説明

蛍光顕微鏡装置

【課題】目的とする蛍光を選択的に視野観察することが可能な蛍光顕微鏡装置を提供する。
【解決手段】磁気共鳴により蛍光強度が変動する蛍光体1を含む試料16に励起光を照射し、蛍光体1の蛍光を観察する光学顕微鏡3と、電子スピン磁気共鳴を発生させる高周波磁場を試料16に照射する高周波磁場発生部5と、高周波磁場を変調する変調信号を生成する変調部7と、高周波磁場を変調しながら光学顕微鏡3で観察した試料表面の光強度を複数の画素のそれぞれでサンプリング時間毎に検出する検出器9と、複数の画素の中から光強度の時系列変動が変調信号と互に相関している対象画素を抽出する処理ユニット10とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光検出磁気共鳴による蛍光顕微鏡装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、蛍光顕微鏡が生体研究分野で広く採用されている。例えば、抗原抗体反応の蛍光観察においては、抗原抗体反応を通じて特定の蛋白質と結合する分子に蛍光体を化学修飾した蛍光分子プローブが用いられる。細胞内部に導入された蛍光分子プローブが目的とする蛋白質を見つけて結合すると、分子内部で電荷移動が発生する。電荷移動がトリガーとなり蛍光体が発光する。あるいは、励起光の照射により蛍光体を発光させる。発光した蛍光体の挙動が蛍光顕微鏡を用いて視野観察される。
【0003】
従来用いられている蛍光体には、蛍光の短時間寿命(褪色)や不規則な発光(ブリンキング)等の問題が存在する。また、生体研究分野で用いる蛍光体としては、生体細胞に安全な蛍光体が必要となる。従来のセレン化カドミウム(CdSe)やテルル化カドミウム(CdTe)等の蛍光体は毒性を有するCdを含み、生体への適用は好ましくない。
【0004】
磁気共鳴により蛍光強度が制御できる蛍光体として、窒素空孔(NV)中心を有するダイアモンドを用いた蛍光顕微鏡装置が提案されている(非特許文献1参照)。非特許文献1では、NV中心を配置したナノサイズのダイアモンド粒子(ナノダイアモンド)をマーカーとして含む試料に電子スピン磁気共鳴(ESR)が発生する周波数を有する高周波磁場を照射しながら、共焦点レーザ顕微鏡により表面画像観察が実施されている。蛍光強度の測定により、NV中心の存在位置を常温常圧で観測することができる。更に、ナノスケールの磁性体が周囲に発生する磁気共鳴条件を満たす静磁場の分布の観測に適用することも可能である。静磁場を検出する原子サイズの磁気センサとしてNV中心を有するナノダイアモンドを用いて、ナノメートルの空間分解能を有する顕微鏡としての可能性が示されている。
【0005】
ダイアモンドは、化学修飾が可能であり、生命活動を阻害する毒性がないと言われている。また、ダイアモンド内に存在するNV中心では、褪色やブリンキングが発生しない。このように、NV中心を有するダイアモンドを蛍光体として細胞内部に取り入れて、蛍光強度の二次元視野観察が行われている。また、NV中心がESRを発生できる特異なスピン状態を有し、基底状態が発光過程に寄与することを利用して、高感度磁気センサへの応用が進められている。
【0006】
一般に蛍光観察においては、褪色やブリンキングの問題の他にも多くの課題がある。例えば、生体内部には他の蛍光物質が自然に含まれることもある。試料台の汚れ、傷、混入した不純物等に由来する発光が混在することもある。また、顕微鏡の光学部品等の自家蛍光が存在することもある。このようなバックグランド光のため、観測対象となる蛍光体の蛍光強度の測定が困難となる場合がある。また、微弱な蛍光を測定するために臨界状態に置かれた検出器の増幅率は周囲の環境に依存してドリフトするため、蛍光測定のバックグランドを一定に保つことは困難である。
【0007】
また、蛍光分光の分野では、高周波照射により蛍光スペクトルが変化する現象は、NV中心に限らず確認されている(非特許文献2参照)。非特許文献2では、強度変調蛍光・マイクロ波二重共鳴(AM−PMDR)と呼ばれる蛍光スペクトルの有用性が指摘されている。AM−PMDRスペクトルは、照射したマイクロ波に対して強度変調や周波数変調をかけながら測定される。蛍光スペクトルの各ピークに対して、スピン励起に関する情報をラベリングすることができ、スペクトル解析から導かれる物質同定の確度を向上させている。しかしながら、磁気共鳴周波数に対する蛍光強度測定、または周波数一定の高周波磁場を照射しながら励起光波長に対する蛍光強度測定等のように、一次元測定に留まっており、磁気共鳴手法を取り入れた蛍光体の二次元リアルタイム視野観察に応用した例はない。
【0008】
更に、高周波磁場の強度変調を実施して周期的に発生させた光検出磁気共鳴(ODMR)より、変調された蛍光強度を検波する技術が従来から用いられている(非特許文献3及び4参照)。キノキサリンの三重項やダイアモンド結晶中のNV中心に対して適用して、高周波周波数を掃引した蛍光スペクトルにおいて、バックグランドが排除された波形が得られている。しかしながら、上記の技術を、二次元蛍光画像のリアルタイム視野観察や蛍光体の識別に応用した報告はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】ジー・バラスブラマニアン、他(G. Balasubramanian et al.),ネイチャー(Nature), 2008年10月,第455巻,pp.648−651
【非特許文献2】ジェイ・エム・デービス、他、(J. M. Davis et al.)、プロシーディングズ・オブ・ザ・ナショナル・アカデミ・オブ・サイエンシズ・オブ・ザ・ユナイティッド・ステイツ・オブ・アメリカ(Proc. Natl. Acad. Sci. USA)、1982年7月、第79巻、pp.4313−4316
【非特許文献3】山内淳著「磁気共鳴―ESR」サイエンス社出版、2006年3月
【非特許文献4】ピー・ディー・ブロッホ、他、(P. D. Bloch et al.)、ジャーナル・ド・フィジク(Journal De Physique)、1985年10月、第46巻、pp.C7‐527‐C7‐530
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記問題点を鑑み、本発明は、目的とする蛍光を選択的に視野観察することが可能な蛍光顕微鏡装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の態様によれば、磁気共鳴により蛍光強度が変動する蛍光体を含む試料に励起光を照射し、蛍光体の蛍光を観察する光学顕微鏡と、磁気共鳴を発生させる高周波磁場を試料に照射する高周波磁場発生部と、高周波磁場を変調する変調信号を生成する変調部と、共鳴状態を変調しながら光学顕微鏡で観察した試料表面の光強度の分布を複数の画素のそれぞれでサンプリング時間毎に検出する検出器と、複数の画素の中から光強度の時系列変動が変調信号と互に相関している対象画素を抽出する処理ユニットとを備える蛍光顕微鏡装置が提供される。
【0012】
本発明の第2の態様によれば、磁気共鳴により蛍光強度が変動する蛍光体を含む試料に励起光を照射し、蛍光体の蛍光を観察する光学顕微鏡と、磁気共鳴を発生させる高周波磁場を試料に照射する高周波磁場発生部と、試料に静磁場及び磁気共鳴の共鳴状態を変動させる変調磁場を印加する変調部と、共鳴状態を変動させながら光学顕微鏡で観察した試料表面の光強度の分布を複数の画素のそれぞれでサンプリング時間毎に検出する検出器と、複数の画素の中から光強度の時系列変動の周期が変調信号に同期している対象画素を抽出する処理ユニットとを備える蛍光顕微鏡装置が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、目的とする蛍光を選択的に視野観察することが可能な蛍光顕微鏡装置を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施の形態に係る蛍光顕微鏡装置の一例を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る蛍光体の一例を示す図である。
【図3】本発明の実施の形態に係る蛍光体のエネルギ準位の一例を示す図である。
【図4】本発明の実施の形態に係る蛍光体の電子スピン共鳴による蛍光強度の変動の一例を示す図である。
【図5】本発明の実施の形態に係る蛍光顕微鏡装置による視野観察の一例を示す図である。
【図6】本発明の実施の形態に係る蛍光顕微鏡装置による視野観察の手順の一例を示すフローチャートである。
【図7】本発明の実施の形態に係る蛍光顕微鏡装置の他の例を示す図である。
【図8】本発明のその他の実施の形態係る蛍光顕微鏡装置の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下図面を参照して、本発明の形態について説明する。以下の図面の記載において、同一または類似の部分には同一または類似の符号が付してある。但し、図面は模式的なものであり、装置やシステムの構成等は現実のものとは異なることに留意すべきである。したがって、具体的な構成は以下の説明を参酌して判断すべきものである。また図面相互間においても互いの構成等が異なる部分が含まれていることは勿論である。
