かれてもよい。支持体またはデバイス114は任意の適切な材料、例えば金属、セラミクまたはポリマーから形成されてもよい。支持体またはデバイス114の部分はまた、薬剤/ポリマー媒体112の塗布の前に、上述の方法に従ってGCIBを用いて処理された表面であってもよい。
【0056】
薬剤含有媒体112は任意の適切な形体、例えば上述の種々ポリマー構成を取ってもよい。媒体112は薬剤含有材料による単一層のみを含んでもよく、または上述のとおり、複数の層116、118、120を含んでもよい。既存技術では外側層を用いて最初の薬剤放出を制御するとしているが、この既知の構成において本発明のプロセスを使用して、最初の原位置での液体曝露後の薬剤放出速度を含めて、媒体の表面特性を制御してもよい。薬剤含有媒体112はデバイス114に任意の適切な配置で、デバイス114の一部分から全体またはほぼ全体を封止するように塗布されてもよい。
【0057】
デバイス114に媒体112を塗布する方法の1つは、薬剤/ポリマー混合物を、デバイス114の表面上に堆積される揮発性溶剤と共に使用する。溶剤は蒸発し、粘着性の薬剤/ポリマー混合物が支持体に付着される媒体112の形で残される。溶剤が蒸発すると、薬剤含有媒体112は粘着性混合物または塊を形成し、これにより、デバイス114が存在しない場合であっても、適切な薬剤送達システムを実現する。
【0058】
図10を参照すると、ガスクラスターイオンビームで照射されている薬剤送達システム110が示されている。ガスクラスター分子のストリーム130が薬剤送達システム110の断面を横切って走査される。クラスター132は表面134と衝突して破壊され、結果的に、個々のまたは小グループの分子136の浅い埋め込みが生じる。個々の分子136の大部分は媒体112の分子レベルの第1結合内で停止し、その結果、表面134における薄層138の大部分が衝突分子によって凝集または炭化される。種々の開口139が表面134に残り、これらの開口によって薬剤が媒体112から溶出することを可能にするため、表面134の封止は完全ではない。このように、GCIB照射量により、表面134の特性が決定される。照射量が多くなると、表面134の開口が少なくまたは小さくなり、この結果、媒体112からの薬剤の放出速度は遅くなる。また、表面134のこの凝集または炭化により、表面134の調和または封止を生じ、生体組織に接触している表面134の生体反応を低減できる。特定のポリマー材料が媒体112に使用される場合、凝集または炭化は、媒体112による周囲の生体組織への揮発性有機化合物の放出を制限することができる。したがって、本発明のプロセスは、媒体12を構成するのに使用される材料の選択を改善し、これら材料選択に関連するリスク要因を減少することができる。
【0059】
研究によると、医療デバイスと原位置の環境との間の接触部位において、様々な広範囲に渡る薬剤が有用であることを提示してきた。例えば、抗凝血剤、多産防止薬、抗生物質、免疫抑制剤、血管拡張剤、抗血栓物質、抗血小板物質、コレステロール抑制剤といった薬剤は、ステントの挿入後に血管壁内に拡散されると、再狭窄の発生を減少させる。本発明はステントに関して説明されているが、本発明の適用および特許請求の範囲はステントに限定されるものではなく、薬剤送達が有用である生体との任意の接触体を含んでもよい。
【0060】
本発明は様々な実施形態に関して説明されてきたが、本発明は、添付の特許請求の範囲の精神および範囲内の様々なさらなるまたは他の実施形態でも可能であることは理解されるべきである。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明の方法を実行するのに使用されるガスクラスターイオンビーム処理システムの概略図である。
【図2】図1のガスクラスターイオンビーム処理システムの一部の組立分解図であり、ワークピースホルダを示す。
【図3】GCIB処理前の冠状動脈ステントの表面を示す原子力顕微鏡画像である。
【図4】GCIB処理後の冠状動脈ステントの表面を示す原子力顕微鏡画像である。
【図5A】本発明の実施形態による、薬剤送達システム形成の様々な段階における医療デバイスの表面領域を示す図である。
【図5B】本発明の実施形態による、薬剤送達システム形成の様々な段階における医療デバイスの表面領域を示す図である。
【図5C】本発明の実施形態による、薬剤送達システム形成の様々な段階における医療デバイスの表面領域を示す図である。
【図5D】本発明の実施形態による、薬剤送達システム形成の様々な段階における医療デバイスの表面領域を示す図である。
【図5E】本発明の実施形態による、薬剤送達システム形成の様々な段階における医療デバイスの表面領域を示す図である。
【図5F】本発明の実施形態による、薬剤送達システム形成の様々な段階における医療デバイスの表面領域を示す図である。
【図5G】本発明の実施形態による、薬剤送達システム形成の様々な段階における医療デバイスの表面領域を示す図である。
【図5H】本発明の実施形態による、薬剤送達システム形成の様々な段階における医療デバイスの表面領域を示す図である。
【図6A】本発明による別の薬剤送達構造実施形態を示す図である。
【図6B】本発明による別の薬剤送達構造実施形態を示す図である。
