説明

虫歯予防剤

【課題】臭いや味が問題にならないような材料に由来する虫歯予防剤を開発すること。
【解決手段】本発明は、ミル科藻類の藻体抽出物を含む虫歯予防剤を提供する。本発明の虫歯予防剤において、前記藻類はミル属に属する場合がある。前記藻類は、ミル、イセモミル、タマミル、コブシミル、クロミル、モツレミル及びナガミルからなるグループから選択される少なくとも1種類のミル属の生物種に属する場合がある。本発明の虫歯予防剤において、前記藻体抽出物は、粉砕された藻体を水溶液で抽出して得られる場合がある。本発明の虫歯予防剤において、前藻体抽出物はGalNAcと競合する糖鎖に結合するレクチンの場合がある。本発明の虫歯予防剤を含む医薬品組成物、食品組成物、歯磨き剤及び口内洗浄剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミル科藻類の藻体抽出物を含む虫歯予防剤、特に、ミル科藻類の藻体抽出物を含み、口腔内のプラーク又はバイオフィルムへの付着及び増殖を抑制する効果を有する虫歯予防剤と、該虫歯予防剤を含む、医薬品組成物、食品組成物、歯磨き剤及び口内洗浄剤とに関する。
【背景技術】
【0002】
口腔細菌は、口腔内のプラーク又はバイオフィルムに付着して増殖し、齲蝕すなわち虫歯や歯槽膿漏その他の歯周病を引き起こす。前記プラーク又はバイオフィルムは、唾液の生体高分子が歯の表面に付着してペリクルという皮膜を形成し、該ペリクルに口腔細菌が付着することにより成長する。したがって虫歯や歯周病の予防のためにはペリクルへの口腔細菌の付着を抑制又は阻止する必要がある。エリスリトール、キシリトール等の糖アルコール類には虫歯抑制効果があることが知られているが、糖アルコールは口腔細菌の代謝により齲蝕の原因となる乳酸を産生しないために虫歯が出来にくくなるものであり、口腔細菌の付着の抑制や阻止には関与しない。
【0003】
口腔細菌がペリクルや他の口腔細菌の菌体に付着する際には、口腔細菌の産生する糖鎖結合タンパク質のレクチンが関与していると考えられる。つまり、ペリクルに滞積した唾液の生体高分子、すなわち、多糖類又は糖タンパク質と口腔細菌レクチンとが糖鎖特異的な結合を行うことにより、ペリクルに口腔細菌が付着すると考えられる。すると、外部から口腔細菌のレクチンと競合するレクチンを口腔内に投与することによって、ペリクルの糖鎖への口腔細菌のレクチンの結合を阻害すれば、口腔細菌のバイオフィルムへの付着及び増殖を抑制又は阻害して、虫歯や歯周病のような口腔細菌による感染症を予防することができる。
【0004】
実際にこのような発想に基づいて、口腔細菌とペリクルとの結合を阻害するレクチンが非特許文献1ないし3に報告されている。これらの文献で報告されたレクチンには、植物のグルコース・マンノース認識レクチンや、藻類のムチン認識レクチンがある。また、特許文献1には、マッシュルーム由来のレクチンABA等には、口腔内のプラーク又はバイオフィルムへの付着及び増殖を抑制する効果があることが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Teixeira, E.H.ら、J Appl. Microbiol.、101: 111−6 (2006).
【非特許文献2】Teixeira, E.H.ら、J Appl. Microbiol.、103: 1001−6 (2007).
【非特許文献3】Islam,B.ら、J Appl. Microbiol.、106: 1682−9 (2009).