【0016】
又、以下に示す本発明の実施の形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、構成部品の材質、形状、構造、配置等を下記のものに特定するものでない。本発明の技術的思想は、特許請求の範囲に記載された技術的範囲内において、種々の変更を加えることができる。
【0017】
本発明の実施の形態に係る蛍光顕微鏡装置は、図1に示すように、光学顕微鏡3、高周波磁場発生部5、変調部7、処理ユニット10、入力装置12、出力装置14を備える。光学顕微鏡3は、光源32、ダイクロイックミラー34、バンドパスフィルタ36、対物レンズ38を含む。高周波磁場発生部5は、発振器40、増幅器42、高周波コイル44を含む。処理ユニット10は、入力部20、変換部22、演算部24、出力部26、記憶部28を含む。
【0018】
蛍光顕微鏡装置で視野観察する試料16は、磁気共鳴により蛍光強度が変動する蛍光体1を含む。試料16には、蛍光体1の磁気共鳴の共鳴周波数では蛍光強度が変動しない蛍光体1A等を含んでいてもよい。磁気共鳴としては、電子スピン磁気共鳴(ESR)を用いて説明するが、核スピン磁気共鳴(NMR)であってもよい。
【0019】
光学顕微鏡3の光源32から出射された励起光は、ダイクロイックミラー34を通して対物レンズ38に導入される。励起光は、対物レンズ38で適当なビーム径に収束されて、試料16に照射される。励起光を吸収した蛍光体1、1Aから放出された蛍光や試料16表面で反射された励起光等を含む光が、対物レンズ38、ダイクロイックミラー34を通り、バンドパスフィルタ36に導入される。蛍光や反射励起光等を含む光はバンドパスフィルタ36を通って、蛍光体1の蛍光を含む所定の波長帯が選別され、高感度冷却電荷結合素子(CCD)等の検出器9に入射される。検出器9に入射した光の強度が、二次元に配列された画素のそれぞれでサンプリング時間毎に検出される。検出された光強度の二次元分布が画像として処理ユニット10に取り込まれ、出力装置14で表示される。
【0020】
高周波磁場発生部5の発振器40で発振された高周波は、増幅器42により増幅され、試料16に近接して配置された高周波コイル44に入力される。高周波コイル44から試料16に高周波磁場が照射される。
【0021】
蛍光体1は、ESRにより蛍光強度が変動する。蛍光体1として、NV中心を有するダイアモンド結晶、キノキサリン等が使用可能である。特に、ダイアモンドは、化学修飾が可能で、生命活動を阻害する毒性がないと言われている。また、NV中心は、褪色やブリンキングの発生が極めて小さい。したがって、平均粒径が約5nm〜数十nmのナノダイアモンドは、生体観察用の蛍光プローブとして望ましい。
【0022】
NV中心は、図2に示すように、炭素(C)原子位置に置換された窒素(N)原子と、最近接サイトにC原子が存在しない空孔(V)とが対となって存在する格子欠陥である。NV中心では、2個の電子がS=1のスピン状態を形成する。図3に示すように、NV中心の基底状態はスピン三重項32であり、励起状態はスピン三重項3Eである。また、基底状態と励起状態の間にスピン一重項11の中間状態が存在する。スピン三重項323E間のエネルギギャップは、約1.95eVである。
【0023】
NV中心の基底状態は、静磁場を印加しない状態でも約2.87GHzに相当するエネルギギャップを持つMz=0の基底状態とMz=±1の準基底状態に分裂している。したがって、周波数が約2.87GHzの高周波磁場を照射すると、ゼロ磁場環境下でもESRが発生する。ESRで励起されるMz=±1の準基底状態は、発光過程において重要な役割を演じ、蛍光強度の変化に影響する。
【0024】
例えば、波長が約532nmの励起光の照射によりMz=±1の準基底状態から励起状態に励起された電子には、波長が約637nmの蛍光を発して励起状態からMz=±1の準基底状態に戻る放射遷移と、蛍光を発せずに11の中間状態を経由してMz=0の基底状態へ移行する非放射遷移とが存在する。ESRが起きていない場合では、Mz=±1の準基底状態を電子が占有する確率は小さいので、放射遷移が優勢となる。ESRを発生させた場合、Mz=0の基底状態からMz=±1の準基底状態へ電子が励起されるため、Mz=±1の準基底状態を電子が占有する確率が大きくなる。その結果、放射遷移が阻害され、非放射遷移が助長される。
【0025】
図4は、NV中心を有するダイアモンド結晶に照射する高周波磁場の周波数に対する蛍光強度の依存性を示す。図4に示すように、ESRの共鳴周波数fの近傍の周波数f〜fの範囲で蛍光強度の減少が観測される。したがって、高周波磁場発生部5からNV中心の共鳴周波数fである約2.87GHzの高周波磁場を試料16に照射することにより、蛍光体1の蛍光強度を変化させることができる。一方、蛍光体1Aの蛍光強度は、少なくともNV中心の共鳴周波数fでは変化しない。複数の画素の中から前記光強度の時系列変動の周期が前記変調信号に同期している対象画素を抽出することが可能となる。
【0026】
実施の形態に係る蛍光顕微鏡装置では、高周波磁場発生部5により試料16に含まれる蛍光体1のNV中心にESRを発生させる高周波磁場を変調部7で生成される変調信号により変調して、ESRの共鳴状態が変調される。NV中心の共鳴状態を変調しながら、光学顕微鏡3で励起光を照射して試料表面を観察し、光強度分布を検出器9で検出する。処理ユニット10は、検出器9で検出された画像の複数の画素の中から、光強度の時系列の周期が変調部7で生成された変調信号に同期している画素を位相検波演算により対象画素として抽出する。
【0027】
変調部7は、高周波磁場発生部5の発振器40に電気的に接続された変調信号源である。変調部7で生成される変調信号は、例えば、発振器40で発振される高周波電気信号を周波数変調する電気信号である。
【0028】
高周波磁場発生部5の発振器40で発信された高周波電気信号が変調部7の変調信号により周波数変調される。周波数変調された高周波電気信号は増幅器42で増幅され、高周波コイル44に導入される。高周波コイル44で周波数変調された高周波磁場が生成され、試料16に照射される。
【0029】
例えば、高周波電気信号の発振周波数をESRにより蛍光強度が減少し始める周波数fと共鳴周波数fRの間で周波数変調されるように、中心周波数fC、及び変調幅±Δfを設定する。高周波磁場は、図4に示すように、ESRにより蛍光体1の蛍光強度が減少し始める周波数fSと共鳴周波数fRの間の周波数fCを中心周波数として変調幅±Δfの幅で周波数変調される。変調信号を変調周波数fFMを有する正弦波とすると、蛍光体1の蛍光強度は、周波数(fC−Δf)で最大、周波数(fC+Δf)で最小となるように、変調信号の変調周波数fFMに同期して変動する。
【0030】
処理ユニット10の入力部20は、検出器9の複数の画素でサンプリング時間毎に検出した光強度を時系列画像データとして取得する。時系列画像データに含まれる各画像データは、二次元配列として表現される行列データである。
【0031】
変換部22は、検出器9のサンプリング時間に同期して、変調部7からの変調信号をアナログデジタル変換器(ADC)等によりデジタル化した参照信号に変換する。
【0032】
演算部24は、位相検波回路等により複数の画素のそれぞれで光強度の時系列データに対して参照信号を用いて位相検波の演算を行なう。演算で得られた光強度の時系列変動の周期が、変調信号に同期している対象画素を蛍光体1の蛍光として選択的に抽出して、復調画像を作成する。
【0033】
出力部26は、作成された復調画像を出力装置14に伝送する。記憶部28は、位相検波演算を処理ユニット10に実行させるためのプログラムを保存している。また、記憶部28は、入力部20で取得された時系列データや、処理ユニット10における演算において計算途中のデータを一時的に保存する。
【0034】
入力装置12は、キーボード、マウス等の機器を指す。入力装置12から入力操作が行われると対応するキー情報が処理ユニット10に伝達される。出力装置14は、モニタなどの画面を指し、液晶表示装置(LCD)、発光ダイオード(LED)パネル、エレクトロルミネセンス(EL)パネル等が使用可能である。出力装置14は、処理ユニット10により処理されるデータや得られる画像等を表示する。
【0035】
処理ユニット10は、通常のコンピュータシステムの中央処理装置(CPU)の一部として構成すればよい。入力部20、変換部22、演算部24、出力部26は、それぞれ専用のハードウェアで構成しても良く、通常のコンピュータシステムのCPUを用いて、ソフトウェアで実質的に等価な機能を有していても構わない。
【0036】
例えば、試料16の蛍光体1の位置に対応する画素の位置を(i,j)で指定する。検出器9のサンプリング時間Δtで取得される時系列画像データは、指標kを用いて指定する。例えば、時間kΔtで取得される画像の位置(i,j)における光強度D(i,j,k)を