【図7A】時間に対する蛍光放出速度を示すグラフである。
【図7B】時間に対する蛍光累積放出量を示すグラフである。
【図8】従来の薬剤コーティングステントと本発明により処理されたステントとにおける薬剤溶出速度の比較を示すグラフである。
【図9】本発明の別の実施形態における処理の前の、薬剤送達システムの断面図である。
【図10】本発明により実行されるガスクラスターイオンビーム処理の間に示される、図9の薬剤送達システムの断面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
医療デバイスの少なくとも1つの表面領域上に薬剤物質を堆積して、第1堆積薬剤層を形成するステップと、
真空チャンバ内で第1ガスクラスターイオンビームを生成するステップと、
前記第1ガスクラスターイオンビームによって照射するために、前記真空チャンバ内に前記医療デバイスの少なくとも1つの表面領域を位置決めするステップと、
前記第1ガスクラスターイオンビームで前記第1堆積薬剤層を照射して、前記医療デバイスの前記少なくとも1つの表面領域に薬剤層を付着させることにより、前記堆積薬剤物質の一部を予測速度で前記第1付着薬剤層から放出可能にするステップと、
を含む、薬剤送達システムを製造する方法。
【請求項2】
前記ガスクラスターイオンビームを含むガスクラスターの一部分が、前記第1堆積薬剤層を貫通し、前記医療デバイスの前記表面を照射する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記付着薬剤層は、前記第1堆積薬剤層の一部から形成され、かつ、前記第1堆積薬剤層の非炭化部分をその内部に配置する複数の間隙を含む、少なくとも1つの炭化マトリクスを含み、
前記複数の間隙は炭化マトリクスの表面で開いており、これにより、前記第1堆積薬剤層の非炭化部分を前記予測速度で放出可能にする、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記付着薬剤層はさらに、前記炭化マトリクスと前記医療デバイスの前記少なくとも1つの表面領域との間に封入される、前記第1堆積薬剤層の別の非炭化部分を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
所望の数の追加の付着層が形成されるまで繰り返される、
最も新しい付着薬剤層の上に追加の薬剤層を堆積するステップと、
追加のガスクラスターイオンビームで前記追加の薬剤層を照射して、前記最も新しい付着薬剤層の上に追加の薬剤層を付着させることにより、前記追加堆積薬剤物質の一部を予測速度で前記追加の付着薬剤層から放出可能にするステップと、
をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記第1堆積薬剤層と前記追加の堆積薬剤層とを含む前記薬剤物質はそれぞれ、同一種類の薬剤物質で構成される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記第1ガスクラスタービームと前記追加のガスクラスターイオンビームとが実質的に類似の照射量を放射し、結果的に、前記第1付着薬剤層と前記追加の付着薬剤層との間に実質的に類似の薬剤溶出プロファイルを生成する、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
前記第1ガスクラスタービームと前記追加のガスクラスターイオンビームとは異なる照射量を放射し、結果的に、前記第1付着薬剤層と前記追加の付着薬剤層との間に異なる薬剤溶出プロファイルを生成する、請求項5に記載の方法。
【請求項9】
前記少なくとも1つの表面領域は前記医療デバイスの前記表面の複数の空間的に別個の領域を含み、
前記第1薬剤層が対応する複数の薬剤物質部分から構成されており、
前記堆積ステップは、前記複数の空間的に別個の領域の対応する1つの領域上に前記薬剤物質の各部分を堆積することを含む、
請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記薬剤物質を堆積する前に、前記医療デバイスの前記少なくとも1つの表面領域を照射することにより、前記少なくとも1つの表面領域を平滑化する、ガスクラスターイオンビームをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記堆積ステップは、前記少なくとも1つの表面領域上に前記薬剤物質を気相堆積することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記堆積ステップは、前記少なくとも1つの表面領域上に前記薬剤物質を超音波噴霧することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記堆積ステップは、前記少なくとも1つの表面領域を粉末形態の前記薬剤物質で静電コーティングすることを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
前記堆積ステップは、前記少なくとも1つの表面領域を前記薬剤物質で昇華することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