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】PCT/JP2009/067903号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、マッシュルームの抽出成分を用いて虫歯予防剤を開発する場合には、抽出成分中のタンパク質は1ミリリットルあたり数ミリグラムを必要とし、大量に安定して調製することが困難である。またマッシュルームの抽出成分は、強い臭い及びえぐみがあるので、食品に添加するのには適さない。そこで、臭いや味が問題にならないような材料に由来する虫歯予防剤を開発する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、ミル科藻類の藻体抽出物を含む虫歯予防剤を提供する。
【0009】
本発明の虫歯予防剤において、前記藻類はミル属に属する場合がある。
【0010】
本発明の虫歯予防剤において、前記藻類は、ミル、イセモミル、タマミル、コブシミル、クロミル、モツレミル及びナガミルからなるグループから選択される少なくとも1種類のミル属の生物種に属する場合がある。
【0011】
本発明の虫歯予防剤において、前記藻類はミルの場合がある。
【0012】
本発明の虫歯予防剤において、前記藻体抽出物は、粉砕された藻体を水溶液で抽出して得られる場合がある。
【0013】
本発明の虫歯予防剤において、前藻体抽出物はGalNAcと競合する糖鎖に結合するレクチンの場合がある。
【0014】
本発明は、本発明の虫歯予防剤を含む医薬品組成物を提供する。
【0015】
本発明は、本発明の虫歯予防剤を含む食品組成物を提供する。
【0016】
本発明は、本発明の虫歯予防剤を含む歯磨き剤を提供する。
【0017】
本発明は、本発明の虫歯予防剤を含む口内洗浄剤を提供する。
【0018】
本発明は、本発明の虫歯予防剤を口腔内に投与するステップを含む、虫歯の予防方法を提供する。
【0019】
本発明の藻類は、緑藻綱(Chlorophyceae)、ミル目(Codiales、最近の分類ではハネモ目(Bryopsidalesとされる場合がある。)のミル科(Codiaceae)に属する。本発明の藻類は、ミル(Codium fragile)、イセモミル(Codium tomentosum)、タマミル(Codium minus)、コブシミル(Codium spongiosum)、クロミル(Codium subtubulosum)、モツレミル(Codium intricatum)、ハイミル(Codium adhaerens)、ナンバンハイミル(Codium arabicum)、ネザシミル(Codium coactum)、ヒゲミル(Codium barbatum)、サキブトミル(Codium contractum)、ヒラミル(Codium latum)及びナガミル(Codium cylindricum)を含むが、これらに限られない、ミル属(Codium)の生物種に属する場合がある。
【0020】
本発明の藻類の抽出物を回収する方法は、口腔細菌と唾液の生体高分子との結合を抑制又は阻害する活性を実質的に損なわないことを条件として、いかなる方法であってもかまわない。
【0021】
本発明の藻類の抽出物は、藻体のいかなる組織から採取されてもかまわない。前記藻体は、洗浄後、ホモジナイザー等で破砕された後か、あるいは凍結乾燥で粉末状にされたり、粉砕機で粉末状にされた後に抽出処理を施される場合がある。抽出に用いる水溶液には、生理食塩水のようにNaClその他の塩類を含む水溶液と、アセトンその他の水溶性有機溶媒及び/又はアルコールと水との混合液と、精製水又は脱イオン水とを含むが、これらに限定されない、その他の当業者に周知の水性溶媒を用いることができる。ここで、前記アルコールは、エタノール、エチレングリコール、ブチレングリコール、グリセリンを含むが、これらに限定されないアルコールの場合がある。前記水性溶媒は酸性又はアルカリ性のpHを有する場合がある。