D(i,j,k)=D(i,j)sin(2πfFM・kΔt+θ1) ・・・(1)

で表す。θ1は位相を表す。したがって、位置(i,j)における光強度の時系列データは、指標kをインクリメント、又はデクリメントすることで指定することができる。なお、サンプリング時間に関して、標本化定理(ナイキスト定理)によれば、変調周波数fFMに対して、少なくとも2倍の周波数を持つサンプリングレートで画像取得を実施すれば、理論的には位相検波は可能である。位相検波の精度を向上させるために、一変調周期内により多くの取得された画像データが含まれることが望ましい。
【0037】
変調信号からAD変換された参照信号は、次式で表される配列R0(k)に格納される。

0(k)=sin(2πfFM・kΔt+θ2) ・・・(2)

ここで、θ2は位相を表す。
【0038】
位置(i,j)における位相検波後の復調信号強度A0(i,j)は、式(1)及び式(2)を用いて算出される。

ここで、Nは時系列画像データに含まれる画像のデータ数である。
【0039】
位相検波により復調された復調信号強度A0(i,j)の内で、式(3)の第1項は、時間に依存しない本質的な信号振幅を与え、位相値θ1及びθ2に依る。式(3)の第2項は、時間に依存し、変調周波数fFMの偶数倍の高調波周波数を有する高調波信号成分である。通常のデジタル処理では、位相検波演算後にローパスフィルタを設置して高調波信号成分を除去することにより、式(3)の第1項を蛍光体1の蛍光として抽出する。
【0040】
また、共鳴周波数fRの近傍では蛍光強度が変動しない蛍光体1Aの位置に対応する画素の光強度は、変調信号によらず一定である。したがって、位相検波演算により除去される。同様に、光学顕微鏡3の対物レンズ38等の光学部品からの自家蛍光も変調信号に同期せず一定の蛍光強度であるので、位相検波演算で除去される。
【0041】
なお、演算部24に高速性能を要求する場合は、演算処理数は少ないほうが望ましい。例えば、データ数Nとサンプリング時間Δtの積NΔtが変調周期の整数倍になるように変調周波数fFM、サンプリング時間Δt、及びデータ数Nを調整しておく。積NΔtが変調周期の整数倍であれば、式(3)の総和を演算する時に周期的に現れる高調波周波数を有する高調波信号成分を除去することができ、高速処理を実現することが可能となる。
【0042】
また、位相値θ1及びθ2は、初期条件や電気回路による遅延等に起因する位相である。以下の観点から、位相値θ1及びθ2を一致させておくことが望ましい。
【0043】
通常のデジタル処理による位相検波では、信号に対して直交した位相差を持つ信号をヒルベルト変換を適用して作成する。ヒルベルト変換は、ある時間で取得したデータを中心に前後の時系列データ集団を用いて直交信号を作成する。精度を向上させるためには変換に使用するデータ数を多く取る必要がある。そのために、複数の画像データに対してヒルベルト変換を実施した場合には、多大な演算時間により検波信号の算出に遅れが生じ、リアルタイム処理に支障をきたす虞がある。
【0044】
また、前述の参照信号に対して直交した参照信号を用意する。例えば、変調信号を生成する変調信号源に加えて、変調信号の位相に対して90°位相を進めた、あるいは遅らせた信号を生成する直交変調信号源を新たに用意し、AD変換により直交参照信号を作成する。位相検波処理に使用される直交参照信号は、