前記少なくとも1つの表面領域が前記医療デバイスの表面全体を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
前記医療デバイス表面は、ポリマー、金属およびセラミックから選択される少なくとも1つの材料から構成される、請求項1に記載の方法。
【請求項17】
2つ以上の間隙が相互に接続している、請求項3に記載の方法。
【請求項18】
前記薬剤物質を、抗凝血剤、抗生物質、抗腫瘍物質、免疫抑制剤、血管拡張剤、多産防止薬、抗血栓物質、抗血小板物質、コレステロール抑制剤、およびそれらの組み合わせから成る群から選択するステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項19】
前記照射ステップはさらに、前記少なくとも1つの表面領域の広がった処理領域全体にわたって前記ガスクラスターイオンビームを走査することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項20】
前記照射ステップはさらに、前記ガスクラスターイオンビームと照射される前記少なくとも1つの表面領域との間で特定の角度公差以内での方向を維持することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項21】
少なくとも1つの表面領域を有する医療デバイスと、
前記少なくとも1つの表面領域に付着された第1薬剤層と、
を備える、薬剤送達システムであって、
前記第1薬剤層は第1薬剤物質の少なくとも1つの炭化マトリクスから構成され、
前記炭化マトリクスは前記第1薬剤物質の非炭化部分をその内部に配置する複数の間隙を含み、
前記間隙の一部は炭化マトリクスの表面で開いており、これにより、前記第1薬剤物質の前記非炭化部分を予測速度で前記炭化マトリクスから放出可能にしている、
薬剤送達システム。
【請求項22】
前記第1付着薬剤層はさらに、前記炭化マトリクスと前記医療デバイスの前記少なくとも1つの表面領域との間に封入される、前記第1薬剤物質の別の非炭化部分を含む、請求項21に記載の薬剤送達システム。
【請求項23】
前記第1薬剤層に付着された少なくとも1つの追加の薬剤層をさらに備え、
前記追加の付着薬剤層は追加の薬剤物質の少なくとも1つの追加の炭化マトリクスから構成され、
前記少なくとも1つの追加の炭化マトリクスは、前記追加の薬剤物質の非炭化部分をその内部に配置する複数の間隙を含み、
前記間隙の部分は前記少なくとも1つの追加の炭化マトリクスの表面で開いており、これにより、前記追加の薬剤物質の前記非炭化部分を予測速度で前記少なくとも1つの追加の炭化マトリクスから放出可能にし、かつ、前記第1薬剤物質の前記非炭化部分を、前記第1付着薬剤層から前記少なくとも1つの追加の付着薬剤層内に溶出可能にしている、
請求項21に記載の薬剤送達システム。
【請求項24】
前記第1薬剤物質と前記追加の薬剤物質は同一種類の薬剤物質から構成される、請求項23に記載の薬剤送達システム。
【請求項25】
前記第1薬剤物質と前記追加の薬剤物質は異なる種類の薬剤物質から構成される、請求項23に記載の薬剤送達システム。
【請求項26】
前記第1付着薬剤層と前記少なくとも1つの追加の付着薬剤層は実質的に類似の薬剤溶出プロファイルを有する、請求項23に記載の薬剤送達システム。
【請求項27】
前記第1付着薬剤層と前記少なくとも1つの追加の付着薬剤層は異なる薬剤溶出プロファイルを有する、請求項23に記載の薬剤送達システム。
【請求項28】
前記少なくとも1つの表面領域は前記医療デバイスの表面の複数の空間的に別個の領域を含み、
前記第1付着薬剤層はさらに、第2薬剤物質の少なくとも第2炭化マトリクスから構成され、
前記第2炭化マトリクスは前記第2薬剤物質の非炭化部分をその内部に配置する複数の間隙を含み、
前記間隙の一部は前記第2炭化マトリクスの表面で開いており、これにより、前記第2薬剤物質の前記非炭化部分を予測速度で前記第2炭化マトリクスから放出可能にしている、
請求項21に記載の薬剤送達システム。
【請求項29】
前記第1薬剤物質と前記第2薬剤物質は同一種類の薬剤物質から構成される、
請求項28に記載の薬剤送達システム。
【請求項30】
前記第1薬剤物質と前記第2薬剤物質は異なる種類の薬剤物質から構成される、請求項28に記載の薬剤送達システム。
【請求項31】
前記第1炭化薬剤マトリクスと前記第2炭化薬剤マトリクスは実質的に同等の薬剤溶出プロファイルを有する、請求項28に記載の薬剤送達システム。
【請求項32】
前記第1炭化薬剤マトリクスと前記第2炭化薬剤マトリクスは異なる薬剤溶出プロファイルを有する、請求項28に記載の薬剤送達システム。
【請求項33】
前記医療デバイス表面は、ポリマー、金属およびセラミックから選択される少なくとも1つの材料から構成される、請求項21に記載の薬剤送達システム。
【請求項34】
2つ以上の間隙が相互に接続している、請求項21に記載の薬剤送達システム。
【請求項35】
前記薬剤物質は、抗凝血剤、抗生物質、抗腫瘍物質、免疫抑制剤、血管拡張剤、多産防止薬、抗血栓物質、抗血小板物質、コレステロール抑制剤、およびそれらの組み合わせから成る群から選択される種類である、請求項21に記載の薬剤送達システム。