前記水性溶媒のpHを調整するためには、アジピン酸、クエン酸、グルコン酸、コハク酸、酢酸、酒石酸、乳酸、フマル酸、リンゴ酸、リン酸、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、リン酸塩類のカリウム又はナトリウム塩を含むが、これらに限られないpH調整剤が用いられる場合がある。またpHを一定に保つために、Tris塩酸バッファー、Hepesバッファー、リン酸バッファー、酢酸バッファー、クエン酸バッファー、グリシン−塩酸バッファーを含むが、これらに限られない、バッファーが用いられる場合がある。抽出方法は、浸漬抽出方法と、加圧抽出方法と、超臨界又は亜超臨界抽出方法とを含むが、これらに限られない。抽出条件は、口腔細菌と唾液の生体高分子との結合を抑制又は阻害する活性を実質的に損なわないことを条件として、いかなる条件であってもかまわないが、抽出時間は10分間から24時間が好ましく、抽出温度は、4°C以上であってもよく、室温以上であることが好ましく、15°C以上であることがより好ましい。
【0022】
前記藻類の抽出物の精製及び濃縮は、遠心分離、塩析、透析、減圧濃縮、限外濾過、ゲル濾過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等を含むが、これらに限られない技術を、単独で、あるいは、いずれかの組み合わせで、利用して行われる場合がある。
【0023】
精製又は濃縮後、必要に応じて、藻類の抽出物は、減圧乾燥されてもかまわないし、前記溶媒で希釈されてもかまわない。また、前記抽出物は混合して用いられてもかまわない。
【0024】
本明細書においてレクチンとは、動物の免疫系に関与する抗体、T細胞レセプター、Toll様受容体その他の免疫タンパク質以外のタンパク質であって、糖鎖に特異的に結合する能力を有するタンパク質をいう。通常、レクチンは赤血球その他の動物細胞を凝集することができる。堀貫治(化学と生物、32:586−594、(1994))によると、ミル科の藻類由来のレクチンはGalNacと競合する糖鎖に結合するという共通点がある。
【0025】
本発明の抽出物又はレクチンは、ヒト、ブタ、ヒツジ、ウサギ等の血液を用いる当業者に周知の方法で赤血球凝集活性を測定することができる。テスト溶液を添加することによって赤血球が有意に凝集された場合には、前記テスト溶液中にはレクチンが含まれると推定することができる。また、前記テスト溶液にさまざまな糖を添加することによって赤血球凝集を低濃度で阻害するかどうかを調べることによって、前記レクチンが結合する糖鎖の構造を調べることができる。
【0026】
本発明のレクチンはGalNAcと競合する。これは、本発明のレクチンが結合する糖鎖の末端がGalNAcであることを示唆する。しかし、本発明のレクチンは、末端にGalNAcを有する全ての糖鎖と結合するとは限らない。末端から2番目ないし3番目の糖残基が特定の構造の糖鎖とだけ結合するが、GalNAc存在下では結合が阻害される可能性がある。
【0027】
本発明の虫歯予防剤に含まれるレクチンは、ミル目藻類の藻体抽出物から精製されたタンパク質か、組換えDNA技術によってさまざまな宿主で発現され精製されたタンパク質か、あるいは、前記藻体又はその抽出物であって、口腔内に投与されると口腔内硬組織への口腔細菌、特に、ミュータンス菌の付着及び増殖を抑制又は阻害する作用を発揮するのに十分な活性を有するものかの場合がある。すなわち、前記レクチンはミル目藻類の藻体そのものか、あるいは、その加工物かとして利用される場合がある。
【0028】
本発明の虫歯予防剤の剤型は、本発明の口腔細菌と唾液の生体高分子との結合を抑制又は阻害する活性を実質的に損なわないことを条件として、いかなる剤型であってもかまわない。
【0029】
本発明の医薬品組成物は、口腔内硬組織への口腔細菌、特に、ミュータンス菌の付着及び増殖を抑制又は阻害するための全ての医薬品を含み、本発明の口腔細菌と唾液の生体高分子との結合を抑制又は阻害する活性を実質的に損なわないことを条件として、他のいかなる成分を含むものであってもかまわない。
【0030】
本発明の食品組成物は、本発明の口腔細菌と唾液の生体高分子との結合を抑制又は阻害する活性を実質的に損なわないことを条件として、他のいかなる成分を含むものであってもかまわない。本発明の食品組成物は、エリスリトール、キシリトール等の糖アルコール類を含む場合がある。