90(k)=sin(2πfFM・kΔt+θ2) ・・・(4)

と表せる。式(3)と同様の演算処理を実施することで、次式のような直交参照信号に対する直交復調信号強度が得られる。

【0045】
しかしながら、復調信号強度A0(i,j)に加えて、直交復調信号強度A90(i,j)の計算も実施する必要がある。更に、信号強度A(i,j)=(A0(i,j)2+A90(i,j)21/2を導出する演算処理も必要となる。ここで、式(5)では、位相検波により出現する高調波成分を除去している。例えば、データ数とサンプリング時間の積が変調周期の整数倍となるように変調周波数、サンプリング時間、及びデータ数を調整して、総和の演算処理により高調波成分を除去してもよい。あるいは、ローパスフィルタを設置して高調波成分を除去してもよい。
【0046】
上述した理由により、位相検波演算の高速化のためには、画像データの取得の前に、θ1=θ2となるように位相を調整しておくことが望ましい。位相θ1及びθ2を一致させることにより、周波数変調された画像データから復調画像データを最小の演算処理数で構築することが可能となる。
【0047】
位相θ1及びθ2の調整方法としては、NV中心からの蛍光強度が周期的に変化するように周波数変調が実施されている共鳴状態において、式(3)の復調信号強度値が最大となるように変調部7の変調信号の位相を調整する。例えば、目視で復調信号強度値を観測しながら、変調部7の変調信号の位相を変化させてもよい。あるいは、より精度よく位相調整する場合は、コンピュータを用いて変調信号の位相を掃引しながら復調信号強度値を計測し、復調信号強度値が最大となる位相を求めてもよい。
【0048】
実施の形態に係る蛍光顕微鏡装置では、複数の画像を含む時系列画像データを用いて位相検波演算処理を実施した復調画像において、光強度が変調周波数に同期して変動する光を抽出する。したがって、NV中心からの蛍光の位置を選択的に反映した復調画像を得ることができる。
【0049】
例えば、図5に示すように、位相検波演算処理により得られた復調画像、及び検出器9で計測された画像を並べて、出力装置14の画面の表示部63、65に表示する。表示部65では、位相検波されていないため、蛍光体1の蛍光だけでなく、蛍光体1Aの蛍光も表示される。表示部63では、位相検波により蛍光体1Aの蛍光は除去され、蛍光体1の蛍光を容易に確認することができる。また、光学顕微鏡3に用いる対物レンズ38等の光学部品からの自家蛍光も同様に除去することができる。
【0050】
また、従来のように位相検波を行なわずに蛍光強度を計測する場合、検出器9のCCD等の受光素子及びCCD周辺の電気回路により決定される波長帯域幅内に存在する光も雑音として画像に混入する。実施の形態においては、特定の周波数で周期的に変動する光成分を位相検波により選択的に抽出するので、実質的に波長帯域幅が狭くなる。したがって、画像の雑音を抑制することができる。即ち、直接CCD等により視野観察を実施する従来の蛍光顕微鏡装置に比べ、実施の形態にかかる蛍光顕微鏡装置ではS/N比のよい画像を得ることができる。
【0051】
なお、実施の形態では、処理ユニット10に読み込んだ時系列画像データと画像取得に同期した生成した参照信号の時系列データを全て一度に用いて位相検波演算処理を実施している。この場合、処理ユニット10のハードウェアに依存してデータ読み取り時には演算処理が実行できず、また演算処理時にはデータ読み取りが実行できない。その結果、連続とは言い難い画像更新となる虞もある。このようなハードウェア環境の場合には、遅延時間の少ないリアルタイム処理を実施するために汎用的に用いられるスライディング離散フーリエ変換(DFT)法に準ずる位相検波演算を適応してもよい。
【0052】
次に、実施の形態に係る蛍光顕微鏡装置による視野観察の手順を、図6に示すフローチャートを用いて説明する。図1に示すように、観察する試料16には蛍光体1として、NV中心を有するナノダイアモンドが含有されている。例えば、ナノダイアモンドの平均粒径は約5nm〜数10nmである。NV中心のESR共鳴周波数は、約2.87GHzである。
【0053】
ステップS100で、光学顕微鏡3により、試料16にNV中心を励起する励起光を照射する。光源32として、例えば波長が約532nmのグリーン固体レーザが用いられる。
【0054】
ステップS101で、高周波磁場発生部5により、試料16に高周波磁場が照射される。高周波磁場の周波数は、例えば2862MHzである。
【0055】
ステップS102で、変調部7で生成された変調信号により、高周波磁場が周波数変調される。変調信号の周波数変調幅は、例えば±8MHzである。変調信号の周波数は、数Hz程度である。
【0056】
ステップS103で、検出器9により、光学顕微鏡3で視野観察された試料16の光強度の分布が、二次元配列された複数の画素でサンプリング時間毎に画像として検出される。検出した画像により、時系列画像データが作成される。
【0057】
ステップS104で、処理ユニット10により位相検波演算処理を実施して、時系列画像データのそれぞれの画像において、複数の画素の中から光強度の時系列変動の周期が、変調信号に同期している対象画素を抽出する。抽出された対象画素を蛍光体1の蛍光として選択的に反映した復調画像が作成される。
【0058】
ステップS105で、出力装置14により、処理ユニット10から出力された復調画像が、表示される。
【0059】
実施の形態に係る蛍光顕微鏡装置による視野観察では、複数の画像を含む時系列画像データを用いて位相検波演算処理を実施した復調画像において、光強度が変調周波数に同期して変動する光を抽出する。したがって、NV中心からの蛍光の位置を選択的に反映した復調画像を得ることができる。
【0060】
また、実施の形態では、変調信号の周波数に同期して変動する光信号を選択的に抽出している。したがって、装置ドリフトに起因する不安定なベースラインを除去することができ、長時間の視野観察を安定して行うことが可能となる。
【0061】
上記説明においては、図4に示したように、ESRにより蛍光体1の蛍光強度が減少し始める周波数fSと共鳴周波数fRの間の周波数fCを中心周波数として変調幅±Δfの幅で周波数変調している。しかし、周波数変調の中心周波数を共鳴周波数fRに設定してもよい。この場合、ESRにより変動する蛍光体1の蛍光強度の変動は、変調周波数の2倍の周期で変動する。したがって、位相検波演算処理において、光強度が変調周波数の2倍の周波数で変動する画素を抽出すればよい。
【0062】
また、周波数変調された高周波磁場を試料に照射しているが、高周波磁場の変調は限定されない。例えば、変調部7で生成された変調信号により、発振器40で発信された高周波電気信号を振幅変調してもよい。この場合、振幅変調される高周波磁場の周波数をNV中心の共鳴周波数fR、又は共鳴周波数fRの近傍に設定すればよい。高周波磁場の振幅が最小の時、NV中心でのESRが抑制されて蛍光強度が大きくなる。高周波磁場の振幅が最大の時、NV中心でのESRが発生して蛍光強度が小さくなる。その結果、振幅変調の周期に同期して変動する蛍光体1の蛍光強度を、位相検波演算処理により選択的に抽出することが可能となる。
【0063】
また、上記の説明では、NV中心に高周波磁場を照射することにより、ESRを発生させている。しかし、図7に示すように、静磁場印加部46を試料16の近傍に配置して、試料16に静磁場を印加してもよい。NV中心の基底状態は、図3に示したように、ゼロ磁場でも約2.87GHzに相当するエネルギ分裂を有しているので、静磁場を印加しなくてもESRを発生させることができる。静磁場を印加した場合、Mz=±1の準基底状態が分裂するため、ゼロ磁場での共鳴周波数とは異なる2つの共鳴周波数でESRが発生する。したがって、いずれか1つの共鳴周波数の近傍で、高周波磁場に周波数変調を実施すればよい。
【0064】
(第1の変形例)
本発明の実施の形態の第1の変形例では、ESRのオフ状態(第1状態)及びオン状態(第2状態)において検出した画像データ間の差分を用いて蛍光体1に対応する画素を抽出する。変調部7は、磁気共鳴をオフ状態、及びオン状態に切り替える信号を高周波磁場発生部5に送信する。処理ユニット10の演算部24は、第1及び第2状態のそれぞれで取得された2枚の画像データの差分を演算する。差分が有限な値となる画素が、蛍光体1の位置に対応する対象画素として抽出される。
【0065】
第1の変形例では、共鳴状態をオンオフさせて取得した2枚の画像を用いて対象画素を抽出する点が実施の形態と異なる。他の構成は、実施の形態と同様であるので、重複する記載は省略する。
【0066】
図1に示した検出器9において、試料16の蛍光体1、1Aの位置に対応する画素の位置を(i,j)で指定する。
【0067】
まず、変調部7は、高周波磁場の照射を停止又は減少させる信号を高周波磁場発生部5に送る。蛍光体1は、ESRが発生しない第1状態となる。例えば、高周波磁場発生部5の発振器40で発振させる高周波電気信号の振幅を0又は十分に弱める信号が用いられる。あるいは、発振器40の発振周波数を蛍光体1のESR共鳴周波数から十分離させる信号でもよい。