【請求項36】
薬剤物質とポリマーまたは他の材料の組み合わせを含む部材と、
前記部材の外側表面をガスクラスターイオンビームで照射することにより、前記部材の前記外側表面に形成される封入層と、
を備え、
前記封入層は前記部材からの薬剤の放出速度を決定するように適応されている、薬剤送達システム。
【請求項37】
前記封入層は、この封入層の外側表面に設けられ、かつ、前記封入層により決定される速度で前記部材からある量の薬剤物質を放出可能にするように適応された、複数の開口を含む、請求項36に記載の薬剤送達システム。
【請求項38】
前記封入層は炭化または凝集マトリクスを含む、請求項37に記載の薬剤送達システム。
【請求項39】
前記封入層は前記部材の生体適合性の度合いを改善するように適応されている、請求項38に記載の薬剤送達システム。
【請求項40】
前記部材は医療デバイスの表面上に置かれている、請求項36に記載の薬剤送達システム。
【請求項41】
前記薬剤物質は、抗凝血剤、抗生物質、抗腫瘍物質、免疫抑制剤、血管拡張剤、多産防止薬、抗血栓物質、抗血小板物質、コレステロール抑制剤、およびそれらの組み合わせから成る群から選択される、請求項36に記載の薬剤送達システム。
【請求項42】
請求項36の薬剤送達システムを含む医療デバイス。
【請求項43】
薬剤物質とポリマーまたは他の物質との組み合わせを含む粘着性混合物と、
前記粘着性混合物の外側表面上に形成される炭化または凝集マトリクスと、
を備え、
前記炭化または前記凝集マトリクスは前記粘着性混合物からの前記薬剤物質の放出速度を決定するように適応されている、薬剤送達システム。
【請求項44】
薬剤物質とポリマーまたは他の物質との組み合わせを含む部材を提供するステップと、
前記部材の外側表面をガスクラスターイオンビームで照射し、前記部材からの前記薬剤物質の放出速度を決定するステップと、
を含む、薬剤送達システムを製造する方法。
【請求項45】
前記部材を提供するステップは、医療デバイスの表面上に前記薬剤物質と前記ポリマーまたは他の物質との粘着性混合物を形成することを含む、請求項9に記載の方法。
【請求項46】
前記照射するステップは、前記部材の少なくとも外部表面上に封入層を形成することを含み、
前記封入層は前記部材からの前記薬剤物質の放出を制御するように適応されている、請求項45に記載の方法。
【請求項47】
前記封入層は、この封入層の外側表面に複数の開口を含み、前記封入層により決定される速度で前記薬剤物質の部分を前記部材から放出可能にしている、請求項45に記載の方法。
【請求項48】
前記封入層は炭化または凝集マトリクスを含む、請求項45に記載の方法。
【請求項49】
前記部材を提供するステップは、ポリマー要素を提供するステップと、前記ポリマー要素の外側表面に薬剤物質を付着するステップとを含む、請求項44に記載の方法。
【請求項50】
ポリマー要素を設けるステップは、前記付着ステップの前に、このポリマー要素の前記外側表面をガスクラスターイオンビームで照射するステップを含む、請求項49に記載の方法。
【請求項51】
前記照射するステップは、前記粘着性混合物の前記外部表面のin situ化学反応を抑えるように適応されている、請求項50に記載の方法。
【請求項52】
前記薬剤物質は、抗凝血剤、抗生物質、抗腫瘍物質、免疫抑制剤、血管拡張剤、多産防止薬、抗血栓物質、抗血小板物質、コレステロール抑制剤、およびそれらの組み合わせから成る群から選択される、請求項44に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図5D】
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【図5E】
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【図5F】
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【図5G】
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【図5H】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7A】
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【図7B】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公表番号】特表2009−525787(P2009−525787A)
【公表日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−553550(P2008−553550)
【出願日】平成19年2月7日(2007.2.7)
【国際出願番号】PCT/US2007/061787
【国際公開番号】WO2007/092894
【国際公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【出願人】(508216552)エクソジェネシス コーポレーション (7)
【Fターム(参考)】