【0031】
本発明の歯磨き剤には、練り歯磨、液状歯磨及び潤製歯磨が含まれるが、これらに限定されない。本発明の口内洗浄剤は、洗口液、うがい用錠剤、トローチ及びチュウーインガムが含まれるが、これらに限定されない。
【0032】
本発明の歯磨き剤又は口内洗浄剤は、本発明の口腔細菌と唾液の生体高分子との結合を抑制又は阻害する活性を実質的に損なわないことを条件として、他のいかなる成分を含むものであってもかまわない。前記成分の具体例は、賦形剤、乳化剤、安定剤、香料、甘味料が含まれるが、これらに限定されない。
【0033】
歯磨き剤の場合は、例えば、研磨剤、粘結剤、粘稠剤、界面活性剤、甘味剤、防腐剤、香料、着色剤、各種有効成分などを配合することができ、これらの成分を水と混合することにより製造することができる。なお、これらの成分の配合量は、本発明の口腔細菌と唾液の生体高分子との結合を抑制又は阻害する活性を実質的に損なわない範囲で通常量とすることができる。
【0034】
研磨剤には、沈降性シリカ、シリカゲル、アルミノシリケート、ジルコノシリケート等のシリカ系研磨剤、第2リン酸カルシウム2水和物及び無水和物、ピロリン酸カルシウム、ゼオライト、ケイ酸ジルコニウム、合成樹脂系研磨剤等が含まれるが、これらに限定されない
【0035】
粘結剤には、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシエチルセルロース、カラギーナン、ゼラチン等が含まれるが、これらに限定されない。粘稠剤には、グリセリン、ソルビットが含まれるが、これらに限定されない。
【0036】
界面活性剤としては、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、非イオン性界面活性剤等を配合することができ、具体的には、ラウリル硫酸ナトリウムが含まれるが、これらに限定されない。
【0037】
甘味剤には、サッカリンナトリウム、ステビオサイド、ステビアエキスが含まれるが、これらに限定されない。
【0038】
防腐剤には、パラオキシ安息香酸エステル、安息香酸ナトリウムが含まれるが、これらに限定されない。香料には、1−メントールが含まれるが、これらに限定されない。
【0039】
着色剤には、青色1号、黄色4号が含まれるが、これらに限定されない。
【0040】
各種有効成分には、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化アンモニウム等が含まれるが、これらに限定されない。
【0041】
本発明のミル目藻類の藻体抽出物は、生理食塩水のようにNaClその他の塩類を含む水溶液と、アセトンその他の水溶性有機溶媒及び/又はアルコールと水との混合液と、精製水又は脱イオン水とを含むが、これらに限定されない、その他の当業者に周知の水性溶媒に溶解することができる。ここで、前記アルコールは、エタノール、エチレングリコール、ブチレングリコール、グリセリンを含むが、これらに限定されないアルコールの場合がある。前記水性溶媒は酸性又はアルカリ性のpHを有する場合がある。前記水性溶媒のpHを調整するためには、アジピン酸、クエン酸、グルコン酸、コハク酸、酢酸、酒石酸、乳酸、フマル酸、リンゴ酸、リン酸、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、リン酸塩類のカリウム又はナトリウム塩を含むが、これらに限られないpH調整剤が用いられる場合がある。またpHを一定に保つために、Tris塩酸バッファー、Hepesバッファー、リン酸バッファー、酢酸バッファー、クエン酸バッファー、グリシン−塩酸バッファーを含むが、これらに限られない、バッファーが用いられる場合がある。本発明の抽出液のタンパク質濃度は、口腔細菌と唾液の生体高分子との結合を抑制又は阻害する活性を実質的に損なわないことを条件として、いかなる濃度であってもかまわないが、31.25μg/mL以上が好ましく、125μg/mL以上がより好ましい。本発明のレクチン濃度は、口腔細菌と唾液の生体高分子との結合を抑制又は阻害する活性を実質的に損なわないことを条件として、いかなる濃度であってもかまわないが、0.5μg/mL以上が好ましく、5μg/mL以上がより好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】唾液がコーティングされた基質へのミュータンス菌の付着及び増殖に対するミル及びヤナギマツタケの抽出物による抑制効果を示すグラフ。