【0068】
検出器9は、観測時間TOFF内で第1状態の蛍光体1の画像データ(光強度)DOFF(i,j)を取得する。画像データDOFF(i,j)は、処理ユニット10の入力部20を介して記憶部28に保管される。
【0069】
次に、変調部7は、共振周波数の高周波磁場を照射させる信号を高周波磁場発生部5に送る。蛍光体1は、高周波磁場の照射により、ESRが発生した第2状態になる。例えば、発振器40で発振させる高周波電気信号の振幅が0又は十分に弱い場合は、高周波電気信号の振幅を増大させる信号が用いられる。あるいは、発振器40の発振周波数が蛍光体1のESR共鳴周波数から十分離れている場合は、発振周波数をESR共鳴周波数に一致させる信号が用いられる。
【0070】
検出器9は、観測時間TON内で、第2状態の蛍光体1の画像データ(光強度)DON(i,j)を取得する。観測時間TONは、観測時間TOFFと同一である。画像データDON(i,j)は、処理ユニット10の入力部20を介して記憶部28に保管される。
【0071】
演算部24は、記憶部28から画像データDOFF(i,j)、DON(i,j)を読み出す。画像データDOFF(i,j)、DON(i,j)の差分を演算して、信号強度A(i,j)とする。
【0072】
信号強度A(i,j)は、蛍光体1からの蛍光を抽出したデータに相当する。ここで、蛍光体1の蛍光強度がESRにより変化する比率をαとする。蛍光体1の位置に対応する画素においては、DON(i,j)=αDOFF(i,j)である。一方、蛍光体1Aは、ESRを起こさないので、DON(i,j)=DOFF(i,j)である。したがって、蛍光体1の位置に対応する画素においては、信号強度A(i,j)は、(1−α)DOFF(i,j)となる。また、蛍光体1Aの位置に対応する画素においては、信号強度A(i,j)は、0に近い値となる。このように、第1及び第2状態のそれぞれで取得された2枚の画像データの差分を演算することによって、差分が有限となった画像を、蛍光体1の位置に対応する蛍光として抽出する。
【0073】
第1の変形例では、ESRのオン状態及びオフ状態において検出した画像データ間の差分を用いて蛍光体1に対応する画素が抽出される。2枚の画素データ間の差分を取ればよいので、演算処理が単純であり、高速に画像データの処理をすることができる。
【0074】
なお、上述の説明では、画像データは、ESRが発生していない第1状態の後にESRが発生した第2状態で検出している。しかし、画像データの検出は、第2状態で先に行った後に第1状態で行ってもよい。
【0075】
また、第1及び第2状態での画像データの検出の時間間隔は短くすることが望ましい。検出の間隔が長いと、信号強度A(i,j)が必ずしも、ESRのオン状態、オフ状態の相違だけを反映しているとはいえなくなる。例えば、第1状態での検出後から第2状態での検出までの時間経過の間に、蛍光体1Aが移動すること、あるいは化学反応等により蛍光体1Aの蛍光強度が褪色すること等が起こる可能性がある。この場合、信号強度A(i,j)において蛍光体1Aからの蛍光信号がゼロとならず有限の値として残る可能性が否定できない。
【0076】
また、信号強度A(i,j)のS/N比を改善するために、観測時間TOFF、TONを長くすることや、あるいは画像データ取得を繰り返し実行して積算処理することは有効である。積算処理の一例として、画像データDOFF(i,j)、DON(i,j)を交互に複数回繰り返して取得する手順が挙げられる。複数の画像データDOFF(i,j)、及び複数の画像データDON(i,j)を、それぞれ積算処理したΣDOFF(i,j)、ΣDON(i,j)を用いて差分{ΣDOFF(i,j)−ΣDON(i,j)}を演算し、信号強度A(i,j)とする。画像データDOFF(i,j)、DON(i,j)を交互に取得することにより、蛍光体1Aの移動や褪色による蛍光強度の変化を低減することが可能である。画像データ取得を繰り返し実行する場合に、画像データを取得するタイミングは必ずしも周期的である必要はない。タイミングは非定期的で、例えば、前の画像データを取得した後に検出部9や処理ユニット10のデータ取り込み準備ができた時点で次の画像データを取得してもよい。
【0077】
上記の説明では、画像データDOFF(i,j)、DON(i,j)のそれぞれを取得するための観測時間TOFF、TONは同一としたが、相違してもよい。観測時間TOFF、TONが一致していない場合は、観測時間の相違を考慮して、画像データDOFF(i,j)、DON(i,j)の差分を演算する。例えば、信号強度A(i,j)は、{(DON(i,j)/TON−DOFF(i,j)/TOFF)×(TOFF+TON)/2}等として演算すればよい。
【0078】
抽出された信号強度A(i,j)は、蛍光体1のみに帰属される蛍光強度の分布を表す蛍光画像データである。一般的な蛍光体における蛍光画像データと同様の画像処理や解析を信号強度A(i,j)に施すことにより、例えば、生体細胞において蛍光体1が局在した位置や蛍光体1の運動、蛍光体1の蛍光強度変化を通して得られる周囲との化学反応過程や生命活動過程等の情報が提供される。
【0079】
画像処理の一例として、閾値処理は対象物を明確に区別する目的に有効であり、対象物の運動軌跡を計算する際に利用される。上述の説明では、蛍光体1がESRにより蛍光強度が変化する特徴を利用した画像抽出方法を述べたが、このような手順で得られる蛍光画像データには、一般的な蛍光画像データと同様に、蛍光の揺らぎや検出器9の感度の変動等によって蛍光体1以外からの蛍光信号やその他のノイズ信号が含まれる可能性がある。このような場合、適切な閾値を設定し、閾値以上の強度の画素を「1」(蛍光体1)、閾値より下の強度の画素を「0」(背景)と判定する処理を施せばよい。なお、更に高度な閾値処理を含め、蛍光画像データに関する一般的な画像処理や解析方法については、詳しく説明された文献がある(御橋廣眞編、「日本分光学会測定法シリーズ42、蛍光分光とイメージングの手法」、学会出版センター、2006年6月初版)。
【0080】
(第2の変形例)
本発明の実施の形態の第2の変形例では、観測周期の1/2の時点に関して線対称な関数で表せる変調信号を用い、観測周期内で検出された光強度の時系列画像データについて、観測周期の前半部と後半部との自己相関を求めて蛍光体1に対応する画素を抽出する。例えば、変調部7は、余弦関数で表される変調信号を高周波磁場発生部5に送信する。処理ユニット10の演算部24は、観測周期前半部の光強度の検出値と、後半部の光強度の検出値との差分を演算する。算出した差分が有限な値となる画素が、蛍光体1の位置に対応する対象画素として抽出される。
【0081】
第2の変形例では、観測周期の1/2の時点に関して線対称な変調信号を用い、観測周期の前半部と後半部との光強度検出値の自己相関を演算して対象画素を抽出する点が実施の形態及び第1の変形例と異なる。他の構成は、実施の形態及び第1の変形例と同様であるので、重複する記載は省略する。
【0082】
図1に示した検出器9において、試料16の蛍光体1、1Aの位置に対応する画素の位置を(i,j)で指定する。簡単のため、観測周期Tを変調周期と同じにする。変調信号R(t)としては、t=T/2に関して線対称な信号を用いる。即ち、R(t)=R(T−t)となる。例えば、R(t)=C0cos(2πt/T)が用いられる(C0は定数)。なお、変調信号として、三角波等を用いてもよい。
【0083】
まず、変調部7によりトリガー信号が処理ユニット10及び高周波磁場発生部5に送信され、試料16の観測が開始される。変調部7は、トリガー信号に続いて変調信号R(t)を高周波磁場発生部5に送信する。
【0084】
高周波磁場発生部5の発振器40は、変調信号R(t)により変調された高周波信号を増幅器42を介して高周波コイル44に伝達する。例えば、高周波磁場強度B0の振幅変調を行う場合は、高周波磁場強度の変調波形B(t)は、B(t)=B0(1−C0/2+C0cos(2πt/T)/2)等のように変調される。また、高周波磁場周波数の周波数変調の場合は、周波数の変調波形f(t)は、f(t)=fFM−(Ω/2−Ωcos(2πt/T)/2)等のように変調される(Ωは変調幅)。
【0085】
検出器9は、処理ユニット10からトリガー信号を受けて、サンプリング時間Δtごとに時系列画像データを取得する。観測周期Tの間に取得される画像データのサンプリング数をNとする。ただし、Nは偶数である。時系列画像データは、処理ユニット10の入力部20により、記憶部28に保管される。
【0086】
演算部24は、記憶部28から時系列画像データを読み出す。各画素について、次式のように、観測周期Tの前半部k=1〜N/2の画像データと後半部k=N/2+1〜Nの画像データとの差分の総和より信号強度A(i,j)を求める。