【図2】ミュータンス菌の付着及び増殖に対する、ミル及びヤナギマツタケ由来の精製レクチンによる抑制効果を示すグラフ。
【図3】別の実施例のミル由来の抽出物のタンパク質濃度と、ミュータンス菌の付着及び増殖に対する抑制効果との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【0044】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【実施例1】
【0045】
ミル及びヤナギマツタケの抽出成分のミュータンス菌の付着及び増殖に対する抑制効果
抽出液の調製
原料として、ミル(Codium fragile)の藻体と、ヤナギマツタケ(Agrocybe cylindracea)の子実体とが用いられた。前記原料は、乾燥されない生の海藻及びキノコの状態で栽培業者から購入された。前記原料50ないし100gに10倍量のDulbeccoリン酸緩衝生理食塩水(pH7.3、D5652、シグマアルドリッチ、以下、「PBS」という。)が添加され、直径0.5mmのビーズと、ビーズ式組織破砕装置(Bead−Beater、1107900、Biospec Product社)とを用いてペースト状になるまで5000rpm2分間破砕された。その後、室温で30分間静置され、ミル及びヤナギマツタケの抽出液が調製された。前記抽出液は、37,000×gで15分間遠心され、上清が採取された。抽出液のタンパク質濃度は、BCAプロテインアッセイキット(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を用いて測定された。抽出液のPBSによる2倍希釈系列が調製され、ミュータンス菌の付着及び増殖に対する効果を評価する実験に供された。
【0046】
ミュータンス菌は、Todd−Hewitt Brothで37°C、終夜培養され、1,000×g、10分間の遠心により上清除去後、等量のPBSに懸濁された。同様の操作を2度繰り返して洗浄した後、660nmで吸光度が測定された。測定された吸光度を基に、ミュータンス菌はPBSでOD660が0.05又は0.1になるように希釈され、ミュータンス菌サンプル液が調製された。前記サンプル液は密封され、25°Cで5時間保温された後に用いられた。
【0047】
抽出液のバイオフィルム抑制アッセイ
マルチプレート(平底、96穴、ポリスチレン製、Nunc社 マルチソープ code:467140)に歯磨き後3時間のヒト唾液を100μL添加され、37°Cで2時間のコーティングが行われた。実験には、異なる3名の被験者のヒト唾液が用いられた。その後前記マルチプレートはPBSで洗浄され、PBSで希釈されたミル及びヤナギマツタケの抽出液が添加されて37°Cで1時間インキュベーションされた。その後前記マルチプレートがPBSで洗浄され、100μLのPBS中の5×10個のミュータンス菌(Streptococcus mutans)が各ウェルに添加されて37°Cで終夜培養された。前記プレートはPBSで洗浄され、0.25%のグルタルアルデヒド/PBSが100μL添加されて室温で30分間固定された。その後PBSで洗浄され、2.3%のクリスタルバイオレット(グラム染色用)が100μL添加されて室温で1時間染色された。その後流水で洗浄され、エタノールが100μL添加されて室温で1時間色素が溶出された。菌体数の定量は、プレートリーダーを用いて各ウェルのエタノール液中の色素濃度を吸光波長570nmで測定することによって実施された。
【0048】
口腔細菌と唾液の生体高分子との結合を抑制又は阻害する活性は抑制指数Iとして定量化された。すなわち、同一条件ごとの吸光度の測定値の平均Aと、異なる被験者ごとの唾液によるコーティングを行わなかったウェルの吸光度の測定値の平均Aと、異なる被験者ごとの唾液によるコーティングを行ったが、レクチンによるインキュベーションを行わなかったウェルの吸光度の測定値の平均Aとから、同一条件ごとの抑制指数Iが以下の式(I)を用いて算出され、プロットされた。