ここで、k=1〜N/2である。
【0087】
蛍光体1に対応する画素では、光強度D(i,j,k)、D(i,j,k+N/2)はそれぞれ、{DOFF(i,j)(1−α/2+αcos(2πk/N)/2)}、{DOFF(i,j)(1−α/2−αcos(2πk/N)/2)}である。したがって、差分{D(i,j,k)−D(i,j,k+N/2)}は、{DOFF(i,j)αcos(2πk/N)}となる。
式(6)で算出される信号強度A(i,j)は、

と表せる。ここで、Σcos(2πk/N)は1であるので、信号強度A(i,j)は有限の値となる。一方、蛍光体1Aに対応する画素では、光強度は変調されず一定強度であるので、信号強度は実質的に0である。このように、観測周期の前半部と後半部との光強度の自己相関を演算することにより、自己相関値が有限となる画素を蛍光体1の位置に対応する蛍光として抽出することができる。
【0088】
第2の変形例では、観測周期Tの1/2の時点に関して線対称な変調信号を用い、観測周期Tの前半部及び後半部の時系列画像データの相関関係を演算して蛍光体1に対応する画素を抽出する。光強度の差分を求めて対象となる画素を抽出できるので、演算処理が簡単であり、高速に画像データを処理することが可能である。
【0089】
なお、上述の説明では、トリガー信号に合わせて高周波磁場の変調及び画像データの検出を行っている。しかし、サンプリング数Nが2より十分に多い場合は、高周波磁場の変調及び画像データの検出の開始時間をずらしてもよい。一方、サンプリング数Nが2と同程度の場合は、高周波磁場の変調及び画像データの検出の開始時間は厳密に合わせる必要がある。高周波磁場の変調及び画像データの検出の開始時間が合わせられない場合は、トリガー信号受信時刻後に遅延時間を設けて高周波磁場の変調及び画像データの検出の開始時間を合わせればよい。
【0090】
また、変調信号として余弦波を用いたが、正弦波を用いることも可能である。正弦波を用いる場合、変調信号R(t)として、C0sin(2πt/T+φ)と位相をずらせばよい。なお、サンプリング数Nが2と同程度に少なくなる場合、変調信号の位相については注意が必要となる。例えば、余弦波を用いる場合は、位相を0°に、正弦波を用いる場合は位相を90°に調整する必要がある。
【0091】
また、信号強度A(i,j)は、式(6)を用いて算出している。しかし、次式のように、光強度の差分の2乗和を用いて算出してもよい。