【0049】
式(I) I=100×(A−A)/(A−A
【0050】
抑制指数Iの値が小さいほど、ミュータンス菌の付着及び増殖が抽出物又は精製レクチンによって抑制されたことを示す。
【0051】
アッセイの結果
図1は、唾液がコーティングされた基質へのミュータンス菌の付着及び増殖に対するミル及びヤナギマツタケの抽出物による抑制効果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は同一条件ごとに2回繰り返した実験結果の測定値の標準偏差を示す。図1の右端から4本の棒グラフは対照実験の結果で、右端から順に、レクチン−、唾液+及びミュータンス菌+(唾液+ミュータンス菌(レクチン無しの陽性対照))と、レクチン−、唾液−及びミュータンス菌+(ミュータンス菌のみ)と、レクチン−、唾液+及びミュータンス菌−(唾液のみ)と、レクチン−、唾液−及びミュータンス菌−(ウェルのみ)との4種類の条件であった。各条件の抑制指数は、唾液+ミュータンス菌では100、ミュータンス菌のみでは20であり、唾液のみ及びウェルのみでは有意な抑制指数は示されなかった。ミル抽出物の抑制指数は、タンパク質濃度が0.03125mg/mLのとき90で、0.0625mg/mLのとき80で、0.125mg/mL及び0.25mg/mLのときはいずれも60で、0.5mg/mLのとき55であった。また、ヤナギマツタケ抽出物の抑制指数は、タンパク質濃度が0.3125mg/mLのとき145で、0.625mg/mLのとき135で、1.25mg/mLのとき130で、2.5mg/mLのとき100で、5mg/mLのとき65であった。以上の結果から、ミュータンス菌の付着及び増殖を抑制する効果は、ミル抽出物では0.03125mg/mLないし2mg/mLの範囲で認められ、ヤナギマツタケ抽出物では5mg/mLのみで認められた。したがって、ミル抽出物にはヤナギマツタケ抽出物の100分の1未満の濃度でミュータンス菌の付着及び増殖を抑制する効果があり、ミュータンス菌の付着及び増殖を抑制する因子の活性が非常に高いことが示された。
【実施例2】
【0052】
ミル及びヤナギマツタケのレクチンの精製
ミル及びヤナギマツタケの抽出物は実施例1と同様にして調製された。前記抽出物それぞれは、糖タンパク質(アシアロフェツイン、A4781、シグマアルドリッチ社)が固定された担体(GEヘルスサイエンス、NHS−activated Sepharose)を充填したカラムに適用された。アシアロフェツインと特異的に結合しない物質がPBSで溶出された後、アシアロフェツインとの結合がGalNAcによって競合阻害される物質が200mM GalNAcを含むPBSで溶出された。前記抽出物のタンパク質濃度と、精製されたレクチンのタンパク質濃度とは、BCA プロテインアッセイキット(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を用いて測定された。
【0053】
精製の結果
表1は、ミル及びヤナギマツタケから精製されたレクチンのタンパク質の量及び収率を示す。ミルからは糖鎖結合タンパク質5.8mgが、ヤナギマツタケ49gからは糖鎖結合タンパク質0.2mgが、それぞれ採取された。ミル及びヤナギマツタケのレクチン精製収率は、それぞれ8.11%及び0.02%であった。
【0054】
【表1】

【0055】
精製レクチンによるバイオフィルム抑制アッセイ
ミュータンス菌の付着及び増殖に対する精製レクチンによる抑制効果は実施例1と同様の手順で評価された。対照として、ABA(Agaricus bisporus agglutinin(マッシュルーム由来の血液凝集素)、300092、生化学バイオビジネス)と、BSA(ウシ血清アルブミン、81−003−3、ミリポア)とが用いられた。
【0056】
アッセイの結果
図2は、ミュータンス菌の付着及び増殖に対する、ミル及びヤナギマツタケ由来の精製レクチンによる抑制効果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は同一条件ごとに2回繰り返した実験結果の測定値の標準偏差を示す。
【0057】
図2の右端から4本の棒グラフは対照実験の結果で、右端から順に、レクチン−、唾液−及びミュータンス菌−(ウェルのみ)と、レクチン−、唾液−及びミュータンス菌+(ミュータンス菌のみ)と、レクチン−、唾液+及びミュータンス菌−(唾液のみ)と、レクチン−、唾液+及びミュータンス菌+(唾液+ミュータンス菌(レクチン無しの陽性対照))との4種類の条件であった。各条件の抑制指数は、唾液+ミュータンス菌では100、ミュータンス菌のみでは14であり、唾液のみ及びウェルのみでは有意な抑制指数は示されなかった。また、ABA及びBSAの濃度が100μg/mLの抑制指数は、それぞれ、24及び97であった。精製レクチンの濃度が、0.5μg/mL、5μg/mL及び40μg/mLの抑制指数は、ミルでは、102、76及び26であり、ヤナギマツタケでは、91、84及び39であった。以上の結果から、ミル及びヤナギマツタケの精製レクチンは、ミュータンス菌の付着及び増殖を顕著に抑制することが示された。また、40μg/mLのミルの精製レクチンは、100μg/mLのABAと同程度にミュータンス菌の付着及び増殖を抑制することが示された。
【実施例3】
【0058】
別のプロトコールで調製されたミル由来のタンパク質のミュータンス菌の付着及び増殖に対する抑制効果
ミル由来タンパク質の調製
生ミル17.49kgが40°Cで乾燥された。乾燥重量1.5kgの乾燥されたミルの藻体は、ミキサー粉砕で粉末化された後、30Lの精製水が添加され、15°Cで16時間攪拌され、可溶性成分が抽出された。前記可溶性成分を含む溶液は4,000×gの連続遠心により固形物が除去され、上清が採取された。前記上清は、60°Cで減圧乾燥された。抽出液のタンパク質濃度は、BCAプロテインアッセイキット(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を用いて測定された。抽出液のPBSによる2倍希釈系列が調製され、ミュータンス菌の付着及び増殖に対する効果を評価する実験に供された。
【0059】
マッシュルーム及びヤナギマツタケ由来のタンパク質の調製
9.1gのマッシュルームと、50kgのヤナギマツタケが前節に説明されたミルと同様に、乾燥の後、精製水で可溶性成分が抽出された。抽出物のタンパク質濃度もミルと同様にして測定された。
【0060】
バイオフィルム抑制アッセイ
ミュータンス菌の付着及び増殖に対するミル等の抽出物による抑制効果は実施例1と同様の手順で評価された。
【0061】
結果
図3は、ミル由来の精製水抽出物のタンパク質濃度と、ミュータンス菌の付着及び増殖に対する抑制効果との関係を示すグラフである。図3から明らかなとおり、ミル由来の精製水抽出物はタンパク質濃度が25μg/mLと50μg/mLとの間で急激に抑制指数が低下し、50%抑制濃度は40μg/mLであった。
【0062】
以下の表2は、ミル、マッシュルーム及びヤナギマツタケの精製水抽出物の精製結果と、50%抑制濃度とを示す表である。ミル、マッシュルーム及びヤナギマツタケの精製水抽出物から回収された固形物は、それぞれ、461g、25.5mg及び1550gであり、その中のタンパク質含有量は、それぞれ、8.3g、9.9mg及び506gであった。そして、ミル、マッシュルーム及びヤナギマツタケの精製水抽出物の50%抑制濃度は、それぞれ、40μg/mL、90μg/mL及び4000μg/mLであった。
【0063】
【表2】

【0064】
以上の結果から、本実施例の精製水抽出物では、ミルが最も低い濃度でミュータンス菌のバイオフィルム形成を抑制できることが明らかになった。
【0065】