【0092】
上述のように、第2の変形例では、観測周期Tの間で検出された光強度D(i,j)の時系列画像データに対して、観測周期Tの中で時間をずらした時系列画像データ間で相関関係を演算すればよい。この時、演算で得られる値が、変調信号により変動する蛍光成分に比例するように、時系列画像データ間の時間をずらさなければならない。
【0093】
(第3の変形例)
本発明の実施の形態の第3の変形例では、図1に示した処理ユニット10の変換部22において、変調信号が2値化した参照信号に変換される。演算部24で、光強度に対して2値化した参照信号を用いて位相検波演算が実施される。
【0094】
第3の変形例では、変調信号を2値化した参照信号を用いて位相検波を行なう点が実施の形態と異なる。他の構成は、実施の形態と同様であるので、重複する記載は省略する。
【0095】
図1に示した検出器9において、試料16の蛍光体1、1Aの位置に対応する画素の位置を(i,j)で指定する。観測周期T内で検出器9によりサンプリング時間Δt毎に検出された光強度(画像データ)D(i,j,k)のデータ数をNとする。変調信号R(k)として、正弦波を用い、変調周期をNΔtとする。例えば、変調信号R(k)は、Csin(2πk/N)である。
【0096】
処理ユニット10の変換部22は、変調部7から取得した変調信号R(k)を2値化して、次式で表される参照信号RD(k)を生成する。参照信号RD(k)は、0<k≦N/2の範囲で「1」、N/2<k≦Nの範囲で「−1」である。変換部22が汎用コンピュータシステムのCPUを用いてソフトウェアで構成される場合、0を基準として大小の比較により変調信号R(k)から参照信号RD(k)に変換することができる。また、変換部22が専用のハードウェアで構成される場合、0を参照レベルとした高速コンパレータで変調信号R(k)から参照信号RD(k)に変換することができる。
【0097】
演算部24は、光強度D(i,j,k)及び参照信号RD(k)を用いて、次式で表される位相検波演算を行ない、復調信号強度A(i,j)を算出する。

【0098】
蛍光体1に対応する画素の光強度D(i,j,k)を{DOFF(i,j)(1−α/2−αsin(2πk/N)/2)}と表す。ここで、DOFF(i,j)はESRが発生していない状態での光強度、αは蛍光体1の蛍光強度がESRにより変化する比率である。
【0099】
蛍光体1に対応する画素では、信号強度A(i,j)=DOFF(i,j)α/πと有限の値となる。一方、蛍光体1A等に対応する画素では、信号強度A(i,j)は実質的に0となる。このように、2値化された参照信号RD(k)を用いて、蛍光体1の蛍光を抽出することができる。
【0100】
第3の変形例では、蛍光体1に対応する画素においては、2値化した参照信号RD(k)を用いて位相検波演算を行なっているため、信号強度A(i,j)はDOFF(i,j)α/πとなる。一方、式(2)に示した参照信号R0(k)を用いて位相検波演算を行なうと、蛍光体1に対応する画素の信号強度A(i,j)は、DOFF(i,j)α/4となる。したがって、第3の変形例では、位相検波演算で得られる信号強度A(i,j)が4/πだけ大きくすることができる。
【0101】
また、式(2)で示した参照信号R0(k)を用いると、信号強度A(i,j)の位相検波演算は、浮動小数点数同士の乗算と加算となる。それに対して、参照信号RD(k)は、正負1の整数であるので、式(10)の位相検波演算は浮動小数点数の加減算とみなせる。したがって、位相検波演算を高速に行なうことが可能となる。
【0102】
なお、上記の説明では、説明の容易さから、変調信号の周期をNΔtとしている。一般的には、変調信号の周期をNΔtの非整数倍に設定してもよい。変調信号の周期をNΔtの非整数倍に設定した場合に、信号強度A(i,j)について、式(9)に示す検波演算処理のみでは、蛍光体1Aに対応する画素において必ずしも信号強度A(i,j)が0にならず有限の値となる。この場合、以下に示すように、検波演算処理に高調波成分除去処理を追加して信号強度A(i,j)を導出する必要がある。
【0103】
先ず、光強度D(i,j,k)と2値化した参照信号RD(k)を用いて、次式に示すように、検波演算処理を行い、指標k番目における信号強度A’(i,j,k)を計算する。

A’(i,j,k)=D(i,j,k)RD(k) ・・・(10)
【0104】
次に、A’(i,j,k)を用いて高調波成分除去処理を行う。高調波成分除去処理としては、有限インパルス応答(FIR)フィルタや無限インパルス応答(IIR)フィルタ等の適切な応答関数を持つデジタルフィルタ処理を用いる。例えば、FIRフィルタの一つである移動平均フィルタを用いる場合、次式のようにA’’(i,j,k)が導出される。

【0105】
ここで、総和は、指標lについてl=0〜N−1まで行う。移動平均フィルタの低周波通過帯域は、1/NΔtで与えられ、高調波成分の周波数2/T(Tは変調信号の周期)に比べて十分狭くなるようにNを大きく設定する必要がある。低周波通過帯域を狭く設定することにより、式(11)の右辺に含まれる高調波成分が除去される。その結果、蛍光体1に対応する画素においてA’’(i,j)=DOFF(i,j)α/π、蛍光体1Aに対応する画素においてにA(i,j)=0となる。移動平均フィルタ操作により、式(11)の右辺は一定値となり、指標kに依存しなくなる。このようにして求めたA’’(i,j)を改めてA(i,j)とする。なお、移動平均フィルタを含め、デジタルフィルタ処理については、文献等に詳しく説明されている(例えば、A.V. Oppenheim, R.W. Schafer, “Discrete-time signal processing” 2ndEdition, Prentice-Hall出版社、1999年、参照)。
【0106】
(その他の実施の形態)
上記のように、本発明の実施の形態を記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面はこの発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者にはさまざまな代替実施の形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。
【0107】
本発明の実施の形態においては、変調信号により高周波磁場を変調して、変調信号に同期してNV中心の蛍光強度を変動させている。しかし、変調信号により、静磁場を変調してNV中心の蛍光強度を変動させてもよい。例えば、図8に示すように、変調部7aを試料16の近傍に配置する。変調部7aは、変調信号を生成する信号源50、変調信号を増幅する増幅器52、静磁場及び変調磁場を発生する変調コイル54を備える。信号源50は、処理ユニット10に接続され、変調信号が変換部22に導入される。
【0108】
高周波磁場発生部5は、変調されない高周波磁場を試料16に照射する。更に、変調部7aにより、静磁場と、変調信号により変調された変調磁場とが試料16に印加される。変調磁場により、NV中心のESRの共鳴状態が変動する。したがって、式(1)に示した光強度D(i,j,k)の変調周波数fFMを、変調磁場の変調周波数fHMで置き換えればよい。

D(i,j,k)=D(i,j)sin(2πfHM・kΔt+θ1) ・・・(12)

式(1)に代えて式(12)を用いることにより、上述した位相検波演算処理を適用して、NV中心の蛍光を抽出することができる。
【0109】
また、図8に示した蛍光顕微鏡装置を用いて、実施の形態の第1〜第3の変形例で説明した演算処理によりNV中心の蛍光を抽出してもよい。
【0110】
このように、本発明はここでは記載していないさまざまな実施の形態等を含むことは勿論である。したがって、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係わる発明特定事項によってのみ定められるものである。
【符号の説明】
【0111】
1…蛍光体
3…光学顕微鏡
5…高周波磁場発生部
7、7a…変調部
9…検出器
10…処理ユニット
14…出力装置
16…試料
22…変換部
24…演算部
26…出力部
40…発振器
44…高周波コイル
46…静磁場印加部
50…信号源
54…変調コイル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気共鳴により蛍光強度が変動する蛍光体を含む試料に励起光を照射し、前記蛍光体の蛍光を観察する光学顕微鏡と、
前記磁気共鳴を発生させる高周波磁場を前記試料に照射する高周波磁場発生部と、
前記高周波磁場を変調する変調信号を生成する変調部と、
前記高周波磁場を変調しながら前記光学顕微鏡で観察した前記試料表面の光強度を複数の画素のそれぞれの位置でサンプリング時間毎に検出する検出器と、
前記複数の画素の中から前記光強度の時系列変動が前記変調信号と互に相関している対象画素を抽出する処理ユニット
とを備えることを特徴とする蛍光顕微鏡装置。
【請求項2】
前記高周波磁場発生部が、高周波電気信号を発振する発振器、前記高周波電気信号により前記高周波磁場を生成する高周波コイルを含むことを特徴とする請求項1に記載の蛍光顕微鏡装置。
【請求項3】
前記変調信号が、前記高周波電気信号を周波数変調する電気信号であることを特徴とする請求項2に記載の蛍光顕微鏡装置。
【請求項4】
前記変調信号が、前記高周波電気信号を振幅変調する電気信号であることを特徴とする請求項2に記載の蛍光顕微鏡装置。
【請求項5】
前記試料に静磁場を印加する静磁場印加部を更に備えることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の蛍光顕微鏡装置。
【請求項6】
前記処理ユニットは、前記変調信号を前記サンプリング時間に同期してデジタル化した参照信号に変換する変換部、前記複数の画素のそれぞれで前記光強度に対して前記参照信号を用いて位相検波演算を行ない、前記複数の画素の中から前記光強度の時系列変動の周期が前記変調信号に同期している前記対象画素を前記蛍光体の蛍光として抽出する演算部を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の蛍光顕微鏡装置。
【請求項7】
前記参照信号が、1及び−1の2値化された信号であることを特徴とする請求項6に記載の蛍光顕微鏡装置。
【請求項8】
前記変調信号が、前記磁気共鳴が停止又は減少する第1状態、及び前記磁気共鳴が発生する第2状態に切り替えるように、前記高周波電気信号の周波数又は振幅を変調する電気信号であり、
前記処理ユニットは、前記第1及び第2状態のそれぞれで検出された光強度の差分を演算し、前記対象画素を前記蛍光体の蛍光として抽出する演算部を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の蛍光顕微鏡装置。
【請求項9】
前記変調信号が、前記光強度を検出する観測周期内の1/2の時点に関して線対称な関数で表され、
前記処理ユニットは、前記観測周期内で前記サンプリング時間毎に検出された前記光強度の時系列検出値について、前記観測周期の前半部の検出値と、前記観測周期の後半部の検出値との差分を演算して、前記対象画素を前記蛍光体の蛍光として抽出する演算部を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の蛍光顕微鏡装置。
【請求項10】
前記蛍光体が、炭素原子位置に置換された窒素原子と、最近接サイトに炭素原子が存在しない空孔とが対となって存在する格子欠陥を有するダイアモンド結晶であることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の蛍光顕微鏡装置。
【請求項11】
抽出された前記対象画素を前記蛍光体の蛍光として選択的に表示する出力装置を更に備えることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項に記載の蛍光顕微鏡装置。
【請求項12】
磁気共鳴により蛍光強度が変動する蛍光体を含む試料に励起光を照射し、前記蛍光体の蛍光を観察する光学顕微鏡と、
前記磁気共鳴を発生させる高周波磁場を前記試料に照射する高周波磁場発生部と、
前記試料に静磁場及び前記磁気共鳴の共鳴状態を変動させる変調磁場を印加する変調部と、
前記共鳴状態を変動させながら前記光学顕微鏡で観察した前記試料表面の光強度の分布を複数の画素のそれぞれでサンプリング時間毎に検出する検出器と、
前記複数の画素の中から前記光強度の時系列変動の周期が前記変調信号に同期している対象画素を抽出する処理ユニット
とを備えることを特徴とする蛍光顕微鏡装置。
【請求項13】
前記処理ユニットは、前記変調信号を前記サンプリング時間に同期してデジタル化した参照信号に変換する変換部、前記複数の画素のそれぞれで前記光強度に対して前記参照信号を用いて位相検波演算を行ない、前記複数の画素の中から前記対象画素を前記蛍光体の蛍光として抽出する演算部を含むことを特徴とする請求項12に記載の蛍光顕微鏡装置。
【請求項14】
前記蛍光体が、炭素原子位置に置換された窒素原子と、最近接サイトに炭素原子が存在しない空孔とが対となって存在する格子欠陥を有するダイアモンド結晶であることを特徴とする請求項12又は13に記載の蛍光顕微鏡装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−180570(P2011−180570A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−109527(P2010−109527)
【出願日】平成22年5月11日(2010.5.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人科学技術振興機構、「戦略的創造研究推進事業」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】