ミルはほぼ無味無臭の海藻で、海松として我が国では古来食べられてきた記録がある。そこで、ミルの抽出物又は精製レクチンは安全性からも問題がない。なお、ミル属を含む多数の属の緑藻類の海藻由来の抽出物が、歯周病原菌ポルフィロモナス ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)に対して抗菌力を示すことは、特開平9−48715号出願公開公報に開示されている。しかし、前記公報には、前記抽出物はミュータンス菌には影響を与えないこと、及び、水による抽出物でもクロロホルム−メタノールによる抽出物でも抗菌特性は変わらないことが開示される。クロロホルム−メタノールによる抽出では、タンパク質は変性のためクロロホルム−メタノール液層には分配されないと考えられるので、前記公報に開示される抗菌成分はタンパク質ではありえない。そこで、本発明の虫歯予防剤は、前記公報には開示も示唆もされていないと結論される。
【実施例4】
【0066】
練歯磨の調製
下記の処方にしたがって練歯磨が調製される。
炭酸カルシウム 50.00%
グリセリン 20.00%
カラゲナン 0.50%
カルボキシメチルセルロース 1.00%
ラウリルジエタノールアマイド 1.00%
ショ糖モノラウレート 2.00%
香料 1.00%
サッカリン 0.10%
ミル抽出物 0.05%
水 残余
【実施例5】
【0067】
練歯磨の調製
下記の処方にしたがって練歯磨が調製される。
水酸化アルミニウム 45.00%
ゲル化性シリカ 2.00%
ソルビット 25.00%
カルボキシメチルセルロース 1.00%
ラウリル硫酸ナトリウム 2.00%
香料 1.00%
サッカリンナトリウム 0.10%
ミル抽出物 0.04%
水 残余
【実施例6】
【0068】
洗口液の調製
下記の処方にしたがって洗口液が調製される。
エタノール 20.00%
香料 1.00%
ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油 0.30%
モノフルオロリン酸ナトリウム 0.10%
サッカリンナトリウム 0.05%
ミル抽出物 0.04%
水 残余
【実施例7】
【0069】
チュ−インガムの調製
下記の処方にしたがってチュ−インガムが調製される。
砂糖 53.00%
ガムベ−ス 20.00%
グルコ−ス 10.00%
香料 0.50%
ミル抽出物 0.10%
水飴 残余

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミル科藻類の藻体抽出物を含むことを特徴とする、虫歯予防剤。
【請求項2】
前記藻類はミル属に属することを特徴とする、請求項1に記載の虫歯予防剤。
【請求項3】
前記藻類は、ミル、イセモミル、タマミル、コブシミル、クロミル、モツレミル、ハイミル、ナンバンハイミル、ネザシミル、ヒゲミル、サキブトミル、ヒラミル及びナガミルからなるグループから選択される少なくとも1種類のミル属の生物種に属することを特徴とする、請求項2に記載の虫歯予防剤。
【請求項4】
前記藻類はミルであることを特徴とする、請求項3に記載の虫歯予防剤。
【請求項5】
前記藻体抽出物は、粉砕された藻体を水溶液で抽出して得られることを特徴とする、請求項1ないし4のいずれか1つに記載の虫歯予防剤。
【請求項6】
前記藻体抽出物は、GalNAcと競合する糖鎖に結合するレクチンであることを特徴とする、請求項1ないし5のいずれか1つに記載の虫歯予防剤。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1つに記載の虫歯予防剤を含むことを特徴とする、医薬品組成物。
【請求項8】
請求項1ないし6のいずれか1つに記載の虫歯予防剤を含むことを特徴とする、食品組成物。
【請求項9】
請求項1ないし6のいずれか1つに記載の虫歯予防剤を含むことを特徴とする、歯磨き剤。
【請求項10】
請求項1ないし6のいずれか1つに記載の虫歯予防剤を含むことを特徴とする、口内洗浄剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−246465(P2011−246465A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−101230(P2011−101230)
【出願日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(506115237)株式会社グライエンス (2)
【Fターム(参考)】